ここは魔法の森。
紅魔館のある霧の湖より南方に広がるカオティックな森林である。
年がら年中薄暗く妖魔の類も多いため、住むには明らかに不適切なこの森なのだが、変わり者の魔法使いが二人ばかり住んでいる。
一人は自称都会っ子の人形フェ……いや、人形遣い。そしてもう一人が――
「留守だぜー」
「いるじゃん! 勝手に入るよー」
「……!? その声は、フラン!?」
「私も一緒よ。ていうか本返しなさい」
借りたら自分が死ぬまで返さないという素敵なポリシーを持った普通の魔砲使い、この霧雨魔理沙である。
チームを作るにあたり、まずは数少ない知り合いを片っ端から当たろうと考えたフランドール。そして最初に加わったパチュリーと相談して真っ先に辿り着いたのが、この魔理沙なのであった。
「うわ……汚っ」
「私さえ分かりゃあいいのさ。で、遥々ここまで何の用だ? 私は魔法の盗……いや、研究で忙しいんだが」
「因果応報というやつね。少しは私の心境も分かるというものでしょう? ていうか本返しなさい」
「ちぇっ。それよりお前ら――」
「ねえ! 魔理沙っ!」
「お、おお? 何だよフラン?」
「一緒に野球しようよ! ね!」
野球しようよ! SeasonⅡ
こちらは白玉楼。
既にこいしをはじめ、幽々子、妖夢、紫、レミリア、そしてレミリアが推薦した咲夜、紫が推薦した藍、藍が強く推薦した橙という八人のメンバーが揃っているこいしチームは、一旦メンバー集めを中断して練習に励んでいる。
その練習内容はかなり本格的かつハードで、まずランニング二十分から始まり、ストレッチ、ダッシュ三十本、キャッチボール、素振り三百本、そして現在は紫によるノックの最中だ。
「いくわよっ!」
キィン!
「……よしっ!」
投手でありキャプテンのこいしが、右手にはめたグラブで堅実にボールを処理する。
本来ならば野手陣に交じってノックを受けなくてもいいのだが、キャプテンという立場と、言い出しっぺとしての誇りが彼女を駆り立てている。
今回の野球は自分の発案から始まった事。ならば、中途半端な態度はみんなに失礼だ――こいしはそう考えたのである。
キャプテンが率先してチームを引っ張ればメンバーの士気も高まる――今のこいしチームは、まさに最高のムードと言えるだろう。
「なかなかやるじゃない! これならピッチャーゴロは安心出来そうね! さァ、次来なさい!」
キィン!
「……っと! イージーよノッカー!」
手慣れた動きで地を這うボールを捌くのは、こいしチームのサードを守るレミリア。
打撃の爆発力のみならず、守備もかなりの高水準のようだ。
「やるわね! ノッカー次こいやァ!」
キィン!
「っし! 楽勝!」
続いてショートの幽々子も華麗な守備を見せる。
また、どうやら彼女は野球絡みになると口調が変わるらしい。
キィン!
「てやっ! ……あれ?」
「あらら……」
続く橙だが、これで二回連続のトンネル。流石にこれはいけない。
しかし、それも仕方のない事だ。なんせ彼女はほんのちょっと前に藍に教えられるまで、野球という言葉すら知らなかったのだから。
「うーん、橙は代走要員ね」
「?? ダイソー要因って何ですか? 紫さま」
「なっ!? 橙が役立たずだとでも言うんですか紫様!?」
「何で藍が怒ってるのよ……。それと私は役立たずだなんて一言も言ってないわよ? 代走要員だって立派なチームの一員だもの」
「ですが……!」
「半端な知識で守備に付いたら怪我をする。自分のみならず、周りも巻き込んでね。分かるでしょ? これは橙の為でもあるのよ」
「……藍さま!」
「橙……?」
「藍さま、橙はダイソー要因頑張ります! だから、そんな落ち込んだ顔しないで下さい!」
「(ち、ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!)そうか、頑張るんだぞ橙!」
「はい! 藍さま!」
「やれやれ……」
その後も続けられたノックの結果、橙以外はそれぞれ守備に問題はないようだった。
特に二塁手として加入した咲夜は、素晴らしい反応を見せて十本ノーエラー。
時間を止めたのではないか、という疑惑も紫の太鼓判で払拭され、その堅守ぶりを見せ付けたのだった。
「じゃあ一旦休憩を入れて、そのあとバッティングね!」
「あら、漸く打てるのね。守備は退屈だわ」
「お嬢様、紅茶をお入れ致しました」
「紅茶……? 別に水でいいわよ」
「畏まりました。――水をお持ちいたしました」
「何故にティーカップに……」
「妖夢、貴女三本もエラーしたわね。修行が足りないわ」
「すみません……。つい外野の体で止める癖が出てしまって……」
「言い訳無用! お水必要!」
「はいはい、今お持ちしますよ」
「紫様、お疲れさまです」
「ありがとう。あら、橙は?」
「代走の意味を教えたら、走るぞー! と言って張り切っていましたが、今は疲れて寝ています」
「そう。何だか騙しちゃったみたいで、あの子には悪いことをしたわ」
「いえ、私の浅慮が原因です」
「そう思うなら、貴女には二人分活躍して貰うわよ。いいわね?」
「はい、紫様!」
なかなかハードな練習をこなしているにも関わらず、メンバーはまだまだ元気いっぱいだ。
この素敵なメンバーと一緒に野球が出来る――そんな嬉しさを感じつつ、こいしは相手チームのキャプテン、フランドールの事を考えていた。
「フラン、どんな人達を連れてくるかなあ。ふふ、楽しみ!」
◆
「はあ? 何で突然野球なんだ?」
「かくかくしかじか」
「ふーん、成る程な。道理でフランが嬉しそうなわけだ」
「ね! いいでしょ魔理沙?」
「うーん……っつってもなあ、私は野球に関しちゃ殆ど素人だぜ? サッカー派だから」
「貴女のスピードを生かせれば、多少の野球経験の差は練習でどうにでもなるわ」
「飛ぶのは自信あるけど、走るのはあんまり自信ないぜ」
交渉は難航気味。引っ掛かっているのは何といっても野球経験だ。
幾ら何でも、殆ど経験のない素人がいきなり「野球しようよ!」と言われても、そう簡単に乗り気になるものではない。
しかしそんなことは関係なしに、フランドールはとにかくチームに入ってもらおうと必死である。
只でさえ知り合いが少なく、その中でも特別思い入れがある魔理沙――何としても、一緒にプレイがしたいのだ。
また、パチュリーもそんな彼女の心境を察しているため、諦めずに食い下がっている。
「まいったなあ……私は私が目立てる物じゃないとやる気が出ないんだぜ」
「なら活躍して目立ちなさい。魔法研究してる時くらいの意気ならば何でも出来るわよ」
「うーん……熱心に誘ってくれるのは嬉しいけどなあ」
「……そっか……」
「ん?」
それまで嬉しさいっぱいだったフランドールの声が、突然沈む。
「そうだよね、こんな事突然言われても、魔理沙は迷惑だよね……?」
「い、いや、別に迷惑だなんて私は……」
「ごめんね魔理沙。魔理沙と野球が出来ないのはちょっと寂しいけど、他を当たってみるよ」
「……!」
「ありがとね。それじゃ――」
「だあああっ! わかった! わかったよ! 野球でも何でも来いってんだ!!」
「――! ホント!?」
「魔砲使いに二言はないぜ! そんかわり、やるからには勝つ! わかってんな!?」
「うんっ!!」
「ふふ、勿論よ」
こうして、フランドールチームの三人目のメンバーが決定した。
暫定ポジションはサード、普通の魔砲使い、霧雨魔理沙である。
彼女の存在は野球の実力云々に関係なく、大いにチームを盛り上げてくれることだろう。
「じゃあ、また報告に来るねー」
「ああ。またな」
「そのボールはあげるから、手に馴染ませて置きなさい。それじゃ」
「はいよ」
二人が去り、魔理沙は長椅子に腰掛けてボールを見つめる。
「入魂、ね……よっしゃ、いっちょやるか!」
ボールにはただ一言、こう書かれていた。
『一球入魂』
魔理沙と別れたフランドールとパチュリー。次なる目的地は、もう一人の魔法使いであるアリス・マーガトロイドの邸宅だ。
魔法の研究の為にちょくちょく図書館を訪れるアリス。そのため読書をしているフランドールとも何度か顔を合わせており、このアリスも彼女の数少ない知己の一人である。
「あははっ! パチュリーの言うとおり、うまくいったね!」
「フランの名演あってこその事よ。貴女役者になれるんじゃない?」
「それもいいね。今度の隠し芸大会はそれでいこうかな」
「ふふ、それは楽しみね。さあ、見えてきたわよ」
魔理沙の家と同様、洋風な造りの家屋が姿を現し、二人は高度を下げてそこの庭先に降り立つ。
「お邪魔しまーす」
ガンガン!
扉を少々乱暴にノックするフランドール。扉左上にある呼び鈴に気付いていないようだ。
ガンガン!
「いないのかな? お邪魔しまーす」
「フラン、そこに呼び鈴が――」
ガンガン! バキャ!
「「あ」」
嬉しさの為か気持ちが逸るフランドール、無意識にノックにも力が入る。
そして、そんな彼女の熱意を支えきれなかった木造の扉は、哀れ拳大の風穴を空けられてしまうのだった。
「て、敵襲っ!?」
「「おっ、アリスだ」」
「あら? パチュリー……と、フラン? っていうか、人んちのドアに何してんのよあんた達!」
因みにこの家は外面全体に強めの魔法障壁が張ってあったのだが、そんなものではフランドールの熱意を止める事は出来なかったようだ。
これぞまさに『野球愛』というやつである。
「「すみま千円」」
◆
「っしゃらァ!」
キィィィン!
爽快な打球音が響き渡る白玉楼。
今の時間はメンバーのお楽しみ、バッティング練習の真っ最中である。
「ラストっ!」
キィィィィン!
「あ(りがとうございま)したッ!」
形式は割と実戦的で、こいしがピッチャーとして投げ、暫定の守備位置に付いた各メンバーが打球を処理するという内容だ。
因みにファールボールや外野を越えるような打球は全て紫の隙間経由でマウンド上のボール箱に戻ってくるという、羨ましい限りのシステム付きである。
「こいしちゃん、これで一巡だけど、誰かと交代したら?」
「ううん、大丈夫。コントロール重視で投げてるだけだから、あと二百はいけるよ」
「あら、頼もしいわ。……そうだ、どうせならここから先は全力で投げてみない? 打者全員と一打席ずつね」
「えっ、全力で?」
「そう。それが終わったらピッチャー交代。面白そうでしょ?」
「うんっ! それでいこう!」
幽々子の提案を快諾するこいし。実を言うと、バッティングピッチャーのように投げるのは少しだけ退屈していた。
というのも、昨日フランドールが見せた快投――それを見てから、自分も思い切り投げたい、という願望が生まれたからである。
お互いを刺激して高め合う、まさに理想の好敵手と言えよう。
「お願いしますっ!」
まず最初に対するは、ここまでのバッティングで流し打ちが光った妖夢。左対左の勝負である。
セットポジションから軸足を深く沈み込ませる独特のオーバーハンドで、その妖夢に対する初球――
「あたっ!?」
「――! ごめん!」
力が入りすぎたこいしの球は、体を捻った妖夢の臀部に直撃してしまった。
「ごめんね……」
「や、大丈夫ですよ。気にしないで」
「打たせていいわよ! サードオッケー!」
「ショートこいやショートォ!」
背中に受ける、メンバー達の頼もしい声――少しナーバスになりかけていたこいしは、それに励まされて気を取り直す。
そして続く第二球――
「っ!」
アウトローの鋭いストレートに妖夢のバットが空を切る。
三球目は外のボール球、四球目はインローを後ろにファール、そして五球目――
「くッ……」
変化球にバットが空を切る。
こいしは妖夢を見事三振に切って取ったのである。
「……今の球、パームボールか」
「みたいねえ。しかも相当なキレだわ。打てる自信はある?」
「ふ、私は紅い大砲よ? ……ただ、そんな私でも難しい球、とだけ言っておこうかしら」
「難しい球というのは同感。ふふ、ホント頼りになるわねえ」
続くバッターの咲夜はインローのストレートをぼてぼてのファーストゴロ。そして次の幽々子も――
「ちッ……!」
パームボールを警戒する余り、真ん中高めのボール球に手を出してのピッチャーフライに倒れ、妖夢をデッドボールとカウントしなければこれで三者凡退という事になる。
因みにこいしがパームを投げたのは最初の妖夢のみで、続く二人は緩急とコントロールだけで抑えたのだった。
「やられたわ、こいしちゃん……!」
悔しさを顕にする幽々子。野球絡みだと、口調どころか性格まで変わる模様だ。
そして、四人目。こいしが迎えるバッターは――
「さあ、お手並み拝見といきましょうか」
こいしチームの四番サード、紅い大砲ことレミリアである。
昨日のフランドールとの勝負では三振を喫したが、先程のバッティングでは特大の打球を連発し、正真正銘の紅い大砲ぶりを見せ付けたのだった。
(すごい威圧感……! フランはこの人を抑えたっていうの……?)
さっきまでとは雰囲気がまるで違う……こいしは少し怯む。
それ程までに、レミリアは異様な威圧感を放っているのである。
しかし、だからといってここで退がるわけにはいかない。このチームのキャプテンとして、言い出しっぺとして――
「行くよっ!」
「来なさいッ!」
その、第一球――
「――!」
一瞬快音が響いたと思った直後、打球はレフトを守る藍の遥か上空を越えて行った。
推定飛距離150m、文句なしの大ホームランである。
「………」
打球の方向をじっと見つめるこいし。
それを気に掛けた幽々子がマウンドに歩み寄る。
「こいしちゃん――」
「へへ、やっぱフランのお姉ちゃんはすごいね! ホント、頼もしいよ!」
「ええ、そうね――」
一方こちらでは、大ホームランのレミリアに、次打者の紫が苦笑しながら話し掛けた。
「初っぱなから派手ねえ。味方のエースを潰すつもり?」
「初っぱなから手を抜けというの? それに、失投を打たれたくらいで潰れるようならエースは勤まらないわ」
「失投、ねえ……」
「………」
その後、紫はセンターライナー、続く藍は痛烈なサードゴロに終わり、結局許したのはレミリアのホームラン一本のみでこいしはマウンドを降りた。
代わりのピッチャーを咲夜が勤め、こいしが打席に入る。
「お願いしますっ!」
張り切るこいしだったが、結果はショートゴロ。
そのまますぐにライトの守備位置に入ったこいしを見て、紫は少し不安を感じていた。
(気負い過ぎ、かしらね……)
「さぁ、ライトこーい!」
◆
魔法の森にあるマーガトロイド邸。
次なるメンバーを求めてここを訪れたフランドールとパチュリーだったが、話は意外にも一瞬で決着が付いていた。
まず、魔理沙は? 次に、いるよ! それで、じゃあやる! 以上である。
野球経験は零という話だったので、取り敢えず暫定ポジションはライト。しかし小生意気にも「魔理沙と三遊間がやりたい」などと言い出すから、ライトという守備位置の重要性を淡々とパチュリーが語る事で何とか納得させたのだった。
因みに『三遊間』のフレーズは、何となく左中間と三遊間だけは知っていた、との事。
「じゃあ、次の連絡待ってるわねー!」
「ええ。それじゃまた」
「またね!」
こうして、四人目のメンバーが決まったフランドールチームだが、新加入の二人がいずれも野球経験が少ない事に、パチュリーは一抹の不安を感じていた。
何といっても、相手はあのレミリアがいるチーム、一筋縄ではいかない。
しかしそんなパチュリーを余所に、フランドールは実に嬉しそうにしている。そう、彼女はこのメンバー探しという事自体が、楽しくて堪らないのである。
「ねえフラン。そろそろ戦力になりそうなメンバーが欲しいものね」
「うん、そうだね!」
「もし次の霊夢が未経験者ならば、加入は少し考えましょう」
「んー、でもさ、練習すれば大丈夫じゃない?」
「一朝一夕で上手くなる程野球は甘くないわ。貴女も最初からあの球が投げられた訳じゃないでしょう?」
「んー、確かに。でも、もし乗り気なら入れてあげようよ! ね!」
フランドールに取捨選択なんて出来るはずないか……苦笑しつつ、パチュリーはその言葉に首肯するのだった。
やがて見えてくる博麗神社。目的の人物は、境内で掃除をしていた。
「おーーーい霊夢ーーー!」
「ん? ……フラン?」
レミリアが起こした紅霧異変をはじめ、これまでに起きた数々の異変を魔理沙と共に解決してきた空飛ぶ不思議な巫女、博麗霊夢その人である。
因みに、その栄光に満ちた戦暦とは裏腹になかなかの貧乏だったりする。
「ねえねえ霊夢! 一緒に野球しよ!」
颯爽と霊夢の前に降り立ち、ろくに説明もしないまま勧誘するフランドール。
「年俸は?」
一方の霊夢。それに何ら不審がる事もなく、即答で金銭関係の言葉を返した。
「え……?」
「だから、年俸は?」
「えーと……念法って何?」
「――それは活躍次第、とでも言っておこうかしら」
と、そんな中、気が逸るフランドールに置いて行かれたパチュリーが、漸く境内に到着する。
「あらパチュリー、あんたもいたの」
「念法……粘砲?」
フランドールに年俸の意味を教えた後、神社内に通されたパチュリー。
しつこく金銭面の詳細を聞いてくる霊夢に狼狽しつつも、事の経緯を説明した。
説明中……
「ふーん、面白そうじゃない。参加してもいいわよ、出すもん出してくれれば」
親指と人差し指で輪っかを作ってそれを上下に動かす霊夢を見て、パチュリーは溜め息を吐いた。
因みにフランドールは庭で、神社に住み着いた鬼の伊吹萃香と相撲を取って遊んでいる。
「先に聞いておくわ。貴女、野球経験は?」
「ジネディーヌ・ジダン!」
「そう、ないのね。じゃあ悪いけど、この話は無かったことに……」
「――待ちなさいよ」
立ち上がろうとしたパチュリーの肩を霊夢が掴む。
「……放しなさい」
「断るわ」
「野球は一朝一夕で出来るほど甘くはない」
「私を誰だと思ってんの?」
「そう……それなりに自信があるようね。ならば見せてあげる。貴女が安易な気持ちで踏み込もうとしている世界が、どんなものなのか」
肩に掛かった霊夢の手を払い、パチュリーはにやりと不敵に笑った。
「――はッ!」
「っとと、危ない危ない!」
「んん……!」
「そらっ!」
「わっ!?」
一方こちらは神社の庭。フランドールと萃香の微笑ましい相撲ごっこが行われている。
しかし、いくら微笑ましい相撲ごっこといえども相対しているのは吸血鬼と鬼。溢れだす闘気は猛烈な風となり、神社周辺の木々を激しく揺らしている。
「凄いね萃香! こんなに力が強い人、私初めてだよ!」
「あんたも中々やるねフラン! 姉貴もだけど、流石は鬼の名を冠するだけあるよ!」
「じゃあ、続きやろうか?」
「おうよ! ……おっ? 霊夢達が出てきたみたいよ」
「あ、ホントだ」
神社の裏手から、パチュリーと霊夢が険しい顔をして出てくる。
加入の是非を聞こうと歩み寄ったフランドールに、何故かパチュリーはボールを手渡した。
「……? 何でボール?」
「フラン、霊夢は貴女の球を打ってみたいそうよ」
「え、そうなの霊夢?」
「まあね」
「勝負は一打席。フランの投げる球を前に飛ばせたら加入、駄目なら加入しない。それでいいのよね? 博麗霊夢」
「上等よ。パチュリー・ノーレッジ」
かくして、霊夢のチーム加入を賭けた、フランドール対霊夢の一打席勝負が行われる事となった。
「………」
肩を作るために軽くキャッチボールをするフランドールは、余り楽しくなさそうである。
しかしそれも仕方のない事だ。霊夢にチームに入って貰うために来たのに、今ここで自分が勝ってしまったらそれが叶わなくなってしまうのだから。
しかし、勝負と銘打たれた以上、手を抜くのは相手に対する侮辱――だからこそ、フランドールはこの勝負に乗り気がしないのである。
「………」
また、パチュリーもそんなフランドールの心境を察していた。
それでも尚こうして勝負に持ち込んだのは、これから行われる試合で勝つために出来る限り強力なメンバーで臨みたい、という自分自身の願望からである。
自分は憎まれ役でいい――パチュリーはそう考えたのだ。
「パチュリー、私はもういいよ」
「わかったわ。……さあ、準備は出来た。いつでもどうぞ」
「そう。じゃあ行――」
「ちょっと待った!」
「「「?」」」
土に即席で書かれた打席に向かおうとした霊夢を止める声――萃香である。
「何よ萃香?」
「前座としてさ、私にもやらせてくれないかな?」
「はあ?」
「いいよ!」
「ちょっ、フラン……?」
「決まりだね!」
戸惑うパチュリーと霊夢を尻目に、萃香はパチュリーが用意したバットで素振りを始める。
ブンッ!
「……!」
「あ、あんた……」
ブンッッ!!
「凄い……! 凄いよ萃香!」
バットが一振りされるたびに起こる風、丸で大木を振り回しているかのようなスイング音、そして、荒いながらしっかりと理に適ったフォーム――それらは間違いなく、萃香が野球に携わっていた事を物語るものだった。
素振りを終えた萃香。バットを肩に担ぎ、楽しそうに笑いながら、しかし鋭い眼差しでフランドールを見据える。
「さぁーてフラン、さっきの続きはこの勝負でやろうか!」
「うん! 負けないよ萃香ッ!」
◆
地底の奥深くにひっそりと建つ不気味な館、その名を地霊殿。こいしのスウィートホームである。
白玉楼での練習を終え、その地霊殿へ帰る途中のこいしだったが、何とも言えない妙な気だるさを覚えていた。
楽しかった筈、嬉しかった筈、それなのに何故か今は疲れだけが残っているのである。
原因はさっぱり見当が付かない。それどころか、本来ならあの程度の運動で疲れるはずがない……こいしは頭を二、三度振り、考えないよう自分に言い聞かせ、そうして館に入るのだった。
「ただいま」
「あ、お帰りなさいこいし様ー!」
そんなこいしを出迎えたのは、死体運びを生業とする地獄の火車、お燐。地霊殿に数多くいるペットの一人である。
因みに、決していかがわしい意味でのペットではない。
「野球の練習どうでしたかー?」
「うん、楽しかったよ。お燐も来ればいいのに」
「あはは、あたいはいいですって! ホラ、あの時のトラウマが……」
「ああ、人中直撃のデッドボールか。初打席があれだったんだよね?」
「あれはホントに死ぬかと思いましたよー……。死体運びが死体になりかけましたからねぇ」
「ふふ、大騒ぎだったもんね……。じゃあ、私行くね」
「はいはーい。ごゆっくりー」
にこっと笑い、館の奥へと進んでいくこいしの後ろ姿を見つめるお燐。首を傾げ、呟いた。
「……こいし様、何かあったのかねえ?」
長い通路を抜けた先、そこにこいしの私室が見えてくる。
相変わらず体にのしかかるような疲れは消えず、今日はもう寝よう、と思ってふらふらと大きな扉の前を横切ろうとした時だった。
「――お帰りなさい」
「……! ただいま、お姉ちゃん」
「立ち話もなんだから、入りなさいな」
「……うん」
扉の先から聞こえてくる落ち着いた声に従い、こいしはその扉を開く。
数々の調度品が揃えられた広い部屋、その中央に置かれた黒革の豪華な椅子に腰掛けるのは、こいしの姉でありこの地霊殿の主でもある古明地さとりである。
胸元にある第三の目によって相手の心を読む事が出来るさとり。しかしその特異な力によりあらゆる人妖に嫌われる存在であり、それはこいしが第三の目を閉じてしまった原因でもある。
それでも尚その目を開き続けた偉大な姉――口には出さなくても、こいしにとってさとりは強くて自慢の姉なのだった。
「お疲れさま。怪我がなくてなによりだわ」
「うん、ありがとう」
「野球の練習はどうだった? その様子だと上手くいかなかったと見るけど」
因みにさとりは、第三の目を閉ざした、つまり心を閉ざしたこいしの心だけは読むことが出来ない。
最近になって少しそれは開かれてきたものの、依然靄がかかったような状態のままである。
「そんな事ないよ。みんな一生懸命で、ムードも良かったもん。それよりさ、やっぱりお姉ちゃんは来ないの? だってお姉ちゃんは……」
「嫌われ者の私がしゃしゃり出ても、誰もいい顔はしないわよ。それに、他の誰かとバッテリーを組む貴女も見てみたいしね」
「そうなの?」
「ええ。誘うなら、お燐……は駄目としても、お空を誘えばいいじゃない」
「駄目だよ。だってお空、教えたルールすぐに忘れちゃうんだもん。センスはあるのに、勿体ないんだよなぁ……」
「ふふ、そういえばそうだったわね……」
何でもない会話が続く中、こいしは感じていた疲れが少し和らいだ気がしていた。
何故そうなったのかは見当が付かない。もしかしたらお姉ちゃんが何かしたのか……などと考えてみても、それっぽい動きは一切していないし、疲れの正体は不可解なままだ。
「お燐とお空を連れて応援に行くわ。試合の日時が決まったら教えてね」
「うん、絶対見に来てね。私の華麗なるマウンド捌きを――」
――!
「……こいし、どうしたの?」
「う、ううん、なんでもないの! じゃあ、私もう寝るね。おやすみなさいお姉ちゃん」
「ええ。おやすみなさい」
バタン……
「……可愛い妹の為、か」
逃げるように部屋に戻ったこいしは、倒れるようにベッドに入った。
さとりとの会話の途中に突然頭に浮かんできた事、それはレミリアの大ホームランと――
「フラン……」
そう、そのレミリアを豪速球でねじ伏せた、フランドールの姿だった。
自分はあの子に勝てるの? みんなの期待に応える事が出来るの? ――そんな思いが頭を駆け巡っていく。
しかし、ごく最近まで心を完全に閉ざしていたこいしには、今の自分の気持ちをどうしたらいいのか見当が付かない。
「………」
その日、寝つきがいい筈のこいしは、なかなか眠れない夜を過ごす事になるのだった。
◆
一時的に治まっていた猛烈な風が再び吹き荒れ、神社周辺の木々を激しく揺らしている。
その原因は言わずもがな、バッターボックスに立つ萃香とマウンドに立つフランドール両名の高揚する戦意だ。
しかし、そんな中でも二人共々楽しそな笑顔を見せている。
(まったく、冗談きついわ……)
対照的に、キャッチャーのパチュリーはその二人が放つ余りの圧力に、構えた体が後ろに引っ繰り返らないよう堪えることに必死である。
傍にいる霊夢が何らこたえていない様子を少し不思議に感じつつも、第一球のサインをフランドールに送る。
(初球は様子見。アウトローに外すカーブ)
サインに頷き、投球モーションに入るフランドール。その初球――
(……まずい! 真ん中に――)
パシッ……
「……?」
コントロールミスでど真ん中に来た緩いカーブ、絶好のホームランボールだ。
しかし萃香はそんなチャンスボールにぴくりとも反応する事なく、あっさりと見送る。
(真っすぐに狙いを絞っていたから? それにしても、さっきのスイングを見る限り反応できない速さじゃないと思うけど……)
「――なあ、フラン」
笑顔を崩さず、しかしどこかがっかりしたような面持ちで、萃香がフランドールに話し掛ける。
「私には分かるんだ。あんたの持ち味はこんなんじゃない、ってね」
「えっ?」
「見せてみなよ、そいつをさ。小細工なしの、全力の真っすぐを!」
言い終えると、再び楽しそうな笑顔で萃香はバットを構えた。
前以上に全身に漲る闘気。博麗神社の周辺は更なる暴風が吹き荒れ、いよいよ嵐の様相を呈してきている。
そして、そんな状況に於いて、紅魔館の火の玉娘、フランドールが燃えない筈がなかった。
萃香と同様昂る闘気を全面に出し、力強くボールを握りしめる。
「絶対打たせないよ!」
「ははっ! 上等だ!」
(やれやれ……)
ここまでのやり取りを静観していたパチュリー。思わず心の中で溜息を吐く。
(なんだか私が悪者みたいじゃない。でも……私にはそれがお似合いかもね)
マスク越しに苦笑しながら、パチュリーはインハイのストレートのサインを出す。そしてそのサインに、フランドールは嬉しそうに大きく頷いた。
全身を使った躍動感溢れるモーションから、その第二球――
(低……くない!)
ズドォォォン!!
空振り。フランドールの投げたボールは、萃香の凄まじいスイングの上を通過していった。
「ナイスボール」
「あはは、ごめんパチュリー! 真ん中いっちゃったよ!」
結局ミットに納まった球は先程のカーブと同じど真ん中。しかし、今度はただのど真ん中ではない。
「ははっ、一瞬ワンバウンドするかと思ったんだけどねえ」
「……同感よ」
そう、通常の球筋ならば間違いなくワンバウンドになる高さのボールが、凄まじいホップを見せてど真ん中に入ったのだ。
加えて球速、重さ共に申し分なく、対物理障壁を何重にも重ねたミット越しに手が痺れるのを、パチュリーは感じていた。
「こいつは面白くなってきた! さあ、次来なフラン!」
「言われなくても!」
しかし、凄さにおいては萃香も負けていない。
そんなフランドールの豪速球に対して、空振りとはいえスイングのタイミングがぴったり合っていたのだ。
(もう一球続けたら危なそうね……。でも――)
三球目のサインが出る。
球種は二球目と変わらずストレート。しかし今度は、高さコースを指定していない。
「好きな所に投げていいわ。どこへ来ても捕ってあげるから」
「うん! わかったよ!」
パチュリーは、確信したのだ。今のフランドールの真っすぐは打たれる気がしない、と。
「ははっ! いいねえ、あんた達! 気に入ったよ!」
そして、第三球――
(同じコース! 貰った――)
カッ!
「……!」
バットには当たったものの、その打球は真後ろの林に飛んで行った。
「いやー、やるねえ。伸びること伸びること」
球筋は二球目とほぼ同じだが、パチュリーのミットの位置は最終的に真ん中高め近くに添えられていた。
また、比例するかのように球速も重さも増していて、萃香のスイングを力で押し返したのである。
(ふふ……もしかしたら私は、想像以上にとんでもない子とバッテリーを組んでいるのかもしれないわね)
続く四球目。もはやサインは必要ない。
「行くよッ!」
「来な! 次こそ打たせてもらうよ!」
先程より一際大きなモーションから放たれた、第四球――
バキッ!
「!!」
ズドォォォォォォォン!!
バットで捉えられた筈のボール――しかしそのボールは前に飛ぶことなく、バットをへし折ってパチュリーのミットに納まった。
ファールチップ、つまり結果は三振で、フランドール達の勝利である。
「はっはっは! いやあ、大したもんだ! この私に勝つとはねえ!」
アクシデントとも取れる形で敗れた萃香。しかしそこに遺憾の表情は一切なく、満面の笑みで勝者を讃えた。
「ううん、最後の球はバットが折れなかったら打たれてた。だから引き分けよ!」
「いーや、正確には三球目でもう折られかけてたよ。何にしても、勝ったのはあんた達さ!」
「うん! ありがとう!」
「ははっ! こちらこそ!」
がっちりと握手をするフランドールと萃香。実に清々しい光景である。
そんな二人を横目に、ここまでの勝負を黙って見ていた霊夢の所へ、防具を片付けたパチュリーが歩み寄る。
「ご感想は?」
「あいつら化け物ね。まあ、化け物だけど」
「これでもやる?」
「ごめんだわ。年俸は惜しいけどね。でも……」
「でも?」
「なんか、楽しそうね」
そう言って少し笑うと、霊夢は神社の奥へ入って行った。
「霊夢……」
「パチュリー! 萃香がチームに入ってくれるって!」
「あら、本当に?」
「ああ! 専門はファーストだけど、外野も出来るから役に立てると思うよ!」
「わかったわ。これからよろしくね萃香」
「よろしく萃香!」
「よろしくフラン! よろしくパチュリー!」
こうして、フランドールチームの五人目のメンバーが決定した。
暫定ポジションはファースト、疎と密を操る鬼、伊吹萃香である。
圧倒的なパワーと繊細なテクニックを併せ持ったその打棒は、確実にチームを勝利へと近付けてくれる事だろう。
「あ、そうだ。霊夢はどうしたの?」
「神社の中よ。ああ、それと貴女との勝負はやめておくそうよ」
「え、じゃあ……」
「加入はしない、みたいね」
「そっか……残念」
萃香の加入で満面の笑みだった顔が一転、フランドールは淋しそうな表情を見せる。
そう、ここまで魔理沙、アリスと来て、霊夢はフランドールにとっての最後の知己。野球経験云々は関係なく、ただただ一緒に野球を楽しみたかった。
(そうか……誰が欠けても嫌だ、と言うことね)
そしてパチュリーも、ようやくフランドールのそんな想いに気付いたのだった。
「……あらいけない、神社の中に忘れ物をしたわ。フラン、ちょっと萃香と待ってて」
「うん、わかった」
霊夢を追うような形で、パチュリーは神社に入って行った。
それを優れない表情で見送ったフランドールに、萃香が笑顔で話し掛ける。
「フラン、残念がる事なんてないよ」
「でも……」
「もうすぐお前さんの恋女房が、でっかい忘れ物を持ってきてくれるからさ!」
「? 恋女房……?」
「そうさ! 旦那の気持ちを汲んでくれる、いい女房だよ!」
「???」
「霊夢、少しいい?」
「何よ、まだなにかあるの?」
「メンバーが全員決まったら練習があるわ。貴女、そこに来る気はない?」
「……年俸は?」
「ないわよ! ……まあでも、食事くらいなら「行くわ!」……そう」
話の結果、取り敢えずのマネージャーという形で霊夢のチーム入りが決まった。
楽園の素敵なマネージャー、博麗霊夢。彼女の存在は更にチームを活気付けてくれる事だろう。
霊夢に別れを告げて廊下を歩くパチュリー。この事を伝えた時のフランドールの喜ぶ顔を想像し、柄にもなく嬉しそうな笑みを零すのだった。
◆
練習が終わった後の白玉楼。
妖夢が庭の整備をしている中、縁側ではこいしチームの重鎮たち(ただしキャプテン不在)が神妙な面持ちでミーティングをしていた。
「八雲ファンタジーウォーリアズ!」
「西行寺ピンクラグジュアリーズ!」
「スカーレットスカーレッツ!」
その議題はチーム名。
傍から聞いているとまことに馬鹿馬鹿しい物ばかりだが、本人達は至って大真面目である。
「紫ティーンエイジャース!」
「幽々子ゴーストバスターズ!」
「レミリアストーカーズ!」
どうしたらそこまでハチャメチャな名前が思いつくんだ? と言いたいところだが、彼女達に意見できる立場の者はここには(というより幻想郷には)いないため、側に控える従者達も各々の主の放つ恥ずかしいチーム名にただただ俯くばかりである。
「ハイパーエターナルフォース!」
「オメガシャイニングストーム!」
「アルティメットブラッディローズ!」
「「……!」」
「アルティメット……」
「ブラッディ、ローズ……」
「「それ、いいかも……」」
「ふっ、決まりね!」
キャプテン不在の中、なんとも勝手極まりなくチーム名が決まってしまった。
命名者は四番サードレミリア。その名も『アルティメットブラッディローズ』である。
咲夜がより一層俯く中、レミリアは大変誇らしげに胸を張る。従者の心主知らず、とでも言ったところだろうか。
「――グラセン(グラウンド整備)終わりましたよー」
と、そんな中、庭の整備を終えた妖夢が戻ってきた。
しかしそんな彼女を気にも掛けず、盛り上がる主組と俯く従者組。
当然、何があったか気になる。
「幽々子様、何かあったんですか?」
「あら妖夢、いいところに来たわ。丁度今私達のチーム名が決まった所なのよ」
「はあ。チーム名、ですか」
「そうよ! この私、レミリア・スカーレットが命名した栄光あるチーム名よ!」
咲夜は俯いたまま後ろを向いてしまい、そんな彼女を藍が励ましている。
「それで、どんな名前なんですか?」
「聞いて驚きなさい! その名も『アルティメットブラッディローズ』よ!」
「うわ、ダサッ」
その後妖夢がどうなったかを知るものはいない。
「――隣、いいかしら?」
「ええ、どうぞ」
ミーティングも終わり、時刻は夜。縁側でお茶を飲んでいた紫の横に、スルメ烏賊を噛み噛みしながら幽々子が腰掛ける。
「やっぱり腕は衰えてなかったわね」
「当然。バッティングはちょっと納得いかなかったけど」
「ふふ、パームを見せられた後の決め球にあのコースを突かれたら、私でも打ち取られていたわ」
「そうねえ。レミリアでも打てたかどうか――」
「――打てなかったでしょうね」
と、そこへぺろぺろキャンディーを銜えたレミリアがやって来て、二人の間にちょこんと座った。
「あら、貴女にしては自信なさ気ね(キャンディー似合うわ……)」
「私もパームは警戒していたもの。初対決とはいえ、あんな棒球じゃなければ打ち取られていたかもしれない」
「それなりに評価してるのねえ(キャンディー似合うわね……)」
「私は過大評価も過小評価もしない、それだけよ。ただ――」
「ただ?」
「打たれ弱い」
「「………」」
そこで話が途切れ、そこから先は暫く静かな時間が流れる。
風に揺れる木、その先にぶら下がっている簀巻きのお侍さん――そんな沈黙を破ったのはぺろぺろキャンディーを銜えたレミリアだった。
「……これは私の推測だけど、あの子はフランと自分とを比べようとしたんだと思う。自覚は無いだろうけどね」
レミリアにはその確信があった。
こいしが投じたインハイ――それは昨日、フランドールが自分に対して投げた初球と殆ど同じコースだったからである。
「そんな無意識下の考えに知らず知らず戸惑った結果、中途半端なボールになった……そういう事ね?」
「ええ。そして恐らくあの子は今、自分とフランとの間に大きな力の差があると思い込んでいる。私を抑えたフランと、打たれた自分――という風に」
「成る程、その辺が引き金になったわけか……」
レミリアに勝負を挑み、ホームランを打たれた。自分は、フランドールに勝てない。言いだしたのは自分なんだから、みんなを引っ張らなきゃいけないのに――
こいしのマイナス方向の考えが積み重なっていく様が、紫には手に取るようにわかった。
そして、それをどうしたらいいか分からずに苦悩する姿も、である。
「どつぼに嵌まる典型的な流れだわ。手を打つなら早い方がいい」
「具体的な方法は?」
「――簡単よ。私と再戦し、勝てばいい」
「……! 無茶よ! こいしちゃんを潰すつもり!?」
「場合によってはそうなりそうね。でも、潰れていくのを何もせずに見ているよりはずっといい」
「……厳しいけど、それしかないわね」
「紫……!」
「優しい言葉で諭すのは逆効果。盛り上げるのも同じく逆効果。というより、そういう小さな全てが、今のあの子には悉くマイナス方向に見えてしまう筈」
「――だから、私と再戦し勝つ事でそれらを一掃する。勝つか負けるかは完全にあの子次第だけどね」
「……っ! そんな賭けまがいの事をこいしちゃんに強要するというの? 私は反対だわ!」
反論しながらも、幽々子は分かっていた。レミリアの言うことも紫の言うことも共に間違っていないであろう事を。
しかし、それでもこいしが最初に見せた「ありがとう!」と言った時の嬉しそうな笑顔が忘れられなかった。
勝ち目の薄い再戦でこいしが立ち直れなくなるのを見たくない――そんな思いが、幽々子に声を荒立てさせる。
「こいしちゃんが、野球しませんか、と言わなかったら、今回の話自体無かったのよ? そんなあの子に、これ以上辛い思いをさせるつもりなの?」
「……ならば聞くわ。貴女はこれ以上追われるように野球をするあの子が見たい?」
「………」
「あの子には感謝している。だからこそ、私はあの子には野球を楽しんでもらいたい。そしてその為に私が出来る事は、もう一度バッターボックスに立つ事だけよ」
「……全力でやるつもり?」
「手を抜いたら見抜かれる」
「……私は、反対よ」
「――勝つかもしれないわよ」
「「……?」」
途中から会話を抜けて一人で隙間を覗いていた紫。
その覗いていた先で、何かを見つけたようだ。
「ホラ、これこれ」
「ここ、どこよ?」
「どこかの部屋みたいだけど……」
隙間が映す部屋には、一人の少女がいた。
その少女の出で立ちは、黒のレガースとプロテクター、そして謎の被り物に黒いミット。そうして、黙々と壁当てを行っている。
「「誰?」」
「ふふ、謎のマスクマン、ってところかしらね」
レミリアと幽々子は気が付かなかったが、プロテクターによって隠された第三の目――それを紫だけが気付いていたのだった。
「やったねパチュリー! 今日だけで四人もメンバーに入ってくれたよ!」
「そうね。魔理沙とアリス、それと霊夢がどれほどの戦力になるかは分からないけど、萃香が入ってくれたのはとにかく大きいわ」
「すんごいスイングだったからね、萃香。今思い出しても、よく勝てたと思うくらい! ……さて、到ちゃーく」
「お帰りなさいませっ!」
「ただい――? 美鈴、その格好……ユニフォーム?」
「はい! 朝は居眠りしていて言えませんでしたが、ファーストなら私が――」
「ファーストなら足りてるわ。じゃ」
「そ、そんなっ! だったらサードでも……」
「ごめんね美鈴、サードも魔理沙がやることになってるの。じゃあね」
「セ、セカンドどうですかァ!!?」
「「………」」
「ど、どうですか?」
「「オッケー!」」
■暫定メンバー
《アルティメットブラッディローズ(こいしチーム)》
投手:古明地こいし(左投左打)
捕手:
一塁手:八雲 紫(右投両打)
二塁手:十六夜 咲夜(右投右打)
三塁手:レミリア・スカーレット(右投右打)
遊撃手:西行寺 幽々子(右投右打)
右翼手:
中堅手:魂魄 妖夢(左投左打)
左翼手:八雲 藍(右投両打)
代走要員:橙(右投右打)
《フランドールチーム》
投手:フランドール・スカーレット(右投右打)
捕手:パチュリー・ノーレッジ(右投右打)
一塁手:伊吹 萃香(右投右打)
二塁手:紅 美鈴(右投右打)
三塁手:霧雨 魔理沙(右投右打)
遊撃手:
右翼手:アリス・マーガトロイド(左投左打)
中堅手:
左翼手:
マネージャー:博麗 霊夢(右投右打)
続く
マネージャー霊夢が個人的にツボです。
あと男前すぎる萃香に惚れた!
フランチームの残りのメンバーが気になりなるなぁ。
今回も凄く面白かった!
続き楽しみにしています。
ともかく続きに期待!
普通の魔砲使いとは誰ウマだぜ。萃香と並ぶフランチームの主砲になるんだろうか。
今回で双方リリーフの必要性も出てきたし、目が離せないな。早苗さんの登場にも期待してるんだぜ。
>須巻きのお侍さん
簀巻きじゃないかと。
どうなるNext season・・・
フランのメンバー集めはどうなるのか、こいしは自身の弱さを乗り越えることができるのか。
これは熱い展開が期待できそうだ。
続編も楽しみにお待ちしていまっす!
>12さん
ご指摘ありがとうございます。修正させて頂きました。
安いのか?ww
おぉぅい!オラなんだか本気でワックワクしてきたぞ!
実は野球詳しくないけど!ぶっちゃけ俺が好きなのサッカーなんだけど!
まぁ、要するに「そんな俺でも楽しめちゃうぐらい展開が熱くて面白い!」ってことです