「アリス、いるか? 来てやったぜー」
昼下がりの魔法の森を颯爽と抜けて、普通の魔法使い・霧雨魔理沙は乗っていた箒から飛び降りた。
目の前には白亜の家屋――アリス=マーガトロイドの邸宅が常の姿で佇んでいる。
呼び鈴代わりの挨拶を終えた魔理沙はアリスの返事を待たず、邸宅のドアに手をかけようとして一歩を踏み出す。
するとその途中で、建物の角からくぐもった様子のない声が聞こえてきた。
「あら、相変わらず約束の時間よりも早く来るのね、魔理沙は」
「なんだ、外にいたの……おい、これは一体どういう趣向だ?」
歩みを止めた魔理沙がそちらに振り向くと、現われたのはアリス当人ではなく――
「いつぞやの遠隔操作型の人形か? たしか会話をすることも出来たんだよな」
スカートの裾を摘んで会釈を返す、真紅のドレスを身に纏った小さな人形だった。
そのアリスの代理人は魔理沙の方に歩み寄り、胸に手を当てながら主人の言葉を届ける。
「そうよ。あれから紫に作り方を教えてもらってね、今では自分で量産することもできるようになったわ」
「そうか、便利になったもんだな。だが利便性というものはえてして人を堕落させるみたいだな。
いつもならば家主自らドアを開いて歓迎してくれていたはずなんだが……ここまで奴隷任せになるとは嘆かわしい限りだぜ」
「ええ、新たなる力というものは人を変えるには充分だと、まさに実感していたところなの。
地底で遭遇した、神の力を飲み込んだ地獄烏の気持ちが今の私にはよく分かるわ」
「あー?」
皮肉を受けても変わらないアリスの口調に魔理沙は眉をひそめる。
しかしそんな様子などお構いなしに、人形から発せられるアリスの声は別の話題を切り出してくる。
「ところで、ちゃんと準備はしてきてくれたのかしら?」
「あ、ああ。カードデッキの方はばっちりだ。新作というか、改良作もある。天狗には先に見せたんだが……まぁまだ秘密にしておこう。
実際の決闘に使う時までお預けだ」
「そう……悪いけど魔理沙、私は一つ嘘を吐いていたの。
今日貴女を呼びつけたのは、単純にスペルカード決闘を申し込むことだけが目的じゃないわ」
「なんだと?」
目を見張る魔理沙には答えず、人形は一枚のカードを取り出すと、それを触媒に一振りの剣を召喚する。
「『緋想の剣』のレプリカ……っておい!?」
その緋色の霧を纏う剣の穂先を、人形は自らの腹に突きつけて一気に押し通した。
「これより始まるのはここ魔法の森を起点とした、異変」
しかし人形は痛がる素振りも機能停止する気配も見せず、剣をゆっくりと引き抜いて穂先を天に向ける。
するとにわかに暗雲が立ち込め、そこから氷の礫が地表に向けて落下してきた。
帽子のつばを軽快に叩くそれらを見上げ、魔理沙は呟きを洩らす。
「雹、か。霊力を大量に使う戦い方をするつもりなのか?」
「その幕開けとして、魔法の森が私の手に落ちたことを広く遠く、幻想郷全土に伝えるとしましょう。
魔理沙、私はついに成し遂げたのよ。究極の人形、その顕現を!
気の毒だけど貴女にはその最初の犠牲となってもらうわ。つまりこれから貴女に演じてもらうのは、大いなる魔法儀式のための生贄役」
「なっ」
驚く魔理沙の前で両腕を大きく開いた後、人形は飛び上がってマーガトロイド邸の裏に回ろうとする。その途中、屋根の頂上を越えたところで突然大地が鳴動を始めた。
直後に建物の裏から顔を覗かせたのは、あどけない表情を貼り付けた金髪碧眼の少女の頭部――ただし、その大きさは人間のそれを何十倍にも拡大させたほどだった。
続いて伸び上がる上半身は最終的に屋根の上に広がり、首元のリボンとケープが風を受けてはためく。
そして周囲には、この威容を前にして見失ったアリスの代弁者と同じ大きさの人形が四体、それぞれ身体よりも大きな盾を構えて宙に浮いていた。
「こいつは……完成してたってのか、人形巨大化計画……」
「お初にお目にかかります、この子は『有頂天のGoliath人形』と申しまして。
割り振られた役柄が名にし負うとおりであるゆえ、どこまでも傲岸不遜に振る舞わせていただきます。いざ、森を我が手に」
木の幹ほどの太い腕を持ち上げ、巨大人形は堂々不敵に宣戦布告と、携えていた長剣を魔理沙に突きつけた。
~ Megalice -アリスの美学- ~
「いやー、魔法の森もひっさし振りねー!」
瘴気と胞子で煙る魔法の森を、むやみに明るい声が突き抜けていく。
発声源は一人の妖精。暖色を身に纏い、喜色を周りに振りまきながら悠々と歩んでいる。
「まったく、なんでサニーはあんなに元気なんだか」
「アレじゃない? ここに来るまで日差しをたっぷりと吸収してたみたいだから、そのせいでしょ」
呆れ声と揶揄する声にその後を追わせたのも同じく妖精達。こちらは先行く妖精とは対照的に、白や青といった涼やかな色を身につけている。
「ほら、ルナもスターも遅いわよ。早くしないとキノコは全部私が採っちゃうよー」
サニーと呼ばれた妖精が振り返り、後ろの二人が纏う白けた空気を吹き飛ばすかのように大声で挑発した。
その言葉に焦ったのか、白装束の妖精――ルナが手に持っていたバスケットを振り回しながら声を荒げる。
「ちょっと待ってよ。キノコ狩りは昔の住処で一斉に始めるって約束でしょ?」
「そうよそうよ。抜け駆けは許さないんだから」
「もうっ、だったら早く行こうよ。またあの黄蕈(いくち)の群生みたいなのがあったら、急がないと横取りされちゃうんだからー」
ルナの苦言に追随した、青服のスターの文句を逆に燃料にして、サニーはいっそう歩幅を広げる。
留まるところを知らないその勢いにルナとスターは一瞬顔を見合わせ、やがて諦めたように深く嘆息してから駆け足で後を追った。
向かう先は魔法の森の中にある、果てしなく前から立っている大木――かつて三人がねぐらとしていた古巣。
「うわぁ……なんか大きくなってない?」
目的地にたどり着くや、サニーは大木を見上げて感嘆を洩らした。
「うーん。私達がいた時と比べて枝も増えてるみたいだし、こりゃたくさんの妖精の集合住宅になっちゃってるみたい」
「妖精は自然物に宿り成長を促進させる。そのお手本みたいな状態ね、本当に」
葉の生い茂る太い枝を一通り見渡しながら、ルナとスターも感慨深そうに呟く。
目の前の大木はいくつか窓の張り付いた太い幹が真っ直ぐに伸び、その頂上で枝が放射状に分岐して広がり、それら一つ一つの側面にも小窓が付いているという様相を示している。
それはさながら、空に向けて伸び上がっていく逆さまのアリの巣を髣髴とさせた。
異形と化した昔の家を眺めているうちに、ふとサニーが何かを思いついたように声を弾ませる。
「ねぇねぇ、これみたいに妖精達が人里近くの自然物に集まって住めば、傍を通りかかった人間をびっくりさせる建築物になるんじゃない?
そしてそれがゆくゆくは異変だと思われて大騒ぎになったりして」
「えぇ~、でもそれって凄く時間がかかると思うよ。現状神社近くの住処に不満はないし、今から引っ越すのはちょっとなぁ」
「動きが少ないから地味よね。この辺りで広まった真夏の巨大妖怪伝説くらいのダイナミックさがないと、異変だと思われないんじゃないかしら」
「何それ? 巨大妖怪って」
否定的な二人の意見に押されながらも、サニーはスターの話に出てきた単語に食いつく。
「湖にいる氷の妖精が騒いでいたんだけどね、ここでだいだらぼっちを見たって。その噂が幻想郷中に広がって一種の伝説になっていたみたいなの」
「えっ、そんな異変の種がここに転がっていたの? 今から探し出して手懐けて、それをネタに私達の手で異変を起こせないかなぁ」
「ちょっとサニー、今日の目的は違うでしょ? それに早く始めないと……ほら」
脱線しかけたサニーの袖を引きながら、ルナが空を指差す。
大木の周りには他の木々がそれほど茂っていないためか、空の様子をくまなく窺うことができた。
「なんか、森に入った時と比べて雲行きが怪しくなってるのよ。濡れながらのキノコ採集なんて、私やりたくないよ」
「うわ、ホントだ。ちぇー、じゃあその噂の検証はまた今度にするかー。
はぁ、いつになったら妖精の力を幻想郷全土に見せつけられるようになるのかなぁ」
「仕方ないわ。異変の兆しなんてそうそう簡単に転がっているものじゃないし」
妖精三人は会話を切り上げると、大木の元から離れて森の中へ散って行こうとする。
しかしその出足は、突如として森を震わせる突風と、続いて起こった轟音混じりの振動に挫かれることとなった。
「わぎゃ! な、何?」
「わ、分かんないよ。ねぇスター、近くに大きな生き物でもいるの?」
「ちょっと待って……ううん、人間サイズの気配が二つ……あ、片方がこっちに近付いてくるわ。凄いスピードよ!」
怯えるルナの要求に答えて、周囲の生き物の気配を探ったスターが危機感も露わに報告する。
直後、けたたましい音を上げて木の葉がざわめき、三人の前に黒い影が転がり落ちてきた。
はじめ三人はこの闖入者を前に悲鳴も上げられないほど驚いていたが、その影が見知った顔だと分かって思わず名前を叫んだ。
それは時に悪戯の協力者として、時に悪戯の標的として、何度も森や神社で出くわしていた人間――
「ま、魔理沙さん!?」
「お? お前達どうしてここに……」
魔理沙は転倒のダメージなどなかったかのように立ち上がると、妖精三人をざっと一瞥する。
その最後、スターの顔を認めたところで視線を固定した。
「お前、スター……サファイアだったか? 丁度いい、確かお前の能力はっ!?」
何かを言いかけたところで魔理沙の帽子に軽い衝撃が走る。同時に、妖精三人もそれぞれ頭に何かが当たったような感触を覚える。
顔を上げると、空覆う暗雲から小さな氷の粒が撒き散らされていることに気付いた。
「え、雹?」
「くそっ、もう来たか。図体のわりに素早い奴だぜ」
「ちょ、まりささ――」
目まぐるしく変転する状況の説明を求めようとしたルナの言葉は、再びの地響きによって遮られてしまう。
その聞こえてきた方向を見上げると、自分達の古巣よりも背の高い何かが傲然と屹立していた。
「で、でで、ホントに出た……巨大妖怪」
「あれ? でもどこかで見たことあるような……」
給仕服姿で二振りの巨大な長剣を振り上げている巨像を見上げて、ルナとスターがそれぞれ呟く。
直後、二人の視界に箒に乗って飛び上がる魔理沙の姿が加わった。
雹吹く曇天の下、魔理沙は眩い光を放つ星型の弾幕を釣瓶撃つも、それらは全て青い盾に阻まれ、むなしく明後日の方向に散らされていった。
「そうだ! アリスさんの人形!」
追撃として魔理沙が放ったレーザーを受け止める、盾を構えた小さな人形を見てサニーが叫ぶ。
一方攻撃を防がれた魔理沙はその背後にそびえる巨大人形を睨みつけながら毒づく。
「まったく、ただでさえ化け物じみた装甲してるってのに、『身代わり人形』まで持ち出してくるとはな。
しかもレーザーを防ぐ盾ってどういうことだよ? ネズミのペンデュラムですら貫き通せるってのに」
「ふふっ、長い付き合いだもの。貴女のレーザーについてはとっくに対処済みよ……って、あら?」
それを悠然と受け流したのは、サニーの予想通りアリスの声。
頭部からその声を発した巨大人形は、次に叫び声のしてきた方に視線を落とし、足元に妖精三人が硬直していることに気付いた。
「随分と珍しい顔ぶれね。最近まったく見かけないと思っていたけど……丁度いいわ。
貴女達にも言っておくけど、今日をもってこの魔法の森は私の所有地になるから」
「……」
「? なによ、口も利けなくなるくらい腰を抜かしているの? まぁ所詮妖精なんてそんなものか。
特に抵抗する意志がないのなら、見逃してあげるからさっさと行きなさい。危ないわよ」
「……あの、ちょっと待って!」
再び顔を上げようとした巨大人形に向けて、サニーは拳を握り締めながら叫ぶ。
「何かしら?」
「も、森が貴女の物になるってことは、これから私達が遊びに入った時はどうなるんですか?」
「ああ、そんなこと。もちろん、今後私の領土を勝手に踏み荒らした者にはそれなりの制裁を受けてもらうわ。
言っておくけど、私は敵と認めた存在は一切の容赦なく叩き潰すつもりだから」
「そ、そんなっ!」
「納得いかない? それなら貴女達も私を力ずくで止めてみてはどうかしら。もっとも、非力な貴女達にできるとは思えないけれど」
「……言った、な」
アリスから冷酷な挑発を受けて一歩を踏み出そうとしたサニーだったが、後ろからルナとスターに肩を掴まれ、その動きを制されてしまう。
それを振り払おうとサニーがもがいている一方――
「星符『ポラリスユニーク』」
巨大人形がサニーに注意を向けている隙に付け込んで、接近していた魔理沙が紫色の五芒星を射出した。
しかしその速度はひどく緩慢で、巨大人形が気付くのと同時に『身代わり人形』の介入を許してしまう。
五芒星はそのまま構えられた盾に吸い込まれていき――次の瞬間、盾を人形ごと大きく弾き飛ばし、枝葉の中に墜落させた。
「はっはっはー! ガードクラッシュで吹っ飛ぶのか。思ったよりも金城鉄壁じゃあないみたいだな」
「……防護結界に費やした霊力を一撃で削りきる、か。ふうん、魔理沙も私の知らないスペルをまだまだたくさん持っているのね」
「おお、お前が私をフリーにしてくれたおかげで色々とデッキの中身を入れ替えられたぜ。さぁ、身ぐるみ全部を剥がされる覚悟はいいか?」
手の中で発光する火炉――ミニ八卦炉を構えながら、魔理沙は巨大人形と目を合わせる。
それに対して巨大人形は残った三体の『身代わり人形』を後方に退かせると、人差し指を使って手招きしてみせた。
「少々驕りすぎたかしら。あんな鈍くさい弾幕、盾で受け止めるまでもなく回避してしまえばよかったわ」
「言ってろ。全弾きっちり当ててやるからな」
巨大人形が再び魔理沙と戦闘を繰り広げている一方、大木の前から動くことのなかった妖精三人はその様子をじっと見つめていた。
しばらくして、ルナがサニーの震える背中に話しかける。
「ねぇ、なんであの時アリスさんに向かっていこうとしたの? 見なよ、あれ。どう考えても敵いっこないのに」
「だって、悔しいじゃない! 私達妖精なんて眼中にないみたいな態度でさぁ。
それにさ、もしも魔法の森が乗っ取られちゃったら、もうここに気軽に遊びに来れなくなるのよ」
「でもサニー、別に森の所有者が誰になろうと、私達ならこっそりと遊ぶこともできるんじゃないかしら?」
「気に入らないわよそんなの! とにかく私はアリス……さんを絶対に邪魔してやるんだから!」
わめき散らすサニーの様子に、スターは肩をすくめて首を横に振った。
そして再び沈黙が訪れる。
「ほらほら、どうしたの? 思ったとおりその弾幕は至近距離で炸裂に巻き込まないと充分な威力を発揮できないみたいね。
さぁ、もっとこの子に張りついてみせなさい」
「ぐ、本当にちょこまかと目障りな奴だな……チルノの時といい、実は中身空っぽなんじゃないだろうな?」
「ご想像にお任せするわ」
会話が途切れたせいか、遠くで火花を散らしている魔理沙とアリスの声がよく響いてくる。
戦況はどちらかというと巨大人形優勢――迅速かつ的確に長剣を振るい足を運ぶことで、魔理沙を寄せ付けずに翻弄している。
それを見て、サニーは怒号を上げながら駆け出そうとした。
「ああもうなにやってるのよ。あんたがそんなんじゃ、誰もあのデカブツを止められないじゃないの!」
「ちょっとサニー! 落ち着いてってば」
「離してよルナ。私が錯覚でも弾幕でも使って、なんとかしてやるんだから!」
しかし後ろからルナに羽交い絞めにされたため、手も足も空回るだけに終わった。
身動きできないサニーは、やり場のない怒りを先程から何かを呟き続けているスターにぶつける。
「……ささんは私を見て……協力を……達が攻撃……或いは守って……」
「スターも! 悔しくないの? 異変を起こそうって時には私に賛成してたのに、いざとなったら足がすくむワケ!?」
「いへん……そうよ、今はまさに異変の真っ最中だと言えるかもしれないわ」
「はぁ?」
突然わけの分からないことをはっきりと口にしたスターに、サニーは間の抜けた声を投げつける。
それを気にかけることなく、スターはおもむろに両手を頭上にかざすと、雹の吹き荒れる空の下で弾幕を放った。
生まれたのは妖精の小さなてのひらを何倍にも大きくした、白銀に輝く星型の弾幕。
激しく風を切り裂きながら進むそれは、やがて一本の木に当たり、その幹を砕き飛ばしてから消滅した。
「うんっ、やっぱり力が上がっているわ。それに思ったよりも疲れないみたい」
「どういうことなの?」
「そっか! 今は異変が起きているから私達妖精の力も強くなってるのね」
実演付きのスターの言葉を聞いて混乱するルナとは対照的に、サニーの理解は速かった。
そしてスターは二人の袖を掴むと、率先して巨大人形の方へ向かおうとする。
「さ、行くわよ二人とも。今こそ一致団結した妖精の恐ろしさを見せつけてやりましょう!」
「そうね。異変は先に起こされちゃったけど、私達の手でそれを解決すれば名が上がるってもんよ!」
「え、でも、本当にやれるのかなぁ?」
同じ勢いで引っ張られる中、サニーは喜色を、ルナは難色を示しながらも、スターの後を追って駆け出していった。
魔理沙と巨大人形の攻防はいつの間にか小康状態に入っていた。
その理由は、既に二十を超える数の五芒星を放ったために魔理沙の火炉が輝きを失い、攻撃を停止させているためだった。
「ちっ、もうカードが燃え尽きたってのか」
「なんだ、もう撃ち止めなの? 結局最初の一発以外ろくに当たってないじゃない」
炸裂して散開した星弾を長剣で切り払った後で、巨大人形は器用に肩をすくめてみせる。
そしてそのまま両腕を左右に開き、魔理沙に向けて心持ち前かがみになった。
「さて、厄介な攻撃も止まったみたいだし、そろそろ一方的な反撃に移らせてもらおうかしら」
「気が早いな。こっちはまだまだ天狗級(ハード)スペル分の三枚しか使ってないんだぜ。
お前はどうだ? そのデカいののカードのために『身代わり人形』四枚を注ぎ込んだ上に、『緋想の剣』と合わせりゃ六枚ってところか。
それとも他にもまだカードを使っているのか?」
「魔理沙、カードゲームで手札の内容を簡単に晒すことがどれほど愚かしいか、貴女なら分かってくれると思うけど」
「おいおい、ノリが悪いぜアリス。有頂天だのゴリアテだのと名乗っているんなら、そこはベラベラ喋ってくれないと」
「そういう貴女はさっきから随分とお喋りだけど、そろそろ次の策でも考えついたのかしら?」
アリスにとって不毛な会話を打ち切るように、巨大人形は一歩を踏み出した――直後、後頭部に衝撃を受けて、さらに前のめりになる。
だがそれも一瞬のことで、巨大人形は何事もなかったように上体を元に戻すと、首だけを背後に振り向けた。
そこには呆然として両腕を掲げている妖精三人の姿があった。
「あら、貴女達まだいたの? ところで、今のは私に対する明確な宣戦布告と考えていいのかしら?」
「げげっ、全然効いてない?」
「だ、だから言ったじゃんか。敵いっこないって」
「まずいわ、いったん退きましょう。ほらルナ早く!」
「わわ、押さないでスタッ!?」
「ぷぎゃっ!」
スターに背中を押されたルナがあっけなく転倒する。それに巻き込まれてサニーも足をもつれさせてしまった。
慌てて起き上がろうとする二人の頭上に、巨大人形の長剣がゆっくりと影を落とす。
「歯向かってくれて嬉しいわ。実を言うとね、少し前まで妖精に騙されていたせいで、ちょっと虫の居所が悪かったのよ。
貴女達には直接の恨みはないんだけど、少しばかり鬱憤を晴らさせてもらうわ」
「う、あう……」
アリスの無慈悲な言葉に、互いに抱き合って震えるサニーとルナ。
そんな二人をかばうようにスターが両手を広げて立ちはだかる。背筋を伸ばし胸を張り、しかし眼差しは巨大人形とは別のところに向けられていた。
その先にいた魔理沙はスターの視線に気付くと口の端を持ち上げ、威嚇射撃を行いながら両者の間に割り込み、正面から巨大人形と対峙した。
「八つ当たりとはお前らしくないな。妖精に騙されたってのはアレか、チルノの言っていた真夏の巨大妖怪伝説のことか?
あれはチルノとお前がお互い勘違いしただけだろう。
あいつはお前のゴリアテ人形と戦ったことを断片的にしか覚えていなくて、巨大妖怪なんてものを捏造して作り話を広めた。
お前はそれを真に受け、その妖怪に立ち向かおうとして人形巨大化計画を推し進めていった……違うか?」
「……まぁそういうことらしいわね。あの与太話が計画を進める一番の原動力になったことは確かだわ。方向性を大きく間違えたまま、ね。
そして気付いたときには、戦い以外の存在意義を持たないこの子を生み出すために、私は全力を尽くしてしまっていた」
アリスの声はそこで一度止まり、次にかすかな愁いを帯びて言葉が続けられる。
「巨大妖怪伝説の真相をどうにか突き止めたのはこの子が完成した直後だったわ。その時の脱力感、貴女に想像できるかしら?
でも、それに身を委ねてこの子を静かに眠らせることがどうしても我慢ならなかった。せめて生まれてきた意義を果たすために、大きな戦いの場を求めようとあれこれ思案したわ。
その結論が、異変。こうして暴れ回っていれば、いつかはこの子に相応しい敵が寄り集まり、そしてその者達との激突を通じて証明されることでしょう。
幻に踊らされて生まれたこの子は、それでも決して真夏の華胥の夢なんかではないと!」
情感あふれる叫びを終えた後、アリスの声はうって変わって静かに魔理沙を問い詰める。
「魔理沙。貴女はあの夏の日の一部始終を見ていて、巨大妖怪伝説が与太話だと気付いていたみたいだけど、どうしてそれを教えてくれなかったのかしら?
そうすれば私も止まることができたのに」
「そりゃお前、面白そうだったからだよ。実際にゴリアテ人形の立ち回る姿を見た時は、私も戦ってみたいと思ったんでね。
なのにお前ときたら、チルノに破られた時点で自爆させるんだもんなぁ。
でも、その後お前が全力で人形巨大化計画を遂行しているっぽいことを察してから、これを止めるなんてとんでもないって思ったんだよ」
何の後ろめたさもなく言ってのけられた返答を聞いて、アリスは深い溜息をゆっくりと吐き出した。
そして次に告げられた声は、どこか吹っ切れたような爽快さをもって響き渡った。
「そう……本当、幻想郷の住人達は戦いに飢えているのね。でも、この子の誕生を待ち望んでいた奴もいたってことか。
いいわ、魔理沙。今まで貴女の思惑どおりに踊らされていたことは水に流しましょう。代わりに、私とこの子の檜舞台に巻き込んであげるから。
これより全力で貴女を森から叩き出し、森を乗っ取られた屈辱と焦燥を原動力として、この子の相手を幻想郷中から呼び集めてもらう!」
「勝手に配役を決めるな。私は異変解決の専門家だ。
だから、お前が捨てるのなら拾ってやるよ。巨大妖怪退治の大役をな! そして望みどおり、こいつのことは私の武勇伝の中で語りつくしてやろう」
魔理沙の宣言の直後、巨大人形は得物二つを同時に叩きつけようとして両腕を振りかぶる。
しかしそれよりも速く、緑色の輝きを宿した魔理沙の手が突きつけられた。
「『グリーンスプレッド』!」
てのひらから飛び出した幾筋ものレーザーは、咄嗟に割り込んできた盾を迂回するように曲線軌道を描き、巨大人形の目の前で収束、炸裂した。
「きゃあ!?」
初めて、アリスの声から余裕の響きが失われた。
それを行動で示すかのように巨大人形は両手で目を押さえ、わずかに上体を仰け反らせる。
この隙を充分に活用して――魔理沙は地べたに座り込んでいたサニーとルナを抱えて早口で囁く。
「ほらお前達、姿を隠せ音を消せ。今のうちに逃げるぞ」
「えっ?」「わわ!」
魔理沙に持ち上げられて泡を食いながらも、二人とも指示を的確に実行する。
サニーは光の屈折を操って四者を透明化し、ルナは夜のしじまを顕現させた。
音の消えたことを確認すると、魔理沙は二人を脇にぶら提げ茂みの中へ全力疾走していく。その後ろを、スターは一人舌を出しながら追いかけた。
木々の生い茂る中をしばらく進んだところで、魔理沙は立ち止まってサニーとルナを降ろした。
ようやく解放された二人はふらつきながら地面に座り込もうとする。
その手前で、魔理沙は二人の後ろ襟を掴み上げて鋭く警告する。
「ここまで来ればひとまずは安心だろう……おっと、まだ能力は解くなよ。どこで遠隔操作型人形が見ているか分からんからな。
まぁ目潰しはしておいたから、アリスもしばらくは身動きできんだろうが」
「え、遠隔操作型? 人形の目ってあの大きな奴の他にもあるんですか?」
「と言うか、あの人形こそがアリスの感覚器代わりなんだと思うぜ。巨大人形の目は多分飾り……いや、後ろにそれを隠す保護眼鏡のようなもんかな。
おそらくアリスはどこか遠くに身を隠して、人形の耳目を通して駒を動かしているに違いない。温室魔法使いらしい発想だ」
「いや、そんなに遠くじゃないですよ」
遅れて現われた、スターの声が会話に割り込んでくる。
「ほう……お前が言うんならそうなんだろうな。で、あいつの気配はどこにあるんだ?」
「人間サイズの気配は、魔理沙さん以外だとあの大きな人形のお腹の中にしかありません」
「なんだって!?」
予想外の真実を聞いて思わず叫ぶ魔理沙。
それと同時に、いつの間にか止まっていた雹が再び降り始める。
先程と同じ程度に帽子を叩かれる感触の中、魔理沙は逃げてきた方を見つめて苦々しく呟いた。
「……どうりで、遠隔操作型にしてはパワーが高かったわけだぜ。くそ、考えたなアリスの奴。
『準備が充分である魔法使いは如何なる妖怪でも歯が立たないくらい強いが、不意打ちに弱く、さらに接近戦、長期戦も苦手である』
とはいえ、弱点二つを見事に克服したか」
次にスターに視線を移し、大きな溜息を吐き出す。
「お前の情報が欲しかったから助けてやったんだが、どうやら当てが外れてしまったな。
あいつの位置を掴んでから『グラビティビート』を叩き込むつもりが、このままじゃ盾に防がれて終わりそうだ。
他のスペルの肥やしにするしかないな」
「じゃ、じゃあもうどうにもならないんですか!? 私達、このままアリスさんが森を支配するのを黙って見ているしか――」
落胆も露わな魔理沙の言葉を聞いて、サニーは悲鳴混じりに叫んだ。
しかし魔理沙は不敵に口の端を釣り上げながら、その肩に手を置いて制する。
「まぁ慌てるな。現状、無防備なはずのアリスに接近戦を仕掛けることができず、粘ったところで相手が霊力不足に陥ることもない。
ならば採るべき手段は一つ、あいつの不意を突くことだ。その方策も思いついている」
「方策?」
「お前達だよ。そういやアリスとは初対面じゃなさそうだが、能力はあいつに知られていないんだろう?」
「は、はい」
「よし、なら好都合だ。アリスがお前達を侮っているのなら、まさにあいつはゴリアテそのものだ。
知っているか? ゴリアテってのは小さい奴相手に油断して敗北した巨人の名前なんだ。そして……」
そこで魔理沙は一度言葉を切って肩から手を離し、サニーとルナを順に見つめる。
そして、期待に満ちたサニーと不安の晴れないルナの様子を確認してから続く言葉を紡いだ。
「投石で打ち破ったダヴィデがお前達、かもな。
さて、あの巨像に挑もうとしているお前達に霧雨魔法店からの朗報だ。
今なら石は私が調達しよう。狙いも私が定めよう。罠を考え、敵を導き、カードも色々渡してやる。
だが、投げるかどうかはお客様達の意志次第だ。
さあどうする、オーダーをよこすか? サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア」
焚きつけるような問いかけに、サニーは拳を握り締めて喜色満面に、怯えていたルナは口元を引き結び、スターは両手を合わせながら返答した。
「乗った! 魔理沙さんが協力してくれるなら百人力だわ!」
「い、異変のせいで気が大きくなってるだけかもだけど、それでもやらなくちゃ」
「妖精を舐めるなー人間。私達の邪魔をするあらゆる異変は力でねじ伏せてやるわー」
「異変解決の補佐役、確かに引き受けたぜ」
詰め寄る妖精達の前で魔理沙は帽子を取り、胸に当てながら軽く会釈してみせた。
そして帽子を再び頭に戻す前に、口元を覆い隠して密かに呟く。
――魔理沙はスリースターズを手に入れた! 霊力を消耗しないで奴隷をこき使えるなんて最高じゃないか。
魔理沙と妖精三人の密談が終わったタイミングを見計らったかのように、巨大人形の剣閃が四人の頭上にある木々を真横に切り払った。
続いて、アリスの脅迫が森中に響き渡る。
「魔理沙、どこにいるの? 私を放っておいていいのかしら? このまま姿を見せないのなら、貴女の家が切ないことになってしまうわよ」
倒れ落ちてくる幹を避けながら別の木陰に移動した魔理沙は、それを苦笑混じりに聞いていた。
「あれのせいで長期戦に持ち込めないんだよなぁ。博麗神社の二の舞はご免だからな」
「はぁ」
「だが、言い換えればあいつは必ず私の店に来る。つまり罠を仕掛けるには絶好のポイントってわけだ。
普段なら見破られるかもしれんが、今のあいつは人形を通さないと外が見えないみたいだからな、幻視力も相当落ちているはずだ。
じゃあ、手はずどおりに頼んだぜ、ルナチャイルド」
「わ、分かりました!」
四本の小瓶で満たされたバスケットを胸の前で抱えながらルナが頷く。それから踵を返すと、森の奥へ一人駆け出していった。
ルナの背中が見えなくなったのを確認した後で、魔理沙は残ったサニーとスターに告げる。
「さてと、こっちは巨像相手に精魂込めてのフォークダンスだ。振り落とされても拾ってやるから能力だけは解くなよ、サニーミルク。
それと、ルナチャイルドからの合図があったら真っ先に教えてくれ、スターサファイア。それまでは高みの見物でもしてるんだな」
「任せて!」
「うーん、確かに高みは高みですけど……ちょっとスリリングな席よねぇ」
「たまには身の危険を肌で感じるのも悪くないと思うぜ。それとも、今日みたいに身体を張って周囲を扇動するのはこりごりか?」
「……何を言っているんですか、魔理沙さん?」
「そう。出てこないつもりなら、こちらにも燻し出してやる用意があるわ。妖精もろとも仲良く黒焦げになりなさい」
スターをさらに追及しようとしていた魔理沙は、割って入ってきたアリスの声に嗜虐的な響きを感じ取ったため、そちらに顔を向ける。
見ると、巨大人形は長剣を地面に突き立てる一方、空いた両手を使ってエプロンの両裾を持ち上げていた。
「行くわよ、今週のビックリドッキリAutomata、『Lemmings Parade』」
「ま、ずい!」
スペルカード名を聞くや魔理沙は瞠目し、大急ぎで『グリーンスプレッド』を放った。
そして狙った先にある、エプロンのポケット――そこから大勢の人形が飛び出し、エプロンを滑り台代わりに降下していた――の前で炸裂させる。
すると直撃を受けた人形の一体が火を噴きながら爆ぜ、近くにいた他の人形達をも道連れにして連鎖爆発を引き起こす。
だが、それよりも早くに滑り終えていた人形達は森の中へ悠々と歩を進めていった。
「くそ、何体かは撃ち洩らしたか。上に逃げるぞ、早く身を隠して乗れ!」
「は、はいな!」
舌打ち混じりに促す魔理沙の声を受けて、サニーは自分とスターの姿を隠しながら箒に跨った。
二人の準備が整ったのを確認した後、飛び立つ前に魔理沙は声を落として呟く。
「ルナチャイルドが心配だな。あいつが一番臆病だったから前線から退かせたんだが……」
「大丈夫です、ああ見えてもルナは単独行動に慣れているんですよ。
それに今は異変のおかげで、妖精として鬼神級の力を持っているはずですから」
「イージーなんだかルナティックなんだか分からんな。だが他でもない、傍観者のお前の言葉だ。信じてやるぜ」
スターの太鼓判に一応納得し、前方から小さな人形が走ってきたのを認めると、魔理沙はまず今の地点から離れるように動き、それから飛び上がって枝葉の中を進む。
直後、先程までいた場所に長剣が唸りを上げて振り下ろされた。
それを尻目に上空へ抜け出し、再び剣を構えなおしている巨大人形と正面から対峙する。
「ようやく出てきてくれたわね、我が宿命の敵、小さなDavid……って、結局貴女だけなの?
随分長いこと潜伏していたみたいだから、あの妖精達と手を組む算段をしていると思っていたのに」
探りを入れてくるアリスの言葉にも動揺せず、魔理沙は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて愚痴を零す。
「ああ、残念ながら交渉は失敗だったぜ。黒髪の奴がいただろ? スターサファイアってんだが、あいつがなかなかの曲者でね。
お前がその巨大人形の中にいるって情報を渡してきて、それで貸し借りなし、だとさ」
「妖精が……私の位置を看破したというの?」
「透視する程度の能力持ちなんだ、あいつは。たまにいるだろ? 妖精のくせに妙な能力を持っているのが」
アリスとのやり取りの中、呼吸をするように嘘を吐く魔理沙の後ろでサニーとスターはすっかり呆れかえっていた。
「……この人、あの小鳥がいたら絶対に総攻撃を受けてるよね」
「サニーも人のことは言えないと思うけどね」
一方、巨大人形は軽く胸を上下させた後、心底つまらなそうなアリスの声を吐き出す。
「……そう。まぁ確かに、小鳥の大群に怯むような連中ではあったけど、さっきは少し気骨が感じられたのよね。
だからこの子の遊び相手になってくれることを期待していたんだけど……結局、Israel王国の有象無象止まりか」
「いやいや、そこは『いやはや、この子を見て逃げ出さない妖精がおったとは』と感心するところじゃないのか?
実際、さっきから全く他の生き物の気配がないんだが」
妖精三人を擁護する魔理沙の問いには答えず、巨大人形は奇妙な挙動を見せる。
まず両腕を大きく開き、それから上体を前に屈ませた。そして魔理沙を睨む顔が上半身を含めてゆっくりと横回転を始める。
人間ならば腰のところで真っ二つにねじり切られているはずの回転運動を、巨大人形は意にも介さず次第に速めていく。
「おお、随分ときもい動きをさせるんだな。トラウマになりそうだ……さとりと決闘しにくくなるじゃないか」
「魔理沙、悪いけど貴女一人に長々手間取っているわけにはいかなくなったわ。
さっさと貴女を下して他の連中に泣きついてもらわないと、いつまで経っても目的を果たせそうもないもの。
だから、これで閉幕としましょう。The Martial Arts(戦いのアート)――」
巨大人形の回転は今や森を震撼させる程にまで速められていた。その轟音にも負けないほどのアリスの大音声が、雹吹く空に高らかに響き渡る。
「Raging Tiger(コラン)」
次の瞬間、剣風纏う巨大人形の上半身が魔理沙目がけて射出された。
「掴まれ二人とも!」
サニーとスターの返事も待たず、魔理沙は全速力で横っ飛びに回避した。
寸毫の間を置いて、怖気を振りまく鉄と音の暴風が元いた場所を通り過ぎていく。
風圧に体勢を崩されながらも何とか持ち直し、魔理沙は恐る恐る後ろを振り返った。
「う、空の核熱よりもデカいだ……ん? なんだこの虹色の、ワイヤー?」
そして遠ざかる人形の上半身から細い光の筋が伸びていたのを認め、不審の声を上げる。
視線を筋に沿って進めていくと、やがてそれが巨大人形の下半身に繋がっていることを理解する。
その下半身の頂上から顔を出していた、眼鏡をかけたアリスの口元が喜悦に歪むのを見つけ、背筋を凍らせた。
「まさか『帰巣』か!?」
「魔理沙さん後ろっ!」
サニーの声を受けて反射的に首を回すと、ワイヤーに引きずられる形で反らされた上半身が真っ直ぐこちらに向かってきていた。
「下があぃっ!」
「間に合うか!?」
誰の指示か確かめる間もなく、魔理沙は真下へ急落していく。その甲斐あってか、三角帽子の頂上を切り飛ばされるだけの被害で済んだ。
再び枝葉の中に飛び込んだ魔理沙は擦過傷や打撲を堪えながら減速を試みる。
しかし止まるよりも前に一本の太い枝に衝突し、三人とも箒から投げ落とされてしまった。
鬱蒼と茂る木々の下を、給仕服姿の小さな人形達が列を成して歩んでいる。
それらの足並みは一分の狂いもなく揃っていたが、ある時先頭の人形が何かに気付いたように駆け出し、後続もそれにならった。
向かう先は地面にしゃがみ込んでいた金糸たなびく背中――しかしそこに至るよりも早く、渦巻く錐のような弾幕に人形達は射抜かれる。
大穴を穿たれたそれらは内蔵されていた火薬を炸裂させ、火焔を散らして爆ぜた。
だが不思議なことに、この爆発は風圧で周囲の木々を揺らしたものの、一切の音を生み出さなかった。
「っぶないなぁ、もう。これで十体くらいだっけ?」
渦巻く金糸を揺らしながら、硝煙くゆらす爆心地を見つめてルナは溜息を吐く。
そして増援がないことを確認すると、再び腰を落として手にしていた瓶の中身を木陰に撒いていく。
するとそこからパラボラ状に反り返ったキノコの傘がまず現われ、それからゆっくりと軸を伸ばし出した。
「三瓶め、終わりっと。それにしても魔理沙さんはヘンなキノコを知っているんだなぁ。スターもそうだけど」
呟き、ルナは今いる場所――霧雨魔法店の周囲を見渡す。
周りは全体的に木の密度が薄く、建物の様子は、傍に様々なガラクタが置かれているところまで充分に窺うことができた。
それ以外に目を惹くのは、木の下に異様に多くのキノコが生えている様子だった。
「確かに、キノコ型の罠を隠すにはうってつけの場所よね」
ルナは手に提げたバスケットから最後の瓶を掴み上げ、魔理沙との打ち合わせを思い出す――
「さて、アリスに不意打ちを仕掛けるといっても言うほど簡単な話じゃあない。あいつは基本、警戒心が強いからな。
だからまずあいつには優勢であるという錯覚を抱かせにゃならん。よって、しばらく私が相手をしておく必要があるんだ。
その上で別行動しているお前達が用意した罠におびき寄せようと思う。というわけで、誰かにこれを設置してきてもらいたい」
妖精三人と肩を寄せ合った魔理沙は、自前のカードデッキから裏が紫色のスキルカードを四枚取り出した。
「これは元々スペルカードだったんだが、分割使用できないもんか試してみた結果、花の異変の時にはスキルカードとして使えるようになったんだ。
こいつをあらかじめどこかに設置しておけば発射のタイミングは私任せで、さらに攻撃を同期させることもできる。
つまり、罠場にアリスが足を踏み入れたところで、盾に阻まれることのない一極集中の攻撃をやろうと考えているんだ」
「で、でも、アリスさんは遠隔操作型の人形をいくつも持っているんでしょ? 設置している様子がバレないでしょうか?」
「いい質問だな。だが大丈夫、私が囮になってあいつの目を惹きつけているうちは、遠隔操作型人形が別のところに行くことはない。
そもそもあの人形は二手に分けられる距離に限界があるんだ。私が使っていた時の話だが、基本的に背後に隊列を組ませておいて、たまに一体だけが目と鼻の先に来る、その程度なんだよ。
今日見た時も……まぁ家の表と裏くらいの距離に進化していたが、それ以上ってことはないだろう。
あと、送られてきた映像を受信する装置は眼鏡みたいなの一つだけだったからな。複数の視点から情報を得ることはできないんだと思うぜ」
説明を終えると、魔理沙は四枚のスキルカードを四つの瓶に変え、ルナの持っているバスケットに詰め込んだ。
「他の二人には別にやってもらいたいことがあるんでね。ルナチャイルド、罠を張るのはお前に任せるぜ。
終わったら、そうだな……目立つ動き、店の前をくるくると走り回ってくれるか?」
「は、はいっ」
顔を寄せてきた魔理沙に真剣に見つめられたため、ルナは緊張感を含めて答える。
対して魔理沙が頷き返したところに、サニーが緊張感の欠片もない声で挙手しながら訊いてきた。
「はいはい! 私は何をすればいいの?」
「お前にはこの作戦の最後に働いてもらうつもりだが、それまではスターサファイアとお前自身が私の傍にいることを隠してもらいたい。
何しろ私は遠距離通信の術を持っていないからな。罠の設置がいつ完了するのか、気配察知の能力がないと分からないんだよ。
そして肝心なのが、お前達が私と手を組んだことを絶対に知られるわけにはいかないんでね。頼んだぞ」
「りょーかい! 光の屈折ならお手のもの、頼りにしててよね」
少々元気の良すぎるサニーに苦笑しながら、魔理沙は改めて妖精三人の顔に視線を向けていく。
「さあ行くぜ、三精『スリースターズ』。あの鼻高々な西洋の都会派魔法使いに星火燎原という言葉の意味を教育して差し上げろ!」
「おー!」
「あ、それなんかカッコいいかも」
「いや、私達も西洋だから分かりませんけどね……」
勢いよく握り拳を振り上げる魔理沙、スター、サニーとは対照的に、ルナは今ひとつこの空気に乗り切れなかった。
「四瓶め、終わったー!」
最後の瓶を傾け、ルナは達成感も露わに叫んだ。
それからすぐさまバスケットの中に手をやり、さらに二枚のカードを取り出す。そのうちの片方を頭上に掲げ、少々の憧れを含んだ声で宣言した。
「出でよ切り札、『緋想の……つるぎ』
う、よく考えてみたら誰もいないところで他人の借り物の名前を堂々宣言するのって……」
結局最初の勢いを失ってしまったルナだったが、その手には緋色に輝く一振りの剣がしっかりと握られていた。
続いてもう片方のカードをおずおずと掲げ、ぼそぼそとその名を呟いてから紫色の扇子を召喚した。
二つの道具を手にしたルナは、霧雨魔法店の入り口前で大きく円を描くように走り出す。
「それにしても、スターの気配察知の能力を通信に使うなんて、魔理沙さんって意外と頭いいんだなぁ。
やっぱりちゃんと色々勉強した方が、いろんな悪戯をできるようになるのかな?」
孫康映雪――ふとそんな言葉が頭をよぎり、慌てて打ち消した。あれは努力を促す言葉じゃなくて月の光を讃える言葉、と心中で呟く。
気を取り直して走り続けていると、これで何度目になるのか、再びの強風によって木々が大きく揺れた。
あまりにも長い時間風圧が続くのを見て、ルナは思わず足を止めてしまう。
「もし……魔理沙さん達に何かあって、待っていても来なくて、最後に現われるのがあの巨大人形だったら、私って凄く危ないんじゃあ……」
そのことに気付いてしまった結果、再び足を動かすことができなくなってしまった。
ふと、自分は置いてけぼりを食らうことが多く、他の二人よりも頻繁に危険な目に遭っていたことを思い出す。
このまましばらくは止まり続けて普段の仕返しをしてやろうか、という残酷な考えが浮かびかける手前、ルナは自分の頬を叩いて正気を取り戻そうとした。
「何を考えてるのよ! このまま止まっていたらサニー達が危うくなって、ますます自分の首を絞めるだけじゃないの!」
強く自分を叱咤すると、ルナは口元を引き結んで大地を蹴り払う。
「さあ準備は整いましたよ。早く逃げてきて下さい、サニー、スター、魔理沙さん!」
「――ささん、魔理沙さん!」
間近で名前を連呼され、魔理沙は反射的に目蓋を開ける。
その視界に声の源を捉えられなかったため、まだ身体が軋む感覚に悩みながらも上半身を起き上がらせる。
首を回して周囲を窺うと、こちらを不安そうに見ているサニーの姿があった。
「ん、気絶していたのか私は、どのくらいだ!?」
「ひょっとだけれす。その間はの人形は止まったままれした」
「お? そ、そうか」
状況の報告は目の前のサニーではなく、背後から聞こえてきたスターの声が務めた。舌でも噛んでしまったのか、発音のおかしいところが多々あった。
魔理沙はそれから立ち上がり、暴風の後ですっかり密度の薄くなった枝葉を見上げる。
そしてその隙間から、巨大人形が肩で息をしているような様子が認められた。しかし長くは続かず、立ち直ると緋色の霧を全身から発生させる。
「ふん、『緋想の剣』もこれで三枚目ってとこか。流石にああいうのは霊力の消耗も大きいようだな。
もっとも、並のスペルよりもはるかに凄まじい威力だったが……っと、雹か」
呟く魔理沙の頭上に氷の礫が降りかかってくる。傘となるものが少なくなっているためか、先程よりも勢いが強いように感じられる。
「どうも『レインボーワイヤー』で各パーツを繋げて動かしているみたいだな。となると連結部分を焼き切っても無駄ってことか?
だったらパーツそのものを破壊するようにしないといけないな」
サニーに一瞥を送りながら、魔理沙は巨大人形の性能を分析する。そして今後の指針を定めたところで、箒が手元にないことに気付いた。
「む、あの衝撃で手放していたか。おいお前達、私の箒がどこにいったか知らないか?」
「今持っへきます」
再びのスターの声が先程よりも遠くなっていた。おそらく箒を先に見つけていたところで自分が起きたのだろう、と魔理沙は想像を巡らせる。
確認のため首を後ろに振り向けていると、不意にサニーの両手に顔を挟まれ、そのまま強引に戻された。
「なん……見つかったか!」
状況を理解するや、魔理沙は見つけたものに向けてレーザーを放つ。
その先にいた、遠隔操作型の人形達は光線をあっさりと回避すると、後方へ一斉に引き上げていく。
同時に地響きが起こり、巨大人形が魔理沙目がけて突進してきた。
「くそ、逃げてる暇がないな。サニーミルク、私の背中を押さえていろ」
「はいなっ」
小声でサニーとやり取りを交わした後、魔理沙は『グラビティビート』を含むカードを五枚、火炉に投げ入れた。
そして虹色の光を零し始めるそれを両手で構え、堂々とスペルカード名を宣言する。
「同じカードを上限までくべることでパワーは鬼神級、こいつできっちり沈めてやるぜ! 魔砲『ファイナルマスタースパーク』」
瞬間、暗雲立ち込める空の下にも関わらず、火炉の放つ光によって周囲が真昼のごとく照らし出される。
莫大な魔力の放出現象を前にして、しかしアリスの声に焦燥の響きが混じることはなかった。
「待ちかねたわ魔理沙。今こそ私はこの子とともに、貴女の魔砲を打ち破る!」
啖呵の切れと同時、巨大人形はその場に踏みとどまり、三体の『身代わり人形』を身長に合わせて並べる――魔理沙の火炉から虹色の光の奔流が吹き上がる――迫る脅威よりもはるかに小さな人形達は、片手で盾を構える一方、もう片方の手でカードを掲げる――アリスの凛とした声がその名を告げる――それを受けて小さな人形達は盾ごと巨大化し、魔砲と正面からぶつかり合った。
再び曇天の様相を取り戻した魔法の森。
そこには、幾分焦げた跡を残しながらも巨大人形が悠然とそびえ立っていた。周囲に、何倍にも大きくなった『身代わり人形』を纏わせて。
赤いドレスをはためかせる人形達がその頭部へ帰還していくと同時に、アリスの勝ち誇った声が響き渡ってきた。
「膨符『Titania』……どうかしら、貴女ご自慢の魔砲を防がれた感想は?」
「あー……月で真っ二つに斬られる事態を経験してなきゃ、本気で心が折れていただろうな」
魔理沙はどうにか軽口を返すも、それは今までのように余裕を漂わせるものではなかった。
さらに背中にあるサニーの手が震えているのを感じ、自然と身体が強張っていく。
視界の先で巨大人形が一歩を踏み出すも、魔理沙は凍りついたまま動かない。否、動けない――
「退路の確保、完了しました。箒はすぐ後ろに転がしています。行きましょう魔理沙さん、ルナが待っています」
ところへ、背後から囁かれたスターの声がその硬直を打ち破った。
「鈍くさいんだよ、全く!」
安堵と喜悦をにじませた不平不満を吐き捨てながら、魔理沙は『グリーンスプレッド』で巨大人形の頭部を攻撃した。
迫る緑の曲線を前にして、巨大人形は必要以上に大きく後退する。
その隙を逃さず、魔理沙は踵を返すと地面に落ちていた箒を拾って空へ舞い戻っていった。
それから振り返って敵の様子を窺いつつ、しっかりと背中を掴んでいるサニーに向けて軽口を放つ。
「やはり目を焼かれたのがトラウマになっているようだな。次にお前があいつと戦うときは太陽光で狙ってみたらどうだ?」
「つ、次のことよりもこれからどうするんですか!? あの凄いレーザーだって防がれちゃったのに」
「……だ大丈夫だ。これもぁあいつを調子ずかせるための演出のの一環だぜ」
「あれ? なんか声が震えて……」
「っ! ほ、ほ前が変なことひうから、舌を食んだやないか」
割り込んできたスターの言葉に、わずか涙目になった魔理沙が抗議混じりに答えた。その腹立ちを追いかけてきた敵に向けてぶつける。
だが、いくら星雲を作り上げようと光雨を浴びせようと、全ては巨大化した盾に撥ね退けられてしまう。
それどころか盾がそのまま高速で迫り、魔理沙は危うく跳ね飛ばされかけた。
「このまま下がり続けてもいいのかしら? それとも観念したの?
大丈夫よ魔理沙。貴女を入らせることはしないけど、家は無事なまま残しておいてあげるから。一応、休養のために何度かお世話になった場所ですもの」
遠回しなアリスの降伏勧告に魔理沙は無言で弾幕だけを返す。
相変わらず阻まれてしまう星屑の嵐だったが、それを見ていたサニーが何かに気付いたように耳打ちしてきた。
「魔理沙さん。あの盾持ちの人形って足回りにはほとんどいないんですけど、そこを狙った方がよくないですか?」
「大丈夫だ。これもお前があいつを倒すための布石だ」
「……あ! そ、そっかわ!」
突き込まれてきた長剣を回避した魔理沙のせいで、サニーは言葉を強引に切らされる。
一方の魔理沙は伸びきった巨大人形の腕を横目に、その基部である肩目がけて『グリーンスプレッド』を放った。
逃げ場の少ない箇所への攻撃を避けること叶わず、巨腕が結合を焼き切られて地に落ちる。
「っとに! 油断ならないわね貴女は」
神風纏う突進を『身代わり人形』に命じながら、アリスは急いで肩口と腕とを『レインボーワイヤー』で繋ぎ合わせる。
敵が修復に従事している隙を生んだ魔理沙は、箒を加速させて一気に距離を開けた。
森の奥から地響きが徐々に近付いてくるのを感じながら、それでもここ霧雨魔法店の前でルナは走り続ける。
あくまで小走り程度の歩調ではあるものの、緊張のせいで呼吸が乱れ、足取りは相当におぼつかないものになっている。
もはや限界寸前のルナだったが、顔を俯けることだけはしなかった。
結果、風を切り裂いてこちらへ向かってくる魔理沙達を真っ先に目に入れることができた。
「はぁ、は……あ!」
そこで緊張の糸が切れたためか、ルナは足をつまづかせる。
しかし地面に突っ伏すよりも早く、魔理沙がその腹をすくい上げて背後のサニーに投げ渡した。
「もう、相変わらずルナは鈍くさいんだからェ!?」
「……ょかった、みんな無事で、本当に」
「ルナ……?」
転びかけたことをからかおうとしたサニーだったが、ルナに堅く抱きしめられたことで大いに困惑する。
一緒に腕を回されていたスターも何も言えず、ただただサニーと顔を見合わせるばかりだった。
後ろが声をかけにくい状況になっている中、それでも魔理沙は妖精三人に箒から降りるよう促す。
「感動の再会を邪魔するようで悪いんだが、そろそろ作戦の総仕上げだ。お前達は地上で待機していてくれ。
……っと、おいでなすったぜ」
その指示に従ってサニーがルナの姿を隠しながら降下していった直後、雹を吹き荒らす暗雲の下、巨大人形が悠然と歩を進めてきた。
見違えるほど大きくなった『身代わり人形』にルナが怯えた視線を送る一方、巨大人形は肩がむき出しになった方の腕を魔理沙に突きつける。
「結局まだ勝負を諦めてはいないのね。魔理沙、さっきはああ言ったけど、貴女があくまでも抵抗を辞さないのなら私も容赦なく家に攻撃を仕掛けるわよ。
それでもいいのかしら?」
「ああ、むしろ腹を括れていいかもな。こういうのを大陸の方じゃ背水の陣って言うんだったか?」
「あら、貴女一人で陣のつもり?」
「確かに砲手は私一人だが、砲門はここだけじゃないんだよ。周りを見てみな」
不敵に笑う魔理沙の言葉を聞いて首を巡らせると、巨大人形は自分が魔力を含む大地の上に立っていることに気付いた。
よくよく目を凝らすと、見覚えのある形のキノコがそこら中に生えている様子を認める。
「『アースライトレイ』!? いつの間にこれだけの数を……貴女一人じゃなかったというの!」
「最近は私もインビジブル奴隷を研究していたんでね。さてゴリアテよ、眉間を貫かれる覚悟はいいか?」
「ふんっ、最後の最後で詰めを誤ったんじゃないの? 不意を打つなら切り札は隠し通すのが定石でしょうに。
Titania、全周防御!」
アリスは嘲笑しながら、キノコ型砲塔の向く先に合わせて『身代わり人形』を配置する。
結果、巨大人形の上半身が完全に盾で覆い尽くされることとなった。
その青い障壁の向こう側に対して、魔理沙はなおも余裕を失わない言葉を投げつける。
「いいや、切り札の披露はこれからだ!」
取り決めていた合図を聞いて、ルナは手にしていた道具――『緋想の剣』を『左扇』に触れさせて気質を吸収させ、それから天に向けて掲げた。
直後、雹の吹き荒れる暗雲が薄まり、空に虹を描く雨天の風景が現われる。
「天気雨!?」
「追いはぎの続きだ、『アースライトレイ』!」
上擦ったアリスの声を遮るように、魔理沙はスキルカードを一斉発動させる。
命令を受けて、キノコ型の砲塔は砲撃の予告線を放出する。しかしそれらは全て盾の表面に集中していた。
「今更攻撃方向を変えられないことは貴女も承知のはずよ」
「当然、狙いに変更はない!」
砲塔が徐々に魔力を蓄積させる一方で、魔理沙はサニーに向けてウィンクを送った。
合図を受け取ったサニーも不敵に微笑み、両手を空に向けてかざす。
同時に、店の周りの地面から光り輝く噴水が巨大人形目がけて射出された。
「いっけえ! サニーフレクション!」
直進する光はむなしく盾に阻まれる直前、サニーの宣言を受けて軌道をあらぬ方向に屈折させ、全て巨大人形の下半身――左腿に集中する。
そして直撃した瞬間、巨大人形の正面を守っていた『身代わり人形』が制御を失って落下していった。
「さっきの妖精達!?」
突然開けた視界の中、魔理沙の直下に妖精三人が並んでいるのを見つけ、アリスは驚愕の声を上げる。
だがそれも束の間、刺し貫かれて穴だらけになった左腿が身体を支えきれなくなったため、巨大人形は均衡を失って地に崩れ落ちた。
「あー、確かに私は眉間を狙ったつもりだったんだがな。妖精の悪戯のせいで変えられてしまったか?」
轟音の中、アリスは魔理沙の白々しい声を何故かはっきりと聞くことができた。
仰向けに倒れ伏した巨大人形の傍に、意気揚々と妖精三人が駆け寄る。そしてそれぞれ胸を張って、中にいるアリスに向かって誇らしげに叫んだ。
「どうだ見たか! 姿もなく忍び寄り、光を収束させてありとあらゆる物を焼き尽くす、これが太陽の申し子サニーミルク様の能力だ!」
「静かなること森のごとし! 音を立てずに落とし穴に陥れる、人呼んで隠密行動のスペシャリスト、ルナチャイルドとは私のことよ」
「私はスターサファイア。全ての生きとし生ける者の気配を把握する妖精……というわけで失礼しまーす」
「んがっ」
「げっ」
最後に口上を終えたスターは、すぐにサニーとルナの首根っこを掴み上げてその場を離れた。
やや遅れて、三人のいた場所に長剣が唸りを上げて突き立つ。そこを起点として左足を失った人形が巨体を立ち上がらせた。
それと目線を合わせる高さに、魔理沙がゆっくりと移動してくる。
「ほう……大したもんだが、さすがに敏捷性の低下は免れえんだろうな。これで何の心配もなくこのスペルを使えるってもんだ」
賞賛を送りながら魔理沙はデッキからカードを四枚取り出し、それぞれ火炉の東西南北に貼り付けていく。
カードは貼り付いた先から六角柱に変化し、火炉を歪に飾り立てていった。
この作業を看過している間、巨大人形は身体から緋色の霧を発生させ、天気雨の風景を再び雹に塗り替えた。
「最後の『緋想の剣』か。その身体でこの上何をやらかすつもりか知らんが、先にこいつで勝負をつけてやるぜ」
「……『制御棒』の四枚使用。捨て身の攻撃……今だからこそそんな無茶ができるのね」
「そうだ、聞いて驚くなよ? 今から炉にくべるのは『ブレイジングスター』だが、お前が知っているのとは一味違うんだ。
何しろ『制御棒』を消耗することで、マスタースパークを撃ちながら方向転換ができるんだぜ。今のそいつに全て回避することはできまい」
豪語する魔理沙の手元で火炉に『プレイジングスター』のカードが入れられ、金色の光を零し始める。
「お前の全力、なかなかに楽しめたぜ。正直な話、あいつらの助けがなかったら確実に負けていただろうな」
「そう……またしても小さな妖精に足元をすくわれたのね。まぁこの子の名前を考えれば仕方がないか」
どこか諦念を匂わせる声で、アリスが小さく呟いた。それにつられて魔理沙も控えめな調子で質問を零す。
「……なぁ、なんでまたそんな名前をつけたんだ? 巨大妖怪を相手にするつもりだったんだから、別の案があったんだろう?」
「ええ。でも結局、巨大妖怪なんていなかったからね。そしてその役割はこの子が演じざるを得なくなったわけだし。
それならいっそ私自身も妖怪として、この子を駆って異変を起こしてみるのもまた一興だと思ったの。
だから小さな人間に退治されるのに相応しい名前を選んだのよ。まぁそうは言っても、貴女にはできれば負けたくなかったんだけどね」
「ああそうかい、残念だったな!」
アリスの答えに眉根を寄せた魔理沙は、火炉を箒の尾に据えつけると両手で柄をしっかりと握り締める。そしてスペルカード名を容赦なく告げた。
「彗星『ブレイジングスター』」
宣言の直後、火炉から湧き立つ光が魔理沙を包み込むと同時に、後方へ尾を引くように噴き上がった。
それを原動力として、彗星と化した魔理沙が急加速を始める。後ろに光芒と、一本の『制御棒』を残して。
「そうよ――」
初撃、彗星は盾を構えた『身代わり人形』と衝突し、しかし勢いを衰えさせることなく障害を弾き飛ばす。
「絶対に手は抜かない――」
わずかに軌道を逸らされ巨大人形の後ろに流れていった彗星は、二本目の『制御棒』を失いながら向きを反転させる。その瞬間を狙って長剣が投げ込まれてきた。
しかしそれは火炉の吐き出す魔力の障壁に阻まれ、あらぬ方向に弾かれてしまう。
「それが全力を望んだ貴女に尽くす――」
再び迫ってくる彗星に向けて、アリスは最後の『身代わり人形』を突進させる。
だがこれもむなしく弾き飛ばされ、とうとう巨大人形は盾の恩恵を全て失ってしまった。
ただ、軌道を逸らすことには成功したため彗星はまたも傍をかすめるだけに留まる。
「礼儀!」
さらに一本『制御棒』を犠牲にして反転してくる彗星と対峙するように、巨大人形は体勢を整える。
そしてアリスは下半身の左側、穴の開いたスカートの隙間から『レインボーワイヤー』を伸ばし、杖代わりにしていた長剣と無理矢理繋ぎ合せた。
左足の代替物を得た巨大人形は直後に突撃してきた彗星を、諸手を高く上げてから振り下ろして抱き締める。
「The Embracement by Saint Virgin(聖母の抱擁)」
魔力に表面を焼かれながらも巨大人形は彗星を受け止め、そのまま姿勢を維持する。
拘束された魔理沙は見覚えのある構えからアリスの意図を看破し、焦燥も露わに叫んだ。
「――『無操』!? 自爆する気か!」
「人形は、その生を全うした後は必ず終焉を迎えなければならないの。彼らの揺り籠から墓場まで舞台を整えることこそが、人の形弄びし私の業!
この子が戦場で燃え尽きるのであれば、それはむしろ本望というものよ」
「くっ」
魔理沙は火炉にさらなる霊力を送るも、巨大人形の体勢を崩すことはできない。
すると何を思ったのか、金色の光の中で箒から腰を浮かせ、片手に持って柄を上に向けた。
その様子を、熱によってわずかに穴の開いた腹部からアリスが覗き見ていた。
「何の、つもり?」
「エスケープ、だ!」
笑みの混じった叫びと同時に、最後の『制御棒』を吹き飛ばしながら箒が上昇を始めた。
最初は動じなかった巨大人形だったが、その右足が、突き刺さった長剣が、次第に地面から浮き上がる。
そしてついに、彗星の勢いに押されながら上空へ飛び立ち始めた。
「まだこんな力を!?」
「生憎と雹の恩恵を受けられるのはお前だけじゃないってことだ。さぁその巨体でどこまでしがみつける?」
重力と空気抵抗に引きずられながらも巨大人形は空を真っ直ぐ進んでいく。
しかし表面を熱で磨り減らされていることもあってか、彗星を掴む力が急速に弱まり、ついには腕から抜け出されてしまう。
暗雲を突き抜けていく金色の光芒とは逆に、緑の樹海に墜落していく巨大人形。
そして――人形は赤い光に包まれ、その赤をあまねく空に爆ぜ散らした。
「戦いは終わった」
ゆらゆらと下降していく浮遊感と、間近で聞こえた魔理沙の声に起こされて、アリスはゆっくりと目蓋を開く。
そして自分の身体が箒にぶら下げられていることを認識した。
「アリスの野望は打ち砕かれ、再び平穏の日々が訪れる」
すると、アリスが身をよじらせた感触に気付いたのか、魔理沙が視線を向けてくる。
丸々としていたその双眸は、アリスが起きたことを認めると悪戯っぽく細められた。
「忘れてはならない。いつだって問題は渦巻いていることを。そしてそれを解決するのは、その胸に輝く熱い光だけなのだ」
先程から続いている魔理沙の言葉を聞き流しながら、アリスは森の方を見下ろす。
そこには、真っ先にこちらに気付いた黒髪の妖精と、その声に気付かされた金髪の妖精二人の姿があった。
「ありがとう魔理沙。こんにちは三月精」
そして妖精達は、ある者は喜色を、またある者は涙を振り撒きながら、箒の着陸するであろう地点に駆け寄ってくる。
「もう怖くはない。たとえどんな試練が訪れても、君達なら飛び越えていける」
不意に、地面を前にして箒が大きく揺れた。さらに腰掛けていた魔理沙が不自然な程に後ろに傾く。
それを見た妖精三人は慌てて三方に広がり、抱きとめるように両腕を伸ばした。
最後に目に入った魔理沙の顔はとても満足そうで――アリスは深い溜息を吐き出しながら薄く微笑んだ。
「See you next magi……」
~ Epilogue ~
魔法の森。
常ならば瘴気と湿気とキノコの胞子を漂わせているこの場所も、異変の嵐の通り過ぎた後とあってか、それらの濃度は悉く散らされてしまっていた。
取って代わっていたのは、紅茶と焼き菓子の甘く香ばしい匂い。
今の森は魅惑的なその空気に惹かれたのか、普段見かけない数の妖精達が集まっていた。
「なにこれ、すごく美味しいよ!」
「ほんとほんと、毎日食べたいよねー」
「じゃあさ、その辺の木に住もっか。そうすればいつでも行けて便利じゃない?」
緑の傘が取り払われた空き地に、既に新芽の萌える倒木が何本も横たわっている。
それらの上に腰掛けた妖精達が、森を支配している匂いの源泉・クッキーを頬張りながら歓談に耽っていた。
一方少し離れたところで切り株のテーブルを囲んでいた妖精達は、その上に紅茶とケーキを届けてきた小さな影を抱き上げてはしゃいでいる。
「ありがとー。お利口さんだね」
「可愛いなぁ。むしろこの子をテイクアウトしたいわぁ」
何気ない呟きに必死で首を横に振っているのは、給仕服を身に纏った西洋人形――それは紛れもなく、アリスの使役しているものだった。
「よっ。今日もご馳走になるぜ」
「……確かにペナルティである以上、タダで作ってあげるけど……いくらなんでも来すぎじゃないかしら?」
パラソル付きのテーブルに座りながら給仕の指示を人形達に送る一方、アリスは森の奥から歩いてきた魔理沙を見て呆れの溜息を吐いた。
「恩知らずなこと言うなよ。あのデカいのの爆発に吹っ飛ばされていたお前を拾ってやったんだぜ、私は」
「よく言うわよ。どうせ、私が大怪我したらペナルティの履行が遅くなるからって理由でしょ? そういう顔だったわ、あれは」
据わった目で睨みつけてくるアリスを無視し、魔理沙は明後日の方向を眩しそうに見上げる。
「それはそうと……上手くやっているみたいじゃないか、このゴリアテ二世、いや三世か?
ともかく、オープンカフェの客寄せにはもってこいみたいだな。非想天則を思い出すぜ」
視線の先には、数日前に激闘を繰り広げていた巨大人形を少し小振りにした人形が屹立していた。
その片手は巨大なトレイを支え、上にしつらえられたテーブルセットに座る妖精達のために、もう片方の手で器用に紅茶を注いでいる。
そして拍手に応えて頬をほころばせていた。
戦場では考えられなかった表情を見せる巨大人形を見届けてから、魔理沙はアリスの隣の席に腰掛ける。
「お前は最初から自分に課するペナルティを決めていたみたいだが、それは異変とは別の形であのデカいのを披露するためだったのか?」
「まぁそんなところ。もっとも妖怪としては雷名を轟かせたかったのだけど、早々に負けてしまった以上贅沢は言えないものね。
あとは……少々森を壊しすぎたから、その再生に一役買うつもりでもあるわ」
「ふーん。だからか、客層を甘い物好きな妖精に絞ったのは……お? あいつらも来ていたのか」
運ばれてきた紅茶のカップを傾けながら、魔理沙は首を巡らせる。そしてやや離れたところに、切り株の上に立って腕組みしているサニーの姿を見つけた。
そのサニーは近くのテーブルや倒木に座っている妖精達の視線を浴びながら、得意げに声を張り上げている。
気になった魔理沙はカップを置いて耳をそちらに傾けた。
「――人間の放った強力な魔法をも防ぐゴリアテ人形の盾。万事休す、そう思われた状況で人間は妖精の囁きを耳にする。
その導きに従って再び人間は魔法の光を放つ。それはまたも盾に遮られるかと思われたが、唐突にへにょりへにょりと軌道を曲げ、盾の後ろに回りこんだ!」
「おおー!」
「魔法の直撃を受けたゴリアテ人形は倒れ伏し、人間は勝利の喜びと妖精への感謝を口にする。だが、姿の見えない妖精は鷹揚に言葉を返し、そのまま立ち去っていった……
とまぁ、ざっとこんな感じだったのよ、私の活躍は」
「ニクいねぇ、影の功労者に徹するあたりが」
「ゴリアテ人形って、このオープンカフェのマスコットよりも大きいのー?」
「そだよ、私見たもん。上半身は森の上に出ててー、すっごい速さで動いてたんだよね」
「ふ、ふんだ! あたいだってだいだらぼっちと戦ったことがあるんだからね。そんなの大したことないわよ!」
拍手喝采を受けて満足げに頷いてからサニーは切り株を降り、まさに紅茶を飲もうと伸ばされていたルナの腕を取る。
「さ、次はルナの番よ。妖精だって力を合わせてうまく周りを利用すれば大きなことができるんだって教えてやりなさい」
「ちょっ、私は何も考えてないよ!」
「大丈夫よルナ。多少お話に誇張があっても皆聞いてくれるから」
スターにも背中を押されたため、ルナは壇上に上がる前に転倒してしまった。
それらの顛末を見届けてから、魔理沙は苦笑混じりに溜息を零す。
「あいつら、好き勝手に話を作ってるなぁ。やったことはあまり違わないんだが、些か貢献の重要性を水増ししているって言うか」
「あら、実際あの妖精達がいなかったら勝てなかったんじゃないの? 仔細を聞く限り、貴女の描いた餅を実現させたのは間違いなく彼女達の能力だと思うけど」
少し悪戯っぽい流し目を魔理沙に送ってから、アリスは立ち上がるとティーセットを自ら持ち上げてサニーのもとへ向かった。
「さあ、長々と話をしたから喉が渇いたでしょ? ミルクティーでもいかがかしら? ちなみにお代は結構よ」
「あ、アリスさん。ありがとうございます。紅茶もお菓子もすっごくおいしいですよ」
今や一悶着の後とあってかアリスに対する遺恨など欠片も残さず、サニーは明るく応じる。
アリスは他に集まっていた妖精達にもカップを渡し終えてから、未だ地面に座り込んでいたままのルナの手を引き上げた。
「ほら、大丈夫……ああ、スカートの膝のところがちょっと擦り切れちゃっているわね。今度私の家に来なさい、新しい服をあげるわ」
「え? や、流石にそこまでしてもらわなくても……」
やたらと丁寧に扱われたためか、ルナは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
「はー、本当に美味しい紅茶ですねぇ。これならしばらくは魔法の森に別荘を借りるのも悪くないかしら?」
そのルナを元のテーブルに座らせていると、そこでミルクティーを飲んでいたスターが感慨深く呟く。
アリスはそれを聞いて口の端を持ち上げ、スターの向かい側に腰を下ろした。
「そうね、私としてはそれをお勧めするわ。似たような理由でこの辺りに宿る妖精達も多いみたいよ。
あと貴女達は一応私に勝ったんだから、なるべく好待遇で接客させていただくわ」
「え、いいんですか? 優しいんですねアリスさんって。なんだかこれからもっとお近づきになりたくなってきましたよ。
もしも私達で何かお役に立てることがあったら、いつでも神社近くの大木までお越し下さい」
感動のためか、スターの声は妙に大きくなっていた。
一方でアリスはスターと言葉を交わしながら魔理沙に二、三度視線を送り、そのたびに優越感を混ぜた笑みを作った。
様子を窺っていた魔理沙はその意味を悟るや、慌ててスターのもとへ駆け寄る。
「そういえば思い出したんだが、お前らはまだ私に賃金を支払っていなかったよな?」
「ええっ! お、お金を取るんですか?」
「当たり前だ……と言いたいところだが、妖精がそんなもん持っているわけないから、今後しばらくは身体で支払ってもらうぜ。
勿論、奴隷的な意味で」
「そんなぁ……あ、でも魔理沙さんだって石を投げるだけとか言っておきながら私達をさんざんこき使っていましたよね。
その分は安くしてくれないとフェアじゃないです!」
「ぐっ、細かい奴だなお前は」
口論を始めた魔理沙とスター、そしてそこに加わるサニーやルナを置いて、アリスは口元を押さえながらテーブルから立ち去った。
「クスクス、馬鹿ねぇ魔理沙。心配しなくても、貴女の大事な味方を横取りなんかしないわよ。
確かにあの妖精達の利便性は充分理解できたけど、私の味方はすでに足りているんだから、ねぇ?」
そしてゆっくりと巨大人形の足元まで歩いていき、そのスカートの裾を優しく撫でる。
アリスはそれから頭上を見上げ、給仕のために細やかに働いている様子を目に収める。
しばらくそうした後で、目を閉じてから頭を寄りかからせ、人形にだけ伝わるように小さく呟いた。
――貴女の名前は、何にしようかしら?
昼下がりの魔法の森を颯爽と抜けて、普通の魔法使い・霧雨魔理沙は乗っていた箒から飛び降りた。
目の前には白亜の家屋――アリス=マーガトロイドの邸宅が常の姿で佇んでいる。
呼び鈴代わりの挨拶を終えた魔理沙はアリスの返事を待たず、邸宅のドアに手をかけようとして一歩を踏み出す。
するとその途中で、建物の角からくぐもった様子のない声が聞こえてきた。
「あら、相変わらず約束の時間よりも早く来るのね、魔理沙は」
「なんだ、外にいたの……おい、これは一体どういう趣向だ?」
歩みを止めた魔理沙がそちらに振り向くと、現われたのはアリス当人ではなく――
「いつぞやの遠隔操作型の人形か? たしか会話をすることも出来たんだよな」
スカートの裾を摘んで会釈を返す、真紅のドレスを身に纏った小さな人形だった。
そのアリスの代理人は魔理沙の方に歩み寄り、胸に手を当てながら主人の言葉を届ける。
「そうよ。あれから紫に作り方を教えてもらってね、今では自分で量産することもできるようになったわ」
「そうか、便利になったもんだな。だが利便性というものはえてして人を堕落させるみたいだな。
いつもならば家主自らドアを開いて歓迎してくれていたはずなんだが……ここまで奴隷任せになるとは嘆かわしい限りだぜ」
「ええ、新たなる力というものは人を変えるには充分だと、まさに実感していたところなの。
地底で遭遇した、神の力を飲み込んだ地獄烏の気持ちが今の私にはよく分かるわ」
「あー?」
皮肉を受けても変わらないアリスの口調に魔理沙は眉をひそめる。
しかしそんな様子などお構いなしに、人形から発せられるアリスの声は別の話題を切り出してくる。
「ところで、ちゃんと準備はしてきてくれたのかしら?」
「あ、ああ。カードデッキの方はばっちりだ。新作というか、改良作もある。天狗には先に見せたんだが……まぁまだ秘密にしておこう。
実際の決闘に使う時までお預けだ」
「そう……悪いけど魔理沙、私は一つ嘘を吐いていたの。
今日貴女を呼びつけたのは、単純にスペルカード決闘を申し込むことだけが目的じゃないわ」
「なんだと?」
目を見張る魔理沙には答えず、人形は一枚のカードを取り出すと、それを触媒に一振りの剣を召喚する。
「『緋想の剣』のレプリカ……っておい!?」
その緋色の霧を纏う剣の穂先を、人形は自らの腹に突きつけて一気に押し通した。
「これより始まるのはここ魔法の森を起点とした、異変」
しかし人形は痛がる素振りも機能停止する気配も見せず、剣をゆっくりと引き抜いて穂先を天に向ける。
するとにわかに暗雲が立ち込め、そこから氷の礫が地表に向けて落下してきた。
帽子のつばを軽快に叩くそれらを見上げ、魔理沙は呟きを洩らす。
「雹、か。霊力を大量に使う戦い方をするつもりなのか?」
「その幕開けとして、魔法の森が私の手に落ちたことを広く遠く、幻想郷全土に伝えるとしましょう。
魔理沙、私はついに成し遂げたのよ。究極の人形、その顕現を!
気の毒だけど貴女にはその最初の犠牲となってもらうわ。つまりこれから貴女に演じてもらうのは、大いなる魔法儀式のための生贄役」
「なっ」
驚く魔理沙の前で両腕を大きく開いた後、人形は飛び上がってマーガトロイド邸の裏に回ろうとする。その途中、屋根の頂上を越えたところで突然大地が鳴動を始めた。
直後に建物の裏から顔を覗かせたのは、あどけない表情を貼り付けた金髪碧眼の少女の頭部――ただし、その大きさは人間のそれを何十倍にも拡大させたほどだった。
続いて伸び上がる上半身は最終的に屋根の上に広がり、首元のリボンとケープが風を受けてはためく。
そして周囲には、この威容を前にして見失ったアリスの代弁者と同じ大きさの人形が四体、それぞれ身体よりも大きな盾を構えて宙に浮いていた。
「こいつは……完成してたってのか、人形巨大化計画……」
「お初にお目にかかります、この子は『有頂天のGoliath人形』と申しまして。
割り振られた役柄が名にし負うとおりであるゆえ、どこまでも傲岸不遜に振る舞わせていただきます。いざ、森を我が手に」
木の幹ほどの太い腕を持ち上げ、巨大人形は堂々不敵に宣戦布告と、携えていた長剣を魔理沙に突きつけた。
~ Megalice -アリスの美学- ~
「いやー、魔法の森もひっさし振りねー!」
瘴気と胞子で煙る魔法の森を、むやみに明るい声が突き抜けていく。
発声源は一人の妖精。暖色を身に纏い、喜色を周りに振りまきながら悠々と歩んでいる。
「まったく、なんでサニーはあんなに元気なんだか」
「アレじゃない? ここに来るまで日差しをたっぷりと吸収してたみたいだから、そのせいでしょ」
呆れ声と揶揄する声にその後を追わせたのも同じく妖精達。こちらは先行く妖精とは対照的に、白や青といった涼やかな色を身につけている。
「ほら、ルナもスターも遅いわよ。早くしないとキノコは全部私が採っちゃうよー」
サニーと呼ばれた妖精が振り返り、後ろの二人が纏う白けた空気を吹き飛ばすかのように大声で挑発した。
その言葉に焦ったのか、白装束の妖精――ルナが手に持っていたバスケットを振り回しながら声を荒げる。
「ちょっと待ってよ。キノコ狩りは昔の住処で一斉に始めるって約束でしょ?」
「そうよそうよ。抜け駆けは許さないんだから」
「もうっ、だったら早く行こうよ。またあの黄蕈(いくち)の群生みたいなのがあったら、急がないと横取りされちゃうんだからー」
ルナの苦言に追随した、青服のスターの文句を逆に燃料にして、サニーはいっそう歩幅を広げる。
留まるところを知らないその勢いにルナとスターは一瞬顔を見合わせ、やがて諦めたように深く嘆息してから駆け足で後を追った。
向かう先は魔法の森の中にある、果てしなく前から立っている大木――かつて三人がねぐらとしていた古巣。
「うわぁ……なんか大きくなってない?」
目的地にたどり着くや、サニーは大木を見上げて感嘆を洩らした。
「うーん。私達がいた時と比べて枝も増えてるみたいだし、こりゃたくさんの妖精の集合住宅になっちゃってるみたい」
「妖精は自然物に宿り成長を促進させる。そのお手本みたいな状態ね、本当に」
葉の生い茂る太い枝を一通り見渡しながら、ルナとスターも感慨深そうに呟く。
目の前の大木はいくつか窓の張り付いた太い幹が真っ直ぐに伸び、その頂上で枝が放射状に分岐して広がり、それら一つ一つの側面にも小窓が付いているという様相を示している。
それはさながら、空に向けて伸び上がっていく逆さまのアリの巣を髣髴とさせた。
異形と化した昔の家を眺めているうちに、ふとサニーが何かを思いついたように声を弾ませる。
「ねぇねぇ、これみたいに妖精達が人里近くの自然物に集まって住めば、傍を通りかかった人間をびっくりさせる建築物になるんじゃない?
そしてそれがゆくゆくは異変だと思われて大騒ぎになったりして」
「えぇ~、でもそれって凄く時間がかかると思うよ。現状神社近くの住処に不満はないし、今から引っ越すのはちょっとなぁ」
「動きが少ないから地味よね。この辺りで広まった真夏の巨大妖怪伝説くらいのダイナミックさがないと、異変だと思われないんじゃないかしら」
「何それ? 巨大妖怪って」
否定的な二人の意見に押されながらも、サニーはスターの話に出てきた単語に食いつく。
「湖にいる氷の妖精が騒いでいたんだけどね、ここでだいだらぼっちを見たって。その噂が幻想郷中に広がって一種の伝説になっていたみたいなの」
「えっ、そんな異変の種がここに転がっていたの? 今から探し出して手懐けて、それをネタに私達の手で異変を起こせないかなぁ」
「ちょっとサニー、今日の目的は違うでしょ? それに早く始めないと……ほら」
脱線しかけたサニーの袖を引きながら、ルナが空を指差す。
大木の周りには他の木々がそれほど茂っていないためか、空の様子をくまなく窺うことができた。
「なんか、森に入った時と比べて雲行きが怪しくなってるのよ。濡れながらのキノコ採集なんて、私やりたくないよ」
「うわ、ホントだ。ちぇー、じゃあその噂の検証はまた今度にするかー。
はぁ、いつになったら妖精の力を幻想郷全土に見せつけられるようになるのかなぁ」
「仕方ないわ。異変の兆しなんてそうそう簡単に転がっているものじゃないし」
妖精三人は会話を切り上げると、大木の元から離れて森の中へ散って行こうとする。
しかしその出足は、突如として森を震わせる突風と、続いて起こった轟音混じりの振動に挫かれることとなった。
「わぎゃ! な、何?」
「わ、分かんないよ。ねぇスター、近くに大きな生き物でもいるの?」
「ちょっと待って……ううん、人間サイズの気配が二つ……あ、片方がこっちに近付いてくるわ。凄いスピードよ!」
怯えるルナの要求に答えて、周囲の生き物の気配を探ったスターが危機感も露わに報告する。
直後、けたたましい音を上げて木の葉がざわめき、三人の前に黒い影が転がり落ちてきた。
はじめ三人はこの闖入者を前に悲鳴も上げられないほど驚いていたが、その影が見知った顔だと分かって思わず名前を叫んだ。
それは時に悪戯の協力者として、時に悪戯の標的として、何度も森や神社で出くわしていた人間――
「ま、魔理沙さん!?」
「お? お前達どうしてここに……」
魔理沙は転倒のダメージなどなかったかのように立ち上がると、妖精三人をざっと一瞥する。
その最後、スターの顔を認めたところで視線を固定した。
「お前、スター……サファイアだったか? 丁度いい、確かお前の能力はっ!?」
何かを言いかけたところで魔理沙の帽子に軽い衝撃が走る。同時に、妖精三人もそれぞれ頭に何かが当たったような感触を覚える。
顔を上げると、空覆う暗雲から小さな氷の粒が撒き散らされていることに気付いた。
「え、雹?」
「くそっ、もう来たか。図体のわりに素早い奴だぜ」
「ちょ、まりささ――」
目まぐるしく変転する状況の説明を求めようとしたルナの言葉は、再びの地響きによって遮られてしまう。
その聞こえてきた方向を見上げると、自分達の古巣よりも背の高い何かが傲然と屹立していた。
「で、でで、ホントに出た……巨大妖怪」
「あれ? でもどこかで見たことあるような……」
給仕服姿で二振りの巨大な長剣を振り上げている巨像を見上げて、ルナとスターがそれぞれ呟く。
直後、二人の視界に箒に乗って飛び上がる魔理沙の姿が加わった。
雹吹く曇天の下、魔理沙は眩い光を放つ星型の弾幕を釣瓶撃つも、それらは全て青い盾に阻まれ、むなしく明後日の方向に散らされていった。
「そうだ! アリスさんの人形!」
追撃として魔理沙が放ったレーザーを受け止める、盾を構えた小さな人形を見てサニーが叫ぶ。
一方攻撃を防がれた魔理沙はその背後にそびえる巨大人形を睨みつけながら毒づく。
「まったく、ただでさえ化け物じみた装甲してるってのに、『身代わり人形』まで持ち出してくるとはな。
しかもレーザーを防ぐ盾ってどういうことだよ? ネズミのペンデュラムですら貫き通せるってのに」
「ふふっ、長い付き合いだもの。貴女のレーザーについてはとっくに対処済みよ……って、あら?」
それを悠然と受け流したのは、サニーの予想通りアリスの声。
頭部からその声を発した巨大人形は、次に叫び声のしてきた方に視線を落とし、足元に妖精三人が硬直していることに気付いた。
「随分と珍しい顔ぶれね。最近まったく見かけないと思っていたけど……丁度いいわ。
貴女達にも言っておくけど、今日をもってこの魔法の森は私の所有地になるから」
「……」
「? なによ、口も利けなくなるくらい腰を抜かしているの? まぁ所詮妖精なんてそんなものか。
特に抵抗する意志がないのなら、見逃してあげるからさっさと行きなさい。危ないわよ」
「……あの、ちょっと待って!」
再び顔を上げようとした巨大人形に向けて、サニーは拳を握り締めながら叫ぶ。
「何かしら?」
「も、森が貴女の物になるってことは、これから私達が遊びに入った時はどうなるんですか?」
「ああ、そんなこと。もちろん、今後私の領土を勝手に踏み荒らした者にはそれなりの制裁を受けてもらうわ。
言っておくけど、私は敵と認めた存在は一切の容赦なく叩き潰すつもりだから」
「そ、そんなっ!」
「納得いかない? それなら貴女達も私を力ずくで止めてみてはどうかしら。もっとも、非力な貴女達にできるとは思えないけれど」
「……言った、な」
アリスから冷酷な挑発を受けて一歩を踏み出そうとしたサニーだったが、後ろからルナとスターに肩を掴まれ、その動きを制されてしまう。
それを振り払おうとサニーがもがいている一方――
「星符『ポラリスユニーク』」
巨大人形がサニーに注意を向けている隙に付け込んで、接近していた魔理沙が紫色の五芒星を射出した。
しかしその速度はひどく緩慢で、巨大人形が気付くのと同時に『身代わり人形』の介入を許してしまう。
五芒星はそのまま構えられた盾に吸い込まれていき――次の瞬間、盾を人形ごと大きく弾き飛ばし、枝葉の中に墜落させた。
「はっはっはー! ガードクラッシュで吹っ飛ぶのか。思ったよりも金城鉄壁じゃあないみたいだな」
「……防護結界に費やした霊力を一撃で削りきる、か。ふうん、魔理沙も私の知らないスペルをまだまだたくさん持っているのね」
「おお、お前が私をフリーにしてくれたおかげで色々とデッキの中身を入れ替えられたぜ。さぁ、身ぐるみ全部を剥がされる覚悟はいいか?」
手の中で発光する火炉――ミニ八卦炉を構えながら、魔理沙は巨大人形と目を合わせる。
それに対して巨大人形は残った三体の『身代わり人形』を後方に退かせると、人差し指を使って手招きしてみせた。
「少々驕りすぎたかしら。あんな鈍くさい弾幕、盾で受け止めるまでもなく回避してしまえばよかったわ」
「言ってろ。全弾きっちり当ててやるからな」
巨大人形が再び魔理沙と戦闘を繰り広げている一方、大木の前から動くことのなかった妖精三人はその様子をじっと見つめていた。
しばらくして、ルナがサニーの震える背中に話しかける。
「ねぇ、なんであの時アリスさんに向かっていこうとしたの? 見なよ、あれ。どう考えても敵いっこないのに」
「だって、悔しいじゃない! 私達妖精なんて眼中にないみたいな態度でさぁ。
それにさ、もしも魔法の森が乗っ取られちゃったら、もうここに気軽に遊びに来れなくなるのよ」
「でもサニー、別に森の所有者が誰になろうと、私達ならこっそりと遊ぶこともできるんじゃないかしら?」
「気に入らないわよそんなの! とにかく私はアリス……さんを絶対に邪魔してやるんだから!」
わめき散らすサニーの様子に、スターは肩をすくめて首を横に振った。
そして再び沈黙が訪れる。
「ほらほら、どうしたの? 思ったとおりその弾幕は至近距離で炸裂に巻き込まないと充分な威力を発揮できないみたいね。
さぁ、もっとこの子に張りついてみせなさい」
「ぐ、本当にちょこまかと目障りな奴だな……チルノの時といい、実は中身空っぽなんじゃないだろうな?」
「ご想像にお任せするわ」
会話が途切れたせいか、遠くで火花を散らしている魔理沙とアリスの声がよく響いてくる。
戦況はどちらかというと巨大人形優勢――迅速かつ的確に長剣を振るい足を運ぶことで、魔理沙を寄せ付けずに翻弄している。
それを見て、サニーは怒号を上げながら駆け出そうとした。
「ああもうなにやってるのよ。あんたがそんなんじゃ、誰もあのデカブツを止められないじゃないの!」
「ちょっとサニー! 落ち着いてってば」
「離してよルナ。私が錯覚でも弾幕でも使って、なんとかしてやるんだから!」
しかし後ろからルナに羽交い絞めにされたため、手も足も空回るだけに終わった。
身動きできないサニーは、やり場のない怒りを先程から何かを呟き続けているスターにぶつける。
「……ささんは私を見て……協力を……達が攻撃……或いは守って……」
「スターも! 悔しくないの? 異変を起こそうって時には私に賛成してたのに、いざとなったら足がすくむワケ!?」
「いへん……そうよ、今はまさに異変の真っ最中だと言えるかもしれないわ」
「はぁ?」
突然わけの分からないことをはっきりと口にしたスターに、サニーは間の抜けた声を投げつける。
それを気にかけることなく、スターはおもむろに両手を頭上にかざすと、雹の吹き荒れる空の下で弾幕を放った。
生まれたのは妖精の小さなてのひらを何倍にも大きくした、白銀に輝く星型の弾幕。
激しく風を切り裂きながら進むそれは、やがて一本の木に当たり、その幹を砕き飛ばしてから消滅した。
「うんっ、やっぱり力が上がっているわ。それに思ったよりも疲れないみたい」
「どういうことなの?」
「そっか! 今は異変が起きているから私達妖精の力も強くなってるのね」
実演付きのスターの言葉を聞いて混乱するルナとは対照的に、サニーの理解は速かった。
そしてスターは二人の袖を掴むと、率先して巨大人形の方へ向かおうとする。
「さ、行くわよ二人とも。今こそ一致団結した妖精の恐ろしさを見せつけてやりましょう!」
「そうね。異変は先に起こされちゃったけど、私達の手でそれを解決すれば名が上がるってもんよ!」
「え、でも、本当にやれるのかなぁ?」
同じ勢いで引っ張られる中、サニーは喜色を、ルナは難色を示しながらも、スターの後を追って駆け出していった。
魔理沙と巨大人形の攻防はいつの間にか小康状態に入っていた。
その理由は、既に二十を超える数の五芒星を放ったために魔理沙の火炉が輝きを失い、攻撃を停止させているためだった。
「ちっ、もうカードが燃え尽きたってのか」
「なんだ、もう撃ち止めなの? 結局最初の一発以外ろくに当たってないじゃない」
炸裂して散開した星弾を長剣で切り払った後で、巨大人形は器用に肩をすくめてみせる。
そしてそのまま両腕を左右に開き、魔理沙に向けて心持ち前かがみになった。
「さて、厄介な攻撃も止まったみたいだし、そろそろ一方的な反撃に移らせてもらおうかしら」
「気が早いな。こっちはまだまだ天狗級(ハード)スペル分の三枚しか使ってないんだぜ。
お前はどうだ? そのデカいののカードのために『身代わり人形』四枚を注ぎ込んだ上に、『緋想の剣』と合わせりゃ六枚ってところか。
それとも他にもまだカードを使っているのか?」
「魔理沙、カードゲームで手札の内容を簡単に晒すことがどれほど愚かしいか、貴女なら分かってくれると思うけど」
「おいおい、ノリが悪いぜアリス。有頂天だのゴリアテだのと名乗っているんなら、そこはベラベラ喋ってくれないと」
「そういう貴女はさっきから随分とお喋りだけど、そろそろ次の策でも考えついたのかしら?」
アリスにとって不毛な会話を打ち切るように、巨大人形は一歩を踏み出した――直後、後頭部に衝撃を受けて、さらに前のめりになる。
だがそれも一瞬のことで、巨大人形は何事もなかったように上体を元に戻すと、首だけを背後に振り向けた。
そこには呆然として両腕を掲げている妖精三人の姿があった。
「あら、貴女達まだいたの? ところで、今のは私に対する明確な宣戦布告と考えていいのかしら?」
「げげっ、全然効いてない?」
「だ、だから言ったじゃんか。敵いっこないって」
「まずいわ、いったん退きましょう。ほらルナ早く!」
「わわ、押さないでスタッ!?」
「ぷぎゃっ!」
スターに背中を押されたルナがあっけなく転倒する。それに巻き込まれてサニーも足をもつれさせてしまった。
慌てて起き上がろうとする二人の頭上に、巨大人形の長剣がゆっくりと影を落とす。
「歯向かってくれて嬉しいわ。実を言うとね、少し前まで妖精に騙されていたせいで、ちょっと虫の居所が悪かったのよ。
貴女達には直接の恨みはないんだけど、少しばかり鬱憤を晴らさせてもらうわ」
「う、あう……」
アリスの無慈悲な言葉に、互いに抱き合って震えるサニーとルナ。
そんな二人をかばうようにスターが両手を広げて立ちはだかる。背筋を伸ばし胸を張り、しかし眼差しは巨大人形とは別のところに向けられていた。
その先にいた魔理沙はスターの視線に気付くと口の端を持ち上げ、威嚇射撃を行いながら両者の間に割り込み、正面から巨大人形と対峙した。
「八つ当たりとはお前らしくないな。妖精に騙されたってのはアレか、チルノの言っていた真夏の巨大妖怪伝説のことか?
あれはチルノとお前がお互い勘違いしただけだろう。
あいつはお前のゴリアテ人形と戦ったことを断片的にしか覚えていなくて、巨大妖怪なんてものを捏造して作り話を広めた。
お前はそれを真に受け、その妖怪に立ち向かおうとして人形巨大化計画を推し進めていった……違うか?」
「……まぁそういうことらしいわね。あの与太話が計画を進める一番の原動力になったことは確かだわ。方向性を大きく間違えたまま、ね。
そして気付いたときには、戦い以外の存在意義を持たないこの子を生み出すために、私は全力を尽くしてしまっていた」
アリスの声はそこで一度止まり、次にかすかな愁いを帯びて言葉が続けられる。
「巨大妖怪伝説の真相をどうにか突き止めたのはこの子が完成した直後だったわ。その時の脱力感、貴女に想像できるかしら?
でも、それに身を委ねてこの子を静かに眠らせることがどうしても我慢ならなかった。せめて生まれてきた意義を果たすために、大きな戦いの場を求めようとあれこれ思案したわ。
その結論が、異変。こうして暴れ回っていれば、いつかはこの子に相応しい敵が寄り集まり、そしてその者達との激突を通じて証明されることでしょう。
幻に踊らされて生まれたこの子は、それでも決して真夏の華胥の夢なんかではないと!」
情感あふれる叫びを終えた後、アリスの声はうって変わって静かに魔理沙を問い詰める。
「魔理沙。貴女はあの夏の日の一部始終を見ていて、巨大妖怪伝説が与太話だと気付いていたみたいだけど、どうしてそれを教えてくれなかったのかしら?
そうすれば私も止まることができたのに」
「そりゃお前、面白そうだったからだよ。実際にゴリアテ人形の立ち回る姿を見た時は、私も戦ってみたいと思ったんでね。
なのにお前ときたら、チルノに破られた時点で自爆させるんだもんなぁ。
でも、その後お前が全力で人形巨大化計画を遂行しているっぽいことを察してから、これを止めるなんてとんでもないって思ったんだよ」
何の後ろめたさもなく言ってのけられた返答を聞いて、アリスは深い溜息をゆっくりと吐き出した。
そして次に告げられた声は、どこか吹っ切れたような爽快さをもって響き渡った。
「そう……本当、幻想郷の住人達は戦いに飢えているのね。でも、この子の誕生を待ち望んでいた奴もいたってことか。
いいわ、魔理沙。今まで貴女の思惑どおりに踊らされていたことは水に流しましょう。代わりに、私とこの子の檜舞台に巻き込んであげるから。
これより全力で貴女を森から叩き出し、森を乗っ取られた屈辱と焦燥を原動力として、この子の相手を幻想郷中から呼び集めてもらう!」
「勝手に配役を決めるな。私は異変解決の専門家だ。
だから、お前が捨てるのなら拾ってやるよ。巨大妖怪退治の大役をな! そして望みどおり、こいつのことは私の武勇伝の中で語りつくしてやろう」
魔理沙の宣言の直後、巨大人形は得物二つを同時に叩きつけようとして両腕を振りかぶる。
しかしそれよりも速く、緑色の輝きを宿した魔理沙の手が突きつけられた。
「『グリーンスプレッド』!」
てのひらから飛び出した幾筋ものレーザーは、咄嗟に割り込んできた盾を迂回するように曲線軌道を描き、巨大人形の目の前で収束、炸裂した。
「きゃあ!?」
初めて、アリスの声から余裕の響きが失われた。
それを行動で示すかのように巨大人形は両手で目を押さえ、わずかに上体を仰け反らせる。
この隙を充分に活用して――魔理沙は地べたに座り込んでいたサニーとルナを抱えて早口で囁く。
「ほらお前達、姿を隠せ音を消せ。今のうちに逃げるぞ」
「えっ?」「わわ!」
魔理沙に持ち上げられて泡を食いながらも、二人とも指示を的確に実行する。
サニーは光の屈折を操って四者を透明化し、ルナは夜のしじまを顕現させた。
音の消えたことを確認すると、魔理沙は二人を脇にぶら提げ茂みの中へ全力疾走していく。その後ろを、スターは一人舌を出しながら追いかけた。
木々の生い茂る中をしばらく進んだところで、魔理沙は立ち止まってサニーとルナを降ろした。
ようやく解放された二人はふらつきながら地面に座り込もうとする。
その手前で、魔理沙は二人の後ろ襟を掴み上げて鋭く警告する。
「ここまで来ればひとまずは安心だろう……おっと、まだ能力は解くなよ。どこで遠隔操作型人形が見ているか分からんからな。
まぁ目潰しはしておいたから、アリスもしばらくは身動きできんだろうが」
「え、遠隔操作型? 人形の目ってあの大きな奴の他にもあるんですか?」
「と言うか、あの人形こそがアリスの感覚器代わりなんだと思うぜ。巨大人形の目は多分飾り……いや、後ろにそれを隠す保護眼鏡のようなもんかな。
おそらくアリスはどこか遠くに身を隠して、人形の耳目を通して駒を動かしているに違いない。温室魔法使いらしい発想だ」
「いや、そんなに遠くじゃないですよ」
遅れて現われた、スターの声が会話に割り込んでくる。
「ほう……お前が言うんならそうなんだろうな。で、あいつの気配はどこにあるんだ?」
「人間サイズの気配は、魔理沙さん以外だとあの大きな人形のお腹の中にしかありません」
「なんだって!?」
予想外の真実を聞いて思わず叫ぶ魔理沙。
それと同時に、いつの間にか止まっていた雹が再び降り始める。
先程と同じ程度に帽子を叩かれる感触の中、魔理沙は逃げてきた方を見つめて苦々しく呟いた。
「……どうりで、遠隔操作型にしてはパワーが高かったわけだぜ。くそ、考えたなアリスの奴。
『準備が充分である魔法使いは如何なる妖怪でも歯が立たないくらい強いが、不意打ちに弱く、さらに接近戦、長期戦も苦手である』
とはいえ、弱点二つを見事に克服したか」
次にスターに視線を移し、大きな溜息を吐き出す。
「お前の情報が欲しかったから助けてやったんだが、どうやら当てが外れてしまったな。
あいつの位置を掴んでから『グラビティビート』を叩き込むつもりが、このままじゃ盾に防がれて終わりそうだ。
他のスペルの肥やしにするしかないな」
「じゃ、じゃあもうどうにもならないんですか!? 私達、このままアリスさんが森を支配するのを黙って見ているしか――」
落胆も露わな魔理沙の言葉を聞いて、サニーは悲鳴混じりに叫んだ。
しかし魔理沙は不敵に口の端を釣り上げながら、その肩に手を置いて制する。
「まぁ慌てるな。現状、無防備なはずのアリスに接近戦を仕掛けることができず、粘ったところで相手が霊力不足に陥ることもない。
ならば採るべき手段は一つ、あいつの不意を突くことだ。その方策も思いついている」
「方策?」
「お前達だよ。そういやアリスとは初対面じゃなさそうだが、能力はあいつに知られていないんだろう?」
「は、はい」
「よし、なら好都合だ。アリスがお前達を侮っているのなら、まさにあいつはゴリアテそのものだ。
知っているか? ゴリアテってのは小さい奴相手に油断して敗北した巨人の名前なんだ。そして……」
そこで魔理沙は一度言葉を切って肩から手を離し、サニーとルナを順に見つめる。
そして、期待に満ちたサニーと不安の晴れないルナの様子を確認してから続く言葉を紡いだ。
「投石で打ち破ったダヴィデがお前達、かもな。
さて、あの巨像に挑もうとしているお前達に霧雨魔法店からの朗報だ。
今なら石は私が調達しよう。狙いも私が定めよう。罠を考え、敵を導き、カードも色々渡してやる。
だが、投げるかどうかはお客様達の意志次第だ。
さあどうする、オーダーをよこすか? サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイア」
焚きつけるような問いかけに、サニーは拳を握り締めて喜色満面に、怯えていたルナは口元を引き結び、スターは両手を合わせながら返答した。
「乗った! 魔理沙さんが協力してくれるなら百人力だわ!」
「い、異変のせいで気が大きくなってるだけかもだけど、それでもやらなくちゃ」
「妖精を舐めるなー人間。私達の邪魔をするあらゆる異変は力でねじ伏せてやるわー」
「異変解決の補佐役、確かに引き受けたぜ」
詰め寄る妖精達の前で魔理沙は帽子を取り、胸に当てながら軽く会釈してみせた。
そして帽子を再び頭に戻す前に、口元を覆い隠して密かに呟く。
――魔理沙はスリースターズを手に入れた! 霊力を消耗しないで奴隷をこき使えるなんて最高じゃないか。
魔理沙と妖精三人の密談が終わったタイミングを見計らったかのように、巨大人形の剣閃が四人の頭上にある木々を真横に切り払った。
続いて、アリスの脅迫が森中に響き渡る。
「魔理沙、どこにいるの? 私を放っておいていいのかしら? このまま姿を見せないのなら、貴女の家が切ないことになってしまうわよ」
倒れ落ちてくる幹を避けながら別の木陰に移動した魔理沙は、それを苦笑混じりに聞いていた。
「あれのせいで長期戦に持ち込めないんだよなぁ。博麗神社の二の舞はご免だからな」
「はぁ」
「だが、言い換えればあいつは必ず私の店に来る。つまり罠を仕掛けるには絶好のポイントってわけだ。
普段なら見破られるかもしれんが、今のあいつは人形を通さないと外が見えないみたいだからな、幻視力も相当落ちているはずだ。
じゃあ、手はずどおりに頼んだぜ、ルナチャイルド」
「わ、分かりました!」
四本の小瓶で満たされたバスケットを胸の前で抱えながらルナが頷く。それから踵を返すと、森の奥へ一人駆け出していった。
ルナの背中が見えなくなったのを確認した後で、魔理沙は残ったサニーとスターに告げる。
「さてと、こっちは巨像相手に精魂込めてのフォークダンスだ。振り落とされても拾ってやるから能力だけは解くなよ、サニーミルク。
それと、ルナチャイルドからの合図があったら真っ先に教えてくれ、スターサファイア。それまでは高みの見物でもしてるんだな」
「任せて!」
「うーん、確かに高みは高みですけど……ちょっとスリリングな席よねぇ」
「たまには身の危険を肌で感じるのも悪くないと思うぜ。それとも、今日みたいに身体を張って周囲を扇動するのはこりごりか?」
「……何を言っているんですか、魔理沙さん?」
「そう。出てこないつもりなら、こちらにも燻し出してやる用意があるわ。妖精もろとも仲良く黒焦げになりなさい」
スターをさらに追及しようとしていた魔理沙は、割って入ってきたアリスの声に嗜虐的な響きを感じ取ったため、そちらに顔を向ける。
見ると、巨大人形は長剣を地面に突き立てる一方、空いた両手を使ってエプロンの両裾を持ち上げていた。
「行くわよ、今週のビックリドッキリAutomata、『Lemmings Parade』」
「ま、ずい!」
スペルカード名を聞くや魔理沙は瞠目し、大急ぎで『グリーンスプレッド』を放った。
そして狙った先にある、エプロンのポケット――そこから大勢の人形が飛び出し、エプロンを滑り台代わりに降下していた――の前で炸裂させる。
すると直撃を受けた人形の一体が火を噴きながら爆ぜ、近くにいた他の人形達をも道連れにして連鎖爆発を引き起こす。
だが、それよりも早くに滑り終えていた人形達は森の中へ悠々と歩を進めていった。
「くそ、何体かは撃ち洩らしたか。上に逃げるぞ、早く身を隠して乗れ!」
「は、はいな!」
舌打ち混じりに促す魔理沙の声を受けて、サニーは自分とスターの姿を隠しながら箒に跨った。
二人の準備が整ったのを確認した後、飛び立つ前に魔理沙は声を落として呟く。
「ルナチャイルドが心配だな。あいつが一番臆病だったから前線から退かせたんだが……」
「大丈夫です、ああ見えてもルナは単独行動に慣れているんですよ。
それに今は異変のおかげで、妖精として鬼神級の力を持っているはずですから」
「イージーなんだかルナティックなんだか分からんな。だが他でもない、傍観者のお前の言葉だ。信じてやるぜ」
スターの太鼓判に一応納得し、前方から小さな人形が走ってきたのを認めると、魔理沙はまず今の地点から離れるように動き、それから飛び上がって枝葉の中を進む。
直後、先程までいた場所に長剣が唸りを上げて振り下ろされた。
それを尻目に上空へ抜け出し、再び剣を構えなおしている巨大人形と正面から対峙する。
「ようやく出てきてくれたわね、我が宿命の敵、小さなDavid……って、結局貴女だけなの?
随分長いこと潜伏していたみたいだから、あの妖精達と手を組む算段をしていると思っていたのに」
探りを入れてくるアリスの言葉にも動揺せず、魔理沙は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて愚痴を零す。
「ああ、残念ながら交渉は失敗だったぜ。黒髪の奴がいただろ? スターサファイアってんだが、あいつがなかなかの曲者でね。
お前がその巨大人形の中にいるって情報を渡してきて、それで貸し借りなし、だとさ」
「妖精が……私の位置を看破したというの?」
「透視する程度の能力持ちなんだ、あいつは。たまにいるだろ? 妖精のくせに妙な能力を持っているのが」
アリスとのやり取りの中、呼吸をするように嘘を吐く魔理沙の後ろでサニーとスターはすっかり呆れかえっていた。
「……この人、あの小鳥がいたら絶対に総攻撃を受けてるよね」
「サニーも人のことは言えないと思うけどね」
一方、巨大人形は軽く胸を上下させた後、心底つまらなそうなアリスの声を吐き出す。
「……そう。まぁ確かに、小鳥の大群に怯むような連中ではあったけど、さっきは少し気骨が感じられたのよね。
だからこの子の遊び相手になってくれることを期待していたんだけど……結局、Israel王国の有象無象止まりか」
「いやいや、そこは『いやはや、この子を見て逃げ出さない妖精がおったとは』と感心するところじゃないのか?
実際、さっきから全く他の生き物の気配がないんだが」
妖精三人を擁護する魔理沙の問いには答えず、巨大人形は奇妙な挙動を見せる。
まず両腕を大きく開き、それから上体を前に屈ませた。そして魔理沙を睨む顔が上半身を含めてゆっくりと横回転を始める。
人間ならば腰のところで真っ二つにねじり切られているはずの回転運動を、巨大人形は意にも介さず次第に速めていく。
「おお、随分ときもい動きをさせるんだな。トラウマになりそうだ……さとりと決闘しにくくなるじゃないか」
「魔理沙、悪いけど貴女一人に長々手間取っているわけにはいかなくなったわ。
さっさと貴女を下して他の連中に泣きついてもらわないと、いつまで経っても目的を果たせそうもないもの。
だから、これで閉幕としましょう。The Martial Arts(戦いのアート)――」
巨大人形の回転は今や森を震撼させる程にまで速められていた。その轟音にも負けないほどのアリスの大音声が、雹吹く空に高らかに響き渡る。
「Raging Tiger(コラン)」
次の瞬間、剣風纏う巨大人形の上半身が魔理沙目がけて射出された。
「掴まれ二人とも!」
サニーとスターの返事も待たず、魔理沙は全速力で横っ飛びに回避した。
寸毫の間を置いて、怖気を振りまく鉄と音の暴風が元いた場所を通り過ぎていく。
風圧に体勢を崩されながらも何とか持ち直し、魔理沙は恐る恐る後ろを振り返った。
「う、空の核熱よりもデカいだ……ん? なんだこの虹色の、ワイヤー?」
そして遠ざかる人形の上半身から細い光の筋が伸びていたのを認め、不審の声を上げる。
視線を筋に沿って進めていくと、やがてそれが巨大人形の下半身に繋がっていることを理解する。
その下半身の頂上から顔を出していた、眼鏡をかけたアリスの口元が喜悦に歪むのを見つけ、背筋を凍らせた。
「まさか『帰巣』か!?」
「魔理沙さん後ろっ!」
サニーの声を受けて反射的に首を回すと、ワイヤーに引きずられる形で反らされた上半身が真っ直ぐこちらに向かってきていた。
「下があぃっ!」
「間に合うか!?」
誰の指示か確かめる間もなく、魔理沙は真下へ急落していく。その甲斐あってか、三角帽子の頂上を切り飛ばされるだけの被害で済んだ。
再び枝葉の中に飛び込んだ魔理沙は擦過傷や打撲を堪えながら減速を試みる。
しかし止まるよりも前に一本の太い枝に衝突し、三人とも箒から投げ落とされてしまった。
鬱蒼と茂る木々の下を、給仕服姿の小さな人形達が列を成して歩んでいる。
それらの足並みは一分の狂いもなく揃っていたが、ある時先頭の人形が何かに気付いたように駆け出し、後続もそれにならった。
向かう先は地面にしゃがみ込んでいた金糸たなびく背中――しかしそこに至るよりも早く、渦巻く錐のような弾幕に人形達は射抜かれる。
大穴を穿たれたそれらは内蔵されていた火薬を炸裂させ、火焔を散らして爆ぜた。
だが不思議なことに、この爆発は風圧で周囲の木々を揺らしたものの、一切の音を生み出さなかった。
「っぶないなぁ、もう。これで十体くらいだっけ?」
渦巻く金糸を揺らしながら、硝煙くゆらす爆心地を見つめてルナは溜息を吐く。
そして増援がないことを確認すると、再び腰を落として手にしていた瓶の中身を木陰に撒いていく。
するとそこからパラボラ状に反り返ったキノコの傘がまず現われ、それからゆっくりと軸を伸ばし出した。
「三瓶め、終わりっと。それにしても魔理沙さんはヘンなキノコを知っているんだなぁ。スターもそうだけど」
呟き、ルナは今いる場所――霧雨魔法店の周囲を見渡す。
周りは全体的に木の密度が薄く、建物の様子は、傍に様々なガラクタが置かれているところまで充分に窺うことができた。
それ以外に目を惹くのは、木の下に異様に多くのキノコが生えている様子だった。
「確かに、キノコ型の罠を隠すにはうってつけの場所よね」
ルナは手に提げたバスケットから最後の瓶を掴み上げ、魔理沙との打ち合わせを思い出す――
「さて、アリスに不意打ちを仕掛けるといっても言うほど簡単な話じゃあない。あいつは基本、警戒心が強いからな。
だからまずあいつには優勢であるという錯覚を抱かせにゃならん。よって、しばらく私が相手をしておく必要があるんだ。
その上で別行動しているお前達が用意した罠におびき寄せようと思う。というわけで、誰かにこれを設置してきてもらいたい」
妖精三人と肩を寄せ合った魔理沙は、自前のカードデッキから裏が紫色のスキルカードを四枚取り出した。
「これは元々スペルカードだったんだが、分割使用できないもんか試してみた結果、花の異変の時にはスキルカードとして使えるようになったんだ。
こいつをあらかじめどこかに設置しておけば発射のタイミングは私任せで、さらに攻撃を同期させることもできる。
つまり、罠場にアリスが足を踏み入れたところで、盾に阻まれることのない一極集中の攻撃をやろうと考えているんだ」
「で、でも、アリスさんは遠隔操作型の人形をいくつも持っているんでしょ? 設置している様子がバレないでしょうか?」
「いい質問だな。だが大丈夫、私が囮になってあいつの目を惹きつけているうちは、遠隔操作型人形が別のところに行くことはない。
そもそもあの人形は二手に分けられる距離に限界があるんだ。私が使っていた時の話だが、基本的に背後に隊列を組ませておいて、たまに一体だけが目と鼻の先に来る、その程度なんだよ。
今日見た時も……まぁ家の表と裏くらいの距離に進化していたが、それ以上ってことはないだろう。
あと、送られてきた映像を受信する装置は眼鏡みたいなの一つだけだったからな。複数の視点から情報を得ることはできないんだと思うぜ」
説明を終えると、魔理沙は四枚のスキルカードを四つの瓶に変え、ルナの持っているバスケットに詰め込んだ。
「他の二人には別にやってもらいたいことがあるんでね。ルナチャイルド、罠を張るのはお前に任せるぜ。
終わったら、そうだな……目立つ動き、店の前をくるくると走り回ってくれるか?」
「は、はいっ」
顔を寄せてきた魔理沙に真剣に見つめられたため、ルナは緊張感を含めて答える。
対して魔理沙が頷き返したところに、サニーが緊張感の欠片もない声で挙手しながら訊いてきた。
「はいはい! 私は何をすればいいの?」
「お前にはこの作戦の最後に働いてもらうつもりだが、それまではスターサファイアとお前自身が私の傍にいることを隠してもらいたい。
何しろ私は遠距離通信の術を持っていないからな。罠の設置がいつ完了するのか、気配察知の能力がないと分からないんだよ。
そして肝心なのが、お前達が私と手を組んだことを絶対に知られるわけにはいかないんでね。頼んだぞ」
「りょーかい! 光の屈折ならお手のもの、頼りにしててよね」
少々元気の良すぎるサニーに苦笑しながら、魔理沙は改めて妖精三人の顔に視線を向けていく。
「さあ行くぜ、三精『スリースターズ』。あの鼻高々な西洋の都会派魔法使いに星火燎原という言葉の意味を教育して差し上げろ!」
「おー!」
「あ、それなんかカッコいいかも」
「いや、私達も西洋だから分かりませんけどね……」
勢いよく握り拳を振り上げる魔理沙、スター、サニーとは対照的に、ルナは今ひとつこの空気に乗り切れなかった。
「四瓶め、終わったー!」
最後の瓶を傾け、ルナは達成感も露わに叫んだ。
それからすぐさまバスケットの中に手をやり、さらに二枚のカードを取り出す。そのうちの片方を頭上に掲げ、少々の憧れを含んだ声で宣言した。
「出でよ切り札、『緋想の……つるぎ』
う、よく考えてみたら誰もいないところで他人の借り物の名前を堂々宣言するのって……」
結局最初の勢いを失ってしまったルナだったが、その手には緋色に輝く一振りの剣がしっかりと握られていた。
続いてもう片方のカードをおずおずと掲げ、ぼそぼそとその名を呟いてから紫色の扇子を召喚した。
二つの道具を手にしたルナは、霧雨魔法店の入り口前で大きく円を描くように走り出す。
「それにしても、スターの気配察知の能力を通信に使うなんて、魔理沙さんって意外と頭いいんだなぁ。
やっぱりちゃんと色々勉強した方が、いろんな悪戯をできるようになるのかな?」
孫康映雪――ふとそんな言葉が頭をよぎり、慌てて打ち消した。あれは努力を促す言葉じゃなくて月の光を讃える言葉、と心中で呟く。
気を取り直して走り続けていると、これで何度目になるのか、再びの強風によって木々が大きく揺れた。
あまりにも長い時間風圧が続くのを見て、ルナは思わず足を止めてしまう。
「もし……魔理沙さん達に何かあって、待っていても来なくて、最後に現われるのがあの巨大人形だったら、私って凄く危ないんじゃあ……」
そのことに気付いてしまった結果、再び足を動かすことができなくなってしまった。
ふと、自分は置いてけぼりを食らうことが多く、他の二人よりも頻繁に危険な目に遭っていたことを思い出す。
このまましばらくは止まり続けて普段の仕返しをしてやろうか、という残酷な考えが浮かびかける手前、ルナは自分の頬を叩いて正気を取り戻そうとした。
「何を考えてるのよ! このまま止まっていたらサニー達が危うくなって、ますます自分の首を絞めるだけじゃないの!」
強く自分を叱咤すると、ルナは口元を引き結んで大地を蹴り払う。
「さあ準備は整いましたよ。早く逃げてきて下さい、サニー、スター、魔理沙さん!」
「――ささん、魔理沙さん!」
間近で名前を連呼され、魔理沙は反射的に目蓋を開ける。
その視界に声の源を捉えられなかったため、まだ身体が軋む感覚に悩みながらも上半身を起き上がらせる。
首を回して周囲を窺うと、こちらを不安そうに見ているサニーの姿があった。
「ん、気絶していたのか私は、どのくらいだ!?」
「ひょっとだけれす。その間はの人形は止まったままれした」
「お? そ、そうか」
状況の報告は目の前のサニーではなく、背後から聞こえてきたスターの声が務めた。舌でも噛んでしまったのか、発音のおかしいところが多々あった。
魔理沙はそれから立ち上がり、暴風の後ですっかり密度の薄くなった枝葉を見上げる。
そしてその隙間から、巨大人形が肩で息をしているような様子が認められた。しかし長くは続かず、立ち直ると緋色の霧を全身から発生させる。
「ふん、『緋想の剣』もこれで三枚目ってとこか。流石にああいうのは霊力の消耗も大きいようだな。
もっとも、並のスペルよりもはるかに凄まじい威力だったが……っと、雹か」
呟く魔理沙の頭上に氷の礫が降りかかってくる。傘となるものが少なくなっているためか、先程よりも勢いが強いように感じられる。
「どうも『レインボーワイヤー』で各パーツを繋げて動かしているみたいだな。となると連結部分を焼き切っても無駄ってことか?
だったらパーツそのものを破壊するようにしないといけないな」
サニーに一瞥を送りながら、魔理沙は巨大人形の性能を分析する。そして今後の指針を定めたところで、箒が手元にないことに気付いた。
「む、あの衝撃で手放していたか。おいお前達、私の箒がどこにいったか知らないか?」
「今持っへきます」
再びのスターの声が先程よりも遠くなっていた。おそらく箒を先に見つけていたところで自分が起きたのだろう、と魔理沙は想像を巡らせる。
確認のため首を後ろに振り向けていると、不意にサニーの両手に顔を挟まれ、そのまま強引に戻された。
「なん……見つかったか!」
状況を理解するや、魔理沙は見つけたものに向けてレーザーを放つ。
その先にいた、遠隔操作型の人形達は光線をあっさりと回避すると、後方へ一斉に引き上げていく。
同時に地響きが起こり、巨大人形が魔理沙目がけて突進してきた。
「くそ、逃げてる暇がないな。サニーミルク、私の背中を押さえていろ」
「はいなっ」
小声でサニーとやり取りを交わした後、魔理沙は『グラビティビート』を含むカードを五枚、火炉に投げ入れた。
そして虹色の光を零し始めるそれを両手で構え、堂々とスペルカード名を宣言する。
「同じカードを上限までくべることでパワーは鬼神級、こいつできっちり沈めてやるぜ! 魔砲『ファイナルマスタースパーク』」
瞬間、暗雲立ち込める空の下にも関わらず、火炉の放つ光によって周囲が真昼のごとく照らし出される。
莫大な魔力の放出現象を前にして、しかしアリスの声に焦燥の響きが混じることはなかった。
「待ちかねたわ魔理沙。今こそ私はこの子とともに、貴女の魔砲を打ち破る!」
啖呵の切れと同時、巨大人形はその場に踏みとどまり、三体の『身代わり人形』を身長に合わせて並べる――魔理沙の火炉から虹色の光の奔流が吹き上がる――迫る脅威よりもはるかに小さな人形達は、片手で盾を構える一方、もう片方の手でカードを掲げる――アリスの凛とした声がその名を告げる――それを受けて小さな人形達は盾ごと巨大化し、魔砲と正面からぶつかり合った。
再び曇天の様相を取り戻した魔法の森。
そこには、幾分焦げた跡を残しながらも巨大人形が悠然とそびえ立っていた。周囲に、何倍にも大きくなった『身代わり人形』を纏わせて。
赤いドレスをはためかせる人形達がその頭部へ帰還していくと同時に、アリスの勝ち誇った声が響き渡ってきた。
「膨符『Titania』……どうかしら、貴女ご自慢の魔砲を防がれた感想は?」
「あー……月で真っ二つに斬られる事態を経験してなきゃ、本気で心が折れていただろうな」
魔理沙はどうにか軽口を返すも、それは今までのように余裕を漂わせるものではなかった。
さらに背中にあるサニーの手が震えているのを感じ、自然と身体が強張っていく。
視界の先で巨大人形が一歩を踏み出すも、魔理沙は凍りついたまま動かない。否、動けない――
「退路の確保、完了しました。箒はすぐ後ろに転がしています。行きましょう魔理沙さん、ルナが待っています」
ところへ、背後から囁かれたスターの声がその硬直を打ち破った。
「鈍くさいんだよ、全く!」
安堵と喜悦をにじませた不平不満を吐き捨てながら、魔理沙は『グリーンスプレッド』で巨大人形の頭部を攻撃した。
迫る緑の曲線を前にして、巨大人形は必要以上に大きく後退する。
その隙を逃さず、魔理沙は踵を返すと地面に落ちていた箒を拾って空へ舞い戻っていった。
それから振り返って敵の様子を窺いつつ、しっかりと背中を掴んでいるサニーに向けて軽口を放つ。
「やはり目を焼かれたのがトラウマになっているようだな。次にお前があいつと戦うときは太陽光で狙ってみたらどうだ?」
「つ、次のことよりもこれからどうするんですか!? あの凄いレーザーだって防がれちゃったのに」
「……だ大丈夫だ。これもぁあいつを調子ずかせるための演出のの一環だぜ」
「あれ? なんか声が震えて……」
「っ! ほ、ほ前が変なことひうから、舌を食んだやないか」
割り込んできたスターの言葉に、わずか涙目になった魔理沙が抗議混じりに答えた。その腹立ちを追いかけてきた敵に向けてぶつける。
だが、いくら星雲を作り上げようと光雨を浴びせようと、全ては巨大化した盾に撥ね退けられてしまう。
それどころか盾がそのまま高速で迫り、魔理沙は危うく跳ね飛ばされかけた。
「このまま下がり続けてもいいのかしら? それとも観念したの?
大丈夫よ魔理沙。貴女を入らせることはしないけど、家は無事なまま残しておいてあげるから。一応、休養のために何度かお世話になった場所ですもの」
遠回しなアリスの降伏勧告に魔理沙は無言で弾幕だけを返す。
相変わらず阻まれてしまう星屑の嵐だったが、それを見ていたサニーが何かに気付いたように耳打ちしてきた。
「魔理沙さん。あの盾持ちの人形って足回りにはほとんどいないんですけど、そこを狙った方がよくないですか?」
「大丈夫だ。これもお前があいつを倒すための布石だ」
「……あ! そ、そっかわ!」
突き込まれてきた長剣を回避した魔理沙のせいで、サニーは言葉を強引に切らされる。
一方の魔理沙は伸びきった巨大人形の腕を横目に、その基部である肩目がけて『グリーンスプレッド』を放った。
逃げ場の少ない箇所への攻撃を避けること叶わず、巨腕が結合を焼き切られて地に落ちる。
「っとに! 油断ならないわね貴女は」
神風纏う突進を『身代わり人形』に命じながら、アリスは急いで肩口と腕とを『レインボーワイヤー』で繋ぎ合わせる。
敵が修復に従事している隙を生んだ魔理沙は、箒を加速させて一気に距離を開けた。
森の奥から地響きが徐々に近付いてくるのを感じながら、それでもここ霧雨魔法店の前でルナは走り続ける。
あくまで小走り程度の歩調ではあるものの、緊張のせいで呼吸が乱れ、足取りは相当におぼつかないものになっている。
もはや限界寸前のルナだったが、顔を俯けることだけはしなかった。
結果、風を切り裂いてこちらへ向かってくる魔理沙達を真っ先に目に入れることができた。
「はぁ、は……あ!」
そこで緊張の糸が切れたためか、ルナは足をつまづかせる。
しかし地面に突っ伏すよりも早く、魔理沙がその腹をすくい上げて背後のサニーに投げ渡した。
「もう、相変わらずルナは鈍くさいんだからェ!?」
「……ょかった、みんな無事で、本当に」
「ルナ……?」
転びかけたことをからかおうとしたサニーだったが、ルナに堅く抱きしめられたことで大いに困惑する。
一緒に腕を回されていたスターも何も言えず、ただただサニーと顔を見合わせるばかりだった。
後ろが声をかけにくい状況になっている中、それでも魔理沙は妖精三人に箒から降りるよう促す。
「感動の再会を邪魔するようで悪いんだが、そろそろ作戦の総仕上げだ。お前達は地上で待機していてくれ。
……っと、おいでなすったぜ」
その指示に従ってサニーがルナの姿を隠しながら降下していった直後、雹を吹き荒らす暗雲の下、巨大人形が悠然と歩を進めてきた。
見違えるほど大きくなった『身代わり人形』にルナが怯えた視線を送る一方、巨大人形は肩がむき出しになった方の腕を魔理沙に突きつける。
「結局まだ勝負を諦めてはいないのね。魔理沙、さっきはああ言ったけど、貴女があくまでも抵抗を辞さないのなら私も容赦なく家に攻撃を仕掛けるわよ。
それでもいいのかしら?」
「ああ、むしろ腹を括れていいかもな。こういうのを大陸の方じゃ背水の陣って言うんだったか?」
「あら、貴女一人で陣のつもり?」
「確かに砲手は私一人だが、砲門はここだけじゃないんだよ。周りを見てみな」
不敵に笑う魔理沙の言葉を聞いて首を巡らせると、巨大人形は自分が魔力を含む大地の上に立っていることに気付いた。
よくよく目を凝らすと、見覚えのある形のキノコがそこら中に生えている様子を認める。
「『アースライトレイ』!? いつの間にこれだけの数を……貴女一人じゃなかったというの!」
「最近は私もインビジブル奴隷を研究していたんでね。さてゴリアテよ、眉間を貫かれる覚悟はいいか?」
「ふんっ、最後の最後で詰めを誤ったんじゃないの? 不意を打つなら切り札は隠し通すのが定石でしょうに。
Titania、全周防御!」
アリスは嘲笑しながら、キノコ型砲塔の向く先に合わせて『身代わり人形』を配置する。
結果、巨大人形の上半身が完全に盾で覆い尽くされることとなった。
その青い障壁の向こう側に対して、魔理沙はなおも余裕を失わない言葉を投げつける。
「いいや、切り札の披露はこれからだ!」
取り決めていた合図を聞いて、ルナは手にしていた道具――『緋想の剣』を『左扇』に触れさせて気質を吸収させ、それから天に向けて掲げた。
直後、雹の吹き荒れる暗雲が薄まり、空に虹を描く雨天の風景が現われる。
「天気雨!?」
「追いはぎの続きだ、『アースライトレイ』!」
上擦ったアリスの声を遮るように、魔理沙はスキルカードを一斉発動させる。
命令を受けて、キノコ型の砲塔は砲撃の予告線を放出する。しかしそれらは全て盾の表面に集中していた。
「今更攻撃方向を変えられないことは貴女も承知のはずよ」
「当然、狙いに変更はない!」
砲塔が徐々に魔力を蓄積させる一方で、魔理沙はサニーに向けてウィンクを送った。
合図を受け取ったサニーも不敵に微笑み、両手を空に向けてかざす。
同時に、店の周りの地面から光り輝く噴水が巨大人形目がけて射出された。
「いっけえ! サニーフレクション!」
直進する光はむなしく盾に阻まれる直前、サニーの宣言を受けて軌道をあらぬ方向に屈折させ、全て巨大人形の下半身――左腿に集中する。
そして直撃した瞬間、巨大人形の正面を守っていた『身代わり人形』が制御を失って落下していった。
「さっきの妖精達!?」
突然開けた視界の中、魔理沙の直下に妖精三人が並んでいるのを見つけ、アリスは驚愕の声を上げる。
だがそれも束の間、刺し貫かれて穴だらけになった左腿が身体を支えきれなくなったため、巨大人形は均衡を失って地に崩れ落ちた。
「あー、確かに私は眉間を狙ったつもりだったんだがな。妖精の悪戯のせいで変えられてしまったか?」
轟音の中、アリスは魔理沙の白々しい声を何故かはっきりと聞くことができた。
仰向けに倒れ伏した巨大人形の傍に、意気揚々と妖精三人が駆け寄る。そしてそれぞれ胸を張って、中にいるアリスに向かって誇らしげに叫んだ。
「どうだ見たか! 姿もなく忍び寄り、光を収束させてありとあらゆる物を焼き尽くす、これが太陽の申し子サニーミルク様の能力だ!」
「静かなること森のごとし! 音を立てずに落とし穴に陥れる、人呼んで隠密行動のスペシャリスト、ルナチャイルドとは私のことよ」
「私はスターサファイア。全ての生きとし生ける者の気配を把握する妖精……というわけで失礼しまーす」
「んがっ」
「げっ」
最後に口上を終えたスターは、すぐにサニーとルナの首根っこを掴み上げてその場を離れた。
やや遅れて、三人のいた場所に長剣が唸りを上げて突き立つ。そこを起点として左足を失った人形が巨体を立ち上がらせた。
それと目線を合わせる高さに、魔理沙がゆっくりと移動してくる。
「ほう……大したもんだが、さすがに敏捷性の低下は免れえんだろうな。これで何の心配もなくこのスペルを使えるってもんだ」
賞賛を送りながら魔理沙はデッキからカードを四枚取り出し、それぞれ火炉の東西南北に貼り付けていく。
カードは貼り付いた先から六角柱に変化し、火炉を歪に飾り立てていった。
この作業を看過している間、巨大人形は身体から緋色の霧を発生させ、天気雨の風景を再び雹に塗り替えた。
「最後の『緋想の剣』か。その身体でこの上何をやらかすつもりか知らんが、先にこいつで勝負をつけてやるぜ」
「……『制御棒』の四枚使用。捨て身の攻撃……今だからこそそんな無茶ができるのね」
「そうだ、聞いて驚くなよ? 今から炉にくべるのは『ブレイジングスター』だが、お前が知っているのとは一味違うんだ。
何しろ『制御棒』を消耗することで、マスタースパークを撃ちながら方向転換ができるんだぜ。今のそいつに全て回避することはできまい」
豪語する魔理沙の手元で火炉に『プレイジングスター』のカードが入れられ、金色の光を零し始める。
「お前の全力、なかなかに楽しめたぜ。正直な話、あいつらの助けがなかったら確実に負けていただろうな」
「そう……またしても小さな妖精に足元をすくわれたのね。まぁこの子の名前を考えれば仕方がないか」
どこか諦念を匂わせる声で、アリスが小さく呟いた。それにつられて魔理沙も控えめな調子で質問を零す。
「……なぁ、なんでまたそんな名前をつけたんだ? 巨大妖怪を相手にするつもりだったんだから、別の案があったんだろう?」
「ええ。でも結局、巨大妖怪なんていなかったからね。そしてその役割はこの子が演じざるを得なくなったわけだし。
それならいっそ私自身も妖怪として、この子を駆って異変を起こしてみるのもまた一興だと思ったの。
だから小さな人間に退治されるのに相応しい名前を選んだのよ。まぁそうは言っても、貴女にはできれば負けたくなかったんだけどね」
「ああそうかい、残念だったな!」
アリスの答えに眉根を寄せた魔理沙は、火炉を箒の尾に据えつけると両手で柄をしっかりと握り締める。そしてスペルカード名を容赦なく告げた。
「彗星『ブレイジングスター』」
宣言の直後、火炉から湧き立つ光が魔理沙を包み込むと同時に、後方へ尾を引くように噴き上がった。
それを原動力として、彗星と化した魔理沙が急加速を始める。後ろに光芒と、一本の『制御棒』を残して。
「そうよ――」
初撃、彗星は盾を構えた『身代わり人形』と衝突し、しかし勢いを衰えさせることなく障害を弾き飛ばす。
「絶対に手は抜かない――」
わずかに軌道を逸らされ巨大人形の後ろに流れていった彗星は、二本目の『制御棒』を失いながら向きを反転させる。その瞬間を狙って長剣が投げ込まれてきた。
しかしそれは火炉の吐き出す魔力の障壁に阻まれ、あらぬ方向に弾かれてしまう。
「それが全力を望んだ貴女に尽くす――」
再び迫ってくる彗星に向けて、アリスは最後の『身代わり人形』を突進させる。
だがこれもむなしく弾き飛ばされ、とうとう巨大人形は盾の恩恵を全て失ってしまった。
ただ、軌道を逸らすことには成功したため彗星はまたも傍をかすめるだけに留まる。
「礼儀!」
さらに一本『制御棒』を犠牲にして反転してくる彗星と対峙するように、巨大人形は体勢を整える。
そしてアリスは下半身の左側、穴の開いたスカートの隙間から『レインボーワイヤー』を伸ばし、杖代わりにしていた長剣と無理矢理繋ぎ合せた。
左足の代替物を得た巨大人形は直後に突撃してきた彗星を、諸手を高く上げてから振り下ろして抱き締める。
「The Embracement by Saint Virgin(聖母の抱擁)」
魔力に表面を焼かれながらも巨大人形は彗星を受け止め、そのまま姿勢を維持する。
拘束された魔理沙は見覚えのある構えからアリスの意図を看破し、焦燥も露わに叫んだ。
「――『無操』!? 自爆する気か!」
「人形は、その生を全うした後は必ず終焉を迎えなければならないの。彼らの揺り籠から墓場まで舞台を整えることこそが、人の形弄びし私の業!
この子が戦場で燃え尽きるのであれば、それはむしろ本望というものよ」
「くっ」
魔理沙は火炉にさらなる霊力を送るも、巨大人形の体勢を崩すことはできない。
すると何を思ったのか、金色の光の中で箒から腰を浮かせ、片手に持って柄を上に向けた。
その様子を、熱によってわずかに穴の開いた腹部からアリスが覗き見ていた。
「何の、つもり?」
「エスケープ、だ!」
笑みの混じった叫びと同時に、最後の『制御棒』を吹き飛ばしながら箒が上昇を始めた。
最初は動じなかった巨大人形だったが、その右足が、突き刺さった長剣が、次第に地面から浮き上がる。
そしてついに、彗星の勢いに押されながら上空へ飛び立ち始めた。
「まだこんな力を!?」
「生憎と雹の恩恵を受けられるのはお前だけじゃないってことだ。さぁその巨体でどこまでしがみつける?」
重力と空気抵抗に引きずられながらも巨大人形は空を真っ直ぐ進んでいく。
しかし表面を熱で磨り減らされていることもあってか、彗星を掴む力が急速に弱まり、ついには腕から抜け出されてしまう。
暗雲を突き抜けていく金色の光芒とは逆に、緑の樹海に墜落していく巨大人形。
そして――人形は赤い光に包まれ、その赤をあまねく空に爆ぜ散らした。
「戦いは終わった」
ゆらゆらと下降していく浮遊感と、間近で聞こえた魔理沙の声に起こされて、アリスはゆっくりと目蓋を開く。
そして自分の身体が箒にぶら下げられていることを認識した。
「アリスの野望は打ち砕かれ、再び平穏の日々が訪れる」
すると、アリスが身をよじらせた感触に気付いたのか、魔理沙が視線を向けてくる。
丸々としていたその双眸は、アリスが起きたことを認めると悪戯っぽく細められた。
「忘れてはならない。いつだって問題は渦巻いていることを。そしてそれを解決するのは、その胸に輝く熱い光だけなのだ」
先程から続いている魔理沙の言葉を聞き流しながら、アリスは森の方を見下ろす。
そこには、真っ先にこちらに気付いた黒髪の妖精と、その声に気付かされた金髪の妖精二人の姿があった。
「ありがとう魔理沙。こんにちは三月精」
そして妖精達は、ある者は喜色を、またある者は涙を振り撒きながら、箒の着陸するであろう地点に駆け寄ってくる。
「もう怖くはない。たとえどんな試練が訪れても、君達なら飛び越えていける」
不意に、地面を前にして箒が大きく揺れた。さらに腰掛けていた魔理沙が不自然な程に後ろに傾く。
それを見た妖精三人は慌てて三方に広がり、抱きとめるように両腕を伸ばした。
最後に目に入った魔理沙の顔はとても満足そうで――アリスは深い溜息を吐き出しながら薄く微笑んだ。
「See you next magi……」
~ Epilogue ~
魔法の森。
常ならば瘴気と湿気とキノコの胞子を漂わせているこの場所も、異変の嵐の通り過ぎた後とあってか、それらの濃度は悉く散らされてしまっていた。
取って代わっていたのは、紅茶と焼き菓子の甘く香ばしい匂い。
今の森は魅惑的なその空気に惹かれたのか、普段見かけない数の妖精達が集まっていた。
「なにこれ、すごく美味しいよ!」
「ほんとほんと、毎日食べたいよねー」
「じゃあさ、その辺の木に住もっか。そうすればいつでも行けて便利じゃない?」
緑の傘が取り払われた空き地に、既に新芽の萌える倒木が何本も横たわっている。
それらの上に腰掛けた妖精達が、森を支配している匂いの源泉・クッキーを頬張りながら歓談に耽っていた。
一方少し離れたところで切り株のテーブルを囲んでいた妖精達は、その上に紅茶とケーキを届けてきた小さな影を抱き上げてはしゃいでいる。
「ありがとー。お利口さんだね」
「可愛いなぁ。むしろこの子をテイクアウトしたいわぁ」
何気ない呟きに必死で首を横に振っているのは、給仕服を身に纏った西洋人形――それは紛れもなく、アリスの使役しているものだった。
「よっ。今日もご馳走になるぜ」
「……確かにペナルティである以上、タダで作ってあげるけど……いくらなんでも来すぎじゃないかしら?」
パラソル付きのテーブルに座りながら給仕の指示を人形達に送る一方、アリスは森の奥から歩いてきた魔理沙を見て呆れの溜息を吐いた。
「恩知らずなこと言うなよ。あのデカいのの爆発に吹っ飛ばされていたお前を拾ってやったんだぜ、私は」
「よく言うわよ。どうせ、私が大怪我したらペナルティの履行が遅くなるからって理由でしょ? そういう顔だったわ、あれは」
据わった目で睨みつけてくるアリスを無視し、魔理沙は明後日の方向を眩しそうに見上げる。
「それはそうと……上手くやっているみたいじゃないか、このゴリアテ二世、いや三世か?
ともかく、オープンカフェの客寄せにはもってこいみたいだな。非想天則を思い出すぜ」
視線の先には、数日前に激闘を繰り広げていた巨大人形を少し小振りにした人形が屹立していた。
その片手は巨大なトレイを支え、上にしつらえられたテーブルセットに座る妖精達のために、もう片方の手で器用に紅茶を注いでいる。
そして拍手に応えて頬をほころばせていた。
戦場では考えられなかった表情を見せる巨大人形を見届けてから、魔理沙はアリスの隣の席に腰掛ける。
「お前は最初から自分に課するペナルティを決めていたみたいだが、それは異変とは別の形であのデカいのを披露するためだったのか?」
「まぁそんなところ。もっとも妖怪としては雷名を轟かせたかったのだけど、早々に負けてしまった以上贅沢は言えないものね。
あとは……少々森を壊しすぎたから、その再生に一役買うつもりでもあるわ」
「ふーん。だからか、客層を甘い物好きな妖精に絞ったのは……お? あいつらも来ていたのか」
運ばれてきた紅茶のカップを傾けながら、魔理沙は首を巡らせる。そしてやや離れたところに、切り株の上に立って腕組みしているサニーの姿を見つけた。
そのサニーは近くのテーブルや倒木に座っている妖精達の視線を浴びながら、得意げに声を張り上げている。
気になった魔理沙はカップを置いて耳をそちらに傾けた。
「――人間の放った強力な魔法をも防ぐゴリアテ人形の盾。万事休す、そう思われた状況で人間は妖精の囁きを耳にする。
その導きに従って再び人間は魔法の光を放つ。それはまたも盾に遮られるかと思われたが、唐突にへにょりへにょりと軌道を曲げ、盾の後ろに回りこんだ!」
「おおー!」
「魔法の直撃を受けたゴリアテ人形は倒れ伏し、人間は勝利の喜びと妖精への感謝を口にする。だが、姿の見えない妖精は鷹揚に言葉を返し、そのまま立ち去っていった……
とまぁ、ざっとこんな感じだったのよ、私の活躍は」
「ニクいねぇ、影の功労者に徹するあたりが」
「ゴリアテ人形って、このオープンカフェのマスコットよりも大きいのー?」
「そだよ、私見たもん。上半身は森の上に出ててー、すっごい速さで動いてたんだよね」
「ふ、ふんだ! あたいだってだいだらぼっちと戦ったことがあるんだからね。そんなの大したことないわよ!」
拍手喝采を受けて満足げに頷いてからサニーは切り株を降り、まさに紅茶を飲もうと伸ばされていたルナの腕を取る。
「さ、次はルナの番よ。妖精だって力を合わせてうまく周りを利用すれば大きなことができるんだって教えてやりなさい」
「ちょっ、私は何も考えてないよ!」
「大丈夫よルナ。多少お話に誇張があっても皆聞いてくれるから」
スターにも背中を押されたため、ルナは壇上に上がる前に転倒してしまった。
それらの顛末を見届けてから、魔理沙は苦笑混じりに溜息を零す。
「あいつら、好き勝手に話を作ってるなぁ。やったことはあまり違わないんだが、些か貢献の重要性を水増ししているって言うか」
「あら、実際あの妖精達がいなかったら勝てなかったんじゃないの? 仔細を聞く限り、貴女の描いた餅を実現させたのは間違いなく彼女達の能力だと思うけど」
少し悪戯っぽい流し目を魔理沙に送ってから、アリスは立ち上がるとティーセットを自ら持ち上げてサニーのもとへ向かった。
「さあ、長々と話をしたから喉が渇いたでしょ? ミルクティーでもいかがかしら? ちなみにお代は結構よ」
「あ、アリスさん。ありがとうございます。紅茶もお菓子もすっごくおいしいですよ」
今や一悶着の後とあってかアリスに対する遺恨など欠片も残さず、サニーは明るく応じる。
アリスは他に集まっていた妖精達にもカップを渡し終えてから、未だ地面に座り込んでいたままのルナの手を引き上げた。
「ほら、大丈夫……ああ、スカートの膝のところがちょっと擦り切れちゃっているわね。今度私の家に来なさい、新しい服をあげるわ」
「え? や、流石にそこまでしてもらわなくても……」
やたらと丁寧に扱われたためか、ルナは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
「はー、本当に美味しい紅茶ですねぇ。これならしばらくは魔法の森に別荘を借りるのも悪くないかしら?」
そのルナを元のテーブルに座らせていると、そこでミルクティーを飲んでいたスターが感慨深く呟く。
アリスはそれを聞いて口の端を持ち上げ、スターの向かい側に腰を下ろした。
「そうね、私としてはそれをお勧めするわ。似たような理由でこの辺りに宿る妖精達も多いみたいよ。
あと貴女達は一応私に勝ったんだから、なるべく好待遇で接客させていただくわ」
「え、いいんですか? 優しいんですねアリスさんって。なんだかこれからもっとお近づきになりたくなってきましたよ。
もしも私達で何かお役に立てることがあったら、いつでも神社近くの大木までお越し下さい」
感動のためか、スターの声は妙に大きくなっていた。
一方でアリスはスターと言葉を交わしながら魔理沙に二、三度視線を送り、そのたびに優越感を混ぜた笑みを作った。
様子を窺っていた魔理沙はその意味を悟るや、慌ててスターのもとへ駆け寄る。
「そういえば思い出したんだが、お前らはまだ私に賃金を支払っていなかったよな?」
「ええっ! お、お金を取るんですか?」
「当たり前だ……と言いたいところだが、妖精がそんなもん持っているわけないから、今後しばらくは身体で支払ってもらうぜ。
勿論、奴隷的な意味で」
「そんなぁ……あ、でも魔理沙さんだって石を投げるだけとか言っておきながら私達をさんざんこき使っていましたよね。
その分は安くしてくれないとフェアじゃないです!」
「ぐっ、細かい奴だなお前は」
口論を始めた魔理沙とスター、そしてそこに加わるサニーやルナを置いて、アリスは口元を押さえながらテーブルから立ち去った。
「クスクス、馬鹿ねぇ魔理沙。心配しなくても、貴女の大事な味方を横取りなんかしないわよ。
確かにあの妖精達の利便性は充分理解できたけど、私の味方はすでに足りているんだから、ねぇ?」
そしてゆっくりと巨大人形の足元まで歩いていき、そのスカートの裾を優しく撫でる。
アリスはそれから頭上を見上げ、給仕のために細やかに働いている様子を目に収める。
しばらくそうした後で、目を閉じてから頭を寄りかからせ、人形にだけ伝わるように小さく呟いた。
――貴女の名前は、何にしようかしら?
三妖精がこんなにも素敵にかっこよく活躍するお話を書いてくれた作者さんには
この点数を捧げないわけにはいかない。ありがとうございました。
どうでもいいけどスリースターズって実際そんなに使い所ないと思うんだ。
素晴らしいバトルです!
コレ誰?何か別の作品のパロディ?って感じでした
バトル物だと自然とこういうキャラになるんでしょうか?
ただアリスが異変を起こす動機付けが弱かったかなと思ったのでこの点数で
特にアリス。ノリノリすぎるだろw
異変を起こす為にはこのレベルのテンションが必要なんだろうか。
魔理沙とくらべてアリスの描写のなんとおざなりなこと。
大好きな魔理沙にどうでもいいアリスをけちょんけちょんにさせて楽しかったか?
そりゃあよかったな。
キャラ背景が微妙で話に入って行けなかったのが残念。
背景があってこそバトルシーンは際立つと思うので。
次作もがんばれ
雰囲気も表現もツボにはまる!
他の方の感想では賛否両論ですが
私はこのハイテンションなアリスが非や妖々夢のアリスのイメージとぴったりきてツボでした。こんな取っつきやすいアリスが一番好きです
個人的にはオリキャラどころか、原作に近いと思う
なによりニヤリとしたのはコランのネタでした
からくりサーカスは名作過ぎる
原作アリスってわりとこんなもんだぞ?
「ぼくののうないのありすちゃんとちがってちゃやだやだー」ってか?
非想天則のころのアリスならこのぐらいはっちゃけても違和感ないですね。今なら異変と弾幕を積極的に楽しむくらい幻想郷に馴染んでると思う。
バトル描写も良かったです。
異変のテンションってきっとこんな感じでしょうね。
ワクワクする戦いでした。特にスターズかわっけえ(可愛い・かっけえ)。