※付き合っている前提。すごく……百合です。
「16回、よ」
「何がだ?」
いきなり奇天烈な事を言い出したアリスにとりあえず聞き返す。
アリスはその人形のように整った顔立ちを歪めながら、苦々しく私を見つめている。
いつも通りアリスの家へお邪魔したのが、少し前。
いつも通りのおいしい紅茶とクッキーを目の前に出されたのが、つい先程。
その間アリスは終始無言無表情であったので、虫の居所があまり良くないのかな、とは感じていたが今の表情を見る限り完璧に不機嫌である。
おかしいな、今日は怒らせるような事は何もしてないというのに。
「だから16回よ、16回。わかんないの?」
はて、16回。16回とは一体何の回数であろう。
ご飯を御馳走になった回数か。
違う、そんなはずはない。
だってもっとたくさん食べさせて貰っているし、アリスがこんな不機嫌になる訳ない。
いつも嬉しそうにふるまってくれるし。
じゃあ弾幕ごっこでやりあった回数か。
いや、違うな。
些細な事で喧嘩になり、それを白黒つけるためやり合うこともある。
しかし私たちの弾幕ごっこでの勝敗はその場限りの物で、勝とうが負けようがそれ以降の気持ちに引きずりはしない。
お互いの気持ちのぶつかり合いをすっきりさせるためのものが弾幕ごっこなのであり、それはアリスも重々理解している。
それなら付き合い始めてからキスした回数か。
……それこそ違うな。
だって16回なんて付き合い始めて10日かからずに達成している。
ペースが速い気がしないでもないが、それもこれも可愛すぎるアリスが悪いんだ。うん、そうにきまっている。よって私は無罪だな。
それにしても初めてキスした時のアリスは可愛かったなぁ、顔真赤にしちゃってさ。
唇も柔らかいし、ほんと極上の肌触りっていうの?あれは癖になるな、ほんと。
16回なんてほんとあっという間だよな。今数えたらきっと30回以上はしてるだろう。
……おっと、思考がそれた。
邪な事を考えているのがばれたのか、アリスの表情がますます険しいものになっていき、その透き通るような青い瞳で、私の顔を穴があかんばかりに睨みつけている。
うーん、しかしまぁ、睨まれているとはいえそんな風にアリスに見つめられると―――
「照れるぜ」
「意味分かんないわよ!どこに照れる要素があるの!?私が言ってる16回っていうのは魔理沙が私の家から物を盗んでいった回数よ!!」
よっぽど頭に来たのか机にバンッと手をたたきつけて怒鳴るアリス。
そんなに怒るなよ、可愛い顔が台無しじゃないか。
別にアリスなら怒った顔も可愛いけどな。
「別に盗んだ訳じゃないぞ、借りてるだけだ。死ぬまでな」
「それを世間一般じゃ盗むっていうのよ!昨日魔理沙が持って行った本、私が使おうと思っていたやつなの!いつもいつも無断で持って行って……親しき仲にも礼儀ありって言葉しってるでしょ!?」
なるほど、使おうと思っていた本を私が昨日無断で持ち出したのを怒っていたのか。
で、それをきっかけに今まで我慢していた鬱憤が爆発してこんな状態になった、と。
我ながら結構アリスには迷惑かけているからな。
アリスは懐が深い、というか私よりも年上だという意識が働いているせいか滅多に怒る事はないのだが、今回はそれが悪い方向に働いたようだ。
鬱憤のマスタースパーク、これはすごい威力だ。
真っ黒焦げになるな。主に私の耳の鼓膜が。
しかし困った。
こんなにも怒ったアリスを見るのは久しぶりだ。
いつもはすました表情を浮かべている顔を、真赤にして延々と怒鳴っている。
「そう、そうよ、甘い顔していた私が悪かったのかもしれない。だから今までは少し文句言う程度だったけど今回は我慢しないわっ!無断拝借ここに極まれりよ!そりゃ泥棒は魔理沙の専売特許なのかもしれないけどね!」
むぅ、そこまで悪しざまに言われると私もいい気分ではないな。
便宜的に死ぬまで借りるという事にしているが、アリスが本当に必要なら言ってくれればすぐ返すのに。
まぁ、ここまで鬱憤をため込ませた私が悪いんだろうがな。
とはいえ納得できない事が一つ。
「実に、42回だぜ」
「は?」
テーブルをはさみ鼻先に唐突に突き付けられた人差し指に、アリスは思わずといった様子で抜けた声を出す。
怒鳴り声が出ていた口をぽかんと緩ませ、私の事を見てくる。
あ、この表情いい。アリスが少し幼く見えて可愛い。
これは脳内アリス保存館にきっちり記録を残しておかないとな。
「何の事よ」
間の抜けた表情がゆっくりと苛立たしげなものに変わっていく。
話を遮られたせいか幾分冷静になったようだが、その分静かな怒りがわきあがって来ているようだ。
だがここははっきりさせておかねばならない。
「だから42回だよ。アリスも私からそんだけ無断拝借したんだぜ。むしろアリスの方が倍以上って事になる。泥棒は私の専売特許ってのはおかしいんじゃないのか。」
「私が何時、魔理沙から盗んだっていうのよ」
予想もしなかった私の言葉に唖然としたアリスだったが、即座に反論をぶつけてくる。
その表情は自分の無実を欠片も疑っていない者が浮かべるものだ。
全く、本人は無自覚って事か、嘆かわしいな。
「何時、か。明確な日時を示せって言われると困る。一日で数回無断拝借されたこともあるしな。昨日だってされたんだぜ、あっという間にな」
「そんな覚えはないわ。言いがかりも大概にして頂戴、魔理沙。素直に反省して謝るんだったら2時間程度のお説教で勘弁してあげようと思ったけど、屁理屈こねて逃げるつもりだったら容赦しないわよ」
はぁ~。思わず呆れた気持ちが溜息となって外へ漏れてしまった。
アリスの無自覚っぷりに、私でなくとも溜息くらいつきたくなるというもの。
しかしそんな私の様子を見て反省の色なしと受け取ったのか、徐々にアリスの殺気が高まっていき、横で上海と蓬莱が武器を構え始めている。
これは本気だな。
だがこっちだって本気だ。
屁理屈を言っていると思われるなど、心外にも程がある。
座っていた席を立ちアリスの方へ回る。
「本当に自覚ないのか?」
「ある訳ないでしょ。やってないもの。それよりも謝るつもりがないなら本当に―――」
言葉が途切れる。
アリスの唇を私の唇でふさぐ。
おどろいた様に目をまん丸にして固まるアリス。
アリスの頭に添えていた手をゆっくりと項へと這わせていく。
髪が耳にこすれたのか、アリスが一瞬びくりと体を揺らせる。
アリスの瞳は空のように広くて、私を魅了してやまない。
アリスの髪は絹のように滑らかで、私を魅了してやまない。
アリスの肌は雪のように艶めいて、私を魅了してやまない。
アリスの香りは花のように優しくて、私を魅了してやまない。
あぁ、だったら、分かりそうなものじゃないか。
そっと唇を離すと、真っ赤な顔でこちらを見るアリスがいた。
アリスが座っているせいか自然と上目遣いになり、怒りからか恥ずかしさからか微かに体を震わせながら私の方を見てくる。
その色んな感情が綯交ぜになったアリスをみて、私は思わず―――
「43回目だな」
「え?」
またカウントしてしまった。
まだ顔の赤さは引いてはいないが、私が言った言葉を聞いて訳がわからないといった表情を浮かべるアリス。
やれやれ、まだ分からないのか。
天然無自覚ぶりにも程があるだろう。
仕方ない、この無断拝借常習犯に答えを教えてあげようじゃないか。
「アリスが私の心を無断拝借した回数、だよ」
「………………っ!」
一瞬呆けた表情を浮かべたアリスだが意味を頭で理解したとたん耳まで真っ赤にして、ばっと私から顔をそらしてうつむいてしまった。
そんな様子がおかしくて、くすくす笑いながら私は言葉を紡ぐ。
「どうだ?私が泥棒だとアリスは言うけど、アリスの方がよっぽど泥棒だろ?」
そっと後ろからアリスに寄りかかるように抱きしめる。
座っていれば両腕の中に収められる。
いつか背が伸びていけば立ったままでも腕の中に収める事が出来るようになるだろう。
でも今だって十分満足している。
このきゃしゃな体つきと優しい柔らかさと微かな香りは、私だけの特権なのだから。
「――――魔理沙なんか」
「ん?」
微かに呟かれた言葉に反応して、抱きしめたままアリスの方へ顔を向ける。
瞬間、かすめるようにキスをされた。
驚いて固まる私を尻目に、真っ赤なままのアリスが私を見つめながら言葉を発する。
「魔理沙なんか、私の心を全部つかんだまま離さないくせに。泥棒よりも、たちが悪いわ」
アリスは言いたいだけ言ったら、すぐに目線を前に向けてしまった。
恐らく、恥ずかしさのあまり、だな。
……しかし、まいった。本当に。こりゃ完敗だ。
44回目どころか一気に10回分くらい持ってかれた気がする。
急速に熱くなっていく顔の感覚と、自分では抑制できないほほの緩みを自覚しつつ、アリスの肩におでこをのせる。
「好きだぜ、アリス」
「……私もよ」
抱きしめた両腕とおでこから伝わってくる体温は、いつもよりも熱い気がして。
響いてくる声はいつもよりも優しい気がした。
あと魔理沙の脳内アリス保存館は記録を一般公開してください
文章も読みやすかったです
応援してます
というか同棲しろ。