「私はうつ伏せ派ですね」
「普通に、上向いてるけど。それ以外の姿勢なんて、考えた事もないわ」
「へえ。私は膝抱えて、横向いてだぜ。アリスが偶に寝るときはそうしてるって聞いてやってみたんだが、これが眠りやすいんだ」
魔理沙はそこまで言うと「やっぱり、ある程度違いが出るんだな」と頷きながら、まとめたのだった。
昼下がりの、のんびりとした空気を纏った博麗神社。
その縁側では、今日も今日とて霊夢、魔理沙、早苗の三人による、賑やかなお喋りが繰り広げられている。
女三人寄れば姦しいとは言うが、それが年頃の少女たちの場合であれば尚更だろう。人里での噂話や恋愛話と、話の種は尽きる事を知らない。
いかに彼女たちが常人離れしているように見えても、そこら辺は、普通の女の子と変わりないのだ。
ちなみに、本日のテーマは、人間の彼女たちにとっては欠かせない「睡眠」についてである。
眠りは、普段誰もが何気なく摂っているものだ。だからこそ見落とされがちであるが、これが意外と人によって様々な流派があるらしい。
その魔理沙の言葉をきっかけに、彼女たちはそれぞれに語らうのだった。
一通り頷いた後、魔理沙は、ごしごしと目を擦りつつ言った。
「それにしても、今日は暖かいよな。昼下がりで、しかもこんな話してると、かなり眠くなってくるぜ」
そう言いつつ、縁側にごろんと寝転ぶ魔理沙。
そんな魔理沙に向かって、霊夢は呆れたように声を上げる。
「この話始めたのは、あんたでしょうが」
「んー、そうだったか?」
「そういえば魔理沙さん、大丈夫ですか?何だか、だいぶ目が赤いですけど」
魔理沙の顔を覗き込み、心配そうに言う早苗。
たしかに、魔理沙の目は普段と比べると、かなり赤くなっている。
おそらく2~3日はまともに寝ていないだろうというのは、誰が見ても、容易に想像がつくことだった。
しかし魔理沙は、早苗の言葉に対して首を横へ振りつつ、ぐっと上半身を起こすと言った。
「いやあ、全然平気だぜ。ここの所、研究がはかどってるからな」
「もしかして、寝ずにやってるんですか?」
「おう!暗くて静かな方が集中できるからな」
ぐっと親指を立てつつ、笑顔でそう言う魔理沙。
(……だったら、せめて昼間は寝てた方がいいんじゃないでしょうか)
内心で、そうツッコミを入れる早苗。
しかし、それはそれで魔理沙も嫌なのだろう。
寝ている暇があれば、何かをしていなければ勿体無い。そう考えるのが、目の前の、この少女だろうから。
研究は夜の間にまとめて済まし、昼間は神社や紅魔館へと赴いて気分転換をする。
ふと、早苗は、外の世界でも魔理沙と同じような暮らし方をしている人々がいたのを思い出した。
(何か魔理沙さん、魔法使いというより、漫画家か小説家みたいですねえ)
そう思う早苗だったが、勿論言っても分かってもらえないだろう事は明白だったので、自らの心へ留めるに過ぎないのだった。
「眠いと言えば……」
不意に、魔理沙の横で、霊夢が欠伸を零しながら、こんなことを言い始めた。
「話してるうちに思い出したんだけど、私昨日変な夢見ちゃって、よく眠れなかったのよね」
気だるげな声で、そう呟く霊夢。言われてみれば、たしかにその目の下には、若干クマも見える。
「霊夢が変な夢?」
「一体、どんな夢だったんですか?」
興味を持って、訊ね返す2人。
霊夢がこんな事を言い出すなんて、珍しい。
そんな思いがありありと伺える二人の声に、霊夢は答えて言う。
「まあ、普通に神社にいて、一日を過ごしてたんだけど。何故か自分はこれが夢だってすぐに分かったのよね」
「うん」
「それで、一日の終わりに、いつも通り賽銭箱を覗きに行ったのよ」
「まさか、溢れんばかりに賽銭が入ってたとか」
早苗は、何故かシリアスな表情を浮かべながら言った。
現実的に考えれば、そんなことは有り得ない。
何せ、この神社が先月得たお賽銭の総額は5円だ。
しかもその5円は、八雲家からお使いに来た橙が、あまりにも賽銭の入らない霊夢を不憫に思い、なけなしの小遣いから出した5円である。
その様子は『お賽銭を差し出した橙も、受け取った霊夢も、共に号泣していて中々に感動的な光景だった』と、影から見ていた魔理沙が後に泣きながら語ったほどなのだ。
普段がそういう状況だからこそ、夢と分かっていても、山のような賽銭に驚いて飛び起きたのではないか。
早苗はそんな考えを持ってそう言ったのだが、霊夢はため息をつきながら、首を横に振った。
「その逆よ。一円たりともお賽銭が入ってないの……夢の中ですら……」
「……」
「思わず『夢でくらい、夢のある話を見せてよぉ!』ってつっこみながら飛び起きちゃったわ……」
お金の夢は、愛情、時間、才能などを示すという。
特に、お金が足りない夢は、その人が周囲から注がれる愛情の不足を感じている場合だといわれているが、この場合はどうだろう。
(どう思う?早苗)
(いや、霊夢さん、これ以上ないくらい愛されキャラですし……単に、普段の出来事を夢で回想しているだけですよねえ……)
霊夢が愛情不足を感じるくらいなら、この幻想郷で愛されている者など誰一人いなくなってしまうだろう。
かと言って、下手に「何だ、いつも通りじゃないか」と言うのも、霊夢の怒りに触れてしまいそうで憚られる。
ここは、黙っておくのが得策ではないか。
魔理沙と早苗はお互いそういう結論に達し、2人揃って苦笑を浮かべるのだった。
そういえば、と魔理沙が話題を変えるため、口を開く。
「2人は、夢ってカラーで見るか?」
「カラー以外の夢とかあるの?」
「え?私はモノクロですけど」
「やっぱり、これも別れるんだな。私はモノクロなんだが、カラーで夢を見る方が、普段から色に気を使って生活してるってことらしいぜ」
「そうなんですか!?」
「へえ。別に私、そんなつもりもないんだけど」
魔理沙の言葉に大した反応も見せない霊夢に対し、早苗は思いの外驚いた様子を見せた。
普段から服装や身嗜みに気を使っている早苗。
だからこそ、それらに無頓着な霊夢よりも、色を意識していないと言われたのは、彼女にとってショックだったのかもしれない。
姦しい談義はまだ続く。今度は早苗が「寝る前って、何飲んでますか?」と言い出した。
「寝酒ね。毎晩飲んでるけど、気持ちよく寝れるわ」
「私は紅茶だぜ。子供の頃から飲んでて、習慣になってるんだよな」
それぞれ、普段を思い返しつつ返答する2人。
そんな2人の返答を聞いた早苗は、若干渋い表情を浮かべて言った。
「お2人とも、あまりよくないですね。まず、寝酒で酔って寝るのは気絶するのとほぼ一緒です。眠りが浅くなって、疲れも取りにくくなります。
それに、いくら霊夢さんが若いと言っても、休肝日は必要ですよ?週に2日くらいはお酒を控えた方が、長生きできるんです」
早苗はそこまで言うと、今度は魔理沙の方を向いて続ける。
「それから魔理沙さんですが、紅茶にはカフェインという成分が含まれてます。カフェインは眠気を覚ます効果がある上、紅茶のカフェイン量はコーヒーより多いという話もあるくらいなんです。寝る前に飲むのは、やめた方がいいと思いますよ」
まるで医者か母親のように、ズバズバと2人へ向かって言う早苗。
勿論2人の事を心底思ってのことなのだが、霊夢と魔理沙はそんな早苗に真っ向から反論する。
「そんなこと言われても、今更やめられないわよ」
「そうだぜ。寝る前に紅茶を一杯もらうと、気分が落ち着いてよく眠れるんだ」
人間、誰だって、何と言われようと譲れないものはある。2人にとって、寝酒や紅茶はまさにそれだった。
「そう言う早苗は、何飲んで寝てるんだ?」
「私ですか?毎晩、ホットミルクを頂いてますけど」
「……何だか、子供っぽいわねえ」
「な!?そ、そんなことないです!これが一番体に良いんですよ!」
「本当か~?」
五月蝿いほどに賑やかな声が、境内まで響き渡る。
普通の神社ならばまず考えられない話だが、ここ博麗神社では、割と日常風景である。
とはいえ、もし今誰か、この神社の事をよく知らない参拝客が来たならば、そのあまりの姦しさに驚かされるだろう。
勿論、今日も今日とて、そんな者の姿は全く見えないのだが。
ただし、それはあくまで『普通の人間が来ない』というだけの話であって、普通ではない人間や、妖怪は別である。
むしろ、そういった客が一人もここに来ない日などというのは、まず無いと言っていいほどだ。
3人の議論が白熱する中、その人物は、静かに神社へと足を踏み入れた。
「邪魔するぞ。今日はまた、随分と盛り上がっているようだな」
ざっという足音と、良く通る澄んだ声が、神社へ響く。
その声に3人が振り向くと、そこには、八雲家の式である藍の姿があった。
何処かの土産でも入っているのか、その手には、大きな袋を1つ抱えている。
「あら、藍じゃない」
「おう、何か久しぶりだな」
「こんにちは。ご無沙汰しています」
見知った姿に、3人はそれぞれ、声をかける。
「ああ、久しいな。皆も、相変わらずそうで何よりだ」
にこりと微笑み、軽く会釈をしながら挨拶を返す藍。
妖怪の中でも、彼女ほど礼儀正しいものは、あまり多くないだろう。
(他の奴らもこのぐらいきちんとしてくれてたらいいんだけどね)
内心でそんなことを思いつつ、霊夢は、藍を見ながら言った。
「今日は何の用?」
「そうそう、紫様からこれを持っていくように言われてな」
どすん、と大きな音をたてつつ、袋を地面へと置く藍。
そして、藍は袋の中から目的の品である、大きな日本酒の瓶を取り出す。
「ほら、これだ。大事に飲んでくれ」
「あら、また持ってきてくれたの。ありがとう、藍」
霊夢は、地面に置かれた酒瓶を確かめると、そう藍に向かって礼を述べた。
博麗神社から、食料は切れてもお酒が切れないのは、こういう理由である。
何しろ、宴会やら何やらで、この場所には酒が不可欠なのだ。
しかし、霊夢にはそんなものを一々買っている余裕など、当然の如くあるはずもない。
ただでさえ、お酒は高いのだ。一月の賽銭がたった5円では、どうにもならないだろう。
そこで、一定の周期毎に、こうして藍や橙が代わる代わる、必要な分だけお酒を運んできているのである。
「本当、いつも悪いわね。藍だって、家事とか結界の修復作業とか、色々忙しいんでしょ?」
「いやいや。『あの神社は賽銭がなくても、お酒さえあれば何とかなるわ』と、紫様も常日頃仰ってるしな」
「……その言葉が妙に引っかかるけど、とりあえず素直に礼は言っておくわ」
そう言うと、ぺこりと頭を下げる霊夢。藍は、そんな霊夢の頭をぽんぽんと軽く叩くのだった。
一方、霊夢たちの横で、まじまじと瓶を見つめる早苗と魔理沙。
「おい、これ大吟醸だぜ」
「もしかして、霊夢さんは毎晩これを寝酒に……?」
「だとしたら、相当に贅沢な寝酒だな。正直羨ましいぜ」
ひそひそとした声で、そう話す2人。魔理沙の口からは、既によだれが一滴垂れているのが見える。
すると、そんな2人の声を聞きつけた藍が、霊夢へと訊ねた。
「そういえば、今日はやたら賑やかだったようだな。一体、何について話してたんだ?」
「ああ、寝るときどうしてるかって話をしてたのよ。姿勢とか、夢見とか、寝る前に何飲むかとか。結構人によって違うみたい」
「ほう、なるほどなあ。それはたしかに違いが出るだろうな」
霊夢の話を聞くと、藍はそう言って、一つ頷いてみせる。
「普段、紫様と橙を見ていても、就寝の時間や睡眠時間の長さまで、まるで別物だからなあ」
「紫は寒くなると冬眠なんかしてるくらいだから、初めっから論外でしょ……ところで」
「うん?」
「あんたはどうなのよ?寝るとき、そういうのあるわけ?」
一人納得したような藍に向かい、そう訊ねる霊夢。
すると、藍は霊夢の質問に対し、事もなげに答え始めてみせた。
「私か?まず、寝る前には、必ず一杯豆乳を頂いている」
「あんた、豆腐系のもの好きすぎじゃない!?」
「いやあ、そんなこともないがなあ。最近、油揚げは一日3枚。豆乳も一日5杯までで我慢できるようになったしな」
「それだけ摂ってりゃ充分だぜ……」
「というか、狐さんって、油揚げというよりも大豆が好きだったんでしょうか?」
そんな少女たちの声をスルーすると、藍は続けて言う。
「寝るときの姿勢というのは、特に考えたことがないなあ」
「? 考えた事がないって」
「それ、どういうことですか?」
霊夢と早苗が、藍の言葉に対して当然の疑問を挙げる。
『寝るときのポーズくらい、ある程度決まっているものではないのだろうか?』
そんな考えが読み取れる2人の声に、藍は、こう答えてみせた。
「いや、どんな姿勢で寝てても、体が尻尾の上に来ることには変わりないからな。自分で言うのも何だが、心地良くて、すぐ眠れる」
「ずるい!」
藍の言葉に、3人は、揃って口を開いた。
よく手入れされ、おそらくは綿菓子のようにふわふわであろう、藍の尻尾。
たしかに、あれに包まれれば、これ以上ないほど心地良い眠りにつく事ができるだろう。
毎晩、あんな素敵な布団で眠れるだなんて。
「いいなあ……」
「本当だぜ」
「一度でいいから入ってみたいです……」
藍の尻尾に対し、指を咥えながら、熱い視線を送る3人。
そんな3人の妬まし気な、羨まし気な視線を受けた藍は、やがて仕方なさそうに言った。
「……試してみるか?」
「いいの!?」
「いいのか!?」
「いいんですか!?」
藍の言葉に、途端に目を輝かせる3人。
彼女たちは一様に喜びの表情を浮かべると、一斉に藍に向かって飛びついた。
「おいおい、あまり暴れないでくれよ」
「うわ、本当にふっかふかだぜ」
「これは、たしかに良く眠れそうだわ……」
「気持ちいいです~」
藍の注意も何のその、きゃっきゃっと尻尾で騒ぐ3人。
無理もない。冬の炬燵すら、裸足で逃げ出すほどの至福の空間が、こんなところにあったのだ。
自然、彼女たちのテンションが上がってしまうのも、仕方のない話だろう。
皆、余程この尻尾が気に入ったのか、ついにはこんな事まで言い始めた。
「ねえ藍、今度泊まりに来ない?」
「尻尾に乗らないなら考える」
「藍さんは狐の妖怪ですから、やっぱり神社に住むのが似合うと思うんです。うちへ来ませんか?」
「紫様のところを離れてまで、そんなところへは行けないよ」
「藍、尻尾一本くれ!」
「ストレートだなあ。やらんぞ?」
好き勝手なことを言う少女たちに苦笑しつつ(今日は、いつもよりしっかり尻尾を手入れせねばな)と考える藍。
「あんたもケチねえ。一晩くらい、いいじゃない」
「そうだぜ。一本くらい、別にいいだろ?」
「霊夢はともかく、魔理沙は、自分がおかしいことを言ってるのに気付いてくれないか?」
さりげなく、とんでもない事をのたまう魔理沙に、藍は思わず文句を言う。
たしかに尻尾が一本切れても死にはしないだろうが、八尾の狐では、何かこう色々と間抜けじゃないか。
大体、愛しの橙や主の紫様のためならともかく、何故魔理沙に尻尾を上げなければならないというのか。
藍がそんなことを思っていると、やがて、尻尾から聞こえる姦しさも、大人しいものへとなってきた。
代わりに、藍の尻尾からは、少女たちの愛くるしい寝息が零れてくる。
「……やれやれ。『春眠 暁を覚えず』ということかな?」
帰りは少し遅くなってしまいそうだなあと思いつつ、藍は自らの尻尾へと横になった。
そして、最近は霊夢の言っていたように、仕事の忙しさから満足な睡眠もとれていなかったな、と回想する。
暖かな日差しと、自らのふかふかな尻尾に包まれ、彼女の口からはすぐに欠伸が漏れた。
(たまにはこんなのも悪くないか)
そんなことを思いつつ、藍はそっと瞼を閉じるのだった。
俺は藍様の乳枕で眠るのだった。
俺も藍さまの尻尾で眠りたい
私も藍の尻尾をもふもふしながら寝てみたいですねぇ……。
少女たちのぽかぽかな日常に俺の瞼もヘヴィになっちまいましたぜ;ww
霊夢、「お神酒」と誤魔化す位はしようよ。おっさん過ぎるよ……
そして紫様、例え青汁や黒酢を飲んでいようが、腹を出し、あまつさえ股座をぼりぼり
掻いて寝ていようが、貴方様なら私はまったく気になりません。
だから添い寝を、添い寝をさせて下され……
いいなぁ、この平和な日、羨ましい。