フランドールの部屋を訪問するのはもっぱら魔理沙だった。紅魔館という集団はレミリア・スカーレットに魅かれた者達が、いやいや一カ所に集っているようなもので、決して和気あいあいとした集まりではない。恋焦がれる人を奪い合う敵同士なのだ。
フランドールはパチュリーや咲夜に対し「私とお姉様の恋路を邪魔すんなこの野郎」と思っているし、パチュリー達もフランドールには「地下で腐ってろこの野郎」と思っている。このように彼女らは、緊急時にはレミリアの下に結束するけども、基本的に仲が悪い。美鈴だけはレミリアに望んで付き従っているわけではないので例外だった。彼女はレミリアの一族がよこしたお目付け役として、仕事として門番をやっている。
魔理沙は何をするでもなくごろごろとベッドの上を転がり、床にぺたんと座って本を読んでいるフランドールに話しかけた。
「おい、フラン。怒らないで聞いてほしいんだが」
「何だい。借りた本を汚したとか? そもそも本当に大事な本は君なんかには貸してないから別にいいよ」
「違うって。レミリアって本当にカリスマあんのか?」
フランドールはぱたん、と本を閉じて立ち上がると、ぞっとするほどの無表情で魔理沙の顔にレーヴァテインを突き付けた。
魔理沙はがばっと起き上がって、剣の先端から逃れるように壁に背をくっつけた。
「君は一応友人だから遺言を聞いておくよ」
「待て待て待て待て! だから怒らないでくれって前置きしただろ! お前はここで殺しをしたらまずいんだろうが! 冷静になれ!」
「ふん。小賢しいことを覚えやがって」
フランドールはあっさりと退いた。もともとそこまで本気でもなかったのだろう。しかし放たれていた気迫は間違いなく殺気だった。魔理沙は冷や汗を流す。
「……お前、そのうち絶対誰か殺すぞ」
「もう今までに何人も殺してるよ。それよりさっきのセリフは一体どういう意図があって出たものなのか、きっちりと説明してもらいたいもんだね、魔理沙。事の次第によっちゃあ、私たちは友達をやめることになるかもしれない」
「その場合、私の人生もここで終わりそうだが……」
魔理沙はベッドに腰かけて、咳払いをした。
「あーだからな、別にお前の姉を侮蔑するつもりなんかなくて、ただ純粋な好奇心として、レミリアに求心力というか、そういうカリスマは備わっているのかということを疑問に思ったわけだ」
「そもそもカリスマとかいう言葉をどっから引っ張り出してきたんだい、君は?」
「ほら、幻想郷縁起って本が、結構前に出版されただろう。あれに書いてあったんだよ、カリスマの権化ってな」
「ああ、あの本か」
フランドールは思い出したように本棚を見て、今手元にはないね、と呟いた。友人に貸したのかもしれないなあ、と頭を掻くフランドールに対し、魔理沙はこの引きこもり吸血鬼に自分以外の友人がいることに驚愕した。
「阿求とかいう奴が想像も交えて書いた、あの本にねえ」
「まあ、お前のことは散々な書かれっぷりだったけどな」
「そうだね。まるで私が嫌われ者のぼっちのように書かれていたのは全く腹立たしいことだね」
「いや、そこは事実だろ……」
魔理沙は呆れたように言った。フランドールは、この皆の人気者であるフランちゃんに向かって何たる侮辱、と冗談めかしてぼやいた。
「レミリアのことも色々書かれてたな。ええと、危険だとか、自分に敵う妖怪はいないと思ってるとか」
「それは正しい記述だね。あの人が認めているのは魔女のパチュリーと、ある吸血鬼だけだからな」
「ある吸血鬼?」
「いや、それは話が逸れるからいいや。とにかくその本からカリスマって単語を拾い出してきたわけか、君は。ふうん、なるほど」
得心いった、と頷くフランドール。魔理沙はその仕草の一つ一つに違和感を覚える。幼女が仰々しい動作をする図というのは、実際に目にすると何だかちぐはぐなのだ。フランドールの場合は、実年齢は幼子どころか老婆なのだけれど。
「確かに君が疑問に思うのも仕方ないよ、魔理沙。あの人の魅力はカリスマというより、洗脳に近いからね」
「洗脳?」
「あるいは魅了。あるいは――毒」
フランドールはにやりと笑う。
「その毒はね、はみ出し者によく効くんだ。世界から排斥され、傷付けられた者は皆、あの人に惹かれる。毒は傷口から染み渡り、体中を回って浸蝕していく。その毒には中毒性があってね、一度摂取したらもうあの人から離れられない。どんな解毒剤も無力さ。最終的にはレミリア・スカーレットの虜と化す」
「……お前も?」
魔理沙の問いに、フランドールは嬉しそうに頷いた。
「そうだね。私もとっくの昔に中毒者だね。どっぷりと全身浸かってしまっている。何せ、これが心地よくてねえ。永遠に毒されていたいと思える」
フランドールは恍惚とした表情で、それでいてどこか誇らしげに語った。まるでレミリア・スカーレットに出会えたことが至上の幸福であると言わんばかりに、レミリア・スカーレットの忠実な配下であることを世界に向かって自慢するかのように。
それを眺めて、魔理沙はぞっとする。
これは――確かに、毒だ。
フランドールは気が違っているとか情緒不安定だとか思われているが、実際はそんなことはないと魔理沙は思う。聡明で論理的、少なくともこの紅魔館では一、二を争う常識人だ。姉のレミリアの方がよっぽど気違いで危険だと思う。
そんなフランドールが、やられてしまっている。
今のフランドールは、気が違っているように見える。
「……そういうことか」
魔理沙は小さく独り言を吐き出した。種は、それなのだ。フランドールが気違いとされた理由。それは、今のフランドールのことを指しているのだろう。レミリアに盲目的に従属する奴隷。レミリアのためなら赤子だろうが老人だろうが容赦なくなぶり殺し、壊し、滅ぼす。確かに気が違っている。正気を保った者ができることではない。
フランドールはフェイクで、真に危険なレミリアの隠れ蓑。
――咲夜たちも、同じなのだろうか?
魔理沙は瀟洒なメイドのことを思い浮かべる。あれも、レミリアに毒された犠牲者の一人なのだろうか。世界から排除され、傷付けられてレミリアに出会った彼女。毒にやられる条件は満たしている。あの女もフランドールと同類――つまり、気が違っているのだ。
――気違いだらけだな、この洋館。
魔理沙は額に汗がにじむのを感じた。もしかしたら、自分も放っておいたらレミリアの毒とやらに侵されてしまうのではなかろうか? この館に長居するのは、想像以上に危険なことなのではないだろうか――
「それはないよ」
魔理沙は、はっと我に返った。顔を上げると、フランドールが平素の様子に戻っているのが見えた。まるで心中を読んだかのようなタイミングだ。しかし、フランドールは苦笑して「君は表情に出やすいんだよ」と言った。
「安心しなよ魔理沙。君は大丈夫さ。あの人の毒が入りこむ余地はない。何故なら、君は満たされているから」
「……満たされている?」
「簡単に言えばまともで普通だってことになるんだけどね。たとえばうちだと美鈴、あの人は一族の重鎮だ。うちの本家の構成員として自分の価値を見出している。だから、お姉様にやられることはない。君もそうだろう?」
フランドールは魔理沙を指差した。
「霧雨魔理沙は満たされているはずだよ。日々魔法を研究して、アリスと競い合い、パチュリーと議論を交わし、霊夢と一緒に異変を解決する。毎日が楽しい。そうだよね? だって友達や仲間がいる。君は皆から、世界から必要とされているのだから」
「…………まあ、確かに言われてみれば、私は幸せ者だな」
「ところが私は、いや、私たちには――それがなかった。世界から疎まれ周りの者からは蔑まれ、徹底的な弾圧を受けた。誰からも望まれず、存在自体が冒涜だと罵られる。消えろ、死ね、死んでしまえ、耳に届くのはそんな呪詛ばかりさ。だけど――」
一旦言葉を矯めて、フランドールは口を開いた。
「――あの人は、あの人だけは私達を必要としてくれた。私達に居場所をくれた。存在価値を、存在意義を与えてくれた。私みたいな奴を愛してくれたんだよ。それが、どれほど嬉しかったことか――」
――ふうん、お前も嫌われ者か。
フランドールは思い出す。あの日のことはしっかりと脳細胞に刻まれている。フランドールという吸血鬼が、初めて存在を認められた日のこと。
――うんうん、奇遇ね。実は私もそうなのよ。嫌われ者。本家の厄介者さ。お前もそうなんだろう?
レミリアはスカーレット家史上最悪の問題児と言われるほどで、誰も彼女に近づこうとする者はいなかった。それは破壊の能力を持つフランドールも同じだった。
――私と一緒に来ないか? 私と来たら――面白いぞ。
そして、フランドールはその手をとった。最悪の悪魔の手を、しっかりと。
「今の私があるのはあの人のおかげだよ。あの人だけが私を欲してくれる。あの人さえいてくれれば世界なんていらない。他の連中なんてどうでもいい」
「……ふうん、そっか」
魔理沙は先ほどまで感じていた危機感や嫌悪感が、跡形もなく消え去っていくのが分かった。魔理沙なりにフランドールの話を解釈すれば、つまり。
「お前はレミリアに恋してるんだな」
「そりゃまた綺麗な表現だね。背中が痒くなる」
「似たようなもの、だろ?」
「ふふふ、そうかな」
フランドールは楽しそうに笑った。その仕草だけは、見た目相応の少女のようだった。
「まあだから話を最初に戻すと、お姉様のカリスマは私たちみたいな社会の落伍者限定、ということになるね。こんな平和で呑気な幻想郷じゃあ機能しないのも当然だね」
「なるほど、疑問はさっぱりなくなったぜ」
「よかったね」
どうでもよさそうに切り返すと、フランドールは投げ出していた本を開き、ああしおりが欲しいなあ、と嘆いた。
その動作を見て、魔理沙は思い出したようにあっ、と声をあげた。
「何だよ君は。いちいちうるさい奴だなあ。少し静かにしていられないのかい?」
「お前さんに言うべきことを一つ忘れていた」
「何かな一体。まあ今の私はいつになく気分がいいから聞いてあげるよ。言うがいい」
「そうか? 実はな、これは咲夜に頼まれたことであって、私が自分から純粋な悪意をもってやったことじゃないんだが」
「いいよ別に。今の私はいつになく気分がいいと言っただろう。大抵のことなら許してあげるよ。だから、言うがいい」
「うん。あのな、怒らないで聞いてくれよ。本棚の裏の壁に隠してあったお前のレミリア盗撮アルバムをな、咲夜に渡しt」
「おいカメラ止めろ」
その日の夕方、フランドールの地下室へと続く階段の前にぼろぼろになった魔理沙の姿が確認されたが、特に誰も気に留めはしなかったという。
フランドールはパチュリーや咲夜に対し「私とお姉様の恋路を邪魔すんなこの野郎」と思っているし、パチュリー達もフランドールには「地下で腐ってろこの野郎」と思っている。このように彼女らは、緊急時にはレミリアの下に結束するけども、基本的に仲が悪い。美鈴だけはレミリアに望んで付き従っているわけではないので例外だった。彼女はレミリアの一族がよこしたお目付け役として、仕事として門番をやっている。
魔理沙は何をするでもなくごろごろとベッドの上を転がり、床にぺたんと座って本を読んでいるフランドールに話しかけた。
「おい、フラン。怒らないで聞いてほしいんだが」
「何だい。借りた本を汚したとか? そもそも本当に大事な本は君なんかには貸してないから別にいいよ」
「違うって。レミリアって本当にカリスマあんのか?」
フランドールはぱたん、と本を閉じて立ち上がると、ぞっとするほどの無表情で魔理沙の顔にレーヴァテインを突き付けた。
魔理沙はがばっと起き上がって、剣の先端から逃れるように壁に背をくっつけた。
「君は一応友人だから遺言を聞いておくよ」
「待て待て待て待て! だから怒らないでくれって前置きしただろ! お前はここで殺しをしたらまずいんだろうが! 冷静になれ!」
「ふん。小賢しいことを覚えやがって」
フランドールはあっさりと退いた。もともとそこまで本気でもなかったのだろう。しかし放たれていた気迫は間違いなく殺気だった。魔理沙は冷や汗を流す。
「……お前、そのうち絶対誰か殺すぞ」
「もう今までに何人も殺してるよ。それよりさっきのセリフは一体どういう意図があって出たものなのか、きっちりと説明してもらいたいもんだね、魔理沙。事の次第によっちゃあ、私たちは友達をやめることになるかもしれない」
「その場合、私の人生もここで終わりそうだが……」
魔理沙はベッドに腰かけて、咳払いをした。
「あーだからな、別にお前の姉を侮蔑するつもりなんかなくて、ただ純粋な好奇心として、レミリアに求心力というか、そういうカリスマは備わっているのかということを疑問に思ったわけだ」
「そもそもカリスマとかいう言葉をどっから引っ張り出してきたんだい、君は?」
「ほら、幻想郷縁起って本が、結構前に出版されただろう。あれに書いてあったんだよ、カリスマの権化ってな」
「ああ、あの本か」
フランドールは思い出したように本棚を見て、今手元にはないね、と呟いた。友人に貸したのかもしれないなあ、と頭を掻くフランドールに対し、魔理沙はこの引きこもり吸血鬼に自分以外の友人がいることに驚愕した。
「阿求とかいう奴が想像も交えて書いた、あの本にねえ」
「まあ、お前のことは散々な書かれっぷりだったけどな」
「そうだね。まるで私が嫌われ者のぼっちのように書かれていたのは全く腹立たしいことだね」
「いや、そこは事実だろ……」
魔理沙は呆れたように言った。フランドールは、この皆の人気者であるフランちゃんに向かって何たる侮辱、と冗談めかしてぼやいた。
「レミリアのことも色々書かれてたな。ええと、危険だとか、自分に敵う妖怪はいないと思ってるとか」
「それは正しい記述だね。あの人が認めているのは魔女のパチュリーと、ある吸血鬼だけだからな」
「ある吸血鬼?」
「いや、それは話が逸れるからいいや。とにかくその本からカリスマって単語を拾い出してきたわけか、君は。ふうん、なるほど」
得心いった、と頷くフランドール。魔理沙はその仕草の一つ一つに違和感を覚える。幼女が仰々しい動作をする図というのは、実際に目にすると何だかちぐはぐなのだ。フランドールの場合は、実年齢は幼子どころか老婆なのだけれど。
「確かに君が疑問に思うのも仕方ないよ、魔理沙。あの人の魅力はカリスマというより、洗脳に近いからね」
「洗脳?」
「あるいは魅了。あるいは――毒」
フランドールはにやりと笑う。
「その毒はね、はみ出し者によく効くんだ。世界から排斥され、傷付けられた者は皆、あの人に惹かれる。毒は傷口から染み渡り、体中を回って浸蝕していく。その毒には中毒性があってね、一度摂取したらもうあの人から離れられない。どんな解毒剤も無力さ。最終的にはレミリア・スカーレットの虜と化す」
「……お前も?」
魔理沙の問いに、フランドールは嬉しそうに頷いた。
「そうだね。私もとっくの昔に中毒者だね。どっぷりと全身浸かってしまっている。何せ、これが心地よくてねえ。永遠に毒されていたいと思える」
フランドールは恍惚とした表情で、それでいてどこか誇らしげに語った。まるでレミリア・スカーレットに出会えたことが至上の幸福であると言わんばかりに、レミリア・スカーレットの忠実な配下であることを世界に向かって自慢するかのように。
それを眺めて、魔理沙はぞっとする。
これは――確かに、毒だ。
フランドールは気が違っているとか情緒不安定だとか思われているが、実際はそんなことはないと魔理沙は思う。聡明で論理的、少なくともこの紅魔館では一、二を争う常識人だ。姉のレミリアの方がよっぽど気違いで危険だと思う。
そんなフランドールが、やられてしまっている。
今のフランドールは、気が違っているように見える。
「……そういうことか」
魔理沙は小さく独り言を吐き出した。種は、それなのだ。フランドールが気違いとされた理由。それは、今のフランドールのことを指しているのだろう。レミリアに盲目的に従属する奴隷。レミリアのためなら赤子だろうが老人だろうが容赦なくなぶり殺し、壊し、滅ぼす。確かに気が違っている。正気を保った者ができることではない。
フランドールはフェイクで、真に危険なレミリアの隠れ蓑。
――咲夜たちも、同じなのだろうか?
魔理沙は瀟洒なメイドのことを思い浮かべる。あれも、レミリアに毒された犠牲者の一人なのだろうか。世界から排除され、傷付けられてレミリアに出会った彼女。毒にやられる条件は満たしている。あの女もフランドールと同類――つまり、気が違っているのだ。
――気違いだらけだな、この洋館。
魔理沙は額に汗がにじむのを感じた。もしかしたら、自分も放っておいたらレミリアの毒とやらに侵されてしまうのではなかろうか? この館に長居するのは、想像以上に危険なことなのではないだろうか――
「それはないよ」
魔理沙は、はっと我に返った。顔を上げると、フランドールが平素の様子に戻っているのが見えた。まるで心中を読んだかのようなタイミングだ。しかし、フランドールは苦笑して「君は表情に出やすいんだよ」と言った。
「安心しなよ魔理沙。君は大丈夫さ。あの人の毒が入りこむ余地はない。何故なら、君は満たされているから」
「……満たされている?」
「簡単に言えばまともで普通だってことになるんだけどね。たとえばうちだと美鈴、あの人は一族の重鎮だ。うちの本家の構成員として自分の価値を見出している。だから、お姉様にやられることはない。君もそうだろう?」
フランドールは魔理沙を指差した。
「霧雨魔理沙は満たされているはずだよ。日々魔法を研究して、アリスと競い合い、パチュリーと議論を交わし、霊夢と一緒に異変を解決する。毎日が楽しい。そうだよね? だって友達や仲間がいる。君は皆から、世界から必要とされているのだから」
「…………まあ、確かに言われてみれば、私は幸せ者だな」
「ところが私は、いや、私たちには――それがなかった。世界から疎まれ周りの者からは蔑まれ、徹底的な弾圧を受けた。誰からも望まれず、存在自体が冒涜だと罵られる。消えろ、死ね、死んでしまえ、耳に届くのはそんな呪詛ばかりさ。だけど――」
一旦言葉を矯めて、フランドールは口を開いた。
「――あの人は、あの人だけは私達を必要としてくれた。私達に居場所をくれた。存在価値を、存在意義を与えてくれた。私みたいな奴を愛してくれたんだよ。それが、どれほど嬉しかったことか――」
――ふうん、お前も嫌われ者か。
フランドールは思い出す。あの日のことはしっかりと脳細胞に刻まれている。フランドールという吸血鬼が、初めて存在を認められた日のこと。
――うんうん、奇遇ね。実は私もそうなのよ。嫌われ者。本家の厄介者さ。お前もそうなんだろう?
レミリアはスカーレット家史上最悪の問題児と言われるほどで、誰も彼女に近づこうとする者はいなかった。それは破壊の能力を持つフランドールも同じだった。
――私と一緒に来ないか? 私と来たら――面白いぞ。
そして、フランドールはその手をとった。最悪の悪魔の手を、しっかりと。
「今の私があるのはあの人のおかげだよ。あの人だけが私を欲してくれる。あの人さえいてくれれば世界なんていらない。他の連中なんてどうでもいい」
「……ふうん、そっか」
魔理沙は先ほどまで感じていた危機感や嫌悪感が、跡形もなく消え去っていくのが分かった。魔理沙なりにフランドールの話を解釈すれば、つまり。
「お前はレミリアに恋してるんだな」
「そりゃまた綺麗な表現だね。背中が痒くなる」
「似たようなもの、だろ?」
「ふふふ、そうかな」
フランドールは楽しそうに笑った。その仕草だけは、見た目相応の少女のようだった。
「まあだから話を最初に戻すと、お姉様のカリスマは私たちみたいな社会の落伍者限定、ということになるね。こんな平和で呑気な幻想郷じゃあ機能しないのも当然だね」
「なるほど、疑問はさっぱりなくなったぜ」
「よかったね」
どうでもよさそうに切り返すと、フランドールは投げ出していた本を開き、ああしおりが欲しいなあ、と嘆いた。
その動作を見て、魔理沙は思い出したようにあっ、と声をあげた。
「何だよ君は。いちいちうるさい奴だなあ。少し静かにしていられないのかい?」
「お前さんに言うべきことを一つ忘れていた」
「何かな一体。まあ今の私はいつになく気分がいいから聞いてあげるよ。言うがいい」
「そうか? 実はな、これは咲夜に頼まれたことであって、私が自分から純粋な悪意をもってやったことじゃないんだが」
「いいよ別に。今の私はいつになく気分がいいと言っただろう。大抵のことなら許してあげるよ。だから、言うがいい」
「うん。あのな、怒らないで聞いてくれよ。本棚の裏の壁に隠してあったお前のレミリア盗撮アルバムをな、咲夜に渡しt」
「おいカメラ止めろ」
その日の夕方、フランドールの地下室へと続く階段の前にぼろぼろになった魔理沙の姿が確認されたが、特に誰も気に留めはしなかったという。
フランが盗撮………!!?許そう
続きそうな設定が有りそうなので期待しております。