「ゆゆこさま、ゆゆこさまー」
日が少し昇ったころ、私は主を起こそうとその体を揺らし続けていた。
「んぅ?」
「おきてください」
「も~すこしぃ」
「だめですよ、ほらお顔ふきますね」
冷たい布で顔を拭く。
「や~の~」
とたんに嫌がって首を振る。まったく寝起きが悪いんですから。
「今日はおでかけするといったでしょう?」
「おはなみ!」
すると目が覚めたのか元気な声をあげる。
「そうです、早く着替えてくださいね」
「はいはい」
「こんなところ、紫様にはみせられませんね」
「そんないいかたしないで!」
どうも紫様の前では良い格好しておきたいようだ。
でもばれてるんだろうなぁ。
さてお日柄もいい今日はお花見に行くことにしました。
こっちが満開の時は死者も生者(主に霊夢達)もどんちゃん騒ぎで落ち着けませんでしたから。
幽々子様はというと、西行妖が満開にならずにあまり興味も無かったご様子。
なのでお仕事が無い日を見計らって花見に誘ったのです。
冥界の桜はもう散ってしまったのですが、下の方ではまだ咲いてると聞いたので。
下の桜も乙な物です。あいにくほとんど散っていますが。
昨日までたくさん雨が降ってたみたい。それでもいい。私が待ち望んでたことだから。
「ねえ妖夢」
「お弁当はまだですよ。もう少し歩きましょう」
おにぎり、甘めの玉子焼きときんぴらが待ち遠しいのでしょうか。
「そうじゃなくて、散った桜を見て楽しい?」
「楽しい、というよりは面白いですよね。ほら、白い花びらと緑の柔らかい芽が混じった姿ってなんだか自分を見ているようで」
もう帰りたいと言われた気がした。違う答えだったとしても気にせずに話そう。緑と白だけで安直だろうなと思いはしたが。
「怖いわ」
珍しく真剣に言われた。まるで蓬莱人に囲まれたように。
指を指した方はえらく醜い形をした木だったので、夜になると怖いんだろうなと思った。
「どうしました? そこからじゃよく見ることができませんよ」
気づけば大分離れていた。お手々を繋ぎ直そうとして駆け寄ったけど、
「見たいなら妖夢だけで見て」
と突っぱねられる。
「幽々子様、お花見を楽しみにしてたでしょう。それなのにもったいない」
「いいから」
「それじゃあ彼岸のほうへ行きましょうか。死神の仕事次第ですが」
「いいから」
ちらちらと上の方を見ていられたのでもしやと思い、
「毛虫ですか? 大丈夫です、落っこちてもこの剣で乱切りにしてくれます」
「それはやめて」
自信満々に答えたのにかえって不安がらせてしまった。幽霊よりも可愛いと思うのだけど。
「花びらも落ちきってしまえば、付け根の桃色と緑があれを思い出させてくれますね」
仕方ないので毛虫が寄らないように木から離れて眺めることに。まあこれはこれで。
「?」
首をかしげていらっしゃる。幽霊だからか幽々子様のお姿がなせるのか、まだ首が据わってないように見えてあたふたしかける。まだまだ未熟とはこのこと。
「桜餅です。ささ、あーん」
ですがこれは一人前。無い胸も腫れます、いや張れます。舌にかなうこと間違いなしです。
「そんなことするなら、おいしいなんて言ってあげない」
ありゃ、前言撤回まだ未熟です。虫が悪いのでしょうか。毛虫がいるだけに。
うっくくいけないこんなことで笑ってしまえば益々ご機嫌が斜めになってしまう。
「困りました。でもおいしいですね、桜餅」
「もう!」
機転を利かせたつもりなのですが……難しいですね桜餅とは。
結局あーんして全部食べてくれた。
主人の美徳の一つはお残ししないことだと私は思う。宴会で散らかった食べ物を見ると悲しくなる性分だからだ。
「……葉っぱが青だったら良かったのに」
足を崩して寛いでるとき、そんなことをぽつりと言われた。
「食欲無くしますよ」
「むっ! ようむのばか」
い、いたっ
気に障ることをいった模様。
なんで青なんだろう。青かったら異変になってしまうではないか。異変になったらお花見できないじゃないか。
「なにかいいました?」
「おばかといったの」
痛がる私を見て今度は嬉しそうに笑う。なので釣られて笑ってしまう。
「今日着てる物が青いから言ったのに……ばか」
「ゆゆこさま」
おくしで梳かしてあげましょう、と後ろから頭に触れたら――
うれしい、と言われた気がした。そんな声聞こえはしなかったけど。
くせっ毛ですね、長く梳いてられるのはこういうとき良いです。
よく引っかけてしまったことが懐かしいです。たくさん怒られましたね。
ああ、おねむになりましたか。しかたないですね。
最近嬉しいことがある。幽々子様がこうして私に委ねてくれることだ。
もちろん今までもそうだったけど、それは主や管理者としての信頼という物でこういったものとは別。
二人きりになると甘えてくるのは私が成長したからかもしれない。主として気を張らずにいてくれるのがこんなに嬉しいことだとは思いもしなかった。
夕方になったので、そろそろおぶって帰ろうとしたとき。
「ねちゃって、た?」
「はい。おきました?」
「もうちょっと、このままで……いて」
良い夢でも見たのでしょう。まだ寝ていたかったと表情が物語ってます。
「はい、わかりました。まだ寝てても良いですよ」
そう言っておんぶしようとすると、
「や、やっぱりいいわ」
すくっと立ち上がられた。
「どうしたんです急に」
「不公平よ。妖夢ばっかり嬉しそうに楽しんで」
なるほど。それでこんなにご機嫌が。
しかし困ったことだ。幽々子様が嬉しいと私も嬉しい。私が嬉しいと幽々子様も嬉しいと簡単にはいかないようだ。
だが仕方ないのだ。私が嬉しくないと思えば幽々子様は心配するのだから。
「しょうがないですよ、幽々子様とのお花見、楽しみでしたから」
「私の方が楽しみだったわ」
分かってる、分かっているのだ。こんなことで張り合ってしまうのも。これは喧嘩にもならない。一言で終わる喧嘩の振り。
「二人だけでお花見することになったの、大分先送りになりましたから。幽々子様がこの日を待ち望んだ事はよく分かってます」
「えっと、責めるつもりじゃなかったの。ごめんなさい、今日のこと紫には言わないで、ね?」
本当、お優しい。私もこの優しさに甘えている。こうも私に合わせてくれる。だから幽々子様に折れて貰った。こんなことも以前では考えられない。
「言いませんよ、このことは私達の内緒ですから」
また来年も、こうして二人だけで行きましょう。
日が少し昇ったころ、私は主を起こそうとその体を揺らし続けていた。
「んぅ?」
「おきてください」
「も~すこしぃ」
「だめですよ、ほらお顔ふきますね」
冷たい布で顔を拭く。
「や~の~」
とたんに嫌がって首を振る。まったく寝起きが悪いんですから。
「今日はおでかけするといったでしょう?」
「おはなみ!」
すると目が覚めたのか元気な声をあげる。
「そうです、早く着替えてくださいね」
「はいはい」
「こんなところ、紫様にはみせられませんね」
「そんないいかたしないで!」
どうも紫様の前では良い格好しておきたいようだ。
でもばれてるんだろうなぁ。
さてお日柄もいい今日はお花見に行くことにしました。
こっちが満開の時は死者も生者(主に霊夢達)もどんちゃん騒ぎで落ち着けませんでしたから。
幽々子様はというと、西行妖が満開にならずにあまり興味も無かったご様子。
なのでお仕事が無い日を見計らって花見に誘ったのです。
冥界の桜はもう散ってしまったのですが、下の方ではまだ咲いてると聞いたので。
下の桜も乙な物です。あいにくほとんど散っていますが。
昨日までたくさん雨が降ってたみたい。それでもいい。私が待ち望んでたことだから。
「ねえ妖夢」
「お弁当はまだですよ。もう少し歩きましょう」
おにぎり、甘めの玉子焼きときんぴらが待ち遠しいのでしょうか。
「そうじゃなくて、散った桜を見て楽しい?」
「楽しい、というよりは面白いですよね。ほら、白い花びらと緑の柔らかい芽が混じった姿ってなんだか自分を見ているようで」
もう帰りたいと言われた気がした。違う答えだったとしても気にせずに話そう。緑と白だけで安直だろうなと思いはしたが。
「怖いわ」
珍しく真剣に言われた。まるで蓬莱人に囲まれたように。
指を指した方はえらく醜い形をした木だったので、夜になると怖いんだろうなと思った。
「どうしました? そこからじゃよく見ることができませんよ」
気づけば大分離れていた。お手々を繋ぎ直そうとして駆け寄ったけど、
「見たいなら妖夢だけで見て」
と突っぱねられる。
「幽々子様、お花見を楽しみにしてたでしょう。それなのにもったいない」
「いいから」
「それじゃあ彼岸のほうへ行きましょうか。死神の仕事次第ですが」
「いいから」
ちらちらと上の方を見ていられたのでもしやと思い、
「毛虫ですか? 大丈夫です、落っこちてもこの剣で乱切りにしてくれます」
「それはやめて」
自信満々に答えたのにかえって不安がらせてしまった。幽霊よりも可愛いと思うのだけど。
「花びらも落ちきってしまえば、付け根の桃色と緑があれを思い出させてくれますね」
仕方ないので毛虫が寄らないように木から離れて眺めることに。まあこれはこれで。
「?」
首をかしげていらっしゃる。幽霊だからか幽々子様のお姿がなせるのか、まだ首が据わってないように見えてあたふたしかける。まだまだ未熟とはこのこと。
「桜餅です。ささ、あーん」
ですがこれは一人前。無い胸も腫れます、いや張れます。舌にかなうこと間違いなしです。
「そんなことするなら、おいしいなんて言ってあげない」
ありゃ、前言撤回まだ未熟です。虫が悪いのでしょうか。毛虫がいるだけに。
うっくくいけないこんなことで笑ってしまえば益々ご機嫌が斜めになってしまう。
「困りました。でもおいしいですね、桜餅」
「もう!」
機転を利かせたつもりなのですが……難しいですね桜餅とは。
結局あーんして全部食べてくれた。
主人の美徳の一つはお残ししないことだと私は思う。宴会で散らかった食べ物を見ると悲しくなる性分だからだ。
「……葉っぱが青だったら良かったのに」
足を崩して寛いでるとき、そんなことをぽつりと言われた。
「食欲無くしますよ」
「むっ! ようむのばか」
い、いたっ
気に障ることをいった模様。
なんで青なんだろう。青かったら異変になってしまうではないか。異変になったらお花見できないじゃないか。
「なにかいいました?」
「おばかといったの」
痛がる私を見て今度は嬉しそうに笑う。なので釣られて笑ってしまう。
「今日着てる物が青いから言ったのに……ばか」
「ゆゆこさま」
おくしで梳かしてあげましょう、と後ろから頭に触れたら――
うれしい、と言われた気がした。そんな声聞こえはしなかったけど。
くせっ毛ですね、長く梳いてられるのはこういうとき良いです。
よく引っかけてしまったことが懐かしいです。たくさん怒られましたね。
ああ、おねむになりましたか。しかたないですね。
最近嬉しいことがある。幽々子様がこうして私に委ねてくれることだ。
もちろん今までもそうだったけど、それは主や管理者としての信頼という物でこういったものとは別。
二人きりになると甘えてくるのは私が成長したからかもしれない。主として気を張らずにいてくれるのがこんなに嬉しいことだとは思いもしなかった。
夕方になったので、そろそろおぶって帰ろうとしたとき。
「ねちゃって、た?」
「はい。おきました?」
「もうちょっと、このままで……いて」
良い夢でも見たのでしょう。まだ寝ていたかったと表情が物語ってます。
「はい、わかりました。まだ寝てても良いですよ」
そう言っておんぶしようとすると、
「や、やっぱりいいわ」
すくっと立ち上がられた。
「どうしたんです急に」
「不公平よ。妖夢ばっかり嬉しそうに楽しんで」
なるほど。それでこんなにご機嫌が。
しかし困ったことだ。幽々子様が嬉しいと私も嬉しい。私が嬉しいと幽々子様も嬉しいと簡単にはいかないようだ。
だが仕方ないのだ。私が嬉しくないと思えば幽々子様は心配するのだから。
「しょうがないですよ、幽々子様とのお花見、楽しみでしたから」
「私の方が楽しみだったわ」
分かってる、分かっているのだ。こんなことで張り合ってしまうのも。これは喧嘩にもならない。一言で終わる喧嘩の振り。
「二人だけでお花見することになったの、大分先送りになりましたから。幽々子様がこの日を待ち望んだ事はよく分かってます」
「えっと、責めるつもりじゃなかったの。ごめんなさい、今日のこと紫には言わないで、ね?」
本当、お優しい。私もこの優しさに甘えている。こうも私に合わせてくれる。だから幽々子様に折れて貰った。こんなことも以前では考えられない。
「言いませんよ、このことは私達の内緒ですから」
また来年も、こうして二人だけで行きましょう。