Coolier - 新生・東方創想話

にと・れーむ!

2010/05/07 22:06:44
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 地霊殿の異変によって博麗神社に温泉ができたのは今では周知の事実である。
ある時はどこぞの天人に住まい兼仕事場の神社を文字通り潰されて、酷い方向に
素敵な霊夢の住環境であったが、この温泉でプラスの方向に大きく傾いている。
怨霊が出なくなれば文句のつけようがない天然温泉であった。

 そんな神社の巫女さん、『博麗 霊夢』は今まさに温泉に浸かっている最中である。

「らんらん、ららーら、ららんら・ら・ら、らんらん、ららーら、ららんら・ら・ら♪」 

 完全に緩みきった表情で鼻歌を湯気に交えながら肩まで湯に沈めている。適当に
庶務と掃除と朝飯を済ませ、日の高いうちから朝風呂に興じる。そんな素晴らしい
状況を満喫している霊夢の耳に、
「おーい!!」
などと境内の方から誰かを呼ぶ声。一瞬眉根を寄せて考える霊夢、聞き覚えのある
声なのだが今ひとつ思い出せない。

「おーい!! 巫女巫女、人間の巫女ー! いないのかー!? 盟友やーい」

 思い出した。特徴的なフレーズと声の主が繋がった。返事をしないまま居留守を
使う意味もないので、
「いるわよー。こっちー! 温泉の方ー!」
と呼び返す。

「おー!」

 そんな声がしてぱたぱたと近づく足音。温泉場に、建築ならお任せあれな鬼、
『伊吹 萃香』から作ってもらった仕切りと地面の隙間から水色の長靴が見えた。
その仕切りの向こうから声がする。

「あれ? ひょっとして入ってんの?」

 温泉の方、としか霊夢は言ってなかった。だからか声の主は掃除でもしているの
だろうと想像していたようだ。近くに来てそうでない気配を察したらしい。霊夢は
間延びした声で、
「そーよー」
などと暢気なものである。その言葉を受けて、
「そっか。じゃあ上がるまで待たせてもらおうかな」
意外にも思える謙虚な提案。

 霊夢の良く知る顔ぶれなら、おおそうか私もお邪魔するぜマスタースプラーッシュ、
などと言いつつ勢い良くダイブしてきたり(この後霊夢はその相手の頭に陰陽玉を
お見舞いした)、なら私がもっと面白い風呂にしてやろうかねぇ酒精よ萃まれぇ、
などと言いつつ温泉を酒風呂に仕立て上げたり(この後霊夢はその相手を八方から
縛り上げるような陣で天高く打ち上げた)、スキマを開いてその向こうからこっそり
ハァハァと息を荒げつつ覗いていたり(この後霊夢はその相手にボディボディボディ
ボディボディボディアッパーカッと七発打撃を叩き込み破魔札の大渦で穢れを洗濯
してあげた挙句陰干しにして放置)するのだがどうやら良識をわきまえた相手らしい。
ふむ、と霊夢は少し考えてから口を開く。

「いいわよ、入ってきても。私も今ちょうど入ったばかりだし、あんまり待たせるのも
悪いわ」
「え、いいのかい?」
「もちろんよ。この温泉は誰にでも開かれてるわ。人にも、妖怪にも」

 それは博麗のあり方と同じである。そうでなくとも霊夢の性格ならこの温泉を多く
のものに楽しんでもらいたいと願うだろう。仕切りの向こうの相手も喜んだ声を
上げる。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおっかな! わぁい、温泉温泉~」

 楽しげな様子を振りまきつつ、脱衣所の方へと向かう足音を霊夢の耳はしっかりと
とらえている。ふふ、と小さく笑みを漏らしつつ、呟いた。

「もちろん、河童にもね」




「お待たせ~。いやぁ、なんだか悪いねぇ」

 んーっ、と腕を伸ばし体をほぐしていた霊夢。声を聞いて閉じていたまぶたを開き、
振り返った。

「いいわよ、べ……」

 別に、と言おうとして霊夢が固まった。その様子にきょとんとするその少女。硬直
から回復した霊夢が口にしたのは。

「……誰、あんた?」
「ひょぉぅい?! ええ!? あ、会った事あるし弾幕勝負だってやりあったし、何より
さっき私だって分かったそぶりで話をしてたじゃないかぁ?」
「いや、まぁ……えー」
「えー、ってなんだよ!? 私だよ私! 谷カッパにして幻想郷一のエンジニアかっこ
自称かっことじるぅ! のにとり、河城にとりだよぅ!!」
「えー」
「だぁかぁらぁ!」

 驚いてまくしたてるその相手、おそらくはそう、本人の言うとおり『河城 にとり』に
向けた霊夢の視線が懐疑的過ぎた。くい、と顔をもたげ頭のてっぺんから、足先まで
じっくりと舐めるように眺めていく。その妙な気配に思わずにとりもその身を抱いて
あとずさる。

 ……あの色気の欠片もない水色の作業ブラウスから想像もできないほど、色気を
感じさせるラインを持つ豊満なその身を。

「……にとり、よね? 驚いたわ。なんか普段とぜんぜん印象が違うんだもん」
「そうかなー?」

 小首を傾げるにとり。その雰囲気は確かにいつもの彼女そのものではあるのだが。

 前述したとおり、にとりの体躯はある意味セクシーといえるものである。背は霊夢
より明らかに低いであろうに色気抜群なボディが待ち構えている。タオルで隠そうと
はされてはいるが、そんな事お構いなしに丸いふくらみが自己主張をし続けている胸。
水蜜桃のように瑞々しく張りと艶のあるヒップ。お腹周りは少し肉付きがよすぎる
感じもするが、全体的なバランスを考えれば肉感的な色気を強調する武器と言える
だろう。大昔の言葉で言うならトランジスタグラマー、というやつである。

 そんな曲線美の持ち主のその顔は。これが妖艶な雰囲気を醸し出す大人の女性
の顔ならトータルバランスは取れていただろう。だが、にとりの相貌はある意味で全く
逆である。真ん丸く開かれくるくる景色を写しこむ瞳。あまり高くない慎ましやかな
鼻梁。人の良さそうなどこか締まらない笑みを湛える唇。薔薇色に輝くもちもちした
柔らかそうな頬。そして色事など全く興味のなさそうな、どこか野暮ったい雰囲気。
その相反する二つがアンバランスな魅力を爆発させて、分かりやすく言うと、こう、
えぇと、なんかすごい。すごいえろい。

 もっとも、いつもは帽子の下、二つ結いにしている水色の髪が解かれて鎖骨を隠す
くらいにまで落ちているのも一因なのかもしれないが、いやはや、これはしかし。

「おっぱいおおきい……」

 あまりの衝撃に小さく呟いた霊夢。視線を下げれば、大丈夫、
私も一応ふくらみと
しては存在してるもん! と儚げな主張をする自らの胸があった。そのままでいれば
あまりの悲しみに、気持ちごとこのまま温泉に沈んでいきそうになる。などと思い
つつ霊夢はにとりに視線を戻す。若干の三白眼で。

「いったい何を食べたらそんな体型になるのよ、ってきゅうりか、きゅうりなのか」
「あー。そういうこと、か。そりゃまぁ裸のつきあいなんてこれが初めてだしねぇ。
けどさ、霊夢。河童なんて大体こんなもんだよ?」
「そうなの?」

 妖怪退治のオーソリティである霊夢だが、とりあえずブチ倒せれば皆一緒と思って
いるせいか妖怪そのものに対してはさほど詳しくはない。特に河童なんていうものは
種族自体が人間と友好的であろうとしているくらいで、ブン殴る機会はまずない。
つまり、霊夢は河童というものの特性をほとんど知らないわけであった。にとりとも、
山の神社が幻想郷に来ないままであればお互い顔を合わす機会もなかったろう。

「河童は当然水の中に住む。そうすると冷たさに耐えるように自然と体に肉がつく
のさ。……私としちゃ、創作する際の邪魔にしかならないんだけど」
「じゃあくれ」
「む、無茶を言うなよぅ」

 間髪入れずに胸を欲しがる霊夢に仰天して、しっかりと腕で胸をガードするにとり。
そのままの体勢で告げる。

「と、ところでいい加減温泉に入っていい?」
「河童だから冷たいのは大丈夫なんでしょ……冗談よ、そんな情けない顔をしないで
いいから」






「ひゅぅふぅうぃ~~~っ、あぁはっ、ご、ごくらく、ごくらくぅ」

 かけ湯をしてから、とろけきった風合いの妙な声を発してにとりは温泉に肩まで
つかる。この謎の発声は人妖変わらないもんだなぁ、と霊夢はなんとなく思う。あの
幻想郷の全てを管理する強大無比な力を持つ妖怪、『八雲 紫』でさえでもだ。

「はふぅ……あぁ、あぁふっ、さ、最高よぉ!! 霊夢の出汁がしみこんだ温泉、
最高よぉ~~~ッッッ!!!」

 ……などとちょっと人様には見せられない顔で言っていたので、その味を存分に
楽しませてやるとばかり頭に陰陽玉の重石をつけて沈めた、それもまたいい思い出
であるなどと霊夢。それはさておき、はにゃぁ、と蕩けた顔をして温泉を楽しんでいる
にとりに疑問をぶつける。それは彼女の声がしたときから持ち続けたものだった。

「ねぇ、にとり。一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん~~~、なぁ~にぃかぁ~なぁ~?」
「何しにうちに来たの?」

 これが、かの白黒の魔法使い、『霧雨 魔理沙』や紫なら特に用はなくても神社に
寄り付くのはわかる。そうでないなら人でも妖怪でもあまり寄り付かないのが博麗
神社というものだ。更に言えばにとりは妖怪の山の住人である。神社なら守矢の
それが鎮座しているのだ。

 霊夢の疑問を受けて、そこでにとりは表情を変える。それどころか姿勢すら正し
湯船の中で正座をした。

「霊夢」
「え、あぁ、うん?」
「この間のバザー、来てくれてありがとう」

 そう言って頭を下げた。

「うん」

 霊夢もそれを受けてちょこんとお辞儀をし返した。それからしばらく温泉に湯が
注がれる音だけが響く。

「……え? それだけ?」
「うん。そだけど」

 ぽかんとした顔で霊夢がそう問えば、にっ、と笑ってにとりが言う。

「あ、それと霊夢が来たあとに”あの博麗の巫女さまもお手に取られたにとり謹製の
発明品”って銘打ったけど、いいよね?」
「そりゃぁ全然構わないけど……え、ほんとに、それだけ?」
「うん」

 答えを聞いてもにわかに信じられない霊夢。バザーと言うのはついこのあいだの
非想天則のお披露目と一緒に行われた河童たちの催しだ。魔理沙に連れられて
行ったわけだが、その折ににとりの出店にも足を運んでいた。魔理沙はにとりの
発明品に目を輝かせていたのだが、霊夢としてはいつもの雰囲気でいくつか言葉を
交わしただけ。特段何かを買ったわけでもなかった。

 だというのに目の前の河童の少女はバザーに来てくれた、その礼をするためだけに
わざわざ妖怪の山からひとりやってきたのだ。信じられないというのが霊夢の素直な
気持ちである。こと、幻想郷は自己中心的、天上天下唯我独尊な連中の溜まり場だ。
用事があったらこちらの都合も考えず押し付けるし、用がなくとも勝手気ままに振り
回す。だからこそ異変なんてものが年に最低一度は起こるのであり、それを解決する
ための存在である霊夢は幻想郷の住人とはそんなもんだと決め付けていた。

 それどころか霊夢自身でさえ基本的にマイペース、自分の時間と都合を優先する
人種である。が、しかし、目の前の河童の少女はそうではないらしい。礼を言えた
ことが嬉しかったのか、人懐っこそうな瞳を真ん丸にして、はにかみつつも微笑んで
いる。なんだか心の奥がこそばゆいような、それでいて心地良いような不思議な
気分がして、霊夢も思わず、笑みを浮かべる。

「……ふふふ、あんた、変わってるわね」
「そ、そうかねぇ」
「そうよ。まぁ、いいわ。ね、にとり」
「ん?」
「せっかくだから一杯やりましょ? なんだか私、あなたと飲みたくなったわ」

 くいっ、とお猪口を呷る仕草を説明するのも無粋というものだろう。にとりも
もちろんその意味を理解して気色ばむ。

「え!? いいの? ……っていやいや、そこまでご馳走になるのも悪いよ。
湯船を貸してもらってるだけでもありがたい話なのに」
「気にしなくてもいいの。もともとこの温泉は誰がどう使っても……は、困るか。
ともかく普通に温泉に入るぶんには好きに使っていいんだし」
「え、あ、うーん。で、でもなぁ」

 霊夢も予想はしていたが、この河童かなりに謙虚だ。もちろん本心は飲みたいに
違いない。河童という種族も酒豪は多いし、なにより幻想郷に名だたる者が酒を
嫌いなはずは無いのである。さて、このまま謙遜され続けてもなぁ、と思った霊夢。
切り札ひとつ。

「せっかく盟友が飲もう、って言ってるのよ。いいじゃない、ね、盟友」

 にとりの困り顔、その頬にぱぁっと紅がさす。人間が好きな妖怪であるからこそ、
人間の方から歩み寄られることは何よりの幸せだ。人見知りをしてしまう彼女だから
こそ、その思いは何よりも強く、だから。

「……そうだね、うんうん。め、盟友として勧められた酒を断るわけにはいかないや」
「そうそう。さ、飲みましょ?」




 さて、いざ酒盛りと相成ったわけだが、にとりはあることに気付く。

「でもさ、霊夢。酒瓶も何もないんだけど……」

 それはその通りだ。萃香のように一人酒をするほど酒好きではないし、にとりの
訪問は予想外。霊夢がもてなす用意などできていようはずもない。となると、どうで
あれ霊夢は一度温泉を出てから準備をしなくてはいけなくなる。それは余りに忍び
ないなぁ、とにとりは思ってつい言葉が出てしまう。

「いいよ、やっぱり。わざわざ温泉を出てまで……」
「ん? そんな必要ないわよ」

 と、最後まで言い終わる前に遮りの一言。にとりの二の句を封じるように、まぁ
見てなさいって、と呟いて目を閉じた。一瞬、緊張した空気があたりを支配する。
気圧されてにとりは息を呑む。湯船の中から霊夢の腕が伸び、掌は刀印を形どる。
かっ、と目を見開いた霊夢が空中に複雑な印を切る。

「”亜空穴”ッ」

 力ある言葉と共に、空間に小さな亀裂が走る。驚くにとりを他所に、いつもの
表情に戻った霊夢はその亀裂の中に無造作に腕を突っ込んだ。その穴から盆と
お猪口二つ、次に一升瓶が引き抜かれた。それから空中にできた穴は、何事も
なかったように閉じる。

「ね、これでよし」
「……凄い、凄いよ霊夢。うむむ、それはどうやってやるんだい?」
「どうって……」

 紫でさえ認める霊夢の境界操作能力、それをかなりしょーもない事に使っている
わけだが、にとりは目を輝かせてその秘密を聞き出そうとする。しかし、霊夢は
少し難しい顔になる。

「今やったみたいに気を集中してぱっぱっぱって印切ってうりゃって気合を入れたら
できるんだけど」

 どうにも要領を得ない回答が返ってきて、にとりの眉は思わずハの字に下がる。

「え、ええーっ。原理とかそういうの、理解しないで使ってるのかい……?」
「んん? いや、だって。そんな小難しいものわかんなくても、その、使えてるし」

 思わず肩が落ちため息をつくにとり。ぼそっと呟く。

「むうぅ、理屈が分かったら、発明品で再現できたらと思ったのに……」

 やはり、この河童はどこまでも発明家であった。気落ちするにとりの目の前に、
すっと差し出されるお猪口。

「ま、難しい事はあとあと。ささ」
「う、うん。そうだね」

 にとりが受け取れば、なみなみと日本酒が注がれ、次いで霊夢のそれにも同じ
味の液体が満ちる。

「じゃ、乾杯……。なにに乾杯しようか?」

 問う霊夢に、にとりはちょっとだけ思案顔をしたのち、
「そうだね……。盟友と我等の末永い繁栄を……は、大げさか。じゃあ今日の良き
日に」
とお猪口を突き出す。かちりと小さい音を立ててお猪口同士がキスをした。

「乾杯」
「乾杯」

 幸せそうな笑顔を交し合って、ふたりは同じようにお酒をあおる。そして同じように
幸せそうな酒臭いため息をぷはぁと一つ、した。






 淡麗な喉越しに舌鼓を打ちつつ、先だってのバザーや山の核融合炉の話など、
他愛もない話を交わすふたり。と、霊夢は温泉から出るようなそぶりを見せる。

「ん? どうしたんだい?」
「そろそろ体でも洗おうかな、と思って」
「あぁ、うん。私は気にせんでいいよ。しばらくひとりでゆっくりしてるから」

 うん、と小さく相槌を打って湯から立ち上がる。ゆるゆると洗い場に向かうその
背に、聞き捨てならない小さな呟きが聞こえた。

「……良い尻だ」

 すぐさまお湯の中にざぶんとその身を沈ませる霊夢。

「んお? 上がるんじゃ……」
「今なんつった」

 振り向けば、異変解決時よろしく凍りつくような視線をにとりに向ける。その手には
結界操作の力でも使ったのだろうか、当たると死ぬほど痛いと評判の退魔針が
握られていた。

「ひゅ、ひゅい!? ま、待て盟友、落ち着くんだ! 話せば分かる!!」
「話すって何をよ」
「……えー……っと。れ、霊夢のお尻の素晴らしさとか?」

 ヒュンっ、と風切る音がして、にとりの背後の仕切り板に針が突き立つ。頬を一筋、
血がつっ、と流れてようやくにとりは反応をした。

「ひ、ひゅいいい!? や、やめてやめてやめて! こ、殺さないでー!!」
「……あんたが不穏な事言うからでしょうが。あ、思い出した。確か河童は尻子玉
なんていうのを抜いて人を腑抜けにするらしいわね」

 慌てふためくにとりに、霊夢は投擲の構え。悪事を働く妖怪を調伏するのは
彼女の仕事。ただこの場合は個人的な感情だろう。怒りと羞恥に頬がうっすら
染まっている。

「ど、どうどう。そんな事しないって! 確かに河童は尻子玉を抜くことはあるけど、
盟友、誓って言う! そんなことをするのはよほどの悪さをした相手だけだよ!」

 涙を浮かべながら弁明するにとり。しかし霊夢は気を抜かず、何時でも必殺の
投擲を撃てるようにとりを睨みつけている。しかし、にとりの瞳からいよいよ大粒
の涙が落ちそうになるをの見て、なんだか急に怒っているのが馬鹿らしくなって
きた。ふむ、とひとつ得心したようにその手を降ろした。

「……ホントに?」
「ほんとにほんと!」
「変な事しないわよね?」
「しないしない!」
「なら、よし」

 許しを告げる霊夢の声に情けない顔で深い深い息を吐いて命のありがたみを
噛み締めるにとり。退魔針をどこかに収めて、改めて湯船から上がる……一度、
射抜くような視線を投げかけて。それに萎縮するにとりを認めて、そそくさと
霊夢は湯船から離れた。

 それからしばらく、お気に入りのへちまで入念に身体を洗う。すると背中越しに
どうやら恐怖から立ち直ったらしい声がした。

「あ、あのさー、霊夢」
「なによ」

 妖怪はつけ上がらせるとろくなことをしない、と紫の行動で学んだ霊夢。冷たく
言い放って少しばかり後悔した。相手はどちらかというと人見知りをするくらい
には気の弱そうな妖怪であった。事実、どこかおびえたような雰囲気がひしひしと
伝わる。しかし言ってしまったものはしょうがない。

「用があるなら言ったらどう?」

 つっけんどんな言い方はそのままに、しかし先を促す。少しの沈黙を挟んで
にとりがまた声をかける。

「あの、えーと。お、おせ、お背中お流しいたしましょうかーぁ?」

 ぷっ、と吹き出す霊夢。緊張して、更に喋り慣れない敬語らしきものを使った
せいで噛むわ語尾が跳ね上がるわ。笑っちゃ悪いと思う良心の堰を突き崩して
笑いがこみ上げてきた。

「く、くく。な、なによそれ。ふふ、あはははははは!」
「わ、笑うなんて酷い!」
「ごめんごめん。でも、いいわよ。わざわざそんな事してもらわなくても」
「警戒なんかしなくてもいいよ。何ならここに浸かったまま背中を流すことだって
できるしさぁ」

 霊夢の遠慮は尻子玉を抜かれるんでないか、と警戒しているからだろうか。そう
思うにとりである。しかしそこでその口からは謎めいた言葉が出てくる。そんな
発明品でもあるのだろうか。霊夢も不思議に思ったらしく湯船の方を振り返る。

「そんなこと、できるの?」
「河童だから出来るのさ。見よ! のびーる、あーむっ!」

 霊夢に向けて突き出された右手が、言葉の如く伸びてきた。

「うわ」
「へへん、どうだいっ!」
「う……確かにちょっと凄いと認め……。 !?」

 霊夢の言葉が切れた。その視線の先。もちろんにとりの裸身があるのだが。

「にっ、にとりっ!? 左手、左手がっ!?」
「あん? おお、そうだね、縮むよ。それが何か?」

 右手が伸びた分、左手が引っ込んでいた。まるで妖怪……、うん、河童も妖怪だ。
ともあれ人間には到底無理なその技に、霊夢は一言こう呟いた。

「キモい。いい、断る」
「酷いっ!!」







 そんなこんなで霊夢が身体を洗い終わったあと、である。

「ところで、さ」

 一升瓶の中身が半分くらいになった頃、顔を赤らめた霊夢が唐突に切り出す。
あの後霊夢は身体を洗うにとりと入れ替わりに温泉に入り、ちびちびやっていた。
にとりが戻ってからは、もちろん二人で。手にしたお猪口の中身をあおってから、
にとりは霊夢の次の言葉に耳を傾ける。

「河童なんでしょ? やっぱり頭にあるの、その、お皿」
「ひゅいっ?!」

 河童といえば背中に甲羅、頭に皿。どこか蛙のような雰囲気を持つ水棲妖怪で
あることは言うまでもないこと。霊夢の知っている限り幻想郷の力ある妖怪は
誰も彼もが少女の姿をしているが、世の常に従えばにとりにも河童の基本装備が
ついているはずである。それを暗示するかのように、にとりは頭を……普段は
緑の帽子に隠された頭を抱え込むようにして隠した。その様はまさに紅色型姉
吸血鬼式地対地防御法を思わせた。かわしろ☆うー。

「あ、やっぱりあるんだ、ってどうしたのよそんなに怯えて」
「か、河童の頭の皿は弱点だしみだりにひとに見せるもんじゃないんだよう……」

 ふむ、とため息一つ。霊夢は記憶の引き出しを開けてみる。河童は皿が弱点、
というのはどこかで聞いた覚えがある。もし、それが割れるような事があれば、
おおよその河童が命を落としてしまうことも。更に常々水で湿らせておかないと、
陸の上では弱っていってしまう。乾ききってしまえばやはり命に関わるらしい。
確かにそんな弱点を他人に見せびらかしたりはしないだろう。

 この間のバザーの光景も思い出す霊夢だが、なるほど言われてみれば店を出して
いるどの河童も帽子やら何やらを被っていた。帽子は幻想郷のお洒落アイテムの
一つだが、河童にとってはもっと実利的な意味合いがあったようだ。

「だからあなたも帽子を被ってるんだ」
「そう。河童特製の保湿性に優れ、衝撃吸収効果抜群の逸品だよ。そんな素敵な
帽子が今ならお値打ち……、じゃない、バザーはとっくに終わってる」

 発明品の事となると途端に饒舌になるにとりではあったが、すぐに我に返る。
相当に警戒したような視線を防御姿勢の向こうから霊夢に向けるが、できることと
いったらそれくらいだろう。裸のつきあいじゃ自慢の光学迷彩をお披露目する事も
できない。

「うーん。河童の皿なんて見る機会なかったのよねぇ。ね、にとり」
「いやだよぅ」
「いいじゃない、減るもんじゃなし」
「やーだー」
「盟友がこれだけ頼んでも?」
「う」

 キラーワードが飛んできて、さすがに動揺の色を隠せないにとり。よくよく
考えれば霊夢、ものを頼む態度には思えないのだが。

「ううー」

 霊夢の目の前で逡巡しまくるにとり。種族としての危機感と、盟友からの頼み
とで板ばさみだ。それに何も言わず霊夢は手にしたお猪口を傾ける。自分から
頼んでおきながら結構な態度である。

 これは時間がかかるかな、と思いながら霊夢は一升瓶から次を足した。そこに
にとりの煩悶するような返事。

「く、め、盟友からの頼みじゃ断れないじゃないかよぅ。あぁ、もう。なんて
ずけずけとした頼みもあったもんだ!」
「あら、いいんだ」

 ふてくされつつもガードを解くにとりに、お猪口はおいといて霊夢は近づく。
時折びくりびくりと体をひくつかせつつも、にとりはそっと頭を前に倒した。

「こ、こういうの誰にでも見せてるわけじゃないからね! め、盟友の頼みだから
仕方なくやってるんだからね!」
「はいはい」
「それと、絶対に触っちゃダメだよ! そこは河童においてとびきり繊細で敏感で
重要な器官なんだからさ。しかもまかり間違って割れでもしたら、私でも、死ぬ」
「うんうん」
「……返事が適当なのがすっごい気になるなー」
「ねぇ、にとりぃ」

 頭の上で霊夢の呼びかけがある、が、当然頭を上げる事ができない。

「なんだよぅ」
「皿、あるの?」

 その声に、霊夢から見えない角度のにとりの顔は、あぁやはり、とでも言いたげだ。

「皿って言うからもっとでっかいのを想像してたかい。やだなぁ、それじゃ私
女の子なのにつるっつるじゃん」
「へ?」

 どこか気の抜けた霊夢の声をよそに、さらに説明を続ける。

「偉大なご先祖様たちは、そりゃあ立派な大皿を持っていたさ。ただそれは、弱点
をさらけ出してしまい、それは種族のためにはならないと考えたんだろうね」
「はぁ」
「そこで河童は進化したんだ。もちろん皿を失う事はできない。けれど小さくする
事ならできるだろう、ってね。おかげで私たちの世代の河童の皿は、そうさねー、
頭のてっぺんに、親指の先くらいの大きさで存在してるかな」
「へぇ」
「……そう、進化。素晴らしい進化さ。この閉じられた幻想郷において誰も彼もあるが
ままの幸せを甘受するのとは違って、河童は停滞に反骨をみせる素晴らしい種族
なのさ。いくら八雲紫がそれを懸念しようと、我等河童は緩慢な滅びを」
「あ、これがその皿ね」
「選ぶよりっひにゃうっ!? きゃはぁんっ!! あぶっ」

 語りモードに入ったにとりのその繊細で敏感で重要な器官に、霊夢の指が優しく
這った。とたん、やたら感極まった黄色い悲鳴を上げつつ、にとりはお湯の中に
ぶっ倒れる。まさかそこまで過敏な反応をするとは考えてもなかった霊夢は呆けた
顔をしつつ、思わぬ効果をもたらした自分の指をしげしげと眺める。

「そんな強く触ってないよ? うん」

 自問自答する霊夢、指の向こうの景色が急にさざめき始める。なにかしら、と
思う間もなく脚を何かに掴まれてざんぶと湯の中に倒された。目を白黒させながら
水中でもがき、どうにか水面に顔を出す。

 渦巻く温泉、少し上空に顔を真っ赤に染め涙目で睨みつけるにとり。今しがた
霊夢を襲ったのはにとりが操った水そのものであろう。

「れぇいぃむぅ~!」

 珍しく怒っている。

「な、何よ!?」
「触るなって、言っただろお……っ」
「いやまぁその」

 確かに霊夢に非があった。と、温泉水が沸き立つように飛沫を上げ、幾つかは
集まりにとりの霊力を受けて輝きだす。温泉とはいえ水は水、いわばにとりの
独壇場だ。にとりの水を操る程度の能力は、弾幕にも適応される。ジェットの
如く水を叩きつければ岩をも穿つ、本気を出せば造作もないことだ。

 弾幕を見れば霊夢ものん気ではいられない。空間を操作して手に握られる針と
札。氷のような視線をにとりに向ける。

「するなといったことをするなんて、霊夢は思ったよりずいぶん酷い盟友だった
ようだ」
「それはそうかもしれないけど、やる気?」
「闘うんじゃない、懲らしめるのさ。ふん、尻子玉、やっぱりいただかなきゃならない
かな」
「やめてよ。そっちがそうならこっちもこうよ! 妖怪を懲らしめるのは私の仕事!」

 異変もかくや、口上を並べて視殺戦。

「私を懲らしめる? 霊夢、今の状況をよく考えてみるがいい」
「……温泉よね」
「温かい水だ。私の領域、そこで勝とうなんて……」
「……裸よねぇ」
「百と3年くらい早……。……確かにお互い、素っ裸だねぇ」

 もちろんそのとおり、温泉に入っているわけだからふたりともすっぽんぽんだ。
夏の余韻をはらんだ初秋の風が二人の間を吹きぬけた。

「へくちっ」

 くしゃみをするのはにとり。

「ぷっ」

 吹き出したのは霊夢。

「な、なんだよう」
「ふふ、だって、ねぇ、はは、あはははは!」

 腹を抱えて笑い出した。先ほど見せた異変解決時の雰囲気と真逆の表情に、
にとりも困惑する。

「ねぇ、にとり。ふふ、ねぇ」
「な、なんだよぉ」

 もとより臆病なにとりではある。戦うはずの相手が笑い出す、こんな不思議な
状況に当惑するのも仕方ないこと。おっかなびっくり、温泉に降り立つ。

「ふふふ、お互い、素っ裸で弾幕戦やる気? あは、あははははは! おかしいったら
ないわ! あははははは!」
「へ? ……そりゃまぁ、確か、に。はは、確かにこりゃ、傑作だ。はっ、あはははは!」

 お互い真剣な顔をして、その顔の下はすっぽんぽん。一体それはどんな弾幕戦だと
いうのか。興味を持ったどこぞのブン屋が来てしまいかねない。あまりにばからしい
事に気づき、にとりも破顔一笑。

「あははははは!」
「はははははは!」

 さっきまでの緊張感はどこへやら、湯船に腰を下ろし笑いこけるふたり。やがて
涙をひとすくいして霊夢がにとりに語りかける。

「ふふ、にとり。まぁうん、さっきはゴメン」

 珍しい霊夢の謝罪。

「いやさなに、こっちこそ大人気なかったよ、はは」

 笑顔の視線が重なり合う。またふたりは湯船を満たすように笑いあうのであった。






「どう、美味しい?」
「うん。それにしてもご飯までご馳走になるなんてねぇ」
「いいのよ。そうめん余りすぎたんだもの」

 縁側で湯上りのふたり。遠慮するにとりに霊夢はそうめんをふるまっていた。

「ごちそうさまでしたー」
「はい、どうも」

 大皿一杯のそうめんを綺麗に片付けて手を合わせるにとり。それを見ながら
霊夢は、あぁ河童ってきゅうり以外も食べるんだ、とどうでもいいことを考えつつ、
そうめんをつるりと喉に流し込む。

「っと、忘れるところだった」
「ん?」

 食事を終えて一息ついたにとりが何かを思い立つ。何かしらといぶかしむ霊夢を
よそに、にとりは神社の本殿の方へと歩いていく。そこで霊夢が目にしたものは、
信じられない光景だった。

 ちゃりん、からんからん、ぺこり、ぱんぱん……ぺこり。

 あろうことか賽銭箱に小銭を投げ入れ、にとりが参拝を行っている。拍手の後に
しばらく何かを祈念した後、深く一礼してからまた縁側へと戻っていく。そして
にとりが目にしたものは、とんでもない光景だった。

 霊夢が地べたに伏している。

「えっ、盟友?! どうしたの!?」
「神」

 そう呟いて顔を上げようとしない。

「え? れ、霊夢?!」
「我が名を呼ばれるのはにとり大明神であらせられるかあなかしこあなかしこ」
「れ、霊夢が壊れた?」

 おろおろするにとり。霊夢が壊れた理由もなにもわかったものではない。

「壊れたとは失礼な。こんな見事な五体投地で敬ってるのに」

 一応顔だけ霊夢が上げてそんなことを言う。どうやら壊れたわけではなかった
らしい。あんまり敬ってそうにない表情に見えるが、それはともかく敬われる理由も
にとりには分からなかった。

「えーいや。何でそこまで敬われるんさ」
「お賽銭」

 そう言いながら立ち上がる霊夢。にとりは賽銭箱に振り返り、もう一度霊夢を
見る。

「あぁうん? お賽銭、入れたねぇ」
「神」

 また五体投地された。あわてて引き起こすにとり。話がなかなか進まない。

「いやいやいやいや、れ、霊夢? 確かに河童は水神といわれることもあるけど
私はたぶん神様じゃぁない。ただの谷河童のにとりだよ。だいいち神様といえば
今しがた私が拝んだんじゃないか。あそこにいるんだろ?」

 顔を本殿に向けて霊夢に言うが、
「……あそこにいるんだかいないんだか」
と眉をひそめた顔で言われた。

「うえ、いないの?」
「……多分いる、と、思う」
「しっかりしてくれ巫女なんだろぅ!?」

 巫女としての肝心な部分があやふやに思えてきて焦るにとり。一応あたしゃ
ここにいるよ~、ってな声も聞こえてきそうだが、ともかく。

「せっかく河童と人間との友好関係がこれからも長く続きますように、ってお願い
したのに」
「……あんた、やっぱり変わってるわ」

 自己中心的な性格が多い幻想郷。にとりにもそういう部分はあるのだが、他の
連中の個性が強すぎて控えめに見えてしまうのだろうか。くすくす笑う霊夢を
ちょっとばかり湿り気を帯びた視線を投げかけて、にとりはある疑問が浮かぶ。

「もしかしてさ……神社、参拝する人、いないの?」

 図星だったらしい。笑顔が硬直した霊夢。次に、大きくため息を吐いた。

「ええまぁ、うん。……お賽銭が投げられるのは一年に何度か。しかもたいていは
魔理沙が、拝む目的じゃなく私にご飯作ってくれって催促代わりにするくらい。用も
ないのにちょっかいかけてくる人間やら妖怪やら妖精やらはしょっちゅう来るのにね!
おかげで神社経営は火の車よ……ま、妖怪退治で暮らす分には十分蓄えはある
けれどね」

 言葉のところどころにちょっとだけ怒りの色が見えたのは、その人間やら妖怪
やら妖精の顔を思い出したからだろう。それが霊夢の惨状を如実に表している気が
して、にとりも苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ははは……。そういやこの神社のご利益ってなんなんだろ」

 思わず呟くにとり。ふむ、と霊夢は一つ考えて。

「そうねぇ……たぶん妖怪退散とかそんなんじゃないの?」

 だったら自分がいて、ついでにいろんな妖怪が寄り付いてる時点でご利益がないん
じゃない、というべきか、それとも、霊夢がいるからそのご利益があるのは間違い
ないね、と言うべきか迷うにとり。結局、それを口にしても意味がないことに気付いて
口をつぐむ。もう一度賽銭箱を見る。今の話を聞いたせいか、どことなくその四角い
佇まいが寂しく思えてきた。

 作られた物がその存在意義を失っている姿は、物を作るものとしてはなかなかに
堪える。

「なぁ、霊夢」
「なに?」
「あの賽銭箱に賽銭が入ったら、嬉しいかい?」
「そりゃぁ、もちろん」

 うん、と力強く頷く霊夢。顎に手を置いて考えるのはにとりだ。技術屋としての
思考がくるくると回りだす。頭の中身が数式と設計図で埋め尽くされる前に、霊夢に
問う。

「あの賽銭箱、少し借りてもいい?」
「え?」

 その申し出は少しばかり唐突で、霊夢も逡巡する。にとりもそれに一応は気付いた
らしい。何をしたいかを次げた。

「盟友よ、今日は私は礼を言うだけのつもりだったんだ。それだというのに風呂場を
貸してくれ、あまつさえ酒と飯まで馳走してくれた。この恩義に答えねば河城にとり、
末代までの恥になるよ」
「そんな大げさな……」
「いやいや、妖怪なんてそういうもんさ、特に私ら河童や天狗なんて日本古来からの
妖怪ってのは。害を与えた人間に特段の罰をくれてやり、恩を受けた人間にはその倍
以上のものを返す。誇りとかそういうものよりもっと……妖怪としての根源的なもんさ」

 にとりの真剣な顔で、改めて霊夢も妖怪とは自分が張り倒すだけの存在ではないと
知る。今にとりが言ったことは、遥か昔からの人と妖怪との付き合いそのものである。
さて、それと賽銭箱がどう繋がるのか。

「賽銭箱を、どうするつもり?」
「うむ。出来ればあの箱に本来の仕事をさせてやりたい。ちょいとその手伝いをね、
しようと思うんだ」
「なんかまだるっこしい言い方ね」
「ふふふ、こちとら発明家。出来る前から全てを語るなんてかっこ悪いことはしない
もんさ」

 帽子の下でにとりが不敵な笑みを見せる。こちらに関してはエンジニアの誇り
そのものからかだろう。霊夢にも容易に想像がついた。

「貸すとしてどのくらいの期間? あんまり長いとその……ううん、あんまり困ると
言えないのが我が事ながら情けないなぁ」

 下手をすると煎餅が入っていた箱で事足りる。それくらいに賽銭が入らない
のは霊夢が一番よく分かっている。普通の神社にはありえないことだが、しばし
にとりに貸し与えるくらいは良いと思えたのだろう。だが、あまりに長く神社に
賽銭箱が無ければ格好がつかない。一応体裁と言うものもあるのだ。

「そうだねぇ……一ヶ月、いや二週間。二週間だ! それまでにきっとあの賽銭箱に
賽銭が入るようにしてあげよう。どうだい?」

 自分で期限を作るのも誇りからか。霊夢としてはどちらでもいい。賽銭が入る
ようになればそれでいいのだ。自信漲るにとりに、霊夢はにこやかに答えた。

「いいわよ。じゃあ、お願いするわね」















 そして、二週間後。

「おーい、盟友やーい」

 いつものように縁側でお茶を嗜んでいた霊夢の頭上から声がする。晴れた空に
賽銭箱を持ったにとりと、いつもの大だんびらと盾は持ってはいないが見た覚えの
あるお手伝い。『犬走 椛』、哨戒が仕事の白狼天狗。なんであの子が、と霊夢が
思う間にふたりぶんの影はあっという間に近づいてきた。

「や! 盟友、お待たせしたね!」
「……なんで私がつき合わされてるんだろう」

 意気揚々のにとりと意気消沈の椛が博麗神社境内に降り立つ。

「いらっしゃい。素敵な賽銭箱は……あぁ、そっか。あんたたちが持ってるそれね」

 ついいつものように返そうとした霊夢。二週間、約束の期限に間に合わせた
ようだ。

「ああ! 素敵に無敵な賽銭箱に仕上がったぞう! これでお賽銭投入率200%アップ
間違いなし!」
「無敵って何……。まぁ、それで殴ったら誰でも倒せそうなくらい重かったけど。
……あぁ、疲れた」
「で、あんたはなんでいるの」

 ぐったりとへたれこむ椛に霊夢がいぶかしげな視線を投げかける。機嫌悪そうな
目つきでむすっと見上げられる。

「将棋で負けたら運ぶのを手伝えって言われたんですよ。あとはもう何も言わない
でも良いですよね!」
「負けたんだ」
「うぐ」

 追い討ちに更に目つきを悪くする椛だがそれ以上は何も言わない。

「あぁ、椛は私の将棋友達なんだよ。ささ椛、設置するまでが仕事だよ?」
「あーもう! はいはいはいはい手伝えばいいんでしょ手伝えばぁ!!」

 霊夢に事情を説明して賽銭箱を動かそうとし始めるにとり。二週間前に持って
いったときは流石妖怪、軽々と抱えていったのだが今現在はふたりがかりで
ないと動かせないようだ。謎である。

「じゃ、がんばって。私は……麦茶でも入れてくるわ」
「やったー」
「助かりまーす」

 暢気な返事が境内にこだました。



「ぷはーっ! 美味いっ。もう一杯っ」
「麦茶……冷たい……美味しい……。もう私麦茶と結婚する……」

 一気に麦茶を飲み干してお代わりを霊夢に催促するにとり。麦茶を眺めながら
疲れ果てた思考で呟く椛。何とか賽銭箱を元の位置に戻し終えて、霊夢が用意
した労働の代価である冷たい麦茶とわらびもちをいただくふたりである。

「はいはい。で、賽銭箱だけど……見た目何も変わってないんだけど」

 自分も麦茶に口をつけながらそれを見やる霊夢。言葉のとおり、四角い賽銭箱
は四角いままである。

「ふっふーん。見た目はそうかもしれないけれど……まぁ実際に見るのが早いかね。
椛、ちょっと加勢して」
「無理、わらびもちが美味しすぎて無理」

 なんだとうこのーかっぱちょーっぷ、ぐはぁしかしこのわらびもちはわたさん、
とかちょっとだけおふざけをしあって、にとりは賽銭箱の裏まで歩いていき、
おもむろにしゃがみこむ。

「これでよし」

 そう呟いてからにとりは距離を図るようにして賽銭箱の正面、やや遠いと思える
位置に立つ。賽銭箱から聞こえてきたかすかな音を耳にして、なんだろうと首を
かしげようとした霊夢。と、いきなり賽銭箱に変化が現れた。

『ぷれい・ざ・げーむっ!!』

 にとりにものでしかしどこか機械的な声が響くとともに、賽銭箱の背後から
いきなり何かがせりあがる。

「……的?」

 驚きに目を丸くした霊夢が言うとおり、その霊夢と同じ紅白に彩られた丸い的が
賽銭箱の上に一つ。にとりはポケットから自分のがま口を取り出すと、小銭を取り
出した。何をするのかと見守る霊夢の前で、にとりは狙いをつけるように小銭を
掲げ、それから大きく振りかぶった。もう、何をしようとしたいかは明らか。

「行くよ……とーぉっ!!」

 本人だけは勇ましい、と思っている気の抜けた掛け声とともに小銭を放り投げる。
放物線を描いて的に向かう小銭。かつん、と乾いた音を上げて的の外縁に当たり、
そのまま小銭は賽銭箱へと落ちていく。

『3点。えー、もっと腕あげなよー』
「ぐぬぬ! 我が声ながらなんか腹立つ……!」

 ぱたん、と倒れて賽銭箱の裏に消える的。やはり当たり所で点数が違うらしい。
なるほど、これはちょっと面白そうだ。そう思い出した霊夢の横で、椛が腰を上げる。
悔しがるにとりの側にすたすたと歩み寄り、その肩を叩く。その顔には天狗によく
みられる自信に満ち溢れたどこか高慢な笑み。

「どいて。私が手本を見せてあげる」
「ぬぉ……」

 抗議の声を上げようとしたにとりを押しやって、賽銭箱と対峙する椛。

『ぷれい・ざ・げーむ!』

 先ほどと同じように的がせり上がる。どうやら所定の位置に立てば的が反応する
ようだ。

「にとり、小銭」
「自分の使え!!」
「……しょうがないなぁ」

 当たり前のことなのに渋々懐から財布を取り出す椛。小銭を握り締めた。

「河童とは違うのだよ、河童とは!」
「いいから早くやれよぅ」

 かっこつける椛にツッコミをいれるにとり。本当に仲がいいのだとほほえましい
気持ちになって霊夢が笑う。投擲の構えの椛はにとりよりも様になっていた。外の
世界で言うところの野球のピッチャーまんまに、ゆるりと椛の身体が動く。

 ふっ、と小さく気合の息を吐いて、地を舐めるようなアンダースロー。その手から
放れた小銭は矢のように的の中心へと向かう。乾いた金属音がして、的の中央
付近に当たる小銭。落ちて賽銭箱へ吸い込まれた。

『9点! 惜しーいっ!』
「……っち、外したか」
「いやいや、十分すごいって」

 ど真ん中、10点を狙っていたのだろう。指を弾き舌打ちする椛である。もう
ここまでくれば賽銭箱をどうしたのか、霊夢にも完全に理解できた。湯飲みを
縁側に置いて、ふたりの側へ歩み寄る。

「すごいわね」
「霊夢。……へへん、どうだい! これなら賽銭箱に小銭を投げたくなること間違い
なし! これぞ私の新発明”ピッチング・ジ・オファートリィボックス”さ!」

 胸を張ってえへんえへんと偉そうに咳払い、ついでに嬉しそうなにとり。その
背後で椛が二投目にチャレンジしている。なるほど、負けず嫌いの多い幻想郷の
住人。こういうお遊びでも10点を狙いたい気持ちはよく分かる。しかし賽銭箱に
こんな細工をしていいのだろうか。そんな疑問は霊夢には無いようではあるが。
罰が当たるんじゃないかと思うが、ふだんから居るかどうか怪しい博麗神社の
神である。特段何も起きないだろう。

「あ、でも」
「ん?」

 何かに気付いたような霊夢。

「悪戯好きな奴等も多いのよね。賽銭ならいいんだけど、別な物を投げられたら困るわ」
「あぁ、それね」

 ふふん、と鼻息一つ、にとりは自信満々の面持ち。そのまま後ろを振り返る。

「椛」
「今無理」
「うそつけ」

 相方に声をかければ仲良く掛け合い。なんだかんだと話し合った後、椛はまた
賽銭箱の前に立った。さっきまでの表情とは違う、どこか不機嫌そうなもの。
二三度宙に軽く放るのは、小銭ではない。

「あれ、小石? あんなもん賽銭箱に投げられたら……」
「まぁ見てなって」

 困った顔をする霊夢の肩をぽんぽんと叩くにとり。その顔には自信に満ち溢れた
笑みがある。

「じゃ、椛。お願いします!」
「……はいはい」

 めんどくさそうにしながら椛が所定の位置につけば、賽銭箱の裏から的。掛け声
がかかれば椛がゆっくりと投擲の構えを見せる。しなやかな腕から放たれた小石は
風切り音を立てて的に一直線、のはずだった。

「椛! 頭下げて!」
「わか……わふっ!!」
「んなっ!?」

 そんな叫びが交錯する。霊夢の見ている前、一瞬にしてその出来事は起こる。
小石は的に到達する前に賽銭箱の裏から伸びてきた機械の腕に見事にキャッチ
される。刹那、その手は大きく振りかぶり、小石を剛速球として投げ返してきた。
不恰好ながらも身を前に投げ出し地に伏せなければ椛に見事なカウンターヒットが
決まっていたところだろう。

 唖然とする霊夢。しばしの静寂のあと椛が立ち上がり、服についた土ぼこりを
払いつつ溜息をついた。その視線の先、にとりがいることを思い出し霊夢は横を
見る。そこにはやや興奮した笑みの自称幻想郷一のエンジニア。

「どうだいっ!」
「……あ、やー……まぁ、うん。すごい」
「おっけぇいっ!!」

 天に向かって腕を突き上げ高々と叫ぶにとり。その後頭部にずびしと椛チョップ
が突き刺さる。

「おぐわ!?」
「人を実験台にしといておっけぇいっ、があるか」
「ふふふ。でもにとりも、そして椛もありがとうね」

 そう言って柔らかな笑顔を浮かべる霊夢に、一瞬見とれるふたり。そしてお互い
顔を見合わせて、霊夢と同じ笑顔となる。

「はは、あぁ、いや、盟友が喜んでくれたら、それが嬉しいのさ、ははは。あ、
そうだ」
「ん?」
「この新発明”ピッチング・ジ・オファートリィボックス”も定期的なメンテナンスが必要
でね、もちろんそいつぁこの私にしか出来ない仕事だ。一ヶ月に一度は立ち寄る
ことになるけれど、いいかな?」
「そりゃまぁ、構わないけど」
「うんうん、じゃあそうさせてもらうね」

 すごく嬉しそうなにとり。その横でにやりと笑いながら、椛が霊夢に少し意地悪
そうな声でこう告げる。

「と、いうのは建前で、霊夢さんに会いたいってのが本音なんですよ」
「なッ!? ちょっ!? こ、このバカわんこ!」
「わ、わんことかいうな!」

 顔を真っ赤にしたにとりと、がるるるる、と可愛く唸った椛が今にも取っ組み合いを
しそうになった。しかしそれこそがふたりの仲の良さを表しているように思えて、
ぷっ、と吹き出す霊夢。呆気にとられたにとりと椛の前で、
「ふふ、あははははは! ほんと、ふたりとも……はは、ありがと。あはははは!」
肩を震わせて笑い始める。その笑い声に、ふたりのくちも自然と笑みの形と変わる。
そして、
「はは、はははは」
「ふっ、ふふ、ははは」
人と妖怪、全く違う三つの楽しそうな笑い声が、秋の澄み渡った青い空にハーモニーと
なって吸い込まれていった。
 




 にとりは本当に可愛いと思う。



 御読了ありがとうございます。今作でようやく創想話50作品目、およそ2年の月日を
こちらで過ごしてきました。私がここまで書き続けてこれたのは、温かい読者の皆さん、
趣味を同じくして様々に支えてくださったSS仲間、そして東方という素晴らしい作品を
出し続けてくれる神主さんのおかげであります。

 その区切りとして、最も好きなキャラであるにとりを、精一杯書かせていただきました。
……ホント風呂イチャ好きだな、とは言わないでくださいね!

 まったりペースですけれど、これからも皆さんを楽しませられたらいいなぁ、と思いつつ、
また次回もよろしくごひいきに。

[email protected]
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コメント



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5.100名前が無い程度の能力削除
何かオチ来るかと思ったら甘くて良い話で終わってほっとしたw
6.100名前が無い程度の能力削除
gj
10.90名前が無い程度の能力削除
これはニヤニヤせざるをえないw
13.100名前が無い程度の能力削除
にとれいむとはまた珍しい…。
いいものをありがとう!
19.100名前が無い程度の能力削除
色気抜群な河童で噴いた
20.90蕪城削除
ひゅいっ!?


いいな、にとれい

と言うか工学迷彩は御披露目しちゃあいけないのではww
23.100名前が無い程度の能力削除
参拝って二礼二拍手一礼でなかったか

まあにとりが可愛いからいいや
26.100名前が無い程度の能力削除
さて、このあと最初の被害者は誰になるか。
30.100麦茶削除
式はいつにしようかね
34.100名前が無い程度の能力削除
氏のおかげでにとれいに目覚めかけました。
36.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと麦茶になってくる
37.90とーなす削除
やっぱりにとりはえろいな。

仲睦まじいにとりと霊夢、そして椛にほのぼのさせていただきました。
今までお疲れ様です&これからも頑張ってください。
38.90名前が無い程度の能力削除
にとれいむ、そういうのもあるのか!
39.100名前が無い程度の能力削除
最初の霊夢の鼻歌が一発で「少女綺想曲」だとわかってしまった私はもうだめかもわからんね

とりあえず霊夢が愛されるSSがもっと増えればいいと思うよ
40.100名前が無い程度の能力削除
もうみんな可愛いわ~。
そして水蜜桃というのは船長のお尻と思ったのは俺だけでいいw
41.100名前が無い程度の能力削除
ちょwwダッドリーwww
45.80ずわいがに削除
いや、むしろみんな可愛い

しかしそうか、河童の頭には十円ハゲg(ry