「パチュリー様、お茶が入りました」
「ありがとう」
小悪魔から受け取った紅茶を口に運びながらパチュリーは本をめくる。
「ねぇ小悪魔、貴方悪魔なのだし魔界出身よね?」
「あ、はい……」
「参考までに聞きたいんだけど、魔界ってどんな所なのかしら?」
「魔界、ですか……」
小悪魔は懐かしさと恥ずかしさが混じった複雑な顔をする。
「ええ、良かったら聞かせてもらえない?」
「いいですけど……。えっと、知っての通り魔界はアリスさんの故郷でもあります」
「そういえばそうだったわね」
「独立した世界のような扱いをされていますが、あくまでも幻想郷の一部です。博麗神社近くの洞窟から行けますよ」
懐かしむような表情をする小悪魔。
「住民とかはどうなの?幻想郷と変わらない?」
「いえ、……幻想郷より平和かもしれないです」
「……魔界なのに?」
「私はこちらに来た時、みなさんの魔界への偏見に驚きましたよ」
小悪魔は苦笑した。
「それじゃあ、私は貴方をそのまま小悪魔って呼んでるけど、あっちでは何か名前はあるの?」
「いえ、悪魔は一人前にならないと名前なんて名乗れません。でも元々悪魔なんてそんなにいないので不便でもありませんよ」
小悪魔は小さく笑う。
今日は表情がよく変わるとパチュリーは思った。
「そういえば、魔界に封印されてた魔法使いさんいたじゃないですか?あの人が封印されてたの私の家の近所なんですよー」
楽しそうに笑った後、小悪魔は小さく息を吐く。
「久しぶりに帰ろうかな……」
「いいんじゃない?」
小悪魔の呟きをパチュリーは却下しなかった。
「だいたい貴方いつから帰ってないの?」
「パチュリー様と契約してからは一度も……」
パチュリーは呆れて溜め息をつく。
「なら帰りなさい。まあ、休みと言うような休みを与えてない私も悪いのだけど……」
「それなら……パチュリー様も一緒に来てみませんか?魔界」
「結構簡単でしたね」
「私は別にレミィの部下でもなく外出は一声かけてって言われてるだけだからね。ほとんど言ったこと無いけど」
「二人でお出かけですか?珍しいですね」
門を出た所で二人は美鈴に声をかけられる。
「はい、久しぶりに里帰りを……」
「私は付き添い」
「あ、ならお土産お願いしますね」
「任せてください」
美鈴に向け、小悪魔は笑いかける。
この二人なかなか気が合うらしい。
「それじゃあ、行ってきます」
「気をつけてくださいね」
美鈴は二人の背にむけて手を振る。
「博麗神社まで行けば良いの?」
「あっ、その前に寄りたい所が……」
「あっ、アリスの知り合いなの?」
「はい」
手渡された紙を見た門番は小悪魔にそう問い掛ける。
「見た所小悪魔だよね?」
「はい」
「そっちの人は?」
「付き添いよ」
パチュリーは無愛想に答える。
「なんにせよアリスの知り合いなら信用しよう。あ、私はアリスの姉なんだけど、アリスと仲良くしてあげてね」
「もちろんです」
「なら、通っていいよ」
「ありがとうございます」
そのまま洞窟へと進んでいく。
「良かったです、アリスさんが紹介状書いてくれて」
ここに来る前、アリスの家に寄り、紹介状を書いてもらってから来た。魔界へと続く洞窟の入口でひなたぼっこしていた門番にそれを見せ、現在に至る。
「アリスって姉妹いたのね……」
「たしかまだ四人くらいいたと思いますよ。……血は繋がってないみたいですけど」
「血が繋がっていなくても、あんなに思われてるなら良いじゃない」
「確かにそうですね」
二人で話ながら洞窟の奥に進んで行く。
そして、次の一歩を踏み出した途端、急に視界が開ける。
「着きましたよ」
「空気が変わったわね。こっちの方が清んだ空気。喘息にも良さそうだわ」
パチュリーの魔界に対する最初の感想はそれだった。
「あの、魔界神にご挨拶しに行っても良いですか?パチュリー様との契約の時にお世話になったので……」
「私は付き添いだからね。小悪魔に従うわ」
「従う……ですか……?」
「ええ」
小悪魔は少し考えるような仕種をする。
「パチュリー様、全裸に……」
「懐かしき魔界の地で力尽きる?」
「いや、でも全裸……」
「小悪魔」
全く笑っていないパチュリーの顔を見て小悪魔はしゅんとする。
「すみません」
「なんで貴方はたまにボケると思ったらそんなのばっかりなのよ……?」
「私は真面目に……」
「真面目に?」
「何でもないです……」
小悪魔は肩をすくめる。
「ほら、こんな馬鹿やってないで挨拶に行くならさっさと行くわよ」
「そうですね……私の家もちょっと田舎ですから早くしないと日が暮れてしまいます」
「小悪魔ちゃん、久しぶり!元気だった~!?」
突然小悪魔に抱き着いた独特な髪型の女性が魔界神だと聞いてパチュリーは驚いた。
アリスの母親だとも聞いてさらに驚いた。
「アリスちゃんがいつもお世話になってます。私は神綺、魔界神です」
やっと小悪魔から離れた彼女はそう挨拶した。
「ぱ、パチュリー・ノーレッジよ……」
「貴方がパチュリーちゃん?いつもアリスちゃんから話を聞いてるわ。小悪魔ちゃんと仲良くしてくれてありがとね。ママとしてお礼を言います」
「ママ……?」
「魔界神ですからね。みんな神綺様の子供みたいなものらしいです」
小悪魔がパチュリーに耳打ちした。
「小悪魔ちゃんが旅立った時は心配で心配で仕方なかったけど、貴方と一緒なら安心ね。小悪魔ちゃんをよろしく頼むわ」
「は、はぁ……」
パチュリーはこういう性格は苦手らしく、早くここから立ち去りたいと言わんばかりの雰囲気だ。
「そ、それでは私達はこれで……」
「うん、久しぶりの故郷なんだからゆっくりしていってね」
小悪魔は最後に会釈をした。
会話を終え、一息ついた後、パチュリーは息を吐いた。
「疲れた……」
「民思いの良い神様なんですけど、パチュリー様とは相性が悪いみたいですね」
「あんな性格のやつは幻想郷にはいないでしょうね……」
パチュリーはげんなりと言う。
「まあ、そんな神様がいるから幻想郷とはまた違った発展の仕方をしたんですよ」
小悪魔は機嫌良く言う。
「久しぶりの魔界が楽しいみたいね」
「はい!」
元気良く返事をする。
「で、次はどうするの?」
「今日の所はもう帰ろうかと。魔界の夜は暗くて危ないですから」
日が暮れはじめ、赤く染まってきた空に小悪魔は飛び上がった。
「パチュリー様、こっちです!」
言うが早いかそちらに向かう。
「本当に楽しそうね……」
小さく呟き、パチュリーもその後を追うのだった。
「わー、変わってない……」
自分の家を眼を輝かせながら眺める小悪魔。
「変わってたら困るでしょうに」
パチュリーの皮肉への返事もそこそこ、小悪魔はドアノブに触れた。
「開けますよ?」
「いいんじゃない?なにそのテンション?」
小悪魔はえへへと頭を掻いた。
そして扉を開く。
こざっぱりとした部屋は一人で生活するには充分な広さで、机が中心に置いてあり、本棚には分厚いハードカバーの本と漫画と思われる本が並べられている。
どれも茶色で落ち着いた感じなのだが、ベッドだけはお姫様のような豪華なもので、純白のシーツが目を引く。
「これ、衝動買いしちゃいまして~」
パチュリーの視線に気付いた小悪魔が苦笑いして言う。
「見た目はなんかあれですけど、寝心地は良いんですよ?」
誰も聞いていない情報を提供してくる。
そこでタイミングを見計らったようにパチュリーの腹の虫が鳴く。
「…………」
「ご、ご飯の準備しますね?」
「お願いするわ……」
小悪魔は小走りで台所へと向かう。
パチュリーは机の傍に置いてある椅子に腰を下ろす。
本棚から適当な本を出してぱらぱらめくる。
ハードカバーの本の内容は小悪魔の日記だった。
丸っこい文字で書かれていて、読みにくいが、パチュリーは目を通していく。
…月…日
私と契約してくれる人が見つかったみたいだ。
可愛い人がいいなー。
もう少し前に遡ってみる。
…月…日
外の世界はどうなっているんだろう?
少しでもいい、見てみたい。
…月…日
神綺様と契約の事について話してみた。
私を必要としてくれる人なんているのかな?
…月…日
やっぱり、私を必要としている人なんていないみたい。
あぁあぁああああああああああ、小悪魔ちゃん鬱まっしぐら。
少しめくる。
…月…日
日記をつけるの、ちょっと辛い。
毎日同じ事。
変わらない現状。
私なんて小悪魔だしね……。
仕方ない仕方ない。
…月…日
どんなに嫌でも明日は来る。
そんな必然に抗いたくなる。
あれからどれだけたったかな?
神綺様に迷惑かけるだけだし、そろそろ止めようと思う。
「パチュリー様、ご飯出来ました……って、何私の日記読んでるんですか!」
小悪魔はパチュリーの手元から本を奪うと本棚の元の位地に戻した。
「……ごめん」
「これも立派なプライバシーですよ?」
そう言ってもパチュリーは曖昧な返事しかしない。
「……見ました?私の鬱々日記?」
「うん……」
「あの時は結構大変でしたからねー」
小悪魔は大変さを少しも感じさせずに言う。
「だからパチュリー様には感謝してるんです。私の恩人ですから」
にっこり微笑む小悪魔を見てパチュリーも少し微笑む。
「さて、ご飯にしましょう!早く食べないと冷めちゃいますから」
「そうね、いただこうかしら」
もう一度腹の虫が鳴り出す前に、パチュリーは食事を口に運ぶ事にした。
「ごちそうさま。小悪魔、美味しかったわ」
「お粗末様です。一人暮らし歴が長いですから。あ、お疲れでしょうから先にお風呂どうぞ」
「一番風呂なんて悪いわ」
「良いんですよ。私はパチュリー様が入った後のお湯の方が……じ、冗談です!」
しまったと言わんばかりに小悪魔は口を押さえる。
「……じゃあ頂くわ」
「え?あ、はい!」
途端に満面の笑顔になる。
「ふぅ……」
浴槽の中でパチュリーは息を吐く。
小悪魔の苦労を垣間見た気がして急に小悪魔を甘やかしたくなってしまった。
母性本能とも言い難いこれはなんだろう?
すると突然風呂の扉が開かれた。
「パチュリー様!お背中お流しします!」
何も着ていない全裸の小悪魔が入って来る。
「せめてタオルか何かを……」
パチュリーの呟きも虚しく、全てをさらけ出した小悪魔は目を凛々と輝かせてパチュリーが浴槽から出るのを待っている。
「…………お願いしようかしら」
自分でも不思議なのだが、小悪魔に言われると何となく乗り気になってしまう。
言われても進んで全裸にはならないが。
「なんだか何もしてないのに疲れたわ……」
「そうですか?私は元気ですよ」
息を吐き、静かにベッドに腰掛けたパチュリーの横に小悪魔は勢いよく腰掛けた。
パチュリーは小悪魔のお古のパジャマを着ていた。ハート柄で実に乙女チックである。
小悪魔は赤やピンクの迷彩柄のパジャマだ。どこに身を隠すつもりなのだろう。
「悪いけど、今日はもう休んでいいかしら?久しぶりだわ、こんなに動いたの」
「はい。えーっと……じゃあパチュリー様はベッドで寝ちゃってください」
「貴方はどうするの?」
「床ででも寝ますよ。悪魔ですし体は丈夫です」
そう言ってパジャマの袖をまくるが、パチュリーと同じくらい細い腕だ。
「……小悪魔、一緒に寝ない?」
「え?いや、そんな……」
小悪魔は目を丸くした。
「いいから」
「分かりました」
「転換が早いわね……」
「遠慮はしても断るながモットーですから」
小悪魔はそそくさとベッドに潜り込むと隣を叩く。
「ヘイ!パチュリー様!Come on!」
「だから何そのテンション?」
そう言いながらパチュリーは小悪魔の横に寝転がる。
「悲願のパチュリー様とベッドイ……もとい添い寝です!小悪魔嬉しくて抱き着いちゃいます!」
言い終える前から抱き着いてパチュリーにほお擦りまでする。
「ちょっ……強い!ほお擦りが強くて痛い!あとこの頭についてるやつが当たって痛い!」
パチュリーは小悪魔の頭に付いている羽のようなものをつまむ。別に弱点とかでは無いようだ。
「あっ、すみません……。でもパチュリー様と……きゃー!こあーっ!」
寝る前としては高すぎるテンションで小悪魔はばたばた暴れる。
そんな光景にパチュリーは溜め息。
「ねぇ、貴方は本当に魔界に帰ってきたかったの?」
「……どういう意味ですか?」
「貴方は私の為だけに魔界に来たんじゃない?私に魔界を見せる為だけに」
「どうしてそう思ったんです?」
小悪魔は少し真面目な顔になってパチュリーを見る。
「……さっき日記見せてもらったじゃない。あれを見る限りだとあまり良い思い出は無かったんじゃないかしら?それなのに帰ってくるなんて……」
「パチュリー様は優しいですね」
小悪魔は今日初めて静かに微笑んだ。
「こんなに私の事を心配してくれて私は幸せです。……確かにあんまり良い思い出は無いですけど、ここは私の自慢の故郷なんです。たまに帰りたくもなりますし、誰かに見せたくもなります。思い出なんて関係無しに純粋に帰りたくなっただけですよ」
そう言い、歯を見せて笑う。
「そう……私のお節介だったみたいね」
「やっぱりパチュリー様と契約して良かったです。私、凄く幸せです」
「当然よ。私なんだから」
「これは失礼」
二人で顔を見合わせ笑う。
「……パチュリー様、一つお願いして良いですか?」
「内容によるわ。言ってみなさい」
そう促されると、小悪魔は恥ずかしげもなくこう言った。
「私とキスして下さい」
「……は?」
この会話の流れからそれか。
「ほら、よくあるじゃないですか、契約する時にキスする漫画とか。そんな感じで」
「もう私達契約してるじゃない」
「でも、今キスするとなんと契約に特典が付きます!」
「一応内容を聞いておくわ」
その言葉に小悪魔はふっふっふっと笑う。
「なんと今晩私を抱け……」
「殴るわよ」
「ならパチュリー様を私が抱……」
「殴るわね」
パチュリーは小悪魔の頬に向け、拳を振るう。
「初めて殴られました……」
「痛っ……拳が……」
殴られた小悪魔より、殴ったパチュリーの方が痛そうに拳を押さえる。
「このままだとパチュリー様の腕が壊れてしまいますし……。そうですね、じゃあキスしてくれれば私はずっと笑顔でいますよ」
そう言って笑顔。
「今とほとんど変わらないじゃない…………しょうがないわね、特別よ」
パチュリーは小悪魔の頭の後ろに手を回した。
「旅行先だと、大胆な気分になれるからね……」
顔の距離が狭まる。
お互いの顔はすぐそこだ。
息苦しさでパチュリーは目を覚ました。
目に入るのは赤い髪。
小悪魔はパチュリーの胸ですやすやと寝息を立てている。
どうりで息苦しいはずだ。
どけようとするが、ぴったりくっついて離れない。
幸せそうな寝顔で、起きる様子も無い。
「寝る時まで笑顔でなくてもいいじゃない……」
おでこを突くと、奇怪な声が口から漏れる。
ここは魔界かと疑いたくなる程外は明るい。
今日は魔界を案内してもらおう。このままでは割に合わない。
そう思い、小悪魔が起きるまでの間、パチュリーは小悪魔の頭を優しく撫でる。
貴方は私を恩人だと言ったけど
貴方も私の恩人なのよ
図書館で一人で本を読んでるだけの私に、何十年も付き合ってくれた貴方
私の話を熱心に聞いてくれる貴方
レミィとは違う、私の良き理解者であり親友
私はそんな貴方が大好き
思うだけで、口に出す事は無いだろう
恥ずかしいもの。私だって女なのよ
それに口に出さなくても、私の思いは貴方に伝わってるでしょ?
貴方とは長い付き合いだもの
まあ寝てるけど、これだけは言っておくわ
「これからもよろしくね、小悪魔」
やたらテンションが高い小悪魔もかわいい///
オチもグッときますね!小チュリー最高!!
幻想郷より広いであろう世界が幻想郷の一部っていうのは
幻想郷を特別視し過ぎの気がします。
第一…それなら神綺様は再登場していてもいいはずです(泣
しかしそんなことよりも。
大真面目に全裸を要求する小悪魔が
パチュリーと添い寝してテンションの上がる小悪魔が!
これだから小悪魔はすばらしいのです
久々に里帰りしようかなぁ…。
ありだな!!
アリスも習慣で食事を取ってるんだ、それは小悪魔の料理が食べたいという欲求の表れッ!