私はナズーリン、ダウザーだ。
探し物があれば私を頼ってくれ。すぐに探し当ててあげよう――と言いたいところだが、今は自分のことだけで精一杯なんだ、すまない。
近頃、大変な悩みを抱えていてね。それを解決する方法を探しているんだが、なかなか見つけられなくて困っている。
どんな悩みかって? ん、そうだな……
君に、好きな人はいるかい?
ある日の夜、博麗神社で開かれた宴会の席でのことだ――
初めは場に溶け込めずに浮いていた私たちも、二度三度と宴会への参加を繰り返す毎に、それなりに他の面子とも打ち解けてきていた。
それで気が緩んだのか、珍しくご主人様が酔っていた。彼女はなかなか酔いにくい性質だが、一度酔ってしまえば思考も記憶もあやふやになってしまうんだ。
「ご主人」
それを知っていたからこそ、つい訊いてしまったんだ。
「ご主人は私のこと、好きかい?」
言い忘れていた。実は私もこの時、相当酔っていたのさ。だって素面なら決してこんなことは口にしない、出来るわけがない。
それでも流石に面と向かっては無理で、後ろからそっと尋ねてみたんだ。すると、
「好きですよ」
背中越しにあっさりと肯定したご主人様に、少々苛立ちを覚える。
「違うんだ、そういう好きじゃなくて」
「じゃあ」
振り返ったご主人様の顔を見て、驚いたよ。
「どういう好きなら受け入れてもらえるんですか?」
ただ酔っているだけにしてはあまりにも赤く、瞳はひどく不安げに揺れていて。そんな顔で、そんな風に、そんな言葉を吐かれたら――どうしていいかわからない。
蛇に睨まれた蛙よろしく、虎に見つめられた鼠。私の体はピシッと固まってしまった。
そして一拍の間をおき、私は逃げた。夜空に飛び出して、とにかく飛んで、神社の喧騒から離れて、飛んで飛んで……。
何も考えられなかった。ただ体が熱くて、胸の奥に疼く感情を制御出来なくて。
――この件で確信した。ご主人様は私を好いている。
そして白状するよ。私もご主人様が好きだ。もうずっと、ずっとずぅっと前から、好きだったんだ。
千年以上も、ずっと片想いだった。片想いだと思っていたんだ!
だから私は自分の気持ちを抑えてこられた。
困ったよ、ほとほと困り果てたものだ。
そう、これが私の抱えている“悩み”さ。
自分の好きな人が自分を好いてくれている――「何を悩むことがあるのか」と思う人もいるだろうが、生憎私はそうすっぱりと割り切れるような妖怪じゃないんだ。
わかるかい? ご主人様は、私にとって本当に大切な人なんだ。私以上に彼女を信仰している者はいない。聖も含めて、ね。
彼女は誰のものにもなってはいけない存在なんだ。そんな彼女を、私自身が穢すわけにはいかない。侵してはいけない聖域なんだ。
だから私は自分の気持ちを抑えつけている。今までそうしてきたように。
しかし片想いのまま諦めるのと、両想いだと知ってそれを知らないフリをするのでは全然違う。それがどうしようもなくツライんだ。
そして怖い。いつ自分が暴走しないとも限らない。自分の欲望のままに行動して、その先を考えると、怖いんだ。
これが私が悩む理由だよ。どうだい? 笑いたければ笑うといい、構わないさ。それで何が変わるというわけでもないんだからね。
ご主人様は本当に素晴らしい方だよ。だから私なんかじゃご主人様とは釣り合わない。そうだろう?
あぁ 感情を 持て余す
朝、私が目を覚ますと、目の前にはご主人様の顔があった。枕元に座って、上から覗き込んでいる。
「おはようございます」
「……おはよう、ご主人。何故ここに?」
皆にはちゃんとそれぞれの部屋がある。そしてここは私の部屋だ。だから普通なら、眠りから覚めて瞼を開ければまず自分の部屋の天井が見え、一人欠伸をしながら起きるための気合を溜める筈なんだ。
しかし実際に見えたのはご主人様のにこにこ顔。
「私は早寝早起きですからね」
「理由になってないよ」
私はさとりの妖怪じゃないんだ。いくら長い付き合いだといっても、もう少し詳しく話してもらわないとね。
「ですから、早寝早起きな私はさっさと朝ご飯を作って、遅寝遅起きなナズーリンが起きるまで寝顔を見ていたんです」
「何故そんなことを」
「だってナズーリンの寝顔、可愛いんですもん!」
「他にやることがあるだろう」
「無いんですねこれが」
「そんなわけないだろう」
ご主人様は日々せっせと働いている。暇な時間は貴重な筈だ。なのにそれをこんなことに費やすなんて、嬉しいやら呆れてしまうやら。
ため息を吐きながら体を起こす。それを見てご主人様も立ち上がり、
「じゃあ朝ご飯の用意しておきますから、早く来て下さいね」
そう告げて部屋を出て行った。
(すっかり変わってしまったなぁ)
ついこの前――聖を救出するまで、ご主人様には憂いの色があった。常に気を張っており、表情も引き締まったものだった。
それが今ではすっかり無くなって、純粋な喜色を滲ませている。あの緩みきった表情はなんだ、のほほんとしてしまって。
――とは言うものの、それが悪いかといえばそうじゃあない。むしろ良いことさ。やっとご主人様の背負っていた荷が下りたんだ。私としても素直に喜ばしいよ。
洗面所で顔を洗ってから、居間に向かう。私が最後だったようで、皆が揃ったのを確認したところでご主人様がご飯をよそって配っていく。
「はい、聖」
「ありがとう」
「ムラサ」
「ありがと」
「一輪」
「ありがとう」
「ぬえ」
「んー」
「どーぞ、ナズーリン、いっぱい食べて下さいね!」
「あ、あぁ」
『ちょおっと待ったー!』
聖から順々にお椀を渡していったご主人様が私の分をよそった瞬間、ぬえとムラサと一輪が声を上げた。まぁ言いたいことはわかる。
(おそらく――)
「ちょっと星、何でナズーリンばっかそんなにご飯大盛りなのよ!?」
「不公平よ。差別はいけないわ」
「ていうかご飯だけじゃなくておかずとかも。なんか全体的に量が違いますよね」
(やっぱり)
皆と私のを見比べると、明らかに私の皿だけ多めについである。三人の騒ぎようは少々大袈裟ではあるが、抗議自体は尤もだ。対するご主人様の弁解はどうか。
「? 何のことでしょう。皆均等にやってるつもりなんですけど」
『無意識ー!?』
『……』
三人が同時に声を上げ、私と雲山も絶句、聖なんか苦笑を浮かべているよ。
流石はご主人様だ。これ程の天然、そうはいない。
ご主人様の私への態度が変わったのはごく最近だ。一緒に寺に篭っていた頃は、どうやらお互いに自粛していたらしい。
私たちの間に会話は少なく、時に食料の確保や、世の中の動きについて確認をし合う程度。無為に過ごす、一日一日がとても長く感じられた。
静かな寺の中で沈んだご主人様の顔を見ていると、「本当に転機は訪れるのだろうか」と何度も不安になった。
それが聖の解放や命蓮寺を開いてからはもう安心から気も緩んでしまったらしい。私たちを包み込んでいた緊張がやっと解けたんだ。
その代わりに、「それどころではないから」と私たちが押し隠していた感情が溢れ出し、色々とボロが出だした。
ご主人様について言えば、私の食事だけ量を多くしたり、何かある度にいちいち楽しそうに話かけ、珍しいものを手に入れると嬉々として見せにくる。
いきなり抱きついてきたり、勝手に人を自分の上に座らせたりもする。
本当に変わった……いや、違うか。“戻った”んだ、本来のご主人様に。だって元から笑顔の多い人だったのは、私もよく知っていることじゃないか。そんなところに惹かれたんだから、ね。
朝食を終え、皆居間を出て行く。昼食の時間になるまで各々の仕事に移るのだ。
聖は寺に来た者たちを迎え、一輪と雲山はその手伝いを。ご主人様は本堂で説法を唱える。
そして私やムラサ、ぬえは特に決まった仕事は無い。自分たちでやれることを見つけ、それを積極的に行うのみだ。
(さて、今日はどうしたものか)
まだこの時間は寺を訪れる者も少ない。暇を持て余した私は、朝の洗い物でも手伝おうと台所へ向かった。
「ん?」
中に入ろうとした瞬間、ご主人様と聖が話しているのが聞こえ、私は咄嗟に身を退いた。
家事は日替わりで分担しており、今日の炊事当番はご主人様と聖だったので、この二人がここにいることには別に何の問題も無い。
ただ、食器を洗いながらも何やら真面目な話をしているようで、邪魔をしてはいけないような雰囲気を感じたんだ。
私はそっと聞き耳を立てる。
「まだダメなのかしら?」
「すみません」
「やはりあなたの気持ちには応えられそうも――」
「そんな焦らなくていいじゃない。これからゆっくり、ね」
「それより、あまり気に病まないで」
「やっぱり……」
「そうね、ちょっと無理してる感じがするわ」
「……私は自分に自信が持てません」
(何だ、何の話をしているんだ?)
「星、やっぱり私、あなたのこと好きよ」
その言葉に、私の体はまるで金縛りにあったように固まってしまった。私の“時”が凍りついてしまった、と言ってもいいかもしれない。
「だから自信を持って、ね」
「ありがとう、ございます」
「聖にはいつもお世話になりっぱなしで、どれだけ感謝してもし足りませんね」
図らずも立ち聞きすることになってしまったが、そんな事はどうでもいい。
私はいてもたってもいられず台所の中を覗き、見てしまった。ご主人様が聖の肩に頭を乗せ、泣いているのを。聖がそんなご主人様の頭を撫でているのを。
考える前に体が動いて、急いでその場を立ち去る。
私はまた、逃げたんだ。
部屋に戻り、悶々と頭を抱える。
(ご主人様が弱みを見せるのは……いつも頼るのは、私だったのにっ)
ご主人様は誰にでも優しい。どんな相手にだって、そうそう態度を変えることはない。芯の強い立派な人だ。
しかし時折挫けることもある、悩むこともある。そんな時はいつも私が支えになっていた。だから私だけが特別――そう、思っていた。
だけどそれは現実から目を背けていただけだ。実際には星を支える者はたくさんいる。ここの皆や、この寺を訪れる者……その中でも、特に聖が!
私は自分で思っている程、ご主人様の特別ではないのかもしれない。だとしたら勝手に舞い上がっていた私は実に滑稽じゃないか。
(どうしよう、ご主人様のことは好きだ。でも――)
「ご主人、私は君の監視役だったわけで」
「そんな私に、君に好かれる権利なんてあるのだろうか」
これだ、この考えが私を苦しめる。ご主人様と自分を比べて、その為に私は気持ちを伝えることを良しとしない。ご主人様のことを思えばこそだ。
でも、それで私は納得出来るのだろうか。もしご主人様が本当に別の誰かと添い遂げるようなことがあったとして、私は諦められるのだろうか。
(嫌、だな)
あぁ、そうだ、そうなんだ。私は、ご主人様が私以外を好きになるなんて、
「絶対に、嫌だ!」
もうご主人様を言い訳に使うのはよそう。私はもう自分の気持ちを抑えられない。どうせ諦めることなんて出来ないんだから……。
さて、決めたからには行動だ。今まで特に気を惹く努力なんてしてこなかったが、もうそんな悠長な構えではいられない。
(何か贈り物でもしようか)
しかしそうは思っても、私にはご主人様に喜んでもらえるような物は持っていない。
どうするか――そう考えた時、ふと思いついた。
(服なんてどうだろう)
ご主人様はいつもあの重々しい衣服に身を包んでいる。それは信仰の対象としての自覚と威厳を保つためなのだが、それでもやはり綺麗な服や可愛い服も着てみたいと思っていることを、私は知っている。
寺を訪れるものたちは服装も様々で、ご主人様は時々その姿を静かに見つめている。他の誰が気づかなくても私にはわかる、その表情は羨ましさを湛えたものだった。
そうと決まれば善は急げだ。私は押入れを漁り、奥にしまっておいた木箱を取り出した。
中に入っていたのは、ずっと使われることの無かった巻物。千年以上経った今でも状態が良いのは、おそらくこれが毘沙門天から授かった物だからだろう。何やら不思議な力を感じる。
次に部屋の隅に置いてある机の引き出しから、一枚の写真を取り出す。これは先日、文屋の鴉天狗が命蓮寺の取材に来た時に撮ってくれたものだ。
そこには笑顔で私に抱きつくご主人様と、顔を赤くして固まっている私の姿が写っていた。これを他人に見せるのは恥ずかしいが、他にご主人様の全身が写ってるものは無い。
私は巻物を懐に、写真をポケットに入れると、とある場所を目指して命蓮寺を飛び立った。
「失礼するよ」
「いらっしゃい。おや、君はいつぞやの」
「久しぶりだな、店主」
表に“香霖堂”の看板を掲げるこの店には、以前ご主人様の宝塔の件で世話になったことがある。
私にはまだ人里に入る勇気は無い。となれば、頼れるのはここぐらいだ。どうか望みの品があることを祈る。
「今日はどうしたんだい、また落し物でもしたかな?」
「落し物は私のご主人様の特技だが、今回は私用で買いたい物があって来た」
「ははっ、それは大変だね。で、何をお求めかな?」
「服、なんだが」
「普通の服かい?」
「いわく付きだとか希少価値とかいう意味では普通の服なんだが……おしゃれな感じの服、とかなんて無いだろうか」
そう尋ねると、店主は私の体を頭から足、そしてまた頭まで視線を動かし、
「残念だが君の体に合うのは――」
「いや、私のじゃないんだ」
「……もしかして、贈り物か何かかい?」
「あぁ」
私はポケットから例の写真を取り出して見せる。
「この人に合いそうなのを」
「どれどれ」
店主はカウンターから乗り出し、私から写真を受け取ってまじまじと眺める。すると不意にニヤリとした笑みを向けてきた。
「これが君のご主人様か。綺麗な人だね」
「なっ……それはそうだが」
(まさかご主人様のことを気に入ったとか――)
「君は本当にこの人のことを慕ってるんだね」
(え?)
「ま、まぁ、当然だろう、自分の上司だからな、うん。別に深い意味なんて無いからなっ」
「恥ずかしがることは無いよ。君、抱きつかれて真っ赤になってるじゃないか」
「その時は丁度熱があったんだ!」
思わず声を張り上げてしまう。
「まぁまぁ、そんなムキになることも無いじゃないか」
「ぬ、む、うぅ」
(あぁ、らしくない、らしくないぞ、これしきのことで動揺するなんて)
私は顔に熱が集まるのを感じながら、店主の手から写真を奪い取った。
「で、どうなんだい。服は有るのか、無いのか」
もうさっさと用件を済ませてこの場から離れたい。
対する店主はやっと商売人の顔になると、申し訳無さそうに頭を下げた。
「残念ながら君の期待には応えられない」
(そ、そんなっ)
「これだけ色んな物が置いてあって、服は無いのかい!?」
「一応服もあるにはあるが、あまり上等な物では無いよ。どうせ贈るならもっと良い物にしたいだろう。という訳ですまない」
他に当てが無い。私はまだ食い下がる。
「何とかならないだろうか。聞けば博麗神社の巫女服などは君が作っているそうじゃないか」
「僕はあくまでしがない道具屋の店主でしかない。巫女服なんかはもう慣れだ。専門家には到底及ばないよ」
そう言われてしまっては仕方が無い。私は肩を落として店を出ようとした。
が、店主に呼び止められる。何なんだ、いったい。
「まぁ落ち込むのはまだ早い。うちでは無理だが、その代わり僕よりもっと君の望む物を用意してくれる人を紹介しよう。なぁ、魔理沙?」
「まり、さ?」
「おう、ネズーミン」
「……ナズーリンだ」
振り向くと、店の奥から白黒衣装の魔法使いが出て来た。
霧雨魔理沙――彼女は魔法使い繋がりということで聖とも交流の深い人物だ。
「話は聞かせてもらった。贈り物用に服が欲しいんだろ?」
「君が用意してくれるのか」
「違う違う。でもそういうリクエストに最高の形で応えられるやつを知ってるぞ。紹介してやるからついて来いよ」
「本当か?」
「魔界への渡し賃――渡してもらい賃?――代わり、ってことにしといてやろう」
「その人物の腕は確かなのかい?」
「そりゃあもちろん。幻想郷一器用なやつだ、私が保証しよう」
なんと、願ってもない申し出だ。彼女なら顔も広いらしいし、これは頼れるかもしれない。聖との交友関係から信用してもいいだろう。
魔理沙に従い、店を出る。
「邪魔をした」
「上手くいくと良いね」
「あぁ、ありがとう」
魔理沙に連れられてやって来た魔法の森の奥。私たちの目の前には白い洋館が佇んでいた。どうやらここに私の希望を叶えてくれる人物がいるらしい。
「引き受けてもらえるだろうか」
「安心しろよ、アリスはお人好しだからな」
何がおかしいのか、キシシと笑う魔理沙。よくわからんやつだ。
「アリスー、私だー! お前にお客さんだー!」
魔理沙がドアをノックしてから声を掛ける。すると中で人の動く気配がし、すぐに扉は開かれた。
「お客?」
訝しげな表情を覗かせた金髪の女性。まるで人形のような整った顔立ちだ。
「おう、こいつだ」
魔理沙が私を親指で指しながら言った。
(よし、こういうのは初めが肝心だ)
「初めまして。私はナズーリン、命蓮寺の者だ」
「あぁ、確か宝船の。ちなみに初めましてじゃないんだけどね」
「へ?」
「宴会で会ったことあるわよ」
「!? し、失礼っ」
(何ということだ、出だしからやってしまったっ)
これから頼み事をする相手に対して、向こうは覚えていてこちらが忘れているなんて最悪じゃないか。幸先が悪い。
「大丈夫、気にして無いわ。私、宴会にはあまり参加しないから。この前の宴会で初めてあなたたちのこと見かけたんだけど、その時はあなたもだいぶ酔ってたみたいだしね。途中でいきなりどっか飛んでったでしょう。お酒には弱いのかしら?」
よりによって“あの日”の宴会にいたらしい。とにかくここは下手に取り繕うより素直に謝った方が良さそうだ。
「すまない、その通りだ」
「まぁ別に言葉を交わしたわけじゃないから、覚えて無くても仕方ないわね」
本当に気にしてないみたいだ。先程魔理沙も「お人好しだ」と言っていたが、そうなのだろう。
……ご主人様とどっちの方がお人好しか、なんて気になってしまったが、今はそんなことを考えている場合じゃないな。
「じゃあ、改めて自己紹介ね。魔理沙から聞いてるかもしれないけど、アリス・マーガトロイドよ」
「魔法も使える人形遣いだ」
「どちらかと言えば人形も遣える魔法使いよ」
「えーと、よろしく」
「まぁ立ち話もなんだし、入って」
アリスに促され、私と魔理沙はリビングに通された。
テーブルについていると、魔理沙は当たり前のように人形が運んできた紅茶とクッキーに手を伸ばしていた。
それにしても精巧な人形たちだ。この人形の服もアリスが自分で作ったという。確かにこれは期待しても良さそうだ。
「で、どんなご用件なのかしら?」
(さて、ここからだ)
「この人物に合う服を仕立ててもらいたいんだ。出来るだろうか?」
私はまたポケットから写真を取り出し、アリスに渡した。
「サイズはわかる?」
「あぁ、もちろんだ」
正確に測ったことは無いが、いつも抱きつかれているからわかる。……こんなこと他人には言えないが。
「お前なら出来るだろ?」
「口に物を入れたまま喋らないの。はしたないわよ? それにしても結構普通の依頼で逆に驚いたわ。もっととんでもない事頼まれるかと思ってた」
「何でだよ」
「あんたが一緒にいるからよ。で、この人の服を作ったら良いのね?」
「引き受けてくれるかい!?」
「えぇ、ただし」
「……ただし?」
思わず飛び上がって喜んでしまった私だが、すかさず続けられたアリスの言葉にギクッとしてしまう。
「タダとはいかないわね。私に何か見返りはあるのかしら?」
(あぁ、報酬か)
ホッとした、それならちゃんと用意してある。
「生憎私には金銭の持ち合わせは無いんだが、代わりにこれで引き受けてはもらえないだろうか」
私は懐から一本の巻物を取り出し、アリスに手渡した。
「これは?」
「それは昔に毘沙門天から頂いた物だ。“巨大化”の法が記してある」
「あーっ、そんなん私も欲しいぜ!」
「あんたは黙ってなさい。でも凄いじゃない。確かに私としてもお金なんかよりこういうのの方がありがたいけど、これってかなり貴重な物なんじゃないの?」
「構わないさ。どうせ私にはその術は扱えなくてね、ずっと宝の持ち腐れだったんだ」
「ふーん。……うん、悪くないわね。ありがたく頂いておくわ。必ず報酬に見合った仕事をしてみせるから」
「助かるよ!」
良かった、これで一安心だ。
「あなた本当にこの写真の人が大事なのね」
「そいつ寅丸星っていって、こいつの主人らしいぜ」
「へぇ、主人のためにわざわざ贈り物をねぇ」
アリスは感心していたが、気の緩んだ私はつい口を滑らせてしまった。
「ハハッ、いや、別に主人だからなんて気持ちはないよ。個人的に好きなんだ」
『え?』
「……あ」
(しまった、余計なことを)
「なんだお前、そういうことだったのか?」
「あ、いや、その」
「あぁ、どうりで。ここに写ってるあなた、顔が赤いものね」
「ち、違う! そんなつもりは」
「上海、蓬莱、やっておしまい」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「うぇ? な、何を――、っ!? ぷっ、あっははははははッッ」
アリスが指を鳴らすと不意に現れた二体の人形が、私の体をくすぐりだした。
人形の小さな手で全身をくすぐられるのはとんでもない威力だ。私の子分たちでもこんな芸当は出来ない。
「あ、アリスの究極技が出ちまった」
魔理沙が震えている。どうやら経験済みのようだ。
「さぁ、正直に吐いちゃいなさい」
「あっひははははっはっはっ……~~わ、わかった! わかったから、や、やめてくひっ」
私が叫ぶと二体の人形はアリスの方へと戻っていった。
くすぐられたところを腕で擦って疼きを落ち着かせながら、頭の中でアリス・マーガトロイドを“要戦闘回避リスト”に加える。
「で、あなたはその星って人のこと、どう思ってるの?」
どこまでも穏やかな表情で尋ねてくるアリス。まさに魔女だよ、この人は。
「ご主人が好きなんだ。尊敬や友人とは違った意味で」
『やっぱり』
魔理沙とアリス、二人揃ってにやにやしている。
「その大好きなご主人様に服をプレゼントしたいのね」
「何かの記念日か? 妬けるぜこのぉ」
「いや、そういう訳じゃないんだ。私とご主人はまだ付き合ってない」
「あら、写真では仲良さそうにべたべたしてるからてっきり」
「でも『まだ』ってことは」
「いずれ告白するつもりだ」
『おぉ~』
どうでもいいが、妙に息の合ったやつらだな。
「でも何で急に告白する気になったんだ? お前らってもう何百年も一緒にいたんじゃなかったのか」
痛いところをついてくる。しかし流れ出した水というか、ここまで話してしまった以上、どうせなら全て言ってしまいたい。
「私とご主人はあくまで上司と部下の関係――今まではずっとそれで良いと思ってたんだ。現状維持がベストなんだ、と」
「それが何でまた」
「最近、ご主人が色んな妖怪や人間と触れ合う機会が増えてね」
「あなたのご主人様に惚れちゃう人がいたのね」
「でもそんなことは昔にもあったことで、その度に『私には主従の絆がある。他のやつらとは違うんだ』と自分に言い聞かせてきた。ただ、その、それだけじゃなくて、実は……」
言葉が詰まってしまう。それでも何とか先を続けた。
「今朝、ご主人様と聖がただならぬ雰囲気でいるのを見かけてしまってね」
「他のやつらはどうでも、聖なら話は別だ。なんたってご主人様を毘沙門天に推薦した張本人だし、何よりご主人様自身が尊敬している人物だ」
「余裕なんて無くなったよ。ちっぽけな私の優越感は、そのまま焦りになってしまったんだ」
「だからどんな手を使ってもご主人様にアプローチして、彼女の本当の特別になりたいんだ」
懺悔するかのように吐露する言葉を、二人は静かに聞いていた。その間、二人の表情はだんだんと苦いものになって……。
「あ、呆れられてしまったかな」
(こんな理由では依頼は受けてもらえないだろうか)
落ち込む私に、二人は顔を見合わせて慌てて声をかけてくる。
「あ、ちち、違うのよ!? 別にそういう訳じゃなくて」
「そ、そうだぞ! お前の気持ちはよーっくわかる。あぁそうとも、呆れてなんかいないって」
「えーと、じゃあ」
「安心して、最高の贈り物を繕うわ。写真は資料として預かっておくわね」
「私も応援してやるよ」
「あら、良かったじゃない。恋の魔法使いさんが星まで届く魔法をかけてくれるって」
「ほれほれ、七色の人形遣いさんが鮮やかな服を手がけてくれるってよ」
「それは、心強いな」
『当然!』
口を揃えて断言する二人に、私は何だか勇気を貰った気がした。不思議なコンビだ。
何はともあれ、目的は叶った。
その後、サイズやデザインなどについての話をして、一週間後に受け取る約束を取り付けてから寺に帰った。
アリスに服の依頼をしてから六日目の夜だ。私は一人、部屋で翌日のシミュレーションを行っていた。
どうやって、何と言って、どのタイミングで――きっちり考えておかないといけない。
「明日、か」
「何がですか?」
「ぅあ!?」
私が呟いた声に、まさかの返事があった。しかもよりによってご主人様じゃないか!
「い、いつからいたんだい?」
「今来たところです。で、明日は何があるんですか?」
「いや、何でもないよ! ところで、そっちこそ何の用だい?」
「……ちょっと、気になることがあって」
私は焦りを抑え切れていなかったが、ご主人様はそんなことよりも自分の話に気を取られているみたいだ。
(助かった)
そう、思ったのがあまかった。
「ナズーリン、最近聖を避けてませんか?」
「うっ……そ、そんなことは、ないよ」
「でも話しているときもわざと視線を合わさないようにしているというか。それに今日、廊下の角で聖と出くわしそうになって、慌てて隠れてたでしょう?」
「……」
心当たりがある。当たり前だ、その通りなんだから。
なんとなく聖とは顔を合わせづらくなっていた。だってしょうがないじゃないか、恋敵かもしれないんだから。私の器はそんなにでかくないんだ。
しかし困った。ご主人様は抜けているところはあるが、それでも毘沙門天に認められる程の器であることも確かだ。肝心なところでは鋭い感覚を発揮する。
(出来れば今は発揮して欲しくなかったけどね)
もっと上手くやるべきだったか、と後悔しても遅い。
「ご主人の気のせいさ。たまたまだよ」
苦しい言い訳で逃れるぐらいしか、今の私には思いつかなかった。そしてその選択は間違いだったんだ。
私の言葉に、ご主人様はひどく悲しそうな表情を見せた。
「誤魔化すんですか?」
「誤魔化すも何も勘違――」
「私のことだって避けてるくせに!」
「っ!?」
ご主人様はそれだけ言うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。私はそれを追いかけることも出来ず、ただ伸ばした手は何に届くこともなく、空を掴むばかりだった。
(あぁ、やってしまったな)
最近後悔することが多い。何故こうも上手くいかないんだろうか。
(どうやら今年は厄年のようだ)
長年の望みであった聖救出が成されたというのに、何を言っているのか――というのは自分でもわかっている。
でも、そう思わなければやってられないじゃないか。私はどうすれば良かったんだ? もうわからないんだよ!
「っ、う、う゛ぅっ、ぐす、……ふ、ふっ、あ゛ぁ゛……」
変な声だろう? しかし止められない。突っ伏し、がむしゃらに畳みを叩く、殴る、頭突く。意味なんてない、ただの八つ当たりだ。
その晩、私は布団も敷かないまま、いつの間にか泣き疲れて眠っていた。
「ど、どうしたんだお前!?」
「目もとが腫れてるじゃない!?」
「ははは、やぁ、情けない姿でごめんよ」
翌日の早朝、約束通り魔理沙とアリスはやって来た。二人ともそれぞれ大きな紙袋を手に提げている。おそらくどちらかに頼んでいた品が入っているのだろう。
(もう、どうでもいいんだがね)
内心のそれは言葉に出さず、とりあえず二人を私の部屋に通した。
そのまま本題に入ろうとしたが、二人にまずは顔を洗ってくるように言われ、渋々洗面所へ向かう。
「ハハッ、本当にひどい顔だ」
洗面台の鏡には、自嘲気味に笑う惨めな妖怪ネズミが映っていた。
「で、何があったんだ?」
私が部屋に戻ると、早速問い詰められた。隠す気も無い私は正直に答える。
ぽつり、ぽつりと昨夜のやり取りを話す。私は俯きながら喋っているから二人の表情は窺えないが、おそらく優しい二人のことだ、同情してくれているのだろう。
しかし今はそんな憐れみがつらい。だから私は顔を上げることが出来なかった。
「――という訳なんだ。だから悪いがもう、今回の件は無かったことにしてくれないか」
「……」
「上海、蓬莱」
「シャン、ハイ!」
「ホー、ライ!」
「懲らしめておやりなさい」
「へ? えぇー!?」
これは完全に予想外だった。
「えっ、ちょ、ちょっと待っ――あっははハハはハは! ぶはっ、ひゅ、ひゅぃい!」
魔のくすぐり攻撃だ。私は抗うことも出来ずに再び地獄をみた。しかも前回よりさらに激しくなっているじゃないか!?
やっと解放された時には、鼠の死骸がぐったりと横になっていたよ。……私のことさ。
「どう? 笑ったら少しは気分も晴れたでしょう」
痙攣しながら涙を流す私にも、二人は容赦など無かった。
「ったく、情けないなネズーミン! お前の決意ってのはそんなもんだったのか!?」
「あなたが本気だと思ったから、私は依頼を受けたのよ? 今さら解消も返品もきかないわ」
「し、しかし」
「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ、恋愛はパワーだ! 当たって砕けろ!」
「砕けちゃダメでしょ。でもこのままうじうじしてるよりは遥かにマシね」
「……」
「諦めるなよ。お前とご主人様は、たかが一回や二回のいざこざでどうかなっちまうような絆じゃねーんだろ?」
(そうだ。何を弱気になっていたんだろうか、私は)
二人の言葉に、だんだんと勇気が湧いてきたような気がする。いや、確かに湧いてきた!
「すまない二人とも、やっぱり私はご主人をふりむかせたい」
「その意気だ。お前もっと自己チューになれよ、私みたいにな!」
「自覚あったの!?」
魔理沙の言葉にアリスが驚いている。流石は泥棒鼠と名高いだけあるじゃないか。
「じゃなくて。あなたはもっと自分に自信を持ちなさい。あなたの意志を否定する権利なんて誰にも無いんだから、ね」
「あぁ、わかったよ。ありがとう、もう大丈夫だ」
私はアリスから紙袋を受け取ると、居間へ向かった。もうすぐ朝食の時間だから、皆揃っている筈だ。
「ご主人、ちょっと話があるんだ、来てくれ」
「あ、お邪魔してるぞー」
「お邪魔してます」
居間に入ると案の定皆食卓についており、ご主人様もそこにいた。突然の呼び出しに戸惑いつつも、頷いてついてきてくれた。流石に皆の前では私も恥ずかしいからね。
魔理沙とアリスはその場に残った。他の皆と何やら話しているが、私は私のするべきことに専念だ。
「何ですか急に。それに魔理沙ともう一人の方は……」
居間から離れたところで、私とご主人様は向かい合っている。
「まずは昨日のことを謝りたい。確かに私は聖やご主人のことを避けていた。本当にすまない」
「やっぱり」
「でもそれは嫌いになったからとかそういうことじゃないんだ。理由はまだ話せないが、とにかく今はただこれを受け取ってはもらえないだろうか」
そして持っていた紙袋を渡す。
「これは?」
「服だよ。さっきの二人はそれを届けてくれたんだ」
「な、ナズーリンが私に、ぷ、プレゼントを?」
「そうだよ」
「あ、ぁ、ありがとうございます!」
私が肯定すると、ご主人様は途端にぱぁっと顔を明るくする。
(なんだ、仲直りなんて、こんなに簡単なことだったのか)
やはり正直が一番なのだろうか。それともここがお寺だから、正直者こそ報われるということなのだろうか。……そういうことにしておこう。
「それじゃあ早速着てきますね!」
「え、ちょっと、まだ話が」
「いいじゃない」
「え?」
振り向くと、そこにはアリスと魔理沙、そして聖がいた。
「さぁ星さん、着替え手伝うから、あなたの部屋に案内してくれる?」
「へ? あ、はい」
そのままご主人様はアリスと行ってしまった。
「ナズーリン、私もあなたと話をしないといけないようね」
「聖……」
(なんだこの展開は)
「魔理沙、こんなことまで頼んだ覚えは無いんだが」
「まぁ私も流石におせっかいだったとは思うが、これからやることに憂いを残しちゃいかんと思ってな」
いったい何のことだろうか。私としては昨日のことを謝り、服を渡せたのでもう目的は達したつもりなのだが。
「それよりもナズーリン、あなた、私が星のこと好きなんじゃないかって心配してるの?」
「うっ」
(本当に余計なことを言ってくれたもんだっ)
魔理沙に恨みの念を込めた視線を送るも、にかっと笑って流されてしまった。なんて図太い神経だ、是非見習いたいよ。
しかしもう誤魔化して余計ややこしくなるのはこりごりだ。私は素直に認めることにした。
「あぁ、そうだよ。でも私は遠慮なんてしないよ。たとえ聖が相手でも、ご主人だけは譲れない」
聖の目を見て、自分の正直な気持ちをぶつけた。
「どうやらそれ、お前の勘違いだったみたいだぞ」
「へ?」
なのに、魔理沙のあっさりとした言葉に、私は間の抜けた声を上げてしまった。
(勘、違い?)
「あのね、多分あなたが見たその場面ね、星が私にあなたとのことで相談してた時のことだと思うの」
「私? 相談?」
「この前の宴会の時、星に『私のこと好きか』って訊いたそうじゃない? それで『好きだ』って答えたら逃げられちゃって、次の日には何事も無かったように振舞われちゃったもんだから、『ナズーリンは私のことが嫌いなんでしょうか』って、相当悩んでたわよ?」
聖のその言葉は、私にとんでもない衝撃を与えた。
なんということだ。ご主人様は全然忘れてなんかいなかった。ただ私がそういう態度を取ったから、それに合わせて忘れたフリをしてくれてただけだったんだ。
(どこまでバカなんだ、私はっ)
また後悔する。もう何度目だろうか。
「星はあなたのことを心底好きみたいよ。で、あなたはどうなの?」
聖の問い。それに対する私の答えなんて、とうの昔に決まっているさ。
「私よりご主人様を好きなやつなんていないよ」
「そう、わかったわ」
「これで心おきなく本番に移れるな」
「本番?」
そういえばさっきも「これから」云々言ってたが、何があるんだろうか。
「ナズーリン」
と、ご主人様が呼ぶ声がした。もう着替えて来たのかとそっちを向く。
「ごしゅ――えっ、うえぇー!?」
驚いた。いや、これは驚くなという方が無理な話だ。
紅い着物を黄色い帯で留め、黒地にこれまた黄色の花模様が細かくあしらわれた打掛を羽織っている。
(これがアリスの作ってくれた、服――か?)
何か思っていたのと違うような気がする。ここまで豪勢なのじゃなくて、もっと普段のおしゃれ着のような感じのつもりだったんだが。
ご主人様本人だって、髪を流して花の髪飾りなんかつけてるし、うっすらと化粧までしている。
「やっぱり、こんなの似合いませんかね?」
頬を染めて上目遣いに尋ねてくる。それは卑怯じゃないか!
「そんなことは無いよ! 似合ってる、とても綺麗だ。……綺麗過ぎるよ」
おそらく彼女を知らない者でも百人中百人が「綺麗だ」と答えるだろう。そこに私の贔屓目が加わってしまったらもう、眩し過ぎて見えないじゃないか。
感動のあまり、込み上げてくるものがある。今まで見てきたどんな宝も霞んでしまうくらい、素晴らしい宝だ。
(どうしよう、私なんかじゃ釣り合わない)
と同時に、私は恐怖に襲われた。ずっとご主人様に対して抱いていた負い目が、再び首をもたげる。
(本当に私なんかがご主人を好きでいいんだろうか)
私のような地を這う鼠が、空に輝く星を求めるなんてあさましい。
(やっぱり私なんかにはご主人様は勿体ないっ)
「っ、ご主人、私は――」
「待って」
私の言葉をアリスが遮る。ご主人様に気を取られて気付かなかったが、どうやら一緒に来ていたようだ。
「焦ってもらっちゃあ困るわ。まだ準備が整ってないでしょ? それじゃあ、魔理沙」
「おう。聖、皆を本堂の方に集めといてくれよ」
「えぇ、わかったわ。さ、星は先に行っててね」
「は、はぁ」
呆気に取られている間にも話は進められ、気が付けば魔理沙とアリスに左右から腕を抱えられた私は自分の部屋へと運ばれていた。
部屋に着くなり魔理沙は、あらかじめ置いてあったらしい紙袋から白い球を取り出し、指でつついた。すると球は弾けるように広がり、なんと純白のドレスになる。
それを、アリスがどこからともなく出現させた数体の人形に渡した。
「それは」
「魔法で圧縮してたんだ」
「いや、そうじゃなくて、そのドレスはいったい……」
「はーい、おとなしくしててね」
「うわっ、な、何を!?」
人形たちに体を取り押さえられ、服を脱がされる。突然のことでろくに抵抗も出来ないまま、あれよあれよという間にいいように扱われてしまった。
私は目を瞑ってやり過ごそうとしたが、その間にも顔に何かこそばゆい感触が広がり、真剣に怖かった。
「こ・れ・で……よし!」
アリスの声がして、ようやくおさまったかとおそるおそる瞼を開くと、
「!? これはっ」
目の前で魔理沙とアリスが大きな鏡を持っている。そこには先程のドレスに身を包んで、ご主人様と同様に薄化粧をした自分の姿があった。頭には白いリボンまでついている。
(これは、本当に“私”なんだろうか)
試しに右手を振ってみる。すると鏡の中の人物も手を振った。間違いなく私だ。
(凄い。……じゃなくてっ)
「あ、アリスっ、何で私まで!?」
「あら、『この写真の人物に合う服を』って注文じゃあなかったかしら?」
アリスがひらひらと扇ぐ一枚の写真。そう、“ご主人様と私”が写っている、あの写真だ。
「本当に良いのかい?」
「良いも何も、私は契約を守っただけよ」
なんということだ。どうやら私はお人好しをあまくみていた。
「サイズもピッタリじゃないか」
「ふふ、私の人形は優秀でしょ?」
意味深に指をこちょこちょさせるアリス。
(……! そうか)
悪夢のような人形のくすぐり攻撃。あの時にサイズを測っていたんだ。
「心底恐れ入るよ」
「あら、私は何か恐がられるようなことしたかしら?」
「どうだろうね」
「おっとっと、アリスばっか褒められてちゃあ私の立場が無いぜ。お前ちょっと歩いてみろよ」
「? あぁ」
割り込んできた魔理沙に言われるまま、部屋の中をぐるぐると歩いてみる。するとドレスがなびく度にきらきらと、色々な光の余韻を生み出していく。
どうやら魔理沙の魔法がかかっているらしい。鮮やかな光がチラつく様は、まるで星の煌めきのようだった。
「星に届かないってんなら、お前自身が星になっちまえばいいんだよ。喜べ、私の魔法で華やかさ三倍増しだろ」
「言い過ぎよバカ」
「なっ、バ……いや、せめて三割増しぐらいは貢献してる筈だ」
「はははっ、良いコンビだな」
『どこがっ!?』
そういうところが――とは言わない方が良さそうだ。
「って、こんなことしてる場合じゃねーな。ほんじゃま、頑張れよ。ガツンと決めてやれ」
「今のあなた、最高にいかしてるわ。自信持ってね」
「ありがとう。二人には本当に勇気を与えて貰ったよ」
「私はもう、大丈夫だ」
ぬえのはしゃぐ声が聞こえ、それは本堂に近づくにつれて大きくなる。
「うわぁ、星どうしたの? こんな綺麗な着物!」
「ナズーリンから頂きました」
「えぇ~、いいな~、私も欲しいな~」
そんな会話に後ろの魔理沙とアリスがくすくす笑っているのを感じながら、私は本堂に足を踏み入れた。
「待たせたね」
「あ、ナズ――」
『な、ななな、ナズーリン!?』
途端、聖や雲山も含め、皆が目を丸くする。なんだ、人を化け物みたいに。
「ナズーリン、綺麗ですっ、眩しいですっ」
そんな中、ご主人様だけが笑顔で褒めてくれた。あぁ、やめてくれ、嬉しくて思わず顔がにやけてしまうよ。
「ありがとう。でもご主人の方がもっと輝いてるよ」
「きゃーっ、ナズーリンったらスペルカードも無しに“グレイテストトレジャー”出さないでよ!」
「星のことに関してはヘタレ街道まっしぐらだったあのナズーリンが!」
「やるわね、ネズミ」
「か、からかわないでくれよ、皆」
恥ずかしさにたじろぐ私に、魔理沙が耳元で囁いてきた。
「へへっ、気分はどうだ?」
「おかげさまでムードも何もあったもんじゃない。どうして皆を集めた、これじゃあいい晒しものじゃないか」
「そんな生意気な口がきけるなら安心だな」
「……むぅ」
「そんな顔すんなよ。ほれ、ご主人様がお待ちかねだぞ」
その言葉にハッとし、私はいよいよご主人様と正面から向かい合った。
「ご主人!」
「は、はいぃっ」
突然大声を出したためか怖がらせてしまった。鼠に圧される虎なんて笑ってしまうよ。ホント、そういうところが堪らない。
「好きだ」
「えっ」
「私、ナズーリンは一妖怪として、ご主人――いや、寅丸星を愛してる」
「今までは主従の関係に甘んじてきたが、もう限界なんだ。君の一番は私だという確証が欲しい。その服だって君に喜んでもらいたくて……君の気を惹きたくて用意したんだ」
「ずっと一緒にいたけど、これからもずっと一緒にいて欲しい」
「どうか、私の気持ちに応えてはもらえないだろうか」
言った。とうとう千年以上に渡って胸に押し込めていた気持ちを伝えられた。凄く、清々しい気分だ。
そしてご主人様の反応は、
「ありがとうございます。私の方こそ――」
目の端に涙を浮かべながら本当に嬉しそうにして、
「望むところです!」
堂々と言い放った。
『星それなんか違う』
ぬえと一輪が声を揃える。
「えぇっ、お、おかしかったですか?」
「そこは『喜んで』とかでしょ、ふっつー」
「『望むところです』って、まるで決闘みたいね」
「えーっ!?」
……まぁ、ある意味決闘みたいなものだったよ。何より――
「ふふっ、それでこそ星だよ」
こんなご主人様が好きだから。
「さぁ、このまま挙式よー!」
『おぉー!』
『って聖!?』
聖のとんでも発言に、私とご主人様は驚きの声を上げる。
「ぷっ、あっはっはっはっ! お前らバカだなぁ。その格好でだいたい予想はつくだろ?」
「ふ、ふふっ、くすくす」
魔理沙とアリスがしてやったりな表情で笑っている。
言われてみれば確かに結婚衣装に見えなくもないが……今告白したばっかりなんだぞ!?
「お互いの気持ちを知ってて、改めてケジメつけるんだろ? だったらもうこれぐらいやってもいいじゃないか」
「そういうこと。こういうのは派手にやらなくちゃ」
魔理沙に、アリスが同調する。一対二とはズルイ。
「私が司婚者ね」
「姐さんに取り持ってもらえるとは羨ましい」
「いいなー、私もやりたいなー」
「とうとう二人も門出を迎えるんですねぇ」
違った、一対六……いや、雲山もにやにやしている、一対七だ。
(ええい、もうどうにでもなれ!)
腹を括った。こうなったらヤケだ、最後までやり通してやろうじゃないか。
「ところで姐さん。この場合は仏前式になるんでしょうか? 場所は寺でも片やドレスですし、星もいちおう着物ですが白無垢じゃありませんよ。となると」
「あら、決まってるじゃない」
「人と妖怪、そして宗教や服装なんかの違いに関係無く、当人たちの気持ちを重視・尊重する――これぞ命蓮寺式よ!」
「いちおう寺ですけど」
「寺じゃないわ、命蓮寺よ!」
「……さいで」
一輪と聖の会話が聞こえてきた。めちゃくちゃだな、とは思いつつも訂正はしない。
聖の言う通り、様式なんてそんなことはどうでもいい。確かな気持ちがあるなら、他には何もこだわることなんて無いさ。
「それでは」
聖が私とご主人様の間に立つ。
「寅丸星、ナズーリン、あなたたち二人は――以下略!」
『聖ー!?』
「姐さんー!?」
『白蓮ー!?』
前言撤回。これには流石に総ツッコミが入った。が、本人は涼しい顔をしている。
「細かいことはいいの。ここは命蓮寺よ!」
『……』
いつから「命蓮寺」=「常識に囚われないこと」になったのだろうか。
「あなたたちが誓うべきは神でも仏でもないでしょう?」
……そう言われるともう敵わない。やれやれ、流石というかなんというか。
「私は星に誓うよ」
「私はナズーリンに誓います」
(誓うよ。そしてこれだけは絶対に後悔しない)
『私は、この人を一生愛します』
『うぉおぉー!!』
「うんうん、それで良いのよ。さぁ、受け取りなさい。私から、二人の記念を祝って、おまじないをしておいたからね」
聖が私とご主人様にそれぞれ数珠をくれた。どうやら何かしらの魔法がかかっているらしい。ありがたく頂いておく。
(あぁ、夢みたいだ)
「ところで」
しかしそんな私の浮ついた気分は、
「結局ナズーリンは何で私や聖を避けてたんですか?」
ご主人様の言葉に、一気に落ち込んでしまった。
「そ、それはだねぇ、えーと、だね」
「こいつ、お前が白蓮と怪しい仲なんじゃないかって疑ってたんだぜ」
「魔理沙!?」
「それで、この臆病なネズミさんは二人にどう接していいかわからなくなってたのよ」
「アリス!?」
(ストレート過ぎるだろ! というかせめて自分で言わせてくれっ)
「わわわ、私はナズーリン一筋ですよ!?」
ご主人様まで慌てている。
「この前の宴会でナズーリンの方から訊いてきたんじゃないですか、『私のこと、好きかい?』って。だから正直に好きだって答えたら逃げられちゃうし。その後もいつも通りだったから、『あぁ、無かったことにされたのか』って思って。それでもやっぱり諦めきれなくて、もう……」
「ほ、本当に覚えてたんだね」
「なっ、忘れてるとでも思ってたんですか!?」
「……すまない」
「えぇーっ、本気で!?」
アハハハハ、イロイロトイタタマラナイネ。
「星は私に相談してただけだったのにねー」
「あぁ、それで何か最近様子がおかしかったんだ」
「ナズーリンっていっつも星のことばっか言ってるけど、自分も大概そそっかしいわよね」
「信頼が足りませんねぇ」
「ははぁん、一生を誓ったそばから亀裂が走ったか?」
「情けないわね」
ボロクソだが言い返す言葉も無い。
「ほ、本っ当にすまない、許してくれっ」
「許しません!」
「そんな、待っ、て、へ?――、っ!?」
『ぅおぉー!?』
「南無三っ、ナームサーンっ!!」
皆の声がどこか遠い。そして何だろう、この唇に当たる柔らかい感触は。そして今、私の視界がご主人様の顔で埋め尽くされているのは何故――
(キ、ス?)
私がそれを理解する頃には、ご主人様の顔も離れていた。
「これからナズーリンには私の気持ちがどれ程のものか思い知らせてあげますからね、覚悟して下さい!」
真っ赤な顔でそんなこと言われてしまった。それに対する、多分真っ赤な顔をした私の返事なんて、決まりきっているじゃないか。
「望むところだよ!」
今度は私から星に顔を近づける。彼女は優しく受け入れてくれた。
私はナズーリン、ダウザーだ。
今、“最高の幸せ”を見つけたよ。
甘いナズ星をご馳走様でした。
面白かったです。くすぐりながらサイズを測ってたのもスゲえアイディアと思いましたし、
「写真に写ってる人物の服」ってのもなるほど! って感心しました。最後まで気がつかなかった。
何気にマリアリの息の合ったコンビもいい味出してる。ノリのいいマリアリ大好きです。
そしてノリのいいひじりんもいいです。ひじりんのくれた数珠はどういう効力があるんでしょうかね。
「望むところです!」←ああ、やっぱり星ちゃんはこうでなくちゃwwww
非想天則はやったことなくて変なこと言って申し訳ないです。
さて、人生には大切にしなければならない三つの袋が(ry
ご両人の未来に幸あれと祈念し、私のコメントとさせていただきます。
大事な場面では臆面も無くビシッと決める(?)星がカッコよ過ぎる!
ナズーリンは”最高の幸せ”を探し当て、星は”かけがえの無い財宝”を手に入れたのですね、わかります。
ニヤニヤが止まりません、どうしてくれる!
聖が某現人神の影響を受けつつあるな。
飲んでいたコーヒー牛乳が飲むに堪えないほど甘くなりました
謝罪と賠償を要求s
いいぞもっとやれ
すばらしい。いいぞもっとやれ。
・・・星ちんの服、てっきりウェディングドレスだと途中まで思っていたZE☆
イイハナシダッタナー
その場にいるだけで砂糖菓子に変えられてしまいそうです。
そして、さりげなく伏線の張り方が上手かったです。
にやにやがとまらない
ラブストーリーとしてはありきたりな展開なのに、『この写真の人物に合う服を』のくだりや
魔理沙の魔法の使い所の上手さで物語の味が一味も二味も違ってくる。
確かな実力に裏づけされた、ハートフルピュアラブストーリー、ありがとうございました。
そして雲山がちゃんと存在しててなんか嬉しかった。
だが、聖、あんたはどうしてしまったんだw
しかし聖w
ご飯はつぐではなくよそうでは?
目的語がぬけてますよ。
辞書で確認しましたところ、「いたたまらない」を「いたたまれない」とも言うそうです
>71 様
「よそう」では米だけになってしまいますが、「つぐ」ということで「米以外の食事も用意する」という風にしました
細かいところまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
こういう指摘はしっかりと次に活かしていきますので、これからも是非お願いします!
緩急のポイントをしっかりおさえ、かつ内容がキチンとまとまっていて、さらっと読める良作と思います。
非常にわかりやすい序破急をおさえていて、ティピカルですが鼻につかないラブストーリーになっており、心温まる作品に仕上がっていると思います。
素敵なモーニングを過ごさせて頂きました。頑張って下さい。では。
米だけでなく御御御付けも含みますよ。
ご飯をよそうで十分に、配膳するの意になるのでは。
なんと、マジですか!? なんたる失態、恥ずかしさで死ねる……orz
>>71 様
どうやら俺の勘違いだったようです。せっかく仰って頂いてたのに、申し訳ありませんでした。
アリスと魔理沙のお人よしっぷりに心が温まりました
おめえええええええええええええええええええええええええええ
今日は良い日だ この話に出会えた