☢CAUTION!!☢
この作品は所々パロディーが含まれています。そういったものが苦手な人はご注意ください。
第一章 図書館防衛策
私は今大変な問題に直面している。どれくらい大変かと言うと、私の城である紅魔館地下の『大図書館』が『中図書館』下手をすればただの『図書館』になるかも知れないほど、この図書館の本が減っている。
原因は明々白々だ。魔理沙が図書館の本を持っていく。最初に本の持ち出しを許可したのは私自身だが、魔理沙は度が過ぎる。大量に本を持っていき、返すということをしない。
魔理沙曰く『死んだら返すぜ!』と言っているが、この勢いでは彼女が死ぬ前に、この図書館の本が底を尽きてしまう勢いだ。
彼女を何度も説得したが効果は今ひとつない。実力行使に出ようにも私はずっと図書館に引きこもっており体力はほぼ零に等しい。そもそも弾幕を張っても本を傷つけず、彼女を墜とすのは不可能に近い。弾幕にホーミング機能を付けたところで、彼女のスピードには追いつけないのだから。
対魔理沙用の防衛線を張っても意味はなかった。妖精メイドはいくら束になっても所詮は妖精、烏合の衆だ。あっという間に墜とされた。
そしてこの紅魔館に敵を真っ先に排除する役目を持つ門番が役に立たないのだから困ったものである。
門番、紅美鈴と霧雨魔理沙で戦闘スタイルが根本的に違うのは分かる。美鈴は格闘主体の接近戦、魔理沙は八卦炉をメインにした遠距離戦と、どう考えても美鈴が不利なのは百の承知だ。美鈴が負けることも多い。だが問題はそこじゃない。美鈴は負けても、
『くっそおおおおぉぉおお! また負けたぁ! だか、今度は負けない。またここにきて私と勝負しろおおぉ! 待っているぞ、我が強敵(とも)、霧雨魔理沙よ!』
何 故 ま た 紅 魔 館 に 呼 ぶ !
あの門番の正々堂々、真っ向勝負な戦闘スタイルは改善すべきだろう。いくら強くても、あれでは簡単に行動が読めてしまう。結果紅魔館への侵入を許し、図書館までたどり着かれる。咲夜でさえ苦戦する相手だ。美鈴のようなバカ正直な戦闘じゃ勝てない。かといって、妖精メイドをいくら配置しても、戦果は火を見るよりも明らかだ。我が方の惨敗に終わってしまう。
この紅魔館に咲夜クラスのモノはいないのだろうか? 咲夜は普段レミィの世話で忙しいし、メイド長としての仕事もある。図書館防衛戦にまで引っ張るのは酷だろう。
では妹様、フランドール・スカーレットはどうだろう? いや駄目だ。彼女だとこちらのリスクが高すぎる。彼女が暴走状態に入れば止めるのに更なる労力がいる。さらに悪いことに妹様は魔理沙と仲がいい。下手をすれば逆に裏切られる可能性もある。なにせ相手は呼吸するように嘘をつく女なのだから。
レミィに頼むのも論外だ。レミィに頼んだら最後、魔理沙と大戦闘をやらかし、図書館が、戦火が拡大すると紅魔館さえ吹き飛ばしてしまうかもしれない。
図書館防衛戦は今まで殆ど勝てたことがない。勝てたのはほんの数回だけだ。咲夜と美鈴の二人が協力して魔理沙を撃退してくれた時もある。さすがは紅魔館の最強の剣と無敵の盾と言ったところか。美鈴が無敵の盾とは少々疑問だが、そこはおいておこう。
しかし、魔理沙とて対策を取らないわけがない。最近は山にいる河童のマッドサイエンティスト、河城にとりと協力して、八卦炉と同等の、あるいはそれ以上の兵器を開発しているらしい。これ以上魔理沙に力を持たれては、こちらは防衛策がなくなってしまう。
「ふぅ……八方塞がりか。実に困ったものね」
「パチュリー様、よろしいでしょうか?」
魔理沙対策で知恵熱が出そうな私を落ち着かせるような声がノックとともに扉の向こうから響く。
「えぇ、入ってきて」
「失礼します。パチュリー様、お茶をお持ちいたしました。あまり考え過ぎるのもよくありませんよ?」
「ありがとう、こあ。そうね、あなたが入れてくれたお茶でも飲んで少し思考を落ちつけるわ」
「はい、どうぞ。お熱いので気を付けて下さいね。今日のお菓子は頭を使う時は甘いもの、ということでケーキを用意しました」
「いつも助かるわ、こあ」
笑顔で私にお茶とお菓子を持ってきてくれた少女。彼女は私の頼もしき使い魔である小悪魔だ。彼女はとても優秀だ。戦闘能力はそこまで高くないが、頭脳面での能力は他を圧倒する能力の持ち主だ。その彼女の才能を表すかのように掛けている眼鏡が、実によく似合う。
この眼鏡は私からのプレゼントだ。本の読み過ぎで目が少し悪くなったと言う彼女のために、私が日ごろの感謝を込めて作ったものだ。この眼鏡をプレゼントした時の彼女の輝かしい笑顔を私は未だに覚えている。一生忘れることはないだろう。
「随分お悩みのようですね。パチュリー様」
「当たり前でしょ? もう策も尽きたわ。戦略を練ってもパワーでねじ伏せられる。もうこれは戦いではないわ。単なる妖精メイドの虐殺よ」
「でも、パチュリー様は諦める気はないんですよね?」
「当然よ。私の戦略が通用しないなんて、プライドが許せないわ。ねぇこあ? 何か打つ手はないかしら? 優秀なアナタの意見が聞きたいわ」
私は今まで彼女の助けを何度も借りている。体の弱い私の世話から、魔法の研究まで実に様々だ。
新魔法研究では彼女の大胆で斬新な発想にはいつも驚かされる。この図書館の魔道書の中には小悪魔本人が著者の本もかなりある。
彼女は別次元へ転位する超高度の空間魔法の本を書いていたはずだ。その本は私が一番感動した本だ。私でさえ思いつかなかった術式を彼女は編み出したのだから、まったく恐ろしいものである。
「ふむ……策がないわけではないですが、しかし」
「何かあるの!? 多少無茶でも構わないわ。話すだけ話してみて。どんな作戦なのか」
今は藁にも縋(すが)りたい気持ちだ。私はなんとしてもこの城を守りたい。
「いえ、無茶という訳ではありませんが、少しパチュリー様にお願いがあるだけです」
「なに? 私も出来る限り手伝うわ。体力面ではまったく役に立たないけど……」
「大丈夫ですよ。パチュリー様にはご迷惑はおかけしません。ただ私は次の防衛戦の全指揮権を譲ってもらいたいだけです。あと少し魔法面でのお手伝いを」
「え? それだけなの?」
「はい。今度の戦いは全て私にお任せ下さい。魔理沙さんを完全に墜としてみせます」
指揮権を譲ってもし、小悪魔が魔理沙を倒してしまったら、私より彼女の方が優れていることになる。普段の私だったら全力で拒否をしているだろう。だけど彼女は違う。彼女がもし魔理沙を撃退できたのなら、私は素直に喜んで賞賛を送るだろう。それほど私は彼女を信頼している。こんなにも心を許せるのは親友であるレミィと、こあだけだ。
「……えぇ、分かった。また魔理沙が来た時は、全指揮をアナタに任せるわ。だけど、任せるための条件があるの、あなたにしかできないことよ」
「……なんでしょうか?」
「任せたからには勝ちなさい、絶対に。パチュリー・ノーレッジの使い魔として全力全開で挑みなさい」
「了解です、パチュリー様。ご安心ください。貴方の小悪魔は決して負けません」
なんとも頼もしい言葉だ。これで図書館は守れるだろうか? いや、守ってみせる。私の最も信頼する人が私のために頑張ってくれるのだから。
さぁ、魔理沙は今度こそあなたの敗北よ。小悪魔が考える最強の布陣。次にここに現れた時には、私たちの勝利は決定しているのだから。
第二章 魔砲使いと悪魔
1
私とこあは今、図書館の異様なほどに恐ろしく広い正面ホールにいる。この正面ホールは入口近くには本を読むためのテーブルがたくさんある。正面ホールの真ん中から後ろの方は何もなく、ただただ広いだけ。
ここまで広く作ったのには理由がある。これは開発した魔法などの実験、お披露目会などで使用するためにここだけ広く作られており、ちゃんと暴走防止用の魔法も掛けられている。だけど今回は魔理沙との戦闘のために防止魔法を停止いている。
広いだけではなく、本棚の影響でただでさえ高い屋根をしている図書館だが、正面ホールの屋根の高さは、それ以上に高い。普通の書庫の屋根の高さはだいたい、地上二階程の高さだが、ここはその三倍、六階ほどの高さがある。
正面から見て左側が小説や童話などがある書庫、右側が外の世界の本がある書庫。そして正面ホール奥の厳重な扉の奥は魔道書関係の書庫になっている。
こあは魔理沙を正面で撃退するようで、童話館、外来館、魔道書館、全書庫の隔壁を降ろして閉鎖した。
こあに頼まれて私は防御魔法を隔壁に掛けて完全に閉鎖した。これで本を守るのは完璧……なはずだ。
彼女は私より的確に図書館の防衛を進めていく。有利な戦場を造り、全書庫の完全封鎖。私は魔理沙を倒すことだけを考えて蔵書の防衛にはそこまで力を入れていなかったのかもしれない。
昨日の全指揮権を小悪魔に譲ってから、私は非常に驚いている。こあはこれまでにも私が思いもつかないような新しい発想、魔法理論、魔術式などを編み出してきたが、今回の魔理沙撃退戦も例外ではなかった。
「パチュリー様、全て終わりましたか?」
「えぇ、全フロアの隔壁への防御魔法展開は終わった。私のやることはこれだけでいいの?」
「はい、大丈夫です。わざわざ手伝ってもらいすいません」
「準備は……これだけなの?」
「これだけです。あとは私のシナリオ通りに事を運べばいいだけです」
「そう……分かったわ」
やっぱり、これだけなのね。
そう、一番私が驚くのは、彼女は妖精メイドを使わない。すなわち…兵士が、軍がいらないのである。
私の予想では正面ホールにこれまでにないほどの数の妖精メイドを配置して突撃をかけるものだと思っていたが、実際は正反対だった。
図書館にメイドの配置は一切なし、零だ。戦うのは門番の美鈴だけだという、どう考えても不利な状況だ。美鈴のような正直者が魔理沙みたいな捻くれた戦いをする人間に勝てる可能性は極めて低い。
最初こあに指揮権を譲った時は絶対に勝てると思って偉そうなことを言ったが、時間が経つとどうしても不安の方が大きくなってしまう。
「これはいったいどういうことかしら? こあ、こんなので勝てると思っているの? やっぱりもっと兵力を増やさないと」
「その必要はありません、勝てます。今回は私たちの勝利に終わります。パチュリー様は勝戦記念のお酒をレミリア様とご相談でもしてお待ちください」
そう言う小悪魔の顔には敗北への不安の色は一切感じられない。それどころか自信に満ちて輝かしい顔をしている。やはり、この娘は勝利を確信している。
だけど分からない、その根拠のない自信はどこから来るのだろうか? 状況だけ見るとこちらの敗北は確定している。もしくは私は何か、決定的な何かを見落としているのだろうか?
「今回は私がパチュリー様に教えてさしあげます。戦いとは、パチュリー様のように数で攻めるのではありません。雑魚がいくら束になろうが魔理沙さんには敵いません。だから見せてあげますよ、数ではなく、個人の力で勝つという戦い方を!」
「なっ! そんな、まさか……こあ、あなた本人が戦う気? ダメよ、それだけは許さないわ」
「大丈夫ですよ、パチュリー様。ご心配なさらず、私は絶対に負けませんから」
「こあ……」
本当なら今すぐにでも止めたい。こあは絶対自らも前線に参加するつもりだ。そんなの危険すぎる。美鈴や咲夜級でも苦戦する相手だ、魔理沙はそれほど強い。なのに、こあは一人で戦うつもりだ。こんなの、魔理沙が美鈴戦で消耗しているとはいえ、無茶だわ! 無謀にも程がある。
「そんな顔をなされて、心配し過ぎですよ、パチュリー様は。でも嬉しく思います、私のような下級妖怪をそんなに大切に思ってくれて」
「なに言ってるのよ、当たり前でしょ? 今までずっと一緒にいたんだから」
「では、私を信じてお持ちください。私は……負けません」
そう言いきった小悪魔の表情はとても強く、凛々しかった。その顔を見ると、何故だか安心してしまう。大丈夫、こあなら勝つだろうと。まったく根拠のない考えだが本当にそう思ってしまう。
「し、失礼いたします! 来ました、霧雨魔理沙が来ました! 現在は門番と戦闘中です。すぐに迎撃の準備を!」
バン! と大きな音を立てて図書館の扉が開く。そして扉を開いた妖精メイドが大声で告げた。魔理沙が来たということを。
「そんな……早すぎるわ! 魔理沙が本を盗んでいったのは一昨日よ!? 早くても来るのは一週間後なのに、どうして」
最悪だ、予定が狂いすぎている。こあがどれだけ周到な計画を立てていても、それを実行する時間に余裕がなければ意味がない。こんなのってないわ、今までこあが頑張って立てた計画が全て水の泡だ。
「ふふふ……計画通りですね。ひき続き、霧雨魔理沙の監視を。報告の優先順位は彼女の戦闘に関することを。分かりましたね」
「はい、了解です」
ビシッと何故か敬礼して妖精メイドは図書館から出ていく。
そんなことより、こあは今何といった? 『計画通り』 つまり魔理沙の余りにも早すぎる図書館への侵略はこあ自身が仕向けたということだろうか?
「こあ、この魔理沙の行動って……」
「お察しの通りですよ。実は昨日、霧雨邸に挑発の手紙を送りました。見事挑発に乗り攻め込んでくれましたよ。ここまでは順調です。あとは余裕でこの図書館にたどり着いてもらうだけです」
「ここにたどり着くって、美鈴は負けるってことなの?」
「そうです。美鈴さんにはあらかじめワザと負けるようにお願いしてあります」
それだと魔理沙がここに簡単にたどり着いてしまう。どういうことなの? 図書館の入口付近を見渡しても、物理的トラップ、魔法的トラップなのどの、罠の類はどこにも見当たらない。
やはりこあ本人が戦うということだろう。だけど、悔しいことに彼女が余裕を持てる、理由が私には分からない。こあは頭脳で魔理沙を出し抜くしかできない。戦闘だと実力、実戦経験と差があり過ぎる。
「報告! 紅美鈴撃沈! 紅魔館正面、突破されました。このままだと地下図書館まですぐです」
慌てて戻ってきた妖精メイドの悲痛な叫び声が響く。
「……ふむ、少し早いですね。だが問題ない。予定通り、皆さんは安全な場所へ退却してください。さぁ、パチュリー様も奥の書斎へ」
「ねぇ、安全な場所ってどういうことよ? やっぱりあなた、何か危ないことするつもりでしょ?」
「そんなことはありません。ですから奥に――――」
「イヤよ。あなたをほったまま、私だけ一人安全な場所で待っていろと言うの? 冗談じゃないわ。私はここに残るからね」
絶対、こあを一人なんかにはさせない。私を一人ぼっちから救ってくれた彼女を、私が一人にする訳にはいかないのよ。
「……ふぅ。まったく、困ったお人だ。そこまで言うのなら構いませんが、一つだけ後悔はなされませんか? ここに残ることに」
「ないわ。もしここから逃げて、こあに何かあったらそっちの方がもっと後悔するから」
「分かりました。でも危ないので少し離れていてくださいね」
「うん」
言われた通り、少し離れて本棚の物陰に隠れる。
「さて、そろそろご登場か」
そうこあが呟いた瞬間。
ドゴーン! と、大きな音を立てて図書館正面入り口の大きな扉が吹き飛ばされた。おそらく魔理沙が八卦炉か何かで扉を壊したに違いない。
「よう! 随分と生意気なこと言ってくるじゃねぇか! 小悪魔さんよ? その挑戦、私は受けて立つぜ。お前なんかに私が負ける訳ないからな!」
壊れた扉の先には八卦炉を構え、余裕の笑みを見せて、仁王立ちしている魔理沙の姿があった。
2
「手紙を見た時は驚いたぜ。まさかお前があんな賭けをけしかけてくるとは思わなかったからな。でもいいのか? 降参するなら今のうちだぜ?」
「その言葉、そっくりお返ししますよ。今ここであなたが泣いて詫び、今まで盗んだ本を全て返すというなら、怖い思いをしないで済みますよ? さぁ、どうしますか?」
「けっ! 言ってくれるじゃねぇかよ。泣き見るのはそっちだぜ」
二人とも図書館の正面エントランスで互いに動かず睨みあっている。
空気がいつもと全然違う。ざらざら、ビリビリとした息が詰まるような緊張感が伝わってくる。肌で感じるのは初めてだ。これが、戦いの、戦場の空気だ。もしかしたら私はとんでもない戦いの場にいるのかもしれない。こんな殺気だけの空間にいるのは初めてだ。
殺気は魔理沙だけじゃない。こあにも感じられる。普段私といるときには感じたことのない魔力の質だ。
だけど少しおかしい。こあから感じる魔力には戦闘魔法独特の殺しに魔力をこめた時に出る禍々しさをまったく感じない。捕縛、または拘束系の魔法だろうか? だが美鈴戦で少しは消耗したとはいえ、魔理沙クラスを一発で捕まえられる捕縛魔法はない。
「約束通り、私が勝ったらこの図書館は私のものだ。おまえやパチュリーはここから出ていく。これでここの本は全て私の物だぜ!」
え? ちょっと、それってどういうこと?
「『勝ったら』でしょ? それならご安心ください。あなたは私に勝てません」
こ、こあのバカ! あの娘はあろうことか、この図書館も賭けの景品に使ったのだ! これでは絶対の絶対にこあに勝ってもらわないと、私の住む場所がなくなってしまう。
「さて、お喋りはここまでだ。とっとと始めようぜ」
「えぇ、始めましょうか。あなたに、記念すべき敗北が訪れる戦いを」
そう言ったが、お互いに動かない。相手をじっと見つめている。隙があれば一瞬でやられる。私に分かる、少しの油断が命取りになる、プロの戦い。これが美鈴や咲夜のような上位クラスの戦いだ。
この空気に耐えられるこあを尊敬する。私はやっぱり奥の書斎に逃げとけどよかったと少し後悔している。どおりで妖精メイドをここから遠ざけたはずだ。妖精だと、この空気を感じるだけでアウトだろう。私でさえ息苦しいのだから。
「そらぁ、堕ちろ!」
魔理沙が八卦炉から数発ビームを放つが小悪魔は上に飛び上がり難なく避ける。飛んだと同時に小悪魔は羽を広げ、魔理沙に跳び蹴りを放つが、魔理沙も宙返りしてその蹴りを避ける。小悪魔の蹴りは魔理沙に当たらずそのまま蹴りは床にめり込む。
そう、めり込んだ。こあの足が床にめり込んだ。つまりそれほどの威力があるということ。あんなのが直撃したら洒落にならない! 死ぬ、死んじゃうわ!
こあ~死人は出さないようにしてよ~。このままだと魔理沙の死体を妹様にプレゼントする羽目になりそうだ。
「おっとっと……。バカ野郎! あぶねぇだろ! あんな蹴りかましやがって。てかお前、パンツ丸見えだぞ! 黒って……エロいの穿きやがって」
ちょ、ちょっと魔理沙! なに言ってるのよ! ちょっと羨ましいけど。こあは黒なんだ。
「なにを仰いますか? あの程度の蹴りなら余裕で避けられるでしょうに。それとパンツは関係ありません。魔理沙さんのお子様ドロワーズより遥かに私の方が良いと思いますが? あぁ、すいません。お子様にこんな話しても分かりませんね。ふふふ」
「てっめぇ……。あとで絶対に泣き見るぜ。ボコボコにしてやる」
………信じられない。二人にとっては今の攻防は、ほんの小手調べ程度の攻撃だったのだ。私はなんだか訳が分からなくなってきた。魔理沙が余裕なのは分かるが、何故こあがあそこまで余裕なのか、そしてその力はいつの間につけたのか? こあも一応は悪魔だから強い可能性はある……と思う。
「では、今度はこちらから行きますよ」
そう言った瞬間小悪魔が魔理沙の目の前に現れる。本当に一瞬だった。コンマ一秒もないくらい、まるで光の速さで移動したかのようだ。
「なっ!? ちっ、くっそ!」
魔理沙が驚いて後ろに下がり距離をとる。
私も何が起きたのか分からなかった。魔法で移動速度を上げたとしても、あそこまで高速に移動できない。時間を止めて魔理沙の前に近づき、そしてまた時間を動かしたら。可能だがそれは咲夜以外には不可能だ。咲夜は他にも空間を操る力があったが。
ん? 待って、こあは確か超高度空間魔法の研究をしてはず。もしかしたらこれは高速移動でもなんでもない、空間転位ならたとえ魔理沙がどこにいようが一瞬でもどこにでも現れることは論理的に可能だ。
例えばAからアルファベッド順にZまで部屋が続いているとする。そしてこあがAという部屋にいて、魔理沙はZという部屋にいるとする。普通はAからZまでどんなに高速で移動してもBからYまでの部屋を通る必要があるので十秒かかる。だが、空間を転位するとどうだ? BからYを無視して、AからZまで本当に一瞬に行くことが可能だ。
だが、あくまで理論上での話だ。実際にやろうと思えば恐ろしく高度な魔法技術、そして膨大な魔力とその地点の座標を計算する計算力が必要になるはず。転位する場所が遠ければ遠いほど魔力と複雑な計算が必要になるはずだ。
だけど、彼女のあのスピード、どう考えても空間転位しかありえないだろう。私の想像の範囲だが、超高度空間魔法の研究をし、自分で論文をまとめた彼女なら使えてもおかしくはないはずだ。
「ちっくしょー!! どうなってんだよ! 私は認めないぜ、小悪魔が私より早いなんてな!」
牽制のビームを放ち距離を取ろうとするが、距離を取った瞬間、小悪魔に近づかれて一瞬で距離を詰められる。
どこに逃げてもこあは魔理沙の目の前に、後ろに、横に、上に、下に、一瞬で現れる。これで確定だ、彼女は空間転位魔法が使える。これだと彼女は私より確実に強いだろう。現に魔理沙も小悪魔に遊ばれている。
魔理沙はビームを何発も放っているが、こあは最初の蹴り以外攻撃は一度もしていない。
「ダメですね、魔理沙さん。全然ダメだ。相手の技も見抜けないようじゃ私には勝つどころか、攻撃を当てることもできませんよ?」
「墜とす、お前は絶対に墜とす! 偉そうな口聞いてんじゃねぇよ! 下級妖怪がよ!」
魔理沙の周りに恐ろしい数の星の弾幕が生まれる。これがマスタースパークに次ぐ、魔理沙の弾幕の代表だ。綺麗で可愛らしい弾幕だが油断すると痛い目に合う。恥ずかしいことに私もその一人だ。
「パワーがダメなら、数で勝負だぜ!」
魔理沙の弾幕が、まさに流星の如く大量の弾幕が高速でこあに降り注ぎ、四方八方、三六〇度弾幕が取り囲む。上も、下も、右も、左も、どこにも逃げ道はない。密度も高く、弾幕の間をすり抜けるのも普通なら不可能だ。
普通の星ならなんとも美しい流星群だろうが、これは本物流れ星ではない。こあを倒すための、弾幕だ。未だに大量の流れ星がこあに降り注いでいる。数は数百、いや、もっとだ。数千という弾幕が降り注いでいる。
「終わりだ!」
魔理沙の叫びとともに、こあの中心に降り注いだ星の弾幕が一斉に大爆発を起こす。とてつもない力、まるで小さなハルマゲドンのようだ。
「こあ!」
大丈夫なはずだが、やはり心配は心配だ。普通なら全弾直撃なのだから。もしも転位が遅れて、直撃していたら重傷だ。そう考えただけでも体に悪寒が走り震える。お願い、無事でいて。
まだ爆風が残っており周りは煙だらけで、何も見えない。もし床にこあが倒れていたら……。ううん、私は何て事を考えているの? 彼女は私の使い魔だ。そう、『花曇の魔女』の称号を持つ魔女である私の使い魔だ。負けるはずがない。私は彼女の主として勝てと命令したのだ。彼女なら、その命令を達成してくれる。
だんだんと煙が晴れて、視界がハッキリとしてくる。上空でホウキに跨り、勝利を確信した笑みを浮かべている魔理沙の顔が見えた。そしてこあは……。なるほど……やっぱり、そうなのね。あなたはやはり優秀だわ。
「ははは! まさか直撃とはな、アイツ死んでないだろうなー?」
うふふ、悪いわね、魔理沙。あなたはこあには勝てないわ。
私はこあの勝利を確証した。彼女の使う魔法を突破できない限り、どう足掻いても魔理沙に勝ち目はない。すでにチェックメイトは掛けられた。
「………な! 何だと、そんなバカな! おいおい、勘弁してくれよ、どうなってんだよ? 私は確かに小悪魔に弾幕を当てたはずなのに、なんでアイツがどこにもいないんだよ!?」
煙は全て消え去り、さっきまでこあがいた場所がはっきりと見えるが、そこに彼女はいなかった。撃墜されて床に倒れている訳でもない。文字通り、こあはそこからいなくなったのだ。
完璧だ、完璧すぎて恐ろしいくらいだ。彼女は転位魔法を我がものとし、何の不自由もなく扱えるレベルだ。素晴らしい、本当に素晴らしい。私はとんでもなくすごい娘を使い魔に持つ、世界で一番幸運な魔法使いだろう。
「なんで、だよ? あの弾幕密度じゃ間をすり抜けるのは不可能のはずだ。それに、逃げられないように全方位を囲って撃ったのに……。アイツは、小悪魔はどうやってこの弾幕を避けたんだよ!?」
魔理沙も驚きを隠せないようだ。軽く混乱しているが、無理もないだろう。あの弾幕はどう見ても相手を確実に叩き墜とす為の弾幕だ。博麗の巫女や、レミィでさえ無傷では済まないであろう、魔理沙の本気の弾幕だった。
もし高速で避けたのだとしても、避けた瞬間、こあの姿が見えるはずだ。だけど、私も魔理沙も、弾幕を避ける彼女の姿を見てないが、結果は見ての通り、魔理沙の攻撃は空振り。
魔理沙の本気の弾幕は通用しなかった。自分の必殺技を使ったのに、相手に傷一つ与えることさえできなかったのだ。魔理沙のショックも大きいだろう。
「ショックを受けるのは当然だとは思いますが、魔理沙さんは上出来でしたよ。あの弾幕はレミリア様や、霊夢さんの防御障壁を破壊できる威力を持っています。ただの人間の魔理沙さんが、この威力は正直感動ものです。だけど……もう十分でしょう? 魔理沙さん、あなたの負けです」
「うそ……だ、ろ? 私が、こんな、簡単に……」
「残念ですが、それが現実です」
そう言って魔理沙の頭にショットガンを近づけるのは、さっきまであの星の海に囲まれていたはずの、こあだった。
「さぁ、チェックメイトですよ。魔理沙さん」
彼女は無傷で魔理沙の後ろから銃を突きつけていた。
3
魔理沙の状況は絶望的だった。必殺技を使ってしまいそれは通用せず失敗に終わった。二人とも宙に立って浮いたままだ。背後からこあにショットガンを零距離で突きつけられており、下には私がいる。
陸には私、空中にはこあ。もう逃げ道どころか逆転への道もない。ホウキに跨っていないので高速で動くことはできない。少しでも動けばショットガンの餌食になるし、逃げられたとしても今度は私の魔法で終わる。念のために、広範囲で敵を無力化できる水系の魔法陣を展開しているのだから。
勝率0%、将棋で言うなら詰みの状態。どこに逃げても、どの駒を出しても終わり。抗うことのできない敗北の完成だ。
「あなたの負けです、魔理沙さん。約束通り本は全て返してもらいますよ。だけど、凡人たるあなたがここまで戦えたのは実に素晴らしい。本当ですよ? あなたには霊夢さんのような天才的な才能もなければ、咲夜さんのような特殊能力もない。そして守矢の風祝のような現人神でもない、ただの人間の魔理沙さんがここまでとは、賞賛に値します。その功績を称えて、私が書いた魔道書を幾つか差上げましょう。もっとも、人間には使えるか分からない。高技術な魔法ばかりですがね」
魔理沙が悔しそうに顔を伏せる。少し言い過ぎのような気もするが、こあが言ったことはまぎれもない真実。魔理沙は本当に、ただ魔法が使えるだけの、人間の少女なのだから。人間が妖怪に負けて当たり前と言えば、当たり前なのである。
「……………お前は何か勘違いをしてないか?」
「いえ。私に勘違いも間違いもありません」
「………は、はははは、あはははは。言い切っちまったよ! ははは」
「何が……おかしいんですか?」
魔理沙は何がおかしいのか、急に笑い出した。敗北の現実を受け入れたくなくて逃避でもしているのか?
いや違う。魔理沙は何か確信したんだ、この最悪の状況を打開できる、逆転に転がる何かを。
「こあ! 油断しないで、魔理沙は何か―――――」
「遅いぜ!」
私がこあに警告する前に魔理沙に動かれた。
「くっ、ぁ! しまった!」
魔理沙は倒立の勢いで後ろ蹴りを放ち、後ろから突き付けられていた、こあのショットガンを蹴り飛ばした。そのまま倒立して一回転した魔理沙はその勢いを利用して、左足を軸にしてくるりとこあに向き直り、
「誰に敗北をもたらすって? 小悪魔さん……よおっ!」
「がっは」
こあに渾身の右ストレートを放った。勝利を確信して油断していたこあはショットガンを綺麗に蹴飛ばされて、動転していた隙に魔理沙が放った右ストレートは、綺麗に彼女の右の頬に入り、五メートルほど後ろに飛ばされた。
「へへ、舐めんじゃねぇよ! 私の意地の悪さをお前はしってるだろ? 天才の霊夢に勝つため私は諦めず何度も何度も必死に足掻いた唯一の人間だ! そんな私があれくらいで負けを認めると思ったか? あんなの霊夢と戦ってる時の方がもっとヤバいぜ。それともう一つ、私はお前に降参とは一言も言ってないぜ? 勝手に勝利に酔いしれてんじゃねぇよ、バーカ!」
蹴り飛ばされたショットガンが床に落ちてきて大きな音を立てる。
そんな、そんな、そんな……そんな馬鹿な。こんなことがあっていいはずない。だけど現実問題、戦局は逆転した。チェックを掛けていたはずが、チェックを掛けられた。まるでよそ見している間にチェス盤を百八十度回されたような気分だ。
ヤバい、やばいやばいやばい! こんなの、私一人で魔理沙になんてとても太刀打ちできない。戦おうにも私も体調は最近よくない日が多い。今日だってとてもじゃないが弾幕勝負なんてできる体力もない。
「くくく、くっくっく、くはははは! 見事ですよ魔理沙さん。今のは完全に勝ったと油断していた私の負けです。それにしても痛かったですよ、あの右ストレートは。未だに口の中に血の味が広がって困りますよ」
殴られた右の頬をこすり、にこやかに微笑を浮かべながら、体勢を立て直すこあだが、私には分かる。魔理沙は彼女のスイッチを入れてしまった。普段の微笑を崩してないように見えるが目が笑ってない。さっきまで魔理沙と遊んでいた時とは違う。本気で獲物を狩る眼だ。
この眼を私は生きてきた中で一度だけ見たことがある。レミィが、本気で殺しをする時の悪魔の眼だ。だけど、どうしてこあがそんな眼をするのだろう? 彼女は、こんな恐ろしい眼をする娘じゃないのに。
でも今はそんなことを考えている場合じゃない。どうする? 魔理沙は八卦炉を持ってるが、こあに武器はない。
そうだ、さっき落ちてきたショットガンをこあに渡してあげれば。
私は急いで近くに落ちてあるショットガンを拾い、こあに渡そうとするが
「おっもい! 重すぎるわ、こんなの持てない」
こあに渡すどころか持つことさえできなかった。こんなに、恐ろしく重いものを彼女は片手で持っていたの? 私は両手でも無理なのに。
「ちょっとパチュリー様? 何をしているんですか?」
「こあにこれを渡そうと思ったんだけど、重くて私じゃとても持てないわ」
「え!? そのショットガン、たった3.45kですよ?」
「3.45kもあるの!? そ、そんなの私が持てるはずがないわ」
「「………………………」」
何故か二人とも黙ってしまう。あれ? 私は何もおかしなことは言ってないはずなのに。
「…………お前の主はよくあれで今まで生活できたな」
「やっぱり魔理沙さんも思いますか? だから私はパチュリーに一生仕えますよ。私がいなくなったら日常生活さえ困難になってしまいそうですから」
「ちょ、ちょっとー! 二人とも酷いわよ!」
どうせ私は体力がないですよ、紫モヤシですよ。ぐすん。
「ん? でもお前一生仕えるって、プロポーズみたいなことよく平気で言えるな」
「あはは、それはスルーしてほしかったですね。でもご心配なく、パチュリー様にはあなたを倒した後で改めて言いますよ」
え、えぇ!? それって、そんな、ウソ! ヤバい、自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かる。他の人が今の私の顔を見れば、真っ赤なゆでダコ状態になっているだろう。
ねぇ、こあ? さっきのってやっぱりそういう意味なの? なんだか勝手に顔がにやけてくる。
「ほぉ~、言うな。まだ私に勝つ気かよ? もう策は尽きたんじゃないか?」
「まだまだこんなものじゃ終われませんよ。それに策が尽きたなら実力で戦えばいいだけです」
「本気の勝負ってことか! いいぜ、ここまで熱くなるのは久しぶりだぜ」
「魔理沙さんの本気、見せてもらいましょう。私も全力でいきます」
こあは魔力で自分のショットガンを磁石が引きあうように手元に引き寄せる。魔理沙も八卦炉を構えていつでも攻撃可能な状態だ。私が頑張らなくてもこあは自分の手に武器を戻せた。私の苦労っていったい……。
「そうだ、パチュリー様、これを少しの間預かっていて下さい」
こあが私にひょいっと何かを投げてきた。慌てて拾ったものは、彼女の眼鏡だった。
「え? これって」
「お守り、だと思って下さい。私が勝つように祈ってくれれば、それだけで十分です」
「うん……わかった、わかった! さっさと魔理沙を倒して、さっきの話、どういう意味か聞かせてね」
「ふふふ、はい。きちんと、お話ししますよ。だから、今は……」
こあが魔理沙に向き直りショットガンを構える。魔理沙もこあに向けて八卦炉を構えている。
「眼鏡取っただけで、それがお前の本気か?」
「えぇ。準備は万端ですよ。あ、警告ですがもしあなたが死ぬことになっても化けて出ないで下さいね」
「それは自分のこと言ってんのか?」
二人とも互いの武器を向け合ったまま動かない、数分間ずっと見つめ合っている。
「さぁ、始めるか」
ふと、二人がにやりと笑い合った気がした。その瞬間お互いの武器が火を噴いた。
4
二人ともほぼ同時に撃った。こあの方が若干早く撃ったが、ショットガンの弾は、魔理沙のレーザにかき消された。だが魔理沙のレーザもショットガンの弾を消すのにパワーを全て使い切り結果一射目は相殺された。
撃った瞬間二人は後ろに下がり、また同時に撃つが結果さっきと同じく相殺。
「チッ。やっぱりそう簡単に命中させてはくれませんか」
そう言いながらこあは銃身を一度引いて魔力を込める。
「お前も面倒な銃を選んだな。ショットガンは良いけどポンプアクション式はナンセンスだぜ。せめてセミオートにしとけよ」
「お生憎、私は一発に集中して魔力を込められるポンプアクション式の方が好きなんですよ。それにセミオートだと連射はききますが、その分一発に魔力を込める時間も少なくなるので、威力が下がってしまいますから嫌なんですよね。そして私がポンプアクションを好んで使っている最大の理由は……ポンプアクション式にはロマンがあるからですよっとぉ!」
喋りながらショットガンを魔理沙に目がけて連続で放つ。神技的なポンプアクションは、とても手先が早く、まるで普通に連射しているようだ。
「おっと! へへ~ん、これくらいなら簡単に避けられるぜ」
魔理沙は大きく高度を上げて難なく弾を避ける。
ショットガンの特性である近距離では超絶な威力、遠距離では弾が拡散して広範囲攻撃。
一見万能な武器に見えるが拡散した弾は横にしか広がらない。もう一つの欠点が広範囲に有効だが、威力がガタ落ちする。さらに重力に弾が引かれて下に落ちていくため、魔理沙のように高いところに上がられたら弾が届く前に落ちてしまう。
「不思議ですね。よくこの武器の特性をご存じだ。こういった危険性の高い武器製造の本は禁書庫に保管しているので、魔理沙さんが知っているのは変ですね~」
こあはどうやらこの武器をあの禁書庫の本を使って作ったらしい。だけど、ここまで高性能な魔法銃を作りだすなんて……私が知らないうちに、彼女はとっくに私を追い抜かしていた。
「銃使いはお前の他にももう一人いるんだよ。永遠亭のウサギもお前とスタイルは違うけど銃使いだ。あいつは確か二丁銃(トゥーハンド)だったな。だけど同じ銃器で戦うから同じだ。武器の特性はにとりの所で勉強したんだが、河童にはいつも驚かされるぜ」
魔理沙が変な知識をどんどん付けていくのはあの河童が原因だったのか。河童も侮れないわね。いつか魔理沙にとんでもない武器を支給してきそうだ。
「ほう、私以外に銃使いがいるとは気になりますね。一度お会いしてみたい。あなたを倒した後でね」
「それは不可能だぜ!」
魔理沙が再び星屑の弾幕を放つ。こあは転位魔法で大きく後ろに下がり、ショットガンの広範囲拡散の特性を活かして星屑を全て撃ち落とした。
「ひゅー! やるね~、でもこれならどうだ!」
魔理沙は先ほどの数倍の数の星の弾幕を出して、一斉に撃った。
こあも負けじと、転位魔法を繰り返し使って星を撃ち落とす。別に撃ち落とす必要はないが、こあには星屑を撃ち落として遊ぶ余裕があるということだ。
あっという間にこあはあの大量の星を全て、本当に全て撃ち落とした。
「星の屑成就はならなかったか。星の屑作戦失敗だぜ」
「大層な名前を付けていますね。今度はこちらから行きますよ」
そう言った瞬間こあは私たちの前から姿を消す。転位魔法を使った合図だ。
「くそ、どこからくる? 上か、後ろか、右か、左か、下か。どこからだ?」
「正面をお忘れですよ」
「なぁ!? ウソだろ!」
こあは魔理沙の正面に現れた。完全に死角を警戒していた魔理沙にはとっては予想外な不意打ちだ。
「終わりだ」
こあは魔理沙の顔面めがけてショットガンを撃つが
「こんなところで終われるかよおおおぉぉぉっ!!」
魔理沙はリンボーダンスのように上半身を大きく後ろにそらしてショットガンの弾を避けた。なんというか無茶苦茶な避け方だ。
魔理沙はこあのような理論的な戦いより、美鈴のような直観と気合と根性で戦うタイプかもしれない。今までの戦いを見るからには美鈴よりは頭は遥かに回るのだが、無茶なのは変わらない。
「な! そんなバカみたいな避け方が!」
「こういうのは気合で避けるんだよぉ!!」
上半身を反らし過ぎたせいで、そのまま後ろに倒れようとする魔理沙だが、倒れるときに足を大きく上げてこあの顎を蹴り飛ばした。
「ごはっ」
顎を蹴り飛ばされたこあも大きく後ろへ倒れるが、何とか地面に叩きつけられる前に体勢を立て直す。それは魔理沙も変わりなかった。
「あっう、ぅぅ……。まったく、気合で弾を避ける人なんて初めてですよ。おまけに痛い一撃をもらいましたしね」
「でも今の攻撃はまぐれだぜ? 蹴りもまさかあんな綺麗に決まるとは思ってなかったし」
「そうですか。さっきの蹴りがまぐれだというなら……二度目はない!」
こあは再び姿を消す。魔理沙はこの究極の移動術を相手にどうやって戦うのか、現状を維持できるのか、気になることは山ほどある。
「来い! 小悪魔! さっきので確信した。もう私にお前の攻撃は通用しないぜ!」
あろうことか魔理沙は動いて回避運動を取ろうとせず、じっと眼を閉じて仁王立ちしている。
どういうつもりだ? 逃げないと攻撃が直撃するのに。高速で動きまわれば転位場所を決定しにくいので、苦し紛れではあるが、時間稼ぎにはなる。
だが、魔理沙は持ち前のスピードを活かそうとはしなかった。諦めて腹を括った? だけど魔理沙は高らかに諦めないと宣言していた。通用しないとまで言い切ったのだ。
何か秘策があるとでもいうのだろうか? 音速より早い、もはやスピードという概念を超えた、どこにでも現れることが可能な空間転位を打ち破れる何かが。
「……そこだ!」
魔理沙が右斜め上に向けて八卦炉を放つ。そこには……紙一重でレーザーを避けるこあがいた。
「…………どうして、私の出現する位置が分かったんですか? 偶然、という訳でもないでしょう。何か確信があって撃ったはずです」
「その通りだよ。お前のチート並みの移動術はスピードではどうやっても説明できないんだ。だったら他の方法は? それは空間を渡るしかない」
「……やはり、分かっていましたか」
「最初は半信半疑だったけどな。そんな紫なみのチート技をお前が使えるとは思ってなかった。けど、お前が消える瞬間と、現れる瞬間に、空間が歪むんだよ。異常な歪み方だ。だから私は確信したんだ。お前は空間転位系統の魔法が使えるって」
すごい、信じられない。今私は純粋な驚きしかない。
魔理沙はこの短時間で転位魔法を見破り、こあの出現位置まで特定した。
凡人だと言われているが、違う。魔理沙は努力の天才であり、そしてもう一つ武器である直感、根性による身体能力の限界突破。この二つを知らず知らずのうちに使いこなしているのだ。
理論や法則では説明できない。今まで負け続けて、勝つために必死に努力をしてきた。それが……霧雨魔理沙の強さだ。
頭の回転の速さも予想に反して、実に見事なものだ。魔理沙自身も新魔法の研究のためあらゆる計算をしてきている。頭の回転が速いのも当然だ。
相手の理論や法則をぶち壊すが、自分の理論や法則は完璧にこなす。本当に馬鹿みたいなことだが、それが魔理沙の真の力となっている。
「では、私に星屑を撃たせたのも、転位魔法が本物か確かめるために、撃ったんですか?」
「あぁ、そうだよ。高性能な拡散銃でもあの星を撃ち落とすには動きまわる必要がある。私はどう動き回るか見たかったんだが、お前は動き回るんじゃなくて、瞬間移動したんだよ。スピードでは説明できない移動だ。これじゃ馬鹿でも転位系統の魔法だって気づくぜ? お前も詰めが甘かったな! 転位する瞬間は空間を歪ますなんて、どこに出てくるのか教えてるものだぜ」
「まさか、この術の唯一の弱点である空間の歪みに気づくなんて。……謝ります、私はあなたを見下し、舐めていました。だけど今は違います。私の全力を持って、あなたを排除します。魔理沙さん、あなたは並みの妖怪よりよっぽど危険だ」
「私は妖怪より強いってことか? そりゃ嬉しいぜ」
「だから私も最大の礼儀として。一瞬であなたを墜とします。これに耐えられたら無条件であなたの勝ちとしてもいいですよ?」
「随分と言うね~! いいぜ。どんな攻撃だろうが、当たらなければ、どうということはないからな!」
「では、せいぜい逃げ回って下さい。あなたがやられて植物人間になったらアリスさんが悲しみますからね。逆恨みで人形に串刺しにされたら困ります。そうだ、遺言状を書いていただけませんか?」
「寝言は寝て言いやがれ!」
魔理沙はこあに近寄りホウキで殴りかかるが、簡単に避けられる。元から当てる気は魔理沙にもなかったのだろう、後ろに下がる。
「オラ! 第二ラウンドの始まりだ!」
「弾幕が当たらないなら、肉弾戦か……。なんとも醜いですがいいでしょう。あなたの最後の戦いだ。好きに戦わせてあげますよ」
「その台詞、後悔するなよ!」
叫びながら魔理沙はホウキを槍のように構える。
「ハルベルトモード機動。ホウキへの飛行補助魔法は全て解除、近接戦闘へ全魔力を移行する。ホウキ強度、全長、構成魔力、オールグリーン。完璧だ」
魔理沙の持っているホウキが変形する。変形は大袈裟かもしれないが、全体的に金属質になり、ホウキには必要不可欠な刷毛の部分がなくなっている。
ホウキの柄の先から魔力で形成された刃が出ている。刃の部分は斧と槍を組み合わせたような、ハルベルトの刃をしている。
そして、ホウキ、いや、魔理沙の槍は全長二メートルを超えていた。
魔理沙の身長は私より二センチ小さい一四八センチ。少なく見ても自分より五〇センチも長い槍を魔理沙は軽々と振りまわしている。
「どうだ! 私の新しい武器『天下無双方天戟』すごいだろ? ビビった?」
「………何でも、大きければ良いという訳ではないですよ。そんな自分に釣り合わない武器、不格好、似合っていませんよ? それに仮にも西洋系魔術を使う人なら、武器も西洋槍にしましょうよ」
「うっせ! 私はこれがいいんだよ! カッコイイから。それに不釣り合いかどうかは……戦ってみれば分かるぜ!」
「そうですね。……では!」
「いくぜ! うおおぉぉぉおおぉぉお!!」
そう叫んだと同時に魔理沙はこあに槍を構えて突撃をしかけた。
5
突撃してくる魔理沙には目も向けず、こあは高速で呪文を唱える。呪文文からして防御系の魔法を展開させるようだ。
「龍腕壊の壁」
突っ込んでくる魔理沙の正面に大型の防御壁を作る。
龍腕壊の壁、文字通り攻撃してきた龍の腕を逆に吹き飛ばすほどの防御力がある防壁だ。物理、魔法攻撃ともトップクラスの防御力を誇る。
魔法はかき消され、切りつけた剣は折れ、殴った拳は砕け散る。それほどの防御力を誇る防壁だ。魔理沙の槍など真っ二つになるだろう。
「邪魔だ!」
そう言って魔理沙が龍腕壊の壁を真っ二つにした。槍が二つになったのではない。障壁がまるでバターを切るように簡単に、呆気なく二つにされたのだ。
「そんな……馬鹿な!? トップクラスの防壁がこうもあっさりに……こんなこと、ありえない!」
「ボサっとしてんじゃ……ねぇよ!」
「くっそ!」
大きく右に跳びこあは魔理沙の槍を避けた。魔理沙は正確に、寸分の狂いもなくこあの首を狙って突いてきた。もう少し避けるのが遅かったら致命傷だったはずだ。
魔理沙でも殺しはしないだろうから、魔力ダメージでノックアウトを狙っているはずだ。魔力ダメージでも首や頭などの急所に食らったら一発KOだろう。
「パチュリー様! すいませんが少しの間だけ魔理沙さんの足止めを!」
「わ、分かったわ!」
こあにも焦りの色が現れる。私もこあもこんな展開なんて予想もしてなかった。
少しでも時間を稼ぐため私は魔理沙の周り三六〇度に大きな炎の壁を作り、動きを封じるが、
「無意味だぜ。パチュリー」
槍を一振りすればまるで蝋燭の火を消すが如く一瞬でかき消された。
「そんな! こうなったら……火の精よ、我に力を貸したまえ。目の前のモノを焼き尽くせ!」
唱えた瞬間、魔理沙目がけて巨大な炎砲が発射される。こらなら避ける時間も消す時間もない。
「無駄だって言っただろう?」
魔理沙が大きく槍を前に突き出した。すると、とたんに大きかった炎が小さくなり槍の刃先に向かって炎が吸い込まれていく。そしてあっという間に炎の大砲は消された。
「そんな……魔法が、効かない!?」
こんなの無茶苦茶だ。魔女が魔法を使えなかったら、使っても効果がなかったらただの小娘だ。そして今私はその小娘になろうとしている。
「諦めな。魔力の無駄遣いだぜ?」
「ぁ……ぁ――――」
恐怖のあまり声が出ない。
怖い、怖い。魔法が通じないことが怖い。こんな、こんなの嘘よ。
あり得ない。私は魔女よ? 幻想郷でもっとも強い魔法使いのはずなのに。
「さて、それよりターゲットの小悪魔はどこに行った? パチュリーの相手してるうちに転位で逃げたか?」
駄目だ。勝てない、勝てるはずがない。私にとっては魔理沙の方が悪魔だ。魔法が効かない相手に勝てる訳がない。無常なる敗北宣言だ。
「すいません、パチュリー様。遅くなりました。あと魔理沙さん? 私は別に逃げていませんよ、少しお土産を持ってきただけです。どうぞ受け取ってください。パイナップルです」
こあの姿は見えないが図書館の上から何か魔理沙の頭上に目がけて、鉄の塊が降ってくる。
「……ん? って! え? ちょ、お前、パイナップルってそういう意味か―――」
―――よ と言う前に鉄の塊が大爆発を起こし、魔理沙はその爆発を、障壁を展開して防いだ。
待って。魔理沙は何故爆発を防いだの? あの槍を使えば攻撃を無効化できるのに。もしかしたらあの槍は全ての攻撃を無効化できないのかもしれない。
魔理沙の周りさっきの爆発でできた黒煙が被い、魔理沙の状況を確認できない。
だけど、すこし希望の光が見えた。攻撃は完全に通用しない訳じゃない。何か、魔理沙も障壁を張る必要がある攻撃があることが、今の爆発で証明された。
「全攻撃無効化(オールアタックキャンセル)に見えましたが、実はそうでないないようですね。今のパチュリー様との戦いを見て分かりました。あなたの槍は別に強大な力を持っている訳じゃない。ですがそれより厄介な力を持っているから困りました。魔法無効化(マジックキャンセル)。全ての物理的魔法攻撃を無効化するという能力。正確に言うと無効化ではなく、その槍の刃が瞬時に相手の攻撃魔法を相殺する魔力を計算して相殺しているのですがね。私の防御魔法だけでなくパチュリー様の精霊魔法さえも打ち消すとは面倒なモノを作ってくれましたね。だが、消せるのは魔法だけ、さっきにの手榴弾のような純粋な物理攻撃は相殺できないようですね。消せるのは魔法攻撃だけ、便利な力ですがいささか使い勝手が悪いですね」
こあが先生みたいな表情を浮かべて私の隣に現れる。
「ご丁寧な解説ご苦労なこった。だけどそれがどうした? 魔法使いが魔法を無効化されたら終わりだろうが!」
煙で目が染みたのか少し涙を浮かべながら魔理沙が叫ぶ。
だけど、魔理沙の言った通り魔法が効かないのであればそこで詰みだ。攻撃が効かなければ戦いではない。
攻防あってこその戦いなのだから。
「私の戦法が魔法だけだと思っているんですか? あなたは」
「は? なに言ってんだ、お前は?」
「ではお見せしましょう、私の力を。私の愛銃である、『暗殺者の信条(アサシングリード)』の力を」
こあはさっきまで使っていたショットガンを取り出す。
あの銃名前あったんだ。こあの武器、『暗殺者の信条』か、随分大層な名前だけど、その名前に見合う性能を持っているからまったくもって恐ろしいものである。
「アサシン、シフトチェンジ開始。ショットガン形態から大型ライフル銃剣(ガンブレード)に換装。刀剣部は狂剣『血に飢えた赤姫(レッドクイーン)』を使用。対象の破壊のみを設定する」
こあの持っているショットガンがボロボロに崩れ去ったかと思うと、その崩れた金属が形を変えて大型ライフルの形に変わる。しかも先端には真っ赤な、血のように真っ赤な色の刀身をした片刃のナイフが付いている。
「…………もうなんでもアリだな、その銃。てか人の武器デカイって馬鹿にしたクセにお前だって馬鹿デカイ銃使ってんじゃねぇよ!」
「失礼な。これも私の技術と努力の結晶ですよ。気持ちを込めれば、この子も答えてくれますから。それより魔理沙さん大丈夫ですか? アサシンの刀剣部『血に飢えた赤姫(レッドクイーン)』は、あなたの槍では無効化できませんよ?」
なんだか戦いの方向がおかしくなっている気がする。
それにこあの武器も明らかに異常だ。あんな大型のライフル見たことがない。銃口の口径も大き過ぎる。分かりやすく例えるなら二メール越えの対戦車ライフルだ。あれだと威力も恐ろしいことになっているに違いない。
「無効化できないなら、コイツでお前の剣を叩き折れば良いだけだ。それに銃の方も威力はありそうだがその大きさ、連射なんて出来たもんじゃないだろうからな。避けるのは簡単だぜ。どんなに強力な弾でも避けられちゃ意味ないよな!」
「確かにその通りですね。では魔理沙さんが尻尾を巻いて逃げるのが見たいのでこのアサシンの力をお見せしましょう。一発目は避けられるように撃ちますので、避けて下さいね?」
「――――ッ! ヤバい!」
こあは魔理沙の真下から垂直にアサシンを撃った。それを魔理沙は大きく横に飛翔し、やっとの思いで避ける。
ズゴガン! と銃声とは思えないほど大きな音が響いた。
魔理沙に避けられた、その弾道は大きく逸れ、図書館の屋根を突き破り、紅魔館一階から三階までをも突き破り、青空が見えた。
「…………」
「……ぁ、ぁ………」
私と魔理沙は開いた口が塞がらない。馬鹿みたいに屋根から空まで伸びる風穴を見ていた。
『のわああぁ!!』と叫ぶ美鈴の声と、『ぎゃあああ!? 私の紅魔館がああぁ!!』というレミィの悲痛な叫び声が少し聞こえたが無視しよう。色々とややこしいので図書館全体に結界と防御魔法を掛けて二重で守りを固める。レミィ達が入らないようにするため、もう一つは本を守るためだ。
あんな弾丸が本棚に直撃したら終わる、図書館が終わってしまう。本を守るはずが、こちら側が破壊者なりかねない状況だ。
「…………ん~、少し……ヤリすぎましたね」
「バッカ野郎! 何が『少し』だ! このアンポンタン! お前限度ってもんを知らねぇのか? その銃のせいで私の本が灰になったらどうしてくれるんだ!?」
「あなたのではなく、パチュリー様のです。弾は本棚に当てるつもりはありませんのでご心配なく。あなたに命中させて灰にすれば良いだけです」
「ならその銃、叩き折ってやるよ!」
魔理沙は突っ込み槍を叩きつけるが、こあも銃を構えて受け止める。
「その刀剣部、飾りじゃないみたいだな」
「レッドクイーンを甘く見ないでくださいよ? 折れるのは私の剣か、魔理沙さんの槍か、どちらでしょうね?」
ギチギチと金属の擦れる音が響く。互いの武器が鍔迫り合い状態で火花が飛び散る。
「お――っら!」
魔理沙が力任せに槍を振るい、こあの体勢を崩す。魔理沙はその隙を逃さず追撃をするが、こあも必死にその猛攻をガードする。
おかしい、こあは守ってばかりで攻撃に転じない。防戦一方だ。いや、攻撃に転じないのではない、攻撃に転じることが出来ないのだ。
「オラオラどうした! そんなんじゃジリ貧だぜ? まぁ私がお前に反撃の時間を与えないだけだけどな!」
「く、うぅ……なんて攻撃速度だ」
魔理沙の猛攻の前になす術がない。転位魔法を使おうにも猛攻を防ぐのに必死で、魔法を使う時間さえないのだ。魔理沙もそれが分かっているからこそ攻撃の手を緩めないのだ。
「そう簡単には……負けませんよ!」
こあも負けずと剣を振り再び鍔迫り合いに持ち込む。
「悪あがきを! もう諦めろよ」
「それはあり得ない選択ですね。パチュリー様! 私の右上、五六.二度の地点に反射防御壁を展開してください!」
「ふ、ふぇ!? う、うん。分かった!」
私は言われた通りその位置に反射防御壁を展開する。
「ありがとうございます、パチュリーさま!」
感謝の言葉言いながらこあは鍔迫り合い状態ながらアサシンを撃つ。
なるほど、そういうことか! 反射防御壁を利用してアサシンを反射させ魔理沙に当てるつもりなのだ。
「終わりです」
「な、しまっ――――」
上から降ってくる閃光を魔理沙は後ろに大きく下がり避けた。まったくたいした反応速度だ。
だけど、こあから離れた時点でアウトだ。
「うっ、あぁー! 危ねぇー、あと少しで直撃だぜ」
「では直撃させてあげましょう」
「な!」
魔理沙が後ろに退いた瞬間からこあはアサシンをチャージしていた。最高チャージ状態の砲撃を避ける時間は魔理沙にはない。
「Break down(崩れ落ちろ)」
その一言ともに引き金を放った。
「ふざけるな! ファイナルマスタースパーク!」
魔理沙も反撃とばかりに八卦炉からビームを放つ。
こあのアサシン、魔理沙の八卦炉の光が互いにぶつかり合い打ち消し合う。
「うおおおおおおおおおおおぉおお!!」
「はああああああああああぁああ!!」
二つの大きな光が合体し大きな球体となり、爆発した。
第三章 幻葬
白い世界だった。ただただ白い、真っ白な世界。こあと魔理沙の砲撃の衝突で起きた爆発は世界を真っ白に染め上げた。
世界はこれ以外何もないんじゃないかと思える虚無の白だ。美しいはずなのに、とても恐ろしくて、とても怖くて、そして……冷たかった。全てを薙ぎ払い、消し去る、破壊の白。
私は怖かった。眼前に、辺り一面にその白い世界が広がるのが、何もかも、友達も、大切な人も、全てが消えてしまいそうで。
「この爆発も魔力なら、私は全てブチ消す!」
そう叫んで、破壊の白い世界を真っ二つにして切り裂き、半分を壊した。
嬉しいと正直に思った。魔理沙が白い世界の半分を壊してくれたことがとても嬉しくてしかたなかった。
魔理沙が槍を一振りするたびに元の世界が見えてきて、現実に戻って来られた気がして、とても安心できた。
「まだだ、まだ終わってない」
そう呟いて魔理沙は槍を前に突き出し、再び残りの白い世界へ飛び込んだ。
「小悪魔ああああああぁああぁぁぁぁあぁああっ!!」
雄叫びを上げ、白の世界を突き破り、その先にいたこあに渾身の力を込めて槍を振り下ろす。
「まさか、あの爆発さえもかき消すとは、レミリア様のグングニルと同等の性能の槍、まるで『神殺しの槍(ロンギヌスの槍)』と戦っているようだ。私としてはこれ以上の戦いを望まないので、さっきの爆発で撃墜されて欲しかったですが」
こあが残念そうな表情を浮かべながら、だけど顔に汗を浮かべて空中で魔理沙の一撃を受け止めている。
「だから魔力ダメージなら全て相殺できるんだよ、この槍は。あと、私は『神殺しの槍(ロンギヌスの槍)』なんかより勝利を掴み取る『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』のほうがいいぜ」
「ふふふ、エクスカリバーは槍ではなく剣ですよ? そんなことも知らないんですか?」
「馬鹿にするな。私でもそれくらいは知ってるよ。それに剣か槍かなんてそんなのどっちでもいい。問題なのは『約束された勝利』だからな。私の槍は、必ず勝利をもたらす」
「ふふ、そんな馬鹿みたいね幻想……いや、妄想ですね。一瞬で吹き飛ばしてあげます」
「そのムカつく上から目線のモノ言い、そんな口、二度と聞けないよう黙らせてやるぜ!」
魔理沙は槍にさらに力を込め、ねじ伏せようとする。
「………降り注げ、『血の雨よ(ブラッドレイン)』」
その言葉の通り、血の雨、正しく言うと血の氷柱が大量に降ってきた。
「チッ!」
魔理沙は鍔迫り合いを止め、こあから距離をとり、落ちてくる氷柱に向かって槍を一振りするが、氷柱は消えなかった。
「な!? クッソ! あの野郎」
魔理沙は慌てて防御壁を展開するが間に合わず、氷柱の一本が左肩に突き刺さった。
「ぐ―――っ、あぁっ!! こんなので、この程度で……終わりだと思うなよ!」
魔理沙は苦痛の表情を浮かべながらも肩に刺さった槍を引き抜く。引き抜こうと氷柱を動かすたびに血が溢れる。上空から降ってきた魔理沙の血は図書館の絨毯を赤黒く染めた。
「ぐ、ああぁああ!!」
叫び声とともに抜いた氷柱を投げ捨てた。落ちてきた氷柱の太さはそれほどない、細すぎるぐらいだが、長さが六〇センチほどあり、血の付き方からして三〇センチは魔理沙の方に刺さっていたことになる。
「なんでだ? さっきから治癒魔法を使ってるのに、血が止まらない」
魔理沙の肩からは血が勢いはないが確かに出てており、白いブラウスを赤く染めていく。
そしてもう一つの疑問は魔理沙の槍で氷柱を防げなかったことだ。あの槍で防げなかったということは魔力で構成されたものではないということなのだろうか?
「血が止まらなくて不安ですか? 今は大丈夫ですかこのまま放っておくと血が足りなくなりますよ? どうです、降参しませんか? このまま戦うのは魔理沙さんにとって不利ですよ。重火器以外で、私の攻撃全てを魔力攻撃だと思っている魔理沙さんでは」
「やっぱ、さっきの血の氷柱は」
「えぇ、ご察しの通り、魔力ではありません。あれはレッドクイーンの力、正確に言うと呪いです。どうやら呪の力も防げないようですね。私は彼女に自らの血を捧げて、私自身の血であの雨を降らしたんですよ。レッドクイーンも魔理沙さんの血を堪能できてさぞ嬉しいことでしょう」
「普通の傷じゃないから血も止まらないってか? ふざけんなよ、畜生」
魔理沙は槍を構え直す。どうやら速効で決着を付けて、治療法を聞きだすつもりのようだ。だけどあの大槍を怪我をしている状態で扱うことが出来るのだろうか?
「舐めんなよ、こんチクショォォォォォ!!」
魔理沙は突撃を掛けるがあっさりと避けられる。槍を振ろうとするたびに肩から血が噴き出し、苦悶の表情を浮かべている。きっととてつもない激痛が走っているはずだ。
攻撃速度も格段に落ちており、今までのスピードがウソのようだ。
何度槍を薙ぎ払い、振り下ろしても、結果は同じくあっさりと避けられる。このままでは魔理沙の自滅に終わるだろう。
「もう諦めましょうよ? このままでは本当に出血多量で死んでしまうかもしれませんよ? あなたには大切な人、アリスさんがいるでしょ? もう諦めて、負けを認めましょうよ」
「魔理沙、こあの言う通りよ! これ以上やったら、あなた本当に死んじゃうわよ? 『こあとのケンカで死にました』なんてアリスが聞いたら殺されるわ。だからもう、自分とアリスのために止めなさい」
本当にこれ以上はダメだ。いくら魔法で出血を抑えているとはいえ、止血できているわけではない。それどころか無茶をしたせいで傷口が大きくなっている。
「それでも………断る」
「なんで? どうしてなのよ? そんなに本が欲しいの? だったら好きなだけあげるから」
「いや、違うな。私はもう本なんてどうでもいい。ただ戦いたいんだ。面白い、楽しんだよ。私より強い奴と…戦うのが、な。強い奴がいるとそいつと戦いたい。だからまだ戦う。私が、私自身が負けを認めるまでこの喧嘩は終わらないぜ! だから私はまだ……諦めない! 感謝するぜ、小悪魔。私に久々に本気の、全力全開で戦える喜びを与えてくれて」
なんてこの娘は強いんだろう。好んで強者と戦い、その戦いを楽しみ、自分を磨こうと、より高みに目指そうとする少女。
彼女が強さを求める理由はただ一つ、博麗の巫女に勝つためだけに。親友でありあり、永遠の好敵手である彼女に勝つために。
こんな死にそうなくらい無茶をしてでも、今自分より強い相手、こあに勝とうとしているのだ。
「………その心意気、気に入りました。ですから私は、あなたを一撃で落としてあげましょう」
アサシンを再びチャージするこあ。
「ふん、そんな宣言を無意味だ。私はその程度じゃ…堕ちないからな」
魔理沙も体に鞭を打ち、槍を構える。
「アサシン臨界点まであと五秒」
五、四、とカウントが始まる。こあはアサシンの照準を完全に魔理沙に定めている。そしてターゲットにされている魔理沙は……笑っていた。
「一,〇、はっ――――――」
「この時を待っていたぜ!!」
発射と言い切る前に魔理沙はとんでもないことをした。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉぉぉっ!! 飛んでけええぇええええぇええっ!!!」
自分の槍を思い切りアサシンに向けて投げ飛ばした。
「しまった! なるほどそういうことですか、考えましたね魔理沙さん。私が必ず撃つと思ったからの行動だ」
こあは悔しそうな表情を見せてアサシンから離れた。その瞬間アサシンに魔理沙の槍が突き刺さった。
「おっしゃ! やったぜ!」
魔理沙の嬉しそうな声が響く。
臨界状態のアサシンに突き刺さった槍はそのままアサシンにひびを入れ、破壊していく。
「ごめんね、アサシン……」
悲しそうな声でこあが呟いた。
その刹那、アサシンが大きく光り、爆発した。黒煙を上げて砕け散り辺り一面に焼け焦げた破片が飛び散る。
あれだけの砲撃を撃てる銃が本体内部で爆発したのだ。その威力に耐えられる銃はないだろう。その威力を証明したかのように魔理沙の槍も、さっきの爆発に巻き込まれた影響かハルベルトモードを展開する魔力がなくなったのだろう。今は普通のホウキに戻っている。こんがりと焼けてはいるが……。
「よし! 治癒魔法が効く! やっぱりあの剣を壊したのが正解だったぜ」
「え!?」
どういうこと? まさか! 私は急いでアサシンの残骸を調べる。
その残骸には粉々粉砕したレッドクイーンの刀身があった。
そうか、レッドクイーン本体を壊したので血の呪いの影響もなくなる。それも狙って魔理沙はアサシンを壊したのだ。
「止血完了。傷口もある程度治したし、痛み止めも効いてきた。さぁ、続きを始めようぜ!」
「…………」
こあは何も答えない。壊れた人形のように腕をだらーんとさせて宙に浮いている。
「どうした? 自分の武器壊されてビビってんのか?」
「…………くくく、ふはは……あはははははははははははははははハハハハははハはハははハははは」
こあが狂ったように笑い出した。そして声も壊れた機械のような無機質で感情のない、奇妙な笑い声。
「魔理沙さん、最高だ! あなたは実に最高だ! 私と戦うのが楽しいですか? いいでしょう、魔理沙さんと戦っていて私も心躍りました。だけど、五〇年間ともに戦ってきた愛銃を壊されて私も黙ってはいれないんですよぉ。壊された分、きっちりとお返ししますよ」
「なんだ? 銃壊されたから私を殺すのか?」
「私もある程度の優しさを持っています。だから現実世界で殺しはしません。別の世界で死ぬ以上の苦しみを魔理沙さんには楽しんでもらいます」
「は? 何言ってんだ? 殺さずに死ぬ以上の苦しみってバカじゃねぇの」
「その生意気な小娘の笑顔がいつまで続くか楽しみですね」
にたぁ、とイヤな恐ろしい狂気を帯びた笑みをこあが浮かべる。こんなこあを私は今まで見たことない。急に彼女が変わった。銃を壊されてからだ。表情も、魔力も今まで私が一度も感じたことがない異常な禍々しい、強大な力を持った魔力。
頭がおかしくなりそうだ。今私が見ているのは誰なの? 普段一緒に読書をして、魔法の研究をして、気がきいていつも美味しい紅茶を入れてくれる、天使のような優しい笑顔を浮かべてくれるこあ。
だけど今目の前にいるのは人を傷つける目をしている。そして狂気を孕んだ魔力。目の前の敵である魔理沙を排除することを目的とした、本当に恐ろしい、正真正銘悪魔のようなこあ。
アナタはだれ?優しいアナタと、恐ろしいアナタ。本当のアナタはどっちなの?
「さぁ、魔理沙さん。よろしいですか?」
「へ、へへ。丸腰のお前とまだ八卦炉の残っている私。ど、どう考えても私が有利に決まってるぜ」
「その割には声が震えてますよ? 怖いのですか? でしたら泣いて詫びなさい。そうすれば考えてあげますよ」
「う、うるせぇ! 私は…私は勝つんだ!」
叫ぶ魔理沙だが、やはり声が震え冷や汗をかいている。
私はもう動くとさえできない。こあの今の魔力は異常だ。もう殺ししか感じられない。この状況でまだ虚勢をはれる力が残っている魔理沙は尋常な精神力じゃない。
「安心して下さい。あなたが死ねば、アリスさんもすぐそちらの世界に連れて行ってあげますから」
「な!? テッメェ……冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「そうですね。さきほど発言は私が悪かったです。大丈夫、あなたは死にません。最悪植物人間になるだけです。その屈強な精神力がどこまで持つのか楽しみです」
「……ふざけんな、ふざけんな、ふざけるなあぁああ!! 私は、必ず……お前を、倒す!」
「いい気迫だ。ではお喋りはここでお終いだ。あなたを誘(いざな)いましょう。幻想の世界ではなく、幻葬の世界へ!」
2
「あなたを誘(いざな)いましょう。幻想の世界ではなく、幻葬の世界へ!」
そう宣言したこあの瞳の色が赤色に変わる。
彼女は元から瞳の色は赤だが、同じ赤でも全然違う。普段はとても美しいルビーのような鮮やかな赤。
だけど、今のこあの赤色は、暗く濁り美しさは微塵もない。まるで血の色のような、恐ろしく冷たい赫い色をしている。
「なんだよ……その目は?」
「これが私の研究してきた魔術の完成形ですよ。だから魔理沙さん…………私の目を見ろ!」
「え? 見ろって、なに―――――――」
こあの瞳を見た瞬間、魔理沙の動きが止まった。魔理沙の周りだけ時が止まったかのようだ。
「それでは………自我を保っていられることを願いますよ、魔理沙さん」
恐ろしいことを魔理沙と見つめ合いながら冷徹な声で言ったこあが
「幻葬『千の死を(サウザンド・ダイ)』」
そう呟いた。
『千の死を』? どんな魔法だろう? だけど名前から分かる、どう考えても良い魔法ではないだろう。千の死など大袈裟だし、ヤリすぎだ。
「うぅ………あ、ぁ、が、ぁぁ―――」
嫌な、苦痛に満ちた、死人のような魔理沙の呻き声が上から聞こえた。
「な、何なの? 何なのよ」
見てはいけないと本能が叫ぶ。今は目を塞げ、耳を塞げ。何も聞くな、何も見るなと。
だけど、あの呻き声は魔理沙の声だ。あんな声、普通の状態じゃ出せない。何か、本当に限りなく死に近い何かが起こっているのかもしれない。
私は恐る恐る、上でこあと見つめ合っているはずの魔理沙を見る。
「な!? なによ……どうなってるの?」
こあの目を見たままの魔理沙は、普通ではありえないくらい大量の脂汗をかき、魔理沙の目はかっと開き、瞳孔が異常に小さくなっている。
怒っているような、驚いているような、悲しんでいるような、どんな上場にも見える顔をしている。
「魔理沙………魔理沙! 返事をしなさい、魔理沙!!」
私が大声で声を掛けても返事をしない。まったく聞こえていないようだ。外見はあるけど中身がない、まるで精神だけどこか別の場所で飛ばされたかのようだ。
「パチュリー様、そんなことをしても体力の無駄使い、無意味ですよ。魔理沙さんは今遠い世界へ、死と同等の、もしくはそれ以上の苦痛が待っている世界に行っていますので。ふふふふふ」
気持ち悪い笑い声を上げてこあが言う。
別の世界ですって? 転位ではないとしたら、別の世界を無理矢理見させているということだ。
「う、が、えぐぉ、ぉ、あぁあっ!! ぐ、ぎ……う、ぁぁ―――あぁああぁあああぁぁぁあぁあぁあっ!!」
魔理沙がこの世のものとは思えないような断末魔を叫ぶ。そして、ぷつんと、糸が切れた人形のようにだらりと力の抜けた魔理沙が上から落ちてきた。
魔理沙は受け身を取ろうともせず、そのまま地面に叩きつけられる。何とか力を入れて立ち上がろうとするが、力が入らないのか四つん這い状態だ。
「うぅっ!! おぉ、ぐえぇ、がぶご、お、ぉおぉ……」
顔色が青くなったかと思うと魔理沙は胃の中のモノを口からぶちまけた。しかもただ嘔吐しただけでなく、血も混じっている。
「まだ抵抗する力が残っていますか………人間を止めて、ちゃんとした魔法使いになれば、間違いなく最強の部類に入れるというのに、もったいないですね。もし生きていたら、本気で勧めてみましょうか、その方が長生きできますし、その方が嬉しいですよね? パチュリー様」
こんなに死にかけの魔理沙を見てもこあは笑顔を浮かべ普段と同じように私に話しかけてくる。こんな狂った状況でもまったく変わらない彼女に、私は背筋が凍った。
「アナタは………誰なの?」
「何を言っているのですか? あなたの使い魔の小悪魔ですよ」
「ウソよ、ウソよ………私が知っているこあは……悪魔だけど、優しくて、いつも私を心配してくれて、お茶を入れてくれたりお菓子を作ってくれたり、そして一緒にお茶をして、笑いあえる、私の……私の大切な人なの。だから、もうやめよ? こあ」
「…………申し訳ありませんがその願いに応えることはできません。あなたが知っているのは私の光だけです。だから今宵、知ってください。私の闇を、血と狂気に塗れた、醜い悪魔の姿を」
何故か、とても悲しそうな顔をして言うこあ。
「こあ……」
私が言っても彼女は聞いてくれなかった。使い魔が主の命令を無視したのだ。
「はっあ! く、……う、おおぉぉ!! ぱちゅ、りー……コイツ、は……本気で、ヤバい。まさしく、悪魔……バケモノ、だよ」
フラフラになりながらも立ち上がって、私の横に来て告げる。彼女はバケモノだと。
「……まったく三七六回も死んでまだ立ち上げる元気がありますか。いったいどれだけ図太い神経をしているのですか、あなたは?」
三七六回も死んだって、どういうことなの? 魔理沙は現に死にそうだけど、ちゃんと生きている。死を見せる術、もしかして、これって!
「へへ……神経の図太さには自信があるぜ。それにこれくらい……気合と、根性で、どうにか…なる!」
「はぁー……あなたは私が最も苦手なタイプの敵だ。理論や考えず直感や感情で戦う。やはり慣れませんね。魔理沙さんのような熱いタイプとの戦いは」
「世の中、お前みたいな……頭フル回転戦法より、私の戦い方の方が……面白いだろ? 予測、不可能…でさ」
「くくく、面白いですがゴメンですね。行動が読みにくい相手と戦いは実に不快なのですよ。私の考えた通りに動かないというのは……許せないのですよ」
「お前……嫌な、性格…してるなぁ」
「魔理沙さんだけには死んでも言われたくないですね。本当にあなたと話すと余計なことを喋りすぎてしまう。では残り六二四回、死んでいただきましょうか」
そうこあが言った瞬間、魔理沙の顔色が変わる。
「おい、やめろ! 待―――――」
「三七七、失血死。血を失い、体が冷え、死が刻一刻と迫る恐怖を味わいながら死ね。」
こあが死の宣言を言った。そして私の前にいた魔理沙がぐたりと倒れた。
「魔理沙! ちょっと、魔理沙!」
「ぁ、ぁ…ぱちゅりー……助け、て」
本当に小さな声で魔理沙は助けを求めて、手を伸ばす。
だけど、私がその手は私に届くことなく、力が抜け、だらりと落ちた。
3
魔理沙は気を失い、図書館には異常な静寂が訪れた。今ある音は時計の秒針と微かに流れる風の音だけだ。
「………終わりましたね。これで終わりました、私の勝ちです。これで図書館は守れましたね」
その静寂を壊したのはこあ本人だった。
「……勝った。ですって? あなた本気で言ってるの? こんなの……酷過ぎるわ! やり過ぎよ、魔理沙、こんなにボロボロになって……」
「やはり、パチュリー様ならそう仰ると思いました。あなたは魔女なのに優しすぎますから」
「それは私の台詞よ! 優しいのはあなたでしょ? それに今まで戦いの中で使ってきた魔法、あんな私が見たことがない魔法ばかり、こあ、あなたはいったい……」
「時間もありますし……全てお話しますよ」
すっとこあは目を閉じる。そして目を再び開いた時にはいつもの綺麗なルビー色の瞳に戻り、普段の微笑を浮かべていた。
そして無造作に倒れている魔理沙をきちんと寝かして、私に向き直った。
「さて、何から聞きたいですか?」
「まずは魔理沙に止めを刺した魔法。あれは幻術の類で間違いないわね? そしてその術を受けた魔理沙の安否は? ちゃんと目を覚ますのよね?」
「えぇ、大丈夫なはずですよ。術の威力はできる限り下げています。とは言ったものの、三日は気を失ったままでしょうから」
「よかった、じゃあ魔理沙は無事なのね」
とりあえず一安心だ。図書館の本を勝手に、いっぱい持っていく困った子でも、彼女は私の…友達なんだから。こんな殺し合い何かで死んでほしくない。
殺し合い、か。そうだ、魔理沙とこあの戦いはスペル戦のようなルールなんてなかった。墜とすか、墜とされるかの戦いだ。美しさなんてない、こあの銃も魔理沙の槍も、ただ、戦いのために作られたものだった。
だけど、魔理沙もこあも、どうして、スペル戦に必要ない武器を持っていたのだろうか? 単なる偶然なのかしら? でも今更気にした所で仕方ないわ。
「……次の質問。あなたの魔法とその武器の専門知識(スキル)はどこで覚えたの? 図書館の蔵書に、あんな魔法や専門書はないわ」
「魔法は独自に私が開発したものです。そしてその最高傑作が空間転位と幻術魔法です」
やっぱりあれは幻術だったのね。幻術発動の鍵は、こあの赫い瞳だろう。魔理沙はその瞳を見た瞬間からおかしくなったのだから。
「もう分かっていると思いますが『千の死を』は読んで字の通り千回死んでもらいます。幻術なので実際に千回死ぬわけではないですが、精神世界で感じる痛みは現実のそれと何ら変わりありません。魔理沙さんもこれには絶えられなかったようです。もっとも、耐えたら、もう人間ではなくバケモノですが」
「ふ~ん、私に内緒でそんな魔法を開発していたのね」
私はジトーとした目でこあを睨みつける。
「そ、そんな顔しないで下さいよ~。内緒にしたのは謝りますから」
「じゃあ、その魔法をきちんと本にして纏める事、拒否権はないわよ」
「ふぅ。分かりましたよ」
やれやれといった風に肩をすくめてこあが諦めたような笑みを浮かべる。
「もう一つよ。武器の専門知識の話を」
「そうですね……何から話しましょうか。パチュリー様、九〇年ほど前、私を使い魔として呼び出した時のこと覚えていますか?」
「え? え~と、その、凄い喜んだことしか、覚えてないわ」
九〇年前、私がまだまだ子供の時、魔女として余りにも未熟な時代だ。だけど、そんな未熟な時によくこあのような優秀な使い魔を召喚出来たものだと、今考えると不思議に思う。あんな、付け焼刃のようないい加減な魔法で上手くいくものだろうか?
「私がパチュリー様の使い魔になる前の、私の過去を、パチュリー様は、もちろん知りませんよね?」
「うん……知らない」
言われてみたらそうだ。私は彼女のことを大切に思いながら、彼女のことを、何も知らないじゃないか。我ながら酷いわね。大切だ、大切だと思いながら、本当は何も彼女を、こあのことを知ろうとしなかった。心のどこかでただの使い魔と思っている自分がいた。
そして、そう思っている自分を、私は許せない。私は彼女の事が好きなのに。何も知ろうとしていなかった。最低の主ね。
「気にしないで下さい。主が使い魔のことを気にするなど、普通はあり得ないことです。なのに、パチュリー様は主として、とても優しい、優しすぎる人でした。だから、私のことは気にしないで下さい」
私の心を読んだかのように包み込むような声で、私に言ってくれた。気にしないで、と。
「ごめんなさい、ごめんなさい、こあ」
自分が惨めに思えてきた。私は主失格だ。
「謝らないで下さい。私はパチュリー様の使い魔になって、とても幸せですから。昔は今では想像もできないくらい、酷かったですから……」
「むかし?」
「えぇ、私の過去の話をしましょうか。私が持っているこの力の話を」
「こあの、過去?」
「そうです。そもそも私は普通に生まれた命ではありません。人の手によって造られた、偽物の命です。まずは私がどれだけ醜い存在なのかという説明から始めましょうか」
造られた命? どういうことなの? 今の話だとまるで自分が人造生命ただと言っているようなものじゃないか。そんなのあり得ない、あっていい筈がない!
それになんなの? 自分の存在がいけないような言い方は。
「だけど、実際にあり得たんですよ。それが私という存在です」
「ウソよ! 命を造り出す魔法なんてこの世のどこにもないわ。仮に、もし、仮にあったとしてもそんな生命の根本を覆す魔法は、超級の危険物としてとっくに処分、もしくは封印されてるはずだわ」
そうだ。魔法で命を造るなんてできるはずがない。この何もかも受け入れる幻想郷でもあっていい筈がない。
「幻想郷ではなくても、他の世界だとあり得るんですよ。魔界ならね」
「魔界……ですって?」
「そうです。もう数百年前も昔の話でしょうか。当時の魔界は大きな二つの派閥に分かれて魔界全土を巻き込む大戦争をしてました。しかし、戦争しようにも魔界の者は『魔』名の通り個人個人がレミリア様レベルの力を持つ人ばかり。最低レベルの悪魔でも相当な力を持つ。そんな力を持つものが一斉に戦えば魔界は滅んでしまう。それはどちらも分かっていました」
「魔界で……そんな大戦が」
私も魔界の存在は知っている。私は実際に行ったことはないが、少し前に魔理沙や紅白、そして山の現人神が、超弩級時空航行戦艦『星蓮船』に潜入し、ごく最近魔界に行っているのだ。
魔理沙にその異変の話を聞いた時は戦争の話は何もなかった。だからこそ、こあの話は本当に、私が生まれるより前の話となる。
だけど、今の話にはおかしな点がある。この図書館にある魔界に関する歴史書にはそんな大きな戦争があったという記しはなかったはずだ。それとも、まだ図書館には蔵書されてない、その戦争を纏めた歴史書が存在するのだろうか?
「こあ、その話が本当だとすると、かなり大きな戦争よ。昔の話とはいえ、そんな大きな戦争なのに歴史書が一つもないのはおかしいわ」
「その通りです。実際には戦争をしていません。いや、していたけど公にされなかった。と言った方が正しいかも知れません」
「公に、されなかった? どういうことなの」
「先ほども言った通り、魔界人が戦争すると魔界そのものが崩壊してなくなってしまう。戦争したくてもできない、お互い睨み合ったままの冷戦状態が続きました」
「でも、冷戦でも普通は記録が残っているものでしょ?」
この過ちを再び繰り返してはいけない。という人の歴史として当然、戦争などという大きなことは間違いなく後世に残るはずだ、残さないといけない。
だが現状は、そのような歴史書は一冊もない。何故なの? 何か書けない事情があったのか?
「その記録についてはまた後ほど語ります。問題は戦争の硬直化でした。この状態がずっと続いたらどちらもすたれてしまう。だけど、双方とも和平を結ぶ気はないと来ました。そして……上が考えた作戦は、暗殺に特化した、相手側の首脳を殺すことだけを目的に考えられた、人造生命体を造りました」
「な!? まさか!」
「そう、それが私です。私の体は一切無駄も許されない、完璧な生体生物兵器(バイオ・ウェポン)として造られました。しかも私を開発したチームの努力の結晶として同胞を殺す力『悪魔狩り(デビルハント)』という能力のおまけつきです。研究員は私を『Bio Organic Weapon』、略称『B.O.W codeDC-77』と呼び、まるでモノのように扱った。名前はくれませんでした。実際彼らにとって私は殺すための道具でしかなかったのでしょうから名前も必要なかった訳です。私自身もそう思っていました。私は道具だ、殺すために生まれた存在だと。そして私は殺し続けました。敵側の首脳たちを。政界の閣僚を、高慢な貴族を。そうやって七七人も殺してきました。そう、『codeDC-77』の数字は私の殺す人数だったんですよ。ヒトを殺す。それだけのために私は造られました。これが……本当の私です。だから重火器に関する知識は魔界時代に叩きこまれたものなんですよ。分かっていただけましたか? 私の力を。そしてどれだけ最低なクズ野郎かということが」
「ウソよ……こんな、こんな真実って……」
「……そうですよね、信じろという方が無茶かもしれませんが、これが、私と言う存在が歩んできた、汚れた道なんですよ。先ほどの答えですが、私のようなものを大量に作ったなんて口が裂けても言えないから、戦争に勝った我が方は、この戦争自体をもみ消したんですよ。だから歴史書に無いんです」
私は立っていられなくなりその場に崩れ落ちる。
こあが……こあが、単なる人殺しのための生物兵器として造られたなんて。私のために全てを尽くしてくれた彼女が七七人も殺しをやった? 何か悪い冗談に決まってる。
こあは悪魔だけど悪魔じゃない。だって、私にいつも優しく、天使のように微笑みかけてくれるのよ! 喘息が酷くて倒れている時も、涙を浮かべてずっと傍で看病してくれた。
そんな優しい娘が、殺すためだけの存在なんて認めない! 認められる訳が無い。
「ねぇ、こあ? 今言ったことはウソよね? ぐす、そんな話…ひっく、私を驚かす為に作った、意地の悪い物語でしょ?」
ダメだ、堪えようとしても涙が溢れてくる。
泣いちゃダメ。泣いたら、こあが話したことを、認めたことになってしまうから。笑わないと、笑って、こんな冗談を主に言うなんてお仕置きが必要ねって軽い冗談も混ぜて、言わないと。
「―――――ッ!! パチュリー様!」
私の泣き顔を見たこあが、ぎゅっと、強く、とても強く私の体を抱きしめる。
「ね? ウソよね? 主にウソをつくなんて……ぐすん、いけない娘ね。でも今言ったことをウソと認めるなら許してあげるわ、だから嘘だと言って………嘘って、言いなさいよ!!」
「…………………ごめんなさい」
「―――――ッ!! ァ、ァァ―――」
何度言っても、怒鳴ってもダメだった。嘘でもさっきの話は冗談だと言ってほしかった。
だけど、彼女は謝罪と言う名の肯定一言を放った。
ワタシハヒトヲコロスタメニツクラレタヘイキデス
彼女は無情に私の願いを打ち砕いた、ぶち壊した。そして私にはこの悪夢のような現実を認める道しか、残っていなかった。
4
どのくらい時間が経っただろうか? 私はずっと泣いていた。こあの生まれた理由が悲しくて、理不尽で、信じたくなくて、認めたくなくて、泣き続ければ嘘だと言ってくれるかもしれないという、子供のようなバカな幻想を抱いてして。
だが、現実は残酷だ。こあは泣き叫ぶ私の頭を撫で、ずっと抱きしめていてくれたけど、出生の話を嘘だとは言ってくれなかった。
こあが言ったことは全て紛れもない真実。嘘がないものを否定することなど、私にはできない。
「ごめんなさい。優しいアナタのことだから、こうなると思って今まで黙っていました。ですがそれが裏目に出たのかもしれませんね」
「こあ……ぐす、こあ……」
「泣かないで下さい、パチュリー様。心配しなくても、私はここからいなくなりますから」
「え?」
ここからいなくなる? どうして、どうしてあなたがいなくならないといけないの?
「やはり人殺しの道具(キラーマシン)といるのはパチュリー様にはよくないでしょう。現に私は魔理沙さんを殺しかけました。血が騒いだんです、戦うことが楽しい、堪らない、この上ない快楽だと。戦っている時は戦闘欲に飲まれそうになる自分を抑えなければいけないのに、私は真逆のことを、超級武器を出して魔理沙さんと殺し合っていたんですよ? こんな危険な使い魔を身近に置いておく訳にはいかないでしょう?」
「そんなこと……そんなことない!」
「ですが、アナタは戦っている私の姿を見て、恐怖に近い感覚を感じたはずです。違いますか?」
「そ。それは…」
否定……できない。
私は怖かった。魔理沙と戦う小悪魔が、巨大な凶器を取り出すたびに、戦っている最中に笑みを見せたり、巨大な魔法を使ったり、私と住んでいる世界が違う、まるで今まで隣にいた彼女が赤の他人に感じる違和感。それが私は堪らなく怖かった。
「……ですよね。その反応が通常なんです。だから私はここから、アナタの前から姿を消します。安心して下さい。アナタの前に殺人兵器がいるのは、あと少しの時間だけですから我慢して下さいね」
「ま、待って! どうして私の前からいなくなるなんて」
「その方が安全だからですよ。先ほどの戦闘で私は自分自身が怖くなりました。もう殺しのことは忘れたつもりだったのに、一つも忘れてなかった。それどころか、殺しを楽しんでいた。このまま私がパチュリー様と一緒にいるとまたこんな殺し合いを見せることになるかもしれない。それどころかパチュリー様が誰かを殺してしまうかもしれない。そんな姿を私は見たくありません。だから私はこれを最後の殺し合いとします。図書館の防衛任務、これが私の……最後の任務(ラスト・ミッション)」
「そんなこと勝手に決めないで! 私は、私はこれからもずっと……あなたと一緒にいたい! 私の使い魔はあなたじゃないとダメなの! だから、ね?」
私の隣にこあがいない生活なんて考えられない。あなたは何十年私と一緒にいたと思っているの? いまさら出ていくですって? そんなの絶対に許さないんだから。
「……それでも、私はアナタの周りに危害を与えたくないんです。ご理解下さい、パチュリー様」
「そんなのなっと――」
「納得できる訳ねぇよな? そんなあるかもどうか分からない曖昧な理由で、勝手に自分のご主人様を一人ぼっちにしてんじゃねぇぞ!! この大馬鹿野郎! お前には、まだまだやるべきことが残ってるはずだぜ? なぁ、小悪魔さんよ」
声が響いた。このやる気に満ち溢れた暑苦しい、少し生意気で喧嘩腰な、その可愛らしい見た目とは正反対な男口調。
こんな喋り方する人を、私は一人しか知らない。
「歯ぁ食いしばれよ! 魔理沙さんのお灸は……死ぬほど痛いからな!」
「ば、馬鹿な! そんな……ありえん、あり得ない!」
こあがたじろいでいる間にも白黒の少女は足に魔力を集中させて高速でこあに近づこうとしている。
そして、ゴン! と轟音が響いたとともに二〇メートル以上離れていた距離を音速の如く一瞬で詰めて、
「自分の主のことも少しは……考えろ!!」
「ごぶはっ!?」
その雄叫びとともに突き出した怒涛の右ストレートがこあの顔面に突き刺さり、こあは五メートルほど後ろに飛ばされた。
「さぁて……私はきっちりと千回死んできたぜ。次はどうしようかぁ? って、決まってるな。まずは自分の主ほったらかしのうえ、ガン無視で出ていこうとする、馬鹿な悪魔のお仕置きからだ」
そう言って指をポキポキ鳴らすのは、白いブラウスに黒をメインとしたサロペットスカートのような服に、純白のエプロン姿。そして大きな黒い帽子。誰が見ても魔法使いと答える魔法使いを絵にしたような少女、霧雨魔理沙がいた。
さっきまで死にかけで、ボロボロだったはずなのに、余裕の笑みを浮かべて、魔理沙は私の目の前に立っていた。
5
「まり、さ?」
「おうパチュリー! 地獄の底から帰ってきたぜ! だけど今回は私の負けだ。本は諦める。てか本を盗もうとするたびにこんな目にあってたら命がいくつあっても足りないから、素直に借りるだけにするぜ。今まだ盗んだ本も今度返しにくるよ」
私の横に立ち、魔理沙は爽やかな笑顔を浮かべて言う。
「え? う、うん。ありがと……じゃなくて! そう思うんだったらもうもう止めなさい! これ以上戦っても無駄、何の意味もないわよ!」
もう魔理沙は負けを認めた。だからもう戦う必要はない。なのに、魔理沙はこあを殴り飛ばして、戦おうとしている。
「言ったろ? 私は馬鹿な悪魔にお仕置きするって。このままじゃお前を悲しませることになるからな。だから私は、お前がそうなる前に、小悪魔に思い直させる」
「人間風情が……何を偉そうに」
殴られた鼻を押さえながら、ふらふらとこあが立ち上がる。その目に浮かぶ色は、怒りの色だった。
「アナタに何が分かるんですか! ただ本を盗んで、好き勝手暴れていくだけの小娘に、私の何が分かるんですか!」
「……そんなお前の気持ちなんて私に分かる訳ねぇだろ。だけど、だけどな、こんな私でも分かることがある! お前の居場所はここだ。お前は絶対にパチュリーの横にいなくちゃいけないんだよ! お前がいなくなったらパチュリーがどうなるか分かるだろ?」
「パチュリー様には悪いと思います。だけど私と実際に戦ったアナタなら分かるでしょう? 兵器である私がパチュリー様の近くにいたら、どれだけ危険か! やっぱり私は、この世にいちゃダメだったんですよ。兵器は兵器らしく、あの時、処分されとけばよかったんです」
これが、こあの本当の気持ちなんだ。兵器として生まれた彼女が、急に召喚されて、私と一緒に暮したのは、とても不思議だったと思う。だけど今までの私と彼女の生活はとても楽しくて幸せだった。
こあに出会うまで、私は本当に一人ぼっちだった。そんな一人だった私を救ってくれて今までずっと一緒にいてくれた。私が紅魔館に訪れたのも彼女の助けがあってこそのことだ。
もう私が言うべきことは決まっている。私はこあと一緒にいたいから!
「そんなことない!」
私は大声で叫んだ。少しこあからは離れた所にいたけど、そんなの関係ないくらい大きな声で叫んだ。
「ぱ、パチュリー様!?」
こあが驚いた表示を浮かべる。
「アナタは兵器なんかじゃない! だって兵器は笑ったり、怒ったり、そして……今みたいに、悲しい顔はしないもの。それに、兵器だとしても、私はあなたとともにいる。そもそもあなたにとって私は、兵器だと分かればすぐ捨てるような酷い女に見えたのかしら?」
「は、え? い、いや、そんなことありません! 私にとってパチュリー様は……大切な、この世で一番大切な人ですから」
「だったら――――」
「だからこそ! 私はアナタと一緒にいちゃいけないんです! 私は人殺し。私みたいに血で汚れたものが、そもそもパチュリー様に仕えるのが間違っていたんです。パチュリー様には、殺しや血のない、平和な世界で生きてほしいから」
「自分勝手な考えもいい加減にしなさい! 主人が一緒にいてほしいって言ってるのよ? だったらそれに応えるのがアナタの役目でしょ? こあにとって私はこの世で一番大切な人だって言ってくれた。それは私も同じなんだから! 私は世界で一番アナタが好き! だからずっと私一緒にいなさい」
「な!? え、ちょ! ぱ、パチュリー様!?」
こあが素っ頓狂な声を上げる。
うぅ~。勢いで言っちゃったけど、ヤバい、どうしよう? 『私は世界で一番アナタが好き! だからずっと私一緒にいなさい』だなんて何て恥ずかしいことを私は。言うならもっとロマンティックにて決めてたのに! 私のバカ!
「ですが……しかし。あ、今のは嬉しかったですが……」
私の告白を聞いても未だにこあは納得しない。こあは私と同じで少し頑固なところがあるけど、まさかここまで強情とは。変なところが似てしまったものね。
「……ハァ~。この頑固さは誰に似たんだ? 愛の告白を聞いてもここまで動かないとは、どれだけ頭硬いんだよ?」
魔理沙が呆れた口調で言う。
「それは……言わないでちょうだい」
「ま、いっか。さて、この頑固者には言葉で言っても分からないみたいだからな……拳で分かってもらうしかないよな!」
「ちょ、ちょっと!」
話してダメなら殴り合いって、いくらなんでも短絡的過ぎでしょ?
「こういうタイプはこっちの方が早いんだ……っよ!」
そう言った矢先、一気に間合いを詰めてこあに回し蹴りを放つ。
こあはなんとか腕を上げてガードし、頭部への直撃を回避する。
「い、いきなり何を!?」
「いや、少し頭をシェイクしてやったら思い出すかなって思って。お前言ったよな? 『私はパチュリーに一生仕えますよ。』忘れたとは言わせないぜ」
「そ、それは……」
こあの顔が歪む。そうだ、こあは私に一生仕えると言ったじゃないか。こあの答えは始めから出ていたじゃないか。
「オラッ! 他のこと考えてると隙だらけだぞ!」
「く、っあ! がは!」
魔理沙はこあの一瞬の隙を逃さず、腹に蹴りを入れる。
「そんなのでお前はパチュリーを守れるのかよ! お前はこんなもんじゃないだろ?」
「くっそ! 私は、私は!」
「守れる訳ないよな? 今のお前は自分のことしか考えてないからだ! パチュリーのことは何も考えてないからだよ! そらッ!!」
壮絶な勢いをつけて、再びこあの顔面を殴り飛ばした。
ガードも出来ずにこあは大きく後ろに飛ばされる。
「これが最後だ。しっかり受けて頭冷やせよ!」
「くそ……体が……動かない」
殴られた顔を押さえながら膝をついてしゃがんでいるこあに、追い打ちを掛けるよう魔理沙は顔面を蹴り上げた。蹴られた勢いで後ろに倒れそうになるこあの肩を掴み無理矢理立たせる。
「終わりだ!!」
そして、魔理沙は渾身の頭突きを放とうとするが、
「それは……こっちの台詞ですよ!」
こあも最後の力を振り絞って魔理沙の方に頭を振った。
ゴチン! と、とてもいい音が図書館全体に響き渡った。
当たり前と言えば当たり前だが、二人ともかなりの勢いで頭をぶつけたのだから軽い脳震盪になってもおかしくないはずだ。
だが、ダウンしたのは魔理沙ではなく……こあの方だった。
「私の……負けですね」
「あぁ、だからパチュリーと一緒にいてやってくれ。それに、本当は一緒にいたいって言っただろ? だから、な?」
「……だけど、私は……どうすれば?」
「ハァ~。お前実は馬鹿なんじゃないのか? もうお前の答えは出てるだろ? いい加減に素直になれよ。お前はどうしたい? 本当はずっと一緒にいたいんだろ? だったら自分を兵器だと思って諦めるな! もっと頑張ってみろ、足掻いてみろ! 自分の過去にビビって逃げるんじゃねぇ! 自分は兵器じゃない、ただ一人のかよわい女の子を守るために仕えるナイト様だってな!」
「……………ふふふ、ははは、あはははは! そうですね、魔理沙さんの言う通りだ。私は何を怖がっていたんだ。そうですよね、私はあの時誓ったんだ。私を暗い闇から救ってくれた小さな女の子を守るって。どうして……今まで忘れていたんだろう?」
すぅっと、こあがとても清々しく、美しい、天使以上の、女神のような笑顔を浮かべる。
「魔理沙さん感謝します。私はとても大切なことを思い出しました。感謝はしますが……さすがにヤリすぎじゃないですか? 正直言わせていただきますと、死ぬほど痛いんですよ。今も頭がガンガンしていますよ」
「はは! それは私も同じだよ。そもそもお前まで私に向かって頭突きしてくるのが悪いんだぞ? まったく、私だけが痛い一撃をブチ込むつもりだったのに」
「ははは……。私も元悪魔狩り(デビルハント)としてのプライドがありますから、ただ負ける訳には、いかないんですよ」
やっぱり戦闘のプロとして、魔理沙みたいな素人に負けるのは嫌なようだ。
「たいした奴だよ、お前は」
「それは、あなたですよ、魔理沙さん。もう人間を止めて魔女になられたらどうですか? 私は本気でそう思いますよ」
「生憎、私は人間として生涯を全うするつもりだ」
「そうですか、それは残念です。では、私は少し眠らしてもらいます。体にガタが来ているので」
「起きたら、ちゃんとパチュリーにどうするのか、言ってやれよ?」
「えぇ……分かっています。ハッピーエンドになることを、祈っていて下さい」
「それはできないな。未来は自分の手で切り開くものだぜ!」
「…………その言葉、私の胸にしっかりと刻ませてもらいました」
そしてこあは目を閉じて、まるで、死んだかのように動かなくなった。
「こあ? こあ!?」
不安になりこあ近くに駆け寄る。だけど、私の心配は杞憂に終わり、こあは本当にただ泥のように寝ているだけだった。きっと魔力の使い過ぎによる、一種の気絶に近い状態だろう。
「心配掛けさせないでよ、バカ」
私はもう一人の少女、魔理沙の方を見る。よく見ると魔理沙もさっきの頭突きが効いたのか、頭から血を流している。血の氷柱が刺さっていた肩も、完全に治っている訳でない。
「魔理沙、その傷、大丈夫なの?」
「ん? あぁ、これくらいなら問題ないぜ」
「そう、だけど……念のために、ね?」
私は魔理沙の頭部に治癒魔法を掛ける。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「どうして……私のために、こあを引きとめたの?」
「……それか」
魔理沙は今回は敵だった。この図書館を侵略してきた、私にとって忌むべき敵のはず。それに間違いはない。
なのに、魔理沙は、こあが私の元から離れようとした時、全力で説得して、少し強引なやり方だけど、こあを止めてくれた。千回も殺される幻術などを掛けられ、散々酷い目に遭ったのに、魔理沙は私を助けてくれた。
「ねぇ、どうして?」
「理由なんているのか?」
「え?」
「確かに私は今日小悪魔の挑発に乗って図書館に暴れにきたよ。けど今回は違った。私を倒した気になっていた小悪魔は『自分は兵器でパチュリー様とは一緒にいれないんです』とかほざいてお前から去ろうとした。そのときのお前はこの世の終わりみたいな顔をしてたぜ。今にも泣きだしそうだった。だから放っておけなかった。ただそれだけだよ。理由なんてない。助けたいって思っただけだ」
「それだけで……こんなボロボロになるまで」
「当たり前だろ。私が救いたい、助けたいって思ったのが友達だったら、助けるに決まってるだろ? あのままじゃパチュリーが正真正銘の引きこもりになっちまうからな。それに主人のためとか言って逃げようとした、小悪魔には本気で腹が立ったけど、今思うとやり過ぎたかもしれない」
「ヤリすぎは否定しないわ。ここまで戦って蔵書に被害がなかったのは奇跡だわ。屋根に大穴は開いたけど」
こあが撃ったライフルが作った、地下から空まで見える大穴、この修理どうしよう?
「それは咲夜が何とかしてくれるだろう。それよりパチュリー」
「なに?」
「私ももうダメだ。体力切れ」
そう言った瞬間、魔理沙はこてんと倒れた。私は恐る恐る魔理沙に近づき確認する。案の定、魔理沙のこあと同じように、睡眠、もとい気絶していた。
「とりあえず……一件落着、なのかしら?」
壮大でとても危険な戦闘をした二人の勝敗は、どちらも気絶、引き分け、ドローと言う形で終わった。
それよりも、早く応援を呼んで図書館の修復と、この二人をベットで寝かしてあげないと。
終章 永久にあなたと
こあと魔理沙が大戦闘を繰り広げた、図書館防衛戦『図書館戦争(ライブラリーウォー)』(命名私)から三日たった。
実質的に図書館に被害はなし。こあと魔理沙がお互いに少し怪我をしただけで済んだ。
怪我はたいしたことなかったけど、二人とも魔力の使い過ぎで、三日たったのにぐっすりと眠っている。
それにしても、二人が気を失ってからは大変だった。私だけじゃ二人を運ぶこともできないので、咲夜を呼んだが、おまけにレミィまでついてきて、図書館の惨状を見た瞬間、レミィは気を失いそうになっていた。
二人をベッドルームに移してから、咲夜&レミィのスーパーお説教タイム。これ以上紅魔館を潰すなや、仕事を増やすな、など、散々、耳にタコが出来るくらい言われた。
私はベッド横の椅子に腰かけて二人の寝顔を三日間眺めている。あの時戦っていた顔が嘘のような、穏やかな寝顔を二人ともしていた。
そもそもこあの寝顔を見るのは初めてかもしれない。私たちは人間と違い、基本的に睡眠を必要としないのだ。
「まったく。最初は魔理沙が大怪我したって聞いたから死ぬほど心配したのに。パチュリーは大袈裟なのよ。その知らせを聞いた時は本当に私心臓を握られた気分だったのよ?」
「ごめんなさい。そんな大袈裟に言ったつもりなかったんだけど……アリスには迷惑かけたわね」
私の横で悪態をつく、私よりも少し高い身長をした、少し短いがとても美しい絹糸のような金色の髪を持つ少女、彼女は私と同じ、魔法使いである、アリス・マーガトロイドだ。
なにしろ今回私が一番怒られたのはアリスからだ。いや、怒られたというより、殺されかけた。
魔理沙が戦闘で大怪我をしたという知らせをマーガトロイド邸に送ってわずか十分でこの図書館に到着。そして私に詰めより「私の魔理沙に何しやがったこの紫もやし。大怪我させた理由、私が納得するように一から十まで喋ってもらおうか」と私の胸ぐらを掴み上げて鬼の形相をしていた。正直マジで殺されるかと思った。
私は必死に死にもの狂いでアリスに説明をして、何とか納得してもらったが、今度は何故図書館を守るだけどこんな大戦闘をしなければならなかったのかとお説教を食らい、私がアリスから解放されたのは六時間経ってからだった。
アリスが何故魔理沙のことになると、ここまで人が変わるにわ訳がある。アリスは魔理沙の彼女さんであり、魔理沙と二人っきりの時はべったべたの甘々になるそうだ。これは魔理沙から聞いた話だ。そのノロケ話を聞かされた私の心境は言うまでもない。
アリスもアリスでこの前『魔理沙は私の嫁だ!』とか訳の分からないことを叫んでいた。それを聞いている私の気持ちを考えて欲しいものである。
「ん……あ、ぁ?」
ベッドで寝ていた魔理沙がうっすらと目を開ける。
「魔理沙! 怪我は大丈夫なの? 気持ち悪いとかない?」
「ん? ……………今日日曜日!」
意味不明な叫び声を上げて魔理沙が飛び起きた。あと今日は日曜日じゃないわよ。
「ここはどこ? 私は魔理沙。……ん? なんで私はベッドで寝ているんだ?」
「Good morning魔理沙。随分と幸せで爽快なお目覚めね? じゃあ今から三日前の事を思い出してみなさい」
目覚めた魔理沙にアリスは女神のような笑顔を浮かべている。浮かべているのだが、どこかおかしい、笑っているのに異様に怖い。そう、目が笑っていない&額に青筋が浮かんでいる。そのおかげで珍妙な怖い笑顔が完成している。
「あ、あれ~? アリスさん? どうしてそんな怖い顔をしているのでしょうか? 魔理沙さんはまったく分かりません。ひとまず落ち着きませんか?」
「私は落ち着いているわよ。氷のようにクールだわ」
「クールと言うより、コールドだぜ」
「そんなことはどうでもいいのよ! なんでアンタは図書館に行っただけで戦争を始めるよ!? バカじゃないの? それに怪我までして、顔に傷つけたらどうするつもりだったのよ?」
「いや、怒らないで!! 私は喧嘩した訳じゃないぜ。今回は人助けだぜ、人助け! 私は今回悪いこと何もしていません!」
「そんなこと知ってるわよ! 全部パチュリーから聞いた。別に助けたことを怒ってるんじゃないの。毎回毎回心配掛けさせて、少しは私の気持ちも考えなさいよ……バカ魔理沙」
「……ごめん」
「分かればいいのよ。だけど、物分かりが悪い魔理沙ちゃんには少しお仕置きが必要に」
「え!? イヤ、それだけは勘弁して! 助けて魅魔様!」
いつも通りのアリスと魔理沙の騒がしいやり取りだけど、私は知っている。アリスがどれだけ魔理沙を心配して、必死で看病していたかを。
ベッドに寝ている魔理沙を見た瞬間アリスはこの世の終わりのような顔をして、寝ている魔理沙に泣き叫んでいたアリス。
それから今まで一睡もせず、ずっと看病していた。
何故魔理沙にそのことを言わないのかと聞くと、「恥ずかしいし、なんだか恩着せがましいから、別に言う必要ないのよ。この娘が無茶をするのはいつものことだから。ホント、何かあるたびに心配かけさせるんだから。だから放っておけないのよ」と、まるで母親のような微笑みを浮かべながら言っていた。
「ごめんなさい、パチュリー。今回はウチの魔理沙が迷惑を掛けたわね」
「別に気にしないで。そもそもの発端は私たちにあるんだから」
「そう言ってくれると助かるわ。ほら魔理沙、帰るわよ」
「え? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「私は魔理沙にお仕置きをしないいけないから。また今度お茶しましょう。それじゃあね」
「うぎゃああああ!! パチュリー! 助けてくれ!」
「………ご愁傷さま」
「薄情者おおおおおお!」
魔理沙の悲痛な叫び声が響くが、アリスはそんなのお構いなしに、ずるずると魔理沙を引っ張っていき、扉を開いて、マーガトロイド邸へと帰っていった。
「だいたいね、魔理沙は見境なく、誰でも助けるからいけないのよ! それで助けた人はみんな可愛い女の子ばっかりときた! この色情魔法使い!」
「おいおい酷い言われようだな? 私は正義を行っただけだぜ?」
「それはそうだけど……それじゃあ助けてもフラグを立てないこと。これが条件。魔理沙はフラグ立てて良いのは私だけ。いいわね?」
「はぁ? 何言って――――」
「い・い・わ・ね?」
「……はい」
扉一枚など何の役にも立たないわね。二人のやり取りが丸聞こえだ。もう少し音量を下げて欲しいものね。痴話喧嘩なら余所でやってちょうだい。それと私とこあは魔理沙に対してなんのフラグも立ってないわよ、アリスさん?
「………あの二人がいるだけで、随分と騒がしくなりますね」
「うひゃう!? こ、こあ! あ、あなた起きてたの!?」
「あれだけ騒がれると、嫌でも目が覚めますよ。と言っても、本当に目が覚めただけで、体は殆ど言うことを聞きませんがね」
そう言いながらこあは無理矢理起き上がろうとする。その動作は錆びた人形を無理矢理動かしたような、今にも壊れてしまいそうな動きだ。
「ちょ、ちょっと!? 自分で動けないって言ってるのに何で動こうとするのよ? 今は大人しく、ゆっくり寝て体力回復して元気になりなさい。あ、ちなみにこれは命令ね」
「命令なら……仕方ありませんね。すいません、パチュリー様。従者が主人の手を煩わすようなことを」
「気にしないで。普段は私ばっかりこあに迷惑掛けてるんだから」
「そう言ってもれえると……助かります」
「…………………」
「…………………」
言葉が続かない。本当はもっと色々こあに聞きたいはずなのに、言葉が上手く出ない。実際に話そうとすると話したいことが沢山頭の中をぐちゃぐちゃに暴れまわって、何から話せばいいのか分からなくなる。
「………パチュリー様は私に聞かないんですか?」
「え?」
「私が……どの選択肢を選んだのか。私はあなたの元から離れるかもしれないんですよ?」
「聞く必要がないから、かな?」
「え?」
こあが驚いた表情を浮かべる。どうやら私の答えは予想外だったみたいだ。
「私はこあを信じてるから。私とずっと一緒にいてくれるって。今までも、これからも」
「………ははは。こんなにも主人に思ってもらえるなんて、私は幻想郷一幸せな従者ですね」
「だったら………こあの思いは、考えは……私と同じよね?」
もし違う答えが返ってきたら思うと、考えただけで耳を塞いで逃げ出したくなる。
ううん、逃げちゃダメ。それに逃げる必要なんてない。私はさっき言ったんだから。こあを信じるって。
「……………えぇ。同じです。やっぱり私も、パチュリー様と一緒にいないと気が狂いそうです。だから、今一度言います。あなたと、共にいても、よろしいでしょうか?」
「いいに決まってるじゃない。聞く必要なんてないでしょ? バカ」
「心配を掛けました。あなたの友達を傷つけました。すごく辛い思いもさせてしまいました。もしかしたら、またこんな思いをさせるかもしれません。それでも、パチュリー様は私と―――――」
「そんなの関係ないわ。私は、アナタがいないと、生きていけないもの」
泣かないつもりだったのに、ボロボロと涙が溢れてくる。こあとずっと一緒にいれる。今まで当たり前だと思っていたことが、こんなにも掛け替えの無い、大切なことだと私は知った。だからこそ、この時間を大切にしなくちゃいけないんだ。
「涙を拭いてあげたいのに、今の私は動けないからこんな簡単なこともできませんね。悲しみの涙ではないのは分かってるけど、泣かないで下さい。パチュリー様に涙は似合いません。あなたに似合うのは優しい微笑みですよ」
「そんな……いきなり笑えって言われても」
必死に笑顔を作ろうとする。こあと一緒にいれるって分かって、本当に嬉しいのに、だけど涙は止まらない。きっと今の私の顔を涙でくしゃくしゃになった笑顔だろう。
「私は今すごく幸せです。大好きな人の笑顔がすぐ傍にある。これほど幸せなことは他にありませんね」
「それは私も同じよ。私だってこあのこと大好きだから」
「おやおや、いいんですか? 主が従者を好きになって?」
「そ、それはこあだって同じでしょ!? 別にいいのよ。レミィと咲夜だって似たようなものなんだから」
「あはは……そうでしたか。なら私たちもお嬢様たちに負けないように、見せつけてやりましょうか」
「ぷっ。何言ってるのよ。そんなことしないわよ」
見せつけたりして誰かに知ってもらう必要なんてない。私とこあが幸せだったらそれでいい。だけどアリスたちには見せつけてもいいかも? 今まで散々ノロケ話を聞かされたんだから、今度はこっちの番よ。
「ねぇ、こあ? 幸せ?」
「当たり前ですよ。こんなに幸せだと私はまだ眠っていて、これは夢なのかもしれないって思えてきます。口では言い表せない、包み込むような幸福感が、私を支配していますから」
「……だったら、夢じゃないって教えてあげる」
「え? パチュリー様? ……んっ! んん」
寝たきりでなんの抵抗もできないこあの唇を、少し不意打ち気味に私の唇で塞ぐ。
キスと言っても、本当にお互いの唇と唇が軽く触れるだけの浅いキス。今の私の持てるだけの勇気を振り絞った、今できる最高のキスをした。
キスをした時間はほんの一瞬だったに違いない。だけど私には、その時間は、とてもとても長く、それこそ、時間が止まったかのように永遠に感じられた。
そっと名残惜しげにお互いの唇が離れる。
「パ、パチュリー様!? え、え~と? い、今のはいったい?」
こあは真っ赤になってうろたえている。こんなこあ、今まで見たことがない。可愛い、と正直思う。普段クールで知的な彼女をこんなにさせたのか私は!
「ふふん! 私もやる時はやる女ってこと。もう意気地なしの紫もやしなんて呼ばせないんだから」
私は寝ているこあの手を取り、指を絡める。
「パチュリー様?」
「魔法よ。もう二度と私から離れなくなる魔法」
「大丈夫ですよ。もう二度とそんなことは言いません。あなたと一緒にいます。恋人として、ある時にはあなたを守る騎士(ナイト)として。一生、あなたから離れることはありません」
美しい、天使のような微笑みを浮かべて彼女は完全に宣言した。嘘や偽りのない、心からの言葉を。
「あら? それはプロポーズかしら?」
「そう思って下さい」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。なら式はいつにしましょうか?」
「明日にでもしますか?」
「ふふ、何言ってるのよ」
指を絡めたときに魔法を掛けたというのはウソ。だってそんな魔法を使う必要なんてないから。
魔法を使わなくたって、こあと私は繋がっているんだから。
「では……少し眠らせてもらいますね」
「ごめんね、起しちゃって。ぐっすり寝て、早く元気になってね」
えぇ、と返事をしてこあは静かに目を閉じた。
今なら私は赤い糸の話を信じてもいいと思う。私とこあもきっとその糸で繋がっているんだ。
一度は縺れて切れかけた赤い糸。だけど、今はちゃんとしっかりと繋がっている。そしてこの糸が再び切れそうになることはあっても、決して切れることはない。
「おやすみ、こあ。元気になったら少しずつ、恋人らしいことしようね」
ただ幸せなだけじゃない。きっと喧嘩もするだろう。すれ違いもあるだろう。だけどいいんだ。私とこあが一緒にいる。これが一番大事なことなんだから。
三日前はこんなことになるんて想像もしてなかった。この騒ぎを越してくれた魔理沙には感謝しないといけないのかも。
「ふふ、可愛い寝顔しちゃって」
一時はどうなるかと思ったけど、今はなんら変わりない、緩やかな時間が続いている。
こあ、今までも、これからも、ずっと一緒にいよう。私たちの新しい、主と従者の関係を超えた生活はまだ、始まったばかりなんだから。これから、ゆっくり、一歩ずつ、この幸せをかみしめていこう。
この作品は所々パロディーが含まれています。そういったものが苦手な人はご注意ください。
第一章 図書館防衛策
私は今大変な問題に直面している。どれくらい大変かと言うと、私の城である紅魔館地下の『大図書館』が『中図書館』下手をすればただの『図書館』になるかも知れないほど、この図書館の本が減っている。
原因は明々白々だ。魔理沙が図書館の本を持っていく。最初に本の持ち出しを許可したのは私自身だが、魔理沙は度が過ぎる。大量に本を持っていき、返すということをしない。
魔理沙曰く『死んだら返すぜ!』と言っているが、この勢いでは彼女が死ぬ前に、この図書館の本が底を尽きてしまう勢いだ。
彼女を何度も説得したが効果は今ひとつない。実力行使に出ようにも私はずっと図書館に引きこもっており体力はほぼ零に等しい。そもそも弾幕を張っても本を傷つけず、彼女を墜とすのは不可能に近い。弾幕にホーミング機能を付けたところで、彼女のスピードには追いつけないのだから。
対魔理沙用の防衛線を張っても意味はなかった。妖精メイドはいくら束になっても所詮は妖精、烏合の衆だ。あっという間に墜とされた。
そしてこの紅魔館に敵を真っ先に排除する役目を持つ門番が役に立たないのだから困ったものである。
門番、紅美鈴と霧雨魔理沙で戦闘スタイルが根本的に違うのは分かる。美鈴は格闘主体の接近戦、魔理沙は八卦炉をメインにした遠距離戦と、どう考えても美鈴が不利なのは百の承知だ。美鈴が負けることも多い。だが問題はそこじゃない。美鈴は負けても、
『くっそおおおおぉぉおお! また負けたぁ! だか、今度は負けない。またここにきて私と勝負しろおおぉ! 待っているぞ、我が強敵(とも)、霧雨魔理沙よ!』
何 故 ま た 紅 魔 館 に 呼 ぶ !
あの門番の正々堂々、真っ向勝負な戦闘スタイルは改善すべきだろう。いくら強くても、あれでは簡単に行動が読めてしまう。結果紅魔館への侵入を許し、図書館までたどり着かれる。咲夜でさえ苦戦する相手だ。美鈴のようなバカ正直な戦闘じゃ勝てない。かといって、妖精メイドをいくら配置しても、戦果は火を見るよりも明らかだ。我が方の惨敗に終わってしまう。
この紅魔館に咲夜クラスのモノはいないのだろうか? 咲夜は普段レミィの世話で忙しいし、メイド長としての仕事もある。図書館防衛戦にまで引っ張るのは酷だろう。
では妹様、フランドール・スカーレットはどうだろう? いや駄目だ。彼女だとこちらのリスクが高すぎる。彼女が暴走状態に入れば止めるのに更なる労力がいる。さらに悪いことに妹様は魔理沙と仲がいい。下手をすれば逆に裏切られる可能性もある。なにせ相手は呼吸するように嘘をつく女なのだから。
レミィに頼むのも論外だ。レミィに頼んだら最後、魔理沙と大戦闘をやらかし、図書館が、戦火が拡大すると紅魔館さえ吹き飛ばしてしまうかもしれない。
図書館防衛戦は今まで殆ど勝てたことがない。勝てたのはほんの数回だけだ。咲夜と美鈴の二人が協力して魔理沙を撃退してくれた時もある。さすがは紅魔館の最強の剣と無敵の盾と言ったところか。美鈴が無敵の盾とは少々疑問だが、そこはおいておこう。
しかし、魔理沙とて対策を取らないわけがない。最近は山にいる河童のマッドサイエンティスト、河城にとりと協力して、八卦炉と同等の、あるいはそれ以上の兵器を開発しているらしい。これ以上魔理沙に力を持たれては、こちらは防衛策がなくなってしまう。
「ふぅ……八方塞がりか。実に困ったものね」
「パチュリー様、よろしいでしょうか?」
魔理沙対策で知恵熱が出そうな私を落ち着かせるような声がノックとともに扉の向こうから響く。
「えぇ、入ってきて」
「失礼します。パチュリー様、お茶をお持ちいたしました。あまり考え過ぎるのもよくありませんよ?」
「ありがとう、こあ。そうね、あなたが入れてくれたお茶でも飲んで少し思考を落ちつけるわ」
「はい、どうぞ。お熱いので気を付けて下さいね。今日のお菓子は頭を使う時は甘いもの、ということでケーキを用意しました」
「いつも助かるわ、こあ」
笑顔で私にお茶とお菓子を持ってきてくれた少女。彼女は私の頼もしき使い魔である小悪魔だ。彼女はとても優秀だ。戦闘能力はそこまで高くないが、頭脳面での能力は他を圧倒する能力の持ち主だ。その彼女の才能を表すかのように掛けている眼鏡が、実によく似合う。
この眼鏡は私からのプレゼントだ。本の読み過ぎで目が少し悪くなったと言う彼女のために、私が日ごろの感謝を込めて作ったものだ。この眼鏡をプレゼントした時の彼女の輝かしい笑顔を私は未だに覚えている。一生忘れることはないだろう。
「随分お悩みのようですね。パチュリー様」
「当たり前でしょ? もう策も尽きたわ。戦略を練ってもパワーでねじ伏せられる。もうこれは戦いではないわ。単なる妖精メイドの虐殺よ」
「でも、パチュリー様は諦める気はないんですよね?」
「当然よ。私の戦略が通用しないなんて、プライドが許せないわ。ねぇこあ? 何か打つ手はないかしら? 優秀なアナタの意見が聞きたいわ」
私は今まで彼女の助けを何度も借りている。体の弱い私の世話から、魔法の研究まで実に様々だ。
新魔法研究では彼女の大胆で斬新な発想にはいつも驚かされる。この図書館の魔道書の中には小悪魔本人が著者の本もかなりある。
彼女は別次元へ転位する超高度の空間魔法の本を書いていたはずだ。その本は私が一番感動した本だ。私でさえ思いつかなかった術式を彼女は編み出したのだから、まったく恐ろしいものである。
「ふむ……策がないわけではないですが、しかし」
「何かあるの!? 多少無茶でも構わないわ。話すだけ話してみて。どんな作戦なのか」
今は藁にも縋(すが)りたい気持ちだ。私はなんとしてもこの城を守りたい。
「いえ、無茶という訳ではありませんが、少しパチュリー様にお願いがあるだけです」
「なに? 私も出来る限り手伝うわ。体力面ではまったく役に立たないけど……」
「大丈夫ですよ。パチュリー様にはご迷惑はおかけしません。ただ私は次の防衛戦の全指揮権を譲ってもらいたいだけです。あと少し魔法面でのお手伝いを」
「え? それだけなの?」
「はい。今度の戦いは全て私にお任せ下さい。魔理沙さんを完全に墜としてみせます」
指揮権を譲ってもし、小悪魔が魔理沙を倒してしまったら、私より彼女の方が優れていることになる。普段の私だったら全力で拒否をしているだろう。だけど彼女は違う。彼女がもし魔理沙を撃退できたのなら、私は素直に喜んで賞賛を送るだろう。それほど私は彼女を信頼している。こんなにも心を許せるのは親友であるレミィと、こあだけだ。
「……えぇ、分かった。また魔理沙が来た時は、全指揮をアナタに任せるわ。だけど、任せるための条件があるの、あなたにしかできないことよ」
「……なんでしょうか?」
「任せたからには勝ちなさい、絶対に。パチュリー・ノーレッジの使い魔として全力全開で挑みなさい」
「了解です、パチュリー様。ご安心ください。貴方の小悪魔は決して負けません」
なんとも頼もしい言葉だ。これで図書館は守れるだろうか? いや、守ってみせる。私の最も信頼する人が私のために頑張ってくれるのだから。
さぁ、魔理沙は今度こそあなたの敗北よ。小悪魔が考える最強の布陣。次にここに現れた時には、私たちの勝利は決定しているのだから。
第二章 魔砲使いと悪魔
1
私とこあは今、図書館の異様なほどに恐ろしく広い正面ホールにいる。この正面ホールは入口近くには本を読むためのテーブルがたくさんある。正面ホールの真ん中から後ろの方は何もなく、ただただ広いだけ。
ここまで広く作ったのには理由がある。これは開発した魔法などの実験、お披露目会などで使用するためにここだけ広く作られており、ちゃんと暴走防止用の魔法も掛けられている。だけど今回は魔理沙との戦闘のために防止魔法を停止いている。
広いだけではなく、本棚の影響でただでさえ高い屋根をしている図書館だが、正面ホールの屋根の高さは、それ以上に高い。普通の書庫の屋根の高さはだいたい、地上二階程の高さだが、ここはその三倍、六階ほどの高さがある。
正面から見て左側が小説や童話などがある書庫、右側が外の世界の本がある書庫。そして正面ホール奥の厳重な扉の奥は魔道書関係の書庫になっている。
こあは魔理沙を正面で撃退するようで、童話館、外来館、魔道書館、全書庫の隔壁を降ろして閉鎖した。
こあに頼まれて私は防御魔法を隔壁に掛けて完全に閉鎖した。これで本を守るのは完璧……なはずだ。
彼女は私より的確に図書館の防衛を進めていく。有利な戦場を造り、全書庫の完全封鎖。私は魔理沙を倒すことだけを考えて蔵書の防衛にはそこまで力を入れていなかったのかもしれない。
昨日の全指揮権を小悪魔に譲ってから、私は非常に驚いている。こあはこれまでにも私が思いもつかないような新しい発想、魔法理論、魔術式などを編み出してきたが、今回の魔理沙撃退戦も例外ではなかった。
「パチュリー様、全て終わりましたか?」
「えぇ、全フロアの隔壁への防御魔法展開は終わった。私のやることはこれだけでいいの?」
「はい、大丈夫です。わざわざ手伝ってもらいすいません」
「準備は……これだけなの?」
「これだけです。あとは私のシナリオ通りに事を運べばいいだけです」
「そう……分かったわ」
やっぱり、これだけなのね。
そう、一番私が驚くのは、彼女は妖精メイドを使わない。すなわち…兵士が、軍がいらないのである。
私の予想では正面ホールにこれまでにないほどの数の妖精メイドを配置して突撃をかけるものだと思っていたが、実際は正反対だった。
図書館にメイドの配置は一切なし、零だ。戦うのは門番の美鈴だけだという、どう考えても不利な状況だ。美鈴のような正直者が魔理沙みたいな捻くれた戦いをする人間に勝てる可能性は極めて低い。
最初こあに指揮権を譲った時は絶対に勝てると思って偉そうなことを言ったが、時間が経つとどうしても不安の方が大きくなってしまう。
「これはいったいどういうことかしら? こあ、こんなので勝てると思っているの? やっぱりもっと兵力を増やさないと」
「その必要はありません、勝てます。今回は私たちの勝利に終わります。パチュリー様は勝戦記念のお酒をレミリア様とご相談でもしてお待ちください」
そう言う小悪魔の顔には敗北への不安の色は一切感じられない。それどころか自信に満ちて輝かしい顔をしている。やはり、この娘は勝利を確信している。
だけど分からない、その根拠のない自信はどこから来るのだろうか? 状況だけ見るとこちらの敗北は確定している。もしくは私は何か、決定的な何かを見落としているのだろうか?
「今回は私がパチュリー様に教えてさしあげます。戦いとは、パチュリー様のように数で攻めるのではありません。雑魚がいくら束になろうが魔理沙さんには敵いません。だから見せてあげますよ、数ではなく、個人の力で勝つという戦い方を!」
「なっ! そんな、まさか……こあ、あなた本人が戦う気? ダメよ、それだけは許さないわ」
「大丈夫ですよ、パチュリー様。ご心配なさらず、私は絶対に負けませんから」
「こあ……」
本当なら今すぐにでも止めたい。こあは絶対自らも前線に参加するつもりだ。そんなの危険すぎる。美鈴や咲夜級でも苦戦する相手だ、魔理沙はそれほど強い。なのに、こあは一人で戦うつもりだ。こんなの、魔理沙が美鈴戦で消耗しているとはいえ、無茶だわ! 無謀にも程がある。
「そんな顔をなされて、心配し過ぎですよ、パチュリー様は。でも嬉しく思います、私のような下級妖怪をそんなに大切に思ってくれて」
「なに言ってるのよ、当たり前でしょ? 今までずっと一緒にいたんだから」
「では、私を信じてお持ちください。私は……負けません」
そう言いきった小悪魔の表情はとても強く、凛々しかった。その顔を見ると、何故だか安心してしまう。大丈夫、こあなら勝つだろうと。まったく根拠のない考えだが本当にそう思ってしまう。
「し、失礼いたします! 来ました、霧雨魔理沙が来ました! 現在は門番と戦闘中です。すぐに迎撃の準備を!」
バン! と大きな音を立てて図書館の扉が開く。そして扉を開いた妖精メイドが大声で告げた。魔理沙が来たということを。
「そんな……早すぎるわ! 魔理沙が本を盗んでいったのは一昨日よ!? 早くても来るのは一週間後なのに、どうして」
最悪だ、予定が狂いすぎている。こあがどれだけ周到な計画を立てていても、それを実行する時間に余裕がなければ意味がない。こんなのってないわ、今までこあが頑張って立てた計画が全て水の泡だ。
「ふふふ……計画通りですね。ひき続き、霧雨魔理沙の監視を。報告の優先順位は彼女の戦闘に関することを。分かりましたね」
「はい、了解です」
ビシッと何故か敬礼して妖精メイドは図書館から出ていく。
そんなことより、こあは今何といった? 『計画通り』 つまり魔理沙の余りにも早すぎる図書館への侵略はこあ自身が仕向けたということだろうか?
「こあ、この魔理沙の行動って……」
「お察しの通りですよ。実は昨日、霧雨邸に挑発の手紙を送りました。見事挑発に乗り攻め込んでくれましたよ。ここまでは順調です。あとは余裕でこの図書館にたどり着いてもらうだけです」
「ここにたどり着くって、美鈴は負けるってことなの?」
「そうです。美鈴さんにはあらかじめワザと負けるようにお願いしてあります」
それだと魔理沙がここに簡単にたどり着いてしまう。どういうことなの? 図書館の入口付近を見渡しても、物理的トラップ、魔法的トラップなのどの、罠の類はどこにも見当たらない。
やはりこあ本人が戦うということだろう。だけど、悔しいことに彼女が余裕を持てる、理由が私には分からない。こあは頭脳で魔理沙を出し抜くしかできない。戦闘だと実力、実戦経験と差があり過ぎる。
「報告! 紅美鈴撃沈! 紅魔館正面、突破されました。このままだと地下図書館まですぐです」
慌てて戻ってきた妖精メイドの悲痛な叫び声が響く。
「……ふむ、少し早いですね。だが問題ない。予定通り、皆さんは安全な場所へ退却してください。さぁ、パチュリー様も奥の書斎へ」
「ねぇ、安全な場所ってどういうことよ? やっぱりあなた、何か危ないことするつもりでしょ?」
「そんなことはありません。ですから奥に――――」
「イヤよ。あなたをほったまま、私だけ一人安全な場所で待っていろと言うの? 冗談じゃないわ。私はここに残るからね」
絶対、こあを一人なんかにはさせない。私を一人ぼっちから救ってくれた彼女を、私が一人にする訳にはいかないのよ。
「……ふぅ。まったく、困ったお人だ。そこまで言うのなら構いませんが、一つだけ後悔はなされませんか? ここに残ることに」
「ないわ。もしここから逃げて、こあに何かあったらそっちの方がもっと後悔するから」
「分かりました。でも危ないので少し離れていてくださいね」
「うん」
言われた通り、少し離れて本棚の物陰に隠れる。
「さて、そろそろご登場か」
そうこあが呟いた瞬間。
ドゴーン! と、大きな音を立てて図書館正面入り口の大きな扉が吹き飛ばされた。おそらく魔理沙が八卦炉か何かで扉を壊したに違いない。
「よう! 随分と生意気なこと言ってくるじゃねぇか! 小悪魔さんよ? その挑戦、私は受けて立つぜ。お前なんかに私が負ける訳ないからな!」
壊れた扉の先には八卦炉を構え、余裕の笑みを見せて、仁王立ちしている魔理沙の姿があった。
2
「手紙を見た時は驚いたぜ。まさかお前があんな賭けをけしかけてくるとは思わなかったからな。でもいいのか? 降参するなら今のうちだぜ?」
「その言葉、そっくりお返ししますよ。今ここであなたが泣いて詫び、今まで盗んだ本を全て返すというなら、怖い思いをしないで済みますよ? さぁ、どうしますか?」
「けっ! 言ってくれるじゃねぇかよ。泣き見るのはそっちだぜ」
二人とも図書館の正面エントランスで互いに動かず睨みあっている。
空気がいつもと全然違う。ざらざら、ビリビリとした息が詰まるような緊張感が伝わってくる。肌で感じるのは初めてだ。これが、戦いの、戦場の空気だ。もしかしたら私はとんでもない戦いの場にいるのかもしれない。こんな殺気だけの空間にいるのは初めてだ。
殺気は魔理沙だけじゃない。こあにも感じられる。普段私といるときには感じたことのない魔力の質だ。
だけど少しおかしい。こあから感じる魔力には戦闘魔法独特の殺しに魔力をこめた時に出る禍々しさをまったく感じない。捕縛、または拘束系の魔法だろうか? だが美鈴戦で少しは消耗したとはいえ、魔理沙クラスを一発で捕まえられる捕縛魔法はない。
「約束通り、私が勝ったらこの図書館は私のものだ。おまえやパチュリーはここから出ていく。これでここの本は全て私の物だぜ!」
え? ちょっと、それってどういうこと?
「『勝ったら』でしょ? それならご安心ください。あなたは私に勝てません」
こ、こあのバカ! あの娘はあろうことか、この図書館も賭けの景品に使ったのだ! これでは絶対の絶対にこあに勝ってもらわないと、私の住む場所がなくなってしまう。
「さて、お喋りはここまでだ。とっとと始めようぜ」
「えぇ、始めましょうか。あなたに、記念すべき敗北が訪れる戦いを」
そう言ったが、お互いに動かない。相手をじっと見つめている。隙があれば一瞬でやられる。私に分かる、少しの油断が命取りになる、プロの戦い。これが美鈴や咲夜のような上位クラスの戦いだ。
この空気に耐えられるこあを尊敬する。私はやっぱり奥の書斎に逃げとけどよかったと少し後悔している。どおりで妖精メイドをここから遠ざけたはずだ。妖精だと、この空気を感じるだけでアウトだろう。私でさえ息苦しいのだから。
「そらぁ、堕ちろ!」
魔理沙が八卦炉から数発ビームを放つが小悪魔は上に飛び上がり難なく避ける。飛んだと同時に小悪魔は羽を広げ、魔理沙に跳び蹴りを放つが、魔理沙も宙返りしてその蹴りを避ける。小悪魔の蹴りは魔理沙に当たらずそのまま蹴りは床にめり込む。
そう、めり込んだ。こあの足が床にめり込んだ。つまりそれほどの威力があるということ。あんなのが直撃したら洒落にならない! 死ぬ、死んじゃうわ!
こあ~死人は出さないようにしてよ~。このままだと魔理沙の死体を妹様にプレゼントする羽目になりそうだ。
「おっとっと……。バカ野郎! あぶねぇだろ! あんな蹴りかましやがって。てかお前、パンツ丸見えだぞ! 黒って……エロいの穿きやがって」
ちょ、ちょっと魔理沙! なに言ってるのよ! ちょっと羨ましいけど。こあは黒なんだ。
「なにを仰いますか? あの程度の蹴りなら余裕で避けられるでしょうに。それとパンツは関係ありません。魔理沙さんのお子様ドロワーズより遥かに私の方が良いと思いますが? あぁ、すいません。お子様にこんな話しても分かりませんね。ふふふ」
「てっめぇ……。あとで絶対に泣き見るぜ。ボコボコにしてやる」
………信じられない。二人にとっては今の攻防は、ほんの小手調べ程度の攻撃だったのだ。私はなんだか訳が分からなくなってきた。魔理沙が余裕なのは分かるが、何故こあがあそこまで余裕なのか、そしてその力はいつの間につけたのか? こあも一応は悪魔だから強い可能性はある……と思う。
「では、今度はこちらから行きますよ」
そう言った瞬間小悪魔が魔理沙の目の前に現れる。本当に一瞬だった。コンマ一秒もないくらい、まるで光の速さで移動したかのようだ。
「なっ!? ちっ、くっそ!」
魔理沙が驚いて後ろに下がり距離をとる。
私も何が起きたのか分からなかった。魔法で移動速度を上げたとしても、あそこまで高速に移動できない。時間を止めて魔理沙の前に近づき、そしてまた時間を動かしたら。可能だがそれは咲夜以外には不可能だ。咲夜は他にも空間を操る力があったが。
ん? 待って、こあは確か超高度空間魔法の研究をしてはず。もしかしたらこれは高速移動でもなんでもない、空間転位ならたとえ魔理沙がどこにいようが一瞬でもどこにでも現れることは論理的に可能だ。
例えばAからアルファベッド順にZまで部屋が続いているとする。そしてこあがAという部屋にいて、魔理沙はZという部屋にいるとする。普通はAからZまでどんなに高速で移動してもBからYまでの部屋を通る必要があるので十秒かかる。だが、空間を転位するとどうだ? BからYを無視して、AからZまで本当に一瞬に行くことが可能だ。
だが、あくまで理論上での話だ。実際にやろうと思えば恐ろしく高度な魔法技術、そして膨大な魔力とその地点の座標を計算する計算力が必要になるはず。転位する場所が遠ければ遠いほど魔力と複雑な計算が必要になるはずだ。
だけど、彼女のあのスピード、どう考えても空間転位しかありえないだろう。私の想像の範囲だが、超高度空間魔法の研究をし、自分で論文をまとめた彼女なら使えてもおかしくはないはずだ。
「ちっくしょー!! どうなってんだよ! 私は認めないぜ、小悪魔が私より早いなんてな!」
牽制のビームを放ち距離を取ろうとするが、距離を取った瞬間、小悪魔に近づかれて一瞬で距離を詰められる。
どこに逃げてもこあは魔理沙の目の前に、後ろに、横に、上に、下に、一瞬で現れる。これで確定だ、彼女は空間転位魔法が使える。これだと彼女は私より確実に強いだろう。現に魔理沙も小悪魔に遊ばれている。
魔理沙はビームを何発も放っているが、こあは最初の蹴り以外攻撃は一度もしていない。
「ダメですね、魔理沙さん。全然ダメだ。相手の技も見抜けないようじゃ私には勝つどころか、攻撃を当てることもできませんよ?」
「墜とす、お前は絶対に墜とす! 偉そうな口聞いてんじゃねぇよ! 下級妖怪がよ!」
魔理沙の周りに恐ろしい数の星の弾幕が生まれる。これがマスタースパークに次ぐ、魔理沙の弾幕の代表だ。綺麗で可愛らしい弾幕だが油断すると痛い目に合う。恥ずかしいことに私もその一人だ。
「パワーがダメなら、数で勝負だぜ!」
魔理沙の弾幕が、まさに流星の如く大量の弾幕が高速でこあに降り注ぎ、四方八方、三六〇度弾幕が取り囲む。上も、下も、右も、左も、どこにも逃げ道はない。密度も高く、弾幕の間をすり抜けるのも普通なら不可能だ。
普通の星ならなんとも美しい流星群だろうが、これは本物流れ星ではない。こあを倒すための、弾幕だ。未だに大量の流れ星がこあに降り注いでいる。数は数百、いや、もっとだ。数千という弾幕が降り注いでいる。
「終わりだ!」
魔理沙の叫びとともに、こあの中心に降り注いだ星の弾幕が一斉に大爆発を起こす。とてつもない力、まるで小さなハルマゲドンのようだ。
「こあ!」
大丈夫なはずだが、やはり心配は心配だ。普通なら全弾直撃なのだから。もしも転位が遅れて、直撃していたら重傷だ。そう考えただけでも体に悪寒が走り震える。お願い、無事でいて。
まだ爆風が残っており周りは煙だらけで、何も見えない。もし床にこあが倒れていたら……。ううん、私は何て事を考えているの? 彼女は私の使い魔だ。そう、『花曇の魔女』の称号を持つ魔女である私の使い魔だ。負けるはずがない。私は彼女の主として勝てと命令したのだ。彼女なら、その命令を達成してくれる。
だんだんと煙が晴れて、視界がハッキリとしてくる。上空でホウキに跨り、勝利を確信した笑みを浮かべている魔理沙の顔が見えた。そしてこあは……。なるほど……やっぱり、そうなのね。あなたはやはり優秀だわ。
「ははは! まさか直撃とはな、アイツ死んでないだろうなー?」
うふふ、悪いわね、魔理沙。あなたはこあには勝てないわ。
私はこあの勝利を確証した。彼女の使う魔法を突破できない限り、どう足掻いても魔理沙に勝ち目はない。すでにチェックメイトは掛けられた。
「………な! 何だと、そんなバカな! おいおい、勘弁してくれよ、どうなってんだよ? 私は確かに小悪魔に弾幕を当てたはずなのに、なんでアイツがどこにもいないんだよ!?」
煙は全て消え去り、さっきまでこあがいた場所がはっきりと見えるが、そこに彼女はいなかった。撃墜されて床に倒れている訳でもない。文字通り、こあはそこからいなくなったのだ。
完璧だ、完璧すぎて恐ろしいくらいだ。彼女は転位魔法を我がものとし、何の不自由もなく扱えるレベルだ。素晴らしい、本当に素晴らしい。私はとんでもなくすごい娘を使い魔に持つ、世界で一番幸運な魔法使いだろう。
「なんで、だよ? あの弾幕密度じゃ間をすり抜けるのは不可能のはずだ。それに、逃げられないように全方位を囲って撃ったのに……。アイツは、小悪魔はどうやってこの弾幕を避けたんだよ!?」
魔理沙も驚きを隠せないようだ。軽く混乱しているが、無理もないだろう。あの弾幕はどう見ても相手を確実に叩き墜とす為の弾幕だ。博麗の巫女や、レミィでさえ無傷では済まないであろう、魔理沙の本気の弾幕だった。
もし高速で避けたのだとしても、避けた瞬間、こあの姿が見えるはずだ。だけど、私も魔理沙も、弾幕を避ける彼女の姿を見てないが、結果は見ての通り、魔理沙の攻撃は空振り。
魔理沙の本気の弾幕は通用しなかった。自分の必殺技を使ったのに、相手に傷一つ与えることさえできなかったのだ。魔理沙のショックも大きいだろう。
「ショックを受けるのは当然だとは思いますが、魔理沙さんは上出来でしたよ。あの弾幕はレミリア様や、霊夢さんの防御障壁を破壊できる威力を持っています。ただの人間の魔理沙さんが、この威力は正直感動ものです。だけど……もう十分でしょう? 魔理沙さん、あなたの負けです」
「うそ……だ、ろ? 私が、こんな、簡単に……」
「残念ですが、それが現実です」
そう言って魔理沙の頭にショットガンを近づけるのは、さっきまであの星の海に囲まれていたはずの、こあだった。
「さぁ、チェックメイトですよ。魔理沙さん」
彼女は無傷で魔理沙の後ろから銃を突きつけていた。
3
魔理沙の状況は絶望的だった。必殺技を使ってしまいそれは通用せず失敗に終わった。二人とも宙に立って浮いたままだ。背後からこあにショットガンを零距離で突きつけられており、下には私がいる。
陸には私、空中にはこあ。もう逃げ道どころか逆転への道もない。ホウキに跨っていないので高速で動くことはできない。少しでも動けばショットガンの餌食になるし、逃げられたとしても今度は私の魔法で終わる。念のために、広範囲で敵を無力化できる水系の魔法陣を展開しているのだから。
勝率0%、将棋で言うなら詰みの状態。どこに逃げても、どの駒を出しても終わり。抗うことのできない敗北の完成だ。
「あなたの負けです、魔理沙さん。約束通り本は全て返してもらいますよ。だけど、凡人たるあなたがここまで戦えたのは実に素晴らしい。本当ですよ? あなたには霊夢さんのような天才的な才能もなければ、咲夜さんのような特殊能力もない。そして守矢の風祝のような現人神でもない、ただの人間の魔理沙さんがここまでとは、賞賛に値します。その功績を称えて、私が書いた魔道書を幾つか差上げましょう。もっとも、人間には使えるか分からない。高技術な魔法ばかりですがね」
魔理沙が悔しそうに顔を伏せる。少し言い過ぎのような気もするが、こあが言ったことはまぎれもない真実。魔理沙は本当に、ただ魔法が使えるだけの、人間の少女なのだから。人間が妖怪に負けて当たり前と言えば、当たり前なのである。
「……………お前は何か勘違いをしてないか?」
「いえ。私に勘違いも間違いもありません」
「………は、はははは、あはははは。言い切っちまったよ! ははは」
「何が……おかしいんですか?」
魔理沙は何がおかしいのか、急に笑い出した。敗北の現実を受け入れたくなくて逃避でもしているのか?
いや違う。魔理沙は何か確信したんだ、この最悪の状況を打開できる、逆転に転がる何かを。
「こあ! 油断しないで、魔理沙は何か―――――」
「遅いぜ!」
私がこあに警告する前に魔理沙に動かれた。
「くっ、ぁ! しまった!」
魔理沙は倒立の勢いで後ろ蹴りを放ち、後ろから突き付けられていた、こあのショットガンを蹴り飛ばした。そのまま倒立して一回転した魔理沙はその勢いを利用して、左足を軸にしてくるりとこあに向き直り、
「誰に敗北をもたらすって? 小悪魔さん……よおっ!」
「がっは」
こあに渾身の右ストレートを放った。勝利を確信して油断していたこあはショットガンを綺麗に蹴飛ばされて、動転していた隙に魔理沙が放った右ストレートは、綺麗に彼女の右の頬に入り、五メートルほど後ろに飛ばされた。
「へへ、舐めんじゃねぇよ! 私の意地の悪さをお前はしってるだろ? 天才の霊夢に勝つため私は諦めず何度も何度も必死に足掻いた唯一の人間だ! そんな私があれくらいで負けを認めると思ったか? あんなの霊夢と戦ってる時の方がもっとヤバいぜ。それともう一つ、私はお前に降参とは一言も言ってないぜ? 勝手に勝利に酔いしれてんじゃねぇよ、バーカ!」
蹴り飛ばされたショットガンが床に落ちてきて大きな音を立てる。
そんな、そんな、そんな……そんな馬鹿な。こんなことがあっていいはずない。だけど現実問題、戦局は逆転した。チェックを掛けていたはずが、チェックを掛けられた。まるでよそ見している間にチェス盤を百八十度回されたような気分だ。
ヤバい、やばいやばいやばい! こんなの、私一人で魔理沙になんてとても太刀打ちできない。戦おうにも私も体調は最近よくない日が多い。今日だってとてもじゃないが弾幕勝負なんてできる体力もない。
「くくく、くっくっく、くはははは! 見事ですよ魔理沙さん。今のは完全に勝ったと油断していた私の負けです。それにしても痛かったですよ、あの右ストレートは。未だに口の中に血の味が広がって困りますよ」
殴られた右の頬をこすり、にこやかに微笑を浮かべながら、体勢を立て直すこあだが、私には分かる。魔理沙は彼女のスイッチを入れてしまった。普段の微笑を崩してないように見えるが目が笑ってない。さっきまで魔理沙と遊んでいた時とは違う。本気で獲物を狩る眼だ。
この眼を私は生きてきた中で一度だけ見たことがある。レミィが、本気で殺しをする時の悪魔の眼だ。だけど、どうしてこあがそんな眼をするのだろう? 彼女は、こんな恐ろしい眼をする娘じゃないのに。
でも今はそんなことを考えている場合じゃない。どうする? 魔理沙は八卦炉を持ってるが、こあに武器はない。
そうだ、さっき落ちてきたショットガンをこあに渡してあげれば。
私は急いで近くに落ちてあるショットガンを拾い、こあに渡そうとするが
「おっもい! 重すぎるわ、こんなの持てない」
こあに渡すどころか持つことさえできなかった。こんなに、恐ろしく重いものを彼女は片手で持っていたの? 私は両手でも無理なのに。
「ちょっとパチュリー様? 何をしているんですか?」
「こあにこれを渡そうと思ったんだけど、重くて私じゃとても持てないわ」
「え!? そのショットガン、たった3.45kですよ?」
「3.45kもあるの!? そ、そんなの私が持てるはずがないわ」
「「………………………」」
何故か二人とも黙ってしまう。あれ? 私は何もおかしなことは言ってないはずなのに。
「…………お前の主はよくあれで今まで生活できたな」
「やっぱり魔理沙さんも思いますか? だから私はパチュリーに一生仕えますよ。私がいなくなったら日常生活さえ困難になってしまいそうですから」
「ちょ、ちょっとー! 二人とも酷いわよ!」
どうせ私は体力がないですよ、紫モヤシですよ。ぐすん。
「ん? でもお前一生仕えるって、プロポーズみたいなことよく平気で言えるな」
「あはは、それはスルーしてほしかったですね。でもご心配なく、パチュリー様にはあなたを倒した後で改めて言いますよ」
え、えぇ!? それって、そんな、ウソ! ヤバい、自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かる。他の人が今の私の顔を見れば、真っ赤なゆでダコ状態になっているだろう。
ねぇ、こあ? さっきのってやっぱりそういう意味なの? なんだか勝手に顔がにやけてくる。
「ほぉ~、言うな。まだ私に勝つ気かよ? もう策は尽きたんじゃないか?」
「まだまだこんなものじゃ終われませんよ。それに策が尽きたなら実力で戦えばいいだけです」
「本気の勝負ってことか! いいぜ、ここまで熱くなるのは久しぶりだぜ」
「魔理沙さんの本気、見せてもらいましょう。私も全力でいきます」
こあは魔力で自分のショットガンを磁石が引きあうように手元に引き寄せる。魔理沙も八卦炉を構えていつでも攻撃可能な状態だ。私が頑張らなくてもこあは自分の手に武器を戻せた。私の苦労っていったい……。
「そうだ、パチュリー様、これを少しの間預かっていて下さい」
こあが私にひょいっと何かを投げてきた。慌てて拾ったものは、彼女の眼鏡だった。
「え? これって」
「お守り、だと思って下さい。私が勝つように祈ってくれれば、それだけで十分です」
「うん……わかった、わかった! さっさと魔理沙を倒して、さっきの話、どういう意味か聞かせてね」
「ふふふ、はい。きちんと、お話ししますよ。だから、今は……」
こあが魔理沙に向き直りショットガンを構える。魔理沙もこあに向けて八卦炉を構えている。
「眼鏡取っただけで、それがお前の本気か?」
「えぇ。準備は万端ですよ。あ、警告ですがもしあなたが死ぬことになっても化けて出ないで下さいね」
「それは自分のこと言ってんのか?」
二人とも互いの武器を向け合ったまま動かない、数分間ずっと見つめ合っている。
「さぁ、始めるか」
ふと、二人がにやりと笑い合った気がした。その瞬間お互いの武器が火を噴いた。
4
二人ともほぼ同時に撃った。こあの方が若干早く撃ったが、ショットガンの弾は、魔理沙のレーザにかき消された。だが魔理沙のレーザもショットガンの弾を消すのにパワーを全て使い切り結果一射目は相殺された。
撃った瞬間二人は後ろに下がり、また同時に撃つが結果さっきと同じく相殺。
「チッ。やっぱりそう簡単に命中させてはくれませんか」
そう言いながらこあは銃身を一度引いて魔力を込める。
「お前も面倒な銃を選んだな。ショットガンは良いけどポンプアクション式はナンセンスだぜ。せめてセミオートにしとけよ」
「お生憎、私は一発に集中して魔力を込められるポンプアクション式の方が好きなんですよ。それにセミオートだと連射はききますが、その分一発に魔力を込める時間も少なくなるので、威力が下がってしまいますから嫌なんですよね。そして私がポンプアクションを好んで使っている最大の理由は……ポンプアクション式にはロマンがあるからですよっとぉ!」
喋りながらショットガンを魔理沙に目がけて連続で放つ。神技的なポンプアクションは、とても手先が早く、まるで普通に連射しているようだ。
「おっと! へへ~ん、これくらいなら簡単に避けられるぜ」
魔理沙は大きく高度を上げて難なく弾を避ける。
ショットガンの特性である近距離では超絶な威力、遠距離では弾が拡散して広範囲攻撃。
一見万能な武器に見えるが拡散した弾は横にしか広がらない。もう一つの欠点が広範囲に有効だが、威力がガタ落ちする。さらに重力に弾が引かれて下に落ちていくため、魔理沙のように高いところに上がられたら弾が届く前に落ちてしまう。
「不思議ですね。よくこの武器の特性をご存じだ。こういった危険性の高い武器製造の本は禁書庫に保管しているので、魔理沙さんが知っているのは変ですね~」
こあはどうやらこの武器をあの禁書庫の本を使って作ったらしい。だけど、ここまで高性能な魔法銃を作りだすなんて……私が知らないうちに、彼女はとっくに私を追い抜かしていた。
「銃使いはお前の他にももう一人いるんだよ。永遠亭のウサギもお前とスタイルは違うけど銃使いだ。あいつは確か二丁銃(トゥーハンド)だったな。だけど同じ銃器で戦うから同じだ。武器の特性はにとりの所で勉強したんだが、河童にはいつも驚かされるぜ」
魔理沙が変な知識をどんどん付けていくのはあの河童が原因だったのか。河童も侮れないわね。いつか魔理沙にとんでもない武器を支給してきそうだ。
「ほう、私以外に銃使いがいるとは気になりますね。一度お会いしてみたい。あなたを倒した後でね」
「それは不可能だぜ!」
魔理沙が再び星屑の弾幕を放つ。こあは転位魔法で大きく後ろに下がり、ショットガンの広範囲拡散の特性を活かして星屑を全て撃ち落とした。
「ひゅー! やるね~、でもこれならどうだ!」
魔理沙は先ほどの数倍の数の星の弾幕を出して、一斉に撃った。
こあも負けじと、転位魔法を繰り返し使って星を撃ち落とす。別に撃ち落とす必要はないが、こあには星屑を撃ち落として遊ぶ余裕があるということだ。
あっという間にこあはあの大量の星を全て、本当に全て撃ち落とした。
「星の屑成就はならなかったか。星の屑作戦失敗だぜ」
「大層な名前を付けていますね。今度はこちらから行きますよ」
そう言った瞬間こあは私たちの前から姿を消す。転位魔法を使った合図だ。
「くそ、どこからくる? 上か、後ろか、右か、左か、下か。どこからだ?」
「正面をお忘れですよ」
「なぁ!? ウソだろ!」
こあは魔理沙の正面に現れた。完全に死角を警戒していた魔理沙にはとっては予想外な不意打ちだ。
「終わりだ」
こあは魔理沙の顔面めがけてショットガンを撃つが
「こんなところで終われるかよおおおぉぉぉっ!!」
魔理沙はリンボーダンスのように上半身を大きく後ろにそらしてショットガンの弾を避けた。なんというか無茶苦茶な避け方だ。
魔理沙はこあのような理論的な戦いより、美鈴のような直観と気合と根性で戦うタイプかもしれない。今までの戦いを見るからには美鈴よりは頭は遥かに回るのだが、無茶なのは変わらない。
「な! そんなバカみたいな避け方が!」
「こういうのは気合で避けるんだよぉ!!」
上半身を反らし過ぎたせいで、そのまま後ろに倒れようとする魔理沙だが、倒れるときに足を大きく上げてこあの顎を蹴り飛ばした。
「ごはっ」
顎を蹴り飛ばされたこあも大きく後ろへ倒れるが、何とか地面に叩きつけられる前に体勢を立て直す。それは魔理沙も変わりなかった。
「あっう、ぅぅ……。まったく、気合で弾を避ける人なんて初めてですよ。おまけに痛い一撃をもらいましたしね」
「でも今の攻撃はまぐれだぜ? 蹴りもまさかあんな綺麗に決まるとは思ってなかったし」
「そうですか。さっきの蹴りがまぐれだというなら……二度目はない!」
こあは再び姿を消す。魔理沙はこの究極の移動術を相手にどうやって戦うのか、現状を維持できるのか、気になることは山ほどある。
「来い! 小悪魔! さっきので確信した。もう私にお前の攻撃は通用しないぜ!」
あろうことか魔理沙は動いて回避運動を取ろうとせず、じっと眼を閉じて仁王立ちしている。
どういうつもりだ? 逃げないと攻撃が直撃するのに。高速で動きまわれば転位場所を決定しにくいので、苦し紛れではあるが、時間稼ぎにはなる。
だが、魔理沙は持ち前のスピードを活かそうとはしなかった。諦めて腹を括った? だけど魔理沙は高らかに諦めないと宣言していた。通用しないとまで言い切ったのだ。
何か秘策があるとでもいうのだろうか? 音速より早い、もはやスピードという概念を超えた、どこにでも現れることが可能な空間転位を打ち破れる何かが。
「……そこだ!」
魔理沙が右斜め上に向けて八卦炉を放つ。そこには……紙一重でレーザーを避けるこあがいた。
「…………どうして、私の出現する位置が分かったんですか? 偶然、という訳でもないでしょう。何か確信があって撃ったはずです」
「その通りだよ。お前のチート並みの移動術はスピードではどうやっても説明できないんだ。だったら他の方法は? それは空間を渡るしかない」
「……やはり、分かっていましたか」
「最初は半信半疑だったけどな。そんな紫なみのチート技をお前が使えるとは思ってなかった。けど、お前が消える瞬間と、現れる瞬間に、空間が歪むんだよ。異常な歪み方だ。だから私は確信したんだ。お前は空間転位系統の魔法が使えるって」
すごい、信じられない。今私は純粋な驚きしかない。
魔理沙はこの短時間で転位魔法を見破り、こあの出現位置まで特定した。
凡人だと言われているが、違う。魔理沙は努力の天才であり、そしてもう一つ武器である直感、根性による身体能力の限界突破。この二つを知らず知らずのうちに使いこなしているのだ。
理論や法則では説明できない。今まで負け続けて、勝つために必死に努力をしてきた。それが……霧雨魔理沙の強さだ。
頭の回転の速さも予想に反して、実に見事なものだ。魔理沙自身も新魔法の研究のためあらゆる計算をしてきている。頭の回転が速いのも当然だ。
相手の理論や法則をぶち壊すが、自分の理論や法則は完璧にこなす。本当に馬鹿みたいなことだが、それが魔理沙の真の力となっている。
「では、私に星屑を撃たせたのも、転位魔法が本物か確かめるために、撃ったんですか?」
「あぁ、そうだよ。高性能な拡散銃でもあの星を撃ち落とすには動きまわる必要がある。私はどう動き回るか見たかったんだが、お前は動き回るんじゃなくて、瞬間移動したんだよ。スピードでは説明できない移動だ。これじゃ馬鹿でも転位系統の魔法だって気づくぜ? お前も詰めが甘かったな! 転位する瞬間は空間を歪ますなんて、どこに出てくるのか教えてるものだぜ」
「まさか、この術の唯一の弱点である空間の歪みに気づくなんて。……謝ります、私はあなたを見下し、舐めていました。だけど今は違います。私の全力を持って、あなたを排除します。魔理沙さん、あなたは並みの妖怪よりよっぽど危険だ」
「私は妖怪より強いってことか? そりゃ嬉しいぜ」
「だから私も最大の礼儀として。一瞬であなたを墜とします。これに耐えられたら無条件であなたの勝ちとしてもいいですよ?」
「随分と言うね~! いいぜ。どんな攻撃だろうが、当たらなければ、どうということはないからな!」
「では、せいぜい逃げ回って下さい。あなたがやられて植物人間になったらアリスさんが悲しみますからね。逆恨みで人形に串刺しにされたら困ります。そうだ、遺言状を書いていただけませんか?」
「寝言は寝て言いやがれ!」
魔理沙はこあに近寄りホウキで殴りかかるが、簡単に避けられる。元から当てる気は魔理沙にもなかったのだろう、後ろに下がる。
「オラ! 第二ラウンドの始まりだ!」
「弾幕が当たらないなら、肉弾戦か……。なんとも醜いですがいいでしょう。あなたの最後の戦いだ。好きに戦わせてあげますよ」
「その台詞、後悔するなよ!」
叫びながら魔理沙はホウキを槍のように構える。
「ハルベルトモード機動。ホウキへの飛行補助魔法は全て解除、近接戦闘へ全魔力を移行する。ホウキ強度、全長、構成魔力、オールグリーン。完璧だ」
魔理沙の持っているホウキが変形する。変形は大袈裟かもしれないが、全体的に金属質になり、ホウキには必要不可欠な刷毛の部分がなくなっている。
ホウキの柄の先から魔力で形成された刃が出ている。刃の部分は斧と槍を組み合わせたような、ハルベルトの刃をしている。
そして、ホウキ、いや、魔理沙の槍は全長二メートルを超えていた。
魔理沙の身長は私より二センチ小さい一四八センチ。少なく見ても自分より五〇センチも長い槍を魔理沙は軽々と振りまわしている。
「どうだ! 私の新しい武器『天下無双方天戟』すごいだろ? ビビった?」
「………何でも、大きければ良いという訳ではないですよ。そんな自分に釣り合わない武器、不格好、似合っていませんよ? それに仮にも西洋系魔術を使う人なら、武器も西洋槍にしましょうよ」
「うっせ! 私はこれがいいんだよ! カッコイイから。それに不釣り合いかどうかは……戦ってみれば分かるぜ!」
「そうですね。……では!」
「いくぜ! うおおぉぉぉおおぉぉお!!」
そう叫んだと同時に魔理沙はこあに槍を構えて突撃をしかけた。
5
突撃してくる魔理沙には目も向けず、こあは高速で呪文を唱える。呪文文からして防御系の魔法を展開させるようだ。
「龍腕壊の壁」
突っ込んでくる魔理沙の正面に大型の防御壁を作る。
龍腕壊の壁、文字通り攻撃してきた龍の腕を逆に吹き飛ばすほどの防御力がある防壁だ。物理、魔法攻撃ともトップクラスの防御力を誇る。
魔法はかき消され、切りつけた剣は折れ、殴った拳は砕け散る。それほどの防御力を誇る防壁だ。魔理沙の槍など真っ二つになるだろう。
「邪魔だ!」
そう言って魔理沙が龍腕壊の壁を真っ二つにした。槍が二つになったのではない。障壁がまるでバターを切るように簡単に、呆気なく二つにされたのだ。
「そんな……馬鹿な!? トップクラスの防壁がこうもあっさりに……こんなこと、ありえない!」
「ボサっとしてんじゃ……ねぇよ!」
「くっそ!」
大きく右に跳びこあは魔理沙の槍を避けた。魔理沙は正確に、寸分の狂いもなくこあの首を狙って突いてきた。もう少し避けるのが遅かったら致命傷だったはずだ。
魔理沙でも殺しはしないだろうから、魔力ダメージでノックアウトを狙っているはずだ。魔力ダメージでも首や頭などの急所に食らったら一発KOだろう。
「パチュリー様! すいませんが少しの間だけ魔理沙さんの足止めを!」
「わ、分かったわ!」
こあにも焦りの色が現れる。私もこあもこんな展開なんて予想もしてなかった。
少しでも時間を稼ぐため私は魔理沙の周り三六〇度に大きな炎の壁を作り、動きを封じるが、
「無意味だぜ。パチュリー」
槍を一振りすればまるで蝋燭の火を消すが如く一瞬でかき消された。
「そんな! こうなったら……火の精よ、我に力を貸したまえ。目の前のモノを焼き尽くせ!」
唱えた瞬間、魔理沙目がけて巨大な炎砲が発射される。こらなら避ける時間も消す時間もない。
「無駄だって言っただろう?」
魔理沙が大きく槍を前に突き出した。すると、とたんに大きかった炎が小さくなり槍の刃先に向かって炎が吸い込まれていく。そしてあっという間に炎の大砲は消された。
「そんな……魔法が、効かない!?」
こんなの無茶苦茶だ。魔女が魔法を使えなかったら、使っても効果がなかったらただの小娘だ。そして今私はその小娘になろうとしている。
「諦めな。魔力の無駄遣いだぜ?」
「ぁ……ぁ――――」
恐怖のあまり声が出ない。
怖い、怖い。魔法が通じないことが怖い。こんな、こんなの嘘よ。
あり得ない。私は魔女よ? 幻想郷でもっとも強い魔法使いのはずなのに。
「さて、それよりターゲットの小悪魔はどこに行った? パチュリーの相手してるうちに転位で逃げたか?」
駄目だ。勝てない、勝てるはずがない。私にとっては魔理沙の方が悪魔だ。魔法が効かない相手に勝てる訳がない。無常なる敗北宣言だ。
「すいません、パチュリー様。遅くなりました。あと魔理沙さん? 私は別に逃げていませんよ、少しお土産を持ってきただけです。どうぞ受け取ってください。パイナップルです」
こあの姿は見えないが図書館の上から何か魔理沙の頭上に目がけて、鉄の塊が降ってくる。
「……ん? って! え? ちょ、お前、パイナップルってそういう意味か―――」
―――よ と言う前に鉄の塊が大爆発を起こし、魔理沙はその爆発を、障壁を展開して防いだ。
待って。魔理沙は何故爆発を防いだの? あの槍を使えば攻撃を無効化できるのに。もしかしたらあの槍は全ての攻撃を無効化できないのかもしれない。
魔理沙の周りさっきの爆発でできた黒煙が被い、魔理沙の状況を確認できない。
だけど、すこし希望の光が見えた。攻撃は完全に通用しない訳じゃない。何か、魔理沙も障壁を張る必要がある攻撃があることが、今の爆発で証明された。
「全攻撃無効化(オールアタックキャンセル)に見えましたが、実はそうでないないようですね。今のパチュリー様との戦いを見て分かりました。あなたの槍は別に強大な力を持っている訳じゃない。ですがそれより厄介な力を持っているから困りました。魔法無効化(マジックキャンセル)。全ての物理的魔法攻撃を無効化するという能力。正確に言うと無効化ではなく、その槍の刃が瞬時に相手の攻撃魔法を相殺する魔力を計算して相殺しているのですがね。私の防御魔法だけでなくパチュリー様の精霊魔法さえも打ち消すとは面倒なモノを作ってくれましたね。だが、消せるのは魔法だけ、さっきにの手榴弾のような純粋な物理攻撃は相殺できないようですね。消せるのは魔法攻撃だけ、便利な力ですがいささか使い勝手が悪いですね」
こあが先生みたいな表情を浮かべて私の隣に現れる。
「ご丁寧な解説ご苦労なこった。だけどそれがどうした? 魔法使いが魔法を無効化されたら終わりだろうが!」
煙で目が染みたのか少し涙を浮かべながら魔理沙が叫ぶ。
だけど、魔理沙の言った通り魔法が効かないのであればそこで詰みだ。攻撃が効かなければ戦いではない。
攻防あってこその戦いなのだから。
「私の戦法が魔法だけだと思っているんですか? あなたは」
「は? なに言ってんだ、お前は?」
「ではお見せしましょう、私の力を。私の愛銃である、『暗殺者の信条(アサシングリード)』の力を」
こあはさっきまで使っていたショットガンを取り出す。
あの銃名前あったんだ。こあの武器、『暗殺者の信条』か、随分大層な名前だけど、その名前に見合う性能を持っているからまったくもって恐ろしいものである。
「アサシン、シフトチェンジ開始。ショットガン形態から大型ライフル銃剣(ガンブレード)に換装。刀剣部は狂剣『血に飢えた赤姫(レッドクイーン)』を使用。対象の破壊のみを設定する」
こあの持っているショットガンがボロボロに崩れ去ったかと思うと、その崩れた金属が形を変えて大型ライフルの形に変わる。しかも先端には真っ赤な、血のように真っ赤な色の刀身をした片刃のナイフが付いている。
「…………もうなんでもアリだな、その銃。てか人の武器デカイって馬鹿にしたクセにお前だって馬鹿デカイ銃使ってんじゃねぇよ!」
「失礼な。これも私の技術と努力の結晶ですよ。気持ちを込めれば、この子も答えてくれますから。それより魔理沙さん大丈夫ですか? アサシンの刀剣部『血に飢えた赤姫(レッドクイーン)』は、あなたの槍では無効化できませんよ?」
なんだか戦いの方向がおかしくなっている気がする。
それにこあの武器も明らかに異常だ。あんな大型のライフル見たことがない。銃口の口径も大き過ぎる。分かりやすく例えるなら二メール越えの対戦車ライフルだ。あれだと威力も恐ろしいことになっているに違いない。
「無効化できないなら、コイツでお前の剣を叩き折れば良いだけだ。それに銃の方も威力はありそうだがその大きさ、連射なんて出来たもんじゃないだろうからな。避けるのは簡単だぜ。どんなに強力な弾でも避けられちゃ意味ないよな!」
「確かにその通りですね。では魔理沙さんが尻尾を巻いて逃げるのが見たいのでこのアサシンの力をお見せしましょう。一発目は避けられるように撃ちますので、避けて下さいね?」
「――――ッ! ヤバい!」
こあは魔理沙の真下から垂直にアサシンを撃った。それを魔理沙は大きく横に飛翔し、やっとの思いで避ける。
ズゴガン! と銃声とは思えないほど大きな音が響いた。
魔理沙に避けられた、その弾道は大きく逸れ、図書館の屋根を突き破り、紅魔館一階から三階までをも突き破り、青空が見えた。
「…………」
「……ぁ、ぁ………」
私と魔理沙は開いた口が塞がらない。馬鹿みたいに屋根から空まで伸びる風穴を見ていた。
『のわああぁ!!』と叫ぶ美鈴の声と、『ぎゃあああ!? 私の紅魔館がああぁ!!』というレミィの悲痛な叫び声が少し聞こえたが無視しよう。色々とややこしいので図書館全体に結界と防御魔法を掛けて二重で守りを固める。レミィ達が入らないようにするため、もう一つは本を守るためだ。
あんな弾丸が本棚に直撃したら終わる、図書館が終わってしまう。本を守るはずが、こちら側が破壊者なりかねない状況だ。
「…………ん~、少し……ヤリすぎましたね」
「バッカ野郎! 何が『少し』だ! このアンポンタン! お前限度ってもんを知らねぇのか? その銃のせいで私の本が灰になったらどうしてくれるんだ!?」
「あなたのではなく、パチュリー様のです。弾は本棚に当てるつもりはありませんのでご心配なく。あなたに命中させて灰にすれば良いだけです」
「ならその銃、叩き折ってやるよ!」
魔理沙は突っ込み槍を叩きつけるが、こあも銃を構えて受け止める。
「その刀剣部、飾りじゃないみたいだな」
「レッドクイーンを甘く見ないでくださいよ? 折れるのは私の剣か、魔理沙さんの槍か、どちらでしょうね?」
ギチギチと金属の擦れる音が響く。互いの武器が鍔迫り合い状態で火花が飛び散る。
「お――っら!」
魔理沙が力任せに槍を振るい、こあの体勢を崩す。魔理沙はその隙を逃さず追撃をするが、こあも必死にその猛攻をガードする。
おかしい、こあは守ってばかりで攻撃に転じない。防戦一方だ。いや、攻撃に転じないのではない、攻撃に転じることが出来ないのだ。
「オラオラどうした! そんなんじゃジリ貧だぜ? まぁ私がお前に反撃の時間を与えないだけだけどな!」
「く、うぅ……なんて攻撃速度だ」
魔理沙の猛攻の前になす術がない。転位魔法を使おうにも猛攻を防ぐのに必死で、魔法を使う時間さえないのだ。魔理沙もそれが分かっているからこそ攻撃の手を緩めないのだ。
「そう簡単には……負けませんよ!」
こあも負けずと剣を振り再び鍔迫り合いに持ち込む。
「悪あがきを! もう諦めろよ」
「それはあり得ない選択ですね。パチュリー様! 私の右上、五六.二度の地点に反射防御壁を展開してください!」
「ふ、ふぇ!? う、うん。分かった!」
私は言われた通りその位置に反射防御壁を展開する。
「ありがとうございます、パチュリーさま!」
感謝の言葉言いながらこあは鍔迫り合い状態ながらアサシンを撃つ。
なるほど、そういうことか! 反射防御壁を利用してアサシンを反射させ魔理沙に当てるつもりなのだ。
「終わりです」
「な、しまっ――――」
上から降ってくる閃光を魔理沙は後ろに大きく下がり避けた。まったくたいした反応速度だ。
だけど、こあから離れた時点でアウトだ。
「うっ、あぁー! 危ねぇー、あと少しで直撃だぜ」
「では直撃させてあげましょう」
「な!」
魔理沙が後ろに退いた瞬間からこあはアサシンをチャージしていた。最高チャージ状態の砲撃を避ける時間は魔理沙にはない。
「Break down(崩れ落ちろ)」
その一言ともに引き金を放った。
「ふざけるな! ファイナルマスタースパーク!」
魔理沙も反撃とばかりに八卦炉からビームを放つ。
こあのアサシン、魔理沙の八卦炉の光が互いにぶつかり合い打ち消し合う。
「うおおおおおおおおおおおぉおお!!」
「はああああああああああぁああ!!」
二つの大きな光が合体し大きな球体となり、爆発した。
第三章 幻葬
白い世界だった。ただただ白い、真っ白な世界。こあと魔理沙の砲撃の衝突で起きた爆発は世界を真っ白に染め上げた。
世界はこれ以外何もないんじゃないかと思える虚無の白だ。美しいはずなのに、とても恐ろしくて、とても怖くて、そして……冷たかった。全てを薙ぎ払い、消し去る、破壊の白。
私は怖かった。眼前に、辺り一面にその白い世界が広がるのが、何もかも、友達も、大切な人も、全てが消えてしまいそうで。
「この爆発も魔力なら、私は全てブチ消す!」
そう叫んで、破壊の白い世界を真っ二つにして切り裂き、半分を壊した。
嬉しいと正直に思った。魔理沙が白い世界の半分を壊してくれたことがとても嬉しくてしかたなかった。
魔理沙が槍を一振りするたびに元の世界が見えてきて、現実に戻って来られた気がして、とても安心できた。
「まだだ、まだ終わってない」
そう呟いて魔理沙は槍を前に突き出し、再び残りの白い世界へ飛び込んだ。
「小悪魔ああああああぁああぁぁぁぁあぁああっ!!」
雄叫びを上げ、白の世界を突き破り、その先にいたこあに渾身の力を込めて槍を振り下ろす。
「まさか、あの爆発さえもかき消すとは、レミリア様のグングニルと同等の性能の槍、まるで『神殺しの槍(ロンギヌスの槍)』と戦っているようだ。私としてはこれ以上の戦いを望まないので、さっきの爆発で撃墜されて欲しかったですが」
こあが残念そうな表情を浮かべながら、だけど顔に汗を浮かべて空中で魔理沙の一撃を受け止めている。
「だから魔力ダメージなら全て相殺できるんだよ、この槍は。あと、私は『神殺しの槍(ロンギヌスの槍)』なんかより勝利を掴み取る『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』のほうがいいぜ」
「ふふふ、エクスカリバーは槍ではなく剣ですよ? そんなことも知らないんですか?」
「馬鹿にするな。私でもそれくらいは知ってるよ。それに剣か槍かなんてそんなのどっちでもいい。問題なのは『約束された勝利』だからな。私の槍は、必ず勝利をもたらす」
「ふふ、そんな馬鹿みたいね幻想……いや、妄想ですね。一瞬で吹き飛ばしてあげます」
「そのムカつく上から目線のモノ言い、そんな口、二度と聞けないよう黙らせてやるぜ!」
魔理沙は槍にさらに力を込め、ねじ伏せようとする。
「………降り注げ、『血の雨よ(ブラッドレイン)』」
その言葉の通り、血の雨、正しく言うと血の氷柱が大量に降ってきた。
「チッ!」
魔理沙は鍔迫り合いを止め、こあから距離をとり、落ちてくる氷柱に向かって槍を一振りするが、氷柱は消えなかった。
「な!? クッソ! あの野郎」
魔理沙は慌てて防御壁を展開するが間に合わず、氷柱の一本が左肩に突き刺さった。
「ぐ―――っ、あぁっ!! こんなので、この程度で……終わりだと思うなよ!」
魔理沙は苦痛の表情を浮かべながらも肩に刺さった槍を引き抜く。引き抜こうと氷柱を動かすたびに血が溢れる。上空から降ってきた魔理沙の血は図書館の絨毯を赤黒く染めた。
「ぐ、ああぁああ!!」
叫び声とともに抜いた氷柱を投げ捨てた。落ちてきた氷柱の太さはそれほどない、細すぎるぐらいだが、長さが六〇センチほどあり、血の付き方からして三〇センチは魔理沙の方に刺さっていたことになる。
「なんでだ? さっきから治癒魔法を使ってるのに、血が止まらない」
魔理沙の肩からは血が勢いはないが確かに出てており、白いブラウスを赤く染めていく。
そしてもう一つの疑問は魔理沙の槍で氷柱を防げなかったことだ。あの槍で防げなかったということは魔力で構成されたものではないということなのだろうか?
「血が止まらなくて不安ですか? 今は大丈夫ですかこのまま放っておくと血が足りなくなりますよ? どうです、降参しませんか? このまま戦うのは魔理沙さんにとって不利ですよ。重火器以外で、私の攻撃全てを魔力攻撃だと思っている魔理沙さんでは」
「やっぱ、さっきの血の氷柱は」
「えぇ、ご察しの通り、魔力ではありません。あれはレッドクイーンの力、正確に言うと呪いです。どうやら呪の力も防げないようですね。私は彼女に自らの血を捧げて、私自身の血であの雨を降らしたんですよ。レッドクイーンも魔理沙さんの血を堪能できてさぞ嬉しいことでしょう」
「普通の傷じゃないから血も止まらないってか? ふざけんなよ、畜生」
魔理沙は槍を構え直す。どうやら速効で決着を付けて、治療法を聞きだすつもりのようだ。だけどあの大槍を怪我をしている状態で扱うことが出来るのだろうか?
「舐めんなよ、こんチクショォォォォォ!!」
魔理沙は突撃を掛けるがあっさりと避けられる。槍を振ろうとするたびに肩から血が噴き出し、苦悶の表情を浮かべている。きっととてつもない激痛が走っているはずだ。
攻撃速度も格段に落ちており、今までのスピードがウソのようだ。
何度槍を薙ぎ払い、振り下ろしても、結果は同じくあっさりと避けられる。このままでは魔理沙の自滅に終わるだろう。
「もう諦めましょうよ? このままでは本当に出血多量で死んでしまうかもしれませんよ? あなたには大切な人、アリスさんがいるでしょ? もう諦めて、負けを認めましょうよ」
「魔理沙、こあの言う通りよ! これ以上やったら、あなた本当に死んじゃうわよ? 『こあとのケンカで死にました』なんてアリスが聞いたら殺されるわ。だからもう、自分とアリスのために止めなさい」
本当にこれ以上はダメだ。いくら魔法で出血を抑えているとはいえ、止血できているわけではない。それどころか無茶をしたせいで傷口が大きくなっている。
「それでも………断る」
「なんで? どうしてなのよ? そんなに本が欲しいの? だったら好きなだけあげるから」
「いや、違うな。私はもう本なんてどうでもいい。ただ戦いたいんだ。面白い、楽しんだよ。私より強い奴と…戦うのが、な。強い奴がいるとそいつと戦いたい。だからまだ戦う。私が、私自身が負けを認めるまでこの喧嘩は終わらないぜ! だから私はまだ……諦めない! 感謝するぜ、小悪魔。私に久々に本気の、全力全開で戦える喜びを与えてくれて」
なんてこの娘は強いんだろう。好んで強者と戦い、その戦いを楽しみ、自分を磨こうと、より高みに目指そうとする少女。
彼女が強さを求める理由はただ一つ、博麗の巫女に勝つためだけに。親友でありあり、永遠の好敵手である彼女に勝つために。
こんな死にそうなくらい無茶をしてでも、今自分より強い相手、こあに勝とうとしているのだ。
「………その心意気、気に入りました。ですから私は、あなたを一撃で落としてあげましょう」
アサシンを再びチャージするこあ。
「ふん、そんな宣言を無意味だ。私はその程度じゃ…堕ちないからな」
魔理沙も体に鞭を打ち、槍を構える。
「アサシン臨界点まであと五秒」
五、四、とカウントが始まる。こあはアサシンの照準を完全に魔理沙に定めている。そしてターゲットにされている魔理沙は……笑っていた。
「一,〇、はっ――――――」
「この時を待っていたぜ!!」
発射と言い切る前に魔理沙はとんでもないことをした。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉおぉぉぉっ!! 飛んでけええぇええええぇええっ!!!」
自分の槍を思い切りアサシンに向けて投げ飛ばした。
「しまった! なるほどそういうことですか、考えましたね魔理沙さん。私が必ず撃つと思ったからの行動だ」
こあは悔しそうな表情を見せてアサシンから離れた。その瞬間アサシンに魔理沙の槍が突き刺さった。
「おっしゃ! やったぜ!」
魔理沙の嬉しそうな声が響く。
臨界状態のアサシンに突き刺さった槍はそのままアサシンにひびを入れ、破壊していく。
「ごめんね、アサシン……」
悲しそうな声でこあが呟いた。
その刹那、アサシンが大きく光り、爆発した。黒煙を上げて砕け散り辺り一面に焼け焦げた破片が飛び散る。
あれだけの砲撃を撃てる銃が本体内部で爆発したのだ。その威力に耐えられる銃はないだろう。その威力を証明したかのように魔理沙の槍も、さっきの爆発に巻き込まれた影響かハルベルトモードを展開する魔力がなくなったのだろう。今は普通のホウキに戻っている。こんがりと焼けてはいるが……。
「よし! 治癒魔法が効く! やっぱりあの剣を壊したのが正解だったぜ」
「え!?」
どういうこと? まさか! 私は急いでアサシンの残骸を調べる。
その残骸には粉々粉砕したレッドクイーンの刀身があった。
そうか、レッドクイーン本体を壊したので血の呪いの影響もなくなる。それも狙って魔理沙はアサシンを壊したのだ。
「止血完了。傷口もある程度治したし、痛み止めも効いてきた。さぁ、続きを始めようぜ!」
「…………」
こあは何も答えない。壊れた人形のように腕をだらーんとさせて宙に浮いている。
「どうした? 自分の武器壊されてビビってんのか?」
「…………くくく、ふはは……あはははははははははははははははハハハハははハはハははハははは」
こあが狂ったように笑い出した。そして声も壊れた機械のような無機質で感情のない、奇妙な笑い声。
「魔理沙さん、最高だ! あなたは実に最高だ! 私と戦うのが楽しいですか? いいでしょう、魔理沙さんと戦っていて私も心躍りました。だけど、五〇年間ともに戦ってきた愛銃を壊されて私も黙ってはいれないんですよぉ。壊された分、きっちりとお返ししますよ」
「なんだ? 銃壊されたから私を殺すのか?」
「私もある程度の優しさを持っています。だから現実世界で殺しはしません。別の世界で死ぬ以上の苦しみを魔理沙さんには楽しんでもらいます」
「は? 何言ってんだ? 殺さずに死ぬ以上の苦しみってバカじゃねぇの」
「その生意気な小娘の笑顔がいつまで続くか楽しみですね」
にたぁ、とイヤな恐ろしい狂気を帯びた笑みをこあが浮かべる。こんなこあを私は今まで見たことない。急に彼女が変わった。銃を壊されてからだ。表情も、魔力も今まで私が一度も感じたことがない異常な禍々しい、強大な力を持った魔力。
頭がおかしくなりそうだ。今私が見ているのは誰なの? 普段一緒に読書をして、魔法の研究をして、気がきいていつも美味しい紅茶を入れてくれる、天使のような優しい笑顔を浮かべてくれるこあ。
だけど今目の前にいるのは人を傷つける目をしている。そして狂気を孕んだ魔力。目の前の敵である魔理沙を排除することを目的とした、本当に恐ろしい、正真正銘悪魔のようなこあ。
アナタはだれ?優しいアナタと、恐ろしいアナタ。本当のアナタはどっちなの?
「さぁ、魔理沙さん。よろしいですか?」
「へ、へへ。丸腰のお前とまだ八卦炉の残っている私。ど、どう考えても私が有利に決まってるぜ」
「その割には声が震えてますよ? 怖いのですか? でしたら泣いて詫びなさい。そうすれば考えてあげますよ」
「う、うるせぇ! 私は…私は勝つんだ!」
叫ぶ魔理沙だが、やはり声が震え冷や汗をかいている。
私はもう動くとさえできない。こあの今の魔力は異常だ。もう殺ししか感じられない。この状況でまだ虚勢をはれる力が残っている魔理沙は尋常な精神力じゃない。
「安心して下さい。あなたが死ねば、アリスさんもすぐそちらの世界に連れて行ってあげますから」
「な!? テッメェ……冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「そうですね。さきほど発言は私が悪かったです。大丈夫、あなたは死にません。最悪植物人間になるだけです。その屈強な精神力がどこまで持つのか楽しみです」
「……ふざけんな、ふざけんな、ふざけるなあぁああ!! 私は、必ず……お前を、倒す!」
「いい気迫だ。ではお喋りはここでお終いだ。あなたを誘(いざな)いましょう。幻想の世界ではなく、幻葬の世界へ!」
2
「あなたを誘(いざな)いましょう。幻想の世界ではなく、幻葬の世界へ!」
そう宣言したこあの瞳の色が赤色に変わる。
彼女は元から瞳の色は赤だが、同じ赤でも全然違う。普段はとても美しいルビーのような鮮やかな赤。
だけど、今のこあの赤色は、暗く濁り美しさは微塵もない。まるで血の色のような、恐ろしく冷たい赫い色をしている。
「なんだよ……その目は?」
「これが私の研究してきた魔術の完成形ですよ。だから魔理沙さん…………私の目を見ろ!」
「え? 見ろって、なに―――――――」
こあの瞳を見た瞬間、魔理沙の動きが止まった。魔理沙の周りだけ時が止まったかのようだ。
「それでは………自我を保っていられることを願いますよ、魔理沙さん」
恐ろしいことを魔理沙と見つめ合いながら冷徹な声で言ったこあが
「幻葬『千の死を(サウザンド・ダイ)』」
そう呟いた。
『千の死を』? どんな魔法だろう? だけど名前から分かる、どう考えても良い魔法ではないだろう。千の死など大袈裟だし、ヤリすぎだ。
「うぅ………あ、ぁ、が、ぁぁ―――」
嫌な、苦痛に満ちた、死人のような魔理沙の呻き声が上から聞こえた。
「な、何なの? 何なのよ」
見てはいけないと本能が叫ぶ。今は目を塞げ、耳を塞げ。何も聞くな、何も見るなと。
だけど、あの呻き声は魔理沙の声だ。あんな声、普通の状態じゃ出せない。何か、本当に限りなく死に近い何かが起こっているのかもしれない。
私は恐る恐る、上でこあと見つめ合っているはずの魔理沙を見る。
「な!? なによ……どうなってるの?」
こあの目を見たままの魔理沙は、普通ではありえないくらい大量の脂汗をかき、魔理沙の目はかっと開き、瞳孔が異常に小さくなっている。
怒っているような、驚いているような、悲しんでいるような、どんな上場にも見える顔をしている。
「魔理沙………魔理沙! 返事をしなさい、魔理沙!!」
私が大声で声を掛けても返事をしない。まったく聞こえていないようだ。外見はあるけど中身がない、まるで精神だけどこか別の場所で飛ばされたかのようだ。
「パチュリー様、そんなことをしても体力の無駄使い、無意味ですよ。魔理沙さんは今遠い世界へ、死と同等の、もしくはそれ以上の苦痛が待っている世界に行っていますので。ふふふふふ」
気持ち悪い笑い声を上げてこあが言う。
別の世界ですって? 転位ではないとしたら、別の世界を無理矢理見させているということだ。
「う、が、えぐぉ、ぉ、あぁあっ!! ぐ、ぎ……う、ぁぁ―――あぁああぁあああぁぁぁあぁあぁあっ!!」
魔理沙がこの世のものとは思えないような断末魔を叫ぶ。そして、ぷつんと、糸が切れた人形のようにだらりと力の抜けた魔理沙が上から落ちてきた。
魔理沙は受け身を取ろうともせず、そのまま地面に叩きつけられる。何とか力を入れて立ち上がろうとするが、力が入らないのか四つん這い状態だ。
「うぅっ!! おぉ、ぐえぇ、がぶご、お、ぉおぉ……」
顔色が青くなったかと思うと魔理沙は胃の中のモノを口からぶちまけた。しかもただ嘔吐しただけでなく、血も混じっている。
「まだ抵抗する力が残っていますか………人間を止めて、ちゃんとした魔法使いになれば、間違いなく最強の部類に入れるというのに、もったいないですね。もし生きていたら、本気で勧めてみましょうか、その方が長生きできますし、その方が嬉しいですよね? パチュリー様」
こんなに死にかけの魔理沙を見てもこあは笑顔を浮かべ普段と同じように私に話しかけてくる。こんな狂った状況でもまったく変わらない彼女に、私は背筋が凍った。
「アナタは………誰なの?」
「何を言っているのですか? あなたの使い魔の小悪魔ですよ」
「ウソよ、ウソよ………私が知っているこあは……悪魔だけど、優しくて、いつも私を心配してくれて、お茶を入れてくれたりお菓子を作ってくれたり、そして一緒にお茶をして、笑いあえる、私の……私の大切な人なの。だから、もうやめよ? こあ」
「…………申し訳ありませんがその願いに応えることはできません。あなたが知っているのは私の光だけです。だから今宵、知ってください。私の闇を、血と狂気に塗れた、醜い悪魔の姿を」
何故か、とても悲しそうな顔をして言うこあ。
「こあ……」
私が言っても彼女は聞いてくれなかった。使い魔が主の命令を無視したのだ。
「はっあ! く、……う、おおぉぉ!! ぱちゅ、りー……コイツ、は……本気で、ヤバい。まさしく、悪魔……バケモノ、だよ」
フラフラになりながらも立ち上がって、私の横に来て告げる。彼女はバケモノだと。
「……まったく三七六回も死んでまだ立ち上げる元気がありますか。いったいどれだけ図太い神経をしているのですか、あなたは?」
三七六回も死んだって、どういうことなの? 魔理沙は現に死にそうだけど、ちゃんと生きている。死を見せる術、もしかして、これって!
「へへ……神経の図太さには自信があるぜ。それにこれくらい……気合と、根性で、どうにか…なる!」
「はぁー……あなたは私が最も苦手なタイプの敵だ。理論や考えず直感や感情で戦う。やはり慣れませんね。魔理沙さんのような熱いタイプとの戦いは」
「世の中、お前みたいな……頭フル回転戦法より、私の戦い方の方が……面白いだろ? 予測、不可能…でさ」
「くくく、面白いですがゴメンですね。行動が読みにくい相手と戦いは実に不快なのですよ。私の考えた通りに動かないというのは……許せないのですよ」
「お前……嫌な、性格…してるなぁ」
「魔理沙さんだけには死んでも言われたくないですね。本当にあなたと話すと余計なことを喋りすぎてしまう。では残り六二四回、死んでいただきましょうか」
そうこあが言った瞬間、魔理沙の顔色が変わる。
「おい、やめろ! 待―――――」
「三七七、失血死。血を失い、体が冷え、死が刻一刻と迫る恐怖を味わいながら死ね。」
こあが死の宣言を言った。そして私の前にいた魔理沙がぐたりと倒れた。
「魔理沙! ちょっと、魔理沙!」
「ぁ、ぁ…ぱちゅりー……助け、て」
本当に小さな声で魔理沙は助けを求めて、手を伸ばす。
だけど、私がその手は私に届くことなく、力が抜け、だらりと落ちた。
3
魔理沙は気を失い、図書館には異常な静寂が訪れた。今ある音は時計の秒針と微かに流れる風の音だけだ。
「………終わりましたね。これで終わりました、私の勝ちです。これで図書館は守れましたね」
その静寂を壊したのはこあ本人だった。
「……勝った。ですって? あなた本気で言ってるの? こんなの……酷過ぎるわ! やり過ぎよ、魔理沙、こんなにボロボロになって……」
「やはり、パチュリー様ならそう仰ると思いました。あなたは魔女なのに優しすぎますから」
「それは私の台詞よ! 優しいのはあなたでしょ? それに今まで戦いの中で使ってきた魔法、あんな私が見たことがない魔法ばかり、こあ、あなたはいったい……」
「時間もありますし……全てお話しますよ」
すっとこあは目を閉じる。そして目を再び開いた時にはいつもの綺麗なルビー色の瞳に戻り、普段の微笑を浮かべていた。
そして無造作に倒れている魔理沙をきちんと寝かして、私に向き直った。
「さて、何から聞きたいですか?」
「まずは魔理沙に止めを刺した魔法。あれは幻術の類で間違いないわね? そしてその術を受けた魔理沙の安否は? ちゃんと目を覚ますのよね?」
「えぇ、大丈夫なはずですよ。術の威力はできる限り下げています。とは言ったものの、三日は気を失ったままでしょうから」
「よかった、じゃあ魔理沙は無事なのね」
とりあえず一安心だ。図書館の本を勝手に、いっぱい持っていく困った子でも、彼女は私の…友達なんだから。こんな殺し合い何かで死んでほしくない。
殺し合い、か。そうだ、魔理沙とこあの戦いはスペル戦のようなルールなんてなかった。墜とすか、墜とされるかの戦いだ。美しさなんてない、こあの銃も魔理沙の槍も、ただ、戦いのために作られたものだった。
だけど、魔理沙もこあも、どうして、スペル戦に必要ない武器を持っていたのだろうか? 単なる偶然なのかしら? でも今更気にした所で仕方ないわ。
「……次の質問。あなたの魔法とその武器の専門知識(スキル)はどこで覚えたの? 図書館の蔵書に、あんな魔法や専門書はないわ」
「魔法は独自に私が開発したものです。そしてその最高傑作が空間転位と幻術魔法です」
やっぱりあれは幻術だったのね。幻術発動の鍵は、こあの赫い瞳だろう。魔理沙はその瞳を見た瞬間からおかしくなったのだから。
「もう分かっていると思いますが『千の死を』は読んで字の通り千回死んでもらいます。幻術なので実際に千回死ぬわけではないですが、精神世界で感じる痛みは現実のそれと何ら変わりありません。魔理沙さんもこれには絶えられなかったようです。もっとも、耐えたら、もう人間ではなくバケモノですが」
「ふ~ん、私に内緒でそんな魔法を開発していたのね」
私はジトーとした目でこあを睨みつける。
「そ、そんな顔しないで下さいよ~。内緒にしたのは謝りますから」
「じゃあ、その魔法をきちんと本にして纏める事、拒否権はないわよ」
「ふぅ。分かりましたよ」
やれやれといった風に肩をすくめてこあが諦めたような笑みを浮かべる。
「もう一つよ。武器の専門知識の話を」
「そうですね……何から話しましょうか。パチュリー様、九〇年ほど前、私を使い魔として呼び出した時のこと覚えていますか?」
「え? え~と、その、凄い喜んだことしか、覚えてないわ」
九〇年前、私がまだまだ子供の時、魔女として余りにも未熟な時代だ。だけど、そんな未熟な時によくこあのような優秀な使い魔を召喚出来たものだと、今考えると不思議に思う。あんな、付け焼刃のようないい加減な魔法で上手くいくものだろうか?
「私がパチュリー様の使い魔になる前の、私の過去を、パチュリー様は、もちろん知りませんよね?」
「うん……知らない」
言われてみたらそうだ。私は彼女のことを大切に思いながら、彼女のことを、何も知らないじゃないか。我ながら酷いわね。大切だ、大切だと思いながら、本当は何も彼女を、こあのことを知ろうとしなかった。心のどこかでただの使い魔と思っている自分がいた。
そして、そう思っている自分を、私は許せない。私は彼女の事が好きなのに。何も知ろうとしていなかった。最低の主ね。
「気にしないで下さい。主が使い魔のことを気にするなど、普通はあり得ないことです。なのに、パチュリー様は主として、とても優しい、優しすぎる人でした。だから、私のことは気にしないで下さい」
私の心を読んだかのように包み込むような声で、私に言ってくれた。気にしないで、と。
「ごめんなさい、ごめんなさい、こあ」
自分が惨めに思えてきた。私は主失格だ。
「謝らないで下さい。私はパチュリー様の使い魔になって、とても幸せですから。昔は今では想像もできないくらい、酷かったですから……」
「むかし?」
「えぇ、私の過去の話をしましょうか。私が持っているこの力の話を」
「こあの、過去?」
「そうです。そもそも私は普通に生まれた命ではありません。人の手によって造られた、偽物の命です。まずは私がどれだけ醜い存在なのかという説明から始めましょうか」
造られた命? どういうことなの? 今の話だとまるで自分が人造生命ただと言っているようなものじゃないか。そんなのあり得ない、あっていい筈がない!
それになんなの? 自分の存在がいけないような言い方は。
「だけど、実際にあり得たんですよ。それが私という存在です」
「ウソよ! 命を造り出す魔法なんてこの世のどこにもないわ。仮に、もし、仮にあったとしてもそんな生命の根本を覆す魔法は、超級の危険物としてとっくに処分、もしくは封印されてるはずだわ」
そうだ。魔法で命を造るなんてできるはずがない。この何もかも受け入れる幻想郷でもあっていい筈がない。
「幻想郷ではなくても、他の世界だとあり得るんですよ。魔界ならね」
「魔界……ですって?」
「そうです。もう数百年前も昔の話でしょうか。当時の魔界は大きな二つの派閥に分かれて魔界全土を巻き込む大戦争をしてました。しかし、戦争しようにも魔界の者は『魔』名の通り個人個人がレミリア様レベルの力を持つ人ばかり。最低レベルの悪魔でも相当な力を持つ。そんな力を持つものが一斉に戦えば魔界は滅んでしまう。それはどちらも分かっていました」
「魔界で……そんな大戦が」
私も魔界の存在は知っている。私は実際に行ったことはないが、少し前に魔理沙や紅白、そして山の現人神が、超弩級時空航行戦艦『星蓮船』に潜入し、ごく最近魔界に行っているのだ。
魔理沙にその異変の話を聞いた時は戦争の話は何もなかった。だからこそ、こあの話は本当に、私が生まれるより前の話となる。
だけど、今の話にはおかしな点がある。この図書館にある魔界に関する歴史書にはそんな大きな戦争があったという記しはなかったはずだ。それとも、まだ図書館には蔵書されてない、その戦争を纏めた歴史書が存在するのだろうか?
「こあ、その話が本当だとすると、かなり大きな戦争よ。昔の話とはいえ、そんな大きな戦争なのに歴史書が一つもないのはおかしいわ」
「その通りです。実際には戦争をしていません。いや、していたけど公にされなかった。と言った方が正しいかも知れません」
「公に、されなかった? どういうことなの」
「先ほども言った通り、魔界人が戦争すると魔界そのものが崩壊してなくなってしまう。戦争したくてもできない、お互い睨み合ったままの冷戦状態が続きました」
「でも、冷戦でも普通は記録が残っているものでしょ?」
この過ちを再び繰り返してはいけない。という人の歴史として当然、戦争などという大きなことは間違いなく後世に残るはずだ、残さないといけない。
だが現状は、そのような歴史書は一冊もない。何故なの? 何か書けない事情があったのか?
「その記録についてはまた後ほど語ります。問題は戦争の硬直化でした。この状態がずっと続いたらどちらもすたれてしまう。だけど、双方とも和平を結ぶ気はないと来ました。そして……上が考えた作戦は、暗殺に特化した、相手側の首脳を殺すことだけを目的に考えられた、人造生命体を造りました」
「な!? まさか!」
「そう、それが私です。私の体は一切無駄も許されない、完璧な生体生物兵器(バイオ・ウェポン)として造られました。しかも私を開発したチームの努力の結晶として同胞を殺す力『悪魔狩り(デビルハント)』という能力のおまけつきです。研究員は私を『Bio Organic Weapon』、略称『B.O.W codeDC-77』と呼び、まるでモノのように扱った。名前はくれませんでした。実際彼らにとって私は殺すための道具でしかなかったのでしょうから名前も必要なかった訳です。私自身もそう思っていました。私は道具だ、殺すために生まれた存在だと。そして私は殺し続けました。敵側の首脳たちを。政界の閣僚を、高慢な貴族を。そうやって七七人も殺してきました。そう、『codeDC-77』の数字は私の殺す人数だったんですよ。ヒトを殺す。それだけのために私は造られました。これが……本当の私です。だから重火器に関する知識は魔界時代に叩きこまれたものなんですよ。分かっていただけましたか? 私の力を。そしてどれだけ最低なクズ野郎かということが」
「ウソよ……こんな、こんな真実って……」
「……そうですよね、信じろという方が無茶かもしれませんが、これが、私と言う存在が歩んできた、汚れた道なんですよ。先ほどの答えですが、私のようなものを大量に作ったなんて口が裂けても言えないから、戦争に勝った我が方は、この戦争自体をもみ消したんですよ。だから歴史書に無いんです」
私は立っていられなくなりその場に崩れ落ちる。
こあが……こあが、単なる人殺しのための生物兵器として造られたなんて。私のために全てを尽くしてくれた彼女が七七人も殺しをやった? 何か悪い冗談に決まってる。
こあは悪魔だけど悪魔じゃない。だって、私にいつも優しく、天使のように微笑みかけてくれるのよ! 喘息が酷くて倒れている時も、涙を浮かべてずっと傍で看病してくれた。
そんな優しい娘が、殺すためだけの存在なんて認めない! 認められる訳が無い。
「ねぇ、こあ? 今言ったことはウソよね? ぐす、そんな話…ひっく、私を驚かす為に作った、意地の悪い物語でしょ?」
ダメだ、堪えようとしても涙が溢れてくる。
泣いちゃダメ。泣いたら、こあが話したことを、認めたことになってしまうから。笑わないと、笑って、こんな冗談を主に言うなんてお仕置きが必要ねって軽い冗談も混ぜて、言わないと。
「―――――ッ!! パチュリー様!」
私の泣き顔を見たこあが、ぎゅっと、強く、とても強く私の体を抱きしめる。
「ね? ウソよね? 主にウソをつくなんて……ぐすん、いけない娘ね。でも今言ったことをウソと認めるなら許してあげるわ、だから嘘だと言って………嘘って、言いなさいよ!!」
「…………………ごめんなさい」
「―――――ッ!! ァ、ァァ―――」
何度言っても、怒鳴ってもダメだった。嘘でもさっきの話は冗談だと言ってほしかった。
だけど、彼女は謝罪と言う名の肯定一言を放った。
ワタシハヒトヲコロスタメニツクラレタヘイキデス
彼女は無情に私の願いを打ち砕いた、ぶち壊した。そして私にはこの悪夢のような現実を認める道しか、残っていなかった。
4
どのくらい時間が経っただろうか? 私はずっと泣いていた。こあの生まれた理由が悲しくて、理不尽で、信じたくなくて、認めたくなくて、泣き続ければ嘘だと言ってくれるかもしれないという、子供のようなバカな幻想を抱いてして。
だが、現実は残酷だ。こあは泣き叫ぶ私の頭を撫で、ずっと抱きしめていてくれたけど、出生の話を嘘だとは言ってくれなかった。
こあが言ったことは全て紛れもない真実。嘘がないものを否定することなど、私にはできない。
「ごめんなさい。優しいアナタのことだから、こうなると思って今まで黙っていました。ですがそれが裏目に出たのかもしれませんね」
「こあ……ぐす、こあ……」
「泣かないで下さい、パチュリー様。心配しなくても、私はここからいなくなりますから」
「え?」
ここからいなくなる? どうして、どうしてあなたがいなくならないといけないの?
「やはり人殺しの道具(キラーマシン)といるのはパチュリー様にはよくないでしょう。現に私は魔理沙さんを殺しかけました。血が騒いだんです、戦うことが楽しい、堪らない、この上ない快楽だと。戦っている時は戦闘欲に飲まれそうになる自分を抑えなければいけないのに、私は真逆のことを、超級武器を出して魔理沙さんと殺し合っていたんですよ? こんな危険な使い魔を身近に置いておく訳にはいかないでしょう?」
「そんなこと……そんなことない!」
「ですが、アナタは戦っている私の姿を見て、恐怖に近い感覚を感じたはずです。違いますか?」
「そ。それは…」
否定……できない。
私は怖かった。魔理沙と戦う小悪魔が、巨大な凶器を取り出すたびに、戦っている最中に笑みを見せたり、巨大な魔法を使ったり、私と住んでいる世界が違う、まるで今まで隣にいた彼女が赤の他人に感じる違和感。それが私は堪らなく怖かった。
「……ですよね。その反応が通常なんです。だから私はここから、アナタの前から姿を消します。安心して下さい。アナタの前に殺人兵器がいるのは、あと少しの時間だけですから我慢して下さいね」
「ま、待って! どうして私の前からいなくなるなんて」
「その方が安全だからですよ。先ほどの戦闘で私は自分自身が怖くなりました。もう殺しのことは忘れたつもりだったのに、一つも忘れてなかった。それどころか、殺しを楽しんでいた。このまま私がパチュリー様と一緒にいるとまたこんな殺し合いを見せることになるかもしれない。それどころかパチュリー様が誰かを殺してしまうかもしれない。そんな姿を私は見たくありません。だから私はこれを最後の殺し合いとします。図書館の防衛任務、これが私の……最後の任務(ラスト・ミッション)」
「そんなこと勝手に決めないで! 私は、私はこれからもずっと……あなたと一緒にいたい! 私の使い魔はあなたじゃないとダメなの! だから、ね?」
私の隣にこあがいない生活なんて考えられない。あなたは何十年私と一緒にいたと思っているの? いまさら出ていくですって? そんなの絶対に許さないんだから。
「……それでも、私はアナタの周りに危害を与えたくないんです。ご理解下さい、パチュリー様」
「そんなのなっと――」
「納得できる訳ねぇよな? そんなあるかもどうか分からない曖昧な理由で、勝手に自分のご主人様を一人ぼっちにしてんじゃねぇぞ!! この大馬鹿野郎! お前には、まだまだやるべきことが残ってるはずだぜ? なぁ、小悪魔さんよ」
声が響いた。このやる気に満ち溢れた暑苦しい、少し生意気で喧嘩腰な、その可愛らしい見た目とは正反対な男口調。
こんな喋り方する人を、私は一人しか知らない。
「歯ぁ食いしばれよ! 魔理沙さんのお灸は……死ぬほど痛いからな!」
「ば、馬鹿な! そんな……ありえん、あり得ない!」
こあがたじろいでいる間にも白黒の少女は足に魔力を集中させて高速でこあに近づこうとしている。
そして、ゴン! と轟音が響いたとともに二〇メートル以上離れていた距離を音速の如く一瞬で詰めて、
「自分の主のことも少しは……考えろ!!」
「ごぶはっ!?」
その雄叫びとともに突き出した怒涛の右ストレートがこあの顔面に突き刺さり、こあは五メートルほど後ろに飛ばされた。
「さぁて……私はきっちりと千回死んできたぜ。次はどうしようかぁ? って、決まってるな。まずは自分の主ほったらかしのうえ、ガン無視で出ていこうとする、馬鹿な悪魔のお仕置きからだ」
そう言って指をポキポキ鳴らすのは、白いブラウスに黒をメインとしたサロペットスカートのような服に、純白のエプロン姿。そして大きな黒い帽子。誰が見ても魔法使いと答える魔法使いを絵にしたような少女、霧雨魔理沙がいた。
さっきまで死にかけで、ボロボロだったはずなのに、余裕の笑みを浮かべて、魔理沙は私の目の前に立っていた。
5
「まり、さ?」
「おうパチュリー! 地獄の底から帰ってきたぜ! だけど今回は私の負けだ。本は諦める。てか本を盗もうとするたびにこんな目にあってたら命がいくつあっても足りないから、素直に借りるだけにするぜ。今まだ盗んだ本も今度返しにくるよ」
私の横に立ち、魔理沙は爽やかな笑顔を浮かべて言う。
「え? う、うん。ありがと……じゃなくて! そう思うんだったらもうもう止めなさい! これ以上戦っても無駄、何の意味もないわよ!」
もう魔理沙は負けを認めた。だからもう戦う必要はない。なのに、魔理沙はこあを殴り飛ばして、戦おうとしている。
「言ったろ? 私は馬鹿な悪魔にお仕置きするって。このままじゃお前を悲しませることになるからな。だから私は、お前がそうなる前に、小悪魔に思い直させる」
「人間風情が……何を偉そうに」
殴られた鼻を押さえながら、ふらふらとこあが立ち上がる。その目に浮かぶ色は、怒りの色だった。
「アナタに何が分かるんですか! ただ本を盗んで、好き勝手暴れていくだけの小娘に、私の何が分かるんですか!」
「……そんなお前の気持ちなんて私に分かる訳ねぇだろ。だけど、だけどな、こんな私でも分かることがある! お前の居場所はここだ。お前は絶対にパチュリーの横にいなくちゃいけないんだよ! お前がいなくなったらパチュリーがどうなるか分かるだろ?」
「パチュリー様には悪いと思います。だけど私と実際に戦ったアナタなら分かるでしょう? 兵器である私がパチュリー様の近くにいたら、どれだけ危険か! やっぱり私は、この世にいちゃダメだったんですよ。兵器は兵器らしく、あの時、処分されとけばよかったんです」
これが、こあの本当の気持ちなんだ。兵器として生まれた彼女が、急に召喚されて、私と一緒に暮したのは、とても不思議だったと思う。だけど今までの私と彼女の生活はとても楽しくて幸せだった。
こあに出会うまで、私は本当に一人ぼっちだった。そんな一人だった私を救ってくれて今までずっと一緒にいてくれた。私が紅魔館に訪れたのも彼女の助けがあってこそのことだ。
もう私が言うべきことは決まっている。私はこあと一緒にいたいから!
「そんなことない!」
私は大声で叫んだ。少しこあからは離れた所にいたけど、そんなの関係ないくらい大きな声で叫んだ。
「ぱ、パチュリー様!?」
こあが驚いた表示を浮かべる。
「アナタは兵器なんかじゃない! だって兵器は笑ったり、怒ったり、そして……今みたいに、悲しい顔はしないもの。それに、兵器だとしても、私はあなたとともにいる。そもそもあなたにとって私は、兵器だと分かればすぐ捨てるような酷い女に見えたのかしら?」
「は、え? い、いや、そんなことありません! 私にとってパチュリー様は……大切な、この世で一番大切な人ですから」
「だったら――――」
「だからこそ! 私はアナタと一緒にいちゃいけないんです! 私は人殺し。私みたいに血で汚れたものが、そもそもパチュリー様に仕えるのが間違っていたんです。パチュリー様には、殺しや血のない、平和な世界で生きてほしいから」
「自分勝手な考えもいい加減にしなさい! 主人が一緒にいてほしいって言ってるのよ? だったらそれに応えるのがアナタの役目でしょ? こあにとって私はこの世で一番大切な人だって言ってくれた。それは私も同じなんだから! 私は世界で一番アナタが好き! だからずっと私一緒にいなさい」
「な!? え、ちょ! ぱ、パチュリー様!?」
こあが素っ頓狂な声を上げる。
うぅ~。勢いで言っちゃったけど、ヤバい、どうしよう? 『私は世界で一番アナタが好き! だからずっと私一緒にいなさい』だなんて何て恥ずかしいことを私は。言うならもっとロマンティックにて決めてたのに! 私のバカ!
「ですが……しかし。あ、今のは嬉しかったですが……」
私の告白を聞いても未だにこあは納得しない。こあは私と同じで少し頑固なところがあるけど、まさかここまで強情とは。変なところが似てしまったものね。
「……ハァ~。この頑固さは誰に似たんだ? 愛の告白を聞いてもここまで動かないとは、どれだけ頭硬いんだよ?」
魔理沙が呆れた口調で言う。
「それは……言わないでちょうだい」
「ま、いっか。さて、この頑固者には言葉で言っても分からないみたいだからな……拳で分かってもらうしかないよな!」
「ちょ、ちょっと!」
話してダメなら殴り合いって、いくらなんでも短絡的過ぎでしょ?
「こういうタイプはこっちの方が早いんだ……っよ!」
そう言った矢先、一気に間合いを詰めてこあに回し蹴りを放つ。
こあはなんとか腕を上げてガードし、頭部への直撃を回避する。
「い、いきなり何を!?」
「いや、少し頭をシェイクしてやったら思い出すかなって思って。お前言ったよな? 『私はパチュリーに一生仕えますよ。』忘れたとは言わせないぜ」
「そ、それは……」
こあの顔が歪む。そうだ、こあは私に一生仕えると言ったじゃないか。こあの答えは始めから出ていたじゃないか。
「オラッ! 他のこと考えてると隙だらけだぞ!」
「く、っあ! がは!」
魔理沙はこあの一瞬の隙を逃さず、腹に蹴りを入れる。
「そんなのでお前はパチュリーを守れるのかよ! お前はこんなもんじゃないだろ?」
「くっそ! 私は、私は!」
「守れる訳ないよな? 今のお前は自分のことしか考えてないからだ! パチュリーのことは何も考えてないからだよ! そらッ!!」
壮絶な勢いをつけて、再びこあの顔面を殴り飛ばした。
ガードも出来ずにこあは大きく後ろに飛ばされる。
「これが最後だ。しっかり受けて頭冷やせよ!」
「くそ……体が……動かない」
殴られた顔を押さえながら膝をついてしゃがんでいるこあに、追い打ちを掛けるよう魔理沙は顔面を蹴り上げた。蹴られた勢いで後ろに倒れそうになるこあの肩を掴み無理矢理立たせる。
「終わりだ!!」
そして、魔理沙は渾身の頭突きを放とうとするが、
「それは……こっちの台詞ですよ!」
こあも最後の力を振り絞って魔理沙の方に頭を振った。
ゴチン! と、とてもいい音が図書館全体に響き渡った。
当たり前と言えば当たり前だが、二人ともかなりの勢いで頭をぶつけたのだから軽い脳震盪になってもおかしくないはずだ。
だが、ダウンしたのは魔理沙ではなく……こあの方だった。
「私の……負けですね」
「あぁ、だからパチュリーと一緒にいてやってくれ。それに、本当は一緒にいたいって言っただろ? だから、な?」
「……だけど、私は……どうすれば?」
「ハァ~。お前実は馬鹿なんじゃないのか? もうお前の答えは出てるだろ? いい加減に素直になれよ。お前はどうしたい? 本当はずっと一緒にいたいんだろ? だったら自分を兵器だと思って諦めるな! もっと頑張ってみろ、足掻いてみろ! 自分の過去にビビって逃げるんじゃねぇ! 自分は兵器じゃない、ただ一人のかよわい女の子を守るために仕えるナイト様だってな!」
「……………ふふふ、ははは、あはははは! そうですね、魔理沙さんの言う通りだ。私は何を怖がっていたんだ。そうですよね、私はあの時誓ったんだ。私を暗い闇から救ってくれた小さな女の子を守るって。どうして……今まで忘れていたんだろう?」
すぅっと、こあがとても清々しく、美しい、天使以上の、女神のような笑顔を浮かべる。
「魔理沙さん感謝します。私はとても大切なことを思い出しました。感謝はしますが……さすがにヤリすぎじゃないですか? 正直言わせていただきますと、死ぬほど痛いんですよ。今も頭がガンガンしていますよ」
「はは! それは私も同じだよ。そもそもお前まで私に向かって頭突きしてくるのが悪いんだぞ? まったく、私だけが痛い一撃をブチ込むつもりだったのに」
「ははは……。私も元悪魔狩り(デビルハント)としてのプライドがありますから、ただ負ける訳には、いかないんですよ」
やっぱり戦闘のプロとして、魔理沙みたいな素人に負けるのは嫌なようだ。
「たいした奴だよ、お前は」
「それは、あなたですよ、魔理沙さん。もう人間を止めて魔女になられたらどうですか? 私は本気でそう思いますよ」
「生憎、私は人間として生涯を全うするつもりだ」
「そうですか、それは残念です。では、私は少し眠らしてもらいます。体にガタが来ているので」
「起きたら、ちゃんとパチュリーにどうするのか、言ってやれよ?」
「えぇ……分かっています。ハッピーエンドになることを、祈っていて下さい」
「それはできないな。未来は自分の手で切り開くものだぜ!」
「…………その言葉、私の胸にしっかりと刻ませてもらいました」
そしてこあは目を閉じて、まるで、死んだかのように動かなくなった。
「こあ? こあ!?」
不安になりこあ近くに駆け寄る。だけど、私の心配は杞憂に終わり、こあは本当にただ泥のように寝ているだけだった。きっと魔力の使い過ぎによる、一種の気絶に近い状態だろう。
「心配掛けさせないでよ、バカ」
私はもう一人の少女、魔理沙の方を見る。よく見ると魔理沙もさっきの頭突きが効いたのか、頭から血を流している。血の氷柱が刺さっていた肩も、完全に治っている訳でない。
「魔理沙、その傷、大丈夫なの?」
「ん? あぁ、これくらいなら問題ないぜ」
「そう、だけど……念のために、ね?」
私は魔理沙の頭部に治癒魔法を掛ける。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
「どうして……私のために、こあを引きとめたの?」
「……それか」
魔理沙は今回は敵だった。この図書館を侵略してきた、私にとって忌むべき敵のはず。それに間違いはない。
なのに、魔理沙は、こあが私の元から離れようとした時、全力で説得して、少し強引なやり方だけど、こあを止めてくれた。千回も殺される幻術などを掛けられ、散々酷い目に遭ったのに、魔理沙は私を助けてくれた。
「ねぇ、どうして?」
「理由なんているのか?」
「え?」
「確かに私は今日小悪魔の挑発に乗って図書館に暴れにきたよ。けど今回は違った。私を倒した気になっていた小悪魔は『自分は兵器でパチュリー様とは一緒にいれないんです』とかほざいてお前から去ろうとした。そのときのお前はこの世の終わりみたいな顔をしてたぜ。今にも泣きだしそうだった。だから放っておけなかった。ただそれだけだよ。理由なんてない。助けたいって思っただけだ」
「それだけで……こんなボロボロになるまで」
「当たり前だろ。私が救いたい、助けたいって思ったのが友達だったら、助けるに決まってるだろ? あのままじゃパチュリーが正真正銘の引きこもりになっちまうからな。それに主人のためとか言って逃げようとした、小悪魔には本気で腹が立ったけど、今思うとやり過ぎたかもしれない」
「ヤリすぎは否定しないわ。ここまで戦って蔵書に被害がなかったのは奇跡だわ。屋根に大穴は開いたけど」
こあが撃ったライフルが作った、地下から空まで見える大穴、この修理どうしよう?
「それは咲夜が何とかしてくれるだろう。それよりパチュリー」
「なに?」
「私ももうダメだ。体力切れ」
そう言った瞬間、魔理沙はこてんと倒れた。私は恐る恐る魔理沙に近づき確認する。案の定、魔理沙のこあと同じように、睡眠、もとい気絶していた。
「とりあえず……一件落着、なのかしら?」
壮大でとても危険な戦闘をした二人の勝敗は、どちらも気絶、引き分け、ドローと言う形で終わった。
それよりも、早く応援を呼んで図書館の修復と、この二人をベットで寝かしてあげないと。
終章 永久にあなたと
こあと魔理沙が大戦闘を繰り広げた、図書館防衛戦『図書館戦争(ライブラリーウォー)』(命名私)から三日たった。
実質的に図書館に被害はなし。こあと魔理沙がお互いに少し怪我をしただけで済んだ。
怪我はたいしたことなかったけど、二人とも魔力の使い過ぎで、三日たったのにぐっすりと眠っている。
それにしても、二人が気を失ってからは大変だった。私だけじゃ二人を運ぶこともできないので、咲夜を呼んだが、おまけにレミィまでついてきて、図書館の惨状を見た瞬間、レミィは気を失いそうになっていた。
二人をベッドルームに移してから、咲夜&レミィのスーパーお説教タイム。これ以上紅魔館を潰すなや、仕事を増やすな、など、散々、耳にタコが出来るくらい言われた。
私はベッド横の椅子に腰かけて二人の寝顔を三日間眺めている。あの時戦っていた顔が嘘のような、穏やかな寝顔を二人ともしていた。
そもそもこあの寝顔を見るのは初めてかもしれない。私たちは人間と違い、基本的に睡眠を必要としないのだ。
「まったく。最初は魔理沙が大怪我したって聞いたから死ぬほど心配したのに。パチュリーは大袈裟なのよ。その知らせを聞いた時は本当に私心臓を握られた気分だったのよ?」
「ごめんなさい。そんな大袈裟に言ったつもりなかったんだけど……アリスには迷惑かけたわね」
私の横で悪態をつく、私よりも少し高い身長をした、少し短いがとても美しい絹糸のような金色の髪を持つ少女、彼女は私と同じ、魔法使いである、アリス・マーガトロイドだ。
なにしろ今回私が一番怒られたのはアリスからだ。いや、怒られたというより、殺されかけた。
魔理沙が戦闘で大怪我をしたという知らせをマーガトロイド邸に送ってわずか十分でこの図書館に到着。そして私に詰めより「私の魔理沙に何しやがったこの紫もやし。大怪我させた理由、私が納得するように一から十まで喋ってもらおうか」と私の胸ぐらを掴み上げて鬼の形相をしていた。正直マジで殺されるかと思った。
私は必死に死にもの狂いでアリスに説明をして、何とか納得してもらったが、今度は何故図書館を守るだけどこんな大戦闘をしなければならなかったのかとお説教を食らい、私がアリスから解放されたのは六時間経ってからだった。
アリスが何故魔理沙のことになると、ここまで人が変わるにわ訳がある。アリスは魔理沙の彼女さんであり、魔理沙と二人っきりの時はべったべたの甘々になるそうだ。これは魔理沙から聞いた話だ。そのノロケ話を聞かされた私の心境は言うまでもない。
アリスもアリスでこの前『魔理沙は私の嫁だ!』とか訳の分からないことを叫んでいた。それを聞いている私の気持ちを考えて欲しいものである。
「ん……あ、ぁ?」
ベッドで寝ていた魔理沙がうっすらと目を開ける。
「魔理沙! 怪我は大丈夫なの? 気持ち悪いとかない?」
「ん? ……………今日日曜日!」
意味不明な叫び声を上げて魔理沙が飛び起きた。あと今日は日曜日じゃないわよ。
「ここはどこ? 私は魔理沙。……ん? なんで私はベッドで寝ているんだ?」
「Good morning魔理沙。随分と幸せで爽快なお目覚めね? じゃあ今から三日前の事を思い出してみなさい」
目覚めた魔理沙にアリスは女神のような笑顔を浮かべている。浮かべているのだが、どこかおかしい、笑っているのに異様に怖い。そう、目が笑っていない&額に青筋が浮かんでいる。そのおかげで珍妙な怖い笑顔が完成している。
「あ、あれ~? アリスさん? どうしてそんな怖い顔をしているのでしょうか? 魔理沙さんはまったく分かりません。ひとまず落ち着きませんか?」
「私は落ち着いているわよ。氷のようにクールだわ」
「クールと言うより、コールドだぜ」
「そんなことはどうでもいいのよ! なんでアンタは図書館に行っただけで戦争を始めるよ!? バカじゃないの? それに怪我までして、顔に傷つけたらどうするつもりだったのよ?」
「いや、怒らないで!! 私は喧嘩した訳じゃないぜ。今回は人助けだぜ、人助け! 私は今回悪いこと何もしていません!」
「そんなこと知ってるわよ! 全部パチュリーから聞いた。別に助けたことを怒ってるんじゃないの。毎回毎回心配掛けさせて、少しは私の気持ちも考えなさいよ……バカ魔理沙」
「……ごめん」
「分かればいいのよ。だけど、物分かりが悪い魔理沙ちゃんには少しお仕置きが必要に」
「え!? イヤ、それだけは勘弁して! 助けて魅魔様!」
いつも通りのアリスと魔理沙の騒がしいやり取りだけど、私は知っている。アリスがどれだけ魔理沙を心配して、必死で看病していたかを。
ベッドに寝ている魔理沙を見た瞬間アリスはこの世の終わりのような顔をして、寝ている魔理沙に泣き叫んでいたアリス。
それから今まで一睡もせず、ずっと看病していた。
何故魔理沙にそのことを言わないのかと聞くと、「恥ずかしいし、なんだか恩着せがましいから、別に言う必要ないのよ。この娘が無茶をするのはいつものことだから。ホント、何かあるたびに心配かけさせるんだから。だから放っておけないのよ」と、まるで母親のような微笑みを浮かべながら言っていた。
「ごめんなさい、パチュリー。今回はウチの魔理沙が迷惑を掛けたわね」
「別に気にしないで。そもそもの発端は私たちにあるんだから」
「そう言ってくれると助かるわ。ほら魔理沙、帰るわよ」
「え? もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「私は魔理沙にお仕置きをしないいけないから。また今度お茶しましょう。それじゃあね」
「うぎゃああああ!! パチュリー! 助けてくれ!」
「………ご愁傷さま」
「薄情者おおおおおお!」
魔理沙の悲痛な叫び声が響くが、アリスはそんなのお構いなしに、ずるずると魔理沙を引っ張っていき、扉を開いて、マーガトロイド邸へと帰っていった。
「だいたいね、魔理沙は見境なく、誰でも助けるからいけないのよ! それで助けた人はみんな可愛い女の子ばっかりときた! この色情魔法使い!」
「おいおい酷い言われようだな? 私は正義を行っただけだぜ?」
「それはそうだけど……それじゃあ助けてもフラグを立てないこと。これが条件。魔理沙はフラグ立てて良いのは私だけ。いいわね?」
「はぁ? 何言って――――」
「い・い・わ・ね?」
「……はい」
扉一枚など何の役にも立たないわね。二人のやり取りが丸聞こえだ。もう少し音量を下げて欲しいものね。痴話喧嘩なら余所でやってちょうだい。それと私とこあは魔理沙に対してなんのフラグも立ってないわよ、アリスさん?
「………あの二人がいるだけで、随分と騒がしくなりますね」
「うひゃう!? こ、こあ! あ、あなた起きてたの!?」
「あれだけ騒がれると、嫌でも目が覚めますよ。と言っても、本当に目が覚めただけで、体は殆ど言うことを聞きませんがね」
そう言いながらこあは無理矢理起き上がろうとする。その動作は錆びた人形を無理矢理動かしたような、今にも壊れてしまいそうな動きだ。
「ちょ、ちょっと!? 自分で動けないって言ってるのに何で動こうとするのよ? 今は大人しく、ゆっくり寝て体力回復して元気になりなさい。あ、ちなみにこれは命令ね」
「命令なら……仕方ありませんね。すいません、パチュリー様。従者が主人の手を煩わすようなことを」
「気にしないで。普段は私ばっかりこあに迷惑掛けてるんだから」
「そう言ってもれえると……助かります」
「…………………」
「…………………」
言葉が続かない。本当はもっと色々こあに聞きたいはずなのに、言葉が上手く出ない。実際に話そうとすると話したいことが沢山頭の中をぐちゃぐちゃに暴れまわって、何から話せばいいのか分からなくなる。
「………パチュリー様は私に聞かないんですか?」
「え?」
「私が……どの選択肢を選んだのか。私はあなたの元から離れるかもしれないんですよ?」
「聞く必要がないから、かな?」
「え?」
こあが驚いた表情を浮かべる。どうやら私の答えは予想外だったみたいだ。
「私はこあを信じてるから。私とずっと一緒にいてくれるって。今までも、これからも」
「………ははは。こんなにも主人に思ってもらえるなんて、私は幻想郷一幸せな従者ですね」
「だったら………こあの思いは、考えは……私と同じよね?」
もし違う答えが返ってきたら思うと、考えただけで耳を塞いで逃げ出したくなる。
ううん、逃げちゃダメ。それに逃げる必要なんてない。私はさっき言ったんだから。こあを信じるって。
「……………えぇ。同じです。やっぱり私も、パチュリー様と一緒にいないと気が狂いそうです。だから、今一度言います。あなたと、共にいても、よろしいでしょうか?」
「いいに決まってるじゃない。聞く必要なんてないでしょ? バカ」
「心配を掛けました。あなたの友達を傷つけました。すごく辛い思いもさせてしまいました。もしかしたら、またこんな思いをさせるかもしれません。それでも、パチュリー様は私と―――――」
「そんなの関係ないわ。私は、アナタがいないと、生きていけないもの」
泣かないつもりだったのに、ボロボロと涙が溢れてくる。こあとずっと一緒にいれる。今まで当たり前だと思っていたことが、こんなにも掛け替えの無い、大切なことだと私は知った。だからこそ、この時間を大切にしなくちゃいけないんだ。
「涙を拭いてあげたいのに、今の私は動けないからこんな簡単なこともできませんね。悲しみの涙ではないのは分かってるけど、泣かないで下さい。パチュリー様に涙は似合いません。あなたに似合うのは優しい微笑みですよ」
「そんな……いきなり笑えって言われても」
必死に笑顔を作ろうとする。こあと一緒にいれるって分かって、本当に嬉しいのに、だけど涙は止まらない。きっと今の私の顔を涙でくしゃくしゃになった笑顔だろう。
「私は今すごく幸せです。大好きな人の笑顔がすぐ傍にある。これほど幸せなことは他にありませんね」
「それは私も同じよ。私だってこあのこと大好きだから」
「おやおや、いいんですか? 主が従者を好きになって?」
「そ、それはこあだって同じでしょ!? 別にいいのよ。レミィと咲夜だって似たようなものなんだから」
「あはは……そうでしたか。なら私たちもお嬢様たちに負けないように、見せつけてやりましょうか」
「ぷっ。何言ってるのよ。そんなことしないわよ」
見せつけたりして誰かに知ってもらう必要なんてない。私とこあが幸せだったらそれでいい。だけどアリスたちには見せつけてもいいかも? 今まで散々ノロケ話を聞かされたんだから、今度はこっちの番よ。
「ねぇ、こあ? 幸せ?」
「当たり前ですよ。こんなに幸せだと私はまだ眠っていて、これは夢なのかもしれないって思えてきます。口では言い表せない、包み込むような幸福感が、私を支配していますから」
「……だったら、夢じゃないって教えてあげる」
「え? パチュリー様? ……んっ! んん」
寝たきりでなんの抵抗もできないこあの唇を、少し不意打ち気味に私の唇で塞ぐ。
キスと言っても、本当にお互いの唇と唇が軽く触れるだけの浅いキス。今の私の持てるだけの勇気を振り絞った、今できる最高のキスをした。
キスをした時間はほんの一瞬だったに違いない。だけど私には、その時間は、とてもとても長く、それこそ、時間が止まったかのように永遠に感じられた。
そっと名残惜しげにお互いの唇が離れる。
「パ、パチュリー様!? え、え~と? い、今のはいったい?」
こあは真っ赤になってうろたえている。こんなこあ、今まで見たことがない。可愛い、と正直思う。普段クールで知的な彼女をこんなにさせたのか私は!
「ふふん! 私もやる時はやる女ってこと。もう意気地なしの紫もやしなんて呼ばせないんだから」
私は寝ているこあの手を取り、指を絡める。
「パチュリー様?」
「魔法よ。もう二度と私から離れなくなる魔法」
「大丈夫ですよ。もう二度とそんなことは言いません。あなたと一緒にいます。恋人として、ある時にはあなたを守る騎士(ナイト)として。一生、あなたから離れることはありません」
美しい、天使のような微笑みを浮かべて彼女は完全に宣言した。嘘や偽りのない、心からの言葉を。
「あら? それはプロポーズかしら?」
「そう思って下さい」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。なら式はいつにしましょうか?」
「明日にでもしますか?」
「ふふ、何言ってるのよ」
指を絡めたときに魔法を掛けたというのはウソ。だってそんな魔法を使う必要なんてないから。
魔法を使わなくたって、こあと私は繋がっているんだから。
「では……少し眠らせてもらいますね」
「ごめんね、起しちゃって。ぐっすり寝て、早く元気になってね」
えぇ、と返事をしてこあは静かに目を閉じた。
今なら私は赤い糸の話を信じてもいいと思う。私とこあもきっとその糸で繋がっているんだ。
一度は縺れて切れかけた赤い糸。だけど、今はちゃんとしっかりと繋がっている。そしてこの糸が再び切れそうになることはあっても、決して切れることはない。
「おやすみ、こあ。元気になったら少しずつ、恋人らしいことしようね」
ただ幸せなだけじゃない。きっと喧嘩もするだろう。すれ違いもあるだろう。だけどいいんだ。私とこあが一緒にいる。これが一番大事なことなんだから。
三日前はこんなことになるんて想像もしてなかった。この騒ぎを越してくれた魔理沙には感謝しないといけないのかも。
「ふふ、可愛い寝顔しちゃって」
一時はどうなるかと思ったけど、今はなんら変わりない、緩やかな時間が続いている。
こあ、今までも、これからも、ずっと一緒にいよう。私たちの新しい、主と従者の関係を超えた生活はまだ、始まったばかりなんだから。これから、ゆっくり、一歩ずつ、この幸せをかみしめていこう。
手に汗握る熱いバトルを刻むビートに心躍らせてドキドキしながら読みました。所々苦しい所もありましたが、概ね良好と思います。
ではまた。
パチュこあyahoo!
今後の作品にも期待しておりますぞ
文章も好く練られたようですな…ぱちゅこぁ、マリアリともにご馳走様でしたw
が、こーゆーのも嫌いじゃないですよ。厨二とか、ふふふ。
悪くはないと思うのですが、初めの方の展開にキレがないように感じましたね。少し冗長気味になっていたような。
次の作品も期待させてもらいます