「料理勝負をしましょう、潤美さん」
「うん、暢気な庭師の考えることはよくわからんね。順を追って説明しておくれ」
開口一番、川原でおかしなことを言い出したのは白玉楼の庭師、魂魄妖夢。
三途の川を縄張りにする潤美にとっては、それなりに因縁のある相手ではある……が、いきなり勝負を吹っ掛けられるほど剣呑な間柄でもない。
「はい。発端は、幽々子様が本日の夕食に刺身を希望されたことから始まります」
「ほう、お刺身。いいじゃないか、だったらうちの巨大魚をオススメしよう。今の時期は大型の首長竜が脂が乗ってて食べごろだよ」
白玉楼の主、西行寺幽々子が食を愛する趣味人であることは潤美も知っている。出し抜けに刺身を希望することもあるだろう。
「首長竜、と言いますと?」
「ネッシーとかプレシオサウルスとか、まあ正確な名前はわからないけどそのあたりだよ」
「それは……本当に魚なのでしょうか?」
「水の中に棲んでれば大体魚だよ」
「その論で行くとカエルやタガメも魚になりませんか?」
「親戚みたいなものさ。貝だって魚の仲間だろ? 料理する時は一緒に出すんだから」
潤美は漁師兼養殖家であって、生物学者ではない。細かい分類など知ったことではない。魚が大きく育って売れればそれで良いのだ。
「まあそれはいいです。では、互いに首長竜のお刺身で勝負としましょうか」
「いや待て説明がすっ飛んだ。なんで勝負をすることになったの?」
「だって手っ取り早いじゃないですか、勝負」
「何のために手っ取り早いの。勝負に何か賭けようって話?」
例えばの話、妖夢が勝負に勝ったら魚を無料で寄越せとか言うのであれば、勝負自体をお断りしたい。大事な商品をそんなぞんざいに扱われてはたまらない。
「馬鹿言わないでください、賭けなんてしたらこっちが素寒貧ですよ、私が勝てるはずがないんですから」
「?? えーと……どういうこと?」
「潤美さんは漁業家ですよね? 魚の扱いにも長けているでしょう」
「そりゃそうだ」
「魚料理だってお手の物なんじゃないですか? 魚のどの部位が美味しいとか、そういう知識だってあるでしょう」
「自分で魚を食べることも多いし、料理屋に魚を卸すこともあるからね。それなりの知識と腕はあるよ」
「そんな魚のスペシャリストに、私が敵うわけないじゃないですか」
なぜか胸を張りながら妖夢は言った。
あまりに堂々としているものだから、何を言われているのか咄嗟には理解できなかった。一拍置き、二拍考え、さらに三拍首をひねって、潤美は頭を悩ませる。
そうしてようやく、妖夢が言っている内容を自分の中で噛み砕いてから。
「じゃあなんで勝負するなんて言ってるんだ!?」
「格上に挑むから燃えるんじゃないですか!」
「あ、あんた、そんな熱血な子だったっけ?」
「何事も斬ればわかるんです、斬ってみないことにはわかりません。まず斬るところから始めるんです!」
今にも斬りかからんばかりに刀に手を添える魂魄妖夢。弾幕勝負と料理勝負の区別はちゃんとついているのだろうか。
「ええい、なんだか埒が明かない気がしてきた……確認するけど、魚のお代はちゃんともらえるんだね?」
「勿論です、首長竜丸ごと一頭、しっかり買わせていただきます。あ、私と潤美さん二人で料理するなら二頭ですか?」
「食べるのはほとんどあんたのとこのお嬢様だろ? 流石に一頭で足りるだろ。料理勝負は半分ずつ切り分けてやればいいさ……半分も使うかな?」
「余ったら数日に分けていただきますよ、冥界では食材が日持ちしますから」
「よし、話は決まった。首長竜一頭、今から白玉楼に配達するよ。勝負は向こうでやろうじゃないか」
「はい、先に用意してお待ちしていますね」
/
結論を言うと、料理勝負は潤美の勝利に終わった。
「首長竜の刺身、奥が深い……! 勉強させていただきました!」
「妖夢、あんたもしかして……料理を覚えるのが目的だったのか?」
潤美が勝って当然の勝負だった。妖夢は今日まで、首長竜を料理したことが無かったのだ。
なので実際に刺身を作るのも、まず潤美の調理の手順を見て、それを追いかけながら妖夢も手を進めていた。
「はい。もちろんやるからには勝つつもりで料理していましたが……やはり小手先の工夫で追いつけるものではありませんでした」
「うん、一から調理を覚えながら、かつアレンジまで加えようとする執念は凄かったよ……感心するやら呆れるやら、さ」
妖夢の刺身を味見しながら、潤美は唸る。首長竜の素材の良さは生かし切れていないが……それでも、料理の基本を押さえた上での工夫がなされている。
「こっちこそ驚かされてばかりでしたよ。首長竜の素材の奥深さもそうですが、それを熟知した潤美さんの料理の迷いの無さと工夫の細やかさ。感服しました」
「どういたしまして。で、話を戻すんだけど……料理を覚えたかったのなら、そう言ってくれればよかったんじゃないか? 一から教えてあげても良かったんだよ」
「いえ、十分教わりました。一度同じ土俵で手合わせすれば、学べるものは多いのです」
確かに、と潤美も今ならそう思えた。
たった一度の料理勝負で、妖夢は潤美に追随して見せた。初めての首長竜料理で、だ。
本気で勝とうとして、本気で観察して、本気で技を盗み、自分のものとして昇華する。
言うは易く行うは難し。本気、という気持ちはこれほどの難行さえ成し遂げるのか、と潤美は思い知らされた。
「まあ、また魚料理でわからないことがあったら言っておくれ。お代をもらえるなら食材も用意するよ」
「はい。その時はまた、料理勝負をお願いします――何事も、斬ればわかる、まず斬ってみないことにはわかりませんから」
もしかしたら、師の受け売りなのかも知れないが。
迷いの無い笑顔で、妖夢は言ってのけたのだった。
「うん、暢気な庭師の考えることはよくわからんね。順を追って説明しておくれ」
開口一番、川原でおかしなことを言い出したのは白玉楼の庭師、魂魄妖夢。
三途の川を縄張りにする潤美にとっては、それなりに因縁のある相手ではある……が、いきなり勝負を吹っ掛けられるほど剣呑な間柄でもない。
「はい。発端は、幽々子様が本日の夕食に刺身を希望されたことから始まります」
「ほう、お刺身。いいじゃないか、だったらうちの巨大魚をオススメしよう。今の時期は大型の首長竜が脂が乗ってて食べごろだよ」
白玉楼の主、西行寺幽々子が食を愛する趣味人であることは潤美も知っている。出し抜けに刺身を希望することもあるだろう。
「首長竜、と言いますと?」
「ネッシーとかプレシオサウルスとか、まあ正確な名前はわからないけどそのあたりだよ」
「それは……本当に魚なのでしょうか?」
「水の中に棲んでれば大体魚だよ」
「その論で行くとカエルやタガメも魚になりませんか?」
「親戚みたいなものさ。貝だって魚の仲間だろ? 料理する時は一緒に出すんだから」
潤美は漁師兼養殖家であって、生物学者ではない。細かい分類など知ったことではない。魚が大きく育って売れればそれで良いのだ。
「まあそれはいいです。では、互いに首長竜のお刺身で勝負としましょうか」
「いや待て説明がすっ飛んだ。なんで勝負をすることになったの?」
「だって手っ取り早いじゃないですか、勝負」
「何のために手っ取り早いの。勝負に何か賭けようって話?」
例えばの話、妖夢が勝負に勝ったら魚を無料で寄越せとか言うのであれば、勝負自体をお断りしたい。大事な商品をそんなぞんざいに扱われてはたまらない。
「馬鹿言わないでください、賭けなんてしたらこっちが素寒貧ですよ、私が勝てるはずがないんですから」
「?? えーと……どういうこと?」
「潤美さんは漁業家ですよね? 魚の扱いにも長けているでしょう」
「そりゃそうだ」
「魚料理だってお手の物なんじゃないですか? 魚のどの部位が美味しいとか、そういう知識だってあるでしょう」
「自分で魚を食べることも多いし、料理屋に魚を卸すこともあるからね。それなりの知識と腕はあるよ」
「そんな魚のスペシャリストに、私が敵うわけないじゃないですか」
なぜか胸を張りながら妖夢は言った。
あまりに堂々としているものだから、何を言われているのか咄嗟には理解できなかった。一拍置き、二拍考え、さらに三拍首をひねって、潤美は頭を悩ませる。
そうしてようやく、妖夢が言っている内容を自分の中で噛み砕いてから。
「じゃあなんで勝負するなんて言ってるんだ!?」
「格上に挑むから燃えるんじゃないですか!」
「あ、あんた、そんな熱血な子だったっけ?」
「何事も斬ればわかるんです、斬ってみないことにはわかりません。まず斬るところから始めるんです!」
今にも斬りかからんばかりに刀に手を添える魂魄妖夢。弾幕勝負と料理勝負の区別はちゃんとついているのだろうか。
「ええい、なんだか埒が明かない気がしてきた……確認するけど、魚のお代はちゃんともらえるんだね?」
「勿論です、首長竜丸ごと一頭、しっかり買わせていただきます。あ、私と潤美さん二人で料理するなら二頭ですか?」
「食べるのはほとんどあんたのとこのお嬢様だろ? 流石に一頭で足りるだろ。料理勝負は半分ずつ切り分けてやればいいさ……半分も使うかな?」
「余ったら数日に分けていただきますよ、冥界では食材が日持ちしますから」
「よし、話は決まった。首長竜一頭、今から白玉楼に配達するよ。勝負は向こうでやろうじゃないか」
「はい、先に用意してお待ちしていますね」
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結論を言うと、料理勝負は潤美の勝利に終わった。
「首長竜の刺身、奥が深い……! 勉強させていただきました!」
「妖夢、あんたもしかして……料理を覚えるのが目的だったのか?」
潤美が勝って当然の勝負だった。妖夢は今日まで、首長竜を料理したことが無かったのだ。
なので実際に刺身を作るのも、まず潤美の調理の手順を見て、それを追いかけながら妖夢も手を進めていた。
「はい。もちろんやるからには勝つつもりで料理していましたが……やはり小手先の工夫で追いつけるものではありませんでした」
「うん、一から調理を覚えながら、かつアレンジまで加えようとする執念は凄かったよ……感心するやら呆れるやら、さ」
妖夢の刺身を味見しながら、潤美は唸る。首長竜の素材の良さは生かし切れていないが……それでも、料理の基本を押さえた上での工夫がなされている。
「こっちこそ驚かされてばかりでしたよ。首長竜の素材の奥深さもそうですが、それを熟知した潤美さんの料理の迷いの無さと工夫の細やかさ。感服しました」
「どういたしまして。で、話を戻すんだけど……料理を覚えたかったのなら、そう言ってくれればよかったんじゃないか? 一から教えてあげても良かったんだよ」
「いえ、十分教わりました。一度同じ土俵で手合わせすれば、学べるものは多いのです」
確かに、と潤美も今ならそう思えた。
たった一度の料理勝負で、妖夢は潤美に追随して見せた。初めての首長竜料理で、だ。
本気で勝とうとして、本気で観察して、本気で技を盗み、自分のものとして昇華する。
言うは易く行うは難し。本気、という気持ちはこれほどの難行さえ成し遂げるのか、と潤美は思い知らされた。
「まあ、また魚料理でわからないことがあったら言っておくれ。お代をもらえるなら食材も用意するよ」
「はい。その時はまた、料理勝負をお願いします――何事も、斬ればわかる、まず斬ってみないことにはわかりませんから」
もしかしたら、師の受け売りなのかも知れないが。
迷いの無い笑顔で、妖夢は言ってのけたのだった。
付けるのはたまり醬油ですか、酢味噌ですか?