少しづつではあるが紅葉が散り始める神無月の終わり頃。僕は相変わらず客の来ない店内で店番という名の読書に耽っていた。
換気の為に開けている窓がある居間の方からは風が舞い込み、しっかりと換気の役割を果たしている。店の中が寒くなるが冬でも換気と言うのは大切な事であり、それは此処香霖堂ではどの季節でも尚の事なのだ。
五行の一角である木行は風が散り出来たのが始まりと言われており、その風も木行に分類される。
そして僕の気質は水であり、僕の名前を取っている香霖堂もまた同じく水行だ。
風が店に流れ込む事で、店の中は元からある水の気質と、外から入ってきた木の気質で満たされる。そうする事で順序こそ違えど水生木の関係が出来上がり、店の気質は一時的に木気となる。
だが、何故それが重要なのか。それは香霖堂に訪れるある妖怪に関係がある。
スキマ妖怪、八雲紫だ。
彼女はその名前からも幻想郷を護る役割からも分かる通り、土行の性質を持っている。
そして土行が苦手とするのは……木行だ。
この店において換気とは空気の入れ替えだけではなく、木剋土の役割も兼ねている。普段紫が来ると大概の場合面倒事になる為、彼女が来にくい様にしているのだ。更にこの時期は彼女の力や鑑定眼を鈍らせ、ストーブの燃料を得る為の交渉を有利に進めるという意味合いも同時に存在する。
……尤も、換気をしている時に彼女が来た試しが全くと言っていい程無いので、結局は空気の入れ替えしか意味を成していないのが現状なのだが。
まぁ燃料なら先日手に入れたばかりだし、換気もそろそろ十分だろう。思い、本を閉じ居間へと向かった。
「ん?」
廊下を見ると、数枚の紅葉が散っていた。恐らく風と共に舞い込んだのだろう。
「やれやれ……後々掃除をしなくてはな」
別に今してもいいのだが、掃除の途中にまた葉が入ってくる事も考えられる。そうなると、寒いし非常に面倒だ。
そんな事を考えながら居間の窓を閉めていると、店の方から音が聞こえた。
人が来る度に鳴り響く、扉に取り付けている鈴の音だ。
誰かと思い店に行くと、最近よく見る顔がいた。
「あ、奥に居たんですか」
「誰かと思えば……妖夢か」
冥界の屋敷白玉楼の庭師にして、そこの御嬢様西行寺幽々子の剣術指南役。
僕と同じ半人の存在、魂魄妖夢がそこにいた。
「今日は何をお求めかな? 生憎、人魂灯なら入荷してないが」
「それは忘れて下さい!」
顔を少し赤くして妖夢は叫ぶ。大方、自分の失態を思い出しているのだろう。
「まぁ、冗談は此処までとして、だ。今日は何をお求めだい?」
「あー……まぁ、お客じゃないんですよ」
……要するに、冷やかしか。
やれやれ、少しでも期待した僕が馬鹿だった様だ。
「客じゃないなら、何だい?」
「遊びに来た……じゃ、いけませんか?」
「………………」
まぁ、何の目的も無く居座られるよりは遥かにマシか。
「いや、駄目という事は無いよ。ちょっと待っていてくれ、今茶を淹れてくる」
「あ、はい」
妖夢にそう言い、僕は言葉通り茶を淹れるために店の奥へと蜻蛉返りした。
***
「……ふぅ」
店の奥で茶を淹れながら、僕は一人考えを巡らせていた。
先程の五行思想に当てはめれば、半分が霊体である妖夢は僕と同じ水の気質を持っている。水は土が苦手であり、彼女も同じく土行である紫との相性は悪い。
これに対し彼女の主人である西行寺幽々子が持つ気質は名前から見て金行だ。しかし彼女は亡霊、同時に水行も持っている。これにより、彼女は自分一人で金生水の関係を満たしていると言え、実質彼女の属性は水行となる。そうすると、彼女も僕同様紫を苦手とするのかと言われると、実はそうではない。
僕の名前である「霖之助」。僕の水行は言わずもがな此処から来ている。そしてこれは自分でつけた名前なので、親から貰った名前よりも気質は小さい。そして妖夢の水行は半霊部分から来ており、亡霊の幽々子嬢と比べれば単純に半分となる。
つまり幽々子嬢は僕や妖夢よりも強い水気を持っており、それを更に金行で強化しているという事になる。それにより、水侮土とまではいかなくとも、紫の土行に対抗し得るだけの水行を得ているのだ。
しかしそれでも幽々子嬢は水行である分、紫とは相性が悪い事には変わりない。ならば何故対等に付き合えているのか、それにも当然理由がある。
――とそこまで考え、僕の思考は遮られた。
『――カシャーン……』
店の方から聞こえてきた、皿の様な物が割れる音で、だ。
何となく何が起こったのか理解できるが、一応確認しておくべきだろう。
思い、店の方に足を進めた。
「……ハァ、矢張りか」
「あ、て、店主さん、その、えと」
「全く……」
店の方に戻ると、そこには僕を見て慌てている妖夢がいた。
そして足元には食器だった何かの欠片が散乱している。
「動かないでくれ、今箒と塵取りを取ってくる。触らないように」
勝手に触って怪我をされたら面倒が増える。
「へ、あ、はい……」
妖夢にそう告げ、僕は今日二度目の蜻蛉返りをした。
***
「ほら、もう動いても大丈夫だ」
「あ、はい」
皿の欠片を屑篭に捨てながらそう言う。僕の言葉を聞き、妖夢は僕の方へ歩み寄る。
「あ、あの。すいませんでした!」
僕の前まで来ると、ぺこりと頭を下げ謝罪する。半霊も頭の様な所がぺこぺこと動いている。
「そう思うなら次からは気をつけてくれ」
「はい……」
まぁ彼女もドジとは言え流石に学習能力はあるだろう。無ければたまったものではない。
少し沈んだ声で返事をし、妖夢は無言でもう一度頭を下げる。どうやら自分のやった事には反省しているらしいな。
だが、反省だけで済むほど甘くはないのが現実だ。今から僕が彼女に課す事など、人生の勉強だと思えば安いものだ。
「……さて。君は商品を壊した。弁償するのが常識だと思うが?」
「うぅ……き、今日はお金持って来てません……」
まぁ、今日は最初に「遊びに来た」と言っていたのを聞いていたからそんな事は想定済みだ。
だが商品を壊されて「弁償できません」で通る程、香霖堂は甘くはない。今後この様な事が無いよう、少しきつめに灸を据えるとしよう。
だから、言外に主張する事にした。これぐらいが丁度いいだろう。
「全く、遊びに来ただけとはいえ万一の事を考えないで財布を持ち歩かないとは困った子だ。あぁ、困ったと言えば屋根裏に数匹鼠が住み着いていたな。食料を食い荒らされるし壁に小さな穴を幾つも空けられる。この為だけに猫を飼うのも馬鹿らしいし、誰か追い払ってくれないものかな」
「うぅ……わ、私が、私がやります……」
「おぉ、やってくれるのかい? 有難いね、助かるよ。まぁもしかすると鼠以外にも何かいるかもしれないが、ついでにそれも頼むよ」
「ね、鼠以外って、ななな、何ですか!? 何かいるんですか!?」
本当は鼠以外何もいないのだが。いても精々が虫か蝙蝠ぐらいだろうが……まぁ、これくらいの悪戯は別にいいだろう。恨むなら自らの不注意を恨んでくれ、妖夢。
「さて、ね。もしかするとだから、気にしなくても構わないよ」
「う、うぅう…………」
うろたえる妖夢を尻目に、僕は勘定台に戻り読書を再開した。
***
「お、終わりましたぁ~……」
妖夢が屋根裏に住み着いた鼠の駆除を始めたのが昼頃。日が傾きかけている事から、恐らく三時間程は経過しているだろうか。鼠の駆除の終了を僕に告げる声が、店の奥にある屋根裏へと続く階段の方から聞こえてきた。
「あぁ、ご苦労様」
言って、湯飲みを傾け喉を潤す。そうしようとしたのだが……
「……ん」
どれだけ傾けても一向に喉は潤わない。どうやら茶が切れてしまったようだ。
いくら読書に夢中になっていたからといって、茶の残量にも気付かないとは……我が事ながら、少し考え物だな。
「……やれやれ」
呟き、茶を淹れる為に席を立ち、やがて廊下へと差し掛かる。
すると、向こうから此方に向かってくる妖夢が目に入った。
「うぅ~……凄い埃でした……」
「お疲れ様。いたのは鼠だけだったかい?」
「鼠だけでしたよ! 他に何かいるかもって、ずっと怖かったんですからぁ!」
「ハハハ……だが、半分が幽霊の君が怖がりとは……面白い事もあるものだな」
言って、少し笑う。
「むぅ~! 笑わないで下さいよ!」
僕が笑ったのを侮辱と取ったのか。妖夢は少し駆け足で此方に歩み寄ってくる。
そして僕の少し手前まで来た時、『それ』は起こった。
冒頭で少し触れたが、僕は五行思想に基づき換気をしていた。
そしてその換気の結果、廊下には数枚の落ち葉が散っていた。
妖夢は落ち葉に気付かず彼女の細い足は落ち葉を踏み、そしてそれに足を取られたのは至極当然と言えるだろう。
「ひゃっ……!」
妖夢が、僕の方へと倒れてきた。
そして妖夢は物理の法則に従い、僕の胸へと凭れ掛かる。
「むぅっ!?」
「お……っと」
ぽすん、と。
そんな擬音が聞こえてきそうなぐらい、綺麗な倒れ方だった。
突然の事だった為に少し仰け反ったが、妖夢は軽かった為に転倒まではいかなかったが、必然的に妖夢を抱きしめる形になる。
「……っと。大丈夫かい?」
「え、あ、えと、その……」
「……ん?」
見ると、妖夢は顔を耳の端まで赤くして俯いてしまった。その様子に、何かを感じた。
「……ちょっと、失礼するよ」
その何かを確かめるべく、断りをいれ妖夢の目線まで頭を下げ顔に手を当てる。
「ふえぇっ!? て、店主しゃん!?」
妖夢は驚き、顔の赤を濃くする。早めにした方がいいな。
思い、顔を近づける。
「あ、あうぅ……!」
僕と妖夢の顔の距離が一寸程になった時、妖夢はきゅっと目を閉じた。
それを無言の了承と受け取り、僕は妖夢との距離をゆっくりと無くしていった。
ピトッ
「フム……」
「……はぇっ?」
額と、額で。
「フム、少し熱があるな……」
矢張り。顔の染まり様から熱があるかもしれないと感じていたのだ。
「あ、あぁぁ……!」
「今日はもう帰って、ゆっくり休むと……ん?」
見ると妖夢は目を見開き、その顔は紅魔館の様に真紅に染まっていた。それと同時に、額から感じる体温も徐々に上昇していく。
「熱が上がっているが……大丈夫かい?」
「だっ、だだだだだだだ大丈夫です! で、では!!!」
叫び、妖夢は脱兎の如く店を飛び出して行った。
「………………」
何をそんなに急いで飛び出したのかは不明だが「では」と言っていたし、僕が言った通りに帰ったのだろう。
彼女の住む白玉楼は金行を持つ。金気の中で休めば、水行の彼女は良くなるだろう。
思い、茶を淹れるために奥へと進んだ。
とても良かったです!!
妖夢可愛いよ妖夢
あとは相変わらず、見事なまでの信頼と実績の霖之助でした。
妖夢がとっても可愛かったです。
純情だねぇ…。
>>奇声を発する程度の能力 様
剣一筋で生きてきた(半分幽霊にこれは正しいのか?)っぽいので、初心なんじゃないかなーと思ったんです。
>>2 様
その様なお言葉……有難う御座います!
>>3 様
みょんは可愛いですよね!って吐血!?
>>投げ槍 様
急展開も一つの作風……ということなのでしょうか。
>>拡散ポンプ 様
霖さんの薀蓄はメタい事もあれば妙に納得できるものもありますし、わからない感を感じていただけたら幸いですw
彼の実績は半端じゃないですしねw
>>華彩神護.K 様
OKですか!良かった……
純情ってある意味で素晴らしく危ないですよねw
読んでくれた全ての方に感謝!
なんというラッキーw…うらやますぃ