殊更に暑い、とある夏の日。
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットが、館の主たる面子を自室に集めた。
その服装は寝巻であり、睡眠中にかいた汗が吸い込まれ、べったりと地肌に張り付いている。
薄ら透ける下着に、レミリアの親友、パチュリー・ノーレッジは顔を顰めた。
なにも、でかでかと刺繍された『R』の美的センスを疑っている訳ではない。
親友の螺子が一本抜けていることなど先刻承知だ。
むしろ、その程度で済んでいると安堵した。
閑話休題――ともかく、パチュリーが苦い顔をしているのは、そんな霰もない格好にレミリアが全く無頓着なためであった。
「お嬢様、まず何よりも乾かしませんと」
「放っておけ。その必要もなくなる」
「はぁ……?」
タオルで体を拭おうとする従者を邪険に払い、紅魔館の主は、一同に宣言した。
「今日より、我が紅魔館では一切の着衣を禁ずる。
異論は認めない。
……否。
異論がある者は、この私を倒してみせよ!」
寝巻を千切りながら、レミリアは言ってのける。マジだった。
魔女、従者、門番――居合わせた者の誰よりも速く動いたのは、主の妹、フランドール・スカーレット。
「ふん、フランドール、姉に刃向かうか。ならば私も本気を」
「きゅっとしてドカーン!」
「うー!?」
先端に白い毛玉がついたナイトキャップが、弾けて飛んだ。
「あぶ、あぶっ!? だってだってねフラン、咲夜たちはメイド服で暑苦しいし、美鈴なんて長ズボンよ長ズボン!」
「だからって極端すぎるのよ! せめて、一枚二枚減らすとかでいいでしょう!?」
「わかったわフラン、お姉様、二枚脱ぐ!」
レミリアの寝巻は薄い桃色のワンピースタイプであり、既にソレは千切られていた。
加えて、帽子も弾け飛んでいたし、つまるところ、残っているのは二枚だけだ。
要は、フリルのついたシャツと真っ白いドロワーズだけである。
パチュリーが制止の声をあげる。
咲夜が一瞬の戸惑いの後、バスタオルをかける。
美鈴が手を伸ばし、フランドールを留めようとする。
――何れよりも速く、フランドールは、否、フランドールたちは、動いていた。
「き「ん「き「禁じられた遊びっ!!」」」」
放たれた圧倒的な量の弾幕が、パチュリーをはじめとした一同の視界を、塞ぐのだった。
「――と言うような経緯で、暫くは薄着が採用されたのよ」
ところ変わって、館の地下、大図書館。
紅茶の代わりに水が注がれたカップを持ち上げつつ、パチュリーは、館の現状を解説した。
カップに口をつけ、水を喉に通し、胃へと落とす。
口腔内に残る、ざらついた滑らかさに小首を捻る。
違和感を覚えた。
普段飲まされている水は所謂硬水の類で、押し並べて、良く言えばまろやかさが味の特徴だ。
滑らかさなど欠片もない。
正直、不味い。
どうやら、カップの中身は塩水のようだ。
「あー……それで、妖精メイドの方々は水着になられているんですね」
頷いたのは、向かいに座るパチュリーの従者、‘図書館の司書‘こと小悪魔だ。
首に白いタオルを巻き、何処から調達したのか、額に冷却材。
勿論、主の額にも同じ物が貼られていた。
「クールビズですか」
「環境への配慮なんてさらさらないけどね」
「まぁ、実施されている‘外‘でも、概ねそんな感じでしょうし」
ポケットからハンカチを取り出し、パチュリーは手に浮かんだ汗を拭いとった。
ただ在るだけで、体内の水分が外へと出ていき、消え失せる。
それだけならまだしも、作成中の目録に落ちるのは許し難い。
いやになるほど、夏だった。
「流石に、咲夜は水着じゃなくて袖なしシャツだけど」
「あぁ、提灯袖は確かに暑そうですもんねぇ」
「パフスリーブ」
「言い方に拘るなら、キャミソールって言ってください」
「それだとどうしてもインナーに聞こえる気がするし……」
紅魔館に待望の腋成分が加えられた。ハラショー。
「美鈴は、指摘されたズボンを止めたみたいね」
「あの、それ、かなり際どくなりませんか?」
「『大丈夫です。見えません』って断言してたわ」
「流石は美鈴さん、解っていらっしゃる」
「何がどう解っているのか気になるけど、めんどうだから不問にしてあげる」
歩くたび、引き締まった腿がちらちらと覗くそうな。ブラボー。
「妹様は、水着」
「メイドさんたちと同じですか。スク水ですか」
「彼女たちは‘制服‘だから。……セパレートタイプの物よ」
「フリルが一杯ついているんですね。可愛い!」
「レミィもね」
薄桃の配色が、姉妹の肌の白さを一層引き立たせる。
とは言え季節柄、火照るのは致し方なし。
薄らと浮かぶ、赤。
「おぉ……幼女の醍醐味」
恍惚とした声で、小悪魔が呟いた。
「貴女ね……」
「お臍も可愛らしい」
「互いに突っつき合っていて、これは止めた方が良いんだろうか、と少し悩んだわ」
いたって健全な光景である。
いやしかし、だがしかし……。
悩んだものの、パチュリーは止めなかった。
因みに、姉妹による突っつき合いは、エスカレートしてグングニルとレーヴァテインが取りだされた所で、従者と門番に止められたそうな。
「で、その」
「んぅ、なによ」
「肝心のパチュリー様は?」
身を乗り出す小悪魔に、そんなことか、とパチュリーは鼻で笑う。
「暑さで参っているのはレミィよ? 私じゃないわ」
「ですが、薄着にしろとお嬢様は仰っているんですよね?」
「小悪魔、なにを勘違いしているの。私はレミィの部下じゃないわ」
解ってますけど、と歯切れの悪い言葉が返ってきた。
「彼女も、相談役として私を呼んだだけよ。
その証拠に、指摘はなかったもの。
これでいいのよ」
会話が途切れる。
特に思うこともなく、パチュリーは目録作りを進めた。
頬と言わず眉間と言わず浮かぶ汗をハンカチで拭い、黙々と続けた。
暫くして、小悪魔が切り出した。
「見ていて私が暑苦しいんで、着替えてください」
「気でも違ったの、小悪魔。吸血鬼でさえ命じられない私に、貴女が」
「命令ではなく、嘆願です。パチュリー様、私のために、着替えてください」
繰り返す従者に、主人は苦い顔をする。
あくまで『自身のために』と、従者は言う。
例年よりも長く続いている猛暑で、主人の体力が削られているのを解っているのだろう。
でなければ、出所不明の冷却材をよこしたりはしないだろうし、わざわざ塩水を作ったりするものか。
――そこまで解っていながら、パチュリーは、首を横に振った。
「できないわ、小悪魔。
しない、じゃなくて、できない。
言っている意味が解るかしら? 貴女なら、解ると思うけど」
親友にハブにされたことで意固地になっているだけではない。
それはそれで思うところがあったが、また別の話だ。
もっと切実に、縦に振れない事情があった。
せめて、誠意だけは返してやろう――真っ直ぐに瞳を向ける小悪魔に、パチュリーは、素直に理由を語った。
「夏服なんて、もってないもん」
切実だった。
加えて、パチュリーの服はワンピースタイプ。
オールオアナッシングであり、一枚脱ぐとまいっちんぐ。
主従の間に流れる微妙な空気はしかし、従者によって断ち切られる。
正確には、従者が何処からか取りだした一枚の衣服。
薄紫が基調の、半袖ワンピースだった。
「こんなこともあろうかと」
ご都合主義な台詞だったが、諌める立場のパチュリーは何も言わなかった。
ただ、その衣服に目を奪われていた。
とてもとても、涼しそう。
だから、小悪魔も嬉しそうに微笑んで、そっと手渡すのだった。
「……あ」
「どうぞ、着替えてきてくださいな」
「ふん。そうね、偶には、従者の願いも聞いてあげないとね」
立ち上がり、パチュリーは足早に自室へと戻ろうとした。
扉に手をかけ、ふと、振り返る。
小悪魔は微笑の表情のまま。
重なる声に渋面を浮かべ、続いた従者の言葉を耳にして、その場を後にする――。
「――ございます、パチュリー様」
かくして、紅魔館の面々は、ヒトリ残さず薄着へと転じたのであった。
ひょこりと、パチュリーは扉から顔をのぞかせる。
渡された服は腕にあり、着替えていなかった。
気になることがあり、戻ってきたのだ。
気配を察知して顔を上げる小悪魔に、首を傾げる。
「……ちょっと待って。私に散々言っておいて、小悪魔、貴女は変わっていないじゃない」
「やだなぁパチュリー様、私が着替えちゃったら何処の誰か解らないじゃないですか」
「そんなぎりぎりな発言でかわそうとしないでよ」
「いえいえ、かわすだなんて、そんな。お嬢様の提案の前から、薄着にしていますよ」
「……? どう見ても、何時もの、ブラウスと黒いワンピースでしょう? 変化は、特に……」
ないように思えた。
少なくとも、目視できる範囲では。
パチュリーは、上から下へと、小悪魔の体を観察する。
「はふ……」
なんぞ艶のある声が、小悪魔から零れた。
「見える訳がないと解っていても、こう、火照ってしまいますね」
「意味ないじゃないの。……いや、じゃなくて、貴女、まさか」
「そんなに見つめられてしまいますと、うふ」
うふじゃねぇ。
思いつつ、パチュリーは掌を向けた。
視界に映る小悪魔は、微笑っている。
恍惚とした笑みを浮かべていた。
自身に向けられた集束する魔力を感じているだろう、にも拘らず、愉しそうに、言った――。
「ノーパンノーブラですわぅっきゃー!?」
確かに言葉通りだったとさ。
<幕>
既に暑さで脳がやられているからなのか
ところで熱中症対策で塩水を飲むなら糖分も入れた方が
飲みやすくなってエネルギー補給も出来るよ
・・・こぁだけに熱暴走か
「しない、じゃなくて、できない。」ごめん。運動不足だからいろいろと弛んでるからかと思っt(ロイヤルフレア)
提灯袖はパフスリーブですわ