最近地下が暑い季節になりました。冬場はちょうどいい気温なんだけど、それ以外は結構辛いです。
なので、地上に出て趣味である無意識放浪をすることにしました。
少し前までは家族やペットに何も告げずに出発だったんだけど、コミュニケーション不足は家庭崩壊の原因らしいので、最近はちゃんとお姉ちゃんに声をかけるようにしています。
「あ、こいし? 今日もお出かけ? ああ、別に止めはしませんよ。ただ今日幻想郷は女の子達がこぞって弾幕ごっこをあちこちで繰り広げているらしいのでフラフラ飛んでいては危ないですからね? きちんと周囲に気を配るんですよ? ハンカチとちり紙は持ちましたか? ワッペンと名札のつけ忘れはありませんか? 忘れ物はありませんね? 安全確認はちゃんと右見て左見てもう1度右ですよ? じゃあ気を付けて行ってらっしゃい」
ちょっと行ってくる、という言葉だけでお姉ちゃんはこっちのことを察してくれるんですが、さすがにこれは心配しすぎだと思いました。
名札にワッペンなんてもう数日前からしていないのに。私もう子供じゃないもん。
「もう、心配性だなぁお姉ちゃんは。大丈夫だよ、行ってきま~す!」
そんなお姉ちゃんに苦笑し、元気に地霊殿を出発しました。
その数時間後、私、地獄のラブリービジターこと古明地こいしは、
流れ星に轢かれました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぼーけんーがーはーじまーるー、ドキドキーもーはじーまるー、ホントーのエナジーが、動き出ーしーてーいーる~♪」
最近お気に入りの歌を歌いながら、初夏の清々しい空気を満喫しながら青空をゆく。
服装はいつものヒラヒラしたスカート、下から見られれば羞恥心ダダ漏れな事態になるだろうけど、周りの存在の無意識を操ってるから問題ない。
今の私は誰にも感知されないのだ、だから誰かの隣にいようが目の前にいようが私が気付かれることはない。
気の向くまま風の吹くまま、そんな放浪を続けていると、何やら聞き覚えがある声が。
「私のために味噌汁を(今日の昼飯に)作ってくれ霊夢ぅぅぅぅぅ!! 彗星『ブレイジング――」
「あんたがむしろ私のために(毎朝)作りなさい魔理沙ぁぁぁぁぁ!! 『夢想天生』!!」
「おおっとぉ!!」
私自身現在ぼーっとしているようなもの、どうやら誰かが弾幕ごっこをしているようだ。
お姉ちゃんに言われた通り、1度立ち止まって右、左、右の順に目を向ける。
別に弾幕の危険もほとんどないようだ。歩を進めることにする。
……この時、無意識なせいで目を向けた方といってもぶっちゃけ何も見てなかったことに気付くのはちょっと後になる。
「霊夢のそれは、ギリギリまで凌げりゃ次の瞬間チャンスになる! やってやるぜ!!」
「――――――――――、ど、どう!?」
「甘いぜ! いくぜ彗星『ブレイジングスター』!!」
「なっ!」
この時私はちょうど弾幕ごっこをしている2人―霊夢と魔理沙―の中間にいた。いつの間にか。
さっきも言った通り、私の能力は周りに感知されない能力。
でもそれは、私があらゆるものがすり抜ける透明人間になるというわけではなく、あくまで生身の実体はちゃんとある。
で、私は2人に気付かれていないまま、2人の真ん中にいたのだ。そして当然そこは魔理沙の最高スペルの通り道。
「くらえぇぇぇぇぇ!! 霊――」
「ぐ!!?」
「――む"!?」
「……は?」
鬼の拳が叩き込まれたかのような重い衝撃、撥ね飛ばされ、そして急速に落下する体。
受け身も取れないまま地面に叩き落とされ、全身に耐えがたい衝撃を受けた瞬間私の意識はブラックアウトした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ん……?」
「あ、起きたか!? こいし、大丈夫か!!?」
柔らかいベッドにいるような感覚。目を開けるも霞んだ視界しか広がらない。
「あ、れ、まりさ…づっ!?」
私の名前を呼ぶ非常に慌てた様子の声の主を確かめようと体を向けようとした瞬間。
体中のあらゆる器官が悲鳴を上げた。意図せず顔が苦痛に歪む。
「しゃ、喋るな!」
そう言って彼女は、私の体をさすってくれる。
しばらくされるがままでいると、痛みも引いてきた。視界も少しずつ晴れてくる。
目に見える範囲と感覚で、体のあちこちに包帯が巻かれていたり絆創膏を貼られたりしているのがわかった。
そして私をさすってくれているのは、地上で出会ったシーフ兼魔法使いの人間の女の子、魔理沙だった。
痛みがだいぶ引いたところで、話しかける。
「う、うん……もうだいじょうぶ……」
「そ、そうか……よかった」
「え、と。何が、どうなってるのか、教えて、くれない?」
「あー、えーとだな。私と霊夢が弾幕ごっこしてる時に、いつのまにかお前が私の突撃の軌道上にいてな? 避けられなくて……」
元々無意識で動いていたせいで事故の時の記憶がほとんどない。今は大体正午から2時間ほど経ってるそう。
魔理沙の話によると、あの後大怪我をした私を霊夢と2人でこの病院(?)まで運んでくれたらしい(霊夢は『最低限の義理は果たした』と言って帰ったそうだけど)
弾幕ごっこによる怪我は、確か基本的に不注意だった本人の過失になるものだったと思うけど、魔理沙は心底申し訳なさそうな顔をする。
「……まぁ、ほんっとーにすまなかった!!」
それこそこっちが逆に申し訳なくなるくらいに。
「……いい、けど。何で、魔理沙ここに?」
「ん? ああ、永琳に『治療費はいらないからあの娘の面倒を見てあげて』って言われてな。妖怪のお前なら2日くらいで退院できる程度には回復するだろうってことだったから、その間はな」
「……ありがと」
どう考えても2人の最高のスペルのぶつけ合いの場にフラフラ紛れ込んだ私が悪いのに、律儀に私の面倒を見てくれるという。
それが少し嬉しくて、思わず礼を言っていた。
「礼なんか言われる筋合いないぜ。事故とはいえ私が怪我させちまったんだからな」
「……えへへ、それでも、だよ」
「? ……あ、そうだ。さとり達にも知らせといた方がいいな」
「んーーー、別にいいと思うよ?」
今までもお出かけして数日間家を空けたりっていうのはざらにあったことだし、2~3日程度の入院だったら問題ないよ。黙ってれば何の心配もないだろうし。
私がそう言うと、魔理沙は何か考え込んだ。
「……いや、それはやっぱりいけない気がする」
「私は、気にしないけどなぁ」
過保護になりつつあるお姉ちゃんだけど、私が意識不明とかならともかく命に別状がない今なら特に気にしないと思うけど。
ここら辺が人間と妖怪の違いなのかな?
「……うし! ちょっと地底行ってくる。少し待ってろ」
「え? あ、うん」
何やら意を決したような顔で(不覚にもちょっとカッコいいとか思っちゃった)、部屋の隅に置いてあった箒を手にして出ていった。
数秒後、外から爆音。それに伴って木々のざわめく音。どうやら本当に出かけちゃったみたいだ。
「……ふーーーーー……」
溜息を吐く。体中が痛いので碌に寝返りも打てないし、腕も動かないから手持無沙汰ってレベルじゃない。
元々お姉ちゃんと違ってアウトドア派だから、ベッドでじっとしてるっていうのはなかなかに地獄だ。地獄の住人の台詞としては滑稽だけど。
「……早く帰ってこないかな、魔理沙……」
私に怪我させた本人とはいえ、今私の相手をしてくれそうなのは魔理沙だけだった。
胸にぽっかり空いた穴を埋めるように、その名を呼んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ただいま」
「あ、おかえ、り? ど、どしたの、その顔」
「あー、うん、さとりに」
2時間くらい経っただろうか、行く前には持ってなかったフルーツ山盛りのバスケットを持って魔理沙が帰ってきた。
そのほっぺに真っ赤な紅葉をつけて。なんか服も半端にボロボロだし……
そのくせ、そんなことは気にしない風に私に笑いかけてくる。
「たはは、あいつ怒ったり泣いたり表情が忙しかったぜ。愛されてるな、お前」
「そ、それはいいんだけど……大丈夫?」
極々一部を除いて妖怪の身体能力は人間のそれを大きく超える。さすがに鬼とかにはずっと劣るけど、覚り妖怪のお姉ちゃんだって少なくとも人間よりは肉体の力は強い。
その攻撃力で引っ叩かれて、大丈夫なのかな……?
「いやまあ、こんくらいは甘んじて受けないとな……あと、お前にちゃんと付き合ってやってくれとも言われた」
「そ、そうなんだ……」
「ああ」
そう言って魔理沙はベッドの傍に何かキラリと光る物を置いて椅子に腰掛けた。何か見覚えあるんだけど……
あ、思い出した。弾幕ごっこの時にでっかいレーザーを撃つ時に構えてたやつだ! でもそれをどうして??
「ねえ、魔理、沙。それ、何?」
「ん、これか? 八卦炉だよ。見たことあるだろ?」
「うん。ただ、何で今、置くのかな、って」
尋ねると、少し自慢げに教えてくれた。何でも、部屋の空気を綺麗にしたり快適な気温に保ってくれたりするらしい。
こいつは宝物だ、と語る魔理沙の表情は輝いてた。
「こいつがありゃ、変に臭うこの部屋もちったあ過ごしやすくなるだろ」
「うるさいわよ」
「あたっ」
いつのまにか現れた、ヨレヨレのウサミミをした人が魔理沙の頭をべちっと叩く。どうやらここで働く人らしい。
その手には食器がいくつか乗ったトレイ。夕食にはまだ全然早い時間帯だけど、正直お腹が空いてたから助かる。
「はい、その娘のご飯。ちゃんと食べさせてあげてね」
「へいへい」
「返事は『はい』!」
「はいはい」
「『はい』は1回!!」
「はい」
「じゃ、またね。食事が終わったら食器は持ってきてちょうだい」
そう言うと、私をチラッと一瞥すると部屋を出ていった。むぅ、お話したかったのにな……
そんな私ににやにやしながら魔理沙。
「気を落とすなよ。あいつは人見知りが激しいだけさ、ツンデレだよツンデレ」
「それ、どういう意味?」
「知らん、外の世界で流行ってたらしいがな」
「ふーん……」
「ま、それよか飯だ。自分で食えるか?」
「ちょっと、無理、かな。手が動かないや……」
「そうか……悪いな」
気まずそうな暗い顔をする。でも、初めて会った時のイメージからすると、そんな表情は似合わないと思った。
「いいよ。だから、食べさせて」
「オーケー、任せろ」
さすがに寝っ転がったままだと食べ辛いので、魔理沙は私の体が痛くならないよう慎重に起こしてくれた。
ホントは体を曲げるのも痛かったけれど、文句を言う場面でもないのでガマンガマン。
「ガマンガマンの過酸化マンガン」
「何言ってんだ?」
「え、いやいや何でも」
「変な奴だなぁ」
危ない危ない、時々自分が無意識にわけのわからない言動する癖があるけど、こんなとこで出るとは思わなかった。
でも魔理沙が笑ってくれたから結果オーライかな。
食事のメニューは、お粥のようなスープのような液体っぽいもの。
普段だったら物足りないだろうけど、食べやすさという点で助かった。
なぜか一緒についてたオレンジ色の……ジャム? っぽいものを魔理沙はスプーンで掬い、料理に混ぜる。薬かな?
「ほら、あーん」
よく混ざったのを確認し、スプーンで掬ってから私に差し出す。
「あー……んむっ…!??」
「ん、どした? 不味いのか?」
「ごくっ……な、何というか、個性的、かなぁ」
ジャムっぽいのに甘くなく、薬のイメージみたいに苦くもない。決して不味い、という味じゃない。
ただ、1つだけ言えるのは、2口目以降は確実に躊躇われるという感じ。今も何か冷汗が止まらないし視界が歪んでる気がする。
なぜか大きな三つ編みをした大人の女の人が「あらあら」「うふふ」とか言ってる姿が想起された。(後で知ったけど本当にそんな人が作ったらしい)
色んな意味で気持ち悪い。地上にはこんな食べ物があるんですね。お姉ちゃん、私、また一つ賢くなったよ……
「おい、大丈夫か? 顔色おかしいぞ!」
「う、うん。へーきへーき」
全然そんなことないけど、魔理沙を不安にさせたくはない。やっぱり魔理沙は自信たっぷりなくらいが1番いいし、私もそれが好きだから。
「そ、そうか……ほら、頑張って食べてくれ。永琳の薬ならよく効くはずだから、早く元気になれよ」
……藪蛇、だったのかな……でも平気と言った手前食べないわけにもいかないよね……
その後、グルグル回る視界と戦いながら、1時間はかけて魔理沙のあーん攻撃に耐えました。もう、ゴールしても、いいよね……?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「太陽が沈んで間もない薄暗く静かな夜。私は最近お気に入りの魔法使いの少女と狭い部屋で2人っきり。今この空気を邪魔する人はいない。その彼女は、ベッドの上の力が入らず動けない私の服を1枚ずつ甘い言葉とともに優しく剥いでいく。程なくして、ついに私は誰にも見せたことのない未発達な裸体を表に晒す。そして彼女はおもむろに優しく私の体に手を伸ばし――」
「いい加減黙れや」
「え? 私なんか喋ってた?」
「ド三流の官能小説みたいなモノローグを延々と語ってたぞ」
「あ、ごめんねー。私時々無意識に考えたことぽろっと喋っちゃう癖があるみたい」
「お前普段何考えて生きてるんだ」
「えへへ、そんなのお姉ちゃんでもわかんないよ」
悪戯っぽく笑う私に魔理沙は呆れたように溜息をつく。そして私の体に手を伸ばし、優しく――タオルを走らせた。
あの薬の効果か副作用か、異常なまでにかいた冷汗で、すっかり私の体はビショビショになってしまった。そのため体を拭くことにした。あと着替え。
「よっ……と、こんな感じで拭けばいいか? 痛くないか?」
「うん、大丈夫だよ……きゃ! どこ触ってんのよー」
「不可抗力だつーか無駄にエロ路線に走るなお子ちゃまが」
「あ、ひどーい。魔理沙より大人だもーん」
「はいはい」
むぅー、一向に子供扱いをやめてくれないー。でも手つきは本当に優しくて気持ちよかった。
しばらくして、全身を拭き終わる。さっきまでとは別の白い病人服に着替え終わる頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。
「……きゃあ!?」
「え!? あ、わ、悪い!」
(色々な意味で)お腹がいっぱいになり、着替えが済んで気持ちよくなり寝転んだところで、思わぬ刺激が体を襲う。
魔理沙が私の第三の眼を掴み、揉んでいた。私の反応を見て慌てて放す。
「きゅ、急に何するのよぉ……」
「いや、ほんと気になっただけだって。ってかごめん!」
「ううー、もうお嫁に行けないー」
「そこまで!?」
もちろん半分は冗談なんだけど、私達覚り妖怪にとって第三の眼は妖怪としての象徴であり、また色々敏感で繊細なものでもある。
要は非常に大切な部分なのだ。相当に気を許した相手でないと、まず触らせさえしないものなのになー。
「ご、ごめんって!」
「う~~~~!」
「え、えーと、ど、どーすりゃいいんだよー!!?」
拗ねるふりをする。魔理沙は面白いくらいに狼狽した。
さっきまで私を子供扱いした罰だ、からかっちゃえ!
「うー……責任、とってよ……」
「せ、責任ーーー!?」
「じゃないと、許してあげないもん。乙女のハートを弄んだんだから」
そう言うと魔理沙は、私に背を向け蹲り、何かブツブツ呟きだした。
「……そうか……妖怪とはいえ、私は乙女の純情を……」
その様子が可笑しくて、つい笑みを零してしまう。
やがて魔理沙は立ち上がり、私に顔を向けた。やけに真剣な面持ちだったから、ネタばらししよう。
「なーんてね、冗――」
「せ、責任とるぜ!!」
「へ」
「え」
「………………え?」
「………………ゑ?」
返ってきた答えでパーフェクトフリーズ。
でも、何だろこの感覚。閉じたはずの第三の眼が今にも開きそうなほど胸の奥がドキドキしてる。
すごい。何か、苦しいけど、気持ちいい。…………嬉しい!
「魔理沙」
「お、おう?」
「不束者ですが、よろしくおねが」
「っだあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
むう、折角の嫁入り言葉の途中で絶叫だなんて、ムードないなぁ。
「ナシ! 今のナシだ!」
「やだよー。嘘つきは泥棒の始まりだよー?」
「私はシーフだからいいんだよ!」
「魔法使いじゃないのー?」
「くあぁーーーーーっ!!」
クスクス。やっぱりこの人は面白い。楽しい!
「……ねぇ、魔理沙」
「何だよ!?」
「何かね、眠くなっちゃった」
「え? そ、そうか……薬の作用か?」
「そうかも。ね、頭、撫でて?」
「ん、いいぜ」
落ち着きを取り戻した魔理沙が、私の頭に手を乗せる。そしてゆっくりと動かし始めた。
私の髪を梳いたり、頭を撫でたり。
まるでお姉ちゃんにされてるみたいに、温かくて気持ちよかった。
「……おやすみなさい、お姉ちゃ……」
「……ああ、おやすみ」
優しさと温かさに包まれながら、私の意識は闇に溶けていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。食事(オレンジはもう出なかった)が終わり、窓に置かれた八卦炉からの気持ちいい風を味わう。
一晩寝ていたら、体も治癒が進んだのか大分楽になっていた。回復がやけに速いわね、とお医者さんも不思議そうにしていた。
多分妖怪は精神が拠り所であるから、夕べあんなことがあった分それが体にも影響したんだろう。お医者さんには言わなかったけど。
食後の検査によれば、今日の夜には退院しても問題ないそうだ。だからそれまではちゃんと安静にしておこう。
「お姉ちゃん、寂しくて泣いてないかなー」
「そんなキャラじゃないんじゃなかったのか?」
暇ではあるので、椅子に座ってリンゴの皮を剥いている魔理沙に話題を振る。適当に。
「さあね。それより、いいナイフ使ってるね」
「自分で振っといて自分で終わるなよ……こいつは咲夜に貰ったのさ」
む、敵(と書いてライバルと読む)の予感。ライバルは全て潰さないと自分の望みは叶えられないってお姉ちゃんが言ってた。
「盗ったんじゃなくて? というか咲夜って誰?」
「ん、吸血鬼の館のメイド長。家の包丁が使い物にならなくなりそうだって言ったら、快くくれたよ。切れ味よすぎて少し怖いがな」
ナイフを見る限り、料理どころか護身用の武器とか退魔用の武器とかでも十分通用しそうな名品っぽい。
そんな逸品を易々と贈るとは……太っ腹というか何というか。
「ところで、魔理沙って妖怪が怖くないの?」
「また急だな。どうしてだ?」
「例えばの話だよ? 私がちょちょいと魔理沙の無意識を操って、魔理沙が無意識のうちにそのナイフを自分の首とか心臓に突き刺すように仕向けないとも限らないじゃん。私にはもちろんそんな気これっぽっちもないけど、一応私は魔理沙に大怪我させられたっていう恨みを持っててもおかしくはない立場なわけだしさ」
「んー……そりゃまったく怖くない、と言や嘘になるな。人里から出た時点でどう理不尽な死に方しても文句は言えない立場なわけだし」
でもなー、と続ける。
「お前に限らず、もしそいつが能力なり力づくなりで本気で私を消そうと思ったら私にゃどうにもできない、って知り合いが多いからなー。ある意味慣れだな」
時間を止めて誰も動けない世界を自由に動き回れるメイドさん。
相手の未来や運命を操れる(らしい)吸血鬼。
その妹で、相手を何の苦もなく破壊できる力を持った情緒不安定な吸血鬼。
相手に一切の抵抗を許さず死に至らしめることができる亡霊。
ただでさえ尋常じゃない力を持ちながら、殺しても殺しても復活する蓬莱人。
他にも強靭な肉体や妖力を併せ持つ鬼とか天人、神様や賢者さん。
私もほとんど知らない色んな人のことを話してくれた。
弾幕のカタチとか性格とか、どんなふうに出会って戦ったとか、得意気に話す魔理沙の表情は生き生きとしていた。
どんな人たちなんだろう、そう思うたび私の心もドキドキする。
「……とまあ、能力自体はみんな怖いが、付き合ってみれば面白い奴らさ」
「ふーん……私とも、覚り妖怪とも仲良くしてくれるかな?」
「大丈夫だと思うぞ。何なら挨拶回り手伝ってやろうか?」
「ホント!? ありがとう! デートだね!」
「まだ言うか!?」
「えへ♪」
「はあーーー……」
まったく……とか言いながら溜息をつく魔理沙。その様子がまた可愛らしい。
程なくしてリンゴが差し出される。
「おおー、ウサギさんだー。可愛いー! 意外と器用なんだねー」
「まあ、魔法の師の下で下積みした時期もあったし、一人暮らしも長いしな」
ほらよ、とひょいと掴んで私に食べさせてくれる。塩味が効いて美味しい。
「もぐもぐ……一人暮らしなんだ。じゃあうちにおいでよ。ペットがたくさんいて賑やかだよ?」
「暑苦しいのは好かないし、動物どもがうるさくて研究どころじゃないだろ」
「じゃあクーラー導入してもらうよ。それで気が利かないペット達は皆殺し、でOK?」
「やるなよ!? 絶対やるなよ!? 絶対だぞ!?」
「それは遠回しにやれと言っているんですね、わかります」
「違うわ!!」
「ちぇー。じゃあ私が魔理沙のうちに遊びに行くのはいい?」
「それならいいが、いないことも多いからな」
えー、それじゃすれ違っちゃうじゃん。でもそれはつまり堂々と忍びこめるというわけで。
ここは大人しく従っておこう。
「わかったよー。じゃあ普段はどこに行ってるの?」
「んー? そうだな、霊夢の神社に茶ー集りに行ったり紅魔館へ本借りに行ったり、妖精どもをからかったり、だな」
「ふむふむ」
神社にこーまかんに妖精達、か。脳内潰さないといけないライバルリストにメモメモ。脳ないけど。
「……何かよからぬこと企んでるんじゃないだろうな」
「ゼンゼンソンナコトナイヨ?」
「うわ、信用できねー」
「まあひどい! ふふふ」
やりとりに笑みが零れる。魔理沙は呆れ顔だったけれど、満更でもなさそうだった。
その後、夜にいったん帰ったらしい魔理沙が持ってきたトランプで暇潰し。
ババ抜きやジジ抜きは2人だけだと最後の最後で大いに盛り上がったし、途中病院の兎さんを交えてのダウト勝負はなかなか終わらなかった。
こんなに楽しい時間は最近ほとんどなかったかもしれない。瞬く間に時間が流れていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕暮れ時。魔理沙が持ってきたいつもの服装(ただし帽子は替えがなかったので被ってない)に着替えた私は見送りをしてもらっていた。
「じゃあな永琳、迷惑掛けたな。今度美味い茸とか珍しい茸とか持ってくるから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「えーと、お世話になりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。大事にね」
「はい!」
元気よく挨拶しておく。この人が魔理沙が言ってた殺しても死なない人らしい。弾幕(と書いて遊びと読む)に来ていい? と言ったら、ここのお姫様とならいくらでも遊んでいいそうなので、今度また遊びに来よう。
「じゃあ、行くか。こいし、飛べるか?」
「ん、飛べなくもないけど……ちょっとしんどいな」
箒に跨りながら尋ねてきた魔理沙に返す。別に痛みとかはもうほとんど気にならない程度ではあったけど、この際甘えちゃえ。
「だから、乗せてってくれない?」
「ああ。お安い御用さ」
「あらあら、そこはお姫様抱っこでいいじゃない」
永琳さんの素晴らしい提案。魔理沙がずっこけた。
すぐさま起き上がって激昂。
「何言ってんだよ永琳! あーもうさっさと乗れこいし!」
「えー?」
「うるさい、置いてくぞ!!」
「わ、わかったよう」
慌てて魔理沙の後ろに腰掛けると、凄いスピードで飛び立つ。「若いっていいわね~♪」なんて声が聞こえたのにはどう反応すればいいんだろ?
風が気持ちいい。普段自分で飛ばないような速度で2人空を駆ける。振り落とされないようにしがみついた体は温かかった。
ダジャレじゃないけど、時折人肌がこいしくなることがある。普段は専らペットやお姉ちゃんにそれを求めているけれど。
今、この時間は、この人に求めていよう。
無意識のうちに、そんなことを思っていた。
魔理沙が振ってくる話題にすらまともな反応をしないまま、ずーっと彼女の温かみを噛み締めていた。
「お姉ちゃん、ただいまー」
「御到着、っと」
我が家に到着。途中パルパル言う人が「好きな相手と2人乗りで帰宅だなんて妬ましいわパルパルパルパル」とかって弾幕撃ってきたりしたけど、ごっこする気力はまだなかったのでパルパルさんの無意識を操ってとりあえず黙らせておいた。
「こいしーーーっ! おかえりーーーっ!」
「うん、ただいまぐふっ」
私を見るなり駆けだしてくるお姉ちゃん。そして抱擁。今までこんな風に出迎えてもらったことはなく、とても嬉しかった。
ただ、まだ治りきってない背中が『みしっ』と嫌な音をたてた。ちょ、お姉ちゃん力強すぎ。しかも酒臭い。
「こいしこいしー! 心配したんですからねー!」
「う、ん、わがったか、ら、離、しででで」
「いーやーでーすー!」
そう言ってさらに抱き締めてくる……最早締め上げるだこれ、やばい、意識飛びそう。
「お、おい! こいしの顔色やばいぞ! 離してやれさとり!」
魔理沙がそう言った途端、お姉ちゃんが力を入れるのをやめ、私を解放してくれた。助かった。
が、今度は魔理沙の方をキッと睨み、叫ぶ。
「そ・も・そ・も! 貴女が悪いんでしょう! 貴女がこいしに怪我さえさせなければ! 違いますか!」
「そ、そりゃそうだが、悪かったと思ってるよ」
「『こいしも許してくれたし水に流せよ』ですって!? 甘いです! たとえこいしが許しても私はぜーったい許しませんからね! さあ、自分のトラウマで眠るがいいです!!」
「ま、またかよ!? 勘弁してくれっ!」
そう言うとお姉ちゃんはスペルカードを取り出し、「想起『495年夢想賢者の殺人人形』!」とか宣言する。
弾幕避けが得意という魔理沙をしてあの逃げ腰、相当厄介な弾幕なんだろう。
「というか、『また』ってどういう意味かな、お姉ちゃん」
ピタッ、とお姉ちゃんの動きが止まる。
「まさか、昨日自分からちゃんと『謝りに』来た魔理沙を引っ叩いた上にその弾幕、ぶつけたんじゃないよね?」
「え、えへへ? ゼンゼンソンナコトナイデスヨ?」
「こっち向いてよ」
図星だった。魔理沙の服が昨日ボロボロだったのはそういうわけか。
「お姉ちゃん」
「は、はいっ!」
出来る限り優しい声で、明確に、笑顔で言い放つ。
「だいっきらい♪」
「いやああああ!」
お姉ちゃん、撃沈。
「まったく……魔理沙、ごめんね? こんなお姉ちゃんだけど、悪い人じゃないから嫌わないであげて?」
「ん、ああ。家族想いに悪い奴なんていないさ」
「度が過ぎてると思うんだけど……」
たはは、と笑う魔理沙につられ、私も笑顔になる。
その後、星熊さんがやってきた。どうやらお姉ちゃんに強い酒を飲ませたのはこの人らしい。
何でも、私を案じてずーっとそわそわしていたお姉ちゃんを落ち着かせようとしたそうだ。変な方向に進んじゃったみたいだけど。
私の退院祝いとかで、急遽開かれたプチ宴会。
あらかじめ料理を作ってくれていたようで、酒しか鬼さん達は持ってこなかったけど、十分に楽しめた。
そのお礼に、どうせ私なんか私なんかーと拗ねているお姉ちゃんのほっぺに軽くキスをしてあげた。
ものすごく幸せそうな顔して倒れた。
数時間後、料理もほとんどなくなり、もう騒いでいるのは酒に強い鬼さん達だけになっている。お姉ちゃんはお燐やお空と一緒に床についた。
ふと魔理沙に目を向けると、帰る支度をしていた。
「あれ、もう帰るの? もっとゆっくりしていけばいいじゃない」
「いや、遠慮しとくぜ。これ以上鬼に絡まれでもしたらいい加減体壊しそうだしな」
そう言う魔理沙の顔はかなり赤い。この場にいた唯一の人間だったことや、私と仲良くしてるとかで結構注目され、酒を引っ切り無しに勧められていたのだ。
おそらく今も結構きついんだろう。
「別にお泊まりしても問題ないよ? 私のベッド使っていいからさ」
「やめとく。さとりにばれたら今度こそ死にそうだ」
苦笑い、そして。
「……本当に、ごめんな。痛かっただろ?」
さわさわと、私の頭を撫でてくれる。お姉ちゃんがしてくれるのとはまた違う感触だけど、こっちのも気持ちいい。
「ううん。何回も言ったけど、私は気にしてないから。それに、魔理沙の魔法は綺麗だからね。むしろ全身で受け止めてやりたいよ」
「はは、そう言ってくれるのはありがたい。……それじゃ、もう行くわ」
頭から離れる手に寂しさを覚える。それを埋めるように、私は魔理沙にお願いしていた。
「星が、見たいな」
「え?」
「魔理沙の心がこもったお星様。それが見たい」
「……オッケー、お安い御用だ――行くぜ!!」
そして魔理沙は舞い上がり、地霊殿の空を縦横無尽に箒で駆け巡る。そして彼女の通り道には流星群。
地底の不自然な明かりをかき消すように、様々な色の星々が生まれ、輝き、消えていく。
この、人間が生み出した芸術を、周りの妖怪達がおおーーー、と称賛していた。
思わず、舞い落ちる星のカケラに手を伸ばす。掴みとったカケラは温かく、優しく。
そして、甘かった。
「……最高だよ、魔理沙!」
もっとあの人を知りたい、そう思った。空にあるお星様には手が届かないけれど、流れ星のようなあの人を追いかけることはできる。
そしてそれは、本物の星を手に入れるよりも難しく、楽しいことなのだと思った。
「ふふっ」
思わず笑みが零れる。また明日にでも会いに行こう。お姉ちゃんに頼んでお菓子とお茶も持っていこう。お姉ちゃんを連れていくのもいいかもしれない。
どんな顔で出迎えてくれるのかな。それが楽しみだ。
色んな人に紹介してもらう時、何て言ってやったら魔理沙は慌てふためくだろうか。妹? 恋人? フィアンセ? それを想像するだけですごく心が躍る。
そんな感情、なくしてしまっていたと思っていたのだけれど。どうやら今の私は覚り妖怪として半端な生き物らしい。
半端な妖怪と、人間なのか魔法使いなのかシーフなのか、それこそ半端なあの人と2人。
半端者同士、つるんでみても面白いかもしれない。いや、彼女のことだ。きっと面白いだろう。
初めて会った時のこと、昨日今日のことを思い返す。
不敵な表情でどこまでも突き進むような真っ直ぐさと、意外と器用で世話焼きな一面。
きっと、まだまだ私が知らない一面があの人にはあるのだろう。それをもっと知りたい。
そして、仲良くなりたい。
そこまで思って、再び実感する。
ああ、私はやっぱり、あの人という流れ星に惹かれていたんだなぁ、って。
またしても笑みが零れる。それがまた楽しくて仕方ない。
「……おやすみ、魔理沙。またね」
すでに去ってしまい、この場にいない彼女に向かって独り言。
久しぶりにいい夢が見れそうだ、そう思いながら私は自分のベッドに向かったのだった。
なので、地上に出て趣味である無意識放浪をすることにしました。
少し前までは家族やペットに何も告げずに出発だったんだけど、コミュニケーション不足は家庭崩壊の原因らしいので、最近はちゃんとお姉ちゃんに声をかけるようにしています。
「あ、こいし? 今日もお出かけ? ああ、別に止めはしませんよ。ただ今日幻想郷は女の子達がこぞって弾幕ごっこをあちこちで繰り広げているらしいのでフラフラ飛んでいては危ないですからね? きちんと周囲に気を配るんですよ? ハンカチとちり紙は持ちましたか? ワッペンと名札のつけ忘れはありませんか? 忘れ物はありませんね? 安全確認はちゃんと右見て左見てもう1度右ですよ? じゃあ気を付けて行ってらっしゃい」
ちょっと行ってくる、という言葉だけでお姉ちゃんはこっちのことを察してくれるんですが、さすがにこれは心配しすぎだと思いました。
名札にワッペンなんてもう数日前からしていないのに。私もう子供じゃないもん。
「もう、心配性だなぁお姉ちゃんは。大丈夫だよ、行ってきま~す!」
そんなお姉ちゃんに苦笑し、元気に地霊殿を出発しました。
その数時間後、私、地獄のラブリービジターこと古明地こいしは、
流れ星に轢かれました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぼーけんーがーはーじまーるー、ドキドキーもーはじーまるー、ホントーのエナジーが、動き出ーしーてーいーる~♪」
最近お気に入りの歌を歌いながら、初夏の清々しい空気を満喫しながら青空をゆく。
服装はいつものヒラヒラしたスカート、下から見られれば羞恥心ダダ漏れな事態になるだろうけど、周りの存在の無意識を操ってるから問題ない。
今の私は誰にも感知されないのだ、だから誰かの隣にいようが目の前にいようが私が気付かれることはない。
気の向くまま風の吹くまま、そんな放浪を続けていると、何やら聞き覚えがある声が。
「私のために味噌汁を(今日の昼飯に)作ってくれ霊夢ぅぅぅぅぅ!! 彗星『ブレイジング――」
「あんたがむしろ私のために(毎朝)作りなさい魔理沙ぁぁぁぁぁ!! 『夢想天生』!!」
「おおっとぉ!!」
私自身現在ぼーっとしているようなもの、どうやら誰かが弾幕ごっこをしているようだ。
お姉ちゃんに言われた通り、1度立ち止まって右、左、右の順に目を向ける。
別に弾幕の危険もほとんどないようだ。歩を進めることにする。
……この時、無意識なせいで目を向けた方といってもぶっちゃけ何も見てなかったことに気付くのはちょっと後になる。
「霊夢のそれは、ギリギリまで凌げりゃ次の瞬間チャンスになる! やってやるぜ!!」
「――――――――――、ど、どう!?」
「甘いぜ! いくぜ彗星『ブレイジングスター』!!」
「なっ!」
この時私はちょうど弾幕ごっこをしている2人―霊夢と魔理沙―の中間にいた。いつの間にか。
さっきも言った通り、私の能力は周りに感知されない能力。
でもそれは、私があらゆるものがすり抜ける透明人間になるというわけではなく、あくまで生身の実体はちゃんとある。
で、私は2人に気付かれていないまま、2人の真ん中にいたのだ。そして当然そこは魔理沙の最高スペルの通り道。
「くらえぇぇぇぇぇ!! 霊――」
「ぐ!!?」
「――む"!?」
「……は?」
鬼の拳が叩き込まれたかのような重い衝撃、撥ね飛ばされ、そして急速に落下する体。
受け身も取れないまま地面に叩き落とされ、全身に耐えがたい衝撃を受けた瞬間私の意識はブラックアウトした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ん……?」
「あ、起きたか!? こいし、大丈夫か!!?」
柔らかいベッドにいるような感覚。目を開けるも霞んだ視界しか広がらない。
「あ、れ、まりさ…づっ!?」
私の名前を呼ぶ非常に慌てた様子の声の主を確かめようと体を向けようとした瞬間。
体中のあらゆる器官が悲鳴を上げた。意図せず顔が苦痛に歪む。
「しゃ、喋るな!」
そう言って彼女は、私の体をさすってくれる。
しばらくされるがままでいると、痛みも引いてきた。視界も少しずつ晴れてくる。
目に見える範囲と感覚で、体のあちこちに包帯が巻かれていたり絆創膏を貼られたりしているのがわかった。
そして私をさすってくれているのは、地上で出会ったシーフ兼魔法使いの人間の女の子、魔理沙だった。
痛みがだいぶ引いたところで、話しかける。
「う、うん……もうだいじょうぶ……」
「そ、そうか……よかった」
「え、と。何が、どうなってるのか、教えて、くれない?」
「あー、えーとだな。私と霊夢が弾幕ごっこしてる時に、いつのまにかお前が私の突撃の軌道上にいてな? 避けられなくて……」
元々無意識で動いていたせいで事故の時の記憶がほとんどない。今は大体正午から2時間ほど経ってるそう。
魔理沙の話によると、あの後大怪我をした私を霊夢と2人でこの病院(?)まで運んでくれたらしい(霊夢は『最低限の義理は果たした』と言って帰ったそうだけど)
弾幕ごっこによる怪我は、確か基本的に不注意だった本人の過失になるものだったと思うけど、魔理沙は心底申し訳なさそうな顔をする。
「……まぁ、ほんっとーにすまなかった!!」
それこそこっちが逆に申し訳なくなるくらいに。
「……いい、けど。何で、魔理沙ここに?」
「ん? ああ、永琳に『治療費はいらないからあの娘の面倒を見てあげて』って言われてな。妖怪のお前なら2日くらいで退院できる程度には回復するだろうってことだったから、その間はな」
「……ありがと」
どう考えても2人の最高のスペルのぶつけ合いの場にフラフラ紛れ込んだ私が悪いのに、律儀に私の面倒を見てくれるという。
それが少し嬉しくて、思わず礼を言っていた。
「礼なんか言われる筋合いないぜ。事故とはいえ私が怪我させちまったんだからな」
「……えへへ、それでも、だよ」
「? ……あ、そうだ。さとり達にも知らせといた方がいいな」
「んーーー、別にいいと思うよ?」
今までもお出かけして数日間家を空けたりっていうのはざらにあったことだし、2~3日程度の入院だったら問題ないよ。黙ってれば何の心配もないだろうし。
私がそう言うと、魔理沙は何か考え込んだ。
「……いや、それはやっぱりいけない気がする」
「私は、気にしないけどなぁ」
過保護になりつつあるお姉ちゃんだけど、私が意識不明とかならともかく命に別状がない今なら特に気にしないと思うけど。
ここら辺が人間と妖怪の違いなのかな?
「……うし! ちょっと地底行ってくる。少し待ってろ」
「え? あ、うん」
何やら意を決したような顔で(不覚にもちょっとカッコいいとか思っちゃった)、部屋の隅に置いてあった箒を手にして出ていった。
数秒後、外から爆音。それに伴って木々のざわめく音。どうやら本当に出かけちゃったみたいだ。
「……ふーーーーー……」
溜息を吐く。体中が痛いので碌に寝返りも打てないし、腕も動かないから手持無沙汰ってレベルじゃない。
元々お姉ちゃんと違ってアウトドア派だから、ベッドでじっとしてるっていうのはなかなかに地獄だ。地獄の住人の台詞としては滑稽だけど。
「……早く帰ってこないかな、魔理沙……」
私に怪我させた本人とはいえ、今私の相手をしてくれそうなのは魔理沙だけだった。
胸にぽっかり空いた穴を埋めるように、その名を呼んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ただいま」
「あ、おかえ、り? ど、どしたの、その顔」
「あー、うん、さとりに」
2時間くらい経っただろうか、行く前には持ってなかったフルーツ山盛りのバスケットを持って魔理沙が帰ってきた。
そのほっぺに真っ赤な紅葉をつけて。なんか服も半端にボロボロだし……
そのくせ、そんなことは気にしない風に私に笑いかけてくる。
「たはは、あいつ怒ったり泣いたり表情が忙しかったぜ。愛されてるな、お前」
「そ、それはいいんだけど……大丈夫?」
極々一部を除いて妖怪の身体能力は人間のそれを大きく超える。さすがに鬼とかにはずっと劣るけど、覚り妖怪のお姉ちゃんだって少なくとも人間よりは肉体の力は強い。
その攻撃力で引っ叩かれて、大丈夫なのかな……?
「いやまあ、こんくらいは甘んじて受けないとな……あと、お前にちゃんと付き合ってやってくれとも言われた」
「そ、そうなんだ……」
「ああ」
そう言って魔理沙はベッドの傍に何かキラリと光る物を置いて椅子に腰掛けた。何か見覚えあるんだけど……
あ、思い出した。弾幕ごっこの時にでっかいレーザーを撃つ時に構えてたやつだ! でもそれをどうして??
「ねえ、魔理、沙。それ、何?」
「ん、これか? 八卦炉だよ。見たことあるだろ?」
「うん。ただ、何で今、置くのかな、って」
尋ねると、少し自慢げに教えてくれた。何でも、部屋の空気を綺麗にしたり快適な気温に保ってくれたりするらしい。
こいつは宝物だ、と語る魔理沙の表情は輝いてた。
「こいつがありゃ、変に臭うこの部屋もちったあ過ごしやすくなるだろ」
「うるさいわよ」
「あたっ」
いつのまにか現れた、ヨレヨレのウサミミをした人が魔理沙の頭をべちっと叩く。どうやらここで働く人らしい。
その手には食器がいくつか乗ったトレイ。夕食にはまだ全然早い時間帯だけど、正直お腹が空いてたから助かる。
「はい、その娘のご飯。ちゃんと食べさせてあげてね」
「へいへい」
「返事は『はい』!」
「はいはい」
「『はい』は1回!!」
「はい」
「じゃ、またね。食事が終わったら食器は持ってきてちょうだい」
そう言うと、私をチラッと一瞥すると部屋を出ていった。むぅ、お話したかったのにな……
そんな私ににやにやしながら魔理沙。
「気を落とすなよ。あいつは人見知りが激しいだけさ、ツンデレだよツンデレ」
「それ、どういう意味?」
「知らん、外の世界で流行ってたらしいがな」
「ふーん……」
「ま、それよか飯だ。自分で食えるか?」
「ちょっと、無理、かな。手が動かないや……」
「そうか……悪いな」
気まずそうな暗い顔をする。でも、初めて会った時のイメージからすると、そんな表情は似合わないと思った。
「いいよ。だから、食べさせて」
「オーケー、任せろ」
さすがに寝っ転がったままだと食べ辛いので、魔理沙は私の体が痛くならないよう慎重に起こしてくれた。
ホントは体を曲げるのも痛かったけれど、文句を言う場面でもないのでガマンガマン。
「ガマンガマンの過酸化マンガン」
「何言ってんだ?」
「え、いやいや何でも」
「変な奴だなぁ」
危ない危ない、時々自分が無意識にわけのわからない言動する癖があるけど、こんなとこで出るとは思わなかった。
でも魔理沙が笑ってくれたから結果オーライかな。
食事のメニューは、お粥のようなスープのような液体っぽいもの。
普段だったら物足りないだろうけど、食べやすさという点で助かった。
なぜか一緒についてたオレンジ色の……ジャム? っぽいものを魔理沙はスプーンで掬い、料理に混ぜる。薬かな?
「ほら、あーん」
よく混ざったのを確認し、スプーンで掬ってから私に差し出す。
「あー……んむっ…!??」
「ん、どした? 不味いのか?」
「ごくっ……な、何というか、個性的、かなぁ」
ジャムっぽいのに甘くなく、薬のイメージみたいに苦くもない。決して不味い、という味じゃない。
ただ、1つだけ言えるのは、2口目以降は確実に躊躇われるという感じ。今も何か冷汗が止まらないし視界が歪んでる気がする。
なぜか大きな三つ編みをした大人の女の人が「あらあら」「うふふ」とか言ってる姿が想起された。(後で知ったけど本当にそんな人が作ったらしい)
色んな意味で気持ち悪い。地上にはこんな食べ物があるんですね。お姉ちゃん、私、また一つ賢くなったよ……
「おい、大丈夫か? 顔色おかしいぞ!」
「う、うん。へーきへーき」
全然そんなことないけど、魔理沙を不安にさせたくはない。やっぱり魔理沙は自信たっぷりなくらいが1番いいし、私もそれが好きだから。
「そ、そうか……ほら、頑張って食べてくれ。永琳の薬ならよく効くはずだから、早く元気になれよ」
……藪蛇、だったのかな……でも平気と言った手前食べないわけにもいかないよね……
その後、グルグル回る視界と戦いながら、1時間はかけて魔理沙のあーん攻撃に耐えました。もう、ゴールしても、いいよね……?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「太陽が沈んで間もない薄暗く静かな夜。私は最近お気に入りの魔法使いの少女と狭い部屋で2人っきり。今この空気を邪魔する人はいない。その彼女は、ベッドの上の力が入らず動けない私の服を1枚ずつ甘い言葉とともに優しく剥いでいく。程なくして、ついに私は誰にも見せたことのない未発達な裸体を表に晒す。そして彼女はおもむろに優しく私の体に手を伸ばし――」
「いい加減黙れや」
「え? 私なんか喋ってた?」
「ド三流の官能小説みたいなモノローグを延々と語ってたぞ」
「あ、ごめんねー。私時々無意識に考えたことぽろっと喋っちゃう癖があるみたい」
「お前普段何考えて生きてるんだ」
「えへへ、そんなのお姉ちゃんでもわかんないよ」
悪戯っぽく笑う私に魔理沙は呆れたように溜息をつく。そして私の体に手を伸ばし、優しく――タオルを走らせた。
あの薬の効果か副作用か、異常なまでにかいた冷汗で、すっかり私の体はビショビショになってしまった。そのため体を拭くことにした。あと着替え。
「よっ……と、こんな感じで拭けばいいか? 痛くないか?」
「うん、大丈夫だよ……きゃ! どこ触ってんのよー」
「不可抗力だつーか無駄にエロ路線に走るなお子ちゃまが」
「あ、ひどーい。魔理沙より大人だもーん」
「はいはい」
むぅー、一向に子供扱いをやめてくれないー。でも手つきは本当に優しくて気持ちよかった。
しばらくして、全身を拭き終わる。さっきまでとは別の白い病人服に着替え終わる頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。
「……きゃあ!?」
「え!? あ、わ、悪い!」
(色々な意味で)お腹がいっぱいになり、着替えが済んで気持ちよくなり寝転んだところで、思わぬ刺激が体を襲う。
魔理沙が私の第三の眼を掴み、揉んでいた。私の反応を見て慌てて放す。
「きゅ、急に何するのよぉ……」
「いや、ほんと気になっただけだって。ってかごめん!」
「ううー、もうお嫁に行けないー」
「そこまで!?」
もちろん半分は冗談なんだけど、私達覚り妖怪にとって第三の眼は妖怪としての象徴であり、また色々敏感で繊細なものでもある。
要は非常に大切な部分なのだ。相当に気を許した相手でないと、まず触らせさえしないものなのになー。
「ご、ごめんって!」
「う~~~~!」
「え、えーと、ど、どーすりゃいいんだよー!!?」
拗ねるふりをする。魔理沙は面白いくらいに狼狽した。
さっきまで私を子供扱いした罰だ、からかっちゃえ!
「うー……責任、とってよ……」
「せ、責任ーーー!?」
「じゃないと、許してあげないもん。乙女のハートを弄んだんだから」
そう言うと魔理沙は、私に背を向け蹲り、何かブツブツ呟きだした。
「……そうか……妖怪とはいえ、私は乙女の純情を……」
その様子が可笑しくて、つい笑みを零してしまう。
やがて魔理沙は立ち上がり、私に顔を向けた。やけに真剣な面持ちだったから、ネタばらししよう。
「なーんてね、冗――」
「せ、責任とるぜ!!」
「へ」
「え」
「………………え?」
「………………ゑ?」
返ってきた答えでパーフェクトフリーズ。
でも、何だろこの感覚。閉じたはずの第三の眼が今にも開きそうなほど胸の奥がドキドキしてる。
すごい。何か、苦しいけど、気持ちいい。…………嬉しい!
「魔理沙」
「お、おう?」
「不束者ですが、よろしくおねが」
「っだあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
むう、折角の嫁入り言葉の途中で絶叫だなんて、ムードないなぁ。
「ナシ! 今のナシだ!」
「やだよー。嘘つきは泥棒の始まりだよー?」
「私はシーフだからいいんだよ!」
「魔法使いじゃないのー?」
「くあぁーーーーーっ!!」
クスクス。やっぱりこの人は面白い。楽しい!
「……ねぇ、魔理沙」
「何だよ!?」
「何かね、眠くなっちゃった」
「え? そ、そうか……薬の作用か?」
「そうかも。ね、頭、撫でて?」
「ん、いいぜ」
落ち着きを取り戻した魔理沙が、私の頭に手を乗せる。そしてゆっくりと動かし始めた。
私の髪を梳いたり、頭を撫でたり。
まるでお姉ちゃんにされてるみたいに、温かくて気持ちよかった。
「……おやすみなさい、お姉ちゃ……」
「……ああ、おやすみ」
優しさと温かさに包まれながら、私の意識は闇に溶けていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。食事(オレンジはもう出なかった)が終わり、窓に置かれた八卦炉からの気持ちいい風を味わう。
一晩寝ていたら、体も治癒が進んだのか大分楽になっていた。回復がやけに速いわね、とお医者さんも不思議そうにしていた。
多分妖怪は精神が拠り所であるから、夕べあんなことがあった分それが体にも影響したんだろう。お医者さんには言わなかったけど。
食後の検査によれば、今日の夜には退院しても問題ないそうだ。だからそれまではちゃんと安静にしておこう。
「お姉ちゃん、寂しくて泣いてないかなー」
「そんなキャラじゃないんじゃなかったのか?」
暇ではあるので、椅子に座ってリンゴの皮を剥いている魔理沙に話題を振る。適当に。
「さあね。それより、いいナイフ使ってるね」
「自分で振っといて自分で終わるなよ……こいつは咲夜に貰ったのさ」
む、敵(と書いてライバルと読む)の予感。ライバルは全て潰さないと自分の望みは叶えられないってお姉ちゃんが言ってた。
「盗ったんじゃなくて? というか咲夜って誰?」
「ん、吸血鬼の館のメイド長。家の包丁が使い物にならなくなりそうだって言ったら、快くくれたよ。切れ味よすぎて少し怖いがな」
ナイフを見る限り、料理どころか護身用の武器とか退魔用の武器とかでも十分通用しそうな名品っぽい。
そんな逸品を易々と贈るとは……太っ腹というか何というか。
「ところで、魔理沙って妖怪が怖くないの?」
「また急だな。どうしてだ?」
「例えばの話だよ? 私がちょちょいと魔理沙の無意識を操って、魔理沙が無意識のうちにそのナイフを自分の首とか心臓に突き刺すように仕向けないとも限らないじゃん。私にはもちろんそんな気これっぽっちもないけど、一応私は魔理沙に大怪我させられたっていう恨みを持っててもおかしくはない立場なわけだしさ」
「んー……そりゃまったく怖くない、と言や嘘になるな。人里から出た時点でどう理不尽な死に方しても文句は言えない立場なわけだし」
でもなー、と続ける。
「お前に限らず、もしそいつが能力なり力づくなりで本気で私を消そうと思ったら私にゃどうにもできない、って知り合いが多いからなー。ある意味慣れだな」
時間を止めて誰も動けない世界を自由に動き回れるメイドさん。
相手の未来や運命を操れる(らしい)吸血鬼。
その妹で、相手を何の苦もなく破壊できる力を持った情緒不安定な吸血鬼。
相手に一切の抵抗を許さず死に至らしめることができる亡霊。
ただでさえ尋常じゃない力を持ちながら、殺しても殺しても復活する蓬莱人。
他にも強靭な肉体や妖力を併せ持つ鬼とか天人、神様や賢者さん。
私もほとんど知らない色んな人のことを話してくれた。
弾幕のカタチとか性格とか、どんなふうに出会って戦ったとか、得意気に話す魔理沙の表情は生き生きとしていた。
どんな人たちなんだろう、そう思うたび私の心もドキドキする。
「……とまあ、能力自体はみんな怖いが、付き合ってみれば面白い奴らさ」
「ふーん……私とも、覚り妖怪とも仲良くしてくれるかな?」
「大丈夫だと思うぞ。何なら挨拶回り手伝ってやろうか?」
「ホント!? ありがとう! デートだね!」
「まだ言うか!?」
「えへ♪」
「はあーーー……」
まったく……とか言いながら溜息をつく魔理沙。その様子がまた可愛らしい。
程なくしてリンゴが差し出される。
「おおー、ウサギさんだー。可愛いー! 意外と器用なんだねー」
「まあ、魔法の師の下で下積みした時期もあったし、一人暮らしも長いしな」
ほらよ、とひょいと掴んで私に食べさせてくれる。塩味が効いて美味しい。
「もぐもぐ……一人暮らしなんだ。じゃあうちにおいでよ。ペットがたくさんいて賑やかだよ?」
「暑苦しいのは好かないし、動物どもがうるさくて研究どころじゃないだろ」
「じゃあクーラー導入してもらうよ。それで気が利かないペット達は皆殺し、でOK?」
「やるなよ!? 絶対やるなよ!? 絶対だぞ!?」
「それは遠回しにやれと言っているんですね、わかります」
「違うわ!!」
「ちぇー。じゃあ私が魔理沙のうちに遊びに行くのはいい?」
「それならいいが、いないことも多いからな」
えー、それじゃすれ違っちゃうじゃん。でもそれはつまり堂々と忍びこめるというわけで。
ここは大人しく従っておこう。
「わかったよー。じゃあ普段はどこに行ってるの?」
「んー? そうだな、霊夢の神社に茶ー集りに行ったり紅魔館へ本借りに行ったり、妖精どもをからかったり、だな」
「ふむふむ」
神社にこーまかんに妖精達、か。脳内潰さないといけないライバルリストにメモメモ。脳ないけど。
「……何かよからぬこと企んでるんじゃないだろうな」
「ゼンゼンソンナコトナイヨ?」
「うわ、信用できねー」
「まあひどい! ふふふ」
やりとりに笑みが零れる。魔理沙は呆れ顔だったけれど、満更でもなさそうだった。
その後、夜にいったん帰ったらしい魔理沙が持ってきたトランプで暇潰し。
ババ抜きやジジ抜きは2人だけだと最後の最後で大いに盛り上がったし、途中病院の兎さんを交えてのダウト勝負はなかなか終わらなかった。
こんなに楽しい時間は最近ほとんどなかったかもしれない。瞬く間に時間が流れていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕暮れ時。魔理沙が持ってきたいつもの服装(ただし帽子は替えがなかったので被ってない)に着替えた私は見送りをしてもらっていた。
「じゃあな永琳、迷惑掛けたな。今度美味い茸とか珍しい茸とか持ってくるから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「えーと、お世話になりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。大事にね」
「はい!」
元気よく挨拶しておく。この人が魔理沙が言ってた殺しても死なない人らしい。弾幕(と書いて遊びと読む)に来ていい? と言ったら、ここのお姫様とならいくらでも遊んでいいそうなので、今度また遊びに来よう。
「じゃあ、行くか。こいし、飛べるか?」
「ん、飛べなくもないけど……ちょっとしんどいな」
箒に跨りながら尋ねてきた魔理沙に返す。別に痛みとかはもうほとんど気にならない程度ではあったけど、この際甘えちゃえ。
「だから、乗せてってくれない?」
「ああ。お安い御用さ」
「あらあら、そこはお姫様抱っこでいいじゃない」
永琳さんの素晴らしい提案。魔理沙がずっこけた。
すぐさま起き上がって激昂。
「何言ってんだよ永琳! あーもうさっさと乗れこいし!」
「えー?」
「うるさい、置いてくぞ!!」
「わ、わかったよう」
慌てて魔理沙の後ろに腰掛けると、凄いスピードで飛び立つ。「若いっていいわね~♪」なんて声が聞こえたのにはどう反応すればいいんだろ?
風が気持ちいい。普段自分で飛ばないような速度で2人空を駆ける。振り落とされないようにしがみついた体は温かかった。
ダジャレじゃないけど、時折人肌がこいしくなることがある。普段は専らペットやお姉ちゃんにそれを求めているけれど。
今、この時間は、この人に求めていよう。
無意識のうちに、そんなことを思っていた。
魔理沙が振ってくる話題にすらまともな反応をしないまま、ずーっと彼女の温かみを噛み締めていた。
「お姉ちゃん、ただいまー」
「御到着、っと」
我が家に到着。途中パルパル言う人が「好きな相手と2人乗りで帰宅だなんて妬ましいわパルパルパルパル」とかって弾幕撃ってきたりしたけど、ごっこする気力はまだなかったのでパルパルさんの無意識を操ってとりあえず黙らせておいた。
「こいしーーーっ! おかえりーーーっ!」
「うん、ただいまぐふっ」
私を見るなり駆けだしてくるお姉ちゃん。そして抱擁。今までこんな風に出迎えてもらったことはなく、とても嬉しかった。
ただ、まだ治りきってない背中が『みしっ』と嫌な音をたてた。ちょ、お姉ちゃん力強すぎ。しかも酒臭い。
「こいしこいしー! 心配したんですからねー!」
「う、ん、わがったか、ら、離、しででで」
「いーやーでーすー!」
そう言ってさらに抱き締めてくる……最早締め上げるだこれ、やばい、意識飛びそう。
「お、おい! こいしの顔色やばいぞ! 離してやれさとり!」
魔理沙がそう言った途端、お姉ちゃんが力を入れるのをやめ、私を解放してくれた。助かった。
が、今度は魔理沙の方をキッと睨み、叫ぶ。
「そ・も・そ・も! 貴女が悪いんでしょう! 貴女がこいしに怪我さえさせなければ! 違いますか!」
「そ、そりゃそうだが、悪かったと思ってるよ」
「『こいしも許してくれたし水に流せよ』ですって!? 甘いです! たとえこいしが許しても私はぜーったい許しませんからね! さあ、自分のトラウマで眠るがいいです!!」
「ま、またかよ!? 勘弁してくれっ!」
そう言うとお姉ちゃんはスペルカードを取り出し、「想起『495年夢想賢者の殺人人形』!」とか宣言する。
弾幕避けが得意という魔理沙をしてあの逃げ腰、相当厄介な弾幕なんだろう。
「というか、『また』ってどういう意味かな、お姉ちゃん」
ピタッ、とお姉ちゃんの動きが止まる。
「まさか、昨日自分からちゃんと『謝りに』来た魔理沙を引っ叩いた上にその弾幕、ぶつけたんじゃないよね?」
「え、えへへ? ゼンゼンソンナコトナイデスヨ?」
「こっち向いてよ」
図星だった。魔理沙の服が昨日ボロボロだったのはそういうわけか。
「お姉ちゃん」
「は、はいっ!」
出来る限り優しい声で、明確に、笑顔で言い放つ。
「だいっきらい♪」
「いやああああ!」
お姉ちゃん、撃沈。
「まったく……魔理沙、ごめんね? こんなお姉ちゃんだけど、悪い人じゃないから嫌わないであげて?」
「ん、ああ。家族想いに悪い奴なんていないさ」
「度が過ぎてると思うんだけど……」
たはは、と笑う魔理沙につられ、私も笑顔になる。
その後、星熊さんがやってきた。どうやらお姉ちゃんに強い酒を飲ませたのはこの人らしい。
何でも、私を案じてずーっとそわそわしていたお姉ちゃんを落ち着かせようとしたそうだ。変な方向に進んじゃったみたいだけど。
私の退院祝いとかで、急遽開かれたプチ宴会。
あらかじめ料理を作ってくれていたようで、酒しか鬼さん達は持ってこなかったけど、十分に楽しめた。
そのお礼に、どうせ私なんか私なんかーと拗ねているお姉ちゃんのほっぺに軽くキスをしてあげた。
ものすごく幸せそうな顔して倒れた。
数時間後、料理もほとんどなくなり、もう騒いでいるのは酒に強い鬼さん達だけになっている。お姉ちゃんはお燐やお空と一緒に床についた。
ふと魔理沙に目を向けると、帰る支度をしていた。
「あれ、もう帰るの? もっとゆっくりしていけばいいじゃない」
「いや、遠慮しとくぜ。これ以上鬼に絡まれでもしたらいい加減体壊しそうだしな」
そう言う魔理沙の顔はかなり赤い。この場にいた唯一の人間だったことや、私と仲良くしてるとかで結構注目され、酒を引っ切り無しに勧められていたのだ。
おそらく今も結構きついんだろう。
「別にお泊まりしても問題ないよ? 私のベッド使っていいからさ」
「やめとく。さとりにばれたら今度こそ死にそうだ」
苦笑い、そして。
「……本当に、ごめんな。痛かっただろ?」
さわさわと、私の頭を撫でてくれる。お姉ちゃんがしてくれるのとはまた違う感触だけど、こっちのも気持ちいい。
「ううん。何回も言ったけど、私は気にしてないから。それに、魔理沙の魔法は綺麗だからね。むしろ全身で受け止めてやりたいよ」
「はは、そう言ってくれるのはありがたい。……それじゃ、もう行くわ」
頭から離れる手に寂しさを覚える。それを埋めるように、私は魔理沙にお願いしていた。
「星が、見たいな」
「え?」
「魔理沙の心がこもったお星様。それが見たい」
「……オッケー、お安い御用だ――行くぜ!!」
そして魔理沙は舞い上がり、地霊殿の空を縦横無尽に箒で駆け巡る。そして彼女の通り道には流星群。
地底の不自然な明かりをかき消すように、様々な色の星々が生まれ、輝き、消えていく。
この、人間が生み出した芸術を、周りの妖怪達がおおーーー、と称賛していた。
思わず、舞い落ちる星のカケラに手を伸ばす。掴みとったカケラは温かく、優しく。
そして、甘かった。
「……最高だよ、魔理沙!」
もっとあの人を知りたい、そう思った。空にあるお星様には手が届かないけれど、流れ星のようなあの人を追いかけることはできる。
そしてそれは、本物の星を手に入れるよりも難しく、楽しいことなのだと思った。
「ふふっ」
思わず笑みが零れる。また明日にでも会いに行こう。お姉ちゃんに頼んでお菓子とお茶も持っていこう。お姉ちゃんを連れていくのもいいかもしれない。
どんな顔で出迎えてくれるのかな。それが楽しみだ。
色んな人に紹介してもらう時、何て言ってやったら魔理沙は慌てふためくだろうか。妹? 恋人? フィアンセ? それを想像するだけですごく心が躍る。
そんな感情、なくしてしまっていたと思っていたのだけれど。どうやら今の私は覚り妖怪として半端な生き物らしい。
半端な妖怪と、人間なのか魔法使いなのかシーフなのか、それこそ半端なあの人と2人。
半端者同士、つるんでみても面白いかもしれない。いや、彼女のことだ。きっと面白いだろう。
初めて会った時のこと、昨日今日のことを思い返す。
不敵な表情でどこまでも突き進むような真っ直ぐさと、意外と器用で世話焼きな一面。
きっと、まだまだ私が知らない一面があの人にはあるのだろう。それをもっと知りたい。
そして、仲良くなりたい。
そこまで思って、再び実感する。
ああ、私はやっぱり、あの人という流れ星に惹かれていたんだなぁ、って。
またしても笑みが零れる。それがまた楽しくて仕方ない。
「……おやすみ、魔理沙。またね」
すでに去ってしまい、この場にいない彼女に向かって独り言。
久しぶりにいい夢が見れそうだ、そう思いながら私は自分のベッドに向かったのだった。
そういえば、こいマリって見ないですよね。
それと、題名が上手いですねー。
流れ星に轢かれた、は何故だか妙にツボにはまりました。
妹煩悩なさとりさんも可愛い
良い話でした。
こいまりはもっと流行るべき
そしてゴルドランで爆笑wあれは名作ですよね!