「本当に知らないの?」
研究に行き詰った隣の魔法使いが、いきなり押しかけてきた。
来客にお茶を振る舞いながら、愚痴を聞いていたのだが。
わたしのかけた慰めの言葉は、彼女の心に届かなかったらしい。
「人の話を聞け、そんなペットは飼ってないし欲しいわけじゃない、わたしは正当な評価と感謝を皆から受けたいとだな」
「……その台詞、紅魔館では言わないほうがいいわよ」
寧ろ、この無法者に的確なアドバイスを与える自分を褒めてあげたい。
「まあ、他は兎も角おまえは認めてくれるよな」
上目遣いでこちらの様子を窺う。
「え、あなた法で裁かれたいの」
人形裁判なら即刻有罪判決。
「酷いぜ」
ガクリと肩を落とす魔理沙。
「少しは日ごろの素行を改めなさい、歩く迷惑防止令違反よ」
「異変の活躍は?」
「ノーカウント、巫女にでも言いなさい」
「それができればここにいないぜ」
盛大に溜息を吐く。
「あいつの口から、礼なんて聞いたこと無いぜ」
それに感謝されたくてやっている訳じゃない、と強がる。
「あいつをギャフンと言わせることは、究極の目標の一つだ」
エヘンと無い胸を張る。
博麗の巫女に認められることが究極なら、至高の目的はなにかとわたしは訊きたい。
「いつもの調子ね、そろそろ帰ったら」
「ああ、こんなところで油を売っている暇はないぜ」
失礼な言葉を残し、帽子と箒を掴むと慌しく立ち上がる。
「調べてみなさい」
「ん、さっき言っていたペットか、そんなに珍しいのか」
玄関を開けると、箒に跨り飛び立つ。
「ペットじゃなくて鳥よ、魔理沙」
見送るわたしの声はもう届かない。
いつか彼女も気がつくだろう、それがすぐ傍にあることを。
普通の魔法使いの姿が、森の木々に遮られ見えなくなる。
「とても綺麗な、嘴から尾の先まで真っ青な鳥」
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
魔法の森のアリス邸。
太陽が西に傾き始めた頃。
「おーい、まだかよ」
「どうぞ、お構いなく」
迷惑なお隣さんがアリスを宴会に誘いに来た。
異変解決を祝して開かれる宴会。
服装はいつものオーソドックスな魔女スタイルながら、この時ばかりはと香水をつけ、化粧までしてめかし込んだ魔理沙。
彼女なりの淑女の装いだという。
『主役だから、これくらいは当然だぜ』
アリスはその言葉を話し半分に受け取っている。
宴会が始まれば淑女のしの字も出てこなくなるからだ。
残りの半分は……。
「アリス、先に行くぜ、遅れるなよ」
痺れを切らし、一足先に博麗神社へ向かう魔理沙。
二人で竹林を飛んだ歪な月夜。
永夜の異変は終わりを告げた。
あの後、異変解決の報酬として魔理沙は上海人形を渡すようアリスに要求。
永夜、二人のスペルが反応したあの魔砲の威力に興味があったのだろう。
上海人形の譲渡は丁重にお断りして、代わりに何回かの実験に付き合うリース契約を結んだ。
残念なことに、あの暴走じみた魔力の反応は二度と起きなかった。
意識の境界を操作された魔理沙の心象が、スペルを変異させた結果の反応だったと人形遣いは分析。
スペルカードの名称まで考えていたそうだが、結局それはお蔵入りとなった。
ようやく外出の仕度を終える。
気乗りはしないが折角誘いに来たのだと、気分を切り替え、玄関を出た矢先。
「メーン!」
バシッ!
いきなり頭に痛みが走る。
アリスは腕を上げ頭をかばう。
「面!面!面!めーーーーん!」
竹で出来た棒で殴打してきた狼藉者。
「面が五回で、ゴメンね」
あとは宜しくと言い残し、スキマに引っ込むスキマ妖怪。
「申し訳ございません」
腕を下ろしたアリスの目の前に九尾が揺れていた。
「煮るなり焼くなり、お好きなように」
地面に頭を擦りつけ、平身低頭する八雲藍の姿があった。
「紅茶でいいわね」
「ありがとうございます」
テーブルの上に並べられたティーカップ、ポット、クッキー。
人形達がお茶会の準備を整えた。
アリスと藍は応接間のテーブルをはさみ、向かい合って座る。
人形達は準備を終えると備え付けの棚へと戻る。
その場に残った上海人形と蓬莱人形は給仕のように、それぞれアリスと藍の後ろで待機している。
「この前の異変以来ね」
「そうですね」
「ミルクと砂糖は」
「いりませんよ」
「そう」
アリスは角砂糖を自分のティーカップへ一つ落とすと、ゆっくりスプーンでかき混ぜる。
「紫はどこへ」
「博麗神社の宴会へ向かわれた、今頃巫女の傍でしょう」
アリスはティーカップで渦巻く液体に目を落とす。
「主に代わり、謝罪と感謝の意を述べさせていただきたい」
藍は改まった態度で頭を下げた。
「あなたと魔理沙殿がいなければ、月人に苦杯を飲まされていたことだろう」
「あら皮肉かしら、わたし達は邪魔者だったでしょ」
「いえ、ただの率直な意見です。お二人の力添えが無ければ異変は解決しませんでした」
アリスは異変の最終局面を思い出す。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
「もっと速度を落として、正確に。死にたいの」
「おまえこそちゃんと援護しろ!」
永夜
輝夜との最後の弾幕戦。
勢い良く飛び出した魔理沙と紫の急造ペアだったが、そのコンビネーションは酷いものだった。
相性は最悪、いやそれ以前の問題なのか。
それでも地力のある魔理沙と紫は、輝夜の秘術を二つも破った。
「まずいわね」
アリスは動けない霊夢を抱え、見守ることしか出来ない。
「ん?」
腕の中、体を横たえていた霊夢がなにか呟く。
「……」
「気がついたの?」
人形遣いは巫女の顔を覗き込む。
「……ゃ」
霊夢は掠れた声でアリスになにかを訴えている。
「ああ、これね」
アリスは霊夢の頭の後ろに手をやり、上体を起こすと紫からもらった水筒を彼女の口に当てた。
ゴクリッ
巫女の喉が動く。
ゴクリッ ゴクリッ
腕を上げ、自らの手で水筒を掴む。
ゴクッ ゴクッ ゴクッ ゴクッ!
一気に飲み干す。
「ぷは~、生き返った」
博麗の巫女は復活を果たす。
「大丈夫なの」
「ええ、もう平気よ」
アリスの心配などどこ吹く風、飄々とした態度で巫女は目の前の弾幕戦を見つめる。
「それにしても、酷い有様ね」
巫女は御幣を手に腕まくりをする。
「待って、パーティーに参加するにはパートナーがいないわよ」
アリスが引き止める。
博麗の巫女といえども今の状態では、単身で弾幕戦に割り込めない。
「なに言っているの」
霊夢は不思議そうにアリスを見る。
「あなたも来なさいな」
さも当たり前のように言い放つ。
「ちょっと……」
「なに、魔理沙とは組めて、わたしとは組めないという訳」
「そういう問題じゃ……」
なんとか弁解しようとするアリス。
「それとも、今までがあなたの本気の本気だったの?」
アリスは言葉を失う。
「ねえ、七色魔法莫迦さん」
霊夢はじっとアリスを見つめる。
「舞踏会へのお誘いにしては、色気が足りないわよ」
人形遣いは肩を竦めた。
「ガラスの靴もかぼちゃの馬車も無いけど、まあいいでしょ」
「なに訳のわからないこと言っているの」
霊夢は苛立ちながら、アリスの返事を待つ。
「所詮、巫女は二色。その力はわたしの二割八分六厘にも満たない」
人形遣いは彼女らしい物言いで、巫女の誘いを受ける。
「その言葉、証明しなさいよ」
霊夢は戦場へと飛ぶ。
「行くわよ。上海」
溜息一つ残し、アリスは上海人形を従えその後を追った。
(しまった!)
機動力を過信しすぎ、弾幕の袋小路にはまる。
迫る輝夜の弾幕。
横合いからレーザーが迎撃、魔理沙を救う。
「しっかりなさい、あなた頭を使うタイプじゃないでしょ」
すれ違いざまそう言い残した人形遣い。
紫は魔理沙を援護しようとする。
一瞬の隙。
高速高密度の弾幕が襲い掛かる。
(間に合わない)
衝撃に備える。
直前に結界が張られ、弾幕を無効化。
「全然ダメね」
巫女は新たな符を手に言い放つ。
「もっと魔理沙を信頼なさい」
そう言って、月の姫へと向かう。
月の姫は新手に気づき弾幕を集中。
しかし、巫女と人形遣いは華麗にかわし、反撃する。
その二人の動き。
紫は知らず知らずに手を硬く握っていた。
(あの動きは……)
紫には解かった。
月の頭脳、八意永琳との弾幕戦。
戦いの終盤、ようやく掴んだ霊夢とのコンビネーション。
その動きをいとも容易く、人形遣いは巫女ととっている。
(弾幕はブレインか……)
紫はアリスも一目置く存在。
魔理沙は、その紫の指示を無視した。
結果はどうだ。
またしてもアリスに救われた。
「なあ」
「ねえ」
魔理沙と紫は同時に話し始める。
「霊夢の前でいい格好したいだろ」
「人形遣いに負けてもいいのかしら」
両者は顔を見合わせ、そして、吹き出した。
「紫、指示を出せ。これ以上あいつらに出番は譲れないぜ」
「魔理沙、あなたを信じるわ。だから思い切りやって頂戴」
二人は右腕を掲げ。
ガシッ!
目の前で互いの腕にからめ、交差させる。
友情『バ□ムクロス』
見る人が見れば、そう名づけたくなる光景。
ここに戦いの趨勢は決した。
月の民によって開かれた終わらぬ夜の宴は
幻想郷の奏でる弾幕の四重奏をもって終幕を迎え
永夜が明けた
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
魔法の森のアリスの家。
夕日が窓から差込、部屋を赤く染めていく。
「冷めるわよ」
アリスは紅茶を一口飲む。
藍もそれに習い、紅茶に口を付ける。
ブハァ
盛大に吹き出す。
「なんだ、これは!」
「ニガヨモギ、実家の母がよくいれてくれたわ」
アリスはハンカチで顔にかかった紅茶を拭く。
「殺す気ですか!」
藍は咳き込みながら抗議する。
同じポットから淹れた紅茶を飲んだアリスは涼しい顔。
ほんとに飲みなれているのか、角砂糖が中和剤になっていたか。
「ちょっとしたお返しよ」
憮然とした表情の藍。
「ねえ、ゆ・か・り」
アリスの言葉で、本当に憮然とした顔になる。
藍の姿が歪んで消え、紫の姿が椅子の上に現われる。
「どうして解かったの?」
「仮にも一度は契約を結んだのよ、本物の藍かどうか位は見分けがつくわ」
「ホラーイ!」
アリスに賛同する蓬莱人形。
「そうね、あなたのでたらめな式、組みなおすのは大変だったわよ」
紫は蓬莱人形の頭に手を置くと優しく撫でる。
「お久しぶりね」
「宴会に行ったのではなかったの」
「そちらは藍に任せたわ」
紫の姿をした藍が博麗神社へ行ったのだろう。
「霊夢の傍にいたくないの」
「あら、今日は宴会。少し私がいなくても寂しくないでしょう」
紫は無理やり引っ付いて、迷惑がられているようにしか見えない事実を無視した。
「それに、二人だけでお話をしたかったのよ。あなたと」
アリスは品の良い紫の笑顔を胡散臭いと感じた。
「あの夜、私は万全の準備を整えたわ。他の勢力の関与による不確定因子の排除。歴代最強の巫女。そして無敵のスペルカード」
「そう」
アリスの素っ気無い返事を気にした様子もなく続ける。
「そのうち、二つも台無しにされたわ」
紫は扇子を手に取り広げた。
「あなたにね」
口元を扇子で隠す。
「魔理沙がいなければこの異変、月人の勝利で終わっていたわよ」
「あの夜、竹林であなた相手に切り札を失わなければ。連中相手に霊夢があんなに傷つかないですんだのよ」
紫は目を細め言い返す。
「あなた達の助けなど要らなかった」
室温が下がる。
「わたしに切り札なんて使わなければよかったでしょ、あなたなら他のスペルでも十分な筈よ」
アリスは紅茶を口にする。
永夜、竹林での弾幕戦、召喚された数多の人形を尽く撃墜し、止めに紫が使用したのは対月人用の切り札。
「何故あなた相手にあんなことしたのか……」
紫はパチリッと扇を閉じる。
「ずっと気がかりだったの、でも、ようやく思いついたの、答えを」
クッキーに手を伸ばすとじっとアリスを見る。
「ただのクッキーよ」
アリスはそれを口のなかに入れる。
「しばらく感じてなかったから忘れていたのよ、私があなたに切り札を使った理由はただ一つ」
それは、月の姫が弾幕を逸らすアリスを見て感じたものと同じもの。
命あるものの原初の記憶。
「恐れたのよ、あなたを」
迷った末、クッキーに伸ばした手を引いた
月の民が起こした異変。
その月の民を脅威に感じこそすれ、恐れることは無かった。
紅い悪魔と恐れられた吸血鬼。
死を操る冥界の亡霊嬢。
月をも砕く鬼ですら紫の恐怖の対象とはならなかった。
だが、人形達を撃ち落されて、なお挑もうとする人形遣いを彼女は恐れた。
「無意識で恐怖を感じ、それを遠ざけようと持てるなかで最大限の力を使った」
「過大評価よ、わたしは……」
「魔法の森に住む若輩の魔法使い、時折人里で人形劇を開く人形遣い?そんなものに私が恐怖を感じるわけがないわ」
八雲の大妖はじっと人形遣いを見る。
闇の深淵すら見通す紫の瞳はアリスを捉らえ離さない。
アリスは黙して語らない。
「博麗の巫女との付き合いは長いの」
幻想郷の管理者である紫は歴代の博麗の巫女を支え導き幻想郷を共に守ってきた。
「あの夜、最後にあなたは霊夢と共に月の姫に挑んだ、そのときのあなた達の動き、とても初めて組んだものとは思えなかったわ」
紫が霊夢との連携を掴むまで、八意永琳との死闘が必要だった。
「博麗の巫女を良く知る私ですら、あそこまで簡単に連携はとれなかったわよ」
紫の言葉にアリスは反応する。
「博麗の巫女なんて知らないわ」
アリスが口を開く。
「あなたは彼女を博麗の巫女として組み、わたしは唯、霊夢と組んだわ」
紫は押し黙る。
「月のお姫様と薬師の力は強大だった。でもそれ故に敗れた」
アリスは話を続ける。
「そして、それはあなたも同じ」
「なにが同じなの」
「力あるものは守ろうとするのよ、自分の力だけを頼りに」
「力あるものが力なきものを守る、それは当然のことですわ」
紫は扇子を閉じた。
夕日もすでに落ち、光の残滓が消えていく。
「それでも知りなさい」
アリスの言葉。
「あなたが守りたいと願うものに、あなたも守られていることを」
暗い部屋の中、人形遣いのシルエットだけが浮き上がり、表情は見えない。
「随分と……知ったような口を叩くのね」
薄闇の部屋で八雲の大妖は切れ長な目でアリスを睨む。
人形達が部屋に明かりを灯していく、部屋は光を取り戻す。
「気に障ったかしら、人からの受け売りなの」
人形遣いは肩を竦める。
「あの夜、大事の前の小事とあなたは切り捨てようとした」
竹林でアリスが紫から聞いた言葉。
「異変の前では人一人の想いなんて小さなものにすぎない、でも、その小さな想いを、温もりをとても大事にしている人がいたとしたら……」
アリスは続ける。
「霊夢は強い、その能力、才能、力。全てがそのことを裏付けているわ」
唯一幻想郷の規律を持つ存在。
全ての事象から中立であり、異変が起これば人知れずこれを解決する。
「だけど彼女は人なのよ」
博麗の巫女としての役割、全ての事象を平坦化する能力、それらが彼女を人から遠ざける。
「いつからか異変解決に向かう彼女の周りを、箒に乗った魔法使いがうろつきだしたの」
異変解決のプロフェッショナルだと自称する金髪の少女。
「意地っ張りで、嘘吐きの負けず嫌い。いつも痛い目ばかりみているくせに、凝りもせず巫女の後ろを追い回したわ」
最初は気にもしなかっただろう、放って置けばそのうちいなくなると。
「その魔法使いは巫女の背中を追い続ける。言い忘れていたけど、その魔法使いは努力家なの」
傷だらけでボロボロになりながら妖怪を退治し、巫女に自慢げに胸を張る魔法使い。
「あなたは知っていたかしら?その魔法使いの存在が、想いが、霊夢にとって決して小さなものではないことを」
上海人形が主のティーカップに紅茶を満たす。
「春雪異変の際、霊夢達と弾幕を張ったわ」
紫は呟く。
「紅白の博麗の巫女、時を操る銀髪のメイド、そして白黒の魔法使い」
「霊夢と咲夜、それに魔理沙ね」
「正直、魔理沙の実力は他の二人に比べて一段劣るわ」
「……それで」
「有力な後ろ盾も持たず、バックアップもないまま月人の起こした異変に関与するのはとても危険だと思わない?」
アリスの沈黙を肯定と受け、紫は話を続ける。
「あの月のお姫様とその従者を相手にする人間には、それ相応の力を持つ妖の協力が必要だった。例えば紅い館の主。あるいは冥界の亡霊嬢。それ位の格をもつ妖の協力」
「あなたが異変から遠ざけた連中じゃない」
「そう、魔理沙の意識の境界を操ったのは、なんの準備もないまま異変の渦中に飛び込むのを防ぐため。彼女を守るため。もし魔理沙になにかあったら……」
言葉を濁す。
「……霊夢が悲しむ、か」
人形遣いが消えた言葉を紡ぐ。
蓬莱人形が新しいティーセットを紫の前に用意する。
「優しいのね、幻想郷の管理者は」
「さあ、どうかしら」
紫は新たに用意された紅茶を口にする。
「あら、普通に美味しいわ」
「お粗末様」
お茶請けに手を伸ばす紫を見てアリスは微笑む。
「あなたは魔理沙と竹林に現われ、月の賢者と私の間に割り込み予期せぬ一石を投じたわ。永遠亭では霊夢と組んで月の姫に挑み、幻想郷のパワーバランスの一角を担う妖と同等の力量を見せた」
紫はアリスを見つめる。
「買い被りすぎよ」
アリスは涼しい顔で言い放つ
「岡目八目。あなたと月人は幻想郷という盤を挟み対局中、互いに相手の思考を読むのに全力をつぎ込んでいた。わたしは盤外からそれを見ることができた。正面から勝負したら、わたしに勝ち目なんてないわよ」
「そうね」
「わたしの力なんて高が知れている。あの夜は運が良かっただけ、本当なら竹林であなたに見つかった時点でゲームオーバー」
「そうよね」
「魔理沙と霊夢とは……、そう……、旧くからの知り合いだったというだけよ」
アリスは紅茶で喉を潤す。
「わかったわ」
紫はティーカップに視線を移す。
「じゃあ、あと一つ教えて」
「なにかしら」
「あの夜、私が恐怖したものは?」
紫は視線を下に向け、スプーンで紅茶をかき混ぜながら訊く。
静かな重圧。
喉が渇く。
アリスのティーカップは空になっていた。
目の前に八雲の大妖。
小なりとはいえ世界を司る一人。
それと正面から向き合う。
歪な月夜、あの時とは違う。
異変解決中の片手間ではない。
今の紫はアリスを標的と定めた。
迂闊な言動はできない。
「あなたは何者なの」
気が遠くなりそうなプレッシャーのなか、静かに声が部屋に響く。
紫は指で空間に線を引くと、そこに出来た裂け目に手を入れる。
アリスは人形のように動かない。
「……まあ、それはそれとして」
スキマから手を引き抜く紫。
「こんなのはいかが」
その手にはワインボトルが握られていた。
「今日はあなたにお礼をしにきたの、付き合ってもらえるかしら」
ワイングラスにチーズ、酒の肴をスキマから次々取り出す。
「どこから持ってくるのよ」
安堵の吐息を隠し、言葉を吐き出す。
「神社は宴会中、多少品数が減っても誰も気にしないわよ」
呆れ顔のアリスに紫は悪戯っぽい笑みを返す。
ワイングラスに赤い液体が注がれる。
「結果オーライ、異変は無事に解決できた。これもあなたの協力のおかげね」
いい笑顔の紫を胡散臭い目で見るアリス。
「それじゃあ、これからもあの娘をよろしく頼むわね。アリス・マーガトロイド」
「えっ」
「うちの巫女と違って、あの魔法使いのお守りは大変かもしれないけど。大丈夫、あなたならできるわよ」
「ちょっと」
「ああ、これで私も一安心よ。霊夢の大切なお友達に万一のことがあったらと思うと夜も眠れなかったのよ。その分昼寝の時間が延びて藍が不満そうだったけど。あなたみたいな優秀な魔法使いが、あの黒白の後見人についてくれれば問題なし。あの不良娘も少しは大人しくなるでしょう。それにしても霊夢も友達を選ばなきゃね。いっそのこと、誰か目ぼしいのを連れてこようかしら、たしか外から来たがっている格式のある名門がいたような……」
ぶつくさと独り言をいう紫を前に、アリスは反論を諦めた。
「わかったわよ、ただし異変に関してのみ、それも魔理沙一人の手に負えないようなものに限らせてもらう。もちろん普段の素行には責任は持てないわ」
「それでいいわよ」
「わたし一人じゃ荷が重いから、他にも後見人を用意させてもらうわ。人選はこちらに任せて」
「その物好きが決まったら教えてね」
「任期は任意にさせてもらいます」
「勿論、好きなときに辞めていいのよ。辞められればだけど、ね」
紫はニコニコと微笑みを絶やさない。
アリスは面倒を押し付けられたと今更ながら実感する。
「ずいぶんと魔理沙を毛嫌いするのね」
「そんなことないわよ」
「霊夢のことはお気に入りみたい」
「博麗の巫女ですもの」
「霊夢は特に、でしょ」
「なにが言いたいのかしら」
紫は不思議そうにアリスを見る。
「春雪異変の時、魔理沙達とやりあったでしょ」
「そうよ」
「そのとき、魔理沙はマスタースパークを使った?」
「撃ってきたわね」
「あの異変からね、あなたは霊夢を気にしだした」
「……」
紫はアリスに図星を突かれ黙り込む。
「不思議に思わない?異変を起こし、やられた連中。誰も霊夢を怨みもせず、復讐しようともしない」
紅魔館の紅い悪魔、冥界の亡霊嬢、幻想郷に戻った鬼。
その誰もが怨みを晴らすどころか、神社に頻繁に遊びに来るようになる始末。
「それは霊夢の魅力のせいよ」
すまして答える八雲の大妖。
「魔理沙の魔砲は恋の魔法、撃たれた誰もが誰かに恋せずにはいられない」
恋する乙女の前には、怨みや復讐なんて瑣末なこと。
「なにそれ」
「境界の妖怪が自分の恋の境界に干渉されて、穏やかでいられるわけが無い。あなたは無意識に不快感を覚えたはず」
「そんなこと……」
「本当に関係無いのかしら、何故あなたは魔理沙を毛嫌いするのか、どうして霊夢のことが気になるのか」
アリスはワイングラスに手にする。
「面白そうな話ね」
紫もグラスを手にとる。
「そんな与太話を肴に飲み明かすのも悪くないわね」
「あら、わたしの分析と考察を与太話というの」
「そんな魔法は存在しないし、あっても魔理沙にそんな魔法は使えない。でも不在の証明は難しいわ、まさに悪魔の証明ね」
「じゃあ、あなたは自分の気持ちを心からのものだと肯定するの」
「勿論、霊夢への想いは本物よ、自分で自分を欺くような真似はしないわ」
「言うわね」
「この幻想郷の全てを愛していますもの」
紫はグラスを掲げる。
「はいはい、そういうことにしておきますか」
アリスもそれに習う。
「いいのかしら、何者かも解からない人物に、大切な巫女の友人の後見人なんて大役を任せて」
「勿論、あなたがなんであれ、面倒を進んで引き受けてくれるようなお人よしを粗末にできないわよ」
「一言多いわ」
「ごめんなさい、根が正直なのよ」
互いのグラスを近づける。
「でも、あれで魔理沙にもいいとこあるのよ」
「あら、うちの霊夢の素敵さには適いませんわ」
アリスと紫はグラス越しにクスリと笑みを交わす。
「楽園の素敵な巫女に……」
「黒白の魔法使いに……」
「「乾杯!」」
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
幻想郷の明けぬ夜は終わりを告げた。
夜空にいつもの月が戻った。
その月が照らす神社で行われた宴会。
異変を解決した巫女と魔法使いが主役の宴。
終わりが無いとも思われた宴も終わる。
飲み足りない連中は、竹林の屋台にでもはしご中だろう。
神社に残ったのは巫女ともう一人。
後始末を終えた巫女が戻ると客間に横たわる影ひとつ。
「いくら主賓だからって飲みすぎよ」
酔いつぶれて宴を退場した魔理沙が、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
いつもなら連れ帰るアリスも今は不在。
座布団を枕に布団をかけられ寝ている。
畳の上の黒白は寝返りをうつ。
かけられていた布団がずれ落ちる。
「ほんとにしょうがないわね」
ずれた布団を直そうと魔法使いの横に座る巫女。
酒の匂いと香水の香り。
魔理沙の襟元から白いものが見える。
「こんなところで寝ていて、風邪ひいても知らないわよ」
肩がでないように丁寧に布団をかけなおす。
巫女は魔法使いの寝顔を覗き込む。
普段はしない化粧。
「毎度のことだけど、頼みもしないのに出てきて」
柔らかな頬を指で突くが、魔法使いの幸せそうな寝顔に変化はない。
「いい、異変なんてわたしに任せておけばいいのよ」
霧雨魔理沙は普通に振舞う
香水で薬草の匂いを誤魔化し。
包帯を服の下に押し込み、痣や傷を隠すため化粧までして。
二人の他は誰も居ない神社。
先ほどまでにとの宴の喧騒が嘘のような静寂。
その静寂の中、少女の寝息だけが流れる
博麗の巫女。
幻想郷を守る博麗大結界の要。
この世界で唯一の規律を持つ存在。
全ての事象から束縛を受けず、
故に全ての存在から等距離に在る。
その距離は妖には近く、怪異を引き寄せる。
その距離は人には遠く、巫女を独りにする。
人でありながら距離をものともせず、妖怪を押しのけ巫女を追いかける黒白の魔法使い。
「あなたみたいな素人、お呼びじゃないの」
頬を突く指に力を込めると、魔法使いは寝たまま嫌そうに顔をしかめる。
異変が起きる度、それを鎮める博麗の巫女。
黒白の魔法使いは異変の度にその隣にいた。
人知れず、異変を解決するため空を飛ぶ巫女。
その巫女の後を、自慢の箒に乗り追いかける魔法使い。
いかなる怪異にも妖魔にも臆することのなく、異変へ飛び込む博麗の巫女。
飛び交う弾幕の中、魔法使いは魔砲を放ち巫女の隣で笑っている。
「まあ、あなたにそんなこと言っても無駄でしょうけど」
巫女は、魔法使いの柔らかな金髪を優しく撫でる。
「ねえ、魔理沙……」
巫女の唇が小さく動き、言葉を紡ぐ。
それは誰にも伝わらない。
それはどこにも残らない。
それでも異変が終わる度、少女が紡いできた言葉。
「 」
静まりかえった博麗神社。
巫女により掃き清められた石畳が月明かりを鈍く反射し。
境内を蒼白く月の光が照らし出す。
遠慮していたかのうように聞こえなかった虫の音が鳴り始めた。
巫女は魔法使いの隣に座ったまま、開け放たれた障子の向こうを見上げる。
二人の様子を夜空の月が
雲に隠れて覗いていた
終
しかし読めば読むほどアリスと紫が主役のような……問題ないな
ただし、これは多数派の解釈とは違うのでは・・・
少なくとも、原作の設定をそのまま描写したものでは無いと思います。
出来れば、その旨を書いて欲しかったです。
永琳が冷静に狂ってて良い。
姫もすばらしく格好良かったけど、永夜返しのあたりを
もっと色々解釈してほしかったかも。
せっかくのクライマックスだし。
独自のアレンジなのに、間違いなく永夜抄といえる感じ。
すごく良かったです。
なぜ誰もこれに反応しないのだ? バロム爆弾パンチをお見舞いしてやるんだぜ!
とまれ格好良いお話をありがとう。
で、結局、アリスは何者?
この異変によって改めて、もしくは新しく関係を築けた彼女らは、さらに成長していったんですね。そしてそれはまた次の異変に活かされてくんだなぁ。
あまり読みやすい文章では無かったと思います。雑に感じました。
簡単な漢字が変換されていなかったり、その逆だったり。
3っつに分けるのであれば、各冒頭で読者を引き込む作業が3倍になります。
一つの話だからと言って適当になっていませんか?
ネタも鼻に付きますね、読み手の集中力を切らすのが小ネタですか?
長い話は起承転結が難しくなりますね。分けての投稿なら尚更ですね。
そそわのコメ欄はぬるま湯ですので、良いコメが有っても慢心せずに頑張って下さい。
それこそ後書きに辛口評価希望と書けるぐらいに。
携帯からの乱文失礼しました。がんばってください。
永夜抄の雰囲気がすごくいい感じに出てたのがよかった!
内容としては素晴らしいのですが、個人的に書いて欲しかった点が幾つか。
1.鈴仙達妖怪兎と藍の勝負はどうなったか。
2.異変解決後の永遠亭の者達の後日談。
3.慧音のその後。
3は暗に妹紅が出て欲しかったと言っていますが、原作を題材にするなら、異変を起こした者達の後日談も書くべきだと、私は思います。
色々言いたい放題言ってすみませんが、良い作品だったと思います。
それでは失礼いたします。
幻想の者達の、夜は、明けた。