注 このSSは私こうのとりが先に投稿いたしました「待ち人」「繋いだ手をぎゅっと」と設定を共有しております。前2作をお読みでない方はご注意ください。尚、今回は戦闘シーンなどを含みますがオリジナル弾幕、既存弾幕に対する自己流解釈、その他好き放題やらかしております。それらを苦手とする方はご注意下さい。
幻想郷の夏は暑い、博麗大結界構築以前から隠れ里であった幻想郷は四方を山に囲まれ、その中にぽっかりと開いた大きな盆地のような構造になっている。 夏ともなれば燦々と降り注ぐ太陽の熱は逃げ場を失い強烈な熱気が辺り一帯を覆いつくすほどである。
唯一の救いは幻想郷の豊な自然に蓄えられた豊富な水があることだろうか、森や湖、更には幻想郷全体の肥沃な大地から発生した水蒸気は雲となり夕方には日中の熱気を洗い流すかのような大量の夕立を降らす、その夕立があるおかげで夜間は蒸して入るものの日中の灼熱がうその様に涼しくなるのだった。
ぱた……ぱたた………ぱたたたた…
ざぁあああ………
今日もまた、幻想郷の強烈な熱気を鎮める激しくも優しい雨が降り始めた。
「あ~め~あ~め~ふ~りだ~した~♪わ~すれ~た傘がいまは~こ~いし~くて~♪」
「ご機嫌ね、小傘」
激しい夕立の中を相合傘で進む二人組みがあった、一人は小さな体に不釣合いな紫色の傘を持った少女で空色の髪の毛を楽しげに揺らし上機嫌に歌など歌いながら歩を進めている。
「うん!雨と言えば私の出番だよ、ありす!」
「そうね、いつもありがとうね」
大きな傘の小さな少女に寄り添うのは、金髪碧眼の人形のように整った容姿の少女。しかし、今はその頬にさした朱と優しげな笑顔が彼女の一見無機質にさえ見える美しさに華を添えていた。
「今日は買い物が遅くなってしまったから、降られるとは思っていたけれど…これはまたすごい降りね、前が見えないわ」
「だいじょーぶ!私が居ればありすに雨粒一つ当てさせないんだから!」
元気いっぱいに傘を揺らす小傘に等のアリスもまんざらではないといった表情で
「頼もしいわね、それじゃ小傘ががんばってくれたら今日のお夕飯は腕によりをかけて作るわ」
「やったぁっ!でも、アリスの作ったご飯はいつでも美味しいよ」
アリスは傘を持つ小傘の手にそっと自らの手を重ね、ゆっくりと歩いてゆく。じめじめする雨の最中も二人にとっては何にも変えがたい時間なのだった。
「あらあら、相合傘の上にお手て繋いでなんて…お熱いわねぇ」
そんな二人の時間に水を指すように横合いから声がかかる。若葉色の髪に赤いチェックのベストとスカート…この特徴を聞いて幻想郷でこの妖怪を思いつかない者は居ない。おっとりした雰囲気と容姿、そして「花を操る程度の能力」と実に平和なイメージを与える外見とは裏腹に、性格は強いもの苛めが大好きで相手の神経を逆撫でするのも得意、自分のテリトリーを犯すものは人妖神霊老若男女問わず無慈悲に抹殺すると恐れられる凶悪妖怪、風見幽香その人である。
「うげ…幽香…」
「まぁ…うら若き乙女が『うげ…』なんて言う物じゃないわよ?」
アリスと幽香は旧知の仲である、その昔アリスの故郷である魔界を襲撃し壊滅状態に追いやった者達の一人が幽香である。幼い頃のアリスはその時分に得意の魔法で応戦したが完膚なきまでにボロボロにされ、意趣返しに究極の魔法を手に入れて幽香たちに挑んだのだが結果は惨敗。メイドにされてこき使われたり、付きまとわれて究極の魔法を盗まれたりと散々な目にあっている。そんなことがあって以来、修行のために幻想郷へ移り住んだアリスだったが、この風見幽香だけは未だに苦手意識が取れていない。
「余計なお世話よ、それより何の用なの?こんな雨だし早く家に帰りたいのだけど…」
「あらまぁ、こんな雨の中恥ずかしげもなく手を繋いでいちゃいちゃしてた誰かさんがよく言うわね、用事なんてそんなお友達を見つけたから冷やかすってことだけで十分理由にならないかしら?」
アリスはなるべく幽香に付け込む隙を与えないよう言葉を選び、簡潔に帰りたい旨を伝えるがそもそも幽香に発見された時点で絡まれることは決定事項なのである、いかに防御を固めようと幽香は無理矢理にでもこじ開けてきてしまう。
「趣味が悪いわよ、って言うかだれがお友達よ」
「あら、私と貴女がって言ったつもりだったのだけれど、分からなかったかしら?体はこんなに大きくなったくせに頭は未だにお子様なのねぇ…うふふ」
硬い表情と冷たい言葉で懸命に牽制するアリス、その容姿と相まって普通の者なら特殊な性癖でもない限り萎縮して何も言えなくなってしまうほどの冷たい態度であったが、生憎と幽香は普通とは程遠い位置にいる妖怪である。相手が嫌がれば嫌がるほど突っつきに行く者、人は彼女を指してこう言うのである…「ドS」と。
「あらあらまぁまぁ、そこもかしこもこんなに育っちゃって…、見た目だけはいい女になったわねぇ。お姉さん嬉しいわぁ」
「ちょっと!触らないでっ…きゃぁっ!どこ触ってるのよっ!!」
にこにこほわほわな表情を崩さずナチュラルにアリスの体を撫で回す幽香にアリスは必死で抵抗する。ただそこは大妖怪である、アリスが両手で必死に手を払いのけても、のらりくらりとアリスの防御を傘を片手にらくらく潜り抜けてくる。なんだかんだでもうアリスはすっかり幽香のペースに巻き込まれているのであった。
つんつんさわさわぺたぺたぷにぷに…
「ほらほら、もっと抵抗しないと乙女の純潔が悪い妖怪に汚されてしまうわよ~、うふふふ…」
「もっ……このっ…いいっ………加減っ…にっ!」
ぱしんっ…
「?」
「えっ…!?」
「あ…あれ?」
幽香の悪ふざけがエスカレートしアリスの我慢が限界を迎える刹那、幽香の手をはたき落とした手があった。先ほどから蚊帳の外に追いやられていた小傘である。もっとも、はたき落とした本人が自分の行動を良く分かっていないらしく、自分の手のひらを見つめて目をパチクリさせている。
「あなた…なに?」
「ひっ!」
世界が凍りついた。あたりは相変わらずの土砂降りで、湿気も気温も高いままなのに小傘は真冬の世界に放り込まれたかのような戦慄を覚えた。
「聞いているの?あなた」
「ひょっ、ひょえっ!?」
アリスの側にいたはずの幽香が、いつの間にか小傘の真正面に回りこんでいた。相変わらず表情はにこにこ顔なのに全く笑っているように見えない。小傘は幽香の迫力に飲まれて立っているのがやっとの状態になっていた。
「ちょっ…幽香っ!この子に手を出さ…うぎっ!」
「あっ、ありすぅっ!!」
ばちんっ!
幽香の興味が小傘に向いてしまったことに気が付いたアリスが幽香と小傘の間に割って入ろうとした瞬間、アリスは幽香のデコピンによって弾き飛ばされる。このデコピン、かつて幽香が幼い日のアリスに散々見舞ったもので、当時はその素振りを見せるだけでアリスが涙目になるほどのトラウマを植えつけた一撃である。膂力においては鬼をも凌ぐとさえ言われている幽香のデコピンは、当然現在のアリスでも耐え難いほど痛い。
「うぐぎぎ…」
額を押さえてしゃがみ込んでしまったアリスを尻目に、幽香は小傘の肩をがっしりと掴む。
「あなた、お名前は?」
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
みし…
「お名前は?」
「わっゎわわわっわちっ…わちきはっ多々良小傘れしゅっ!」
幽香は相変わらず微笑んでいるが、肩を掴んだ手が万力のように締め付けてくる。小傘はしどろもどろになりながらも幽香に自分の名前を伝える。
「そう…小傘ね。ちゃんと言えたご褒美にいい事を教えてあげるわ……お姉さんはね……」
みしっみししっ!
「あだっ!あいだだだだっ!」
小傘の肩に幽香の指が強烈に食い込み始める。
「可愛い子猫と遊んでいるのを邪魔される事と花を折られる事が死ぬほど嫌いなの……いい?覚えておきなさいね、じゃないとあなた……ぶっ壊しちゃうわよ?」
「ふわわわわっ、ふぁいっ!」
肩をぎりぎりと締め付けてくる痛みに耐えながら必死でこくこくと返事をする。
ぎりぎりぎりぎり……………ぎゅぅっ!
「ひぎゃーっ!」
小傘がうなずいてからおよそ1分間幽香は小傘の肩を締め付け続け、小傘が痛みで悶える様を堪能した後止めとばかりに強く握りこんでから小傘の肩を開放する。
「それじゃ、アリス…近いうちにあなたのお家にお茶しに行くから。美味しいお菓子を用意しておいてね」
やりたいことをやり、言いたい事を一方的に言って幽香は真っ白な傘をくるくる回しつつその場から立ち去った。
「うぐ…ぬぅん…」
「痛い~肩が~…」
後には幽香に与えられた痛みでうずくまるアリスと小傘だけが残った。肩の痛みと恐怖から解放された脱力感でへたり込みつつ小傘は思うのだった。
(綺麗な傘の人…だったな…)
先ほどの幽香に絡まれているアリスを思い出すと、なぜか小傘の胸にちくりとした痛みが広がっていった。
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「ごきげんよう?アリス」
「うわ、本当に来た…」
後日の未の刻、幻想郷全体がもっとも暑くなるころ、涼しげな顔をした幽香が宣言通りマーガトロイド邸を訪れた。
「ごあいさつね、ちゃんと約束したじゃない。私は約束をちゃんと守るのよ?」
「あんな約束の仕方がまかり通るなら、世の中恐喝犯の天下でしょうね…」
アリスの皮肉にも幽香は涼しげな微笑みを崩さない。相変わらずお気に入りの傘をくるくると弄びつつアリスを見つめている。
「とにかく、来るなら来るでちゃんと時刻を指定して来て頂戴。今日は都合が悪いから帰って」
バタンガチャリ、ブゥン
アリスは言うだけ言って幽香の返事を待たずに扉を閉める。更に鍵をかけてとどめに結界まで張っていた。
バキッ!ギィ…
「まぁまぁ、そう言わずに。折角暑い中こんな森の片隅まで出向いてきてあげたんだから、お茶の一つ位出しても罰は当たらないわよ?」
「来てなんて頼んでないわよっ!っていうかドアを結界ごと取り外すとかどれだけ非常識なのよ!?あ、こら!入ってこないで!」
結界の張られた扉をドア枠から無理やり取り外して幽香が進入してくる。
「アリスったら、扉にだけ結界を張っても他ががら空きよ?入って下さいって言っているようなものよ?あ、そっかぁそう言ってるのね?もう、アリスったらツンデレね」
「結界を張ったのは拒否の気持ちの現れよ!普通あれだけ拒否されれば帰るでしょう!?あーもうっ!人の話を聞きなさいよ!」
アリスの叫びもむなしく幽香はどんどん家の奥へと進んでいく。
「むぐむぐ…ありす~?誰か来たの~………ひょぇっ!?」
「あら、あなたもいたのね。ごきげんよう?」
アリスと午後のティータイムを楽しんでいた小傘は幽香の姿を見て硬直する。先日の事もあり、小傘の心にもしっかりトラウマが根付いてしまったようだ。
「どうしたの?私はアリスの家にお茶しに来ただけよ?そんなに硬くならなくても大丈夫よ」
「ぴぃっ……」
幽香は優しげに語り掛けつつもその手はしっかりとあの時と同じく小傘の肩に手を置いている。
「ちょっと!小傘を苛めるんじゃないわよ!あなたはお茶しに来たんでしょう?さっさと座って頂戴」
「はいはい、それじゃアリスのお茶とお菓子を堪能しようかしらねぇ…」
「ぴぃいぃぃ…」
と恐怖で硬直したままの小傘を抱き上げ膝の上に座らせる幽香。
「こらっ!お茶するんじゃなかったの?小傘を離しなさいよ」
「ええ、するわよ?この空色の子猫を愛でながらねぇ」
アリスは小傘を幽香から引き離そうとするが幽香に巧みにいなされ小傘に触れることも出来ない、一方小傘は硬直している。
「小傘が嫌がってるじゃないのっ!」
「そんなこと無いわよね~、小傘?」
「ぴっ!?」
こくこくこく…
幽香に見つめられて小傘は無条件に頷いてしまう。
「ほらね?」
「うぐぐ……」
小傘に触れることも出来ず、さりとて幽香を口で何とかすることも出来ずにアリスは歯噛みする。そんなアリスの様子を見てますます幽香は笑みを深めるのだった。
「うふふっ、それにしてもこの子…いい香りがするわね…雨の香り…そしてその雨を命いっぱい吸い込んだ紫陽花の香り」
「ふわっ!?」
「あっ、あーっ!!」
幽香はアリスに見せ付けるように小傘を抱きしめ小傘の頭に鼻を寄せる。
「うふふっ、小傘って言ったかしら?気に入ったわ、あなたアリスなんかよりお姉さんの所に来ないかしら?」
「ちょっ!幽香!あんたいい加減に…」
ぐ…
その時、今まで無抵抗だった小傘が始めて動きを見せる。幽香の肩に手を突き少し
体を離す。
「ごめんなさい、わちきは…ありすと一緒がいいの」
「小傘…」
今まではずっと逸らしていた瞳で真っ直ぐ幽香を見つめ、小傘ははっきりと継げる。
「ふふ…振られちゃったわね」
「あう……ごめんなさい…」
珍しく幽香が引き下がる素振りを見せたのでアリスはほっと胸を撫で下ろす、だが
「でも、そんなことは関係ないわね」
「むぎゅっ!?」
再度幽香は小傘を抱きしめる、小傘も抵抗しようとするが幻想郷トップクラスの力を誇る幽香の腕力にかなうわけも無く幽香の胸に抱きとめられてしまう。
「幽香っ!」
「私はこの子を気に入ったの、だからこの子を連れて帰るわ」
幽香は相変わらず微笑んでいる、微笑んでいるがその目には有無を言わせない雰囲気が漂っており、幽香が本気で小傘を連れ帰るつもりでいることを証明している。勿論、幽香に連れて帰られて小傘が無事でいられるわけがない、きっとあの手この手で苛められるに決まっている。
「ふぅ…、一方的な約束した上に強行侵入だけならいざ知らず、我が家の同居人まで攫っていくと来たわけね…いいわ、表に出なさい。今日という今日は今までの借りにおまけを付けてきっちり引導を渡してやるわ」
「あら?いいのかしら、霊夢や魔理沙に弾幕ごっこで渡り合えるようになってきたからって、私はあの子達とはレベルが違ってよ?」
アリスが勝負を挑んできた瞬間、幽香のもう一つの性格が顔を出し始める。花を操ること以外にはさほど特殊な能力を持たない幽香が、特殊な能力持ちが溢れる幻想郷において花の大妖と呼ばれるまでに成長した一因。相手がどんなものであろうと噛み付いていくほかに類を見ない好戦的な性格である。
「御託は結構よ、さっさと出なさい」
「うふふ、アリスったら顔真っ赤ね」
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「ここでいいわ」
マーガトロイド邸から少し離れた広場にアリスと幽香は来ていた、小傘は近くにいると危険だと言うことでマーガトロイド邸で留守番をしている。
「今回のルールは、直接攻撃禁止、カード無制限、相手の懐に入ったらスペルブレイク。どちらかの体力が尽きて立てなくなるまでよ」
「エクストラルールね?ふふふ…楽しくなりそうね」
お互いに距離を取りスペルカードを取り出す。
「私が勝ったら、小傘にちょっかいを出すのをやめて貰うわ」
「ん~、勝利後の要求なんて敗者が勝者に従うでいいじゃないの?」
面倒そうに眉をひそめる幽香。
「きっちり決めておかないとあなた揚げ足取るじゃないの!」
「取られる足が悪いのよ、まぁ…そこまで言うなら私の勝利後要求はアリスと小傘よ」
アリスの言葉の揚げ足をきっちり取ってから幽香は宣言する。
「ちょっと、何で私も追加されてるのよ」
「いいじゃない、あなたが勝てばこの要求も無効でしょう?」
アリスの言葉を適当に流して幽香は傘を閉じる。幽香は勝つ気で勝負するときは必ず傘を閉じて闘う。これは一種の相手への勝利宣言のような物である。アリスは攻撃の為の魔力を練りながら警戒態勢を取る。
「貪欲な女は嫌われるわよ」
「独占欲の強い女もね?」
そして、お互いの間に緊張が高まり始める。
「行くわ、 鋼符『血塗れの乙女』!」
「あら、初めて見るわね」
アリスは何体かの人形達に弾をばら撒かせつつ、スペルを封じた人形を解き放つ。幽香を挟み込む形で二本の光線が走る、やがてレーザーが正面の方から閉じ始める。その様はまるで幽香を優しく抱擁するかのように幽香へと迫る。
「あらあら、珍しく大雑把なスペルじゃない?」
幽香は軽口を叩きつつバックステップを踏む…が、背中に熱を感じて踏みとどまる。いつの間にかレーザーを放出していた人形の他に後ろ側にも人形が出現しており幽香の方へクナイ弾を放射状に打ち込んでくる。前方からのレーザーにより進路を遮断された状態でばら撒き弾と後方からのクナイ弾を避けなくてはならないスペルのようだ。
「前言撤回、重箱の隅をつつくようないやらしいスペルだわ。アリスっぽいわね!」
「馬鹿にしてっ!」
細かい隙間を縫うようにして幽香は前に進み始める、前に進むほど弾を避けるスペースが少なくなって行くが、このスペルはレーザーに完全に抱き込まれたら後は被弾を待つだけのスペルのようだ。打開するにはレーザーが閉じきる前に外に飛び出すこと以外には無い。
トンっ!
「はいっと、スペルブレイクね」
弾の嵐をゆらゆらと掻い潜りあっさりと幽香はアリスに到達する。幽香がアリスの目の前に着地すると全ての弾幕が消失する。アリスはいったん距離を取り再度スペル宣言。
「まだまだ!刻印『悪魔の証明』!」
「あらあら、今回は初見な上に物騒な名前が多いこと」
突如として幽香の胸に十字の印が現れる。
「あら…何かしら?」
「行きなさい!」
アリスが武装した人形を何体も解き放つ、人形達は解き放たれると同時に幽香の胸の印に向けて殺到する。幽香はぎりぎりまでひきつけて小さな動きで人形をかわし、叩き落していく。
「なによ~、これはストローなんとかと似たようなものじゃない…」
「ふん…あなた相手に同じスペルカードを二度使うほど愚かじゃないわよ!」
幽香は詰まらなそうに不満を漏らすが、アリスは我が意を得たりと人形繰りに使う魔力の糸を引く、すると幽香に避けられたはずの人形が急カーブし再び幽香の胸の印に向けて突撃する。
「ふぅ…ん、霊夢の御札みたいね…だったら全部叩き落せばすむわね!」
「やってみなさいよ、出来るものならね!」
幽香は傘を振るい人形達を叩き落し始める、だが2体3体と叩き落し4体目に傘を叩き付けた瞬間
ドンッ!
強烈な爆発音と共に人形が大爆発を起こす。
「言い忘れたけど人形の中に何体か大江戸が混じってるから気をつけてね、と言ってももう遅いけど」
「けほっ…まさか叩き落すところまで計算に入れてたとはね、やーねぇあざとい女って…けほっ」
今回の大江戸はしばらく前に小傘に使ったものとは違い攻撃力は最大、指向性は幽香の胸の印に設定してある。そんな強烈な爆発でも幽香は平然と憎まれ口を叩くだけの余裕があるのだが。
「弾幕はブレイン、相手がどんな性格かまで考慮に入れて闘うものよ」
「ようは相手の弱点をちくちくして勝っちゃいますって事よねぇ…うふふ、ね・く・ら☆」
あくまで余裕を崩さなずアリスを挑発し続ける幽香。
「ねぇ、そろそろ本気で来てくれないかしら?小手先でちょこちょこされてもお姉さんちょっと退屈だわぁ…」
「っく…その言葉、後悔させてやるわ!」
アリスは奥の手を発動させるべく魔力を高める。
「己が罪を呪うがいいわ!…異端『人形裁判』っ!!」
スペル宣言直後、幽香の周りに人形達が整然と並び始める、幽香の正面には裁判官としてアリス、そしてアリスを守るように上海人形と蓬莱人形が浮遊している。
「あらあら…私は被告人ってわけ?ならば弁護士を呼ぶことを請求するわ」
「いいえ、幽香…あなたに権利等存在しないわ、当然情状酌量の余地もない」
アリスのが指を鳴らすと幽香の周りの人形達、そして上海人形と蓬莱人形の瞳が輝き始める。
「貴女の罪状は私の静かな生活を徒に掻き乱したこと、弁護も口頭弁論も不要、陪審員は私、裁判長も私、よって満場一致で有罪!被告人に極刑を!」
「まぁ、理不尽…」
アリスが幽香を指し示す。
「極刑執行!」
アリスの宣言と共に人形達の瞳からいっせいに熱線が放射される。熱線は一斉に幽香へと到達し幽香を光の渦へと飲み込む。一体一体の熱線を一点に集中することで極限の火力を生み出すアリスの奥の手スペルであった。
「このスペルならいくらあなたと言えども無事ではすまないでしょ、これに懲りたら次からはもう少し相手に配慮し……た………」
「うふふ、お姉さん見られるのは嫌いじゃないけれど…ちょ~っとこの視線は無粋が過ぎるわね」
強烈な熱線を浴びながら、それでも全く余裕を崩さずに幽香が歩み出る。
「うそ…」
「それに…私は言ったわよ?本気で来なさいって、この程度で本気だって言うなら…お姉さんがっかりだわぁ…」
幽香が傘を真っ直ぐアリスへ向ける。
「そうね…お手本を見せてあげる」
幽香の手に一輪の花が開く。
「植物の葉や花には雨や夜露を集める性質がある、小さな粒でしかない水滴はやがて集まりレンズとなるわ。そのレンズは太陽、月、星、さまざまな光を集め一点に集中させる。その光は山をも焼き尽くす火種になる…」
幽香の妖気が高まり傘の先端に光がともる。
「人工の光を集めるなんて無粋なことをしなくても、自然の中には全ての原動力が詰まっているのよ?」
幽香は楽しげに傘をまわす。
「自然の恐怖、その身で受けきれるかしら?極光『フラワースパーク』」
「…っく!」
アリスの視界から幽香の姿が掻き消える、極大の光の奔流がアリスと幽香の間に出現しアリスに向けて怒涛のごとく押し寄せる。アリスは光が見えた瞬間から全力で真横に飛翔し回避する。だが、余裕を持って回避したはずのアリスの衣服に熱波の余波だけで焦げ跡がつく、恐ろしく純粋な光熱の余波にアリスは戦慄する。
「あら…避けちゃだめじゃない」
「避けるに決まっているでしょう!」
拍子抜けしたように言う幽香にアリスが怒鳴り返す。
「私は受けなさいと言ったのよ、アリス?」
「あんな力任せのスペルを真正面から受けてたつのは魔理沙くらいよ!」
幽香の口元に綺麗な三日月が降り立つ。
「なら、これでどうかしら?」
「!?」
幽香の傘が指し示した方向、一見森が広がっているだけに見える。しかし、アリスには分かってしまった、その森の先に一体なにがあるのか。今は留守番をしてくれている筈の小傘が待つマーガトロイド邸がある方向、幽香の傘は寸分たがわず其方の方を向いていた。
「こうしたらアリスはどんな反応を見せてくれるのかしらねぇ?」
「ゆ…幽香ぁあああああああっ!」
パートナーを人質に取られたことに激昂したアリスが幽香へと突っ込んでいく。
「はい、ざーんねん」
「っ!?」
突如としてアリスは後ろから羽交い絞めにされる。振り返るとそこにはもう一人の幽香が微笑みながらアリスの体をしっかりとホールドしている。
「「忘れちゃ駄目よ?花は一つではないのだから。それじゃ、今度こそ受けなさいね、ちゃんと障壁を張らないと消し飛ぶわよ?」」
再び幽香が光の宿った傘の先端をアリスへ向ける。
「「それじゃ、生きてたらまた会いましょう?」」
「くっ!」
動けないアリスは自分の前方に幾重にも障壁を張り巡らせる、正直これだけ障壁があっても幽香のスペルを防ぎきるのには全く不足でしかない。そしてアリスの視界は再び極大の光の奔流に覆われる。その瞬間にアリスを羽交い絞めにしていた幽香が離れどこかへ消え去るが、回避をしようにももう間に合うはずがない。
「そーれ、いちまーい♪」
「………」
光の奔流が障壁に触れた瞬間、音も無く魔力障壁が崩れ去る。
「ほらほらがんばれ~、にまーい♪」
「……ぅっ」
幽香はなおも楽しげに攻撃の手を緩めない。アリスの頬を一筋の汗が流れ落ちる。
「ふふ…なかなかがんばるわね、はいさーんまいっ♪」
「………うぅ…」
アリスはどんどんと追い詰められていく、昔から幽香はこちらの余裕が失われていく様を見て楽しむふしがあるが今日は特にその傾向が強いようだ。
「そろそろ…次の段階に進んじゃおうかしら♪ねぇ…アリス、いっちゃう?」
「………」
なぜかこのような状況下で無駄に色っぽく問う幽香にアリスは答える余裕が無い。
「ん~、お返事が無いからこれは沈黙を以って肯定と解釈するわね♪」
アリスに極光を浴びせ続ける幽香の隣に先程アリスを取り押さえた幽香が出現する。
「はーい♪ここから出力2倍でお送りするわよー♪そーれ、どーん!」
「ぐぅう…!!」
新たに出現した幽香からも極光が放たれ障壁に叩きつけられる。それだけで魔力障壁が一気に3枚消失する。アリスを守る障壁は1枚となってしまう。
「「うふふ…あーといっちまい♪あーといっちまい♪」」
「ぐぅううううっ…………ぁっ!」
ついに最後の1枚が崩れ去りアリスは光の奔流に飲み込まれる。
(う……ぁ……こが…………)
全ての光が勢いを失い、世界がその色を取り戻したときアリスは極光が刻み込んだクレーターの中心にうずくまっていた。
「あら、ちゃんと生きてたのね…偉いわ、アリス。それじゃ約束どおりあなたと小傘はお持ち帰りさせて貰うわよ?」
幽香は倒れたアリスへとゆっくりと歩み寄る。その進行方向に立ちふさがる影が一つ現れる。
「あらあら…お留守番はどうしたの?言いつけを守れない悪い子はお尻ぺんぺんされちゃうわよ?」
「あ…ありすはわちきが守るの!だっ、誰にも渡さないんだもん!」
幽香に立ち塞がる影の正体は小傘であった。しかし、小傘の様子はお世辞にも勇猛果敢とは言えない有様であった。
「うふふ…お顔が真っ青よ?脚もそんなぷるぷるしちゃって…可愛いわね?」
「うぅっ…」
そんな小傘の様子など微塵も気にすることなく、幽香は小傘に歩み寄るとこの前と同じ様に小傘の肩をがっしりと掴む。
「この前も言ったわよね?お姉さんの邪魔をするとってお話…覚えてないのかしら?」
「ぴぃっ!」
そしてこの前と同じ様にぎりぎりと力を込め始める。
「おっ…おぼえてましゅっ!すっごくおぼえてましゅ!!」
背筋をピーンと伸ばし小傘は答える。
「そう…いい子ね、物覚えのいい子はお姉さん大好きよ」
そう言って小傘を開放し横をすり抜ける幽香。小傘は俯き微動だにもしない…。
「でもっ!」
「……?」
小傘が声を上げる。
「ありすを…守るの!わちきはっ!!ありすは……渡さないっ!」
「あらあらあらあら…今日はいろいろ楽しませてもらえそうね♪」
小傘の宣言に幽香は振り返る、その顔には新たな獲物を獲た肉食獣のごとき獰猛な笑みが浮かんでいる。
「そうねぇ…確かにアリスとはあなたとアリスの身柄を賭けて勝負したけれど、あなたとはまだだったものね?それじゃあ不公平よねぇ♪」
「う~…」
幽香から戦闘時に放出されていた触れただけで切れてしまいそうな妖気が立ち上る。小傘はその妖気を浴びただけで二歩三歩と後退してしまう。幽香はその様子に満足げに微笑む。
「さ、それじゃ始めましょうか?うふふ…あなたはどれくらい持ってくれるのかしら…」
「ぴっ…うぅっ!」
常時浴びせかけられる幽香の妖気に小傘の戦意はもはや風前の灯である。そして幽香が腕を振り上げ…
「そこまでよっ!」
「?」
幽香の前に小さな影が躍り出る。
「またなの?お姉さん邪魔されるの嫌いだってあれほど言ってるのに」
「勝負はまだ始まっていないでしょう?せっかちな女は嫌われるわよ」
幽香の前に躍り出た影は紫色の装束、紫色の髪そしていつも眠そうに据わる紫色の瞳を持った魔女、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジ………の様な人形であった。
「ぱ…ぱっちぇさん…?」
「ふふふ、アリスと小傘のピンチのようだから推参したわ」
むっきゅーと胸を張るパチュリー人形。
「ふぅん?湖のお屋敷の引き篭もりが何の用かしら?」
「ふん…いい年して好きな子に意地悪しか出来ない年増に挑む可憐な少女を手助けに来たのよ、悪い奴らの元から美少女を羽ばたかせるのは魔女の嗜みでしょう?まぁ、美少女を捕まえていろいろ不埒なことをするのも魔女なんだけどね」
年増の部分で幽香はピクッと震えるがそれでも余裕は崩さない。
「そう…なら、あなたが相手してくれるのかしら、小さな魔女人形さん?言っておくけどお姉さんと遊ぶのはとっても危ないわよ?」
「だから、気が早いって言ってるの。私は小傘を羽ばたかせるだけ、この勝負に直接介入する気はないわ」
今度はパチュリー人形にターゲットを移す幽香に、当のパチュリー人形は手を上げ幽香を制する。
「一週間よっ!一週間後に小傘があなたをぼっこぼこのけちょんけちょんに出来るように鍛え上げるわ」
「ふぅ…ん?そんな短い時間でどうにかなるとはとても思えないんだけど?」
やれやれといった風情で肩をすくめる幽香にパチュリー人形はニヤリと笑…うような素振りで
「あーら?怖いのかしら自称『幻想郷最強の妖怪』さん?しがない付喪神にビビるなんて意外とミジンコハートなのね?」
「ふふ…安い挑発ねぇ、でもいいわ。その挑発、乗ってあげようじゃない?楽しみは後に残しておくものだしねぇ…」
そういうと幽香は倒れたままのアリスへと歩み寄る。
「まぁ、万が一の保険としてアリスは預かっておくわよ、安心して?こき使いはするけど手を出したりはしないから。一週間後までは……ね。うふふふ」
「あっあっ!ありすぅっ…!」
「いまは我慢なさい…大丈夫、必ず勝たせてあげるわ」
幽香はアリスを担ぎ上げるとゆっくりと飛び立つ。小傘はアリスを追いかけようと走り出すがパチュリー人形に押しとどめられる。
「それじゃ、一週間後またこの場所に来るわ…楽しみにしてるから」
「ありすぅうううううっ!」
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「ぱっちぇさん…」
「来たわね、改めて我らが紅魔館にようこそ」
アリスが幽香に連れ去られた後、小傘はパチュリー人形から紅魔館へ来るように指示を受けた。紅魔館には何度もアリスと共に訪れていたため小傘は迷うことなくたどり着くことが出来た。小傘が紅魔館を訪れると門番である美鈴は快く中に通してくれた。いつも出迎えてくれた咲夜は今は不在だそうで、そのまま美鈴が図書館へと案内してくれた。門を守らなくて良いのかと聞くと、守るべき人々の大概が出払っているため門番といっても飾りと一緒なのだそうだ。
「まったく、アリスにも天然総受け癖にも困ったものね…誰にでも優しいからあんなのがいつまでもまとわり付いてくるって言うのに」
「ありす…」
パチュリーがやれやれといった風に肩をすくめる。
「そういえばぱっちぇさんはどうしてわちきとありすが危ないって分かったの?」
「ああ…前に貴女にあげた石なんだけどね、あれと同じものをマーガトロイド邸の各所と、アリスに作ってもらった私の人形に仕込んであるのよ。あの石には通信機能があってね、あれを通してあなたたちのピンチを察知できたって訳よ」
パチュリーがむきゅっと胸を張って言う。
「すごーい!さすがぱっちぇさんっ!」
「ふふん、もっと褒めても良いのよ」
「要するに警備の名の下にお二人の赤裸々な生活を覗き見してただけなんですけどねぇ」
褒められて満更でもない様子のパチュリーに水をさすように小悪魔があっさりと実態を暴露する。
「うるさいわね、私は二人の契約の仲介人なのだから、誓約がしっかり履行されているかしっかりと見届ける必要があるのよ」
「お二人ならいつでも仲良しじゃないですか、監視の意味なんてまったくありませんよ。そのうち馬に蹴られますよ?」
以前、小傘が付喪神の性質に従い消え去ろうとした時、アリスに契約を勧め、紆余曲折がありながらも契約を成就させた影の立役者はパチュリーであった。その時、パチュリーが契約の誓約事項として魔方陣に刻んでいた事項は『二人を死が別つまで命を懸けて助け守り抜くこと』である
ぎゃいぎゃいと言い争いを始める二人に小傘は口を開く。
「でも、あの時ぱっちぇさんが出てきてくれなかったらわちきも幽香さんにやられちゃってたと思う。ぱっちぇさん、本当にありがとうございますです、それと幽香さんに勝てるようご指導をよろしくお願いしますですよ…」
そういって深々と頭を下げる小傘。
「ふむ………本当に惜しいことをしたわね、やっぱりあの時アリス共々食べちゃえば良かったかしら…」
「わっ、わちきはありすのものなんだよっ!?」
妖怪らしからぬ素直な物言いにパチュリーの目の色が変わる、危険な雰囲気を感じたのかズザザと小傘が距離を取る。
「ふふ…安心しなさい、あなたを手に入れるときはアリスも一緒よ。つまりあなたはアリスと離れることはない、ずっと一緒にいられて更に私が付いてくる。ほらお得でしょう?」
「おおっ!それなら安心でお得だねっさすがぱっちぇさん!」
ぽんっと手をうち納得して喜ぶ小傘。
「ふふ…もっと褒めてもよろしくってよ」
「あの、ぜんぜん安心じゃないですからね?騙されちゃ駄目です、結果的に二人の恋路を邪魔されてるんですよ?」
むきゅんむきゅんと胸を張るパチュリーの影で小悪魔が釘をさす。
「もう…さっきからやけに絡むわねぇ…なによ、やきもちなの?涼しい顔して内心プンスカプンなのかしら?」
「私はただパチュリー様の被害者が私だけに留まるよう、皆さんに助言をして差し上げてるだけですよ。パチュリー様ちょっと自意識過剰です。あとプンスカプンなんて擬態語、今時誰も使いませんよ」
ニヤニヤしながら小悪魔のわき腹をツンツンと突っつくパチュリーに小悪魔はあくまでツンとした態度で返す。なんだかんだで非常に噛み合っている主従なのだった。
「まぁ、小悪魔のツンデレはあとでゆっくり堪能するわ、今は小傘の今後についての説明からね」
「はいっ!よろしくお願いしますですよっ先生!!」
ようやく本題へと移行したパチュリーに小傘は元気良く返事をする。
「先生………いいわね…やっぱりあの時アリス共々食べちゃ…むきゅっ!ちょっと小悪魔!主に対して手を上げるとは良い度胸ね!」
「はいはい…無限ループは話が進みませんから、さくさく進めてくださいな」
話題の円環に入り込みそうな主にポコンとお盆を落として小悪魔は先を促す。
「むきゅ…後で覚えてなさいよ…。それじゃ先へ進めるわ、いいこと?巷にも知れてるようだけれど、十分な準備を整えた魔法使いに叶う者は無い。それは、隙間妖怪だろうが、亡霊の姫だろうが、鬼神であろうが同じことよ。そのことをしっかりと心に刻んで私の教えを頭と体に叩き込みなさい」
「はいなっ!」
そしてパチュリーの小傘強化合宿が始まる。
1日目
「違うっ!もっとイメージを確固たる物に!自分の妖術で吹き飛びたいの!?」
「はいっ!先生っ!」
「おー、なんか珍しく騒がしいと思ったら、面白いことになってるじゃない?」
「あ、お嬢様。紅茶お持ちしますね」
「すまないね、ふふ…母様に土産話が出来たわ」
2日目
「そうよっ!そのまま安定させ…あぁっ!違うっ!今の手順を百回追加よっ!」
「ふひ~…ふひ~…はいっ…せんせいっ!」
「うーん、がんばってますねぇっ!やはり人も妖怪も巧夫を積む姿は清々しいものです」
「美鈴さん、門番はどうしたんですか?咲夜さんからちゃんと見張っておくように言われてるんですからね?」
「あ~…そう!今はお昼の休憩に出てきたんですよ!」
「まだ辰の刻ですよ?」
「あっ…あ~っはっはっはっ!ちょっと館内の巡回に行ってきまーす!」
「まったくもう…咲夜さんに言いつけてやりましょうかしら」
3日目
「そう…そうよ!そのまま合成して!よし…よし…よっ…」
ドンッ!
「うえぇ…失敗しちゃいましたぁ」
「ぐ…ふ…、失敗が何よ!爆発が何よ!そんなもん気合でねじ伏せなさいっ!」
「ふぁ…ふぁ~い!」
「ふぅ…太陽が黄色いわ…」
「あ、咲夜さん。お帰りなさい~、休日なのにやつれてらっしゃいますね」
「えぇ…ちょっとね…寝かせてもらえなく…がくり…」
「あら、寝ちゃいましたねぇ…」
4日目
ズッドンッ!
「ふぇええ…も、もう駄目ですぅ…。わちきには幽香さんを倒すなんて夢のまた夢だったんですぅ…」
「ばかっ!」
ぱぁんっ!
「あぅっ!」
「あなたのアリスを守りたいという気持ちはその程度だったの!?いいえっ!そんなはずないわっ!私はあなたの中に光るものを見たの!今は苦しくても私を信じて付いてらっしゃい!」
「しぇ…しぇんしぇいっ…わちき……わちきが間違ってましたっ!」
「分かってくれたらいいのっ!さぁっ!私と一緒に夕日に向かってダッシュよっ!」
「は、はいっ!!!」
「きゃははっ!なんかパチュリーが面白いことしてる~」
「あらフランお嬢様、お早いですね?」
「だって朝中だって言うのに騒がしいから見に来ちゃった」
「申し訳ありません、パチュリー様が珍しくやる気でして」
「そうみたいだね~、でもやる気出しすぎて酸欠になってるんじゃないあれ…あ、倒れた」
「もう…虚弱体質の癖して、仕方ないんですから…」
5日目
「よし…何とかモノになってきたわっ!これならいけるわよ!」
「はいっ!待っててありすぅっ!」
「おぉ?なんだなんだ、パチュリーの奴。傘っ子躾けて何始めたんだ?」
「こんにちは、魔理沙さん。お話ししてもよろしいですが、まずはその懐と帽子と背中とスカートの裏地とドロワの中の本を本棚に戻してからにしましょうね?」
「おっと、そいつはごめんなんだぜ!そいじゃ私はお暇するんだぜ!」
「今よ小傘!前方にうろつく泥棒鼠にぶっ放しなさい!」
「はいっ!くらえー!」
「ぬぉおっ!不意打ちとは卑怯なのぜっ!」
6日目
「ふぅ…今日まで良くがんばったわ。明日はいよいよ本番よ、覚悟はいいかしら?」
「はいっ!」
「ふふ…いい返事ね、それではこれから明日の作戦をあなたに伝えるわ」
「はいっ!先生!」
「あや~、魔理沙さんから紅魔館で面白いことが起きていると聞いてきましたが、期待以上でしたねぇ。『動かない大図書館が遂に動いた!付喪神にまさかの英才教育!?』なかなか美味しいネタの予感です…」
「夢中なところ申し訳ありませんが机は座るところではなく本を広げる場所ですよ」
「あやっ!?これは失敬、ネタを見つけると周りが見えなくなる性分でして…」
「いいわ、小悪魔。存分に書かせてやりなさい、その代わり新聞屋に頼みたいことがあるの」
「はいはい、ネタを提供して貰えるのなら何でもいたしますよ」
「明日魔法の森に出来るだけ人妖を集めて欲しいの、あなたなら出来るでしょ」
「ええそれはもう、でもそれまたどうしてなんです?」
「くくく、出来るだけ多くの人妖の前であの女に大恥をかかせてやるためよ。私のアリスに手を上げた報いを受けさせてやるわ。くくくはははははっげっほごふっ」
「あやぁ~、びっくりするほど根暗ですねぇ…」
「魔女ってそういうものなんですよ…」
「ありすはわちきのだよっ!そんでもってわちきはありすのっ!」
そして、運命の7日目の朝日が昇る…
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その日、魔法の森は普段ではありえないほど人妖でごった返していた。射命丸文が幻想郷中に「面白いことがある」と触れ回ったおかげで
妖怪の山から地底、冥界や彼岸、迷いの竹林に果ては人里からとあらゆる場所から人妖が集まってきている。人妖たちは思い思いの場所に御座を拡げ、既に酒を片手に宴会ムードが出来上がっている。宴会ともなれば商魂たくましい一部の者が屋台を開いてこのチャンスに一儲けしようとしきりに客を呼び込む。魔法の森はお祭りムード一色に染まっていた。
「母様っ!次はあの綿菓子が食べたいわっ!」
「あらあら~、アリスちゃんが心配で見に来たのになんだか楽しいわね~」
「早苗~、射的やろうよ!射的っ!あのでっかい蛙のぬいぐるみが私を呼んでるんだよ!あぅぁっ!!」
「洩矢様、前を見て走らないと危ないですよ…あ…ピンクの蛙柄」
「大ちゃん!魔理沙が『もっとサイキョーになれる茸』ってのくれたのよ。これであたいはもっとサイキョーねっ!」
「チルノちゃんだめぇーっ、そんな卑猥な形をした茸をお口に入れちゃ………ぁ…いいかも…」
「咲夜さん…お祭りといえば神社裏でしっぽり…というのが恋人達の流行だと天狗の新聞に!」
「今すぐその新聞を捨てるのよっ、さとり!っていうかここに神社なんてないわ…」
「神さまぁ…最近構ってくれないじゃないかぁ…あたい寂しくなっちまうよぅ…?」
「こらっ、こんな目立つところでっ!諏訪子に見つかったら殺されちまうよ!夜的に!」
周りの喧騒とは対照的に広場の中心では静かに今日の主役達が相対していた。
『え~、幻想郷の紳士淑女の皆様~お待たせいたしました!ただ今より幻想郷史でも屈指の無謀な挑戦といえる一戦をお送りいたします!解説はご存知「清く正しくうそ臭…美しく!」射命丸文と、特別ゲスト兼今回の勝負の見届け人として「三度の飯よりお茶が好き!お茶さえあれば愛なぞいらぬ!」幻想郷きっての出がらしフェチであらせられる腋巫女1号さんでお送りいたします~!』
『ちょっと、出がらしフェチって何よ、お茶は色さえ付いてればお茶なの。博麗霊夢よ』
広場には特設ステージが組まれ壇上には幽香、アリス、小傘、パチュリー人形がそれぞれ対戦に備えて待機している。
『早速持ち前の貧乏性を暴露した1号さんですが、いかがでしょう?今日の対戦の予想なぞいただければ!」
『こんの烏は………ふぅ、普通にやったら幽香の圧勝は硬いでしょ、でも傘娘にゃパチュリーが付いてるんでしょ?なら普通に来るわけが無いから結局のところ対戦を一時も目を離すことなく見てろってところね』
特設ステージ脇では何故か文と霊夢が実況席を設け今回の一戦を見守っている。
「良くぞ逃げずに来たわね…とでも言えばいいのかしら?」
「ふふ…逃げるわけが無いじゃない、今日があなたの命日よ!」
幽香が不敵に小傘へ言い放つが何故か小傘の頭上で垂れているパチュリー人形が挑発で返す。
「あっ!ありすぅっ!」
「だ、だめ小傘…見ないで…」
『早速ですが今回の一戦の賞品をご紹介させていただきます、「魔法の森で暮らす魔法使いにして人形遣い、人形を操らせたら幻想郷に右に出るものはいない!黒ストを穿かせても右に出るもはいない!」アリス・マーガトロイドさんです!今日は幽香さんに捕まってしまった彼女を小傘さんが取り戻す為の一戦と聞いております!今日のアリスさんは幽香さんの趣味でしょうか?猫耳ミニスカメイド服というなんともアレなファッションでのご登場です!なんでしょうか、恥らう表情とあいまって鴉天狗のわたしですがこう…天狗の鼻にエネルギーが満ちるような心地がいたしますっ!』
『下品よあんた…まぁ、アリスは何着せても映えるからねぇ。昔はうちの巫女服着せたりメイド服着せたりして喜んでたわね…主にまわりが』
「さて…外野が少し五月蝿いけれど早速はじめましょうか。この一週間、アリスを間近に我慢するのが大変だったのよ?」
「あ…ありすはわちきのっ!返して貰うのっ!」
「くくく…ほえ面欠かしてやるわ」
小傘とパチュリー人形が位置につく、それに遅れるように幽香がゆったりとと位置に付く。
『おっと、ここで両者開始位置に付きました、いよいよ始まるようです。さぁ、年経た道具から成る一介の付喪神が花の大妖に対し如何なる手段を以って挑むのか?注目の一戦が今始まりますっ!』
『すいませーん、お茶お変わりお願い』
「わちきから行くよっ!大輪『ハロウフォゴットンワールド』!」
「うふふ、楽しませて頂戴ね」
小傘が先にスペルを宣言する。宣言と同時に大きく傘を回し、それを合図に小傘から無数の弾丸が放出される。
『さぁ!始まりましたっ、まずは小傘さんからの先制攻撃!どうやら全方位放射のスペルでの牽制のようです!』
「ん~…弾は多いけど退屈なスペルねぇ?タイミングさえ間違えなければカスりもしないわよ?」
幽香はふわふわと弾列の隙間を右へ左へとリズム良く縫っていく。
『あや~、これは牽制にしても花の大妖には役不足でしょうか!余裕の表情で弾丸をかわして行くー!』
『まぁ、初っ端から被弾されても解説的に困るわよねぇ…』
「悪いけど、お姉さん退屈な弾幕は嫌いなの。反撃しちゃうわよ?」
「うーっ!」
幽香が手の平に一輪の花を咲かせ、ふっと息を吹きかける。すると花が瞬く間に巨大化し回転しながら小傘へ向かい飛んでいく。
「わぁっ!」
『おーっと!巨大な花に驚いて集中が崩れたか!?ここであっさりスペルブレイクー!人を驚かす妖怪が驚かされてどうするー!責任者何やってんのー!』
『見た目的にも明らかに小動物系だものねぇ、あの傘娘』
「むきゅっ、外野はだまらっしゃい!!小傘っ、アレやってやりなさい」
「はいっ!先生っ!」
「うふふ、どんどん行くわよ♪」
幽香は第二第三の花を咲かせ小傘の反応を楽しむように逃げ回る小傘に一つずつ飛ばしていく。と、逃げ回っていた小傘が幽香へと向き直る。
「あら…逃げるのは止めたの?言っとくけどお姉さん無抵抗の子にも当てるわよ?」
突然動きを止めた小傘に拍子抜けしたものの幽香は小傘に向かって巨大な花を放つ。
「傘符『一本足ピッチャー返し』うらっめしっやっ!!」
「!?」
『おーっと!?早くも戦意喪失かとの心配を他所に、小傘さん自前の傘で幽香さんの巨大花を打ち返したぁっ!霊夢さん!弾幕ごっこルール的にこれはありなんでしょうか!?』
『おー、ちょっとびっくりね。でも私は相手の弾を打ち返しちゃいけないなんてルールを設定した覚えはないわよ』
『つまりありということですね!流石の幽香さんもこれには面食らったようです!相手の動揺を食べるという心食い妖怪の本領発揮かー!』
打ち返された巨大花を幽香は少し大きめに避け
「面白いことするわね?それじゃこれはどうかしら?」
今までは単独で放っていた花を大量に増殖させ一気に解き放つ。
「ふふん、量を増やしても同じこと。本来一本足の唐傘お化けの小傘の下半身の安定は半端じゃないのよ!」
「うらめしやっ!うらめしやっ!やっやっやっやぁ~~~っ!」
『おおお!これは凄いっ!どんなコースをとって飛ばされた巨大花も、正確に幽香さんへと打ち返しているー!更に大弾のおまけ付きー!正直弾幕ごっことはかけ離れて来ている気がしますがとにかくすご~~いっ!』
『弾の量を増やせば増やすほど自分が辛くなる、ある意味撃ち返しの正しい姿といえるわね』
いつの間にか小傘は一箇所にとどまり、幽香が逃げ回るというように形成が逆転していた。いくら撃っても無駄と察したのか、ここで幽香が巨大花を撃ち出すのを止める。
「あら、それでおしまいなの?うちの小傘は千本ノックでも余裕でこなすわよ?」
「ふ…、ちょっと思い出したわ。一人歩きし始めた道具は危険だって事…。少し苛めて泣かせてやろうと思っていたけど。気が変わったわ…ここからは本気で苛めて泣かせてあげる」
幽香から陽炎のように妖気が立ち上り始める。
「ぴっ!ぱぱぱぱぱっちぇさん!?幽香さんすっごくやる気になっちゃったよ!?」
「落ち着きなさい、ここまで持ってくるのが狙いだったんだから、作戦はここからよ」
幽香がポケットから一枚のカードを取り出す。
『さぁ!来ました!いよいよ花の大妖のスペルカードです!』
「花の種子は風に乗り、鳥に運ばれ、せせらぎに流され地上のありとあらゆる場所にたどり着き根を張るわ。そう…あなたの足元も例外じゃない」
幽香の傘が地を一突きする、とそこを中心に地面が泡立つように植物のが芽吹き始め一気に成長し花を咲かせ始める。それは波紋のように広がり続け広場を囲う弾幕が外に漏れでないように設置された結界まで到達する。
『出たー!花符「幻想郷の開花」ですっ!以前幻想郷中の花が開花した事件がありましたがその時を髣髴とさせるほど、結界内は右を見ても左を見ても花花花ーっ!』
『あの時の花との最大の違いは、この花の一つ一つに宿っているのが幽霊じゃなく幽香の妖気ってことよねぇ』
『その心は!?』
『触れれば斬れるわよ、バッサリと』
周りが花で満たされたことに満足げな笑みを見せた幽香は、傘を一振りして風を起こす。
「さぁ、舞い散る花びらの中で踊って見せて頂戴」
幽香の起こした一陣の風は、幽香の妖気が乗りまわりの花々の花びらを一斉に舞い上がらせる。
「小傘!あの花びらに触れちゃ駄目よ!」
「はいぃっ!でもっ…わっ……周り中花びらでっ!うわぁっわわわっ!」
結界の中はいまや右も左も花吹雪で満たされ逃げ場となる隙間も見つけることが難しいほど視界を覆っている。
『これは美しいーっ!触れれば斬れる凶悪な花びらとは思えぬほど可憐かつ煌びやかな弾幕だー!しかしっ!私は何故実況席を結界内に設置したのでしょうか!実況席も例外なく花びらが舞い降りてっ!私、正直避けるだけで精一杯になりつつあります!』
『間抜けな話しよねぇ…』
『ちょっと霊夢さん!何でっ!自分とアリスさんにだけ結界をはってらっしゃるんですかっ!?』
『だってアリスは今回の賞品なんでしょう?傷ついちゃ大変でしょうが、後お茶に花びらが入る』
『私は傷ついてもいいんですか!?って言うか私お茶以下なんですか?』
『うん』
『ひどっ!』
舞い散る花びらの間を縫い小傘はかろうじで避け続ける。
「ぱ、ぱっちぇさんっ!も、もうだめ…かも!?」
「もう少しよ、もう少し粘りなさい!」
「うふふ…がんばるわねぇ?お姉さん嬉しいわぁ」
必死で避け続ける小傘の姿に幽香は笑みを深める。
「がんばってる子を見るのはいい物ね?そんながんばってる姿を見ると益々危険な舞台を用意してあげたくなるわぁ」
逃げ回る小傘の姿にスイッチが入ったのか幽香は新たに一枚のカードを取り出す。
「小傘っ!来るわよ!」
「はいっ!」
『ほっ!はっ!おっとここで幽香さんが更に一枚カードを取り出したぁ!ここは一気に勝負を決めるつもりかー!?おわぁっと!』
『うーん、幽香のことだからもっと追い詰めて楽しもうって所じゃないの?あいつ、スペルカードは殺さずに苛めて楽しめる道具としか思ってないみたいだし』
幽香は新たに先ほどの巨大花も追加しスペルを宣言する。
「さぁ、もっと踊りましょう?幻想『花鳥風月、嘯風弄月』」
『おわーっ!更に増えたーっ!しかも今度は幽香さん自身が移動する先々から爆発的に花びらが舞い上がるー!これはきついー!』
幽香が歩みを進めるたび、その先の花々が爆発的に増殖し一気に噴火のように花びらを舞い上げる。これは四季を通じて花の咲く場所を転々としている幽香の生き方をそのままスペルカードに表しているかのようだった。
「来たわ!小傘っやりなさい!」
「はいなぁっ!雨傘『超合金かさかさお化け』!」
「あら?私のお花たちに水をあげてくれるのかしら?」
小傘の宣言と共にどこからとも無く鈍黒い雲が湧き出し、結界の天井を覆いつくす。と、すぐに雲の色と同じ鈍い光を放つ大粒の雨が降り始める。
『おーっと!ここで小傘さんも重ねるようにスペル宣言ー!スペルとスペルの真っ向勝負だぁ!』
『なるほど…考えたわね…』
『あやっ!これまで投げやりだった霊夢さん、一体どういう心境の変化で!?』
『まぁ、聞きなさい。あの傘娘は憑代の材質と役割から陰陽的に木行に属し水行に親しむ性質があるわ。だけどそれだと花の妖怪、つまり木行の妖怪である幽香には同行の上妖術が水行だと力を与えてしまう恐れがあるわけよ』
小傘の頭にしがみ付きつつパチュリー人形がニヤリとほくそ笑んだ…ような気がした。
「そう、本来であれば地力で劣る小傘に勝ち目は無い、でもそこで金行を追加したらどうかしら?金は木を切り倒す、つまりは金剋木で幽香に対抗しうるスペルとなるわけよ。このために相性の悪い金行の妖術を小傘に扱えるよう叩き込んだのよ」
小傘が降らせる雨は瞬く間に土砂降りとなり幽香が咲かせた花々を打ち始める。と、今まで目にも留まらぬ速度で成長を続けていた花々の勢いが衰え。逆にどんどんとしぼみ始める。
「!?…これは…」
「この世界に存在するものは全て七曜を内に内包しているわ、その物の在り方はその七曜のバランスの傾きによって決まる。ならばそのバランス…崩してしまえばどんな物でも容易に崩壊しうるのよ、今回は花に過剰な剋気である金気を注ぎ込んで枯れさせたというわけね」
『おおおおっ!まさかっ!スペル対決で小傘さんがまさかの勝利!いかがでしょう霊夢さん!?』
『うーん、確かにスペル合戦では勝ったかもしれないけど、この後どうするつもりかしら?』
『あや?』
小傘の降らせた雨は幽香の花々を一輪残らず枯れ果てさせ、元の魔法の森の大地を露出させていた。
「く…くふふ…私のお花さんたちが…くくっ……お姉さん………ちょっと頭に来ちゃったわぁ」
ごうっと幽香の妖気が増大する、今まで俯いていた顔に浮かぶのは細い細い狂気の三日月。
「お姉さん、言ったわよねぇ?花を折られるのが嫌いだって………物覚えの悪い子は…ぶっ壊しちゃうわよ?」
言い放ちざま幽香は一気に距離をつめ瞬時に折りたたんだ傘を小傘に叩きつける。小傘はとっさに傘を盾にし後退したものの幽香の攻撃の余波を受けて大きく吹き飛ばされる。
「きゃぅっ!?…………きゅぅ…」
「ちょ、ちょっと小傘!気絶してる場合じゃないわよっ!」
幽香の攻撃に吹き飛ばされあっさりと小傘は目を回す。焦ったパチュリー人形が小傘の頭をぺちぺち叩く。
「邪魔よ…」
「むぎゅっ!」
そのパチュリー人形も幽香の傘の一振りで弾き飛ばされる。後に残った小傘の胸倉を掴み持ち上げる。
「あなた、本当に気に入ったわ…他人の手助けがあったとはいえ、お姉さんをここまで怒らせた子は久しぶりよ?ご褒美としてその手足を叩き折った上でうちに連れ帰ってあげる。私に一生苛められて過ごす幸せな毎日を送らせてあげるわ」
「ぅ………ぁ………」
『さぁ、大変なことになってしまいました!スペル合戦で勝利したはずの小傘さんに激昂した幽香さんが襲い掛かったー!スペルカード発案者であらせられる霊夢さん、この事態をどう見られますか?』
『さて、ねぇ…これが人間と妖怪の弾幕ごっこであれば問答無用で幽香をしばき倒すところだけど、こうなったらただの妖怪同士の紛争だからねぇ。周りに被害が出ない限り私は動かないわよ?』
『あや~…これまた随分ドライなご意見ですねぇ…』
『私は博麗の巫女よ?異変でもない、人に被害が出てもいない、そんな状態で一方の妖怪を助けたりしたらそれこそ大事よ。……ま、弾幕ごっこ終結後なわけだし?ここからは他者の手助けが入ったところで私は何にも言わないけどね。って言うまでもなかったわね』
ぱぁんっ!
乾いた打撃音が広場に木霊する。
「い……痛いじゃない、アリス?」
「弾幕ごっこの上で多少の怪我をするのは仕方ない、ルールの上で相手の言うことに従うのも仕方ない…でもっ!ルールもなにも無いところで私の大事な人に手を上げるのは許さない!」
叩かれた頬を押さえ、幽香はアリスの剣幕に二歩三歩と退く。いつの間にか幽香を覆っていた強大な妖気は消え去りただ呆然と立ち尽くす幽香が残る。
「で、でもアリス…私はその子と遊んで…」
「あなたはやりすぎなのよっ!それに相手の意思も確認せずに一方的に仕掛けていたらもうそれは遊びじゃないわ!」
『あやや~?どうしたことでしょうか、今まで強大な妖気を放っていた幽香さんですがアリスさんのビンタ一発で驚くほど大人しくなってしまいましたよ?』
『ああ、あいつは変な所で精神的に弱いからね。遊んでるつもりがつい本気になっちゃったりなんて日常茶飯事なの、要するに子供なのよ。そういう悪がきを大人しくさせるのは近しい者の一喝でしょう?』
『あやぁ…花の大妖の意外な一面ですねぇ…』
「あ…アリスはいつも私と遊んでくれてたじゃない…」
「弾幕ごっこでね!私もルールの上であなたと戦うのは楽しかったわ、だからあなたのことはなんだかんだ言っても友達だと思ってた」
小傘を抱きかかえてアリスはきっと幽香を睨みつける。
「でも、あなたは今日私の小傘を傷つけようとした、そんなの友達のすることじゃない!」
「あ…アリス…私、そんなつもりじゃ…」
何かを言い募ろうとする幽香にアリスは最後の言葉を継げる。
「しばらく顔も見たくないっ!帰って!」
「!?………あ……ぁ…ありすのばかぁああああああ!」
アリスの言葉が幽香に叩きつけられる。幽香はしばらく呆然としていたが、その瞳に大粒の涙が浮かび上がり頬を流れ落ちる。弾ける様に身を翻し幽香は結界を突き破って飛び去ってしまった。
『あ~…あや~、貴重な大妖怪の大泣きシーンを激写してしまいました…それはともかく!幽香さんが逃亡してしまった為この勝負小傘さんの勝利ということでよろしいでしょうか?』
『ん~、まぁいいんじゃない?アリスの言霊という名の弾丸が決まり手だったけどね』
会場から小傘の健闘を称える拍手が沸き起こる。
「ちょっと言い過ぎたかしら…」
そんな最中、当の小傘を抱いたアリスは幽香に言った事を早くも反省し始めていた。なんだかんだいってもアリスはなかなか人を嫌いきれないお人よしなのである。
ぎゅ…
「………」
「あ、小傘…目が覚めたのねってぐぇ…」
いつの間にか目を覚ましていた小傘がアリスのメイド服のタイを思いっきり引っ張ったことでアリスは乙女にあるまじき声を上げてしまう。
「ありすはわたしのっ!他の人の心配なんかしちゃだめっ」
「こが…くるし…ぐぅううう…」
健康的な赤みを帯びた頬をパンパンに膨らませて小傘はアリスのタイをぐいぐい引っ張る。
「ありすはわたしがまもるのっ!そんでもってありすはわたしのなのっ!ありすもわたしのことだけ見ててくれなきゃ嫌なの~~~~~~っ!」
ぐいぐいぐいぐいぎゅっぎゅっぎゅ~~~
「こ………が……………がくり……………」
この後、アリスが小傘の機嫌を取るのに要した労力は手作りのプディングと優しい抱擁、そして愛情のこもったキスだけだったいう。素直さの中に一握りの小さな嫉妬を手に入れた小さな傘の少女の物語はまだまだ続いていくようだ。
一方泣きながら花畑へと帰る花の妖怪の背中を小さな4つの瞳が見送っていたようだがそれはまた別のお話。
幻想郷の夏は暑い、博麗大結界構築以前から隠れ里であった幻想郷は四方を山に囲まれ、その中にぽっかりと開いた大きな盆地のような構造になっている。 夏ともなれば燦々と降り注ぐ太陽の熱は逃げ場を失い強烈な熱気が辺り一帯を覆いつくすほどである。
唯一の救いは幻想郷の豊な自然に蓄えられた豊富な水があることだろうか、森や湖、更には幻想郷全体の肥沃な大地から発生した水蒸気は雲となり夕方には日中の熱気を洗い流すかのような大量の夕立を降らす、その夕立があるおかげで夜間は蒸して入るものの日中の灼熱がうその様に涼しくなるのだった。
ぱた……ぱたた………ぱたたたた…
ざぁあああ………
今日もまた、幻想郷の強烈な熱気を鎮める激しくも優しい雨が降り始めた。
「あ~め~あ~め~ふ~りだ~した~♪わ~すれ~た傘がいまは~こ~いし~くて~♪」
「ご機嫌ね、小傘」
激しい夕立の中を相合傘で進む二人組みがあった、一人は小さな体に不釣合いな紫色の傘を持った少女で空色の髪の毛を楽しげに揺らし上機嫌に歌など歌いながら歩を進めている。
「うん!雨と言えば私の出番だよ、ありす!」
「そうね、いつもありがとうね」
大きな傘の小さな少女に寄り添うのは、金髪碧眼の人形のように整った容姿の少女。しかし、今はその頬にさした朱と優しげな笑顔が彼女の一見無機質にさえ見える美しさに華を添えていた。
「今日は買い物が遅くなってしまったから、降られるとは思っていたけれど…これはまたすごい降りね、前が見えないわ」
「だいじょーぶ!私が居ればありすに雨粒一つ当てさせないんだから!」
元気いっぱいに傘を揺らす小傘に等のアリスもまんざらではないといった表情で
「頼もしいわね、それじゃ小傘ががんばってくれたら今日のお夕飯は腕によりをかけて作るわ」
「やったぁっ!でも、アリスの作ったご飯はいつでも美味しいよ」
アリスは傘を持つ小傘の手にそっと自らの手を重ね、ゆっくりと歩いてゆく。じめじめする雨の最中も二人にとっては何にも変えがたい時間なのだった。
「あらあら、相合傘の上にお手て繋いでなんて…お熱いわねぇ」
そんな二人の時間に水を指すように横合いから声がかかる。若葉色の髪に赤いチェックのベストとスカート…この特徴を聞いて幻想郷でこの妖怪を思いつかない者は居ない。おっとりした雰囲気と容姿、そして「花を操る程度の能力」と実に平和なイメージを与える外見とは裏腹に、性格は強いもの苛めが大好きで相手の神経を逆撫でするのも得意、自分のテリトリーを犯すものは人妖神霊老若男女問わず無慈悲に抹殺すると恐れられる凶悪妖怪、風見幽香その人である。
「うげ…幽香…」
「まぁ…うら若き乙女が『うげ…』なんて言う物じゃないわよ?」
アリスと幽香は旧知の仲である、その昔アリスの故郷である魔界を襲撃し壊滅状態に追いやった者達の一人が幽香である。幼い頃のアリスはその時分に得意の魔法で応戦したが完膚なきまでにボロボロにされ、意趣返しに究極の魔法を手に入れて幽香たちに挑んだのだが結果は惨敗。メイドにされてこき使われたり、付きまとわれて究極の魔法を盗まれたりと散々な目にあっている。そんなことがあって以来、修行のために幻想郷へ移り住んだアリスだったが、この風見幽香だけは未だに苦手意識が取れていない。
「余計なお世話よ、それより何の用なの?こんな雨だし早く家に帰りたいのだけど…」
「あらまぁ、こんな雨の中恥ずかしげもなく手を繋いでいちゃいちゃしてた誰かさんがよく言うわね、用事なんてそんなお友達を見つけたから冷やかすってことだけで十分理由にならないかしら?」
アリスはなるべく幽香に付け込む隙を与えないよう言葉を選び、簡潔に帰りたい旨を伝えるがそもそも幽香に発見された時点で絡まれることは決定事項なのである、いかに防御を固めようと幽香は無理矢理にでもこじ開けてきてしまう。
「趣味が悪いわよ、って言うかだれがお友達よ」
「あら、私と貴女がって言ったつもりだったのだけれど、分からなかったかしら?体はこんなに大きくなったくせに頭は未だにお子様なのねぇ…うふふ」
硬い表情と冷たい言葉で懸命に牽制するアリス、その容姿と相まって普通の者なら特殊な性癖でもない限り萎縮して何も言えなくなってしまうほどの冷たい態度であったが、生憎と幽香は普通とは程遠い位置にいる妖怪である。相手が嫌がれば嫌がるほど突っつきに行く者、人は彼女を指してこう言うのである…「ドS」と。
「あらあらまぁまぁ、そこもかしこもこんなに育っちゃって…、見た目だけはいい女になったわねぇ。お姉さん嬉しいわぁ」
「ちょっと!触らないでっ…きゃぁっ!どこ触ってるのよっ!!」
にこにこほわほわな表情を崩さずナチュラルにアリスの体を撫で回す幽香にアリスは必死で抵抗する。ただそこは大妖怪である、アリスが両手で必死に手を払いのけても、のらりくらりとアリスの防御を傘を片手にらくらく潜り抜けてくる。なんだかんだでもうアリスはすっかり幽香のペースに巻き込まれているのであった。
つんつんさわさわぺたぺたぷにぷに…
「ほらほら、もっと抵抗しないと乙女の純潔が悪い妖怪に汚されてしまうわよ~、うふふふ…」
「もっ……このっ…いいっ………加減っ…にっ!」
ぱしんっ…
「?」
「えっ…!?」
「あ…あれ?」
幽香の悪ふざけがエスカレートしアリスの我慢が限界を迎える刹那、幽香の手をはたき落とした手があった。先ほどから蚊帳の外に追いやられていた小傘である。もっとも、はたき落とした本人が自分の行動を良く分かっていないらしく、自分の手のひらを見つめて目をパチクリさせている。
「あなた…なに?」
「ひっ!」
世界が凍りついた。あたりは相変わらずの土砂降りで、湿気も気温も高いままなのに小傘は真冬の世界に放り込まれたかのような戦慄を覚えた。
「聞いているの?あなた」
「ひょっ、ひょえっ!?」
アリスの側にいたはずの幽香が、いつの間にか小傘の真正面に回りこんでいた。相変わらず表情はにこにこ顔なのに全く笑っているように見えない。小傘は幽香の迫力に飲まれて立っているのがやっとの状態になっていた。
「ちょっ…幽香っ!この子に手を出さ…うぎっ!」
「あっ、ありすぅっ!!」
ばちんっ!
幽香の興味が小傘に向いてしまったことに気が付いたアリスが幽香と小傘の間に割って入ろうとした瞬間、アリスは幽香のデコピンによって弾き飛ばされる。このデコピン、かつて幽香が幼い日のアリスに散々見舞ったもので、当時はその素振りを見せるだけでアリスが涙目になるほどのトラウマを植えつけた一撃である。膂力においては鬼をも凌ぐとさえ言われている幽香のデコピンは、当然現在のアリスでも耐え難いほど痛い。
「うぐぎぎ…」
額を押さえてしゃがみ込んでしまったアリスを尻目に、幽香は小傘の肩をがっしりと掴む。
「あなた、お名前は?」
「ひゃっ、ひゃいっ!?」
みし…
「お名前は?」
「わっゎわわわっわちっ…わちきはっ多々良小傘れしゅっ!」
幽香は相変わらず微笑んでいるが、肩を掴んだ手が万力のように締め付けてくる。小傘はしどろもどろになりながらも幽香に自分の名前を伝える。
「そう…小傘ね。ちゃんと言えたご褒美にいい事を教えてあげるわ……お姉さんはね……」
みしっみししっ!
「あだっ!あいだだだだっ!」
小傘の肩に幽香の指が強烈に食い込み始める。
「可愛い子猫と遊んでいるのを邪魔される事と花を折られる事が死ぬほど嫌いなの……いい?覚えておきなさいね、じゃないとあなた……ぶっ壊しちゃうわよ?」
「ふわわわわっ、ふぁいっ!」
肩をぎりぎりと締め付けてくる痛みに耐えながら必死でこくこくと返事をする。
ぎりぎりぎりぎり……………ぎゅぅっ!
「ひぎゃーっ!」
小傘がうなずいてからおよそ1分間幽香は小傘の肩を締め付け続け、小傘が痛みで悶える様を堪能した後止めとばかりに強く握りこんでから小傘の肩を開放する。
「それじゃ、アリス…近いうちにあなたのお家にお茶しに行くから。美味しいお菓子を用意しておいてね」
やりたいことをやり、言いたい事を一方的に言って幽香は真っ白な傘をくるくる回しつつその場から立ち去った。
「うぐ…ぬぅん…」
「痛い~肩が~…」
後には幽香に与えられた痛みでうずくまるアリスと小傘だけが残った。肩の痛みと恐怖から解放された脱力感でへたり込みつつ小傘は思うのだった。
(綺麗な傘の人…だったな…)
先ほどの幽香に絡まれているアリスを思い出すと、なぜか小傘の胸にちくりとした痛みが広がっていった。
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「ごきげんよう?アリス」
「うわ、本当に来た…」
後日の未の刻、幻想郷全体がもっとも暑くなるころ、涼しげな顔をした幽香が宣言通りマーガトロイド邸を訪れた。
「ごあいさつね、ちゃんと約束したじゃない。私は約束をちゃんと守るのよ?」
「あんな約束の仕方がまかり通るなら、世の中恐喝犯の天下でしょうね…」
アリスの皮肉にも幽香は涼しげな微笑みを崩さない。相変わらずお気に入りの傘をくるくると弄びつつアリスを見つめている。
「とにかく、来るなら来るでちゃんと時刻を指定して来て頂戴。今日は都合が悪いから帰って」
バタンガチャリ、ブゥン
アリスは言うだけ言って幽香の返事を待たずに扉を閉める。更に鍵をかけてとどめに結界まで張っていた。
バキッ!ギィ…
「まぁまぁ、そう言わずに。折角暑い中こんな森の片隅まで出向いてきてあげたんだから、お茶の一つ位出しても罰は当たらないわよ?」
「来てなんて頼んでないわよっ!っていうかドアを結界ごと取り外すとかどれだけ非常識なのよ!?あ、こら!入ってこないで!」
結界の張られた扉をドア枠から無理やり取り外して幽香が進入してくる。
「アリスったら、扉にだけ結界を張っても他ががら空きよ?入って下さいって言っているようなものよ?あ、そっかぁそう言ってるのね?もう、アリスったらツンデレね」
「結界を張ったのは拒否の気持ちの現れよ!普通あれだけ拒否されれば帰るでしょう!?あーもうっ!人の話を聞きなさいよ!」
アリスの叫びもむなしく幽香はどんどん家の奥へと進んでいく。
「むぐむぐ…ありす~?誰か来たの~………ひょぇっ!?」
「あら、あなたもいたのね。ごきげんよう?」
アリスと午後のティータイムを楽しんでいた小傘は幽香の姿を見て硬直する。先日の事もあり、小傘の心にもしっかりトラウマが根付いてしまったようだ。
「どうしたの?私はアリスの家にお茶しに来ただけよ?そんなに硬くならなくても大丈夫よ」
「ぴぃっ……」
幽香は優しげに語り掛けつつもその手はしっかりとあの時と同じく小傘の肩に手を置いている。
「ちょっと!小傘を苛めるんじゃないわよ!あなたはお茶しに来たんでしょう?さっさと座って頂戴」
「はいはい、それじゃアリスのお茶とお菓子を堪能しようかしらねぇ…」
「ぴぃいぃぃ…」
と恐怖で硬直したままの小傘を抱き上げ膝の上に座らせる幽香。
「こらっ!お茶するんじゃなかったの?小傘を離しなさいよ」
「ええ、するわよ?この空色の子猫を愛でながらねぇ」
アリスは小傘を幽香から引き離そうとするが幽香に巧みにいなされ小傘に触れることも出来ない、一方小傘は硬直している。
「小傘が嫌がってるじゃないのっ!」
「そんなこと無いわよね~、小傘?」
「ぴっ!?」
こくこくこく…
幽香に見つめられて小傘は無条件に頷いてしまう。
「ほらね?」
「うぐぐ……」
小傘に触れることも出来ず、さりとて幽香を口で何とかすることも出来ずにアリスは歯噛みする。そんなアリスの様子を見てますます幽香は笑みを深めるのだった。
「うふふっ、それにしてもこの子…いい香りがするわね…雨の香り…そしてその雨を命いっぱい吸い込んだ紫陽花の香り」
「ふわっ!?」
「あっ、あーっ!!」
幽香はアリスに見せ付けるように小傘を抱きしめ小傘の頭に鼻を寄せる。
「うふふっ、小傘って言ったかしら?気に入ったわ、あなたアリスなんかよりお姉さんの所に来ないかしら?」
「ちょっ!幽香!あんたいい加減に…」
ぐ…
その時、今まで無抵抗だった小傘が始めて動きを見せる。幽香の肩に手を突き少し
体を離す。
「ごめんなさい、わちきは…ありすと一緒がいいの」
「小傘…」
今まではずっと逸らしていた瞳で真っ直ぐ幽香を見つめ、小傘ははっきりと継げる。
「ふふ…振られちゃったわね」
「あう……ごめんなさい…」
珍しく幽香が引き下がる素振りを見せたのでアリスはほっと胸を撫で下ろす、だが
「でも、そんなことは関係ないわね」
「むぎゅっ!?」
再度幽香は小傘を抱きしめる、小傘も抵抗しようとするが幻想郷トップクラスの力を誇る幽香の腕力にかなうわけも無く幽香の胸に抱きとめられてしまう。
「幽香っ!」
「私はこの子を気に入ったの、だからこの子を連れて帰るわ」
幽香は相変わらず微笑んでいる、微笑んでいるがその目には有無を言わせない雰囲気が漂っており、幽香が本気で小傘を連れ帰るつもりでいることを証明している。勿論、幽香に連れて帰られて小傘が無事でいられるわけがない、きっとあの手この手で苛められるに決まっている。
「ふぅ…、一方的な約束した上に強行侵入だけならいざ知らず、我が家の同居人まで攫っていくと来たわけね…いいわ、表に出なさい。今日という今日は今までの借りにおまけを付けてきっちり引導を渡してやるわ」
「あら?いいのかしら、霊夢や魔理沙に弾幕ごっこで渡り合えるようになってきたからって、私はあの子達とはレベルが違ってよ?」
アリスが勝負を挑んできた瞬間、幽香のもう一つの性格が顔を出し始める。花を操ること以外にはさほど特殊な能力を持たない幽香が、特殊な能力持ちが溢れる幻想郷において花の大妖と呼ばれるまでに成長した一因。相手がどんなものであろうと噛み付いていくほかに類を見ない好戦的な性格である。
「御託は結構よ、さっさと出なさい」
「うふふ、アリスったら顔真っ赤ね」
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「ここでいいわ」
マーガトロイド邸から少し離れた広場にアリスと幽香は来ていた、小傘は近くにいると危険だと言うことでマーガトロイド邸で留守番をしている。
「今回のルールは、直接攻撃禁止、カード無制限、相手の懐に入ったらスペルブレイク。どちらかの体力が尽きて立てなくなるまでよ」
「エクストラルールね?ふふふ…楽しくなりそうね」
お互いに距離を取りスペルカードを取り出す。
「私が勝ったら、小傘にちょっかいを出すのをやめて貰うわ」
「ん~、勝利後の要求なんて敗者が勝者に従うでいいじゃないの?」
面倒そうに眉をひそめる幽香。
「きっちり決めておかないとあなた揚げ足取るじゃないの!」
「取られる足が悪いのよ、まぁ…そこまで言うなら私の勝利後要求はアリスと小傘よ」
アリスの言葉の揚げ足をきっちり取ってから幽香は宣言する。
「ちょっと、何で私も追加されてるのよ」
「いいじゃない、あなたが勝てばこの要求も無効でしょう?」
アリスの言葉を適当に流して幽香は傘を閉じる。幽香は勝つ気で勝負するときは必ず傘を閉じて闘う。これは一種の相手への勝利宣言のような物である。アリスは攻撃の為の魔力を練りながら警戒態勢を取る。
「貪欲な女は嫌われるわよ」
「独占欲の強い女もね?」
そして、お互いの間に緊張が高まり始める。
「行くわ、 鋼符『血塗れの乙女』!」
「あら、初めて見るわね」
アリスは何体かの人形達に弾をばら撒かせつつ、スペルを封じた人形を解き放つ。幽香を挟み込む形で二本の光線が走る、やがてレーザーが正面の方から閉じ始める。その様はまるで幽香を優しく抱擁するかのように幽香へと迫る。
「あらあら、珍しく大雑把なスペルじゃない?」
幽香は軽口を叩きつつバックステップを踏む…が、背中に熱を感じて踏みとどまる。いつの間にかレーザーを放出していた人形の他に後ろ側にも人形が出現しており幽香の方へクナイ弾を放射状に打ち込んでくる。前方からのレーザーにより進路を遮断された状態でばら撒き弾と後方からのクナイ弾を避けなくてはならないスペルのようだ。
「前言撤回、重箱の隅をつつくようないやらしいスペルだわ。アリスっぽいわね!」
「馬鹿にしてっ!」
細かい隙間を縫うようにして幽香は前に進み始める、前に進むほど弾を避けるスペースが少なくなって行くが、このスペルはレーザーに完全に抱き込まれたら後は被弾を待つだけのスペルのようだ。打開するにはレーザーが閉じきる前に外に飛び出すこと以外には無い。
トンっ!
「はいっと、スペルブレイクね」
弾の嵐をゆらゆらと掻い潜りあっさりと幽香はアリスに到達する。幽香がアリスの目の前に着地すると全ての弾幕が消失する。アリスはいったん距離を取り再度スペル宣言。
「まだまだ!刻印『悪魔の証明』!」
「あらあら、今回は初見な上に物騒な名前が多いこと」
突如として幽香の胸に十字の印が現れる。
「あら…何かしら?」
「行きなさい!」
アリスが武装した人形を何体も解き放つ、人形達は解き放たれると同時に幽香の胸の印に向けて殺到する。幽香はぎりぎりまでひきつけて小さな動きで人形をかわし、叩き落していく。
「なによ~、これはストローなんとかと似たようなものじゃない…」
「ふん…あなた相手に同じスペルカードを二度使うほど愚かじゃないわよ!」
幽香は詰まらなそうに不満を漏らすが、アリスは我が意を得たりと人形繰りに使う魔力の糸を引く、すると幽香に避けられたはずの人形が急カーブし再び幽香の胸の印に向けて突撃する。
「ふぅ…ん、霊夢の御札みたいね…だったら全部叩き落せばすむわね!」
「やってみなさいよ、出来るものならね!」
幽香は傘を振るい人形達を叩き落し始める、だが2体3体と叩き落し4体目に傘を叩き付けた瞬間
ドンッ!
強烈な爆発音と共に人形が大爆発を起こす。
「言い忘れたけど人形の中に何体か大江戸が混じってるから気をつけてね、と言ってももう遅いけど」
「けほっ…まさか叩き落すところまで計算に入れてたとはね、やーねぇあざとい女って…けほっ」
今回の大江戸はしばらく前に小傘に使ったものとは違い攻撃力は最大、指向性は幽香の胸の印に設定してある。そんな強烈な爆発でも幽香は平然と憎まれ口を叩くだけの余裕があるのだが。
「弾幕はブレイン、相手がどんな性格かまで考慮に入れて闘うものよ」
「ようは相手の弱点をちくちくして勝っちゃいますって事よねぇ…うふふ、ね・く・ら☆」
あくまで余裕を崩さなずアリスを挑発し続ける幽香。
「ねぇ、そろそろ本気で来てくれないかしら?小手先でちょこちょこされてもお姉さんちょっと退屈だわぁ…」
「っく…その言葉、後悔させてやるわ!」
アリスは奥の手を発動させるべく魔力を高める。
「己が罪を呪うがいいわ!…異端『人形裁判』っ!!」
スペル宣言直後、幽香の周りに人形達が整然と並び始める、幽香の正面には裁判官としてアリス、そしてアリスを守るように上海人形と蓬莱人形が浮遊している。
「あらあら…私は被告人ってわけ?ならば弁護士を呼ぶことを請求するわ」
「いいえ、幽香…あなたに権利等存在しないわ、当然情状酌量の余地もない」
アリスのが指を鳴らすと幽香の周りの人形達、そして上海人形と蓬莱人形の瞳が輝き始める。
「貴女の罪状は私の静かな生活を徒に掻き乱したこと、弁護も口頭弁論も不要、陪審員は私、裁判長も私、よって満場一致で有罪!被告人に極刑を!」
「まぁ、理不尽…」
アリスが幽香を指し示す。
「極刑執行!」
アリスの宣言と共に人形達の瞳からいっせいに熱線が放射される。熱線は一斉に幽香へと到達し幽香を光の渦へと飲み込む。一体一体の熱線を一点に集中することで極限の火力を生み出すアリスの奥の手スペルであった。
「このスペルならいくらあなたと言えども無事ではすまないでしょ、これに懲りたら次からはもう少し相手に配慮し……た………」
「うふふ、お姉さん見られるのは嫌いじゃないけれど…ちょ~っとこの視線は無粋が過ぎるわね」
強烈な熱線を浴びながら、それでも全く余裕を崩さずに幽香が歩み出る。
「うそ…」
「それに…私は言ったわよ?本気で来なさいって、この程度で本気だって言うなら…お姉さんがっかりだわぁ…」
幽香が傘を真っ直ぐアリスへ向ける。
「そうね…お手本を見せてあげる」
幽香の手に一輪の花が開く。
「植物の葉や花には雨や夜露を集める性質がある、小さな粒でしかない水滴はやがて集まりレンズとなるわ。そのレンズは太陽、月、星、さまざまな光を集め一点に集中させる。その光は山をも焼き尽くす火種になる…」
幽香の妖気が高まり傘の先端に光がともる。
「人工の光を集めるなんて無粋なことをしなくても、自然の中には全ての原動力が詰まっているのよ?」
幽香は楽しげに傘をまわす。
「自然の恐怖、その身で受けきれるかしら?極光『フラワースパーク』」
「…っく!」
アリスの視界から幽香の姿が掻き消える、極大の光の奔流がアリスと幽香の間に出現しアリスに向けて怒涛のごとく押し寄せる。アリスは光が見えた瞬間から全力で真横に飛翔し回避する。だが、余裕を持って回避したはずのアリスの衣服に熱波の余波だけで焦げ跡がつく、恐ろしく純粋な光熱の余波にアリスは戦慄する。
「あら…避けちゃだめじゃない」
「避けるに決まっているでしょう!」
拍子抜けしたように言う幽香にアリスが怒鳴り返す。
「私は受けなさいと言ったのよ、アリス?」
「あんな力任せのスペルを真正面から受けてたつのは魔理沙くらいよ!」
幽香の口元に綺麗な三日月が降り立つ。
「なら、これでどうかしら?」
「!?」
幽香の傘が指し示した方向、一見森が広がっているだけに見える。しかし、アリスには分かってしまった、その森の先に一体なにがあるのか。今は留守番をしてくれている筈の小傘が待つマーガトロイド邸がある方向、幽香の傘は寸分たがわず其方の方を向いていた。
「こうしたらアリスはどんな反応を見せてくれるのかしらねぇ?」
「ゆ…幽香ぁあああああああっ!」
パートナーを人質に取られたことに激昂したアリスが幽香へと突っ込んでいく。
「はい、ざーんねん」
「っ!?」
突如としてアリスは後ろから羽交い絞めにされる。振り返るとそこにはもう一人の幽香が微笑みながらアリスの体をしっかりとホールドしている。
「「忘れちゃ駄目よ?花は一つではないのだから。それじゃ、今度こそ受けなさいね、ちゃんと障壁を張らないと消し飛ぶわよ?」」
再び幽香が光の宿った傘の先端をアリスへ向ける。
「「それじゃ、生きてたらまた会いましょう?」」
「くっ!」
動けないアリスは自分の前方に幾重にも障壁を張り巡らせる、正直これだけ障壁があっても幽香のスペルを防ぎきるのには全く不足でしかない。そしてアリスの視界は再び極大の光の奔流に覆われる。その瞬間にアリスを羽交い絞めにしていた幽香が離れどこかへ消え去るが、回避をしようにももう間に合うはずがない。
「そーれ、いちまーい♪」
「………」
光の奔流が障壁に触れた瞬間、音も無く魔力障壁が崩れ去る。
「ほらほらがんばれ~、にまーい♪」
「……ぅっ」
幽香はなおも楽しげに攻撃の手を緩めない。アリスの頬を一筋の汗が流れ落ちる。
「ふふ…なかなかがんばるわね、はいさーんまいっ♪」
「………うぅ…」
アリスはどんどんと追い詰められていく、昔から幽香はこちらの余裕が失われていく様を見て楽しむふしがあるが今日は特にその傾向が強いようだ。
「そろそろ…次の段階に進んじゃおうかしら♪ねぇ…アリス、いっちゃう?」
「………」
なぜかこのような状況下で無駄に色っぽく問う幽香にアリスは答える余裕が無い。
「ん~、お返事が無いからこれは沈黙を以って肯定と解釈するわね♪」
アリスに極光を浴びせ続ける幽香の隣に先程アリスを取り押さえた幽香が出現する。
「はーい♪ここから出力2倍でお送りするわよー♪そーれ、どーん!」
「ぐぅう…!!」
新たに出現した幽香からも極光が放たれ障壁に叩きつけられる。それだけで魔力障壁が一気に3枚消失する。アリスを守る障壁は1枚となってしまう。
「「うふふ…あーといっちまい♪あーといっちまい♪」」
「ぐぅううううっ…………ぁっ!」
ついに最後の1枚が崩れ去りアリスは光の奔流に飲み込まれる。
(う……ぁ……こが…………)
全ての光が勢いを失い、世界がその色を取り戻したときアリスは極光が刻み込んだクレーターの中心にうずくまっていた。
「あら、ちゃんと生きてたのね…偉いわ、アリス。それじゃ約束どおりあなたと小傘はお持ち帰りさせて貰うわよ?」
幽香は倒れたアリスへとゆっくりと歩み寄る。その進行方向に立ちふさがる影が一つ現れる。
「あらあら…お留守番はどうしたの?言いつけを守れない悪い子はお尻ぺんぺんされちゃうわよ?」
「あ…ありすはわちきが守るの!だっ、誰にも渡さないんだもん!」
幽香に立ち塞がる影の正体は小傘であった。しかし、小傘の様子はお世辞にも勇猛果敢とは言えない有様であった。
「うふふ…お顔が真っ青よ?脚もそんなぷるぷるしちゃって…可愛いわね?」
「うぅっ…」
そんな小傘の様子など微塵も気にすることなく、幽香は小傘に歩み寄るとこの前と同じ様に小傘の肩をがっしりと掴む。
「この前も言ったわよね?お姉さんの邪魔をするとってお話…覚えてないのかしら?」
「ぴぃっ!」
そしてこの前と同じ様にぎりぎりと力を込め始める。
「おっ…おぼえてましゅっ!すっごくおぼえてましゅ!!」
背筋をピーンと伸ばし小傘は答える。
「そう…いい子ね、物覚えのいい子はお姉さん大好きよ」
そう言って小傘を開放し横をすり抜ける幽香。小傘は俯き微動だにもしない…。
「でもっ!」
「……?」
小傘が声を上げる。
「ありすを…守るの!わちきはっ!!ありすは……渡さないっ!」
「あらあらあらあら…今日はいろいろ楽しませてもらえそうね♪」
小傘の宣言に幽香は振り返る、その顔には新たな獲物を獲た肉食獣のごとき獰猛な笑みが浮かんでいる。
「そうねぇ…確かにアリスとはあなたとアリスの身柄を賭けて勝負したけれど、あなたとはまだだったものね?それじゃあ不公平よねぇ♪」
「う~…」
幽香から戦闘時に放出されていた触れただけで切れてしまいそうな妖気が立ち上る。小傘はその妖気を浴びただけで二歩三歩と後退してしまう。幽香はその様子に満足げに微笑む。
「さ、それじゃ始めましょうか?うふふ…あなたはどれくらい持ってくれるのかしら…」
「ぴっ…うぅっ!」
常時浴びせかけられる幽香の妖気に小傘の戦意はもはや風前の灯である。そして幽香が腕を振り上げ…
「そこまでよっ!」
「?」
幽香の前に小さな影が躍り出る。
「またなの?お姉さん邪魔されるの嫌いだってあれほど言ってるのに」
「勝負はまだ始まっていないでしょう?せっかちな女は嫌われるわよ」
幽香の前に躍り出た影は紫色の装束、紫色の髪そしていつも眠そうに据わる紫色の瞳を持った魔女、動かない大図書館パチュリー・ノーレッジ………の様な人形であった。
「ぱ…ぱっちぇさん…?」
「ふふふ、アリスと小傘のピンチのようだから推参したわ」
むっきゅーと胸を張るパチュリー人形。
「ふぅん?湖のお屋敷の引き篭もりが何の用かしら?」
「ふん…いい年して好きな子に意地悪しか出来ない年増に挑む可憐な少女を手助けに来たのよ、悪い奴らの元から美少女を羽ばたかせるのは魔女の嗜みでしょう?まぁ、美少女を捕まえていろいろ不埒なことをするのも魔女なんだけどね」
年増の部分で幽香はピクッと震えるがそれでも余裕は崩さない。
「そう…なら、あなたが相手してくれるのかしら、小さな魔女人形さん?言っておくけどお姉さんと遊ぶのはとっても危ないわよ?」
「だから、気が早いって言ってるの。私は小傘を羽ばたかせるだけ、この勝負に直接介入する気はないわ」
今度はパチュリー人形にターゲットを移す幽香に、当のパチュリー人形は手を上げ幽香を制する。
「一週間よっ!一週間後に小傘があなたをぼっこぼこのけちょんけちょんに出来るように鍛え上げるわ」
「ふぅ…ん?そんな短い時間でどうにかなるとはとても思えないんだけど?」
やれやれといった風情で肩をすくめる幽香にパチュリー人形はニヤリと笑…うような素振りで
「あーら?怖いのかしら自称『幻想郷最強の妖怪』さん?しがない付喪神にビビるなんて意外とミジンコハートなのね?」
「ふふ…安い挑発ねぇ、でもいいわ。その挑発、乗ってあげようじゃない?楽しみは後に残しておくものだしねぇ…」
そういうと幽香は倒れたままのアリスへと歩み寄る。
「まぁ、万が一の保険としてアリスは預かっておくわよ、安心して?こき使いはするけど手を出したりはしないから。一週間後までは……ね。うふふふ」
「あっあっ!ありすぅっ…!」
「いまは我慢なさい…大丈夫、必ず勝たせてあげるわ」
幽香はアリスを担ぎ上げるとゆっくりと飛び立つ。小傘はアリスを追いかけようと走り出すがパチュリー人形に押しとどめられる。
「それじゃ、一週間後またこの場所に来るわ…楽しみにしてるから」
「ありすぅうううううっ!」
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「ぱっちぇさん…」
「来たわね、改めて我らが紅魔館にようこそ」
アリスが幽香に連れ去られた後、小傘はパチュリー人形から紅魔館へ来るように指示を受けた。紅魔館には何度もアリスと共に訪れていたため小傘は迷うことなくたどり着くことが出来た。小傘が紅魔館を訪れると門番である美鈴は快く中に通してくれた。いつも出迎えてくれた咲夜は今は不在だそうで、そのまま美鈴が図書館へと案内してくれた。門を守らなくて良いのかと聞くと、守るべき人々の大概が出払っているため門番といっても飾りと一緒なのだそうだ。
「まったく、アリスにも天然総受け癖にも困ったものね…誰にでも優しいからあんなのがいつまでもまとわり付いてくるって言うのに」
「ありす…」
パチュリーがやれやれといった風に肩をすくめる。
「そういえばぱっちぇさんはどうしてわちきとありすが危ないって分かったの?」
「ああ…前に貴女にあげた石なんだけどね、あれと同じものをマーガトロイド邸の各所と、アリスに作ってもらった私の人形に仕込んであるのよ。あの石には通信機能があってね、あれを通してあなたたちのピンチを察知できたって訳よ」
パチュリーがむきゅっと胸を張って言う。
「すごーい!さすがぱっちぇさんっ!」
「ふふん、もっと褒めても良いのよ」
「要するに警備の名の下にお二人の赤裸々な生活を覗き見してただけなんですけどねぇ」
褒められて満更でもない様子のパチュリーに水をさすように小悪魔があっさりと実態を暴露する。
「うるさいわね、私は二人の契約の仲介人なのだから、誓約がしっかり履行されているかしっかりと見届ける必要があるのよ」
「お二人ならいつでも仲良しじゃないですか、監視の意味なんてまったくありませんよ。そのうち馬に蹴られますよ?」
以前、小傘が付喪神の性質に従い消え去ろうとした時、アリスに契約を勧め、紆余曲折がありながらも契約を成就させた影の立役者はパチュリーであった。その時、パチュリーが契約の誓約事項として魔方陣に刻んでいた事項は『二人を死が別つまで命を懸けて助け守り抜くこと』である
ぎゃいぎゃいと言い争いを始める二人に小傘は口を開く。
「でも、あの時ぱっちぇさんが出てきてくれなかったらわちきも幽香さんにやられちゃってたと思う。ぱっちぇさん、本当にありがとうございますです、それと幽香さんに勝てるようご指導をよろしくお願いしますですよ…」
そういって深々と頭を下げる小傘。
「ふむ………本当に惜しいことをしたわね、やっぱりあの時アリス共々食べちゃえば良かったかしら…」
「わっ、わちきはありすのものなんだよっ!?」
妖怪らしからぬ素直な物言いにパチュリーの目の色が変わる、危険な雰囲気を感じたのかズザザと小傘が距離を取る。
「ふふ…安心しなさい、あなたを手に入れるときはアリスも一緒よ。つまりあなたはアリスと離れることはない、ずっと一緒にいられて更に私が付いてくる。ほらお得でしょう?」
「おおっ!それなら安心でお得だねっさすがぱっちぇさん!」
ぽんっと手をうち納得して喜ぶ小傘。
「ふふ…もっと褒めてもよろしくってよ」
「あの、ぜんぜん安心じゃないですからね?騙されちゃ駄目です、結果的に二人の恋路を邪魔されてるんですよ?」
むきゅんむきゅんと胸を張るパチュリーの影で小悪魔が釘をさす。
「もう…さっきからやけに絡むわねぇ…なによ、やきもちなの?涼しい顔して内心プンスカプンなのかしら?」
「私はただパチュリー様の被害者が私だけに留まるよう、皆さんに助言をして差し上げてるだけですよ。パチュリー様ちょっと自意識過剰です。あとプンスカプンなんて擬態語、今時誰も使いませんよ」
ニヤニヤしながら小悪魔のわき腹をツンツンと突っつくパチュリーに小悪魔はあくまでツンとした態度で返す。なんだかんだで非常に噛み合っている主従なのだった。
「まぁ、小悪魔のツンデレはあとでゆっくり堪能するわ、今は小傘の今後についての説明からね」
「はいっ!よろしくお願いしますですよっ先生!!」
ようやく本題へと移行したパチュリーに小傘は元気良く返事をする。
「先生………いいわね…やっぱりあの時アリス共々食べちゃ…むきゅっ!ちょっと小悪魔!主に対して手を上げるとは良い度胸ね!」
「はいはい…無限ループは話が進みませんから、さくさく進めてくださいな」
話題の円環に入り込みそうな主にポコンとお盆を落として小悪魔は先を促す。
「むきゅ…後で覚えてなさいよ…。それじゃ先へ進めるわ、いいこと?巷にも知れてるようだけれど、十分な準備を整えた魔法使いに叶う者は無い。それは、隙間妖怪だろうが、亡霊の姫だろうが、鬼神であろうが同じことよ。そのことをしっかりと心に刻んで私の教えを頭と体に叩き込みなさい」
「はいなっ!」
そしてパチュリーの小傘強化合宿が始まる。
1日目
「違うっ!もっとイメージを確固たる物に!自分の妖術で吹き飛びたいの!?」
「はいっ!先生っ!」
「おー、なんか珍しく騒がしいと思ったら、面白いことになってるじゃない?」
「あ、お嬢様。紅茶お持ちしますね」
「すまないね、ふふ…母様に土産話が出来たわ」
2日目
「そうよっ!そのまま安定させ…あぁっ!違うっ!今の手順を百回追加よっ!」
「ふひ~…ふひ~…はいっ…せんせいっ!」
「うーん、がんばってますねぇっ!やはり人も妖怪も巧夫を積む姿は清々しいものです」
「美鈴さん、門番はどうしたんですか?咲夜さんからちゃんと見張っておくように言われてるんですからね?」
「あ~…そう!今はお昼の休憩に出てきたんですよ!」
「まだ辰の刻ですよ?」
「あっ…あ~っはっはっはっ!ちょっと館内の巡回に行ってきまーす!」
「まったくもう…咲夜さんに言いつけてやりましょうかしら」
3日目
「そう…そうよ!そのまま合成して!よし…よし…よっ…」
ドンッ!
「うえぇ…失敗しちゃいましたぁ」
「ぐ…ふ…、失敗が何よ!爆発が何よ!そんなもん気合でねじ伏せなさいっ!」
「ふぁ…ふぁ~い!」
「ふぅ…太陽が黄色いわ…」
「あ、咲夜さん。お帰りなさい~、休日なのにやつれてらっしゃいますね」
「えぇ…ちょっとね…寝かせてもらえなく…がくり…」
「あら、寝ちゃいましたねぇ…」
4日目
ズッドンッ!
「ふぇええ…も、もう駄目ですぅ…。わちきには幽香さんを倒すなんて夢のまた夢だったんですぅ…」
「ばかっ!」
ぱぁんっ!
「あぅっ!」
「あなたのアリスを守りたいという気持ちはその程度だったの!?いいえっ!そんなはずないわっ!私はあなたの中に光るものを見たの!今は苦しくても私を信じて付いてらっしゃい!」
「しぇ…しぇんしぇいっ…わちき……わちきが間違ってましたっ!」
「分かってくれたらいいのっ!さぁっ!私と一緒に夕日に向かってダッシュよっ!」
「は、はいっ!!!」
「きゃははっ!なんかパチュリーが面白いことしてる~」
「あらフランお嬢様、お早いですね?」
「だって朝中だって言うのに騒がしいから見に来ちゃった」
「申し訳ありません、パチュリー様が珍しくやる気でして」
「そうみたいだね~、でもやる気出しすぎて酸欠になってるんじゃないあれ…あ、倒れた」
「もう…虚弱体質の癖して、仕方ないんですから…」
5日目
「よし…何とかモノになってきたわっ!これならいけるわよ!」
「はいっ!待っててありすぅっ!」
「おぉ?なんだなんだ、パチュリーの奴。傘っ子躾けて何始めたんだ?」
「こんにちは、魔理沙さん。お話ししてもよろしいですが、まずはその懐と帽子と背中とスカートの裏地とドロワの中の本を本棚に戻してからにしましょうね?」
「おっと、そいつはごめんなんだぜ!そいじゃ私はお暇するんだぜ!」
「今よ小傘!前方にうろつく泥棒鼠にぶっ放しなさい!」
「はいっ!くらえー!」
「ぬぉおっ!不意打ちとは卑怯なのぜっ!」
6日目
「ふぅ…今日まで良くがんばったわ。明日はいよいよ本番よ、覚悟はいいかしら?」
「はいっ!」
「ふふ…いい返事ね、それではこれから明日の作戦をあなたに伝えるわ」
「はいっ!先生!」
「あや~、魔理沙さんから紅魔館で面白いことが起きていると聞いてきましたが、期待以上でしたねぇ。『動かない大図書館が遂に動いた!付喪神にまさかの英才教育!?』なかなか美味しいネタの予感です…」
「夢中なところ申し訳ありませんが机は座るところではなく本を広げる場所ですよ」
「あやっ!?これは失敬、ネタを見つけると周りが見えなくなる性分でして…」
「いいわ、小悪魔。存分に書かせてやりなさい、その代わり新聞屋に頼みたいことがあるの」
「はいはい、ネタを提供して貰えるのなら何でもいたしますよ」
「明日魔法の森に出来るだけ人妖を集めて欲しいの、あなたなら出来るでしょ」
「ええそれはもう、でもそれまたどうしてなんです?」
「くくく、出来るだけ多くの人妖の前であの女に大恥をかかせてやるためよ。私のアリスに手を上げた報いを受けさせてやるわ。くくくはははははっげっほごふっ」
「あやぁ~、びっくりするほど根暗ですねぇ…」
「魔女ってそういうものなんですよ…」
「ありすはわちきのだよっ!そんでもってわちきはありすのっ!」
そして、運命の7日目の朝日が昇る…
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その日、魔法の森は普段ではありえないほど人妖でごった返していた。射命丸文が幻想郷中に「面白いことがある」と触れ回ったおかげで
妖怪の山から地底、冥界や彼岸、迷いの竹林に果ては人里からとあらゆる場所から人妖が集まってきている。人妖たちは思い思いの場所に御座を拡げ、既に酒を片手に宴会ムードが出来上がっている。宴会ともなれば商魂たくましい一部の者が屋台を開いてこのチャンスに一儲けしようとしきりに客を呼び込む。魔法の森はお祭りムード一色に染まっていた。
「母様っ!次はあの綿菓子が食べたいわっ!」
「あらあら~、アリスちゃんが心配で見に来たのになんだか楽しいわね~」
「早苗~、射的やろうよ!射的っ!あのでっかい蛙のぬいぐるみが私を呼んでるんだよ!あぅぁっ!!」
「洩矢様、前を見て走らないと危ないですよ…あ…ピンクの蛙柄」
「大ちゃん!魔理沙が『もっとサイキョーになれる茸』ってのくれたのよ。これであたいはもっとサイキョーねっ!」
「チルノちゃんだめぇーっ、そんな卑猥な形をした茸をお口に入れちゃ………ぁ…いいかも…」
「咲夜さん…お祭りといえば神社裏でしっぽり…というのが恋人達の流行だと天狗の新聞に!」
「今すぐその新聞を捨てるのよっ、さとり!っていうかここに神社なんてないわ…」
「神さまぁ…最近構ってくれないじゃないかぁ…あたい寂しくなっちまうよぅ…?」
「こらっ、こんな目立つところでっ!諏訪子に見つかったら殺されちまうよ!夜的に!」
周りの喧騒とは対照的に広場の中心では静かに今日の主役達が相対していた。
『え~、幻想郷の紳士淑女の皆様~お待たせいたしました!ただ今より幻想郷史でも屈指の無謀な挑戦といえる一戦をお送りいたします!解説はご存知「清く正しくうそ臭…美しく!」射命丸文と、特別ゲスト兼今回の勝負の見届け人として「三度の飯よりお茶が好き!お茶さえあれば愛なぞいらぬ!」幻想郷きっての出がらしフェチであらせられる腋巫女1号さんでお送りいたします~!』
『ちょっと、出がらしフェチって何よ、お茶は色さえ付いてればお茶なの。博麗霊夢よ』
広場には特設ステージが組まれ壇上には幽香、アリス、小傘、パチュリー人形がそれぞれ対戦に備えて待機している。
『早速持ち前の貧乏性を暴露した1号さんですが、いかがでしょう?今日の対戦の予想なぞいただければ!」
『こんの烏は………ふぅ、普通にやったら幽香の圧勝は硬いでしょ、でも傘娘にゃパチュリーが付いてるんでしょ?なら普通に来るわけが無いから結局のところ対戦を一時も目を離すことなく見てろってところね』
特設ステージ脇では何故か文と霊夢が実況席を設け今回の一戦を見守っている。
「良くぞ逃げずに来たわね…とでも言えばいいのかしら?」
「ふふ…逃げるわけが無いじゃない、今日があなたの命日よ!」
幽香が不敵に小傘へ言い放つが何故か小傘の頭上で垂れているパチュリー人形が挑発で返す。
「あっ!ありすぅっ!」
「だ、だめ小傘…見ないで…」
『早速ですが今回の一戦の賞品をご紹介させていただきます、「魔法の森で暮らす魔法使いにして人形遣い、人形を操らせたら幻想郷に右に出るものはいない!黒ストを穿かせても右に出るもはいない!」アリス・マーガトロイドさんです!今日は幽香さんに捕まってしまった彼女を小傘さんが取り戻す為の一戦と聞いております!今日のアリスさんは幽香さんの趣味でしょうか?猫耳ミニスカメイド服というなんともアレなファッションでのご登場です!なんでしょうか、恥らう表情とあいまって鴉天狗のわたしですがこう…天狗の鼻にエネルギーが満ちるような心地がいたしますっ!』
『下品よあんた…まぁ、アリスは何着せても映えるからねぇ。昔はうちの巫女服着せたりメイド服着せたりして喜んでたわね…主にまわりが』
「さて…外野が少し五月蝿いけれど早速はじめましょうか。この一週間、アリスを間近に我慢するのが大変だったのよ?」
「あ…ありすはわちきのっ!返して貰うのっ!」
「くくく…ほえ面欠かしてやるわ」
小傘とパチュリー人形が位置につく、それに遅れるように幽香がゆったりとと位置に付く。
『おっと、ここで両者開始位置に付きました、いよいよ始まるようです。さぁ、年経た道具から成る一介の付喪神が花の大妖に対し如何なる手段を以って挑むのか?注目の一戦が今始まりますっ!』
『すいませーん、お茶お変わりお願い』
「わちきから行くよっ!大輪『ハロウフォゴットンワールド』!」
「うふふ、楽しませて頂戴ね」
小傘が先にスペルを宣言する。宣言と同時に大きく傘を回し、それを合図に小傘から無数の弾丸が放出される。
『さぁ!始まりましたっ、まずは小傘さんからの先制攻撃!どうやら全方位放射のスペルでの牽制のようです!』
「ん~…弾は多いけど退屈なスペルねぇ?タイミングさえ間違えなければカスりもしないわよ?」
幽香はふわふわと弾列の隙間を右へ左へとリズム良く縫っていく。
『あや~、これは牽制にしても花の大妖には役不足でしょうか!余裕の表情で弾丸をかわして行くー!』
『まぁ、初っ端から被弾されても解説的に困るわよねぇ…』
「悪いけど、お姉さん退屈な弾幕は嫌いなの。反撃しちゃうわよ?」
「うーっ!」
幽香が手の平に一輪の花を咲かせ、ふっと息を吹きかける。すると花が瞬く間に巨大化し回転しながら小傘へ向かい飛んでいく。
「わぁっ!」
『おーっと!巨大な花に驚いて集中が崩れたか!?ここであっさりスペルブレイクー!人を驚かす妖怪が驚かされてどうするー!責任者何やってんのー!』
『見た目的にも明らかに小動物系だものねぇ、あの傘娘』
「むきゅっ、外野はだまらっしゃい!!小傘っ、アレやってやりなさい」
「はいっ!先生っ!」
「うふふ、どんどん行くわよ♪」
幽香は第二第三の花を咲かせ小傘の反応を楽しむように逃げ回る小傘に一つずつ飛ばしていく。と、逃げ回っていた小傘が幽香へと向き直る。
「あら…逃げるのは止めたの?言っとくけどお姉さん無抵抗の子にも当てるわよ?」
突然動きを止めた小傘に拍子抜けしたものの幽香は小傘に向かって巨大な花を放つ。
「傘符『一本足ピッチャー返し』うらっめしっやっ!!」
「!?」
『おーっと!?早くも戦意喪失かとの心配を他所に、小傘さん自前の傘で幽香さんの巨大花を打ち返したぁっ!霊夢さん!弾幕ごっこルール的にこれはありなんでしょうか!?』
『おー、ちょっとびっくりね。でも私は相手の弾を打ち返しちゃいけないなんてルールを設定した覚えはないわよ』
『つまりありということですね!流石の幽香さんもこれには面食らったようです!相手の動揺を食べるという心食い妖怪の本領発揮かー!』
打ち返された巨大花を幽香は少し大きめに避け
「面白いことするわね?それじゃこれはどうかしら?」
今までは単独で放っていた花を大量に増殖させ一気に解き放つ。
「ふふん、量を増やしても同じこと。本来一本足の唐傘お化けの小傘の下半身の安定は半端じゃないのよ!」
「うらめしやっ!うらめしやっ!やっやっやっやぁ~~~っ!」
『おおお!これは凄いっ!どんなコースをとって飛ばされた巨大花も、正確に幽香さんへと打ち返しているー!更に大弾のおまけ付きー!正直弾幕ごっことはかけ離れて来ている気がしますがとにかくすご~~いっ!』
『弾の量を増やせば増やすほど自分が辛くなる、ある意味撃ち返しの正しい姿といえるわね』
いつの間にか小傘は一箇所にとどまり、幽香が逃げ回るというように形成が逆転していた。いくら撃っても無駄と察したのか、ここで幽香が巨大花を撃ち出すのを止める。
「あら、それでおしまいなの?うちの小傘は千本ノックでも余裕でこなすわよ?」
「ふ…、ちょっと思い出したわ。一人歩きし始めた道具は危険だって事…。少し苛めて泣かせてやろうと思っていたけど。気が変わったわ…ここからは本気で苛めて泣かせてあげる」
幽香から陽炎のように妖気が立ち上り始める。
「ぴっ!ぱぱぱぱぱっちぇさん!?幽香さんすっごくやる気になっちゃったよ!?」
「落ち着きなさい、ここまで持ってくるのが狙いだったんだから、作戦はここからよ」
幽香がポケットから一枚のカードを取り出す。
『さぁ!来ました!いよいよ花の大妖のスペルカードです!』
「花の種子は風に乗り、鳥に運ばれ、せせらぎに流され地上のありとあらゆる場所にたどり着き根を張るわ。そう…あなたの足元も例外じゃない」
幽香の傘が地を一突きする、とそこを中心に地面が泡立つように植物のが芽吹き始め一気に成長し花を咲かせ始める。それは波紋のように広がり続け広場を囲う弾幕が外に漏れでないように設置された結界まで到達する。
『出たー!花符「幻想郷の開花」ですっ!以前幻想郷中の花が開花した事件がありましたがその時を髣髴とさせるほど、結界内は右を見ても左を見ても花花花ーっ!』
『あの時の花との最大の違いは、この花の一つ一つに宿っているのが幽霊じゃなく幽香の妖気ってことよねぇ』
『その心は!?』
『触れれば斬れるわよ、バッサリと』
周りが花で満たされたことに満足げな笑みを見せた幽香は、傘を一振りして風を起こす。
「さぁ、舞い散る花びらの中で踊って見せて頂戴」
幽香の起こした一陣の風は、幽香の妖気が乗りまわりの花々の花びらを一斉に舞い上がらせる。
「小傘!あの花びらに触れちゃ駄目よ!」
「はいぃっ!でもっ…わっ……周り中花びらでっ!うわぁっわわわっ!」
結界の中はいまや右も左も花吹雪で満たされ逃げ場となる隙間も見つけることが難しいほど視界を覆っている。
『これは美しいーっ!触れれば斬れる凶悪な花びらとは思えぬほど可憐かつ煌びやかな弾幕だー!しかしっ!私は何故実況席を結界内に設置したのでしょうか!実況席も例外なく花びらが舞い降りてっ!私、正直避けるだけで精一杯になりつつあります!』
『間抜けな話しよねぇ…』
『ちょっと霊夢さん!何でっ!自分とアリスさんにだけ結界をはってらっしゃるんですかっ!?』
『だってアリスは今回の賞品なんでしょう?傷ついちゃ大変でしょうが、後お茶に花びらが入る』
『私は傷ついてもいいんですか!?って言うか私お茶以下なんですか?』
『うん』
『ひどっ!』
舞い散る花びらの間を縫い小傘はかろうじで避け続ける。
「ぱ、ぱっちぇさんっ!も、もうだめ…かも!?」
「もう少しよ、もう少し粘りなさい!」
「うふふ…がんばるわねぇ?お姉さん嬉しいわぁ」
必死で避け続ける小傘の姿に幽香は笑みを深める。
「がんばってる子を見るのはいい物ね?そんながんばってる姿を見ると益々危険な舞台を用意してあげたくなるわぁ」
逃げ回る小傘の姿にスイッチが入ったのか幽香は新たに一枚のカードを取り出す。
「小傘っ!来るわよ!」
「はいっ!」
『ほっ!はっ!おっとここで幽香さんが更に一枚カードを取り出したぁ!ここは一気に勝負を決めるつもりかー!?おわぁっと!』
『うーん、幽香のことだからもっと追い詰めて楽しもうって所じゃないの?あいつ、スペルカードは殺さずに苛めて楽しめる道具としか思ってないみたいだし』
幽香は新たに先ほどの巨大花も追加しスペルを宣言する。
「さぁ、もっと踊りましょう?幻想『花鳥風月、嘯風弄月』」
『おわーっ!更に増えたーっ!しかも今度は幽香さん自身が移動する先々から爆発的に花びらが舞い上がるー!これはきついー!』
幽香が歩みを進めるたび、その先の花々が爆発的に増殖し一気に噴火のように花びらを舞い上げる。これは四季を通じて花の咲く場所を転々としている幽香の生き方をそのままスペルカードに表しているかのようだった。
「来たわ!小傘っやりなさい!」
「はいなぁっ!雨傘『超合金かさかさお化け』!」
「あら?私のお花たちに水をあげてくれるのかしら?」
小傘の宣言と共にどこからとも無く鈍黒い雲が湧き出し、結界の天井を覆いつくす。と、すぐに雲の色と同じ鈍い光を放つ大粒の雨が降り始める。
『おーっと!ここで小傘さんも重ねるようにスペル宣言ー!スペルとスペルの真っ向勝負だぁ!』
『なるほど…考えたわね…』
『あやっ!これまで投げやりだった霊夢さん、一体どういう心境の変化で!?』
『まぁ、聞きなさい。あの傘娘は憑代の材質と役割から陰陽的に木行に属し水行に親しむ性質があるわ。だけどそれだと花の妖怪、つまり木行の妖怪である幽香には同行の上妖術が水行だと力を与えてしまう恐れがあるわけよ』
小傘の頭にしがみ付きつつパチュリー人形がニヤリとほくそ笑んだ…ような気がした。
「そう、本来であれば地力で劣る小傘に勝ち目は無い、でもそこで金行を追加したらどうかしら?金は木を切り倒す、つまりは金剋木で幽香に対抗しうるスペルとなるわけよ。このために相性の悪い金行の妖術を小傘に扱えるよう叩き込んだのよ」
小傘が降らせる雨は瞬く間に土砂降りとなり幽香が咲かせた花々を打ち始める。と、今まで目にも留まらぬ速度で成長を続けていた花々の勢いが衰え。逆にどんどんとしぼみ始める。
「!?…これは…」
「この世界に存在するものは全て七曜を内に内包しているわ、その物の在り方はその七曜のバランスの傾きによって決まる。ならばそのバランス…崩してしまえばどんな物でも容易に崩壊しうるのよ、今回は花に過剰な剋気である金気を注ぎ込んで枯れさせたというわけね」
『おおおおっ!まさかっ!スペル対決で小傘さんがまさかの勝利!いかがでしょう霊夢さん!?』
『うーん、確かにスペル合戦では勝ったかもしれないけど、この後どうするつもりかしら?』
『あや?』
小傘の降らせた雨は幽香の花々を一輪残らず枯れ果てさせ、元の魔法の森の大地を露出させていた。
「く…くふふ…私のお花さんたちが…くくっ……お姉さん………ちょっと頭に来ちゃったわぁ」
ごうっと幽香の妖気が増大する、今まで俯いていた顔に浮かぶのは細い細い狂気の三日月。
「お姉さん、言ったわよねぇ?花を折られるのが嫌いだって………物覚えの悪い子は…ぶっ壊しちゃうわよ?」
言い放ちざま幽香は一気に距離をつめ瞬時に折りたたんだ傘を小傘に叩きつける。小傘はとっさに傘を盾にし後退したものの幽香の攻撃の余波を受けて大きく吹き飛ばされる。
「きゃぅっ!?…………きゅぅ…」
「ちょ、ちょっと小傘!気絶してる場合じゃないわよっ!」
幽香の攻撃に吹き飛ばされあっさりと小傘は目を回す。焦ったパチュリー人形が小傘の頭をぺちぺち叩く。
「邪魔よ…」
「むぎゅっ!」
そのパチュリー人形も幽香の傘の一振りで弾き飛ばされる。後に残った小傘の胸倉を掴み持ち上げる。
「あなた、本当に気に入ったわ…他人の手助けがあったとはいえ、お姉さんをここまで怒らせた子は久しぶりよ?ご褒美としてその手足を叩き折った上でうちに連れ帰ってあげる。私に一生苛められて過ごす幸せな毎日を送らせてあげるわ」
「ぅ………ぁ………」
『さぁ、大変なことになってしまいました!スペル合戦で勝利したはずの小傘さんに激昂した幽香さんが襲い掛かったー!スペルカード発案者であらせられる霊夢さん、この事態をどう見られますか?』
『さて、ねぇ…これが人間と妖怪の弾幕ごっこであれば問答無用で幽香をしばき倒すところだけど、こうなったらただの妖怪同士の紛争だからねぇ。周りに被害が出ない限り私は動かないわよ?』
『あや~…これまた随分ドライなご意見ですねぇ…』
『私は博麗の巫女よ?異変でもない、人に被害が出てもいない、そんな状態で一方の妖怪を助けたりしたらそれこそ大事よ。……ま、弾幕ごっこ終結後なわけだし?ここからは他者の手助けが入ったところで私は何にも言わないけどね。って言うまでもなかったわね』
ぱぁんっ!
乾いた打撃音が広場に木霊する。
「い……痛いじゃない、アリス?」
「弾幕ごっこの上で多少の怪我をするのは仕方ない、ルールの上で相手の言うことに従うのも仕方ない…でもっ!ルールもなにも無いところで私の大事な人に手を上げるのは許さない!」
叩かれた頬を押さえ、幽香はアリスの剣幕に二歩三歩と退く。いつの間にか幽香を覆っていた強大な妖気は消え去りただ呆然と立ち尽くす幽香が残る。
「で、でもアリス…私はその子と遊んで…」
「あなたはやりすぎなのよっ!それに相手の意思も確認せずに一方的に仕掛けていたらもうそれは遊びじゃないわ!」
『あやや~?どうしたことでしょうか、今まで強大な妖気を放っていた幽香さんですがアリスさんのビンタ一発で驚くほど大人しくなってしまいましたよ?』
『ああ、あいつは変な所で精神的に弱いからね。遊んでるつもりがつい本気になっちゃったりなんて日常茶飯事なの、要するに子供なのよ。そういう悪がきを大人しくさせるのは近しい者の一喝でしょう?』
『あやぁ…花の大妖の意外な一面ですねぇ…』
「あ…アリスはいつも私と遊んでくれてたじゃない…」
「弾幕ごっこでね!私もルールの上であなたと戦うのは楽しかったわ、だからあなたのことはなんだかんだ言っても友達だと思ってた」
小傘を抱きかかえてアリスはきっと幽香を睨みつける。
「でも、あなたは今日私の小傘を傷つけようとした、そんなの友達のすることじゃない!」
「あ…アリス…私、そんなつもりじゃ…」
何かを言い募ろうとする幽香にアリスは最後の言葉を継げる。
「しばらく顔も見たくないっ!帰って!」
「!?………あ……ぁ…ありすのばかぁああああああ!」
アリスの言葉が幽香に叩きつけられる。幽香はしばらく呆然としていたが、その瞳に大粒の涙が浮かび上がり頬を流れ落ちる。弾ける様に身を翻し幽香は結界を突き破って飛び去ってしまった。
『あ~…あや~、貴重な大妖怪の大泣きシーンを激写してしまいました…それはともかく!幽香さんが逃亡してしまった為この勝負小傘さんの勝利ということでよろしいでしょうか?』
『ん~、まぁいいんじゃない?アリスの言霊という名の弾丸が決まり手だったけどね』
会場から小傘の健闘を称える拍手が沸き起こる。
「ちょっと言い過ぎたかしら…」
そんな最中、当の小傘を抱いたアリスは幽香に言った事を早くも反省し始めていた。なんだかんだいってもアリスはなかなか人を嫌いきれないお人よしなのである。
ぎゅ…
「………」
「あ、小傘…目が覚めたのねってぐぇ…」
いつの間にか目を覚ましていた小傘がアリスのメイド服のタイを思いっきり引っ張ったことでアリスは乙女にあるまじき声を上げてしまう。
「ありすはわたしのっ!他の人の心配なんかしちゃだめっ」
「こが…くるし…ぐぅううう…」
健康的な赤みを帯びた頬をパンパンに膨らませて小傘はアリスのタイをぐいぐい引っ張る。
「ありすはわたしがまもるのっ!そんでもってありすはわたしのなのっ!ありすもわたしのことだけ見ててくれなきゃ嫌なの~~~~~~っ!」
ぐいぐいぐいぐいぎゅっぎゅっぎゅ~~~
「こ………が……………がくり……………」
この後、アリスが小傘の機嫌を取るのに要した労力は手作りのプディングと優しい抱擁、そして愛情のこもったキスだけだったいう。素直さの中に一握りの小さな嫉妬を手に入れた小さな傘の少女の物語はまだまだ続いていくようだ。
一方泣きながら花畑へと帰る花の妖怪の背中を小さな4つの瞳が見送っていたようだがそれはまた別のお話。
小傘がゆうかりんにおびえる仕草が可愛すぎて変な扉が開きそうになりました。
さらにまさかのゆうかりん。
GJ!!
オリジナルスペカも弾幕描写が細かく描写されてたのですんなり受け入れられました。
パッチェさんがダメ魔女すぎて泣ける…w
アリだと思います!
幽香りんを見つめる4つの瞳は誰だろう。
間違いない
某サディスティック星の王子もこういいました。「Sだからこそ打たれ弱いのぉ~!!ガラスの心なのぉ~!!!」・・・と。(を)
にしても、小傘ちゃんが嫉妬という感情を覚えてしまいましたか・・・。アリスはこの先、色々と苦労しそうですね・・・(汗)