魔法の森に住まう魔法使い、アリス・マーガトロイドはちくちくと人形の服を縫っていた。
紅と白から成るその服をついに縫い上げ、既に完成している本体に、丁寧に纏わせる。
細く白い指を、細かく、注意深く動かして。
そうして髪にリボンをきゅっと結んで、その手は人形から離れる。
そこには、綺麗な博麗の巫女がいた。
その出来を見てアリスは嘆息すると、その人形をすぅ、と持ち上げ。
「……えへへっ」
そして常の仏頂面から想像しがたい幸せそうな乙女の笑顔を浮かべると人形をひしと抱擁した。
「ほう、霊夢が好きか」
「ぎゃわああああああああああ!?」
アリスにとってその乙女丸出し状態は、普段滅多に巣から出てこない動物が外に出てきた瞬間に等しく、そんな状況でバックアタックを喰らったらそれは乙女らしくない悲鳴も出てこようというもの。
慌てて振り返ったその先にあったのは、いいもんめっけとでかでかと書いてある魔理沙の顔だった。
「な、な、な、何私の家にさらっといるわけなのよ!? それにこれは完成の儀式みたいなものでっ……!」
「私の人形の時にはそんなことやってなかったと思うんだがなぁ」
「おいィ!? そのときも見てたの!? 私のプライベートがスケルトンハウスなんだけど!?」
アリスの文句に、やはり魔理沙は気を払わずにくいと帽子を下げてしてやったりとつぶやく。
「わざわざ私の人形を先に作って逃げ道を用意しておくとはさすがアリス君だ。敬服したぜ。だがそのせいで逆に逃げ道をふさいでしまっては元も子もないがな」
「ぐぬぬ……!」
最悪の人物に知られてしまった。絶対にこういうことを楽しんでくるタイプ。
しかもいつもいつも蒐集品がカチ合うし、私のプライベート空間に土足で入り込んでくるし……。
……そうだ。殺ってしまおうそうしよう。
簡単な結論にたどり着き、人形を操らんとぴくりと手を動かしたところに、魔理沙があらぬ方向へ声をかける。
「おいナズー、撮ったか?」
「もちろんだとも。この射命丸印のカメラにバッチリだ」
聞き慣れない声に驚き、アリスが声のするほうに向くと、そこには見るからにネズミの妖怪といういでたちの少女がいた。
「実に可憐な抱擁だった。現像すれば美術品展に混ぜ込んでも違和感がないくらいの出来になるだろう」
「ぐぅーっ!」
茶化されて、アリスの頭に血が上る。
「なんなのよ、あんたは!」
勢い良く指をさす様に、そのネズミの少女はふっと笑いながら答える。
「私かい? 私は妖怪ネズミのナズーリン。魔理沙とはネズミ対抗紅魔館チキンレースで競い合った仲でね」
「なんだそれ!?」
謎の人脈にあっけに取られるアリスだったが、所詮は小さなネズミの妖怪。一緒に消してしまうことなどわけもない……。
そう思ったが。
「あぁ、ちなみに変な気は起こさないでくれよ人形遣い。一つの号令でたくさんを操れるのは私も一緒でね。……人形とネズミ、単純にどちらが強いか考えてみたまえ」
「ぐぬぬ……」
家のそこかしこから滲むネズミの気配。
確かに人形がかじられてしまってはどうしようもない。本気とかそれ以前の問題だ。
なんでこんなくだらないところで完全にやり込められなければならないのだろうか。
「わかったわよ! 負けよ負け! で、何が目的なの!? 金!?」
アリスがやけっぱちに叫ぶと、魔理沙はナズーリンに目配せし、一枚の紙を取り出した。
「何、この文書に血判を押してくれるだけでいいぜ」
「何? なんなのよそれ……」
『私は博麗霊夢が好きです。 アリス・マーガトロイド』
「うがー!」
「ああっ! 私が夜も寝ないで昼寝して作った誓約書が!」
「さすがネズミだ。夜行性だね」
アリスは、湧き起こる衝動に任せて誓約書を破り去った。
「仕方がない。二枚目を出すぜ」
「まだあんの!?」
「夜なべしたのは伊達じゃないのぜ」
「くっ……! からかいたいだけね!? からかいたいだけなのね!? お引き取れ!」
「がぬゥ」
アリスは緋想天式アリスキックで魔理沙の向こう脛を蹴った。
とても痛い。
「おいおい、ひどいじゃないかアリスさん。魔理沙は君の恋路を成就させてあげようとしているというのに」
「えっ!?」
ナズーリンの言葉に、アリスは驚く。
「そうだぜ。大切な友人の恋路、成就させずになんとする!」
(めちゃくちゃ面白そうな顔してるやん……)
楽しそうにポーズをとる魔理沙を、アリスはげんなりと見つめた。
「安心するがいい。ネズミの鳴き声は『ちゅう』に通じる。『ちゅう』は寝ている人にハートを食べさせる妖怪だからね」
「色々間違ってる!」
そして、ため息をつくと力なく首を振る。
「無理よ……私はここで人形を愛でているので精一杯だわ……」
「おおう、アリスから恐るべきダークパワーが……」
「これは実に厄いね……」
どよどよとダークパワーを迸らせるアリス。
「だって、霊夢……私と初めて会ったときのことも覚えてなかったもの……」
「……いや、それは大人の事情じゃないかな」
「ナズー、喋りすぎは命に関わるぜ」
「ご、ごめん」
魔理沙に睨まれ、ナズーリンは押し黙る。彼女もまだまだ新参である。
「しかしアリス。お前の初対面って昔、私らがこぞって魔界に行ったときのあれだろ?」
「う、うん……」
アリスの肯定に、魔理沙は目をつぶって思い出に浸る。
「懐かしいな。確かあの時は……」
「クラエー!」
「こ、このザ・一般人と呼ばれるルイズが……こんな小娘に……! 馬鹿なぁぁー!」
魔理沙の攻撃に、魔界の一般人ルイズさんが吹っ飛ばされた。
「うーん、魔界人も大したことないな~」
手をかざして吹っ飛んでいくルイズを見送りながら、魔理沙は嘆息する。
「そこまでよ!」
不意に、背後から制止の声がかかる。
「ほう、何者だ?」
魔理沙がゆっくりと振り返ると、そこには金髪の少女が。
「ザ・一般人こと、ルイズよ!」
「あれぇ!? さっき倒したはずじゃ!?」
「フッ、あなたは馬鹿すぎる。私が一般人なのではなく一般人なのが私だという逆説的真理を知らないの?」
「な、なんだと……!」
その言葉を皮切りに家々から、次々にルイズが姿を現す。
買い物に行こうとしていたルイズがいる。
回覧板を回そうとしているルイズがいる。
ジョギングをしているルイズがいる。
ママさんバレーの練習をしているルイズがいる。
通りすがりのルイズがいる。
公園の砂場で遊んでいる三人姉妹のルイズがいる。
あのルイズも、このルイズも、どのルイズも実に見事な一般人であった。
「知ったか。我が『ザ・一般人』という称号の意味を」
「ああ、ルイズじゃ! ルイズ祭りじゃ! やれ楽しや!」
「懐かしいなぁ……」
「魔界を捏造すんなーーー!!!」
「がぬゥ」
再びアリスの緋想天式アリスキックが魔理沙の向こう脛を襲撃した。
「魔界……白蓮殿はそんなところに封印されていたのか……」
「ルイズのズは複数形のズだぜ」
「なんと恐ろしい……」
「ほらご新規さんを勘違いさせない! ルイズさんは一人だし! 大体私出てきてないじゃない!」
「そうだったな。確か『そこまでよ!』って言ってたのはお前だったな。つまりパチュリーの師匠はお前だったのか……」
「何をわけのわからんことを……。……いや、それにしてもあの時にあんたにも会ったんだっけ?」
「ホントに霊夢以外アウトオブ眼中だったんだな……」
魔理沙の言葉に、アリスがしゅんとなる。
「でしょ? つまり霊夢が私のことを覚えてないってのは、私のことなんてアウトオブ眼中だったって事で……」
しょげるアリスの両肩に、ふっと魔理沙の手が置かれる。
アリスが驚いて顔を上げると、魔理沙は真面目な顔で言った。
「気にするな、私もお前のことはどうでもよかったけどなんとなく覚えてるし、そんな風に例外もあるんじゃないか」
「はっ倒すぞこんちくしょう!」
「待て待てアリスときに落ち着けって」
「君が泣くまで殴るのをやめない!」
アリスのマウントポジションからのパンチの雨を魔理沙が必死にガードする光景に、ナズーリンが一つ、咳払いをする。
「アリスさん。逆に考えてみてはどうかな?」
「え?」
「出会いを覚えられていないのならば、どんなロマンチックな出会いでも捏造できるということだよ!」
「な、なんだってー!」
それは、アリスが思ってもみなかった逆転論理であった。
というか普通思わない。
「考えてもみたまえ。なんとなくロマンチックな雰囲気になったときに、『私達が出会ったときのことを思い出しちゃった。あの時は~』とか語りだされたら、ソウダッタノカナーって気分になるじゃあないか」
「な、なるかなー!?」
すごい力技な気がして、アリスは難しい顔で首をひねる。
そんなアリスの両肩に、再び魔理沙の手が置かれる。
「大丈夫だ。私がさっき魔界のことをルイズ祭りだって言ったときも、ナズーリンは信じてたじゃないか」
「信じるほうも信じるほうだよそれ!」
「まったく、魔理沙の嘘は現実感がありすぎて困る」
「ギャグで言ってるだろあんた!」
全方位にツッコミを入れるアリスに笑い転げつつ、魔理沙は言う。
「はっはっは、まぁ霊夢もあれで結構天然入ってるからな。実際押し切れるかも知れんぞ」
「そ、そうなの?」
こめかみに指を当ててアリスは考えた。
確かに行けそうに見えるけど、なんかすんでのところで真実を見破ってきそうな雰囲気があるような気がした。
「大丈夫だ。そのためにここでどんな出会いを捏造するかを練っていくんだよ。三人寄れば文殊の知恵、三人で現実的なシチュエーションを練っていけば、霊夢くらいならちょろいもんだぜ」
「さすがは魔理沙だね。それではまず各々案を出して行こうじゃあないか」
魔理沙の提案に、アリスが疑問を頭に浮かべる間もなくナズーリンが肯定する。
ひどい連係プレーであった。
「よし、まずは私だ。うーん、そうだな……」
アリス『Japanese! Japanese!』
霊夢 『うっせえよ毛唐、英語が世界の共通語とかナチュラルに思ってんじゃねえよ』
アリス『hmm…』
霊夢 『Fack you』
アリス『oh』
アリス『miss spell』
アリス『Fuck you』
霊夢 『Fuck you』
アリス『good!』
その後、一緒に冒険に出かけ、友人になった。
「どうよ?」
「とりあえずどうしていけると思ったか原稿用紙五十枚で提出ね? 期限は一時間よ」
「ご無体だな! アリスの外人っぽさを最大限に生かした良案だと思ったんだが……」
アリスが魔理沙を睨みつけると、魔理沙は慌てて帽子を下げて目線を外した。
「……霊夢はこんなこと言わないもん」
ぼそりとアリスがつぶやいたのを、ナズーリンが耳をぴくりとさせてキャッチした。
「はっは、微笑ましいね。うん、私も一つ思いついたよ」
「うー、寝過ごした! 新学期だっていうのに遅刻しちゃう!」
アリスは食パンをくわえて、全力疾走していた。なぜなら学校に遅刻しそうだったから。
「よし、このまま行けば……!」
そう思った瞬間、曲がり角から人影が。しかしアリスは急に止まれない。
ごつーん! といい音がし、アリスは尻餅をついた。
「いたぁっ!?」
「うわっ……!?」
どうやら誰かにぶつかってしまったようだ。
「いたたたた……ちょっと、急に飛び出してこないでよ!」
「あー、ごめんごめん……」
ぶつかった相手は巫女だった。
なんで巫女がこんなところに……と思ってアリスがぽかんと見ていると。
「あの……その大開脚どうにかしてくんない? かわいいパンツが丸見えなんだけど」
「え? キャー!」
もう、痛いし恥ずかしいし、まったく今朝はひどい目にあっちゃった。
と膨れながらアリスが席に座っていると、ホームルームが始まった。慧音先生が教卓にやってくる。
「昨日も伝えたと思うが今日から転校生が来る。入ってくれ」
「博麗霊夢よ、よろしく」
「あー! 今朝の巫女!」
「なんだ、今朝の魔法使いじゃない」
「なんだ、知り合いか? なら席はアリスの隣に(ry
「どうだい?」
「意外とベタな感じで来た! でも使えるかこんなもん! そもそも学校ないし!」
「偉大な先人は言いました。無いなら作ればよいと」
「作れるかー!」
そろそろ息が上がってきたらしく、アリスはぜぇはぁと肩で息をしながら、言葉を吐き出す。
「あんたら、現実的なシチュエーションって言ってたじゃない……。本気で考える気なんてないんでしょ……」
「まずいぜ。まさかこんなに早く気づかれるとは……」
「この魔法使い、予想外に頭がいいね」
「ぬごあああああああああ! 天に滅せい! リターンイナニメトネスー!」
「うわあああ! アリスがきれた!」
「落ち着いてくれアリスさん! 私達は何も意味なくふざけていたんじゃないんだ」
ナズーリンの言葉に、第一球を振りかぶっていたアリスがぎろりとナズーリンに視線を向けつつ、止まる。
「私たちなんていうのはオマケに過ぎない。重要なのはあなたがどうしたいかということだろう? だからあえて的外れな意見を言わせてもらったのさ」
「散々こっちの意思を無視してその言い草なわけ?」
「いやいや、適度に干渉はするが最後まで仕切りっぱなしにする気はないということさ。実際私たちが何も言わなければ、何かしようという流れにすらならなかったはずだ」
「ぐぬぬ……」
ものすごい丸め込まれている気がした。だからといって一概に否定してしまうのも惜しい。
アリス・マーガトロイド。なまじ理性的である故に損をする女である。
「で、アリスはどんな出会いがいいんだ?」
「え? 私? うーんと……えーっと……?」
言われてみても特に思いつかないアリスに、ナズーリンがハッパをかける。
「アレだけ悩んでたんだからどういう出会いがしたかった的なものの一つや二つくらいあるだろう」
「いやそのりくつはおかしい……うーん、やっぱりなんかピンチをさっくり救ってくれるヒーロー的な……?」
「乙女思考だな! よし! シチュに起こすんだ」
「起こせって……」
「人形劇の台本を書いてるときの無駄に輝いてる表情を今!」
「ホントスケルトンハウスだな私のプライベート!」
「きゃああ!」
アリスは追い詰められていた。
相手は人型でもなく、理性も持ち合わせていないような妖獣であった。
普通にやっては不覚を取るような相手ではないのだが、森の中、死角からの強襲に対応が一歩遅れたのが痛かった。
(くっ、初撃で腕がやられるなんて……! これじゃ上手く人形を動かせない……!)
片腕で応戦はするものの、こっちが手負いである以上、体力的に向こうに分があった。
奥の手として本気を取っておくのが信条のアリスだったが、片腕を負傷しては本気どころではない。奥の手として頼みにしていたものが使えなくなったアリスは冷静さを失ってしまっていた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
頭が回らず、ただ焦りだけが先に立つ。
負の連鎖に入っていることを自覚しても、どうすることもできない。
そんなときだからだろう。
(誰か、助けて……!)
なんて、柄にもないことを思ってしまったのは。
――『夢想封印』
瞬間、色とりどりの光弾が舞い、あらぶる妖獣を撃ち据えた。
「ガアアア!」
叫び声を上げて、妖獣はその場に倒れた。
「まったく、近くの里から依頼を受けてきたけど、困った獣もいるもんねえ」
そうして、視界が開ける。そこに立っていたのは、巫女だった。
「あ……」
アリスは一瞬呆け、座り込む。
目の前の脅威が去った安心感と、その巫女の圧倒的な存在に気圧されて。
「あんた大丈夫? 血ぃ出てるじゃない」
「だ、大丈夫よ」
ふと向けられた心配に、アリスは強がって答える。
実際、自分は妖怪だし、これくらいの傷ならば放っておいても治るはずだ。
「そういう言葉が一番信用ならないのよ。ほら、止血くらいしとくから」
言って、その巫女はためらいもなく自分のリボンをほどき、処置に使おうとする。
「ちょ、ちょっと……」
「よしできたっと」
アリスがためらうのをよそに、巫女は処置の出来栄えに満足そうに微笑んだ。
戸惑うような視線を向けていると、巫女がすっと立ち上がる。
「これ以上は干渉しないから安心なさい。処置は早めにするのよ。じゃあね」
「あ……」
アリスは呼び止めかけたが、言う言葉が見つからず、ただ巫女の背中を見送るしかなかった。
そうしてアリスはほう、と息をついて視線を落とす。
そこには、腕に巻かれた赤いリボンがあった――
「なーんて……」
「恥ずかしい奴だな」
「まったく、聞いてるだけで顔から火が出るね」
「どちくしょう!」
アリスはそのとき明確に嵌められたと感じた。
この貪欲なネズミ達は、こういう楽しい展開を渇望していただけなのだ。
「笑わば笑いなさい! もう失うものは何もないわ!」
「ああ、捨て鉢になるな。いい意味で恥ずかしい奴って言ったんだぜ?」
「私もだ。いい意味で顔から火が出ると言ったに過ぎないよ」
「なんでもいい意味つければ解決すると思うんじゃないわよ! ていうかいい意味で顔から火が出るってどういう状況!?」
「あれだよ、ゴキブリが顔に止まりそうになっても顔から火を噴射して撃退できる的な」
「結局フォローになってないんじゃねえかっ!」
「オウフ」
三度目のアリスの緋想天式アリスキックはナズーリンを捕らえた。
「いや、だが、霊夢がそのことを覚えていなくても違和感のないシチュといえばそうかもしれん」
顎に手を当てて神妙に魔理沙はつぶやく。
「一応そこらへんはがんばって意識したけど……」
「さすがはアリスだぜ。じゃあ早速神社に行こう」
魔理沙の性急な発言に、アリスは狼狽した。
「ええ!? 早速!? いや、その、心の準備が」
「思い立ったが吉日、ならばその日以降は全て凶日という名台詞を知らないのかよ。行きがけに済ませろ!」
「ま、待ってくれ魔理沙!」
だが、制止の声はもう一方からも降り注いできた。
「どうしたナズー」
「こ、これを喰らってすぐにぴんぴんしてるのはすごいね、魔理沙……」
「慣れてるからな!」
いまだに向こう脛を押さえているナズーリンだった。
「博麗神社、目視したよ!」
「よし、上空まで移動だぜ!」
「あわわ」
ナズーリンが先行、魔理沙はその後をついて飛び、アリスは魔理沙の箒に二人乗りしている。
そのほうが集中して考えられるだろうという魔理沙の配慮だったが、割と魔理沙の運転が気が気じゃなくて考え事は出来ていなかった。
「上空に到達!」
「よし! アリスを投下だ!」
「おいィ!?」
急に魔理沙の箒が宙返りをし、アリスは振り落とされる。
とっさに体が反応できず、アリスに出来たのは落下の衝撃を少しでも緩和することと、ちくしょうこのために後ろに乗せたんだなと分析することくらいだった。
「ふきゅっ!」
「あら、空から女の子が」
庭に落ちたアリスを見て、居間で茶を飲んでいた霊夢がのろのろと出てくる。
「なんだ、アリスじゃない。大丈夫?」
頬をぷにぷにとつつく霊夢に、アリスははっと目を開けた。
「なななな、何してるのよ!?」
「それはこっちの台詞なんだけど……」
霊夢が苦笑する。
それを見てアリスはきょろきょろと辺りを見回す。あのネズミどもの姿はどこにもなかった。
「あ、あいつらー……」
わなわなと拳を振るわせるアリスに、霊夢はため息をつく。
「ふぅ……まぁとりあえず立ち話もなんだし、上がっていかない?」
「え? い、いいの? こんないきなり振ってきた魔法使いに……」
「何卑屈になってんのよ。初めて会ったときの威勢はどうしたの?」
「!」
先に、初めて会ったときの話題を持ち出されるとは思わなかった。
でも、それはきっと。
(春雪異変のときのこと、よね……)
幻想郷に来てから初めて会ったときのこと。
「あの時は……まぁ、異変のときってみんな気が立ってるし……」
「あはは、それもそうよね。戦う雰囲気のときとそうじゃないときって、私もだけど結構テンション違うし」
そう言って霊夢は笑う。
笑顔が色々な意味でまぶしすぎて、アリスは視線を落としてしまった。
(魔理沙たちに踊らされて、私は何がやりたかったんだろう)
その顔を見ていたら、嘘なんて言いたくなくなってしまうから。
「……あの、初めて会ったときのこと……」
「ん?」
「覚えてるの?」
死の少女アリスとしてでなく、七色の人形使いアリス・マーガトロイドとしての出会い。
それを覚えてくれているのなら、それでもいいのではないだろうか。
アリスはそう思い、尋ねる。
「まぁ、なんとなくね」
「なんとなく……ね」
声に落胆の色を混ぜて、アリスは納得する。
やっぱりそんなものなのか、と。
何にも縛られない博麗の巫女の記憶に、自分では踏み込んでいけないのか、と。
「私は昔より今を大事にしたいの。せっかくアリスが降ってきてくれた今をね」
「えっ?」
霊夢の言葉に、アリスは思わず顔を上げる。
「ちょうど暇してたのよ。お茶菓子もつけとくから、人形劇でも見せてよ。ね?」
「う……うん! いいわよっ」
アリスは奮起した。
それはきっと、今からでも遅くないということ。
今からでも、霊夢の記憶に踏み込んでいける。
「とびっきりの奴を見せてあげるわ」
「ふふ、期待してるわよ。さ、上がって」
そう、まずは……
魔理沙たちに引き出されたあのシチュエーションでも、劇にしてみよう。
今日この日に出会えたことを、記念して。
「……うーん、なんだ、普通に持っていきやがったな」
その頃、魔理沙とナズーリンは、ネズミらしく天井裏から密かに事態を観察していた。
「……なぁ魔理沙。私達が初めて会ったときの事を覚えているかい?」
にわかに、ナズーリンが話題を振る。
「ん? ……そうだな。確かレア度0とか言われたな」
「はっは……確かに言ったね。まったく、確かに出会いなんぞ当てにならんもんだね」
「そうだな……まぁ大体が異変のときに知り合うから仕方ないんだが……。こうまでつるむようになるとはな」
魔理沙の言葉からしばらく、天井裏を静寂が支配する。
「……あの」
「どした?」
魔理沙の促しに、ナズーリンは少し目を逸らしながら、言った。
「……あのときは、レア度0とか言って、すまなかったね。君は私にとって、なかなか価値のある宝だったよ」
「ん? なんだ、かわいいこと言ってくれるじゃないか」
「わ、こ、子供じゃあるまいし、撫でないでくれよ」
そうして魔理沙に頭をわしわしと撫でられるナズーリンの尻尾の先は、確かにハートマークを形作っているのだった。
『捏造、初めました』――fin
紅と白から成るその服をついに縫い上げ、既に完成している本体に、丁寧に纏わせる。
細く白い指を、細かく、注意深く動かして。
そうして髪にリボンをきゅっと結んで、その手は人形から離れる。
そこには、綺麗な博麗の巫女がいた。
その出来を見てアリスは嘆息すると、その人形をすぅ、と持ち上げ。
「……えへへっ」
そして常の仏頂面から想像しがたい幸せそうな乙女の笑顔を浮かべると人形をひしと抱擁した。
「ほう、霊夢が好きか」
「ぎゃわああああああああああ!?」
アリスにとってその乙女丸出し状態は、普段滅多に巣から出てこない動物が外に出てきた瞬間に等しく、そんな状況でバックアタックを喰らったらそれは乙女らしくない悲鳴も出てこようというもの。
慌てて振り返ったその先にあったのは、いいもんめっけとでかでかと書いてある魔理沙の顔だった。
「な、な、な、何私の家にさらっといるわけなのよ!? それにこれは完成の儀式みたいなものでっ……!」
「私の人形の時にはそんなことやってなかったと思うんだがなぁ」
「おいィ!? そのときも見てたの!? 私のプライベートがスケルトンハウスなんだけど!?」
アリスの文句に、やはり魔理沙は気を払わずにくいと帽子を下げてしてやったりとつぶやく。
「わざわざ私の人形を先に作って逃げ道を用意しておくとはさすがアリス君だ。敬服したぜ。だがそのせいで逆に逃げ道をふさいでしまっては元も子もないがな」
「ぐぬぬ……!」
最悪の人物に知られてしまった。絶対にこういうことを楽しんでくるタイプ。
しかもいつもいつも蒐集品がカチ合うし、私のプライベート空間に土足で入り込んでくるし……。
……そうだ。殺ってしまおうそうしよう。
簡単な結論にたどり着き、人形を操らんとぴくりと手を動かしたところに、魔理沙があらぬ方向へ声をかける。
「おいナズー、撮ったか?」
「もちろんだとも。この射命丸印のカメラにバッチリだ」
聞き慣れない声に驚き、アリスが声のするほうに向くと、そこには見るからにネズミの妖怪といういでたちの少女がいた。
「実に可憐な抱擁だった。現像すれば美術品展に混ぜ込んでも違和感がないくらいの出来になるだろう」
「ぐぅーっ!」
茶化されて、アリスの頭に血が上る。
「なんなのよ、あんたは!」
勢い良く指をさす様に、そのネズミの少女はふっと笑いながら答える。
「私かい? 私は妖怪ネズミのナズーリン。魔理沙とはネズミ対抗紅魔館チキンレースで競い合った仲でね」
「なんだそれ!?」
謎の人脈にあっけに取られるアリスだったが、所詮は小さなネズミの妖怪。一緒に消してしまうことなどわけもない……。
そう思ったが。
「あぁ、ちなみに変な気は起こさないでくれよ人形遣い。一つの号令でたくさんを操れるのは私も一緒でね。……人形とネズミ、単純にどちらが強いか考えてみたまえ」
「ぐぬぬ……」
家のそこかしこから滲むネズミの気配。
確かに人形がかじられてしまってはどうしようもない。本気とかそれ以前の問題だ。
なんでこんなくだらないところで完全にやり込められなければならないのだろうか。
「わかったわよ! 負けよ負け! で、何が目的なの!? 金!?」
アリスがやけっぱちに叫ぶと、魔理沙はナズーリンに目配せし、一枚の紙を取り出した。
「何、この文書に血判を押してくれるだけでいいぜ」
「何? なんなのよそれ……」
『私は博麗霊夢が好きです。 アリス・マーガトロイド』
「うがー!」
「ああっ! 私が夜も寝ないで昼寝して作った誓約書が!」
「さすがネズミだ。夜行性だね」
アリスは、湧き起こる衝動に任せて誓約書を破り去った。
「仕方がない。二枚目を出すぜ」
「まだあんの!?」
「夜なべしたのは伊達じゃないのぜ」
「くっ……! からかいたいだけね!? からかいたいだけなのね!? お引き取れ!」
「がぬゥ」
アリスは緋想天式アリスキックで魔理沙の向こう脛を蹴った。
とても痛い。
「おいおい、ひどいじゃないかアリスさん。魔理沙は君の恋路を成就させてあげようとしているというのに」
「えっ!?」
ナズーリンの言葉に、アリスは驚く。
「そうだぜ。大切な友人の恋路、成就させずになんとする!」
(めちゃくちゃ面白そうな顔してるやん……)
楽しそうにポーズをとる魔理沙を、アリスはげんなりと見つめた。
「安心するがいい。ネズミの鳴き声は『ちゅう』に通じる。『ちゅう』は寝ている人にハートを食べさせる妖怪だからね」
「色々間違ってる!」
そして、ため息をつくと力なく首を振る。
「無理よ……私はここで人形を愛でているので精一杯だわ……」
「おおう、アリスから恐るべきダークパワーが……」
「これは実に厄いね……」
どよどよとダークパワーを迸らせるアリス。
「だって、霊夢……私と初めて会ったときのことも覚えてなかったもの……」
「……いや、それは大人の事情じゃないかな」
「ナズー、喋りすぎは命に関わるぜ」
「ご、ごめん」
魔理沙に睨まれ、ナズーリンは押し黙る。彼女もまだまだ新参である。
「しかしアリス。お前の初対面って昔、私らがこぞって魔界に行ったときのあれだろ?」
「う、うん……」
アリスの肯定に、魔理沙は目をつぶって思い出に浸る。
「懐かしいな。確かあの時は……」
*
「クラエー!」
「こ、このザ・一般人と呼ばれるルイズが……こんな小娘に……! 馬鹿なぁぁー!」
魔理沙の攻撃に、魔界の一般人ルイズさんが吹っ飛ばされた。
「うーん、魔界人も大したことないな~」
手をかざして吹っ飛んでいくルイズを見送りながら、魔理沙は嘆息する。
「そこまでよ!」
不意に、背後から制止の声がかかる。
「ほう、何者だ?」
魔理沙がゆっくりと振り返ると、そこには金髪の少女が。
「ザ・一般人こと、ルイズよ!」
「あれぇ!? さっき倒したはずじゃ!?」
「フッ、あなたは馬鹿すぎる。私が一般人なのではなく一般人なのが私だという逆説的真理を知らないの?」
「な、なんだと……!」
その言葉を皮切りに家々から、次々にルイズが姿を現す。
買い物に行こうとしていたルイズがいる。
回覧板を回そうとしているルイズがいる。
ジョギングをしているルイズがいる。
ママさんバレーの練習をしているルイズがいる。
通りすがりのルイズがいる。
公園の砂場で遊んでいる三人姉妹のルイズがいる。
あのルイズも、このルイズも、どのルイズも実に見事な一般人であった。
「知ったか。我が『ザ・一般人』という称号の意味を」
「ああ、ルイズじゃ! ルイズ祭りじゃ! やれ楽しや!」
*
「懐かしいなぁ……」
「魔界を捏造すんなーーー!!!」
「がぬゥ」
再びアリスの緋想天式アリスキックが魔理沙の向こう脛を襲撃した。
「魔界……白蓮殿はそんなところに封印されていたのか……」
「ルイズのズは複数形のズだぜ」
「なんと恐ろしい……」
「ほらご新規さんを勘違いさせない! ルイズさんは一人だし! 大体私出てきてないじゃない!」
「そうだったな。確か『そこまでよ!』って言ってたのはお前だったな。つまりパチュリーの師匠はお前だったのか……」
「何をわけのわからんことを……。……いや、それにしてもあの時にあんたにも会ったんだっけ?」
「ホントに霊夢以外アウトオブ眼中だったんだな……」
魔理沙の言葉に、アリスがしゅんとなる。
「でしょ? つまり霊夢が私のことを覚えてないってのは、私のことなんてアウトオブ眼中だったって事で……」
しょげるアリスの両肩に、ふっと魔理沙の手が置かれる。
アリスが驚いて顔を上げると、魔理沙は真面目な顔で言った。
「気にするな、私もお前のことはどうでもよかったけどなんとなく覚えてるし、そんな風に例外もあるんじゃないか」
「はっ倒すぞこんちくしょう!」
「待て待てアリスときに落ち着けって」
「君が泣くまで殴るのをやめない!」
アリスのマウントポジションからのパンチの雨を魔理沙が必死にガードする光景に、ナズーリンが一つ、咳払いをする。
「アリスさん。逆に考えてみてはどうかな?」
「え?」
「出会いを覚えられていないのならば、どんなロマンチックな出会いでも捏造できるということだよ!」
「な、なんだってー!」
それは、アリスが思ってもみなかった逆転論理であった。
というか普通思わない。
「考えてもみたまえ。なんとなくロマンチックな雰囲気になったときに、『私達が出会ったときのことを思い出しちゃった。あの時は~』とか語りだされたら、ソウダッタノカナーって気分になるじゃあないか」
「な、なるかなー!?」
すごい力技な気がして、アリスは難しい顔で首をひねる。
そんなアリスの両肩に、再び魔理沙の手が置かれる。
「大丈夫だ。私がさっき魔界のことをルイズ祭りだって言ったときも、ナズーリンは信じてたじゃないか」
「信じるほうも信じるほうだよそれ!」
「まったく、魔理沙の嘘は現実感がありすぎて困る」
「ギャグで言ってるだろあんた!」
全方位にツッコミを入れるアリスに笑い転げつつ、魔理沙は言う。
「はっはっは、まぁ霊夢もあれで結構天然入ってるからな。実際押し切れるかも知れんぞ」
「そ、そうなの?」
こめかみに指を当ててアリスは考えた。
確かに行けそうに見えるけど、なんかすんでのところで真実を見破ってきそうな雰囲気があるような気がした。
「大丈夫だ。そのためにここでどんな出会いを捏造するかを練っていくんだよ。三人寄れば文殊の知恵、三人で現実的なシチュエーションを練っていけば、霊夢くらいならちょろいもんだぜ」
「さすがは魔理沙だね。それではまず各々案を出して行こうじゃあないか」
魔理沙の提案に、アリスが疑問を頭に浮かべる間もなくナズーリンが肯定する。
ひどい連係プレーであった。
「よし、まずは私だ。うーん、そうだな……」
*
アリス『Japanese! Japanese!』
霊夢 『うっせえよ毛唐、英語が世界の共通語とかナチュラルに思ってんじゃねえよ』
アリス『hmm…』
霊夢 『Fack you』
アリス『oh』
アリス『miss spell』
アリス『Fuck you』
霊夢 『Fuck you』
アリス『good!』
その後、一緒に冒険に出かけ、友人になった。
*
「どうよ?」
「とりあえずどうしていけると思ったか原稿用紙五十枚で提出ね? 期限は一時間よ」
「ご無体だな! アリスの外人っぽさを最大限に生かした良案だと思ったんだが……」
アリスが魔理沙を睨みつけると、魔理沙は慌てて帽子を下げて目線を外した。
「……霊夢はこんなこと言わないもん」
ぼそりとアリスがつぶやいたのを、ナズーリンが耳をぴくりとさせてキャッチした。
「はっは、微笑ましいね。うん、私も一つ思いついたよ」
*
「うー、寝過ごした! 新学期だっていうのに遅刻しちゃう!」
アリスは食パンをくわえて、全力疾走していた。なぜなら学校に遅刻しそうだったから。
「よし、このまま行けば……!」
そう思った瞬間、曲がり角から人影が。しかしアリスは急に止まれない。
ごつーん! といい音がし、アリスは尻餅をついた。
「いたぁっ!?」
「うわっ……!?」
どうやら誰かにぶつかってしまったようだ。
「いたたたた……ちょっと、急に飛び出してこないでよ!」
「あー、ごめんごめん……」
ぶつかった相手は巫女だった。
なんで巫女がこんなところに……と思ってアリスがぽかんと見ていると。
「あの……その大開脚どうにかしてくんない? かわいいパンツが丸見えなんだけど」
「え? キャー!」
もう、痛いし恥ずかしいし、まったく今朝はひどい目にあっちゃった。
と膨れながらアリスが席に座っていると、ホームルームが始まった。慧音先生が教卓にやってくる。
「昨日も伝えたと思うが今日から転校生が来る。入ってくれ」
「博麗霊夢よ、よろしく」
「あー! 今朝の巫女!」
「なんだ、今朝の魔法使いじゃない」
「なんだ、知り合いか? なら席はアリスの隣に(ry
*
「どうだい?」
「意外とベタな感じで来た! でも使えるかこんなもん! そもそも学校ないし!」
「偉大な先人は言いました。無いなら作ればよいと」
「作れるかー!」
そろそろ息が上がってきたらしく、アリスはぜぇはぁと肩で息をしながら、言葉を吐き出す。
「あんたら、現実的なシチュエーションって言ってたじゃない……。本気で考える気なんてないんでしょ……」
「まずいぜ。まさかこんなに早く気づかれるとは……」
「この魔法使い、予想外に頭がいいね」
「ぬごあああああああああ! 天に滅せい! リターンイナニメトネスー!」
「うわあああ! アリスがきれた!」
「落ち着いてくれアリスさん! 私達は何も意味なくふざけていたんじゃないんだ」
ナズーリンの言葉に、第一球を振りかぶっていたアリスがぎろりとナズーリンに視線を向けつつ、止まる。
「私たちなんていうのはオマケに過ぎない。重要なのはあなたがどうしたいかということだろう? だからあえて的外れな意見を言わせてもらったのさ」
「散々こっちの意思を無視してその言い草なわけ?」
「いやいや、適度に干渉はするが最後まで仕切りっぱなしにする気はないということさ。実際私たちが何も言わなければ、何かしようという流れにすらならなかったはずだ」
「ぐぬぬ……」
ものすごい丸め込まれている気がした。だからといって一概に否定してしまうのも惜しい。
アリス・マーガトロイド。なまじ理性的である故に損をする女である。
「で、アリスはどんな出会いがいいんだ?」
「え? 私? うーんと……えーっと……?」
言われてみても特に思いつかないアリスに、ナズーリンがハッパをかける。
「アレだけ悩んでたんだからどういう出会いがしたかった的なものの一つや二つくらいあるだろう」
「いやそのりくつはおかしい……うーん、やっぱりなんかピンチをさっくり救ってくれるヒーロー的な……?」
「乙女思考だな! よし! シチュに起こすんだ」
「起こせって……」
「人形劇の台本を書いてるときの無駄に輝いてる表情を今!」
「ホントスケルトンハウスだな私のプライベート!」
*
「きゃああ!」
アリスは追い詰められていた。
相手は人型でもなく、理性も持ち合わせていないような妖獣であった。
普通にやっては不覚を取るような相手ではないのだが、森の中、死角からの強襲に対応が一歩遅れたのが痛かった。
(くっ、初撃で腕がやられるなんて……! これじゃ上手く人形を動かせない……!)
片腕で応戦はするものの、こっちが手負いである以上、体力的に向こうに分があった。
奥の手として本気を取っておくのが信条のアリスだったが、片腕を負傷しては本気どころではない。奥の手として頼みにしていたものが使えなくなったアリスは冷静さを失ってしまっていた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
頭が回らず、ただ焦りだけが先に立つ。
負の連鎖に入っていることを自覚しても、どうすることもできない。
そんなときだからだろう。
(誰か、助けて……!)
なんて、柄にもないことを思ってしまったのは。
――『夢想封印』
瞬間、色とりどりの光弾が舞い、あらぶる妖獣を撃ち据えた。
「ガアアア!」
叫び声を上げて、妖獣はその場に倒れた。
「まったく、近くの里から依頼を受けてきたけど、困った獣もいるもんねえ」
そうして、視界が開ける。そこに立っていたのは、巫女だった。
「あ……」
アリスは一瞬呆け、座り込む。
目の前の脅威が去った安心感と、その巫女の圧倒的な存在に気圧されて。
「あんた大丈夫? 血ぃ出てるじゃない」
「だ、大丈夫よ」
ふと向けられた心配に、アリスは強がって答える。
実際、自分は妖怪だし、これくらいの傷ならば放っておいても治るはずだ。
「そういう言葉が一番信用ならないのよ。ほら、止血くらいしとくから」
言って、その巫女はためらいもなく自分のリボンをほどき、処置に使おうとする。
「ちょ、ちょっと……」
「よしできたっと」
アリスがためらうのをよそに、巫女は処置の出来栄えに満足そうに微笑んだ。
戸惑うような視線を向けていると、巫女がすっと立ち上がる。
「これ以上は干渉しないから安心なさい。処置は早めにするのよ。じゃあね」
「あ……」
アリスは呼び止めかけたが、言う言葉が見つからず、ただ巫女の背中を見送るしかなかった。
そうしてアリスはほう、と息をついて視線を落とす。
そこには、腕に巻かれた赤いリボンがあった――
*
「なーんて……」
「恥ずかしい奴だな」
「まったく、聞いてるだけで顔から火が出るね」
「どちくしょう!」
アリスはそのとき明確に嵌められたと感じた。
この貪欲なネズミ達は、こういう楽しい展開を渇望していただけなのだ。
「笑わば笑いなさい! もう失うものは何もないわ!」
「ああ、捨て鉢になるな。いい意味で恥ずかしい奴って言ったんだぜ?」
「私もだ。いい意味で顔から火が出ると言ったに過ぎないよ」
「なんでもいい意味つければ解決すると思うんじゃないわよ! ていうかいい意味で顔から火が出るってどういう状況!?」
「あれだよ、ゴキブリが顔に止まりそうになっても顔から火を噴射して撃退できる的な」
「結局フォローになってないんじゃねえかっ!」
「オウフ」
三度目のアリスの緋想天式アリスキックはナズーリンを捕らえた。
「いや、だが、霊夢がそのことを覚えていなくても違和感のないシチュといえばそうかもしれん」
顎に手を当てて神妙に魔理沙はつぶやく。
「一応そこらへんはがんばって意識したけど……」
「さすがはアリスだぜ。じゃあ早速神社に行こう」
魔理沙の性急な発言に、アリスは狼狽した。
「ええ!? 早速!? いや、その、心の準備が」
「思い立ったが吉日、ならばその日以降は全て凶日という名台詞を知らないのかよ。行きがけに済ませろ!」
「ま、待ってくれ魔理沙!」
だが、制止の声はもう一方からも降り注いできた。
「どうしたナズー」
「こ、これを喰らってすぐにぴんぴんしてるのはすごいね、魔理沙……」
「慣れてるからな!」
いまだに向こう脛を押さえているナズーリンだった。
「博麗神社、目視したよ!」
「よし、上空まで移動だぜ!」
「あわわ」
ナズーリンが先行、魔理沙はその後をついて飛び、アリスは魔理沙の箒に二人乗りしている。
そのほうが集中して考えられるだろうという魔理沙の配慮だったが、割と魔理沙の運転が気が気じゃなくて考え事は出来ていなかった。
「上空に到達!」
「よし! アリスを投下だ!」
「おいィ!?」
急に魔理沙の箒が宙返りをし、アリスは振り落とされる。
とっさに体が反応できず、アリスに出来たのは落下の衝撃を少しでも緩和することと、ちくしょうこのために後ろに乗せたんだなと分析することくらいだった。
「ふきゅっ!」
「あら、空から女の子が」
庭に落ちたアリスを見て、居間で茶を飲んでいた霊夢がのろのろと出てくる。
「なんだ、アリスじゃない。大丈夫?」
頬をぷにぷにとつつく霊夢に、アリスははっと目を開けた。
「なななな、何してるのよ!?」
「それはこっちの台詞なんだけど……」
霊夢が苦笑する。
それを見てアリスはきょろきょろと辺りを見回す。あのネズミどもの姿はどこにもなかった。
「あ、あいつらー……」
わなわなと拳を振るわせるアリスに、霊夢はため息をつく。
「ふぅ……まぁとりあえず立ち話もなんだし、上がっていかない?」
「え? い、いいの? こんないきなり振ってきた魔法使いに……」
「何卑屈になってんのよ。初めて会ったときの威勢はどうしたの?」
「!」
先に、初めて会ったときの話題を持ち出されるとは思わなかった。
でも、それはきっと。
(春雪異変のときのこと、よね……)
幻想郷に来てから初めて会ったときのこと。
「あの時は……まぁ、異変のときってみんな気が立ってるし……」
「あはは、それもそうよね。戦う雰囲気のときとそうじゃないときって、私もだけど結構テンション違うし」
そう言って霊夢は笑う。
笑顔が色々な意味でまぶしすぎて、アリスは視線を落としてしまった。
(魔理沙たちに踊らされて、私は何がやりたかったんだろう)
その顔を見ていたら、嘘なんて言いたくなくなってしまうから。
「……あの、初めて会ったときのこと……」
「ん?」
「覚えてるの?」
死の少女アリスとしてでなく、七色の人形使いアリス・マーガトロイドとしての出会い。
それを覚えてくれているのなら、それでもいいのではないだろうか。
アリスはそう思い、尋ねる。
「まぁ、なんとなくね」
「なんとなく……ね」
声に落胆の色を混ぜて、アリスは納得する。
やっぱりそんなものなのか、と。
何にも縛られない博麗の巫女の記憶に、自分では踏み込んでいけないのか、と。
「私は昔より今を大事にしたいの。せっかくアリスが降ってきてくれた今をね」
「えっ?」
霊夢の言葉に、アリスは思わず顔を上げる。
「ちょうど暇してたのよ。お茶菓子もつけとくから、人形劇でも見せてよ。ね?」
「う……うん! いいわよっ」
アリスは奮起した。
それはきっと、今からでも遅くないということ。
今からでも、霊夢の記憶に踏み込んでいける。
「とびっきりの奴を見せてあげるわ」
「ふふ、期待してるわよ。さ、上がって」
そう、まずは……
魔理沙たちに引き出されたあのシチュエーションでも、劇にしてみよう。
今日この日に出会えたことを、記念して。
「……うーん、なんだ、普通に持っていきやがったな」
その頃、魔理沙とナズーリンは、ネズミらしく天井裏から密かに事態を観察していた。
「……なぁ魔理沙。私達が初めて会ったときの事を覚えているかい?」
にわかに、ナズーリンが話題を振る。
「ん? ……そうだな。確かレア度0とか言われたな」
「はっは……確かに言ったね。まったく、確かに出会いなんぞ当てにならんもんだね」
「そうだな……まぁ大体が異変のときに知り合うから仕方ないんだが……。こうまでつるむようになるとはな」
魔理沙の言葉からしばらく、天井裏を静寂が支配する。
「……あの」
「どした?」
魔理沙の促しに、ナズーリンは少し目を逸らしながら、言った。
「……あのときは、レア度0とか言って、すまなかったね。君は私にとって、なかなか価値のある宝だったよ」
「ん? なんだ、かわいいこと言ってくれるじゃないか」
「わ、こ、子供じゃあるまいし、撫でないでくれよ」
そうして魔理沙に頭をわしわしと撫でられるナズーリンの尻尾の先は、確かにハートマークを形作っているのだった。
『捏造、初めました』――fin
コメディSSのお手本のような作品であると思いました。
おもしろかったです。
個人的に「お引き取れ!」が凄くツボに入りました。
確かに、妖々夢で、アリスのこと知らないって言ってた割に、アリスが七色なことは霊夢は知ってましたよね。
確かに妖でのアリスと霊夢の会話は実に意味深…。
魔理沙とナズはいいコンビだな
ただ1つだけ細かいこと言うなら,怪綺談のおまけテキストを見る限り旧作アリスの設定は「死の魔女」じゃなくて「死の少女」です。
どっちかと言うとアリレイだがなぁ!
しかして、怪綺談でアリスが使った魔法は五色だったという事実。
誰もグルグルネタを突っ込まなかったなww俺が突っ込んどく!
あと、ラストのナズマリで某男の魔理沙を描かせたら世界一の人のイラストが浮かんだ……
ナズマリは考えた事無かったなぁ…。
>ゴキブリが顔に止まりそうになっても顔から火を噴射して撃退できる的な。
…実際、顔に止まわれた事のある俺がいるんだが………
ナズーリンと魔理沙のカップリングをもっと見てみたいっ!!今度はこっちメインで話を!!
誤字報告
「今だ」ではなく「未だ」ではないでしょうか?
むしろナズレイアリマリで
そして魔理沙とナズのノリがナイスすぎる。
あと、妖怪ちゅうは私も覚えてた。
久々に声出して笑ってしまった。
ま、アリスが可愛かったから許すぜ。ていうか霊夢さんすげぇカッコイイじゃねぇか……