カレーライス。
香ばしく炒められた小麦粉をはじめ様々なスパイス、たくさんの野菜、そして肉という食物を一品に閉じ込めた贅沢な料理。
その味は食材が喧嘩せず、互いを認め合い絡まり合い、後を引く美味さ。簡単に言えば夢想封印。
多分、おそらく、もしかしたらカレーが嫌いな人は居ないのではないだろうか。
そんな究極とも言える料理を作っているのは人形遣いのアリス・マーガトロイド。
大鍋にたっぷり入ったカレーをかき混ぜるその姿はまさに魔女、なんてこともない。
具が多いのかおたまはゆっくりとしか動かず、しかし焦げ付かせないためには手を止めることもできずにひたすら頑張って手を動かしている。
魔女、大鍋と言えばヒーッヒッヒッヒ、なんて変な笑い声を想像したのは誰だ。
普通に料理をしているアリスは額に浮き出る汗を手の甲で拭ってふぅ、と息を漏らし、少々皿に取って味見をしたと思ったら
「まあ、上出来かしらね」
と言って笑顔になるという、魔女らしさなんて何処へやら、主婦らしさ爆発のコメントを言って満足気である。
ちなみに今カレーを作っていた場は神社であり、マーガトロイド邸ではない。
何故人の家でカレーを作っているのか、それは昼間魔理沙が言った一言から始まった。
「カレーライスって食べ物があるらしいぜ」
いつも通り博麗神社にやって来た魔理沙が発した第一声。いきなり会話とは程遠いものだったが、この幻想郷では当たり前。
常識に囚われてはいけないと、現人神とかいう緑髪の巫女が言っていた。
この時、神社を訪れたのは魔理沙だけではなく、暇という理由で来たらしい氷精のチルノ、自作菓子のお裾分けにやって来たアリスもその場に居た。もちろん霊夢も。
霊夢は
「あっそ」
とそっけなく返事をして緑茶を啜り、アリスは
「あるわね」
と同意だけして終了。
チルノに至ってはアリス持参のクッキーを幸せそうに頬張っていて、話さえ聞いていないようだ。
みんなの反応にしばらく無言で魔理沙は黙っていたが、ズンズンと距離を縮め少々顔に影を落としながら
「カレーライスって食べ物があるらしいんだぜ」
言った。一度目とほとんど内容は同じだが、聞け、という意味を十二分に込めて。
そんな魔理沙の行動に、面倒だと言いたげな霊夢が渋々
「あるからなんなのよ」
と質問をする。
待ってましたと言わんばかりの笑顔で魔理沙は
「聞くところによると、そいつは美味くて箸が止まらないほどの料理なんだそうだ」
と答える。
「箸で食べるものじゃないけどね」
ぼそりとアリスが補足したがそんなことは気にせず、
「食べたいと思うのが普通だぜ」
と続ける。
「つまり食べたいのね」
霊夢がはっきり言うと魔理沙はばれたか、という風に頭を掻いた。
はじめからカレーが食べたいと言えば良いものを、変なところでまわりくどいなあとアリスは呆れた。のも束の間、魔理沙はアリスに詰め寄って目を輝かせた。
「さっきあるって言ってたから作れるよな?」
期待している。ここで作れないと言えば別のところへ矢は向いたのかもしれないが、変なところで正直なアリス。
「できるわよ、カレーぐらい」
なんて答えてしまっていた。あ、と気付いた時には遅かった。
「よし、じゃあ今日の晩飯に作ってくれ!」
善は急げとでも言うように依頼され、できると言った手前断れるはずもなく。
仕方ないと半ば諦め気味にカレー作りを承諾した。
アリスは
「スパイスの調合、面倒なのよね…」
と承諾を後悔しかけたが、
「チルノ、アリスが美味いもの作ってくれるって!」
「美味いもの!やたっ、あたい最強!!」
とか言って楽しみを存分に表に出している二人の姿を見ると
「…頑張りますか」
と気持ちも変わったようだった。霊夢も態度には出していないが、少しばかり頬の辺りが緩んでいるように見える。
みんなの期待に応えられるものを作ろうと心に決めて、アリスは材料を揃えに自宅へと一旦戻ったのだった。
これがカレーを作るまでのあらすじである。
神社に戻ってきてからアリスは順調に調理を進めた。ぽろぽろと涙を流しながら玉ねぎを切っていたのは言うまでも無い。
そんなこんなでカレーは完成し、白米も炊き上がった。
四人で食べるには多いかもしれない量だったが、案ずることなかれ。
カレーは一日経っても美味い。一日経った方が美味いと言われることも多い。つまり明日も喰えということだが気にしない。
後は食べるだけ。仕度に手間取った所為か外はもう若干暗くなってきている。
早くしないと文句を言い出すかもしれない。そう思いアリスはカレーの入った鍋を持って三人の待つ居間へと移動した。
人形に戸を開けさせると勢い良く振り向いたのが二人、ご飯の入ったおひつを取りに行ってくれたのが一人。
誰が誰なのかは言わなくても分かるだろう。
鍋敷きの上にそっと置いて、鍋の蓋を開け一度おたまをくるりと回す。
すると食欲をそそる香りがふわりと部屋に広がった。
「これがカレーライスか!」
と鍋を覗き込む魔理沙。
「良い匂いがする!」
と羽根をパタパタさせているチルノ。
「これは期待できそうね」
と戻って来た霊夢。
それぞれの反応が面白かったらしく、アリスは小さく笑った。
そして人形に皿を持って来させ、ご飯を盛った。その上にトロリ、と黄金色とも言えるカレーのルーをかける。
魔理沙とチルノはもちろんだが霊夢までおおー、なんて驚いたような声を出した。
「霊夢まで言ってる」
笑いながら指摘すると霊夢は恥ずかしそうに顔を赤くしたが、
「め、珍しかっただけよ」
と誤魔化すように口を尖らせた。
素直じゃないわね、とアリス。しかしその顔は微笑んだままだ。
「早く食べよ!」
チルノがとうとう待てなくなって催促する。
はいはい、と言ってアリスは四つの皿にカレーライスを盛り、それぞれの前にコトリと置いた。スプーンも渡し、これでやっと食べられる。
「「いただきまーす!」」
「「いただきます」」
元気なのと普通なの、両方のいただきますが居間に響いた。
この挨拶をしたなら、やることはただ一つ。大きな口を開けてスプーンに乗せたカレーライスを頬張るだけ。ただし熱々の。
「あっちゃい!!」
期待通り口の中を火傷したらしい妖精。舌を出して涙目でなんとまあ可愛らしいことか。なんて考えている場合ではない。
誰か一人はやるだろうと予測していたアリスは、あらかじめ持ってきた水の入った湯呑を渡す。
チルノはすぐに受け取って口にするが、温かったようで自分で氷を出してカラン、と涼しげな音と共に水に放り込み、再び口を付ける。
まだ舌は出しているが少しは落ち着いたらしい。
「熱いなら熱いって言ってよー」
ジト目で恨めしそうにアリスへ言葉を投げた。アリスは苦笑いして
「湯気が立ってるのに冷たい訳ないじゃない」
と一言。
「氷からも湯気出てるじゃんー」
腑に落ちないらしく言い返してくる。
「それは湯気じゃないぜ」
代わりに答えたのは魔理沙。チルノの様子を見てか用心深く冷ましてスプーンを口に運んでいた。
「おお、美味いなこれ」
一口食べて早速気に入ったらしい。二口、三口と食べ進めていく。
霊夢も
「そうね」
短いながらも気に入ったらしい言葉を零して食べ進めていた。
アリスも自分で作ったカレーを一口。上手くできたと感じ顔が綻んだ。
そんな中一人必死にカレーを冷まそうと息を吹きかけているチルノ。そんな子どもらしい仕草がアリスの母性本能をちょっぴりくすぐった。
自分の皿から適度な量のカレーライスを掬い上げ、これまた適度に冷ます。火傷しない程度に冷めたのを確認すると、チルノの顔の前にスッと差し出した。
丸い卓袱台を四人で囲むように座っているので意外に距離は近い。
対角線上に座っているチルノは一瞬固まったが、意図を理解したらしく嬉しそうにアリスのスプーンを口に含んだ。
もぐもぐと咀嚼して飲み込んだかと思えば
「美味しい!!」
と大きく感想を吐き出す。
美味しいと言ってもらえて喜ばないやつは居ない。アリスは三人の感想を聞いた後
「喜んでもらえて嬉しいわ」
と優しく微笑んだ。
アリスのあーんに多少の衝撃を受けたらしい魔理沙と霊夢は互いに顔を見合わせていたが、しばらくすると諦めたように笑い合って食事を再開した。
チルノはもう自分で食べられるだろうと自分の食を進めるアリスだったが、ふと目の前に何かが移動してきた。
顔を上げるとチルノが勝気な笑顔で
「さっきのお返し」
と言ってスプーンを差し出してきている。
アリスは先程のチルノと同様に固まったが、すぐにクスリと笑ってスプーンを口に含んだ。
自分のよりかなり冷めていたが、食べ易くなっていることに変わりはない。
咀嚼後飲み込み、
「ありがと」
そう言うとチルノの顔は一際眩しい笑顔になった。
そんな遣り取りが気になったのか、はたまた楽しそうだと思ったのか魔理沙がニヤリと笑う。
何かしでかすのではと身構えたアリスと霊夢だったが、別に怪しい薬とかも出そうとはしなかったため少し安心する。
ムードメーカー及びトラブルメーカーの魔理沙が何を思い付いたのかは分からないが、変なことさえしなければ特に気にすることはないと踏んだのだ。
「なあチルノ」
行動に移ったらしい魔理沙が話し掛けた。
口一杯にカレーを頬張っているチルノは顔を動かして魔理沙を見た。首を傾げ何だ?とでも言っているかのようだ。
魔理沙は続ける。
「チルノの皿に入ってる人参、美味そうだな。私のこの大きいじゃがいもと取り替えてくれよ」
回りくどく言っているが直訳すれば私にもあーんしてくれ、というものになる。羨ましかったのだろう、多分。
今度はアリスと霊夢が顔を見合わせた。そして同時にプッと噴き出す。
こんな子どもっぽい一面があったとは驚きだ、と無言で通じ合った。
チルノは自分の人参より大きなじゃがいもに心奪われている。なんと単純な。まあ妖精だから仕方がないだろう。
すぐに人参を掬い、
「あーん」
と魔理沙に口を開けるよう促す。
あらためて言われると恥ずかしかったのか、魔理沙の頬は若干赤い。が、口を開けるとゆっくりとした動作で口の中に人参が入れられた。
よく煮込まれた人参は舌で押し潰すことができるぐらいに柔らかくなっていて、その上甘みが増している。味わうだけで幸せになれるだろうこと請け合いだ。
それを味わった魔理沙の顔は綻んで、早くくれと催促するチルノにお返しのじゃがいもを自分と同じように食べさせた。
その様子を見て
「幸せそうね」
意地悪そうにニヤニヤと笑みを浮かべている霊夢。
いつも弄られる側なのだからたまにはこちらから弄ってやろうとでも考えている顔だ。
普段なら簡単に受け流す魔理沙だが、図星らしく赤い顔のまま
「あうぅ…」
と呻いている。珍しい光景かもしれない。
してやったりという顔で満足そうにしている霊夢は悪戯が成功した子どものようだった。これも珍しい。
今日は面白い日だわ、と傍観していたアリスは思った。そして珍しいついでに自分も参加してみるかとも思った。
未だにニヤニヤしている霊夢の前にスプーンを運ぶ。
言うのはもちろん
「あーん」
霊夢が固まった。スプーンを凝視したまま固まっている。まさか自分に来るとは思わなかったのだろう。
ギギギという音が鳴りそうな動きで霊夢はアリスを見る。
そんな霊夢にアリスは慈愛に満ちた笑顔でもう一度
「あーんして」
そう言った。
困ったように霊夢は魔理沙を見る。さっきのお返しだと言わんばかりにニヤニヤとした顔を見せ付けられた。
次にチルノを見る。霊夢と目が合ったチルノは今までの遣り取りを見ていなかったらしい。
何故霊夢がこちらを見ているのか分からず疑問符を浮かべていた。
しかしアリスから差し出されているスプーンを見ると途端に笑顔になり、
「美味しいよ!」
なんて返す。早い話が食べろ、ということであって、助け舟はないらしい。
霊夢は意を決して、とまではいかないが恥ずかしさに耐えるため目を瞑り、頬を赤くしながら口を開けた。
その中に優しくスプーンを入れるアリス。カレーが完全に口の中に移動したことを確認し、ゆっくりとスプーンを抜き出した。
その後
「どうかしら?」
とにこやかに尋ねる。
ムスッと不機嫌な顔になりながらも赤いまま恥ずかしそうにしている霊夢は
「…美味しいわね」
素直に答えることにした。
その答えを聞いてアリスは微笑んだ。
それを見ていた魔理沙も自然と笑顔になった。
みんなが笑っていることが嬉しいのか、チルノもまた楽しそうに笑った。
そんな幸せな雰囲気しか漂っていないような空間で、何故自分だけが険しい顔をしているのかとばかばかしく感じて霊夢も笑った。
いつもの神社で、いつものメンバーで、いつもとは違う、いつもより少し幸せな時間だった。
カレーは週7でも平気(^q^)
あと、読んでいたらとある動画の最初の部分がリピートされまくった。
おいしいカレーのでき↑あがりー↓…分かる人いる?
皆の会話、チルノの可愛さや霊夢にカレーを食べさせる時の状況とか頬が緩みますねぇ。
友人と一緒に美味しいものが食べられるってのは幸せだあね。
アリスが完全にお母さんだ。
あとアリスが完全にお母さん……いいぞもっとやれ。
そして皆にあーんされたい。なんか夕食が甘かったんだが……ハッ
あぁニヤニヤだ!
凄い破壊力だった
それにしてもカレーライスかぁ……
好物なら何日連続しても構わない、アホ舌兼子供舌の私にとって、まさに神の料理ですね。
やべぇ、お袋のカレーライスが無性に食べたくなって来た。
ハウスバーモントカレーを使った、何の変哲もないあのカレーライスを……
そうだ、カレーを食おう。
いっぱいの人と頬張るカレーってなんかおいしいんだよねぇ。
チルノが熱々のカレーライスを食べられるのか心配でしたけど、杞憂に終わってよかったです。
読んでて涙が出てきたんですが……
ナイス幸せSSでしたb