ことのおこりは一月ほど前のことになる。
その日、魔理沙はあくまで偶然、アリスの家の近くを通りかかり、ついでにお邪魔することにした。
アリスの家の近くに着くと、家の方からなんだか甘いにおいが漂ってきていた。そして
アリスの家に近づくたびに、魔理沙の鼻をくすぐる甘いにおいが強くなっていった。
――なに作ってんだろ、においからすると洋菓子か?
アリスの洋菓子が食べられると思うと、自然と魔理沙の足もはやくなった。
魔理沙が軽く家の戸を叩いて家主の名前を呼んでみると、家の中からアリスの
慌てた声とともに、ドンガラガッシャーンと景気のよい音が外まで聞こえてきた。
――あれ、タイミングが悪かったか。片付けをさせられるのも面倒だし逃げるか。
そう思い回れ右をした魔理沙が、急いで戦略的撤退をしようとしたところ、
背後からいきなり肩を掴まれ、そのまま室内へと引きずり込まれそうになる。
振り向かないでも、誰の仕業か分かる。というより一人しか考えられない。
「離してくれ!私は悪くない!!」
「ダメよ、魔理沙。あなたにも、ちゃ~んと手伝ってもらわないと」
魔理沙は必死になって身の潔白を説くが、アリスは聞く耳を持とうとしない。
しかもなんだか普段より甘めの声が怖い。だからといって負けるわけにはいかない。
「私は前に言われたようにノックしただけだろ?」
「なら今度からは、私が驚かないようにノックしなさい」
「なんでだよ!さっきだって軽く叩いただけだろ?!」
「私の繊細な心には、あれでも強過ぎるのよ」
「本当に繊細な心をしたやつは、そんな暴論は言わん!」
「ひどいわ、魔理沙。私の心を否定するの……?」
「なんで、そうなる……。はぁ…分かった、分かった。降参する」
このままでは埒が明かないと判断した魔理沙は、おとなしく敗北を受け入れることにした。
「秘技・泣き落し成功ね」
もうお手上げだと言わんばかりに両手を挙げた魔理沙を見て、アリスは自慢顔になる。
「そういうことは黙っていた方がいいぜ……?」
嬉しそうにしているアリスに対し、魔理沙は呆れて苦言を言ってしまったが、
――本当の意味では成功してないだろ。とまでは言えなかった。
「やっぱりか」
台所の惨状を見た魔理沙が呟く。
予想したどおり、アリスは何かお菓子を作っていたみたいで、辺り一面にその材料が散乱していた。
すぐに判別出来るものだけでも卵、牛乳、バター、チョコレート、あと床を白く化粧しているのは
小麦粉と砂糖だろうか。ここまで典型的な材料だと、料理にあまり詳しくない魔理沙でも、
アリスが何を作っていたのか、簡単に推測できた。そのため先程の仕返しとばかりに、
魔理沙は自信満々の表情で、アリスに聞いた。
「作っていたのは、クッキーだな」
「違うわ、ケーキよ」
「………そうか」
台所の片づけはなかなか終わらなかった。
魔理沙は床に積もった小麦粉と砂糖を箒で掃こうとしたが、見たところそれらは卵白や牛乳と
混ざりドロドロになっていたために箒ではなく雑巾を使い、ぬぐいとることにした。
しかし、それも上手くいかなかった。表面はドロドロだったのだが、床と触れている部分は
既に固まりつつあり、ぬぐうのではなく、擦るようにして拭かなくてはいけなかったのだ。
そのため、朝に始めた作業が終わったのは昼前になってしまった。
「こんなものでいいか?」
全身に小麦粉をまとい、牛乳と卵が混ざった臭いを漂わせた魔理沙がアリスに聞いた。
「ええ、お疲れ様。協力を感謝するわ」
「協力ね……」
隣の部屋から聞こえたアリスの声に魔理沙は疲れたように応えたし、実際に疲れていた。
ちなみにアリスは魔理沙が掃除をしている間、隣の部屋でケーキを作り直していたのだ。
「なにか言いたい事でもあるの?」
「いや……別に」
「こちらも丁度切りがいいわ。お昼にしましょう」
そう言いながら、アリスが台所にやってきた。その手にはケーキの生地がある。
「それを焼いて食べるのか?」
「ううん、今から別に作るのよ。魔理沙は何が食べたい?」
「アリスの作ったものなら、なんでもいいぜ」
魔理沙にとっては殺し文句のつもりだったのだろう、少し照れた様子だ。
「それが一番困るのだけど?」
しかし無情にもアリスは、即座にその言葉を切りふせた。
「うっ…なら肉が食べたい」
「…さっきとあまり変わらないじゃない」
「なっ…」
「分かったわ。本当に何でもいいのね?」
狼狽する魔理沙を見かねたアリスはやれやれといった様子で調理を始める。
ただその顔はどこか嬉しそうだったのを、魔理沙は見逃さなかった。
「確かに『肉』とはつくけどな……」
「あら、何でもいいと言ってくれたのは魔理沙よ?」
魔理沙は目の前にあるミートスパゲティを見て呟き、アリスがそれに反論する。
「それはそうだけど…まぁいいや。せっかく作ってくれたんだ」
「そうそう、出されたものは文句言わずに食べないとね」
「……頂きます」
「はい、召し上がれ」
アリスの作ったミートスパゲティは絶品だった。
トマトの持つ酸味と、肉の甘みがソースに含まれた赤ワインを介して上手く合わさっている。
また、肉が少し大きめに刻まれているため、ソースの色はトマトの赤色というよりは、
むしろ焼いた肉の色に近く、そのため肉が持つ本来の味と歯ごたえも楽しめた。
加えて、細かく刻んだパセリの程良い苦味のおかげで、更に味に深みが出ていたのだ。
それをアリスは大きな皿に盛って、食卓の中央にどんと置いた。
そのあと食器棚からフォークを二つずつ持ってきて、片方を魔理沙に渡した。
二人で大皿に盛られたスパゲティをつつき合うことになった。
食べ始めの頃はまだ量があったため、互いのフォークに同じ麺が絡まり合うことは少なかったが、
スパゲティ全体の量が減っていくと、その頻度がだんだんと高くなっていく。
同じ麺が互いのフォークに絡み合う度に、二人は照れ笑いをしながらゆずりあうことになり、
ときには絡んでいた事に気付かず、同じ麺の端を二人で咥えてしまうことさえあったが、
その時は魔理沙が放心してぽかーんと口を開いて、麺を離してしまうので大体はアリスが食べた。
「それで今日は何のようだったの?」
「ただ、単に、通り、かかったから、来た、だけだぜ」
「くす、あらそうなの。あと食べながら喋らないの、お行儀が悪いわよ?」
残り少ないパスタを頬張りながら応える魔理沙を、アリスは頬笑混じりに叱る。
それに納得できない魔理沙は、反論するために大急ぎで残りを平らげた。
「ごちそう様、でも話しかけてきたのはアリスの方だぜ?」
「おそまつ様、私に口答えしないの」
「……たまに意地が悪くなるよな、お前って」
「なんだか意地悪したくなるの。こんなの魔理沙にだけよ?」
「……そりゃまた光栄なことで」
アリスは魔理沙の顔をトマトみたいにしようと、からかったつもりだったが、
魔理沙は言葉の正しい意味を理解できずに不貞腐れてしまった。
――どこまで鈍感なのよ
アリスはなんだか負けた気分になった。
「それで今日はいつ頃までいてくれるの?」
「特に用事もないし、決めてないな」
魔理沙は食後の紅茶を飲みながら、膝に乗せた上海人形と遊んでいた。
「それなら、ケーキが出来るまでいなさいな」
「やった、ラッキーだぜ」
小さくガッツポーズをした魔理沙を見てアリスは疑問を持った。
「今日は本当に偶然ここに来たの?」
「???」
「……分からないならいいわ」
「変なやつ」
自分の反応にため息をついたアリスの姿を見て、魔理沙はそう呟いた。
ちょうどその時である。
「ごめんくださ~い」
気の抜けた情けない声が外から聞こえてきた。
「はーい、今出ます」
誰の声なのかは分からなかったが、とりあえずアリスは来訪者に返事をした。
「知り合いか?」
「ちがうと思う。聞いたことない声だわ。ごめんね、ちょっと見てくる」
そう言ってアリスは魔理沙を残し、来訪者の元に向かって行った。
大した要件ではなかったらしく、アリスはすぐに戻ってきた。
しかし、アリスは変な顔をしていた。そんなに珍妙な客だったのだろうか。
「どうしたんだよ?そんなに変なやつだったのか?」
アリスの様子が変なことに気付いた魔理沙が心配そうに聞いた。
「名前はリセイとかいって、何か探し物をしているみたい」
「なんだか面白そうだな、何を探しているんだ?」
「よく分からないけど、刀を探していたみたい」
アリスは自信なさげに魔理沙の質問に応えた。
「刀?刀っていうと妖夢が持っているようなやつ?」
「少しちがうと思う。聞いた限りでは武器というより、宝飾品に近いものみたい」
「宝の刀……、そんなもの幻想郷にあったんだな」
「私も初耳だわ。あったとしても紅魔館や白玉楼とかでしょうに」
魔理沙は感心したようにうなずいた。幻想郷には名のある美術的なものが少ない。
探せば見つかるだろうが、多くの場合、陶芸家の作った品のよい小さな壺よりは、
職人の無骨で大きな甕の方が好まれるため、そもそも全体の需要がないのだ。
そのためか、宝飾品といえるものは美術品に輪をかけて少ないのだ。
かといって皆無というわけでもなく、アリスの言葉どおり紅魔館を初めとする
一大勢力の牙城には結構な品物が展示されているし、納められている。
ただそれらの多くは外の世界から持ち込まれた物で幻想郷で作られた物ではない。
「一応、霊夢にも報告しておくか?」
「別に異変を起こしているわけでもないし、言っても無駄よ」
「確かに……」
おそらく報告したところで、興味なさそうにお茶をすするだけだろう。
あんた達も暇ね~、それよりお賽銭が云々、と愚痴を聞かされるのが関の山だといえる。
「そんなことよりケーキが焼けたみたい」
「本当か?!デコレーションなら手伝うぜ?」
「今日は一人で作らないと意味がないの。だから大人しくしていて、ね?」
「うん、わかったぜ……って子供扱いするなよ」
アリスは魔理沙の抗議を背中に受けながら台所へと消えて行った。
居間に残された魔理沙は「宝の刀」について思い巡らせたが、午前中にした掃除の
疲れのために、いつしか眠りに落ちてしまい、アリスのケーキは晩御飯を兼ねる事になった。
その日その時、咲夜は少しだけイライラしていた。
理由は至って簡単で勤務時間が過ぎたというのに、美鈴が食堂にも大浴場にも現れなかったのだ。
――別に会う約束をしたわけではないけど、何で今日に限っていなくなるのよ。
そう思いながら咲夜は館内を探しまわったが、美鈴の影も形も見つからなかった。
ダメ元で地下の食糧庫をのぞいて見ると、そこには忙しそうに何かを探している
美鈴の姿があった。ああ、いたいた。こんなところで何しているのよ。今日が何の日かくらい
知っているでしょうに、何でちゅうちゅうネズミみたいに地下の食糧庫をあさっているのよ。
そんなにちゅうちゅうしたいなら、好きなだけ私がちゅうしてあげるわよ。ほら口を出しなさい。
などと瀟洒なことを言えるわけもなく、咲夜は普通の言葉と熱めの吐息を美鈴の耳元にかけた。
「こんなところでなにをしているのかしら?」
「あっ、咲夜さん。ちょっと探し物を」
「……探しもの?」
無反応の美鈴に少しだけショックを受けたが、咲夜は挫けなかった。
目の前にいる妖怪の鈍感さ加減なら熟知しているからだ。
「はい、うちにうどんってありますか?」
「うちにはないけど竹林までいけば、一頭いそうね」
「そうですか、あとウサギの正しい数え方は『羽』ですよ?」
「……アレに限って言うなら、正しくは『人』だと私は思うわ」
そこで咲夜は一息ついて、何でそんな事を聞くのか美鈴に事情を聞くとことにした。
「で、貴方は何でうどんなんかを探しているの?」
「今日のお昼過ぎくらいに、李靖という人がうどんを探しにきたんです」
美鈴の言葉に咲夜は首をかしげる。
食糧を貰いに紅魔館に来るやつなんて、どこにもいないだろうからだ。
「なんでここに来るのよ、里にもうどんくらいあるでしょうに」
「そのことなのですが、その人が探していたうどんは幻想郷ではまず手に入らない
珍しい代物なんです。私も外の世界にいた頃に何度か目にしたことありますが、
こっちに来てからは一度も見た事はありませんね。」
「ああ、それでうちに来たわけね」
「はい、うちには外の物が結構ありますから」
紅魔館には幻想郷にはない外の世界の物が多くある。
それらレミリアが気まぐれで収集した長く保存出来る美術品等がほとんどで
長く保存出来ない物――特に食糧などは、一部ワインや茶葉を除いてあまり存在しない。
「調度品や美術品ならともかく、食料品はあまりないけどね」
「ですから、その人には帰ってもらったのですが、一応確認しておきたかったんです」
はるか以前から目の前にいる妖怪の『お人好し』ぶりを咲夜は知っていたが、
ここにきてそれを再認識させられた。
その一方で、なんで初対面の相手にはそこまで気を使えて、
私には使ってくれないのよ……と咲夜がむすとしたのを感じとったのだろうか、
美鈴は慌てて話題を変えてきた。
「咲夜さんはどうしてここに?」
「……今日何の日か知らないの?」
美鈴が話題を変えたのは失敗で咲夜の機嫌はさらに悪くなる。
咲夜の様子を見て、美鈴は急いで今日が何の日なのか思いだしたようだ。
「ああ、そうでしたね。うっかりしていました」
「もう、しっかりしてよね」
文句を言いながら、咲夜は懐に隠し持ったそれが、ちゃんとあることを確認した。
ふふ、これを渡せば鈍感な美鈴も少しは私のことを……などと咲夜が妄想を広げていると、
「すみません、でもそんなに待ち切れなかったんですか?」
美鈴は笑顔でズボンのポケットに手を入れて、何かを取り出そうとしはじめた。
あれなんだか変だ。なんで私が待ち切れないんだ。どちらかと言うと美鈴が待つ方では……。
そしてなんで照れた様子でポケットに手を入れている。えっ、まさか。
「はい、どうぞ。お口に合えば光栄です」
咲夜の予想は当たり、美鈴は照れながら小さな紙袋を取り出して咲夜に手渡した。
「ありがとう、美鈴。大事にするわね」
大事にしないで、ちゃんと食べて下さいよと、器用に美鈴は照れながら苦笑しているが、
咲夜はそれどころではなかった。万に一つも先を越されるとは思ってもいなかったのだ。
なんで美鈴から渡されるのよ、毎年今日は私が渡す日でしょ?貴方の番は来月のはずよ?!
そこまで考えて咲夜は少しだけ落ち着きを取り戻した。そして再び思考を巡らせる。
確か今日は名目上『好きな人にプレゼントをする日』のはず、ということは、
プレゼントをお互いに交換し合えば、それはもう……ふふふふふ。あぶない、あぶない
ヨダレが出てしまう。あくまでここは冷静に対処せねば。
なんとか理性を保った咲夜はいつもの落ち着いた様子で美鈴を見据えた。
「今年はどうしたの?今日は私の番のはずよ?」
「毎年、先に貰うのはなんか悪いと思いまして」
「そんな事気にしなくていいのに、はいこれ私から」
そう言って咲夜は懐から小さな箱を取り出し、美鈴へと渡した。
「ありがとうございます、開けてみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。気に入ってもらえると嬉しいわ」
咲夜からの許可がおりたので、美鈴は箱を開けて中身を見てみると、中には青色の綺麗な
リボンが入っていた。それを見た美鈴は、自分のおさげを束ねているリボンを外して、
今貰ったばかりの新しいリボンへと着け替え、再び咲夜に向き合った。
「こんな綺麗なものを……似合っていますか?」
「うん、凄く似合っているわ」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」
リボンを着け照れ笑いをしている美鈴を見て、気が付けば咲夜は美鈴に抱きついていた。
ただ、背丈の関係で抱き締めるというよりは、咲夜は美鈴にしがみついているようになる。
いきなりの事だが、美鈴は驚かずに胸元にいる咲夜に声をかけた。
「……甘えん坊さんですね」
「……悪い?」
「たまにはこんな風に甘えて欲しいですね」
「ならもうしばらくは、このままでもいいわね?」
「はい、ごゆっくりしていって下さい」
そう言いながら美鈴は咲夜の身体を包み込むように抱き締め返した。
※※※※※
一月が過ぎた。
この日、珍しく美鈴の姿が人間の里で見受けられた。もちろん門番を解雇になったわけではない。
明後日にするお返しを買うためである。本当ならもっと早い段階で用意をすませておくべきだったの
だろうが、なかなかいい案が浮かばないで、とうとう今日を含めてあと二日を残すばかりになって
しまったのだ。
そのため美鈴は、昨日レミリアから臨時の休暇をもらって何かしらの手を打とうとした。
なんで明日休むの?とレミリアに休暇の理由を聞かれて、はい、咲夜さんへのお返しの用意が
まだ出来てないからです。なんて応えたところでグングニルの餌食にされるのがオチだと
美鈴は思っていたが、レミリアはすんなりと、いいわ、ちゃんと何か用意しておきなさい。と
一言だけいって休暇の許可を出してくれたのだ。
不思議に思った美鈴が許可を出した根拠をレミリアに聞いたところ、えっ、知りたいの?と
意味深なことをのたまったので、美鈴は聞くのをやめた。おそらく運命を覗き込んだところ、
色々と見えたのだろう。
人間の里には意外なほど多くの商店が存在する。しかしそれは米屋なら米だけを、酒屋なら
酒だけをといった具合に、各商店が専門的に一つの種類の物品を扱っているからであり、
店の種類としてはそれほど多くはない。また日常品から離れていくほどに扱う店も少なく
なっていくため、宝飾品や美術品といったものを専門的に扱う店はなく。
質屋などが、副業がてらに細々と営んでいるくらいである。
ちなみにこの副業というものも質屋を含む一部を除いては原則禁止だったりする。
詳しい事は美鈴にも分からないのだが、狭い世界では競争よりも協調の方がいいらしい。
「さてどうしたものか」
美鈴は里の中を歩きながら一人呟いた。先月は久々に手作りのお菓子を作ったのだが、
料理全般に関しては咲夜の方が上手くなってしまっている。だから今回も同じ手を使うのは
得策ではない。かといって他に何かいい案があるわけでもない。
「困りましたね……」
元来、物事をあまり深く考えない性格が災いしているのだろうか、いくら悩んだところで
何も浮かんでこない。お伽噺に出てくる虎のようにグルグル同じところを回るだけである。
そのうち脳ミソがバターになるかもしれない。そういえば一昨年は、幻想郷中にバターが
妙に溢れかえっていたなぁ。などと考えがそれたところで、ふと美鈴の視界の中に甘味所が
入ってきた。
「あれ、確かここは数カ月前に霊夢達が地鎮祭をしたところですね」
その時のことを、美鈴は鮮明に記憶している。誰が地鎮祭を取り仕切るかでかなり揉めたのだ。
博麗神社VS守矢神社VS命蓮寺というまさに三つ巴の戦いが繰り広げられたのだが、結局は
店の主人が折れることによって、三者三様の方式で三回分も取り行われる事になった。
当然ながら費用も三倍かかり、見た目は屈強そうな主人も泣きそうな顔をしていた。
いやぁ、大の男の人でも泣くんですねぇ。その様子を美鈴は他人事で見物していたし、
一方で嬉しそうにしている巫女二人と虎の妖怪の姿との対比が印象的だった。
三回もの儀式のためか美鈴が見たところ、商売は上手くいっているようで売り子さんが
忙しそうに接客をしていた。って、あの子はもしかして……?
「こんなところで何をしているの、魔理沙?」
「へっ…、なんだ美鈴か。驚かすなよ」
美鈴は魔理沙の格好をしげしげと観察した。魔理沙はいつもの白黒の服ではなく、
小豆色の割烹着に濃い若草色の頭巾をしていて、長い髪も邪魔にならないように後ろで束ねていた。
「あまり似合っていませんね」
「……オフだとラフな物言いになんのな」
割と本気でへこんだ様子の魔理沙が応えた。
「それで、何をしているんです?」
「見れば分かるだろう?」
魔理沙は誇らしげに胸を張っている。その姿を見て、うん、本当に似合っていない。
と美鈴は思ったが口にはしなかった。なんだか可哀そうだから。
「無銭飲食の罰ですか?」
「お前とはもう話したくない」
「冗談ですよ、だから教えて下さい」
「……なら、何か買ってくれ。そうしたら教えてやる」
「オススメとかありますか?」
「これとかどうだ、今年の干支に見立てて縁起がいいぜ」
そう言って魔理沙は皮が虎柄になっている饅頭を美鈴に勧める。
確かに縁起がよさそうだし、美味しそうでもあったので、
「ではそれを貰います」
そう言って美鈴は懐から財布を取り出した。
魔理沙からすぐにでも話を聞こうとしたが、お客さんがひっきりなしにやってきたため、
美鈴は魔理沙と閉店後に会う約束をして一度その場から離れた。魔理沙が働いている間
美鈴は里にある商店を一通り見て回ったが、これといってめぼしいものはなかった。
やはり、どの店舗でも扱っているのは日用品やら食料品だけで気のきいたものは
置いてなかったのだ。美鈴が肩を落として魔理沙の元に戻った時にはお店は
すでに暖簾が下がっていた。どうやら早めに閉店したみたいだった。
そして肝心の魔理沙は店の正面で美鈴を待っていてくれた。
「それで、なぜあそこで働いていたの?」
美鈴はいつもの白黒の服に着替えた魔理沙の隣を歩きながら質問した。
魔理沙がどこに行こうとしているのかは聞いていない。
魔理沙は胸を張ってそれに応える。やはりいつもの服装が一番似合う。
「お金を貯めていたんだぜ。今日で終わりだけどな」
魔理沙の割烹着姿を拝めたのは、どうやら今日までだったらしい。
「お金?でもなんで?」
「それは秘密だぜ」
小憎たらしく笑う魔理沙を見て、美鈴は何がなんでも聞き出したくなった。
「ああ、アリスのためか」
「なんでそれを?!」
「……ごめん、カマをかけただけ」
「………」
気まずい沈黙が二人を包み込んだ。美鈴とてこんな見え透いた引っ掛けに
魔理沙がまんまとはまるとは思っていなかったのだ。
しばらく二人は無言のまま歩いていたが、不意に魔理沙が話しはじめた。
「ほら…明日ってホワイトデーってやつだろ?先月、アリスからケーキを貰った時に
教えてもらったんだけど、いつものお返しをする日らしいから、何かプレゼントしようと
思ったんだけど、なにも考えが浮かばなくて里中を歩き回っていたんだよ。そうしたら
きれいなオブジェが質屋に置いてあったのを見て、それをお返しにしようとしたんだ。
でも結構な値をしていたから、あそこで働いて代金分を貯めていたんだよ」
魔理沙の話を聞いて美鈴にある疑問が浮かんだ。
「質屋に…ですか?でもそれって、すでに流れた質草なんですか?」
「一応確認はとったよ、元々流れることを前提に質入れされたものらしい」
「なんだか怪しい感じもしますが、信用できるところなんですか?」
場合によっては盗品が質屋に入れられることだってあるのだ。
知らないとはいえ盗品を買い取っては、面倒な事になるのは目に見えている。
そのことが心配になり、美鈴は魔理沙に聞いたのだ。
「ああ、私もよく知らないが『コウエキ質屋』に分類されているらしいぜ」
「『公益質屋』ですか。それなら大丈夫だと思います」
公益質屋とは社会福祉事業の一環で行われていた質屋の事で、通常の質屋に比べると
質流れする期間が長く、利率も低めに設定されている。美鈴はそのことを魔理沙に説明した。
「そうか、とりあえず信用できるんだな?」
「私も利用した事がないので断定出来ませんが、他のところに比べれば信用出来ます」
「よかったぜ、盗品だったりしたら困るからな」
「ふふ……そうですね、もし盗品だったりすると、かなり面倒なことになりますよ」
もしこの場にパチュリーがいれば、あんたも日頃は、うちの図書館から本を盗んでいるじゃない。
と強烈な突っ込みが入っていただろうと思うと、美鈴は苦笑を禁じ得なかった。
「怖い事言うなよ……、私をからかった罰だ。買うのについて来てくれ」
魔理沙は本気で怯えてしまったようだ。大切なお返しが実は盗品でしたなんていうのは、
冗談では済まされないのだから、当然といえば当然である。
「いいですよ、私もなんだか興味ありますし」
「本当か?ありがとう、美鈴!」
怯えさせてしまった罪悪感と、自分のお返しの参考にもなると思った美鈴は快諾した。
その商店は公益質屋だけあって、大きくはなかったが清潔感の溢れるきれいなものだったし、
かつて美鈴が外の世界で見た質屋の殺伐とした雰囲気とは程遠い、穏やかな空気が店を覆っていた。
美鈴を店外に残して、魔理沙は中に入るとは受付まで急いで行き、目当ての質草が残っている事を
確認して、すぐさまそれを買い取った。店に着くまではビクついていたとは思えない早さだった。
「無事に買えましたか?」
「ああ、ちゃんと買えたぜ。あとはプレゼント用に包装するだけだ」
魔理沙は質草の入った袋を片手に、美鈴の言葉に興奮が納まらない様子で応えた。
どうやらまだ包装はしていないらしい。どんなものか見せてもらうなら今しかないだろう。
「わるいけど、どんな物を買ったのか見せてくれない?」
「いいぜ、美鈴にはここまでついて来てもらったしな」
そう言って魔理沙は手元の袋からアリスへのプレゼントになる質草を取り出した。
「ほら、これが…」
その瞬間である。
美鈴と魔理沙の間を一陣の風――何者かが駆け抜けた。
「あっ」
「なっ?!」
そして気が付くと魔理沙の手元にあった質草がなくなっていた。
突然の出来事に魔理沙は虚を突かれたかたちになり、何の反応も出来なかった。
妖怪である美鈴も反応こそ出来なかったが、その目はしっかりと盗人の姿を捉えていた。
※※※※※
人間の里の近くには命蓮寺という名の寺が存在する。
本来は妖怪のためのものだったのだが、元が宝船だったこともあり
縁起がいいとのことで人間の参拝客も少なくない。
その命蓮寺へと続くやや長い階段の中腹くらいに一人の妖怪がいた。
「何故あいつらがこれを持っていたのだ?」
命蓮寺に続く階段をてちてちのぼりながら、ナズーリンは一人呟いた。
その手元には先程、魔理沙が買い入れた質草の入った袋がある。
ナズーリンはその袋の中から、質草――宝塔を取り出し階段をのぼりながら深く考え込む。
ナズーリンはここしばらくの間、主人である寅丸星が宝塔を持っている姿をみていなかった。
本人に聞いたところ、失くさないように部屋の奥で保管しているんですよ。といつもの
気の抜けた声でその理由を話してくれたのだが、今自分の手元には何故か件の宝塔がある。
これはどういった事だろう。
ナズーリンは、もしかして自分が外出中にご主人様の身に何か?!とも思ったが、
その可能性はとても低いだろうとその考えは捨てた。それどころか、ご主人様は
普段はのんびりとして頼りなさ気な様子だが、やる時はしっかりとやる。
だからこそ毘沙門天様の化身を任せられているのだ。などと自分でも意外なほどに
頭の中で褒め称えてしまった。だから別の可能性を考え、一つの仮説に辿りついた。
「おそらく、空き巣だろうね」
この宝塔を持っていたのはあの霧雨魔理沙だ。噂に聞くところ彼女は度々紅魔館の図書館の
蔵書を盗みだしているという。今回は趣向を変えて命蓮寺に忍び込んだのだろう。
そういえばもう一人、紅い髪をした長身のやつもいたが、あれは誰だったのだろうか。
「まっ、もうどうでもいいんだけどね」
彼女らが追ってくる気配はない、念を入れてまっすぐ命蓮寺へと向かう事無く、
迂回するようにして移動したおかげかもしれない。簡単な尾行対策である。
それよりも一刻も早くこの宝塔をご主人様に渡さなければ、そして今度からは
空き巣にも気をつけるようにと、ご主人様にたっぷりお説教をしてあげよう。
――近頃はご主人様にお説教をするのが、楽しくなってきたのかもしれない……
そう思いナズーリンが階段をのぼるペースを上げ、命蓮寺の門にさしかかった時である。
「遅かったな、泥棒猫」
門の奥から白黒の魔法使いが現れた。
「猫?私は見てのとおりネズミだ」
「そんなことはどうでもいい、そいつを返してもらおうか」
「君は何を言っている、これは元々こちらのものなのだよ」
「ふんっ、盗人猛々しいとは、よく言ったものだぜ」
「その言葉そっくりそのまま君に返してあげるよ」
魔理沙とナズーリンのやり取りを、美鈴は命蓮寺の門にもたれ掛かって見物していた。
あの後、魔理沙に質草をかすめ盗って行った人物の特徴を教えたところ、すぐさま
ここまで連れて来られたのだ。本当なら咲夜へのお返しを探さなければならないのだが、
魔理沙の質草が盗まれたのには、自分にも原因があると思い、美鈴は素直について来たのだ。
「それにしても、ここは何だか落ち着きますね~」
もたれ掛かっている門を見ながら、美鈴は一人まったりしていた。
門番を務めているだけあって、門の作りにも興味が湧きはじめたのだろうか。
美鈴はじっと命蓮寺の正門を観察しはじめる。
命蓮寺の正門は紅魔館のそれと異なり、木製で立派な屋根がついている。
これなら雨の日でも濡れないですみそう。などと思い、今度は門より内側に視線を移した。
正面には一番大きな建物がある。あれが本堂だろうか。うんやっぱり何だか落ち着く。
門といい、この命蓮寺全体の作りがどことなく、美鈴には懐かしい感じがするのだ。
紅魔館を改築するならこんな風にして欲しいなぁ。と呑気にしていると
奥の方からこちらに、誰かが歩いて来ているのに気が付いた。
美鈴はその人物に見覚えがあった。それは以前、霊夢達と地鎮祭を行った虎の妖怪だったのだ。
「あっ、先日はどうもお世話になりました」
こちらに近づいて来た虎の妖怪は美鈴の姿を確認すると、無邪気な笑顔とともに
いきなり頭を下げて、初対面のはずの美鈴にお礼を述べた。
しかし、お礼をされるような事は身に覚えがなく、美鈴は困惑してしまう。
「えっと……身に覚えがないんですけど?」
「あっ、すみません。先月紅魔館に訪れた者ですよ」
美鈴の疑問に虎の妖怪は照れながら応えた。
「あの時の……、そう言えば声が似ていますね。でも外見が全然違いますよ?」
「わけあって変装していたのですよ。混乱させてしまいましたね。すみません」
「いいえ、気になされないで下さい」
「そう言ってもらえると助かります。…申し遅れましたね。私は寅丸星といいます」
「ご丁寧にどうも。私は紅美鈴といいます」
「ホン・メイリンさんですか、何だか懐かしい響きのする名前です」
「奇遇ですね、私もこのお寺の雰囲気が何だか懐かしく感じるんですよ」
「そうなのですか、命蓮寺のモデルは外の世界の……云々……」
「ええっ!本当ですか?!私も外の世界にいた時には……云々……」
美鈴は星との間に意外な共通の話題を見つけ驚いた。
それは外の世界のことで、美鈴にとっても馴染みの深い土地のことだった。
そのため、二人は長い事話し込んでしまうことになった。
お互いの昔話しが一区切りついたところで、美鈴は星にあることを尋ねられた。
「ところで美鈴さん。うちのナズーリンがどこに行ったのか、ご存じですか?」
「ナズーリン?…あぁ、その方ならそこで口論していますよ」
美鈴はそう言って未だ門前の階段で言い争っている二人の方を指さした。
「いなくなったと思ったら、こんなところで遊んでいたのですね」
星はやれやれといった面持ちで二人の方へと、歩み寄ったが突然その歩みを止めた。
ついでに、それまでにこにこしていた星の顔が急に青くなっていた。
気になった美鈴が声をかける。
「お顔の色が優れませんが、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。ところでなぜ彼女らは口論を?」
「実は……」
魔理沙が質屋で質草を購入したこと、それをナズーリンが奪って逃げたことを美鈴は説明した。
美鈴の話しを聞けば聞くほど星の顔色は悪くなっていき、ついには大粒の汗を垂らしはじめた。
「あのねですね、美鈴さん」
「なんでしょう」
「もしの話ですよ?もし自分が原因で親しい者が騒動に巻き込まれた場合、あなたならどうしますか?」
「説法か何かですか?そうですね…正直に名乗り出ますね」
「……そうですね、それが正しい道ですよね」
「?」
説法ではないのだろうかと美鈴が不思議に思っていると、星は言い争いを続けている
二人の元へと歩いて行った。
「ナズーリン、お話しがあります」
「うん?ご主人様か。すまない、今立て込んでいるんだ。後にしてくれないか?」
ナズーリンは魔理沙と向き合ったままで応える。
「ダメです。大切なお話なのです」
「大切と言われても、今は宝塔がこの泥棒の手に渡るかどうかの瀬戸際……って」
そこまで言ってナズーリンは星の方を向き詰問しはじめた。
「これはどう言う事なのだい?ご主人様」
星を問い詰めるナズーリンの声はあくまで冷静だ。
「えっと…その…」
「ご主人様はきちんと宝塔を保管していたのだろう?」
「いえ……、少し前にどこかに落としました…、ごめんなさい」
「……なら、この白黒の言っている事が正しいのかい?」
「多分、そうです……」
「君というやつは……」
ナズーリンはその場で頭を抱え込んでしまった。
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
あの後、魔理沙に事情を話し宝塔を返してもらった星が門前で二人に頭を下げた。
ナズーリンは星に、あとで部屋まで来るように。と一言だけ残して
本堂の方へとすでに帰ってしまっている。
「もういいよ、あんたも災難だったな」
前からの計画が水泡に帰した魔理沙は、ぶっきらぼうにそれに応えた。
強がっているが、内心は切羽詰まっていることだろう。
なにせお返しの日は明日だ。今からではろくなものを用意できない。
「美鈴、お前にも手間をとらせたな。里まで戻ろうぜ」
「そうですね、もう日も高くありませんし」
そう言って二人は階段をおりて、人間の里まで戻ることにした。
今更、里に行ったところで、大した物は見つからないだろうが、
それでも何も用意しないよりはマシだと考えたのだ。
「待って下さい」
そんな二人を星が呼びとめる。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
魔理沙の口調が少し荒くなる、焦っているのだろう。
「えっと…お詫びがしたいのですが」
「お詫び?別にいいよ、そんなこと」
魔理沙は時間の無駄だと言わんばかりで、星の提案を突っぱねた。
「ダメです、今回の騒動は私のせいです。責任はとらせてもらいます」
しかし、星も引こうとはしない。
いつの間にか回り込み両手を広げて、とおせんぼうをしている。
その必死な姿を見て美鈴は気の毒に思い、魔理沙の肩をぽんと軽く叩いた。
「……分かったよ。で、何をしてくれるんだ?」
「はい、お二人さんはプレゼントを探しているのですよね?」
「そうだけど、何かいいものでもくれるのか?」
「よく分かりましたね。そのとおりです」
そう言って星は懐から綺麗な二つの宝石を取り出した。
それを見た美鈴が驚く。星の取り出したものは紅魔館にもないほどのものだったのだ。
「こんな物どうしたんですか?」
「毘沙門天様は宝船に乗られているのです。そして私は、その毘沙門天様の代理なのですよ?
毘沙門天様は福の神なので、この手の物は私もわりと手に入るのです。この宝石も少し前に
掃除をしていたら手に入った物なのですが、私には必要ないのでお二人に差し上げます」
まるで毘沙門天の偉大さを説くようにして、星はにこやかな表情で二人に話した。
星の話によれば、毘沙門天とは福の神であると同時に武神でもあるらしい。
その他にも星は、毘沙門天の逸話やその派生した姿についても詳しく語ってくれた。
「それで以前、李靖と名乗られていたのですね。納得しました」
「よく分からんが、とにかく毘沙門天っていうのは凄い神様なんだな」
星の説明を聞き、二人はそれぞれの感想を口にする。
そこで、ささっと笑顔とともに星は魔理沙と美鈴に宝石を差し出す。
「分かって頂き光栄です。ですから……」
「悪いが、それは受け取れない」
「すみませんが、私も同じです」
しかし、二人ともそれを受け取ろうとはしなかった。
特に美鈴は硬い声で断っていた。
※※※※※
魔理沙はアリスの家に来ていた。
なんとか仕上がったプレゼントを渡し、昨日の出来事をアリスに話していた。
宝石を貰えそうになったが、それを断ったところまで語った時に
それまで、相打ちするだけだったアリスから疑問の声があがった。
「ふ~ん、それで?」
「『それで?』って何が?」
「だから、宝石を貰わなかった理由よ」
「へっ、もしかして宝石が欲しかったのか?」
「当たり前じゃない、質屋に持って行けば生活費の足しになるわ」
「………」
魔理沙は何も言えなかった。前からお金にはシビアな面がアリスにはあると思っていたが、
まさか、お返しに貰った物を質に入れることまで視野に入れているとは予想すらしていなく
そのことに唖然とすると同時に、だったらはじめの計画どおりに宝塔を贈っていたら、
それも現金化されていたんじゃね。いくらなんでも酷い。と考え魔理沙は切なくなった。
からかったつもりが、予想以上に魔理沙が沈み込んでしまったのを見てアリスは慌てた。
「悪ふざけがすぎたわ、ただの冗談よ。ゴメンなさい」
「……本当に冗談かよ?」
魔理沙は微妙に拗ねてしまっている。
それを見たアリスは、あら、なんだか可愛いなどと不埒な事を考えてしまう。
「本当に冗談よ。私が魔理沙からのプレゼントを粗末に扱うわけがないでしょ?」
アリスはそう言いながら手元にあるぬいぐるみの頭を撫でた。
それは魔理沙が徹夜して作り、アリスに贈ったもので魔理沙自身がモデルとなっている。
以前にアリスの手伝いをした事が幸いし、急ごしらえのわりには上手に出来ていた。
「……分かった、信じるよ」
アリスが愛おしそうにぬいぐるみを扱う姿を見て、魔理沙は肩肘の力を抜いた。ただ、
私以外からのプレゼントなら質屋にGOなのか?と魔理沙は突っ込みたかったがやめておいた。
「それで、どうして宝石を貰わなかったの?」
「受け取ってはいけない気がしたんだ」
「あら、私なら受け取っているわね」
「そうかい、抜け目のないアリスらしいな」
「この前も何だか綺麗なモノを拾って、質に入れたばかりだわ」
「!!!」
「でもあまりいい値にはならなかったの」
これくらいよとアリスが言った金額は魔理沙の稼いだとほぼ同額だった。
その頃、紅魔館でも似たようなやり取りが行われていた。
場所は咲夜の部屋。
咲夜はベッドの上に身体を投げ、隣で腰かけている美鈴の話しを聞いていた。
美鈴の話というのは、もちろん昨日の出来事である。
前置きなんていいから、早く美鈴からのお返しが欲しい咲夜としては、そんな話は
あまり興味がなく、すぐ側にある長い紅髪の先のほうをいじって遊んでいたが、
美鈴の口から宝石という単語を聞いた後は少しだけ耳を傾ける事にした。
それは別に宝石が欲しかったのではなく、ただなんとなく気になったからだ。
「……ですから、その宝石はただの宝石ではなかったんだと思います」
「だったら、なんだったのよ?」
「おそらく猩猩様のものだと思います」
美鈴の口から出た名前は、咲夜には聞き覚えのないものだった。
「猩猩……?聞いたことないわね」
「はい、元々は毘沙門天様と同様に人間達に奉られていたのですが、
いつの間にか人間に害をなすようになってしまった元神様みたいなものです」
「確かに縁起のよいものではないみたいね」
「かつては福神にも数えられていたので、決して縁起が悪いわけではないのですが、
万が一のことを考えて断ったんですよ……頂いた方がよかったでしょうか?」
「宝石に興味なんてないから、どうでもいいわ。もちろん貴方がくれるのなら別だけど」
申し訳なさそうに話す美鈴を見て、咲夜は、どうせ『人間に害を』のところに過剰反応したんだろなぁ。
毎度の事ながら、この手のことに関しては本当に臆病ね。と思いつつ助け船をだした。
「それならよかったです」
咲夜の言葉を聞いて、美鈴の顔は一転して笑顔になるが、
それを見た咲夜は、どこまでお人好しなのよとため息が出る。
「よくないわよ。どうしてそんな代物を、その妖怪は貴方達に渡そうとしたわけ?」
「多分星さんは、猩猩様のその後の姿を知らなかったんでしょうね」
「……その妖怪が貴方達を陥れてやろうとしたとは、考えられないの?」
咲夜は紅髪を指に絡ませながら、美鈴に別の可能性を示唆したが、
どうもそれがいけなかったらしい、咲夜の言葉に気を悪くした美鈴は
抗議するために勢いよく立ちあがり、咲夜の方を向こうとしたのだ。
だが美鈴の長い髪の毛先は、咲夜の指に絡めとられている。
ブチッ、と嫌な音がした。
「いっ……星さんがそんな事をするはずがありません!!」
「……私が悪かったわ」
「……星さんはいい人なんです、咲夜さんも会えばそれが分かります」
泣くのを我慢しての美鈴のお説教を、咲夜はこれどうしようかしらと、
自分の指先に残った紅い髪を一本一本解きながら聞き流した。咲夜はそれを見て
こっそりアリスに渡してリ・プチ美鈴の材料にでもしようかしらとまで考えたが
さすがにそれだと呪いの品みたくなるだろうと思いなおし、ゴミ箱にポイした。
「あ、素直に捨てるのですか。意外ですね」
どうやら美鈴にそのことを警戒されていたようだった。
「それでお返しはまだなの?」
「………」
「そろそろ日付が変わってしまうのだけど?」
一向にお返しをくれる気配のない美鈴に、とうとう咲夜の痺れも切れた。
時刻はすでに0時に近づいている。このままだと明日になってしまうだろう。
だが、美鈴は黙ったままで何も喋ろうとはしないで、咲夜と目を合わせようともしない。
その姿はまるで時効が来るのを待つ咎人のようにも見える。
「えっと……その……」
「どうしたの?」
気まずそうにしている美鈴を見て、咲夜は大体の予想が付いた。
きっと先程話していたドタバタのせいで、何の用意も出来なかったのだろう。
だが咲夜としては、それはそれで全然構わなかった。
何故ならそれをネタにして、ふふ、いい度胸しているのね、美鈴。いいわお返しなんかいらない。
その代わりに貴方の身体を……と、どこぞの悪代官の様なマネ事をしたいわけではなく、
ただ単に咲夜は美鈴と一緒にいられるだけで十分幸せだからだ。
だから咲夜が、許してあげるから、そう落ち込まないでと言おうとした時に、
美鈴は恥ずかしそうに懐から何かを取り出し、それを咲夜に手渡した。
「上手く出来ているか、不安なのですが…」
そう言いながら美鈴が咲夜に渡してきたものは、緑色のリボンだった。
「意趣返しとはなかなかやるじゃない」
「本当はちゃんとしてものを買いたかったのですが、自作になってしまいました」
咲夜は貰ったリボンをよく見てみると、確かに美鈴の言葉どおり手作りなのだろう、
そのリボンは所々がほつれていたり、縫い目が一定でなかったりしている。
「ううん、ありがとう。私も手作りにすればよかったわ」
そう言って咲夜は先月の美鈴の様に、今までお下げを束ねていたリボンを外し、
美鈴から貰ったばかりのものに付け替え、
「どう似合っている?」
と意趣返しには意趣返しでこたえた。
※※※※※
「あれ、おかしいな。どこにいったのかな」
「どうしたんですか、船長さん?」
「ああ聖か、昔外の世界で舟を沈めた時に、見つけた宝石が無くなっているんです」
「そうですか、ナズーリンにでも頼んではどうでしょう?」
「そのナズーリンは夕方からずっと星を叱り続けています」
「では、星を助けるがてら相談してみてはどうでしょうか」
「あれはあれで二人とも楽しんでいるみたいなので遠慮しときますよ」
「村沙は変な事を言うのですね」
「聖が鈍感なだけです」
>「なにかいたい事でも」→言いたい事
>「さてどうしてものか」→どうしたものか
>趣向を変えて妙蓮寺→命蓮寺
こんなところですかね、今回も良質の二組を拝ませて頂いて感謝々々です。
命蓮寺メンバーも程よい露出で問題無く読めました、ナズ星もジャスティス
とにかく、美鈴と魔理沙が面白かったですね。星もなんだか空回りしてる感じがww