とある昼下がりの博麗神社、夏真っ盛りの日差しに晒されて蠢く四つの人影。
巫女と妖怪がそれぞれ二人ずつ、身を焦がすような日光に隠れるように縁側で寛いでいる。
噴出す汗を団扇で乾かしつつ、チリンチリンという涼しげな風鈴の音に耳を傾けて、この殺人的な暑さを紛らわしていた。
「……暑いですね、霊夢さん」
「……えぇ、暑いわね文」
「……本当、暑いですよねぇ小傘さん」
「……うん、暑いよねぇ早苗」
四人一斉に似たような感想をこぼすと、これまた風鈴が涼しげな音を奏でるが気休めにしかなりゃしない。
先日大雨が降ったせいで湿度も高く、べたべたと張り付くような蒸し暑さがまた不快感を加速させる。
不愉快指数はグングン上昇中。誰もがこの暑さに辟易し、団扇が外せない必需品になりつつあった。
スイカのおいしい季節だろうが、年中家計が火の車の博麗神社にスイカがあるはずもなく。
結局、彼女たちは氷精を挑発して作り出した氷で、カキ氷を作って夏を満喫しようと苦心するのであった。
ジーワジーワと大合唱される蝉の声、うだるような暑さのせいで地面に蓄えられていた水分が蒸発して陽炎となって揺らめいている。
見るだけで暑いことこの上ない。鬱屈を吐き出すようなため息をこぼして、霊夢は憮然とした表情でカキ氷を口に含む。
ひんやりとした冷たさが口内に広がって、熱を持った体を冷ましてくれる。
さすがは夏の醍醐味の一つ、氷を食べようなんて発想に思い至った先人を手放しで賞賛したい気分だ。
「夏のカキ氷はやっぱり格別ですねぇ」
「本当。人間の知恵は偉大なりってところかしら?」
早苗のしみじみとした呟きに、霊夢はそんな言葉を返してカキ氷をもう一口。
そんな彼女の様子に苦笑して「そうですね」と同意した早苗も、カキ氷を口に運ぶ。
キーンとした頭痛が身を襲ったのか、目を瞑ってそれでも満足そうな表情の早苗を、ジーっと見つめるのは唐傘お化けの小傘である。
赤と青のオッドアイがまじまじと早苗の様子を覗き込み、「ほへー」だとか「ほぉ~」だの、なんだか奇妙な声をこぼして興味津々と言った様子。
そんな彼女の様子に気づいたか、早苗はクスクスと苦笑してスプーンでカキ氷をすくうと、小傘の前に差し出した。
「私のイチゴ味、食べます?」
「うん!!」
「ふふ、元気なのはいいことです。はい、アーン」
優しい微笑を携えながら、早苗は子供をあやすような甘い声で口にする。
その声に満足するように頷いた小傘は「あーん」と口をあけて、スプーンが舌に乗ったところでハムッと一口。
冷たさと甘さを満喫しながら、満面の笑みでご満悦な小傘の様子を眺めて、微笑ましい気持ちを覚えた早苗の顔には笑顔が浮かんでいる。
そんな彼女たちの様子を横目で見ながら、霊夢は小さくため息を一つ。
なんとも甘いやり取り。ともすれば、仲のいい姉妹を見ているかのような微笑ましさ。
さしずめ早苗が姉で、小傘が妹といったところか。
そういえばまだ先代の巫女―――つまり、まだ母が生きていたころに、早苗と小傘のようなやり取りをしていたのを思い出す。
一体いつのころだったか、その時もこうやって縁側に座って、二人で並んでかき氷を食べていた気がする。
微笑ましそうに自分のカキ氷を差し出す母に、それに遠慮なくかぶりついた、子供のころの自分。
思い出してしまったのは、きっと早苗の表情がその時の母の顔とよく似ていたからか。
その時、自分はどんな表情をしていただろうか?
今の小傘のように、嬉しそうな表情をしていただろうか?
困ったことに記憶がおぼろげで、小傘のように笑う幼いころの自分というのも、いまいち想像が出来なくて。
はぁ……と、もう一度ため息。
感傷に浸っても仕方がない。
大体、風祝と唐傘お化けのやり取りを見て何で自分がこんな気分にならなきゃいけないのかと、自分の感情に文句を言う始末。
自分の気持ちに悶々としながら二人のやり取りを眺めてみれば、やっぱり姉妹のように笑い合って、今度は小傘の分のカキ氷を早苗に分け合っている。
なんとも仲がいいことだとぼんやり思いながら、ハムッと自身のカキ氷を味わう。
そこでふと、隣の鴉天狗がニヤニヤと笑みを浮かべていたのに気がついて、霊夢は怪訝そうな表情を浮かべた。
「……何?」
「いえいえ、うらやましそうだなーっと」
「アンタ、目が腐ってるんじゃないの?」
「あやや、巫女にしては随分な言い草ですね。それなら―――」
ニィッと、鴉天狗の口元が笑みを形作る。
一体何を思いついたのか、文は赤い瞳で霊夢を捕らえたまま、自分のカキ氷をスプーンですくうと、霊夢の前に差し出して。
「こうやって確かめてみれば、わかることよね?」
新聞記者としての仮面を脱ぎ捨てて、挑発的な言葉をこぼしていた。
そんな彼女の言葉を聞いて、ジトリと胡散臭そうな表情を覗かせながら霊夢は文をにらみつける。
対して、鴉天狗は余裕の表情を崩さずニヤニヤと楽しそうな表情を浮かべて、今か今かと彼女がかぶりつくのを待ち望んでいるようだった。
霊夢がそのカキ氷を口に含むのが、さも当然であるといわんばかりに。
「何のつもりよ?」
「別に。ただ、私があなたにこうしてあげたいだけよ。それとも―――恥ずかしくて逃げるのかしら?」
なおも続く挑発的な言葉。不機嫌そうに眉を寄せる霊夢に対し、あいも変わらず挑発的な表情を崩さない。
隣で早苗が「あら、あらら?」と興味深そうな視線を向けてくるが、霊夢はその視線を無視して文をにらみつけている。
一々挑発的な物言いは彼女らしいと言えばそうだろうが、腹が立つのはどうしようもない訳で。
霊夢の性格を知り尽くしているからこそのこの言動。このように挑発してやれば、霊夢が断ることはないと知っているからこそ。
だからこそ、腹立たしい。彼女の思惑通りになるのも腹立たしいが、ここで断れば文は遠慮なくゴシップ記事で巫女が逃げただのと囃し立てる事だろう。
ため息を一つ、ついでに舌打ちもついて出る。
彼女の思惑通りになるのは腹立たしいが、だからといって新聞に出鱈目なことを書かれるのも面白くない。
だから、これは仕方ない。本当に仕方なく、彼女のその誘いに乗ってやるのだと何度も自分に言い聞かせる。
「わかったわよ。食べればいいんでしょう?」
「さすが霊夢、私の期待を裏切らないわ」
「アンタのためじゃないわよ。私は誰の挑戦でも受けるだけ」
はたから見ればなんとも珍妙なやり取りだが、二人にとってそれは当然のやり取りであるらしい。
憮然とした巫女、挑発的な笑みを浮かべた鴉天狗。
今にも弾幕ごっこに発展しそうな二人だったが、しかしこれから行われる行為は決闘とは程遠い。
そのことを認識すると、途端に恥ずかしくなった。
差し出されている氷が少し溶け出して、真夏の陽気を如実に知らせてくる。
本当はコイツも夏の暑さにやられて脳が沸騰してるんじゃないかと疑ったが、誘いに乗ってしまった以上はそのことに思い至っても後の祭り。
蝉の大合唱がやけに遠くに感じて、顔がだんだんと真っ赤になっていくのが自分でもはっきりとわかる。
いつかの遠い記憶。あのときの自分は、きっと恥ずかしげもなくこの差し出された氷にかぶりついていたのだろう。なんとも若かったものだ。
(あぁ、もう! いつまで現実逃避してるのよ、私は!)
平静を装いながら、霊夢は内心で悪態をついた。
どの道、これからやることは変わらないのだ。だったら、細かいこと気にせずズバズバと行動するのが博麗霊夢だろうにと、頭をガシガシと掻き毟りたい気分だ。
顔はいまだに真っ赤なまま。けれど、腹を決めた霊夢はもう一度文を睨み付けると、恥ずかしさを紛らわすようにスプーンにのったカキ氷にかぶりついた。
口の中に広がるほのかな甘さと、ひんやりとした冷たさ。それが自分の行いに現実味を帯びさせて、余計に羞恥心を増幅させる。
いっそ殺せ。そう思うぐらいに恥ずかしかったし、実際に彼女の表情はりんごのように真っ赤だ。
よくもまぁ、昔の自分はこんな恥ずかしいことが出来たものだと、本当にそう思っていたその時。
「それで、『昔の事』は思い出せたかしら?」
こちらの心を見透かしたかのように、文がそんな言葉を投げかけてきたのだ。
心臓が、止まるかと思った。まるでこちらの考えを丸ごと読み取られているようで、自分が何を考えていたのか悟られていたその事実に。
何でそのことをと問いかけることも出来ないまま、呆然とする霊夢に文はニヤリと笑う。
「私がどのくらい長生きしていると思っているのよ。先代の巫女のことも取材に来たことあるんだから。
……まぁ、あの時の「あーん」ってされてる幼い子が、こんなに可愛げのない子に育つとは予想外だったけれどね」
「あ、ああああああああんた、見てたの!!?」
「もちろん。一度ならず何度もね」
「こ、このパパラッチが!!」
ギリギリと歯軋りの音が彼女の羞恥を隠す怒りを如実に表し、対する文は心底楽しそうに笑って、カキ氷をぱくりと一口。
そんな怒り心頭な霊夢の肩にポンッと手を置く誰か。そちらに振り向けば、ものすごくいい笑顔で親指をサムズアップする風祝がいた。
「大丈夫です霊夢さん、可愛かったですよ!」
「気休めにもなんないわよ!!」
ムガーっと大声で吼えて、霊夢は不機嫌な様子で鼻を鳴らし、半ばごまかすようにカキ氷をかきいれる。
急激に冷えたせいで頭がキーンッとして、思わず頭を抱えてうずくまった。散々である。
はぁっと、ため息を一つ。いくらか思考が落ち着いてきたのか、霊夢はそれ以上激高するでもなく疲れたような表情を浮かべただけ。
そこで、ふと―――気になることを思い出した。
「ねぇ、文。その時の私ってさ……どんな顔してた?」
それは、純粋に気になった疑問。昔のことを思い出しても、自分がどんな表情をしていたのかわからなくて、知りたくなって聞いた言葉。
文は、一瞬だけぽかんとしたような表情を浮かべて目を瞬かせる。
自分はそんなに変な事を聞いただろうかと不安に思った頃―――、文が微笑んだ。
彼女にしては珍しく挑発的でもなんでもない、慈愛に満ちた優しい笑顔。そんな笑顔のまま。
「笑ってましたよ」
そんな優しい声色で、まるで謳うように言葉をつむいだ。
予想外の反応に、今度は霊夢が目を瞬かせる番になった。
普段とは似ても似つかない優しい笑顔で、優しい声で、あの鴉天狗がそんな風に言葉をつむぐのが、霊夢には信じられなくて。
「……本当に?」
「えぇ、幸せそうで、見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうぐらいに。新聞記者は嘘をつかないから、信用していいのよ」
「途端に胡散臭くなったわね」
「手厳しいわねぇ」
けらけらと苦笑しながら、文は笑った。
特に気にした風もなく、自分のカキ氷を口に運んではおいしそうに咀嚼を繰り返す。
もともと、どういう反応が返ってくるのかは想像がついていたのだろう。チリンチリンとなる風鈴の音を聞いて、「風流ね」と呟くぐらいだから、ちっとも気にしてはいまい。
対して、霊夢は自分のカキ氷に視線を落とす。
昔の何気ないやり取り。それを隣の彼女に見られていたという恥ずかしさも、今は感じない。
今はすっかりと、おぼろげになってしまった母の顔と声。くしゃくしゃと、優しく頭をなでてもらった、真夏の思い出。
(そっか)
不思議と、胸にすとんと何かが落ちるような思いだった。
突っかかっていたものが無理なく落ちて、感じて違和感がゆるりと解けていく。
シャクッと、かき氷を口に含む。冷たくて、甘くて、夏の定番ともいえるその感覚が、どういうわけかいつもよりもおいしく思えて。
(私は、笑ってたのか)
クスリと、霊夢は笑った。
何が嬉しかったのか、何でこんなに満足なのか、霊夢自身もその理由が曖昧だったが、けれどもなんとなく―――心のどこかで理解はしていたのかもしれない。
母との思い出で、忘れていた自分の表情を思い出せた。
それで、いい。今はそれだけで満足だ。
「ねぇ、文。はい、あーん」
「へ?」
カキ氷をすくって文に差し出せば案の定、彼女はぽかんとした様子でこちらに視線を向けてくる。
その真意に気がついて、途端に文の顔が爆発したかのように真っ赤になった。
今にも湯気が出てきそうなほど顔を赤くした彼女がおかしくて、霊夢はクスクスと微笑む。
「な、なななななな何をしているのよ!!?」
「何って、私もしてもらったんだから、返してあげないとフェアじゃないでしょう?」
「だ、だからってこれは……は!!? そうか、これは陰謀ね!? 私を辱めるための陰謀なんだわ!!? そうでしょう霊夢!!?」
「んなあほな事しないわよ。さっさと食え、この馬鹿ガラス」
うろたえた彼女にあきれたような視線を送りながらも、その言葉はどこか優しい。
恥ずかしそうに視線をさまよわせ、どこかそわそわと落ち着かない。そんな珍しい鴉天狗の一面に、霊夢は嬉しそうに苦笑した。
意外な一面を見たようで、その表情をかわいらしいと思える自分に気付いたが、そこは見なかったことにして蓋をする。
文はしばらく恥ずかしそうにしていたが、やがて意を決したようにぱくりと食いついた。
そんな彼女たちの様子を、早苗は優しそうで、それでいて楽しそうな笑みを浮かべながら眺め続けていた。
お互いに素直じゃないのだ。この二人は。
どっちも妙な方に性格がひねくれているから、はたから見れば珍妙な光景が広がる結果となる。
お互い挑発しているようで、けれどもどちらも楽しそうなんて、世の中探しても早々見つかるような光景ではあるまい。
そこでふと、早苗は自分の服の裾を誰かが引っ張っていることに気がついた。
そちらに視線を向ければ、やはりいるのは早苗のお気に入りの少女である小傘の姿。
どこか不満そうで、けれども恥ずかしそうに頬を朱色に染めた小傘が、こちらの服の裾を引っ張りながら、カキ氷をすくったスプーンをこちらに差し出している。
「早苗、えっと……あーん、して?」
今更のように恥ずかしそうに言葉にする小傘を前に、早苗は苦笑した。
二人のやり取りに当てられたせいだろう。今頃この行為が恥ずかしいことだというのに気がついたか、それでもこの行為を求めてくる小傘は随分と素直なものだ。
くしゃくしゃと頭をなでながら、あーんっと一口、差し出されたカキ氷を口に含む。
冷たくて、甘い。こういうのを恋の味だって、昔同級生から聞いたような気がするが、まさかねと早苗はその考えを打ち切った。
真夏の炎天下。四人の少女が神社でそれぞれ思い思いに涼んでいる。
楽しそうに笑いあいながら、けれど時折、恥ずかしそうに頬を染めながら。
チリンッと、風鈴の涼しげな音が少女たちの見守るように鳴って、真夏の空に溶けて消えた。
みんなをカキ氷に例えると霊夢はイチゴみるく、早苗さんはメロン、小傘ちゃんはブルーハワイ、文ちゃんは……醤油?ww
清楚なロングスカートの中にえっちな下着。見えなくても、いや、見えないからこそそれが色々な妄想を掻き立てるのです。
しかし、かき氷という先人の偉大な智慧を腹を壊してしまうから味わえない俺は…!
面白かったですww
せめて氷あずきにしようぜw
4人ともさわやかで可愛いですねー
黒蜜なんて如何でしょwwww
この一言であられもないことを考えてしまった。
頭が茹ってるな……
お互い素直なこがさなと素直じゃないあやれいむの対比がとてもよかったです
誤字っぽいのを一点
>自愛に満ちた
慈愛に満ちた、でしょうか
少量の湯に濃いめに溶いたコーヒーに市販のシロップを適量混ぜたやつなんかも、僅かに苦味がきいてかき氷に合いますよ。
>次回はロングスカート
超、期待!!
この文章にあやれいむの真髄を見た。
でも、どこだかの県では、かき氷に醤油を少々はデフォらしい。
×パパッラッチ ○パパラッチじゃないですか?
俺も文は醤油だと思うw
宇治金時のようでした。
ごちそうさまでした。
昔ながらといえば、抹茶か氷スイでしょうかね?
>>文ちゃんは
イソジンですn(ムソーフージン
このアツさではカキ氷などひとたまりもないでしょうw
妙な流れを作ってしまって申し訳ありませんでした。っていうか本当にあるんだ……醤油ww
文ちゃんの黒蜜って聞くと妙に胸がときめくのは何故でしょう……