『現在、修行中につき休業。』
そんな張り紙がされていた。
「……なんだこれ?」
「……なんの修行なのかしら?」
「……なんで修行してるのかしら?」
順に、強奪、無愛想、横着を司る少女たちが、香霖堂の入り口に貼り付けられた「汝、我を見よ!」とばかりに誇らしげに自己主張をしている紙切れを眺めていた。
「あれかな、品物の名前が判る力を鍛えてるのかな?」
目を輝かせる強盗。
「残念ね。茶葉と人形の部品が足りなくなってたのに」
人の科白に反応しない無愛想。
「店主居ないんだし、盗んでけば?」
「あなたとは違うの」
ぎゃーぎゃーというわけではないが、騒がしく語らう二人の少女。その二人に対して、黙っていた横着が疑問を投げかける。
「しかし……何処に何しに行ってるのかしらね」
「「……さぁ」」
三人の少女の疑問が、空中に打ち上げられて霧散する。
その三人の疑問の渦中である道具屋店主、森近霖之助は、現在山中にて戦う術を身につけんと修行に精を出していた。
その始まりは、つい三日前に遡る。
「あなたは弱い」
ビシッと自信に満ちた指先を鼻先に突きつけられ、無愛想を売り物にする道具屋店主である森近霖之助は僅かに怯んだ。
指を突きつけているのは、妙齢のお嬢さんと呼ぼうとすると呼ぼうとした者の頬が無理がたたって引き攣ること請け合いな老境の貴婦人、八雲紫である。
ちなみに、この大妖怪に対しての禁句は「老」「婆」「若作り」という、人生の年輪の太さを感じさせてしまう単語の数々である。また、胴回りの太さを感じさせてしまう単語の数々も場合によっては禁句になるので注意が必要。
博麗出版刊 『幻想郷入門』より
うららかな午後の日を、かび臭い骨董品の中で、より一層かび臭いブルーチーズをつまみに酒でも飲もうとしていた店主は、自慢の眼鏡をクイっと上げて唸る。
自分の弱さというのなら、霖之助はある程度の考えがある。弱い自覚はあるし、それをどうこうしたいと思うわけでもない。それらのことを瞬時に脳裏でまとめ、霖之助は紫へ自分の考えを語る為にと重い口を開く。
「あのだね」
「お黙らっしゃい」
言論の自由は否定された。
「いいかしら。ここ幻想郷で弱さとは即ち罪に当たるわ」
そして勝手な論理を押し付けられた。
「……罪とは穏やかじゃないな」
発言権がないこと自体に不満を覚えつつ、けれど何言っても無駄なんだろうという大人な思考の下で、霖之助は紫の言葉を妨害せず話半分に耳を傾けることを選択した。
「罪悪。そう、罪悪よ。ここ幻想郷は外界と比べ、とても純粋なの。だから、その純粋さ故にとても力に影響されるルールを持っている。強きものが支配をし、弱きものが蹂躙される。それがルール。真の自由を得たければ、強くなるほかないの」
真の自由かは知らないが、先程言論の自由なら力によって奪われたな。と、ぼんやり思考する霖之助であった。
「そこまで極端な話でもないだろう。現に、弱い人間は里を作って暮らしている。妖怪や神に従属せずに、だ」
「それはそれ」
かなり強引に話を逸らす。どうも、発言に強い主張を持っているとかそういったものではなく、むしろ何も考えずに口から出た意見であったらしい。
そんなのれんと腕相撲でもしているような手応えの薄さに、霖之助はもやもやとするものを感じていた。
「……それで、あなたは何が言いたいんだ?」
変に話題を戻すと泥沼になるであろうことを察した霖之助は、およそ何か言いたいことがあるのだろうと見当をつけ、直球で訪ねることにした。
「修行なさい」
コール&レスポンス。打てば響くというよりも、打とうと思ったら響いていたような速度で反応があった。
そのレスポンスに対し、霖之助は思案顔を作り、少しばかりうんうんと唸ってから……
「意味が判らない」
あっさりとした返事を返す。
だが、理解しなかったことよりも反応を示したことの方が嬉しかったのか、紫はにこりと笑う。
「強くなるのよ。そうすれば、強盗されることも減るし、いざって時に身を守れるでしょ」
いざという時などこなければ何よりなのだが、という思いが霖之助の頭を支配する。
「うちの商品は基本的に元手が掛かっていないから、多少盗まれたところで大した問題は(ないのだが)」
「この店の商品を全部持っていこ(うかしら)」
「確かに多少の力は必要かもしれない」
お互いに相手が言い終わる前に反応し合う。というか、相手の発言を消し合う。
「そこでだ、紫。君が一体何をしたいのかを具体的に教えてもらおう。そして君のいう修行というものが簡単かつ早急に終わるというのなら、僕はその君の遊びに、もとい善意に付き合うこともなくはない」
意訳・とっとと終わらせて帰ってくれ。
「そんなに焦るものじゃないわ。とりあえず、レッツ妖怪の山」
「何?」
次の瞬間、霖之助は妖怪の山に立っていた。
「……どこだ」
「修行場in妖怪の山」
観光地のような説明が入った。
周囲を見渡してみるが、妖怪の気配はなく穏やかな場所。妖怪の山のどの辺りに飛ばされたのかは判らないが、天狗のテリトリーではなさそうであった。
「こんな所でするのか」
キョロキョロと辺りを見渡すと、剥き出しの岩だらけの舗装されていない道。それを覆い込む日の差さない深い樹海。あと遠くには滝。
「……なんだ、この混沌とした地形は」
「修行場in妖怪の山(風味)」
「風味!?」
微妙に違うところだったらしい。
「……本当は何処なんだ?」
「妖怪の山よ。ただ、実在する妖怪の山ではないけど」
その言葉に、なんとなく霖之助はこの場所を理解した。
「……実存と架空の境界、とかそういうことか」
「とかそういうことよ」
要するに、妖怪の山のコピーを作り出して、現在紫と霖之助はそこにいるということになる。
「……それで、なんでわざわざ妖怪の山を作り出してまで、山で修行なんかしようと思ったんだ?」
「修行=山籠もり。人間は山に篭もると強くなるって、外の世界の文献に書いてあったのよ」
ちなみに、紫の読んだそれは一般的に漫画と呼ばれたりする。
「……酷く天狗の新聞臭い話だな」
天狗の新聞
①仲間内だけのもの。知名度が低いもの。主に蔑称として用いられる。「それって~だよね」
②信憑性に欠ける、眉唾。「あいつの話は~だから」
転じて、広がりが悪いなどという意味にも用いられる。
稗田文庫刊 『幻想郷・今時の言葉~言葉は生き物味な物~』より
「さて、それじゃ霖之助の修行を担当する私の優秀な式を呼びましょう」
「何? あなたが教えるわけではないのか?」
「やぁよ、面倒臭い」
面と向かって酷いことを曰う女性だった。
「来なさい、藍」
そう言って指を鳴らす。すると空にスキマが生じ、中から丸まった九尾の狐が弾丸のように飛び出すと、それはくるりと回転して華麗な着地を決めた。布の白さが映える。
「お久しぶりですね、霖之助」
そこに現れたのは八雲藍。紫の式神である九尾の妖狐。その放つ雰囲気は絢爛華麗で、見る者を圧倒させる。
だが、その雰囲気とは違うものに霖之助は圧倒され、見事に言葉を失った。
「な、なっ!」
藍を見て、顔に朱を差す霖之助。それを見て楽しそうに笑う紫。
「何故服を着ていない!」
藍の恰好は、簡単に言えば布二枚で構築されていた。上半身はサラシ、下半身は六尺褌(前垂れのない褌)という大胆不敵な御姿。色気のない瀟洒な下着姿がむしろ妖艶であった。というか、きつそうなサラシだというのに体のラインが山あり谷ありという我が侭っぷりに、平均値と比べるとかなり低めの色欲を誇る霖之助でさえもさすがに照れてしまった。
「着ているでしょう」
「それは着ているというよりも巻いていると言う」
「それもそうですね」
「……もういい」
短い会話だったが、霖之助は悟ってしまった。改善は望めないと。
「ところで、普段着ていた衣服はどうなされたので?」
「山での修行と聞いたので、かさばり動きづらい衣服は脱いできました」
「なるほど」
「けれど、やはり服を脱ぐと血が騒ぎます。こう、野性が高ぶる」
どうも、野性と理性の境界がこのサラシと褌であったようだ。それ脱いだら獣に戻りかねない。
と、紫が扇子を手に、ビシリと霖之助の鼻を差す。そしてツンツンと実際に接触させながら高圧的に命令を下した。
「というわけで、霖之助。あなたも脱ぎなさい」
「お断る」
「お却下」
丁寧語を誤る男女二匹。
次の瞬間、日陰にいるが故のパチュリーにも似た霖之助の白く透き通る肌が、同じく透き通る白い褌と共に白日の下に晒された。
「……どうしてあなたは、こう一々乱暴なのか」
「あら、楽しそうなことには手を抜かない主義なの」
弱さ云々という口実の下でその実ただ自分が楽しむ気満々であることが言質取れたが、そんなのは本日の出会い頭から百も承知なので欠片も意味を持たない。
ふぅと大きな溜め息を吐き、やれやれと首を左右に振る。気候的には下着一枚になろうと問題はないのだが、何よりも山中にて褌一丁という飛脚顔負けの露出度が恥ずかしかった。
「それじゃ、私は屋敷に戻るわね。藍、霖之助をしっかりと鍛えてあげなさい」
「承知しました」
「無責任だな」
霖之助の言葉など意に介した様子もなく、紫は小さく手を振るとスキマの中へと消えていった。
「さて、紫様に任された修行を開始しようと思います」
仁王立つ藍。その眼前に立つ霖之助。だが、その姿に藍は眉をひそめる。
「……何をしているのですか」
「……何のことだ」
「こちらを見なさい」
「遠慮させていただきたい」
全身全霊を持って目線を逸らす霖之助。女性慣れしていない純朴な古道具屋店主にとって、実年齢はさておいて若々しく活力に満ちた姿は直視に堪えかねるらしい。
「……まさか、修行の最初から背かれることになるとは思ってもいませんでしたよ」
爆発的に拡がる殺気。
「誤解だ」
瞬時に前を見る霖之助。ただし、あくまでも焦点は藍の遙か先。立体視の要領で視界をぼかしていた。
「……まぁ良いでしょう」
「ありがとう」
何故自分を見ることを避けるのか判っていない、野に立ち野性溢れ羞恥を忘れた九尾の狐。
そんなこんなで、霖之助は一週間の修行を受けることとなった。
修行風景は、それほど面白いものがあったわけでもないので大きく割愛させていただく。簡単に箇条書きでまとめるとこのような感じ。
・滝に打たれる(霖之助の下着が外れるハプニングがあった)
・山中全力疾走(霖之助の下着が外れるハプニングがあった)
・熱湯耐久(霖之助の下着が外れるハプニングがあった)
・食事作り(霖之助の下着が燃えるハプニングがあった)
・弾幕ごっこ(ごっこ中に藍の野性が咆哮し、若干食われかけるハプニングがあった)
ハプニングまみれであった。基本的には霖之助にまつわるものが多い。というか、藍はハプニングに合うほど未熟でもなく、必然的に不慣れな霖之助の周囲にだけ事故が発生するのは仕方のないことである。
……ただし、総計百を超えるハプニングの内その八割方は、恐らく暇を持て余している大妖怪の仕業であったのだろ。
この修行の終わる一週間の後。人間と妖怪のハーフである霖之助の中には……野性が目覚めていた。
揃って山中をバレリーナよろしく飛び交う、半裸の男女。
天狗が見たら記事にされ、魔法使いが見たら吹っ飛ばされ、メイドが見たら服を着せられ、閻魔かハクタクが見たら説教をされ、巫女が見たら調伏されそうな光景である。
ここまでくると、霖之助も藍の体がどうのということを感じなくなり、野性の中で色欲を枯渇させていった。慣れとは恐ろしいものである。
そんな修行最後の日に、藍は霖之助の成長を見ることにした。そして、裏から悪戯ばかりを仕掛けていた紫もまた、霖之助の成長を見ることにした。
「それじゃ、いかせてもらう」
構えを取り、術を練る。
ちなみに、これは誰かと組み手をおこなうわけではなく、目の前に生えている木を折るというものだった。
「はっ!」
次の瞬間、霖之助は跳躍し、中空に留まる。それから膝を抱えるように丸くなると、そのまま高速での回転を開始した。
やがてその回転が最大速度になると、霖之助の体から光が溢れ出し、霖之助は光の輪のような状態へと変化をする。
「しっかりと術を覚えたようね」
「しかし、何故この術だったのですか?」
この術を教えろと藍に言ったのは、無論その主の紫である。
何も体当たりではなく、もっと手堅い弾幕にした方が霖之助には似合っていたように思っていたが、主には何か深い考えがあるのだろうと、今日までそのことについて藍は訊ねていなかった。
「この方が面白いのよ」
「はぁ?」
何が面白いのか、それは藍には判らなかった。
やがて霖之助は一カ所に留まることを止め、空中を自在に動き回るようになった。加速をしていく。そして加速が充分になったと見るや、霖之助は目標の木を目掛けて一直線に体当たりを仕掛ける。
次の瞬間、霖之助はなかなかに立派であった木を引き裂いた。
弾け飛ぶ木片に、小さな拍手が飛ぶ。
木を打ち砕いた霖之助は、その回転を時間を掛けて止めると、ゆっくりと着地をする。
「……痛たた」
一週間の修行では補い切れていなかった貧弱ボディが若干のダメージを負った。あと回転で少し目が回った。
「やりましたね、霖之助」
「ははは……溜めに時間が掛かりすぎて実践には向かないが、遭難したりした時には便利そうだ」
結局、憶えたのはこの術一つ。肉体がちょっと強くなったというのはあるが、強くなったのかと問われれば首を傾げてしまう。
「紫様にも考えあってのことでしょう。きっと、その術が霖之助の身を助けることになるでしょう」
「そうだとどうしても思えないんだが……」
苦笑いの霖之助と、その笑いが伝染って苦笑いを浮かべる藍。
「……ぷっ」
と、不意に紫が噴き出す。
「「?」」
「……あははは……ははははは……」
霖之助や藍から目線を背け、うずくまりつつ苦しげに紫は笑う。時折堪えかねてか、地面をぱしぱしと叩いたりしている。
その行動がどういう意味を持つのか判らない藍と霖之助は、お互い顔を見合わせてから、その密かに大笑いしている大妖怪の傍へと近寄った。
「どうしたんですか、紫様?」
相変わらず苦しげな紫は、笑いを押し殺して小さく呟く。
「……八つ裂きこーりん……」
「「あんたそれが言いたかっただけかっ!」」
懐かしいですね
読めるわけねーよwww
天狗の新聞とか言葉回しが上手いですなぁ
とりあえず、二人は紫様に怒っても良いと思うんだ、うん。
>・弾幕ごっこ(ごっこ中に藍の野性が咆哮し、若干食われかけるハプニングがあった)
「そこまでよ」的な意味での喰われかけならちょっとこーりんに決闘を申し込んで・・・
そして途中に出てくる造語がいちいち上手くて感心しました
回転と聞いたら緋想天や萃夢想の藍様や橙を思い出すに決まってるじゃないか、
それが、まさかの八つ裂き……おのれー
それはハプニングでは無くプログラムの一環です。
笑わせて頂きました。
ともすれば、タイトルにも納得させられるな。
悔しいから、スペルゲン反射光でお返しだ!!
そして服を着せてあげるメイド長が瀟洒だ
酷い話だ。
俺の…、俺の麦酒かえせ!!
くやしい、でも笑っちゃう。
完全にやられました。
暇人だなぁゆかりん…。
そしてオチに盛大に吹いた
でも面白いwww
ゴチでしたw