Coolier - 新生・東方創想話

「アラウンド・ザ・シークレット」

2013/12/29 21:00:06
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これは幻想郷にまつわる、とある事件の少し前の話。

眠りから覚めてまどろみの季節に、彼女は久しぶりに外へ出た。
とある、冬も近い秋の日。

まだ眠気が覚めないその上から、陽気な声が降って来る。
「いよーう、レティじゃないか。久しぶりだな?」
箒にまたがって降りてきた、白黒の魔法使いは気さくに問うた。
「今日も宴会があるけど、来るのかい?」
白と青の彼女は、静かに首を振った。
「何だ、半年以上ぶりなのに付き合い悪いな?」

それには答えず、夕焼けが紫色になった遥か上を見て、レティはつぶやく。
「今日は星が泣いている。こう言う夜に浮かれた夢は見られないのよ」

白黒の魔法使いーーー霧雨魔理沙は訳が解らんと言う顔でレティを見つめ、
「まあ、また夜っぴて騒ぐだろうから、気が変わったら来てくれな」
と言い残し、箒に乗って飛び去っていった。
住まいの洞窟に引っ込むと、レティは壁に立てかけてある楽器ケースを手に取り、中身を取り出す。
古びているが、丁寧に手入れがされたバラライカ。
静かに、そっと弦をはじく。

Mi・Ra・Do・Mi・Re・Do…Re・Si・So
Ra・Ra・Ra・Do・Si・Ra…Si・Mi・Si…♪

遠い昔、星に乗ってやって来たと言う異邦人の教えてくれた子守唄。
訥々と響くのは歌も何も無い、弦の爪弾きだけ。
今は彼女のみが知る、冬の夢を彩る曲。
かつてそれを教えてくれた少女と男は、オカリナとハーモニカでこの曲を聴かせてくれた。
人であって人では無い、彼女はそんな彼らを好いて、よく遊んだ。
男はよく、歌を口ずさんだ。
少女は曲をオカリナに乗せて風と共に人里へ眠りの歌を運んだ。

そして幾星霜、二人の命の燈火が消えるのを手をとって看取り、墓は作らず、その楽器と共に二人を土へと還した。
悪い塚人が二人の歌を、曲を、悲しい事に使う事を防ぐために。
それから楽器を手に取ることは無かったが、この郷で出会った、異国の幽霊から形見分けされたバラライカ。
もう百年は疾うに過ぎているのに、彼女はその幽霊達の教えてくれた歌を歌った事は無い。
その理由は、誰にも語らず、彼女は冬が来ると静かにその寒さで人の命を凍らせ、息吹の炎を吹き消して来た。
彼女の胸中を推し量れるものは、いない。

弦が最後の響きを残して震えを止める。
レティはバラライカをケースにしまい、壁に立てかけると、目を閉じて静かに遠い昔を思い出す。
オカリナとハーモニカのメロディが静かにこころに響く。

「失われた歌…か」

静かに目を開けると、そこにはいつもの部屋の風景は無く、真っ暗で何も無い空間。
ただ、自分の数歩先がぼう、と照らされている。
「夢?」
不安は感じず、恐れも無く、戸惑いだけがそこにあった。
と、その時、レティの数メートル前に一対の松明が灯る。道を照らすように。
それはその一対だけではなく、行く道を指し示すように順番に、奥へと続いていく。
松明に近づくと、それを持っているのは、人間だった。
「この先に何があるの?」
彼女は問うたが、その人間は首を振って何も答えない。その代わり、空いている手で「奥へ行け」と行き先を示す。

レティがその前を通り過ぎると、後ろの明かりが消える。
そこには、先ほどの人間が凍り付いて倒れていた。向かい側の者も、膝を抱えた姿勢で座って凍り付いている。
その服装は遠い昔の故郷で見た防寒着。
一人ずつ顔を覗き込みながら、彼女はゆっくりと歩を進める。
そして、通り過ぎた後は何かに寄りかかるように顔を天へ向けていたり、安らいだ笑顔で眠るように、
または苦悶の表情で皆、凍り付いていた。

道半ばを過ぎて、時折記憶にある顔が出てくるようになる。
そこで、彼女は思い当たった。
冬の度に自分が命を奪った者達がいる事を。
吹雪に惑わせ、雪で作った幻に誘い込み、そのまま凍死させた者、クレバスを雪庇で隠し、そのまま落とした者。
誰もが無表情で、しかし目は生きていた。
しかし彼女には誰も、何も言わない。彼女も何も感じない。
どんな事情があって冬の寒波の中に旅をするのか、理由があろうとレティには知った事ではないのだ。
無謀な土地の開拓に向かって、雪に閉じ込められ、一冬が過ぎた頃には人を喰らう外道に堕ちた者も居た。
だが、その選択は自分自身…人間の選択だ。
過酷な自然を征しようと傲慢な事を思えば、それ相応以上の力で叩き潰される。それが自然だと言う事を
傲慢なもの達はいつの間にか忘れてしまったのだ。その報いを受けての結果なのだから、彼女が関知する所ではない。

長い道を歩き、すべての松明が凍死者に変わった時に、大きな枯れた大木が彼女の前にあった。
樫の木とも違い、カエデの木でもない。樺(かんば)にも似ているが、わずかに違う。
「木肌からすると、桜のようね」
レティが呟いた時、おっとりした声が褒める様に響く。
「正解。流石、と言った所かしら?」
それと同時に、燐火を纏うた二人の影が現れる。
「でも、この桜は普通の桜では無いのよ?」
蝶の模様をあしらった和風の死に装束に、フリル帽の乙女がそこに居た。その帽子に撒きついている紙冠は、まったくマッチしていない。
もう一人は腰に二振りの日本刀を下げ、幽体を周りに纏う、白い短髪に黒いリボンの少女。
「ご紹介いたしますわ。私は冥界の管理者、西行寺 幽々子と申します。こちらの子は従者の妖夢」
妖夢と呼ばれた者は静かに礼をして、改めて自己紹介をする。
「従者にして冥界の警護と庭師をしております、魂魄 妖夢と申します。以後お見知りおきを」
レティが応える。
「私を呼んだと言う事は私を知っているだろうけど、その礼に応えて自己紹介するわ。私はレティ・ホワイトロックよ」

二人からは敵意も何も感じられない。しかし幽々子の方は何か、困っている風にも見える。
「所で、私が手にかけた者達を使ってまで、私をここに呼んだのは何の用?枯れた桜で花見をするようにも思えないのだけど?」
幽々子は言う。
「あまりお気に召さなかったようね。まあそれはそれとしてこの桜についてなのだけど」「幽々子様」
今まで黙していた従者が口を開いた。
「話が冗長すぎます。もう時間は無いのですから簡潔に伝えて下さい」
従者の触れるものを斬らんとする声は、話どころか迷いも断ち切るような言い方だ。
しかし幽々子はどこ吹く風で
「妖夢、あなたは事を急き過ぎなのよ。で、どこまで話したっけ?」
「桜…西行妖を咲かせるのに力を貸してくれ、と言うところまでです」
話の途中どころか過程までぶった斬った。
「従者さんの方が話が通じそうね。本題に入って私に何を頼みたいのか説明してくれる?」
そこで幽々子が思い出したように手を打つ。
「そうそう、この桜は根の下に何かを封印しているのよ。なので咲く事が無いのだけれど、枯れてはいないのよ?
 で、花を咲かせたら何が出てくるのか疑問に思ってね、この冬が終わる頃に幻想郷中の『春』を集めて、
 この桜を咲かせてみようと思うのよ」
幽々子はいつもの調子で続ける。
「そこであなたにお願いがあるのだけど、出来れば寒波を呼び込んで出来るだけ春の到来を遅くしてほしいの。春が来ない間は
 あなたも元気に暴れられるし、春が来なければ憂鬱な眠りの夢に沈むことも無い。魅力的ではなくて?
 その間に私達は幻想郷中の春を集めてこの桜を咲かせるわ」
レティは少し考えて言う。
「それ、桜が咲いた後にどうなるか考えているんでしょうね?桜が咲いたらいきなり夏とか冗談じゃないわよ?」
幽々子は懐から扇子を取り出し、
「大丈夫よ。この桜が咲けば徐々に春になっていくわ。幻想郷は三ヶ月くらい季節が狂うけど、冬が半年で後は二ヶ月ずつ
 季節が巡るだけだから問題ないわよ」

自分の故郷に近い状態になると言うのか、それはそれで有り難い。
「つまり私に『黒幕』になれと、そう言いたいのね?」
幽々子は扇子を煽りながら答える。
「察しがいいのは助かるわねえ。妖夢も少しは見習ったらいいのに」
「幽々子様がしっかりと話を進めていただければ済む事です」
主人の言葉を膾斬りにして、妖夢は凛と、短く答えた。
レティはそのやり取りを、昔のあの男と少女のやり取りに重ねて、ほほえましく感じる。
「…あなたが人間なら、断っているところだけど、あなた達は気に入ったわ。一番損な役みたいだけど引き受けましょう」
幽々子の表情がぱあと明るくなる。
「本当に損な役回りだけど、お願いね。では妖夢、この方を送って差し上げて」

帰り道。
明かりも無い道を惑い無く、妖夢はレティを先導していく。
レティが話しかける。
「あなたも主人があそこまでのんびりだと苦労しない?」
妖夢はその問いに振り返らず
「その分、従者がしっかりしなければなりません。師匠はいつもそれで頭を抱えていましたが」
その響きに昔を懐かしむ物をレティは感じた。
そして、妖夢がレティに訊き返す。
「あなたこそ、人間が好きだとは思えないのによく協力をして頂けましたね。私は断られるかと思っていたのですが」
レティはそれに正直に答える。
「あなた方が私の好いたもの達に似ていてね。のんびり屋の父親としっかり者の娘に」
「…そうですか」
妖夢は話に深く入ってこず、黙々と案内を続ける。
やがて、暗闇の向こうに光が見えてくる。
それは近づくたび、どんどん大きくなり、洞窟の出口を思わせる、が、その向こうに風景は無い。
「ここを出ればあなたの意識に戻れます。今の出来事は夢であって夢ではない。それだけはお忘れ無き様。わが主人に代わり
 改めて御礼したします」
深々と頭を下げる妖夢に、
「夢であったと思わせないくらいの証は後で送ってね」
と言い残し、レティは光の中へ入って行った。

明るさに閉じていた目を開けると、そこはいつもの自分の部屋。
「不思議な出会いもあったものだわ。夢でも現実でも良いんだけどね」
そう言って目をテーブルの上にやると、カップの縁に紫色の、とてもきれいな羽の蝶が止まっている。
レティが手を伸ばすとそれはすぐに飛び上がり、部屋の中をゆったりと飛び回る。
ひとしきり美しい舞いを見せ、蝶はまたテーブルに戻り、今度はタテハ蝶のごとく羽を広げて止まると、その姿を広げた扇子へと変えた。
ーーー幽々子の持っていた、あの扇子と同じものに。

「私もこの郷に取り込まれたモノになったのか」

人を脅かし、退治されるモノに。
それがよい事かどうかは知らないが、多分この騒動が起きた後、宴会でどう言うことになるのかは楽しみだった。

「恨みも何も無いけど、黒幕として暴れさせて頂きましょう」
そう言ってふっと笑うレティの顔に、とても昏くどす黒いものが浮かんだ。
あとがきー。

今年の書き収めです。
まさか気まぐれで書き始めたSSがここまで溜まるとは思いませんでした。
コメントをしてくれた方々にこころからの感謝と来年の幸せを願って、今年は年末を過ごしたいと思います。
皆さん、本当にありがとうございます。そして、よいお年を…。
みかがみ
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コメント



0.210簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
くろまく~って異変の原因はともかく、長い冬部分はマジに黒幕かい
2.80名前が無い程度の能力削除
zabadakですか懐かしい...
3.90絶望を司る程度の能力削除
くろまく~あの名台詞(?)をつかってこんな話が作れるとは…。見事としか言いようが無いですね。
それでは良いお年を。
4.80奇声を発する程度の能力削除
凄いですねえ、とても面白かったです
8.100非現実世界に棲む者削除
最後までつながる引き込まれる文章はやはり衰えませんね。
みかがみさん、よいお年を。
来年も貴方の作品を読ませていただきます。