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飲んで笑い、暴れて笑い。
右手を振れば杯が舞い、左手を振れば妖が舞う。
地獄の街道3丁目。今日も喧騒鳴り止まず。
飛び散るは酒か血飛沫、けれど笑いは止まらない。
星熊勇儀は今日もまた、大手を振ってらんちき騒ぐ。
所変わって地獄の深道。物音一つ聞こえては来ぬ。
右手を伸ばせば橋に当たり、左手伸ばせば端に当たる。
人っ子一人通るのがやっと、まさに狭きは心のよう。
水橋パルスィはぽつねんと、狭き暗きに身を重ね。
これぞ地獄に堕ちた業。最早泣くことも叶わない。
とんと振るわず雨すら降らず、心は既に枯れ果てて。
ある日星熊、街道外れ、酔いを醒ましに練り歩く。
暗き深道見つければ、何とはなしに彷徨い始め、
気づけばかなりの時間を歩き、不覚深くにたどり着く。
そして出会うはその二人。鬼の天王に鬼の姫。
「こんな所でもったいない。どうして一人でいるのかい。」
「それは自分に言っているの?こんな所に酒好きはいない。」
「酒に交われば赤くもなるさ。どうだ一杯、味は墨付きだ。」
「余計なお世話よさあ帰って、生憎ここは一人で一杯なの。」
てんで取り付く島もない。これぞ噂の橋の姫か。
次の日も、その次の日も、次の日も。
めげずに何度も星熊は行く、一人放るは性に合わず。
片や水橋、苛立ち隠せず。これぞ噂の山の鬼か。
次の日も、その次の日も、次の日も。
ほんの一刻、一日のよう。長く辛くに感じられ。
放っておいてと何度言うなら、この鬼は諦めるのか。
「やあやあ今日も一人かい。今日も星熊がやってきたぞ。」
「何度も何度もしつこい鬼。かつての四天が暇なものね。」
「瑕なき玉などあり得んさ。一度栄えりゃいつかは下る。」
「それはもっとも。このまま瑕は増えていくだけ。」
「なに、また磨けばいいだけだよ。今あることをやるだけさ。」
「飲んだくれがよく言うわ。ならばさっさと何処かへ行けば。」
「だから私はここにいるのだ。今やることは此処にある。」
「思い違いも甚だしいわ。私は好きでここにいる。」
「好きなわけがない。数奇なだけだ。私はお前を連れに来た。」
「貴方に何が分かるというの。隙間ないこの心の黒が。」
怨嗟渦巻きとぐろ巻き、嫉妬の大渦に身を任せた、
かつての恋沙汰、その末路。
ぐるぐる巡った心の内は、挙句果てにはくだを巻き。
どおっと吐き出す深緑の渦、ついに星熊も巻き込んだ。
橋から端へ、人から鬼へと追いやられたその顛末。
妬みつらみが飲み込んだ、恋の敵は数知れず。
気づけば誰を妬んでいたか、それすら分からず飲み込んだ。
決して戻れぬ戻り橋。行くも戻るも最早叶わず。
言葉の濁流過ぎ去れば、残ったものは静寂だけか。
あるいは流れ損ねた水か、無い空に煌く1つの星か。
「さあいいでしょう放っておいて、」そう言い放つ水橋に、
「また明日来る」と微笑んで、星熊はそっと腰を上げた。
※
次の月、また次の月、次の月。
変わらず毎日やってきた。変わらぬ笑顔に変わらぬ酒気に。
まるで水橋の言動1つ、意にも介せず悠々と。
あきれ果てては言葉も出ず、苛立つ気持ちもはてさてどこへ。
「貴方に言葉は通じないの。何度来るなと言ったかしら。」
「ならばいよいよ分かるだろう。飲んべぇに言葉は通じない。」
「本当に妬ましい。千の恨みも万のつらみもどこ吹く風ね。
それだけの傲慢ならば、さぞかし私も楽しかったでしょう。」
「私には今、たった一の願いしかないのさ。
どれだけ数を増やそうとも、この一本角は折られんよ。」
「とんだ不遜ね、酒だけでなく自分にも酔うだなんて。」
「私の願いは唯一つ。貴方と酒を酌み交わしたい。」
「それは残念、永遠に叶わぬ夢よ。私はお酒が嫌いなの。
好きなだけ来て、諦めなさい。楽しみにしていましょう。」
※
次の年、また次の年、次の年。
星熊はいつもやってきた。いつも通りの笑顔に杯。
意識変われば習慣変わり、習慣変われば性格変わり。
気づけば暗き深道は、一人でいるには随分広く。
「まるで名前にそぐわないわね。星熊だなんて言いながら。
目も眩む陽のように毎日毎日、頼んでもないのにやってきて。
悩み一つなくご機嫌に、妬ましいことこの上ないわ。」
「星か陽かに違いなどないさ。あるのは遠いか近いかだけだ。
遠くで光っていた星がゆっくりと、暗い深道を照らしに来たのさ。」
「あらあらお山の大将が、似合わない言葉を吐くわね。
臭いのは酒の匂いだけにしてちょうだいな。」
「ははっ、違いない。ならば飲もう、さて貴方も飲むか。」
「酒はいらないと何度言えば。酒も酒好きも嫌いなの。」
さても星熊はやってきた。十年、百年やってきた。
いつしか鬼のいる時間、同じ一刻に変わりはないが、
気づけば在らぬ時間のほうが、水橋長く感じられ。
※
その日は冬の寒い日だった。地底であれど冬は冬。
それでも今日もあの鬼は、杯片手に来るのだろう。
どっこいいつもと様子が違った。
来たのは地獄と反対の道、やって来たるは紅白の巫女。
「この穴はどこまで続いているの。進めど進めど穴ばかりね。」
「誰だお前は、人間か。人間が地底に何の用か。」
「何の用かはこちらが聞きたい。こんな所まで連れてきて。」
「訳の分からない事を言う。けれど残念、先は永遠の通行止め。
延々とまた引き返しなさい。」
「よく簡単に口にする、永遠をすら生けない癖に。
永遠などは永遠来ない、言葉の重さに潰れなさい。」
言うな否やの札の雨。光と波の大洪水。
並々ならぬ量と質とに、あれよ文字通り押し潰された。
一方巫女は何も無かったかのよう、すうっと道を進んでいった。
ほんの四半刻過ぎた頃、水橋はっと我に返る。
暴力巫女はどこへやら。そして何より星熊は。
街道へ行ったのならば、鉢合わせてはしまわないのか。
嗚呼、嗚呼なんと妬ましい、何故に心配しなきゃならない。
ついに水橋は深道離れ、地獄の街道へ踏み入った。
百年ぶりの街道の空、降るのは粉雪、そして光。
此方に見えるは巫女の背中、彼方に見えるは鬼の顔。
どうして星熊も巫女に劣らず、傍目に分かるほど紅くに染まり。
「止めなさい、あの鬼に最早勝ち目は無いでしょう。」
「ならば貴方こそあいつを止めて。向かってくるのは向こうの方よ。」
「ねえ、星熊よ。これ以上の争いは無用。その降り上げた拳をしまいなさい。」
「おや、貴方か。……そうか、ならば止めるとしよう。」
星熊、手を下げ身を下げて、そしてその場に倒れこんだ。
駆け寄るは鬼の橋姫、駆け抜けるは紅の巫女。
「何故そのような無茶をしたの。」
「やあすまないな、この体じゃあ今日は行けなさそうだ。」
「安心しなさい、今日は私が来てあげたんだから。」
「本当だな。ならば飲もう、さあ、いよいよ飲むか。」
「ねえ答えてちょうだい、なんでこんな無茶をしたの。」
「こちらの意見は飲んではくれないのか。」
「貴方が飲んだらそうしましょう。」
「……貴方が、やられたと、そう聞いた。それだけさ。
さあ飲もう。やあ、今日は寒いな。傘が欲しい。」
「これくらいの粉雪ならば、濡れるほどでもないでしょう。」
「降るのは雪ばかりでもない。さあ杯を渡そう、飲んだ飲んだ。」
そして二人は杯を手に、そっと手を掲げ口をつけ。
粉雪は一向に積もらず、頬を濡らすには余りに弱く。
なるほど確かに傘が欲しいと、濡れた頬見て水橋思う。
右手をみれば杯があり、左手をみれば妖があり。
地獄の街道3丁目。しかし今日だけは喧騒はなく。
軽快でとても読みやすかったです。
ここでは珍しい文体でしたが楽しませて頂きました。
次作に期待です。
でも会話分の最後に「。」ってダメなんじゃなかったっけか。勘違いだったらごめんなさい。
ありがとうございます、リズム感を重視してみました!
>I am a stoker.
やだこわい
>ほへー、こりゃ軽快で読みやすい
あんまりない表現ですけれど割と普段もリズム意識して書いたりはします。
ここまで意識したことはないですけれどw
>パッと見てちょっと長いかな、とか思ったけどそんな事もなく
>軽快でとても読みやすかったです。
>ここでは珍しい文体でしたが楽しませて頂きました。
>次作に期待です。
ありがとうございます!そんなに長い話は僕は書けないので
せいぜい10kbくらいですかね……これくらいの長さが多いと思います。
お褒め頂きありがとうございます!週一くらいで投稿したいと思います。
>なんか好きだ、コレ。
>でも会話分の最後に「。」ってダメなんじゃなかったっけか。勘違いだったらごめんなさい。
ありがとうございます!分かんなくて調べてみたら新聞記事や、
ものの名前などでは付けないらしいですが、会話文には基本的に付けるみたいです。
ご指摘いただけるだけでもありがたいですし僕自身そういうの分かってないので
何かおかしなところあればどんどん言っていただければと思いますw