冷蔵庫を開けたら魔女が居た。
いつものアクセサリーの帽子についている月が、77という数字に変わっていた。
イメチェンでもしたのかもしれない。
しかし、イメチェンというには余りに斬新すぎる。
確かに彼女は七曜の魔女として有名であるが、だからといってアクセサリーを77にする理由にはならない。
77の形をしたアクセサリーよりも、月の形をしたアクセサリーのほうが魔力を集めるのに有効であるのは間違いない。
「お邪魔しているわ」
今まで過去何度か、顔が書いてある太陽だとか、重そうな門松だとかにアクセサリーが変わっていたが、流石に数字が来るとは思ってもみなかった。
何故数字なのだろうか。しかもコレ、どこで作ったものなのだろうか。
どこかの雑貨屋さんに売っている可能性はないといえば嘘だが、こんなアクセサリーは見たことがない。
注文すれば出来るかもしれないが、わざわざこういうアクセサリーを頼むような客はいない。
何か理由があるのだろうか。賢者の意志作成のために必要なのだろうか。
ファッションにこだわるアリスはついまじまじと魔女の頭を見てしまっていた。
「なに見ているのよ」
そんなことよりもこの状況である。
さっきまでアリスは冷蔵庫に保管しておいたハーゲンダッツを食べようとしていたのだ。
最近外が寒くなってきたが、寒い時期にコタツでぬくぬくしながらアイスを食べるというのはちょっとした贅沢であり、アリスも楽しみにしていることであった。
丁度人形を一体作り終わり、さて一息つこうと思ったときだった。
冷蔵庫を開けたら中に魔女が居た。
魔女が本を読んでちょこんと座っていた。
ちょこんと座るなんて書くと可愛らしく聞こえるが、まさしくそれは侵略であった。
そのことに気が付くのに一分ぐらいかかった。一生の不覚であった。
アリスはとりあえず本を取り上げた。あっ、という声がしたが気にしなかった。
次にアリスは冷蔵庫にいる魔女をひきずり下ろした。私は動かない大図書館よ!とかいう声がしたが気にしなかった。
侵略者には侵略者に対してそれ相応に接しなければいけない。
まだ玄関から入ってくるならばそれ相応に対応したが、勝手に入って勝手に冷蔵庫を占領されたのだ。
たまったものじゃない。
と、アリスはここで気がついた。
冷蔵庫の中身は一体どうなってしまったのだろうかと。
「ない」
「あたり前じゃなへぶぅっ!」
「パチュリー、パチュリーあんた全部食ったわね」
「ぐっ、こ、この暴力人形遣い……!」
「正直に言いなさい、全部食ったんでしょう」
「うん」
瞬間パチュリーに対して上海人形がナイフを突きつけた。
パチュリーはとっさに魔法でバリアを作った。
ナイフはバリアにはじかれた。
上海人形はチッと舌打ちをした。
「甘いわね、攻撃力がダダ甘よ。咲夜のナイフの威力の百分の一にも満たないわ」
「ぐっ」
こんの魔女!とアリスは思ったが、とりあえず今は目の前の紫もやしをやっつけることが先決である。
色々聞きたいことが山ほどあるが、それはまた後での話だ。
「甘いのはそっちでしょう。いっくらバリアーとかをしてもね」
ここは人形遣いの家。
まさに自分のホームグラウンドだ。
以前こいつと大図書館で戦った時にはかなり痛手を負ったし、相手が相当強いということも理解している。
あの時はぎりぎりで勝てたが、今度同じ状況になったら勝てる自信は無い。
「ここは私の家よ!」
が、ここは人形遣いの家である。
周りの人形全てが自分の味方である。
そのことを失念しているとは考えがたいが、とにかく捕まえてしまえばこっちのものである。
「紫モヤシ、覚悟ぉ!」
「!?」
アリスが指で合図をすると、パチュリーの周りに一斉に人形が集まり、ぐるぐると回りだした。
パチュリーはしまった、と思ったがもう遅かった。
バリアーのおかげで身体にくる痛みは無いが、バリアーの上から糸でぐるぐる巻きにされてしまった。
「ふっ、どうよ!まるで今の格好は蓑虫ね!」
「ぐっ」
形勢逆転である。
意外とあっさり終わってしまったことに対してちょっと不安が残るが、とりあえず侵略者を捕獲したことに変わりは無い。
「いい眺めねぇパチュリー。さて何から聞こうかしら」
「アリス、私をこんな風にしてなにをする気なの?まさかあんなことやこんなことをするんじゃないでしょうね」
「そんなことよりも聞きたいことがあるのよね。今回の件について」
「今変なことを想像したでしょう。あなたの趣味はわかっているのよ」
口も塞いでしまおうかと一瞬考えたが、それでは回答は得られないので仕方なくそのままにしておくことにした。
「アリスったら思春期なんだから。キャー」
「……」
一人で盛り上がっている紫モヤシを気にしたら負けである。
突っ込んだら終りだ。
アリスは話を続けることにした。
「なんでこんなことをしたのよ。普通に玄関から入ってくればいいじゃない」
なんで冷蔵庫に入っていたか、についてはあまり言及しないことにした。
何故ならこちらの不注意が原因であることは間違いないからだ。
家に侵入を許してしまった。それがなんとも悔しいアリスであった。
「ああ、入ってちょっと人形に攻撃されたけれど、貴女は集中していたようで気が付かなかったのよね。だから隠れていたのよ、冷蔵庫に」
「それだけ?」
「それだけよ。意外と無用心なのね、貴女って」
聞けば聞くほどこちらの墓穴である。
パチュリーのほうもそれはわかっているようで、いやらしい顔つきで笑っている。
捕まえたのはこっちだというのに、余裕そうなのは相手のほうだ。
なんとなく悔しくなってアリスはぐるぐる巻いている糸の締め付けを強くした。
「ぐぇっ」
「あんまり余裕ぶっていると痛い目見るわよ?」
「……この暴力人形使い」
悪いのはこっちじゃないあんたのほうだ。
そう思うと締め付けるのに何の抵抗もないアリスであった。
「ドS……アリスのドS……」
しくしく泣いている魔女が変な単語を発していたが、気にしたら負けである。
「そうやって泣いている私を見て、内心喜んでいるんでしょう」
まあ確かに喜ばしいことではあるが、別にそっちの意味というわけでは決して無い。
決して無いのであるが、ここで反論したら相手の思う壺である。
幾度かのやり取りの末に、アリスはちゃんと学習したのだ。
アリスは話を続けることにした。
「じゃあ次の質問ね。どうしてこんなことしたのよ」
「そうやって涼しい顔をして次の質問にいくなんて、そんな後輩に育てた覚えは無いわ」
あんたに育てられた覚えはない、とアリスは思ったが、確かに一年ぐらい前に始めてこの家にこの魔女がやってきてから、スルーをするという方法を覚えたのは確かであった。
「いいから質問に答えなさい。答えないとさらに痛くするわよ」
「やっぱアリスってそういう趣味が」
「蹴リス!」
「むきゅう!」
しかしいくらスルー能力が発達したとはいえ、いい加減に怒るときは怒るのだ。
いつまでもこの魔女のペースにあわせていたら話が一週間あっても進まない。
「で、なんでここに来たのよ。目的は?」
「あそびにきてみた」
お約束の決まり文句であった。
シリーズでもう何度目かわからないやりとりであった。
「あっそう」
なかばうんざり気味で返事をするアリスであった。
「なによ、うれしくないわけ?せっかく友達いない人形遣いの家に行っているっていうのに」
「友達いないは余計だ。あんたといると疲れるのよ」
「そう、私は楽しいけれど?」
「……そりゃそうでしょうよ……」
こう、どうしていつもこの魔女のペースに乗せられてしまうのだろうか。
迷惑といえば迷惑なのだが、遊びに来ましたといわれるとどうにも追い返せない。
普段は図書館で静かに本を読んでいるというのが最初の印象であったが、外に出ると迷惑な方向にアクティブになるから困るのだ。
自分が困っているところを楽しんでいるに違いない。絶対そうだ、違いない。
「で、遊びに来たけれど私が気がつかなかったから、冷蔵庫の物を全部食ってその中に入っていたと」
「正確には冷蔵庫のものは全て館のほうに移動させたわ。咲夜がね」
ああそうか。
確かに咲夜の能力を使えば、冷蔵庫のものが一瞬にしてなくなるということも出来なくはない。
だからこちらも気がつかなかったのだ。
まぁ、家のセキュリティシステムに問題があることは確かであるが。
「……ちょっと待って、鍵は?かかってたわよね」
「ああ、鍵ね」
にやりと笑う魔女にとてもいやな予感がするアリスであった。
「かかっていたわね」
やはりか。
やはり、いつの間にか合鍵作っていやがったなこいつ!
確かに以前からこの魔女はこの家に遊びに来るようになっていたが、本を読むだけでなく、ちょっとした薬草を取りにいったりしていたのだった。
その時にでも鍵のことを調べたのだろう。油断ならない奴である。
「ぐっ、じゃ、じゃあ咲夜にわざわざ頼んだの?冷蔵庫のものを捕って行けって」
「ああわかるかしら。レミィの寝顔のブロマイド五枚で承諾してくれたわ」
わざわざこんなことを頼む魔女も魔女であるが、ブロマイド五枚で引き受けるメイドもメイドである。
しかし冷蔵庫の物を全て紅魔館に運ぶなど、相当の労力がいったはずだ。
思いつくこいつもこいつであるが、実行したメイドもメイドである。
どれだけ暇なのだろう。いや暇ではないと思うのだが。
「あ、そういえばハーゲンダッツは?」
「ハーゲンダッツ?アイスのこと?」
そういえば。
あの中には牛乳とかにんじんとかは保管していたが、一番上の冷凍庫のところにハーゲンダッツを置いておいたのだ。
確かあれはマイナス5℃に保っておかないと溶けてしまうはずなのだが。
「これのことかしら」
「……」
かぱっ、と魔女が丸い箱を開けた。
ハーゲンダッツの箱だった。
中身はどろっとしたクリーム状になったアイスであった。
つまり。
「そういえば寒いから魔法つかったのよね。アグニシャイン……へぶぅっ!」
アリスの堪忍袋の尾が、ついに切れた。
「パチュリー?あんたなにしてくれたのパチュリー?これはさすがに許されないわよパチュリー」
「げほっ、く、苦しいアリス苦しい」
「冷蔵庫でアグニシャインとか何考えているのパチュリー。弁償してもらうわよ全部」
「苦しい苦しい、アリスそれ苦しい」
「出来ないんだったらこのままお家に帰さないわよ。体使ってでも払ってもらうんだからね」
「わ、わかったから、わかったからアリス苦しいから……!」
ぎりぎりと音を立てて首を絞めるアリス。
マジで涙目になるパチュリー。
少しやりすぎてしまったかもしれないと思うアリスであった。
「弁償してくれるならいいのよ。本当はパシりたいところだけど」
「げほげほっ、うぅ、アリスのドS……!」
しかしここで甘い顔をしてしまったらつけこまれるのは目に見えている。
アリスは態度を崩さなかった。
「仕方がないわね、付き合ってもらうわよ」
「げほげほっ……え」
「弁償しろって言っているの。人里の店までね」
「……」
アリスのまさかの提案に、目を丸くするパチュリーであった。
「嫌とは言わせないわよ。全部あんた持ちで払ってもらうからね」
「ちょっと、それ私も行かなきゃいけないってこと?」
「当たり前でしょう、本当なら買って来いって言うところよ」
「いやだって言ったら?」
当然いい顔はしないだろうと思った。
普段図書館で本を読むのが趣味なのだから。
しかし相手の事情などは知らなかった。
とにかくハーゲンダッツを弁償してもらい、さらにもう一個奢ってもらうぐらいにしなければ気がすまないと思った。
「そうねぇ、向こうの木にでも吊るしておこうかしら。逆さまに」
「なにそれ、タロットカードの真似かしら。安易な発想ね」
「憎まれ口叩いていいのかしら。私結構本気よ」
「……」
「それともまた苦しい思いをしたいかしら。それでもいいならそれで」
「い、行くわよ」
パチュリーの首に再び手を伸ばそうとするアリスに、あわてて返事をするパチュリー。
よほど首絞めの刑が苦しかったのだろう。すこしおびえているみたいだった。
「それじゃあえっと、そうね。サイフを出してもらいましょうか」
「さ、サイフ?」
「ええ。サイフ出したらこの縄解いてあげるわよ」
そう、サイフをこちらに預ければ、パチュリーもむやみに逃げることはないだろう。
もしも逃げたらサイフごとかっぱらえばいいのだから。
いわゆる人質という奴である、人ではないが。
パチュリーもそのことをわかっているようで、中々苦い顔をしている。
「どうするの、タロットみたいに吊るされたい?」
「ぐ、わ、わかったわよ、出せばいいんでしょ、出せば」
してやったり、とアリスは思った。
われながらいい方法を思いついたものだ。
こうすればパチュリーがむやみに逃げることもない。
「でもアリス、この状態じゃサイフ取れないんだけど」
「ご心配なく。ちゃんと人形にどこらへんか探らせるから」
「えっ、それって人形に私の体をまさぐられるってこと?」
なんでいちいちそっちの方向に繋げたがるのか全くもってアリスにはわからなかった。
しかし突っ込むのは逆効果なのでスルーすることにした。
「あ、だ、だめよアリスそんなとこっ」
「問答無用!」
「へぶっ!!」
とりあえず起こしておくとうるさいのでちょっぴり黙ってもらうことにした。
「シャンハーイ」
「上海、ご苦労。さてどれどれ、こいつどれだけ持っているのかな……えっ」
気絶したパチュリーから上海は財布を取り出した。
まあ人の持ち物を勝手に開けるというのはあんまり良くないことであるが、やっぱり中身は気になるもの。
それに先にプライバシーを侵害しているのは向こうである。
そんなわけでアリスは恐る恐るパチュリーの財布を開いた。
「なんで、うわ、こんなに金持ちなの」
そこに入っていたのは、アリス家で二ヶ月に使う生活費に相当している金額だった。
やっぱり紅魔館はブルジョワだなと思った。
「まあいいか。これだけの物をこっちに取られたら痛手だろうし。……金持ちには関係ないかもしれないけど」
なんとなく悔しくなるアリスであったが、そんなことを気にしていたらきりがない。
こいつが起きたら人里に無理やり連れて行こう。おそらくいい顔はしないだろうけれど、罰ゲームだから良いのである。
魔女がむくりと起き上がったのは、それから三時間後の事であった。
「人使いが荒い」
「先に仕掛けたのはそっち、負けたのもそっち」
「わかっているわよそんなこと」
「知ってて言ったんだけど」
人里には色んな店がある。
食べ物屋さんや洋服屋、卸売り店から雑貨屋まで。
ときどき妖怪にもすれ違うことがある。今日も既にお買い物中の妖夢とすれ違ったばかりだった。
「腹立つ、本当に腹立つ」
「それはこっちの台詞よ、いっつもどれだけ迷惑掛けられてんだか」
「私がいつ迷惑かけたっていうのよ」
「現在進行形でかけているじゃない」
時折妖精たちがキャッキャウフフと店のショーウィンドウに固まっているところを見かけたりもした。
が、この二人に関しては、そんな空気はまるでない。
はたから見れば、絶交切りましたみたいな様子である。
「ま、逃げないわよね。財布握られているんだし。ほっとくと何買うかわからないからね」
「ぐっ……!」
ぎりぎりと歯を立てている魔女の様子に、アリスは満足そうな笑みを浮かべる。
今まで振り回されっぱなしであったが、今回振り回すのはこちらであるからだ。
悔しがっているパチュリーを見るのがこんなに面白いことだとは思ってもいなかった。
「そうそう、聞きたかったんだけど」
「何よ、何か聞くことでもあるわけ?」
まあ、不機嫌な物言いになるのは仕方ないが。
「あんたって、なんでこんなに金持ちなの?紅魔館ってこんなに金持ちなの?」
「ふん、タダで教えると思って?」
予想された回答である。
特別聞きたいことではなかったから良いのだけれども。
しかし紅魔館におけるこの魔女の立ち位置というのも妙に気になるところだ。
門番である紅美鈴、従者である十六夜咲夜の役目はわかるが、よく考えればこの魔女はただの居候である。
図書館がたまたまそこにあったから住み着きました、みたいな。
やっていることといったら本を読んで魔法を創ることぐらいだし、捻くれた性格しているし、腹立つことばっかりするし、側に置いて何かいいことがあるのだろうか。
いまいちあの吸血鬼の思考がわからない。
「今失礼なこと考えたでしょう」
は、しまった。
つい物思いにふけってしまった。
危ない、危ない。
「私にはわかるのよアリス。なんで私があの館にいるかわからないって顔しているわよ」
こいつエスパーか。
まさか紫色をした髪の毛の奴は全員読心術を持っているのだろうか。
実は髪の毛が伸びたさとりだったりして……いやそれはないだろう。
「失礼しちゃうわね。まあ関係ないからいいけれど」
「……」
正直気になるところであったが、話を続けるのもまた面倒なことになりそうだった。
とりあえずハーゲンダッツを売っている店に行って買い物を済ませようと思い、黙って道を行くことにした。
「あ、これ可愛い」
「……」
「ねえこれ可愛いと思わない?」
とは言ったものの。アリスもパチュリーも女の子。
女の子の買い物は脱線が多いのだ。
関係のない店に入って一時間入り浸って何も買わずに出てくることなど良くある話である。
「意外性のないぬいぐるみね」
「とか言って実は部屋にこういうのがあるんでしょ」
「ないわよ、子供じゃあるまいし」
「そうかなぁ、絶対に持っていると思うんだけど」
そんなわけで二人が最初に辿り着いたのは人形とかぬいぐるみが売っている雑貨屋さんだった。
ハーゲンダッツとはまるで関係のないお店である。
こういうことはよくあるのだ。
「うーん、しかし良く出来ているわねコレ」
「私には普通のクマのぬいぐるみにしか見えないけれど」
「まあね。でもデザインがいいわ」
「そうかしら、こっちの方がリボンとかが斬新だと思うんだけれど」
「えー、ちょっと派手すぎるかなぁ、可愛いけれど」
「シンプルな方が好みなのね。意外だわ」
「そう?」
そんなこんなでこの店に入ってからすでに30分が経過していた。
店のものを物色しながら、あれがいい、これがいいなどと言い合っているうちに時間が過ぎてしまった。
買う気があるのかといえば、正直微妙なところである。
「結構ね、人形作りでこういうのが役に立つのよね」
「人形作りに精を出すよりも他にやることがあるんじゃないの。火力不足を解消するとか」
「う、ぐ、辛いことを」
時々魔法の話になるとマジになる辺り、普通の女の子とは一味違うが。
「あ、向こうに本屋があるんだけど、行く?」
「本屋?」
「知らないの?見た目が胡散臭いけれど。結構隠れた魔導書が置いてあったりする店なんだけど」
「知らないわ。というか人里に来ること自体初めてよ」
「え、そ、そうなの?」
意外だった。
というよりは、普通一度ぐらいは来てもいいものなのであるが。
紅魔館はアリスがこちらに来る前からあると聞いている。どれぐらい前なのかは知らないが、一度も来た事がないというのはあんまり考えられないことだった。
「結構面白いわね、人間の店っていうのも」
とかなんとか言っている辺り、気に入らない訳ではなさそうであるが。
「斬新なものも結構あるし、新しい魔法のアイデアにもなるわね。文献と実物の違いについてもわかることが多いし。時々来るっていうのもよさそうね」
「……」
反応が一味違うのもこの魔女ゆえなのだろうか。
全て本だの魔法だのに結び付けたがる。
全てを人形作りに結び付けてしまうアリスも人の事は言えないのだが。
「へぇ、こんな所に本があったなんてね。時々咲夜が持ってくる本はここから来たものなのかしら」
「どうだろう、他の店もあることだし。まあ紅魔館の大図書館の量には敵わないけれどね」
「けれど値段がバラバラね。こんなに高いものかというのもあれば、価値がまるでわかっていないぐらいに安いものもあるわ。まあこちらとしては得だけれども。ここの店主はきっとわかっていないのね」
「……そういうことは影でこそっと言いなさいよ。聞こえるわよ」
そんなことをしている内に、最初の目的を忘れてしまうなどということもよくある話だった。
実際にハーゲンダッツをアリスが思い出したのは、4つ目の店を出た頃だった。
「で、コレ全部私持ちってわけ?」
「勿論よ、当然じゃない」
「明らかにあのアイスの値段よりも高いと思うんだけど」
「そうね、今まで食べてきた私の家の冷蔵庫の中身、去年だけで37回来ているからそれを考えると約50食分よね。それに家で喧嘩したときの被害は甚大だったわ。アレで一週間ぐらい修復に時間がかかったもの。人形も何体か駄目になったし。あとはそうね、朝食とか夕食とかをあわせると」
「もういい、わかったわ。ただしこれ以上はなしよ」
結局アリスが買ったのは、珍しい素材で出来た糸と、布数枚だった。
食品の店には結局出向かなかった。素材屋さんや雑貨屋さんで大半の時間を潰してしまったからだ。
確かにハーゲンダッツは重要だが、それ以上に珍しい糸をばんばん買えるほうが魅力的だった。
今までパチュリーにちょっかい出された被害を考えれば、これぐらい安いものだとアリスは思っている。
「けれど、これだけ買ってもまだ半分以上残っているってどういうことなのよ」
「フン、一応ね、レミィのために私だって働いているのよ。別にいいとは言われているんだけど」
意外だった。
まさかこの動かない大図書館が他の人の為に働いていたなんて。
「今失礼なこと考えたでしょう」
はっ、
いけない、いけない。
また顔に表わしてしまった。
「アリスってちょいちょい失礼よね。失礼しちゃうわ全く」
どうしてこう、失礼なことを考えているときに限って顔に出てしまうのだろう。
やっぱり自分は未熟者なのだろうか。それともこの魔女の観察力が鋭いのだろうか。
「で、働いているってどういうこと?」
「話をずらしたわね。まあいいけれど」
そんなパチュリーの指摘に、苦い顔をするしかないアリスであった。
「例えばこの鍋とかね」
「魔法の鍋?」
パチュリーが露店に出ている雑貨を手にする。
値段は結構張っているが、見た目は普通の鍋であった。
「実際売られているところを見るのは初めてなんだけど、こうしてみると面白いわね。自分で作ったものがここにあるなんて」
「え、そ、そうなの?」
「売りに行くのは咲夜とか、小悪魔が人間に変身したりするんだけど」
「へ、へぇ……」
魔法の鍋とかかれたそれは、保温性抜群と書かれていた。
おそらくはパチュリーの魔法が仕込まれているのだろう。それともこの鍋自体が錬金術か何かで作られた物なのだろうか。
パチュリーの新しい一面に、目を白黒させるアリスであった。
「それでこんなにお金が、ってことか」
「フン、ただ飯で居候っていうのもアレだしね」
「売れてるの、コレ」
「売れているらしいわよ。普通の鍋と変わりはないんだけど、一回店主に本物の保温性のやつを持っていったらえらく気に入られてね。それ以来偽物を売りつけても売れるみたい」
「あはは……」
ということは、魔法が籠められているのは最初の一つだけで、あとは適当だということか。
人間という奴は単純らしい。
「暇つぶしに時々作るだけなんだけど、結構物好きが居るみたいね。少しでもレミィの力になればって思ってね。その金は売り上げの余りよ」
「ふうん、じゃあ残りはあの吸血鬼にあげているんだ」
「正確には咲夜にだけど。レミィが使うわけじゃないし、本人に渡したら絶対受け取らないだろうから」
好きでやっていることだからいいんだけど、とパチュリーは付け足した。
「意外と友達思いなんだ」
「レミィは友達なんかじゃないわよ」
「そうなの?」
「腐れ縁ってヤツよ、単なるね。まあ住まわせてはもらっているけれど、一応館の警備には役に立つこともあるし」
なんだ、ただの置き物の紫モヤシではなかったのか。
「今すっごく失礼なことを考えたでしょう。私にはわかるわよ」
はっ、
またやってしまった。
どうにもこの魔女といると失礼なことばかり考えてしまう。そして顔に表わしてしまう。
「私にはわかるわ。一体何を考えていたか。本当に失礼しちゃうわね。ただの紫モヤシだと思って馬鹿にしたでしょう」
紫モヤシということは自覚があったのか。
アリスはちょっぴり驚いた。
「そ、そんなことないわよ、いい話じゃない」
「誤魔化しても無駄よ、私にはわかるもの」
「それより疲れない?どこか入って休もうとか思っているんだけど」
「またはぐらかしたわね。まあいいけれど」
こう、いちいち面倒だなと思ってしまうアリスであった。
「今度も私持ちってわけ?」
「失礼ね、もうお代は払ってもらったからいいわよ。そこまであつかましくないわ」
「あっそう」
「疲れたし、喉渇いたでしょ。あの店で少し休んでから帰らない?」
すぐ側に喫茶店があった。
アリスがよく行く喫茶店だった。
味は普通だが、雰囲気が中々いい店なのだ。
木で出来た概観に、少しオレンジがかった照明。
上には大きな扇風機のようなものがいくつか付いており、壁には古い人形と西洋風の絵が飾ってある。
「ね、行こうよ。自分のやつは自分持ちにするから」
「当然よ」
半ば渋い顔をしていたパチュリーだったが、若干歩みが遅くなっていることにアリスは気が付いていた。
だからというわけではないが、休みたいのは確かであった。
二人はこの店に入り、一時間ぐらい魔法や人形について話した。
「で、こうなる、と」
「……」
「ったく、無理しているならそう言えばいいじゃない」
「そんなことしたら貴女私の財布の中身を全部持って帰るでしょう」
「そんなことしません、どっかの誰かじゃないんだから」
帰り道を少し歩いたところで、パチュリーが急に座り込んだ。
普段外に出歩いていないせいで体力が持たなかったらしい。
人里の店を回るという行為が珍しく、はしゃぎすぎてしまったのかもしれない。
平気だと言い張る魔女を、アリスは強制的に自分の背中に乗せた。
「咲夜に見られたら絶対笑われる」
「でしょうね、いい気味」
「だからおろしなさいって言っているのに」
「おろしたって歩けないでしょ。飛ぶ元気だってないでしょう」
「うぐぅ」
そんなわけで今二人は人里からの帰り道をトコトコ歩いている。
夕日がもうすぐ向こうの山に落ちようとしている頃だった。
色々と迷惑なこともあったが、目的以上の物は買えたことだし、中々満足しているアリスであった。
「財布、返しなさいよ」
「あ、そうだったわね」
ポケットから財布を出して、後ろにいるパチュリーに渡す。
そしてよっ、っと体制を整えなおした。
「随分使ったのね、貴女」
「それぐらい安いもんでしょうが。今まで貴女が食いつぶしてきたものに比べたら」
実際安いものであったのだ。
いままでパチュリーにタダ食いされたものを全て覚えているわけではない。
だから割と適当に使った。常識の範囲内で。
「可愛くない」
「いつものことでしょ……あだっ!ちょ、ちょっと!何するのよ!」
「仕返しって所?」
後ろから自分の頬をつねってくるパチュリーに、なんて可愛くないんだろうと思うアリスであった。
魔法の森から人里までの道はいくつか分岐点がある。
そのうちの一つ目は、魔法の森と紅い館がある湖に繋がっている。
その辺りまでやってきて、アリスはこう言った。
「ま、アンタの家までタクシーっていうのも癪だしね。一旦こっちに帰るわよ」
「……」
本来ならば、ここでお別れといく所なのであるが、アリスはパチュリーを下ろすことはしなかった。
「文句あるなら一人で歩いて帰りなさいね」
「もてなしてくれるって事?」
「だ、誰が。今更下ろすのも面倒だし、それに」
「それに?」
「それに……」
なんか名残惜しいから、という言葉が浮かんだが、口にするのはあまりに癪なので言わないことにした。
「か、帰るのがいちいち面倒でしょ。だからこっちに」
「あっそう」
思えば。
この魔女と外に出かけるのは初めてのことだった。
いつも自分の家で喧嘩するか、大図書館で喧嘩するかのどちらかであったが、外に出るという行為をしたのは初めてだった。
楽しかったかと問われれば。
(まあ、楽しかったんじゃないかな)
なんて思ったりもする。
が、そんなことを言うと絶対こいつは図に乗るだろうし、何よりなんとなく恥ずかしいことだった。
だから黙って、何も思わなかったことにして魔法の森までの道を歩くことにした。
「……なに笑っているのよ」
「笑ってなんかいないわよ」
「あっそう、ならいいんだけど」
後ろ向きでもなんとなくわかってしまうものなのだろうか。
少し笑ったことを知られたら負けな気がするので、ぶっきらぼうな言葉で返しておいた。
「あ、ほら夕日が綺麗」
「……」
「そう思わないの?」
「確かに綺麗だけど、ずっと前から気が付いていたわよ」
立ち止まって田んぼのほうを見れば、今まさに日が落ちようとしているところだった。
「普段こういうの見ないでしょ」
「……そうでもないわよ」
「そうなの?」
「あんたの家に行くようになってからね」
え、と呟いたときだった。
アリスは後頭部に衝撃を感じた。
ぐえっ、という声を上げて、次の瞬間には背中が軽くなる感覚がした。
「無料タクシー、どうもありがとう。元から歩けたんだけどね」
「いっ……たぁっ!」
「この程度見抜けないようじゃ駄目よアリス」
「……!」
頭を抱えるアリスを置いて、魔女はすたすたと道を行く。
あ、そうそう、もてなし楽しみにしているからね。ついでに合鍵で先に勝手に入っているから。という言葉を吐いて。
「パチュリー、あんたねぇ!」
涙目になって叫んだ言葉はきっと聞こえているだろう。
けれどそれにも構わずスタスタと先を行く。
また騙されたのか、とアリスは思った。まだまだ未熟者である。
「あーもう、絶対に仕返ししてやる!」
立ち上がったアリスはそう言って、魔女の方に駆けて行く。
さっき夕日を見ながら呟いた言葉は嘘じゃないよなぁと思いながら。
けれどそれを考えるのはやっぱり気恥ずかしかったので、代わりに次の仕返しの方法を考えるのであった。
完
いつものアクセサリーの帽子についている月が、77という数字に変わっていた。
イメチェンでもしたのかもしれない。
しかし、イメチェンというには余りに斬新すぎる。
確かに彼女は七曜の魔女として有名であるが、だからといってアクセサリーを77にする理由にはならない。
77の形をしたアクセサリーよりも、月の形をしたアクセサリーのほうが魔力を集めるのに有効であるのは間違いない。
「お邪魔しているわ」
今まで過去何度か、顔が書いてある太陽だとか、重そうな門松だとかにアクセサリーが変わっていたが、流石に数字が来るとは思ってもみなかった。
何故数字なのだろうか。しかもコレ、どこで作ったものなのだろうか。
どこかの雑貨屋さんに売っている可能性はないといえば嘘だが、こんなアクセサリーは見たことがない。
注文すれば出来るかもしれないが、わざわざこういうアクセサリーを頼むような客はいない。
何か理由があるのだろうか。賢者の意志作成のために必要なのだろうか。
ファッションにこだわるアリスはついまじまじと魔女の頭を見てしまっていた。
「なに見ているのよ」
そんなことよりもこの状況である。
さっきまでアリスは冷蔵庫に保管しておいたハーゲンダッツを食べようとしていたのだ。
最近外が寒くなってきたが、寒い時期にコタツでぬくぬくしながらアイスを食べるというのはちょっとした贅沢であり、アリスも楽しみにしていることであった。
丁度人形を一体作り終わり、さて一息つこうと思ったときだった。
冷蔵庫を開けたら中に魔女が居た。
魔女が本を読んでちょこんと座っていた。
ちょこんと座るなんて書くと可愛らしく聞こえるが、まさしくそれは侵略であった。
そのことに気が付くのに一分ぐらいかかった。一生の不覚であった。
アリスはとりあえず本を取り上げた。あっ、という声がしたが気にしなかった。
次にアリスは冷蔵庫にいる魔女をひきずり下ろした。私は動かない大図書館よ!とかいう声がしたが気にしなかった。
侵略者には侵略者に対してそれ相応に接しなければいけない。
まだ玄関から入ってくるならばそれ相応に対応したが、勝手に入って勝手に冷蔵庫を占領されたのだ。
たまったものじゃない。
と、アリスはここで気がついた。
冷蔵庫の中身は一体どうなってしまったのだろうかと。
「ない」
「あたり前じゃなへぶぅっ!」
「パチュリー、パチュリーあんた全部食ったわね」
「ぐっ、こ、この暴力人形遣い……!」
「正直に言いなさい、全部食ったんでしょう」
「うん」
瞬間パチュリーに対して上海人形がナイフを突きつけた。
パチュリーはとっさに魔法でバリアを作った。
ナイフはバリアにはじかれた。
上海人形はチッと舌打ちをした。
「甘いわね、攻撃力がダダ甘よ。咲夜のナイフの威力の百分の一にも満たないわ」
「ぐっ」
こんの魔女!とアリスは思ったが、とりあえず今は目の前の紫もやしをやっつけることが先決である。
色々聞きたいことが山ほどあるが、それはまた後での話だ。
「甘いのはそっちでしょう。いっくらバリアーとかをしてもね」
ここは人形遣いの家。
まさに自分のホームグラウンドだ。
以前こいつと大図書館で戦った時にはかなり痛手を負ったし、相手が相当強いということも理解している。
あの時はぎりぎりで勝てたが、今度同じ状況になったら勝てる自信は無い。
「ここは私の家よ!」
が、ここは人形遣いの家である。
周りの人形全てが自分の味方である。
そのことを失念しているとは考えがたいが、とにかく捕まえてしまえばこっちのものである。
「紫モヤシ、覚悟ぉ!」
「!?」
アリスが指で合図をすると、パチュリーの周りに一斉に人形が集まり、ぐるぐると回りだした。
パチュリーはしまった、と思ったがもう遅かった。
バリアーのおかげで身体にくる痛みは無いが、バリアーの上から糸でぐるぐる巻きにされてしまった。
「ふっ、どうよ!まるで今の格好は蓑虫ね!」
「ぐっ」
形勢逆転である。
意外とあっさり終わってしまったことに対してちょっと不安が残るが、とりあえず侵略者を捕獲したことに変わりは無い。
「いい眺めねぇパチュリー。さて何から聞こうかしら」
「アリス、私をこんな風にしてなにをする気なの?まさかあんなことやこんなことをするんじゃないでしょうね」
「そんなことよりも聞きたいことがあるのよね。今回の件について」
「今変なことを想像したでしょう。あなたの趣味はわかっているのよ」
口も塞いでしまおうかと一瞬考えたが、それでは回答は得られないので仕方なくそのままにしておくことにした。
「アリスったら思春期なんだから。キャー」
「……」
一人で盛り上がっている紫モヤシを気にしたら負けである。
突っ込んだら終りだ。
アリスは話を続けることにした。
「なんでこんなことをしたのよ。普通に玄関から入ってくればいいじゃない」
なんで冷蔵庫に入っていたか、についてはあまり言及しないことにした。
何故ならこちらの不注意が原因であることは間違いないからだ。
家に侵入を許してしまった。それがなんとも悔しいアリスであった。
「ああ、入ってちょっと人形に攻撃されたけれど、貴女は集中していたようで気が付かなかったのよね。だから隠れていたのよ、冷蔵庫に」
「それだけ?」
「それだけよ。意外と無用心なのね、貴女って」
聞けば聞くほどこちらの墓穴である。
パチュリーのほうもそれはわかっているようで、いやらしい顔つきで笑っている。
捕まえたのはこっちだというのに、余裕そうなのは相手のほうだ。
なんとなく悔しくなってアリスはぐるぐる巻いている糸の締め付けを強くした。
「ぐぇっ」
「あんまり余裕ぶっていると痛い目見るわよ?」
「……この暴力人形使い」
悪いのはこっちじゃないあんたのほうだ。
そう思うと締め付けるのに何の抵抗もないアリスであった。
「ドS……アリスのドS……」
しくしく泣いている魔女が変な単語を発していたが、気にしたら負けである。
「そうやって泣いている私を見て、内心喜んでいるんでしょう」
まあ確かに喜ばしいことではあるが、別にそっちの意味というわけでは決して無い。
決して無いのであるが、ここで反論したら相手の思う壺である。
幾度かのやり取りの末に、アリスはちゃんと学習したのだ。
アリスは話を続けることにした。
「じゃあ次の質問ね。どうしてこんなことしたのよ」
「そうやって涼しい顔をして次の質問にいくなんて、そんな後輩に育てた覚えは無いわ」
あんたに育てられた覚えはない、とアリスは思ったが、確かに一年ぐらい前に始めてこの家にこの魔女がやってきてから、スルーをするという方法を覚えたのは確かであった。
「いいから質問に答えなさい。答えないとさらに痛くするわよ」
「やっぱアリスってそういう趣味が」
「蹴リス!」
「むきゅう!」
しかしいくらスルー能力が発達したとはいえ、いい加減に怒るときは怒るのだ。
いつまでもこの魔女のペースにあわせていたら話が一週間あっても進まない。
「で、なんでここに来たのよ。目的は?」
「あそびにきてみた」
お約束の決まり文句であった。
シリーズでもう何度目かわからないやりとりであった。
「あっそう」
なかばうんざり気味で返事をするアリスであった。
「なによ、うれしくないわけ?せっかく友達いない人形遣いの家に行っているっていうのに」
「友達いないは余計だ。あんたといると疲れるのよ」
「そう、私は楽しいけれど?」
「……そりゃそうでしょうよ……」
こう、どうしていつもこの魔女のペースに乗せられてしまうのだろうか。
迷惑といえば迷惑なのだが、遊びに来ましたといわれるとどうにも追い返せない。
普段は図書館で静かに本を読んでいるというのが最初の印象であったが、外に出ると迷惑な方向にアクティブになるから困るのだ。
自分が困っているところを楽しんでいるに違いない。絶対そうだ、違いない。
「で、遊びに来たけれど私が気がつかなかったから、冷蔵庫の物を全部食ってその中に入っていたと」
「正確には冷蔵庫のものは全て館のほうに移動させたわ。咲夜がね」
ああそうか。
確かに咲夜の能力を使えば、冷蔵庫のものが一瞬にしてなくなるということも出来なくはない。
だからこちらも気がつかなかったのだ。
まぁ、家のセキュリティシステムに問題があることは確かであるが。
「……ちょっと待って、鍵は?かかってたわよね」
「ああ、鍵ね」
にやりと笑う魔女にとてもいやな予感がするアリスであった。
「かかっていたわね」
やはりか。
やはり、いつの間にか合鍵作っていやがったなこいつ!
確かに以前からこの魔女はこの家に遊びに来るようになっていたが、本を読むだけでなく、ちょっとした薬草を取りにいったりしていたのだった。
その時にでも鍵のことを調べたのだろう。油断ならない奴である。
「ぐっ、じゃ、じゃあ咲夜にわざわざ頼んだの?冷蔵庫のものを捕って行けって」
「ああわかるかしら。レミィの寝顔のブロマイド五枚で承諾してくれたわ」
わざわざこんなことを頼む魔女も魔女であるが、ブロマイド五枚で引き受けるメイドもメイドである。
しかし冷蔵庫の物を全て紅魔館に運ぶなど、相当の労力がいったはずだ。
思いつくこいつもこいつであるが、実行したメイドもメイドである。
どれだけ暇なのだろう。いや暇ではないと思うのだが。
「あ、そういえばハーゲンダッツは?」
「ハーゲンダッツ?アイスのこと?」
そういえば。
あの中には牛乳とかにんじんとかは保管していたが、一番上の冷凍庫のところにハーゲンダッツを置いておいたのだ。
確かあれはマイナス5℃に保っておかないと溶けてしまうはずなのだが。
「これのことかしら」
「……」
かぱっ、と魔女が丸い箱を開けた。
ハーゲンダッツの箱だった。
中身はどろっとしたクリーム状になったアイスであった。
つまり。
「そういえば寒いから魔法つかったのよね。アグニシャイン……へぶぅっ!」
アリスの堪忍袋の尾が、ついに切れた。
「パチュリー?あんたなにしてくれたのパチュリー?これはさすがに許されないわよパチュリー」
「げほっ、く、苦しいアリス苦しい」
「冷蔵庫でアグニシャインとか何考えているのパチュリー。弁償してもらうわよ全部」
「苦しい苦しい、アリスそれ苦しい」
「出来ないんだったらこのままお家に帰さないわよ。体使ってでも払ってもらうんだからね」
「わ、わかったから、わかったからアリス苦しいから……!」
ぎりぎりと音を立てて首を絞めるアリス。
マジで涙目になるパチュリー。
少しやりすぎてしまったかもしれないと思うアリスであった。
「弁償してくれるならいいのよ。本当はパシりたいところだけど」
「げほげほっ、うぅ、アリスのドS……!」
しかしここで甘い顔をしてしまったらつけこまれるのは目に見えている。
アリスは態度を崩さなかった。
「仕方がないわね、付き合ってもらうわよ」
「げほげほっ……え」
「弁償しろって言っているの。人里の店までね」
「……」
アリスのまさかの提案に、目を丸くするパチュリーであった。
「嫌とは言わせないわよ。全部あんた持ちで払ってもらうからね」
「ちょっと、それ私も行かなきゃいけないってこと?」
「当たり前でしょう、本当なら買って来いって言うところよ」
「いやだって言ったら?」
当然いい顔はしないだろうと思った。
普段図書館で本を読むのが趣味なのだから。
しかし相手の事情などは知らなかった。
とにかくハーゲンダッツを弁償してもらい、さらにもう一個奢ってもらうぐらいにしなければ気がすまないと思った。
「そうねぇ、向こうの木にでも吊るしておこうかしら。逆さまに」
「なにそれ、タロットカードの真似かしら。安易な発想ね」
「憎まれ口叩いていいのかしら。私結構本気よ」
「……」
「それともまた苦しい思いをしたいかしら。それでもいいならそれで」
「い、行くわよ」
パチュリーの首に再び手を伸ばそうとするアリスに、あわてて返事をするパチュリー。
よほど首絞めの刑が苦しかったのだろう。すこしおびえているみたいだった。
「それじゃあえっと、そうね。サイフを出してもらいましょうか」
「さ、サイフ?」
「ええ。サイフ出したらこの縄解いてあげるわよ」
そう、サイフをこちらに預ければ、パチュリーもむやみに逃げることはないだろう。
もしも逃げたらサイフごとかっぱらえばいいのだから。
いわゆる人質という奴である、人ではないが。
パチュリーもそのことをわかっているようで、中々苦い顔をしている。
「どうするの、タロットみたいに吊るされたい?」
「ぐ、わ、わかったわよ、出せばいいんでしょ、出せば」
してやったり、とアリスは思った。
われながらいい方法を思いついたものだ。
こうすればパチュリーがむやみに逃げることもない。
「でもアリス、この状態じゃサイフ取れないんだけど」
「ご心配なく。ちゃんと人形にどこらへんか探らせるから」
「えっ、それって人形に私の体をまさぐられるってこと?」
なんでいちいちそっちの方向に繋げたがるのか全くもってアリスにはわからなかった。
しかし突っ込むのは逆効果なのでスルーすることにした。
「あ、だ、だめよアリスそんなとこっ」
「問答無用!」
「へぶっ!!」
とりあえず起こしておくとうるさいのでちょっぴり黙ってもらうことにした。
「シャンハーイ」
「上海、ご苦労。さてどれどれ、こいつどれだけ持っているのかな……えっ」
気絶したパチュリーから上海は財布を取り出した。
まあ人の持ち物を勝手に開けるというのはあんまり良くないことであるが、やっぱり中身は気になるもの。
それに先にプライバシーを侵害しているのは向こうである。
そんなわけでアリスは恐る恐るパチュリーの財布を開いた。
「なんで、うわ、こんなに金持ちなの」
そこに入っていたのは、アリス家で二ヶ月に使う生活費に相当している金額だった。
やっぱり紅魔館はブルジョワだなと思った。
「まあいいか。これだけの物をこっちに取られたら痛手だろうし。……金持ちには関係ないかもしれないけど」
なんとなく悔しくなるアリスであったが、そんなことを気にしていたらきりがない。
こいつが起きたら人里に無理やり連れて行こう。おそらくいい顔はしないだろうけれど、罰ゲームだから良いのである。
魔女がむくりと起き上がったのは、それから三時間後の事であった。
「人使いが荒い」
「先に仕掛けたのはそっち、負けたのもそっち」
「わかっているわよそんなこと」
「知ってて言ったんだけど」
人里には色んな店がある。
食べ物屋さんや洋服屋、卸売り店から雑貨屋まで。
ときどき妖怪にもすれ違うことがある。今日も既にお買い物中の妖夢とすれ違ったばかりだった。
「腹立つ、本当に腹立つ」
「それはこっちの台詞よ、いっつもどれだけ迷惑掛けられてんだか」
「私がいつ迷惑かけたっていうのよ」
「現在進行形でかけているじゃない」
時折妖精たちがキャッキャウフフと店のショーウィンドウに固まっているところを見かけたりもした。
が、この二人に関しては、そんな空気はまるでない。
はたから見れば、絶交切りましたみたいな様子である。
「ま、逃げないわよね。財布握られているんだし。ほっとくと何買うかわからないからね」
「ぐっ……!」
ぎりぎりと歯を立てている魔女の様子に、アリスは満足そうな笑みを浮かべる。
今まで振り回されっぱなしであったが、今回振り回すのはこちらであるからだ。
悔しがっているパチュリーを見るのがこんなに面白いことだとは思ってもいなかった。
「そうそう、聞きたかったんだけど」
「何よ、何か聞くことでもあるわけ?」
まあ、不機嫌な物言いになるのは仕方ないが。
「あんたって、なんでこんなに金持ちなの?紅魔館ってこんなに金持ちなの?」
「ふん、タダで教えると思って?」
予想された回答である。
特別聞きたいことではなかったから良いのだけれども。
しかし紅魔館におけるこの魔女の立ち位置というのも妙に気になるところだ。
門番である紅美鈴、従者である十六夜咲夜の役目はわかるが、よく考えればこの魔女はただの居候である。
図書館がたまたまそこにあったから住み着きました、みたいな。
やっていることといったら本を読んで魔法を創ることぐらいだし、捻くれた性格しているし、腹立つことばっかりするし、側に置いて何かいいことがあるのだろうか。
いまいちあの吸血鬼の思考がわからない。
「今失礼なこと考えたでしょう」
は、しまった。
つい物思いにふけってしまった。
危ない、危ない。
「私にはわかるのよアリス。なんで私があの館にいるかわからないって顔しているわよ」
こいつエスパーか。
まさか紫色をした髪の毛の奴は全員読心術を持っているのだろうか。
実は髪の毛が伸びたさとりだったりして……いやそれはないだろう。
「失礼しちゃうわね。まあ関係ないからいいけれど」
「……」
正直気になるところであったが、話を続けるのもまた面倒なことになりそうだった。
とりあえずハーゲンダッツを売っている店に行って買い物を済ませようと思い、黙って道を行くことにした。
「あ、これ可愛い」
「……」
「ねえこれ可愛いと思わない?」
とは言ったものの。アリスもパチュリーも女の子。
女の子の買い物は脱線が多いのだ。
関係のない店に入って一時間入り浸って何も買わずに出てくることなど良くある話である。
「意外性のないぬいぐるみね」
「とか言って実は部屋にこういうのがあるんでしょ」
「ないわよ、子供じゃあるまいし」
「そうかなぁ、絶対に持っていると思うんだけど」
そんなわけで二人が最初に辿り着いたのは人形とかぬいぐるみが売っている雑貨屋さんだった。
ハーゲンダッツとはまるで関係のないお店である。
こういうことはよくあるのだ。
「うーん、しかし良く出来ているわねコレ」
「私には普通のクマのぬいぐるみにしか見えないけれど」
「まあね。でもデザインがいいわ」
「そうかしら、こっちの方がリボンとかが斬新だと思うんだけれど」
「えー、ちょっと派手すぎるかなぁ、可愛いけれど」
「シンプルな方が好みなのね。意外だわ」
「そう?」
そんなこんなでこの店に入ってからすでに30分が経過していた。
店のものを物色しながら、あれがいい、これがいいなどと言い合っているうちに時間が過ぎてしまった。
買う気があるのかといえば、正直微妙なところである。
「結構ね、人形作りでこういうのが役に立つのよね」
「人形作りに精を出すよりも他にやることがあるんじゃないの。火力不足を解消するとか」
「う、ぐ、辛いことを」
時々魔法の話になるとマジになる辺り、普通の女の子とは一味違うが。
「あ、向こうに本屋があるんだけど、行く?」
「本屋?」
「知らないの?見た目が胡散臭いけれど。結構隠れた魔導書が置いてあったりする店なんだけど」
「知らないわ。というか人里に来ること自体初めてよ」
「え、そ、そうなの?」
意外だった。
というよりは、普通一度ぐらいは来てもいいものなのであるが。
紅魔館はアリスがこちらに来る前からあると聞いている。どれぐらい前なのかは知らないが、一度も来た事がないというのはあんまり考えられないことだった。
「結構面白いわね、人間の店っていうのも」
とかなんとか言っている辺り、気に入らない訳ではなさそうであるが。
「斬新なものも結構あるし、新しい魔法のアイデアにもなるわね。文献と実物の違いについてもわかることが多いし。時々来るっていうのもよさそうね」
「……」
反応が一味違うのもこの魔女ゆえなのだろうか。
全て本だの魔法だのに結び付けたがる。
全てを人形作りに結び付けてしまうアリスも人の事は言えないのだが。
「へぇ、こんな所に本があったなんてね。時々咲夜が持ってくる本はここから来たものなのかしら」
「どうだろう、他の店もあることだし。まあ紅魔館の大図書館の量には敵わないけれどね」
「けれど値段がバラバラね。こんなに高いものかというのもあれば、価値がまるでわかっていないぐらいに安いものもあるわ。まあこちらとしては得だけれども。ここの店主はきっとわかっていないのね」
「……そういうことは影でこそっと言いなさいよ。聞こえるわよ」
そんなことをしている内に、最初の目的を忘れてしまうなどということもよくある話だった。
実際にハーゲンダッツをアリスが思い出したのは、4つ目の店を出た頃だった。
「で、コレ全部私持ちってわけ?」
「勿論よ、当然じゃない」
「明らかにあのアイスの値段よりも高いと思うんだけど」
「そうね、今まで食べてきた私の家の冷蔵庫の中身、去年だけで37回来ているからそれを考えると約50食分よね。それに家で喧嘩したときの被害は甚大だったわ。アレで一週間ぐらい修復に時間がかかったもの。人形も何体か駄目になったし。あとはそうね、朝食とか夕食とかをあわせると」
「もういい、わかったわ。ただしこれ以上はなしよ」
結局アリスが買ったのは、珍しい素材で出来た糸と、布数枚だった。
食品の店には結局出向かなかった。素材屋さんや雑貨屋さんで大半の時間を潰してしまったからだ。
確かにハーゲンダッツは重要だが、それ以上に珍しい糸をばんばん買えるほうが魅力的だった。
今までパチュリーにちょっかい出された被害を考えれば、これぐらい安いものだとアリスは思っている。
「けれど、これだけ買ってもまだ半分以上残っているってどういうことなのよ」
「フン、一応ね、レミィのために私だって働いているのよ。別にいいとは言われているんだけど」
意外だった。
まさかこの動かない大図書館が他の人の為に働いていたなんて。
「今失礼なこと考えたでしょう」
はっ、
いけない、いけない。
また顔に表わしてしまった。
「アリスってちょいちょい失礼よね。失礼しちゃうわ全く」
どうしてこう、失礼なことを考えているときに限って顔に出てしまうのだろう。
やっぱり自分は未熟者なのだろうか。それともこの魔女の観察力が鋭いのだろうか。
「で、働いているってどういうこと?」
「話をずらしたわね。まあいいけれど」
そんなパチュリーの指摘に、苦い顔をするしかないアリスであった。
「例えばこの鍋とかね」
「魔法の鍋?」
パチュリーが露店に出ている雑貨を手にする。
値段は結構張っているが、見た目は普通の鍋であった。
「実際売られているところを見るのは初めてなんだけど、こうしてみると面白いわね。自分で作ったものがここにあるなんて」
「え、そ、そうなの?」
「売りに行くのは咲夜とか、小悪魔が人間に変身したりするんだけど」
「へ、へぇ……」
魔法の鍋とかかれたそれは、保温性抜群と書かれていた。
おそらくはパチュリーの魔法が仕込まれているのだろう。それともこの鍋自体が錬金術か何かで作られた物なのだろうか。
パチュリーの新しい一面に、目を白黒させるアリスであった。
「それでこんなにお金が、ってことか」
「フン、ただ飯で居候っていうのもアレだしね」
「売れてるの、コレ」
「売れているらしいわよ。普通の鍋と変わりはないんだけど、一回店主に本物の保温性のやつを持っていったらえらく気に入られてね。それ以来偽物を売りつけても売れるみたい」
「あはは……」
ということは、魔法が籠められているのは最初の一つだけで、あとは適当だということか。
人間という奴は単純らしい。
「暇つぶしに時々作るだけなんだけど、結構物好きが居るみたいね。少しでもレミィの力になればって思ってね。その金は売り上げの余りよ」
「ふうん、じゃあ残りはあの吸血鬼にあげているんだ」
「正確には咲夜にだけど。レミィが使うわけじゃないし、本人に渡したら絶対受け取らないだろうから」
好きでやっていることだからいいんだけど、とパチュリーは付け足した。
「意外と友達思いなんだ」
「レミィは友達なんかじゃないわよ」
「そうなの?」
「腐れ縁ってヤツよ、単なるね。まあ住まわせてはもらっているけれど、一応館の警備には役に立つこともあるし」
なんだ、ただの置き物の紫モヤシではなかったのか。
「今すっごく失礼なことを考えたでしょう。私にはわかるわよ」
はっ、
またやってしまった。
どうにもこの魔女といると失礼なことばかり考えてしまう。そして顔に表わしてしまう。
「私にはわかるわ。一体何を考えていたか。本当に失礼しちゃうわね。ただの紫モヤシだと思って馬鹿にしたでしょう」
紫モヤシということは自覚があったのか。
アリスはちょっぴり驚いた。
「そ、そんなことないわよ、いい話じゃない」
「誤魔化しても無駄よ、私にはわかるもの」
「それより疲れない?どこか入って休もうとか思っているんだけど」
「またはぐらかしたわね。まあいいけれど」
こう、いちいち面倒だなと思ってしまうアリスであった。
「今度も私持ちってわけ?」
「失礼ね、もうお代は払ってもらったからいいわよ。そこまであつかましくないわ」
「あっそう」
「疲れたし、喉渇いたでしょ。あの店で少し休んでから帰らない?」
すぐ側に喫茶店があった。
アリスがよく行く喫茶店だった。
味は普通だが、雰囲気が中々いい店なのだ。
木で出来た概観に、少しオレンジがかった照明。
上には大きな扇風機のようなものがいくつか付いており、壁には古い人形と西洋風の絵が飾ってある。
「ね、行こうよ。自分のやつは自分持ちにするから」
「当然よ」
半ば渋い顔をしていたパチュリーだったが、若干歩みが遅くなっていることにアリスは気が付いていた。
だからというわけではないが、休みたいのは確かであった。
二人はこの店に入り、一時間ぐらい魔法や人形について話した。
「で、こうなる、と」
「……」
「ったく、無理しているならそう言えばいいじゃない」
「そんなことしたら貴女私の財布の中身を全部持って帰るでしょう」
「そんなことしません、どっかの誰かじゃないんだから」
帰り道を少し歩いたところで、パチュリーが急に座り込んだ。
普段外に出歩いていないせいで体力が持たなかったらしい。
人里の店を回るという行為が珍しく、はしゃぎすぎてしまったのかもしれない。
平気だと言い張る魔女を、アリスは強制的に自分の背中に乗せた。
「咲夜に見られたら絶対笑われる」
「でしょうね、いい気味」
「だからおろしなさいって言っているのに」
「おろしたって歩けないでしょ。飛ぶ元気だってないでしょう」
「うぐぅ」
そんなわけで今二人は人里からの帰り道をトコトコ歩いている。
夕日がもうすぐ向こうの山に落ちようとしている頃だった。
色々と迷惑なこともあったが、目的以上の物は買えたことだし、中々満足しているアリスであった。
「財布、返しなさいよ」
「あ、そうだったわね」
ポケットから財布を出して、後ろにいるパチュリーに渡す。
そしてよっ、っと体制を整えなおした。
「随分使ったのね、貴女」
「それぐらい安いもんでしょうが。今まで貴女が食いつぶしてきたものに比べたら」
実際安いものであったのだ。
いままでパチュリーにタダ食いされたものを全て覚えているわけではない。
だから割と適当に使った。常識の範囲内で。
「可愛くない」
「いつものことでしょ……あだっ!ちょ、ちょっと!何するのよ!」
「仕返しって所?」
後ろから自分の頬をつねってくるパチュリーに、なんて可愛くないんだろうと思うアリスであった。
魔法の森から人里までの道はいくつか分岐点がある。
そのうちの一つ目は、魔法の森と紅い館がある湖に繋がっている。
その辺りまでやってきて、アリスはこう言った。
「ま、アンタの家までタクシーっていうのも癪だしね。一旦こっちに帰るわよ」
「……」
本来ならば、ここでお別れといく所なのであるが、アリスはパチュリーを下ろすことはしなかった。
「文句あるなら一人で歩いて帰りなさいね」
「もてなしてくれるって事?」
「だ、誰が。今更下ろすのも面倒だし、それに」
「それに?」
「それに……」
なんか名残惜しいから、という言葉が浮かんだが、口にするのはあまりに癪なので言わないことにした。
「か、帰るのがいちいち面倒でしょ。だからこっちに」
「あっそう」
思えば。
この魔女と外に出かけるのは初めてのことだった。
いつも自分の家で喧嘩するか、大図書館で喧嘩するかのどちらかであったが、外に出るという行為をしたのは初めてだった。
楽しかったかと問われれば。
(まあ、楽しかったんじゃないかな)
なんて思ったりもする。
が、そんなことを言うと絶対こいつは図に乗るだろうし、何よりなんとなく恥ずかしいことだった。
だから黙って、何も思わなかったことにして魔法の森までの道を歩くことにした。
「……なに笑っているのよ」
「笑ってなんかいないわよ」
「あっそう、ならいいんだけど」
後ろ向きでもなんとなくわかってしまうものなのだろうか。
少し笑ったことを知られたら負けな気がするので、ぶっきらぼうな言葉で返しておいた。
「あ、ほら夕日が綺麗」
「……」
「そう思わないの?」
「確かに綺麗だけど、ずっと前から気が付いていたわよ」
立ち止まって田んぼのほうを見れば、今まさに日が落ちようとしているところだった。
「普段こういうの見ないでしょ」
「……そうでもないわよ」
「そうなの?」
「あんたの家に行くようになってからね」
え、と呟いたときだった。
アリスは後頭部に衝撃を感じた。
ぐえっ、という声を上げて、次の瞬間には背中が軽くなる感覚がした。
「無料タクシー、どうもありがとう。元から歩けたんだけどね」
「いっ……たぁっ!」
「この程度見抜けないようじゃ駄目よアリス」
「……!」
頭を抱えるアリスを置いて、魔女はすたすたと道を行く。
あ、そうそう、もてなし楽しみにしているからね。ついでに合鍵で先に勝手に入っているから。という言葉を吐いて。
「パチュリー、あんたねぇ!」
涙目になって叫んだ言葉はきっと聞こえているだろう。
けれどそれにも構わずスタスタと先を行く。
また騙されたのか、とアリスは思った。まだまだ未熟者である。
「あーもう、絶対に仕返ししてやる!」
立ち上がったアリスはそう言って、魔女の方に駆けて行く。
さっき夕日を見ながら呟いた言葉は嘘じゃないよなぁと思いながら。
けれどそれを考えるのはやっぱり気恥ずかしかったので、代わりに次の仕返しの方法を考えるのであった。
完
ところで、個人的は7×8もありだと思う。
7×⑨もあるぞ
良いパチュアリでした。
すてきパチュアリをごちそうさまでした!
アリスがやり返せる日は来るんだろうかw