「貴方は人を殺めたことがありますか?」
草の匂いと若干のカビ臭さが混ざり合ったような、そんな独特の匂いが充満する天井の高い空間。その天井に届かんとする圧倒的な本棚の数は、この場所に来訪した者の視野を圧倒させる。
この空間は地下にある。よって窓は一つもなく、一定間隔で本棚に取り付けられたランプの、か細い炎だけが光源になっている。
そんな薄気味悪い場所である。
元々人の寄り付かない館の、地下に位置するこんな場所である。
来訪者など、あんまり無い。
無い……筈なのだが。
本日は勝手が違うようで、この空間の主は意表をつかれたような、困惑したような顔を本から視線を来訪者に向け、何か言おうと口を半開きにするも、面倒になったのか口を閉じ、再び本に目を向ける。
「……聞こえているのなら、答えて下さい」
知らんぷりされたのが少し癪に障ったのか、来訪者の少女は語尾を少し強め、静寂な空間の中で再び声をかける。
「…………貴方が初めてここに来た時もそうだったわね」
やれやれといった感じの冷めた口調で、この場所の主にして魔女、パチュリー・ノーレッジは視線を本から外さずに口を開く。
「突然現われたと思ったら、二言目には『斬る』だっけ? 毎度毎度貴方は突然すぎるのよ脈絡がないのよ。急に現われて、そんな質問されても困るわ……」
来訪者の少女――魂魄妖夢は、首を少し傾げた後、視線を横にずらし顎に指を添え、うむむと唸り悩むような仕草をしたかと思うと、何か閃いたのか目を輝かせる。
「こんにちはパチュリーさん! 貴方は人を殺めたことがありますか?」
図書館に、ため息が響き渡る。
「貴方に会話術を求めた私が愚かだったようね……」
「で、どうなんです?」
「まぁ、いや、もういいわ……人を殺める、か。私は……」
とその時、図書館入り口のほうから、カツーンカツーンと歩く音が響き渡り、妖夢とパチュリーの両名は会話を中断し、音のする方向を見やる。
薄暗いため姿は確認できないが、一定のリズムを刻む足音が近づくにつれ、その姿が徐々に映し出される。
最初に見えたのは足。ただ細いだけでなく、均等についた筋肉が脚線美を醸し出しているのがわかる。メリハリとツヤがあり、一目で人を虜にする魅力を兼ね備えてる一方、引き締まった筋肉から相応の手練であることが伺える。
次に青と白を基調にしたメイド服。若干埃っぽいこの図書館において、そこだけ別の世界のような錯覚を覚えるほど、穢れの無いメイド服を完璧に着こなしている。フリルの付いたエプロンドレスが歩く度に揺れ、太ももをちらちらと見え隠れするのが、そこはかとなく色気を漂わせている。
最後に首から上。小顔で目、鼻、口等など、それぞれのパーツが非常にバランス良く、美人という言葉が似合う美しさを持っている。しかしその雰囲気は、常人には如何とも近寄りがたいオーラを発している。
「パチュリー様、紅茶をお持ちしました」
十六夜咲夜――ここ紅魔館のメイド長にして完璧で瀟洒な従者は、ティーポットと二つのティーカップにシュガーポットをシルバートレイに乗せ、地下図書館に訪れた。
「ん」
テーブルの上の、本が置いてない場所を指すパチュリー。
咲夜は指の指された場所に紅茶を置いた後、妖夢の方を向く。
「貴方もどうかしら?」
「ふぇ?」
「紅茶」
「わ、私はいらない、です……」
「そう、残念」
特に残念そうでもなく答える咲夜。対する妖夢は思い悩んでるような、引け目を感じてるような、そんな伏し目がちの視線を咲夜に向けながら答えた。
「ところで、今日は何の用で此処へ? また本を借りにでも来たのかしら?」
咲夜の言う『また』とは言葉通りの意味であり、数日前も妖夢はこの地下図書館に訪れていた。
――――――――
元々妖夢は本に興味が無かった。何故なら大昔の事しか書いてない本は、今を生きる妖夢にとってどうでも良かったのだ。
何故妖夢がこのように成長したかといえば、自身が育った環境に影響があると言えるだろう。
妖夢の住まいである白玉楼は、冥界に存在している。冥界とは閻魔から転世や成仏を命じられた幽霊が常駐する場所であり、現在咲夜やパチュリーが住んでいる幻想郷が外の世界と境界を引き、博麗大結界という強力な結界が作り出される前から存在する場所である。幻想郷とは幽明結界を境に隔てられており、現在こそ幽明結界が本来の役割を果たしていないため普通に行き来できているが、本来顕界である幻想郷とは縁の無い場所なのだ。
外の世界と隔絶された幻想郷だが、外の世界から忘れ去られたもの等が『幻想入り』という形で幻想郷に入り込むことがある。しかし、冥界にはそれが無い。
主人の友人や召集した騒霊が時たま気まぐれで持ち寄る事はあったが、そのような例外を除いて新しい物が入ることはほとんど無かった。つまり、冥界は幻想郷に比べて変化が小さかったのだ。
新しい書物が入ってくるわけでもなく、遥か昔の和歌を綴った本だとか、難しくて理解し得ない歴史書ばかりある白玉楼の書物に、妖夢は興味を示さなかった。
妖夢にとって大事なのは、敬愛する主人と、主人が自分に話してくれること。そして祖父と、祖父の教えだけであった。
そんな妖夢の心情に変化が芽生えたのは、春雪異変の後だろうか。
妖夢とその主人が引き起こしたあの異変以来、冥界と幻想郷の距離は急速に縮まった。それは主人や冥界の幽霊達にしか聞いたことのない、幻想郷の住民、地域、習慣。想像でしか捉えれなかったそれらのものが、突然目の前に現れたのだ。
妖夢は湧いた。
人間年齢にすればまだ幼く、相応に好奇心を持っていた妖夢は、様々な物に興味を持ち、積極的に触れ合っていった。幽明結界が修繕されないのを良い事に、度々顕界に降りては色んな場所に赴いた。
その中で一番興味を抱いた……いや、カルチャーショックともいうべき、自身の知識との乖離を受けたのは書物だったのかもしれない。
鬼が引き起こした宴会三昧異変時に訪れた時は、微塵も興味を示さなかった紅魔館の書物だったが、異変解決後、妖夢がパチュリーの元に謝罪を兼ねて訪れた時は違った。
本に興味無いと言われた事にぷんすかむきゅすかしたのか、辻斬りに遭った事に腹を立てていたのか、はたまた気紛れか。理由はどうあれ、パチュリーは何冊かの本を妖夢に薦めたのだ。「申し訳ないと思っているのなら、それらの本を読んできなさい」とか何とか理由を付けて。
パチュリーが貸したのは時代小説と呼ばれる、過去の時代背景を借りて物語を展開する小説であった。その中でも特に妖夢が興味を惹きそうな、剣豪小説と呼ばれる剣豪が主人公の小説で、チャンバラシーンを基軸に構成されてる小説を貸したのだ。
パチュリーはある程度推測していた。妖夢はこの手の大衆小説を読んだ事が無いのだろうと、存在すら知らないのだろうと。
だから絶対夢中になる。
そしてすぐ私の所に来て「ここが良かったですよね!」だとか「もっと色んな本を貸してください!」とか言うに決まってると、本の虫パチュリーは確信していたのだ。
そんなパチュリーの予想は半分当たり、半分外れたと言っていいだろう。
本を読み終えた妖夢は、すぐにパチュリーの元へ訪れた。
「貴方は人を殺めたことがある?」と言いながら。
――――――――
『また本を借りに来たの?』という咲夜の質問に対し、妖夢は思い出したかのように口を開く。
「そうだ! 貴方はどうなんですか? 人を殺したこと、結構あるんじゃないですか?」
咲夜の質問などまるで無かったかのよう、目を輝かせながら疑問をぶつける妖夢。
常に余裕ある雰囲気を発している咲夜も、この脈絡の無いこの問いは流石に訳が分からなかったのか、それとなくパチュリーの方に視線を向け助力を求めたが、パチュリーは目を瞑り首を横に振るだけだった。
「あるんでしょあるんでしょう? 教えて下さいよぉ」
咲夜は詰め寄ってくる妖夢の肩を掴み、少し距離を置き
「何故そんな事を知りたいの? 理由も無しそんな質問に答えられないわよ」
とりあえず理由を聞いた。
チャキ……
直後、図書館に金属音が響く。
突如、妖夢が長いほうの剣、『楼観剣』を鞘から抜き出し……
ヒュッ!
一閃
「「えっ」」
一瞬の出来事だった。
パチュリーと咲夜の両名は、一瞬何が起きたかわからなかっただろう。一連の動作が終わった後に、腑抜けた声を出すのが良い証拠である。
静かな図書館に、妖夢が抜刀した楼観剣の刃が妖しく輝く。
致命的な油断……いや、油断ではない。かなりの手練である二人が気付かないほど、妖夢の動作は自然且つ殺気を感じさせなかった。
妖夢は突然、人も本も無い片隅の空間を斬ったのだ。
「……っ!」
咲夜の額に一筋の汗が流れる。
「どういうつもりかしら……っ?」
ナイフを取り出し、臨戦体勢に入る咲夜。その表情に余裕の色は見えない。
咲夜に続き、パチュリーも戦闘に備える。パチュリーの足元と背後に五芒星の魔法陣が出現する。
この状態になった二人を相手にするのは、容易な事ではないだろう。しかし、何もない空間から二人に視線を移した妖夢に、焦りといった表情は見受けられない。
抜刀する前と変わらぬ表情のまま、妖夢は口を開いた。
「パチュリーさんから借りた本が、凄い面白かったんですよ」
「「…………」」
「真の剣豪とはああいうものなんだろうなって、私は思ったんです」
「「…………」」
「私はいつまで経っても半人前です。もし幽々子様の身に危機が迫った時、私は幽々子様の剣となり盾になれるのか……そう考えたんです」
「「…………」」
「半人前な私では無理だろう。そう、思ってしまったんです。でも……もし、本の中の主人公みたいに強ければ、それも叶うだろうって」
突然語り出した妖夢の意図が読めないのか、二人は水を注さず黙って聞き手に回る。
「本の中の彼らと、私の違いを考えてみました。彼らは私に比べたらずっと短い期間しか生きていません。でも私の剣が彼らに勝ってるとは……どうしても思えなかったのです」
「「…………」」
「彼らの強さは何処からくるのか、私は考えてみたのです。……そして私なりに答えを出してみました」
手にした楼観剣を縦に振り、剣先を二人のほうに向け言い放つ。
「踏み越えてきた死線、屍の数こそがその強さでは無いかと」
数秒の間を置き、妖夢は更に続ける。
「私は実戦経験が乏しいです。人を殺めた事もありません。それが彼らと私の違いだろうと……だから逆に気になったのです。貴方達はその経験があるのかどうか」
手にした楼観剣を鞘に納め、頭を下げる妖夢。規則正しく切り揃えられた髪の毛が、均等に地面に向けられる。
「野暮な真似をしてすいませんでした。これが聞いた理由です」
その様子を見て臨戦体勢を解除する咲夜とパチュリー。
「それで、どうなんですか? 咲夜さん……人の身、この世に生を受けて大して時間も経っていない貴方が、吸血鬼という極めて強力な種族に仕え、頼りにされている。同じ従者として、そんな貴方に私は興味が尽きない。一体どれほどの屍を越えれば貴方のようになれるのか……教えてくれないかしら?」
少し悩む動作を見せた後、咲夜は数枚のトランプで口を覆う。
「残念だけど、その質問には答えられないわ」
「な……」
「妖夢は少し勘違いしているわ。従者にとって必要なのは、何も強さだけじゃないのよ。護衛って意味あれば、私も、ここの門番も必要ないわ。だってお嬢様のほうがずっと強いもの」
「何だかんだでレミィは強いからね」
「従者にとって最も必要なのは、主人の望みに応えようとする想いよ」
「でも、でも……! 幽々子様はいつも私を半人前だとか言って……私は応えられてる気がしません。だから……!」
「それでいいのよ」
まるで保母のような慈愛に満ちた顔を浮かべ、咲夜はそっと妖夢を諭す。
「もし私が妖夢の主人で妖夢に対して不満があったのなら、貴方を首にするなり新しい庭師を呼ぶなりするわ。でも貴方が仕えてからはそういう事が無いのでしょう? つまりそういうことよ」
「つまりって……?」
「もう、つまりね……貴方の主人はね、貴方と二人きりで一緒に居られることを望んでるのよ。あの無駄に広い場所で、貴方とだけって事よ? 半人前だとか言うのは、ちょっとしたからかいに決まってるじゃない。貴方の反応を楽しむための余興よ、気にすることじゃない」
ぽん、と妖夢の頭に軽く手を乗せる咲夜。身長差的に妖夢は見上げる形になる。
「今までのままで良いのよ、妖夢。立派になろうと少しずつ成長する貴方で。死線を乗り越える必要も、誰かの血で自分の手を汚す必要も無い。それがきっと貴方の主人の望みなんだから……ね? 今はまだ歯痒いかもしれないけど、貴方が主人に尽くそう応えようとする想いがある限り、それは行動にも出るし、結果にも必ず繋がるわ」
「……ぁ」
咲夜の話を聞き終えた妖夢は、目尻にうっすらと涙を浮かべる。
「冗長になっても仕様がないからね、私の言いたいことはそれだけよ」
「ぁ、ぅ……」
「まだ私の過去を知りたいかしら?」
「い、いえっ! もう、いいです……その、すいませんでした! それと、本当にありがとうございます」
「礼には及びませんわ」
二人の様子を遠巻きに見ていたパチュリーは、その様子を見て、再び読みかけの本に視線を移した。
「あの……っ、私用事を思い出したので、来て早々すいませんっ! 帰りますねっ」
腕で目元をゴシゴシと拭った後、二人に背を向けて妖夢は図書館から走り去る。
「台風みたいな奴だったわね」
「そうですね」
「まさか本一つであそこまで影響受けるとは思わなかったわ」
「感受性が豊かなのでしょう。良いことですわ」
妖夢が去った後、自然と話し出す二人。相変わらずパチュリーは本から視線を外さない。
「ところで、パチュリー様はどうなんです?」
「何が?」
「先ほどの来訪者の質問ですわ」
ピクッと動き、少し驚いた顔で咲夜を見るパチュリー。
「あら貴方が……意外ね、気になるのかしら?」
「少し気になったもので……」
「ふーん、そーう」
パチュリーは紅茶に口を付け、口端から軽く吐息を漏らす。
「やっぱり咲夜の紅茶は一味違うわね。味、香、水色……全てにおいてレベルが違う。そんなに嗜んでるわけでもない私でもわかるわ。私の……まぁ、従者でいっか。あれももうちょっと使えればいいのに」
「努力はしてますから」
「咲夜の言うところの想いが、この紅茶を作り出したのかしら? 妬けるわねぇ……」
テーブル端に置かれたシルバートレイを見つめ、パチュリーが催促する。
「そういえばティーカップがもう一つあったわね。咲夜、これは命令よ。私と一緒にお茶を楽しみなさい」
あっという間に準備は終わった。今はテーブルを向かい合わせてパチュリーと咲夜が座り、紅茶を口に運んでいる。
「どうかしら? 自分の淹れた紅茶は」
「まだまだですわ」
「あらあら」
若干呆れ気味にパチュリーは言う。
両者の間にくすくすと笑い声が起こる。そのうち自然に笑い声は消え、パチュリーは改まった態度をとる。
「咲夜の方こそどうなのかしら?」
「はい?」
「はぐらかさないの」
パチュリーが詰めると、咲夜は外見相応の少しだけ小悪魔的な色を帯びた笑みを見せながら、楽しそうに答える。
「レディの秘密を知ろうとするのは無粋だと思いますわ」
「このぉこいつぅ……自分の方から聞いた癖にぃ」
「ふふっ」
「ぷんぷん」
むきゅすかするパチュリー、咲夜はそんな彼女の姿が珍しいのか面白いのか……口元に手を添え、笑いを堪えている。
「でもねパチュリー様」
「む?」
「人に有らざる能力を持っていた事により迫害され、追われ、自分が生きるために他人の命を奪い、人から理解される事を放棄した人間……ってのも、私達の身近にいるかもしれませんよ」
「そんな物騒な過去を持った人が身近に居たら怖いわねぇ」
「そうですね」
コホンコホンと、わざとらしく咳き込む喘息少女。
「今度小説を書こうと思うの」
「珍しいですね」
「内容は……そうね、魔女の話なんてどうかしら。とある小さな街に現れた魔女の話。街の人は皆魔女の存在を怖がったの、自分達が何をされるかわかったもんじゃないから。だから魔女退治にハンターをたくさん雇って、魔女を退治しようと思ったのだけど、ハンターは返り討ちに遭っちゃうの。困りに困った街の人達だけど、そこに突如吸血鬼が現れ、魔女を攫ってって街は平和になるの……そんな話なんだけど、どうかしら?」
「素敵な話だと思いますよ」
「そうかしら? つまらない小説が出来上がりそうだわ」
視線を外し、妖夢の去って行った方を見遣るパチュリー。
「良い子よね」
「そうですね」
「さっきの一閃は見事だったわね」
「やられましたわ」
「ここは平和ね」
「良い場所です」
「妬けるわね」
「お互い様ですよ」
「大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ」
彼女達の井戸端会議は続く――――
草の匂いと若干のカビ臭さが混ざり合ったような、そんな独特の匂いが充満する天井の高い空間。その天井に届かんとする圧倒的な本棚の数は、この場所に来訪した者の視野を圧倒させる。
この空間は地下にある。よって窓は一つもなく、一定間隔で本棚に取り付けられたランプの、か細い炎だけが光源になっている。
そんな薄気味悪い場所である。
元々人の寄り付かない館の、地下に位置するこんな場所である。
来訪者など、殆ど無い。
無い……筈なのだが。
「こんにちはパチュリーさん」
本日は勝手が違うようで、均等に切り揃えられた髪に付けた黒いリボンを揺らしつつ、魂魄妖夢が図書館に訪れていた。
「何の用かしら?」
「あら、こんにちは」
パチュリーと、パチュリーに紅茶を持ってきた咲夜がそれに答える。
「この間返しそびれた本を返しにきました」
「あら、誰かさんにも見習って欲しい精神ね」
本を返し、内容についてあれこれと話すパチュリーと妖夢。Musashiやkojiroといった単語が飛び交い、普段無愛想なパチュリーも少し楽しそうだ。
「それでですね……その、パチュリーさんがよろしかったら、あの、もっと本を貸して頂きたいんです……」
もじもじとお願いする妖夢に、パチュリーは内心で「どやあああ本面白いだろおおお」と叫ぶ。
「全然構わないわよ。これなんかどうかしら?」
そう答えるパチュリーの表情は、至って冷静そのものであった。
「ありがとうございます! あ、そろそろ幽々子様がお腹空いてる時間なので、私はそろそろ帰りますね」
二人に背を向ける妖夢に対し、咲夜が声を掛ける。
「もう大丈夫なの?」
くるりと咲夜に向き直り、妖夢は発達途上の胸を張る。
「私は幽々子様が大好きです。その想いはきっと誰にも負けません! 悩んだり、苦しんだりする事があると思いますが、私は私。それを忘れずに一人前になってみせます!」
最後に礼をし、妖夢は走り去っていった。
「大丈夫そうね」
「そうですね」
――――――――
「ふんふふんふふーん♪」
ここは冥界、白玉楼。
冥界という場所に似つかわしくないこの鼻歌は、ここの庭師が発してるものである。
「ふー♪ お布団ふかふか気持ち良い~♪」
白玉楼は広い。そこの業務を一人でこなす妖夢の仕事量は、かなりの量であったりする。
主人より早く起き、朝食を作り庭の見回り手入れそして剣の修行を行う。昼食を作り広い白玉楼の清掃を行い、適当にお使いを頼まれれば出掛け、日も落ちれば夕食を作り夜の見回りをし、主人が寝たのを確認し、自身も速やかに就寝の準備をする……というものである。
今日も主人が寝たのを確認した後、湯船に浸かり髪を乾かし歯を磨き、そうしてようやく寝床についたのだが。
そんな妖夢に最近娯楽が出来た。それは寝床についてから眠るまでの僅かな時間に、パチュリーから借りた本を読むことである。
「今回はパチュリーさんどんな本を貸してくれたのかな~」
行灯のうっすらとした明かりに照らされながら、今日も妖夢は本を読む。
草の匂いと若干のカビ臭さが混ざり合ったような、そんな独特の匂いが充満する天井の高い空間。その天井に届かんとする圧倒的な本棚の数は、この場所に来訪した者の視野を圧倒させる。
この空間は地下にある。よって窓は一つもなく、一定間隔で本棚に取り付けられたランプの、か細い炎だけが光源になっている。
そんな薄気味悪い場所である。
元々人の寄り付かない館の、地下に位置するこんな場所である。
来訪者など、少ししか無い。
夜遅くにここを訪れる者など居る訳が無く、パチュリーは一人黙々と本を書き進めていた。
「パチュリー様、珈琲をお持ちしました」
そこに咲夜が現れる。
「ん、ありがとう」
「調子はどうですか?」
「魔道書と違って面倒だわ。期待しないほうがいいわよ」
「それは楽しみですわ。それと、パチュリー様」
「何?」
「妖夢にはどんな本を貸されたんですか?」
羽ペンの動きを止め、咲夜の方を向くパチュリー。
その顔は普段の彼女から全く想像出来ない程生き生きとしており、彼女を知る人ならば「お前誰だよパチェリーか」と言いたくなるような笑顔を作っていた。
「ホラー小説!」
その日、妖夢はおしっこを漏らした。
「ああっ、幽々子様違うんです。これは、その!」
「あらあら妖夢ったら」
「怖いもの読んで……! それで……っ」
「だから妖夢は何時まで経っても半人前なのよねー」
「ち、ちがうんです…… び、びえええええ、びええええぇぇっ」
(あーもーようむかわいーわー)
-FIN-
読んでてすんなり読めて楽しかったです。
そら肝試しさえダメな子にホラー小説はキッツイわw
だが…あなたとは良い酒が飲めそうでなりません。
途中の咲夜さんとパチュリーのやりとりが素敵でした。
おしっこwwwwwwwwww吹きましたwwwww