前回のあらすじ
人として生まれながら後天的に半人半獣になってしまった慧音。
そんな彼女は幻想郷に導かれ、そこで新たな生活を手に入れた。妹紅という心強い友人と、寺子屋の先生という職を。それでも人里の中にはなにやら不穏な気配が漂っていて……【前話作品集92:人間らしく、妖怪らしく 序】
モウスグダネ。
ウン、モウスグダネ。
深い森の中、その小さな影達は囁いた。
消え入りそうなほど小さな声のはずなのに、甲高いその声は周囲の空間に広く響いている。
いや、もしかするとそれは、声とは別の意思伝達だったのかもしれない。
ジャマモノガ、イナクナル?
ウン、イナクナルヨネ?
ジャア、ワタシタチモオナカイッパイニナレル?
いくつもの小さな声が重なり、いくつもの笑い声が重なる。
小さく、小さく、可愛らしい声。
デモ、ソレダケジャダメ。
ダメナノカナ?
ウン、ダメダヨ。
それでもその小さな影達の中、騒がず、遊ばず。
ただじっと腕を組むモノがいた。
その冷たい瞳は周囲にいるものを蔑んでいるようにも見え、自分は彼女たちと違うと示しているようにも見える。
サクセンッテイウモノガイルヨ。
ソレッテタベラル?
タベラレナイヨ。
ジャアイラナイ?
イルヨ、ソレハトテモタイセツダモノ。
そうやって飛び回る、仲間という手駒の中で。
彼女はただ淡々と時を待つ。
◇ ◇ ◇
魔性を狂わせるという満月の夜。
人里に妖怪が入り込むことが多くなった今でも、この日だけはほとんどの妖怪の出入りが制限される。入ることを許されるのは、満月の夜でも自分の理性を維持できる力の強い妖怪くらい。代表格が特に妖怪の山に異常がない限り騒がない天狗くらいだろう。
だからたいていの家は早めに明かりを消し、閉じこもってしまう。
私もその中の一人で、入り口が開かないようしっかり棒で固定してから、一息ついた。
この家は寺子屋の建物のすぐ横にある先生用の仮住まい。
ほとんどの先生は他の場所で生活をしているためここは倉庫としか使われていなかったのだが、家のない私はここを自宅として使わせて貰うこととしたのだった。10日ほど前まで実際に利用されていたのでそうそう汚れてはいない。それでも一人で掃除をするには丸一日かかってしまった。妹紅に手伝って欲しいというのが本音ではあったけれど、彼女は人里に頻繁にくるわけではないらしい。
それでも人里には知り合いが多いらしく、寺子屋の問題もそのときに聞いたとのこと。
「さて、そろそろやるか」
何度も何度も入り口の戸締まりを確認するという不審な行動を取り、自分を安心させてから玄関を後にする。
妖怪に怯えているから確認したわけではない。
自分でこういうのは情けないのだが、どちらかといえば人間に怯えてるのだ。
正確に言えば人間にこの姿を見られるのが何よりも怖い。
それでもこの大事な満月の夜にそうやって閉じこもっているだけでは意味がない。私は蝋燭台の下にある木製の職務机に向かい腰を下ろした。その淡い蝋燭の光に照らされた私の姿を見たら、おそらく人間達はこぞってこう言うだろう。
『化者』と。
人にはあるはずのない獣のような二本の角。
もしかしたら、今日は生えていないんじゃないかと希望を持って頭を触る日もあるが、その度に思い知らされる。やはり自分の中には人間とは別な血が流れているということに。今日だってほら、畳に映る私の影には、しっかりと二つの突起物が張り付いている。
角以外で変わっていることと言えば今、服の下でゆっくり動いている尻尾もその異質なものの一つ。その毛の色は白に近い緑色。何故私の髪の毛の色と違うのかと思う者がいるかもしれないが……
「どうしても慣れないな、この変化は……」
自分で前髪を触ってその色を確認すると、やはり緑色に変化している。
まさかと思って青い服を確認してみるがこちらも青から緑へと変化していた。どうやらハクタクになるときは青っぽい色が全て緑に変化してしまうようだ。
まったく何度これが夢であればいいと思ったことか。
……いやいや、いきなり暗くなってどうする。
まったく、満月の夜の度にこうなっていては……自分の事ながら問題だな本当に。
そんなことより、今は満月の時にできることをやらないと。
私は目の前に置かれた木製の職務机に静かに手を置き、それを優しく手で撫でる。今は書物も何も置かれていないなんの変哲もない机だが、きっとこの机には歴史がある。この人里の子供たちと先生との歴史。それがこの机やこの部屋に刻まれているはず。
戸棚に置き去りにされた資料にも。
寺子屋の教室にも、人里にも。
そして、この幻想郷という世界にも、その大地に刻んだ歴史がある。
「我が身に眠りし力よ……」
それを『視る』ため、私は妖力を体に集中させる。
国を治める王のために使われてきた、世界の歴史を織り、管理する力。
「生ける者の刻みし道標を我が前に示せ」
それを今私は何に使おうとしている?
国を守るため?
人を守るため?
ふふ、時代が時代なら国を挙げて求められるこのハクタクの能力は、そんなものではなくて。
「ははっ、これは良いな。実に面白い」
ただ、寺子屋の子供に歴史を教えるために、その力を使う。
なんと愉快なことか。
なんと興味深いことか。
そして、なんと素晴らしいことか。
純粋に人のために使える。
その事実は私の血を今までにないほどたぎらせていた。
今までにないほど充実した力は、幻想郷の有りとあらゆる歴史を私の周囲に展開させる。成り立ち、主要な人物の名、そして、数々起こり続ける異変。
その一つ一つが私の周りに集まり、幻想的な光となって具現化する。この光の塊が、この世界を司る歴史。小さく見えてもこの中には膨大な量の情報が文字の形で詰め込まれているのだ。
その数は指で数えていては足りなくなるほど。
そんな蛍のような光が空中に留まったまま、私を照らしている。私も自分の力でこれほど多くの歴史が集められるとは思わなかった。無数の光は、まるで光の繭ではないか。
「なるほど、今までどれほどこの能力に対して不真面目だったかわかってしまうな……」
ハクタクのせいで故郷を追われた。だから必要以上にこの能力を知ろうとしなかったのが、まず間違いだった。
うん、間違いだったな……
「ははっ ……この数を一晩でか? はは、ははははは…………」
私は、軽々と妹紅に宣言したのをおもいっきり後悔したのだった。
――なんだ、この世界は。
歪んだ青と白の境界は曖昧で。
くすんだ褐色の建物は、私を飲み込むように建ち並ぶ。
私の横を通り過ぎていく人影は、みんな傾いていて……
「ふふふ、世界が、世界がまわる、うふふふ」
「……さっさと寝なさいよ」
聞き覚えのある声に私が振り返ると、やはりそこには白髪の女性が立っていた。
「おはよう、妹紅。そんな斜めに立つなんて器用だなぁ」
「……うん、直立不動だし。むしろ慧音の歩き方振り子みたいになってるよ?
なんか目の下真っ黒で凄いし。もしかして、昨日寝てないとか?」
「何を言うか。一日の徹夜くらい、どうってことないさ。妹紅こそ3人に増えたりして、大変だなぁ。ふふ、ふふふ」
「よし、何か手遅れっぽいけど、さっさと帰れ」
会っていきなりさっさと帰れとは、それにこちらが挨拶をしたのに返さないとはまったく仕方のない。
親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのだろうか。
私は何故かよろつく足を引きずるようにして妹紅に近付くと、何故か彼女は額に手を当てやれやれと言った様子で首を振っていた。そんな反省のない顔に向けて私は教師らしく、びしっと指を突きつける。
「おはよぉーと言っはら、あいはつをはえすのらぇぁぁ~~~~ぅっ ……すぅ~」
「欠伸をするか、怒るか、寝るかのどれかにしなさいよ。
指なんかおもいっきり下がっちゃってるし……
おーい、おきろー、おきなさーい」
心地よい朝で体は何か軽い気がするし、気分も妙に晴れやかだし。
たぶん絶好調のはずなのだが……
何故か指したはずの指が力無く曲がり、肩もがくっと下がってしまって、おもわず妹紅の胸に頭をぶつけてしまっていた。そのまま意識が段々遠のいていき――
「妹紅……?」
「ん、なんだ、別に寝ても良いぞ、一応運んどいてやるから」
そんな薄れゆく意識の中で、私が感じたのは――
「意外と硬いな、主に胸が――」
「――寝てろ♪」
「はぅっ!?」
何故か後頭部に一瞬だけ走る激痛だった。
「……おかしぃな、一度朝食の買い出しにいったつもりなんだが、記憶が曖昧だ」
「夢でも見ていたんじゃない?」
「それに、何故か後頭部とか首筋が痛い」
「寝違えたのね、間違いないわ」
少し肌寒い空気の中、私は妹紅と一緒に昼食を摂っていた。
食事用の机はどうしたかと言えば、ちょうど良い大きさの丸机が部屋の隅にあったので、それを活用したというわけである。しかし、朝から妙に腑に落ちないことがあるわけで……
朝動き回ったような記憶と、後頭部に残る違和感もそうなのだが、目を覚ますといきなり妹紅が部屋の中にいたことだろうか。しっかり固定していたはずなのに。
「妹紅、もう一度聞くが。本当に入り口は開いていたんだな?」
「それは間違いないよ。私が入るときは開いていた。
寝ぼけたまま入り口を開けたんじゃないの?」
「うむ、まあ。夢の中で開けたような、そのまま外に出たような気がするんだが……
はは、やはり思いだせない」
重い頭の中からなんとかその記憶を探ろうとしても、記憶の引出しの中には事実が曖昧なものしかない。
それ以上思い出そうとしても、出てくるのは昨日食べた食事くらいなもの。自分でもどれだけ食いしん坊なのかと記憶に訂正を求めてしまいたくなるほどに。
まあ、これだけ記憶が乱れている理由は自分でもわかりきっている。
やはり昨日の無理がたたった、ということなのだろう。
「あ……」
そうやって、呆けたまま箸で掴もうとした煮豆が小皿の上から逃げるようにして机の上を跳ね。妹紅の方へと転がっていく。そんな私の姿を見て、妹紅はくぐもった笑い声を上げていた。顔を横に向け、顔が半分以上見えない状況であるが、肩の振るえとその声でどんな顔をしているのかは明白だ。
「妹紅、何がおかしい?」
「ぷっくくっ せ~んせぃ! お行儀が悪いと思います~」
「……むぅ~~~~、やはり意地悪だな妹紅は! ちょっと失敗しただけじゃないか。
人はそうやって失敗を繰り返して、それを糧に成長するんだ。それを笑うなど、人類の歴史に泥を塗っているようなものだぞ!
見てみろ、一度失敗したことはそう易々と繰り返さな――」
ぽろっ
ころころころ……
「…………」
「…………」
「ぷっ――」
「っ!? わ、笑うな! だから笑うなと言った!」
煮豆を箸で掴むという小さなことを、人の歴史で例え――
その結果またしても失敗するという、恥ずかしさの二倍掛け。
これで顔を赤くするなという方が無理な話である。
真っ赤になった顔のまま、行儀悪くブンブンっと箸を妹紅に向かって振る。
自分らしくないと思うのだが、どうしてもこの妹紅といると、自分の調子が狂うというか。なんというか。地が出てしまうとでも言えばいいのだろうか。
「あんまり怒ると、また手元が狂うよ。
ただでさえあまり寝ていないんだろう?」
「ふむ、まぁ、そうだな。まさかあれだけ歴史があるとは思っていなかったからな。
関係ありそうな部分だけを拾い読みするにしても、多すぎて、少々甘く見ていたよ。呼んだ知識をまとめて紙に綴っていくにもまだ時間がかかりそうだ……」
能力で調べた。なんてことは言えないので、まるで後ろの棚にある資料で調べたかのように説明する。そうしないと察しの良い妹紅にすべて知られてしまうような気がして、少し怖かったから。
「だから、前回の授業の資料を使えっていったじゃないか。ほら、一応持ってきたから、ちゃんと読みなよ」
「面目ない……」
昨日の満月の夜。
あまりに膨大すぎる光を指で一つ一つ触っていき、子供たちに教えられそうなところだけを抜き出して記憶していく。しかもその歴史が映像で見ることができればまだなんとかなるのだが、全部文字で浮かんでくるため時間がかかることかかること。
能力が解除される明け方までにだいたい幻想郷の成り立ち程度は理解できたが、それ以降のことはまだ頭がぐちゃぐちゃの状態。それを見越して、妹紅は人里に下りてきてくれたのかもしれない。
「ところで、妹紅は前任者とは親しかったのか?」
「ああ、昔からいろいろね。世話になったよ。
ほとんど人里にいない私と、里の間を取り持ってくれた。いい人だったなぁ」
いい人だったという言葉と、遠くを見るような妹紅の視線でその人物がどうなったかは知ることができた。それで関係を持っていた妹紅に授業の資料を渡し、次の先生の助力をするように頼んだのだろうか。
そういう責務のためだけに妹紅が私に良くしてくれていると考えると、中々複雑な心境である。
「ごちそうさまでした。これだけ料理ができるのなら一人暮らしでも安心か。
で、今日はこれからどうする? 明日の予習でもする?」
「そうだな……せっかく来て貰ってすまないのだが、あの妹紅の資料を参考にして勉強させてもらうとするよ。一応この場所を治める長にも挨拶をしたいのだが、明日は寺子屋の本番だからな。明日以降でも問題ないものだろうか」
「大丈夫、大丈夫。意外と人の出入りには寛容だからね、気が向いたら挨拶しにいきなよ。
一応私から、自警団を通して伝えているし」
私の作った昼食を食べ終えた妹紅は、手を上げて軽くあいさつをしてから家を出て行く。
彼女が出て行ってから、私は自分の料理をゆっくり口に運び、私の側に置かれた資料に、視線を落とす。そこには古ぼけた教材と、その中に挟まっているしおりが見て取れた。きっとそのしおりの部分でその先生の人生は終わりを迎えたのだろう。
その真新しいしおりに何気なく触れ――
『……あの子達を、よろしく頼む』
「っ!?」
急に、声が頭の中に振ってきた。
その声はいったい誰のものだったか。
寝不足による幻聴か。
それとも不可視の亡霊によるものか。
もしくは風の音や、人里の誰かの声を聞き間違えただけか。
そんなくらだないことかもしれないけれど。
「ああ、約束しよう……」
私は、そのしおりに触れながら、ゆっくり瞳を閉じたのだった。
管理するということは、どういうことか。
正確な言葉の意味はわからないが、適切な状態のまま維持することがそれに該当するのではないだろうか。
そして適切な状態のまま維持するということは。
必要なものを残し、
不要なものを排除する。
二つの行動が最低限必要となる。
それでもこの世界は、表向きにはすべてを受け入れてしまう。
どんな素性の人間でも、妖怪でも、それ以外の異形でも。現実の世界から忘れ去られてしまえば何でも。
幻想郷がすべてを受け入れるように、そうなるように創ったのだから。ならば必要以上に受け入れたものはどうすればいいのか。有限でありながら全てを許容する世界はそのままでは絶対に崩壊してしまうというのに、それでもこの世界は奇妙な天秤の上で平衡を保ち続ける。
それはいったい何故か。そんなものは、子供でもわかる理屈だ。
誰かが、干渉しているから。
異変として世界が悲鳴を上げれば、巫女や魔法使い、はたまたそれ以外の人間たちも動き。異質なものへの対抗手段となるだろう。しかしそれはスペルカードという安全な遊びの上で成り立つもの。
遊びでは、その危険性は完全になくならない。なくならない部分を少しでも削るにはいったいどうするか。
それも簡単だ。
消してやればいいのだ、その問題の部分を。
この世界から完全に。
「紫様、先日の満月で狂った妖怪2体、そして例の集団の人間1名を処分いたしました」
「ご苦労様、藍。ちゃんと決まり事は守ってくれたかしら?」
「ええ、人里には面倒ごとを持ち込まぬよう、妖怪と人間の痛み分けということで偽装しておきましたので、大した問題にはならないでしょう。当然人里では事を起こしておりませんし」
満月の夜から一晩経過した今夜。
秋の虫たちが優しい音を奏でる中で、一人の妖獣が仰々しく頭を下げた。その先には縁側に座って月を眺める主が優雅に扇子を手の中で遊ばせていた。月明かりを浴びて輝く金色の髪を軽く手で触り、妖艶に微笑んでからやっと自分の可愛い式へと視線を移した。
「でも、いけないわねぇ、藍は。数式の扱いがまだ粗い」
「……数式? いえ、今回は特に式を扱ってはおりません」
「違うわよ、単純な計算が下手といっているの。等号の問題ね」
「それでもよくわからないのですが……」
紫はわずかに眉間にしわを寄せ、足元にかしずく藍の頭へ向けて扇子をピシャリと振り下ろす。帽子を被っているのであまり衝撃をあたえるはずのないその扇子。
しかし紫は十分な妖力をそれに込めてあり……
打たれた瞬間、藍の全身が痙攣したように震えていた。
「うう、酷いです。紫様」
「私に少し劣るとは言っても、十分すぎる知識を保有するあなたがこの程度のことを理解できない。
まったく嘆かわしいことですわ。それでも分からないなら天秤を思い浮かべて御覧なさい」
「人間と妖怪の数の調整のことでしょう?
それくらい私も理解しています。紫様がいつもわかりにくく言うのが悪いのでは……」
ペシッ!
「……すみませんでした」
「コホンッ、大事なところを理解していないわね。
だから粗いと言ったのに、あなたのやり方では将来的に必ず破綻する。これでは安心して冬眠もできない」
「しかし問題を起こした部分を破棄するのは簡単で適切な方法だとおっしゃっているではありませんか」
そう、果物を箱詰めするときに、腐ったものがあるとそこから周囲に広がってしまう。
そうならないように、その一個だけを切り捨て、箱の中に腐敗が進まないようにするのは当然のこと。そうやって紫に教わってきたのだから。
「そうね。でも、いくらそれを静かに行っていたとしても。人間は黙ってはいないわよ?
天狗ほどでもないけれど仲間意識が強い彼らは、少しでも犠牲が出るとそれ以上の反撃を行う。その結果さらに多くの犠牲が出る。その分、バランスを摂るために妖怪の絶対数を減らすか、人間を外から足さなくてはいけない。
でもそれは、果たして生きているといえるかしら?
確かに私たちは管理する立場であるけれど、生を謳歌している人間や妖怪にはそれをできるだけ感じさせてはいけない。共存するための縛りは必ず必要だけれど、必要以上のことを縛ったとしたら、それは単なる操り人形と違いありませんもの」
「その言葉だけ聞くと、人間だけを優遇しているように聞こえるのですが?」
「ええ、当然よ。脆弱だもの。妖怪と比べたらどうしても。そんなこと、あなたが一番よくわかっているでしょう?
最強の妖獣さん?」
「それは、そうですが……」
つまり紫の話をかいつまんで言うなら。
人間の被害を抑えたまま、人里を襲おうとする妖怪たちを嗜め、争いごとを抑えろということ。人間に被害を出しても妖怪に被害を出しても、その後幻想郷を覆う結界の微調整を行わなければいけないのだから。どうしてもこの世界の理の中で生きていけないものは処分する必要はあるが、それ以外は自由にさせろ。そういうことらしい。
しかし、ある程度自由にさせるということは……
そこから争いが生まれるということ。それも比較的容易に……
その程度のことがわからないはずがない。
「しかしそれでは余計に混乱を生みかねないのでは?」
「そうね、あなたが言うことはもっともなこと。
余裕はいらぬ考えを生み、争いを巻き起こす恐れがある」
それをわかっていながら、そう提案するということは。
彼女の中にはすでに、何かの構想が組み上がっているということ。
「されど状況は刻々と動いている。蕾から花が咲くように、わかるかしら藍?」
そして、紫が自信満々に微笑むときほど、怖いことはない。
藍はそれ以上反論をせず、ただ静かに首を縦に振ったのだった。
だって、縦に振らないと叩かれるから……
◇ ◇ ◇
「おー、見事に晴れたなぁ。早朝はあんなに雨が降っていたのに」
手を傘代わりにして目の上に当てながら、妹紅は空を見上げる。
障子が張られた窓から覗く空は雲一つない快晴とはいかなかったが、雲の流れからしてこれ以上雨が振ることはないだろう。青空はもう空の半分以上まで広がっており、昼まではなんとかなるはず。
「慧音が頑張ったのを神様が認めてくれたってことかもしれないね。
な~んて……あれ? 慧音? け~~ね~~~?」
さっきまで一緒に教室を掃除していたのにどこに行ってしまったのか。
窓から手を離し、長机の並ぶ教室を見渡してもどこにも姿が見えない。確か朝家を出るときに教材や筆など準備は万全にしてきたはずだから忘れ物を取りに帰ったということもない。教壇の上にはしっかりと今日の授業内容の部分が開かれているし、その教壇から青色の巨大なお饅頭のような物体がはみ出して――
よし、少し落ち着いてみよう。
ことわざに『頭隠して尻隠さず』という言葉がある。
意味としては、全部隠れているつもりでも一部しか隠していない間抜けな様子を指すわけだが、実際にそうやって間抜けな姿を晒しているものはいるはずがない。
まさか今から人にものを教えようという人がまさかそんな初歩的なことを冗談でもするはずが――
「え~と、一応聞くけど、慧音よね?」
「いや、私は饅頭おばけという妖怪だ」
「うん、裏声使っても無駄だから、おもいっきり慧音の声質だから」
さっきまで教壇のところに座って予行練習をしていたから、その状態から机の下に潜ったということなのだろう。ただ私よりも少しだけ身長の高い彼女がその場所に隠れきれるわけがなく、綺麗に下半身だけがはみ出たようだ。
なぜそのような行動をとったかは、聞かなくてもわかるけど。
「後寺子屋が始まるまで一刻もないんだから、観念しなって」
「うぅ~~~、胃が痛い。こう、何かきりきりと……」
「精神的な重圧からくる胃痛だね、どうしようもないから我慢しなさい」
今朝、隣の住まいまで様子を見に行ったら清々しい笑顔を浮かべていたのに。
『行こうか、妹紅!』なんて気合十分だったのに。
実際、授業が目の前に迫ってくると、意識してしまうんだろう。人間の子供たちの前で自分が何か重大な失敗を犯してしまう映像を。冷たい目で見られてしまう恐怖を。
だからその想像から少しでも逃れるために、頭を抱えてうずくまった結果が、青いお饅頭状態。
「な、なぁ? 妹紅?
体調不良のため、今日はやっぱり止めたというのは、無理だろうか?」
「慧音がそれでいいなら、私はやれって言わないよ。
本当にそれでいいと思っているのなら」
「……うん。わかってる。逃げてはいけないことくらい、よくわかっているよ」
それを気づかせるため、わざと嫌らしい言い方をしてみたけど。
やっぱり慧音は自分の立場を理解しているようだった。
新しく人里の一員になってからの晴れ舞台。それを降りるということがどれほど信頼を失うことになるか。それをわかった上で、無理だと知りながら私に尋ねた。少しでも不安を消すために、やさしい言葉を掛けて欲しかったのかもしれない。でも、私は敢えて嫌味にも取れる言葉を選んだ。
なぜなら、この寺子屋という職業は、もっともっと厳しい言葉を浴びせ掛けられる職業のはずだから。
「わかってるなら、さっさと出て。半刻前になると早い子は来るよ?」
「え、ええ!? も、もう来るのか!
や、やはり心の準備が」
「ええい、子供じゃあるまいしさっさと出なさいってば!」
ついに痺れを切らした私は、慧音の腰の部分を掴んで引っ張り出そうとする。しかし慧音は、もう少し待ってほしいと小さな抵抗を見せる。さすがに亀のように丸くなった人を力づくで引っこ抜くのは難しいのだが、それはこう長年の感を使う。強く引っ張っていた手の力を緩め、足踏みをする音を鳴らす。これで慧音は引っ張るのを諦めたのかと思うはず。
がしっ!
そこでもう一度おもいっきり腰を掴んで。
引っこ抜く。
「わっ、ま、まてっ!」
ゴンッ ドタドタッ
すると、猫が地面で伸びをするような体勢のまま慧音が出てきた。
私はというと、引っ張った拍子に尻餅をつきちょうど慧音の腰と自分のお腹をぶつけてしまったけれど、終わり良ければすべて良し。
「うー、妹紅、痛いじゃないか……」
頭を押さえて少々涙目になっているところを見ると、さきほど鈍い音がしたときに机の裏で後頭部を強打したのだろう。そんな恨みがましい視線をうつ伏せになったまま向けてくる慧音に対し苦笑いを返す。
「頭をぶつけさせたことには謝るけどさ。
そもそも慧音が、いつまでも踏ん切り付かないのが悪いんだろう?
おもいきってやってみる、ここまできたらそれしかな――」
とっとっとっ
そうやって私が言い掛けた時、廊下を走る足音が近づいてくる。子供がもう来たのかと一瞬思ったけれど、その音の低さからして大人の足音。
寺子屋に、しかも昼間から不審人物はやってこないと思うが。
ボゥッ
保険の意味を込めて、入り口から見えないように炎を出現させる。
威嚇程度の炎だが、脅しにはなるだろう。
もしそれが妙な人物でなければ、そのまま消してしまえばいい話。
「おーい、どうした! 何か事件か!」
ガラっと荒々しく入り口の扉が開いたと思うと、なにやら見たことのある冴えない男がそこにいた。
だから私は、手の中に浮かべた炎を――
「あ、手が滑った」
「う、うおおぉぉぉぉぉっ!」
間違って、男のほうへと投げつけてしまう。
投げるつもりはなかったけれど、なんて言うんだろう?
習性? 習慣? 条件反射?
まあ、そういった不幸が重なって、『手か滑った』というわけだ。
とは言っても、派手に破裂するだけで殺傷力など皆無。直撃しても指で突付かれた程度の衝撃しかないだろう。ただし、目の前でそれが破裂したら、心臓が止まるほど驚くかもしれない。
現に、急に現れた男は廊下で腰が砕けたように座り込んでいるし。
「も、ももももも、もこー!! いきなり何するんだこの、ど阿呆!!」
「いやぁ、ちょっとだけ不審者と勘違いしただけだから。
ごめんごめん、謝るよ」
「そうか、俺の目には腹抱えて笑ってるように見えるんだが? 絶対面白がってるよな?」
「おっと、喜助の癖に冴えてるね」
「よぉ~~~~し、表出ろ、この馬鹿もこ!」
急すぎる展開でうつ伏せになったままおろおろしている慧音を尻目に、喜助の怒りは鰻のぼり。
偶然近くを通りがかって、物音がしたから心配して来てみたら、何故か火の玉投げつけられました。なんて状況で笑顔でいろというのが無理な話。相手が男ならもう取っ組み合いの喧嘩に発展していてもおかしくない。
まあ、喜助と腐れ縁だからこそできる遊びと言ってもいい。
彼だって口ではああ言っているものの、表情だけ見ると笑顔に近いのだから。
「ああ~、もう心配して損したぞ。
今日から寺子屋始まるのに、盗人でも入ってるのかと思ったじゃないか。
まったく朝っぱらから妙な物音立てやがって」
「あ、ああ、申し訳ない。いろいろあったもので」
「いや、先生はいいんだよ。どうせ悪いのは妹紅なんだからな。
『まてっ』というあんたの声も聞こえたし、悪ふざけで何かされたんだろう? そうやって涙目で倒れているところが何よりの証拠さ」
失礼な話である。
どちらかと言えば、慧音が世話を焼かせたというのに。まあどうしても見るからに静かそうな慧音と私では、疑われるのは当然こっち。朝の事件について詳しく話して誤解を解いてもいいけれど……そうなると今度は慧音が恥をかくことになってしまう。それならばこのまま黙っていたほうがいいか。
ただ、最後の抵抗として目で睨んでやることは忘れないけど。
睨んだ先にいる喜助は負けじとにらみ返してくるが、その目がいきなり見開かれ……
「……そうか、そういうことだったのか」
「ん? 何が?」
「いや、変だとは思ってたんだ。
お前、外見だけは可愛いから連れの一人や二人はいていいとは思ってたんだが、なるほどね」
「うん、すごい失礼なことをさらっと言ったね。で? 何がなるほどなのよ?」
「いや、朝の物音と、先生の嫌がる悲鳴と、お前のその状況を見て、わかってしまったわけだよ」
私の状況を見てわかった?
いったいなんのことだろうか。
冷静にその喜助の言葉を繰り返しながら今の状況を整理してみよう。
私はただ尻餅をついているだけだし。
慧音はうつ伏せで畳の上に転がっているだけだし。
まあ、確かに慧音を引っ張ったときに体制を崩したおかげで、腰の部分が私のおなかの上に乗りっぱなしにはなっているが――
……待てよ?
この状況。彼氏がいない理由。ということは。
「まさかそういう趣味だったとは……」
「予想通りの誤解をありがとうっ!
違うから! 絶っっっっ対、違うから!!」
そうやって必死に否定する私に右の手の平を向けた喜助は、左手を額に添えたままうんうんっと納得してはいけない部分を納得している。
「なるほど、森の中で保護したときから見る目が変だと思っていたんだ……」
「うわぁ、そこまで遡られると個人的にドン引きなんだけど?
だから誤解だって言ってるでしょうが!」
「いいんだ、いいんだよ! 妹紅!
この世界にはいろいろな愛の形がある。俺の場合は周りと同じように女性を愛しただけさ。
いいじゃないか、同性でも!」
会話の途中だが、これ以上戯言を聞いてやるつもりはない。
素早く慧音の下から脱出し、立ち上がる勢いのまま跳躍。
喜助は自分の妄想で私の行動にまだ気づいていない。
入り口までの距離も、跳躍の高さもすべてが完璧。
私は、空中で一度体を捻り――
「しかし……いくら愛は許されるといっても学び舎でそういうことをするのはいくらなんでも――はぅ!?」
やっと私の行動に気づき顔を上げるが、慌てて首を反らそうとするがもう遅い。
私は入り口の壁に手を付き方向を微調整。
ぎりぎりで避けたと思った喜助の顔が恐怖で歪み――
ミシッ
そのまま顔面に私の足の裏が突き刺さる。
ほんのり人の体温が靴下越しに伝わってくるのが少しだけ気持ち悪い。
「いい加減、黙らないと蹴るよ?」
「……りゃあ、ほへのはんへんにのっへうあひはらんあんら? ふへひへっれらいあ?」
(訳:じゃあ、俺の顔面に乗ってる足はなんなんだ? すでに蹴ってないか?)
「言ってることよくわからないけど、愛の鞭だから問題ない」
手をついたときにある程度速度は弱めたのでそんなに衝撃はないだろう。
今も入り口の上の部分に手をかけてぶら下がっている状態だし。
その証拠に、喜助が立ち上がった状態のまま耐えているのだから、我ながら慈悲深い行動だ。しかしこのままでは会話もままならないので、私は反動をつけて喜助から離れ、軽い身のこなしで着地した。
「まったく、別に私ならいくらでもからかってもらっていいけど。
慧音はそういうの慣れてないんだから……大丈夫?」
子供の授業のことで頭がいっぱいになっている状態で、これ以上いらないことを考えさせたらまずいのではないか。
そう思って後ろを振り返ると、うつ伏せではなく畳の上に座りなおしていた。
もしかしたら今のやり取りでちょうど緊張が解れたのかもしれない。
そんなことを思いながら近づいていくと、唇が小さく動いているのがわかる。
「妹紅、同性、子供、授業……妹紅、同性、子供、授業……」
「……お、おーい。大丈夫~?」
何やら、無表情で繰り返し繰り返し単語をつぶやくという、見るからに危険な状態。
なんとか正気に戻そうと軽く肩に手を触れてみると。
ぽふっ
と、そんな音がしそうなくらい、一気に慧音の顔が赤くなり――
ぽてっ
湯気が出そうなほど熱くなった頭のまま、ころっと畳の上に倒れ込んだ。
どうやら思考回路に負担を掛けすぎたらしい。
「ちょ、ちょっと! 慧音! け~~~~ね~~~~!!」
もうすぐ子供がくるというのに、先生が目を回して気絶する。
そんな状況の中で残された私にできることといえば、彼女の名前を呼ぶことだけだった。
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかさまになっているじゃないか」
喜助がつぶやくとおり、今の教室の中は平穏に包まれていた。
私の目の前には、可愛らしい小さな服を着た子供たちが並び、その視線がずっと前に座る慧音の姿を見つめている。さっきのあの騒動のおかげで、子供たちの前でも混乱するかもしれない。それが心配で教室の一番後ろ壁のところに残ってみたわけだが、平然とした態度で書物をゆっくり、わかりやすく読む姿はちゃんと先生をしているようにも見えた。今日初めて授業を受け持つとは思えないほど堂々としているのだから。
「誰かさんが急にやってこなければ、もっと順調だったんだろうけど」
「お、俺は里を守る自警団として当然のことをしたつもりなんだが?」
「はいはい、授業が終わったらちゃんと慧音に謝ってね」
謝れと言ってすぐこんなことを考えるのはどうかと思うけれど、おそらく慧音はまったく今日のことを気にしていないだろう。だって、優しい表情を浮かべながらも真剣に子供たちと向きあうだけで、本当に幸せそうなのだから。授業が始まった直後はどうなるかと心配だったけれど。
そう、あれは授業が始まってすぐ。
慧音が、初めましてだから自己紹介をお願い、と言ったときのことだった。
元気の良い子供たちは前から順番に自分の名前と、好きなもの、嫌いなものを発表していくなか、最後の一人。一番後ろの席に座る男の子が、大きな声でこんなことを言ったのだ。
「好きなものは何もない。大嫌いなのは妖怪!」と。
子供だからなんのしがらみもなく言える、きつい言葉。
その生意気そうな子供が答えた瞬間、慧音が少しだけ悲しそうに笑う。
「そうか、妖怪が嫌いなのか」
「うん、大嫌い。妖怪なんてみんな死んじゃえばいいよ」
無邪気だから表現できる、単純な嫌悪。
初めての教師としては厳しすぎる洗礼。
人間の教師であれば軽く受け流してしまうかもしれないが……
私の予想が正しければ、慧音は通常の人間と呼ばれる種族ではない。彼女の口からは聞いていないが、先日のやり取りからして、まず間違いないだろう。
そんな彼女がどうやって答えるのか、それとも受け流すのか。
さあ、どうする?
「みんなも妖怪のことが嫌いだったり、怖かったりするかな?」
興味津々に見つめる私の視界の中、慧音は穏やかな口調で子供たちに問い掛ける。
その答えに迷うものもいたが、子供たちは口々に『怖い』という言葉を口にする。ただ、嫌いかと言う質問に対してはほとんど答えるものはいなかった。なぜなら、人里にやってくる妖怪のほとんどが人間と変わらない姿をしているから。相手のことを外見でしか知らないのに、嫌えという方が無理な話だろう。
大人から『妖怪は絶対に悪』という知識を植え付けられていれば話は別だが……
「そうか、それは仕方のないことだよ。怖いと思うことは、恥ずかしいことじゃない。
妖怪は人間とは違う。
自分たちと違うものを怖いと思うことは、身を守るときにとても大切なんだ」
『怖い』その言葉をぶつけられても、慧音は微塵も動揺することなく教室内を見渡す。そうやって、子供たちのざわつきが納まるのを待ってから、正座したまま子供たちに頭を下げる。
「本当なら、授業を始めないといけないんだが。
少しだけ、私の話に付き合ってもらえないだろうか。馬鹿な話だと笑い飛ばしてくれてもいいから」
そんな慧音に対し、最初は悪ふざけで『ヤダー』とか言う子供もいたけれど。
最終的には慧音の真剣さに押されたのか『はい』と小さく頷き返す。
「ありがとう、では、少しだけ。私が教えようと思う歴史について、語らせてもらう」
体を起こした彼女は、会釈してから教本を閉じ。
一度だけ静かに深呼吸する。
「これから私が教えるのは、人里と幻想郷の中の歴史だ。
昔のことだと言って馬鹿にする大人もいるかもしれないが、歴史というのは明日に進むためには必ず必要なものだと、私は思うんだ」
「当たり前だ、そういうのを教えるのがあんたの仕事って、父ちゃんが言ってた」
さっきの生意気な子供が、満足そうに頷いて話に割って入ってくる。
しかしそんなことをまるで気にせず、慧音は静かな口調のまま話を続けた。
「そうだね、でも私は一方に偏った歴史だけを教えるつもりはない。
みんなは妖怪が怖いというけれど、妖怪だって人間を怖いと思っているんだよ?
この教本には載っていないからわからないかもしれないが、人間は自分の土地を広げるため妖怪の住処である森や山に火を放ったこともあるのだから」
「え、なんでそんな可哀想なこと……」
前の席に座っていた女の子が思わずそうつぶやく。
「それは人間にとって仕方ないことだったんだよ。
人の数が増えて、野菜やお米を多く取らないといけなくなったからね。少しだけ広げる必要があったんだ。でもその中でいけなかったことは、妖怪たちにまったくその話をせず、無理やり土地を奪ったこと。みんなも、無理やり家を追い出されたら悲しくならないか?」
こくり、と。
大半の子供が頷き、生意気な男の子は腕を組みそっぽを向いてしまう。
それでも慧音はやさしい口調で、全員がわかるように語る。
「でも妖怪だって、人里の中で暴れてはいけないという決まりごとを破ってしまうのがいる。山道を歩いている人間をいきなり襲う者だっている。しかし、人間を食べない妖怪だっている。
人間の中にだって悪い人と、良い人がいるようにね。
だからそういう昔の出来事。歴史を勉強して、上手く妖怪たちと付き合えるようになって欲しい。嫌ってもいい、怖いと思ってもいい。
でも、ちゃんと自分の身を守っていけるように……
『人間としてやってはいけないこと』をみんなと勉強していきたいと思っている」
「へぇ……」
私は思わずそんな声を上げていた。
出会ってすぐのときは、こんなにしゃべると思ってもいなかったからというのもあったが……
あの知識をたった3日で揃え、ちゃんと子供たちの意見も聞きいれて会話を変化させる。まだ授業が始まって少しししか経っていないけれど、彼女にとってこれは間違いなく天職だと感じた。
それに――
「私もまだ、未熟だから最後に少し個人的な意見を言わせてもらうとすれば……
妖怪だから、自分たちとは違うからと言って無闇に憎んだりするのだけは止めて欲しいと思う。
そうやって憎しみあって、争い、お互い傷つくだけというは悲しすぎるからね」
人間らしい青臭さがあるのが、実に良い。
先生として中立の立場にいたいと思っているのに、どうしても自分の心を捨てきれない。そんな甘さを含めて、彼女に寺子屋の先生を任せたのは正解だと感じた。
そして、もう一人。
自分と同じことを考えている奴の脇腹を肘で小突いてやる。
「どう? 私の見る目も悪くないでしょう?」
「ああ、正直凄いとは思うが……
妹紅、お前絶対前任者の話を彼女に伝えただろう?
ほとんどあの先生と同じ考え方じゃないか」
「いいや、授業の資料は渡したが、何も余計なことは言ってない。
慧音の感性に任せただけさ」
喜助が驚くのは無理もない。
人里に暮らしていて、ああいった考え方をできるものというのは限られる。だって、まず自分たちの生活が第一になってしまうから。どうしても妖怪等他の種族に対して、個人差はあるが冷たい態度を取ってしまう。
「それで……あの持論を持つ、か。若いながら、いろいろ苦労したのかもしれないな」
「そうだね。でも今の人里なら、余計に苦労するんじゃない?
ねぇ? 自警団さん」
「……頭の痛い話題を出さないでくれ」
私たちの視線の先では、自分の主張を終えた慧音が順調に授業を進めていく。
やさしげな微笑を浮かべる姿は長年教職を務めていたようにも見えるくらい。
まるでそれは彼女のためにあつらえられた空間のようにも感じた。
ただ、それがあまりに順調すぎるから。
私は、怖くてたまらなくなる。
だって、彼女が……
人間という種族を愛しているのだから。
◇ ◇ ◇
日が沈み、人里を完全に宵闇が覆ったころ。
一人の女性が人通りの少なくなった大通りを歩いていた。それでもまだ夜も浅い時間ということで時折飲み屋からは威勢のいい声が飛び交っている。そんな明かりがぽつりぽつりとある中を歩いていた彼女は、万屋の看板を見つけて通りから裏道へと入っていく。
別に怪しいことをするわけではない。
そっちの方が近道だったから、たったそれだけ。
「酒か、そういえばしばらくぶりだな」
青い服を着た長い髪の女性は、綻ぶ顔を気にすることなく、教えられた道を歩く。
その人物こそ最近人里で話題になっている若い寺子屋の先生。上白沢 慧音だった。なぜ彼女がこんな裏道を通ってまで近道をしようかと思ったかと言えば、妹紅が夕食をごちそうしてくれるから。人里の中でも名の知れた料亭に招待するという話なのだ。
「しかし、妹紅もそういうことは早く教えてくれればいいのに……」
彼女が言うように、今日の誘いは本当に急なものだった。
昼過ぎに寺子屋が終わって家に戻ってみると、手紙と地図が玄関に置かれていて、その内容が夕食に誘うものだった。差出人の名前は妹紅で、寺子屋でがんばっている彼女への遅い就職祝いだという。
確かにここ10日間はほとんど寺子屋のことばかりで自分の時間など作ったことがなかった慧音としては、久しぶりに妹紅と楽しい時間が作れるのが嬉しくて、昼食を食べた後はずっとそのことばかり考えていた。
どうやって感謝の言葉を言おうか、どんな話をしようか。
それを考えるだけでどんどん時間は通り過ぎ……
頭の中を整理できないまま、気が付けばもう夕方。
慌てて明日の寺子屋の準備だけして家を飛び出したわけである。
そのおかげで……
「そういった名の知れた場所に……」
着替えてこなくもてよかっただろうか、そんな不安が慧音の頭の中に浮かんでくる。
慧音としては今の青い服と似たものを寺子屋の収入で購入してはいるが、人がよく着ている着物というのは一着も持っていない。井戸端会議で仲良くなった人からは『着物がなかったら貸してあげる』という嬉しい提案を受けていたが、誘いに舞い上がってしまったせいでその案も頭のどこか遠いところに飛んでいってしまっていた。
とにかく、地図が正しければもうその場所は見えてくるはず。
とりあえずそこまで行ってみて入れてくれるかどうか聞いてみるしかない。
慧音は足早に裏路地を歩き、その先にある東通りへ向けて足を進めようとするが――
『闇の中。広い空間へと出るときは、常に警戒すること』
昔、人間に追われていたときの経験が一瞬だけ慧音の足を止めさせた。
その瞬間。
ブンッ
風切る音と共に何かが彼女の前を行き過ぎる。
単なる風の音のはずがない。
上から下に流れる風の音など人里にあるわけがないのだから。
そんな不意の出来事に慧音は呆然と立ち尽くしていたが――
今まで自分が歩いてきた裏道に何かが複数落ちる音を聞き、我に返る。
そうやって思考を取り戻した頭で把握できるのは、おそらく自分が何者かに襲われているということだけ。しかも前方と後方からの挟み撃ち。
前方から攻撃してきた相手はこちらから見えない東通りの入り口のところに隠れたままで、後方から迫る相手を待っているということか。攻撃してきたのは一人だが、そこで待ち構えているのが一人だけという保証はどこにもない。前方と後方、下がっても進んでも地獄なこの状況。
この状況で攻撃を仕掛けてくるとするなら――
がらっ
(やはり、上!)
瓦がわずかに鳴る音を聞き、慧音は迷わず東通りへ向かって地を蹴る。
狭い場所で不意打ちを受けることだけは避けたかったから。
それでも、その行動は襲撃者の予想範囲内。
炙り出された慧音へ向けて、両側に隠れていた誰かが手に持った武器。
木刀を容赦なく振り下ろす。
正確に後頭部へ振り下ろされた一撃は、彼女の意識を一瞬で刈り取る――
ガッ
――ことはなかった。
慧音が振り上げた両腕でそれを受け止めたのだから。
篭手をつけているわけでもないのに、骨に異常が残るような一撃を素肌で。
驚く襲撃者など気にせず、慧音はそのまま走る勢いを殺さずに二人の間を駆け抜け――
通りの中央あたりで再び足を止めることとなってしまう。
目の前に、新しい影が三つ現れたのだから。
「女性一人襲うのに、この人数か。手の込んだことをするじゃないか」
さっきの場所に二人。裏路地から二人。そして屋根から襲ってきた一人。
目の前に三人。慧音が足を止めたせいで追いついた人数も含めて合計8つの人影が慧音を取り囲んでいる。手に持っているのは全員同じような木刀。そして身に付けているのは闇に解けてしまいそうな黒装束。
慧音が油断なく身構えていると、そのうちの一人が勝ち誇ったように一歩だけ近づく。
「今の寺子屋の教え方、それを変えてもらおうか」
教育方針。
まだ10日しか寺子屋で歴史を教えていないものの、彼女の教え方は自分の身を守るために何をすればいいか。それに重点を置いているため、妖怪の悪行だけでなく、人間と妖怪の両方に対する善行、悪行を授業の中で説明し、その事件について深く考えるというもの。起こった事実を暗記するだけでは子供たちのためにならない。そう思って授業に取り組んできた。
その授業は前任と同じような部分があり、里の中でも評価が高いものだったが――
「なるほど、それでコレか。そうやって脅して私に教育方針を変えろと?」
一部の人からは、妖怪の非道さをもっと教えるべきだという意見も突きつけられてきた。
それでも彼女は自分の方針を曲げないと言い返し続けていたわけだが……
その教育方針を変えてくれと言うがためにこんな行為に走るとは、彼女も予想していなかったのだろう。
「そう、困るんだよ。ちゃんと妖怪が悪者だと教えてくれないと……」
「しかし、困っているのはお前たちだけではないのか?
もしこれが人里全員の意思だというのなら、夜にこそこそと襲う意味などないと思うが」
図星を突かれた黒装束たちがいきり立ち、緊張した空気を纏い始める。
圧倒的優位に立っているのだから、脅せば新参者の女性くらいどうにでもなると思っているのかもしれないが、彼女は自分の信念を易々と変えるような人物ではない。
構えをとき、平然とその人影の威圧を受け続ける。
「ただ、お前たちはこの場所がどこだかよくわかっていないようだな。
こんな場所で私を襲おうなどとは……
初撃を損じた時点で諦めていればいいものを」
「ふ、戯言を。やはり、痛い目をみないとわからないか……」
そう言って代表格の男がさらに一歩近づこうとした瞬間。
慧音は大きく息を吸い込んで……
「――――――――― っ!!」
「ぐ、こ、このアマ!!」
言葉に表現できないほどの叫び声を周囲に響かせる。
もちろん、声を使って相手を攻撃したわけではない。
これだけ大きな声を出すだけで十分なのだ。
さきほどまで堂々としていた黒ずくめの人影が周囲の様子をうかがい始めているのがその証拠。
「やはり、お前達の独断の行動のようだな。
里の意思であるなら、自警団の中にも話は通っているはず。だから私の大声を聞いた者たちがここに姿を見せても何一つ動揺する必要はない。違うか?」
「く、くそっ、引けっ!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく黒い影と、闇の中にポツポツと生まれ始める小さな明かり。おそらくあれは自警団の提灯に違いない。
「はぁ、残念だが、今日の食事は諦めるか……」
そんなことをつぶやきながら、慧音も何故か慌ててその場から退き、急いで帰路についたのだった。
忙しそうに走り回る自警団の人たちに心の中で謝りながら。
――そんな人間が動き回る人里の中。
「ほうほう、彼女が噂の。これは面白くなってきましたねぇ」
頭の上に赤い角張った帽子を乗せた少女が、民家を背にしたまま瞳を輝かせていた。
「昨日はすまなかった! せっかく誘ってもらったのに」
妹紅はとりあえず首を傾げることしかできなかった。
昨日の誘い、と言われてもなんの覚えもなかったからだ。
「えーっと、私何か約束してたっけ」
山で採ってきたキノコや迷いの竹林産の竹炭。
それを届けに人里にやってきて、その後団子屋で休憩していたら、いきなりコレである。まあ、確かに数日に一回は寺子屋の様子を見に行ったりしているが、昨日は人里に近づいてもいないはず。
妹紅が何もわからないまま眉を潜めていると、どうやら慧音は別の意味で捉えてしまったようで……
苦笑しながら頬を指で掻き始める。
「ははは、やはり昨日すっぽかした事を怒っているのだな。
私だって妹紅との夕食は楽しみだったんだが、少し寺子屋のことで忙しくて出られなかったんだよ」
「だ~か~ら~。何の約束よ、それ」
「え? 何を言ってるんだ? 昨日私の家に来て書置きを残していったんだろう?」
「私、人里に近づいた記憶もないんだけど?」
「……なに? いやしかしそんなはずは……」
妹紅の言葉には何も含むことがなく、ただ本当のことを言っているだけ。
それを理解した慧音は頬に触れさせていた指を顎まで滑らせて……
一瞬だけ、瞼が大きく開かれた。
「……はは、すまない。妹紅。
どうやら、寝ぼけて夢を現実だと思い込んでいたようだ。
夜更かしし過ぎたせいかもしれないな……」
「あ、また無理してたの?
だからほどほどに休憩を入れないと駄目だっていってるのに」
「そういう性格なんだから仕方ないじゃないか。
忙しいところすまないな、妹紅。また今度」
「うん、また今度」
こうやって席に座って団子を頬張っているのがどう見たら忙しく感じるのかはわからないが、慧音はそそくさとその場を後にしてしまう。まるで逃げるように立ち去ったことを不自然に感じながらも、温かいお茶を口に運び――
「おやおや、今日は人里でしたか。
少々探すのに苦労してしまいましたよ」
「あら、天狗じゃないの。新聞配りの休憩か何か?」
「いえ、新聞のネタ探しですよ。最近人里に新しい寺子屋の先生が来たという情報を耳にしまして、本人に当たる前に彼女が親しくしている人物から調べようと思いまして」
手にした手帖でぺんっと自分の額を叩き、人懐っこい笑みを浮かべてくる元気そうな少女。
黒髪なので顔を見ただけでは普通の人間と変わらない。しかし高下駄ならぬ高靴と独特の赤い帽子から種族の特定は容易。俗にいう天狗という妖怪の山を住処とする妖怪だ。
特にこの鴉天狗の射命丸 文は自分の新聞用の情報を集めるため人里によく出没する。
「で、今日はその新聞を作るために私を探していたってことか」
「ええ、そのとおり。先に竹林をあたって、そのあとこっちに来てみたと言うわけです」
「そうか、で、どんな話が聞きたいの?」
「そうですねぇ、まず彼女の第一発見者があなたなのでそのときの話が一つ」
そう言いながら妹紅のすぐ横に腰を下ろし、お茶を注文。
そして従業員が十分離れてから、ニコニコ笑顔を浮かべたまま――
「あと一つは、あの慧音という女性の正体を――」
言い掛けた文の襟首が強く何かに捕まれ、そのまま斜め下誰かの胸の前に引き寄せられる。
普通、強くつかまれれば呼吸が苦しくなるようなものだが、十分息はできるようにただ体を引き寄せただけのようだった。
「おっと? これはこれは情熱的」
「ふざけるな……」
いきなりの行動に周囲の客が一気にどよめき立つ。
しかし妹紅はそれを鋭い瞳だけで制し、直接耳元に声をぶつけた。
「あなたが私の質問に正直に答えてくれればこれ以上は何もしない。
文、あなた、どこまで知っているの?」
「私が情報を聞きたかっただけだというのに、乱暴ですね。まったく。
私もあの人の正確な正体までは知りませんよ」
妹紅と同じような小さな声で質問に答える。その姿は脅されて小さな声を出しているという状態とは程遠い。襟首を捕まれているのに、その明るい態度はまったく変わらないのだから。
そうやって表情を変えないまま――
「ただ、人である可能性が極端に低いことだけは知っています」
決定的な言葉をつぶやいた。
妹紅はその言葉が真意かどうかを探ることもなく、ただ文を覚めた目で見下ろし続けている。
「おっと、その反応は。
妹紅さんも私と同じ、ということですか。
はあ、もう少し踏み入った情報が手に入ることを期待したというのに」
「それを、どこで知った?」
「む、いけませんね。私が情報を出したのだから今度はそちらの――」
「どこで知った?」
「……はいはい、わかりましたよ。
昨日です。昨日の夜。人里で」
妹紅に睨まれ、半ば自棄になりながら答えた文の言葉と、慧音が言っていた言葉が妹紅の中で重なる。
「はっきり言わせていただきますけど、昨日、慧音さんが人里の中で襲われていたのを私が目撃した。
そういうことです」
「理由は?」
「それをやんわりと調べようとしていただけですから、私に言われましても……
しかし人間とは素敵な種族ですねぇ。
自分と少しでも意見が違うものがいたら、同じ種族でも平気で争いを起こす。私たち天狗社会ではありえないことですよ。そんな影の部分は人間だった妹紅さんの方がよくご存知では?」
妹紅は沸騰しそうになる頭をなんとか抑えて、文の話を聞いていた。
だって心当たりがあり過ぎたから。
最近人里で問題になっている反妖怪を謳う過激派の活発化。
おそらくその一派が、慧音の授業にけちをつけた。
『人里の人間とある程度親しくなってから正体を明かすべきだ』
いつか慧音にそうやって助言するつもりだったのに、これでは正体を明かした途端に悪役に仕立て上げられ、退治される可能性が高い。
そのためには、この厄介な天狗の口をなんとしても抑え込む必要がある。
「文? もし、あなたが誰かにこのことを話したら、わかってるわね?」
「どうなるのでしょう? 正直わかりかねますが」
「へぇ、この場で焼き鳥になりたいんだ」
妹紅が手に妖力を込めようとしたとき、妹紅の手が見えない力に弾き飛ばされる。
直接文が弾いたわけではない。本来広い場所を吹き抜ける風が、極小さな範囲で暴れたのだ。そうやって易々と妹紅の拘束から逃れた文は風を纏ったまま団子屋の天井付近まで浮かび上がった。
「あまりいい気にならないで貰えますか?
一応あなたとの付き合いもあるので、ある程度は我慢してあげましたが。それ以上を求めるのであれば相手になってあげますよ? もっとも、勝負にはならないでしょうけれど。情報という意味ではですが」
そんな文に向かって炎を放とうと、勢いに任せて右手を上げるが――
その手を大きく振り払い、文に背を向ける。
「……悪かった。熱くなりすぎたよ」
「わかってくれたのであればこれ幸い。
一応こちらとしても、人里で妖怪の立場が危うくなる行為は避けたいところですので。
今のところはあなたの敵に回るつもりはない。とだけ言っておきますよ」
「味方とは言わないの?」
「ええ、重たい仲間意識で縛られたくはありませんので。
今日のところはこれで引き下がるとしましょう。あ、そうだ」
文は空中で何かを思い出したように声を上げると、素早く手帳に文字を書き込み始める。いきなり何事かと妹紅が見上げる中で、文はその一枚を丁寧に破り取り妹紅にそっと手渡す。
「では、よい一日を」
風を解いて音なく着地し、顔の横で細かく手を振りながら店を出て行く。
そんな後姿を追いかけるように、妹紅もその店を後にしたのだった。
その手に、切り取られた手帖の一枚を握り締めて。
~ 破りとられた手帖の一枚 ~
さすがにあの場では伝えることができなかったので、こういう形で連絡させていただきます。何を伝えたかったかといえば、私が慧音さんのことを人間ではないと思った根拠について。
慧音さんは、あの夜、人間に襲われ両方の腕で木刀を受け止めました。
人間の男が振り下ろした木刀を。
しかし、受け止めたことは大した問題ではありません。
やせ我慢すればできるかもしれませんからね。
大事なのは、その後。
彼女の腕には、痣一つなかったんですよ。
不自然だと思いませんか?
人間が、しかも女性がですよ?
当たり所が良かったから、なんて理屈で納得できるものではありません。
さらに翌日も平然と寺子屋に顔を出し、傷のついていない腕で人里を歩いていた。
おそらく彼女には自覚がないのでしょうけれど、これはよくありません。
彼女にとって、とてもまずい状況です。
昨日、彼女を襲った人がその姿を見たら、まず間違いなく違和感を覚えるでしょう。
そして私のように確信にはいたらなくとも、何者かと疑う可能性が高い。
もし、後一つ。決定的なことが起これば……どうなるか。
後の推測は、妹紅さんにお任せします。
追伸:
私も独自に動かせていただきます。
もちろん、自分の新聞のために。
全力で続きに期待してます。
ギスギスし過ぎず、しかし馴れ合ってる空気でもない。
人里の描写が自然な感じで良いですね。
時期としては紅霧異変より前?ゆかりんの黒幕っぷりが素敵です。
続きを楽しみにお待ちしてます。
慧音の帽子ってもう頭に乗ってるのかな?
そんなことはさておき、続きに期待です。