Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

メトロポリスの血の子午線 1

2019/11/16 22:48:49
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Blood Meridian of Metropolis 1


   #01 鳥頭でも消せない記憶

 畜生界の視察に訪れた同僚が蜂の巣にされたことがある。車の後部座席に座って移動しているときに撃たれたのだ。高架下を抜けようとしたときに一台のバンが横づけしてきて後ろのドアがオペラ・ホールの緞帳か何かのようにゆっくりと開いた。外の景色を観ていた彼女は黒光りする銃口が見えた刹那に身を伏せたが放たれた強装弾は車のドアを易々と貫通して彼女の翼をボロ雑巾に変えてしまった。

 敵対組織の幹部と見間違われたんだよ。
 見舞いに訪れた私を出迎えた彼女はそう云った。
 できる限り顔を見られたくなかったからね。それでスモークを貼った車を手配したのが仇になったんだな。お前も向こうに行くときは気をつけろよ庭渡。
 死んでも行きたくないので心配いりませんよ。
 私だって行きたくなかったさ。だがお上の命令とあれば仕方あるまい。

 彼女は魔法瓶に入った熱いほうじ茶をひと口飲んだ。それから手を伸ばしていまだ再生しきっていない翼の先を指でつまむような仕草をした。痛むのですか、と私が訊ねると彼女はゆっくりと首を振った。
 ……撃たれた瞬間、と彼女は云った。乗ってた車が派手にスピンしてコンクリート柱に突っこんだんだ。運転手のニホンオオカミはすでに頭に一発入れられて消滅していた。奴らは肉体を持ってないから霊式の銃に極めて弱いんだな。
 …………。
 彼らは急がなかった。バンから降りてこれ見よがしに弾倉を交換しながら歩いてきたよ。窓枠に銃口を突っこんで頭に何発か撃ちこんできた。それでも私が消滅しないもんだからそこでようやくおかしいと思ったってわけさ。
 ほんと酷い目に遭ったよ、と彼女は結んだ。

   ◇

 後日になって下手人のボスが直庁まで釈明にやってきた。名目は釈明だったが彼女の不遜でどこか楽しげな表情はただの観光客のようだった。私は廊下ですれ違っただけだ。でもそいつが後ろ手を組んで鼻唄ひとつ歌いながら歩いているようすは今でも目蓋の裏に思い描くことができる。びっしりと鱗に覆われた尻尾を左右に揺らしていてピクニック気分もかくやといったところだ。そいつは私を一瞥することさえせずに悠々と歩き去ってしまった。

 畜生には心なんて存在しない、と誰かが云った。
 そしてそれは事実なのかもしれなかった。

 その日の仕事終わりに行きつけのカフェテリアへ赴いた。そしてエスプレッソの珈琲を注文した。店主がカウンターに身を乗り出して珍しいねぇ久侘歌ちゃんが甘いの頼まないなんて、と云った。私は黙って首を振った。そして時間をかけて苦い珈琲を飲みほした。私だって苦いのは好きじゃなかった。でもその日はどうしても濃いやつが飲みたかったのだ。

   ◇

 撃たれた同僚はその後、現場復帰を果たすのに一年の月日を費やすことになった。

 私はあんなところになんか死んだって往くもんかと思っていた。
 まさか生きているうちに赴任することになるなんて思いもしなかった。


   #02 吉弔八千慧のそれはもう為になる講釈

 ビルディングの地下室へ通じる階段を吉弔八千慧は降りていた。電球色の蛍光灯がぱちぱちと明滅しながら踊り場に黄ばんだ光を投げかけており八千慧の横顔も暗がりに浮かんでは沈むことを繰り返していた。
 吉弔の後には側近のカワウソ霊が続く。彼女はダブルバレルのショットガンと弾薬シェル、それにシェルに詰めこむための鉛弾が入った紙箱や火薬袋、リロード用の工具一式が収納された頑丈な箱を持っていた。散弾銃は先端と銃床を糸ノコで切り落としたもので切断面に真新しい布が巻いてある。電灯に照らされた紙箱には00Bという文字が踊っている。

 こちらです、吉弔様。
 地下の一室のドア前で待機していたコモドオオトカゲ霊が舌をちろちろと出しながら案内してくれた。八千慧は指先で彼のあごを軽くなでて労ってやった。オオトカゲは目を細めて何度かうなずくような仕草をしたがそれは彼なりの満足の表現だった。

 調子に乗るんじゃないぞトカゲ野郎。
 カワウソ霊が短い手足を懸命にぶんぶん振って釘を刺す。
 うるせぇ。と、トカゲ霊。てめえは水底に引っこんでろ。
 んだとコラ。
 やんのか。
 上等だ。
 おもて出ろや。
 ――そこまでにしなさい。
 八千慧の一喝で彼女たちは互いの襟首から慌てて手を放した。

   ◇

 そう警戒しなくてもよいではないですか。
 八千慧はお腹のところで腕を組みながらそう云った。言葉遣いこそ親切だったが湿った粘土をコンクリートの壁に投げつけたかのように扁平な声音だった。
 ちょっとあなたから二、三ほどお話を伺いたいだけです。

 部屋には一脚の椅子と長机があり光源は古い豆電球がひとつきりだった。中央に置かれた木椅子にはエボシカメレオン霊が縛りつけられており飛び出した目玉をぎょろぎょろと動かしていた。八千慧の質問に彼は唇を震わせて空気がシュッと抜けていくような声を出した。

 カメレオン霊は答えた。お、――おれはたまたまあそこで飲んでいただけだ。調べてもらえれば分かる。
 ええ調べました。――調べた結果、あなたのコートからテロに使われたのと同じ爆薬の成分が検出されました。
 でたらめを云うな。――いや云わんでくださいよ。確かにそっちの店に俺がいたのは不自然だったかもしれませんがちょっとした理由があるんです。
 お聞かせいただきましょう。

 カメレオンが必死に云い訳やら目玉やらをぎょろぎょろさせているあいだにカワウソ霊は持ってきた道具類を長机に置いて準備を始めた。
 まず空のショットガン・シェルに木栓を押しこむと底に空いている穴に小さな金属片をあてがった。そして木栓の上から布を巻いたハンマーで叩いてやると金属片はぴたりと穴に収まる。その金属片はちょうどチョコチップのような大きさをしていたがそれは火薬に点火するための雷管だった。それから木栓を外して小さな柄杓で火薬を適量すくい取りシェルのなかに注ぐとプラスチック製の内蓋を入れた。まるで何千回と繰り返してきたかのように手慣れた動作だったが実際そうだった。彼女はその作業をもう一度繰り返して合計二発のシェルに火薬を詰め終えると八千慧に視線を送って合図した。

 八千慧はうなずいてから手を挙げてカメレオンの陳述を止めさせた。
 お話は充分に分かりましたよ。
 分かってくださいましたか。
 ええ。何も分からないということが分かりました。
 八千慧は笑顔だった。
 ……つ、つまりですねェ。
 いえもう結構。次は私に話をさせてください。ちょっとした思い出話です。どうぞ楽にしてくださいな。
 そんなら縄を解いてくれませんかね?

 八千慧は無視してカワウソ霊からシェルを受け取った。それから00Bと書かれた紙箱からパチンコ玉くらいのサイズの鉛弾を九つ取り出すと手のひらに転がしてみせた。
 これが何だか分かりますね。
 分かりすぎるくらい分かりますよ。
 八千慧はうなずくとゆったりとした動作でシェルのなかに鉛玉を一発ずつ入れ始めた。まるで熟練のパン職人が最愛の娘のためによく熱したかまどに生地を入れていくかのように愛おしげな動作だった。

 ずっと以前に、――ああまだ私が生きていたころの話なのですが。八千慧は語った。これで撃たれた鹿を目撃したことがあるのですよ。まだ生きていました。必死に逃げてきたところで力尽きてどうっと横倒しになっていたんですね。四本の脚で宙をかいていて喉の奥から聞いたこともないような声を絞り出していました。直庁のお偉いさんたちは“畜生には心がない”などとうそぶきますがそれはたぶんあの鳴き声を聞いたことがないからなんでしょう。

 カメレオンは口を半開きにして八千慧の話を聞いていた。ぎょろっとしたその眼はシェルに込められていくダブル・オー・バック弾にじっと注がれていた。ちょうど高価な真珠の大粒でも観察しているかのように真剣な凝視だったがその“真珠”が彼にとって何かしらの利益をもたらすはずもなかった。

 ――それでですね。と、八千慧。茂みをかき分ける音がして私は慌てて隠れました。現れたのは鹿を撃った猟師さんでした。水平二連の散弾銃を手に持っていて、――ええ、そう、銃身の切り落としはしていませんがちょうどこれと同じ銃です、――片方の銃口からはまだ煙が上がっていました。彼は自分が仕留めた鹿がもがくようすをじっと見ていました。私もそばの茂みから観ていました。聴こえる音といったら鹿の哀しげなうめき声くらいなものです。私はそれを聴きながら身をよじりました。身体の奥に熱を感じていたわけですね。

 八千慧はそこまで話してから天井を仰いでほうっと息を継いだ。頬が紅潮していた。カメレオン霊が唾をごくりと飲みくだす音がした。

 ひとつ目のシェルに弾丸を詰め終えた八千慧はそれをカワウソ霊に手渡した。彼女は無言で受け取ると星形の切れこみがついた金属製の筒をシェルの口にはめこんで上から再びハンマーで何度か叩いた。筒を外すとシェルの口は星形にきれいに折りたたまれて蓋をされていた。それがつまりは弾薬の完成だった。カワウソ霊は出来映えを確かめると中折れ式ショットガンの右側のバレルに装填してから八千慧に差しだした。

 その猟師さんは――。八千慧は散弾銃のバレルを指先でなぞりながら云った。獲物をきれいに仕留めることに無頓着だったのかその辺は分かりませんが、ナイフではなく銃をもう一発ぶちかまして鹿にとどめを刺しました。首元を狙ってズドンと。その衝撃で片方の目玉がきれいに飛び出しました。まるでずっと以前から窮屈で仕方がなかったみたいに勢いよく弾け飛んで隠れていた私の足下に落っこちました。私はそれを手にして死骸になった鹿と交互に見比べました。すでにおびただしいほどの血だまりができていました。猟師さんはその場で血抜きと解体の作業を始めましたが私は鹿の目玉を噛みつぶしてじっくり味わいながら作業の見物を続けました。生き物だったものがただの肉塊に変わっていくようすを飽きることなくずっと眺めていたというわけです。はぎ取り用のナイフは薄布を裂くように鹿の毛皮に線を引いていきました。晩秋の朝で冷えこんでいたものですから取り出された内臓からは湯気が上がっていました。それを見たとたんに得たいの知れない熱に全身が打ち震えました。……思えばあの経験のせいで私の性癖は幾分歪んでしまったのかもしれません。

 八千慧が語り終えると沈黙が部屋を支配した。彼女は急がなかった。ショットガンを花束でも抱えるみたいに持ちながら返事を待っていた。再びごくりと唾を飲みこんでからエボシカメレオン霊は問いかけた。
 それで、…………今のお話のキモっていうか、着地点はいったい何なんですか?
 そうですね。三つのことが分かると思いますよ。
 はあ。
 まずひとつに。あの鹿を殺した銃口は間もなく私にも向けられたということ。鹿の血肉が猟師さんの暮らしの糧になったのと同じように、私の死体は人間たちを病(やまい)から救うご立派な漢方薬になったはずです。
 …………。
 そして二つ目に、次に銃口が向けられるのはあなただということ。
 カメレオン霊が眼を見開いた。その時にはすでに彼の“エボシ”は粉々に吹き飛ばされていた。絶叫が部屋を揺るがした。彼は椅子ごと床に倒れこんで悲鳴を上げながら失った鶏冠(とさか)の残骸の上を転げ回った。床には霊体の白濁色の成分が噴水のようにぶちまけられる。

 最後に三つ目ですが。八千慧は笑みを深めながら云った。それはもはや微笑みではなかった。――私は誰かが私の前で這いつくばっているさまを見るのがたまらなく“だぁい好き”ということです。

 シェルの二発目にダブル・オー・バック弾を込め始めた八千慧を見てカメレオン霊は洗いざらい白状した。カワウソ霊が一言一句聞き逃さずにクリップボードに挟んだ紙にメモしていった。彼はテロの犯行を自供したのみならず組織のアジトの所在地まで吐いてくれた。
 八千慧は二発目のシェルを装填するとカメレオン霊の末期の命乞いをうなずきながら聴いていた。全部しゃべったんだから命だけは、と彼は繰り返した。八千慧が目配せをするとカワウソ霊が彼の口に猿ぐつわをして黙らせた。

 あなたはこんなの理不尽だと思うかもしれませんが――。八千慧は云った。しかし命の終わりには本来理屈も何もありません。あの鹿が道を違えずに猟師さんの目の前に横っ腹をさらしてしまったのも何かの宿命なのでしょう。それと同じように私も自分の意思で選んだつもりの行動の連続の果てにこんな世界に放り込まれる羽目になりました。私たちの最期の瞬間までの道のりは一本の線で定められていて清算は一分のムラもなく厳格に実行されるものです。あとに残された死体はただの資源です。私たち動物霊は云ってみれば全員が資源の残り滓のようなものです。これから私はあなたの脳みそを吹き飛ばさないといけないわけですがそう考えてみるとお互い少しは気持ちが楽になるかもしれません。惜しむほど価値のある存在じゃありませんよ。あなたも。私もね。
 それから八千慧は引き金を引いた。


~ つづく ~
 ここまでお読みくださり感謝いたします。本当にありがとうございました。
 本作は3日~4日ごとの連載形式で進めさせていただきます。しばらくお付き合いいただけると幸いです。

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 以下、コメント返信になります。長文を失礼します。

>>1
 お読みくださりありがとうございます。今回は長丁場になりますがお付き合いくださると幸いです。

>>2
 ご読了に感謝いたします。吉弔組長は私も好きなキャラクターです。
 背景設定から想像してしまう彼女の過去の物語が彼女に立体感を与えていて、不思議と筆が進んでしまいますね!

>>3
 どうもありがとうございます。
 今回はタイトル通りややブラックな感じになりますが、実はこうしたお話は以前からずっと書いてみたかったので好い機会ですね!

>>4
 コメントを残してくださり嬉しいです。ご期待に応えられるように頑張りますね!

>>5
 お読みくださりありがとうございます。
 乾燥した文体や雰囲気は今作のような内容では特に意識したい点ですね。
 これからもお付き合いくださると幸いです。
Cabernet
http://twitter.com/cabernet5080
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.i0-0i削除
八千慧の語りがすごくよかったです。続きが楽しみです。
3.名前が無い程度の能力削除
なかなかにダークな滑り出し。次回も楽しみにしています。
4.名前が無い程度の能力削除
続きを楽しみにしております
5.名前が無い程度の能力削除
乾いた空気に痺れます。これからが楽しみです