「本当に怖いって、思ったことあるか」
納涼百物語大会。
紅魔館の瀟洒な従者が披露した「館の七不思議」
スキマ妖怪の「ベッドのスキマ」
冥界の主の体験談「踏み切りの霊」
大袈裟に怖がる白玉楼の庭師から、まるで動じない博麗の巫女まで、反応は人それぞれだったが、概ね好評のうちに会はお開きとなった。
魔法の森への帰り道。
一番出来が良かったのはどれか、ほろ酔い加減の魔法使いは人形遣いと話しながら飛んでいた。
「そうね、バターたっぷりのフレンチトーストが怖いわ」
「そうじゃなくて」
「それと一緒に新鮮な牛乳が出てきたら怖くて死んじゃうかもね」
「饅頭でも食っていろ」
暫く、無言で飛び続ける。
「実家が商売やっていて、いつも客や取引先の出入りで人の絶えない家だったんだぜ」
黒白の魔法使いが話し始めた。
「でも、ある日の夕暮れ。帰ってみると誰もいないんだ。客の姿は勿論、じいさんも、親父も客の姿も人っ子ひとり見当たらない」
彼女の昔話に聞き入る。
「夕日で赤く染まった屋敷の中をあちこち探し回った、小さかった私には随分広い屋敷を長い時間、探していたように感じた」
魔法使い達は星が降りそうな夜空を飛ぶ。
「日が落ちて、家が暗くなっていくんだ、大声で呼ぶけど誰からも返事が無い。まるでこの世にたった一人で残されたように思えた」
「それで」
「結局、会合から帰ってきたじいさんに、押入れで泣き疲れて寝ているのを見つけられた」
我が家が見えてくる。
「寄っていく?」
「いや、今夜は止めておくぜ」
「そう」
彼女と別れの挨拶を交わし、家に向かう。
「なあ」
「なに」
振り向いて、箒に乗った彼女を見る。
「あいつにもそんなこと……」
「誰のことかしら?」
わたしは、それが誰か聞き返す。
解からない振りをして。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
歪な月が浮かぶ迷いの竹林。
その最深部に誰知れることなく存在する広大な屋敷。
永遠亭
その屋敷を守るように配置された土嚢と鉄条網で陣地が構築されていた。
巧みにカモフラージュされた陣地は素人目には分からない。
永遠亭の周囲に、屋敷を囲むよう設置された八つの陣。
それは永遠亭防衛の絶対防衛線。
竹林封鎖の要。
鈴仙が鍛え上げた妖怪兎の精鋭が守る要害。
幻想郷の管理者たる八雲の大妖と守護者たる博麗の巫女を邸内に招き入れた今となっては、永遠亭絶対防衛線であり竹林封鎖の要である八陣を死守することが鈴仙の任務。
鈴仙は巫女と妖怪の案内という大役を終え、本来の任務に戻り見回りにきた。
しかし……。
「……」
鈴仙の目の前には予想に反した光景に言葉を失う。
思い返せば二ヶ月前、師匠である八意永琳に呼び出された鈴仙に出された命令。
「竹林の妖怪兎を、永遠亭を防衛するに相応しい弾幕戦士へ鍛え上げなさい」
いいわね、ウドンゲと師匠の八意永琳に無茶振りされた。
普段は永遠亭や竹林でキャハハウフフと遊んでいる妖怪兎達。
その平和な光景はもっとも闘争とは遠いところに位置していた。
この臆病で闘争心の欠片も才能も無い妖怪兎達を一人前の戦士に鍛える、まして組織的防衛戦ができるまで練兵して熟練度をあげる。
期間は僅か二ヶ月。
普通なら不可能なことだった。
しかし、鈴仙はがんばった。
月からの逃亡者である自分を永遠亭に受け入れ、匿ってくれた姫のため。
戦う術しか知らない自分を薬師の弟子として迎えてくれた師匠のため。
永遠亭防衛計画に寝食を忘れて打ち込んだ。
最初は馬鹿にして言うことを聞かない兎達がほとんどだった。
新参、しかも月の兎である鈴仙の言うことなど、最初から聞く地上の兎などいなかった。
鈴仙はあきらめなかった、訓練に参加するよう地上の兎達へ声をかけ続けた。
一度でいいから。
頭を下げた。
そうした努力の甲斐もあり、訓練に参加する地上の兎達も出始めた。
しかし、その数は増えこそすれ、技量が向上することは無かった。
鈴仙の永遠亭防衛計画にかける情熱が災いした。
軍隊仕込みの厳しい鈴仙の訓練を地上の兎達は嫌ったのだ。
ある日の夕方、日中の訓練を終え誰もいない竹林に鈴仙はいた。
師匠に言われた期限の半分を過ぎようとしていた。
妖怪兎達の弾幕の技量はまだまだEASYの2面道中レベル。
鈴仙の臨む技量には遠く達していなかった。
(また自分は何も出来ないのか)
悔しかった。
「イナバ」
後ろからの声に振り返る。
そこには永遠亭の主、蓬莱山輝夜の姿があった。
「大丈夫ですか」
勿論と大丈夫と即答する。
「そうですか」
失礼しますと、輝夜の前から立ち去ろうとする鈴仙。
「あなたならできますよ、きっと」
背中に投げかけられた主の優しさが、このときの彼女には辛かった。
疲れた精神と身体を休ませるため、永遠亭の廊下を自室へ向かう鈴仙。
ドテッ
なにかに躓き転んだ。
廊下にピンと張られたロープに足をとられたのだ。
暗がりとはいえそんな悪戯にひっかかるとは、不注意すぎると鈴仙は今の自分を知った。
「こんなものにひっかかるなんて、どうしたの?」
顔を上げると竹林の悪戯ウサギ、因幡てゐが目の前に居た。
「単純すぎたからよ、逆にね」
板張りの廊下にもろにうちつけた鼻の痛みも無視して立ち上がる。
因幡てゐ。
神代から生きているという幸運の素兎。
鈴仙は日頃の言動からその噂を眉唾に思っているが、地上の兎達のリーダーであることは事実であった。
てゐの助力があれば鈴仙の悩みはたちどころに解決するだろう。
「わたしが言えば、あの子達も……」
「それじゃあ意味が無いの」
外見は幼い少女ながら、てゐの兎達への影響力は絶対だ。
人懐っこい性格と面倒見の好い人柄(兎柄?)のせいだろう。
月のウサギである鈴仙に対して、物怖じせず話しかけてきたのもてゐだった。
その後、鈴仙はてゐの悪戯の格好の標的にされるのだが。
むしろ、そちらが目的で近づいてきたのではないのかと、割と本気で鈴仙は思っている。
「前にもいったでしょ、てゐ」
「そんなのは実戦では役に立たない、か」
「そう」
妖怪とは言え、元は兎。
最も闘争心に欠けた臆病な種族。
それを戦いに駆り立てるには己の中に確固たる理由が必要であった。
地上の兎達のリーダーであるてゐに関わらないようにと頼んだのは、永遠亭防衛のため妖怪兎達に自主性を求めたからだ。
「でも、そのせいで訓練もまともに出来ないなら本末転倒」
言葉が鈴仙の胸に刺さる。
唇を噛締、俯く鈴仙。
ゴツンッ
「~いったぁ」
「頭の固い誰かさんへプレゼント」
たんこぶを押さえ涙目で睨む鈴仙へ、てゐは彼女を殴打した凶器を差し出す。
「これは」
「永琳さまの書斎からちょっと借りてきたの」
一冊の分厚い兵法書を受け取る鈴仙。
「これを読んでがんばってね」
「これって」
「いいのいいの、黙って受け取りな」
鼻歌交じりにスキップして立ち去るてゐ。
その後姿を見送る鈴仙。
「あ、そうそう」
「どうした」
「もっと気楽にやりなよ」
「そんなこと」
練兵は師匠からの命。
今までそんな余裕など鈴仙にはなかった。
「地上の兎は楽しいことが大好き。鈴仙ちゃんみたいに小難しい顔していたら、みんなもしらけちゃうよ」
そう言い残し、素兎は姿を長い廊下の向こうへ消した。
「ありがとう、てゐ」
鈴仙は受け取った書を胸に抱え込んだ。
次の日から鈴仙は変わった。
妖怪兎達を何隊かに分けそれぞれにリーダーを置いた。
弾幕戦の訓練をゲームのような体裁にして各隊を競わせた。
優秀な隊には自腹で賞品を与え、最下位の隊には居残り練習を命じた。
居残りを命じられた部隊は不満をもつ。
鈴仙は付きっ切りでその練習に付き合った。
その結果、最下位だった隊も翌日には上位に勝ち残る。
努力が結果に結びつくこと知ると、居残り練習への不満は消えた。
そうなると成績の良かった隊もうかうかしてられない。
自主的に居残り練習をするようになった。
弾幕の技量は鰻上りに上がった。
約束の期日。
日が西へ傾きかけた空。
編隊を組み、屋敷の上で模擬戦を行う妖怪兎達。
「ウドンゲ」
「はい」
「次の仕事よ」
「はい!」
永遠亭の庭先から模擬戦の様子を見た永琳から次の命が下された。
それは、今までの働きが認められた証。
鈴仙は嬉々として次の任務へと向う。
「もう少し誉めてあげてもいいのではなくて」
「いいえ、まだ合格とは言えないです。姫」
「ほんとうに昔から厳しいわね」
「潰れたらそこまでです」
「どうだか」
永琳は輝夜に背中越で答える。
輝夜には模擬戦を見守る永琳の表情は見えなかった。
閲兵式まがいの模擬戦後。
鈴仙は永琳から竹林封鎖の八陣の設営が任された。
永遠亭を囲むように基点を形成し、それを守る陣地を構築。
幻想郷の管理者たる八雲の大妖と守護者たる博麗の巫女を邸内に招き入れた今となっては、永遠亭絶対防衛線であり竹林封鎖の要である八陣を死守することが鈴仙の任務だった。
それが……。
「おつかれあまぁれす、異常なしれす」
部隊長をはじめ陣地を守るべき妖怪兎の部隊はへべれけになっていた。
「なにやっているの、あなた達!」
こめかみに青筋を浮かべて、痛む頭に手を当てるブレザー姿のウサ耳娘。
敵の襲来時には弾幕と共に飛び出すべき、身を潜めているはずの妖怪兎の精鋭達は、焚き火を囲みキャハハウフフと酒を飲み交わしている。
「もう、鈴仙ちゃん遅いよ」
一升瓶を片手にトコトコと駆け寄る幸運の素兎。
「てゐ、あなたの仕業ね!」
「まあまあ、堅いこと言わないでグッといきねえ」
「そんな訳無いでしょ、早く持ち場に戻りなさい!」
「もう、鈴仙ちゃんのいけず」
差し出したコップ酒をつき返されたてゐはそれをキュッと飲み干す。
「ぷはぁー」
盛大に息を吐きだすてゐ。
しかし、次の瞬間顔色が変わる。
「え」
鈴仙の狂気の瞳が赤く輝く。
「ど、どうしたの?」
鈴仙の妖気が人差し指に集中、銃をかたどった右手がてゐに向けられる。
「ご、ご、ごめんなさい。ほら、これ、ただの水だから。みんなもちょっと悪乗りしただけでホントはお酒なんて…」
二人の様子を見守る守備隊の妖怪兎達。
「わ、わ、わっ!」
表情の無い鈴仙の掲げた指先。
発射された一撃は、妖気を凝縮した赤い弾丸。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
『四重結界』
『二重結界』
霊夢と紫、二人のスペルが永琳に直撃する。
リザレクション
時間を巻き戻すかのように復活を果たす永琳。
「いい加減諦めたら、痛い目をみるだけよ」
紫は何度倒しても復活する永琳に言った。
月の頭脳が張る弾幕をグレイズしながら紫は反撃の妖弾を撃つ。
「あら、諦めるのはそちらじゃないのかしら」
永琳は弾幕を自在に操り、霊夢と紫を引き離す。
そして、徐々に霊夢へと弾幕を集中させる。
霊夢への援護の弾幕と防御の結界。
紫の注意が霊夢へ向けられるや否や、今度は紫目がけて弾幕が迫る。
瞬時に弾道を計算、月人の弾幕を回避し相殺し反撃する。
同時に霊夢の手から破魔札が速射砲の如く撃ち出された。
身に迫る弾幕を回避もせず、永琳は更に巫女に向けて攻勢にでる。
着弾
閃光と轟音が月人を吹き飛ばす。
吹き飛ぶ直前まで打ち出された月人の弾幕。
「くっ」
流石の霊夢も月人の弾幕全てをかわしきれず傷を負う。
静まり返る異空間。
リザレクション
吹き飛んだ月人の体が瞬時に再生する。
これで何度目の復活か。
「霊夢!」
「大丈夫」
紫の声に応え、復活した月人の展開する弾幕を険しい顔で睨む霊夢。
繰り返された幾度ものスペルカードの応酬。
その結果、霊夢は腕、顔、足に多くの傷を負う。
致命傷こそ無いものの出血が体力を、痛みが集中力を徐々に巫女から奪う。
「ちょっと、あんた『りざれくしょん』ってなによ、さっきからやられたと思ったらまた復活して、インチキじゃないの」
傷だらけになりながら鼻息の荒い霊夢の声に肩をすくめる永琳。
「そうね『リザレクション』はあなたのいうように『復活』という意味よ」
「やっぱりちーとなのね」
「そうでもないわ、『蓬莱の薬』不老不死の妙薬によってこの体は滅びることは無い。でも、死からの復活はものすごく苦痛なの」
それこそ死にたいくらいにね、と薬師は巫女に微笑みかける。
「あいにく、わたしは永遠に遊ぶ力は持っていないけど……、それでも朝まで遊ぶこと位は出来るわ」
暗に永琳は永夜の術を解くように紫へ伝える。
「じゃああなたが動けなくなるまで、殺しつくすことがベストね」
紫が笑いながら弾幕を周囲に展開する。
「そうね、でもそれまでそちらの巫女の体が持つかしら」
口元に笑みを浮かべる永琳の周囲にも弾幕が浮き出る。
「姫への想いが力となる」
わが身を囮に、弾幕を受けても確実に敵にダメージを与える。
永琳の今まで戦法が、彼女の言葉に嘘は無いと証明している。
「穢れ無き地上に穢れ無き月が戻る。この力は千年を超える想いの力……」
月人の想い力、弾幕の渦が異空間の闇を華やかに染め上げる。
紫の誤算は月人を甘く見ていたこと。
もちろん実力を軽視していたのではない。
かつて、仲魔を率い月面に攻め込みながらも一敗地にまみれた。
月人の実力を誰よりも肌身に感じた八雲紫。
そんな彼女だからこそ、この異変の危険性を誰よりも先に看破した。
月人の起こした異変に対抗するには、博麗とはいえ唯の人である霊夢には荷が重過ぎる。
この異変に対抗するには人と妖の力が必要と判断。
幻想郷の管理者として紫が直接異変解決に手を貸すのは異例ではあったが、嘗ての経験が彼女を慎重にさせ、巫女との異変解決という行動に移させた。
彼女の危惧は現実となる。
月人というだけでも厄介なのに、異変の実行者は月の頭脳と異名をとる実力者。
不老不死の妙薬を生成する能力を有し、その薬の恩恵を受けた存在。
その月人が選んだ戦略は、果てしない消耗戦。
知的で誇り高い月人が見栄も外聞もなく、無様な、しかし一番厄介な戦略で巫女と紫の前に立ち塞がる。
自ら犠牲になることを厭わない。
紫が甘く見ていたのは、永琳の姫への想いの深さと捨て身の覚悟。
『骨を断たせて、肉を斬る』
永琳の戦略は単純明快、故に紫も策を講じることが出来ない。
月人は、巫女と紫を蟻地獄へ引きずり込む。
霊夢の数十、数百倍の被弾量に関わらず、八意永琳は復活を果たす。
亜空間で果てなく続いた弾幕戦の末。
「勝負あったみたいね」
月人の声。
さすがに疲労の色が濃い永琳。
繰り返された破壊と再生、終わりなき戦いの終焉。
幻想郷の守護者たる巫女は、紫の腕の中へ倒れた。
月の賢者は妖怪の賢者へ敗北を認め軍門に下るように言い渡す。
紫の脳裏に苦い記憶が甦る。
こんな事態に備えていた筈。
しかし……
切り札は『もう』ない。
博麗の巫女を抱え、唇を強くかみ締める。
その時
異空間に響き渡る声
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
鈴仙の放った弾丸はてゐを掠め竹林へ。
竹林から何かが兎達の上に飛び出し、眼下の兎達へ弾幕の雨を浴びせた。
奇襲
それに対応できるはずもなく、弾幕が妖怪兎達を貫く。
弾幕が地面へ突き刺さり、爆風が陣地の偽装を吹き飛ばし、巻き上がった土煙が辺りを覆う。
一瞬の静寂。
「ウサッ?」
頭を抱えうずくまっていたてゐは、恐る恐る立ち上がる。
直撃を受けたはずの体には傷ひとつない。
他の守備隊の兎達も、己が身になにが起きたかも分からないまま起き上がる。
「時間はないんだが」
歪な月を背に、夜空に浮かぶ影ひとつ。
その視線は地上の唯一人に向けられていた。
てゐの視線も同じ人物へ向く。
瞳を赤く輝かせた、ブレザー姿のウサ耳娘。
肩で息をしながら上空の敵を見据える鈴仙の姿。
強襲、威嚇そして制圧。
この敵は戦争のなんたるかを心得ている。
「隠形の術を見破り、直撃のはずの弾幕から仲間を救った」
冷ややかな眼で鈴仙達を見下ろす、導師服姿の女性。
「紫様がお前達を警戒したわけだ」
月の光を受け黄金に輝く金毛九尾の妖獣。
八雲紫の式。
最強の妖獣、八雲藍の姿が月光のなか静かに佇む。
「総員退避、永遠亭まで下がれ」
鈴仙はてゐ達へ命じ、スペルカード手に飛ぶ。
藍もスペルカードを発動し月兎を迎え撃つ。
式神 『仙狐思念』
降り注ぐ九尾の弾幕のなか、鈴仙もスペルカードを発動。
波符 『マインド・シェイカー』
スペルが互いに干渉し、弾幕がコントロールを離れ目標を失い誘爆する。
その炎と光と爆風のなか、対峙する九尾と月兎。
赤と黄と闇。
極彩色の世界。
「互角と言いたいが、そうはいかないようだ」
藍は新たなスペルカードを手にする。
鈴仙もそれに応じ、手に滴る血もそのままにカードを掲げる。
弾幕の量、速度、質。
そのどれも眼前の敵には及ばない。
一度のスペルカードの応酬で鈴仙は理解した。
無傷のままの藍に対し、致命傷ではないまでも傷だらけになった月兎。
このままスペルカードを打ち合っては、ジリ貧になることは眼に見えている。
「仲間を守るために力を使いすぎたのではないか」
藍の言うとおり、最初の奇襲からてゐ達を守るため能力を使い、彼女たちの位相をずらし弾幕の直撃を回避させた。
「余計なお世話よ」
強がるが実際そのせいで普段の六割も力を出せていない。
「永遠亭までの道、譲ってくれぬか」
嘗て月から地上へ逃げ出した鈴仙。
全てを捨て、逃走した月兎。
「それは……」
勝てる見込みのない絶望的な状況下。
告げられた降伏勧告。
「……出来ない相談ね」
一度は運命と受け入れよう。
負けること悔しさを、
逃げだした己の弱さを、
裏切り者の汚名でさえ。
しかし二度目は許されない。
月からの逃亡者である自分を、永遠亭に受け入れ匿ってくれた姫のため。
戦う術しか知らない自分を、薬師の弟子として迎えてくれた師匠のため。
短い時間だが仲間として共に過ごしたてゐ達、永遠亭の兎のため。
「退けぬか?」
「退けない!」
鈴仙の赤い眼に迷いはない。
「いい答えだ」
満足げに微笑む九尾がスペルカードを発動する。
式神『十二神将の宴』
鈴仙も応じる。
狂符『ジョナリチューニング』
月兎の弾幕は徐々に、しかし確実に敵の弾幕に圧倒されていく。
迫り来るスペルに覚悟を決める鈴仙。
「総員、撃てゐ!」
鈴仙の後ろから発射された大玉、粒弾、大小さまざま色とりどりの弾幕が妖狐のスペルを相殺する。
「止まるな、撃ち続けろ」
現われた妖怪兎達は、弾幕を撒き散らし九尾の周りに取り付く。
妖怪兎達にクナイ弾を放ち迎撃する藍。
「大丈夫?鈴仙ちゃん」
「てゐ」
鈴仙の傍に寄り添うてゐ。
「永遠亭まで下がるように言ったのに、なんでここに」
噛み付く鈴仙に、てゐは人差し指を唇にあてチッチッチッと舌打ちをする。
「鈴仙ちゃんを残していくなんて出来るはずないでしょ、一端引いて態勢を整えていたの」
「そんな」
「敵を騙すには味方からってね。それにね」
「まだなにかあるの」
笑顔を振りまくてゐにげんなりした様子で鈴仙は尋ねる。
「地上の兎が鈴仙ちゃんの命令なんて聞く訳ないでしょ」
一瞬、言葉を失う鈴仙。
「どうしたの」
俯いて肩を揺らす鈴仙を心配そうに見るてゐ。
「いたたたっ、ちょ、やめ」
「ありがとうてゐ」
てゐにヘッドロックを決め、赤い眼の鈴仙は礼をいう。
「各員、撃てなくなったら下がれ!交代で撃ち続けろ、敵を休ませるな!」
「「「了解!」」」
鈴仙の命令に応じ、編隊を組んで九尾に弾幕を打ち込む妖怪兎達。
戦闘空域を埋め尽くす妖怪兎の弾幕。
堪えきれなくなったのか、スペルカードを出す藍。
式輝『狐狸妖怪レーザー』
光線が藍の周囲を薙ぎ払う。
「散開!」
鈴仙の命令に遅れることなく空域を離脱する兎達。
九尾が発するレーザーが鈴仙に迫る。
「てゐ」
「なあに」
「あなたの命、わたしに預けて」
「利息は高いよ」
頷いて鈴仙のスペルカードに手を添えるてゐ。
散符『インビジブルフルムーン』
スペルが激突し、エネルギーの嵐が巻き起こる。
そしてゆっくりと沈静化していく。
互いの姿を目視する九尾と月兎。
破れた導師服から血を滲ませる八雲藍。
同じくボロボロの鈴仙。
しかし、鈴仙にしがみつくてゐには傷ひとつない。
スペルカードの打ち合い、三度目は最初と真逆の結果がでた。
完全な不意打ち、完璧な強襲。
地上の妖怪兎達はなすすべも無く、弾幕の前に無防備なその身を晒した
強襲、威嚇そして制圧。
永遠亭の早期攻略のための藍の策は、唯一人の月兎に妨げられた。
隠行の術を見破り、藍へ先制の一撃を打ち込んだ月兎。
弾幕戦も序盤こそ藍に分があったものの、妖怪兎達が戻って以降、勝負の流れは月兎へ傾く。
切り札のスペルカードも地力で勝るも、てゐの力を借りた鈴仙に押さえ込まれている。
妖怪兎の弾幕を避けながらスペルカードを放つが、月兎は藍から注意を逸らすことなくきっちりと相殺してくる。
藍の放つスペルの間隙を縫い休むことなく弾幕を撃ち込む、妖怪兎の編隊。
月兎は弾幕のなか、藍の動きを僅かでも見逃さないように全神経を集中する。
鈴仙は藍のスペルに自分のそれで相殺、妖怪兎達の弾幕とてゐの助力を得て今の有利な戦況を保っている。
鈴仙が僅かでもスペルを撃つタイミングを逸したら、妖怪兎達は九尾の弾幕の餌食となり壊滅。そうなれば一挙に戦況は逆転する。それが分かっているからこそ、鈴仙は全身全霊を以って藍の動きを追い続ける。
(そう、いいぞ……)
被弾し、スペルカードと妖力を消耗しながらも藍は空を飛び、妖弾を放ち無軌道な動きを続ける。
(もう少し……)
新たなスペルカードを取り出すとそれに応じる鈴仙の姿を確認。
(こっちを見ていろ)
藍と鈴仙は同時にスペルカードに妖力を込め……
閃光
爆音
竹林から、鈴仙の守る永遠亭へ走る光跡。
歪な月の夜空で対峙する二人の眼下、陣地をかすめ、竹林から永遠亭に向け輝く流星が地表を流れる。
「しまった!」
鈴仙の顔色が変わる。
「ああ、気にすることはない、知り合いだ」
藍の妖気の前に、鈴仙とてゐは動くことができない。
「竹林で偶然知り合った」
カードに込められた妖力を開放する。
「お姫様に閉じ込められた厄介な空間から、戻るのに力を使いすぎてな」
カードから開放されたスペルは藍の周囲に弾幕を形成する。
「そいつらと、ちょっと取引した。力を借りる代わりにこの屋敷まで案内すると」
渦巻く弾幕の中心で、ニヤリと嗤う妖孤。
「あら、それは心配ね」
表情を殺す鈴仙。
(てゐ)
(なに)
鈴仙はてゐを背中に庇い小声で指示を出す。
(私の腰の通信機で永琳様へ緊急連絡)
(了解)
鈴仙の背中に隠れ、てゐはゴツイ通信機を操作する。
「ここが突破されても、屋敷の催眠廊下は簡単には破れない」
赤い眼が弾幕を身に纏う藍を睨み、スペルカードを開放。
「フッ」
「なにが可笑しい」
「こんなに下手なハッタリ、見たことなくてな」
「なっ」
「それにだ」
鈴仙の言葉を遮る藍。
「たとえそんな罠があったとしても」
衝撃と爆発音。
永遠亭の屋根の一部が吹き飛び、黒煙が上がる。
「罠ごと吹飛ばす奴らだ」
黒煙を満足げに見つめる妖孤。
「鈴仙ちゃん」
「どうしたの」
「今の爆発で永琳さまとの通信が切れた」
「報告は」
「現状は伝わったと思う」
余裕の笑みを浮かべる藍。
焦りの色が濃い鈴仙。
突然、鈴仙は脇の下に痛痒を感じる。
「ちょっと、てゐ」
「ほら、肩の力を抜いてリラックス~」
てゐは鈴仙の脇の下に手を入れワキワキと五指を動かす。
「熱くなってはダメ、それじゃ負けるわ」
「そんなこと」
「あの永琳さまがついているんだから、姫様は何があっても大丈夫」
脇から手を抜き、太鼓判を押す。
「寧ろ焦っているのは……そっちよね」
てゐは藍へ笑顔を向ける。
「姫様を、永琳さまを、私たちを信じて、鈴仙!」
周囲を見れば、命令を待つ妖怪兎達が眼に映る。
深呼吸ひとつ
「ありがとう」
てゐの頬に優しく手を添えた。
「今はアイツを倒すことに集中する」
二人の弾幕の周囲を妖怪兎が編隊を組み再び飛び回る。
「奇遇だな、わたしも同じ考えだ」
藍の口元から笑みが消えた。
歪な月の夜空、互いに弾幕を展開し対峙する九尾と月兎。
藍と鈴仙。
それぞれ仕える主と立場は異なるも、想いは同じ。
永遠亭の上空に、弾幕の華が咲き乱れた。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
紫が永琳に敗北を認め軍門に下るように言い渡された。
万策が尽きたかに思えたその時。
異空間に誰とも知れない幼女の声が響きわたる。
『緊急事態うさ!』
「どうしたの、てゐ」
『絶対防衛線にて九尾の攻撃に遭い、鈴仙ちゃんが交戦中』
「それくらい、そちらで対処しなさい」
永琳は指示を出す。
紫は虚数空間へ飛ばされた式が主の救援に戻ったことを知った。
ズゴォーオオオオン
炸裂音が鳴り、会話が寸断される。
「てゐ、どうしたの!」
永琳が叫ぶ。
『永遠亭に流星が…最終…衛線突破…れたうさ』
音声にノイズが入り不明瞭になる。
ブツッ
てゐとの通信が突然途絶えた。
厳重に結界で隔離された異空間に無理やり繋げた非常用通信回線。
有事の際の運用には問題があったようだ。
「なんだか外が騒がしいけど、こんなところに居ていいのかしら」
紫は顔に笑みを浮かべ扇を広げる。
「……巫女はもう戦えない、これ以上の戦闘はそちらに不利よ」
永琳は手にした弓を引き絞り、紫の腕の巫女に狙いをつける。
「戦えないって、誰が」
紫は広げた扇で口元を隠す。
すぅ
霊夢の手が
ぐっ
紫の腕を掴む。
「りざ・・・」
博麗の巫女が
「れくしょん!」
力強く起き上がる。
ありえない光景を目の当たりにして言葉を失う永琳。
彼女の計算では霊夢に起き上がる余力など残っていない筈。
「あんた」
御幣を永琳へ指し示す。
「ちーとが使えるのは自分だけと思わないでよ」
霊夢の言葉に紫は目を丸め、永琳は苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
もちろん霊夢のその言葉はただのハッタリである。
だが、それを笑って無視することが永琳にはできなかった。
「紫」
バシッ!
声と同時に霊夢の右手が紫の頬を打つ。
「いつまでお上品な弾幕張っているの!」
ぶたれた頬に手をやり唖然とする紫。
「敵の時はあんなに厄介だったのに、味方にするとほんと使えないわね」
霊力を札に集め戦闘態勢を整える。
「やる気がないなら黙って見てなさい。異変解決のぷろふぇっしょなる、幻想郷の巫女の腕前、見せてあげる」
御幣から蒼い火花のように霊力が迸る。
「……変に気を使われてもありがた迷惑よ、正直」
「なっ……」
霊夢は弾幕を張る永琳にむかう。
すっとその隣に並び立つ八雲の大妖。
「巫女風情が言ってくれるわね、もう助けてあげないわよ」
「いつあんたに助けてくれって頼んだ」
「外に黒白が居ると分かったら急に強気になって」
「う、うるさいっ」
顔を真っ赤にして紫の言葉を否定すると、弾幕の嵐に突っ込む霊夢。
紫は永琳の弾幕に更に弾幕をぶつける。
強大な力と力のぶつかり合い。
その力の奔流のなか、恐れるそぶり見せず弾幕を掻い潜り永琳へと迫る巫女。
「このっ!」
永琳は弾幕を霊夢に集中しようとするが、紫の弾幕がそれを遮る。
「捕まえた」
気がつくと目の前に巫女の顔。
永琳が反射的に出した攻撃を巫女は紙一重でかわす。
霊夢は破魔札を叩き込み、御幣から霊撃を撃つ。
至近距離から打ち出された攻撃で吹き飛ぶ永琳。
「いらっしゃい」
月の頭脳に紫の弾幕が叩き込まれる。
リザレクション
復活する永琳。
それと対峙するは、博麗の巫女と微笑みを浮かべた八雲の大妖。
先ほどまでとは戦況が一変した。
姫を護るためにこの二人を異空間へ隔離。
消耗戦、何が何でも自分が倒れないことで勝ちを拾う筈だった。
それが今では外の姫に危険が及んでいる。
姫のため、一刻も早く目の前の敵を倒さねばならない。
持久戦から短期決戦へ。
月の頭脳の計画に狂いが生じた。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
「アリス、こっちでいいのか」
「間違いないわ、レイラインがはっきり見える」
永遠亭に突入した魔法使い達。
魔理沙は八卦炉を片手に箒に跨り、アリスはそれと併走、人形を展開し弾幕を撃ちながら妖怪兎を倒し進む。
慧音と別れた後、魔理沙とアリスの前に竹林の空間を裂いて現われた八雲藍。
その時の藍の状態は酷い状況だった。
式はほぼ剥がれ落ち、妖力は枯渇寸前。
虚数空間から脱出した際、最も主の痕跡、妖気が強く残る地点、弾幕戦の跡地へ跳ばされたのだ。
藍に致命傷はないものの、裂けた衣服に傷から出た血が滲み、ずしりと重くなっていた。
「しかし、良かったのか?蓬莱を渡して」
「仕方ないでしょ、それが条件なのだから」
アリスの魔法で意識を取り戻した藍は、永遠亭への案内に応じる代わりに自分を連れて行くようにと条件を出した。しかも、戦えるような状態に戻してだ。
異変の首謀者のもとへ辿り着くための情報提供と助力。
その報酬は対価を考慮しても、魔理沙とアリスには必要だった。
要求に応えるために、アリスは自身のスペルカード内臓人形五体分の魔力を使用。
最も困難だったのが式の修復。
魔法使いといえども畑違いの術式を、しかも八雲紫の式を組みなおすには時も呪具も不足していた。
「蓬莱を媒介にしてあいつに式を付与する、か。」
人形を遣うアリスと紫に使役される藍。
『遣うもの』と『使われるもの』
もとより相性が良かったのと、双方の歩み寄り。
この木に竹を接ぐような施術を成功させた。
無理が祟り、藍の出せる力は本来の半分に満たず、アリスも蓬莱人形という片腕が使えない。
「その場凌ぎ、スキマの式を組み直すなんて土台無茶な話なの」
普段弾幕はパワーと豪語する魔理沙だが、この時ばかりはアリスの器用さ見直したりする。
ほんの少し。
「しかし、このやたら長い廊下クネクネ曲がって気持ち悪いぜ」
「なにかの術の影響を受けているのよ」
藍の策で永遠亭への突入を成功させたが、廊下には幻覚を見せ、感覚まで狂わせる術がかけられていた。
魔理沙の目に映る、曲がりくねる長い廊下はさながら悪夢のようだ。
「おまえは平気なのか」
「都会派ですから」
「なんとかなんないのか、魔法でさ」
「あなた、ご職業は?」
相棒の返答に軽く首を振ると、魔理沙は八卦炉に魔力を込める。
『ファイナルスパーク』
廊下を埋め尽くす閃光
そして爆風
「ちょっと!」
「何とかしてみたぜ」
アリスの非難の目をよそに、笑顔を返す。
屋根に穴が開いた永遠亭の廊下は、長いだけのただの廊下に戻った。
「そこ!扉が開いた、急いで」
「誰に言ってる」
その部屋から溢れる膨大な妖気。
屋敷にかけられた術は幻覚を復元しようと、廊下奥から正常な世界を蝕みながら魔法使いのもとへ津波のように押し寄せる。
襖がその幻覚世界に飲み込まれる。
間一髪、開いた襖を潜り抜け、広間に飛び込む。
「なあ」
「なに」
「これも幻覚か」
魔理沙の言葉にアリスは首を横に振る。
和室の大広間の中に飛び込んだはずなのに、そこには何もなかった。
板目の天井、畳、壁、屋敷の中にあるはずのものが全てなかった、入ってきた扉も消えていた。
代わりにあるのが、
巨大な満月
果てしない暗闇のなか、星々が光る無重力の世界。
強すぎる月光の降り注ぐ漆黒の闇の中、ただ浮かぶ二人の魔法使い。
「気をつけて魔理沙、この満月危ないわ」
「満月が危ない?」
「あなたには見えないかもしれないけど、大量の満月光線が降り注いでいるわ」
「変な名前をつけないの!」
魔法使い達の会話に割って入る声。
巨大な月の光のなか、その月より強い存在感を示す人影が一つ。
「今は、月本来の力が甦っているの。穢れのない月、は穢れのない地上を怪しく照らす。この光は貴き月の民ですら忘れた太古の記憶なのよ」
夜のように黒く長い髪が月の光を反射して輝く。
「初めまして、私は蓬莱山輝夜。この永遠亭の主」
優しく微笑む永遠亭の姫君。
「普段なら永琳がお相手をするけど、今は他のお客様をもてなし中なの」
その笑顔とは裏腹に強力な妖気が周囲の空間を覆う。
「ああ、わたしは博麗霊夢でこっちはアリス」
「あなたね」
ジト目で睨むアリス。
「まあ、それは偶然ね。永琳がお相手している巫女と同じ名前よ」
ころころと鈴が鳴るような声で笑う。
「霊夢が来ているのか?」
「ええ、今別室で永琳が応対中よ、もう一人もご一緒にたしか…」
「八雲紫ね」
「ええ、そうよ」
魔理沙とアリスに答える輝夜。
「永琳の術で穢れのない月と穢れのない地上は隔離された。私はここにいる事で、地上からも月からも身を隠す事が出来る様になったわ」
「大げさなかくれんぼだな」
輝夜は魔理沙の感想を聞き苦笑する。
「永琳は偽の月を創り、月と地上を結ぶ道を断ち切った。地上人は月に辿り着けない。そして月の民は私達を探し出せない」
「お前、月の民か?」
輝夜は魔理沙の問いに静かに頷く。
「でもね、永琳の術は完全だけど、あまり好きじゃないわ、ここには誰も居ない、誰も訪れない。退屈すぎて死にそうだわ」
月の姫は寂しそうに笑う。
「笑い事じゃすまないわ。こんな大量の満月光線、普通の人間が浴びたら5分で狂ってしまう…。この黒白は別だけど」
アリスは人形のような表情で月の姫を見つめる。
「月の民は、月を見て楽しむ民のことを考えているのか?」
魔理沙の言葉に輝夜は小さく肩を竦める。
「穢れのない地上には誰もいない」
アリスは無表情に糸を操り。
「月人らしいものの見方ね」
十数体の人形を周囲に展開する。
「丁度良いじゃないか。穢い私達がたっぷり遊んで、それから連れ出してやるよ」
魔理沙は八卦炉を手に不適に笑う。
「私が地上に居るのは罰なの、こんな私を連れ出そうとする人間にはいつも難題を与えてきた」
「難題?それを解けばお前を連れ出せるというのか」
「解ければ、ね」
月の姫は魔法使いにウィンクを返す。
「わざわざこんな夜に来ていただいて、満足なもてなしもできないけど」
輝夜は宝玉が散りばめられた枝を手に……。
「今まで、何人もの人間が敗れ去っていった五つの難題」
美しくも、妖艶な笑みを浮かべ……。
「あなた達は幾つ解けるかしら?」
神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』
真実の月の浮かぶ宇宙に、五色の光のスペルカードが発動した。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
リザ・・・・・・レクション
弾幕の直撃から復活する月の頭脳。
「今度は結構時間がかかったわね。待たせるのならお茶でも出しなさい」
御幣を構える紅白の巫女。
「あっ、お茶請けは羊羹がいいわね」
笑顔で日傘を広げる八雲の大妖。
「・・・・・・秘術」
『天文密葬法』
それまでとは比べ物にならない濃密な永琳の弾幕。
自身の切り札とも言うべきスペルカード。
その切り札を出してなお、永琳は自身の不安を打ち消せないでいた。
幻想郷の管理者と守護者を外界から隔離した異界での戦い。
負けぬ戦で勝ちを拾う。
その戦略は永琳の想定通りに進んでいた。
外界で事件が起こるまでは。
予期せぬ伏兵の乱入。
霊夢と紫を自身とともに異界へ隔離したとき、竹林全体の空間にも干渉。
敵の増援を断ち切った筈だった。
仮に竹林内に潜んでいたにしても、有象無象の妖怪達とは違う、目の前の二人程の力の持ち主を見落とす筈はない。
屋敷に残してきた戦力、鈴仙と妖怪ウサギ達で迎撃できる。
だが現実は違った。
虚数空間へと幽閉したはずの九尾の妖獣が現われ、鈴仙の指揮する防衛隊と交戦。そして、あろうことか何者かが防衛線を突破し姫のもとへと向かった。
天才をもってしても想定外のアクシデント。
それにより持久戦から短期決戦へ、防戦から攻戦へと永琳は戦略の転換を迫られた。
そして・・・・・・。
『八方鬼縛陣』
『永夜四重結界』
炸裂する霊夢と紫のスペルカードにより永琳は意識を断たれた。
リザ・・・・・・
一瞬の沈黙。
・・・・・・レクション
そして復活。
今にも消えそうな意識を必死に繋ぎ止める。
漆黒の異空間のなかで自分と相対する人と妖を見る。
永琳の計算を覆そうとする目の前の二人。
正確には二人に現われた変化、それが想定外の事態を起こそうとしている。
交戦当初の霊夢と紫の役割は、予想とかけ離れてはいなかった。
強大な力を持った妖が人をバックアップし護りながら戦う。
それを知りえていたからこそ、永琳は紫との戦術の読み合いでも有利に立てた。
霊夢に攻撃を集中、勝利まであと一歩まで追い込む。
しかし、てゐの一報から戦いの流れは変わった。
紫は霊夢の援護を放棄したかのように勝手気ままに弾幕を張る。
霊夢は永琳の弾幕を恐れもせずに飛び込んでくる。
後ろから紫の弾幕が容赦なく霊夢に降りかかるが、背後から来るそれを難なくかわし永琳へ攻撃を放つ巫女。
それまでの二人のコンビネーションが高度な戦術によるものなら、今のそれは別次元のもの。
いわば・・・・・・。
「どうかしら、私と霊夢の二身一体のコンビネーションは」
「あんたと一体なんて、ぞっとしないわね」
「あら、二人は以心伝心。心はひとつよ」
「・・・・・・おねがいだから黙っていて」
日傘を肩に笑顔の紫と心底うんざりした様子の霊夢。
空を流れる雲に同じ形がないように。
打ち寄せる波に同じリズムがないように。
今の二人の変幻自在なコンビネーションはどんな理論や数式でも予測できない。
戦術を予測し、被弾覚悟で霊夢へ弾幕を放っていた永琳だったが、この状況下では相打ち覚悟のそれすらも当たらない。
「想いが力になる、か」
霊夢は独り言のように口にする。
「……だから、わたしは負けられない」
巫女を見据えて弾幕を展開する永琳。
「そう、なら言うけどその想いに囚われすぎているわよ」
「ちょっと、霊夢!」
何事かを言いかけた霊夢を紫は慌てて止めようとする。
「どういうこと」
薬師の鋭い視線を受け霊夢はため息をつく。
「外のことを気にかけすぎて、弾幕が単調になっているのよ。急いでいるのは分かるけど、そんな荒い弾幕じゃあ箒に乗った魔法使いすらおとせないわ」
やれやれと腕を組む博麗の巫女。
どこまで頭が春だ、この巫女は。とあきれる八雲の大妖。
そして、呆気にとられる月の頭脳。
「ふふっ・・・・・・」
アハハハと異空間に月人の笑い声が流れる。
「なに、変なものでも食べた?」
魔法の森の魔法使いのつくった茸鍋を食べた時のことを思い出しながら、永琳に声をかける。
「こんなに笑ったのは初めてよ」
「月の都には娯楽はないの?」
「そうね、あなたみたいな人間はいないわね」
「だめよ、霊夢は私の・・・」
「お黙り!人攫い」
御幣で紫に突っ込みを入れる霊夢。
それを可笑しそうに見つめる永琳。
博麗の巫女、永琳はその能力を知っていた。
何ものにも囚われず、束縛を受けない存在。
それが、永琳が導き出した答えにも囚われなくなるとは。
「解かっていたのよ、一番厄介なのはあなただと……」
永琳は表情を消す。
「そう、姫のもとへ急がなければいけないの」
静かに目を伏せ、一枚のスペルカードを取り出す永琳。
「わたしの想いの全てを込めたこのスペルで、あなた達を倒す」
それまでとは桁違いの霊力が込められたカードを目の前に掲げる。
永琳は静かに微笑む。
脳裏に姫の姿が浮かぶ。
掲げたスペルカードは永琳の手を離れ天頂へと登り。
手にした弓を頭上へ向け真円の月を描くように引き絞る。
「禁薬…」
放たれた銀の矢は遥か上で符を貫く。
『蓬莱の薬』
永琳の宣言。
スペルカードの効果か、亜空間に無数の稲光が絶えることなく飛び交い。
発光する高速の弾幕が霊夢と紫に襲い掛かる。
「なら、わたし達は・・・」
迫る弾幕を前に霊夢は臆することなく右手の符を掲げ。
「全ての力で・・・」
巫女の掲げた符に紫は自身の妖力を込めたそれを重ねる。
「「あなたの想いを撃ち破る!!」」
「博麗…」
霊夢の霊気がスペルカードに注がれ。
「紫奥義…」
紫の妖気が虚空を覆い尽くす。
『『弾幕結界』』
漆黒の宙が白く塗りつぶされた。
☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾ ☾
「おい、あといくつだ?」
「黙って避けなさい」
魔理沙とアリスは輝夜の弾幕を掻い潜る。
ここまでの弾幕戦で二人はスペルカードを使い果たした。
「フフ、さあもう少しよ、がんばりなさい」
輝夜は楽しそうに笑いながら弾幕を張る。
永遠亭を襲った襲撃犯たちを退治するための弾幕戦。
襲撃犯たちに、輝夜は最上のもてなしをした。
古来より解かれたことの無い五つの難題。
それをスペルにしてお見舞いした。
一つ目の難題を解いたのには驚いた。
二つ目を解かれたときに興味がわいた。
三つ目には少し腹がたった。
四つ目には楽しくなってきた。
月の姫は楽しんでいた。
そう、これまで何人も解けなかった難題、それをスペルカードに形を変えたとはいえ四つも解いた相手。
月の使者より隠れて暮らしはじめて以来、こんな楽しいことはなかった。
地上の穢れを恐れ、永遠亭にかけられた永遠の魔法。
一切の歴史の進行を止め、穢れを知らずに変化を拒む魔法である。
月から逃げてきた鈴仙を匿うまで、何の事件もおきず過ごしてきた。
永遠に続く平穏、変化のない日常。
それに比べ、目の前にいる二人の魔法使い達のなんと魅力的なことか。
輝夜の放つ弾幕を紙一重で避け、逆に弾幕を打ち込みスペルブレイクする二人組み。
光の軌跡を描き、アクロバット飛行を見せ、煌びやかな星をばら撒く魔理沙。
人形達を操り、自らも華麗なステップを踏みながら七色の弾幕を張るアリス。
その楽しさと美しさに輝夜は魅了された。
「さあ、最後の難題よ」
だからといって、輝夜はこの勝負で手を抜くつもりはない。
月の姫が手にした宝玉を散りばめた枝が七色に輝く。
『蓬莱の玉の枝 夢色の郷』
月の姫は知っている、最後に勝利したほうがより楽しいことを。
「まずいぞ」
魔理沙の顔色が変わる、
目の前に迫る七色の妖力の奔流。
本能的に分かる、これは避けきれない。
アリスも同じ結論に達したのか、魔理沙の横に並ぶ。
「八卦炉は?」
「チャージ中」
「スペルカードは?」
「今ので店じまい、他に人形はないのかよ」
「上海だけよ」
主の傍に寄り添う赤い上海人形。
「おまえと心中なんてごめんだな」
「同感よ」
弾幕の渦は二人の周囲を埋めていく。
「ねえ、考えがあるのだけど」
「よし、それだぜ」
「……まだ言ってないわよ」
「弾幕はブレインだろ、考えるのは任せたぜ」
無責任にいう魔理沙にアリスは軽く溜息を吐く。
「あなたの家での弾幕戦、覚えている?」
「ああ、あれな」
最後には互いに放った魔法が反応、暴走し大爆発を起こした。
「おまえ、まさか…」
流石に顔色を変える魔理沙に、アリスは無表情のまま黙って頷く。
輝夜の放つ七色に輝く弾幕は完全に魔法使い達を圧倒した。
弾幕は空間を埋め尽くし、一秒毎に月の姫を勝利に導く。
「これでお仕舞いよ」
七色の弾の奔流が魔法使いを捕らえる。
勝利を確信した時。
「ん?」
輝夜は首を傾げる、どこかおかしい。
手ごたえが無い。
輝夜の放った弾の奔流が、ある一点で逸れている。
(何故?)
目を凝らす。
そこには両手を前にかざす人形遣いの姿。
七色の弾幕はアリスの周囲でことごとく狙いを逸らされている。
弾幕の弾の一つ一つに魔力で干渉し、その軌道をずらし、直撃を回避。
アリスは弾幕を逸らしながら前に出る
僅かに、しかし確実に輝夜に近づく。
その人形遣いの姿を見た瞬間、輝夜の中に今まで味わったことのない感情が頭をもたげる。
月の都でも、地上でも経験したことのないもの。
地上の民なら誰もがもつ原初の心象。
輝夜は理解不能な感情に苛立つ。
「この、しつこいわよ!」
声を荒げて、その感情を打ち消す。
月の姫は表情も険しく、蓬莱の枝を振り上げる。
輝夜の弾幕は主の想いに応え、さらに数と勢いを増す。
弾幕は人形遣いの干渉を撥ね退け、より至近へと迫る。
それでも、アリスは前進を止めない。
一歩一歩、輝夜に近づく。
両手で魔力の力場を形成し、輝夜の七色の弾幕を逸らし続けるアリス。
それぞれ異なる性質を持つ七色の弾に、それに適した魔力を操り干渉する。
その神業といえるスキルとセンス。
人形遣いの後ろで見守る魔理沙。
(『七色の魔法使い』二つ名は伊達じゃない、か)
魔理沙は素直に感嘆する。
(あと5メートル)
アリスの後ろで、八卦炉を手に上海と機会を待つ。
(あと4メートル)
その数、威力、速度、輝夜に近づく毎に難易度は桁違いに上がる。
それでも、アリスは弾幕の嵐のなかを直撃することなく、前へ進み続ける。
魔理沙はアリスの背中を見ながら、先ほどの会話を思い出す。
『上海はあなたに連動する、チャンスは1回いいわね』
簡単に言ってくれた。
『暴走した魔力を当てるには、至近距離から撃つしかないわ』
至近に弾幕が迫る絶体絶命の危機のなか、上海人形を魔理沙に手渡し、人形遣いは涼しい顔で続ける。
『近づくまでは、何とかする』
人形も無しになにができると反論。
『あら、人形遣いが人形よりも弱いとでも思っていたの?』
アリスは両手を前に突き出し呪文を詠唱、球状の力場を形成。
『準備はいい、始めるわよ』
振り返ると、少し困ったような顔した。
『大丈夫』
わたしの頭を優しく撫でる。
『合図したら撃つ。それまでは絶対我慢して、約束よ』
(ああ、確かに約束したな……)
輝夜の弾幕が髪を、頬を、肩を、腕を、脚をかすめる。
しかし、まだ合図を出さない。
アリスの計算では、まだ輝夜を射程に捉えていない。
今撃っても、暴走した魔砲の威力は拡散し輝夜に届かない。
月の姫の弾幕は真っ向から防げない。
しかし、それを受け流し、逸らしてここまで来た。
それにも限界はある。
あと少しで射程圏内。
その僅かな距離、今のアリスには絶望的なまでに遠い。
だが、人形遣いの顔に焦りはない。
最初から解っていた。
限界がここまでだと。
足りない分は……。
自身を盾にチャンスをつくる。
最後の賭け
「アリス!」
魔理沙の声。
「ここまでだ!」
振り向いた人形遣いの目に映るのは、八卦炉を構えた魔理沙と赤く輝く上海人形。
白い魔砲と赤い閃光。
放たれた魔砲と閃光は輝夜の七色の弾幕を次々と撃ち抜いていく。
「この!」
荒れ狂う魔力。
反発し融合し絡みあい拡散しようとする白と赤の魔砲。
魔理沙は歯を食い縛り、それを力で抑え込み制御。
「弾幕は……」
死に物狂いで暴れる魔砲の軌道を修正、それは輝夜の弾幕を突き破る。
「パワーだぜ!!」
最後の力を振り絞り目標に収束、月の姫を護る多重結界と鬩ぎ合う。
魔砲と結界の干渉面が激しい光と熱を放つ。
輝夜の美しい顔が歪む。
最後の結界が魔砲に抗しきれず崩壊。
瞬間、眩い光が世界を覆う。
「アリス、大丈夫か?」
魔道書が振り上げられ、勢いよく振り下ろされる。
ガツッ
「痛ァッ!」
アリスは魔道書の角で天罰を与えた。
「なにするんだ!」
魔理沙は食って掛かる。
「約束はどうなったのかしら」
「ああ、あれな」
「運が良かっただけ、本当なら失敗していたわよ」
「でも成功しただろ、お前の計算間違いさ」
さらりと言ってのける。
「これで異変は解決、だろ」
「それは……」
魔理沙の言葉に顔を曇らせ、中空の月を見る。
「どうかしら」
アリスは無表情のまま一点を指差す。
「おい、嘘だろ」
二人の魔法使いの極大魔砲
その直撃を受けてなお、
月の姫、健在
魔砲の直撃を受けた輝夜。
目を開けるとそこには良く見知った顔。
「遅くなりました」
「永琳……」
魔砲により十二層全ての結界が破られた瞬間、空間を転移して現われた八意永琳。
自らの体を盾に主を護った。
「永琳、あなた……」
「大丈夫です、ご心配なさらぬように」
永琳は優しく微笑み、輝夜と向かい合う。
「申し訳ございません、彼の者達の力、この八意永琳の目をもってしても見抜けませんでした」
「あなたにできなかったのなら、他の誰にも無理でしょう」
輝夜も微笑みを返す。
「少し休みなさい、後は任せて」
「……では、おねがいします」
月の姫は穢れ無き空間を創り、そこへ静かに従者を横たえた。
目を瞑る
再び開いた目に侵入者を捕らえる。
従者をその場に残し、振り返らずに進む。
五つの難題を全て破った二人。
「この勝負は、あなたたちの勝ちです」
輝夜は魔法使い達へ言い放った。
「そうか、じゃあ早く月を戻すんだ」
輝夜は魔理沙の言葉に頷く
(そう、あなた達はわたしに勝った)
右手を高く掲げ開いた。
(でも、わたし達はまだ負けていない)
術に集中し、力を解放する。
(永琳へ報いるために……)
輝夜の後ろの満月が消えていく。
(受けてもらうわ、最後の勝負)
少しずつ欠けていく月。
「魔理沙、おかしいわ」
「なにを言っている」
「うまく言えないけど、とにかく変なのよ」
アリスは理解しない魔理沙と説明できない自分に苛立ちを隠せない。
「そう、あなたが正しいわ」
突然空間に亀裂が生じ裂けた。
「紫!」
「ハ~イ」
魔理沙の声に片手を上げ応えて、紫は霊夢に肩を貸してスキマから現われる。
「霊夢、大丈夫?」
「大丈夫、それよりも」
紫に寄りかかり、薄っすらと目を開けてアリスに応えた。
「あいつをなんとかしないと」
「何故?」
「勘よ」
紫とアリスは何故か力強く言い切る霊夢を困った顔で見つめる。
「あのお姫様は境界に干渉し、偽りの永夜を終わらせようとしている」
輝夜は消えゆく月を背後に宙に浮いたまま、その表情は見えない。
「どういうことだ」
「あの月が消えて再び満月に戻ったとき、この幻想郷の月は月の民のものとなるでしょうね」
「それじゃあ、あのお姫様を外へ連れ出しても面白くないな」
魔理沙は紫の説明を聞き舌打ちをする。
「仕方ないわね」
紫は霊夢を魔法使い達に預ける。
「霊夢をお願い」
「どうするつもり」
アリスは紫に問いかける。
「なんとかするわよ」
「解かっているんでしょ」
「なんのこと」
紫は惚けてみせた。
「おい、紫なら大丈夫だろ」
八雲紫は幻想郷最強クラスの大妖、アリスの心配など杞憂でしかない。
「違うのよ、魔理沙」
人形遣いは首を振る。
「異変を起こした月人は人にして人に非ず、妖にして妖に非ず、そんな規格外の存在。人であり同時に妖でもある。相手が人なら妖としてこれを喰らい。妖が来れば人としてこれを打ち破る。陰陽、業、黄金率、呼び方は色々あるけど、あの月人の異変を解決するには人と妖の両者の力が必要」
アリスは紫を見つめる。
「地上の民は月の民に勝つことは出来ない」
人形遣いの考えを八雲の大妖は否定しない。
「勝機があるとすれば、ここが幻想郷だということ」
「おい、アリスなにを言っている」
「スペルカードルール、月の民もこれに則り異変を起こした」
アリスは魔理沙の問いも無視し話続ける。
「妖怪は異変を起こし、人はそれを解決する。だから、あなたは霊夢に助力した、いえ、霊夢の力を借りたといえばいいかしら。そして他の者をあらゆる手段を講じて、この異変から遠ざけた。紅魔館の紅い悪魔も冥界の姫も、そして普通の魔法使いも……」
アリスは魔理沙を横目で見る。
「なに、どういうことだ!」
魔理沙は驚きの声をあげる。
「あなたがいかに強大な力をもっていても、妖怪では異変を解決できない。あなた一人では連中を倒せない」
「紫は一人じゃないわ」
霊夢は御幣を手に飛ぼうとする。
「ありがとう、霊夢」
紫は巫女を呼び止める。
「でもあなたはもう限界よ、少し休みなさい」
巫女の額に手をあてた。
「馬鹿、やめて……」
意識が段々遠のく。
「おい、霊夢がいなきゃあいつを倒せないんだろ、どうするんだ」
「心配ないわ、こんなこともあろうかと異変解決人を雇っていたのよ」
「褒め殺しかアリス、嬉しいが魔力もスペルカードも在庫切れだぜ」
「そう、今はそうね、でもなんとかできるはず」
アリスは紫の出方を待つ。
「わたしにはできなかった」
表情を変えずにアリスは紫に訴える。
「お願い」
透明な声、想いが込められた言葉。
一瞬の躊躇。
紫は手にした扇を魔理沙に向け、上から下へ一直線に振り下ろす。
魔理沙は気が一瞬遠のき、封じられていた記憶が甦る。
『異変へ関与しないこと』
異変前。
紅魔館でアリスと一悶着あった日の夕暮れ。
魔法の森へと帰る魔法使いの前に、スキマから現われた八雲の大妖。
紫は魔理沙へ、その約束をかけて弾幕戦を申し込んできた。
結果は紫の勝利。
しかし、その約束は受け入れられることはなかった。
負けても、負けても、再戦を申し込んでくる。
日が暮れて、闇が世界を支配しても負けを認めない。
『なぜそこまで異変に拘るの?』
動けなくなってもなお負けを認めない魔理沙を見て、紫は説得を諦めた。
『最初に言っておくわ』
力を使い果たした魔法使いに、紫は優しく、そして非情に言い放つ。
『ごめんなさい』
その時から魔理沙の意識の境界は、異変から逸らすように改竄された。
頭のなかの情報の洪水が治まり、意識がハッキリとする。
魔力が甦り、体に力が漲る。
「最初に言ったから、もう謝らないわよ」
言い放つ紫を魔理沙は真直ぐに見つめる。
「魔理沙、できるわね?」
「……」
アリスは魔理沙を見据える。
「巫女の代役、しっかりと務めなさい」
「……」
紫は魔理沙に声をかけ、輝夜に向かおうとする。
「……嫌だ」
魔理沙の口から、まさかの言葉を聞いて愕然とする紫とアリス。
「只じゃだめだ、条件をつけさせてもらう」
「こんなときに、なに言っているの」
「いいわよ、なにかしら」
アリスの非難を他所に、紫は魔理沙に続きを促す。
「あのお姫様を倒したら、しっかり謝ってもらう」
「別に、今でもいいわよ」
魔理沙に謝罪の言葉を口にしようとする紫。
「いや成功報酬で良い、それにわたしにじゃない、あいつにだ」
魔理沙は人形遣いを指差す。
「どうして、人形遣いに?」
「どうしてもだ、約束してもらうぜ」
紫の目に、いつに無く真面目な表情をした魔法使いの顔が映る。
「本当に、そんなことでいいのね」
「ああ」
「わかりました、八雲紫の名において約束いたしますわ」
紫はスカートを片手で摘み上げ魔理沙の手を取り、優雅に会釈した。
「約束したぜ」
自慢の箒に魔力を通し、スクランブルに備える魔法使い。
「気をつけてね」
感情の無いアリスの声。
「わかってるぜ」
ここまで永夜の竹林を共にしてきた魔理沙には温かく感じられた。
「魔理沙……」
アリスに支えられ意識がほとんどないなか、巫女は魔法使いの名を呼ぶ。
「ん?」
「手を出して」
「こうか?」
魔理沙は片手を差し出す。
バチン!
薄っすらと目を開けた霊夢の手が魔理沙の手にぶつかる。
「バトンタッチ、今回だけは花道を譲るからがんばりなさい」
魔理沙は霊夢に叩かれた手のひらを見つめ、ニヤリとする。
「ああ、お前の永遠の一回休みさ」
一瞬、巫女に笑顔が浮かぶ。
「紫、頼むわよ」
「わかっているわ、しっかり休んでなさい」
「いい、魔理沙を……」
霊夢は意識を失い、言葉は最後まで形とならず途切れた。
紫は霊夢を優しい目で見る。
「霊夢をお願いね」
「勿論」
「それと、これ、霊夢が起きたら飲ませてあげて」
紫はお茶の入った水筒をアリスに渡す。
「なに」
八雲の大妖は水筒を受け取る際、クスリと笑ったアリスを睨む。
そして、月の姫の力により巨大な満月は完全に姿を消した。
双方、準備は整った。
「それじゃあ、行くぜ」
「ええ、良くてよ」
輝夜に向かって飛ぶ魔理沙と紫。
二人に月の姫の弾幕が降り注ぐ。
応戦する魔法使いと八雲の大妖。
新月が少しずつ形を取り戻す。
『永夜返し 初月』
原初の月の魔力を宿したスペルを放つ輝夜。
恋符『マスタースパーク』
罔両『八雲紫の神隠し』
魔理沙と紫、両者のスペルが迎え撃つ。
終わらぬ夜の夜明けを迎えるのはどちらか。
幻想郷を賭けた最後の勝負が幕を開けた。
蓬莱の弾の枝→蓬莱の玉の枝だったような…間違えてたらごめんなさい
個人的に輝夜にがんばって欲しい
内容は良いですけど誤字が多いのが残念。興が削がれます。
さて、終わりへと向かいますか。
永夜の月は誰に輝くのだろうか。