爽やかな秋晴れの下で、霊夢はくつろいでいた。
縁側に腰掛けて、熱いお茶をすする。外気の涼しさと体内からの温かさが、のんびりと鬩ぎ合う。
体の芯からじわじわと、広がるような、広がらないような、そんな曖昧な心地を楽しんでいた。
さて、午後は何をしようか。最近は妖怪退治の依頼は無いし、お札の予備も十分にある。庭の掃除も終わらせた。
本格的に、やることがない。
でも、まあいいか。 どうせ参拝客も来ないだろうし、心ゆくまでこの平和を享受するとしようか。お茶と共に。
霊夢は庭で駆けまわっている落ち葉を意識から外し、ぼんやりと空を見上げた。
……はぁ。
やっぱり見上げなかった。
「秋ですよー」
「秋でしゅよー」
「は、春はまだですよー?」
季節を間違えた妖精が、何やらちびっこいの二人を引き連れてやって来たようだ。
「平和って、いいわよね。……平和」
どこまでも突き抜ける空は、憎々しいほど爽やかだった。
○○○○○
「秋ですよー」
「秋でしゅよー」
「れ、霊夢さん。無視しないで下さいよー」
座った霊夢の両横に立ち、くいくいと袖を引っ張るちび達。くりくりの目できらめく視線を発しながら、秋、秋と騒いでいる。
霊夢はひょいと帽子を取り上げて、自分の頭にかぶせる。
「ぼーし、とるなー!」
帽子をとられた、少し小さい方の子が、霊夢の頭に手を伸ばす。しかし必死に背伸びをしても、あと少し届かない。
「むー」
霊夢は可愛らしい抗議を無視して、二人の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
紅葉の髪飾りの子は、くすぐったそうに、しかし静かに撫でられている。
一方帽子をとられた方は、撫でる手を掴んではしゃぎだした。
「霊夢さんて、意外と可愛らし――」
ゴツン。
「それで、これはどういう状況なわけ?」
「しっかり聞こえてるじゃないですか……」
涙目でうずくまっているリリーに、髪飾りの子が駆け寄る。
「りりー、だいじょぶ? いたいのいたいの、飛んでけー」
「とんでけー」
先に駆け寄った子は、とんでけー、と少し心配そうに瞳を揺らす。
真似してる方は、よく分かっていないようだ。
「ありがとー。いたいの飛んでっちゃったよー」
そんな二人を心配させまい、と、リリーはぴょんと飛び起きて、人差し指を自分の両頬にあててにっこりと笑ってみせる。
ついさっき飛んでいった痛いのは、霊夢の視線に乗って帰って来た。
○○○○○
「それで?」
こほん、と仕切りなおして霊夢が問い直す。
リリーは若干頬を赤らめつつ、記憶を呼び戻した。
「実は、私もよく分からないんですよ。洞窟で春になるまで眠っていたところを、突然この子達に起こされたんです。それで、とりあえずここに……」
「とりあえずで来るな……今回は許すけど」
むしろ褒めて遣わす。
……と、それはいいとして。
霊夢は、改めてちびっこ二人をよく確認してみる。
前に一度会っただけだが、やはり見間違いようもない。以前と全く同じ、サイズだけが小さくなっている服装。
中身は……この子達が、あんな可愛げのないのになってしまうのか……。
結構失礼なことを考える。
「ええと、あんた達。秋姉妹よね?」
「うん!」
葡萄の飾りの赤い帽子を返してもらった童女が、元気いっぱいに答えた。
しかし、もう一人の子に怒られる。
「こら、穣子。ちゃんとご挨拶するの!」
「ご、ごめんなしゃい」
「はじめまして、秋静葉です。よろしくおねがいします」
「あ、秋穣子です! よろしくおねがいしましゅ!」
小さなお姉ちゃんは、ぺこり、と行儀よくお辞儀をする。
その姿に倣って妹も頭を下げるが、勢いよく下げ過ぎて帽子が落ちてしまった。
「ああ、うん。ご丁寧にどうも。私は博麗霊夢よ。……初めましてじゃないけどね」
ほれ、と帽子を拾ってあげると、穣子は嬉しそうにかぶりなおした。
「ありがとー。……れーむ?」
「れ、い、む」
「……れ、え、む?」
む? と、ちょこんと可愛らしく首を傾げる妹。
そこに姉が入ってくる。
「まったく、穣子ったら。しょーがないなぁ」
ちょっと得意げに、腰に両手をあてている。
「ほう。じゃあ、あんたも言ってみなさい」
「うん!……れいむ!」
「ほほう。……れいむ、れいむ、れいむ、れいむ」
「れいむ、れいむ、れえむ、れーむ」
れいむ、れいむ、と一生懸命に唱える静葉。
両手をわきわきとさせて、それを眺める霊夢。
「霊夢さん……よだれ」
リリーは呆れ顔で指摘しつつも、ちゃっかりと穣子を確保している。
いつの間にか膝の上に乗せられていた穣子は、退屈そうに足を揺らしていた。
○○○○○
「ねーねー、りりー」
「なあに、穣子ちゃん?」
穣子はリリーの膝から下りて、えい、と両手を打ち合わせる。それから、袖の中を探りだした。
「みてて……お芋!」
ちっちゃなおててが握るのは、赤紫色の大きなさつまいも。
はい、とリリーに手渡す。
一方静葉は、しきりに感心するリリーを見つめてから、ちょっとほっぺを膨らませて霊夢の服を引っ張った。
「れーむさん、私も……もみじ!」
同じく、えい、と手を打って離すと、掌の間から真っ赤な楓の葉が一枚、ひらりと舞い落ちる。
「へー、あんた達すごいわね。どっから出したの?」
「えっへん。神様だもん」
静葉がもう一回手を叩くと、今度は黄色いイチョウの葉が現れた。
霊夢はそれらを拾ってしげしげと眺めた後、自然な仕草で自分の髪に飾りつけた。
「よし、じゃあ私も……」
それからそう言って、霊夢は脇のあたりを探りだす。
いつの間にか薩摩芋に埋もれていた二人も、霊夢に注目する。
「えーい、芋羊羹! おまけに……もみじまんじゅう!」
「れーむさん、すごーい!」
「おいしそー!」
「それこそ何処から出したんですか……」
「えっへん。私、巫女だもん」
そう言って、霊夢は偉そうに胸を反らした。
「……もん、とかちょっと無――」
「りりー、だいじょ――むぎゅっ」
またしても涙目のリリーに駆け寄ろうとするお姉ちゃんを、霊夢は抱きとめる。
「で、あんたは何かだせないの?」
案外あっさりと立ち直ったリリーは、対抗して妹を抱きしめながら、しばし思案した。
「えーと……は、春度!」
「それはまだ、しまっときなさい」
すぐさま霊夢につっこまれて、何処か満足そうな顔で花びらを消し去る。
それから、ふと思いついた事を口にした。
「そうだ、霊夢さん。焼き芋をしませんか?」
「やきいも?」
霊夢より早く、穣子が真っ先に反応した。
「そうです、焼き芋。せっかくこんなにお芋がありますし」
実は私、食べた事が無いんですよー。と、当然と言えば当然なことを呟く。
霊夢は、リリーの隣に築かれた薩摩芋の山を眺めてから頷いた。
「いいわね。だったらあんた達、そこら辺の落ち葉を集めて頂戴」
『はーい!』
「あれ、霊夢さんは?」
乗り気な二人に背を向けて、霊夢部屋の中へと向かってゆく。
「火の準備よ」
道具はそこね。と庭の隅を指し示す。
「よーし、じゃあ集めるよー」
『おー!』
ちっちゃな握りこぶしを突き上げてから、庭に降り立った二匹は落ち葉を追いかけ始めた。
「あれ? 実質、私一人ですか?」
きゃっきゃ、と駆けまわる二人。
くすっ、と一つ笑みを零し、リリーは庭の隅に転がっている竹ぼうきを手に取った。
○○○○○
「では、私はそろそろ帰りますね」
お腹いっぱいになって落ち葉も燃え尽きたころに、リリーは切りだした。
もうだいぶ日が傾き、太陽は山に触れはじめている。
「ん……そうね。二人はどうするの?」
「おとまり!」
「れーむさん、お泊りしていい?」
拒否なんて想定していない、期待を込めた瞳が向けられる。
「いいわよ」
「……即答ですか」
「当たり前じゃない。リリー、あんたも泊まってく?」
「いえ、せっかくですけど……レティが寂しがるので」
もう、しょうがない子なんですよ。と嬉しそうに呟く。
「……え? どゆこと?」
「では、春にまた……」
霊夢の疑問には答えず、最後に笑顔を残して春告精は夕焼けの向こう消えていった。
「れーむさん、はやくー」
「はやくー」
うーん。まあ、いいか。
「よーし、まずはお風呂に入るわよ!」
「わーい!」
「おふろ!」
霊夢は、部屋の中へと二人を追ってゆく。
赤い空は山の向こうに消えてゆき、透き通る闇の中に黄色い月が浮かんでいる。
乾いた秋の風が、落ち葉のほかにも何かを運んできた。
――ですよー。
博麗神社のお風呂からは、いつまでもはしゃぎ声が響いていた。
おしまい
レティさんについての続編を期待しています
グッジョブb