紅魔館の主、レミリア・スカーレットの機嫌が悪かった。
原因はレミリア自慢のメイド長、十六夜咲夜にあった。
いつも通りに優雅な立振舞いをする咲夜であったが、ここ数日、その笑顔にまるで華やかさを感じることができないからであった。
咲夜はもともとどんな感情を持とうとも、表に出さずに内に秘めて笑顔を作ってしまう癖があった。
しかし、紅霧異変後からは少しずつ感情を表に出すようになり、今ではその笑顔は人、妖怪問わず魅了することができるとレミリアは思っている……思っていた。
だが、ここ数日の咲夜は以前の様な作られた笑顔を浮かべるようになっていたからだ。
他の誰も気付くことはないであろうが、咲夜を娘同然に思っているレミリアはその違いに気付いていた。
最初は、『咲夜は人間なのだから体調が悪いこともあるわよね。』と思っていたが、未だに咲夜は作られた笑顔を浮かべ続けていた。
レミリアはその笑顔を見続けることに耐えきなくなり、遂に咲夜に原因を問正したが、咲夜は儚げに「申し訳ありません。」と謝罪の言葉を陳べ続けるだけであった。
そんな咲夜の態度に腹を立てたレミリアは、咲夜に「許可を出すまで自室待機」を命じた。
レミリアの命令に服し、自室に戻る咲夜を見送りった後、レミリアはどうすれば咲夜に笑顔が戻るか考えたのだが、まるで良いアイデアが浮かばなかった。
仕方がないので、レミリアは親友のパチュリー・ノーレッジに相談する為、図書館に赴いた。
図書館では普通の魔法使い、霧雨魔理沙がパチュリーと何かを話し込んでいた。
聞くとはなしに話の内容が聞こえてくる。
「やっぱり対応する奴がいないってことか?」
「もともと全部合わせるようとすることが無理なのよ。」
魔理沙の問いにそっけなく答えるパチュリーの声に少し興味が湧いて横から声をかける。
「なんの話をしているの?」
「あら、レミィ。」
「よぉ、レミリア。」
「実はな、外の世界で書かれた悪魔に関する本を手に入れたから、ちょっとパチュリーに意見を聞かせて貰おうと思って来たんだぜ。」
「悪魔に関する本?」
「あぁ、この本によると人間が争いに導く原因として暴食、嫉妬、怠惰、傲慢、強欲、憤怒、色欲……七つの大罪って言うらしいけど、それを悪魔が担っているって書いてあるわけなんだ。」
「ふ~ん。」
「それで魔理沙が、『幻想郷の争いって言えば異変の事だろ?』、って話になって……異変の首謀者がどれに当たるのか話していたのだけどなかなか合わないものだから、幻想郷では誰がこの大罪に合うかって話になったのよ。」
「暴食は幽々子。何でも食べるって意味では芳香ともって思ったけど、量としては幽々子だよな。それで、嫉妬はパルシィー、怠惰は霊夢と言いたいとこだけど、輝夜の方が合っているだろうな~それで、傲慢はレミリア。」
「なんで、私よ!あんたには優雅な高貴さと傲慢の区別もつかないの?私よりあの天人の方がよっぽど傲慢じゃない!」
「天子か……確かに天子も傲慢だな……まぁ、私に言わせれば似たり寄ったりってとこだぜ。」
「あんな天人と一緒にしないで欲しいわね!それじゃぁ、強欲は、魔理沙でしょ?」
「なんでだよ!」
「レミィもやっぱりそう思う?」
「気に入った物は何でもかんでも『死ぬまで借りて行くぜ!』で借りていくのは十分強欲じゃない。」
「盗んでるわけじゃなくて、借りているだけなんだから強欲とは言わないぜ。」
「言ってなさい。それで、残りの憤怒と色欲は?」
「それが思い浮かばないわけよ。」
「色欲はまったく思いつかないけれど、憤怒は妹紅かと思ったんだけど、あいつは輝夜以外に怒っているイメージないんだよな~」
(色欲……まったく思い浮かばないわね~。憤怒……フランの癇癪は憤怒とは違うし……それにしてもフランも癇癪なんて起こさないでもう少しスカーレット家の名に恥じない立ち居振舞いを覚えて欲しいわ。反対に咲夜はもう少し感情を表に……そうよ!そんなことより咲夜の事よ!)
魔理沙とパチュリーの話を聞いてレミリアも考えてしまっていた為、図書館に来た当初の目的を思い出した。
「そうだ、パチェに相談があるのよ。」
「咲夜のことで?」
「えぇ。」
「レミィも気付いていたのね。」
「当たり前じゃない!私の大切な従者なのだから。」
「そうだったわね。それでどんな感じ?」
「あれは間違いなく無理をしているわね。」
「なんのことだ?」
「咲夜の様子が最近、おかしいのよ。」
「そうなのか?」
「仕事はちゃんとこなしてはいるんだけど、無理しているのが見え見えなのよ。」
「咲夜は全て抱え込んで無理しちゃうから厄介なのよ。霊夢みたいにもっと喜怒哀楽を表に出してくれれば良いんだけど。」
「私もそう思うが、一つ訂正だぜ。霊夢は確かに笑ったり、怒ったりするけど、泣いたりしないぜ。少なくとも私はあいつの泣いている所を見たことがないぜ。」
「そうなの?」
「何言ってるの。霊夢なんて『参拝客が来ない~御賽銭箱がまた空っぽ~』ってひっきりなしに泣き言を言っているじゃない。」
「レミィ、泣くことと泣き言は違うわよ。」
「同じようなものじゃない。」
「それじゃぁ、言換えて霊夢が辛かったり、悲しくて涙を流している所を見たことある?」
「それは……ないわね。」
「霊夢とつき合いの長い魔理沙が見たことがないなんて……まさか泣かないってことはないわよね?」
「霊夢だとそれも考えられるけどな~。もし見たことがあるとしたら紫ぐらいなもんか?」
「あのスキマが?」
「呼んだかしら?」
レミリアの嫌そうな声が出ると同時に空間が裂け、境目に潜む妖怪、八雲紫が顔を出した。
「何、勝手に入ってきているのよ!」
「今日はちょっと用事があって来たのだけど、名前を呼ばれたから顔を出してみただけよ。」
「用があるなら、ちゃんと門から入ってきなさいよね。」
「門から来たら入れてくれたかしら?」
「当然、追い返したわ。」
「あの門番に?できるわけないじゃない。」
「それでも、門から入ってこない礼儀知らずなんてあんたくらいよ!」
「落ちつけよ、レミリア。ここまで来ちまったんだから今更だろ?それより紫、霊夢が泣いている所見たことあるか?」
「あるわよ。」
「やっぱり霊夢も泣くのね。」
「私だけじゃなくて、貴方のメイドも見ているわよ。」
「咲夜も?」
「えぇ。」
「いつ!」
「5日前よ。」
「咲夜がおかしくなった頃からじゃない。あんた、何か知っているの?」
「あら、あのメイドは貴方に何も言ってないの?」
怒気を含んだレミリアの問いに紫は持っていた扇子で口元を隠す態とらしく見下した目をしながら答えた。
「聞いていないわ。話を聞かせて貰おうかしら!」
「私が話して貴方がそれを信用するのかしら?」
「話によってはね。」
「それじゃ、話すだけ無駄じゃない。それなら直接メイドに話をさせましょう。それなら貴方も信用するでしょう?」
そう言うと紫は空間を裂き、スキマを開き、十六夜咲夜を吐き出すとそのまま閉じて消えてしまった。いきなりスキマに飲み込まれたであろうに殆ど驚いた顔もしていない咲夜だったがその顔には涙の痕を残していた。
「咲夜、改めて話を聞きたいわ。貴方が話さないなら、私はこの胡散臭いスキマに話を聞くことになるわ。私としては、こんな奴からでなく、信頼している貴方から話を聞きたいの。」
「……わかりました。」
紫がいることでこれ以上レミリアに話さないわけにはいけないと咲夜は覚悟を決めた。
「その前に、この話はプライベートに関わることだから、お邪魔虫には出て行って貰いましょ。」
そう言って紫は持っていた扇子を魔理沙に向ける。
「ちょっと、待て!私もその話を……」
紫から向けられた扇子に慌てながら声を出す魔理沙の後ろにスキマが開き、魔理沙を飲み込む。
「地獄で少し遊んできなさい。」
そこで魔理沙の言葉に紫は全く違う言葉をかけて、魔理沙を飲み込んだスキマが閉じた。
「咲夜、始めなさい。」
魔理沙を強制排除した紫に少し呆れていたレミリアは気を取り直すと咲夜に声をかける。
「5日前、私はお嬢様からお休みを頂いたので、霊夢に会いに行ったのです。」
レミリアの声に意を決した咲夜はポツリポツリと話し始めた。
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私、十六夜咲夜は博麗神社に着くと、縁側で博麗霊夢と並んで麗らかな日差しを受け、のんびりと縁側でお茶を飲んでいた。
その私達の目の前の空間がいきなり裂けると、そのスキマから八雲紫が顔を出した。
「御機嫌よう、霊夢。」
「なんの用よ。」
思いっきり嫌な顔をして紫に返事をする霊夢。
表情こそ変えていないが、私もあまり快く思っていない。
「大切な話をしに来たのよ。」
胡散臭い笑みを浮かべ、話をする紫に僅かに嫌な予感がする。
「私は席を外した方が良いかしら?」
「貴方にも関係がある話だから聞いて貰えるかしら。」
そう言いながらその場を離れようとした私に紫が声をかけてくる。
「さて、霊夢。貴方はそのメイド……十六夜咲夜を貴方の伴侶とすることに決めたの?」
「なっ!何言ってるのよ!」
紫の言葉に思わず顔を赤くし、上ずった声を上げる霊夢。
霊夢の伴侶……本当にそうなれたらどんなにか幸せだろうか。
「別に茶化しに来たわけではないの。大切なことなのよ。伴侶という言葉が嫌なら、妻でも嫁でも最愛のパートナーでも、永遠のパートナーでも何でも良いの。霊夢、貴方が生涯一緒にいることを望んだ相手がそのメイドで良いのかって聞いているの。」
「……その……咲夜が嫌じゃなければ……ずっと一緒にいて欲しいかなって……思っているわ……」
真剣な顔で改めて霊夢に問う紫に霊夢はしどろもどろに返す霊夢。
「そう……十六夜咲夜。貴方もそのつもりと考えて良いのかしら?」
霊夢の言葉に私はこみ上げてくる喜びを噛みしめていると今度は私に答えを求める紫。
霊夢は少し心配そうな顔をして私のことを見ている。
「通い妻となってしまって構わないのなら……」
今の仕事を辞めるわけにもいかないが、お嬢様に報告し、了解を得て、紅魔館の仕事を引継いで……これからのことを考えると、今答えられることができるのは、これしかないと思いそんな答えをする私。
私の答えに、さっきまでの心配そうな顔が嘘のように消えて、嬉しそうに私に抱きついてくる霊夢。
思わずそんな霊夢に私も笑顔になってしまう私。
「そう……仕方ないわね。」
そんな私達の姿を見て紫は溜息交じりに言う。
「何よ!文句あるの?」
「色々あるわ。」
紫の答えに怒ったような声を出す霊夢に紫は仕方がないとでも言うように答えを返す。
「咲夜が女だから駄目とか言わないでしょうねぇ!」
「そんなこと言わないわ。むしろ大歓迎よ。」
「えっ?」
「代々博麗大結界の要は巫女でないといけないの。」
「それがどうだっていうのよ。」
「霊夢にはわからないかもしれないけれど、男女の親からは男か女が生まれるの。」
「あたりまえじゃない。」
「でも、女同士なら女しか生まれないの。」
「そうなの?」
「えぇ、外の世界では遺伝子と呼んでいるんだけど、親から受け継ぐ因子でそう決まっているの。」
「ふ~ん。でも、女同士だと子供ができないんじゃないの?」
「ここは幻想郷よ。幻想となってしまった女人国の子供の授かる泉や風があるし、いざと言う時にはコウノトリにでも運ばせるわ。」
「そんなものまであるの?」
「なかったら、私が境界を操作してでも持ってくれば良いだけよ。」
「じゃぁ、何が仕方ないわけ?」
「それは、そのメイドに試験を受けて貰わないといけないからよ。」
「「試験??」」
「そう。貴方が霊夢の伴侶となるに相応しいかの試験。」
「勝手にそんな試験をするなんて決めないでよ!」
「これは貴方だけでなく、代々の博麗の巫女の伴侶に行われていたことなの。」
「そんな話初めて聞いたわよ。」
「霊夢はまだ子供だからもっと先のことかと思って話さなかったのよ。」
「そうなの?」
「えぇ。」
「それで、私は何をすれば良いのかしら?」
霊夢と紫の話が途切れたタイミングで私は紫に問う。
「咲夜!別にそんな試験受ける必要ないわよ!」
「確認なのだけど、その試験に合格すれば私が霊夢の伴侶となることに文句を言う者はいないと思って良いのかしら?」
「えぇ。合格したら文句を言う者はいない筈よ。いえ、私が文句なんて言わせないわ。」
「咲夜……」
「霊夢……私は悪魔の狗と言われているのは知っているでしょ?だから、今更何と言われても気にしないわ。でも、霊夢が私を伴侶としたことで誰かに後ろ指をさされるようなことになったり、影口を叩かれるような事になって欲しくないの。」
「私だってそんなの気にしないわよ。」
「親しい人の事を悪く言われて気分が良い人なんていないわ。それも最愛の人のことなら余計に。」
「……」
「霊夢を諦めるって選択肢もあるわよ?」
「『諦めることは運命を閉ざすこと。だから、例え1%以下でも可能性があるのなら精々足掻きなさい。それが運命を切り開くと言うこと。』」
「?」
「お嬢様は忘れてしまっているかもしれませんが、この言葉は私がお嬢様に拾われた時に頂いた言葉。その言葉を頂いたから私は霊夢に出会えたのだと思っている。」
「そんな言葉を言ったなんて今の貴方の主人を見ていると信じられないわね。まぁ、良いわ。試験を始めましょう。」
「何をすれば良いのかしら?」
「色々やって貰うつもりだったのだけど、裁縫、炊事、洗濯、掃除……貴方は悪魔の館のメイド長ですもの。免除するわ。やるだけ時間の無駄ですもの。」
「割と普通の内容ね。」
「簡単なものから言っているもの。今回から資格試験に霊夢が提唱した弾幕ごっこも加えたのだけど、貴方の今迄の異変解決に対する貢献を考えれば、これも免除で良いわ。」
「そう。」
「あと、博麗の巫女の伴侶として、祭儀なんかも覚えて貰わなければいけないのだけど、これに関しては悪魔の館のメイド長にまで上り詰めた貴方なら問題なく取得できる才があると判断してこれも免除。」
「免除ばかりね。私は何をすれば良いのかしら?」
あれだけ勿体ぶって試験を言い出したにも関わらず、上げられた試験内容もあまりにも普通であり、それも免除ばかりなので、少し拍子抜けして私は紫に問う。
「そうね……あまり待たせるのもなんだから、一番やっかいな試験をしましょうか。」
「一番やっかいな試験?」
「えぇ、妖怪相手の本気の殺合い。」
「!」
「何よ、それ!」
今まだ黙っていた霊夢が紫の試験内容を聞いて怒鳴り声を上げる。
「霊夢、貴方はまだ理解していない……わけないわよね。気付いていないふりをしているだけなんでしょうけど、幻想郷においては博麗の巫女の存在は絶対なのよ。あらゆる物の上に存在する立場なの。だから、貴方を服従……いえ、貴方を人質にするだけで幻想郷を思い道理にできる絶対権力者に成れてしまうのよ。」
「私は人質になんかにならないわよ。」
「えぇ、私もそんなことにはならないと思っている。」
「もしかして、私が霊夢を盾に権力者になろうと思っているとでも考えているのかしら?」
「いいえ。貴方はそんなことを考えないでしょうね。でも、霊夢にとって特別の存在である貴方が人質になってしまえば、霊夢を人質になったと同じことになってしまうわ。だから、どんなことがあっても人質になるようなことがあってはいけないの。だから、そんなことが決してないことを証明する為に力を示して欲しいのよ。」
確かに紫の言っていることは分かる。霊夢は弾幕ごっこだけでなく、実際の戦闘でも強い。どんなことがあっても人質になるようなことはありえない。
だから、問われるのは伴侶となる私の力量なのだ。
「つまり私が霊夢にとって”泣き所”になるのかってことかしら?」
「えぇ、そう言うことよ。」
「わかったわ。それで相手は貴方自慢の式なのかしら?」
「まさか。いくら博麗の巫女の伴侶に相応しいかを見きわめる為の試験とは言え、本気の藍で試験したら幻想郷の地形が変わってしまうわ。」
「では、誰が相手かしら?」
「この子を相手にして貰うわ。」
そう言って紫は空間を裂くとスキマの中から、中世欧州にある頭から脚まで全身を覆う甲冑を纏い、殴打武器(メイス)と全身を隠す程の大型の盾(タワーシールド)を持った騎士が出てきた。
全身を覆う甲冑と大型の盾ならばかなりの重量があるはずだが、まるで重さを気にしない滑らかな動きからすると甲冑を着た者はかなりの筋力を持っていると思える。
しかし、試験とは言え場合によっては相手を殺つもりで戦うことに後ろめたさを感じる。
相手を殺すことにでなく、そんな私の姿を霊夢に見せることに……
「安心して良いわ。この子は魔導人形-ゴーレム-。命なんて始めから持っていないの。壊すつもりで戦ってくれて構わないわよ。ただかなり強力な式を組み込んであるから……気を抜いた戦い方をしていると貴方が死ぬわよ。」
そんな私の心を読んだかのような紫の言葉。
「そんな危ない奴に相手させるなんて冗談じゃないわ!」
「安心して、霊夢。絶対勝つわ。」
「でも……」
「大丈夫よ、約束するわ。」
「怖気付いて辞めるなら今のうちよ。」
「いいえ。やるわ。」
紫の言葉に私が返事した直後、ゴーレムが私に殴りかかってくる。
反射的に避けたが完全に避けきれず髪にメイスがかする。
そのまま連続で私を殴ろうとするゴーレムに私は時間を止め、距離をとる。
「何すんのよ!」
いきなりのゴーレムの攻撃に霊夢は怒り、御札を取り出すが、その手を紫が止める。
「いきなり襲ってくる輩もいるのよ。試験を受けると言ったのだから、いつまでも敵が目の前に油断している方が悪いのよ。」
「だからって!」
「大丈夫よ、霊夢。こんな人形すぐにガラクタにして見せるから。」
紫に文句を言う霊夢を安心させる為に息つく暇もなく振るわれるゴーレムのメイスを避けながら、私は霊夢に聞こえるようにそう言う。
甲冑を着ているとは思えない程素早い攻撃ではあるが、それでも私の方が早い。
最初こそ不意を突かれたが、今は余裕を持ってゴーレムの攻撃を私は避けている。
攻撃を避ける合間にナイフを投擲する。目標は視覚確保の為の兜のスリット。
そこへの攻撃は当然読まれているだろうから、その攻撃を囮として、本命のナイフを板金の継ぎ目や関節部分に投擲する。
驚いたことにゴーレムはまるで私の攻撃を防御しない。
板金の継ぎ目に投げたナイフは弾かれたが兜のスリットと間接投げたナイフはあっさりと刺さる。
しかし、ゴーレムは兜に刺さったナイフはそのままにこちらを向き、攻撃してくる。関節に刺さったナイフは甲冑の板金同士の挟まれ嫌な音を出して砕けたり折れてしまった。
ここまでの防御力を持つ甲冑ならば大型の盾なんて持つ理由がわからない。
もともとあんな大型の盾は一対一の個人戦で使うものではなく、複数人数による密集陣形などで使うはず。
(やはり相性が悪い……)
ゴーレムの見た目と紫の言った言葉から考えるに、はっきり言って相性がかなり悪い。
相手であるゴーレム。
以前、パチュリー様が魔法実験の一環としてゴーレムを作られたことがあったので知っている。
ゴーレムには痛覚と言う物がない。生物ならば、痛みや出血の動揺により動作に影響が出るが、ゴーレムにはそれがない。
ナイフが何本刺さろうとも関係なく、壊れるまで動くだろう。
加えて、かなりの重量であろう甲冑で全身を覆っているにも拘らず、軽快に動いていることを考えると純粋に力自体が強いと思われる。
そして全身を覆う甲冑と私の持っている武器は銀製のナイフの相性。
銀には確かに退魔の効果があるが属性的に考えれば、悪魔や不死の者、妖怪に対しては効果が大きい反面、無属性の魔法や魔法の掛かっていない物質には殆ど効果がない。
加えて、銀は鉄や鋼に比べて柔らかい。真正面から甲冑の板金にナイフを突き刺しても、私の腕力ではナイフで甲冑の板金を貫くことができない。甲冑の弱点とも言える関節部分を攻撃することがセオリーだが、この甲冑はその隙間自体が殆どない。
それに、あの八雲紫が手を加えている可能性がある。生半可な攻撃では傷一つ付けることができないだろう。
兜には視界確保の為のスリットがあるが、かなり細いので視界が取り辛いだろうとも考えたが、中身はゴーレム。死角があるかどうかどころか、視覚によって認識をしているかすら怪しい。
このタイプと敵対した場合、光や熱、衝撃等の魔法によるスペルが最も有効、もしくは霊夢のようにかけてある術自体を無効にするスペル…。
しかし、残念ながら私は時間を操る能力しかない。
スペルならばと思い試しに幻符「殺人ドール」を放ったが、放たれたナイフは盾と甲冑に多少の傷をつけた様だが全て弾かれてしまった。
多分、奇術「エターナルミーク」、時符「イマジナリバーチカルタイム」も弾かれてしまうだろう。
(それならば、動けなくするまでのこと。)
私は立ち止まりゴーレムの攻撃を待つ。
袈裟懸けに振り下ろされるメイスを避けるとメイスを持つ側へ移動し、スペルを放つ。目標は盾を持つ側の膝の右側。
光速「C リコシェ」
本来なら、高速で飛び回った後に相手に攻撃するスペルをダイレクトに叩き込む。
かなり大きな音を立てて甲冑の膝関節の板金が大きく歪み、膝が動かなくなる。
片脚が吹き飛んでくれればもっと楽になっただろうが、片足の自由が奪えただけでも十分だろう。
バックブロー気味に振り回されるメイスを頭を下げて簡単に避ける。
片足が自由に動かないのでメイスに振り回されバランスを崩すゴーレムのもう片足の膝にも光速「C リコシェ」を放つ。先程同様、膝関節の板金が歪む。
これで両膝が動作不能になった。
うまく動かなくなった足でよたよたとこちらに近付くゴレームを私は余裕を持って待つ。
そして振るわれるメイスに合わせるように振るわれたメイスと同じ方向に移動して避ける。
踏ん張りが利かず上半身が泳ぐゴーレムの後ろに回り、止めとばかりに光速「C リコシェ」を放つ。衝撃に耐え切れず、兜の後ろに大きな歪みを作りうつ伏せに倒れる。起き上がろうにも両膝が動かずに立ち上がれず、無駄に手足を動かし続けるゴーレム。
(スクラップにこそできなかったけれどこれ以上は戦闘不能ね。)
そう思いながら、霊夢を見ると霊夢も嬉しそうにしている。そして、その隣で相変わらず薄ら笑みを浮かべている紫。
(……嫌な予感がする。)
急に霊夢から笑顔が消える。
「咲夜!」
霊夢の叫びと同時に真横に飛ぶ。
今迄立っていた場所に何かが通り過ぎた。
気が抜いてしまっていたら、霊夢の叫びの意味にも理解できず、紫の薄ら笑みに気付けなかったし、反応できなかったであろう。
急ぎ振り向くとバラバラになった甲冑が空中に浮かんでいる。甲冑の中身はない。
甲冑そのものをゴーレムにし、いかにもゴーレムに甲冑を着せたように思わせていただけだったのだ。
(あのスキマに騙されたわ。)
部位にして頭、胴部、両脚、それにフレイルと盾を持つ腕の合わせて6つのパーツ。
その6つのパーツが連動するようにフォーメーションを組み襲ってくる。
今迄、1対1で戦っていたのに、今度は1対6の戦闘になってしまった。
「ちょっと、汚いわよ!」
霊夢の声が聞こえてくる。
「あの程度で終わりになる様な相手なら始めから試験なんてしないわよ。だいたいあの程度度終わると思って油断する方が悪いの。」
「だからって、1対6なんて卑怯じゃない!」
「徒党を組んで襲ってくる奴らもいるかもしれないじゃない。それと、霊夢、これは貴方の試験でもあるのだから、助言や手助けは禁止よ。」
「私の?」
「そうよ。博麗の巫女の伴侶となる者は無力でも構わないわ。」
「だったら、こんな試験しなくても!」
「最後まで聞きなさい。博麗の巫女の伴侶は無力でも構わないの。でも、それはいざと言う時に博麗の巫女が伴侶を見捨てることができることが前提なのよ。」
「何よ、それ!」
「当たり前じゃない。博麗の巫女は幻想郷の要。幻想郷を守る為には伴侶を見捨てなくてはいけない状況だってあるかもしれない。だから幻想郷より大切な無力な人を、博麗の巫女の伴侶にすることはできないわ。霊夢、貴方はあのメイドを見捨てることができない程大切な人だけど伴侶に迎えたいのでしょ?それならあのメイドの戦いぶりを大人しく見ていなさい。さっきのメイドへの注意は不問にするけど、もしまた助けるようなことをしたら、そこで試験終了にするわよ。」
紫の声が聞こえてくるが、悔しいことに紫の言い分に思わず納得してしまう。
連携攻撃の開始は面積の大きな胴部もしくは盾部が視界を狭めるように攻撃、それを避けた側にある残りのパーツの攻撃、その攻撃を避けている間に包囲網が完成。後はそれぞれのパーツが攻撃してくるとそのスキを埋めるよう他のパーツが回避ルートを消す様に綿密に連携しながら、包囲網を狭める攻撃するというシンプルなもの。加えて、こちらの攻撃が殆どダメージにならないことに加え、相手の一撃は受ければ確実にその後の連続攻撃でこちらを戦闘不能にできるぐらいの威力がるもの。
襲ってくるパーツのフォーメーションから逃れる為に、時符「プライベートスクウェア」、時計「ルナダイアル」を回避の為に使い、包囲網から逃れる羽目になる。
それでも先程以上にキツくなった攻撃をナイフを何本も犠牲にしても避けきることができずに幾つかのかすり傷を負い、徐々に傷と疲労によって、油断したわけではないにも関らず囲まれてしまう。
(『諦めることは運命を閉ざすこと。だから、例え1%以下でも可能性があるのなら精々足掻きなさい。それが運命を切り開くと言うこと。』)
お嬢様に頂いた言葉が蘇る。だから、諦めずに勝利する方法を考え続ける。
(甲冑のパーツ1つ1つをゴーレムとしているにしては、連携が取れ過ぎている。
何より、バラバラになる前の甲冑状態ではまるで違和感なく動いていたことを考えると、バラバラの状態でも1体のゴーレムなのだろう。それならばどこかに連携を指揮するパーツがあるはず。)
何度目かもわからなくなった盾を持つ左椀部の攻撃が来る。
何とか避けたところに右脚部も攻撃、避けようとした僅かに足がもつれる。
これでは確実に当たってしまう。
傷符「インスクライブレッドソウル」
スペルを放つと同時に地を転がる。大きな隙を作ってしまったと思ったが攻撃がこない。急ぎ立ち上がたところで漸く攻撃が来た。
(何があったの?)
再び始まった攻撃を避けながら、先程の攻撃が止まった理由を考える。
(こちらが立ち上がるまで待っていたとは思えない。ならば先程苦し紛れに放った傷符「インスクライブレッドソウル」に関係しているはず。攻撃範囲に入っていたパーツは盾を持つ左椀部と右脚部。右脚部も盾にも先程の傷符「インスクライブレッドソウル」によって表面に僅かに傷痕を増やしたが普通に攻撃に参加している。いや、盾に傷が増えている?何故?)
左上部からの兜と右後ろから右腕部によるメイスの攻撃。後ろには胴部、前方に盾を持つ左腕部。兜とフレイルによる攻撃を十分引き付けてから前方の盾を持つ左椀部に向けて走る。兜とフレイルを持つ右椀部、少し遅れて胴部が私を追ってくる。
(傷符「インスクライブレッドソウル」を放つタイミングでは盾は裏側……左椀部を向けていたはず。スペル発動を察知し攻撃を受ける為に慌てて盾をこちらに向けた?何故?今までどんなスペルを放っても防御等していなかったのに。)
盾によってできた死角に隠れていた左脚部が攻撃にしてくる。今視界に入らない右脚部は胴部の死角に隠れているのだろう。
(護らなくてはいけない部分を護る為に隙があったにも拘らず、攻撃を中止してしまったと言うこと?そう考えれば、相手の最も守りが厚い場所がわかった。頭部?胴部?違う。一対一で戦うには不向きなほど大きな盾の裏に隠れた左椀部!)
左脚部の攻撃が来る前に、方向転換し、後ろから迫る胴部に向かう。
(でも、本当にこれで間違いないのだろうか?相手はあのスキマ妖怪。あいつは存在自体がインチキで何を考えているかわからない存在。こちらが相手の手の内をいくら読んだ気になっても、こちらの読みすら罠として利用するくらいはやってくる。それどころか、私がこう考えること自体も罠にするくらいはやってくるだろう。でも、これ以上は体力も霊力もナイフも尽きてしまう。そうなってしまえばもう勝利は望めない……分がかなり悪い賭けでしかないけれど……やるしかない。)
私がいきなり方向転換したことにより兜とフレイルを持つ右椀部の攻撃が遅れる。胴部は体当たりをする為にそのまま私に向かってくる。私も速度を落とさずに胴部へ向かう。胴部の死角から右脚部が攻撃してくる。その攻撃は読めていた。
右手で持ったナイフを全力で振るい、右脚部を止める。ナイフが砕け、手がしびれるがそのまま胴部に向かい、胴部と当たるタイミングを合わせて胴部を踏み台として、そのまま大きく背面飛びをし、右脚部、兜、フレイルを持つ右腕部と左脚部、そして、盾を持つ左椀部を飛び越え、着地する。そして、ありったけの霊力を込めてスペルを放つ。
光速「C リコシェ」
盾の裏側の隠れている左腕部にナイフが当たる。それも盾に挟まることでナイフの衝撃が逃がすことができずに左椀部は大きくひしゃげる。
同時に力を失い全ての甲冑のパーツが地に落ちる。それでも気を抜くことなく見つめていても再び動く気配はない。
(……勝った……)
霊夢の方を向くと緊張から開放された霊夢は笑顔になっている。その隣で紫は渋い顔をしている。
(いつまでもスキマなんかの思い道理にはならないわよ。)
そう思いながら霊夢に向かって歩いて行く。視界に入る霊夢の笑顔の隣で渋い顔を紫の口元が吊り上がったように見えた。
慌てて振り返えると盾がいきなり浮き上がり私を撃ちつける。その衝撃に私は耐え切れずに倒れ、息が止まってしまうが、それでもなんとか上半身を起こすと、盾は力を失い再び地に落ちるが、残りのパーツも私に向かって飛んで来る。時間を止めて避けるには霊力が足りない。
「夢想封印!」
霊夢の声が聞こえたかと思うと私と甲冑パーツの間に立ち、甲冑のパーツはを全て叩き落とす。
「……ごめん……咲夜……」
「いいえ。ありがとう、霊夢。」
「でも、今迄頑張ってくれたのに……」
「……悔しいけれど、もう戦えなかったの。私の方こそ、ごめんなさい……大きな口叩いたのに……約束を……護れなくて……勝てなくて……」
「もういいの……そんなことより、嫌だったの……もう咲夜の……傷付くとこなんて……見たくないから……」
そう言うと泣きながら私に抱きつく霊夢。
そんな霊夢をそっと抱きしめようとするが体にうまく力が入らない。
「試験終了ね。」
そう言うと紫も私達の傍にスキマをあけて上半身を出している。そして私に閉じていた扇子を向けると私の受けた傷やメイド服の破損箇所がなくなる。さしずめ傷やメイド服の破損箇所の有と無の境界を弄ったのだろう。
本当にインチキじみた能力だ。
「さて、結果を言った方が良いわよね?」
勝てずに終わった試験。どうせ不合格だろう。そんなことより私に抱きついて泣き続ける霊夢に比べれば些細なことだ。
何より霊夢の泣いている原因が私なのだから……
約束を護れないどころかこんなに霊夢を泣かせてしまった私が霊夢の伴侶等おこがましい。
そして今の私には霊夢の泣き顔を見続ける事は辛過ぎる。
私は紫の問いに首を振り、試験結果を不要の意を示す。
「……本当にごめんなさい、霊夢……」
その言葉だけを残して、私は僅かに回復した霊力で時を止めると、泣き続ける霊夢を残して、その場から立ち去った。
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「最後の最後で私は気を抜いてしまったのです。幸せも勝利もほんの少しの気の緩みで失ってしまうと、今迄何度も思い知らされてきて、最後まで気を抜いてはいけないと自分自身に言い聞かせていたのに……でも、私が一番許せないのは不甲斐ない私のせいで、私は霊夢との約束を守ることができなかったこと……そして、それ以上に、霊夢を泣かせてしまったことなのです。……何があっても……絶対に泣かせたくなかった霊夢を……私のことなんかで泣かせてしまったのです……」
そう言って静かに涙を流す咲夜。
咲夜の話を聞いたレミリアの殺気が膨れ上がっている。表情こそ変わっていないが、パチュリーの気配もいつもの気怠いものでなく、明確な怒気が含まれていた。
「私の……いえ、私達の大切な娘をここまで追い詰めて、ただで済むと思っていないでしょうね。」
紫に対して明確な殺意を混ぜて発せられたレミリアの言葉にパチュリーも同意とばかりに頷く。
「貴方のメイドは何を勘違いしているようね。始めから勝てるようになんて作っていないわ。」
まるで、レミリアの殺気もパチュリーの怒気も気にかけもせず、紫は答える。
「いい度胸ね。始めから試験自体がインチキと認めるわけ?」
その紫の答えを聞き、レミリアの殺気が臨界に達しようとしていた。
「インチキではないわよ。私は力を示して欲しいと言ったけれど、勝たないと駄目とは言っていないもの。」
「どういうことよ?」
続けられた紫の言葉に膨れ上がっていたレミリアの殺気が緩み真意を問い正す。
「貴方は桶に入っている水を測るのにわざわざコップで何度も汲み出して測るの?」
「……なるほどね。」
パチュリーは紫の言葉に怒気を納めて、答えた。
「パチェ?」
「レミィ、入っている量がわからない桶の水を測るなら、それ以上の水が入れられて、どれだけの水の量が入ったかわかる容器に移し替えた方が早いってことよ。」
「えぇ。そのとおりよ。頭が良い魔女がいると助かるわ。そのメイドにとって相性が最悪になるように試験相手を作ったつもりだったから、第1形態を戦闘不能にして、第2形態への移行時の油断を利用したトラップを避けられた時点で試験は合格だったのだけど、あまりにあっさり第1形態を戦闘不能にしただけでなく、トラップすらあっさり避けしまったので、そのまま戦わせちゃったのよ。まさか最後のトラップまで発動するとは思わなかったわ。貴方のメイドを甘く見過ぎていた事をお詫びさせて貰うわ。もう少しで容器が溢れ返ってしまうところだったもの。」
「まどろっこしい言い方はいいわ。結局、咲夜は合格ってことで良いの?」
今一つ理解できなかったが、咲夜が合格らしいということがわかったので、レミィは念の為に確認をする。
「えぇ。あれだけの力は示してくれたのですもの。そして、それ以上にそのメイドの存在がとても重要なことも示してくれたわ。」
「なによ、その存在が重要って。」
「私は霊夢には本当に申し訳ない事をしてしまったと思っているのよ。今迄の博麗の巫女は博麗大結界の要として存在だけしていれば良かったの。妖怪はどんなことがあっても博麗の巫女には手出しができないんですもの。だけど、妖怪の存在意義を失わない為に弾幕ごっこが行われるようになって、結果として度々異変が起こるようになったわ。その為に霊夢には、今迄の博麗の巫女とは比べられない程の負担を強いているのよ。結果として、霊夢はまだ子供なのに無理をしてくれているわ。だから、せめて霊夢には泣き所を持って欲しいと思っていたの。そういう意味でも貴方は霊夢にとって掛替えのない存在と言って構わないわ。」
「泣き所は泣く所、只の少女に戻って唯一泣くことが許される場所……そう言うことかしら?」
「えぇ、本当に頭の良い魔女は話が早くて助かるわ。さて、最後の試験をしましょうか。」
「まだ、咲夜に何かさせるつもりか?」
「今度は質問に答えてくれるだけで良いわ。それに貴方にも答えて貰わないといけないの。」
紫の説明を聞き、ようやく涙が止まった咲夜に最後の試験をすると言った紫は、レミリアにも質問に答えることを求めた。
「私にも?」
「えぇ。」
「わかったわ。」
「では、よく考えて答えてね。……この先、貴方の主が異変を起こした時に貴方は主につく?それとも霊夢につく?」
レミリアの返事を聞いて咲夜の方に向いた紫は最後に咲夜の家族(?)構成上、決して避けることができない根本的な質問をする。
「それは……」
「咲夜、思った通りに答えなさい。」
「私は……私は常に霊夢と共に在ります。」
「貴方のメイドはそう言っているけど、貴方はそれで良いのかしら?」
紫は今度はレミリアに問いかける。
「ふん。今迄、異変解決に協力してきただけでなく、あんたの口車に乗って月にも行ってやったのに、まだ私を……私達を信用できないって言うの?」
「あら、気付いた上で月まで行ってくれていたの?」
「はん。あんまり舐めないで欲しいわね。」
「レミィ、なに恰好つけているの。私が教えてあげたからでしょ。」
「そんなところでしょうね。」
「煩いわね。この際はっきり言っておいてあげるわ。これから先、私達が異変を起こすことはないし、異変が起きた時には私達が霊夢の側につく。これで良いでしょ。」
「それは、スカーレット家の当主、紅魔館の総意として悪魔の契約がなされたと考えて良いのかしら?」
「くどいわね。そうよ!」
「では、その答えを持って、試験は全て終了とするわ。そして試験の結果、そこのメイド……いえ、十六夜咲夜を博麗霊夢の伴侶となる資格を有する者とします。おめでとう。それで、できたら、今直ぐにでも霊夢の所に行ってあげて欲しいわ。貴方同様、あの日からずっと泣き続けているのよ。」
「行きなさい、咲夜。」
レミリアのその言葉が終る前に図書館から十六夜咲夜の姿は消えていた。
図書館に残された三人はふっと息をつく。
「どうやら咲夜にとっても霊夢は泣き所になったと言うことかしら?でも、レミィ、本当に良かったの?咲夜に『生きている間は一緒にいますから。』と言って貰って喜んでいたじゃない。」
「子供が『将来、お父さんの嫁さんになる。』、『結婚しないでお母さんとずっとここにいる。』と言って喜ばない親はいないじゃない。それと同じ様なものよ。親としては、いつまでも子供のままでいて欲しいと思うけれど、成長して好きな相手と一緒になって幸せになってくれた方が嬉しいだろ?」
「大人になったわね、レミィ。悪魔の言葉とは思えないけれど。」
「わざわざ神の作ったルールに従って、聖水や銀に怯えてやるほど信仰心が厚く、命がけで契約を守るモラリストは、悪魔以外にいないわよ。」
「そうだったわね。」
「さて、私も帰るわ。これから何があってもあの二人ならなんとかなるでしょうから……だから私達は私達が出来ることをしましょ。結納に、挙式、披露宴……これから忙しくなるわよ。」
「望むところよ。」
紫の言葉に、レミリアは不敵な笑みを浮かべた答えた。
原因はレミリア自慢のメイド長、十六夜咲夜にあった。
いつも通りに優雅な立振舞いをする咲夜であったが、ここ数日、その笑顔にまるで華やかさを感じることができないからであった。
咲夜はもともとどんな感情を持とうとも、表に出さずに内に秘めて笑顔を作ってしまう癖があった。
しかし、紅霧異変後からは少しずつ感情を表に出すようになり、今ではその笑顔は人、妖怪問わず魅了することができるとレミリアは思っている……思っていた。
だが、ここ数日の咲夜は以前の様な作られた笑顔を浮かべるようになっていたからだ。
他の誰も気付くことはないであろうが、咲夜を娘同然に思っているレミリアはその違いに気付いていた。
最初は、『咲夜は人間なのだから体調が悪いこともあるわよね。』と思っていたが、未だに咲夜は作られた笑顔を浮かべ続けていた。
レミリアはその笑顔を見続けることに耐えきなくなり、遂に咲夜に原因を問正したが、咲夜は儚げに「申し訳ありません。」と謝罪の言葉を陳べ続けるだけであった。
そんな咲夜の態度に腹を立てたレミリアは、咲夜に「許可を出すまで自室待機」を命じた。
レミリアの命令に服し、自室に戻る咲夜を見送りった後、レミリアはどうすれば咲夜に笑顔が戻るか考えたのだが、まるで良いアイデアが浮かばなかった。
仕方がないので、レミリアは親友のパチュリー・ノーレッジに相談する為、図書館に赴いた。
図書館では普通の魔法使い、霧雨魔理沙がパチュリーと何かを話し込んでいた。
聞くとはなしに話の内容が聞こえてくる。
「やっぱり対応する奴がいないってことか?」
「もともと全部合わせるようとすることが無理なのよ。」
魔理沙の問いにそっけなく答えるパチュリーの声に少し興味が湧いて横から声をかける。
「なんの話をしているの?」
「あら、レミィ。」
「よぉ、レミリア。」
「実はな、外の世界で書かれた悪魔に関する本を手に入れたから、ちょっとパチュリーに意見を聞かせて貰おうと思って来たんだぜ。」
「悪魔に関する本?」
「あぁ、この本によると人間が争いに導く原因として暴食、嫉妬、怠惰、傲慢、強欲、憤怒、色欲……七つの大罪って言うらしいけど、それを悪魔が担っているって書いてあるわけなんだ。」
「ふ~ん。」
「それで魔理沙が、『幻想郷の争いって言えば異変の事だろ?』、って話になって……異変の首謀者がどれに当たるのか話していたのだけどなかなか合わないものだから、幻想郷では誰がこの大罪に合うかって話になったのよ。」
「暴食は幽々子。何でも食べるって意味では芳香ともって思ったけど、量としては幽々子だよな。それで、嫉妬はパルシィー、怠惰は霊夢と言いたいとこだけど、輝夜の方が合っているだろうな~それで、傲慢はレミリア。」
「なんで、私よ!あんたには優雅な高貴さと傲慢の区別もつかないの?私よりあの天人の方がよっぽど傲慢じゃない!」
「天子か……確かに天子も傲慢だな……まぁ、私に言わせれば似たり寄ったりってとこだぜ。」
「あんな天人と一緒にしないで欲しいわね!それじゃぁ、強欲は、魔理沙でしょ?」
「なんでだよ!」
「レミィもやっぱりそう思う?」
「気に入った物は何でもかんでも『死ぬまで借りて行くぜ!』で借りていくのは十分強欲じゃない。」
「盗んでるわけじゃなくて、借りているだけなんだから強欲とは言わないぜ。」
「言ってなさい。それで、残りの憤怒と色欲は?」
「それが思い浮かばないわけよ。」
「色欲はまったく思いつかないけれど、憤怒は妹紅かと思ったんだけど、あいつは輝夜以外に怒っているイメージないんだよな~」
(色欲……まったく思い浮かばないわね~。憤怒……フランの癇癪は憤怒とは違うし……それにしてもフランも癇癪なんて起こさないでもう少しスカーレット家の名に恥じない立ち居振舞いを覚えて欲しいわ。反対に咲夜はもう少し感情を表に……そうよ!そんなことより咲夜の事よ!)
魔理沙とパチュリーの話を聞いてレミリアも考えてしまっていた為、図書館に来た当初の目的を思い出した。
「そうだ、パチェに相談があるのよ。」
「咲夜のことで?」
「えぇ。」
「レミィも気付いていたのね。」
「当たり前じゃない!私の大切な従者なのだから。」
「そうだったわね。それでどんな感じ?」
「あれは間違いなく無理をしているわね。」
「なんのことだ?」
「咲夜の様子が最近、おかしいのよ。」
「そうなのか?」
「仕事はちゃんとこなしてはいるんだけど、無理しているのが見え見えなのよ。」
「咲夜は全て抱え込んで無理しちゃうから厄介なのよ。霊夢みたいにもっと喜怒哀楽を表に出してくれれば良いんだけど。」
「私もそう思うが、一つ訂正だぜ。霊夢は確かに笑ったり、怒ったりするけど、泣いたりしないぜ。少なくとも私はあいつの泣いている所を見たことがないぜ。」
「そうなの?」
「何言ってるの。霊夢なんて『参拝客が来ない~御賽銭箱がまた空っぽ~』ってひっきりなしに泣き言を言っているじゃない。」
「レミィ、泣くことと泣き言は違うわよ。」
「同じようなものじゃない。」
「それじゃぁ、言換えて霊夢が辛かったり、悲しくて涙を流している所を見たことある?」
「それは……ないわね。」
「霊夢とつき合いの長い魔理沙が見たことがないなんて……まさか泣かないってことはないわよね?」
「霊夢だとそれも考えられるけどな~。もし見たことがあるとしたら紫ぐらいなもんか?」
「あのスキマが?」
「呼んだかしら?」
レミリアの嫌そうな声が出ると同時に空間が裂け、境目に潜む妖怪、八雲紫が顔を出した。
「何、勝手に入ってきているのよ!」
「今日はちょっと用事があって来たのだけど、名前を呼ばれたから顔を出してみただけよ。」
「用があるなら、ちゃんと門から入ってきなさいよね。」
「門から来たら入れてくれたかしら?」
「当然、追い返したわ。」
「あの門番に?できるわけないじゃない。」
「それでも、門から入ってこない礼儀知らずなんてあんたくらいよ!」
「落ちつけよ、レミリア。ここまで来ちまったんだから今更だろ?それより紫、霊夢が泣いている所見たことあるか?」
「あるわよ。」
「やっぱり霊夢も泣くのね。」
「私だけじゃなくて、貴方のメイドも見ているわよ。」
「咲夜も?」
「えぇ。」
「いつ!」
「5日前よ。」
「咲夜がおかしくなった頃からじゃない。あんた、何か知っているの?」
「あら、あのメイドは貴方に何も言ってないの?」
怒気を含んだレミリアの問いに紫は持っていた扇子で口元を隠す態とらしく見下した目をしながら答えた。
「聞いていないわ。話を聞かせて貰おうかしら!」
「私が話して貴方がそれを信用するのかしら?」
「話によってはね。」
「それじゃ、話すだけ無駄じゃない。それなら直接メイドに話をさせましょう。それなら貴方も信用するでしょう?」
そう言うと紫は空間を裂き、スキマを開き、十六夜咲夜を吐き出すとそのまま閉じて消えてしまった。いきなりスキマに飲み込まれたであろうに殆ど驚いた顔もしていない咲夜だったがその顔には涙の痕を残していた。
「咲夜、改めて話を聞きたいわ。貴方が話さないなら、私はこの胡散臭いスキマに話を聞くことになるわ。私としては、こんな奴からでなく、信頼している貴方から話を聞きたいの。」
「……わかりました。」
紫がいることでこれ以上レミリアに話さないわけにはいけないと咲夜は覚悟を決めた。
「その前に、この話はプライベートに関わることだから、お邪魔虫には出て行って貰いましょ。」
そう言って紫は持っていた扇子を魔理沙に向ける。
「ちょっと、待て!私もその話を……」
紫から向けられた扇子に慌てながら声を出す魔理沙の後ろにスキマが開き、魔理沙を飲み込む。
「地獄で少し遊んできなさい。」
そこで魔理沙の言葉に紫は全く違う言葉をかけて、魔理沙を飲み込んだスキマが閉じた。
「咲夜、始めなさい。」
魔理沙を強制排除した紫に少し呆れていたレミリアは気を取り直すと咲夜に声をかける。
「5日前、私はお嬢様からお休みを頂いたので、霊夢に会いに行ったのです。」
レミリアの声に意を決した咲夜はポツリポツリと話し始めた。
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私、十六夜咲夜は博麗神社に着くと、縁側で博麗霊夢と並んで麗らかな日差しを受け、のんびりと縁側でお茶を飲んでいた。
その私達の目の前の空間がいきなり裂けると、そのスキマから八雲紫が顔を出した。
「御機嫌よう、霊夢。」
「なんの用よ。」
思いっきり嫌な顔をして紫に返事をする霊夢。
表情こそ変えていないが、私もあまり快く思っていない。
「大切な話をしに来たのよ。」
胡散臭い笑みを浮かべ、話をする紫に僅かに嫌な予感がする。
「私は席を外した方が良いかしら?」
「貴方にも関係がある話だから聞いて貰えるかしら。」
そう言いながらその場を離れようとした私に紫が声をかけてくる。
「さて、霊夢。貴方はそのメイド……十六夜咲夜を貴方の伴侶とすることに決めたの?」
「なっ!何言ってるのよ!」
紫の言葉に思わず顔を赤くし、上ずった声を上げる霊夢。
霊夢の伴侶……本当にそうなれたらどんなにか幸せだろうか。
「別に茶化しに来たわけではないの。大切なことなのよ。伴侶という言葉が嫌なら、妻でも嫁でも最愛のパートナーでも、永遠のパートナーでも何でも良いの。霊夢、貴方が生涯一緒にいることを望んだ相手がそのメイドで良いのかって聞いているの。」
「……その……咲夜が嫌じゃなければ……ずっと一緒にいて欲しいかなって……思っているわ……」
真剣な顔で改めて霊夢に問う紫に霊夢はしどろもどろに返す霊夢。
「そう……十六夜咲夜。貴方もそのつもりと考えて良いのかしら?」
霊夢の言葉に私はこみ上げてくる喜びを噛みしめていると今度は私に答えを求める紫。
霊夢は少し心配そうな顔をして私のことを見ている。
「通い妻となってしまって構わないのなら……」
今の仕事を辞めるわけにもいかないが、お嬢様に報告し、了解を得て、紅魔館の仕事を引継いで……これからのことを考えると、今答えられることができるのは、これしかないと思いそんな答えをする私。
私の答えに、さっきまでの心配そうな顔が嘘のように消えて、嬉しそうに私に抱きついてくる霊夢。
思わずそんな霊夢に私も笑顔になってしまう私。
「そう……仕方ないわね。」
そんな私達の姿を見て紫は溜息交じりに言う。
「何よ!文句あるの?」
「色々あるわ。」
紫の答えに怒ったような声を出す霊夢に紫は仕方がないとでも言うように答えを返す。
「咲夜が女だから駄目とか言わないでしょうねぇ!」
「そんなこと言わないわ。むしろ大歓迎よ。」
「えっ?」
「代々博麗大結界の要は巫女でないといけないの。」
「それがどうだっていうのよ。」
「霊夢にはわからないかもしれないけれど、男女の親からは男か女が生まれるの。」
「あたりまえじゃない。」
「でも、女同士なら女しか生まれないの。」
「そうなの?」
「えぇ、外の世界では遺伝子と呼んでいるんだけど、親から受け継ぐ因子でそう決まっているの。」
「ふ~ん。でも、女同士だと子供ができないんじゃないの?」
「ここは幻想郷よ。幻想となってしまった女人国の子供の授かる泉や風があるし、いざと言う時にはコウノトリにでも運ばせるわ。」
「そんなものまであるの?」
「なかったら、私が境界を操作してでも持ってくれば良いだけよ。」
「じゃぁ、何が仕方ないわけ?」
「それは、そのメイドに試験を受けて貰わないといけないからよ。」
「「試験??」」
「そう。貴方が霊夢の伴侶となるに相応しいかの試験。」
「勝手にそんな試験をするなんて決めないでよ!」
「これは貴方だけでなく、代々の博麗の巫女の伴侶に行われていたことなの。」
「そんな話初めて聞いたわよ。」
「霊夢はまだ子供だからもっと先のことかと思って話さなかったのよ。」
「そうなの?」
「えぇ。」
「それで、私は何をすれば良いのかしら?」
霊夢と紫の話が途切れたタイミングで私は紫に問う。
「咲夜!別にそんな試験受ける必要ないわよ!」
「確認なのだけど、その試験に合格すれば私が霊夢の伴侶となることに文句を言う者はいないと思って良いのかしら?」
「えぇ。合格したら文句を言う者はいない筈よ。いえ、私が文句なんて言わせないわ。」
「咲夜……」
「霊夢……私は悪魔の狗と言われているのは知っているでしょ?だから、今更何と言われても気にしないわ。でも、霊夢が私を伴侶としたことで誰かに後ろ指をさされるようなことになったり、影口を叩かれるような事になって欲しくないの。」
「私だってそんなの気にしないわよ。」
「親しい人の事を悪く言われて気分が良い人なんていないわ。それも最愛の人のことなら余計に。」
「……」
「霊夢を諦めるって選択肢もあるわよ?」
「『諦めることは運命を閉ざすこと。だから、例え1%以下でも可能性があるのなら精々足掻きなさい。それが運命を切り開くと言うこと。』」
「?」
「お嬢様は忘れてしまっているかもしれませんが、この言葉は私がお嬢様に拾われた時に頂いた言葉。その言葉を頂いたから私は霊夢に出会えたのだと思っている。」
「そんな言葉を言ったなんて今の貴方の主人を見ていると信じられないわね。まぁ、良いわ。試験を始めましょう。」
「何をすれば良いのかしら?」
「色々やって貰うつもりだったのだけど、裁縫、炊事、洗濯、掃除……貴方は悪魔の館のメイド長ですもの。免除するわ。やるだけ時間の無駄ですもの。」
「割と普通の内容ね。」
「簡単なものから言っているもの。今回から資格試験に霊夢が提唱した弾幕ごっこも加えたのだけど、貴方の今迄の異変解決に対する貢献を考えれば、これも免除で良いわ。」
「そう。」
「あと、博麗の巫女の伴侶として、祭儀なんかも覚えて貰わなければいけないのだけど、これに関しては悪魔の館のメイド長にまで上り詰めた貴方なら問題なく取得できる才があると判断してこれも免除。」
「免除ばかりね。私は何をすれば良いのかしら?」
あれだけ勿体ぶって試験を言い出したにも関わらず、上げられた試験内容もあまりにも普通であり、それも免除ばかりなので、少し拍子抜けして私は紫に問う。
「そうね……あまり待たせるのもなんだから、一番やっかいな試験をしましょうか。」
「一番やっかいな試験?」
「えぇ、妖怪相手の本気の殺合い。」
「!」
「何よ、それ!」
今まだ黙っていた霊夢が紫の試験内容を聞いて怒鳴り声を上げる。
「霊夢、貴方はまだ理解していない……わけないわよね。気付いていないふりをしているだけなんでしょうけど、幻想郷においては博麗の巫女の存在は絶対なのよ。あらゆる物の上に存在する立場なの。だから、貴方を服従……いえ、貴方を人質にするだけで幻想郷を思い道理にできる絶対権力者に成れてしまうのよ。」
「私は人質になんかにならないわよ。」
「えぇ、私もそんなことにはならないと思っている。」
「もしかして、私が霊夢を盾に権力者になろうと思っているとでも考えているのかしら?」
「いいえ。貴方はそんなことを考えないでしょうね。でも、霊夢にとって特別の存在である貴方が人質になってしまえば、霊夢を人質になったと同じことになってしまうわ。だから、どんなことがあっても人質になるようなことがあってはいけないの。だから、そんなことが決してないことを証明する為に力を示して欲しいのよ。」
確かに紫の言っていることは分かる。霊夢は弾幕ごっこだけでなく、実際の戦闘でも強い。どんなことがあっても人質になるようなことはありえない。
だから、問われるのは伴侶となる私の力量なのだ。
「つまり私が霊夢にとって”泣き所”になるのかってことかしら?」
「えぇ、そう言うことよ。」
「わかったわ。それで相手は貴方自慢の式なのかしら?」
「まさか。いくら博麗の巫女の伴侶に相応しいかを見きわめる為の試験とは言え、本気の藍で試験したら幻想郷の地形が変わってしまうわ。」
「では、誰が相手かしら?」
「この子を相手にして貰うわ。」
そう言って紫は空間を裂くとスキマの中から、中世欧州にある頭から脚まで全身を覆う甲冑を纏い、殴打武器(メイス)と全身を隠す程の大型の盾(タワーシールド)を持った騎士が出てきた。
全身を覆う甲冑と大型の盾ならばかなりの重量があるはずだが、まるで重さを気にしない滑らかな動きからすると甲冑を着た者はかなりの筋力を持っていると思える。
しかし、試験とは言え場合によっては相手を殺つもりで戦うことに後ろめたさを感じる。
相手を殺すことにでなく、そんな私の姿を霊夢に見せることに……
「安心して良いわ。この子は魔導人形-ゴーレム-。命なんて始めから持っていないの。壊すつもりで戦ってくれて構わないわよ。ただかなり強力な式を組み込んであるから……気を抜いた戦い方をしていると貴方が死ぬわよ。」
そんな私の心を読んだかのような紫の言葉。
「そんな危ない奴に相手させるなんて冗談じゃないわ!」
「安心して、霊夢。絶対勝つわ。」
「でも……」
「大丈夫よ、約束するわ。」
「怖気付いて辞めるなら今のうちよ。」
「いいえ。やるわ。」
紫の言葉に私が返事した直後、ゴーレムが私に殴りかかってくる。
反射的に避けたが完全に避けきれず髪にメイスがかする。
そのまま連続で私を殴ろうとするゴーレムに私は時間を止め、距離をとる。
「何すんのよ!」
いきなりのゴーレムの攻撃に霊夢は怒り、御札を取り出すが、その手を紫が止める。
「いきなり襲ってくる輩もいるのよ。試験を受けると言ったのだから、いつまでも敵が目の前に油断している方が悪いのよ。」
「だからって!」
「大丈夫よ、霊夢。こんな人形すぐにガラクタにして見せるから。」
紫に文句を言う霊夢を安心させる為に息つく暇もなく振るわれるゴーレムのメイスを避けながら、私は霊夢に聞こえるようにそう言う。
甲冑を着ているとは思えない程素早い攻撃ではあるが、それでも私の方が早い。
最初こそ不意を突かれたが、今は余裕を持ってゴーレムの攻撃を私は避けている。
攻撃を避ける合間にナイフを投擲する。目標は視覚確保の為の兜のスリット。
そこへの攻撃は当然読まれているだろうから、その攻撃を囮として、本命のナイフを板金の継ぎ目や関節部分に投擲する。
驚いたことにゴーレムはまるで私の攻撃を防御しない。
板金の継ぎ目に投げたナイフは弾かれたが兜のスリットと間接投げたナイフはあっさりと刺さる。
しかし、ゴーレムは兜に刺さったナイフはそのままにこちらを向き、攻撃してくる。関節に刺さったナイフは甲冑の板金同士の挟まれ嫌な音を出して砕けたり折れてしまった。
ここまでの防御力を持つ甲冑ならば大型の盾なんて持つ理由がわからない。
もともとあんな大型の盾は一対一の個人戦で使うものではなく、複数人数による密集陣形などで使うはず。
(やはり相性が悪い……)
ゴーレムの見た目と紫の言った言葉から考えるに、はっきり言って相性がかなり悪い。
相手であるゴーレム。
以前、パチュリー様が魔法実験の一環としてゴーレムを作られたことがあったので知っている。
ゴーレムには痛覚と言う物がない。生物ならば、痛みや出血の動揺により動作に影響が出るが、ゴーレムにはそれがない。
ナイフが何本刺さろうとも関係なく、壊れるまで動くだろう。
加えて、かなりの重量であろう甲冑で全身を覆っているにも拘らず、軽快に動いていることを考えると純粋に力自体が強いと思われる。
そして全身を覆う甲冑と私の持っている武器は銀製のナイフの相性。
銀には確かに退魔の効果があるが属性的に考えれば、悪魔や不死の者、妖怪に対しては効果が大きい反面、無属性の魔法や魔法の掛かっていない物質には殆ど効果がない。
加えて、銀は鉄や鋼に比べて柔らかい。真正面から甲冑の板金にナイフを突き刺しても、私の腕力ではナイフで甲冑の板金を貫くことができない。甲冑の弱点とも言える関節部分を攻撃することがセオリーだが、この甲冑はその隙間自体が殆どない。
それに、あの八雲紫が手を加えている可能性がある。生半可な攻撃では傷一つ付けることができないだろう。
兜には視界確保の為のスリットがあるが、かなり細いので視界が取り辛いだろうとも考えたが、中身はゴーレム。死角があるかどうかどころか、視覚によって認識をしているかすら怪しい。
このタイプと敵対した場合、光や熱、衝撃等の魔法によるスペルが最も有効、もしくは霊夢のようにかけてある術自体を無効にするスペル…。
しかし、残念ながら私は時間を操る能力しかない。
スペルならばと思い試しに幻符「殺人ドール」を放ったが、放たれたナイフは盾と甲冑に多少の傷をつけた様だが全て弾かれてしまった。
多分、奇術「エターナルミーク」、時符「イマジナリバーチカルタイム」も弾かれてしまうだろう。
(それならば、動けなくするまでのこと。)
私は立ち止まりゴーレムの攻撃を待つ。
袈裟懸けに振り下ろされるメイスを避けるとメイスを持つ側へ移動し、スペルを放つ。目標は盾を持つ側の膝の右側。
光速「C リコシェ」
本来なら、高速で飛び回った後に相手に攻撃するスペルをダイレクトに叩き込む。
かなり大きな音を立てて甲冑の膝関節の板金が大きく歪み、膝が動かなくなる。
片脚が吹き飛んでくれればもっと楽になっただろうが、片足の自由が奪えただけでも十分だろう。
バックブロー気味に振り回されるメイスを頭を下げて簡単に避ける。
片足が自由に動かないのでメイスに振り回されバランスを崩すゴーレムのもう片足の膝にも光速「C リコシェ」を放つ。先程同様、膝関節の板金が歪む。
これで両膝が動作不能になった。
うまく動かなくなった足でよたよたとこちらに近付くゴレームを私は余裕を持って待つ。
そして振るわれるメイスに合わせるように振るわれたメイスと同じ方向に移動して避ける。
踏ん張りが利かず上半身が泳ぐゴーレムの後ろに回り、止めとばかりに光速「C リコシェ」を放つ。衝撃に耐え切れず、兜の後ろに大きな歪みを作りうつ伏せに倒れる。起き上がろうにも両膝が動かずに立ち上がれず、無駄に手足を動かし続けるゴーレム。
(スクラップにこそできなかったけれどこれ以上は戦闘不能ね。)
そう思いながら、霊夢を見ると霊夢も嬉しそうにしている。そして、その隣で相変わらず薄ら笑みを浮かべている紫。
(……嫌な予感がする。)
急に霊夢から笑顔が消える。
「咲夜!」
霊夢の叫びと同時に真横に飛ぶ。
今迄立っていた場所に何かが通り過ぎた。
気が抜いてしまっていたら、霊夢の叫びの意味にも理解できず、紫の薄ら笑みに気付けなかったし、反応できなかったであろう。
急ぎ振り向くとバラバラになった甲冑が空中に浮かんでいる。甲冑の中身はない。
甲冑そのものをゴーレムにし、いかにもゴーレムに甲冑を着せたように思わせていただけだったのだ。
(あのスキマに騙されたわ。)
部位にして頭、胴部、両脚、それにフレイルと盾を持つ腕の合わせて6つのパーツ。
その6つのパーツが連動するようにフォーメーションを組み襲ってくる。
今迄、1対1で戦っていたのに、今度は1対6の戦闘になってしまった。
「ちょっと、汚いわよ!」
霊夢の声が聞こえてくる。
「あの程度で終わりになる様な相手なら始めから試験なんてしないわよ。だいたいあの程度度終わると思って油断する方が悪いの。」
「だからって、1対6なんて卑怯じゃない!」
「徒党を組んで襲ってくる奴らもいるかもしれないじゃない。それと、霊夢、これは貴方の試験でもあるのだから、助言や手助けは禁止よ。」
「私の?」
「そうよ。博麗の巫女の伴侶となる者は無力でも構わないわ。」
「だったら、こんな試験しなくても!」
「最後まで聞きなさい。博麗の巫女の伴侶は無力でも構わないの。でも、それはいざと言う時に博麗の巫女が伴侶を見捨てることができることが前提なのよ。」
「何よ、それ!」
「当たり前じゃない。博麗の巫女は幻想郷の要。幻想郷を守る為には伴侶を見捨てなくてはいけない状況だってあるかもしれない。だから幻想郷より大切な無力な人を、博麗の巫女の伴侶にすることはできないわ。霊夢、貴方はあのメイドを見捨てることができない程大切な人だけど伴侶に迎えたいのでしょ?それならあのメイドの戦いぶりを大人しく見ていなさい。さっきのメイドへの注意は不問にするけど、もしまた助けるようなことをしたら、そこで試験終了にするわよ。」
紫の声が聞こえてくるが、悔しいことに紫の言い分に思わず納得してしまう。
連携攻撃の開始は面積の大きな胴部もしくは盾部が視界を狭めるように攻撃、それを避けた側にある残りのパーツの攻撃、その攻撃を避けている間に包囲網が完成。後はそれぞれのパーツが攻撃してくるとそのスキを埋めるよう他のパーツが回避ルートを消す様に綿密に連携しながら、包囲網を狭める攻撃するというシンプルなもの。加えて、こちらの攻撃が殆どダメージにならないことに加え、相手の一撃は受ければ確実にその後の連続攻撃でこちらを戦闘不能にできるぐらいの威力がるもの。
襲ってくるパーツのフォーメーションから逃れる為に、時符「プライベートスクウェア」、時計「ルナダイアル」を回避の為に使い、包囲網から逃れる羽目になる。
それでも先程以上にキツくなった攻撃をナイフを何本も犠牲にしても避けきることができずに幾つかのかすり傷を負い、徐々に傷と疲労によって、油断したわけではないにも関らず囲まれてしまう。
(『諦めることは運命を閉ざすこと。だから、例え1%以下でも可能性があるのなら精々足掻きなさい。それが運命を切り開くと言うこと。』)
お嬢様に頂いた言葉が蘇る。だから、諦めずに勝利する方法を考え続ける。
(甲冑のパーツ1つ1つをゴーレムとしているにしては、連携が取れ過ぎている。
何より、バラバラになる前の甲冑状態ではまるで違和感なく動いていたことを考えると、バラバラの状態でも1体のゴーレムなのだろう。それならばどこかに連携を指揮するパーツがあるはず。)
何度目かもわからなくなった盾を持つ左椀部の攻撃が来る。
何とか避けたところに右脚部も攻撃、避けようとした僅かに足がもつれる。
これでは確実に当たってしまう。
傷符「インスクライブレッドソウル」
スペルを放つと同時に地を転がる。大きな隙を作ってしまったと思ったが攻撃がこない。急ぎ立ち上がたところで漸く攻撃が来た。
(何があったの?)
再び始まった攻撃を避けながら、先程の攻撃が止まった理由を考える。
(こちらが立ち上がるまで待っていたとは思えない。ならば先程苦し紛れに放った傷符「インスクライブレッドソウル」に関係しているはず。攻撃範囲に入っていたパーツは盾を持つ左椀部と右脚部。右脚部も盾にも先程の傷符「インスクライブレッドソウル」によって表面に僅かに傷痕を増やしたが普通に攻撃に参加している。いや、盾に傷が増えている?何故?)
左上部からの兜と右後ろから右腕部によるメイスの攻撃。後ろには胴部、前方に盾を持つ左腕部。兜とフレイルによる攻撃を十分引き付けてから前方の盾を持つ左椀部に向けて走る。兜とフレイルを持つ右椀部、少し遅れて胴部が私を追ってくる。
(傷符「インスクライブレッドソウル」を放つタイミングでは盾は裏側……左椀部を向けていたはず。スペル発動を察知し攻撃を受ける為に慌てて盾をこちらに向けた?何故?今までどんなスペルを放っても防御等していなかったのに。)
盾によってできた死角に隠れていた左脚部が攻撃にしてくる。今視界に入らない右脚部は胴部の死角に隠れているのだろう。
(護らなくてはいけない部分を護る為に隙があったにも拘らず、攻撃を中止してしまったと言うこと?そう考えれば、相手の最も守りが厚い場所がわかった。頭部?胴部?違う。一対一で戦うには不向きなほど大きな盾の裏に隠れた左椀部!)
左脚部の攻撃が来る前に、方向転換し、後ろから迫る胴部に向かう。
(でも、本当にこれで間違いないのだろうか?相手はあのスキマ妖怪。あいつは存在自体がインチキで何を考えているかわからない存在。こちらが相手の手の内をいくら読んだ気になっても、こちらの読みすら罠として利用するくらいはやってくる。それどころか、私がこう考えること自体も罠にするくらいはやってくるだろう。でも、これ以上は体力も霊力もナイフも尽きてしまう。そうなってしまえばもう勝利は望めない……分がかなり悪い賭けでしかないけれど……やるしかない。)
私がいきなり方向転換したことにより兜とフレイルを持つ右椀部の攻撃が遅れる。胴部は体当たりをする為にそのまま私に向かってくる。私も速度を落とさずに胴部へ向かう。胴部の死角から右脚部が攻撃してくる。その攻撃は読めていた。
右手で持ったナイフを全力で振るい、右脚部を止める。ナイフが砕け、手がしびれるがそのまま胴部に向かい、胴部と当たるタイミングを合わせて胴部を踏み台として、そのまま大きく背面飛びをし、右脚部、兜、フレイルを持つ右腕部と左脚部、そして、盾を持つ左椀部を飛び越え、着地する。そして、ありったけの霊力を込めてスペルを放つ。
光速「C リコシェ」
盾の裏側の隠れている左腕部にナイフが当たる。それも盾に挟まることでナイフの衝撃が逃がすことができずに左椀部は大きくひしゃげる。
同時に力を失い全ての甲冑のパーツが地に落ちる。それでも気を抜くことなく見つめていても再び動く気配はない。
(……勝った……)
霊夢の方を向くと緊張から開放された霊夢は笑顔になっている。その隣で紫は渋い顔をしている。
(いつまでもスキマなんかの思い道理にはならないわよ。)
そう思いながら霊夢に向かって歩いて行く。視界に入る霊夢の笑顔の隣で渋い顔を紫の口元が吊り上がったように見えた。
慌てて振り返えると盾がいきなり浮き上がり私を撃ちつける。その衝撃に私は耐え切れずに倒れ、息が止まってしまうが、それでもなんとか上半身を起こすと、盾は力を失い再び地に落ちるが、残りのパーツも私に向かって飛んで来る。時間を止めて避けるには霊力が足りない。
「夢想封印!」
霊夢の声が聞こえたかと思うと私と甲冑パーツの間に立ち、甲冑のパーツはを全て叩き落とす。
「……ごめん……咲夜……」
「いいえ。ありがとう、霊夢。」
「でも、今迄頑張ってくれたのに……」
「……悔しいけれど、もう戦えなかったの。私の方こそ、ごめんなさい……大きな口叩いたのに……約束を……護れなくて……勝てなくて……」
「もういいの……そんなことより、嫌だったの……もう咲夜の……傷付くとこなんて……見たくないから……」
そう言うと泣きながら私に抱きつく霊夢。
そんな霊夢をそっと抱きしめようとするが体にうまく力が入らない。
「試験終了ね。」
そう言うと紫も私達の傍にスキマをあけて上半身を出している。そして私に閉じていた扇子を向けると私の受けた傷やメイド服の破損箇所がなくなる。さしずめ傷やメイド服の破損箇所の有と無の境界を弄ったのだろう。
本当にインチキじみた能力だ。
「さて、結果を言った方が良いわよね?」
勝てずに終わった試験。どうせ不合格だろう。そんなことより私に抱きついて泣き続ける霊夢に比べれば些細なことだ。
何より霊夢の泣いている原因が私なのだから……
約束を護れないどころかこんなに霊夢を泣かせてしまった私が霊夢の伴侶等おこがましい。
そして今の私には霊夢の泣き顔を見続ける事は辛過ぎる。
私は紫の問いに首を振り、試験結果を不要の意を示す。
「……本当にごめんなさい、霊夢……」
その言葉だけを残して、私は僅かに回復した霊力で時を止めると、泣き続ける霊夢を残して、その場から立ち去った。
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「最後の最後で私は気を抜いてしまったのです。幸せも勝利もほんの少しの気の緩みで失ってしまうと、今迄何度も思い知らされてきて、最後まで気を抜いてはいけないと自分自身に言い聞かせていたのに……でも、私が一番許せないのは不甲斐ない私のせいで、私は霊夢との約束を守ることができなかったこと……そして、それ以上に、霊夢を泣かせてしまったことなのです。……何があっても……絶対に泣かせたくなかった霊夢を……私のことなんかで泣かせてしまったのです……」
そう言って静かに涙を流す咲夜。
咲夜の話を聞いたレミリアの殺気が膨れ上がっている。表情こそ変わっていないが、パチュリーの気配もいつもの気怠いものでなく、明確な怒気が含まれていた。
「私の……いえ、私達の大切な娘をここまで追い詰めて、ただで済むと思っていないでしょうね。」
紫に対して明確な殺意を混ぜて発せられたレミリアの言葉にパチュリーも同意とばかりに頷く。
「貴方のメイドは何を勘違いしているようね。始めから勝てるようになんて作っていないわ。」
まるで、レミリアの殺気もパチュリーの怒気も気にかけもせず、紫は答える。
「いい度胸ね。始めから試験自体がインチキと認めるわけ?」
その紫の答えを聞き、レミリアの殺気が臨界に達しようとしていた。
「インチキではないわよ。私は力を示して欲しいと言ったけれど、勝たないと駄目とは言っていないもの。」
「どういうことよ?」
続けられた紫の言葉に膨れ上がっていたレミリアの殺気が緩み真意を問い正す。
「貴方は桶に入っている水を測るのにわざわざコップで何度も汲み出して測るの?」
「……なるほどね。」
パチュリーは紫の言葉に怒気を納めて、答えた。
「パチェ?」
「レミィ、入っている量がわからない桶の水を測るなら、それ以上の水が入れられて、どれだけの水の量が入ったかわかる容器に移し替えた方が早いってことよ。」
「えぇ。そのとおりよ。頭が良い魔女がいると助かるわ。そのメイドにとって相性が最悪になるように試験相手を作ったつもりだったから、第1形態を戦闘不能にして、第2形態への移行時の油断を利用したトラップを避けられた時点で試験は合格だったのだけど、あまりにあっさり第1形態を戦闘不能にしただけでなく、トラップすらあっさり避けしまったので、そのまま戦わせちゃったのよ。まさか最後のトラップまで発動するとは思わなかったわ。貴方のメイドを甘く見過ぎていた事をお詫びさせて貰うわ。もう少しで容器が溢れ返ってしまうところだったもの。」
「まどろっこしい言い方はいいわ。結局、咲夜は合格ってことで良いの?」
今一つ理解できなかったが、咲夜が合格らしいということがわかったので、レミィは念の為に確認をする。
「えぇ。あれだけの力は示してくれたのですもの。そして、それ以上にそのメイドの存在がとても重要なことも示してくれたわ。」
「なによ、その存在が重要って。」
「私は霊夢には本当に申し訳ない事をしてしまったと思っているのよ。今迄の博麗の巫女は博麗大結界の要として存在だけしていれば良かったの。妖怪はどんなことがあっても博麗の巫女には手出しができないんですもの。だけど、妖怪の存在意義を失わない為に弾幕ごっこが行われるようになって、結果として度々異変が起こるようになったわ。その為に霊夢には、今迄の博麗の巫女とは比べられない程の負担を強いているのよ。結果として、霊夢はまだ子供なのに無理をしてくれているわ。だから、せめて霊夢には泣き所を持って欲しいと思っていたの。そういう意味でも貴方は霊夢にとって掛替えのない存在と言って構わないわ。」
「泣き所は泣く所、只の少女に戻って唯一泣くことが許される場所……そう言うことかしら?」
「えぇ、本当に頭の良い魔女は話が早くて助かるわ。さて、最後の試験をしましょうか。」
「まだ、咲夜に何かさせるつもりか?」
「今度は質問に答えてくれるだけで良いわ。それに貴方にも答えて貰わないといけないの。」
紫の説明を聞き、ようやく涙が止まった咲夜に最後の試験をすると言った紫は、レミリアにも質問に答えることを求めた。
「私にも?」
「えぇ。」
「わかったわ。」
「では、よく考えて答えてね。……この先、貴方の主が異変を起こした時に貴方は主につく?それとも霊夢につく?」
レミリアの返事を聞いて咲夜の方に向いた紫は最後に咲夜の家族(?)構成上、決して避けることができない根本的な質問をする。
「それは……」
「咲夜、思った通りに答えなさい。」
「私は……私は常に霊夢と共に在ります。」
「貴方のメイドはそう言っているけど、貴方はそれで良いのかしら?」
紫は今度はレミリアに問いかける。
「ふん。今迄、異変解決に協力してきただけでなく、あんたの口車に乗って月にも行ってやったのに、まだ私を……私達を信用できないって言うの?」
「あら、気付いた上で月まで行ってくれていたの?」
「はん。あんまり舐めないで欲しいわね。」
「レミィ、なに恰好つけているの。私が教えてあげたからでしょ。」
「そんなところでしょうね。」
「煩いわね。この際はっきり言っておいてあげるわ。これから先、私達が異変を起こすことはないし、異変が起きた時には私達が霊夢の側につく。これで良いでしょ。」
「それは、スカーレット家の当主、紅魔館の総意として悪魔の契約がなされたと考えて良いのかしら?」
「くどいわね。そうよ!」
「では、その答えを持って、試験は全て終了とするわ。そして試験の結果、そこのメイド……いえ、十六夜咲夜を博麗霊夢の伴侶となる資格を有する者とします。おめでとう。それで、できたら、今直ぐにでも霊夢の所に行ってあげて欲しいわ。貴方同様、あの日からずっと泣き続けているのよ。」
「行きなさい、咲夜。」
レミリアのその言葉が終る前に図書館から十六夜咲夜の姿は消えていた。
図書館に残された三人はふっと息をつく。
「どうやら咲夜にとっても霊夢は泣き所になったと言うことかしら?でも、レミィ、本当に良かったの?咲夜に『生きている間は一緒にいますから。』と言って貰って喜んでいたじゃない。」
「子供が『将来、お父さんの嫁さんになる。』、『結婚しないでお母さんとずっとここにいる。』と言って喜ばない親はいないじゃない。それと同じ様なものよ。親としては、いつまでも子供のままでいて欲しいと思うけれど、成長して好きな相手と一緒になって幸せになってくれた方が嬉しいだろ?」
「大人になったわね、レミィ。悪魔の言葉とは思えないけれど。」
「わざわざ神の作ったルールに従って、聖水や銀に怯えてやるほど信仰心が厚く、命がけで契約を守るモラリストは、悪魔以外にいないわよ。」
「そうだったわね。」
「さて、私も帰るわ。これから何があってもあの二人ならなんとかなるでしょうから……だから私達は私達が出来ることをしましょ。結納に、挙式、披露宴……これから忙しくなるわよ。」
「望むところよ。」
紫の言葉に、レミリアは不敵な笑みを浮かべた答えた。
次作楽しみにしてます
これは無事結ばれた咲霊の後日譚が気になりますね…もちろん子作ry