Coolier - 新生・東方創想話

夜雀に捧ぐ焼き鳥秘話 後編

2010/05/03 22:30:24
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※このSSは『夜雀に捧ぐ焼き鳥秘話 前編』の続編です。
 前編を読んでないと意味不明だから先にそっちを読んでね。






























【幕間】

 流れ流れて幻想郷。
 あいつを探して放をする。
 流れ流れて今日は人里。
 次の目的地に行く前に英気を養おう。
 路銀は一応それなりに、はてさてなにを食べようか。

 特に、その店を選んだ理由は無い。気が向いた。それだけだった。
「いらっしゃーい」
 店は空いていたが、午前十時頃という半端な時間帯のせいだろう。朝食時でも昼食時でもない。
 彼女はカウンターに座ると、彼女は白いご飯と、焼き鳥を適当に出してくれと頼んだ。
 そう、ここは焼き鳥屋。
 味噌汁は、と問われたのでとりあえずそれも注文しておく。
「見ない顔ですね、人里の人じゃないでしょう」
「解る? 最近幻想郷に流れてきたんだ」
「へえ。外の世界じゃ、妖怪だけじゃなく陰陽師や妖術師もいなくなってきてるそうだけど」
「そうだね、最近じゃ滅多に見ない。インチキ扱いされる事も多いし、実際、外に残ってるのはインチキ野郎が多いと思う。だから幻想郷に来て驚いたよ。まだ、人間と妖怪が争う世界があったなんてね」
「なぜ幻想郷に?」
「焼き鳥を食べに」
「もう焼けますよ」
「ところで、迷いの竹林ってどうなの? そんなに迷う?」
「あそこは行かない方がいいですよ。竹とタケノコを取る以外の目的で、人が入るような場所じゃない。迷って、遭難して、妖怪の餌になるのがオチです」
「先日魔法の森を探検してきたけど、割りと平気だったよ。それでも無理かな?」
「……過信していると早死にしますよ。無茶は若さの特権とはいえ、限度がある」
「ほっといてよ。自分の命、どう使おうと勝手でしょう。私が無茶して、困る人もいないし」
「私が困ります」
「なんで」
「うちの焼き鳥を食べて、お得意様になってくれるかもしれないでしょう?」
 彼の言葉を裏付けるように、その焼き鳥は絶品だった。

 藤原妹紅が迷いの竹林に踏み入る前日の出来事。


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【閉じ込められて】

 岩の無慈悲な冷たさでミスティアは目を覚ました。たまらず身をよじった瞬間、手のひらに雷が落ちたような激痛が走り一気に覚醒する。嗚咽を漏らしながら手を震わせ、痛みが引くまでじっとこらえた。こらえながら、自分の身になにが起きたのかを思い返す。
 雀のお宿を隠す結界スレスレの、妹紅との出会った場所。ほんのわずか、手首から先を結界の外に出しただけだった。その手が今、狂おしいほどに痛い。震えるまぶたをこじ開けて手を見ると、右の手のひらに巻かれた包帯がどす黒く染まっていた。そう、思い出した、長い針のようなものが手のひらを貫通したのだ。そして手首に刻まれた赤い痕のように、鎖を巻かれて引きずられた。右の腋下も強打しておりまだ痛みは治まらない。理不尽な暴力に絶叫し、左の翼も折られてしまった。
 目隠しをされ、口に布を詰め込まれて、さらわれた?
 ここはどこだろう。暗くてよく解らないが、地面の硬く冷たい感触から岩だろうと察した。それにしてもこの暗さはいったいなんなのか。見上げれば、天井もどうやら岩のようだった。
 洞窟? 出口は?
 ようやく岩以外のものを発見したミスティアは、その意味を理解するのにしばし時間を要した。
 鉄の棒が、岩の地面と天井に縦向きに突き刺さって並んでいる。隙間を通り抜けられない間隔で並んでいる。
 牢だ。
「どうして、こんな所に……」
 不安と恐怖は岩の冷たさと重なって、ミスティアの肉体と精神を凍えさせる。手のひらだけでなく、両の手首、足首も鎖で絞められた痛みが残っており、気力もろくに無い今では立ち上がる事さえできなかった。
 誰かに助けてもらいたかった。
 お父さん。
 お母さん。
 お爺ちゃん。
 里のみんな。
 それから。
 突如胸元でなにかが蠢きミスティアは悲鳴を上げようとしたが、唇が引きつって息を漏らしただけだった。
「チュン」
 だいじょうぶ?
 そう気遣う声に、ミスティアは胸元の感触に覚えがある事に気づいた。そうだ、気絶する以前、上着のボタンを開けて胸元に入れて上げた子がいた。弟分の雀。
「アンカ……なの?」
 襟から頭だけを出したアンカは小さく鳴いて応えた。
 ただの雀の弟分だというのに、ただ一緒にいてくれるというだけでとても心強い。
「チュチュン、チュン」
「うん、うん……そんな、どうして……」
 ずっと懐に隠れていたアンカのおかげで、ミスティアはようやく状況を正しく認識した。
 自分をさらったのは黒ずくめの男達、そんな衣装で竹林にいる連中といったら噂の忍者だろうと想像するのは子供のミスティアにとっても容易だった。雀のお宿を目の仇にしているという話もある。竹が切られていたあの場所を見張っていたのかもしれないとアンカは言った。結界から手首だけしか出していないのに、即座に襲われてしまったのだから。
 ここがどこなのかという点は、アンカにも解らない。なにせ忍者達に気づかれないよう、ずっと服の中で息を殺していたのだから、外の様子を探る機会など無かった。しかしこの洞窟の中であっても、漂う空気は竹林のものだとアンカには感じられるようだった。忍者の隠れ家は当然竹林にあるだろうから、その感覚を信じてもいいだろう。
 解ったのはこの程度の事で、事態の打開は至難のまま。
「どうしようか……」
 なんとか牢の隅に座り込んだミスティアは、折られた翼のせいで岩壁に背中を預けられず、膝を抱えてうずくまった。牢は埃っぽく最悪の居心地。反対側の隅には板で蓋をされた溝があり、どうやら囚人用の厠らしい。こんな所に閉じ込められていてはどんな目に遭うか解らず、時間の経過と比例して不安と恐怖が募っていく。
「チュチュン。チュチュチュン、チュン」
 そんなミスティアのため、発起したのが弟分のアンカだ。
「そんな、危険だよ、一人で行くなんて……」
「チュチュン」
「あっ、アンカ……!」
 制止の声も聞かずアンカは鉄格子の隙間を潜り抜けると、天井近くを飛んで岩牢から飛び出していった。すべては、ミスティアの危機を知らせ助けを求めるために。残されたミスティアは孤独という息苦しさにますます身を縮ませたが、ほんのわずか生まれた小さな希望が胸の奥をあたためてくれるのを感じた。

 岩の牢獄はそれほど深くは無くすぐに出口が見えたが、当然見張りの忍者が待ち受けていた。しかも二名。ただの雀であるアンカではとても突破などできない。こっそり抜け出そうにも、相手は忍者、気配を察知される可能性が高い。
 時に臆病なほど慎重に、時に無謀なほど大胆に、冷静沈着な判断と決断、忍者の裏をかくハイレベルな隠密能力が、今のアンカには求められていた。
 だが所詮は雀。鳥頭。
 アンカはなんの迷いもなく、普通に忍者の横を通り抜けていった。
「なんだ、あの鳥は?」
「牢の中から?」
 当然気づかれる。
 警笛を鳴らし応援を呼んだ忍者は二手に分かれ、一方は牢獄のミスティアの確認と尋問、一方は雀の追跡に向かった。アンカ絶体絶命。
 岩牢の外には、竹造りの家屋が幾つかあった。竹の葉などを巧みに利用して風景に溶け込むようにしてあり、さすがは忍者の隠れ家だがアンカの小さな脳はそれを感心するほど立派ではなかった。というか家屋があった事にすら気づかなかった。なんだいつも通りの竹林じゃないかとさえ思っている。
 故に、逃げるなら家屋から離れるように飛ぶだろうという忍者の読みは外れ、まさに新たな追っ手の忍者が出てきている家屋の間近を進行ルートにしていた。
「ええい面倒! 手裏剣で落としてくれるわ!」
「待てい!」
 苛立ってきた若い忍者を止めたのは、白装束の忍者だった。
「アレは恐らく、雀のお宿に助けを求めに行こうとしているのだ。つまり奴を追えば我等も結界を通り抜け、雀のお宿を発見できる」
「おお、なるほど!」
「あの雀を泳がせるのだ。そして決して見失わぬよう、細心の注意を払って追跡するぞ」
 追ってくる忍者との距離が開いてきて、アンカは大いに喜んだ。このまま飛べば忍者から逃げ切れる。そうして雀のお宿に帰って、妖爺やみんなにミスティアの危機を知らせられる。
 最悪の展開に向かって一直線だと気づかずアンカは飛んだ。雀のお宿を目指して。

 白装束の忍者は足音をまったく立てず竹林を駆け抜けていた。
(順調だな)
 所詮は雀。こちらの存在、思惑に気づかず、雀のお宿へと向かっている。長年竹林を探索して掴んだ大雑把な方向とも合致しているし、下駄隊が夜雀を捕らえたという方向もこちらだったはずだ。八雲の加護で平和ボケした妖怪どもは恰好の獲物、幻想郷を人間のものとするための貴重な糧となる。
 あの雀が飛ぶ先に、人類の勝利が待っているのだ。
 だが。
 葉と空気が重なり震える音に、雀は急旋回した。
 部下の忍者達の反応は素早く、白忍者同様に雀の機動に意識を向けながら、音の出所を囲むように動く。あの音は草笛だろうか。しかも白忍者の推測が正しければ、今の音色は妖気を孕んでいた。つまりその先に待つのは妖怪だろう。夜雀を探しにきた妖怪があの雀に気づき、呼び寄せたに違いなかった。
(ならばその妖怪が雀に指示を与える前に倒し、また雀を逃がして後を追えばいい)
 白忍者の判断は素早く優れていた。しかし、想定外の事態が待ち受けていた。
 妖怪ではなかった。
 竹の開けた広場で竹の葉を唇に当てて奏でていたのは、ブラウスともんぺという衣装の人間だった。腰まで届く白髪に、紅白のリボンが無数に結ばれている。威風堂々としながらも、まだ少女と言っていい年齢。
 見覚えが、あった。
 雀は人間の肩に止まると、嬉しそうに頬擦りをする。人間はくすぐったそうに笑いながら竹の葉を捨てた。
(考えている時間は無いッ)
 あの人間が雀に『お宿へは行くな』と命令したら、作戦は失敗を意味する。
 白忍者の判断は素早く優れていた。しかし想定外の事態が再び待ち受けていた。
「火遁・火威夢羅射風流!」
 口元から吹き出された炎は、本来持ちえる空中に広がるという特性を殺され、尾を引きながら白髪の少女へ向かった。まるで炎でできた矢のように。事実、それは相手を焼き殺すのみならず、貫通力を備える強力な忍術だった。
 し、か、し。

「火炎白刃取りいーっ!!」

 掴めぬはずの炎を、両の手のひらで挟んで止める白髪の少女。その唇は喜悦に釣り上がっている。
「な、なにぃ!?」
「フッ……返すよ」
 驚愕した隙を突かれ、投げ返された火遁を完全に避ける事はできず、白頭巾を引火させた。
「ぬううっ!」
 このままでは首から上が焼かれてしまう。やはり白忍者の判断は素早く、忍者にとって素性を隠す大切な頭巾を即座に脱ぎ捨て、素顔をあらわにした。白髪の少女はわずかに目を見開く。
「……っと、その顔は、人里の焼き鳥屋サンじゃないか」
 数日前、人里にて、白忍者は魔神衆の表の顔である焼き鳥屋で板前をしていた。その時の客が、この白髪の少女だ。迷いの竹林に行くつもりだとか言っていたが、まさか幻想郷に流れ着いて間もないらしい少女が、余程の信頼を得ねば招待されぬ雀のお宿の縁者だったとは。
 しかも鳥を呼び寄せる妖術と、炎を受け止める面妖な体術。只者ではない。
「や、奴はまさか紅蓮隊が取り逃がしたという妖術師では!?」
「なんだと!?」
 部下の言葉に白忍者は焦った。紅蓮丸(ぐれんまる)率いる紅蓮隊は精鋭揃い、交戦すれば仮に逃げられたとしても負傷は確実。しかしあの少女は目に見える傷が無く、血の匂いすら皆無。つまり紅蓮隊から無傷で逃げ切るほどの手練れ。少女の外見とは裏腹に、どれほどの実力を秘めているのか。
 部下の忍者達も白髪の少女が外見通りの者ではないと見抜き、慎重に包囲陣形を取っていた。それを理解していながら妨害する気を見せない少女が不気味だった。
「小娘、貴様いったい何者……」
 白忍者は動揺を隠し、平静を演じながら声を発したが、それを見抜いているのか少女はあざ笑った。

「フッ……」

 少女は肩の上で頬擦りしている雀を撫でてやると、両の腕を大きく左右に開いた。

「通りすがりの……」

 両手が突如炎上したかと思うと、手のひらの上で炎の鳥へと変化して翼を羽ばたかせた。

「焼き鳥屋サンよ!」

 戦いの合図となる叫びとともに、火の鳥が白忍者に向かって飛翔する。


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【PHOENIXで夜露死苦!!】

 二羽の火の鳥は白忍者の左右に回り込み、挟み撃ちをするように飛びかかった。後方に跳んで逃れるかと思いきや、白忍者はあえて前方に突進してくる。彼の背後で二羽の火の鳥が衝突し爆発を起こした。肌を焼く爆風をものともせず突っ込んでくる白忍者の気概に感心しながら、妹紅は広げた両手を勢いよく合掌させる。
 次の瞬間、降り積もった竹の葉が真紅に染まったかと思うやすぐさま黒へと変わり灰となって消失する。あらわになった地肌から現れた無数の呪符が赤熱しながら浮かび上がった。白忍者のみならず、別方向から迫ってきていた部下の忍者達も、呪符によって進路をさえぎられてしまい、攻撃手段を変更した。手裏剣である。
 四方八方から迫る鉄の刃をいちべつした妹紅は、鼻で笑いながら高く跳躍し、両の手のひらに再び炎を灯らせた。また火の鳥を放つのかと白忍者が身構えたが、妹紅の動作はまたもや合掌、炎が弾けて忍者達の頭上に広がり、紅き雨となって降り注ぐ。虚を突かれはしたものの着弾までに時間のある炎の雨など、忍者達にとって回避は容易であった。だが白忍者は被弾を覚悟で跳躍し、炎の雨に突っ込み妹紅へと迫る。
「爆熱拳!」
 目には目を、炎には炎を。
 白忍者の手甲に覆われた右の拳が赤熱し、炎の膜を破って妹紅へと叩き込まれる。
「ぬるいッ」
 炎をまとった両手で受け止めた妹紅は、白忍者の拳を握りしめて振り回し、地面へと投げ下ろした。
「雀を追え!」
 落下しながらの白忍者の叫びに、ようやく他の忍者達も炎の雨の真意に気づく。
 妹紅が跳躍し、炎の目くらましや雨を作ったのはすべて、肩に乗っていたアンカを宙で逃がすため。
 未だ空中に散布されている焔の中、雀はどこかと忍者達は目を見張った。
「させるかー!」
 妹紅が握り拳を突き上げると、下方に残っていた呪符が爆発し、異常な量の黒煙を放った。忍者達は完全にアンカを見失ったのだ。
 妹紅はアンカと会話ができない。故に、忍者に追われるアンカに気づいて危機を察知して呼び寄せても、事態を正確には把握できずにいた。とはいえ、アンカは妹紅の言葉を認識できる。だから小声で頼んだのだ。

 ――私が合図をしたら、お宿まで全力で飛べ。妖爺達になにがあったか伝えるんだ。

 目論見は成功した。
 なにがあったかは知らないが、お宿の住人達が知れば解決のため勝手に動くだろう。その間、自分はこの忍者達を足止めしていればいい。あるいは倒してしまうか。事情が解らずとも、すでに妹紅は忍者集団と諍いを起こしているし、お宿の妖怪達にとって彼等は敵だ。
 黒煙に降り立った妹紅は、手近の気配に向かって攻撃を仕掛けた。忍者達は黒煙で敵味方の区別ができず、同士討ちを避けるため動かないでいる。迫ってきた者を敵と判断し返り討ちにする算段だろう。だが計算外なのは、妹紅が妖術だけでなく武芸にも長けているという事だった。永き放浪で培った戦闘経験のため、接近戦でも妹紅は十二分に強い。
「ガハッ!」「ギヒッ!」「グフッ!」「ゲヘッ!」「ゴホッ!」
 次々に上がる敗北の悲鳴に、他の忍者達は黒煙に留まるのをよしとせず跳び上がった。竹の枝の上に逃れようという企みを読んでいた妹紅は、黒煙の中から迎撃の火球を連射した。四名のうち二名に命中し、火球は爆発して忍者をふっ飛ばした。残り二名のうち、片方は白忍者だ。
「隊長、このままでは……」
「うろたえるなッ。お前は里に戻り応援を呼んでくるのだ。奴は俺が食い止める」
「御意ッ」
 部下の忍者は枝から枝へと飛び移って、元来た道を戻っていく。
「行かせるか!」
「させぬわ!」
 追撃に移ろうと黒煙から飛び出した妹紅に、白忍者が無数の手裏剣を投擲した。妹紅は手のひらに火球を作って握りつぶし、爆発を起こして手裏剣とみずからの肉体をふっ飛ばす。爆風を防御と移動の両方に利用して、白忍者とは広場を挟んで反対側の竹の枝へと飛び移った。
「やるじゃないか、焼き鳥屋サン」
「それはこちらのセリフだ、通りすがりの焼き鳥屋よ」
「見逃してやるから頑駄丸(がんだまる)って奴を出してくれないか?」
「頑駄丸は俺だ」
 白忍者、頑駄丸は二本あるうちの一本の忍者刀を抜きながら答えた。
 妹紅は裸拳を握りしめて構える。
「そう。まさかあの焼き鳥屋サンが、竹林の忍者サンで、頑駄丸サンだったとは。笑える奇縁ね」
「俺になにか用か。焼き鳥屋でない今は容赦せんぞ」
 当然ながら焼き鳥屋で会った時と随分態度が違う。愛想のいい青年の姿は演技だったのか、それともあの姿こそが本質なのか。どちらにせよ立ちはだかっているのは、容赦無用の忍者の仮面。
「用は二つ。一つは、あなたと友達だという因幡の白兎を紹介してもらいたい。竹林の事で訊きたい事がある」
「断る。それにあの兎は嘘つきでな、友である俺に対しても雀のお宿の場所を教えぬ。竹林に古くから住まう妖獣ゆえ、竹林を乱す手伝いはせんとの事だ。もう一つの用とはなんだ」
「フッ……焼き鳥屋サン同士が顔を合わせたんだから、決まってるでしょう」
 拳を開く妹紅。今度は火球ではなく、火の鳥、獲物を焼き殺す鳥だ。
「商売敵は潰させてもらう! 悪いが、私以外の焼き鳥屋は……撲滅だァー!!」

 後に焼き鳥撲滅運動と呼ばれるものは、この瞬間、焼き鳥屋同士の潰し合いという形で誕生した。

「よかろう! 商売敵は幻想の世界から消え去るがいい!!」
「おおっ!」
 先に動いたのは妹紅、燃えて焼く鳥を二羽、頑駄丸に向けて高速飛翔させる。
 後に動いたのは頑駄丸、疾風の如き斬撃で迫る火の鳥を四散させる。
 素早い追撃を放つ妹紅、再び火の鳥。しかし広場の中央付近で切り裂かれるように散って消えた。先程の斬撃がカマイタチを起こし迫っているのだと察し、慌てて枝から飛び降り黒煙へと姿を隠す。
「火遁・火威夢羅射風流ッ」
 すると頑駄丸は広場の中央に強烈な炎を放ち巨大な火柱を立てた、熱風が巻き起こり黒煙が吹き飛ばされてしまう。姿を現した妹紅はあえて火柱へと疾駆する。炎は妹紅の味方である。火炎白刃取りの要領で火柱を投げつければ、こちらは妖力をほとんど消耗せずに攻撃できる。
 だがそれを読まれたのか、火柱は急速に衰えて消えようとし、さらに忍者刀を腰の高さに構えた頑駄丸が、いつの間にか火柱の向こう側から走ってきていた。
 火柱が消えるとほぼ同時に、円形に焦げた大地で激突する妹紅と頑駄丸。
 心臓を狙った突きを身をよじってかわした妹紅は、燃える手刀の反撃で首を狙う。だが読まれていた。頑駄丸は地面に沈んだと錯覚する速度で身を屈め、横に避けていた妹紅の腹部に肘打ちをする。内蔵を揺さぶられる不快感に歯を食いしばりながら妹紅は最小限の動きで足払いを仕掛けたが、それすらも読まれていたのか、頑駄丸は左足を素早く持ち上げて回避し、地面を踏みしめると同時に思いっ切りのけぞって後頭部を妹紅の鼻っ柱にお見舞いしてきた。
「ガフッ」
 後ずさりながら妹紅は、体術では頑駄丸が上だと痛烈に思い知らされていた。いったん距離を取らねば。妹紅は唇を尖らせて、唾を吐く仕草をした。だが飛び出したのは唾ではなく、火の粉。たいして威力は無いが、気はそらせるはずだ、という目論みは外れた。頑駄丸は宙返りをして妹紅の頭上をすり抜けながら、後頭部を蹴りつけてきた。今度は前のめりになって、さらにみずからの放った火の粉を浴びてしまう妹紅。幸い熱には強くダメージは無かったが、してやられたという気持ちにさせられてしまう。
 つんのめった妹紅はあえてその場で前転して距離を取り、その勢いを利用して逃げるように走り出して振り向き様に両手から火球を連発した。そのすべてを刀で切り裂いて頑駄丸が迫る。再び近接戦闘を行う気になれず、妹紅は急遽火球の矛先を地面へ変更し爆炎と爆煙で姿をくらまし、近場に倒れていた部下忍者の刀を素早く奪い抜刀する。頭上に気配、サイドステップすると手裏剣の雨が降り注いだ。それはすべて部下の忍者には当たらず、地面に突き刺さり、さらに部下と手裏剣を避けようという仕草もなく着地した頑駄丸。もちろん忍者も手裏剣も踏んでいない。その時すでに彼の忍者刀は振るわれており、妹紅は素早く忍者刀で受けた。鍔競り合いを起こした直後、ニッと妹紅が笑うと同時に頑駄丸の刀が真っ二つになった。迫る刃、頑駄丸は忍者刀を捨てて妹紅の腹部に双掌打を打ち込む。重く響く一撃で内臓が揺さぶられ、嘔吐感をこらえながら妹紅は後ずさると同時に真紅の刃を振るった。これこそが相手の刀を真っ二つにした秘密、妹紅の妖力により赤熱強化されて簡易の妖刀と化していたのだ。常人では触れるだけで肉が焼け落ちる。頑駄丸は慌てず冷静に妹紅の右手を蹴り上げて、赤熱刀を天高く放らせた。
 格闘戦再開。妹紅は左の貫き手で脇腹を狙ったが、右手を蹴った頑駄丸の足は地面に帰ろうとせず膝を捻って妹紅の鎖骨を打ち砕いた。これでますます右腕が使い物にならなくなった妹紅は、執念で左の貫き手を命中させる。脇腹をえぐり空気を吐き出させる。さらに足一本で立っている今を利用し今度こそと足払いを放ったが、再び攻撃を読まれ、頑駄丸は片足一本で宙返りをしながら妹紅の鼻にかかとを打ち込もうとした。咄嗟に首を傾けるが、頬を強く蹴りつけられてしまう。さらに、地面に落ちるまでの短い時間に頑駄丸は連撃を放ってくる。小振りにふくらんだ左胸をかかとによって押しつぶされる痛みに女性としての悲鳴を上げそうになる。さらに下腹部に爪先を食い込まされ、子宮をえぐられるような痛みに硬直し、最後に膝を刈られて転倒させられた。受け身に失敗し後頭部を地面で打ち意識がぶれる。
 その隙に、落下してきた赤熱刀がキャッチした頑駄丸は切っ先を妹紅の左腕に向ける。両腕を封じる算段。そうはさせるかと妹紅は口から大道芸のような炎を吹いた。直後、左の二の腕に走る灼熱の痛み。すでに妹紅の妖力が抜けた赤熱刀はただの鉄の刃に戻っていたが、それでも殺傷力は十二分であった。筋肉、神経、そして骨を断たれ、妹紅の左腕は動かなくなるばかりか、地面に縫いつけられてしまったのだ。しかもその刀はすでに頑駄丸の手を離れており、炎は誰もいない空間を無意味に満たした。
「最早これまで! 負けを認めるがいい」
 妹紅の頭側に回って腕組みをしている頑駄丸。再び炎を放ったとしても軽く避けられてしまうだろう。なるほど足しか動かせない妹紅に活路は無い。常識的に考えれば。
「は、は、は、はははははっ」
「なにを笑う。狂ったか?」
「ぬるい、ぬるいなぁ。頑駄丸サンよ、それで勝ったつもりなのか? 両腕を潰した程度で? 有利な位置に立っているだけで?」
「首を刎ねれば負けを認めるか」
「認めないし負けない」
「残念だ」
 左腕に刺さっていた刀が抜かれ、妹紅の首へと血塗れの刃が密着する。
「……連れて帰れば激しい拷問が待っている、だがそれで口を割る娘とも思えん。ならばここで介錯してやるのがせめてもの情けというもの」
「優しいのね」
「焼き鳥屋の縁だ」
「焼き鳥屋の縁か」

 首を落とし、虚しい気持ちになる頑駄丸。
 焼き鳥屋の縁などと、決して深いものではない。むしろ浅い。絆が芽生えるほどのものではない。だから、頑駄丸が妹紅を気にかけたのは多分、心惹かれるものが妹紅という少女にあったからだろう。
 少女でありながらどこか達観しており、しかし若さゆえの激情を持て余す当たり前さと、活発さと同居する気品。実に不思議な少女だった。謎は女性を魅力的に見せるというのは真実だったのだろう。
 ここに埋葬してやろうと思ったが、彼女に倒された部下達の安否も気になった。死んだ人間より生きた人間を優先するべきだと、心を静めて正しい判断を下すよう努める。無残になってしまった少女の遺体に背を向けて、部下を起こすため頑駄丸は歩き出す。

 風が吹いた。
 息を吸えば胸を焦がしてしまいそうな熱風が。

 瞬間、電流にも似た痺れが脳髄を突き抜ける。
「ぬるい、ぬるいなぁ。頑駄丸サンよ、それで勝ったつもりなのか?」
 ハッと振り向いたそこには、脇にみずからの首を抱えた少女が立っていた。
 抱えられた首は、真っ直ぐに頑駄丸を見つめていた。
「両腕を潰した程度で? 首を刎ねた程度で?」
 少女は笑っている。
「なぜ四肢を断ち切らなかった? なぜ心臓を潰さなかった? なぜ油をかけて骨になるまで焼き尽くさなかった? なぜ骨を木っ端微塵に粉砕し流水にばら撒かなかった? ははは、いや、これは吸血鬼の退治方法だっけ。でもそれくらいの事をなぜ試さなかった? ははは、仙人やら魔法使いやら妖術師やら、色々いるのが幻想郷だろうに。殺した程度で油断するなよ。はははははははははは」
 ケタケタと笑っている。
 不気味におぞましく笑っている。
 そして近づいてくる。
 首を断たれた肉体が、両の足でしっかりと歩いてくる。
 筋肉も神経も骨も断たれたはずの左腕で、生首を脇に抱えて歩いてくる。
 手首と鎖骨を折られて動かせぬはずの右腕は、獲物を求めるように頑駄丸へと向けられている。
「ほうら、ちゃんと殺してくれないから……こんなに痛くて、苦しくて、恨めしくて、憎くて、たまらな――」
 鮮血がほとばしる。
 頑駄丸はみずからの左手にくないを突き立てて、痛みで鋭くなった眼差しが力強く光る。
「消えろ、幻め」
 力強い言葉には真実が込められており、妹紅の生首はニッと笑って霧散するように消失した。代わりに、確実に断ったはずの首に頭部が戻り笑っていた。愛嬌のある笑顔だった。
「幻魔拳。ちょいとお前さんの頭脳を支配して、愉快な幻で驚かせてやったのさ。でも、私が死んでいないっていうのは紛れも無い真実だ」
 ありえない、と頑駄丸は歯を食いしばった。
 幻を見せられていたのだとしたら、振り返る直前に受けた謎の痺れのせいに違いない。
 首を断ち切ったのは真実のはずだ。しかし彼女の首は繋がっている。
 さらに驚く事に、頬に刻まれた紅い線も、左腕を貫いた痕も、戦闘中についた埃やススの汚れも消え去っていた。砕いた骨も元通りになっているらしく、右腕の動きに不自然な点は皆無である。まさか、彼女との戦いすべてが幻だったとでもいうのだろうか。頑駄丸が受けたダメージはすべて現実であるというのに!

「正直驚いた。幻想郷に来て色々な妖怪に襲われたけど、そのどれよりも強い。だから敬意を表し、フェニックスの羽ばたきで打ち倒そう」

 風も吹いていないのに、嵐の中のように妹紅の白髪がはためいた。
 爪先が地面を離れ、翼も無しに宙に舞う妹紅。
 否、翼は在った。
 滞空する妹紅の背中から赤い翼が広がる。
 さらに炎が、頭上からは鳥の首のように伸び、足元からは孔雀の尾羽のように伸びる。
 その姿、まさしく不死鳥フェニックス。
 中心核となった妹紅を、羨望の眼差しで見つめる頑駄丸。

「みずからを焼き、鳥となる。成る程、確かに"焼き鳥屋サン"だな……」
「餞別に焼きつけておけ。その眼に、フェニックスの翼を!」

 フェニックスは翼を羽ばたかせ、頑駄丸に向かって急降下をした。その速度、その熱気、避けるのは至難の業である。だが頑駄丸は避けなかった。避けられなかった。赤い翼の美しさに見惚れて、藤原妹紅の美しさに見惚れて、動く事ができなかった。
 熱風。
 灼熱。
 烈火。
 妹紅。
 すべてを受け切ったその時、決着がついた。

 炎を消した妹紅は、大きく息を吐いて広場を見回した。
 地面はすっかり黒コゲ。相手を殺さないよう、竹林に引火しないよう調節して戦ったためかなり苦戦してしまった。しかも一度殺されてしまうとは。広場に散り散りに倒れている忍者達は、放っておけば数時間程度で目覚めるだろう。
 数時間。
 それは十分な時間か、不十分な時間か、事態を把握していない妹紅は判断がでずにいる。ならば不十分である可能性を考慮し、彼等の手足を縛っておく事にした。幸い鎖鎌や縄といった忍具がたくさんあったので拝借し、一人一人広場の端まで運ぶと丈夫な竹に縛りつけていく。
 こうして全員を縛り終えた妹紅は、これからどうすべきか思案しようとした。しかし。
 竹林の奥から手裏剣乱舞の奇襲。軌道を読み、咄嗟に縛りつけた忍者の一人を盾にして隠れた。手裏剣は忍者を縛るすべての縄を切り裂いて解放し、さらに鎖で縛られた者のかたわらに現れた新手の忍者が、刀で竹を切断し抜けられるようにしていく。
「……しまったなぁ」
 縄の切れた忍者の陰から出て、妹紅はあちこちにいる新手の忍者集団を見て溜め息をついた。
「応援を呼びに行った奴、逃がしたままだったのを忘れてた。とんでもないポカやらかしちゃったなぁ私……」
 戦いやすい広場で戦おうかとも思ったが、すでに広場に回り込んだ忍者達がそこいらにまきびしを巻いていた。さっきは先に妹紅が仕込みをしていたため有利に働いてくれたが、今は不利にしかならない。
 いっそ延々と空中を逃げ回り爆撃するか?
 有効かもしれないが、あまりにも多勢に無勢。馬鹿みたいに手裏剣ばっかり投げてくれるならともかく、どんな忍術を使ってくるか解らない連中全員に気を配りながら戦ってなどいられないし、こちらの妖力の消耗も激しすぎる。
 無理せず逃げようかと真面目に考えながら、妹紅は竹林の奥に視線をやる。
「ハッ!」
 そして指を差して叫ぶ。
「アレはなんだ!?」
 ……。
 振り向く者はいなかった。


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【冷たい手】

 ミスティア・ローレライは己が不幸だと思った事が少ない。無いのではなく少ない。楽観的な性根のせいもあったが、孤独というものを知らずに育ったからだ。血縁を一切持たぬ身なれど、常に家族が側にいてくれた。
 妊娠した夜雀が命からがら雀のお宿に逃げ込んできたというのが、ミスティアの知る己に関わるもっとも古い出来事。その妊婦の素性は解らない。だが鳥の妖怪は皆同胞だと、お宿を経営する夫婦は手厚く看護した。しかし女性はすぐ、卵を産んで死んだ。死の間際、彼女は「ミスティア・ローレライ」と言い残した。もしかしたら、それは彼女自身の名前だったのかもしれない。あるいはお宿の夫妻が解釈した通り、生まれたばかりの卵の中で眠る我が子の名前だったのかもしれない。
 卵が孵り、生まれたのは珠のような女の子。子宝に恵まれなかった夫妻は、その赤ん坊の名をミスティア・ローレライとしながらも、みずからの娘として育てる事にした。雀のお宿は長い伝統により続いていたが、すでに初代様の姓も血縁も断たれていたので、跡取り娘が血縁でなくても雀でなくても西洋の姓名でも、たいして気にする者はいなかった。むしろお宿に住んでいた夜雀の一族は、是非とも夜雀に伝わる歌を教え、歌える女将として育てないかと好意的にお宿の夫妻に申し出た。
 ミスティアに物心がついた頃、両親は死んだ。誰が悪かった訳ではない、里で起きた不幸な事故により死んだ。
 雀のお宿は後継者問題を抱える事になる。ミスティアはまだ幼く、またお宿を任せられるような住人もいなかった。雀のお宿は信頼できる客のみを取っているが、常連の中には高い権力を持つ者もおり、もてなしには相応の技術が必要とされていたのだ。幻想郷を管理する妖怪の賢者も、数名ではあるが、稀にお宿へ休息を取りにくる。失礼があってはお宿の面子が潰れてしまう。
「私に任せてはくれまいか」
 名乗り出たのは素性の解らぬ半人半霊の老人だった。名は妖忌。彼は夫妻が亡くなった日にお宿に滞在していた客で、客の素性を正しく把握しているのはお宿の主人と長老だけだった。長老は彼ならば任せてもいいと許可し、さらに雀のお宿に認められた客というだけで他の住人達の信頼を得るには十分で、身分ある客人をもてなす心得があり、礼を知り、さらにお宿の名物である鰻料理の味を完全に再現するほどの料理の腕前を持っていた。ミスティアはこの老人の養女となる。元々客として訪れていた頃から老人に懐いていたおかげで、新しい家庭環境はすんなり受け入れられた。
 実の母、義理の両親を喪った少女。
 しかし大好きなお爺ちゃんや、里の大人達、友達、鳥達。弟分のアンカなどに囲まれて、少女は幸福に生きてきた。
 理不尽な暴力や恐怖に脅える事無く……今までは……。

 アンカが逃げ出してすぐ、一人の忍者が尋問にやって来た。ミスティアはなにも知らないと言い張ろうとしたが、爪を一枚剥がされた直後、胸元にアンカが潜んでいた事実を明かしてしまった。この調子で情報を引き出せると思った忍者は、さらに爪を剥がし続け、雀のお宿の場所を問いただした。しかし、ミスティアはまだ竹林の地形を把握しきっておらず、雀のお宿がどこにあるかという質問にはうまく答えられなかったし、それだけは言えないと強情を張った。
 右手の爪を全部剥がされてから、忍者は要求を変える。
 お前を拉致した所まで連れていってやる。そこからならお宿の場所が解るはずだ、案内しろ。
 首を縦に振れる訳がなかった。こんな怖い人達をお宿に連れて行ったら、大好きなみんながどんな目に遭うか想像もつかない。決して仲間を売らない、絶対に雀のお宿の秘密を守る。この点において、ミスティアはまごう事無きお宿の娘としての誇りを貫いた。両手の爪をすべて失って、もはや悲鳴しか上げられないほどの恐慌状態に陥ってもなお、要求を拒み通したのだ。
 そんなミスティアの心を開いた妹紅の旋律がどれほど優れていたか――。

 岩牢に足音が響き、ミスティアは小さな悲鳴を上げて牢屋の隅に身を潜めた。右の腋下の痛みは少しずつ悪化しているように思え、恐怖もともなって窒息しそうなほど呼吸がつまる。手を軽く握って合わせて、真っ赤に染まった指先を隠す。折られたまま手当てのされていない翼がジンジンと背骨に響き、座っているのさえつらい。
 カチカチと不気味な音がして、地獄から髑髏骸骨の怨霊が迫っているのではと真面目に思い込んだが、それは恐怖に凍えたミスティア自身が歯を打ち鳴らす音だった。
 必死に目を合わすまいとうつむいていたが、足音は当然のようにミスティアの牢の前で止まった。さらに、鍵を捻る音。
 ああ、この音の後に忍者が入ってきて、私の爪を剥がしたんだ! 雀のお宿に案内しろって強要するんだ! イヤだって言ったらまた暴力を振るわれる!
 今度こそ耐え切れずなにもかもを白状してしまうかもしれない。雀のお宿へと人間達を案内してしまうかもしれない。里のみんなを犠牲に自分だけ助かろうとしてしまうかもしれない。
 悲鳴を上げて逃げ出したいのをミスティアは必死にこらえた。そんな真似をしたら、ますます痛い事をされるに決まっているから。
 牢が開き、足音はどんどん近づいてくる。近づいてくる。近づいてくる。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。来ないで来ないで来ないで。それでも足音は近づいてくる。ゆっくりと、焦らすように、近づいてくる。助けて助けて助けて。足音が、止まる。ミスティアのすぐ前で。
 立つよう命じる声は覆面越しのせいかくぐもっており、酷く冷めた口調だった。
 ミスティアは恐る恐る立ち上がる。うつむいたまま、決して顔を合わせようとせず。それでも相手の胸下の服装は見えてしまった、自分を尋問した忍者より小柄だが同じ種類の黒装束を着ている。
 胸の前に爪の剥げた拳を置いて震えていると、黒装束の腕が伸び、冷たい手がミスティアの顎を掴んで持ち上げた。無理やり顔を合わせれる恐怖から、ミスティアはぎゅっとまぶたを閉じる。黒装束の者はまじまじとミスティアの幼い顔立ちを観察してから手を離す。さっとうつむいたミスティアは、これからなにをされるのかを想像して震える。お爺ちゃんのぬくもり、アンカのぬくもり、妹紅のぬくもりが恋しかった。身も心も切れるように寒い。
 新たに命令が放たれる。
 フクをヌぐようニと。
 ミスティアは反射的に顔を上げた。言葉の意図が解らない。
 フク? ふく? 服?
 戸惑いながら見ると、黒頭巾の下には感情の色がまったく感じられない漆黒の双眸があった。覆面の下、わずかに形の解る唇がもう一度動く。
 服を脱ぐようにと。
 岩牢の入口から冷たい風が入り込み、ミスティアは震えた。脱ぐ? 服を? この寒さの中? この人間の前で? まだ二次性徴を迎えていない年頃のミスティアではあったが、お風呂でもないのに人前で裸になるのは酷く不自然で恥ずかしい行いだと認識していた。
 ためらい身じろぎをすると、冷たい手が再びミスティアに、今度は胸元のボタンへと伸びる。脱がないなら脱がすまでというつもりらしい。
 慌てて脱ぎ始めるミスティア。爪を剥がされたばかりの指でボタンを外す作業は、ハンマーで指を叩かれ続けるかのように痛んだが、恐怖心により突き動かされる。何度もボタンを外すのに失敗していると、冷たい手がミスティアの手を払いのけ、ボタンを外し始めた。凍ったように動けなくなってしまうミスティア。少しでも邪魔をしたら、殴られるかもしれない、蹴られるかもしれない、怒鳴られるかもしれない、足の爪まで剥がされるかもしれない、抵抗などできるはずがない。
 上着を脱がされ、岩牢の冷たい空気がより近くなって凍える。構わずシャツのボタンも外されていき、すべてのボタンが外されると、冷たい指先が胸元に割って入り、シャツを腰まで下げられた。長袖も手首までずり下がり、手の自由が利かなくなってしまう。
 ひんやりとした微風に素肌を撫でられると、全身に鳥肌が立ち、身体が震えてしまうのを止められなかった。
 冷たい手が、子供らしくややふくらんだお腹を包むように両側から触れて、ゆっくりと撫で上げていく。
 ……ッ。
 喘いだのは右の腋下の痛む部分に触れられたためか、それとも寒気に触れて敏感に尖った肉の粒を親指で押しつぶされたからか、あるいは両方が原因なのかはミスティア自身にも解らず、ただこれから起ころうとしている行為が一刻も早く終わる事を願うのみであった。

 冷たい手は、……。


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【殺陣!】

 完全包囲絶体絶命。新手の忍者集団の敵意を一身に浴びた妹紅が取った行動とは。
「ハッ!」
 竹林の奥に視線をやり、指を差して叫んだ。
「アレはなんだ!?」
 ……。
 振り向く者はいなかった。
 振り向けばよかったのに。
 指さした方向に一番近い忍者が倒れた。異変に気づいた近くの忍者達も倒された。一瞬で五名近い忍者が意識を断たれた。妹紅は言った、アレはなんだと。アレとは、もののふであった。
 和装には着崩れが皆無で、老人とは思えぬほど真っ直ぐと伸びた背筋、小さな波紋すら浮かばぬ水面の如き眼差しと、腰から下げた一本の刀。
「雀のお宿の仮の主人――魂魄妖忌、見参」
 名乗りを上げた妖忌は静かに歩き出した。妖忌はただ真っ直ぐ歩いているように見えたが、不思議な事に舞い散る葉は一枚たりとも妖忌の身体に触れなかった。妖忌が避けているのか、竹の葉が避けているのか、それともただの偶然か。いずれにしろたいして意味の無さそうな事ではあったが、妹紅も忍者達も、その見事なまでのたたずまいに感動を覚えた。
 合図も無く、忍者達は同時に印を結んで気を練り上げる。忍術だ。
「させるかー!」
 妹紅の突き出した十指の先端から、同時に火球が飛び出し忍者達を襲おうとした。しかし竹の枝に立つ一人の忍者が、指先から無数の光を発しすべての火球を花火のように弾けさせた。
「雷迅!?」
「慌てるな、お前の相手は俺だ。頑駄隊の仇はこの愚零丸(ぐれいまる)が討ってくれようぞ」
「こいつ等の隊長サンかい」
 威風堂々たる態度の愚零丸は、背中に巨大なV字型手裏剣を背負っていた。その重量は相当のものであるはずなのに、彼の乗る細い枝はほんのわずかも傾いていなかった。頑駄丸同様、隊長格には苦戦しそうな予感に妹紅は焦れた。故に妖忌の助太刀はありがたい。
 その妖忌を取り囲むように、忍者の数が数倍にふくれ上がった。それらは陽炎のようにその場に現れ、分身の類だと察せられる。妖爺が達人である事は解るが、果たしてこの連中相手にどこまで戦えるか。
「妖爺、私がこいつを倒すまで持ちこたえられる?」
「ミスティアがさらわれた」
「なっ……にぃ!?」
「こやつ等の隠れ里の岩牢の中だ。案内はアンカがする、行けいッ」
 妖忌の言葉の直後、その背後からアンカが飛び出して、分身忍者集団の頭上を飛び抜けようとする。当然、忍者集団は迎撃に移ろうとした。だが。

「喝ッ!!」

 裂ぱくの気合を浴びせられ、すべての忍者が動きを止める。腹の底から出された声は腹の底まで響いたが、この金縛りは不思議と妹紅とアンカにのみ作用しなかった。
「こやつ等は雀のお宿と敵対し、妖怪を喰らう事でその妖力を吸収する秘術を持っておる。急げ! ミスティアを救ってくれい!」
「わ、解った! 妖爺、ヤバくなったら逃げろよ。行くぞアンカ!」
 雀の案内を追いかけ、妖忌と忍者集団を残して立ち去る妹紅。彼一人に任せる不安はあったが、聞いた話、この忍者達は非常に危険だ。
 一刻も早く。アンカの記憶を頼りに、魔神衆の隠れ家へと向かう。

 妹紅の後を追おうという忍者は一人もいなかった。
 分散して追わねばならないと理解しながらも、たった一人の老人に釘づけにされてしまっている。先程浴びた気合が未だ手足を痺れさせていた。

「喝ッ!」

 その痺れを払ったのは、愚零丸の放った一喝であった。金縛りは解け、忍者達は自由を取り戻す。
「惑わされるな。今のは針のような霊力を打ち込み、動きを封じたにすぎん。解っていれば二度は通じぬ」
「ほっ。若人よ、なかなかの眼力をお持ちのようで」
「お褒めに預かり、恐悦至極」
 深々と腰を折り、礼を払う愚零丸。しかし眼差しは鋭く、鋭く、鋭い。
 研ぎ澄ます殺意、隙を見せれば即座に抹殺。
「研ぎ澄まされた霊力と、隙の無い立ち振る舞い。尋常の者ではないとお見受けする」
 それが愚零丸の心理であったが、一喝で百戦錬磨の部下達を黙らせた達人の業に敬意を持っているのも事実。そのため殺人に移る前に最後の機を与える。
「だが所詮は枯れ木。そのように痩せ細った霊力では、いくら練り込もうと我等に通用するものではない。老い先短い命、ここで散らすのも無体。去るがいい」
 それを受けて妖忌、一礼にて応える。
「敬老精神は持ち合わせておるようだな。気遣い痛み入る」
 だが頭を上げた時、老人の双眸は精神を凍てつかせるほどの冷気と肉体を焼き尽くすほどの熱気をまとっていた。
「しかし、可愛い孫をかどわかされ、黙って引き下がれるほどこの魂魄妖忌、腑抜けてはおらぬッ!」
「ならば死ねッ!」
 一瞬であった。
 襲いかかった忍者、総勢十名。その分身、総勢九十体。合計百。
 四方八方あらゆる角度から隙間無く突っ込んでくる黒き装束の群れ。
 同時に、あるいは巧みな時間差を突いて、襲いかかる十の刃。それを隠す九十の刃。
 一瞬であった。
 妖忌は一歩たりとも動いていない。
 傍目には微動だにすらしなかったように見えただろう。
 しかし愚零丸は目撃していた。
 妖忌の鞘から奔ったものを。
 九十の分身が消失する。
 十の忍者が妖忌の周りに倒れる。
 一瞬であった。
 妖忌の抜刀から納刀に至るまでの出来事。
 九十の分身に惑わされず、十の本物のみの急所を突いて意識のみを断つ練達の剣技。
「……素晴らしい」
 褒めずにはいられなかった。愚零丸の心底から感動があふれる。
 どれほどの研鑽を積めば、あの領域にたどり着けるのか。
 自分はあの者と戦えるのか。
「素晴らしい」
 感動が灼熱する。闘志をみなぎらせながら愚零丸は背中の巨大手裏剣を掴んだ。
「お前達は妹紅という娘を追え! 船頭が雀ではたいした速度は出せぬはずだ!」
「承知ッ」
 無事残っていた十名の部下がいっせいに妖忌に背を向けて妹紅の向かった方へ疾駆した。しかし。その前方にすでに妖忌は居た。回り込まれた!? ありえぬ速度に忍者達は驚愕したが、竹の上からすべてを見ていた愚零丸が怒鳴る。
「爺は動いておらん! しかし偽者ではないぞ!」
 つまり実体を持つ分身。高等技術ではあるが、本体に比べて性能が落ちるのが常。分身を突破しようと忍者達は抜刀する。
 分身妖忌はフッと笑うと、またもや鞘から電光石火を奔らせた。本物とまったく変わらぬ速度と技術は、十名の忍者の刀と意識を断ち切った。

 風林火山。
 
 疾きこと風の如く。刃は風、見る事すらできぬ神速の刃。
 徐かなること林の如く。技は林、認識できぬほど徐かなる技。
 侵し掠めること火の如く。気は火、攻撃の一瞬のみすべてを侵す火となる気。
 動かざること山の如し。身は山、不動ゆえに最大限に蓄えた渾身を放つ身。

 これほどのものか魂魄妖忌。
 二人の妖忌は互いに歩み寄ると、一方、後から現れた妖忌は大きな人魂へと姿を変えた。
「半人半霊? 成る程、両方とも本物であるはずだ。しかし惜しい。それほどの力量がありながら、なぜ妖怪なぞに肩入れするか」
 竹から飛び降りた愚零丸は、足音を立てずに着地し、巨大手裏剣を投げる構えを取った。
 一方妖忌は自然体のまま。剣も鞘に納まっており、未だどのような名刀なのかはうかがい知れぬ。
「我等の同士となる気は無いか? 妖怪の肉を喰らい力を得る秘術を応用すれば、若返りも可能となる。その練達された奥義、若く力にあふれていた肉体に備われば天下無双となろう」
「興味無い」
「お主が加われば幻想郷を人間のものとする事も不可能ではない。外の世界はすでに人間のものとなっている。幻想郷もそうなるべきだ。邪悪な物の怪などのいいようにされて、悔しくはないのか?」
「そもそもこの幻想郷、妖怪の賢者が敷いた結界によって護られておろう。外の世界におられぬ身となったのは妖怪だけではない、半人半霊や妖術師、お主等のような忍者もすでに幻想の住人であるはずだ」
「その結界を張られる以前から幻想郷は人と妖の争う地であった。我等はその時代より妖怪退治を生業とし、人間という種を守護してきたのだ。そこに妖怪の賢者などと名乗る者が結界を張り、人外どもの楽園を築こうなどと、見すごせるものではない。聞けば、妖怪の賢者は新たな画策を練っているらしい。この幻想郷をさらなる結界で包もうというのだ。なにを企んでおるかは知らぬが、これ以上、幻想郷を妖怪どもの好きにさせる訳にはゆかぬ」
 どこまでも人間としての立場と視点による言葉だ。それは間違いではない、彼は人間なのだ。人間は人間として、妖怪は妖怪として生きる。もっとも自然でありもっとも正しい在り方。
 だがそれだけが真実ではない。
 妖忌は残念そうにうつむき、双眸を細めた。

「幻想郷を憂う紫殿の御心、未だ理解されずか……」
「貴様ッ、八雲の狗かーッ!」

 妖忌が妖怪の賢者の名前を口にした瞬間、愚零丸の中にあった妖忌への敬意は敵意へと変化した。
 巨大手裏剣はついに愚零丸の手を離れ、進路上にある竹を粉砕しながら妖忌に迫った。人の丈ほどもある鋼鉄の塊。いかに妖忌が達人といえども、細い刀で受け切れるものではない。故に、この攻撃は妖忌の殺害よりも刀の正体を暴くためのものであった。もし、巨大手裏剣を打ち砕くようならばただの刀ではない。恐らく妖怪の賢者から頂戴した妖刀の大業物だろう。
 その考えを肯定するが如く、鞘から奔った一撃は巨大手裏剣を真っ二つにし、勢いを殺されて妖忌のすぐ後ろへと転がった。あまりにも速すぎる抜刀術。目を凝らしても、どのような刀身をしているのかは確認できなかった。
「くくっ……流石は妖怪の賢者に尻尾を振った狗よのう。尋常の妖刀ではないようだ」
 愚零丸の言葉を受けて妖忌、真一文字の唇をへの字に変えて顎ヒゲをさすり黙考する。
 妙な反応に戸惑っていると、妖忌はゆっくりと鞘から刀を抜いて、しっかりと愚零丸に見せつけた。
「竹光じゃよ」
「なっ……!?」
 驚愕の一瞬、その間に妖忌は愚零丸の眼前に迫り竹光を振るっていた。
 全身に衝撃。どこを斬られた、いや、打たれたのだ?
 まったく訳の解らぬまま、愚零丸はその場に崩れ落ちた。
「精進が足らぬわ」
 竹光を鞘に納めた妖忌は、ぐるりと竹林を見回し、頑駄隊と愚零隊の全員が気絶していると確認した。ミスティアを救出するまでは目覚めないだろう。 
「お主等は間違ってはおらんよ。しかし行きすぎた正義は時に巨悪よりも恐ろしい。そして新たな可能性を切り拓く行為は危険も内包している。どのような結果になるか解らぬのだからな」
 妹紅達の向かった先へと足を向けた妖忌は、追いつくべく走ろうとした直前、ふと愚零丸の言葉を思い返した。

 ――聞けば、妖怪の賢者は新たな画策を練っているらしい。この幻想郷をさらなる結界で包もうというのだ。

 どこから漏れたのか。この忍者集団の情報集積力の賜物と言ってしまえばそれまでだが、幻想郷のトップシークレットを掴めるほどの一味だろうか? 賢者と優秀な従者達を除けば、極一部の者しか知らないはずだ。
 すでに第一線を退いた妖忌は、事のすべてを把握している訳ではない。八雲が西行寺に一報を送るべきだろうか。あるいは、妹紅と協力して忍者集団を叩きつぶし、裏に潜む何者かを引きずり出すか。
 いや、その必要は無い。
 裏に潜む何者かを引きずり出す必要は無い。
「……お前さんか」
 裏に潜む何者かはすでに、妖忌の背後を取っていた。
「紫殿の案には乗れぬというのじゃな?」
 背後の者は応えない。
「乗る、乗らんはそれぞれの勝手……しかし……」
 竹光へと手を伸ばす。
「残念じゃ」
 神速の一撃が奔る。
「現世斬ッ!」

 眩い閃光の後、倒れていたのは妖忌だった。
「いくら貴方でも、竹光ではこんなものです」
 冷たく言い放ったその者は気絶している忍者達にはいちべつもくれず、妹紅の向かった先を見やった。


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【たったひとりの強行突破】

「待てアンカ」
 一刻を争うために妹紅は立ち止まった。アンカは旋回して肩へと降りると、鳥語の通じない妹紅のために首を傾げて疑問を示す。その頭を指先で軽く撫でた妹紅は微笑を作って言う。
「この先は危険だ。なんとなく気配で解る……後はもうお前無しでも行けると思う。だからどっかに隠れてろ」
「チュン……」
「ついてきたいのかな? この先は強行突破になる、アンカを巻き込まないよう気を遣う余裕は、きっと無い。解るか? 私の言ってる事。解ったなら、隠れながらうまく妖爺の所に戻るんだ。いいな?」
 優しく諭すように言うと、アンカは妹紅のほっぺたを軽くつっついた。
「くすっ。なんだよ、お別れのキスか?」
「チュン!」
 元気よく鳴いたアンカは肩から飛び立ち、今まで来た道を戻っていった。解ってくれたか。安堵した妹紅は、自分が浮かべている微笑が作り物ではなくなっている事に気づいた。ただの雀相手に微笑んで見せるとは、随分と丸くなってしまったものだ。そして妖怪ミスティアを助けるため敵陣に単身特攻をかけようとしている。
 ミスティアを助けたその時、やはり自分は笑うのだろうか。
 笑うのだろう。
 でも。
 こんな時でさえ考えてしまう。
 数十年か、数百年か、数千年か。それほど強くは無い下級か中級の妖怪であるミスティアの寿命はどれほどであろうか。人間よりは長生きするだろう。だが、それだけだ。生きている限り、絶対の別れが待っている。
「フッ……妖爺が聞いたら大喜びで説教してきそうだ」
 妖爺。妖忌。半人半霊とはいえすでに老齢、死ぬ順番はミスティアよりも早いだろう。彼は妹紅にとって何者だろうか。知人? 友人? その間くらいか。彼を想うと、ミスティアほどではないが心がなごむ。つまりミスティアを想えばもっと心がなごむ。そんなミスティアが今、妖怪を喰らうという人間に囚われている。
 パシンとみずからの頬を両手で打ちつける妹紅。それを合図に心の在り方が切り替わった。
「よし、ここからは一切のおふざけ無しで行かせてもらおう。待っててくれよ、ミスティア!」
 隠密行動で忍者の裏をかけるはずがない。
 ならば最初から全力で強行突破。
「はぁっ!」
 妹紅の背中から焔色の翼が広がり、渦巻く熱風が霧を払って、竹がジリジリと焦げた。
 隼のように飛翔した妹紅は、竹に翼が直撃せぬよう避けながらの高速飛行を軽々と実行し、一挙に忍者の隠れ里へと突入した。
 熱風で霧を吹き飛ばし、熱気で竹の葉を灰に散らし、燃え盛る翼という目印により妹紅の侵入の情報はあっという間に広がった。

 忍者集団、魔神衆。別名、竹林の自警団。
 彼等の隠れ里は生い茂る竹やぶの中にある。住居も周囲の竹に溶け込むよう偽装された竹製の家屋ばかりで、常に漂う霧も手伝って目視での発見は至難。さらに竹やぶや住処に覆われた中央には小さな岩山があり、倉庫や牢などが掘られてある。ミスティアは岩牢の中にいると妖忌から聞かされているので、目的地はそこだ。
 鳴子の音でもすれば解りやすかったが、アンカの示した方向へ真っ直ぐに飛翔した妹紅を出迎えたのは頭上から降り注ぐ竹槍の雨だった。急旋回して回避するや、その先の地面から黒装束の男達が二名飛び出し刀と槍で突き刺そうとしてきた。即座にかざした手のひらから火柱を放ち、鞭のように振るって二名まとめて焼き払う。
「悪いが手加減しない、死にたくなければ邪魔するな小童どもー!!」
 怒号を発しながら、火柱を正面に向けて勢いを倍増させる。竹を焼き飛ばした炎の穴を覗き、岩山にぶつかった形跡がないため妹紅は軌道を変更した。眼下に竹製の屋根らしきものがチラリと見えた。家だったのだろうか。ほんの一瞬気を取られた隙に、手斧を振り上げた忍者が左方から飛びかかってきた。速い。あえて接近させた妹紅は回転蹴りで忍者の顎を粉砕し、直後、それを囮とした背後から迫る殺気に向けて炎の翼を羽ばたかせた。手応えを感じたので、結果を確かめもせず飛び続ける妹紅。
「ぬううっ!」
 今度は両手から火柱を噴出させ、炎の大蛇として大地を縦横無尽に這わせた。あまりにデタラメな動きは、隠れて機をうかがっていた忍者を何人か巻き込む。根元から焼けた竹が次々に倒れ、さらに竹製の家屋をも炎上させた。隠れ里を焼け野原にされかねない烈火の蹂躙に焦った忍者達は次々に妹紅に飛びかかってくる。
 だが手裏剣を投げれば火球で撃ち落とされ、さらに火球の追撃でやられる。近づけば炎をまとった拳か脚、あるいは翼によって返り討ちにされてしまう。
 印を結んだ忍者が五名整列し、地面から水柱を上げさせた。水遁だ。水の大蛇となったそれは妹紅の炎の大蛇を相殺し、さらに炎の翼をまとう妹紅に迫り来る。
「受けてみるか大玉!」
 両手をボールを掴むような形にして妖力を集中させる妹紅。一際大きな火球を誕生させると、水の大蛇に向けて投げ放った。巨大火球は水の大蛇を突き抜け、整列していた忍者は四方に散ったが、妹紅が指を弾くと大玉は花火のように弾け飛び、四方八方に炎の散弾をばら撒いた。悲鳴を上げて撃ち落とされていく忍者達を無視して、妹紅はまたもや軌道修正。五名並んでいかにもこの先になにかありますよ、という雰囲気が気に入らなかったのだ。
「フハハハハ! また会ったな!」
 その妹紅に背後から忍び寄る影、地上を走りながらも高速飛翔する妹紅よりも素早い。
「我が名は紅蓮丸! あの時、貴様を取り逃したのは失敗だった。だが飛んで火に入る夏の虫とはこの事よ! 円盤殺法の奥義で切り刻――」
「ずあっ!」
 引っかくような仕草で腕を振るうや、不可視の妖力が地面に打ち込まれて地雷となり、口上に夢中になっていた紅蓮丸はそれを踏みつけて爆発を起こした。
「紅蓮丸様ー!?」
「馬鹿なッ、紅蓮丸様がこんなあっさり!?」
 部下達の悲鳴のようなものが聞こえたため、妹紅は他の者にも忠告するよう大声を張り上げた。
「言ったはずだ! 今回は手加減しない、命が惜しくば引っ込んでろーッ!!」
「ざけるなーっ!」
 地上から、屋根から、竹の枝から、さらに上空から、四名の忍者が現れる。共通項は両腕を鋼鉄の爪で武装している事。空中格闘の心得があるらしく、竹の反動を利用して別の竹へと飛び移りながら縦横無尽に迫ってきた。
「空中」「四次元」「殺法」「受けてみよ!」
 竹のしなりを最大限に利用した卍軌道の連撃に対し、妹紅は螺旋軌道を取って確固撃破を狙う。一、勢いをつけた炎の右拳で顔面を打ち抜く、覆面越しに頬骨の砕ける感触が返ってきた。二、左の回し蹴りを脇腹に食い込ませる。重い衝撃で内臓を揺さぶりさらに蹴り抜ける事で近くの竹へと叩きつける。三、右の靴裏を胸部に叩き込む。黒装束が炎上し一瞬で火達磨となった忍者は落下するや地面を転がって火を消そうとした。四、左手で相手の手首を捻り上げ地面へと投げつける。背中の強打で肺の空気を吐き出させる。
 さらにさらにと忍者の援軍が現れる中、妹紅は火力を強めて正面突破を挑む。
「邪魔だーッ!」
 全身から炎を発し、近づく奴は体当たりと火炎と熱風で強引にぶち抜く。呆気ないほど四方八方にふっ飛ばされる忍者達だったが、それでも熟練の数名が妹紅の脚にしがみついた。泳ぐように脚をバタつかせるが、離れる気配は無く、炎で対処しようとした瞬間まだ気力の残っていた忍者達が上下左右から飛びかかってくる。蜂のように群がってきた忍者達は妹紅の腕に、腰に、胸元に、首に、しがみつきさらに、くないや短刀を突き刺してきた。炎をまとっての飛行中だったためバランスを取りにくかったのか、幸い急所は外れてくれた。
「ぐううっ……ぐぎぎ、ぎぎ……」
 ただ刃物を刺しただけで満足するお人好しはおらず、肉の中で捻り回して他の筋肉や臓器を引き裂いてくる。激痛は、残念ながら慣れていた。額に熱が走る。くないで切られたらしい。傷は浅くとも出血の激しい部位で、恐らくこれが狙いだったのだろう、右目に血が流れ込み視界が半分ふさがれてしまった。舌打ちをしようとした瞬間、視界の隅、灰色の、竹ではない。岩だ。
「ミースーティーアーッ!」
 異変が起きた。
 未だ刃物の食い込んでいる傷口からあふれる鮮血が蒸発し、さらに刃物が赤熱しとても持っていられなくなる。続いて傷という傷から火山のように炎が噴出し、全身を覆う灼熱も爆発するように広がった。
 翼は羽ばたきだけで家屋を薙ぎ払うほど大きく、無数の尾羽は大蛇のようにうねり、頭部から伸びたフェニックスの首は真っ直ぐに竹の向こうの岩山を睨んだ。
 その凄まじさは、死に物狂いで妹紅にしがみついたすべての忍者達を一瞬にして火達磨にして吹き飛ばす。さらに炎の尾羽が舞い散り、フェニックスの軌跡を絨毯爆撃していく。巨大な炎の翼は隠れ里を隠す竹を無残に焼き払い大火事を起こしながら、やはり羽を散らして被害を拡大させた。荒れ狂うフェニックスの猛進の前に、忍者達は紙切れも同然。
 ついに岩山へと到達した妹紅は旋回を始めた。入口は無数見受けられる。どこだ、どこが牢獄だ。外からじゃ解らない。手当たり次第だ。妹紅は火勢を弱めて手近な穴倉に飛び込んだ。狭い洞窟内で大きな炎をまとったままでは、助けるはずのミスティアを巻き込みかねないからだ。みずからが放つ焔に照らされた穴倉は、大量の木箱が積まれていた。開いていた蓋へ視線をやると火薬の匂いを漂わせる玉で満たされていた。火薬庫だ。引火させれば岩山自体が崩壊しかねない。それで困るのは忍者どもだ、一向に構わない、ミスティアを救出した後なら。
 舌打ちをして飛び出る妹紅。穴の入口に赤装束の忍者の姿があったが、妹紅が出てくる事に気づくや横に飛びのいて道を空けた。特殊な色の装束という事は頑駄丸同様、隊長格だったのかもしれない。だが今はどうでもいい。
「どこだミスティア! ミスティアー!!」
 目についた別の洞穴に飛び込む妹紅。今度は書庫のようだった。本や巻物が棚に並べられていた。
 ――こやつ等は雀のお宿と敵対し、妖怪を喰らう事でその妖力を吸収する秘術を持っておる。
 秘術とやらに関わるものがこの部屋にあるかもしれない。妹紅は両手から火球を投げつけると、その結果を確かめもせず飛び出す。次はどれにする。ミスティアはどこにいる。
 ひとつの洞穴を、いかにもなにかがあると主張するように先程の赤装束の忍者が護っていた。罠か。当たりにしろ外れにしろなにかはあるはずだ。深く考えず妹紅は突っ込んだ。赤装束は火薬庫で見た火薬玉を握っており、妹紅目がけて投擲してくる。爆発が妹紅を包みその姿を隠した。
「やったか!?」
 爆炎の一角が弾け、妹紅は矢のように赤装束へと突撃し顔面を殴りつけようとした。赤装束は咄嗟に手のひらで受けたが、勢いに逆らい切れずその場に殴り倒された。中になにがある。罠ならぶち破ってやるだけだ。どちらが強者でどちらが弱者か教えてやるだけだ。妨害など無駄だと思い知らせるだけだ。
「ミスティアー!」
 叫びながら、炎を弱めて進む妹紅。照らされた洞窟内にあったのは鉄格子だった。ここか!?
「ミスティア、どこだ! いるなら返事をしてくれ、ミスティア!」
 ひとつひとつの牢を確認しながら奥へと進むと、もっとも深い牢屋の隅にうずくまる人影を見つけた。小柄で、異形の翼が。
「ミスティア!?」
 身にまとっていた炎を完全に消した妹紅は、鉄格子を掴んで揺らしながら叫ぶ。
「ミスティア! 私だ、妹紅だ、助けにきた……ミスティア? どうしたの、ねえ、ミスティア!」
 うずくまっている少女は、妹紅の呼びかけにまったく反応をせず、壊れた人形のようにただそこに座り続けていた。不吉な予感がして、ミスティアの様子を観察する。両脚を抱くようにして座り込んでいるミスティアは、膝の間に顔をうずめており、かろうじて見える両目は、愛らしくきらきらと輝いていた眼差しは、完全に感情の色を失っていた。まるで心を閉ざしてしまったかのような。
「ま、待ってて。こんな牢、今、開けて上げるから」
 両手に力を込め、握っている鉄格子を赤く歪めて押し広げようとする妹紅。
 今のミスティアは只事ではない。なにか薬でも盛られたのか、それとも酷い拷問でも受けたのか。ただただミスティアの心身が心配だった。一刻も早くここから連れ出してやらねば。
 もう少しで人が通れるくらいに鉄格子を歪めたところで、突如、爆音が響き岩山全体が震動した。
「なっ……なんだ!?」
 困惑しながら、震源地の気配を探る。場所はほぼ真上。なにがあっただろうか。そういえば火薬庫はどこにあっただろうか。思い出せない。しかし、まさか、最悪の予感を肯定するように天井が崩れ、隙間からは炎があふれていた。
「ミ」
 名前を呼ぼうとした瞬間、妹紅は目撃してしまう。大きな岩が、ミスティアの頭上に、迫って――。



「これでいい」
 臆している部下達の前で、ミスティアを捕まえた部隊の隊長である下駄丸(げたまる)は赤装束についた埃を払いながら言った。火薬庫の前で妹紅と相対し、そして牢屋の入口で妹紅を待ち受け誘い込んだ張本人である。
「被害は大きかったが、あの妖術師の力は異常だ。あのお方がお留守の今、こうでもせねば殺れぬわ」
 部下の一人が、恐る恐る隊長に言う。
「しかし下駄丸様、火薬庫に火を点けるなど、魔神牙(まじんが)様の了解もなく……」
「責任は俺が取る。そもそも火薬庫を岩山の上部に、その真下に牢屋を作ったのは、このような事態を想定してのもの。見ろ、崩れたのは火薬庫と牢屋だけだ。近くの洞穴は被害が及ばぬよう補強もしてある。緊急時の正しい使い方をしたのだ、お叱りなど受けるはずもない。それに、妖怪に組みする人間の恥さらしと、妖怪の小娘をまとめて退治したのだ。問題無かろう」
「雀のお宿の貴重な手がかりが……」
「馬鹿か。あの小娘を捕らえた場所、あれがお宿を隠す結界の端だ。それさえ解っていれば、あのお方が結界を見つけ破壊してくださるだろう。くくっ、やはり妖怪を駆逐するために手を組むのが人間同士というものよ。あのお方が我等についた時点で、もはやお宿の発見と駆逐は時間の問題となっておったわ。ファハハハッ」
 高々と笑う赤装束の下駄丸を見て恐怖を覚える部下達であったが、ふと背後を振り返ればフェニックスに蹂躙された隠れ里の惨状があった。消火作業にいそしむ他の忍者達、未だ燃え続ける竹林や家屋、火傷を負って救助を待つ者達。確かに、これほどの被害をもたらす者を、火薬庫と牢屋の二つと引き換えに倒せるのなら安いものかもしれない。
「ところで、頑駄丸と愚零丸はまだ戻らんのか?」
「報告はありません」
「奴に殺されてしまっているかもしれんな。あのお方に無駄足をさせてしまったか……紅蓮丸はどうだ」
「まだ目覚める気配は」
「そうか。ではお前達も火を消してこい、火事が広まっては薄汚い妖怪どもにここを知られてしま――」

 轟音によって下駄丸の言葉はさえぎられる。
 崩れた岩山が噴火し、渦巻く火炎が竜巻となって天に轟いた。
 舞い散る火の粉は尾羽の形をしており、竜巻の中で人影が揺らめく。
 炎はその人影を中心に収縮し、爆発的に炎の首と翼と尾羽が広がった。
 不死鳥フェニックス。
 その中心で虚ろな表情を浮かべているのは藤原妹紅。
 涙は熱気により重力に逆らって上へと流れ、目元から離れてすぐ蒸発して消える。
「だから……嫌なんだよ、妖爺……」
 少女は呟く。
「こんな悲しい想いをするから、死ぬ命と関わりたくないんだ……」
 少女は嘆く。
「天命なのかな……私の生き様は、復讐のみに彩られるべきだっていう……」
 少女は猛る。
「復讐に生きろと……復讐しろと!」
 少女は憎む。
「復讐……だぁぁぁアッ!!」

 地面に舞い落ちた炎の尾羽は火柱へとその姿を変え、妹紅の憎しみに呼応するように忍者集団の里を蹂躙すべく燃え盛った。
「ば、馬鹿な……なんなんだあの女は!」
 下駄丸は狂乱気味に叫ぶ。
「ここに来るまでに切り刻まれたはずだ! その上、岩に押しつぶされたんだぞ!? だのになぜだ! なぜ、奴は生きているのだ! なぜ、傷ひとつ見受けられんのだ!」
「お前から死ぬかぁ!」
 最初の獲物を選んだ妹紅は火炎をまとったまま急降下をし、底知れぬ憎悪の念により恐怖に駆られた部下の忍者達は散り散りに逃げ出し、下駄丸は優れた胆力が災いし回避行動が遅れてしまった。死ぬ。間違いなく致命の一撃を受ける。

「――封印」

 確実な死を、妹紅も下駄丸も確信していた。

「瞬」

 直撃の直前、二人の間に割って入る虹色の閃光。音も無く爆発したそれの威力により、妹紅はふっ飛ばされ岩の瓦礫へと突っ込んでしまう。
「くっ……なにが……?」
「下駄丸よ、魔神牙はどうしました」
 上空から声がして、妹紅は青空を見上げた。そこには妹紅のような紅白衣装の人間が浮遊し、髪の色は正反対の黒、そしてぶら下げた左腕の手のひらは開いており、その下、薄い光の膜に包まれて妖忌が横たわっていた。
「土産を持ってきました。八雲の縁者である西行寺の元庭師、魂魄妖忌というもののふよ」
 放り捨てる仕草をすると、光の膜ごと妖忌は地面へと落下し、岩山の近くの地面に叩きつけられた。するとシャボン玉のように光の膜が割れて消える。
「よ、妖爺……」
 妹紅は愕然として彼の名を呼ぶも、返事は無く、動く気配すら無い。
 ぎりりと歯を食いしばり、紅白衣装の黒髪を見上げて睨む。
「お前が……やったのか! 何者だ!」
 それを受けて紅白衣装の黒髪は、静かな声で答える。
「仮にも幻想郷に生きる者なら聞いた事がありましょう」
 氷のような眼差しを妹紅に向ける。

「博麗の巫女、レイム」


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【博麗vs鳳翼天翔】

「博麗の巫女……レイム」
 幻想郷に唯一存在する神社の巫女。
 妖怪退治を御役目とする巫女。
 歴代でも秀でた才を持つ巫女。
 博麗神社の巫女。
 聞いた事はある。
 紅白衣装のため、妖怪に博麗の巫女と間違われた事もあった。
 そんじょそこらの妖怪じゃ歯が立たない。
 博麗の巫女に眼をつけられたら未来は無い。
 幻想郷で最強の人類だという噂さえ聞いた。
 だが。
「所詮は人間! 限りある寿命でたどり着けぬ境地というものを教えてやる!」
「貴女も人間でしょうに」
 瓦礫を巻き上げるほどの熱風とともに飛翔する妹紅。一瞬にしてフェニックスの化身となり、烈火によって風を切りながら空中の巫女に肉薄しようとした。
「無双封印」
 だが巫女が軽く手を払うと、霊力が虹色の球となって妹紅に直進した。真正面から激突し、虹色の閃光が赤一色に浸食されていく。燃え盛る炎はレイムに迫り、熱気により巫女装束をはためかせた。
「ずああああっ!」
 妹紅の叫び声とともに虹色の霊撃は弾け飛んだ。
 長く生きれば自然と力はつく。戦い続ければ力は増す。
 怠惰にすごさねば力は衰えない。老いなければ力は衰えない。
 妹紅は強くなる条件を満たし、弱くなる条件に該当しない存在。
 千年の戦闘経験以外にも、妹紅の強さにはこういった理由があった。達人揃いの忍者集団をことごとく退けるほどに。そんな妹紅にとって人間の巫女一人、恐れるものではない。
 凄まじい威力に感心したレイムは、風に舞う木の葉のような動きでフェニックスの威力から逃れた。
「ただの人間ではないようですね、それともすでに人間をやめているのでしょうか」
「さあ、どうだろうね」
「まあ、その程度の妖力なら問題ありません」
「その程度の霊力で、私に勝てると思ってるのか、博麗のレイム」
「思います。ところで貴女、名前はなんと?」
「通りすがりの焼き鳥屋サンだぁーっ!!」
 両手から連発される火球の嵐を、レイムは同様に両手から霊力の球を放ち、すべて的確に相殺した。
 歳はまだ十代だろうに、天才的な技量には感服させられる。
「持久戦ではかないませんね」
 反撃をやめたレイムはさらに高度を上げると、右手を青空に向けて掲げた。なにか仕掛けてくるな。妹紅も両手に妖力を込めて迎撃の準備をする。
「無双封印――」
 次なるレイムの手は、先程見せたものと同じ虹色の霊撃であった。その程度、軽く避けて逆に炎をお見舞いしてくれる。妹紅の表情が凶暴さを増す。
「――斬」
 その言葉を合図にレイムの霊撃は円盤状になり、投げつける動作とともに回転しながら迫ってくる。霊力を圧縮し威力を高めたのか。その技術に感心しながら妹紅はやすやすと回避し、右手からカウンターの火柱を放った。距離があったためレイムは容易に回避したが、続く左手の一撃で仕留められる確信が妹紅にはある。
「喰らえ!」
 渾身の妖力を込めた左手を振りかざした瞬間、左の肩から先が切断された。鮮血を散らしながら落ちていく左腕と、回転しながら妹紅の前方へと飛んでいく円盤。敵を追いかける種類の術は妹紅も体得しており、してやれたと歯ぎしりする。霊力の円盤は役目を終えたとばかりに空中で消失した。
「貴女からは不思議な生命の息吹きを感じるので、それくらい問題無いと判断しました」
「小娘の分際で……!」
「無双封印・爆」
 憤る妹紅を冷めた眼で見つめながら、レイムは淡々と次の攻撃を告げた。
 やはり虹色に輝く霊撃であったが、かざした手からは矢継ぎ早に放たれる。まるで弾幕のように。
 これも追尾してくるかもしれないと、妹紅は周囲に妖力の膜を張り巡らせた。触れれば即座に反応し炎上する。霊力など焼き尽くしてやる。しかし、レイムの霊撃はその膜の周辺を滞空するのみで、それ以上の接近をしてこなかった。霊撃による包囲が狙いだったのかと悟った時にはもう遅い。無双封印の連発なら耐えられたかもしれないが、滞空する無数の無双封印の同時攻撃は脅威だった。レイムが手を握ると、反応して包囲霊撃はいっせいに中心の妹紅へと集まる。
「うおおー!」
 その一撃一撃は膜に触れるや爆発を起こし、火炎の反撃を逆に吹き飛ばした。最初の数発で膜は完全に破壊され、爆煙を抜けて本命の第二段が叩き込まれる。全身に無双封印の霊力の直撃と爆発を受けて、妹紅の肉体は引き裂かれた。このダメージは耐え切れない。耐えるべきではない。身体の内側を燃焼させ、外側からの爆発に合わせみずからの肉体を自爆させる。
 無残に散った妹紅を、レイムは静かに観察していた。
「これで死ねばそれまで。しかし……恐らく……」
 妹紅の秘密を知っていた訳ではない。
 だがこれで死ぬような相手ではないという、根拠の無い確信があった。
 確信には根拠が必要であるが、彼女に限った場合、根拠のある確信が外れた事はあっても、根拠の無い確信は外れた事が無かった。巫女としての直感によるものか、あるいはただの偶然か。どちらでもいいとレイムは思う。的中率が十割であり続ける限り。

 爆煙が晴れた時、そこにはなにも残っていないように見えた。遠目からは確認できない肉片や髪の毛程度は残っていたかもしれない。
 その欠片を媒体にしたのか、あるいは魂そのものに力があったのか、その場に炎の鳥が現れるや、その内側で藤原妹紅の肉体が衣服もろとも再構築された。
「なるほど。人間どころか神々に匹敵、いえ、それすら超越する復活再生の力を持っているようですね……これではいくら倒してもキリが無い」
「フンッ、私を殺したかったら龍神様でも連れてくるんだな」
「いえ、その必要はありません」
「そうかい!」
 祈るように、額の前で両手を組み合わせる妹紅。指の関節が痛みで震えるほどの力を込め、ありったけの妖力を集中させる。ゆっくりと離した両手の間では火の粉が鼓動をておりそのたびに大きさを増す。身体を大の字にするほど腕を広げた時、妹紅の眼前には人間ほどの大きさもある巨大な火球が高熱を発していた。
「喰らえ、火山の噴火に匹敵するフェニックスの一撃を!」
 誇張表現ではなく、まさしく火山の噴火の如き勢いで発射される巨大火炎弾。
(さあ、防ぐも避けるも好きにしろ。そいつは炎の散弾がお前を貫く)
 勝利の笑みを浮かべる妹紅。それほどまでにこの一撃、自信があった。
 対するレイム、瞳に朱を映しても表情ひとつ変えようとしない。
「封魔結界」
 呟きに込められた言霊は迫りくる巨大火炎弾に触れるや、光の立方体に展開し大玉を閉じ込めた。行き場を失った火炎弾はただその場で赤々と燃え続けるだけだった。
「なっ……大玉のままの威力をいともたやすく!?」
「鮮やかな朱色、まるで凱風快晴のよう。こんなにも綺麗な焔色を出せる人の心が歪んでいるとは思えないけれど……妖怪の味方は私の敵です」
「ハンッ……お前も『雀のお宿総焼き鳥化計画』とかいうイカレたモンに乗ってる口なんだろう? オツムの愉快なクソッタレはこの焼き鳥屋代表藤原様の独断で焼却処分決定だ」
「その計画は……私も乗り気ではありませんが、八雲の婆の討伐に必要な事ですから」
「婆? 婆と言ったか? 八雲がどんな婆か知らないが、年上の婆は敬いな、乳臭い小娘がぁー!」
 罵声とともに火山の噴火にも匹敵する大爆発を起こす巨大火炎弾。その威力に満たされた封魔結界の内側は乱雑な紅化粧を施された。しかし耳をつんざく轟音も、爆発の衝撃、熱風、余波、なにもかも、一切合財、皆無であった。それらすべて、なにもかも、一切合財、封魔結界に封じ込められたのだ。

「すべてを零に」
 手のひらを閉じる。
「すべてを無に」 
 封魔結界が閉じる。
「封じる」
 爆炎ともども消え去る。
「なればこその」
 眼差しが凍る。
「博麗零無、也」

 地べたを這いずる有象無象、忍者の群れが蹂躙者を圧倒する巫女に向けて歓声を上げる。
「レイム様!」「零無殿!」
「歴代最強!」「博麗の巫女!」
「幻想郷の守護神!」「人類の希望!」
「零無!」「レイム!」「博麗零無!」

 耳障りだ。

 私も人間なのに。
 あいつは人間なのに。
 人間なのに。

 ミスティアを奪った奴等に対する怒りか憎しみか、それとも、人並み外れた力量を持ちながら信仰される巫女への嫉妬なのか。解らない、しかし、負の情念が燃え上がる。

「レェェェイムゥゥッ!!」
 烈火の怒声の圧力は、天が落盤したかのように下々の忍者達を圧迫し黙らせた。
 赤い翼が空を覆う。
 青々とした、壮大で、果てしない、広々とした、爽やかな、健やかな、晴れ晴れとした、晴れ渡った、天晴れで、美しい、蒼穹の青空を、焔色に塗り替える。
 赤々と、荒々しく、乱暴に、乱雑に、破竹の勢いで、一気呵成に、蹂躙し、陵辱し、炎上し、燃焼し、灼熱し、焔色の暴虐が、たった一人の人間を獲物とさだめる。

「焼き殺してやる! そうだいつだって結局は、最後の最後、敵に回るのは妖怪ではなく、神仏でもなく、正義でもなく、悪でもなく、人間……だッ! お前が幻想郷の人類の代表で、お前が幻想郷の人類で最強で、お前が幻想郷の人類ならば、そう! お宿も忍者も関係なく、最初から、出遭った時から、出遭う前から、現世に生まれ落ちた時から、お前は敵だ。敵でいい。理解し合えない敵でいい。私は常に独り。独りで戦い抜いてきた。殺し尽くしてきた。焼き尽くしてきた。なにも変わらない、今まで通り、当たり前の事を実行する。殺す。博麗の巫女、レイム。焼け死ね」

 "凰"の翼が天を翔ける。
 みずからの生命を代価にした羽ばたき。
 底無しの生命を延々と燃焼させ続け高めに高めた、最強の羽ばたきを。
 一直線に博麗の巫女へ全身全霊を叩き込んでやる!

 ――チュン。



 呆気ないものだった。
 拍子抜けする結果だった。
 さんざんもったいぶった前口上と、これで最後と言わんばかりの奥義の末路。
 それは先程の巨大火炎弾と同じく光の立方体に封じ込められ、炎を消失し地面へと落下していった。その中には敗者の無様な姿。全精力を使い果たし疲れ切った様子の妹紅である。

「封魔結界。貴女はもはやかごの鳥、そこから逃れる術はありません。ただ、外部からの干渉は受けつけますので……魔神衆の皆さんから存分に仕返しされるがよろしいかと」

 レイムの口調が辛らつになっていたのは、決着に不満があったからだ。妹紅の生命を燃焼させた威力は想像を絶し、封魔結界が成立すれば封印する自信はあったものの、その成立の成功は半々といったところで、一か八か、五分五分の勝負に身を投じねばならなかった。
 それでも勝つ自信はあった。
 半々。五分五分。レイムが勝利するにはお釣りがくるほどの勝率だ。どんなに分の悪い賭けでも、針の穴ほどの可能性があれば掴み取る。掴み取れる。今回もそうなるべきだったのだ。それでこその勝利なのだ。
 しかし最後の最後、妹紅はみずから炎を絶やした。
 五分五分の確率が必勝に変わる。
 与えられた勝利。
 誇りを踏みにじる勝利。
 だが彼女がレイムに勝利をゆずる理由も手加減する理由も無い。
 敵意は本物で、必殺の気迫があった。
 あの瞬間、なにが起きたのか――。

 勝利を穢した正体が、レイムの横合いを抜けていった。
 小鳥。
 妖怪や妖獣ではなく、本当にただの鳥だった。
 その鳥が急降下していく。追っていく。封印されて落下していくあの無力な少女を。鳥かごの鳥を。
「貴方は……」
 鳥に言葉が通じるはずもない。そう思い、レイムは口を閉じた。
 あの小鳥はなんなのか。その程度のあまりにも小さな好奇心から、レイムはゆるやかに下降を始める。

 結界は妹紅を閉じ込めるためのもので保護するためのものではない。地面に叩きつけられた時、妹紅は身をよじってなんとか足から落ちる事で、両脚がへし折れて肉が裂け骨が飛び出て血があふれる程度の負傷に抑えた。光の立方結界は地面に鎮座して、妹紅がもたれかかっても転がったりはしなかった。
「……クソッ」
 毒づきながら妹紅は周囲から迫る足音を睨む。忍者だ。黒装束の忍者達だ。刀を、斧を、鎖鎌、竹槍、仕返しのための得物を持って獲物に迫る。その中に赤装束もいた。隊長格で、名は下駄丸だったか。
「よくもやってくれたな、人外」
 地面は真っ黒コゲ、周囲の竹も炭化して崩れている。竹林とは思えぬほど開けた土地になっていた。鎮火は概ね終わっていたが、怪我人はまだまだ大勢いて、恨みの念を妹紅の一身へと向けている。
「野郎ども。結界に手は入れるなよ、食いちぎられても知らんぞ。だから得物で獲物を切り刻め。得物で獲物をくし刺しにしろ。得物で獲物を蹂躙しろ。遠慮する事はない、そいつは妖怪についた裏切り者だ。人間の敵だ。人類の敵だ。だからそいつは人間ではない。人間である価値が無い。もはや人間ではない。だから遠慮は要らない」
「フンッ……人間様がそんなに偉いのか、下駄丸サン?」
「偉いさ」
 赤装束の得物は両刃の斧。無骨で暴力的。態度は尊大。
「逆に問おう。薄汚い物の怪どもに、どれほどの価値がある? 外の世界ではすでに存在を否定されている。外の世界はすでに人間のものだ。幻想郷もそうなるべきだ。なぜならこの世は人間のモノだからだ」
「人間のモノ? ははは、愉快な電波を受信しているな。誰が決めた? お前か? お前にそんな権限があるのか? なるほど、偉いな。そんな事を決められるとは、人間ってもんは偉いもんだな。そう、正しい言語で表現するなら自意識過剰」
「天だ。人間を世界の支配者に選んだのは天だ。自意識過剰ではない、天が人間を選んだのだ。見渡してみろ、神は誰の味方だ? 仏は誰の味方だ? 人間だ、人間の味方だ。人間を導き、人間を護り、人間を愛している。ところが妖怪はどうだ? 妖怪を退治するのは人間だけか? 違うだろう。神仏もまた妖怪を退治する。なぜか? それは妖怪どもが滅ぶべき邪悪だからだ。『雀のお宿総焼き鳥化計画』により我等は人間のまま妖怪以上の高みに立ち、八雲の勢力を駆逐する。八雲の婆の首を獲る。聖戦だ。人間という正義が妖怪という悪を殲滅するための聖戦だ! 世界は人間のモノに戻る。だが、人間を裏切り妖怪なんぞについたお前に、人間たる資格は無い。解ったか? 理解したか? 後悔の泥沼の底の底で溺れさせてやろう」
 初撃は下駄丸。無骨な斧が振り下ろされ、妹紅の胸元を斜めに切り裂いた。肋骨は粉砕し、脈動のたびに血液が噴水のようにあふれ出る。気道を逆流した赤く重たい液体が口腔から吐き出され、視界が白濁する。
「ガボゴボ……」
「無様だな自称焼き鳥屋……うん?」
 嗜虐の笑みを浮かべていた下駄丸に、小さな影が飛びかかった。軽く身を引いて避けると、雀が眼前を通り抜ける。雀は執拗に下駄丸の周囲を飛び回り、必死にクチバシでつつこうとしてきた。
「なんだこの雀は? お前の仲間か」
「……ゴボッ」
 血の塊を吐き出し、妹紅はすがるような眼で雀を見た。雀は、アンカだ。
 逃げろと言葉にすれば、妹紅を苦しめるための生贄とされてしまうだろう。だが、このまま黙っていても――。
「邪魔だ」
 裏拳で痛烈に叩かれたアンカは、妹紅の吐いた血の海に落ちて痙攣をした。鍛えられた忍者の裏拳だ、軽く殴られただけとはいえ、アンカは骨折し動けなくなってしまったのだ。
「ゲホッ、や、やめ……」
「なんだ、お前のお仲間か。雀如きがお友達とは、哀れな奴よのー」
 トドメを刺してやろうと、斧を振り上げる下駄丸。咄嗟に身を乗り出す妹紅。不幸中の幸い、アンカが落ちたのは結界の内側だった。アンカに覆いかぶさったが、胸元からは血があふれ出ている。下手すれば妹紅の血液によって溺死しかねない。
 振り下ろされる斧。
 アンカを狙っていたため、覆いかぶさった妹紅の背中へと食い込み、背骨を粉砕して臓物まで切り裂いた。支えを失い、妹紅の額が血まみれの地面にべちゃりとつく。
「アン……カ、聞こえ、るか?」
 か細い声を必死にひねり出すが、眼がかすんでアンカが反応しているのかどうかすら解らない。震える手で赤い歪みをあさり、なんとか小さな身体を探り当てる。
「……しん……、を、…………、れば……お前……」
「雀がそんなに大事か。おい、お前等、殺れ」
 下駄丸の命を受け、静観していた忍者達がそれぞれの武器を持ち上げ、妹紅の全身に突き刺していく。ふくらはぎを、太ももを、脇腹を、背中を、肩を、腕を、首を、頭を、筋肉を、骨を、胃を、肺を、脳を、凶刃が蹂躙する。
「これでも蘇るというなら蘇れ。何度でも殺してやろう、貴様に殺られた頑駄丸や愚零丸の仇を討たせてもらうぞ」
「その頑駄丸と愚零丸ですが」
 下駄丸のかたわらに舞い降りるレイム。瞳はまっすぐと、血まみれの妹紅へと向けられている。
「生きてますよ。どうやら、彼女は彼等を殺さないよう配慮して戦っていたようです」
「ほう、それは吉報。しかしこやつが我等にもたらした被害が甚大であるのは事実」
「そうですが……下駄丸や、この娘がなぜ雀などをかばったのか解りますか?」
「フッ……こんな化物、人間の世界では生きられますまい。だとすれば薄汚い妖怪か、このような小動物を心の拠り所とせねばならぬのでしょうな。人徳のある巫女様とは大違いです」
「……そうですね」

 封魔結界の内側で、妹紅の背中に刻まれた斧の傷がふさがっていくのを見つめ、レイムは彼女の正体を思案した。炎の能力だけでなく、再生能力も封じてあるはず。彼女の再生能力が大妖怪や神々をも凌駕しているのは理解しているので、再生されてしまうのは予想の範囲内だった。だがこれほどの能力、いかにして手に入れたのか。
 それに……あの雀……。
 この炎の妖術師が、最後の勝負の瞬間、みずから敗北を選んだのはこの雀が原因ではないか? あの雀がレイムの背後に現れたのに気づいたから、巻き込まないようにと炎を消したのではないか。あの雀は、この人間を心配してやってきたのではないか。だから彼女を切り裂いた下駄丸につっかかったのだ。
 しかし……今はそれよりも……。
「誰か、私が連れてきた半人半霊の老人を此処へ」
 レイムが命じると、下っ端の忍者がすぐ引きずってきた。
「魂魄妖忌。すでに眼は覚め、反撃の機をうかがっているのでしょう? 無駄ですよ。この娘が何者なのか教えてはいただけませんか?」
 這いつくばったまま、わずかにまぶたを開け妹紅の惨状に心を痛めながら、妖忌は静かに答える。
「ほっ、お主等と同じ人間であろう」
「冥界で生と死に深く関わってきた貴方が、知らぬはずないでしょう」
「知らんものは知らんとしか答えようがない。龍神様に不老不死にしてくれとお願いでもしたんじゃないかのー」
「残念です。私は貴方が嫌いではありませんでした。できれば和解したかった……誰か、この者を適当な場所に閉じ込めておきなさい。私の結界で両手両脚と半霊を封じてますから抵抗はできません。くれぐれも丁重に。八雲との取引材料としての価値は十二分にありましょう」
 下駄丸は不服そうな表情をしていたが、忍者は恭しく了解し妖忌を肩にかつぎ上げた。妖忌の手足には特に異常は見られなかったが、力無く垂れ下がっており封じられているというのは真実であるとよく解る。半霊も同様だ。
 だから全員、妖忌に注意を払っていなかった。もしここに妖忌が倒した愚零丸の部隊がいれば、結果は違っていたかもしれない。
 深呼吸をするように妖忌は深々と息を吸い込み、全身に凶器と突き刺された血まみれの妹紅に視線を送った。ただの視線だ。しかしそれでも、妹紅の身体がわずかに動いたために妖忌は決断した。

「喝ッ!!」

 裂ぱくの気合とともに放たれる、針のような鋭い霊力。妖忌をかついでいた忍者が、妹紅を取り巻いていた忍者達が、下駄丸が、そしてレイムさえも身を硬直させる。
 勘違いであってくれるな。妖忌は大声で呼びかけた。
「妹紅殿、やれい!」
 ガバリと起き上がる妹紅。全身は血まみれのまま、鮮血の笑顔で、胸元の傷がふさがらぬようにと食い込ませていた手が、力強く傷口を左右に引っ張る。あらわになったのは心臓。生命の鼓動を刻む心臓。その心臓が、内側から弾け飛んだ。
「行けぇぇぇっ!!」
 血濡れの胸元から飛び立ったのは、火の鳥。

 ――アン……カ、聞こえ、るか?

 これが能力を封じられた妹紅、最後の悪あがき。

 ――私の心臓を喰え。そうすればお前は、妖怪変化を果たせるはずだ。

 格の高い人間や、強い力を持つ魔法使いや妖術師などは、妖怪にとって素晴らしい餌となる。喰えばその力を我が物とし、妖力を増大させる。蓬莱人の妹紅の心臓は、肝ほどではないにしろ、尋常ならざる生命力と妖力を秘めていた。それを喰らう事で、ただの雀であるアンカは傷を癒し、さらに妖怪へと進化した。
 藤原妹紅のみを拒む封魔結界を素通りしたアンカは、真っ直ぐにレイムへ突進する。硬直して無防備なまま直撃を受けたレイムは、炎の羽ばたきにより腹部を焼かれ、後方へと吹き飛ばされ炭化した竹へと突っ込んでしまう。
 勢いおさまらぬアンカは、緋色の翼を広げて天高く舞い上がった。

「"鳳"の翼が天を翔ける……見事なり、鳳翼天翔!」

 鳳と凰。それは鳳凰の雌雄を表す。
 鳳は雄。
 凰は雌。
 妹紅が女性でありながら、後にスペルカードとした奥義が"凰"ではなく"鳳"の名を持つ理由を知る者は少ない。

「むんっ!」
 レイムのダメージの影響か、拘束が弱まったと感じた妖忌は瞬間的に霊力を爆発させて結界を打ち破ると、自分をかついでいた忍者の刀を抜いて地面に降り立ち、気合一閃、妹紅を包む封魔結界を切り裂く。レイムの言葉通り、竹光などでなければ妖忌の剣術の威力は格段に上昇する。
「くっ、貴様ぁ!」
 金縛りを解いた下駄丸が斧を振り上げるも、神速の斬撃により柄を切断し、さらに峰を痛烈に打ち込んで悶絶させる。
「があああっ!!」
 獣のような咆哮を上げて立ち上がる妹紅。全身に突き刺さった凶器が、内側から噴出する炎によって吹き飛ばされていく。傷口はみるみるふさがり、血の汚れも嘘のように消えていく。それでも体力の消耗は激しいらしく、息切れを起こしていた。
「は、はは……借りる、ぞ」
 足元に落ちていた血塗れの竹槍を掴むと、妹紅はおぼつかない足取りでレイムにトドメを刺しに行こうとした。他の忍者達はまだ金縛りを解けない。絶好の勝機、だが妖忌は妹紅を止めようとする。
「妹紅殿、これ以上は……」
「どけよ。ミスティアが死んだんだ、巫女とこいつ等を皆殺しにしないと気がすまない」
「ミスティア……が?」
「あそこの岩山、上の方が崩れてるだろ。そこに埋まってる。こいつ等を殺したら、掘り出して、連れ帰ってやろうな。薄汚い人間どもの住処なんぞに置いておけるか」
「むううっ、しかし……」
 さすがの妖忌も、ミスティアの死を聞かされては平静ではいられぬようだった。妹紅を止めるべきか悩んでいる。火の鳥となり身体も一回り大きくなったアンカは妹紅の肩へと舞い降り、じっと妹紅の横顔を見つめる。
「アンカ、お前も私を止めるか?」
「よく、わかんない。モコに、まかせる」
「はは、喋れるようになったか……ミスティアが喜ぶな。いや、あいつは元々、鳥の言葉を喋れたんだっけ……」
「モコ、まかせる、あんしん。みすちー、モコを、しんじてる。あんしん」
「みすちー……か。そんな風に呼んでたんだな、お前」
「みすちー、どこ?」
「……あっちの岩山、崩れてる所」
 妖忌との会話は聞こえてなかったらしい。まだ生きていると勘違いしたアンカは、妹紅の肩を蹴って岩山へと飛んだ。こげ茶色の翼が、今は宝石のような緋色になって輝いている。あの立派な姿をミスティアにも見せてやりたかった。だから、とりあえず、巫女を殺す事から始めよう。
 妹紅は歩みを早めた。
 ススまみれのレイムがようやく上半身を起こした時、妹紅はすでに、レイムの首を刎ねるべく刀を振り上げていた。レイムが顔を上げ、妹紅の憎悪に彩られた眼差しを見、苦笑する。妹紅は嘲笑した。
「死ねよ、人間様」
 刃を――振り下ろす。



「妹紅ダメーっ!」

 刃が――止まる。レイムの首に触れるかどうかという位置で。
 呼び止める声は、あの声は。
 ありえない。妹紅は声の方角へと首を向けた。
 岩山に幾つもある洞穴の中のひとつ、地肌と同じ高さの穴から出てきたばかりといった風の人影。翼の少女。声に気づいたアンカが大喜びでその頭上を飛び回り、妖忌はなんと涙を浮かべてその少女を見つめた。
 妹紅は、信じられぬといった様子で少女の名を口にする。

「ミス……ティ……ア……?」

 ミスティアが駆け足で向かってくる。
 妹紅は呆然と突っ立っている事しかできなくて、ミスティアに飛びつかれると、抱き支えられず、刀を落としてその場に尻餅をついてしまった。


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【夜雀の笑顔】

「妹紅、妹紅、逢いたかったよう……」
「ミスティア……生きて、生きてたんだな」
 頬に熱いものが流れるのを感じながら、ひしとミスティアを抱きしめる妹紅。このぬくもり、ああ、このぬくもりは、まさしくミスティアのものだ。優しくてあたたかい、やんちゃで元気で、大好きなミスティアのぬくもりだ。
「みすちー、モコ、なかよし!」
 妹紅の白髪に着地したアンカも嬉しそうに喋る。
「あ、あれ? その声、アンカなの?」
「アンカ、ようかい、なった。えっへん!」
「わ、わ、すごい! やったねアンカ!」
 炎の雀と化したアンカの変貌っぷりに驚きながら、ミスティアは両手を広げてアンカを迎え入れた。ポカポカとあたたかい翼が心地いいらしく、何度も頬ずりをする。
「よーし、次は人型変化ができるようにならないとね」
「よーし、がんばるー!」
「るー!」
 妹紅の上でじゃれ合うミスティアとアンカ。
 ちょっぴり重たかったが、微笑ましい光景に妹紅の表情もほころぶ。
 ついさっきまでの殺伐とした空気は、もはや星の彼方であった。
「ここいらで状況の整理が必要なようだな」
 空気を引きしめ直したのは魂魄妖忌。忍者から拝借した刀をまだ持っていて、巫女や金縛りにさせた忍者達への警戒は続けている。しかし表情はすでになごやかなものになっていた。
「お爺ちゃんも来てくれたの!?」
「可愛い孫のピンチに駆けつけんで、なにが爺じゃ」
 大喜びのミスティアは妹紅から妖忌へと飛び移り、ぎゅぎゅっと抱きしめる。そんな孫娘の頭を優しく撫で撫でする妖忌は、妹紅と眼を合わせて微笑を浮かべて喜びを分かち合うと、場の流れを本題へと戻す。
「ところでミスティア、よく無事だったな。岩山が崩れて埋もれてしまったと聞いたが、なぜ下の穴から出てきたのだ?」
「そこのお姉さんが牢からこっそり出してくれて、今まで物置のつづらの中に隠れてたの。そしたら、なんか騒がしくなって、アンカの声が聞こえたから出てきてみて……」
「なるほど。では博麗殿、ご説明願えるかな? そこの赤色坊主も気になってるようだしのう」
 くないを手に妖忌の背後へと忍び寄っていた赤装束の下駄丸は、気づかれた事に驚愕し足を止めた。戦意はまだ衰えておらず、恨みの念を全身からみなぎらせている。
「くっ……勝ったと思うなよ」
「もう勝負ついとるぞ」
 顎ヒゲをさすりながら楽しそうに笑う妖忌。すると、他の忍者達の金縛りがスッと解けた。反撃のチャンスを与えられると同時に、すでに勝敗は決したという思いを植えつけられる。隠れ里は半焼し、頼みの巫女も敗れてしまった。それにレイムがミスティアを助けたという話は無視できない。
 半身を起こした姿勢のままレイムは無表情に妖忌を見、続いて疑心に彩られた下駄丸の眼差しを見、最後にミスティアを見た。笑顔でこちらを向いている翼の少女を。

「牢から出して、倉庫まで連れて行き隠れるように言い、身代わりに式神をこの少女に化けさせて、牢の隅に座らせておいたのです。今頃潰れているでしょうが、元々はただの紙なので問題ありません」
 道理で瞳に生気を感じなかった訳だと妹紅は納得した。もっと冷静に観察していれば、あのミスティアが偽者だと気づけたはずであり、未熟を恥じる。
「でも、なんでそんな面倒くさい事までして、ミスティアを助けてくれたんだ?」
「不味そうだから逃がしたのです」
「うっそだー」
 無邪気に笑うミスティアが、レイムの手を取った。剥がされたはずの爪が元通りになった小さな手で、レイムの冷たい手を。
「だって、私の怪我を治してくれたんだもん。逃がしてくれたんだもん」
 妹紅達は知らないが、ミスティアは忍者達にだいぶ痛めつけられていた。それを、レイムが治療したのだ。服を脱がし、冷たい手で触診し、治癒の術を行使して。
「妹紅やお宿のお客さんと同じで、いい人間だよ。手は冷たいけれど、心はとびっきりにあったかいの! ねっ?」
 ねっ? で、小首を傾げるプリティ仕草。その破壊力はフェニックス最大の羽ばたきを軽く凌駕する。高さという観点で火山の噴火を評価するなら、今のミスティアは星、夜空に輝く星。距離、光年単位。
 鉄仮面のような表情を崩すレイム。十代の少女らしい健全さと、春の陽射しのようなあたたかさと、花のような恥じらいで、答える。
「だって、まだ子供……だったから……」
「うちの孫娘の可愛らしさにノックアウトされたそうだー」
 元気な声で、はきはきと、魂魄妖忌が意訳する。
 腹を抱えて、ケラケラと、藤原妹紅が爆笑する。
「ち、違っ……童を焼き鳥にするのは可哀想といいますか、つい哀れんで……」
 大きな声で、博麗レイムが弁解する。
 その歳相応な仕草を見た忍者集団は思った。可愛い、と。

「うおお、レイム様があんなお顔をなさるとは」
「太陽の畑に咲き乱れる向日葵のようにお美しい」
「写生完了。永久保存決定」
「模写希望。永久保存予定」
「ていうか、拙者もレイム殿に同意。あんな子供を焼いて食べるとか、後味悪いわぁ」
「某も、実を言うと妖怪を食べるのって正直勘弁願いたいでござる。ゲテモノってレベルではござらぬ」
「そもそも『雀のお宿総焼き鳥化計画』という名称はありえんでござる」
「魔神牙様の"ねぇみんぐせんす"の賜物でニンニン」
「されど今さら中止にする訳にもいかぬ。我等はすでに八雲に弓を引いておるのだ」
「八雲は妖怪すらも敵に回す計画を実行に移そうとしている。見逃せば八雲の天下になるは必定」
「あの胡散臭い婆の企みがロクなモノであるはず皆無ッ」
「やっぱ妖怪喰って強くなるしかこの先生き残る道はないのでわ」
「でも子供だからって見逃してちゃ禍根を残すし、レイム様がこの調子じゃ無理ですわ」
「でも今さらあの娘を焼いて喰うとか絶対無理。レイム様にあんなに懐いて可愛いじゃないか」

 抱きついてきたミスティアに、頬で胸元をぐりんぐりんされたレイムは頬を紅潮させながらも、異形の翼の少女の愛らしさをしこたま堪能させられてうっとりしている。
 妖怪とはいえ、子供は可愛い。
 甘さを捨て切れなかった巫女は、ミスティアの作り出したなごやかムードにすっかり呑まれてしまった。
「腑抜けるな博麗ッ!!」
 納得がいかないのは下駄丸だ。人間至上主義である彼にとって、妖怪と戯れ合うなど言語道断。
「八雲の婆が妙な企みで人間をハメようとしているかもしれぬと、お前が、お前から我々に協力を申し出たのではないか! 妖怪が、人間の子供らしい演技をして誘惑しているのだと解らぬか。妖怪どもは人間を喰らうか利用するかしか考えておらんわ!」
「ならば確かめてみるがいい」
 刀を、下駄丸の足元へと投げ刺す妖忌。使いたければ使えと瞳で語る。
「八雲をなにも知らぬ小童が、想像を真実と思い込み、好き勝手語ったところで説得力など無いわ」
 そして無防備に背中をさらし、レイムへと向き直る。
「博麗殿も、妖怪が絶対悪でない事は承知であろう。ならば今回一度限りでよい、あの方の提案を真剣に受け取り吟味した上で、結論を出してはくれぬか。幻想郷に住まうすべての生命のために」
「魂魄妖忌……子供を見逃した私の甘さに期待しているのでしたら、残念ながら、貴方以上の刻を生きた大妖怪などに抱く感情などありませんよ」
「心配御無用。あのお方は必要とあらば少女にも幼女にも成る!」
「えー……そういう問題では……」
「ま、騙されたと思って一時休戦といかぬか。改めて八雲と決裂したならば、この魂魄妖忌、再び戦う事になろうとも竹光で通しましょう。それなら首を獲るのもたやすいでしょうからな」
 命を差し出してもいいと、妖忌は言っているのだ。それを理解したから、妹紅の眼差しは緊張し、下駄丸は哂い、レイムは折れた。
「貴方がそこまで仰るなら」
 下駄丸が足元の刀を引き抜き、切っ先を妖忌の喉元へ当てる。
「いぃいいだろおぅッ!! 決裂は確実、ならば魂魄妖忌の首は頂戴したも同然……それで、そっちの放火魔はなにを支払う? 爺の首だけでは引き下がれんぞ、こちらの被害を考えればなぁ」
「あー、じゃあ、私も首で」
「ざけるなぁあ! 不死身の化物の首なんぞ、いくらでも生えてくるだろうがッ」
 怒声を浴びて妹紅、ゆっくりと立ち上がってブラウスの上のボタンを二つ外す。
「じゃあ、お前が死ぬまでお前等全員の慰み者になってやるよ。毎朝毎晩、犯し放題だ。しかも私ならどんな責めでも受け切れる。ケツに突っ込んだ竹槍を口から吐き出させるなんてのもイケるぜ」
 襟を引っ張り、未熟にふくらんだ乳房をチラリと見せてニヤリと笑って見せる妹紅。それを見て下卑た嗜虐の笑みで応える下駄丸。犯し放題という性の誘惑よりも、竹槍を突っ込み放題という残虐非道な暴力の誘惑に惹かれていたのは、次の発言から明らかである。
「いいぞ、いいぞ放火魔! 貴様の尻に竹槍を突っ込んで口から吐き出させた挙句、中身にたっぷり油を注ぎ込んで引火させてやろう。その次はツララを突き刺して押し込んで、内臓をズタズタに引き裂きながら腹の中を氷で満たし妊婦のようにふくらませてやろう。二度と性交などできぬよう溶けた鉄を流し込み、その淫らな唇にありったけの糞尿を蓄えて人間肥溜めを完成させる!」
「責めの意味が間違ってる気がするけど、ま、それでいいよ」
 軽く了承する妹紅。言葉の意味が解ってない様子のミスティアとアンカ。軽蔑の眼差しを下駄丸に向けるレイム。そして妖忌は「よいのか?」と問い、妹紅は「いいさ」とやはり軽く答えるのだった。
「妖爺が命を賭けるんなら、私も安心して賭けられるってもんさ」
「そんなに信頼されてものー……どうなるかは博麗殿と紫殿次第じゃし」
「いいのいいの。それより、これで休戦協定成立だろ? 早く帰って妖爺のご飯が食べたいよ。そしたらミスティアと温泉に入って、汗と汚れを落として、ふかふかの布団に潜り込むんだ」
「じゃ、帰るとするか。ほれミスティア、アンカも、行くぞ」
「はーい。お姉ちゃん、よかったら今度雀のお宿に泊まりにきてよ。じゃ、またねー」
 和気藹々と帰ろうとするミスティア一行。
 いつの間にか休戦が決まってしまい、戸惑いながらも見送る忍者達。
 こんなでいいのかしらと拍子抜けした様子のレイム。
 ゲラゲラと気味の悪い笑みを浮かべている下駄丸。
 そして。

「これにて一件落着!」

 突如、煙とともに現れる老齢の忍者。
「おお、魔神牙様!」
「我等が主、魔神牙様!」
「今までどこに!?」
 困惑する忍者達を気にかけず、妖忌に向かって魔神牙はえっへんと胸を張る。
「お主等の覚悟と心意気、しかと見届けさせてもろうた。これほどのもののふが己の首を賭けたのだ、応じねば我等の誇りが傷つこうというもの。まっこと見事なり。『雀のお宿総焼き鳥化計画』も結果が出るまで活動停止じゃ。無論、巫女殿が和解を選べばこの計画は無かった事になる。これでよろしいかな」
「ほう、意外と話の解る大将ですな。お心遣い感謝致します」
 深々と頭を下げる妖忌を満足そうに見つめる魔神牙と、彼の大物っぷりに感動する忍者の皆様。しかし。
「単に私達と全面戦争するのが怖くなって日和見しただけじゃないの?」
 妹紅の言葉に、魔神牙の笑顔が凍った。
 妖忌は口元に人差し指を立てて「しーっ」と黙る合図をし、日和見を見抜いて調子を合わせていただけだと妹紅も理解し、みずからの失言に気づく。他の忍者達も不穏な空気を感じ、妹紅と魔神牙から視線を外さない。
 焦った妹紅は、頭をかきながらほがらかな笑顔を作った。
「な、な~んちゃって!」
「う、うわははは、面白い冗談を言う娘じゃのう」
「あ、あはは、面白かった? そりゃよかった、あはは、はは」
 下手な演技で調子を合わせる二人。
 もう、そういう事にしとこうと他の忍者達は達観した風になった。それに彼等自身、再び妹紅と妖忌を敵に回したくなかった。本気でやり合ったら、魔神衆はたった二人に壊滅させられかねない。仮に『雀のお宿総焼き鳥化計画』を実行したとしても、この二人に勝てる気はしなかった。

 こうして雀のお宿へと帰還した妹紅とミスティアとアンカは、妖忌の手料理をたらふく食べて、二人と一匹で温泉に入って(アンカはまだ子供なので女湯に入っても問題無し)疲れを綺麗さっぱり流し、一緒の布団で寄り添いながら眠った。
 妹紅は思う。
 つらい別れが待っているのだとしても、こうして、誰かと同じ時間をすごすのも悪くはないかもしれないと。


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【人間達のエピローグ】

 博麗零無のエピローグ。
 妖怪の賢者、八雲紫はスキマを開いた。九尾の式、八雲藍は不安げだ。いくら紫といえども、結界を操る能力を持つ博麗の巫女に封印されては自力の脱出は不可能に近い。だが、それほどまでに強力な力を持つ巫女だからこそ、紫は決断したのだ。幻想郷の未来のため、新たな大結界を作ると。
 交渉は一度、失敗に終わっている。
 妖怪の言葉など信用できないと、巫女から攻撃を受けたのだ。それでも紫は、無抵抗を貫く事で誠意を示そうとし、あわやというところで藍に救出された。今回も同じように計画の協力を頼み、断られれば、巫女は過去の経験を活かし藍の妨害を阻み、紫をその手にかけるだろう。
 あまりにも危険な賭け。
 それでも、紫は行く。
「お茶でも飲みながら話を聞きましょうか」
 行ったら、普通に出迎えてくれた。
 あれー? 紫はこれが罠ではないかと疑心暗鬼になりながらも、巫女の誘いに乗って神社に上がる。そして一緒にお茶を飲みながら博麗大結界の計画を熱弁し、ついに協力を勝ち取った。
「えーと、零無? どうして急にお話を聞く気になってくれたのかしら?」
 あまりにも違いすぎる態度の理由を知りたくて、別れ際、紫は訊ねた。
 零無は笑って答える。
「貴女自身は胡散臭いですけれど、貴女を信じる人はとても信頼のできる人柄でしたから」
「え、誰それ? どういう事?」
 結局、紫を信じる人とやらの正体は解らずじまいだった。
 こうして紫と和解した旨を竹林に伝えに行った零無は、その後、雀のお宿の常連となったそうな。


 愚零丸のエピローグ。
 目を覚ましたらもう戦いが終わってて困惑したが、魔神牙への忠誠は変わらず。

 紅蓮丸。
 目を覚ましたらもう戦いが終わってて以下省略。

 下駄丸のエピローグ。
「ぐぬぬ、まさか和解するとは! 巫女なんぞを信じた俺が愚かだったわ。こうなれば俺一人でも八雲の婆を討伐してくれるわー!」
 こうして八雲紫討伐に旅立った下駄丸は、一週間後、ついに八雲紫と遭遇した。
「魔神衆の忍者が、私にいったいなんの用かしら?」
「結婚してください」
 一目惚れした。
 博麗大結界の成立の後に起こった幾つかのいさかいで、間を取り持つ奇怪な人間が現れたとかどうとか。

 魔神牙のエピローグ。
 魔神衆を解散した後、堅気となると人里で風呂屋を始めた。番台に座る事を至上の喜びとし、従業員として魔神牙についてきた忍者達も多い。その中には愚零丸と紅蓮丸、ついでにボロ丸の姿もあったそうな。ダイナミック銭湯。

 名無し忍者達のエピローグ。
 堅気になった。

 頑駄丸のエピローグ。
 魔神衆が解散したので、人里で改めて料理屋を開く事にした。
 忍者の隠れ里の後片付けに、差し入れを持ってきた妹紅とミスティアと、次のような会話を交わしている。
「よう、頑駄丸。この前は悪かったな」
「構わん。それより妹紅殿、因幡の白兎の件だが」
「紹介してくれるか?」
「ああ。ただし彼女は悪戯者で嘘つきだ、あまり期待しない方がいい」
「構わないさ。ところで、人里ではなんの店を開くんだ?」
「焼き鳥屋でなければ、なんでもいいさ。そうだな、たい焼き屋でも始めるか」
「はは、それも似合いそうだ」
「落ち着いたら、一度くらいは顔を出してくれよ、通りすがりの焼き鳥屋サン」
「ああ」
 戦った者同士に芽生える友情らしきもので爽やかムード突入。
 しかし、ミスティアはだばだばと涙を流す。
「み、ミスティア? どうし――」
「妹紅のバカー!」
「ゲフッ!?」
「妹紅が……妹紅が焼き鳥屋サンだったなんて、私を騙してたのね! うわ~ん!」
「ちょ、ま、待ってミスティア。誤解、誤解だってば~」
 その後、妹紅は因幡の白兎と出会い、紆余曲折を経て、ついに怨敵と再会したらしい事を頑駄丸は知っている。
 彼のたい焼き屋は好評を得、お嫁さんをもらい子宝にも恵まれ幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。


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【エピローグ 旋律のハッピー・デイズ】

「おや、先客がいたか」
 満天の星空の下、街道から離れた林の中の灯りへとやって来たのは藤原妹紅であった。
 この屋台で顔を合わせるのは初の事で、というか、藤原妹紅がこの屋台を訪れるなど想像もしなかったために、射命丸文は驚きのあまり杯からお酒をこぼしてしまった。
「あ、いらっしゃい妹紅」
「よう、久し振り」
 女将のミスティア・ローレライは夜雀であり、焼き鳥撲滅運動の第一人者だ。にも関わらず、この藤原妹紅が自称健康マニアの焼き鳥屋と名乗っているのを知っているのかいないのか、ほがらかな笑顔で屋台に迎え入れた。
「これお土産。後であたためて食べなよ」
「ほう、頑駄屋のたい焼きですか」
 反応したのは、土産を受け取ったミスティアではなく、隣の席に座る文だった。
「確か人里の老舗ですね」
「さすがブン屋、情報通」
「その情報通がちょっと困ってるところなんですよ」
 ミスティアが出した妹紅の分の杯へ勝手に自分のお酒を注ぐ文。それを呑む妹紅。
「くぅ~、相変わらずいい味してるなぁ」
「ホント、いったいどこから仕入れているお酒なのやら」
「あはは、企業秘密だよー」
 楽しそうに隠したミスティアは、鼻歌を歌いながら妹紅の分の八目鰻を焼き始めた。秘伝のタレの絶妙な甘さも手伝って、この屋台の八目鰻はたいそう評判がいい。焼き鳥撲滅運動の件もあり、文は常連の中の常連と言っていい存在だ。
 だがその常連でも踏み込めない領域というものがあるのである。
「ミスティアさん、今日こそ教えていただけませんか? 焼き鳥撲滅運動を最初に始めた偉大な勇者の正体を」
「ダーメ。秘密って約束したもーん」
 ぐぬぬと唸った文は、意外にもミスティアと親しいらしい妹紅の杯に再びみずからの酒を注いだ。
「妹紅さんはなにかご存知ありませんか? 焼き鳥屋のあなたにとって、焼き鳥屋撲滅運動はわずらわしい存在でしょう」
「んー? 私は別に不都合してないからいいや」
「ではやはり焼き鳥屋というのは自称であって、本当のお仕事ではないと?」
「いやいや、私は健康マニアの焼き鳥屋サンですよー。ミスティア、白いご飯もらえるかな。夕飯食べてなくてさぁ、もうお腹ペコペコ」
 愛想よく返事をしたミスティアは、すぐに白いご飯を茶碗いっぱいに盛りつけた。続いて香ばしく焼けた八目鰻をお皿に載せて出す。
 大喜びで箸を動かし、時折杯を傾ける妹紅。まだ買収をあきらめてないらしい文は、自分の分のお酒を注いでやる。
「じゃあ、話題を変えましょう。妹紅さん、竹林の案内をしているあなたなら、聞いた事はありませんか?」
「ん、なにを?」
「雀のお宿……です」
「なにそれ?」
 注がれたお酒をくいっと呑んで、うまそうに息を吐いた妹紅は八目鰻にかぶりついた。
 文は、これ以上お酒をご馳走してもなんの見返りも得られそうにないのではという予感により、自分の杯を満たしてきゅっと煽る。
「雀のお宿というのは、竹林にあると言われる幻の温泉宿です」
「へー、初耳」
「なんでも、鳥の間にのみ伝わる秘密のお宿らしいのですが……ミスティアさんもご存知ないそうです」
「鴉天狗なのに、伝えてもらってないの?」
「鴉要素より天狗要素の方が強いから駄目って言われました。うう、焼き鳥撲滅運動の第一人者なのにー」
「ミスティアー、おかわりジャンジャン焼いちゃってー」
「聞いてくださいよ人の話」
 がっくりとうなだれる文。
 こんなよく解らない人間なんかをアテにした自分が馬鹿だったとさえ思う。だいたい、焼死しない人間ってなんだ。常に心頭滅却でもしているのか。そのへんの取材も以前したのだが、のらりくらりと誤魔化されてしまい、結局なんの収穫も得られなかった。とはいえ、一度や二度の失敗であきらめては特ダネを掴めない。
「妹紅さんって、いったいどういう素性の方なんですか? 迷いの竹林には昔から忍者の自警団がいて、その末裔があなたとの説もありますが……」
「さぁねぇ。竹林の全部を知ってる訳じゃないけど、はは、忍者がいたら楽しそうだよなー」
「そうやって誤魔化して、実は忍者の末裔って秘密を隠してたりしませんか? あなたの炎の妖術は、実は全部火遁の術だった、みたいな」
「火遁、焼き鳥の術。なぁんて、格好つかないでしょう」
「……つきませんねぇ」
 どうも妹紅とは話が合わない。
 焼き鳥屋のメッカらしい竹林にたむろする焼き鳥屋という設定からして、相性最悪の存在よねと文は溜め息をつく。しかしそれを本人の目の前で言うほど礼儀知らずではないし、この屋台で揉め事は起こしたくない。
「はぁ。天魔様も雀のお宿に興味津々なのになぁ……温泉があって、景色もよくて、とびっきりの地酒と鰻料理が名物だそうですよ」
「意外と詳しいじゃん」
「噂レベルですけどね。実際どうなのかは知りません。ああ、どんな地酒なのか呑んでみたい!」
「まあまあ、ここのお酒もおいしいじゃないか。ささ、呑んで呑んで」
 そう言って妹紅は文の杯にお酒を注いでやる。もちろんこのお酒は元々文の注文した物である。だがそれに気づいていないのか、文は礼を言って杯を傾けた。
 それを見届けてから、ようやく妹紅は自分の分のお酒を注文した。
 涼しい夜風が吹いて、火照った頬を心地よく撫でる。
 夜行性の鳥獣の鳴き声が遠くで響き、そのまた遠くの夜空では色鮮やかな光が散っている。あれは博麗神社の方角だ。きっと誰かが弾幕ごっこをしているのだろう。
「風流だねぇ」
 楽しそうに杯を空にした妹紅は、ここにあるささやかな幸福をじっくりと噛みしめた。
 眼差しは優しく、そして遠い。誰に想いを馳せているのだろう。
 家族か、友人か、今はもう会えない誰かだろうか。
 切ない空気をまとう妹紅には、儚く散る花のような美しさがあった。
「あ、そうそう。アンカの奴がさ、たまには顔を出せって」
「えー、今、屋台が軌道に乗ってきてるのに」
 文の知らない名前を出して、親しげに話し始めるミスティアと妹紅。
 蚊帳の外に置かれた文は、一人さみしく八目鰻をかじった。ああ、おいしいなぁもう。さみしいなぁもう。
 そんな文の変化に気づいた様子もなく、二人は会話を続ける。
「アンカもさ、一人前になった姿を見てもらいたいんだよ。立派に跡を継いでさ、お前に褒めてもらいたいのさ」
「うー、感謝はしてるよ。おかげで私も好き勝手できるんだし。でもお爺ちゃんに見込まれたんだから、一人前くらいで満足してもらっちゃ困るわ」
「あの爺、アンカの奴にだいぶ入れ込んでたからなぁ。もしかしてお前、妬いてたりする?」
「全然ちっともチンチンだよ!」
「意味解らん。ていうか女の子がチンチン言うな」
「お爺ちゃんチンチン!」
「組み合わせるな!」
 会話はいつしか漫才と化していた。結構息が合っていて、意外とこの二人、つき合いが長いのかもしれないと文は想像した。しかし焼き鳥屋撲滅運動の第一人者が自称焼き鳥屋と仲良しこよしだなんて滑稽だ。いや、むしろだからこそ、それを新聞のネタにできないか?
 いやいや、そんな事をしたら撲滅運動でのミスティアの立場が悪くなる。それは文としても歓迎できない。ミスティアは大切な同士なのだから。
「うおー! 焼き鳥撲滅運動バンザーイ!」
「あらあら、そんな運動廃れてしまえばいいのに」
 酒の勢いで突然叫んだ文と、その背後に出現した冷気。ぎょっとして振り向けば、そこには亡霊、西行寺幽々子が微笑んでいた。そのかたわらには従者の魂魄妖夢の姿も見え、丁寧に頭を下げてくる。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。席は空いてますか?」
「も、妹紅の隣へどうぞ」
 幽々子に苦手意識を持っているミスティアは、ちょっぴり動揺しながら愛想笑いで屋台に招き入れた。
「お邪魔するわー」
 霊とは冷たいものである。火照った身体に夜風が丁度いい涼しさだったので、幽々子に座られてしまうと、ちょっと寒い妹紅であった。お酒を呑む勢いを増して暖を取ろうとする。ああ、せめて隣に座ったのが妖夢だったらまだマシだったのに。
「えーと、ご注文は……」
 恐る恐るミスティアが訊ねると、幽々子は悪戯っぽく笑った。
「えーと、じゃあとりあえず焼き鳥を」
「ありません!」
 悲鳴のように叫ばれて、幽々子は笑いながら八目鰻とお酒を注文し直した。
 妖夢は申し訳無さそうにペコリと頭を下げる。
「で、話を戻すけど」
 戻さないでください。妖夢の眼差しがそう語っていたが、しっかりとその気持ちを受け取った幽々子は満面の笑顔で話を戻した。
「焼き鳥撲滅運動なんて、いったいどこの誰がそんな腹の立つ運動を始めたのかしら。呪い殺してやりたいわぁ」
「幽々子様が言うとシャレになりませんって」
 亡霊、西行寺幽々子。死を操る程度の能力。食欲膨大。
 彼女に屋台の料理を食い尽くされる危険を感じ取った文と妹紅は、素早く自分が満腹になる程度の量を注文した。それから気づく。妹紅に釣られて注文してしまったが、文は取材とお酒が目的であって、それほどお腹は空いていない。食べ切れるかなぁ。
「うふふ、ここのご飯はなんだか懐かしい味がするから大好きだわぁ」
 食べ切れなければ、この大食い亡霊にプレゼントしてやればいいか。
 文はつまみをかじった。
「ところで、妹紅さんはミスティアさんのご家族とおつき合いがあるのですか?」
「無いよ」
「え、でもさっき、祖父をご存知のような言い方を……」
「あー、あの爺なぁ、失踪しちゃったからなぁ、もうつき合いは途絶えたも同然」
 遠い目をして、酒をじっくりと味わう妹紅。
「ホント、今頃どこでどうしているやら……鰻でも焼いてるんじゃない?」
 同じく遠い目をするミスティア。ちゃんと八目鰻を焼いているあたり手馴れたものだ。
「もしかして、料理はお爺さんに習ったのですか?」
 この話題に食いついてきたのは魂魄妖夢だった。
 日頃、幽々子の食事の世話をしている事と、お爺ちゃんという存在に思い入れがあるためであった。
「うん、そうだよ。焼き鳥撲滅運動のために一生懸命料理を習って、それから一人立ちしたの」
「へえ、お爺さんとは料理の師弟関係にあったという事ですか」
「妖夢もお爺ちゃんから剣を習ったのよねぇ」
 袖で隠した口を挟む幽々子、なぜだか楽しそうに笑っている。妹紅もなぜかニヤニヤしていて、だいぶ酔っ払ってしまっているようだ。
 伊達に天狗をしていない文はかなりの酒豪なので、まだまだ酔いつぶれたりはしない。ちょっぴり優越感。
 ミスティアは楽しげに祖父の思い出を語り出す。
「お爺ちゃんはいつも優しくて、教え方も丁寧でね」
「私の祖父は、いつも厳しくて、教え方も厳しくて、もうとことん厳しい人でした」
「うちのお爺ちゃんとは正反対。そんなに厳しくされたら、私じゃギブアップしちゃうなぁ」
「いえ、ですが厳しさの中にも優しさがありましたし、厳しいからこそ成長できたというか……でも、優しく丁寧に指導されるのも、正直羨ましいです」
 二人の雑談を聞いているのかいないのか、妹紅と幽々子は杯を酌み交わして盛り上がっていた。ああ、妹紅ミスティアのワンペアが、妹紅幽々子とミスティア妖夢のツーペアになっただけで、やはり蚊帳の外な射命丸文。
 ちょっとヤケになって、お酒のペースを上げる。取材は進まないし、お喋りにも参加できないし、でもお酒と八目鰻はおいしい。
「へー、妖夢のお爺ちゃんもどっか行っちゃったんだぁ」
「そうなんです。今頃、どこでどうしているやら……きっと剣を振るっているんでしょうけど」
「うちのお爺ちゃんも、多分どこかで魚でも焼いてるんだろうなー」
 あはは、と笑い合う二人。
 楽しそうだなー、羨ましいなー。文は今度屋台に来る時は、誰か話の合う人を誘おうと心に誓った。
「あら、それはなぁに?」
 ふいに幽々子が問う。妹紅のもんぺのポケットからはみ出している物に気づいたのだ。
「ああ、これ? 慧音に頼まれて、寺子屋の子供達と一緒に演奏したんだ」
 取り出したのは随分と古びた、しかし立派な造りの篠笛だった。どこぞの貴族が持っていてもおかしくない一品であると見抜いた文は、意外そうに妹紅の横顔を見つめた。
 妖夢もちょっと興味を引かれ、覗き込んできている。
「まあ、せっかくだから一曲、聴かせてもらえないかしら」
 期待に目を輝かせる幽々子。まるで子供のようだ。
 文としても、この正体不明の妹紅がどれほどの奏者なのかという興味がむくむくとふくらんでいる。もしかしたら新聞のネタになるかもしれない。迷いの竹林の案内人の正体は演奏家!? なぁんて。
「妹紅、笛吹くの?」
 パッと表情を輝かせるミスティア。
 ああ、そういえば夜雀だっけ。歌が大好きだっけ。この先の展開を完璧に読み切った自信が文にはあった。
「よし、合奏といくか」
「おー!」
 やっぱりね、と文は呆れる。即席コンビじゃ調子を合わせるのにも一苦労するだろう。
 あまり期待せず、文は二人の演奏に耳を傾けた。幽々子と妖夢も、静かに二人を見守っている。

 旋律が奏でられる。
 ピッタリと息の合った、ミスティアと妹紅の旋律が。



「おやおや、懐かしい調べだ」
 夜雀の開く屋台を覗ける高台、そこに生える一本の枯れ木の根元で、老人が研ぎ澄まされた刀のように背筋を伸ばして座っていた。そのかたわらには大きな人魂が根っこを枕に寝そべっている。
「この心躍る美しき旋律のように、貴女様は笑っておられる。年上の友人も永き人生を謳歌しておる。そして二人の孫娘も、未だ半人前なれど、楽しく幸せな日々を送っておるようじゃ。これなら、いつお迎えがきても安心というもの……」
 満足気味に微笑んだ老人は、役目を果たした枯れ木にもたれたまま、聴き入るようにゆっくりとまぶたを閉じる。

 幻想郷を祝福するように、高く美しく――旋律は続いていた。


【FIN】
オリキャラを出すのに抵抗のあるタイプなので、忍者集団はパロディに徹してもらいました。
下駄丸さんが人間以外に外道なのはアークをイメージしたから。決して嫌いな訳じゃない。
前編最後でカリスマしてた魔神牙様ですが、カリスマはブレイクするものなので。はい。

ですが、博麗の巫女はそうもいかない。
博麗大結界を敷く、あまりにも重要人物。パロディで濁せる領域ではない。
という訳で霊夢と同じ名前にしちゃえと思い零無さん誕生。
夢じゃなく無なので、夢想封印じゃなく無双封印になってたりします。なんか強そうだ。
時代が時代なので実戦向きの術が多目。気円斬や魔空包囲弾まで使っちゃう!
イムス
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コメント



0.2190簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
忍者の方々がいい味出してます。
しかし、主に下駄丸のセリフ、なかなかに際どい表現が……
8.100名前が無い程度の能力削除
隊長格のネーミングが…
おもしろいし、整合性もあって良かったと思います
11.20名前が無い程度の能力削除
レイムが負けるまではとても面白かったです。が、その後の手のひら返しとノリのギャップが大きすぎて不快でした。
13.90名前が無い程度の能力削除
バトル描写に圧巻。
忍者のパロディ具合もいいアクセントとなりました。
にしても、元ネタ全部わかる人いるのかこれw
魔神牙様のカリスマブレイクっぷりは予想外すぎて、もうw
15.80名前が無い程度の能力削除
ちょっと、予定調和すぎたけど
幻想郷だものってことで
16.30名前が無い程度の能力削除
11様と同意見ですが、それ以前にレイムの登場自体に必要性を感じないし、その行動が納得いかない。事を起こすからにはそれなりの覚悟を持って然るべきです。
それにここまでの事をしておいて、そんな甘い理由でミスティアを助けたりするのは不自然で、最終的にレイムを死なせないための強引な理由付けに感じるし、この程度で大団円に持っていける程、軽い出来事なのか? とも思う。
そもそもこの一件、レイムが一番の元凶なのに何のペナルティも無し?
個人的な意見ですが、ミスティアを助けるのにレイムなど登場させず、妹紅に華を持たせてあげたかった。
まぁ、最後の屋台でのシーンは良かった。
17.50名前が無い程度の能力削除
前半までよかったのに、後編で失速
18.無評価名前が無い程度の能力削除
博麗の巫女のチート設定は元々好きじゃないし、こういう主人公補正バリバリで理屈の通じない強キャラが猛威をふるう作品も嫌いです。
こういうキャラは縁側でお茶でも啜っておとなしくしててほしい。
レイムが出てきてから今までの話の流れがブチ壊し。
前半は良かったのに。
27.100名前が無い程度の能力削除
バトルすげえ
29.90ずわいがに削除
とりあえずGO☆姦が無かったことで俺の胃の痛さは払拭されます。それだけで俺はもうこわいものなど無くなりました。
博麗の巫女が相手だとはちょっと予想してませんでしたねぇ。妖忌が負かされたことでようやく「あっ」て感じですね。
思いっきりぶっ飛んだ設定ではある筈なんですが、それでもところどころしっかり原作の設定に上手いこと絡めてあって感心しました。
妹紅とミスティア、このあまり見ない組み合わせを一つの過去にまとめて、また「雀のお宿」といういかにも幻想郷らしい要素も面白かったです。
31.100名前が無い程度の能力削除
無法松やら夜露死苦やら、どれだけ近未来編が好きなのかとw
35.80名前が無い程度の能力削除
うーん、レイムや一部忍者関係の話がちょっとびみょんに感じられました。
ですが妹紅とミスティア、妖忌やアンカの絡みは面白かったですし、エピローグにはグッときました。
またこの四人(匹?)の出てくる話が見てみたいです。
36.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
色々な意見が有るようですが
自分はこのノリが好きです。
53.100名前が無い程度の能力削除
超 展 開
下駄丸これアウトじゃね?
パロディ引き出し多いな
とか思いながら読んでました。
そそわではあまり見ないジャンルなので賛否両論とは思いますが私は面白かったです。
54.100リペヤー削除
なんやかんやでハッピーエンド
自分はそれが一番だと思っています
面白かったです


「もう勝負ついとるぞ」のブロントネタが不意打ちすぎて笑いましたwwww
58.100名前が無い程度の能力削除
忍者集団が潔いな
60.90名前が無い程度の能力削除
何でもアリすぎて、ノリが収拾がつかない宴会みたい
楽しかったです