悪魔の館-紅魔館
その一室で、この館の主、レミリア・スカーレットが優雅に紅茶を楽しんでいた。
やがて何か思い当たったのか、後ろ控えるメイド長、十六夜咲夜に声をかけた。
「咲夜、今年はハロウィンをやるわよ。」
「ハロウィンですか?わかりました。では、早速準備に取り掛かります。」
「そうして頂戴。私は吸血鬼の正装をするわ。」
「分かりました。フランドール様はどう致しましょうか?」
「フランにも仮装を準備してあげて。」
「差し出がましい事ですが、妹様を外に出して大丈夫でしょうか?
「それなら、私に考えがあるから大丈夫よ。」
「わかりました。では、準備に取り掛かります。」
私こと、十六夜咲夜はそう答えると、早速ハロウィンの準備に取り掛かった。
妹様ことフランドール様を外に出す事に一抹の不安を感じるが、お嬢様に考えがあると言うなら、私は主の命に従うのみ。
まず、妹様にお嬢様の言葉をお伝えし、仮装は何が良いかと尋ねると、妹様は笑顔で、『魔理沙が良い!』と言った。
魔理沙の格好は魔法使いなのだから、ハロウィンの仮装としておかしい選択ではない。
魔理沙と霊夢の服は全て香霖堂で作られているはず。あの店主の性格を考えれば予備を何着か持っていても不思議ではない。
理由を話して交渉し、買い取った後にサイズをあわせれば良い。
念の為に、お嬢様に妹様の仮装をお伝えしたところ、『フランも仕方がないわね。咲夜準備してあげて。』と、笑顔で許可を出してくれた。
お嬢様の衣装は、すでにオーダーメイドで作った正装があるので、衣装棚から出して影干しをする。
魔理沙の衣装は予想通り、香霖堂に予備があったので、訳を話して購入した。
そして、飾り付けとお菓子作りの準備に取り掛かると、南瓜と小麦粉が少し不足気味なので里に買出しに行く事にした。
里に着き、小麦粉や南瓜等を購入し、道を歩いていると一枚のポスターが目に入った。
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秋のブライダル
人生の節目とも言える結婚式
神前で思い出に残る結婚式を挙げてみませんか?
衣装は白無垢だけでなく、ウエディングドレスでもOK。
お申込みは守矢神社及び分社まで。
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白無垢に身を包んだ花嫁の写真と一緒にそんな文章が並んでいる。
(早苗も色々考えるものね。でも、あまり派手にやって霊夢の逆鱗に触れなければ良いのだけど。)
「あれっ?咲夜さん。」
そんな事を思っていると、名を呼ばれた。
振り返るとそこには、守矢神社の風祝、東風谷早苗が立っていた。
「あら、早苗。貴方も買い物?」
「いえ、私は写真を届けに来たんです。」
「写真?」
「はい……あっ、これです。」
そう早苗は答えながら、先程の私が見ていたポスターを指差した。
「今度、里からの信仰を得る為に、結婚式の神事も行なうようにしたんです。その一環のサービスとして、結婚式の写真を文さんに撮って貰っているんです。それで現像した写真を届けに来たんです。」
「色々考えるわね。でも、やり過ぎて霊夢を怒らせないようにしなさいよ。」
「それは大丈夫です。結婚式の時には霊夢さんにお手伝いをお願いしてますから。」
「そうなの?」
「はい。結婚式って人手が要るんですが、神奈子様や諏訪子様に巫女の役をやらせるわけにはいかないので霊夢さんにも有償で手伝って貰う事にしたんです。それに、守矢神社まで里の方を連れて行けませんので、分社のある博麗神社を結婚式の会場として借りることにしているんです。」
「よくそこまで霊夢の協力を取り付けたわね。」
「霊夢さんの話ではもともと博麗神社は結婚式の神事なんてやらないって言うことでしたから、結婚式がある時だけ会場を貸して貰うことにしたんです。それに、霊夢さんもお金を稼ぎたいって、手伝いを申し出てくれたんです。あっ、咲夜さんも結婚式の時には是非、守矢神社でお願いしますね。」
結婚……女性なら誰でも憬れるのだろう。私も憧れがないわけではない。
純白のウエディングドレスに身を包み、少し俯いている私の目の前、そっと手が差し伸べられる。
その手を取り、顔を上げ、差し出された人の顔を見る……あれ?
私の見つめた先には白無垢に身を包み、私の手を取る笑顔の霊夢が居る。
一気に顔が火照る。
ない!絶対にない!霊夢が私なんかを相手にするはずがない。
あまりに強く否定して、少し哀しくなるが、それが現実。
「どうしたんですか?」
不思議そうな早苗の声。
「なんでもないわ。それより悪魔に仕えている私なんかを神が祝福してくれるのかしら?」
「信仰して下されば、きっと大丈夫ですよ。」
「難しいわね。私は神を信仰する気なんてありませんから。」
「え~!少しは神様を信仰しましょうよ~」
「貴方も少しは霊夢を見習いなさい。霊夢は私にそんなこと強要しないわ。……霊夢が神を信仰しているか怪しいけれど……」
とっさに霊夢のことが頭に浮かび、私はそう答える。答えながらも霊夢の名を口にした途端、先程の白無垢姿で私の手を取る霊夢の笑顔が頭に浮かび、また赤面してしまう。
「そうですね。霊夢さんには神も悪魔も人も関係ありませんものね……咲夜さん、顔赤いですが、大丈夫ですか?」
「一寸、荷物が重いだけよ。」
私は誤魔化す為に、そう答え、手に持っている荷物を早苗に見せた。
「南瓜に小麦粉……夕御飯の材料ですか?」
「違うわ。お嬢様の発案で今年はハロウィンをやる事になったので、不足している物を買いに来たの。」
「楽しそうですね。もし良かったら私も参加させて貰っても良いですか?」
「異教のお祭りだけど良いの?」
「はい、大丈夫です。神奈子様も諏訪子様も楽しい事は大好きですから。外の世界にいた時には、クリスマスもお祝いしていました。」
「そう。でも、妖怪の山にお嬢様が行くと問題にならないかしら?」
「あっ……そうですね……それなら、私は博麗神社で霊夢さんと一緒に待っています。レミリアさんなら絶対に博麗神社には行きますよね?」
「えぇ、多分行くと思うわ。」
折角話題が変わったのに、また霊夢の名前が出る。
それと同時にあっさりと霊夢の名を出す早苗に一寸嫉妬にも似た感情が浮かぶが、私は平静を装いそう答える。
「では、決まりですね。あっ、そう言えば霊夢さんはハロウィンのこと知っているのですか?」
早苗に尋ねられて、始めて気付いたが霊夢がハロウィンを知っているとは思えない。
「多分、知らないと思うわ。」
「それは危ないんじゃないですか?」
「……危険ね……」
ハロウィンの夜に何も知らない霊夢のところにお嬢様が『Trick or Treat?』と言って押しかければ、霊夢が激怒しかねない。
霊夢にはちゃんと説明しておこう。でも、一寸、今は霊夢に会いたくない。いや、会いたくないのではなく、会えない。
今、霊夢の顔を見たら、私は瀟洒で居られそうにない。
どうしようかと考えたが、直ぐに結論が出た。
「本当なら、私が霊夢に説明に行かないといけないのだけど、一寸準備が遅れているの。早苗、悪いけど、霊夢にハロウィンのこと説明しておいて貰えるかしら?」
嘘だ。私にとって時間は幾らでも作る事ができる。ただ、霊夢に瀟洒ではない私を見せたくない一心で早苗に頼む。
「構いませんけど。」
「良かった。じゃぁ、お願いね。」
「はい。」
早苗との会話を切り上げると、私はハロウィン当日の事を考えた。
お嬢様は博麗神社行くとことはほぼ確定。他に行きそうなところは?
思い浮かばない。
では、妹様は?
きっと、妹様は、魔理沙の家に行くと言い出すだろう。
お嬢様は妹様に甘いので、まず、魔理沙の家に行くことになるだろう。
……魔理沙が家に居るとは思えない。
きっと、魔理沙のことだから、ハロウィンにかこつけて紅魔館の図書館に行き、本の強奪を謀るだろう。
最悪は行き違いになってしまう。
ならば、どうする?答えは簡単。始めから図書館で魔理沙を迎えれば良い。
図書館で、パチュリー様、妹様、いっその事、アリスも呼んで4人でハロウィンを楽しんで貰えば良い。
そこで、漸く私はお嬢様が、始めから妹様を紅魔館から出さずにハロウィンを楽しく過ごさせる方法を考えていた事に気付いた。
そして、ハロウィン当日。
予想通り、魔理沙は図書館を強襲してきた。
しかし、全て予想通りだった為、現在、魔理沙は魔理沙の格好をした妹様とパチュリー様、アリスと4人でハロウィンでなく、お茶会している。
少なくとも妹様は楽しんでいるようだ。
私は、裏地が真紅の漆黒のマントに同じく漆黒のスリーピースに身を包んだお嬢様のお供をし、博麗神社に向かっている。
ただ、お嬢様のお供をするにあたり、私も仮装する事になり、現在、私はいつものメイド服にイヌミミだけを着けて、ワーウルフと言う微妙な格好をしている。
博霊神社に着き、霊夢の住む母屋の縁側に向かう。
縁側の先にある居間には霊夢と早苗がちゃぶ台を挟んでお茶を飲んでいる。
二人の姿を見ると早苗に少し嫉妬する自分がいる事を感じる。
「ぎゃおー!!食べちゃうぞー!!」
そんな私の思いとは対照的にお嬢様の明るい第一声。
「「……」」
霊夢と早苗はあまりのことに絶句している。
「お嬢様、『Trick or Treat?』です。」
すかさず、私はお嬢様にフォローを入れる。
「あっ、そうだった。Trick or Treat?」
「はいはい。上がりなさい。凄いお菓子があるから。」
お嬢様の言い直した言葉に霊夢は呆れながら、お嬢様と私に上がるように言うと、さっさと奥に行ってしまう。
お嬢様と私が居間に上がると、早苗は霊夢の正面になる場所を空ける為に横に移動し、お嬢様は今迄、早苗が座っていた場所に座り、私は先程霊夢が座っていた隣、早苗の対面になる場所に座った。
霊夢は直ぐにお盆を持って戻ってくると、お嬢様と私に湯飲みを渡す。
「はい。お菓子。」
そして、霊夢はそう言って、お嬢様に羊羹を乗せた小皿を差し出した。
「一寸、霊夢!ハロウィンで羊羹ってないんじゃない?」
「いいから黙って食べなさい。珍しいお菓子なんだから。」
「羊羹のどこが珍しいのよ。」
お嬢様はもっともな事を言いながらも小皿に乗った羊羹を一口サイズに切ると口運んだ。
次の瞬間、
「美味しい!」
「でしょ。」
お嬢様の感想に、霊夢は得意げな顔をして答える。
「何、この羊羹。こんな羊羹、今まで食べた事ないわ。」
「そうでしょ?それはね、水羊羹て言って外の世界の羊羹なの。」
「外の世界の?」
「そうよ。早苗が幻想郷の羊羹はういろうみたいって言うから、じゃぁ、外の世界の羊羹はどういう物なのかって話をしていて、丁度、早苗が材料を持っているし、作り方も知っているっていうから、作ることにしたのよ。」
「私も最初驚いたんですが、良く考えたら、当たり前なんですよね。幻想郷には海がないのですから寒天がないんですよね。」
お嬢様の疑問に霊夢が答え、早苗が説明を加える。
「かんてん?」
「はい。海に生えているテングサという植物を煮て作るんです。一見、ゼリーや煮凝りみたいなんですが、植物原料でカロリーは殆どありません。健康にも美容にも良いんですよ。水羊羹以外にも、フルーツを入れてフルーツ寒天や牛乳を入れて牛乳寒、他にも心太なんかも作るんです。」
早苗の説明の聞きなれない言葉に私は疑問の声を上げ、早苗はそれに対して説明を続けた。
説明されたが、今ひとつよくわからない。葛の様な植物なのだろう。
「どう?レミリアの好きな希少品よ。」
黙々と水羊羹を食べ、お茶を飲むお嬢様に霊夢は感想を聞く。
「気に入ったわ。素直に感謝するわ。ありがとう。霊夢、早苗。」
「恩にきなさいよ。」
「どう致しまして。」
お嬢様の感想に茶化すように答える霊夢と嬉しそうに答える早苗。
「そう言えば咲夜さんは、仮装しているのにあの言葉を言わないんですね。」
その会話が終わった直後、今度は早苗が私に尋ねてきた。
そう言われてみれば、私は『Trick or Treat?』を言っていなかった事に気付いた。
なるほど、私にはお茶しか出されていない。
意地汚い話でなく、純粋に水羊羹を食べてみたいと思う。
幻想郷では手に入らない食材だから、同じ物を作る事はできないが、幻想郷にある食材で似た物を作れるか試すのも楽しいだろう。
その為には、一度口にしてみなければ、どんな物か理解することも出来ない。
「Trick or Treat?」
早速、私はハロウィンの定型文を言う。
「では、私から。」
そう言うと早苗は私の前に水羊羹を乗せた小皿を差し出し、その後、霊夢に目配せをしている。
その二人の行動に、また嫉妬の感情が沸き上がる。
「私からはこれ……」
霊夢は今迄聞いたことのない歯切れが悪い喋り方でそう言うと、少し顔を赤くして小さな包みを差し出した。
「なに?」
「開けてみて下さい。」
私の質問に早苗が早く開封するように言う。
私が包みを開けると、そこには指輪が入っていた。
「えっと、霊夢?」
「本当は、他のもの買おうと思って、バイトしていたんっだけど……早苗がね、ハロウィンは、お菓子を貰いに来た人にはお菓子をあげるんだけど、好きな人が来たらお菓子じゃなくて、3か月分の収入のエンゲージリングって言う指輪を贈らなければいけないっていうから、その……私あまりお金持ってないから安い物だけど……」
霊夢の言葉に思わず早苗の方を見ると、早苗はそ知らぬ顔をしている。しかし、どう見ても、必死に笑うのをこらえているのがわかる。
「咲夜、霊夢が困っているわよ。」
思わず早苗を睨み付けてしまっていたが、楽しそうなお嬢様の声に慌てて霊夢の方を見ると、霊夢は困ったような、悲しそうな顔をしている。
「霊夢、それは嘘よ。早苗に騙されたのよ。」
「嘘!」
「本当よ。それにエンゲージリングの意味を知っている?」
「意味?……『貴方が好きです。』じゃないの?」
「違わないけれど、エンゲージリングはね、『貴方に永遠の愛を捧げます。』って、意味があって、それを贈るって言う事は『結婚して下さい。』って意味なの。」
「そうなの?」
「そうよ。それで、どうする?今なら返すわよ。」
「……咲夜が嫌じゃなかったら……受け取ってくれると嬉しいんだけど……」
「そう?じゃぁ、ありがたく受け取らせて貰うわ。」
霊夢にそう答えると、私は喜びを噛み締めながら、指輪を左手の薬指にはめた。
'10.11.02 誤字修正。(御報告ありがとうございました。)
も?
>お嬢様は博例神社行くとことはほぼ確定
博麗神社
結婚式には是非呼んでください!
ワーウルフ?
ご結婚おめでとうございます。
ところで水羊羹は葛でも作れるようですよ。