「風見幽香、今日こそ私たちの軍門に下りなさい」
人、それを自殺行為と言う。神様だって変わりはしない。
しかし覆水盆に返らず、吐いた言葉はもう戻らない。秋静葉の放った一言は、確かに風見幽香に届いてしまった。
「何、新しいダジャレか何か?」
しかし、幽香は静葉の言ったことを本気にしていなかった。それもそうだろう、あまりに唐突だったのだ。
助かった、と静葉に無理やり連れてこられた穣子は安堵した。今ならまだ間に合う。すいません冗談でしたということにして、尻尾を巻いて逃げるのだ。
「んもーうお姉ちゃんったら冗談上手いんだからー、ほら変なこと言ってないで早く帰ってお米炊いてお風呂沸かそうよー」
「常々思っていたのよ。私たち秋姉妹は、秋三姉妹であるべきではないのかと」
「お姉ちゃんったら本当に冗談ばっかり、愉快なお姉ちゃんなんだからもうー」
「豊穣の穣子、紅葉の私、秋静葉――ならば当然、開花を司る末っ子がいて然るべきなのよ」
「お姉ちゃん、ほんと待ってお姉ちゃん待ってちょっと待って」
「風見幽香――あなたこそ、私たちの妹になるべき存在。今日からあなたは、秋幽香になって生まれ変わるのよ!」
「待てっつってんだろこのダボ姉がぁ――!!」
穣子なりに頑張って、穏便に事を収めようとしたのだ。しかし、そのやり方では生ぬるかった。覚悟ガンギマリの静葉を止めたければ、無理やり全力でぶちのめす他に無かったのだ。
しかしもう遅い。今から静葉を張り倒したところでもう手遅れだろう。だって幽香の顔が。
微笑んでいる――いや、笑顔なのは最初からそうなのだが。さっきまでとは、眼光の鋭さがまるで違う。まるで肉食獣のそれだ。いや、野生の獣の方がまだ可愛げがあるかもしれない。
「あなたたち……秋の神様だったわね。確か、静葉と穣子」
「うわーんちきしょーめ、ちゃんと名前憶えられてたぁー」
「花にとっても縁の深い神様だもの、もちろん覚えていたわ……知ってる? 収穫のお祭りにも毎年顔を出してたのよ。買ったお芋も、全部大事に食べさせてもらっているわ」
「は、はい、こっちも毎年お花をいただいて大変感謝しており――」
もはや穣子に何ができるというのか。思い出話に花を咲かせつつ、幽香はじりじりと間合いを詰めてくる――逃がさない、そう言わんばかりだ。
まともにやり合って勝ち目などない。開戦直後に降参するべきか、それとも隙をついて逃げるべきか――
「なるほど、やはり――風見幽香、いえ、秋幽香! あなたも私たちと家族になりたくて、収穫祭に参加していたのね!」
穣子は絶望した。煮えたぎる溶岩にマッハでダイブしようとする姉に絶望した。
一体どうしたというのか我が姉は。いつもは控えめな性格だというのに。こんな好戦的な姉は、生まれてこの方一度か二度か三度か四度くらいしか見たこと無い気がする。あれ、意外に暴走しがちなのか、我が姉。
「妹、ね。私が、あなたたちの、妹」
「そうよ、秋三姉妹の三女、秋幽香!」
「つまり――あなたは、私を力ずくで屈服しに来た、そういうことでいいのよね?」
「あなたがそれで納得するなら、それも考えなくもないわね!」
絶望の果てで、穣子は思った。もしかして、姉には勝算があるのではないか?
そうだ、こんな果てしなく無謀な真似、いくら残暑に茹だった頭でもできるはずがない――
藁にも縋る思いで、静葉を見ると。
「ねえ、お姉ちゃん」
「大丈夫よ、穣子。二人一緒なら何とかなるわ」
「めっちゃ顔色悪いよお姉ちゃん。唇が紫色になってるよ。サツマイモの皮みたいだよ」
「何より、私たちは姉――妹に負けるはずがないのよ」
「膝ガックガクに震えてるよお姉ちゃん。台風の日のカカシでもそんな震え方しないよ」
「奇跡を……奇跡を信じるのよ!」
「勝算とか無いんだねお姉ちゃん……やるしか、ないんだ……!」
秋の神が一体何の奇跡を信じれば良いのだろう。今から守矢神社に助けを呼びに行けばいいのか。無理だね。だって目の前に風見幽香がいるんだもん。
「久しぶりに見たわ、あなたたちみたいな命知らず――存分に楽しませてもらうから、覚悟なさい!」
「秋の姉妹の底力見せたらぁーー!!」
「私たちだって神様なんだ、やったらぁーー!!」
悲痛な決意を胸に、姉妹は、あまりにも強大な敵に襲い掛かった。
/
結論を言うと、殺されはしなかっただけ御の字ではあるのだろう。
「ふう……戦いには向かない神だと思ってたけど、なかなか……ふふ、楽しませてもらったわ」
「ぐへぇ」
「ぷぎゅー」
穣子と静葉、二人重なって倒れており、その上に幽香が腰かけている。一番下の穣子一人が二人分の体重を受けており、大変理不尽である。
「で、楽しかったから事情くらいは聞いてあげてもいいけど……どうして私を妹にしようと?」
「あー、お姉ちゃん、前から幽香に憧れてるとこあったから」
「あっ、ダメ、穣子ダメよそれは言わないで――」
「あ、お姉さんの方の口ふさいでおくから、続きどうぞ」
きゅっと幽香が人差し指で静葉の首の一点を抑えた。何かコツでもあるのだろうか、たったそれだけで静葉の声が聞こえなくなる。
「ほら、幽香って自由自在に花を咲かせるでしょ? それが羨ましいところがあるみたい。うちのお姉ちゃん、紅葉を塗る時いつも自分の手でやってるから……」
「あれって秋の神様なりのこだわりじゃなかったの? 神様なんだから、頑張ればそのくらい出来るもんだと思ってたけど」
「こだわりで合ってるし、やろうと思えば一気に塗ることも出来るよ。けど、それだと塗り具合に納得いかないんだって。だから、一息にたくさんの、とても美しい花を咲かせる幽香が羨ましかったみたい」
「……! っ…………!」
全部ばらしてしまった穣子に、静葉が抗議の声を上げようとしている――幽香に止められているが。
「光栄って言うのかしらね、これ……でも、それでなんで妹なの?」
「それはわかんない。お姉ちゃんに聞いて」
「そう。はい、じゃあお姉ちゃんの方、喋っていいわよ」
「っぷは、ぜはー、ぜはー……だ、だって……これで私が妹になっちゃったら……私の、終焉が……! 紅葉が、開花に負けたみたいになっちゃうじゃない! そんなの駄目よ、私のために妹がいる、開花は、やがて訪れる終焉のためにあるのよ! そのための妹、そのための秋三姉妹なんだから!」
それはきっと、照れ隠しも含んだものだったのだろう。秋の神が、幽香という強大な妖怪に憧れていると知られるのが恥ずかしい――そういう想いがあったのだろうと、推測はできる。
しかしわかってはいても、その言葉はやはり、あんまりだった。
「よし」
「よし」
静葉の言葉を聞いて、穣子と幽香の心が一つになった。
二人同時に立ち上がる。間に挟まれていた静葉は、もんどりうって転がってしまう。
「え、あれ、ど、どうしたの二人とも?」
「決めたわ。今この時、私は秋幽香よ」
「え……じゃあ、つまり、私の妹に――」
「ただし、秋三姉妹の長女ね」
「え」
「そして私は秋穣子、秋三姉妹の次女よ――巻き込まれた幽香に免じて、今日は次女に甘んじてあげるわ」
「え、え?」
尻餅をついたままの静葉の前に、幽香と穣子が並び立つ。まるで本当に、仲の良い姉妹のようだった。
「わからないかしら――開花が終焉に従属するとか、そういうふざけたことを言っちゃう子は、姉にお仕置きされる運命ってことよ」
「ちょ、ちょっと待って幽香、私、さっきあなたにボッコボコにされてグロッキーで」
「姉妹の順列で物事を決めようとする不届きなお姉ちゃんには、ちょっと痛い目に遭ってもらおうかな……!」
「馬鹿な、さっきまで私と一緒にくたばってた穣子がさらなる底力を……!? う、嘘よね、穣子ちゃんは良い子だからお姉ちゃんをいたぶるなんてそんなことするはず――」
「お姉ちゃん。こういう時、何て言うか、知ってる?」
穣子は笑った。自分は怒りで笑える神様なんだと、この時初めて知った。
「年貢の納め時、って言うんだよ――反省、しなさい!」
/
「お姉ちゃんもちょっとは懲りたと思うから、許してくれる? それと、あなたに憧れてたのは本当だと思うから――素直じゃない姉だけど、これからは、仲良くしてくれると有難いかな」
「まあ、幻想郷で変人に会うのは今に始まったことじゃなかったわね……変な神様たち、お茶くらいならいつでも付き合ってあげるから、また遊びにいらっしゃいな」
神様二人と大妖怪がお友達になりました。めでたしめでたし。
人、それを自殺行為と言う。神様だって変わりはしない。
しかし覆水盆に返らず、吐いた言葉はもう戻らない。秋静葉の放った一言は、確かに風見幽香に届いてしまった。
「何、新しいダジャレか何か?」
しかし、幽香は静葉の言ったことを本気にしていなかった。それもそうだろう、あまりに唐突だったのだ。
助かった、と静葉に無理やり連れてこられた穣子は安堵した。今ならまだ間に合う。すいません冗談でしたということにして、尻尾を巻いて逃げるのだ。
「んもーうお姉ちゃんったら冗談上手いんだからー、ほら変なこと言ってないで早く帰ってお米炊いてお風呂沸かそうよー」
「常々思っていたのよ。私たち秋姉妹は、秋三姉妹であるべきではないのかと」
「お姉ちゃんったら本当に冗談ばっかり、愉快なお姉ちゃんなんだからもうー」
「豊穣の穣子、紅葉の私、秋静葉――ならば当然、開花を司る末っ子がいて然るべきなのよ」
「お姉ちゃん、ほんと待ってお姉ちゃん待ってちょっと待って」
「風見幽香――あなたこそ、私たちの妹になるべき存在。今日からあなたは、秋幽香になって生まれ変わるのよ!」
「待てっつってんだろこのダボ姉がぁ――!!」
穣子なりに頑張って、穏便に事を収めようとしたのだ。しかし、そのやり方では生ぬるかった。覚悟ガンギマリの静葉を止めたければ、無理やり全力でぶちのめす他に無かったのだ。
しかしもう遅い。今から静葉を張り倒したところでもう手遅れだろう。だって幽香の顔が。
微笑んでいる――いや、笑顔なのは最初からそうなのだが。さっきまでとは、眼光の鋭さがまるで違う。まるで肉食獣のそれだ。いや、野生の獣の方がまだ可愛げがあるかもしれない。
「あなたたち……秋の神様だったわね。確か、静葉と穣子」
「うわーんちきしょーめ、ちゃんと名前憶えられてたぁー」
「花にとっても縁の深い神様だもの、もちろん覚えていたわ……知ってる? 収穫のお祭りにも毎年顔を出してたのよ。買ったお芋も、全部大事に食べさせてもらっているわ」
「は、はい、こっちも毎年お花をいただいて大変感謝しており――」
もはや穣子に何ができるというのか。思い出話に花を咲かせつつ、幽香はじりじりと間合いを詰めてくる――逃がさない、そう言わんばかりだ。
まともにやり合って勝ち目などない。開戦直後に降参するべきか、それとも隙をついて逃げるべきか――
「なるほど、やはり――風見幽香、いえ、秋幽香! あなたも私たちと家族になりたくて、収穫祭に参加していたのね!」
穣子は絶望した。煮えたぎる溶岩にマッハでダイブしようとする姉に絶望した。
一体どうしたというのか我が姉は。いつもは控えめな性格だというのに。こんな好戦的な姉は、生まれてこの方一度か二度か三度か四度くらいしか見たこと無い気がする。あれ、意外に暴走しがちなのか、我が姉。
「妹、ね。私が、あなたたちの、妹」
「そうよ、秋三姉妹の三女、秋幽香!」
「つまり――あなたは、私を力ずくで屈服しに来た、そういうことでいいのよね?」
「あなたがそれで納得するなら、それも考えなくもないわね!」
絶望の果てで、穣子は思った。もしかして、姉には勝算があるのではないか?
そうだ、こんな果てしなく無謀な真似、いくら残暑に茹だった頭でもできるはずがない――
藁にも縋る思いで、静葉を見ると。
「ねえ、お姉ちゃん」
「大丈夫よ、穣子。二人一緒なら何とかなるわ」
「めっちゃ顔色悪いよお姉ちゃん。唇が紫色になってるよ。サツマイモの皮みたいだよ」
「何より、私たちは姉――妹に負けるはずがないのよ」
「膝ガックガクに震えてるよお姉ちゃん。台風の日のカカシでもそんな震え方しないよ」
「奇跡を……奇跡を信じるのよ!」
「勝算とか無いんだねお姉ちゃん……やるしか、ないんだ……!」
秋の神が一体何の奇跡を信じれば良いのだろう。今から守矢神社に助けを呼びに行けばいいのか。無理だね。だって目の前に風見幽香がいるんだもん。
「久しぶりに見たわ、あなたたちみたいな命知らず――存分に楽しませてもらうから、覚悟なさい!」
「秋の姉妹の底力見せたらぁーー!!」
「私たちだって神様なんだ、やったらぁーー!!」
悲痛な決意を胸に、姉妹は、あまりにも強大な敵に襲い掛かった。
/
結論を言うと、殺されはしなかっただけ御の字ではあるのだろう。
「ふう……戦いには向かない神だと思ってたけど、なかなか……ふふ、楽しませてもらったわ」
「ぐへぇ」
「ぷぎゅー」
穣子と静葉、二人重なって倒れており、その上に幽香が腰かけている。一番下の穣子一人が二人分の体重を受けており、大変理不尽である。
「で、楽しかったから事情くらいは聞いてあげてもいいけど……どうして私を妹にしようと?」
「あー、お姉ちゃん、前から幽香に憧れてるとこあったから」
「あっ、ダメ、穣子ダメよそれは言わないで――」
「あ、お姉さんの方の口ふさいでおくから、続きどうぞ」
きゅっと幽香が人差し指で静葉の首の一点を抑えた。何かコツでもあるのだろうか、たったそれだけで静葉の声が聞こえなくなる。
「ほら、幽香って自由自在に花を咲かせるでしょ? それが羨ましいところがあるみたい。うちのお姉ちゃん、紅葉を塗る時いつも自分の手でやってるから……」
「あれって秋の神様なりのこだわりじゃなかったの? 神様なんだから、頑張ればそのくらい出来るもんだと思ってたけど」
「こだわりで合ってるし、やろうと思えば一気に塗ることも出来るよ。けど、それだと塗り具合に納得いかないんだって。だから、一息にたくさんの、とても美しい花を咲かせる幽香が羨ましかったみたい」
「……! っ…………!」
全部ばらしてしまった穣子に、静葉が抗議の声を上げようとしている――幽香に止められているが。
「光栄って言うのかしらね、これ……でも、それでなんで妹なの?」
「それはわかんない。お姉ちゃんに聞いて」
「そう。はい、じゃあお姉ちゃんの方、喋っていいわよ」
「っぷは、ぜはー、ぜはー……だ、だって……これで私が妹になっちゃったら……私の、終焉が……! 紅葉が、開花に負けたみたいになっちゃうじゃない! そんなの駄目よ、私のために妹がいる、開花は、やがて訪れる終焉のためにあるのよ! そのための妹、そのための秋三姉妹なんだから!」
それはきっと、照れ隠しも含んだものだったのだろう。秋の神が、幽香という強大な妖怪に憧れていると知られるのが恥ずかしい――そういう想いがあったのだろうと、推測はできる。
しかしわかってはいても、その言葉はやはり、あんまりだった。
「よし」
「よし」
静葉の言葉を聞いて、穣子と幽香の心が一つになった。
二人同時に立ち上がる。間に挟まれていた静葉は、もんどりうって転がってしまう。
「え、あれ、ど、どうしたの二人とも?」
「決めたわ。今この時、私は秋幽香よ」
「え……じゃあ、つまり、私の妹に――」
「ただし、秋三姉妹の長女ね」
「え」
「そして私は秋穣子、秋三姉妹の次女よ――巻き込まれた幽香に免じて、今日は次女に甘んじてあげるわ」
「え、え?」
尻餅をついたままの静葉の前に、幽香と穣子が並び立つ。まるで本当に、仲の良い姉妹のようだった。
「わからないかしら――開花が終焉に従属するとか、そういうふざけたことを言っちゃう子は、姉にお仕置きされる運命ってことよ」
「ちょ、ちょっと待って幽香、私、さっきあなたにボッコボコにされてグロッキーで」
「姉妹の順列で物事を決めようとする不届きなお姉ちゃんには、ちょっと痛い目に遭ってもらおうかな……!」
「馬鹿な、さっきまで私と一緒にくたばってた穣子がさらなる底力を……!? う、嘘よね、穣子ちゃんは良い子だからお姉ちゃんをいたぶるなんてそんなことするはず――」
「お姉ちゃん。こういう時、何て言うか、知ってる?」
穣子は笑った。自分は怒りで笑える神様なんだと、この時初めて知った。
「年貢の納め時、って言うんだよ――反省、しなさい!」
/
「お姉ちゃんもちょっとは懲りたと思うから、許してくれる? それと、あなたに憧れてたのは本当だと思うから――素直じゃない姉だけど、これからは、仲良くしてくれると有難いかな」
「まあ、幻想郷で変人に会うのは今に始まったことじゃなかったわね……変な神様たち、お茶くらいならいつでも付き合ってあげるから、また遊びにいらっしゃいな」
神様二人と大妖怪がお友達になりました。めでたしめでたし。
素晴らしい速度観かと思います。好きです。良かったです。
これが90分はすごい。お見事でした。