僕のお店の中まで、従業員である菫子君が入ってこない。
正確には一度は入ってきたものの、僕の電子タバコを吸う姿を見るなりなんなり、スマートフォンを置いて即座に出ていった。
以前に喫煙を非難された時と同じく、何かを失った雰囲気がある。
果たして幻想郷で失ったものは、また幻想郷に流れ着くのだろうか。
外の世界では神像や仏像が失われたり電話の銅回線が失われたり、さらに海外では美術館から宝石類が失われたとの話だ。
まぁ、いいさ。それらと比べたら小さいことだ。
むしろ初めから大したことではなかった。
菫子君の対応が少しキツめだっただけで……ん? 着信か。これの使い方なら見た目で判る。
「おいおい。こちら香霖堂だ、菫子君」
「あ、変な匂いしてた人、こんにちは。もしも~し。なんだか変な返事?」
変だ変だと言われても外の世界の常識など、こちらには細部までは判らない。
電話については、ある程度の聞きかじった知識しか持ち合わせていない。
できれば変だという前に教えてくれればと抗議したいものだ。
「外の世界には定番でもあるのかい?」
「ん? ないかも。最近は共通認識ってのが稀有だし。あるのはビジネスマナーくらい? 幻想郷には電話の定番フレーズないの?」
「こちらには電話は普及していないぞ」
「いやぁ、そっちには疎くってぇ」
「もしも人里で使われているのだとしても、ここまでは電話回線は引かれないだろうね……人里と僕のお店の間には、それだけの距離がある」
「よく分かんないけど、そうなんだねぇ」
「心に境界があるとも言い切れる」
「面白い境界!」
「通話越しに張り切るのは勘弁してくれ給え」
「ごめん、ごめん」
——菫子君が外に出て半刻。
「ところで、いつまで僕たちは話しているんだい?」
「霖之助さんが吸い終えるまでだったけど、まだ通話していたい!」
少し耳が痛い。
強めの主張が店の外からも聞こえてきた。
タバコの煙を外に逃がすため、窓を開けておいたからだ。
普段から僕のお店は風通しが悪い。
このまま開けておくついで……ソーラーパネルを設置するかどうか、検討をする話をしてみよう。
「まだ通話したいというなら、ついでの話だ。僕の話を聞き流してくれ給え」
「聞く、聞き流す? う、うんうん。どうぞ。聞くよ? ……あ、いや。聞き流すよ?」
「そうかい。すまないね。それでは、最近買い取ったソーラーパネルの話だ」
「ふーん?」
「結論から話すとソーラーパネルしかないから使えない。家電に通電させるには、間に別の機械をいくつか挟む必要があるらしい」
「フク~ザツ~」
菫子君が僕の話を聞いているかどうか怪しいが、聞き流すとはそういうものだ。
まさに僕が頼んだことを彼女は行っている。
「それで集電箱というものを知って思ったんだ。電源タップを通して手回し発電機から送電してみようとね」
「あ……うん、それで?」
「電力が足りなくて全て付かなかったが、これは想定できたから決して阿保ではない」
「そゆオチじゃなかったかぁ」
「当然だよ。妖精みたいだとか思わないでくれ給え」
「オチが違うって近くだったら心を読んで分かったのに」
「無用だ。兎に角、続きを……僕は家電を売っている以上、展示している家電が一斉に稼働している光景が目に浮かぶんだ」
「よく見る。こっちの世界だと」
「それだよ。だからこそ妥協して稼働させる家電を減らしてみたものの……違うんじゃないかと途方に暮れた」
「うんうん」
「僕は電子タバコを吸ってみた」
「え? これまでの経緯みたいな話?」
今一度、電子タバコを吸ってみよう。
まだ菫子君は外にいるのだから大丈夫だ。
一服だけならいいだろう。
「ん? また吸ってる?」
「ご明察。ついでに匂いも当ててみるかい?」
「匂い? そういえば最初、電子タバコの匂いって分からなかったんだっけ」
「よく不人気のフレーバーが流れてくるみたいなんだ」
率直なところ、気軽にタバコを吸えるほどの量を、在庫として積んである。
僕にとっては不人気でも有り難い。
外の世界の道具をこれでもかというほど体感できるのだから。
「君の住む世界の知識だ。判るだろう?」
「え~? 分かんないけど。じゃあ、燻製の匂い」
「葉巻かな。不人気のフレーバーなんだ。もっと変わった回答を頼むよ」
「AIなら……うーん。火星の匂い!」
「今のは叫ぶと判っていた」
「ごめん、ごめん。空飛んでるから思わず力んじゃった」
「そうかい。次は気を付けてくれ給え……というより、どこまで行くつもりだい?」
「どの地点で通話が途切れるかな~って試してた。今、人里の上空を通過?」
「……ながら運転ならぬ、ながら飛行は危ないのでは?」
「実はスマートフォンすら持たない状態で話してるの。予想外でしょ」
「通話同様、君は予想外且つ非常識寄りだね」
「霖之助さんの方が常識に詳しいじゃない! ……あ、ごめんごめん。空の上だから声、張っちゃって張っちゃって」
しばらくの間、風を切る音だけを耳にしていた。
外の世界でいう長電話は、これが初めてだ。
ついでの話、コーヒーを嗜むのもいいだろう。
僕のお店にはヘンテコなコーヒーメーカーがある。
「これからコーヒーを淹れるから、まだまだ君の自由に話していてもいい」
「タバコにコーヒー? 口臭ヤバくなるらしいからオススメしないよ!」
「そ、そうかい。そうしたら、僕からは声を張らないことをオススメしよう」
「通話をスピーカーに切り替えるの、オススメ!」
指示通りにタップすると切り替わった。
ただ、会話がスピーカーになったことが望み通りかと問われれば、そうではない。
とりあえずコーヒーを淹れることにした。
僕が使うヘンテコなコーヒーメーカーとは、オルゴールの付属となった製品だ。
用途としてはコーヒーを淹れられる上、音楽を聴くことができる。
余計なことをしてしまって消えたアイデア製品なのだろう。
それくらいは想定できる。
「コーヒーだなんて珍しいね」
「ここ最近、流れ着くことが多くて、それで少し嗜むようになったんだ」
「タバコの時も思ったけど、拾い食い大丈夫なの?」
「外の世界に対する知識欲が勝つんだよ」
「否定できないけど程々に賛同しておく」
「自慢ではないが、瓶に入ったコーラを飲んだことすらある」
コーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐ。
香り立ち、茶とは違った趣向に興味がそそられる。
続けざまに電子タバコを堪能してみればバナナとマンゴーの甘ったるい匂いがこびりついてきた。
……これが喫茶店の味だ。
「え? 誰かの毒味役でも任されてる?」
「何か誤解してないかい? 僕が率先して行っていることだ。弾幕ごっこのようなものだよ。奉膳正の真似という訳ではないね」
「よく分かんないけど、頑張ってるのは分かった」
「やけにアバウトな受け答えをするね……いつも、そうだったか」
「近くだったら心の中を読んで理解してる……〇内メーカーアプリ~♪ なんちゃって!」
「だから、心を読むのをやめ給え」
通話は忽然と途切れた。
その理由については心当たりがない。
改めて菫子君のスマートフォンを覗くと知らない機能が多く、どれに触れればいいのか判断に困る。
本人の告げた通りなら現在、遠くにいるはずだ。
今頃は人里より遠くへと赴いている頃だろうか。
なぜ途切れたと勘繰るならば、どの地点で通話が途切れるかを試していたのだから想定内と推察できる。
しかしながら、途切れた後の時間が長い。
そのまま帰っていったのか、はたまた何か面倒事に巻き込まれたのだろうか。
ここ幻想郷において面倒事は日常茶飯事であり、逆に心配する方が無用ということである。
もう変化のない日々は終わったという話だ。
しばらく待っていれば、また彼女は姿を現すだろう。
それまでスマートフォンは預かっていればいい。
……が、これは放置した状態のままでもいいのか?
——後日。
「私のスマホ、おかえり!」
「まさか霊夢の大幣と衝突していたとは……そこまでは推察しなかったよ」
「いやぁ、痛すぎて飛び起きちゃった」
「まぁ、面倒事ではなくて何よりだ」
「いやいやいや。私はスマホなくて面倒だった。これは充電切れてるけど!」
「そんなにスマートフォンでの繋がりが大事だったかい? 僕のお店にも電話を設置してみたいものだ」
「着信来る? どんな御用ですか~って……ん~、いいお味。あ、コーヒーの予約とか?」
「ここは居酒屋でもないし喫茶店でもないぞ」
今日もまた、僕はコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを嗜んでいる。
将来、実際に喫茶店を営むのも一興だ。
その場合、併設で良い。
そしてまた、喫茶店に関する道具を蒐集し始めるんだ。
いずれにせよ、もし電話を設置したとしても予約をしない客が……電話を持たない客が来るものと想定できる。
「そうだな……僕が喫茶店をするなら喫煙スペースも考えないとね」
「え? ……勘弁してよ。時代に逆行してるって」
正確には一度は入ってきたものの、僕の電子タバコを吸う姿を見るなりなんなり、スマートフォンを置いて即座に出ていった。
以前に喫煙を非難された時と同じく、何かを失った雰囲気がある。
果たして幻想郷で失ったものは、また幻想郷に流れ着くのだろうか。
外の世界では神像や仏像が失われたり電話の銅回線が失われたり、さらに海外では美術館から宝石類が失われたとの話だ。
まぁ、いいさ。それらと比べたら小さいことだ。
むしろ初めから大したことではなかった。
菫子君の対応が少しキツめだっただけで……ん? 着信か。これの使い方なら見た目で判る。
「おいおい。こちら香霖堂だ、菫子君」
「あ、変な匂いしてた人、こんにちは。もしも~し。なんだか変な返事?」
変だ変だと言われても外の世界の常識など、こちらには細部までは判らない。
電話については、ある程度の聞きかじった知識しか持ち合わせていない。
できれば変だという前に教えてくれればと抗議したいものだ。
「外の世界には定番でもあるのかい?」
「ん? ないかも。最近は共通認識ってのが稀有だし。あるのはビジネスマナーくらい? 幻想郷には電話の定番フレーズないの?」
「こちらには電話は普及していないぞ」
「いやぁ、そっちには疎くってぇ」
「もしも人里で使われているのだとしても、ここまでは電話回線は引かれないだろうね……人里と僕のお店の間には、それだけの距離がある」
「よく分かんないけど、そうなんだねぇ」
「心に境界があるとも言い切れる」
「面白い境界!」
「通話越しに張り切るのは勘弁してくれ給え」
「ごめん、ごめん」
——菫子君が外に出て半刻。
「ところで、いつまで僕たちは話しているんだい?」
「霖之助さんが吸い終えるまでだったけど、まだ通話していたい!」
少し耳が痛い。
強めの主張が店の外からも聞こえてきた。
タバコの煙を外に逃がすため、窓を開けておいたからだ。
普段から僕のお店は風通しが悪い。
このまま開けておくついで……ソーラーパネルを設置するかどうか、検討をする話をしてみよう。
「まだ通話したいというなら、ついでの話だ。僕の話を聞き流してくれ給え」
「聞く、聞き流す? う、うんうん。どうぞ。聞くよ? ……あ、いや。聞き流すよ?」
「そうかい。すまないね。それでは、最近買い取ったソーラーパネルの話だ」
「ふーん?」
「結論から話すとソーラーパネルしかないから使えない。家電に通電させるには、間に別の機械をいくつか挟む必要があるらしい」
「フク~ザツ~」
菫子君が僕の話を聞いているかどうか怪しいが、聞き流すとはそういうものだ。
まさに僕が頼んだことを彼女は行っている。
「それで集電箱というものを知って思ったんだ。電源タップを通して手回し発電機から送電してみようとね」
「あ……うん、それで?」
「電力が足りなくて全て付かなかったが、これは想定できたから決して阿保ではない」
「そゆオチじゃなかったかぁ」
「当然だよ。妖精みたいだとか思わないでくれ給え」
「オチが違うって近くだったら心を読んで分かったのに」
「無用だ。兎に角、続きを……僕は家電を売っている以上、展示している家電が一斉に稼働している光景が目に浮かぶんだ」
「よく見る。こっちの世界だと」
「それだよ。だからこそ妥協して稼働させる家電を減らしてみたものの……違うんじゃないかと途方に暮れた」
「うんうん」
「僕は電子タバコを吸ってみた」
「え? これまでの経緯みたいな話?」
今一度、電子タバコを吸ってみよう。
まだ菫子君は外にいるのだから大丈夫だ。
一服だけならいいだろう。
「ん? また吸ってる?」
「ご明察。ついでに匂いも当ててみるかい?」
「匂い? そういえば最初、電子タバコの匂いって分からなかったんだっけ」
「よく不人気のフレーバーが流れてくるみたいなんだ」
率直なところ、気軽にタバコを吸えるほどの量を、在庫として積んである。
僕にとっては不人気でも有り難い。
外の世界の道具をこれでもかというほど体感できるのだから。
「君の住む世界の知識だ。判るだろう?」
「え~? 分かんないけど。じゃあ、燻製の匂い」
「葉巻かな。不人気のフレーバーなんだ。もっと変わった回答を頼むよ」
「AIなら……うーん。火星の匂い!」
「今のは叫ぶと判っていた」
「ごめん、ごめん。空飛んでるから思わず力んじゃった」
「そうかい。次は気を付けてくれ給え……というより、どこまで行くつもりだい?」
「どの地点で通話が途切れるかな~って試してた。今、人里の上空を通過?」
「……ながら運転ならぬ、ながら飛行は危ないのでは?」
「実はスマートフォンすら持たない状態で話してるの。予想外でしょ」
「通話同様、君は予想外且つ非常識寄りだね」
「霖之助さんの方が常識に詳しいじゃない! ……あ、ごめんごめん。空の上だから声、張っちゃって張っちゃって」
しばらくの間、風を切る音だけを耳にしていた。
外の世界でいう長電話は、これが初めてだ。
ついでの話、コーヒーを嗜むのもいいだろう。
僕のお店にはヘンテコなコーヒーメーカーがある。
「これからコーヒーを淹れるから、まだまだ君の自由に話していてもいい」
「タバコにコーヒー? 口臭ヤバくなるらしいからオススメしないよ!」
「そ、そうかい。そうしたら、僕からは声を張らないことをオススメしよう」
「通話をスピーカーに切り替えるの、オススメ!」
指示通りにタップすると切り替わった。
ただ、会話がスピーカーになったことが望み通りかと問われれば、そうではない。
とりあえずコーヒーを淹れることにした。
僕が使うヘンテコなコーヒーメーカーとは、オルゴールの付属となった製品だ。
用途としてはコーヒーを淹れられる上、音楽を聴くことができる。
余計なことをしてしまって消えたアイデア製品なのだろう。
それくらいは想定できる。
「コーヒーだなんて珍しいね」
「ここ最近、流れ着くことが多くて、それで少し嗜むようになったんだ」
「タバコの時も思ったけど、拾い食い大丈夫なの?」
「外の世界に対する知識欲が勝つんだよ」
「否定できないけど程々に賛同しておく」
「自慢ではないが、瓶に入ったコーラを飲んだことすらある」
コーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐ。
香り立ち、茶とは違った趣向に興味がそそられる。
続けざまに電子タバコを堪能してみればバナナとマンゴーの甘ったるい匂いがこびりついてきた。
……これが喫茶店の味だ。
「え? 誰かの毒味役でも任されてる?」
「何か誤解してないかい? 僕が率先して行っていることだ。弾幕ごっこのようなものだよ。奉膳正の真似という訳ではないね」
「よく分かんないけど、頑張ってるのは分かった」
「やけにアバウトな受け答えをするね……いつも、そうだったか」
「近くだったら心の中を読んで理解してる……〇内メーカーアプリ~♪ なんちゃって!」
「だから、心を読むのをやめ給え」
通話は忽然と途切れた。
その理由については心当たりがない。
改めて菫子君のスマートフォンを覗くと知らない機能が多く、どれに触れればいいのか判断に困る。
本人の告げた通りなら現在、遠くにいるはずだ。
今頃は人里より遠くへと赴いている頃だろうか。
なぜ途切れたと勘繰るならば、どの地点で通話が途切れるかを試していたのだから想定内と推察できる。
しかしながら、途切れた後の時間が長い。
そのまま帰っていったのか、はたまた何か面倒事に巻き込まれたのだろうか。
ここ幻想郷において面倒事は日常茶飯事であり、逆に心配する方が無用ということである。
もう変化のない日々は終わったという話だ。
しばらく待っていれば、また彼女は姿を現すだろう。
それまでスマートフォンは預かっていればいい。
……が、これは放置した状態のままでもいいのか?
——後日。
「私のスマホ、おかえり!」
「まさか霊夢の大幣と衝突していたとは……そこまでは推察しなかったよ」
「いやぁ、痛すぎて飛び起きちゃった」
「まぁ、面倒事ではなくて何よりだ」
「いやいやいや。私はスマホなくて面倒だった。これは充電切れてるけど!」
「そんなにスマートフォンでの繋がりが大事だったかい? 僕のお店にも電話を設置してみたいものだ」
「着信来る? どんな御用ですか~って……ん~、いいお味。あ、コーヒーの予約とか?」
「ここは居酒屋でもないし喫茶店でもないぞ」
今日もまた、僕はコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを嗜んでいる。
将来、実際に喫茶店を営むのも一興だ。
その場合、併設で良い。
そしてまた、喫茶店に関する道具を蒐集し始めるんだ。
いずれにせよ、もし電話を設置したとしても予約をしない客が……電話を持たない客が来るものと想定できる。
「そうだな……僕が喫茶店をするなら喫煙スペースも考えないとね」
「え? ……勘弁してよ。時代に逆行してるって」