「倍プッシュ!」
「ふざけんな、私が先だったろうが!」
博麗神社、近日の正午の日が一番高くなる時間に居間は暇人達がたむろする。硬貨をを握りしめた早苗が賽銭箱にそれを力いっぱい投入した。
まさに青天霹靂である。
「はい、そこまでよ! 締切!」
「くっそー!」
悔しそうに地団駄踏む魔理沙を尻目に「じゃあ挿入~」とにやにや頬をゆがめて四角くて、ちょっと薄っぺらいともいえない何かを、これまた得体の知れない金属の箱に半分だけ押し込んだ。
「さぁ、さぁさぁ、はじまりますよー!」
その大勢が集まるようになった今にはおかしなものが置かれている。やたら重そうで四角くての正面にガラスが張り付いたおかしな箱。箱の上部には『SANYO』と英文字の列が刻まれている。
早苗は神事の儀式前の様に、礼を失さず実に礼儀正しく正座した。
「そんなの、なにが面白いってんだ」
「偉い人がいいました、嫌なら見なければいいと」
魔理沙の手にも先ほど早苗が手にしていたものと同じような黒くて四角くて平べったいそれなりに小さい箱がある。魔理沙は唇を尖らしながらも「しゃあないぜ」と早苗の次にいい場所に胡坐をかき陣取った。
博麗神社の居間は今や妖怪、神、妖精、人、その他色々な有象無象で埋め尽くされつつある。
「えー、またあのポンチ絵みたいなの見るのー?」
「あたい、見たいヤツあるのにな」
「やかましい! 夢がほしけしゃ金を出せ!」
「はーいはいはい! 上演前は静かにしなさい、つまみ出すわよ」
霊夢の声と共に、居間に集まったオーディエンスたちは多少のざわめきを残しつつも一様に口を閉ざした。
「うん、よし」
静かになったミュージアムを見届けて、霊夢はすこし茶に汚れた白い配線、コンセントを変圧器に接続する。
発電機は十分に燃料を入れてある、上映中に電圧が低くなることはないはずだ。にとりから教えられた変調圧機器を見る限りでは正常に動作している。
この一番大切な操作は館長である霊夢の仕事だ。
ほんの一瞬「ガリガリ」という音を残して、画面は落ち着いた青い色で染まった。
「早苗、入れていいわよ」
「ひゃっほう!」
その日の上映内容は様々な方法で決められる。
まだ開館から日が浅いのでどんな方法かは決まった訳ではないが、この日は経済事情、資本主義に沿った実に生臭い投票によって決定した。
上映内容、席の位置、日取り。決めるべきことは山ほどある。
(次からこの方法はやめときましょ)
経済に明るくない妖精たちにこの方法は明らかに不公平だ。
妖精たちも完全に自分達の手の届かないところで上映が決まってしまい、ふてくされた顔をしている。
ひとつ前はくじ引き、そのまた前は弾幕勝負、その前は霊夢の好きなものを選ぶ形。
どうあれ、燃料の購入、設備の整備、重要な仕事を任された霊夢が全ての決定権を持っていた。オーディエンスにとって幸いだったのは彼女がどんな存在にも公平に向き合うという性質を持っていたことかもしれない。
「ぽちっとな」
手慣れた様子の早苗が大きく『再生』のスイッチを入れると軽快な音楽が流れ始める。
画素の低い画、ひび割れた音。
外来の者なら見向きもしない。
だが彼等にとって、目のくらむ鮮やかな映像に映っただろう
『~♪』
どの顔も、頬を緩ませたり、感心した様子だったりと、全員が画面に夢中だ。
デッキの磁気テープがじりじりと唸りをあげて回転する。
幻想郷にやってきた
古く新しい、忘れ去られたブラウンテレビの上映が
博麗神社の小さな部屋の中、静かに始まった
博麗さんチのてれび
漬物石にちょうどいい。
初めて見たときは、とりあえずそう思ったらしい。博麗神社、朝恒例の掃除を霊夢が始めた時だ。
神社の周りに群生する木々、その根元に朝日をきらりと反射するものを見つけ、何とはなしに近づいた。
見つけた物体は平べったい頭に落ち葉を何枚か乗せている、まだここにやってきてから間がないらしい。
それは霊夢の膝の下あたりまで高さがあり、見慣れない材質でできているようだった。プラスチックというやつだろう。
つまりは外来の品である。こうした外来の品が幻想郷と外の世界を結ぶ博麗神社に落ちてくることはしばし起こりうる。
「うーん」
ぐるりと箱の周りをまわり、ブツを観察すること数秒。
どこかで見たことがある、どこだっただろうと首を捻りながらそのへんの落ち葉を掃き散らかす。直にどこで見たかを思い出した。
「あーそうだわ、あれね」
そう、あれは香霖堂にお茶をせびりに行った時だ。霖之助が荷車を押して無縁塚から山ほどの商品を仕入れ、帰ってくる場面だった。
額に汗して、これとそっくりな道具を店先に並べる彼の顔が脳裏に浮かんだ。
香霖堂で働く彼は、ちょっと自慢げで、満足そうに見えた。ちょっとかっこいいと思ったのは内緒である。
「なんだゴミね」
それはそうと、霊夢は目の前にある物体の有効利用を早々に諦めた。香霖堂に置かれている品と同一の品ならゴミである。間違いなかった。
「・・・」
箱の正面とおぼおわしき面には、ガラスの様なものがはめられていて、それが霊夢の顔をくっきりと反射していた。実に恨めしそうな顔だ。
「そんな顔しても無駄よ」
自分の顔に向かって、独り言を言ってみる。どうにもこの役立たずな外来の道具が霊夢に助けを求めているように見えるのだ。実際、箱の表面はぴかぴかしているし、まだ真新しそうでもある。
外の世界ではきっと何かの役に立っていたのだろう。
「恨みがましいったらありゃしない」
巫女服の少女はこの遊びに夢中になった。物言わぬガラクタとの対話である。
そういえばあたらしい漬物石を探していたと思いだす。
「ふーん」
博麗神社の主は、新参者をじろじろと検分してやる。新参者の頭に積もった捨て場をささっと払うと、英文字の列が目に飛び込んできた。『SANYO』と書いてある。
「ふーん・・・なるほど、それがあんたの名前ね」
重さを確かめるために持ち上げてみると、なかなかに重たい。だが、ただ重たいというわけではなく持ち運びのための取っ手らしい凸凹がSANYOの側面に取り付けられていた。
「ふーむ」
ごろりとひっくり返してみる。SANYOの尻は想像以上に平たかった。これならば蓋への重さが均等に分かれるはずだ。
漬物石としては申し分ない。
「貴方、なかなか見どころがあるわよ」
SANYOの顔も霊夢と一緒に朗らかに微笑んだ。単に画面部分に霊夢の顔が反射しただけの事だが。
「うちにいらっしゃいな」
SANYOを抱えて、のそのそと歩く。SANYOが初めて幻想郷の日の下に出た瞬間でもあった。
「ふーう」
とりあえず縁台から居間に上がる。 ほそい線、後で知ったことだがコードという名前で呼ばれているらしい。それを適当に束ねて居間の隅っこに置いた。
ほんの気まぐれだった。
SANYOは明日にでもなれば忘れ去られるか、紫にでも頼まれて外の世界に捨てられる運命にあった。
「浅漬け・・・はっと」
無機物の箱は、新しい主人の背中を見つめる。
SANYOの周りには仄かに香る畳の青臭さ、ざわざわと葉を擦り合わせる木々の音で包まれていた。
昔、幻想郷に来る前の居場所にそっくりだ。
「あったあった」
だからだろうか、無機物の箱が気まぐれを起こしたのは。
『待ってくれ、待ってくれ』
「塩、どこに置いたっけ」
海のない幻想郷においては、塩は結構な貴重品である。岩塩や上質な塩分を常備できるというのは、ある意味贈り物の多い博麗の巫女だからこそだろう。
『真っ当に使ってくれれば』
「あー・・・まずいわね、塩きらしてるわ」
霊夢は「醤油で代用できたりして」などといい加減なことをぼやきつつきゅうりを両手に抱えて居間に戻る。
『もっと役にたてるのに』
霊夢は先ほど拾ったガラクタでも眺めながら、野菜でもつけようかと思い立ったらしい、鼻歌交じりにちゃぶ台に大量の野菜をどかりと置いた。
ガリガリ
「ん?」
何かを引っ掻くような耳障りな音。野菜から視線を外して正面を見る。
『~~・・・・~~』
無機物の箱から何か音が漏れ出している。
「・・・?」
(何か入ってる?)
霊夢は頭を箱に寄せて耳を澄ませる。
『~・・・~♪・・・』
確実に音は箱から流れている。それも出鱈目な音ではない、一律された規則性のある音、音楽の様に聞こえた。
(騒霊でも入ってたかしら)
まずそういう予想が頭に浮かんだ。座布団に尻を下しかけていたが、無機物の箱に近づき、見下ろす。
(博麗を驚かせようたってそうはいかないわよ)
すぅっと息を吸い込み、平手を振り上げた。明らかに平手を叩き落とすしかない姿勢だ。
この無機物の箱に入っているだろう、何かをたたき出すために、力を込めて打ち付けた。
(さぁ! 出てこい)
バシン
『マジカルバナナ♪』
「うっわぉっ!?」
今まで黒く染まっていたSANYOの顔が、ぴかぴかと光り出した。聞き慣れない音楽と共に、箱の中の人々が声をそろえて楽しげに合唱している。
「なに? なになになに?」
『バナナと言ったら果物♪ 果物と言ったらリンゴ♪ リンゴと言ったら・・・』
面食らい勢いよく飛びずさった、ちゃぶ台の上の野菜たちが霊夢の尻に押しつぶされる。
「え? なにこれ?」
おっかなびっくりの霊夢の心中など霧知らずといわんばかりにSANYOは歌い続ける。おそるおそる、近づいてSANYOの顔を覗き込んだ。
『ほっほ、ほほほ!』
背景が突然切り替わった、今度は着物を着た男たちが手拍子を合わせて要領を得ないことをやっている。
霊夢はSANYOの背後に回り込み、何か後ろにいないか確かめる。
(妖精の仕業・・・でもないみたいね)
それらしい気配は一切なかった。光を発して騒ぎ続けるSANYOの前にもう一度回り込む。SANYOの顔にでかでかと文字が浮かび上がっている。声に出して朗読。
「えー・・・何々? 『三文字しりとりの掟、下ネタはアウト』?」
『「ゴリラ! ほっほ! ラッパ! ほっほ! パンツ! ほっほ! 積み木!ほっほ! 金庫! ほっほ! コアラ! ほっほ! らっぱ! ほっほ!」
「・・・あー・・・なるほどね」
しばし逡巡の後に合点がいった。 つまりこいつらは三文字だけでしりとりをしているわけだ。
『「●●●!」』
「はぁ?!」
霊夢が抗議らしい叫び声をあげるな否や、悲壮で壮大な音楽が鳴り響き、輪を囲っていた男たちの周りに得体の知れない連中が殺到。
『「あほー!」「死にさらせ!」』
ひとしきり男たちを蹴たぐりまわし、颯爽と消えていった。
『「馬鹿かおめぇ」「いや、すまん」「下ネタ自重せいや」』
男たちは頭をさすったり、変な顔をしてそれぞれもとの座席に戻る。どうやら遊びを続行するらしい。
「全く、とんだ馬鹿ね」
SANYOの中にいる男どもにツッコミを入れた。公共恥辱極まりない。しばらくそうした映像が止めどもなく流れ続ける。
それを横目に、霊夢は先ほど散らかした野菜たちを片付けだす。
(えーと、たしかこれって『てれび』とかいうやつだったわよね)
香霖堂の店頭にいくつか並べられているガラクタに同じ名前が付けられていたはずである。正直、用途不明の品ばかりなので役立たずばかり。
たしか店主霖之助の言うとことには『送られた情報を表示することができる』のような説明がされていた。
また場面が一転し、今度はいかにも頭の悪そうな女が奇天烈な表情を浮かべてランプの前にかじりついている。
『「さて、この漢字の読みは何でしょう?!」』
「・・・いや、鯱(シャチ)でしょ」
SANYOに問われるまま、画面に移された漢字の読みを霊夢が答えて見せた。博麗の巫女は文書、文系に強いのである。
『「えー・・・マグロ!」「ブウゥウ!」「答えはシャチ!」』
「こいつ頭悪っ!」
実際、香霖堂でテレビの他、パソコン、携帯電話と呼ばれた外の道具が使用されている場面を見たことがない。
ないのだが、これは明らかに正しく操作されている感じがする。
(ちゃんと、これは使えてるわよねぇ)
さっき適当に殴ったのが良かったのだろうか。適当に操作のためとおぼわしき凸凹を押したり引っ張ったりした。
「うーん?」
特に変化はない、霊夢はSANYOの尻から生えている、外の世界では『コンセント』と呼ばれる何にも繋がってなどいない、長い尻尾を握りしめた。
「ふむふむ」
想像を絶するほどに磨き上げられた金属の歯。きっとこれはこの道具にとって重要なものに違いない、霊夢はそう確信する。
(つまり、これがきっと『あんてな』とかいうやつね)
以前香霖堂にあった書籍を読んだ時にその単語を見つけた。これで外の情報を結界を越えて受け取っているに違いない。電波というらしい、目に見えないものらしいから結界を越えてくることがあるのかも。
「あんた、なかなかやるわね」
二三度SANYOの頭をぺしぺしと撫でた。SANYOの顔も嬉しそうだ、単に霊夢のにやけ顔が画面に反射しているだけだったが。
なんにせよこれで暇な昼の暇つぶしができる。
そうときまれば、居間にお菓子やお茶を運び込まなければ。
*****************
SANYOが前居た場所は、ある山麓の村。その町工場、蚕の布を作っていた好いところの家が持つテレビだった。
昔は物持ちが良いこと、というのがいい家のステイタスだった。
いいものを大切に長く使う。 それが節約、上品でもありまた慎ましやかな生活の指針である。
その蚕工場の家に置かれたテレビ、緩やかに流れていく時間。家の憩いとして歌謡曲やニュースを届けることがSANYOの仕事である。
だが、時代が流れていくにつれて、物持ちが良い、ということがイコールで節約に結べる時代ではなくなりつつあった。
居間に堂々と飾られていたSANYOは少し経つと、場所を移され父母の寝室に移された。 大きな部屋には代替わりとして新しい時代の映像端末が置かれる。
さらに、時間を経ると、SANYOよりももっと線の細い、いかにも優秀そうなテレビが代替わりする。なんでもSANYOよりも100倍の性能があるらしい。
次第にSANYOに実効値100V・60/50HZの電圧が掛けられることが少なくなる。
それでも、使いやすいという理由で祖父の部屋に置かれた。最先端の映像端末は、古き良きを知る老人が使うにはあまりにも多機能過ぎたのだ。
SANYOは祖父のために昔ながらの歌謡曲を流し続けた。
『「私が誰より一番♪」』
「・・・・」
霊夢は、ぼりぼりと譲ってもらったせんべいをかじり、まったく知りもしない歌を映像と共に聞いていた。
「・・・・」
ずずとお茶を啜る。なにかこう、あるべき姿というかこれが一番落ち着くというか。
暇な女の子はこうあるべき、という安堵感が半端ではない。
(外の連中はこうやってすごしてんのね)
無敵の妖怪退治、博麗の巫女は実に無駄で充実した午前を過ごしている。別に頭を使わなくとも、勝手にSANYOが情報を垂れ流してくれるのだ。
『「ダーリンの浮気者~!」』
霊夢は時折流れてくる音、色に興味がある時だけ目を向けるだけ。
「萃香に今度言わせてみましょ」
なにやら物騒なことを呟き、新しいせんべいに手を伸ばした。外の世界の人間はきっと私と同じものを、この同じ時間に見ているはずだ。
「この男最低ね」
「ふむん」とあにめ(後々早苗から教えてもらった)を眺めて正直な感想を漏らした。 これだから男は駄目なのだ。 頭と下半身が同じ場所に同居していない。
「別の男に乗り換えればいいのに」
お茶が無くなったので台所の湯を取りに行く。 今日は萃香も出掛けているようだし、この際一日の間、根を今に下して、この奇妙な自由を満喫してやろうと思っていた。
『あぁ♪ 失恋レストラン♪』
帰ってくると、SANYOの画面が変わっていた。
「あれ、変えちゃったの?」
霊夢はSANYOの口元の凸凹を押したり回したりするが何もSANYOは答えない。
「まぁいいわよ、ちょっと飽きてきた所だったし」
また座り込むと、画面には外の世界の服に身を包んだ男が派手な舞台で唄っている場面だった。 きっと外の歌手なのだろう、いい声をしている。
『どうして、アナタをまた選んでしまったの~
?』
「・・・・」
(イマイチね)
「ちょっと別のにしなさいよ」
博麗の巫女は唄は好きだが、ちょっと外の唄は暗い唄が多いなと思った。 だから素直に口にすると、SANYOは霊夢の要望に応えてくれる。
『・・・・この世はでっかい宝島~♪』
「おっ」
今度はいい感じである。 ポンチ絵の動く奴だ。 全く不思議なことだが絵が生きてるように動く、一体全体どうすればこんなことが出来るのか不思議であったが、このSANYOに随分慣れてきた霊夢はそのことにちっとも疑問を抱かなくなっていた。
しかも絵がちょっと霊夢の好みであった。
「良い感じよアンタ」
霊夢が笑うと、SANYOも嬉しそうである、画面が反射しただけだ。
『おめぇ、女か?』
「いや、胸をみなさいよ胸を」
ぼんやりとSANYOを眺めている内に霊夢は目が疲れてきたように思った。 同じ姿勢で、ずっと同じところを見ているのは疲れる。
「よっと」
ごろりと横になって座布団を畳んで枕にする。
『正々堂々♪ SAYSAY DO♪』
「ふあぁぁ・・・・・」
SANYOを魔理沙に見せたらどんな顔をするだろう? もしかしたら「私によこせ!」なんてことを言いだすのかもしれない。 だがこれは私の家のものだ、誰にも渡さない。
「ま、しばらくゆっくりしていきなさいな」
そうSANYOに語りかける。 SANYOは満足したらしく、音の大きさを下げ始めた。
霊夢は、たぶん自分が眠たくなったのをSANYOが感じ取って音を小さくしたのだと思った。
「おやすみー・・・」
『・・・・・』
そのまま瞼を素直に落とし、すぐに寝息をたてはじめる。
『・・・・・』
SANYOは霊夢の寝顔をじっと見ていた。 前居た場所でも、子供たちはSANYOの前で疲れて寝ていたのだ。 もう他の機械よりも重たく、綺麗な画も出せなくなってしまったが、満足げな霊夢を見ていると、その時のことが画面に映し出されるようでもあった。
壊れたコンデンサ、溶解したはんだ、狂った変圧器、割れたヒューズ。 外の世界ではモノが壊れれば新しいものを買った方が良かった。 粗大ごみ置き場に置かれたSANYOは、そのまま砕かれ、埋め立て地の一部になる予定だったが、何の因果かめぐりめぐって博麗さンチにお邪魔することになったのだ。
幻想郷の不思議な力が少しの間だけ、霊夢に外の世界の忘れ去られた記憶を移すに至ったのだろう。
『・・・・・・』
もう満足だ
そう言いたげにSANYOは、外の世界に居た頃と同じようなガラクタの塊に戻っていった。
****************
「・・・・むにゃ」
「おい、起きろよー」
「・・・・・あ?」
「霊夢ー面白いもん拾ったんだぜー」
私が目を覚ますと、魔理沙の金髪が私の鼻に触れるくらい近くにあった。思わずくしゃみをすると魔理沙が仰け反って袖で顔を拭った。
「くっさ! きたな!」
「・・・・あー・・・・」
失礼な奴だ、今日歯を磨いたっけ? まぁそんなことはどうでもいい。
「ほら、これ見て見ろよ! この黒くて四角い箱、中に丸い紙が入ってんだ。 何に使うかわかるか?」
またか、そんなものはアンタの大好きな兄貴分の道具屋にでも聞けばいいのに。そう思ったので率直に言ってやった。
「霖之助さんに聞きなさいよ、しるもんですかそんなもの」
「まぁ、そういうなって。 こいつはどうやら外の世界の様子が記録された媒体らしいんだよ」
「ふーん?」
「こいつを解析すれば外の世界の事が一気にわかるはずなんだ」
熱心に話す魔理沙には悪いが、そんなことはどうでもいい。 私は仕組みよりも使い方にしか興味がない。
「で、それを私に話してどうなるってのよ?」
「ふふふ、隠したって無駄だぜ!」
「ん?」
「お前がこの媒体の中身を見ることが出来る道具を持ってるのは、もう知ってるんだよ!」
魔理沙は部屋の隅に置かれたでかい箱を指さした。 私が今朝庭で拾ってきたSANYOだ。
「あぁ、サンヨーのこと?」
「ほう、この道具の名前はサンヨーってのか?」
「そう書いてあるわ」
魔理沙が「どれどれ」とSANYOを覗き込む。 魔理沙の顔がSANYOの黒くて平べったい顔に反射されている。 変な具合に歪曲して面白い顔になっていた。
私が「気の利く奴よ、割と」と言うと「へぇ」と魔理沙が鼻を鳴らした。 ちょっと不満げな様だったので、何かと聞いてみた。 何が気に入らないのだろう?
「どうやって使うんだ?」
「ん?」
「霊夢が寝てる間に色々やってみたんだが、うんともすんともいわねぇ。 霊夢は使い方解ってんのか?」
使い方も何も、SANYOは勝手に私に色々なものを見せたのだ。 何かをした覚えはない。 そういう事を言うと魔理沙はさらに不機嫌そうな顔をした。
「なんだよ、それ」
「まぁ式も主を選ぶと言う事ね、魔理沙みたいに荒っぽい奴に使われたくないんでしょうよ」
「なにぃ?」
「ま、見てなさい」
私はたぶん今年最高のドヤ顔をしながらSANYOの前に立った。 魔理沙も私の一挙一足に注目しているのが分かる。
「ふぅー・・・・・」
「・・・・」
私はSANYOを拾った時と同じみたいに、平手を高く振り上げる。 これを叩きつければSANYOは起きるはずだ。
よっし!
「起きなさい!」
ばしん!
割と大きな音がして、SANYOの頭からみしりと嫌な音が聞こえた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あれ?
「おい」
「あ、あれ?」
ばしん!
ちょっと衝撃が足りなかったかともう一発くれてやったが、SANYOはうんともすんとも言わない。
「なぁ霊夢」
「ま、待ちなさい。 確かこれで動いたはず!」
今度は鉄の歯が付いたひも付きの道具をぶんぶん振り回してみたが、特にSANYOに反応はない。
「おいおい、動かないじゃないか」
「黙ってなさい、この!」
暫く、色々とやってみたが、SANYOは動かなかった。
赤っ恥のコキッパジだ
「ぐ、ぐぬぬぬ」
「なんだ、霊夢が面白いものを手に入れたってのは嘘だったのか」
魔理沙がつまらなそうな顔をして、黒い箱をくるくる回して遊び始める。 私は久しぶりにカーッと耳が紅くなるのを感じだ。
「おーい、霊夢いるかい?」
「霊夢さんー? いますかー?」
「霊夢さん! 独占取材です! 開けてください―!」
玄関から、聞いた声が聞こえてくると同時になぜか私は頭がさっと冷えるのを感じた。
「霊夢さん! ビデオデッキがあるってマジですか?! これ再生したいんですけど!」
「外の世界の道具を博麗の巫女が独力で解析、実用化に成功! これは熱いですよ! スクープです!」
「なぁなぁ、その技術河童に教えてもらうわけにはいかないかい?」
よく知らないが、私の知らない間に幻想郷に妙な噂が独り歩きしていた。
私はさっぱり動かないSANYOを睨みつける。
「く・・・!」
「あぁ、じゃあ私は帰るぜ霊夢。 あとは頑張るんだぜ」
たぶん噂を流し打だろう魔理沙は涼しい顔でどこかに飛んで行った。 私に残された時間は多くはないようだ。
なんとしてもSANYOをまた動かせるようにしなければならない。何か方法はないか?
博麗の家にやってきたSANYOが私にちょっとした異変を起こしつつあった。
「ふざけんな、私が先だったろうが!」
博麗神社、近日の正午の日が一番高くなる時間に居間は暇人達がたむろする。硬貨をを握りしめた早苗が賽銭箱にそれを力いっぱい投入した。
まさに青天霹靂である。
「はい、そこまでよ! 締切!」
「くっそー!」
悔しそうに地団駄踏む魔理沙を尻目に「じゃあ挿入~」とにやにや頬をゆがめて四角くて、ちょっと薄っぺらいともいえない何かを、これまた得体の知れない金属の箱に半分だけ押し込んだ。
「さぁ、さぁさぁ、はじまりますよー!」
その大勢が集まるようになった今にはおかしなものが置かれている。やたら重そうで四角くての正面にガラスが張り付いたおかしな箱。箱の上部には『SANYO』と英文字の列が刻まれている。
早苗は神事の儀式前の様に、礼を失さず実に礼儀正しく正座した。
「そんなの、なにが面白いってんだ」
「偉い人がいいました、嫌なら見なければいいと」
魔理沙の手にも先ほど早苗が手にしていたものと同じような黒くて四角くて平べったいそれなりに小さい箱がある。魔理沙は唇を尖らしながらも「しゃあないぜ」と早苗の次にいい場所に胡坐をかき陣取った。
博麗神社の居間は今や妖怪、神、妖精、人、その他色々な有象無象で埋め尽くされつつある。
「えー、またあのポンチ絵みたいなの見るのー?」
「あたい、見たいヤツあるのにな」
「やかましい! 夢がほしけしゃ金を出せ!」
「はーいはいはい! 上演前は静かにしなさい、つまみ出すわよ」
霊夢の声と共に、居間に集まったオーディエンスたちは多少のざわめきを残しつつも一様に口を閉ざした。
「うん、よし」
静かになったミュージアムを見届けて、霊夢はすこし茶に汚れた白い配線、コンセントを変圧器に接続する。
発電機は十分に燃料を入れてある、上映中に電圧が低くなることはないはずだ。にとりから教えられた変調圧機器を見る限りでは正常に動作している。
この一番大切な操作は館長である霊夢の仕事だ。
ほんの一瞬「ガリガリ」という音を残して、画面は落ち着いた青い色で染まった。
「早苗、入れていいわよ」
「ひゃっほう!」
その日の上映内容は様々な方法で決められる。
まだ開館から日が浅いのでどんな方法かは決まった訳ではないが、この日は経済事情、資本主義に沿った実に生臭い投票によって決定した。
上映内容、席の位置、日取り。決めるべきことは山ほどある。
(次からこの方法はやめときましょ)
経済に明るくない妖精たちにこの方法は明らかに不公平だ。
妖精たちも完全に自分達の手の届かないところで上映が決まってしまい、ふてくされた顔をしている。
ひとつ前はくじ引き、そのまた前は弾幕勝負、その前は霊夢の好きなものを選ぶ形。
どうあれ、燃料の購入、設備の整備、重要な仕事を任された霊夢が全ての決定権を持っていた。オーディエンスにとって幸いだったのは彼女がどんな存在にも公平に向き合うという性質を持っていたことかもしれない。
「ぽちっとな」
手慣れた様子の早苗が大きく『再生』のスイッチを入れると軽快な音楽が流れ始める。
画素の低い画、ひび割れた音。
外来の者なら見向きもしない。
だが彼等にとって、目のくらむ鮮やかな映像に映っただろう
『~♪』
どの顔も、頬を緩ませたり、感心した様子だったりと、全員が画面に夢中だ。
デッキの磁気テープがじりじりと唸りをあげて回転する。
幻想郷にやってきた
古く新しい、忘れ去られたブラウンテレビの上映が
博麗神社の小さな部屋の中、静かに始まった
博麗さんチのてれび
漬物石にちょうどいい。
初めて見たときは、とりあえずそう思ったらしい。博麗神社、朝恒例の掃除を霊夢が始めた時だ。
神社の周りに群生する木々、その根元に朝日をきらりと反射するものを見つけ、何とはなしに近づいた。
見つけた物体は平べったい頭に落ち葉を何枚か乗せている、まだここにやってきてから間がないらしい。
それは霊夢の膝の下あたりまで高さがあり、見慣れない材質でできているようだった。プラスチックというやつだろう。
つまりは外来の品である。こうした外来の品が幻想郷と外の世界を結ぶ博麗神社に落ちてくることはしばし起こりうる。
「うーん」
ぐるりと箱の周りをまわり、ブツを観察すること数秒。
どこかで見たことがある、どこだっただろうと首を捻りながらそのへんの落ち葉を掃き散らかす。直にどこで見たかを思い出した。
「あーそうだわ、あれね」
そう、あれは香霖堂にお茶をせびりに行った時だ。霖之助が荷車を押して無縁塚から山ほどの商品を仕入れ、帰ってくる場面だった。
額に汗して、これとそっくりな道具を店先に並べる彼の顔が脳裏に浮かんだ。
香霖堂で働く彼は、ちょっと自慢げで、満足そうに見えた。ちょっとかっこいいと思ったのは内緒である。
「なんだゴミね」
それはそうと、霊夢は目の前にある物体の有効利用を早々に諦めた。香霖堂に置かれている品と同一の品ならゴミである。間違いなかった。
「・・・」
箱の正面とおぼおわしき面には、ガラスの様なものがはめられていて、それが霊夢の顔をくっきりと反射していた。実に恨めしそうな顔だ。
「そんな顔しても無駄よ」
自分の顔に向かって、独り言を言ってみる。どうにもこの役立たずな外来の道具が霊夢に助けを求めているように見えるのだ。実際、箱の表面はぴかぴかしているし、まだ真新しそうでもある。
外の世界ではきっと何かの役に立っていたのだろう。
「恨みがましいったらありゃしない」
巫女服の少女はこの遊びに夢中になった。物言わぬガラクタとの対話である。
そういえばあたらしい漬物石を探していたと思いだす。
「ふーん」
博麗神社の主は、新参者をじろじろと検分してやる。新参者の頭に積もった捨て場をささっと払うと、英文字の列が目に飛び込んできた。『SANYO』と書いてある。
「ふーん・・・なるほど、それがあんたの名前ね」
重さを確かめるために持ち上げてみると、なかなかに重たい。だが、ただ重たいというわけではなく持ち運びのための取っ手らしい凸凹がSANYOの側面に取り付けられていた。
「ふーむ」
ごろりとひっくり返してみる。SANYOの尻は想像以上に平たかった。これならば蓋への重さが均等に分かれるはずだ。
漬物石としては申し分ない。
「貴方、なかなか見どころがあるわよ」
SANYOの顔も霊夢と一緒に朗らかに微笑んだ。単に画面部分に霊夢の顔が反射しただけの事だが。
「うちにいらっしゃいな」
SANYOを抱えて、のそのそと歩く。SANYOが初めて幻想郷の日の下に出た瞬間でもあった。
「ふーう」
とりあえず縁台から居間に上がる。 ほそい線、後で知ったことだがコードという名前で呼ばれているらしい。それを適当に束ねて居間の隅っこに置いた。
ほんの気まぐれだった。
SANYOは明日にでもなれば忘れ去られるか、紫にでも頼まれて外の世界に捨てられる運命にあった。
「浅漬け・・・はっと」
無機物の箱は、新しい主人の背中を見つめる。
SANYOの周りには仄かに香る畳の青臭さ、ざわざわと葉を擦り合わせる木々の音で包まれていた。
昔、幻想郷に来る前の居場所にそっくりだ。
「あったあった」
だからだろうか、無機物の箱が気まぐれを起こしたのは。
『待ってくれ、待ってくれ』
「塩、どこに置いたっけ」
海のない幻想郷においては、塩は結構な貴重品である。岩塩や上質な塩分を常備できるというのは、ある意味贈り物の多い博麗の巫女だからこそだろう。
『真っ当に使ってくれれば』
「あー・・・まずいわね、塩きらしてるわ」
霊夢は「醤油で代用できたりして」などといい加減なことをぼやきつつきゅうりを両手に抱えて居間に戻る。
『もっと役にたてるのに』
霊夢は先ほど拾ったガラクタでも眺めながら、野菜でもつけようかと思い立ったらしい、鼻歌交じりにちゃぶ台に大量の野菜をどかりと置いた。
ガリガリ
「ん?」
何かを引っ掻くような耳障りな音。野菜から視線を外して正面を見る。
『~~・・・・~~』
無機物の箱から何か音が漏れ出している。
「・・・?」
(何か入ってる?)
霊夢は頭を箱に寄せて耳を澄ませる。
『~・・・~♪・・・』
確実に音は箱から流れている。それも出鱈目な音ではない、一律された規則性のある音、音楽の様に聞こえた。
(騒霊でも入ってたかしら)
まずそういう予想が頭に浮かんだ。座布団に尻を下しかけていたが、無機物の箱に近づき、見下ろす。
(博麗を驚かせようたってそうはいかないわよ)
すぅっと息を吸い込み、平手を振り上げた。明らかに平手を叩き落とすしかない姿勢だ。
この無機物の箱に入っているだろう、何かをたたき出すために、力を込めて打ち付けた。
(さぁ! 出てこい)
バシン
『マジカルバナナ♪』
「うっわぉっ!?」
今まで黒く染まっていたSANYOの顔が、ぴかぴかと光り出した。聞き慣れない音楽と共に、箱の中の人々が声をそろえて楽しげに合唱している。
「なに? なになになに?」
『バナナと言ったら果物♪ 果物と言ったらリンゴ♪ リンゴと言ったら・・・』
面食らい勢いよく飛びずさった、ちゃぶ台の上の野菜たちが霊夢の尻に押しつぶされる。
「え? なにこれ?」
おっかなびっくりの霊夢の心中など霧知らずといわんばかりにSANYOは歌い続ける。おそるおそる、近づいてSANYOの顔を覗き込んだ。
『ほっほ、ほほほ!』
背景が突然切り替わった、今度は着物を着た男たちが手拍子を合わせて要領を得ないことをやっている。
霊夢はSANYOの背後に回り込み、何か後ろにいないか確かめる。
(妖精の仕業・・・でもないみたいね)
それらしい気配は一切なかった。光を発して騒ぎ続けるSANYOの前にもう一度回り込む。SANYOの顔にでかでかと文字が浮かび上がっている。声に出して朗読。
「えー・・・何々? 『三文字しりとりの掟、下ネタはアウト』?」
『「ゴリラ! ほっほ! ラッパ! ほっほ! パンツ! ほっほ! 積み木!ほっほ! 金庫! ほっほ! コアラ! ほっほ! らっぱ! ほっほ!」
「・・・あー・・・なるほどね」
しばし逡巡の後に合点がいった。 つまりこいつらは三文字だけでしりとりをしているわけだ。
『「●●●!」』
「はぁ?!」
霊夢が抗議らしい叫び声をあげるな否や、悲壮で壮大な音楽が鳴り響き、輪を囲っていた男たちの周りに得体の知れない連中が殺到。
『「あほー!」「死にさらせ!」』
ひとしきり男たちを蹴たぐりまわし、颯爽と消えていった。
『「馬鹿かおめぇ」「いや、すまん」「下ネタ自重せいや」』
男たちは頭をさすったり、変な顔をしてそれぞれもとの座席に戻る。どうやら遊びを続行するらしい。
「全く、とんだ馬鹿ね」
SANYOの中にいる男どもにツッコミを入れた。公共恥辱極まりない。しばらくそうした映像が止めどもなく流れ続ける。
それを横目に、霊夢は先ほど散らかした野菜たちを片付けだす。
(えーと、たしかこれって『てれび』とかいうやつだったわよね)
香霖堂の店頭にいくつか並べられているガラクタに同じ名前が付けられていたはずである。正直、用途不明の品ばかりなので役立たずばかり。
たしか店主霖之助の言うとことには『送られた情報を表示することができる』のような説明がされていた。
また場面が一転し、今度はいかにも頭の悪そうな女が奇天烈な表情を浮かべてランプの前にかじりついている。
『「さて、この漢字の読みは何でしょう?!」』
「・・・いや、鯱(シャチ)でしょ」
SANYOに問われるまま、画面に移された漢字の読みを霊夢が答えて見せた。博麗の巫女は文書、文系に強いのである。
『「えー・・・マグロ!」「ブウゥウ!」「答えはシャチ!」』
「こいつ頭悪っ!」
実際、香霖堂でテレビの他、パソコン、携帯電話と呼ばれた外の道具が使用されている場面を見たことがない。
ないのだが、これは明らかに正しく操作されている感じがする。
(ちゃんと、これは使えてるわよねぇ)
さっき適当に殴ったのが良かったのだろうか。適当に操作のためとおぼわしき凸凹を押したり引っ張ったりした。
「うーん?」
特に変化はない、霊夢はSANYOの尻から生えている、外の世界では『コンセント』と呼ばれる何にも繋がってなどいない、長い尻尾を握りしめた。
「ふむふむ」
想像を絶するほどに磨き上げられた金属の歯。きっとこれはこの道具にとって重要なものに違いない、霊夢はそう確信する。
(つまり、これがきっと『あんてな』とかいうやつね)
以前香霖堂にあった書籍を読んだ時にその単語を見つけた。これで外の情報を結界を越えて受け取っているに違いない。電波というらしい、目に見えないものらしいから結界を越えてくることがあるのかも。
「あんた、なかなかやるわね」
二三度SANYOの頭をぺしぺしと撫でた。SANYOの顔も嬉しそうだ、単に霊夢のにやけ顔が画面に反射しているだけだったが。
なんにせよこれで暇な昼の暇つぶしができる。
そうときまれば、居間にお菓子やお茶を運び込まなければ。
*****************
SANYOが前居た場所は、ある山麓の村。その町工場、蚕の布を作っていた好いところの家が持つテレビだった。
昔は物持ちが良いこと、というのがいい家のステイタスだった。
いいものを大切に長く使う。 それが節約、上品でもありまた慎ましやかな生活の指針である。
その蚕工場の家に置かれたテレビ、緩やかに流れていく時間。家の憩いとして歌謡曲やニュースを届けることがSANYOの仕事である。
だが、時代が流れていくにつれて、物持ちが良い、ということがイコールで節約に結べる時代ではなくなりつつあった。
居間に堂々と飾られていたSANYOは少し経つと、場所を移され父母の寝室に移された。 大きな部屋には代替わりとして新しい時代の映像端末が置かれる。
さらに、時間を経ると、SANYOよりももっと線の細い、いかにも優秀そうなテレビが代替わりする。なんでもSANYOよりも100倍の性能があるらしい。
次第にSANYOに実効値100V・60/50HZの電圧が掛けられることが少なくなる。
それでも、使いやすいという理由で祖父の部屋に置かれた。最先端の映像端末は、古き良きを知る老人が使うにはあまりにも多機能過ぎたのだ。
SANYOは祖父のために昔ながらの歌謡曲を流し続けた。
『「私が誰より一番♪」』
「・・・・」
霊夢は、ぼりぼりと譲ってもらったせんべいをかじり、まったく知りもしない歌を映像と共に聞いていた。
「・・・・」
ずずとお茶を啜る。なにかこう、あるべき姿というかこれが一番落ち着くというか。
暇な女の子はこうあるべき、という安堵感が半端ではない。
(外の連中はこうやってすごしてんのね)
無敵の妖怪退治、博麗の巫女は実に無駄で充実した午前を過ごしている。別に頭を使わなくとも、勝手にSANYOが情報を垂れ流してくれるのだ。
『「ダーリンの浮気者~!」』
霊夢は時折流れてくる音、色に興味がある時だけ目を向けるだけ。
「萃香に今度言わせてみましょ」
なにやら物騒なことを呟き、新しいせんべいに手を伸ばした。外の世界の人間はきっと私と同じものを、この同じ時間に見ているはずだ。
「この男最低ね」
「ふむん」とあにめ(後々早苗から教えてもらった)を眺めて正直な感想を漏らした。 これだから男は駄目なのだ。 頭と下半身が同じ場所に同居していない。
「別の男に乗り換えればいいのに」
お茶が無くなったので台所の湯を取りに行く。 今日は萃香も出掛けているようだし、この際一日の間、根を今に下して、この奇妙な自由を満喫してやろうと思っていた。
『あぁ♪ 失恋レストラン♪』
帰ってくると、SANYOの画面が変わっていた。
「あれ、変えちゃったの?」
霊夢はSANYOの口元の凸凹を押したり回したりするが何もSANYOは答えない。
「まぁいいわよ、ちょっと飽きてきた所だったし」
また座り込むと、画面には外の世界の服に身を包んだ男が派手な舞台で唄っている場面だった。 きっと外の歌手なのだろう、いい声をしている。
『どうして、アナタをまた選んでしまったの~
?』
「・・・・」
(イマイチね)
「ちょっと別のにしなさいよ」
博麗の巫女は唄は好きだが、ちょっと外の唄は暗い唄が多いなと思った。 だから素直に口にすると、SANYOは霊夢の要望に応えてくれる。
『・・・・この世はでっかい宝島~♪』
「おっ」
今度はいい感じである。 ポンチ絵の動く奴だ。 全く不思議なことだが絵が生きてるように動く、一体全体どうすればこんなことが出来るのか不思議であったが、このSANYOに随分慣れてきた霊夢はそのことにちっとも疑問を抱かなくなっていた。
しかも絵がちょっと霊夢の好みであった。
「良い感じよアンタ」
霊夢が笑うと、SANYOも嬉しそうである、画面が反射しただけだ。
『おめぇ、女か?』
「いや、胸をみなさいよ胸を」
ぼんやりとSANYOを眺めている内に霊夢は目が疲れてきたように思った。 同じ姿勢で、ずっと同じところを見ているのは疲れる。
「よっと」
ごろりと横になって座布団を畳んで枕にする。
『正々堂々♪ SAYSAY DO♪』
「ふあぁぁ・・・・・」
SANYOを魔理沙に見せたらどんな顔をするだろう? もしかしたら「私によこせ!」なんてことを言いだすのかもしれない。 だがこれは私の家のものだ、誰にも渡さない。
「ま、しばらくゆっくりしていきなさいな」
そうSANYOに語りかける。 SANYOは満足したらしく、音の大きさを下げ始めた。
霊夢は、たぶん自分が眠たくなったのをSANYOが感じ取って音を小さくしたのだと思った。
「おやすみー・・・」
『・・・・・』
そのまま瞼を素直に落とし、すぐに寝息をたてはじめる。
『・・・・・』
SANYOは霊夢の寝顔をじっと見ていた。 前居た場所でも、子供たちはSANYOの前で疲れて寝ていたのだ。 もう他の機械よりも重たく、綺麗な画も出せなくなってしまったが、満足げな霊夢を見ていると、その時のことが画面に映し出されるようでもあった。
壊れたコンデンサ、溶解したはんだ、狂った変圧器、割れたヒューズ。 外の世界ではモノが壊れれば新しいものを買った方が良かった。 粗大ごみ置き場に置かれたSANYOは、そのまま砕かれ、埋め立て地の一部になる予定だったが、何の因果かめぐりめぐって博麗さンチにお邪魔することになったのだ。
幻想郷の不思議な力が少しの間だけ、霊夢に外の世界の忘れ去られた記憶を移すに至ったのだろう。
『・・・・・・』
もう満足だ
そう言いたげにSANYOは、外の世界に居た頃と同じようなガラクタの塊に戻っていった。
****************
「・・・・むにゃ」
「おい、起きろよー」
「・・・・・あ?」
「霊夢ー面白いもん拾ったんだぜー」
私が目を覚ますと、魔理沙の金髪が私の鼻に触れるくらい近くにあった。思わずくしゃみをすると魔理沙が仰け反って袖で顔を拭った。
「くっさ! きたな!」
「・・・・あー・・・・」
失礼な奴だ、今日歯を磨いたっけ? まぁそんなことはどうでもいい。
「ほら、これ見て見ろよ! この黒くて四角い箱、中に丸い紙が入ってんだ。 何に使うかわかるか?」
またか、そんなものはアンタの大好きな兄貴分の道具屋にでも聞けばいいのに。そう思ったので率直に言ってやった。
「霖之助さんに聞きなさいよ、しるもんですかそんなもの」
「まぁ、そういうなって。 こいつはどうやら外の世界の様子が記録された媒体らしいんだよ」
「ふーん?」
「こいつを解析すれば外の世界の事が一気にわかるはずなんだ」
熱心に話す魔理沙には悪いが、そんなことはどうでもいい。 私は仕組みよりも使い方にしか興味がない。
「で、それを私に話してどうなるってのよ?」
「ふふふ、隠したって無駄だぜ!」
「ん?」
「お前がこの媒体の中身を見ることが出来る道具を持ってるのは、もう知ってるんだよ!」
魔理沙は部屋の隅に置かれたでかい箱を指さした。 私が今朝庭で拾ってきたSANYOだ。
「あぁ、サンヨーのこと?」
「ほう、この道具の名前はサンヨーってのか?」
「そう書いてあるわ」
魔理沙が「どれどれ」とSANYOを覗き込む。 魔理沙の顔がSANYOの黒くて平べったい顔に反射されている。 変な具合に歪曲して面白い顔になっていた。
私が「気の利く奴よ、割と」と言うと「へぇ」と魔理沙が鼻を鳴らした。 ちょっと不満げな様だったので、何かと聞いてみた。 何が気に入らないのだろう?
「どうやって使うんだ?」
「ん?」
「霊夢が寝てる間に色々やってみたんだが、うんともすんともいわねぇ。 霊夢は使い方解ってんのか?」
使い方も何も、SANYOは勝手に私に色々なものを見せたのだ。 何かをした覚えはない。 そういう事を言うと魔理沙はさらに不機嫌そうな顔をした。
「なんだよ、それ」
「まぁ式も主を選ぶと言う事ね、魔理沙みたいに荒っぽい奴に使われたくないんでしょうよ」
「なにぃ?」
「ま、見てなさい」
私はたぶん今年最高のドヤ顔をしながらSANYOの前に立った。 魔理沙も私の一挙一足に注目しているのが分かる。
「ふぅー・・・・・」
「・・・・」
私はSANYOを拾った時と同じみたいに、平手を高く振り上げる。 これを叩きつければSANYOは起きるはずだ。
よっし!
「起きなさい!」
ばしん!
割と大きな音がして、SANYOの頭からみしりと嫌な音が聞こえた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あれ?
「おい」
「あ、あれ?」
ばしん!
ちょっと衝撃が足りなかったかともう一発くれてやったが、SANYOはうんともすんとも言わない。
「なぁ霊夢」
「ま、待ちなさい。 確かこれで動いたはず!」
今度は鉄の歯が付いたひも付きの道具をぶんぶん振り回してみたが、特にSANYOに反応はない。
「おいおい、動かないじゃないか」
「黙ってなさい、この!」
暫く、色々とやってみたが、SANYOは動かなかった。
赤っ恥のコキッパジだ
「ぐ、ぐぬぬぬ」
「なんだ、霊夢が面白いものを手に入れたってのは嘘だったのか」
魔理沙がつまらなそうな顔をして、黒い箱をくるくる回して遊び始める。 私は久しぶりにカーッと耳が紅くなるのを感じだ。
「おーい、霊夢いるかい?」
「霊夢さんー? いますかー?」
「霊夢さん! 独占取材です! 開けてください―!」
玄関から、聞いた声が聞こえてくると同時になぜか私は頭がさっと冷えるのを感じた。
「霊夢さん! ビデオデッキがあるってマジですか?! これ再生したいんですけど!」
「外の世界の道具を博麗の巫女が独力で解析、実用化に成功! これは熱いですよ! スクープです!」
「なぁなぁ、その技術河童に教えてもらうわけにはいかないかい?」
よく知らないが、私の知らない間に幻想郷に妙な噂が独り歩きしていた。
私はさっぱり動かないSANYOを睨みつける。
「く・・・!」
「あぁ、じゃあ私は帰るぜ霊夢。 あとは頑張るんだぜ」
たぶん噂を流し打だろう魔理沙は涼しい顔でどこかに飛んで行った。 私に残された時間は多くはないようだ。
なんとしてもSANYOをまた動かせるようにしなければならない。何か方法はないか?
博麗の家にやってきたSANYOが私にちょっとした異変を起こしつつあった。
東方はこういうひと昔前の文化との交流が面白い気がします
後編楽しみにしています
続きも楽しみにしています。
てれびじょんの流入により弾幕少女達の視力が低下!!
とか、思ったけどみんな眼鏡っ娘になれば問題無いよね。
(むしろマミさんがアイデンティティーの危機じゃん!!?)
(誤字がか~なりありましたよ)
SANYOもマジカル頭脳パワーも幻想入りですねぇ……。
と思ったら幻想入りしたのはNationalでしたね。とんだ勘違い。