「ねえねえルナ姉、それなあに?」
買い物から帰って一息ついていると一番下の妹、
リリカ・プリズムリバーが物珍しそうにテーブルの上の小さな四角い箱を見ながら私に話しかけてくる。
「それはトランプよ」
「トランプ?」
私は箱を手に取ると中からカードの束を取り出し、テーブルの上に何枚か広げた。
カードはスペードのAから数字の順番に並んでいる。
「これ裏面はこの前香霖堂で見せてもらったタロットカードに似てるね」
リリカは広げたカードの中からスペードのAを手に取り、ひっくり返して眺めている。
「あれは占いをするための道具だから、これとは用途が違うわね」
「ふーん、これはなにをするためのカードなの?」
カードを一旦一つの束に戻しながら答える。
「これはただの玩具よ、いろんなゲームがあってそれぞれカードの使い方が違うの」
「ふーん、ルナ姉が玩具なんか買うのは珍しいね」
リリカは座っている椅子を傾けながらカードの束を見つめている。
……行儀が悪いからやめなさいと前も言ったのだけど、それは今いいか。
「買ったんじゃないわ、昨日倉庫を片付けてたら出てきたのよ」
「むー?」
今度は私が出してきたクッキーを当たり前のように頬張りながら頷く。
結構高価だから割と楽しみにしていたんだけど、目の前でおいしそうに食べているのを見ると咎める気もなくなってしまう。
「ねえねえ、じゃあなにかして遊ぼうよ」
トランプに興味が湧いたのかリリカはカードの山を混ぜ始めた。
正直に言うと今日特別にやらないといけない用事はない。
だから暇ではあるのだけどここ最近ライブ続きで疲れ気味だし、自分の部屋でゆっくりしたいのが本音である。
適当に理由をつけて断ろうとしていると。
「ただいまー!」
もう一人の妹、メルラン・プリズムリバーがいつもの大きな声とともに帰って来た。
まずい、断るタイミングを失ったと思った次の瞬間。
「あ! なにそれ私も混ぜて~」
私がおかえり、と言うより早くメルランはテーブルの上のトランプに気付き既に遊ぶ気満々の様子。
う、これはまずい。
既に席についているリリカは食べているクッキーを飲み込むとメルランに聞く。
「おかえりメル姉、ってことはメル姉はトランプのルール知ってるの?」
「ううん、全然!」
満面の笑みで元気に答えるメルランにリリカは拍子抜けしたのか、手元から落とした数枚のカードを慌てて拾っている。
「ルール全然知らないのに自信満々にやろうとしてたの!?」
「いいじゃない、リリカか姉さんが教えてくれるでしょ!」
この子は昔からこうだ、楽しそうなことを見つけたら一直線。
既に席に着いていて気付けば私だけが立っている状態、今から抜けるのはもう無理なことを悟った。
仕方ない、仕方ないわ、お姉ちゃんだからね、空気読まないとね…
空になったお皿に新しいクッキーを並べると私は観念して席に着いた。
「……私もあんまり知らないから、出来るのは少しだけよ?」
カードの束を切り二人に簡単に説明をした。
ルールが単純なババ抜きだし、すぐに理解してくれたようで安心したけどさらなる問題が私の前に立ちはだかった。
私の説明を聞いたリリカが突然言ったのだ。
「じゃあさ、ただやるだけっていうのもなんだし一番に上がった人は負けた人になにか命令できるっていうのはどう?」
私がいやそれは、と言う前にメルランの「賛成―!」の声が響く。
あ、これまた反論の余地すらないやつ……どうしていつも我が家はこうなるのだろう、
お姉ちゃんはどれだけ一緒に過ごしても理解できない。
「いいじゃんルナ姉、ポーカーフェイスって言うんだっけ、本心を隠すの得意でしょ?」
私の渋い表情を見てリリカは楽しそうに笑いながら言うが違う、そういう問題じゃない。
確かに私のことをクール、冷静沈着と評する噂は度々耳にしたことがある、でも。
それはルナサ・プリズムリバーをステージの上ぐらいでしか知らない人が見たらそう見えるだけなのだ。
私はもともと人付き合いが得意なタイプじゃない。
それでも楽団のリーダーである以上、頼りないところは見せられないから外では気を張って余裕を見せている、ただそれだけのことなのだ。
だからこの手のゲームもあまり自信がない。
付き合いの長い妹達にいつもステージで見せている虚勢など無意味なのだから。
どうしよう、負けて何を命令されるのかが気になってきた。
まだカードを配ってすらいないのに。
「そんなに慎重にならなくても、そんな無茶な命令なんかしないわよ姉さん♪」
メルランがウインクとともにゲーム開始を急かしてくる。
ああ、この眩しい笑顔。
自分が負けることなんて全く考えていない。
……こうなったら仕方がない、覚悟を決めよう。
このゲームは単純なババ抜きで運の要素も強い、駆け引き関係なく私が勝てる可能性だって十分にある。
ここで勝って、長女の威厳を見せるのよ、私。
「……そうね、それじゃ夕飯の時間も近いし、さっさと始めましょうか」
私は意を決してカードを混ぜ、時計回りに配り始める。
そしてカードを配り終えると三人同時に配られたカードを確認、同じ数字のペアを場に出していく。
自分の手持ちのカードにジョーカーがないことにとりあえず安心する、でももちろん顔に出してはいけない。
冷静に、淡々と数字がペアのカードを場に出していく。
そして手元に残ったカードは……八枚、少し多い気もするけど仕方ない。
他の二人はどうかな……
ペアを全て出し終え、場を見やるとリリカとメルランは既にカードを出し終えて待っていた。
「そいじゃこの枚数だと……ルナ姉のを私が引いてメル姉が私のを引いて、だね」
リリカの手元を見るとカードが六枚、私よりも二枚も少ない。
「私が一番少ないみたいねー♪」
そう言うメルランの手札は…五枚、こちらはリリカよりさらに少ない。
このゲームは手札が多い人から順にカードを引かれる。
それぞれの手札は私が八枚、リリカが六枚、メルランが五枚。
よってカードを引く順番はリリカが私のカードを引き、次にメルランがリリカのカードを引き、
最後に私がメルランのカードを引く、以降これを繰り返すことになる。
手札が一番多いのは不安だけど気にしていても仕方がない、
最悪ジョーカーを引いてしまっても全員のカードが減ってくるまでは引いてから再度移動する可能性も十分にある。
とにかく冷静に、落ち着いてプレーすればきっと大丈夫。
勝ってもせいぜい次のご飯の支度を代わってもらうぐらいの命令しかする気はないけど、
ここでかっこよく勝って長女の威厳というものを見せつけるのよ、私。
「そいじゃ、始めよっか!」
楽しそうに持っているカードを束ねたり広げたりしながらこちらを見ているリリカ。
「勝ったら何を命令しようかしらー♪」
一方メルランもこっちを見ながら能力でカードを浮かべて…って、ねえ二人とも私だけを見るのはおかしくないかしら?
いや、いい、気にしていてもしょうがない。
勝つ、勝てばいいのよ。
「じゃあ…スタート」
私がゲーム開始の宣言をするとリリカが特に迷った様子もなく私の手札からカードを1枚抜く。
そして抜いたカードと手札の別のカードがペアで場に置かれる。
「お、ラッキー」
ご機嫌でカードを場に出したリリカ。
どっちがジョーカーを持っているかはまだ分からないけど、最悪引いてしまったときに悟らせないようにしないと…。
「じゃあ次は私ね~」
続いてメルランがリリカからカードを引く、こちらも迷いはない。
「ふふーん♪」
リリカと同様に二枚のカードが場に置かれる、メルランも当たりのカードを引き当てた。
次は私の番、向かって一番右のカードを引く。
ペアが出来ていたことに思わず安心するも表情はいつものままを心掛け出来たペアを場に出す。
一巡目が終って手札の枚数は私が六枚、リリカが四枚、メルランが三枚。
まだ一巡目、カードが減れば減るほどペアはできにくくなるし焦る必要はない。
頭では分かっているのについこのまま差が縮まらなかったらということを考えてしまう。
そうして繰り返しカードを引くこと七巡目。
リリカが私からカードを引く。
ペアは出来なかったようで引いたカードを手札に加えて混ぜ、メルランに手札を向ける。
「ありゃまただ、全然合わなくなったなあ」
そしてそのリリカからカードを引いたメルランも同じだった。
「気付けばみんな一緒ぐらいの枚数ね~」
引いたカードをそのまま手札に加えて混ぜ、私に差し出してくる。
「……どこかでカードが詰まってるのかしらね」
私もまたペアを作れず、引いたカードを念入りに混ぜた。
七巡目を終えて現在の手札は私が四枚、リリカが二枚、メルランが三枚。
ここまでで私は一度もジョーカーを引いていない。
というよりそもそも、ジョーカーが移動している気配が全くない。
既にゲームは終盤、ここに来てジョーカーを引いてしまうと命取りなのは間違いないし
今ジョーカーを持っている人は一刻も早く渡したいはず。
でも私が見る限り、リリカもメルランも焦った様子は全くない。
今のうちに上がりたいけど、と思っていると。
「やったー!」
リリカは私から引いたカードと自分のカードを場に置く。
これで手札は一枚、ということは。
「はいメル姉、どうぞー♪」
上機嫌でメルランに最後のカードを渡すと心底楽しそうな笑顔をこちらに向けてくる。
私は何度この子の笑顔に騙されて貧乏くじを引かされたか、もはや数えきれない。
「むー、リリカに先を越されちゃった……」
メルランは残念そうに頬をぷうと膨らませるとカードを受け取る。
この時点で手札はメルランが四枚、私は三枚。
そしてジョーカーはメルランが持っている、私はなんとしてもこれを避けて先に上がらないといけない。
「えへへ、何を命令しよっかなー♪」
横目でリリカを見れば楽しそうにいつものキーボードを浮かべてくるくると回している。
怖い、お姉ちゃん怖い。
そもそも勝者が敗者に命令出来るってルールはこの恐ろしい三女が持ち込んだもの、何も企んでいない方がおかしい。
なんとしても次に上がらないといけない。
そしてメルランの性格を私は知ってる、この子はきっとこういうゲームでは駆け引きなんかより直感を信じるタイプ。
だから揺さぶりをかけても意味はない、私が隙を見せないようにするのが最優先。
「ジョーカーはメルランが持ってたのね」
「そうそう、姉さん全然引いてくれないんだもん」
どうやらメルランはかなり長い間ジョーカーを手札に持っていたらしい、
それならここまでずっとそれを避け続けた私には運が向いているかもしれない。
行ける、勝てるはず。
私はメルランの手札から一番左のカードを取る。
ジョーカーじゃないことに安堵しつつ出来たペアを場に出す、この時点で私の手札が二枚、メルランが三枚。
「じゃあ次私ねー」
そしてメルランも私からカードを取り出来たペアを場に出した。
これで私のカードが残り一枚、メルランは二枚。
次にジョーカーじゃない方を引けば勝てる。
前を見やると相変わらず楽しそうな表情に手元のカードは小刻みにひょこひょこと動いていた。
私はさっきと同じように左のカードに手をかける。
私の手がカードに触れるがメルランの表情に変化はない。
引いたカードは…私が求めるカードじゃない、鎌を持った不気味な道化師が描かれたカード、ジョーカー。
一転して追い込まれた、でもこのくらいは想定の範囲内。
「……引いちゃったわね」
「えへへ、姉さんやっと引いてくれたわー♪」
よっぽど嬉しいのかメルランは能力で浮かばせた自身の楽器から「ぱぷー♪」と楽しげな音を出す。
私は負けじと指をパチンと鳴らし、愛用のヴァイオリンを具現化させると能力で操った弦で音を鳴らす。
…うん、大丈夫。
「じゃ、どうぞ」
念入りに混ぜた二枚のカードを差し出す。
ジョーカーは私から見て右にある、これをメルランが引いてくれれば…
「それじゃこれで上がりねー♪」
自信満々のメルランの手は私から見て右のカードに伸びる、一瞬安堵したけどもちろん表情は変えない。
そのままその目を真っすぐに見つめ返す。
駆け引きは苦手でも見せかけのポーカーフェイスだけは得意なんだから。
そうして次の自分の番のことを考えていると。
「やったーあがりー!」
メルランは揃えた二枚のペアを私に見せつけながら場に置いた。
寸前で引くカードを変えられた、でもあの子の性格ならわざわざフェイントを入れるようなことはしないはず。
表情か仕草か、分からないけどなにかを悟られたということ、これじゃ姉の威厳もなにもあったものじゃない。
手元に残ったジョーカーのカードを場に置きながら聞いてみる。
「……気付いて変えたの?」
「うん」
容赦ない次女の即答を聞いた途端、私の長女としてのプライドにヒビが入る音がした。
うう、ずる賢いところがあるリリカならまだしもメルランにまで簡単に見破られるなんて……。
ショックを受ける私に構わずメルランは言葉を続ける。
「だって姉さんの楽器、ホントにちょっとだったけどいつもより楽しそうだったもん」
「……楽器が? 楽しそう?」
思わず聞き返す。
「なんかね、いつもよりふわふわがたくさんって感じだった!」
身振り手振りでたくさん、の表現をしながらメルランは元気に答える。
うんごめん、聞いても分からないわ。
私のヴァイオリンが普段より楽しそうに浮かんでいるように見えた、らしい。
理由を聞いてもピンとこなかった、けど。
「ふふん、私にかかれば楽器から姉さんの気持ちを読み取れるんだから!」
「メル姉の言うことは相変わらずわかんないけど、ルナ姉が一番真剣にやってたし実は結構楽しんでたんじゃない?」
「あー、リリカひっどーい、本当なのにー!」
……確かに罰ゲームがかかっていたから、というのはあったけど気付けば本気になっていたし楽しかった、というのはその通りだなと思う。
思えば姉妹でこんな風に遊んだのも随分久しぶりな気がする。
「まあ……楽しかったわね」
そんな私の気持ちは自然と口に出ていた。
「あ、姉さん笑った!」
嬉しそうなメルランと悪戯っぽく笑うリリカに見つめられ急に恥ずかしくなってきた。
「姉さんは笑ったらすごく可愛いんだからもっと普段から笑えばいいのに、スマイルは人を幸せにするのよ!」
「ルナ姉の笑顔はレアだからねー」
盛り上がる二人をよそに時計をみやると時刻はもう夕食の時間、結局二人に付き合ってしまったけど。
いつまでもこんな生活が続いたらいいな、可愛い妹達と一緒に音楽を奏でて、他愛のないことで盛り上がって、これからもずっと……
……なんだか明日はいい音を出せる気がする。
翌朝。
……前言撤回、やっぱりこの妹はとんでもない悪女だ。
「ねえリリカ、お菓子ならいくらでも買ってきてあげるからこの命令は勘弁してくれないかしら?」
「だーめ、これでライブに出ろって言ってるんじゃないんだからいいでしょ」
「メイド服の姉さんかわいいー!」
三女の悪魔のような命令によって今日一日をメイド服で過ごさなくてはならなくなってしまいました、一応長女のルナサ・プリズムリバーです。
姉のメイド服姿なんて見て楽しいのかとか、そもそもこんな服をどこで手に入れたのかとか、ツッコミどころは山ほどあるけど。
「じゃあ今度もう一回やろうよ、それでルナ姉が勝って命令したらいいじゃん」
「それ賛成、今度は私が勝つわー♪」
どうしてこの二人は自分が負けることを微塵も考えていないのだろうか。
もう一度勝負すれば次は大丈夫、なんて私はそんなに物事を楽観的に考えられる質じゃない。
「着るから、もう勘弁して頂戴……」
それから数ヶ月後、幽霊楽団の長女がメイド服姿で恥ずかしそうに
人里で買い物をする姿を見たという声があったらしいが真実かどうかは定かではない。
買い物から帰って一息ついていると一番下の妹、
リリカ・プリズムリバーが物珍しそうにテーブルの上の小さな四角い箱を見ながら私に話しかけてくる。
「それはトランプよ」
「トランプ?」
私は箱を手に取ると中からカードの束を取り出し、テーブルの上に何枚か広げた。
カードはスペードのAから数字の順番に並んでいる。
「これ裏面はこの前香霖堂で見せてもらったタロットカードに似てるね」
リリカは広げたカードの中からスペードのAを手に取り、ひっくり返して眺めている。
「あれは占いをするための道具だから、これとは用途が違うわね」
「ふーん、これはなにをするためのカードなの?」
カードを一旦一つの束に戻しながら答える。
「これはただの玩具よ、いろんなゲームがあってそれぞれカードの使い方が違うの」
「ふーん、ルナ姉が玩具なんか買うのは珍しいね」
リリカは座っている椅子を傾けながらカードの束を見つめている。
……行儀が悪いからやめなさいと前も言ったのだけど、それは今いいか。
「買ったんじゃないわ、昨日倉庫を片付けてたら出てきたのよ」
「むー?」
今度は私が出してきたクッキーを当たり前のように頬張りながら頷く。
結構高価だから割と楽しみにしていたんだけど、目の前でおいしそうに食べているのを見ると咎める気もなくなってしまう。
「ねえねえ、じゃあなにかして遊ぼうよ」
トランプに興味が湧いたのかリリカはカードの山を混ぜ始めた。
正直に言うと今日特別にやらないといけない用事はない。
だから暇ではあるのだけどここ最近ライブ続きで疲れ気味だし、自分の部屋でゆっくりしたいのが本音である。
適当に理由をつけて断ろうとしていると。
「ただいまー!」
もう一人の妹、メルラン・プリズムリバーがいつもの大きな声とともに帰って来た。
まずい、断るタイミングを失ったと思った次の瞬間。
「あ! なにそれ私も混ぜて~」
私がおかえり、と言うより早くメルランはテーブルの上のトランプに気付き既に遊ぶ気満々の様子。
う、これはまずい。
既に席についているリリカは食べているクッキーを飲み込むとメルランに聞く。
「おかえりメル姉、ってことはメル姉はトランプのルール知ってるの?」
「ううん、全然!」
満面の笑みで元気に答えるメルランにリリカは拍子抜けしたのか、手元から落とした数枚のカードを慌てて拾っている。
「ルール全然知らないのに自信満々にやろうとしてたの!?」
「いいじゃない、リリカか姉さんが教えてくれるでしょ!」
この子は昔からこうだ、楽しそうなことを見つけたら一直線。
既に席に着いていて気付けば私だけが立っている状態、今から抜けるのはもう無理なことを悟った。
仕方ない、仕方ないわ、お姉ちゃんだからね、空気読まないとね…
空になったお皿に新しいクッキーを並べると私は観念して席に着いた。
「……私もあんまり知らないから、出来るのは少しだけよ?」
カードの束を切り二人に簡単に説明をした。
ルールが単純なババ抜きだし、すぐに理解してくれたようで安心したけどさらなる問題が私の前に立ちはだかった。
私の説明を聞いたリリカが突然言ったのだ。
「じゃあさ、ただやるだけっていうのもなんだし一番に上がった人は負けた人になにか命令できるっていうのはどう?」
私がいやそれは、と言う前にメルランの「賛成―!」の声が響く。
あ、これまた反論の余地すらないやつ……どうしていつも我が家はこうなるのだろう、
お姉ちゃんはどれだけ一緒に過ごしても理解できない。
「いいじゃんルナ姉、ポーカーフェイスって言うんだっけ、本心を隠すの得意でしょ?」
私の渋い表情を見てリリカは楽しそうに笑いながら言うが違う、そういう問題じゃない。
確かに私のことをクール、冷静沈着と評する噂は度々耳にしたことがある、でも。
それはルナサ・プリズムリバーをステージの上ぐらいでしか知らない人が見たらそう見えるだけなのだ。
私はもともと人付き合いが得意なタイプじゃない。
それでも楽団のリーダーである以上、頼りないところは見せられないから外では気を張って余裕を見せている、ただそれだけのことなのだ。
だからこの手のゲームもあまり自信がない。
付き合いの長い妹達にいつもステージで見せている虚勢など無意味なのだから。
どうしよう、負けて何を命令されるのかが気になってきた。
まだカードを配ってすらいないのに。
「そんなに慎重にならなくても、そんな無茶な命令なんかしないわよ姉さん♪」
メルランがウインクとともにゲーム開始を急かしてくる。
ああ、この眩しい笑顔。
自分が負けることなんて全く考えていない。
……こうなったら仕方がない、覚悟を決めよう。
このゲームは単純なババ抜きで運の要素も強い、駆け引き関係なく私が勝てる可能性だって十分にある。
ここで勝って、長女の威厳を見せるのよ、私。
「……そうね、それじゃ夕飯の時間も近いし、さっさと始めましょうか」
私は意を決してカードを混ぜ、時計回りに配り始める。
そしてカードを配り終えると三人同時に配られたカードを確認、同じ数字のペアを場に出していく。
自分の手持ちのカードにジョーカーがないことにとりあえず安心する、でももちろん顔に出してはいけない。
冷静に、淡々と数字がペアのカードを場に出していく。
そして手元に残ったカードは……八枚、少し多い気もするけど仕方ない。
他の二人はどうかな……
ペアを全て出し終え、場を見やるとリリカとメルランは既にカードを出し終えて待っていた。
「そいじゃこの枚数だと……ルナ姉のを私が引いてメル姉が私のを引いて、だね」
リリカの手元を見るとカードが六枚、私よりも二枚も少ない。
「私が一番少ないみたいねー♪」
そう言うメルランの手札は…五枚、こちらはリリカよりさらに少ない。
このゲームは手札が多い人から順にカードを引かれる。
それぞれの手札は私が八枚、リリカが六枚、メルランが五枚。
よってカードを引く順番はリリカが私のカードを引き、次にメルランがリリカのカードを引き、
最後に私がメルランのカードを引く、以降これを繰り返すことになる。
手札が一番多いのは不安だけど気にしていても仕方がない、
最悪ジョーカーを引いてしまっても全員のカードが減ってくるまでは引いてから再度移動する可能性も十分にある。
とにかく冷静に、落ち着いてプレーすればきっと大丈夫。
勝ってもせいぜい次のご飯の支度を代わってもらうぐらいの命令しかする気はないけど、
ここでかっこよく勝って長女の威厳というものを見せつけるのよ、私。
「そいじゃ、始めよっか!」
楽しそうに持っているカードを束ねたり広げたりしながらこちらを見ているリリカ。
「勝ったら何を命令しようかしらー♪」
一方メルランもこっちを見ながら能力でカードを浮かべて…って、ねえ二人とも私だけを見るのはおかしくないかしら?
いや、いい、気にしていてもしょうがない。
勝つ、勝てばいいのよ。
「じゃあ…スタート」
私がゲーム開始の宣言をするとリリカが特に迷った様子もなく私の手札からカードを1枚抜く。
そして抜いたカードと手札の別のカードがペアで場に置かれる。
「お、ラッキー」
ご機嫌でカードを場に出したリリカ。
どっちがジョーカーを持っているかはまだ分からないけど、最悪引いてしまったときに悟らせないようにしないと…。
「じゃあ次は私ね~」
続いてメルランがリリカからカードを引く、こちらも迷いはない。
「ふふーん♪」
リリカと同様に二枚のカードが場に置かれる、メルランも当たりのカードを引き当てた。
次は私の番、向かって一番右のカードを引く。
ペアが出来ていたことに思わず安心するも表情はいつものままを心掛け出来たペアを場に出す。
一巡目が終って手札の枚数は私が六枚、リリカが四枚、メルランが三枚。
まだ一巡目、カードが減れば減るほどペアはできにくくなるし焦る必要はない。
頭では分かっているのについこのまま差が縮まらなかったらということを考えてしまう。
そうして繰り返しカードを引くこと七巡目。
リリカが私からカードを引く。
ペアは出来なかったようで引いたカードを手札に加えて混ぜ、メルランに手札を向ける。
「ありゃまただ、全然合わなくなったなあ」
そしてそのリリカからカードを引いたメルランも同じだった。
「気付けばみんな一緒ぐらいの枚数ね~」
引いたカードをそのまま手札に加えて混ぜ、私に差し出してくる。
「……どこかでカードが詰まってるのかしらね」
私もまたペアを作れず、引いたカードを念入りに混ぜた。
七巡目を終えて現在の手札は私が四枚、リリカが二枚、メルランが三枚。
ここまでで私は一度もジョーカーを引いていない。
というよりそもそも、ジョーカーが移動している気配が全くない。
既にゲームは終盤、ここに来てジョーカーを引いてしまうと命取りなのは間違いないし
今ジョーカーを持っている人は一刻も早く渡したいはず。
でも私が見る限り、リリカもメルランも焦った様子は全くない。
今のうちに上がりたいけど、と思っていると。
「やったー!」
リリカは私から引いたカードと自分のカードを場に置く。
これで手札は一枚、ということは。
「はいメル姉、どうぞー♪」
上機嫌でメルランに最後のカードを渡すと心底楽しそうな笑顔をこちらに向けてくる。
私は何度この子の笑顔に騙されて貧乏くじを引かされたか、もはや数えきれない。
「むー、リリカに先を越されちゃった……」
メルランは残念そうに頬をぷうと膨らませるとカードを受け取る。
この時点で手札はメルランが四枚、私は三枚。
そしてジョーカーはメルランが持っている、私はなんとしてもこれを避けて先に上がらないといけない。
「えへへ、何を命令しよっかなー♪」
横目でリリカを見れば楽しそうにいつものキーボードを浮かべてくるくると回している。
怖い、お姉ちゃん怖い。
そもそも勝者が敗者に命令出来るってルールはこの恐ろしい三女が持ち込んだもの、何も企んでいない方がおかしい。
なんとしても次に上がらないといけない。
そしてメルランの性格を私は知ってる、この子はきっとこういうゲームでは駆け引きなんかより直感を信じるタイプ。
だから揺さぶりをかけても意味はない、私が隙を見せないようにするのが最優先。
「ジョーカーはメルランが持ってたのね」
「そうそう、姉さん全然引いてくれないんだもん」
どうやらメルランはかなり長い間ジョーカーを手札に持っていたらしい、
それならここまでずっとそれを避け続けた私には運が向いているかもしれない。
行ける、勝てるはず。
私はメルランの手札から一番左のカードを取る。
ジョーカーじゃないことに安堵しつつ出来たペアを場に出す、この時点で私の手札が二枚、メルランが三枚。
「じゃあ次私ねー」
そしてメルランも私からカードを取り出来たペアを場に出した。
これで私のカードが残り一枚、メルランは二枚。
次にジョーカーじゃない方を引けば勝てる。
前を見やると相変わらず楽しそうな表情に手元のカードは小刻みにひょこひょこと動いていた。
私はさっきと同じように左のカードに手をかける。
私の手がカードに触れるがメルランの表情に変化はない。
引いたカードは…私が求めるカードじゃない、鎌を持った不気味な道化師が描かれたカード、ジョーカー。
一転して追い込まれた、でもこのくらいは想定の範囲内。
「……引いちゃったわね」
「えへへ、姉さんやっと引いてくれたわー♪」
よっぽど嬉しいのかメルランは能力で浮かばせた自身の楽器から「ぱぷー♪」と楽しげな音を出す。
私は負けじと指をパチンと鳴らし、愛用のヴァイオリンを具現化させると能力で操った弦で音を鳴らす。
…うん、大丈夫。
「じゃ、どうぞ」
念入りに混ぜた二枚のカードを差し出す。
ジョーカーは私から見て右にある、これをメルランが引いてくれれば…
「それじゃこれで上がりねー♪」
自信満々のメルランの手は私から見て右のカードに伸びる、一瞬安堵したけどもちろん表情は変えない。
そのままその目を真っすぐに見つめ返す。
駆け引きは苦手でも見せかけのポーカーフェイスだけは得意なんだから。
そうして次の自分の番のことを考えていると。
「やったーあがりー!」
メルランは揃えた二枚のペアを私に見せつけながら場に置いた。
寸前で引くカードを変えられた、でもあの子の性格ならわざわざフェイントを入れるようなことはしないはず。
表情か仕草か、分からないけどなにかを悟られたということ、これじゃ姉の威厳もなにもあったものじゃない。
手元に残ったジョーカーのカードを場に置きながら聞いてみる。
「……気付いて変えたの?」
「うん」
容赦ない次女の即答を聞いた途端、私の長女としてのプライドにヒビが入る音がした。
うう、ずる賢いところがあるリリカならまだしもメルランにまで簡単に見破られるなんて……。
ショックを受ける私に構わずメルランは言葉を続ける。
「だって姉さんの楽器、ホントにちょっとだったけどいつもより楽しそうだったもん」
「……楽器が? 楽しそう?」
思わず聞き返す。
「なんかね、いつもよりふわふわがたくさんって感じだった!」
身振り手振りでたくさん、の表現をしながらメルランは元気に答える。
うんごめん、聞いても分からないわ。
私のヴァイオリンが普段より楽しそうに浮かんでいるように見えた、らしい。
理由を聞いてもピンとこなかった、けど。
「ふふん、私にかかれば楽器から姉さんの気持ちを読み取れるんだから!」
「メル姉の言うことは相変わらずわかんないけど、ルナ姉が一番真剣にやってたし実は結構楽しんでたんじゃない?」
「あー、リリカひっどーい、本当なのにー!」
……確かに罰ゲームがかかっていたから、というのはあったけど気付けば本気になっていたし楽しかった、というのはその通りだなと思う。
思えば姉妹でこんな風に遊んだのも随分久しぶりな気がする。
「まあ……楽しかったわね」
そんな私の気持ちは自然と口に出ていた。
「あ、姉さん笑った!」
嬉しそうなメルランと悪戯っぽく笑うリリカに見つめられ急に恥ずかしくなってきた。
「姉さんは笑ったらすごく可愛いんだからもっと普段から笑えばいいのに、スマイルは人を幸せにするのよ!」
「ルナ姉の笑顔はレアだからねー」
盛り上がる二人をよそに時計をみやると時刻はもう夕食の時間、結局二人に付き合ってしまったけど。
いつまでもこんな生活が続いたらいいな、可愛い妹達と一緒に音楽を奏でて、他愛のないことで盛り上がって、これからもずっと……
……なんだか明日はいい音を出せる気がする。
翌朝。
……前言撤回、やっぱりこの妹はとんでもない悪女だ。
「ねえリリカ、お菓子ならいくらでも買ってきてあげるからこの命令は勘弁してくれないかしら?」
「だーめ、これでライブに出ろって言ってるんじゃないんだからいいでしょ」
「メイド服の姉さんかわいいー!」
三女の悪魔のような命令によって今日一日をメイド服で過ごさなくてはならなくなってしまいました、一応長女のルナサ・プリズムリバーです。
姉のメイド服姿なんて見て楽しいのかとか、そもそもこんな服をどこで手に入れたのかとか、ツッコミどころは山ほどあるけど。
「じゃあ今度もう一回やろうよ、それでルナ姉が勝って命令したらいいじゃん」
「それ賛成、今度は私が勝つわー♪」
どうしてこの二人は自分が負けることを微塵も考えていないのだろうか。
もう一度勝負すれば次は大丈夫、なんて私はそんなに物事を楽観的に考えられる質じゃない。
「着るから、もう勘弁して頂戴……」
それから数ヶ月後、幽霊楽団の長女がメイド服姿で恥ずかしそうに
人里で買い物をする姿を見たという声があったらしいが真実かどうかは定かではない。
弱みを見せることは合っても頑張り屋で優しいお姉ちゃんだったルナサだけど
今作では実妹たちの前ではダダ甘で流されやすい別の一面が見れてどちらも大変可愛かったです。
妹に対抗して楽器を出してそれが敗因で負けるお姉ちゃん……
姉妹が終始仲良く遊んでる様が微笑ましい。
このあともきっと妹たちにせがまれたらゲームを断れず、かといって勝てずに罰ゲームを受け続けるであろうルナサを想像すると
……姉妹仲がいいってスバラシイデスネー
今回も感想を下さって、ありがとうございます!
妹達に振り回されながらも内心ではそれを楽しんでいるルナサと
そんな長女が好きなリリカとメルランを書いたつもりだったので
そう言って頂けるとととても嬉しいです!
プリズムリバー三姉妹は好きだから、これを見つけることができてよかった。