「『――わかった。絶対迎えに来るから。その時は2人で一緒になろう』」
「~♪~~♪♪」
「『結婚しよう。それまで、さようなら』……おわり、っと」
幼くて紅い悪魔の住む館、紅魔館。
すっかり通い慣れたこの家の地下深くの部屋で、私は部屋の主に本の読み聞かせをしてやっていた。
この館の主ではなく、その妹、フランドール・スカーレットに。
ただ、その本は幼い子供に親が読んであげるような絵本ではなく、よくこの館の図書館に流れ着いている
外の世界の『漫画』と呼ばれているモノクロの絵がメインの本だった。表紙はカラーのくせに詐欺じゃね?
タイトルは『恋はいつだって唐突だ』。最初から最後まで変に甘ったるい内容の恋物語である。
普段私が読む魔導書と比較すればそれこそ文字数は全然少ないが、それを朗読するとなると中々に骨が折れる。
それもただ通して読むだけでなく、ベッドに寝そべる私の隣で同じく寝そべっているフランのご機嫌を損ねないように、だ。
最大の特徴ともいえるフランの七色の羽根は、パタパタ揺れている。御満悦のようだった。
「うんうん♪ ありがと魔理沙!」
ニッコリと私に笑いかけてくる。その笑みは純粋で、つられて私も笑みを零した。
うつ伏せだったのが辛くなったので仰向けになる。
「いいお話だったね♪」
「ああ」
作り物感バリバリのお話ではあったが、私も結構楽しんでいた。『恋』の冠する魔法を使う私にとって、
いや、それ以前に私くらいの年の女の子なら少なからず惹かれる内容なのだ。じゃあ誰に恋してるのかと問われれば
あまりピンとこないが。そもそも異性との付き合い自体が少ないし興味も湧かない。
香霖ならどうかと考えても、あいつとの付き合いはもはや恋や愛とかいうものを超えてただの家族みたいな感じだし。私からすれば。
そりゃ好きか普通か嫌いか、なら好きではあるがなぁ。
「むぅ~」
「ん、どした?」
フランの顔が急にムスッとなる。
「魔理沙、変なこと考えてるでしょ」
「全然そんなことないぞ?」
別に変なことではないはずだ。
「ホントに? 嘘だったら弾幕ごっこだよ?」
「それはナシって約束だったろ?」
フランは時折、情緒不安定なせいかは知らないが無性に気が昂ぶって『遊び』たがるのだという。
スペルカードルールの決闘を覚えてからは昔ほどひどい暴れようではないらしいが、それでも厄介なものは厄介だそうで、
咲夜や美鈴のような紅魔館の幹部に、間違いででも重傷(最悪蘇生不可の破壊)を負わせるわけにはいかないから戦わせるのは憚られたそうだし、
かといって妖精メイド連中では圧倒的に実力が足りない。パチュリーも体調によって戦力化するかは変わってくるので、
結局は万一『破壊』されても唯一再生でき、かつ最も実力のあるレミリアが直々に出張るしかなかったらしい。
そこで、たとえ『破壊』されても館や幻想郷には大して影響がなく、それでいて弾幕ごっこでフランを下した実績を持つ私に白羽の矢が立った。
前半部分に思いっきり噛みついてやったが、いくつかの報酬に免じて受けてやったわけだ。
……まあ、火力のぶつけ合いになるフランとの弾幕ごっこは楽しいから悪かないんだけど。時々こっちが発狂することもあるし。
「今日は一緒に本を読んでくれるだけでいい、って言ったのはフランじゃないか。約束を破るのはいけないぜ?」
初めの頃は弾幕ごっこオンリーだったが、次第に私が別のゲームを教えたり、今日のようにフランが自分で他のことをしようと
お願いしてくることもある。今日の読書もそのうちの1つだ。
「そうだけどぉー…」
納得いかない、と言いたげに頬を膨らませるフラン。
普通悪魔は自分からした約束は絶対的なものとして扱うんじゃなかったっけ?
少し寂しげな表情で話し始める。
「だって、せっかくさー」
「?」
「せっかく、魔理沙が来てくれたんだよ? パチュリーの所で本を読みにじゃなくて、咲夜と一緒にお茶しにでもなくて…あいつとふざけ合いに来たんでもなくて」
「…………」
「私の所へ…私と遊ぶために、私のために来てくれたのに、私以外のことに目を向けてほしくないの」
そう言った後、僅かに表情を緩めて続ける。
「でも、弾幕ごっこなら」
「ん?」
「弾幕ごっこだったら、私と遊んでくれてるうちは、魔理沙は私のことだけを見てくれるもの。他の連中みたいに怯えたり逃げることばっかり考えたりしないで、ちゃんと向かってきてくれるもん。私と向き合ってくれるから」
……フランが弾幕ごっこ好きなのはよく知っていたが、そうまで思っていたとは。
確かに紅魔館の最終兵器とも言われるフランの弾幕は強烈だから、力ない連中じゃ太刀打ちできない。
そう思い、提案してみる。
「……今度、誰か連れてこようか? 弾幕ごっこでお前にも負けないくらい強い奴が何人か知り合いにいるから」
自分にハンデを課した上であの強さの勇儀とか、壊されても多分死なない妹紅とか、どっか似通ってるこいしあたりならフランの相手に申し分ないだろう。
いい提案だと思ったのだが、フランは今度は不満げな顔で言ってくる。
「もー、違うよー」
「何がだよ?」
「別に私は、外の誰かさんなんてそんなに興味ないよ。ただ、魔理沙がいてくれればそれでいいの」
「……何でだ?」
自分で言うのもアレだが、私はそんな台詞を吐かれる主人公的な器ではないと思う。
そんな私をよそに、目を閉じて胸に手を置き大事な想いを告げるようにフランは心の内を教えてくれた。
「物心ついた時から、部屋を照らすあのランプの炎と、たまにやってくる怖がりメイドとそいつの持ってくる食事、あとお姉様や退屈しのぎの本とか。私が知ってるのはそれくらいしかなかった。だから初めて魔理沙と会った時、すっごくドキドキしたの。私を怖がらないこの生き物は何なのかな、どんな風に遊んでくれるのかな。……友達になってくれるかな、って」
…………
「星の綺麗さを謳う本や歌はたくさん知ってたけど、本物を見たことがなかったから実感できなかった。でもね? 魔理沙が弾幕を撃ってきた時、攻撃されてるはずなのに、そんな記憶も経験もないのに、夜の輝く星空の下でダンスしてるような気分になったんだ。すごく心が躍ったの」
「はは、弾幕ごっこってのはそういうもんさ。私だって、お前の弾幕に込められた色んな想いってヤツ、感じてたぜ」
弾幕ごっこは決闘であり、戦いであると同時に芸術でもある。プレイヤーの想いを表現するこれ以上ない方法だ。
フランははにかんだ後、さらに続ける。
「それだけじゃないんだ。私はすごく楽しかった。ずっと閉じこもってた分を取り返せると思えたくらいに。でも、負けた後、寂しくなったの。物語みたいな言い方をすれば、永い封印から解き放たれた魔物を勇者が退治しました。魔物は再び封印され、世界は平和になりました。めでたしめでたし、ってね」
また、暗い表情で続ける。
「……私はまた暗い世界で1人になるんだと思ってた。もう慣れたことだったはずなのに、魔理沙と遊んだ後、それがすごく辛くて…悲しいことだって気付いちゃったんだ。だから、魔理沙があの歌の本当の意味を教えてくれて、その通りにしとけって言ってくれたこと、すごくすごく嬉しかった」
当然だ、独りぼっちになって首を吊って死ぬよりか、誰かと結婚して生きていくことの方が断然いいに決まってる。
「……それで?」
「それからね、私少しおかしくなっちゃったの」
「はぁ?」
促すと、今度は顔を綻ばせて、幸せそうに告げてくる。
「起きてる時も、寝てる時も夢の中で、魔理沙にあった日のことが忘れられなくなったの。目を閉じれば、魔理沙の撃つ星の弾幕の中で、星空で踊ってるような気持ちになっちゃうの。魔理沙のことばっかりが心に浮かんで、離れないんだ」
「え……」
「魔理沙のことを考えてると…考えれば考えるほどに、胸がすっごくドキドキするんだ。もっと魔理沙と遊びたい、魔理沙にこの想いをぶつけたい。魔理沙に会いたい! って」
おいおいそれってまさか……!!
私の内心の焦りも知らず、
「星のことを謳うもの以上にたくさんの、本や歌で知ってた。でも本物は知らなかった。……これが、『恋』なんだよね?」
告白してきた。
「いっ!?……ああ、そうかもな」
恥ずかしい、あやふやな肯定しかできない……
「うん! ねえ魔理沙」
「どうした?」
「私ね、魔理沙と結婚したいな」
「何だって!?」
いきなりのプロポーズ、こうとしか返せない私を責められるやつ、いる?
「だって……」
「うお!」
突然、仰向けだった私にマウントポジションをとるフラン。その目はどこか、いろんな感情が混ざっていて普通じゃなかった。
内心冷や汗をかきながらも、しっかりと向き合う。
「……何の、つもりだ?」
「今だって……本当は魔理沙の首筋に牙を突き立てて、血を吸いたい。魔理沙も吸血鬼になって、永遠に一緒にいてほしいの」
「……………」
「たとえ吸血鬼でなくても、パチュリーみたいな本物の魔法使いでもいいから、永く一緒にいられたらって思ってる」
「……………」
「でも、魔理沙は人間だから……私にとっての、ほんの僅かな時間で年を取って死んじゃうかもしれない。ううん、寿命とかじゃなくても、私の能力の暴走とかちょっとした間違いとかで、今すぐにでも死んじゃうかもしれない」
そう告げるフランの表情は、悲しそうだった。
早死になんて、妖怪と付き合う以上、里を捨てた以上、覚悟はしていた。
ただ、それが仲良くなった相手にどんな思いをさせるか、までは考えたことなかった。
「だから、結婚して、魔理沙と一緒に生きていたい。たくさんの思い出が欲しい。そうすれば、たとえ魔理沙が人間のまま死んじゃっても、心はずっと魔理沙と一緒にいられるもの。私が愛した人は私を生涯愛してくれた、ってね」
そう言った後、今度はいつもの表情を取り戻してから続ける。
「ねぇ、だから結婚しようよ」
その気持ちは純粋に嬉しかった。ただ、色々無理があるとも思う。
「…………それは、無理だ」
「ええー、どうしてー? 魔理沙は私のこと嫌い?」
駄々っ子な口調で文句を言ってくる。暴れられるよりかは全然マシだが。
「いや、嫌いじゃないさ。ただお前は、まだ世界を知らなさすぎる。きっと私以上にお前の眼に魅力的に映るヤツだっているはずだぜ」
フランは紅魔館の外の世界をほとんど知らないはずだ、そう思う。
しかしフランも引かない。
「そんなことないよー、500年近く生きてきて、私の心をこんなに動かしたの魔理沙だけだもん」
「そう言われてもなー、あんま認めたくないけどさ、私より強い存在なんて屋敷の外にはうじゃうじゃいるんだぜ?」
「だーからー、そういうのには興味ないんだってば。別に強いとか弾幕が綺麗とかじゃなくて、私は魔理沙自身が好きなの!」
「あー、うん、ありがと…」
こんなに純粋に好意をぶつけられたことはほとんどない。嬉しいやら恥ずかしいやらでどもってしまう。
すると、今度はジト目で。
「それとも、魔理沙に結婚したい人がいるからダメとかー?」
「そんなわけじゃないが、もしそうだったらどうすんだ?」
「ブチ壊す」
「やめろ!!」
シャレにならない。フランの能力が通用しない、しても問題ないヤツなんて蓬莱人くらいのもんだろう。
当然私はそんな蓬莱人に惚れてたりはしないわけで。
焦る私をカラカラと笑ってフランは続ける。
「冗談だよー。ただ黙って譲ったりはしないけど。私は吸血鬼だからね、我儘な生き物なの。あいつを見ればわかるでしょ?」
「……まぁ、そうだなー……」
レミリアなんて霊夢と咲夜を同時攻略しようと躍起になってるし。
2人して笑った後、フランが言う。
「……今は、諦めてあげる。でも、私はずっと魔理沙のことだけを好きでいるからね。何年でも何十年でも、魔理沙が人間のままでも妖怪になっても、たとえ別の誰かと結ばれちゃっても。だから、もし魔理沙が私のことを好きになってくれたら、その時は私と結婚してくれる?」
「ああ、そうなったら大歓迎だ」
「うん! 約束だよ!」
「わかった」
中々に重い約束になっちまったな……
フランは満足したようだが、なぜかマウントポジションを解いてくれない。
それどころかニンマリと笑って顔を近づけてくる。
「じゃあ、誓いのキスを……」
「待てーい!?」
今度は不満アリアリな顔で。
「何よー、これくらいはいいでしょー?」
「そ、そうは言ってもだなー!? 心の準備がー!」
別にフランにキスされるのが嫌なわけじゃない! ファーストとかセカンドとかに拘ってるわけでもない!
ただ、『こういう時』はリードをとりたいっていう安くも大事なプライドはあるんだぜーーー!!?
私の内心の叫びは、しかし届かなかった。
「残念、私は吸血鬼♪ 欲しいものは手に入れたがる生き物なのでした!」
ニッコリと宣言、そして動けない私に顔を近づけ……
「「んっ……」」
唇が重なった。
「どう? 私の唇の味は?」
触れ合うだけのキス。しかし私のあらゆる感覚を壊すだけの力は十分にあった。
短い時間のはずなのに、何も考えられず、永遠にも似た時間だった。
得意気な、しかし赤い顔で問うてくるフランに正直に返す。そんな私の顔もきっと赤いんだろう。
「……甘いぜ」
しばらく、コーヒーに砂糖はいらねーや。
そろそろ起き上がろうと思った。しかし、体に力が入らない。
というか、力を入れようという気が起こらない。おかしい。
「……おいフラン、お前私に何をした…?」
「えへへー。ちょっと魂のエネルギーをわけてもらっちゃった♪ あ、別に悪影響なんてないよ! 少し寝てれば治るから」
「おいおいー……」
お前はどこぞの死神見習いか。
「咲夜ー」
「ここに。妹様、どうされました?」
私から降りてメイド長を呼ぶフラン。2秒と経たず咲夜がやってきた。
「あのね、魔理沙が疲れちゃって、もう帰るのも億劫だって。だからこの部屋に泊めてあげたいんだけど、いいよね?」
何をヌケヌケとーーー!? ここまで計算済みかい!
「えっ…畏まりました。程よい時間に食事やデザートをお持ちしますね」
「うん! ありがとー!」
一瞬呆けた咲夜だったが、しかし紅魔館ヒエラルキー2位のフランに逆らえるはずもなかった。
確信犯だなフランコノヤロウ。
「……だから、食べちゃダメですよ?」
「どっちの意味でー?」
……わかってて言ってないか?
「……それでは、失礼します」
咲夜が去った後、フランは服を脱ぎ去り、サイドテールを解いてピンクのパジャマに着替える。眼福。
そして私に掛け布団をかけた後、潜り込んできた。
「えへへー」
私の二の腕に頭を乗せ、腕枕。そして私の体に抱きつく。
「……もう寝るのか?」
そう尋ねた私自身、現在時刻は知らないが。
「時間なんてあってないようなものだもん、私がしたいことをするの。ねえ、こっち向いて?」
「何でだ? ……んっ!?」
フランの方を向いた途端、またも唇を奪われる。
今度のはほんの一瞬触れる程度で、
……それでも、やっぱり甘かった。
「……おやすみのキス。ありがとね」
「……どういたしまし、て?」
「うん……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
そして目を閉じたフランの頭を、空いた手で撫で続けるうちに、穏やかな寝息が聞こえてきた。
その寝顔は、とても可愛らしく――――
――――ああくそ、恋をしちまいそうだぜ、畜生。
フランちゃんかわいい
けど無邪気に怖ええw
フランドールの無邪気攻めの魔理沙ヘタレ受けに転んでしまいそうな甘さでした
しかし微笑ましいか一転ヤンデレになるかの瀬戸際みたいで地味に怖いw
最高でした!!
フラマリもいいですね!