人形の巨大化には成功したものの何かが足りない。アリスは今日一日延々と頭を捻っていた。
「あともう少し、もう少し何かが欲しいのよねぇ」
一体何がやりたいのやら、あーでもないこーでもないと部屋をうろつきまわり、時々私の前を横切るので邪魔な事この上ない。
「メディ、何かいい案無い?」
ぬっ、といきなり私の前に現れる。画面が見えない!
「ああっ、アリス!邪魔、邪魔、どいて!……むばあ」
なんてことだ、せっかくここまできたのに被弾してしまうなんて。
「もー、アリスが邪魔するから!」
「あーあ、駄目よメディ。戦闘機でゴリ押しするのもいいけど、人型機に変形すれば地形に接触できるんだから、それを使って……」
「いやいや、アリスが視界を塞いだからミスしたんですけど。……アリス?」
「それだわ!」
「どれよ!?」
いきなり叫ぶと、頭が禿げあがるまで考え続けた積年の悩みが解決したかのような晴々とした表情でゴクリと紅茶を飲み乾し、袖で口を拭った。
人には行儀が悪いとテーブルマナーをいちいち注意する癖に、なんて自分に甘いのだろう。
「ぷはぁ。……わかったのよ。巨大人形に何が足りなかったのか……
そう、……変形合体よ!いきなり巨大ロボがドーンと現れるのももちろんインパクトはあるけど、変形合体にはそれには無いロマンがある!一人一人の力は弱くとも、力を合わせれば何倍ものパワーが集まり、敵を討つ!…うん、王道よねぇ、輝いてるわよねぇ」
また突然妙な事を言い出した。……まあ、わからなくもないけどさあ。
「やめときなよ、アリス……異変だーってまた怒られるよ?」
「……そんな説得で、私が諦めると?」
思ってません。
「…でも、変形合体ってことは、ロボット作るつもりなの?アリスの専門外なんじゃあ」
「ふふん、私に専門職など無いわ。ある時は魔法使い、ある時は人形遣い、ある時は寺子屋の臨時教師、ある時は服飾デザイナー、またある時は宇宙戦闘攻撃機サポートAI、そしてまたある時は夜叉屈指のESP能力者、さらにまたある時は六本木の生ける屍、そしてその実態とは……」
「そんなんだから『七色のフリーター』なんてみんなに呼ばれるんだよ」
「……むぐっ…、働いてないよりは全然ましじゃないの……とにかく、私におおむね不可能はありません」
いやに『おおむね』を強調する。
「とにかく、変形合体巨大人形ゴリアテZの製作案をこれから二人で考えましょう」
私を巻き込む事はもう決定済みなのか。そもそも、それは人形なのか。
どうせあれこれ駄目出ししてもあーだこーだと言い負かされるのは分かっているので、とりあえず真面目に考えてみる事にする。
「えーっと、じゃあまずは、動力とか素材とか、あと予算なんかも決めないと」
「……夢が無いわよ、メディ!そんなものは後でどうとでもなる、最初に考える事といったらやっぱり、武装でしょう!」
「……ええー?」
こいつ、人がせっかく常識的なアドバイスを与えてやってるというのに。
「あ、ちなみにメインの武装はもう考えてあるわ」
目がキラキラしている、よっぽど気にいっているのか。なんだろう、アリスの考えそうな武器といったら……
「ドリル、とか?」
アリスの人形にも持ってるのは見た事無いし。
……そういえば、最近アリスの人形が装備している武器がいやに物騒なのだ。
最初は刃物の切れ味を追求することに始まり、首もスパッといきそうなでかい斧だとか、神経毒を塗った槍だとか、なんだか曰く付きのカタナだとか…
この前は、コルトパイソンだのグロックだのを弾幕ごっこに使おうとして、隙間妖怪にひどく怒られていた。一体誰と戦うつもりなんだろう。(その時のアリスの言い草がこうだ。『そりゃあ都会派だもの、銃にマシンガン、手榴弾に地雷だって使います、都会派だもの』)
それは都会というよりもっと殺伐とした地域のほう、いや、今は変形合体ナントカの話だ。
「ふむ、いい線いってるわねメディ。でも残念……これからの時代はそう、パイルバンカーよ!」
とっつきか!
「ゴリアテは試作機だし、それを搭載するだけの余裕は無かったのよ」
「…浪漫兵器だよねえ」
「そこがいいんじゃない」
「……アリスってもっと実用性を重視するタイプかと思ってたけど」
「本当にそうなら、人形使いなんて面倒臭くてやってられないわよ。剣だの槍だのは人形に持たせないで直接武器を操ればいいし、なんでわざわざ人形に火薬仕込まなきゃいけないの。もっとシンプルにするわ」
ああ、なんだか納得してしまう。
「……さて、これで大方準備は完了ね。後は製作に取り掛かるだけだわ」
早い物であれから数日。どうやらアイデアがまとまったようだ。二人で、なんて言っときながらほとんどアリスが一人で考えていたので、私はアリスの家に来ても何もすることが無く、邪魔にならないよう隅でゲームばかりしていた(むしろ、歩き回るアリスが私の邪魔をする方が多かった)。
装備させる武器を考える時が一番活き活きとしていたのは言うまでも無い。
「ふーん、良かったわね……む、ぐぐ、おっと、ほっ」
このミノカサゴめ、魚のクセにファンネルとは味な真似を!
「さてメディ!」
顔のドアップ!
ぼおん。
「ああああああああ!」
ま、またしても!
「……一体何よ、アリス……」
「メディ、貴方にはこれから重要な任務に就いてもらうわ」
椅子に深く腰掛けて腕を組み、偉そうに言う。それが人に物を頼む態度だろうか。
「言っとくけど、私に手伝えそうな事は何も無いわよ」
「いえ、製作に関する事ではないわ。貴方には、来るべき日に備えてゴリアテ00の乗組員を探してきてもらいたいの」
うわあ、厄介事の予感。というか、名前変わって無いかしら。
「全部で五人必要だから、あと三人ね。できれば私がゴリアテ2ndを完成させるまでに頼むわ」
あ、私が乗るのは決定済みなのね。いや、わかってはいたけど。あと名前。いや、突っ込まないけど。
「…しょうがないからやるけどさあ、巨大ロボの操縦なんて出来そうな人がいるかなあ」
「やる気があれば、年齢、性別、種族、経歴、犯罪歴その他もろもろは問わないわ。いざという時は私一人で動かせるようにするつもりだし」
じゃあ最初っからそうして下さい、と頼むのはやはり野暮なのだろう。
面倒は早々に片づけるに限る。私は億劫ながらも立ち上がった。
「いってきまーす」
「頑張ってねー」
早速任務を開始するべく、私はアリスの家を後にした。
……ああ、これからどうしよう。
「フラァンドォォォル!」
来やがったな、暴戻恣雎のお姉さまめ!
「ふふっ、追いつめたわよ…どうする?今なら這いつくばって許しを請うなら許してあげない事も無いけど」
「冗談!お姉さまに頭を下げるくらいなら私は死にます、ええ死にます」
「交渉決裂ね、残念だわ!」
言いながらこちらに飛ばしてくる弾幕を右に避け左に避け、反撃の機会を窺う。
「うわあ、ホントにもうマジで怒っちゃってるよ、あのお姉さま」
「ああ!?食い物の恨みは恐ろしいと学校で習わなかったのかしら!いや、私も習ってないけど」
「たかだかデザートのケーキ一つで大げさなんだよ、お姉さまは」
「一ホール丸々食ったくせに何言ってんだ!」
うん、流石にちょっと食べ過ぎたかも。こんなに美味しいケーキはお姉さまに食べさせるわけにはいかないと、一人で無理をしすぎた。
「これは私の優しさなんだよ、お姉さま。こんなに素晴らしいケーキの味を知ってしまったら、後に食べるケーキはどんなに美味しくても全て霞んでしまう…長い生涯、満たされる事無く苦しむ事になるお姉さまの姿を想像しただけで……ううっ。
……そんな妹の優しさを理解出来ないというの?」
「理解出来ない!その胃袋も、しれっと嘘を吐くその口も、そのあからさまな人を見下した表情も!姉に向かって!姉に向かって!」
「ははっ……やだなあお姉さま。私はいつでもお姉さまに対する愛の気持ちで胸がはち切れんばかりですのよ?」
「じゃあまず、ケーキを一人占めした事を謝りなさい!」
「それは死んでも嫌です、ええ嫌です」
再度吹き荒れる弾幕の嵐を上に避け下に避け、さてどうしてくれようかと思案に暮れる。
今の頭に血が上ったお姉さまをボコボコにするのは正直チョロイだろうけど、姉思いのやさしい妹としてはそんな事をしてただでさえペラッペラのプライドを蹂躙してしまうのはやはり心苦しい。
でもこのままじゃやられちゃうし、まいったなあ。
「お嬢様、さっきからドタバタどうしたんです?あまり館を壊さないで下さいね」
「ああっ、咲夜!いい所に!」
「うわぁ、咲夜?まずい時に…」
流石の私も二対一ではきついわ。
「フランドールを土下座させて、もう二度とお姉さまには逆らいませんと誓わせるのよ、手を貸しなさい!」
「しかしお嬢様、大抵こういう場合はどちらかといえばお嬢様に非があるというのが私が紅魔館に来て学んだ事の一つですわ」
「確かにフランのアップルパイをうっかり食べちゃったり、取っておいたプリンをついつい食べちゃったりしたけど、今回ばかりはあっちが悪いのよ!」
ああ、そんなこともあったっけ。
「しかしお嬢様、その時もあの時も妹様は仏の笑みを浮かべて寛大にも許して下さったじゃあないですか。ケーキならまた作ってあげますから」
「何言ってるの、仏の笑みを浮かべながらレバ剣突き付けて、『1回ごとに1cm、この刃はお姉さまに近づいていく…何回目で首が飛ぶかしら』よ!?すごく怖かったわ!」
ちなみに、お姉さまの首が飛ぶまであと2センチ。
「そう忠告されているにもかかわらず、懲りずに妹のお菓子を横取りするお嬢様もどうかと思いますけど」
「ええい、とにかくフランドールを倒すのよ!」
二人がかりとは、卑怯なお姉さま!
「そうだ咲夜、パチュリーも呼んできて頂戴」
「ええ、三人がかりは流石に卑怯では?」
「紅魔館では、私がルールであり、法律であり、絶対であり、神なのよ!」
お姉さまの要求に、しぶしぶ、といった風情で咲夜は姿を消した。
「絶体絶命ね、フラン?」
咲夜がパチュリーを連れて戻ってくるのは時間の問題だろう。なんとかするなら、今の内しかない。
「……心優しきお姉さまは、哀れな妹に最後のチャンスをあげましょう。土下座して謝ればまだ五体満足でいられるわよ。……あれ、羽って一体の内に入るのかしら?……まあいいわ、どうする?」
言ったばかりだ、お姉さまに頭を下げるくらいなら死ぬと。
「当然」
「当然?」
「断るッ!」
「残念だわ、フラン!」
お姉さまの槍が、私の身体を真ん中から貫いた。
槍はそのままの勢いで飛んで行き、壁に穴を開ける。
「………っ…今のは分身!?」
穴の空いた壁のそばで平然と立っている私を見て、驚きの声を上げた。
「お姉さまの毎度毎度の横暴にもずっと目を瞑ってきたけど、そろそろ限界だわ。…しばらくお別れね、お姉さま」
穴の外は明るい。当然だ、まだ日中だもの。しかし構わず、私は飛び出した。
今日の天気は晴れのち曇り。ちなみに風も強い。さっき美鈴が言っていたわ。
一体私は何をしているのだろう。幻想郷をうろつきまわり、変形合体ロボの操縦者を探すだけの簡単なお仕事です。休憩は自由だけれど、給料はありません。
さぼってアリスの家に帰ってそんな暇人はいませんでしたと答えるだけでいいのに、律儀にも真剣に探している私はきっとこの世で最もお人よしな人形だろう。
歩みが止まる。これからどこへ行けばいいのかわからない。何しろ、私の知り合いは少ないのだ。
向日葵の波を抜け、幽香に会った。アリスから目の敵にされてるしねぇと断られた。
竹林で何度も迷いつつも、永遠亭に辿り着いた。みんな忙しそうで、永琳と世間話をするだけで終わった。帰りも迷った。
そして私は途方に暮れた。私一人での行動範囲は実はこんなにも狭かった。
任務は失敗だ。まさかたいした知り合いでもないのにロボットに乗ってみませんか、と勧誘できるほど私は図々しくない。
アリスの家に帰るにしても、まだ一週間しか経っていないのだ。嫌々ながらも引き受けた手前、ちょっとみっともない。
今日は適当にぶらついてみることにした。これだけでも、鈴蘭畑に籠っていた頃からは随分大きな進歩と言えるだろう。
湖の付近で妖精たちが遊んでいるのが見えた。あいつらなら、おもしろそうな事には飛びついてくるだろうけど……
突然ふっと暗くなった。空を見ると、風に吹かれて分厚い雲が陽の光を隠したようだった。
ああもう妖精でいいか、と妥協して行き先を決めた時、ドンと大きな音がした。何か突拍子もない事件の予感。しかし私は構わず妖精たちの方へと向かった。
「イタタタタ!イタタタタ!やっぱり曇り空とはいえ、吸血鬼が昼間から外に出るなんて無理があったんだわ!」
「ああ、フランドール様!大丈夫ですか!?身体がどことなく溶けているように見えますけど、大丈夫ですか!?」
「こら、美鈴!これが大丈夫に見えるというなら、貴方の眼が心配よ!」
「あ、やっぱり大丈夫じゃあないんですね。よかった、私の眼は節穴ではないみたいで」
「私の言い方が悪かった?お願いだから助けて下さい」
「あっ、すみません。それ、よっと」
「お、なんだか楽になった」
「気の力で紫外線をカットしたのです。年中門の前に立ってると日焼けしちゃいますからよく使うんですよ」
「へえ、なんだかすごい」
……私には何も聞こえなかったわ。こう見えても忙しいのだ。アリスから受けた重要な任務を遂行している真っ最中に、面倒くさそうな事に巻き込まれるわけにはいかない。
そう、やっとターゲットを見つけたところ。あの妖精達に、ちょっとロボットに乗ってみないかと「すいません!ちょっとそこの人!」まさか私の事ではあるまいな。
嫌な予感がしつつも振り向くと、門番の人が手を振っていた。私が気付いたらしいのを確認して、頷いた。ああ、確定だよ。
「……何か用?」
「いえ、ちょっとその傘を貸していただきたいのです」
「傘?ああ、これ」
実は私の手には傘が握られていた。アリスから拝借したものだ。歩き疲れた時は杖になり、道に迷った時は道しるべにもなる優れものだ。(ひょっとしたら、竹林で迷いに迷ったのはこいつのせいかもしれない。分かれ道の度にこれを倒して方向決めてたから)太陽光で充電できるハニカム構造式ディフェンスレーザーと簡易型拡散リフレクトレーザー砲を搭載しているので、敵に囲まれても安心である。
あれ、これってすごく危ないんじゃ?そもそも、何でアリスはこんな物を。
ともあれ困っているようなので、素直に貸してあげることにした。門番に傘を渡すと、それを隣で溶けていた女の子の上に開いた。
二人は私にお礼を言った。別に大した事をしたわけでもないので、「別に大した事をしたわけじゃないわ」と私は言った。
その傘はアリスに返すよう言って、とっととこの場を離れたかった。
「さあフランドール様、早く屋敷の中に」
「何を言っているの美鈴。私、わざわざ焼かれに飛び出してきた訳じゃないわ。家出してやるの!お姉さまなんか、もう知らないわ!」
「ええっ、フランドール様が外に出たらまずいんじゃ」
「ちょっとくらい問題無いわよ。溜めこんだものを爆発させる前にちょくちょく発散させてやらなきゃ、私、何しでかすかわからないよ?」
「ひいっ、確かにそれは恐ろしいです」
「決まりね。美鈴にも一緒に来てもらうから」
「ええ、私もですか!その、私には、いろいろと仕事やら都合やらが」
「今日は私達『虹色同盟』の結託式よ!」
「なんですか、それ」
「虹色じゃない。美鈴のスペルカードとか、私の羽とか」
「なるほど、それで虹色同盟」
「早速メンバー集めに行きましょう、美鈴!」
「うう、………こうなったら、地の果てまでも御供いたします!」
「その意気よ、美鈴!」
私はすっかり忘れられているようだった。
そういえば私は、妖精達を勧誘しに行くんだった。すっかり忘れていた。
何かに熱く燃えているらしい二人を尻目に、この場を後にする事にした。
妖精達には最初何て声をかけよう。なんとかフレンドリーに接するよう心がけ「そうだ、ちょっと貴方!」ああ、私の事なんだろうなあ。
半ば諦めながらも振り向くと、傘を持った、羽の生えた女の子。満面の笑み。
「貴方、虹色同盟に入ってみませんか?歓迎します!」
そもそもお互いの事をよく知らない、ということで、自己紹介をすることになった。
「私はフランドール・スカーレット。元、紅魔館の吸血鬼。今は虹色同盟の一員よ」
はあ、吸血鬼。それで溶けてたのか。
「私は紅美鈴。元、紅魔館の門番です。今は…虹色同盟の一員、です」
そう美鈴が言うと、フランドールは分かってるじゃないかと大きく頷いた。
この人は確か前に会ったことがある。アリスと一緒に紅魔館に行った時だ。
「私は、メディスン・メランコリー。えーと…ただのしがない毒人形です。割と鈴蘭畑に居たりします」
うーん、なんで私はこんなに卑屈になってるんだろう。
「へえ、幻想郷にはそんなところもあるのね」
なぜか感心された。目を瞑って、鈴蘭畑の事を想像しているらしい。「駄目ね。そもそも私、鈴蘭を知らないもの」そう言って空想を打ち切った。
鈴蘭を知らないとは、あまり外に出ないタイプなのだろうか。私もそうだったけど。
私の表情に気付いたのか、美鈴が言った。「フランドール様は今日初めて紅魔館の外に出たんですよ」
「そうだね、ざっと五百年くらい?」
うひゃあ、私とはスケールが違う。人生の。
「はー、それは、まあ、なんというか。苦労してるのね」
「んー、それほどでも」
まるでたいしたことでもないという風に言ってのけた。
「……さて、そろそろ本題に入らせてもらうわよ。虹色同盟に入りませんか!」
唐突に話題が変わった。
「…いや、入りませんか、と言われても…それって、何するの?」
「え?…ああ、そうねー」
うんうんと考え始めた。何も決めていなかったようだ。どうやらこれ自体も、たった今発足したようだったし。
「…そうだわ。我々虹色同盟の活動目的、それは…虹の根元の宝物を見つけにいくことよ!」
なんて壮大!
「ええ、フランドール様、それは、流石に……」
「夢が無いわよ、美鈴!……私は前に一度だけ、窓から虹を見たことがあるのだけど……その美しさといったら!太陽の光を知らず、地下に生きる私にも、それは私に青空の美しさを教えてくれたわ!吸血鬼は夜の王だなんてお姉さまは言ってたけど、私に言わせれば全く持ってナンセンス!
何かの本で虹の根元には宝物があると読んだ時、あの虹だもの、そうに違いないと私は確信したの。見つけるのよ、宝物!」
「フ、フランドール様。…私は感動しました。大きな夢をお持ちになって…ううっ」
「泣かない、美鈴!女の子が泣いていいのは、夢を叶えた時、タマネギが目にしみた時、せっかく苦労してエンディングを迎えたと思ったら地球が割れた時の三つだけよ!『だけど、涙が出ちゃう』なんて理由になってないわ!」
「は…はい!私は泣きません。私が泣く時はフランドール様が泣く時です。私の命はフランドール様と共に!」
「よく言ったわ美鈴。でも…もし私が志半ばで倒れてしまうことがあれば、私の思いを引き継いで立っていて欲しいの。私がいなくなっても、決して涙は流さない事、わかった?」
「フランドール様……本当に立派になられて……きっとレミリアお嬢様も鼻が高いでしょう…」
「…そうね。……天国のお姉さま、どうか不出来な妹をお守りください。私は夢に向かって歩き出します。見守っていて下さい……」
なんだこれ。
「というわけで、虹色同盟に入りませんか」
「え?あ、はい」
「ありがとう!」
あ?…し、しまった。私をそっちのけで会話していたくせに脈絡なくいきなり振るもんだから、思わず了解してしまった。
「これで三人。幸先上々ね」
「あのー、フランドール?」
「あら、フランでいいよ、メディスン」
「あー、フラン。ほら、なんというか、私って虹の要素全く無いけど、いいの?駄目だよね。残念だなあ」
本当に残念だなあ。というわけで私は忙しいので、これで…
「本で読んだんだけど、虹って国によってあらゆる色の組み合わせに見えるらしいわ。…その綺麗な赤い服のような虹があっても、おかしくもなんともないね」
そんな滅茶苦茶な。
「…メディスン、もしかして、迷惑だった、かな……?」
「え?いや、そんなことは、ない、けど」
正直者は馬鹿を見る。
「…もし迷惑だったら言ってね。…でも、せめてこの傘のお礼位はさせて欲しい」
「ああ、…うん」
「……そういえば、この傘色々ボタンが付いてるけど、何?…押してみてもいいかな」
「え、いや、どうだろう…」
その時突風が吹き、フランの持っていた傘が煽られ傾いた。(瞬間、美鈴が素早く太陽光からフランの身体を守った。流石と言うべきか)
まずいことに、その拍子にボタンを押してしまったらしい。
すでに充填が完了していた多目的雨傘『ダブルビーム君』(確かこれが正式名称だったはずだ)の先端がチカリと光り、対多牽制武装簡易型拡散リフレクトレーザーが発射された。
幾筋もの青い閃光が折れ曲がり、あっちへ向かいこっちへ向かい…そのほとんどは紅魔館に命中した。一発一発の威力は低くともあれだけ当たったのだ、外壁はボロボロである。
それを認めた私達三人は、示し合わせたわけでもないのに同時に館の反対方向へと走りだした。
私達虹色同盟の当面の目的は、寸分の狂いなく一致していた。
暇だ。
「あー暇だーすっごい暇だ、とっても暇だ、ああ暇だ。暇ー、暇ー、つまらない!」
「そうですか」
「つれない!枯れてる!」
「うるさいです」
「衣玖が冷たい。……はっ。死んでる……」
「人を勝手に殺さないでください」
まったく、衣玖はノリがわかっていない。空気が読めるなんて嘘っぱちだ。
「暇なのよ……こう、衝撃的な事を私は求めているのよ!」
「衝撃を御要望で」
衣玖がおもむろに腕を高々と揚げる。すると空から雷一閃、私の身体を撃ち抜いた。君の瞳は百万ボルト!
ちょっとピリピリする。が、虫刺されにも及ばない。
「うーん……駄目ね。火力が足りないわ」
そんな微炭酸程度の静電気で私を満足させようとは、片腹痛い。
「今の、割かしフルパワーだったのですが……正直、総領娘様の被虐趣味には、もうついていけません」
「なによ、まるで人を変人みたいに」
「私の認識では、総領娘様はもう立派な変態です。まあ、人の性癖をあまりとやかく言いたくはないのですが、限度というものがあるでしょう」
まったく失礼な奴だ。
「なにやら誤解しているようだから一つ言っておくけどね、別に私に被虐趣味は無いのよ」
「………ええー?」
胡散臭そうな目で見るな。
「…やれやれ、教えてあげるわ。痛みや苦しみ、それを受けるという事は、すなわち生きる事なのよ!生きるのは辛いし、苦しい、でもなぜ貪欲に人は生を求めるのか…?それは、苦しみたいからなのよ。どこまでも痛めつけられて、生きていることを実感したいからなのよ」
「………」
ますます胡散臭そうな目で見るな。
「退屈は人を殺せる、その退屈を殺す為に、私は求める、途方もない痛みを、心からの苦しみを!死ぬことは生きること、生きることは死ぬ事だ!」
「……まとめると、もう手遅れ、って事ですね、総領娘様は。…それならいい方法がありますよ」
そう言うと、衣玖は何処からか身の丈の三倍もありそうな大岩を取り出した………いやいやいや、どこから!?どこから持ってきた!?
「これも空気を読む程度の能力の応用です。ちなみにこの岩、このように鎖が打ち込んでありまして、先にはこういった首輪が」
確かに三メートルほどの鉄の鎖の先には、無骨な丸いリングが付随していた。それにしてもすごいな、空気を読む程度の能力。
「さて、これをまず総領娘様の首に」
がしゃこん。
………いやいやいや。
「これでもう空を飛べませんので、まさに天人くずれですね。抵抗出来ないので、ここから落ちればそうとう痛い事になるでしょう」
「いやいやいや。洒落に。洒落になって無いわ!」
この首輪、取れない!固い!
「あら、いいんじゃないですか。大丈夫、たぶん死にはしないでしょう、たぶん」
「なんて無責任な!死んじゃう、流石の私も死んじゃうって」
「その時は…まあ。その時で」
「この外道シャコ!オニキンX!だ、駄目よ。絶対落としちゃダメよ!」
「おや、私、空気読んじゃいますよ。…ちなみに、ここの足場も私の手にかかれば、当然空気を読んでくれます。こんな重い岩、私一人じゃ動かせませんからね」
「そんな重い岩を人に括りつけるなんて!」
「では、快適な空の旅を……」
「無理!無理!ごうっ!?」
く、首が。ごきって!ごきっていった!ああ、落ちる!
「そのうち拾いにいってあげますよ、骨」
「あ
あ
あ
ぁ
ぁ
ぁ
ぁ
・
・
・」
ああ、私はこのまま何の抵抗も出来ずに粉微塵になって死んでしまうのだろうか。私、衣玖に酷いことしたっけ?あー、そういや最近我儘言いすぎたかもなぁ。あーあ。
紅魔館から逃げおおせた私たちは、とりあえず今日の宿を確保しようということで、人里までやって来た。聞けばこの二人、家主の傲慢な振る舞いに耐え切れず、家出してきたんだとか。(わ、私は違いますよ!)(今更何を言っているの美鈴、ここまで来たら一蓮托生、死なばもろとも!)(ねえ、そのぼろ船の乗組員には私も含まれてるのかしら?あ、聞いてないや……)
毒人形、吸血鬼、あとしらないけどなんかの妖怪、という組み合わせで人里まで。止められるのは目に見えていた。
「あー、その、なんだ。お前ら、何しに来た」
こちら、人里の守護者、慧音さんです。アリスについてここまで来た時に何度か会った事はありますが、話した事はありません。私ってば、人見知り!
「ごめんなさいと謝りに来ました」
「フランドール様に付いてきました」
「おお、人がいっぱいだわ。……ああ、泊めてください」
「駄目だ」
ですよねぇ。傍から見ても、怪しすぎるし。
「だいたい、なんで吸血鬼の妹君がこんなとこに居るんだ。紅魔館の地下に軟禁中と聞いていたが」
「え、いや、私に聞かれても。…美鈴」
「え、あの、私も詳しい事は。…フランドール様」
「え、実は、大した理由は無いんだよねえ。…メディスン」
「え、え?……というように非常に私達困っているので、一晩だけでも泊めてください」
「駄目だ」
やっぱり。
早々に追い出され、早くも私たちは路頭に迷っていた。
「あーあ、これからどうしましょう……私は吸血鬼だし今まで睡眠過多ぎみだったから割と大丈夫なんだけど」
「そうですね、行く当てが……まあ私も時々門番の仕事が長引きすぎて日の出までサービス残業する事もあるので、きっと大丈夫です」
「えー、私八時間は睡眠取らないと翌朝低毒圧でフラフラになるんだけど」
「じゃあ早くどこか泊まれる場所探さないといけないわね」
なんで途中で巻き込まれただけの私が一番切羽詰まっているんだろう。ちなみに、低毒圧って言葉は今作った。私、血、無いし。
「ん、そういえばフランは吸血鬼なんだよね」
おもいっきり今は日中なんだけど。
「うん、そうだよ」
「やっぱり、血とか吸うの?」
「そうだけど、いつも咲夜が紅茶やケーキに混ぜてくれてたのよ。だから、恥ずかしながら人間って食べ物のことだと思ってたの、そこそこ最近まで」
「あー、なんかその気持ち解る気がする。私も、生まれてすぐの頃は自分とスーさんしか知らなかったからねー。ちなみに鈴蘭のことね」
「はは、なんか似てるね、私達。……ん?」
フランが妙な顔をした。
「フランドール様、どうしたんです?」
「いや、何か忘れているような。
……まあいいわ。どうせ大した事じゃないよ」
「はあ、それならいいんですが…」
問題は無かったようだが、心配だ。何しろフランは、今日初めて外に出たというし。……そういえば、何でフランはずっと引き籠っていたのだろう。五百年なんて……まあいいか。これもどうせ大した事じゃない。
「しかし、本格的に手詰まりね…美鈴は誰か知り合い居ないの?」
「いやあ、私も紅魔館から動かない事に関しては、パチュリー様とタメはれるくらいだと自負していますからねぇ」
「そうか、門番だもんね。……メディは?…というか、メディの家は?」
「ぶっちゃけると、私、ホームレスなのよ」
「なんという衝撃の事実…今までどうしてたの?」
「ずっと鈴蘭畑で野宿暮らしだったし…雨の時は幽香って人の家におじゃましてたかな。…ちなみに、その人の家はオススメしないよ…
最近じゃ、アリスの家に………あ」
忘れてた。最初の目的を。
「そうだ、そうだ。いやー、すっかり忘れていたわ。そうだよ、うん……あれ、二人ともどうしたの」
離れた所で何か言っている。
「メディスン、逃げて!」「早く離れて下さい!」
いやいや、そういうのは離れる前に言ってもらわないと。突然言われても困るというか、パニクるというか、え、何?
上?
うわあ。
岩!
「それぇ!」
フランの声がした。と、思ったら、突然現れた大岩は砕け散った。いたた、欠片が当たる。いたた。痛っ、痛い!
「うわ、血、出てない?血、出てない?……そういえば私は人形だった」
「大丈夫、メディスン!」
フランが心配そうに駆けてくる。
「うん、ちょっと、いや、相当痛いけど、大丈夫だよ。すごいねフラン、なにやらすごそうな力をもってるみたいで」
びたん!
うわあああ、突然空から大丈夫じゃなさそうな人が落ちてきた!
「だ、大丈夫ですか!?いや、大丈夫じゃないのは見ればわかりますけど、一応聞きます、大丈夫ですか!?」
「ぐ………ごふっ。……どこのどなたか知りませんが、最後の頼みを…天界にいる澄まし顔のタツノオトシゴに私の言葉を伝えて下さい………
あれ…?リュウグウノツカイだったような……どっちでもいいか………
とにかく魚っぽい奴に、こう伝えて……『最後の最後に、いい仕事したな』…と……
ふふ……洒落にならないほど痛いわ…………ガクッ」
ぜ………絶命した。
「ど、どうしよう」
「いや、どうしようって…」
「どうしましょう……」
空からいきなり落ちてきて、これまたいきなり遺言を残して死んでしまった女性の亡骸を前に、私達三人はまたも途方に暮れていた。
「とりあえず、埋めておこうか、そのへんに……」
「フラン様、それは流石にまずいんじゃ……」
「じゃあ…とりあえず、……どうしよう」
三人寄らば文殊の知恵。
満場一致で、『見なかった事』に。
「じゃあ………行こうか」
「そうですね……」
「うん……あ、フラン、さっきは助けてくれてありがとうね」
「いや、いいよ、別に……元々こっちが悪かったようなもんだし……」
ああ……気まずい。
「いやいやいや、なんで!?おかしいでしょ!?無視しないでよ!」
「え?」
「……?」
「…………」
三人の内の誰でもない。私達は恐る恐る後ろを振り返った。
「………うわあ、ゾンビ!」
なんと 死んでいたはずの女性が おきあがり うらみがましいようなめで こちらをみている!
「あ、あわわわ!どうしましょう、フランドール様!」
「フ、フラン!親戚でしょ、なんとかしてよ!」
「い、いや。確かに吸血鬼だけど!無理、専門外!」
「じゃあ…逃げましょう!」
「そ、そうね。美鈴もたまにはいいこと言うわね。三人寄らば文殊の知恵ね。三十六計逃げるにしかずね」
え?ちょっと、皆、切り替え早っ。
うわあ、捕まった!
「た、たすけてー!」
「ああ、メディスン!」
「どうしましょうフランドール様、早く助けないと!」
「で、でも、対ゾンビに有効な攻撃方法なんて私知らないよ。ライフルで頭を撃ち抜けばいいんだっけ、肘鉄ぶつけるんだっけ?」
「いえ、ナイフで足を切った後にガッと掴んで、ベリィ・トゥ・ベリィをかませばいいと聞いたことが」
「もう、こうなったらもう、きゅっとしてドカーンよ!一緒に潰しちゃたらごめんねメディスン!」
「ま、待って!そんな危険を冒さないで!もっと穏便にお願いします!」
ああ、このままじゃ私の短い人生ゲームオーバーだ!それもこれもあれもどれも、みんなアリスのせいだ!
「ちょっと待ってよ!だから私は、ゾンビなんかじゃないって!」
耳元で大きな声を出すな!
ん?
ひょっとして、生きてたりする?
「もう、生きてるなら生きてると、最初に言いなさいよ……ピクリとも動かないから、絶対死んだと思ったわ……遺言まで残してたし……」
というか、あんな勢いで落ちてきて、死んでない事を疑う方がおかしいのだ。
「いや、でも、ほら……正直、声にもならないほど痛かったし…なんというか、自分でも生きてるのが不思議というか」
その割にはぺらぺら喋っていたような気もする。いったい何を食べたらここまで丈夫になるのだろう。鉄とか?
「うーん、危なかったわ。もう少しで原型を思い出すのが不可能なほど粉微塵にしてしまうところだった」
「フラン様、『ついかっとなって』ってパターン多いですもんね。私もよく壁の修理に駆りだされました」
今回何もしなかった二人である。
「いや、確かに死んだと思ってた奴が動き出したら驚くのはわかるけど、その前に見なかった事にしようとしてたでしょ!?ひどくない!ひどくない!」
こいつめ、ちゃっかり気付いていたのか。
「それは、ほら…確かに私達も悪かったけど、突然空から落ちてくるほうにも非が無いわけじゃないんだし……お互い水に流しましょうよ」
「うーん……まあいいわ」
話のわかる馬鹿でよかった。
落ち着いた所でお互いに自己紹介。この岩と心中を図った謎の青髪女性の名は比那名居天子、雲の上に住む天界人だとか。
なぜあんな猛烈な勢いで地表にダイブしてきたかというと、ちょっと悪ふざけが過ぎてヒラヒラに怒られたからだという。さっぱりわからない。
「……」
「フラン、どうしたの?」
さっきから天子の足元をじっと見つめている。
「あのヒラヒラ……」
「ヒラヒラ?」
ひらひら、とは、、天子の言う、私にこんな酷い仕打ちをした張本人、の事だろうか。
「…ふむ。いい具合に虹色ね。流石天人」
足元を見ればなるほど、スカートの端のひらひらは七色に彩られている。天人なのは関係ないような気もするが。
「…よし、決めたわ。…おーい、天子ー」
「何か用?」
「突然ですが虹色同盟に入りませんか」
「いいわよ」
「やっほう、ありがとう!これで四人ね!」
え、あれ。何が起こった。
「あのう、天子さん」
「何よ、改まっちゃって」
「いや、いいの?そんなにホイホイオーケー出しちゃって」
「暇がつぶれるなら何だっていいのよ。何するのか知らないけど」
「なんか、虹の根元に埋まっている宝物を探しにいくんだとか」
「へえ、おもしろそうね!で、それってどこにあるの?」
「さあ、わからないから探しに行くんじゃないかと…」
「なるほど、そういう考え……嫌いじゃないわ」
なんか軽い人だ。ともあれ、これで四人目(私は多分、もう逃げられない)……フランのメンバー集めは何やら順調のようだ。
そろそろ私も、本気出して人を獲りにいったほうがいいのだろうか。
「で、これからどうするのよ?」
天子は新しい暇潰しを見つけてか、なんだかにこにこしている。
「そういえば、今日の宿を探している途中でしたよね」
「ああ、そうだった……傘があるとはいえ、やっぱり外にいるのはきついわ、早く休みたい」
私も疲れた。
「あ、そうだ、お疲れの所悪いんだけど、これ取ってくれない?」
天子が自分の首元に手をやる。重そうな首輪がきつくて、息苦しそうだ。
「さっき岩をぶっ壊したすごいのでさ」
「うん、いいよ。それっ」
フランがぐっと手を握ると、バリンと甲高い音を立てて首輪は砕け散った。
「ふー、やれやれ。助かったわ」
……後でフランに聞いたことなのだが、あっさりやってのけたかのように見えたこの時、うまいこと首輪を壊せるか、天子の首の骨を粉砕するかどうかは五分五分だったそうだ。
そんなリスキーな賭けだったのなら、一言当人に言ってやってもよかったんじゃないかと思う。結果上手くいったわけだし、今言ったら怒りそうだから、黙っとくけど。
「ところでさあ。天子、大丈夫なの?」
「大丈夫、って、何がよ」
「いや…そんな大けがしてるのにさ」
さっきから、平然と会話したり、歩き回ったりしていられるのが不思議でしょうがなかったのだ。
最初見た時は虫の息どころか、絶対死んでたと思ったのに。
「ほら、私、天人だし。丈夫さが取り柄ってゆうか、丈夫じゃなかったら私じゃないというか」
「そんな血まみれなのに……?天人ってのはすごいのね…」
丈夫どころか、不老不死のような勢いの回復力だ。今までもこんな調子で生きていたのだとしたら、さぞ周りをやきもきさせていたことだろう。血まみれ!
……不意に、アリスの事を思い出した。一週間近く会っていないけど、何か妙な事をやらかしていないだろうか…心配だ。
まだ一人もメンバーを集めていないけど、そろそろ様子を見に行こうか。
「うーん?血、血か……」
「どうしました、フランドール様?」
「何か忘れてるのよねー……」
さっきからフランはしきりに頭を捻っている。紅魔館に忘れ物でもしたのだろうか。
「あっ。そうだ、そうだった。やべっ、すっかり忘れてた……
……私、血が無いと大変困るじゃない。美鈴、どうしよう」
「ああ、そういえば……」
そうか、吸血鬼は、血を飲むものだものね。そして本来は、夜に活動するべきのはずだ。
「ふーん、血を?吸血鬼ってのは、随分と面倒なのね…」
天子は投げやりにそう言う。
「まあ。吸血鬼だしね。…あー、どうしようかなあ」
「このご時世、まさか人里を襲うわけにもいきませんしね。私が提供できればいいのですが、人間じゃなきゃダメみたいですし」
「まったく、日の光は浴びれないし、雨の日は一歩も外に出れないし、いいとこなんて何にもないわ。なんでお姉さまはあんなに元気なんだろう……ああ、馬鹿だから三歩歩いたら面倒な事全部忘れちゃうのか」
姉に向かって随分な言い草だ。
「あーあ、折角これから楽しくなりそうなのに、またあそこに帰らなくちゃいけないのかなあ」
「うーん、あんまり気にしなくてもいいんじゃない?」
思いつきでひらめいた事を、何の根拠もなく言ってみる。
「どういうこと?」
「私も、鈴蘭の毒無しじゃあ動く事も出来ない平凡な自律人形なんだけれど……どれくらい毒無しでも大丈夫なのかなって試してみたら、割と平気だったのよ」
自分でも意外な事に、二週間近くも持ったのだ。
「だから、無責任だけど、ちょっとくらいなら大丈夫なんじゃないかなって」
「……うん、そうね……!ちょっとくらいなら大丈夫ね!よし、細かい事は気にしていられないわ!生まれて初めての家出、思いっきり楽しんでやる!」
「その意気です、フランドール様!」
「私も、暇を潰すためならなんでも協力するわよ!」
やっぱり、家出なんてしてないで帰りなさい、と説得した方がよかったかなあ。
「さて、当面の問題も解決した所で、そろそろ真面目に行き先を決めましょう。日も暮れてきたし」
解決したというか、素知らぬフリして先送りにしただけだ。
とはいえ、私は他の人たちのように丈夫に出来ていないので、とっとと行き先を決めてしまうのには賛成だ。できれば休める所がいい。
さらに欲を言うなら、おいしい食べ物があって、ベッドはふかふかで、退屈しないような所が……
あ、そんな所を、私はよく知っているじゃないか。
「あの、今の今まで忘れてたんだけど、実は私に心当たりが」
「ほんと!?案内して!」
喜色満面のフラン。単純に、幻想郷の色々な所を見て回るのが楽しみなんだろう。
私が先頭に立ってゆっくりと歩き出す。なんだか変な気分だ。
日も落ちて、暗闇に包まれた魔法の森を進む。多目的雨傘『ダブルビーム君』のLED照明が、私達の道を示してくれた。
よく見たら、方位磁針も付いている。もっと早く気付いていたら、竹林で無駄に迷うことも無かったかもしれない……
突っ込み所はそこではない。一体、この傘はなんなんだ?
「メディスン、まだー?」
「フラン、もう少しだから頑張って」
夜になってから、フランの口数が多くなった気がする。逆に、私は疲れで歩くのも億劫だ。
……ああ、やっと着いた。ここだ、アリスの家。
勝手知ったる他人の家。ノックもなしに、いきなりドアノブに手をかける。
捻る。がちゃがちゃ。開かない。鍵がかかっていた。
「アリスー、いないのー?」
ノックをしても、チャイムを鳴らしても、扉が開く気配は無い。
フランにぶっ壊してもらうことにした。
「え?いいの?」
「かまわないわ、ドーンとやっちゃって」
「だいじょうぶかなー……うらあ!」
それなりに丈夫な扉を、あっさり蹴り破った。やっぱり吸血鬼って強いんだなあ。
「ただいまー、アリスー、いないのー?
……ああ、いいよ上がっちゃって」
未だに風穴の空いた玄関の前で立ち往生している皆に、早く入るよう促す。
アリスは何処で何をやっているのだろうか。ひょっとしたら部屋の奥で首つり死体にでもなっているかもしれない。
「私、ちょっと探してくるね」
「ん、それはいいんだけどさ……ここって、誰の家なの?…人形がいっぱいあるけど」
フランの言葉に、そういえば何の説明も無しにここまで連れてきてしまった事に気付く。
「アリスって、自称常識人、自称都会派の人形遣い」
「あ、ここ、アリスの家だったんですね」
「……ああ、あの人形遣いか」
「え、二人とも知ってるの?」
この中で面識が無いのは、フランだけらしい。いや、ずっと家に籠っていたのなら当然か。まあいいや、後で紹介しよう。
「じゃ、私はちょっと探しに行ってくるから、好きにくつろいでてね」
「いいのかなあ…見ず知らずの人の家のドアを木端微塵にしてしまった罪悪感で、くつろぐどころじゃないんだけど……」
「大丈夫よ、これくらいなら三分もあれば直るだろうし…あ」
がちゃり、と、突然奥の扉が開く。誰か出てきた。……まあ一人しかいないんだけど。
「……流石の私も、このあまりにも突飛な状況を前に語る言葉も無いわ」
「勝手にお邪魔してるよ、アリス。…とりあえず、あれ、直したら?」
「え?…これはまた派手にやったわね……はい、お仕事よ」
アリスの号令と共に、部屋中の人形達が一斉に動き出し、見るも無残な玄関の扉を圧倒的スピードで修復し始めた。
…一分ほどで、何事も無かったかのように完璧な部屋に元通り。腕を上げたな……
「あの」
フランがおずおず、と声をかける。
「…ちょっと言うのが遅いけど、…お邪魔してます」
「ああ。いいのよ、楽にしてても。……そういえば、貴方だけ会ったこと無いわね」
「そうだった。私はフランドール・スカーレット。吸血鬼です。将来の夢は、虹の根元の宝物を見つける事です」
自己紹介はいいんだけど、なぜ将来の夢を言った?
「スカーレット?……ああ、あの……一度会いたいと思っていたの、歓迎するわ。
私はアリス・マーガトロイド。人形遣いで魔法使いで都会派で寺子屋の臨時教師で服飾デザイナーで魔界の学生でそこの少女野球チームのピッチャーで建築士でパティシエで料理人で本書いてて人形劇団の脚本と音楽と小道具大道具と声優と劇団員で変形合体ロボのパイロットで趣味で家庭菜園やってます」
長い!
「ちなみに将来の夢は水銀燈と結婚することです、わりと本気で」
すいぎん、え、なに?
それはいいけど、この前は『そーせーせき』と結婚するんだって言ってたじゃないか。
「なんだか自己紹介の流れらしいので、私も。
紅美鈴、今はフランドール様の専属従者です。将来の夢は銀河一の門番になる事です」
銀河の門ってなんだよ。ブラックホール?
「比那名居天子、天人。将来の夢というか、やりたい事は、最高の苦痛と至高の快楽を追求することよ。
……やっちゃいけないことをやる快感ってのは、忘れがたいものがあるわよね。それを実行した結果が緋想天だよ!
よいこは真似しちゃ駄目よ」
これからやる時は、他の人を巻き込まないでね。
「ほら、メディも」
ええ、私もか。なんだか最近自己紹介ばかりしているような気がする。
「えー、メディスン・メランコリーです。何の変哲もない毒人形です。将来の夢は、人形の人形による人形の為の独立国家を立ちあげることです」
「なかなかフロンティアスピリッツに溢れるいい自己紹介だったわね。……それで、この面子が誉れ高き二足歩行型陸上機動戦闘要塞ゴリアテの乗組員候補かしら?こんなに早く集めるなんて、なかなかやるじゃない」
「いや、実は全然違うのよ」
「え……そうなの?」
フランにアイコンタクトを送る。ところで、アイコンタクトって聞くとコンタクトレンズに他の種類があるんじゃないかと勘違いしそうよね。
「私達、『虹の根元に眠る宝物を見つけよう』という統一目標を元に結成された非営利団体『虹色同盟』のメンバーなんです。
…私家出してきちゃったから帰る所無くて、最近加入してくれたメディスンにあてがあるって聞いて、ここまで。
図々しいお願いだとは承知していますが、今日だけでもいいので泊めてもらえませんか?」
最近もなにも、それって今日できたばかりじゃないのか。
「姉と違って、なんて礼儀正しい妹さん……泊まるくらいは全然構わないわ。
……ふーん、しかし、虹の根元……とは、なかなかロマンがあるわねぇ」
「興味がおありですか!?」
うわあ、目がキラッキラしてる。なんだか、どんどん勧誘が強引になってないか?
「だったら、是非我々虹色同盟に!私達には、リーダー、かませ、カレー要員などの軋轢は存在せず、虹色の名の下、誰もがレッドに、ブラックに、イエローになれる、まさに青空のように広がる自由選択をモットーとしております!」
「え、ああ…別にやぶさかではないけど………ん、そうだ!
……入ってもいいけど、条件があるわ」
「条件って…?」
「簡単よ、貴方達には、現在作製中の新型変形巨大暴虐人形強巨のテストパイロットになってもらいたいの」
ちゃっかりしてるなあ。そんなんでやってくれたら苦労しない……ちなみに、『強巨』と書いて『ゴリアテ』と読むそうです。無理しないでいいのに…
「え、ロボット操縦できるの!?」
「うわあ、のせてもらえるんですか」
「なにそれすごい」
「反応は上々。決まりね」
あれ、こんなににあっさり。
……かくして、家出少女のひょんな思いつきから生まれた『虹色同盟』なる怪しげな組織は、本日付で(何度も言うけど、まだ結成初日だ)幻想郷の平和を守るとかそんなことはない趣味で誕生した変形合体巨大ロボゴリアテ(仮)のパイロットチームとして生まれ変わった。
アジトはここ、魔法の森のアリスの家。最初はゴネたものの、やはり秘密結社のアジトは森とかそういう隠された場所になければならない、というフランの説得によりしぶしぶ折れた。ゴリアテ(仮)が完成するまで、メンバーは全員ここで寝泊まりすることになっている。(これにもアリスはゴネた。メンバー同士の交流は重要である、と唱える天子の説得によりしぶしぶ折れた)
虹の根元に埋まる宝物の情報を集めるとかそんな事はせず、メンバーはだらだらと過ごしながらゴリアテ(仮)の完成を心待ちにしていた。
三週間がダラダラ過ぎた。私が最初にアリスの家を出て丁度一カ月。ついに変形合体なんたらかんたらごりあて(仮)は完成した。
「……これまで、色々な事があったわ」
神妙な面持ちでフランが言う。周りの皆も、大きく頷いて同意する。そう、色々な事があったのだ。
血が飲みたくなったとフランが暴れたり、門の前に居ないと落ち着かないと美鈴がホームシックにかかったり、このゲームは難しすぎると天子が八つ当たりしたり、ぶっちゃけもう飽きたとアリスが作業を投げ出したり……色々な事が。
しかし、そのどれもこれもを柔軟なチームワークで解決し、長い困難の果てに、ようやく完成したのだ……
変形合体巨大人形ゴリアテ(仮)が!
私達はその日、大いなる偉業を成し遂げたアリスを労い、その喜びを分かち合い、酒だアルコールだの大騒ぎ、歌えや踊れやの乱痴気騒ぎ。
酔った勢いのまま機動を開始し、幻想郷中にビームやミサイルの雨を降らせ、パイルバンカーであちらこちらに大穴を開け、外壁の修理が完了したばかりの紅魔館の半分を粉砕するなど、まさにうんたら人形ゴリアテ(仮)の名に恥じない活躍を見せる。
そして当然のように、異変を嗅ぎつけた巫女やらなんやらの集中砲火を受け、ほにゃらら人形ゴリアテ(仮)は破壊された。わずか一カ月の突貫工事では、火力の為には装甲を犠牲にせざるを得なかったのだ。その様は、まさに一騎当千の力を持っていようとも、へぼパイロットのせいでほんの些細な敵弾に接触してあえなく爆散してしまうSTGの自機を彷彿とさせた。
五人揃ってこってり絞られた後、私達はアリスの家に集まった。
「……本当に、色々な事があったわ」
フランの血は、アリスが人里で人形劇を行った際ついでに献血をお願いしたらざくざく集まった。美鈴のホームシックは、人形達が家の前に木で門を立てることによって解決した。天子のイライラは、放っておいたら勝手に快感を見出し、常人では発狂しかねない難易度の縛りプレイをやるまでに到達した。一度もパワーアップをしないビックバイパーが攻略出来るのは、インベーダーぐらいが関の山だ。いつになればクリアできるのやら……
「しかし……数多の困難も、私達の前にはちり紙も同然だった。
変形合体巨大ロボットはあっさり壊れてしまったけれど、それだけで私達の夢を止めることは出来ない、そうでしょう?」
そのとおりだ。私達が声を揃えると、フランもまた満足気に頷いた。
「しばらくお別れだけど……必ずまた会えるでしょう。虹の根元に眠る宝物を見つけ出す、その時まで私達の絆は永劫不滅よ!
それじゃあ……皆、元気で!またね!」
私達は別れを惜しみ、再開を誓い合う……たった一カ月の間だったけれど、生まれた友情は決して切れない糸で結ばれているのだ。
フランと美鈴は、お土産にもらったダブルビーム君を頭に、紅魔館へと帰って行った。しばらくは館の修理に忙殺される身となるだろう。
天子も、天界へ帰ってしまった。またそのうち会いに来る、と言っていた。しかし今回はどうもやんちゃが過ぎたので、衣玖に殺されないか心配だ、とも言っていた。
結局、また二人になってしまった。せっかく出来た友達だったので、なかなか寂しいものだと思った。
「…なあに、またすぐに会えるわよ」
「……うん、そうだよね」
メディスン・メランコリーのちょっといい話。
私にも、沢山友達が出来ました。
人形の変形合体には成功したものの何か足りない。アリスは今日一日延々と頭を捻っていた。
………またか!
「…うーん…あと一捻り欲しいのよねえ」
「いや……何が足りないって、どう考えても強度でしょ……アリスが飽きずに、もっとじっくりコツコツ作っていれば、あんな事には……」
「………
………
………
………火力」
はあ?
「火力が足りない!一目見るだけで絶望するような、圧倒的破壊力が足りない……!
つまり、必殺技が欲しいわね」
「……他に何か思いつかないの?」
「魔界との時空連結ゲートを開き、そこで生み出される無尽蔵のエネルギーを一斉放出する、『メイオウ攻撃』なんてどうかしら」
「そういうことじゃなくて……!」
「…人形風情に説明してもわからないでしょうが、これも次元連結システムのちょっとした応用よ」
「それが言いたかっただけ!?」
幾度と無く爆破される夢と希望とロマンの象徴。
そして何よりも割りとダメなやつしかいない戦隊ヒーロー。
うん、日曜の朝から子供達になにを伝えたいんだこいつらは。
最後のまくりがまんま打ち切りマンガで笑いました
誤字かと思ったんですが果たして本当に誤字なのか自信がなくなるカオスっぷり
>カレー要因→要員
一心不乱にカレーをむさぼり食うメンバーを想像したら笑いが止まらないww
シリーズ化決定ですね!?やった―――――――!!
全員カレー好きって、あもりにもイエロー過ぎるでしょう
それにしてもフランのテンションがパネェwww
絶対躁入ってるでしょコレ!!
メメっちが振り回されるとかありえねぇ戦隊だぜ
キャラが物凄く生き生きとしている
欠点を挙げるなら、早苗さんが出てこないことだ
淡々と進むこの作品のテンポが妙にクセになる
面白かったです
ただ、一つだけ誤字訂正をば。
天子の名字は比那名居ですよー。
そのまま死ね死ね団まで連想余裕でした。
掛け合いのテンポにとにかく感動した。
まったりもねもねとした日常描写も素敵にゆるくて心地好い。
次回作も楽しみにしています。
やってる事は凄い筈なのに、『フリーター』って付いただけで、イメージダウンがパネぇwww
後、後書のメディのところに、めっちゃ吹いたw
こういうの…大好きです…
古鉄とかビッグ・○ーとかw
最初から最後まで笑いっぱなしの隙のない話でした
腹いてぇww
めいおーっ☆
小ネタもストーリーも楽しかったです。
できればこの面子で別の話が読みたいな。
ともあれ勢いぱねぇ(笑)
…ってあと二人必要か
アリスとメディスンは和みますなぁ
全員イエローwww
かなりあをわすれたとはいわせんぞ。
なにはともあれ、カレーって美味しいよね。
カレーは飲みモノですねwww
ダライアス、グラディウス、R-TYPE、メタルブラック、インベーダー、センチネル、AC、ゼオライマーぐらいはわかった
面白かった!!
この作品の全ては最後のそれが言いたかっただけなんじゃないだろうかwww<次元連結システムのちょっとした応用
一体どこまで進化?するゴリアテw
嫌すぎるだろ、こんな戦隊メンバーは。頼みの毒人形も変態フィールドにとり込まれつつある印象だし。
今作も楽しく拝読させて頂きました。ラストの〆方が絶妙一歩手前のアッサリ感でなんとも心憎い。
これで作者様の未読作品はあと三つ。
このまま一気読みするか、飢餓感を煽るために少し日にちを空けるか、それが問題だ。
あなたの、おそろしく有能で頭がいいのに、底なしに馬鹿で頭がいかれてるアリスさん
が最高w
いやはや素晴らしい