Coolier - 新生・東方創想話

夢と現が有頂天~リアル爆発しろ~

2014/10/04 00:01:36
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・緋想天のネタバレがかなり入っておりますゆえ、未プレイの方はご注意ください
・独自設定で突っ走っています
・これらの注意点に引っかかる、もしくは読んでる途中で気になった場合は申し訳ありませんが『戻る』推奨です。

以上のことを読んだ上でそれでもお付き合いいただける方は、しばし現実を忘れ一休みをば。






















































 自分のほっぺたをつねってみる。痛みはなかった。天人の身体は頑丈だからこれくらいでは当然の結果とも言える。



「……ねぇ衣玖」
「何でしょうか?総領娘様」



 何がそんなに楽しいのかと笑顔で返事をする衣玖を見て思う。



「ちょっと一発私を叩いてみてくれない?」
「はぁ……」



 腑に落ちないという様子ながらも私の頭を軽く叩く。……やっぱり痛くない。



「そうじゃなくてさ、もっと本気でお願い」
「嫌ですよ。天人様に龍宮の使いがそんな事をしたらどうなるか、考えなくても分かるでしょうに」
「絶対に文句も何も言わないから。お願い、ほら日頃の鬱憤を晴らすと思って」
「……分かりました」



 えらくあっさりと了承したかと思うと、衣玖は腕を回しながらゆっくりと深呼吸して準備をし始めた。やっぱり楽しそうだ。



「ではいきますね」



 ゆっくりと拳を突く動作で距離感を確認し、目をつぶって集中している。そして目を開いたかと思うと全体重が乗った正拳突きが私の顔をめがけて飛んできた。……それを私は頭を後ろに引くことでかわし、無防備な衣玖の鼻にめがけて軽くパンチを打ち込んだ。



「ぶふっ!」



 モロに食らった衣玖は変な声を上げたかと思うと、鼻をおさえて涙目になっている。……これはちょっと面白い。



「しょ、しょうりょうむしゅめしゃま、ひどいです……」
「ひどいのはどっちよ。女の子の顔を本気で殴ろうとするなんて、子供の頃にどういう教育受けてきたのよ。顔に傷でも残ったら一生ものよ?衣玖に責任取れるの?」
「……その顔に釣られて総領娘様の面倒を一生見なければいけない哀れな殿方が一人救えるかもしれません」
「まぁ否定はしないわ。でも私も一応女の子、顔はダメでしょ」
「……正論ですが納得いきません」
「さ、もう一回よもう一回」
「……今度は避けないでくださいね?」
「約束するわ。ほら今の憤りもその拳に込めて」



 不満気に私を睨み小さな声で文句を言った後、先ほどと同様に衣玖が拳を構える。



「総領娘様の……バカヤロー!」



 そう叫んで今度は私のお腹にめがけて拳を放つ。……それを私は左手でガードし。またも無防備な衣玖の鳩尾にさっきより若干強めにパンチを打つ。



「うぐっ!」



 少しうめき声を出した後、衣玖は膝から崩れ落ちた。



「誰が馬鹿よ」
「は、話が違います」
「女の子のお腹を本気で殴ろうとするなんて、子供の頃にどういう教育受けてきたのよ。女の子は将来子供を生むのよ?私が子供を産めない体になったら衣玖に責任取れるの?」
「……総領娘様に子育てができるとは思いません」
「それもまた否定しないわ」



 なんとか立ち上がった衣玖は恨めしそうにこちらを見ている。



「……総領娘様、どうかお願いです。一発だけでいいので殴らせてください」
「だからさっきからそうお願いしてるじゃない」
「分かりました。では責任は私が取りますのでどうかそのご尊顔に無慈悲な一撃を入れさせてはいただけないでしょうか」
「……しょうがな」



 私の言葉を最後まで待たずに衣玖の拳がものすごい勢いで顔に飛んできた。先ほどまでより本気の拳だった。……そして今度は避けなかった。



「……」
「……」
「……」
「……あ、あの……総領娘様?」
「手間取らせて悪かったわね。もういいわ」



 そう言い残して私は衣玖の前から去った。衣玖の拳は私を傷物にするどころか、痛みを感じさせることすら出来なかった。







「――総領娘様?」



 衣玖に呼ばれていたことに気付く。少々ボーっとし過ぎていた。



「あ、ごめん。どうしたの?」
「いえ、昨日から少し様子がおかしかったように感じたので」
「大丈夫よ。むしろ昨日のことなら殴られた衣玖のほうが心配されるべきじゃない?」
「それはそうかもしれませんが……」



 衣玖は何かを言おうとして、結局黙ってしまった。それから私達は目的地に着くまで一言も喋らなかった。



「あら比那名居様、ご機嫌麗しゅう」
「……今日はお招きいただきありがとうございます」



 到着すると取りあえず天人に形だけの挨拶をする。向こうから取れる感情は侮蔑であり、それに対してこちらは……最早思うところもない。



「では早速ですが……」



 今日は天界の歌と踊りの日である。それなりの数の天人が集まり、文字通り歌と踊りをする。私はこれが嫌いだ。感情がなく只々無機質で温度のない歌声に合わせて、温かみも個性もない踊りを披露する。生き物らしさを一切感じさせない美しさはまさしく天使のようだった。吐き気がしてくる。

 自分で言うのも何だが私は踊りも歌も下手ではない。しかし天人のそれには全く合わないのだ。私が歌えば周りからは嘲笑が聞こえてくる。私が踊れば周りから見下したような視線が突き刺さる。代わり映えのしないいつものことだ。最早なんとも思わない。一瞬視界の端に写った衣玖は周りの天人を忌々しげに見つめていたような気がしたが、すぐに表情が消えたので見間違いかもしれない。

 来る日も来る日も歌って踊って桃を食べて、変化のない毎日。心が日々死んでいくのを感じる。これが天人になるということなのだろうか。今の私は本当に生きているのだろうか?この永遠と続く日々は本当に私にとって現実足りえるのだろうか?ふと踊りを止めて自分の頬をつねってみる。やはり痛みは感じない。



「総領娘様?」



 衣玖の声がどこか遠くに感じる。耳に入ってくる歌が頭を空っぽにしていく。視界に入る踊りがどこか現実味を失わせる。



「総領娘様!」



 ひときわ強く衣玖の声が響いたかと思うと私に向かって雷が落ちた。そこでようやく意識がはっきりとしてくる。……どうやら私は歌っていた天人に殴りかかろうとしていたらしい。



「……皆様せっかくの踊りの最中に大変失礼いたしました。どんな罰でも受ける所存です。本当に申し訳ありませんでした」



 そう言って衣玖が深々と天人達に向かって頭を下げていた。天人達は口々に文句を言った後、処罰については後日伝えるとのことでこの日はお開きとなった。



「総領娘様、先ほどの雷申し訳ありませんでした」
「あぁ……うん……こっちこそごめん」
「お怪我はないですか?」



 心配して聞いてくる衣玖とは裏腹にやはり痛みは感じなかった。



「うん、大丈夫」
「やはり少し様子が変です。少々お休みになられたほうがよいのではないでしょうか」
「……そうする」







 歌と踊りの日の翌日、私は父から思いがけない話を耳にした。何でも地上の博麗神社と比那名居一族の縁を結びつける計画があるらしい。今までの私なら興味が無いと言って切って捨てる話だが、今回は違う。これは切掛け、誰かが私に与えた転機なのかもしれない。この現実を変えるために、私は今まさに動き出すべきなのかもしれない。正直に言えばそんな大それた覚悟はない。しかしそれ以上に引き止めるための現状への未練がなかった。



「どうしたのですか?総領娘様」



 衣玖は私を見て不思議そうにしている。私から衣玖を呼び出すことは滅多にないので無理もないだろう。



「昨日さ、私に雷落としたよね」
「はぁ……その節は申し訳ありませんでした」
「その時どんな罰でも受けるって言ったわよね」
「……はい。私は総領娘様には嘘をつきません」
「私もよ。衣玖……貴方に辞職を要求します」
「……えっ?」



 衣玖は信じられないといった顔をしている。だが私はそれを無視して話を続ける。



「今まで本当にありがとう。衣玖には感謝してるし、私にとってその……一方的に思ってただけかもしれないけど、衣玖のことは友人だと」
「ちょ、ちょっと待って下さい。……じ、辞職ですか?」
「……あー、お金の事なら心配いらないと思う。よく分かんないけど比那名居の宝物庫からいくつか持ち出してきたから、多分龍宮の使いの一人や二人なら遊んで暮らせるくらいにはなるでしょ」



 持ってきていた袋から幾つか宝具を出そうとして、衣玖にその手を掴まれた。



「……本気なのですか?」
「分かっているんでしょ?」
「納得できません」
「お願い。衣玖相手にクビなんて宣告したくないの。分かって?」



 衣玖の悲しげな瞳に見つめられて……胸に少し違和感を感じる。でもやっぱり譲ることは出来ない。衣玖がまだ何か言おうとしたのを遮って抱きつく。



「本当にごめんね。……今までありがとう」
「……総領娘様は卑怯者です」



 こうして私は失って困るものは全て手放した。これで本当に未練はなくなった。



◇◇



 最初に緋想の剣に気質を地面に流しこむことから始めた。これが計画の第一段階である。計画は少々時間を有するし、目的を達成するまでに気付くものもいるだろう。その中で私の前に立ちふさがるものもいるかもしれない。そこまで考えていたものの、最初にここに来た人物はあまりにも早かった。



「ここは……非想天かしら?」



 現れた人物は夏の雪の中で桜の色香を纏った少女だった。



「……正直言って驚いたわ。まさかこんなに早く私のところまで辿り着くなんて」
「あら、天人様が降りてきたわ」
「貴方……亡霊ね。まさか成仏するためにここまで上がってきたなんて言わないわよね」
「残念ながらまだまだ未練たらたらですわ」
「……そう」



 会話をしていても何となくつかみどころがない。こんな地上の亡霊にも未練が、死んでも現世にしがみつくだけの理由があるのか。



「貴方名前は?」
「尋ねるなら先に名乗るのが筋ではなくて?」
「育ちの悪い不良天人なもので」
「西行寺家の幽々子と申します」
「天子よ。今はまだ比那名居家の」



 幽々子と名乗った少女は私の前に来てからずっと自然体のまま、言うなれば隙だらけだった。こちらが臨戦態勢になってもそれは変わらない。何となく強いのだろうとは思うが根拠は全くない。何の抵抗もなくあっさり倒してしまうかもしれないが、その逆もありえるかもしれない。地上のものと戦うことでなにか生きている実感を得られるかもしれないという淡い期待を抱いている身としてはどちらも避けたかった。



「それでは天子さん、お邪魔しました」
「……え?」



 一向に動こうとしない敵を前に手を拱いていると、幽々子は私に背を向けて歩き始めてしまった。



「ちょ、ちょっと待ちなさい!どういうつもりよ!?」
「目的も済んだことですし帰宅しようかと」
「何も達成してないじゃない」
「何か勘違いしているようですが、私は貴方を止めに来たわけではありません。場合によっては友人の好としてそれも考えましたが、必要ないでしょう」
「馬鹿にしてるの?」



 幽々子の正面に回りこみ緋想の剣を喉元に向け、歩みを止めさせる。



「馬鹿になどしていません。哀れんでいるのです」
「この……」
「どの道亡霊などと戦ったところで貴方の得たいものは手に入らないでしょう。私達は最も生とかけ離れた存在なのですから」
「……でも」
「でもせっかくここまで来たのですから少し忠言を。秩序を崩そうとする貴方の前には二つの敵が必ず立ちふさがります。分かっていると思いますが今なら」
「全て分かった上での行動よ」
「……ならもう何も言いません。私の愛しい友人と私の恋しい従者のことをよろしくお願いします」



 幽々子は緋想の剣を気にすることなく再び歩き始める。今度は止めなかった。亡霊が天界から去った後、程なくして積もっていた雪は溶けて消えた。私の中にある蟠りや疑念は残したままで。



◇◇



 亡霊が去った後、程なくして二人目の侵入者がやってきた。二人目ということもありそれなりに覚悟もしていたので驚きはそれほどいでもなかったが、それでも当初の予想よりも随分と早い。



「おーい出てこいよー。花も綺麗だし酒でも一杯やろうじゃん」
「花は半開を見て、酒は微酔に呑む。それが天界に入るものの心得です」



 小さな身体から溢れ出る巨大な力、少女には似合わない無骨な鎖を身につけ、表情からは自分の力への絶対の自信を伺わせる。そして頭にある二本の角はそんな少女の強さの根拠を示している。間違いない、鬼だ。



「地上に鬼がいるとは思いませんでした。遥々天界まで何の用でしょう?」
「いやさぁ、あんた。みんなの心、萃めてるでしょ?何が目的なのさ」
「流石、もう気付いたのですか……目的はというと特にないです。貴方風に言えば、酒の肴、ですかね。貴方は何が目的?」
「そうだねぇ、この広い天界の一部を」
「雲の上にこんな世界が……?」



 鬼との会話の途中で三人目がやってきた。生まれてこの方一度も日に当たったことがないかと思わせるほど病的なまでに白い肌、押せば折れてしまいそうな程貧弱な体つき、服に染み付いた薬品の匂いと身につけている魔術関連のアクセサリー。こいつは魔法使いだろう。



「はるばる天界までようこそ。天界では歌と踊り……そしてまた歌と踊りでお出迎え」
「そりゃどうも」
「ん?お前は……何処かで見たことあるような」
「あまり博麗神社にはいかないから貴方が覚えていないのも無理ないわ。でも私は貴方から受けた侮辱を覚えている。ついでに能力も」



 私を無視して話が進んでいく。気に入らないが下手に介入して二対一になるのは避けたい。私が欲しいものは一方的な蹂躙からは得ることが出来ないだろうから。する側でもされる側でも。かと言って相手の意識がちゃんと私に向いていないのも気に入らない。ならば理想は……



「あー……多分『宴会の異変』の時だよね?会ったのって。結構いろんな事言ったような気がするからなぁ。因みになんて言ったの?」
「……『無駄無駄無駄ぁ!資料なんて無いよ。あんたの図書館に戻って愕然とするが良いわ』」



 魔法使いが鬼の声を真似て言ってみたようだが、声がか細すぎて正直似ていなかった。鬼の方も頭の上に?を浮かべている。居た堪れないのかコホンと小さな咳をした魔法使いの顔は若干赤いし、顔も少しうつむき加減になっている。



「私は貴方から受けたこの侮辱を忘れてない」
「あー……何が気に障ったんだい?」
「図書館は私の知識そのものと言っても過言じゃないわ。その図書館を侮辱することは私のこれまで、そしてこれからの積み重ねを侮辱することになる。私の知識を、魔法使いの叡智を舐めるな」



 周りの空気が変わる。魔法使いの周りに目にみて魔力が集まっている。



「ふーん……じゃあ、資料はあったのかい?」
「私が今目の前にいることが答えよ。そしてその答えが正しかったことを私の力を持って証明してみせる」
「大きく出たな魔法使い!その貧弱な身体と偏った考え方で持って古来よりの鬼を倒すだと!」
「知識としてなら過去のものを魔法使いは尊重する。けど貴方達鬼は幻想郷から逃げた存在、最早ただの老害でしかない」
「逃げたんじゃない、見捨てたんだよ。それに現実から逃げて引きこもっている病弱少女に言われたくないね」
「私は本を通じて現実と向き合っているの。貴方にとやかく言われる筋合いなどないわ」



 私は……やはり逃げたのだろうか。こいつらが本当に逃げたのかどうかは分からない。私はこの『現実』に立ち向かうために、『夢』を壊すために今ここにいるはずだ。だがそれが本当に正しいのかはわからない。それでも……進むと決めたのだ。私がそうして自問自答している間に鬼と魔法使いの戦いは始まった。







「はぁ……はぁ……は、ゲホッ……」
「やるじゃんあんた。今日のところは私の負けでいいよ」
「はぁ……ま、待ちなゲホッゲホッ……」



 一時間ほど続いた戦いは鬼の降参という形で幕を閉じた。二人共ボロボロではあるものの鬼のほうは随分と余裕が有るように感じる。だが戦いの中で魔法使いが用意していた『対鬼専用の秘策』があとどれだけ残っているのか分からないし、お互いの余力が見た目通りとは限らないのでこのまま続けた場合の結果はどうなるかはわからない。分かるのは鬼が降参したことで魔法使いが勝利したということだけだ。



「ふ、巫山戯ないでくれるかしら。まだまだこれからよ」
「そんな青ざめた顔で言われると違う意味で怖いなぁ。あんたの目的は果たせたんだからいいじゃないか。魔法使いが鬼相手にここまで戦えたんだから、あんたの知識は間違っていないよ」
「……を……する」
「ごめん、聞こえなかった。というかあんた呼吸すごいことになってるけど大丈夫かい?」
「謝罪を要求する。私の図書館を侮辱したことを……謝って」



 魔法使いは目を赤くしながら消え入りそうな声で必死に叫んだ。こいつにとってはその図書館が、そこから得る知識が、あるいはそこを通して見る現実がただひたすらに大切なモノなのだろう。



「……悪かった。異変の時に言った言葉、撤回するよ。あんたのところの図書館は私たちのことをまだ覚えていてくれたんだね」



 魔法使いを一度も見ることなくそう言った鬼はそのまま地上へ向けて降りていった。



「はぁ……はぁ……うっ……ゲホッゲホッ」
「ちょ、ちょっとあんた大丈夫?」
「これくらい……あ、やっぱり無理……」



 蚊の鳴くような声の後にむきゅ~というよくわからない悲鳴と共に魔法使いは意識を手放した。







「ごめんなさい、それとありがとう」
「え?……あぁうん」



 目の前で倒れた魔法使いをどうすればいいのか分からず、取りあえず木陰まで運んで看病をしてやった。意識を取り戻したのは戦いが終わって小一時間ほどした後だろうか。



「私は勝ちたいわけじゃなくて戦いたいんだから、あんたに倒れてもらっちゃ困るわけよ」
「よくわからないけど助かったわ。少し楽になった」



 口ではそういうもののまだ呼吸は少し荒いし、顔色も……いやこれは元から青白かったかもしれない。



「もう少し休んでいなさい。ほら水持ってくるから」
「いや少し落ち着いたし館に帰って薬を飲んだほうがいいと思う。ここは空気が薄いからいるだけで少し辛いし」
「何言ってるのよ、まだ目的を果たしてないでしょ?ほらおとなしく休んでいなさい」



 口ではそう言ってみたものの家に帰りたくはなかったし……さてどうしようか。



「……なんのことか分からないけど、私は帰らせてもらうわ」



 とりあえず水の代わりに桃を持って戻ってきてみると魔法使いの姿はそこに無く、その後ここを訪れることもなかった。







 鬼と魔法使いが来た後はしばらく誰も訪れることがなかったので、睡眠をとって少し休んでいた。そしてそうしている間に緋想の剣は十分な気質を集めていた。

 ふと寝ぼけた視界の端でヒラヒラと舞う蝶を見つけた。今まで天界では見たことのない種類のものだ。なんとなく手を伸ばしてみると私を避けるように離れてしまった。そういえば寝ている間に見る夢を最近見た記憶が無い。それともまさにいま夢を……

 ……自分の中で迷いがないわけではない。今ならきっとまだ引き返せると思う。今から進む一歩は茨の道などという生易しいものではない。谷底への一歩、進めば後戻りはできず待っているものは……。だけど……それでも最早私には守るものはない。だから……



「これが夢なら終わらせよう。これが現実なら打ち砕こう。それがエゴでも私は答えを見つけるまで戦い抜いてみせる!」



 溜まっている気質を開放する。それは巨大な力となり地上を、博麗神社を襲うだろう。



「かかって来い幻想郷!私は逃げも隠れもしない!」



 その日……博麗神社は倒壊した。



◇◇



「ここが天界……? 天気が悪くなる事のない雲上の地。何という贅沢な世界でしょう。地上の災禍から逃れ……え!?地震?天界で?」



 地震を起こしている最中に天界に銀髪の少女が現れた。見慣れない格好で研ぎ澄まされたナイフを思わせるその少女は人間……だと思う。ちょっと自信がない。何にしてもこの少女は間に合わなかったということだ。



「地震を起こす大ナマズは元々、天人が使役できる神であった。天は大地を制す為に宙に浮いた。何故なら……天は大きな要石だから」
「か、要石?」
「そう、要石が宙に浮いているから地震は止まない。大地は生き続け、地上は豊かになるのです」
「つまりこの地震は貴方が人為的に起こした『異変』ということなのかしら?」
「ご名答」
「……緋色の霧に興味があってそのままピクニック気分でここまで来ただけなのですが、面倒なことになりましたね」
「悪いけど貴方は」



 私は……大量のナイフに囲まれていた。そしてそのナイフが一斉に私に……



「急所は外していますし大丈夫でしょう。申し訳ありませんがそろそろお嬢様のティータイムですので私はこれにて」
「待ちなさいよ」
「……あら?」



 目の前の少女が何をやったのかは分からない。だがナイフ程度でダメージをうけるほど私は柔ではない。



「まだ開始の合図もしてないのに随分とせっかちなのね」
「……ちょっとびっくりですね。随分と丈夫なお体をお持ちなようで」
「こっちは幽霊、鬼、魔法使いと三連続で戦いを逃してるのよ。そう簡単に終わらせてもらっては困りますわ」
「魔法使い……ですか?それはひょっとして紫色の服を着てボソボソと小さな声で喋る根暗な感じの少女でしたか?」
「多分そうね」



 私の返答を聞いた少女は顎に手を当てて、独り言を呟きながら何かを考え始めた。それにしてもさっきは何をしたのか全く分からなかった。いきなりナイフに囲まれてるし、その上こいつはいつの間にか私の帽子を手に持っている。一体何が起きたんだろうか。何時ナイフを投げた?何時私から帽子をとった?



「ちょっと、無視するなんてあんまりじゃなくて?」
「……パチュリー様がスルーしたのなら放っておいても大丈夫か」
「ちょっと!」
「あぁ失礼しました。失礼ついでに一つ確認なのですが開始の合図はまだですね?」
「それがどうしたのかしら」
「戦いが始まっていないのであれば退却の選択肢があるということです。先程も言いましたが時間が押しているので私はこれにて」



 そう言って優雅にカーテシーした後、私に向けて帽子を投げ返すと同時に少女の姿は跡形もなく消えた。呆気にとられている私を残してただ蝶がヒラヒラと舞っていた。



◇◇



 次の少女が来るまで時間はかからなかった。しかも……そいつは正真正銘の人間だった。



「……誰だ?」
「私は天界に住む天人、名前は天子よ」



 服はびしょびしょな上に所々破れ、普段は綺麗であろう金髪も乱れ、息も随分とあがっている。余程私に早く会いたかったらしい。格好からしてこの子は魔女もどきといったところだろうか。絵本から出てきたようなまさしくといった感じだ。



「お前か?色々やってくれたのは」
「色々、じゃあよく判らないけど」
「地震」
「私よ」
「そうか」



 少女は一言『行くぜ』と言った後、箒に乗ってとんでもないスピードで突っ込んできた。いきなりで驚いたがこちらも天人、紙一重でかわし次の攻撃に備える。しかし



「うおっ!」
「へ?」



 少女は箒に捕まっているだけの握力が残っていなかったのだろう、勢い余って箒から吹っ飛んでしまった。



「……」
「……」
「手かそっか?」
「余計惨めだからいい……」



 少しふらつきながら立ち上がり服についた埃を払う。



「さて仕切りなおしだ」
「嫌よ」
「おいおい我儘言うなよ」
「だって貴方既に満身創痍じゃない。なんで私がそんな奴の相手をしなくちゃならないのよ」
「お前異変の首謀者、私異変解決の専門家。あんだすたん?」
「じゃあせめて出直して来なさいよ。今の貴方と戦っても何も得られそうにないもの」
「そういう訳にはいかないんだよなこれが。お前の地震で私の……えっと……とにかく霊夢が困っているんでな。もう一発とかされるわけにはいかないんだよ」



 よくわからないけど……こいつにも自分なりの引けない理由があるのだろう。だがそんなものは私にもあるし、そもそも他人の都合なんて結局のところ関係ない。



「あぁもう分かったわよ。とりあえず三日間だけ待っててあげるから、体調を万全にしてまた来なさい」
「……本当か?」
「そんな嘘つかないわよ」



 少女はこちらを真っ直ぐと、本当に驚くくらい真っ直ぐにこちらを見つめながら考えている。果たして私の言葉が信用に足るのかどうか。



「……よし分かった。取りあえず今日のところは帰ることにする」
「分かってくれて嬉しいわ」



 少女は箒に再び跨がり私に背を向けた。



「そういえばお前の名前は?」
「名乗ったでしょ、天子よ」
「天人って苗字もないのか?」
「それは……別にいいでしょ!どうせすぐにあの家とは関わりがなくなるんだから」
「そっか。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。そして家から勘当された先輩としてアドバイスだ。せっかくもらった苗字をわざわざ捨てる必要なんてないと思うぜ?里とかで身分がいるときにないと不便だし」



 少女、魔理沙はそう言い残して天界から去っていった。



「……はた迷惑なやつね。次来る時はお土産ぐらい持ってきてもらおうかしら」
「おぅ分かった。楽しみにしてろよ」
「……帰ったんじゃないの?」
「……やっぱり五日待ってくれないか?」
「はいはい分かったから、さっさと行きなさい」
「約束だからな」



 そう言って今度こそ地上に帰っていった。



◇◇



「貴方は一体?」



 ……今まで幾度と無く空振ってきた。ここを訪れた奴はいても結局私と闘うことなく去っていった。



「私は比那名居天子。天界に住む歌と踊りが仕事の天の人よ」
「そんなんじゃなくて、地震とか緋色の雲とかなんかそういう」



 気質を掌握した今はっきりと分かる。今度のやつはここに敵意を持って、戦う意志を持ってやってきている。



「地震を起こしているのは私」
「……私が貴方を倒せば地震は収まるのね」
「どうかしらね。そこまでは私は保証できない」



 そしてその意志はしっかりと私に向いている。



「……ふざけた奴」



 そうだ、私はそのために準備したんだから。冷ややかな目で私を見つめる少女は丈夫そうな革の手袋をつけ、一つ指を鳴らすと何処からともなく幾つもの人形が浮かび上がってきた。その人形と同じく作り物のような端正な顔の少女は、大方魔法使いもしくは人形師といったところか。



「七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。おいたの過ぎた天人をコテンパンにしにきたわ」
「人形遣い……ね、とにかく待っていたわ。さぁ有頂天の境地で全ての魔法をさらけ出せ!」







 戦いが始まってから数十分経った。進展は一向にない。開始早々アリスは私の周りを人形で囲んで一定の距離を保ちつつ牽制しながら隙を見つつ攻撃、アリス自身も私から十分な距離を取るよう常に動き回っている。蝶のようにヒラヒラと実に鬱陶しい。



「啖呵を切った割には随分おとなしいのね」
「慎重なのよ」



 だがそれでは勝てないのはいい加減気づいただろう。牽制程度でダメージを受けるほど天人の身体は柔ではない。



「そんなんじゃつまらないわ。もっと私を楽しませてよ!」
「……」



 ダメージがないのならと人形を無視して一気にアリスとの距離を詰め、そして緋想の剣を振り下ろす。



「やるわね」
「……なるほどね」



 アリスはちゃんと『私の攻撃に対処できる距離』を保っていたためギリギリのところでかわされる。深追いしようとすると隙かさず人形が邪魔してくる。ダメージはなくとも障害にはなる。



「いい加減その弱気な攻め方をやめたらどうかしら?このままじゃ貴方の魔力が尽きるまで続けても私にはダメージ一つ入れられないわ」
「そうね。終わりにしましょう」



 そう言うとアリスは再び指を鳴らし、今度は全ての人形が消えていった。



「……どういうつもり?」
「私なりの貴方に勝つための最善の手段よ。貴方はただ戦いたい、というか構って欲しいに近いかしら?そんな感じでしょ?」
「だったら何よ」
「それじゃあ私が勝ったとしても貴方は満足、つまり試合に負けて勝負に勝ったというのかしら。それじゃ懲らしめに来た私が馬鹿みたいじゃない。その上貴方強そうだし、私は本気で戦いたくないのよ。そもそも私は敵討なんて柄じゃなかったし」
「だったら……」
「貴方は別に幻想郷の破壊や支配が目的ではないようだから一つだけ言っておくわ。これ以上博麗神社に地震を起こすのはやめなさい。本当に取り返しの付かないことになるし貴方の目的は既に達成されているはずよ。直ぐに博麗の巫女が異変解決にやってくるわ。それどころか管理者まで動き出すかもしれない。それが理解できないほど馬鹿ではないと思うけど」
「私は未練なんて」
「その顔を見て確信が持てたわ。それじゃあさようなら、可哀想な天人さん」



 こちらを憐れむように一瞥した後、踵を返して去っていく。その背中を追いかけようとするといつの間にか仕掛けてあった糸に足を取られ、そこから起き上がった時には既に人形遣いの姿はそこになかった。



◇◇



 やはりリスクを犯してでも地震を起こした成果はあった。あれから随分と客人が来てくれる。この調子なら博麗の巫女もすぐに来るだろう。



「ここは……もしかして天界?」



 こんな感じでよくわかってない眠そうな子まで来たんだから。



「緋色の霧、それは非想の気。悲想の気、それは生物の本質。天気は非想天の本質なり。お待たせ」
「……ぽかーん」
「どうしたの?貴方が探していた犯人が目の前に居るのよ?」
「え?ええ!?」



 あまりにアレで少し心配になってきた。……こんなのまで相手にして何をやってるんだろうか私は。



「展開の早さについて行けないのかしら?」
「……」



 私は……何がしたかったんだろうか。色んな物を……唯一の自分の理解者すらも手放して……



「『幽霊を斬っていたのはお前か』」
「えーっと、幽霊を斬っていたのは貴方?」



 私は……目の前の現実を、最早夢のようあやふやにになってしまった今を……確かめたくて……それが無理なら壊してやりたくて……。それで……あぁそうだ、地上だ。日々を、少なくてもちゃんと生きてるこいつらを倒せば何かが変わるんじゃないか、そうでなくてもなくしてしまった何かを得られるんじゃないか。私がまだ地子だった時にはきっと持っていたはずの何かを……って。



「そう、私だわ。私は比那名居天子。この緋想の剣は幽霊も気質も全て丸裸にしてしまう。これで緋色の霧を集めて……大地を揺るがすの」
「話について行けません」



 そのために地震まで起こして……



「……しっかりしてよ。貴方は私を懲らしめに来たんでしょ?貴方がしっかりしなければ……私も……」
「何か判りませんが……まるで私に倒されたいって言っているみたいですね」



 そうだ、まだ途中だ。本命が来ていない。異変解決を生業とする幻想郷の象徴の一人、博麗の巫女。彼女を倒せばこの現実に勝利したことになるのではないだろうか。それに博麗の巫女と戦えば何かが変わる気がする。……いや、そうやって縋るしかない。



「さあ、ここまで来て限りなく正解に近づいた貴方は私を倒さなければいけない」
「……」



 だが取りあえずは今目の前のことだ。適当な人妖を倒したところで現実に打ち勝ったなんて実感を得ることは出来ないだろう。しかし忘れていた何かを取り戻すことはできるかもしれない。



「そう地上で、人間と妖怪が戦うように……私はあのやりとりに憧れているのよ!」
「……もしかして、そんな程度の理由で幽霊を斬り、人の本質を斬り、神社を壊したの?」



 そんな程度の理由……この子にとってはそんな程度のものなのだろう。しかし日々心が死んでいく中でどうにか現状を変えようとした結果なのだ。……そんなものはただのエゴだし、周りに迷惑をかけていい理由にならないことも頭では分かっている。こんなことをしてただで済まされないことも分かっている。実際私が異変を起こした理由もそんな程度のものと言われてもしかたのないことかもしれない。しかし異変を起こすことによって生ずる他の出来事も心が死にかけている私にとっては最早そんな程度のことでしか無いのだ。



「もちろんそうよ。さらに言うと、これからもっと大きな地震が起こるわよ。何か文句ある?」
「それは困るな。異変解決の後は関係者皆が博麗神社で宴会をするっていうのが決まりなんだ」
「……思ったより早かったのね」
「約束だからな」



 銀髪の少女の後ろに現れたのは再戦の約束を交わした白と黒の古風な魔女だった。



「今回は楽しませてくれそうね」
「グッスリ寝てバッチリ起きたからな。なにより準備の時間を貰った魔法使いの怖さってやつを教えてやるから覚悟しとけよ」
「だったらこっちは地をはって生きるものには到底辿りつけない境地を見せてあげるわ」
「……ちょっと待って、ストップ」
「なんだ妖夢、そんなに眠そうな顔して」
「眠いかどうかはこの際いいとして、なんで魔理沙と……えっと天人?が戦うことになってるの?」



 銀髪の子、妖夢というらしい少女は困惑と不満の混じった顔で私と魔理沙を交互に見ている。



「残念だけど妖夢、私はお前が来る前に約束してたんだ」
「それはそうらしいけど……じゃあ私は?」
「ここまで来るのに疲れただろ?少し休んでおけよ。その間に終わらせるから」
「……二対一も弱った相手を叩くのも釈然としないけど、魔理沙があんまりひどいようなら変わるからね」
「私は全然構わないわよ」
「そう言うなって。せっかくの弾幕ごっこなんだからサシでとことんやり合おうぜ」



 そう言うと魔理沙は天界に来た時と同様に箒にまたがりゆっくりと浮かび上がり、手にはなにかの武器だろうか?小さい箱状のものを持っている。他にもスカートの中には色々隠しているようにも見える。



「さぁ楽しく行こうぜ。お前に感動と興奮と敗北と弾幕と天地を繋ぐ霧雨とあと……その他色々をプレゼントだ」
「かかってきなさい!住む世界の違いを見せてやる」







「だから!弾幕ごっこっていうのはそもそも美しさを競う遊びであって」
「だから分かってるって言ってるじゃない!」
「いーや分かってない!分かってたらあんなことには絶対にならない!」
「何よいちいちうるさいわね。負けたからって文句言わないでよ」
「いやどう考えてもお前の勝ちではないって」
「あんたのほうがよっぽどボロボロじゃない!」
「だから競ってるのは美しさ!」



 魔理沙は強かった……のかは分からない。なにせこれが私にとって戦闘ではなく、弾幕ごっこのデビュー戦だから比較対象がいない。ただひとつ言えることは……魔理沙は楽しそうだった。今まで戦ってきた誰よりも楽しんでいた。これが魔理沙相手だからなのか弾幕ごっこだからなのかはまだわからない。けど……



「……もういい疲れた。お前って本当に人の話聞かないんだな。天人ってやつは皆そうなのか?」
「天人は本来忠言する側の立場、話を聞くのは地上の民の役目よ」
「はいはいわかったよ。これ以上話しても無駄だろうしまたの機会にする」
「次があるの?」
「ないのか?」



 私の問に対して逆に魔理沙が首を傾げながら不思議そうに聞き返す。



「たしかにここまで来るのは少し面倒だから降りてきてくれるとありがたいが、暇な時なら遊びに来てもいいぜ?」
「なんで?」
「だってこのままだったらお前は私に勝ったっていう勘違いのままだろ。それは癪だ。それになんだかんだでわりと楽しかったしな」
「……そう」
「お前も楽しかっただろ?」



 自信満々、と言うより否定されるなんてそもそも頭の中にないといった様子でこちらに尋ねてくる。悔しいけど……楽しかったのは事実だ。この異変を起こしたかいが少しはあったと思えるくらいには。でもそれを認めるのはなんだか癪で、だからといって嘘をつくのはなんだか違う気がして……



「……比那名居天子」
「ん?」
「非想非非想天の娘、比那名居天子」
「……あぁ、通りすがりの魔法使い、霧雨魔理沙だ」
「知ってる」
「何分有名だからな」



 改めて名乗ることにした。



「じゃあまたな、天子。あと忠言だが霊夢には気をつけろよ。あいつ相当怒ってたからきっと泣かされるぜ」
「それは楽しみにしておくわ」



 魔理沙は私の方を見て笑ったあと、その場を去っていった。



「……私の事忘れてない?」
「いやちゃんと覚えてるわよ」



 魔理沙との戦いは終わったが、次の戦いが私を待っている。



「質問していい?」
「何かしら」
「あとどれ位で地震がまた起こるの?」
「正確にはわからないわね。でもこのままいけばそのうち起こるのは間違いないわ」
「なるほど。あともう一つ、ここに幽々子様って来ましたよね」
「あのよくわからない亡霊?来たけど」
「そうですか。うーん……」



 妖夢は腕を組んで悩み始めた。どうしたのかは分からないが今までの流れを考えるといい予感はしない。



「どうしたのよ」
「いや……私が動く必要ってないような気がしてきたもので」
「どういう意味かしら」
「先程も言いましたが勝敗は別にして弱っている相手と戦うのはあまり気が進まないんです。それになんとしてでも倒さないといけないというわけでもなくなって来ましたし」
「舐められたものね」
「そういうわけじゃないですよ。今回のことは『異変』としてすでに霊夢が動いています。それに……珍しく紫様まで本気で動いていますし、別に私が動く必要がなさそうなんですよ。それに既に来た幽々子様が何もしてないようですし」



 そう言いながら妖夢は手を伸ばす。するとその手に蝶が止まった。



「というわけでお暇させていただこうかと」
「待って!」
「どうしました?」



 このままでは妖夢は地上に帰ってしまう。なんとかして引き止めなければ……



「えっと……もしかして貴方ってあの亡霊の従者だったりする?」
「剣術指南役兼庭師です」
「亡霊は従者って言ってたけど貴方以外に該当しそうなのって他にいる?」
「うーん……厳密には違うのですが消去法なら私になるんでしょうか」
「ならよかった。その亡霊から従者をよろしくって頼まれたのよ」
「はぁ……それで?」
「戦いが嫌なら少し遊んでいきなさいな。せっかく天界に来たのだから。それに弾幕ごっこは『遊び』なんでしょ」
「……なんだか釈然としませんが」



◇◇



 魔理沙と妖夢と遊んでみて少しだけど得られたものはあった。でもまだ足りない。まだ目の前の現実には靄がかかったままだ。妖夢の話じゃあまり時間がないかもしれない。だからこそ……出来ることならこの戦いで答えを見つけたい。



「さあ、何処に居るのかしら。地震の責任を取ってくれる奴は。それにしても、雲の上は静かね……」



 やってきたのはこの異変における終わりを告げる者。幻想郷において絶対の存在であり、何者にもとらわれず何事にも縛られない無重力の巫女。



「天にして大地を制し、地にして要を除き、人の緋色の心を映し出せ」
「あんたが地震を起こしたり、天候をおかしくした犯人ね?」
「異変解決の専門家ね。待ってたわ」



 本当に待ちわびた。この瞬間のために、この舞台を用意するためにここまでやってきたのだ。



「何が待ってた、よ。まるで解決して欲しいかのようじゃない」
「異変解決ごっこは、何も妖怪相手じゃなくても良いでしょ?私は天界に住む比那名居の人。毎日、歌、歌、酒、踊り、歌の繰り返し。天界の生活はほんと、のんびりしていてねぇ」
「羨ましいわね。自慢?」
「何言ってるのよ。退屈だって言ってるの!だから、貴方が地上で色々な妖怪相手に遊んでいるのを見てきたわ」
「遊んでいた訳じゃないけどね」



 確かに自分の生活は見方によっては羨ましい物かもしれない。実際に天人になろうと修行する仙人は少なくないし、天人というのはなろうと思っても簡単になれるものでは決して無い。しかし……私は望んでいない。そしてもうこれ以上は耐えられない。



「それを見て思ったの。私も異変解決ごっこがしたいって。だから起こしちゃった、異変」
「起こしちゃった、じゃないでしょ!そのお陰で神社は滅茶苦茶よ!!」
「あれは試し打ちよ。本番はこれから。この、緋想の剣は人の気質を丸裸にする剣なの。これで、緋色の霧を集めて……集まった天の気が大地を揺るがすの。さらに私の足下にある要石を動かし、これなら幻想郷全域の大地を揺るがすでしょう」



 私にとっての本番はまさに今この時でも、計画の本番はこの後である。もっとも勘当目前の親から告げられた計画など知ったこっちゃないのだが、私の目的に都合よく沿ったものだったし、その後のことは最早どうでもいいし何をしても変わらない。どうせ次の地震は起きないだろうから。



「ふん、なめきったもんね。どういう仕組みであろうと、地震を起こした犯人だって事は間違いないみたいね。相手が天人だろうが変人だろうが私の仕事は一つ。異変を起こす奴を退治する事のみ!あとついでに、神社の修理もやって貰うわよ」
「うふふ。そうそう!その意気込みが欲しかったのよ!私はいつまでも退屈な天界暮らしをしていたくはないわ。それも今日でおしまい。空の天気も、地の安定も、人の気質も私の掌の上。数多の妖怪を退治してきた貴方の天気!見せて貰うわよ!」



 こうして私にとってはこの異変の最後の戦いが始まった。



◇◇



 天界から久しぶり地上に降りたが懐かしいという気持ちはなかった。羨ましく思って見ていたものだったのにどこかやはり他人事、自分とは違うものとして見ていたようだ。



「あら、貴方も付いてきたんだ」



 私の横でヒラヒラと蝶が飛んでいる。こいつは……そう言えば何時からいたんだろうか?天界では見たことない種類だから気にはなっていたが、異変を起こした後気がついたら私の周りを飛んでいた……のだったろうか?結構激しく戦っていたのによく流れ弾に当たらないものだ。



「おや貴方は……龍宮の使いの……えーっとなんだっけ?」
「お巫山戯はあまり好きではありません総領娘様」
「……用件は何かしら?」
「総領娘様を……止めにきました」



 地上で私を待っていたのは衣玖だった。



「止めに来たのならちょっと遅すぎたわね。もう異変は終わり、私は今からその後始末に行くの」
「博麗神社に要石を挿しに、ですか?」



 一瞬動揺したのが自分でも分かる。……というより目の前に衣玖が現れた時点で私は動揺している。



「総領娘様の行動はきっと何か考えがあってのことだとは思いました。だから何も理解せずに止めようとしても総領娘様を説得することは出来ないと考え、今まで情報を集めていました」
「……それで何が分かったの?」
「総領娘様のやろうとしていることが」
「理由は?私がこの異変を起こした理由」
「……動機はまだわかりません。ですがこのままいけばどうなるかがわかった以上、私は総領娘様を止めてみせます」
「さっき説得は無理って言ったじゃない」
「ですから力づくで」
「……いいわ、止めてみなさい」



 お互い臨戦態勢に入るが……正直結果は見えている。戦闘で龍宮の使いが天人に勝てるはずがない。その上衣玖のことは知り尽くしているし、ここ最近の弾幕ごっこでなにか吹っ切れつつある。そして何より……衣玖は私に優しすぎる。



◇◇



「遅い!早く神社直してよ」
「こっちにも色々あるのよ」
「色々って何よ、神社みたいにそんなの全部ぶっ壊しちゃえばいいじゃない」
「無茶苦茶言わないでよ、貴方みたいに皆がお気楽って訳にはいかないの」



 神社にやってきて早々に霊夢から文句を言われる。まぁそれだけのことはやったので仕方ない。



「……たしかにそうみたいね。今のあんた、なんだか難しそうな顔してる」
「……知った風な事言わないでよ」
「普段からそうなのか、ここに来る道中で何かあったのか……両方かしら?まぁどうでもいいけど」
「生まれつきこういう顔なのよ」
「それはないわね。少なくても私と弾幕ごっこをしてた時のあんたは楽しそうな顔してた。何か悩み事はあったように感じたけど、それでも私と向き合ってちゃんと戦ってた」
「そんなこと……」



 楽しかったのは……事実だ。魔理沙の時もだけど弾幕ごっこをしてる間だけはちゃんと生きてるって感じがした。なにか確かなものを得ていたような気がした。でも……いや、それだけでも十二分にこの異変を起こした甲斐があった。



「悩みがあるならお賽銭かお酒持ってきてくれたら、弾幕ごっこと宴会のおまけ付きで聞いてあげないこともないけど?」
「……霊夢」
「何?」
「……ありがと」
「……ん」



 そうして会話しながら神社の再建をしていると用事ができたらしく、霊夢は留守をよろしくと言って出て行ってしまった。不幸にもそのほうが要石を挿すのには都合がいい。……こんなことをしたって地上との繋がりが得られるわけではないと分かっているのに。



「さて……」
「おや、お前さんは誰だい?」



 外のほうから見るからにずぼらそうな赤い髪の長身の女性がやってきた。初めて見るはずだがこの気配、どこかで……



「この神社の復興を頼まれてね。今、計画を立てている処」
「という事はお前さんが……天人だね?」
「貴方は……?もしかして死神!」



 思い出した、これは死の気配、死神のものだ。これは想定外、あまりにも間が悪い。とにかく今はまだ死ぬ訳にはいかないというのに。私を殺すべきはこいつではない。



「そうだ、泣く子も黙る死神さ」
「死神なら天人の私には用はないでしょう?」
「天人だって、人間と同じ寿命はあるさ。ただ、寿命通りに死なないだけ。そんなこと、判っているんだろう?私から見れば、お前さんはもう何回も寿命を迎えている。その都度、お迎えに来た死神を迎え討って来たって訳だねぇ」
「うふふ。そうね。またお迎えに来たって言うの?無駄な事を。死神のお迎えに惑わされる様な迷いはない」



 そうだ……惑わされるような迷いはない。もう覚悟はとっくに出来ているのだから。それでも相手の実力が未知数な以上、出来ることならリスクは抑えたい。



「ま、お迎えは管轄外なんだけどねー。あたいはただのしがない船頭で」
「船頭?もしかして三途の渡し?」
「そそ、あたいは勝手に人を殺したりはしないよ。でもね。気質を……幽霊を斬ったりされると困るんだなぁ」
「ほう」
「聞いたよ、お前さんの仕業だって?幽霊を天の気に変えていたのは。幽霊が河を渡らないと、あたいが目を付けられるんだ。困るんだよねぇ」



 役職が違ったから直ぐに気付けなかったのか。なんとか会話で煙に巻こうとしてみるが、生憎そういったことは不得手だ。戦いは避けられそうにない。







 弾幕ごっことはなんなんだろうか。私にはまだよくわからない。地上の人妖とやってきたものは取りあえず弾幕ごっこのはずだ。衣玖とさっきやってきたのは……どうなのだろうか。だが少なくても今死神とやっているのは違うというのは分かる。死神は本気で私をとりにきている。



「くっ、……やるね」
「……」



 種族的には仕方のない事なんだろうが、これは遊びではない。そしてそうなれば……私がこいつに負ける道理がない。



「……」
「なっ!?」



 多分相手は強いんだと思うし、まだ奥の手を隠しているっぽいのも分かる。でもそれを踏まえても私は負けることはない。単純な経験の差だ。相手は普段船頭で、天人との戦闘経験が0、大してこちらは死神を倒した数など最早覚えていない。随分と天人の攻略法に悩んでいるようだが、こっちはいくらでも思いつく。



「このっ!」
「……!?」



 相手の弾を躱しながら距離を取り、確実に倒す機会を伺っていると不意に蝶が視界の端に写った。今にも死神の弾に被弾しそうな



「馬鹿っ……」



 急いで動き、蝶に当たるはずの弾を私は手で弾いた。何でそんなことをしたのかはわからない。身体が勝手に動いたのだ。



「おや?不本意だけど隙ができたね」
「!?」



 気が付くと死神は私の背後で鎌を構えていた。いつの間に移動したのか、気付かなかった。とにかくこれは間に合いそうもない。そして鎌が振り落とされる瞬間



「つーかまーえた」



 神社全体を強力な結界が覆い、四角くて巨大な鉄の塊が突っ込んできて死神を吹き飛ばした。



「きゃん!」
「暢気な死神への罰は取りあえずこれくらいでいいわ。本来閻魔様の管轄だから私の出る幕じゃないですし」
「……貴方は」
「でも貴方を罰するのは幻想郷の管理者たる八雲の管轄。初めまして比那名居天子、そしてさようなら」



 ……こいつが、こいつこそが幻想郷の管理者にして境界に潜むスキマ妖怪、八雲紫か。私の人生で今までかなりいろんなやつを見てきた。だがこいつは……なんだ?分からない。ここまであらゆる面であやふやで掴めない奴は初めて見た。



「……会いたかったわ」
「そうでしょうね。貴方の行動から考えるに」
「まるで見てきたように言うのね」
「見てきたもの。式神を通して」



 そう言って八雲紫は私に向けて手を伸ばす。するとその手に先まで私の側を飛んでいた蝶が止まる。



「……そういうこと」
「持つべきものは友人ね。幽々子に貸しておいて正解だったわ」
「そう……でもこの際どうでもいいわ。私は今日終わらせるの。貴方に勝ってこの世界が現か幻かはっきりさせてやる」
「……なるほど、八雲としてではなくスキマ妖怪として私を求めていたわけね。これで貴方の考えは全て理解したわ。私に勝って目の前の世界を見極めるか、負けても閻魔様に会えば……いや、もうどうでもいいわ。私は貴方を亡き者にするだけだから」







「ちっ……地符『不譲土壌の」
「遅い」
「なっ、どこから」
「甘い」
「ぐっ……この」
「……弱い」



 戦いは……いや最早これは罰なのだろう。一方的な罰。八雲紫は私のことをずっと観察していたこともあって、能力はおろか癖に至るまで全て把握し、私の行動の全てスキマを使って潰していく。



「はぁ……はぁ……」
「……貴方さっきから」
「地震『先憂後楽の……ぐはっ」
「どういうつもりなのかしら?スペルカードなんて使ってまだごっこ遊びのつもり?」
「……この計画を考えた時は貴方と本気で戦うつもりだった。けど……異変を起こして知ったの」
「何を?」
「弾幕ごっこって楽しいんだって。さっき死神とも戦ってみたけどやっぱり弾幕ごっこのほうが私は好き」
「……それがどうしたの?」



 スキマから夥しい数の弾が明確な殺意を持って私に向かってくる。応戦を試みてもさすが防ぎきれない。



「弾幕ごっこは緩いながらも一応ルールはあります。少なくてもお互いの同意が無いといけない。私は貴方と遊びに来たんじゃないの。先程も言ったけど亡き者にしに来たの」
「それでも私は……諦めきれない」
「愚かね。そして……哀れだわ」



 私への攻撃が熾烈さを増していく。その上スキマを使って死角からの攻撃もあるため対処しきれない。だったら



「気符……『無念無想の境地』!」



 防げないなら我慢するまでだ。とにかくこのまま距離を取られていたらスキマを使ってなぶり殺しにされる。とにかく接近戦に持ち込むために距離を詰める。すかさず八雲紫はスキマを使ったワープで距離を取る。……狙い通りだ。



「……あら」
「逃がさない!」



 さっきなんとか発動した『先憂後楽の剣』が八雲紫を襲う。それを躱すために再びスキマに潜り込む。……そして現れる場所に先回りすれば



「捕まえた!」



 出てきた八雲紫の腕をつかむ。何があっても離さない。



「喰らいなさい!『全人類の緋想天』」
「甘いわ」



 至近距離の私の攻撃も結界で防いでくる。だがもう逃すつもりはない。相手もスキマを使う余裕はなさそうだし、このまま結界が破れるまで続けるまでだ。……不意に背後で気配がした。



「式神『仙狐思念』」
「なっ!?」



 背後から突然弾幕を食らう。予想外のことで一瞬手を離してしまう。



「あら……まだ倒れるには早いわよ」



 そして今度は至近距離から八雲紫の攻撃を食らい、為す術もなくふっとばされてしまう。



「……藍、どういうつもりかしら?」
「さてなんのことでしょうか」
「そう、あくまでとぼけるつもりなのね。まぁいいわ」



 ……ダメだ、立ち上がることが出来ない。なんとか顔を上げると八雲紫がおそらく地震を躱した時に呼び出しておいた九尾の妖狐と話をしている。



「これで終わりね。さようなら」
「……紫様」
「命令よ、黙りなさい」
「……」



 そして弾幕が私に向けて放たれた。さすがにこれを食らったら生きてはいられないだろう。まぁ……異変を起こすと決めた時に覚悟はしていたはずだ。



「待ちなさい」



 私の帽子が光ったと思うと、突然私の前に結界が現れ、八雲紫の攻撃を全て防いだ。いつの間にか神社を覆っていた結界も破られている。この結界は……



「この札は……咲夜に売ったやつね。なんであんたの帽子から出てきたのかは知らないけど」
「霊夢……?なんで……」
「まぁ……いろいろあるのよ。それに泣いてる子見捨てちゃ流石に目覚めが悪いし」



 私の帽子からお札が一枚霊夢の方に飛んでいき、それを掴んだ後ゆっくりと倒れている私と八雲紫の間まで歩いて行く。



「これはどういうことなの?」
「あら霊夢、こんにちは。すぐ終わるからちょっと待っててね」
「紫、ちゃんと話して」



 少しの沈黙の後、八雲紫が溜息を付いて話しだす。



「この天人がやったことは知っているでしょ?それに対して『八雲』として罰を与えに来た。ただそれだけよ。貴方が介入する余地はないわ」
「神社で暴れられたら迷惑」
「ちゃんと結界を張ったでしょ?」
「目の前で妖怪が人間を襲っているなら『博麗の巫女』としては介入することは問題ないはず」
「相手は天人、それに『博麗の巫女』の立場を持ち出すなら貴方が代わってもいいはずよ?この娘はそれだけのことをしている」
「異変は解決したし、退治も終わってる」
「じゃあそれで『博麗の巫女』としてのケジメはついたんでしょ?なら今度は『八雲』としてのケジメを付けさせるまでよ」
「……『弾幕ごっこ』ならもう決着はついてるでしょ。これ以上やるなら発案者として」
「そこの天人にも言ったけどこれは遊びじゃないの。霊夢、そこをどきなさい。出来れば貴方には見せたくないの」



 八雲紫が一歩前に出る。



「いいえ弾幕ごっこよ。天子はスペルカードを使ったし、あんたの方も藍が使った。多少無理やりだけど弾幕ごっことみなせるわ。そもそも私がルールだし」
「……そう、ならもうそれでいいわ。だったら私はこの天人に勝った。だから戦利品としてこの子の命をもらう。それなら文句はないでしょ?それとも何?今度は貴方がこの子の命を賭けて私と弾幕ごっこをする?幻想郷の住人からの挑戦なら何時でも受けましょう」



 おそらくこの幻想郷の住人には私は入っていないのだろう。



「……無理ね。私は無重力の巫女、命なんて重たいものに縛られちゃ飛ぶこともできなくなる」
「だったら邪魔しないでちょうだい」
「私はね。でもこっちはどうかしら」



 そう言って霊夢が後ろを振り返る。私も倣ってそちらを見る。階段を上がってやってきたのは私が、そして私をよく知る人物だった。



「お待たせしました天子様」
「衣……玖……?」
「幻想郷の住人の挑戦ならば受けていただけるのですね。ならば私が戦いましょう。勝ったら天子様を見逃してください」
「龍宮の使いかしら。……構わないけど貴方は負けたらどうするの?この子の命と見合うくらいのものを賭けてくれるんでしょうね?」
「……私自身を」
「衣玖……ダメ……」



 そうして私の前に出て八雲紫と対峙する衣玖の背中を見ながら……私は薄れていく意識を手放した。



◇◇



 目が覚めると私はベッドに寝かされていた。部屋は簡素で必要最低限のものしかなく、見覚えはなかった。



「天子様、おはようございます。お加減はどうですか?」
「……大丈夫じゃないけど……まぁ大丈夫」



 ゆっくりと上半身だけ起こして衣玖が持ってきた水をもらう。



「それは良かった。では少し失礼します」



 そう言って衣玖は私の頬を平手で思いっきり叩いた。



「総領娘様、私怒っています」
「……心当たりが多すぎるわね。何について謝ったらいいのかしら」
「もうこの際他のことはいいです。ただ……私を頼ってくれなかったことについて怒っています」



 少し涙ぐんだ衣玖を見て胸のあたりがチクリとした。痛い……のかな?



「……だって個人的なことだったし、衣玖を巻き込むのは悪いなって思ったし。衣玖にはきっと分かんないと思ったし」
「そんなこと関係ないです!」
「いやそんな……ちょっと落ち着こう?言ってることが無茶苦茶よ?」
「私は叱ってるんじゃなくて怒ってるんです。それに今まで散々勝手なことをしていた天子様に言われる筋合いはありません!」
「……ごめんなさい」
「許しません!……何をそんなに悩んでいたのですか?」



 私は今回の異変を起こした動機を話した。常に地に足のつかないような感覚の中、目の前のことが夢か現かわからなくなっていること。天界の生活の中でゆっくりと死んでいく心。そんな現状を打破するために異変を起こしたこと。



「……私にはよくわかりません」
「そうでしょ」
「でも天子様が本気で苦しんでいたことは分かります。そして出来ることなら私は貴方の助けになりたいです」
「ありがとう、衣玖。でもきっとダメよ。異変を起こしてみたのは楽しかったし、弾幕ごっこもワクワクしたけど、一時的なものでしかないもの」



 弾幕ごっこは楽しかったし、得られるものはあったのだが……それでもやはり心の中のわだかまりのようなものは消えなかった。



「……八雲紫さんが言っていました。『自分が変われば相手も変わる。心が変われば態度も変わる。態度が変われば行動も変わる。行動が変われば習慣も変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる』まずは自分が変わることから初めては如何でしょうか?世界を変えることは容易ではありませんが、自分が変われば見える世界を変えることは出来るかもしれません」
「……変わらなかったらどうするの?」
「次の方法を探しましょう。大丈夫です、私がいつまでも側にいますから」



 そう言って衣玖は私を抱きしめた。衣玖の体温と鼓動、そして優しさに包まれて私は久しぶりに泣いた。







 どれ位泣いたのかはわからない。落ち着いてきたので気になってきたことを尋ねた。



「比那名居家はどうなったの?」
「……恐らく天子様の予想通りです」



 つまり全責任を私にふっかけて勘当ってことだろう。分かっていたことだがこれで後ろ盾はなくなったし、不良天人からなんちゃって天人にランクダウンだ。……ランクダウンなのだろうか?



「そういえば生きてるよね?私達」
「はい」
「ということは八雲紫に勝ったんだ」
「勝ってませんよ」
「そうよね……。……えっ……負けたの?」
「無理ですよ。向こうは『妖怪の賢者』、こっちは『龍宮の使い』、それでなくても『弾幕ごっこ』なんて私殆どやったこと無いんですから」
「ほらそこは……あ、愛の力とかで……」
「……」
「な、何よ!」
「天子様って結構恥ずかしいこと言うんですね」
「う、うるさいわね!」



 自分で顔が熱くなるのが分かる。



「じゃあなんで私達は生きてるの?」
「なんで負けたら死なないといけないんですか?」
「いやだって私の命と引き換えになるくらいのものを賭けなきゃって……えっ?私の命って思ったより安い?」
「命に安いも高いもないですよ。だから私は人生を賭けました。『生きている間ずっと天子様と一緒にいて二度とこんな真似はさせない』そういう約束です」
「……それでいいの?」
「言ったじゃないですか。責任を取るって。それに私が勝手に決めたことです」
「……衣玖も結構恥ずかしいこと言うのね」
「言わないでください。分かっておりますので」



 二人で馬鹿みたいに照れていると、衣玖がこちらに手を伸ばしてきた。



「これからの人生、よろしくお願いします」
「本当にいいの?自分で言うのもなんだけど私って」
「言わなくても結構です。今までどれだけ一緒にいたと思っているんですか」
「……それもそうね。じゃあ二人で見つけましょう。なくしてしまったものを」
「はい。取りあえず当面は資金を集めることから始めましょうか」



 ……なんだか今よくわからない単語が聞こえた気がする。



「資金……集め……?」
「天子様には分からないかもしれませんが、生きていくためにはお金が必要なのです」
「いやそれくらい知ってるわよ。えっ?でも私比那名居の財宝持ちだして衣玖にあげたよね?」
「あまり高すぎるものだと買い手がつかないのです。それに高価なものを買えるお金持ちはある程度信用できる筋から買うのが普通です。だからそれらを売るのは最終手段」
「……衣玖の手持ち金は?」
「微々たるものです。天子様、一緒に働きましょう」
「うん……。衣玖、現実って思ったよりも強敵なのね」
「はい。勝つことは出来ないかもしれません。ですが二人でならこの戦いを楽しむことは出来るかもしれません」



 こうして私は、いや私達は一歩踏み出した。何も解決してないし、当てもなにもない。けど今回みたいな破滅をはらんだ道ではなく、先が見ない道をゆっくりでも進んでみよう。今の私には捨てられないものがあるのだから。
 ……沈黙が気まずい。何か用があって神社を訪ねてきたんだろうが、いい加減話を切り出して欲しいのだが。



「……お茶いる?」
「いや、いいよ。この後もまだまだ仕事が残っているからね」
「式って大変なのね」
「紫様から私への今回の件に対する罰だそうだ」
「謝った方がいいの?」
「身内の話だし気にしなくていいよ」
「ふーん……。ねぇ、あの時私を呼び出して神社に衣玖を連れてこさせたのってあんたでしょ?」
「紫様からは『霊夢を神社から遠ざけろ』と命令を受けていたんでな」
「そのことといい、わざわざスペルカードを使ったことといい、何でこんなことしたの?」
「私は紫様の式神だ。いざとなったら命令には逆らえない。だから私では紫様を止めることは出来ない」
「何で止めたの?」
「『紫様の式』だからだよ」



 藍は空を見上げて優しく微笑みながら言った。



「さてと、邪魔したな」
「この後異変の関係者集めて宴会なんだけどどうするの?」
「さすがに今回ばかりは私達は参加できないな。代わりにお酒を持ってきたよ。紫様から楽しんでくれって」
「そっか」
「霊夢、今回の件は助かった。本当にありがとう」
「構わないわよ。私も紫を止めたかったから」
「……『博麗の巫女』だからか?」
「『博麗霊夢』だからよ」



 藍は少し笑って私の頭をなでた後、この場を去っていった。すると階段を登ってくる人物の気配がする。早くも宴会の参加者がやってきたのだろうか。



「気が早いわね。まぁいいや、ちょっと準備を手伝いなさい。それと……素敵なお賽銭箱はそこよ」
福哭傀のクロ
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コメント



0.640簡易評価
6.100絶望を司る程度の能力削除
前作の宣言通りにタイトル詐欺っすねぇwww
天界はかなり噛み砕いて表現すると全てが固定された起伏のない世界だと思っています。だからか天界で生きながら死ぬという表現がしっくりきました。寝ても起きても同じような生活だと感情が麻痺してしまう。今作の天子はそんな感じじゃないかなと思います。天子の思考に変化が少しずつでてくるのがとても良いと思いました。
大好きです。
13.無評価福哭傀のクロ削除
絶望さん

なんで天子が地震を起こしたかを自分で勝手に弄った末の作品です。天子が天界に馴染めないのは成り上がり以上に、天界そのものが天子にあっていなかったのではないかと。そんな作品です。

うーん……まぁなんとなく万人受けする作品ではないとは思ってた!自分の中のキャラのイメージ先行しちゃっているし。書いてて楽しかったし今年は間に合ったので取りあえず満足。初期から目標は変わっていないので。
ただ……最近私はシリアス書くのむいてないんじゃないかと思ってるのに、ここ最近思いついたアイデアは一作を除いて全部シリアス……。また頭空っぽのギャグか甘い話でも書こうかな