「高いものがあんまりおいしく感じられない理由を考えたわ。高いものを食べた時、普段使わない額を食事に使うわけでしょう。だから、身構えちゃうのよ。元を取らないと、って思っちゃうのよ。いつもと同じくらいのおいしさでも、高いぶん思ったよりおいしくない、と感じちゃうの。お金を持ってる人は、高いお金を使うのが普通だから、気負わずおいしく食べられるのよ」
「そうかなあ」
私は霊夢の持論に対して、否定と取られない程度の疑問を返した。
「それに、高い店は味が複雑なのよ。甘いなら甘い、辛いなら辛い、苦いなら苦い、フルーツならフルーツ、肉なら肉、みたいな味じゃなくて、なんていうのかしら。シンプルじゃないのよ。味が。気に入らないわ」
「それは単なる好みの問題だろ。安いもんでもおいしいものはおいしいし、高いものは高いものでおいしいぜ。確かに、安いもんはまずいことが多いが」
「高くておいしいものを食べても、安くておいしいものを食べても、おいしさの程度は同じくらいでしょ。高かったら、例えば単純に値段が二倍なら、二倍のおいしさを感じられなくちゃ不公平じゃない」
そんなこと言ったってなあ、と思う。そもそも二倍のおいしさって何なんだよ。霊夢が唐突に持論を展開し始めたので、ついてゆくのが精一杯だ。
「だから高いものを食べる必要なんてないのよ。安いものだけ食べてればいいの」
「お前は貧乏だから安いものしか食べられないだけだろ」
「なんですって」
「事実だろ」
むぐぐ、と霊夢は口を歪めて悔しそうにうめく。何かフラストレーションがたまっているらしい。
「だってさあ、最近なんなの。高級高級って」
「ああ」
近頃、里では頭に『高級』とつけるのが流行りだ。料理だったり、小物だったり、家具だったり日用品だったり、ぶっちゃけ既存品に色が付いた程度の、大して高級でもないものが売られていたりする。とは言っても、霊夢が言うほど、値段が釣り上がっている感じもしない。多少値上がりしている程度だ。
「それに、料亭だって、近頃は老舗と名乗って法外な値段で料理を提供してるとこもあるわ。許せないわ。何か理由をつけてぶっつぶしてやるんだから」
「完全な逆恨みじゃないか……料亭のほうだって客が来なけりゃやってられないわけだし、それで成り立っているんだからいいんだろ」
「むぐぐ」
霊夢が金持ちになれないのは当然のことだ。幻想郷にも通貨は一応あるけれど、ほとんど人間の間でだけ流通している。妖怪でも使うものはいるけれど、溜め込んだりするのは希有だ。ほとんど、人間だけを相手にする里の人間が儲かるのは当たり前の話で、人間ばかり相手にしていられない霊夢が儲からないのも当然だ。
一方で、高級をうたったり、高額な料亭が営業をするのも、里の人間にもそれなりに金を貯め込んだ富裕層が現れてきたということなのだろう。私にはあんまり関係のない話だ。いや、魔法で作る副産物の、アロマや石鹸なんかを売り込む時に、高級とつけて金持ちにつけこんでみようかな? それもアリだ、と思う。何より、流行に乗っかるのは悪くない。
「要するに、高い店に入れないから悔しいんだな」
「馬鹿にしないでよ。入ってみたことくらいあるわよ。ただ、値段ほどにおいしくないって思ったからそう言ってるだけ。山で魚を釣って焼いて食べたほうがよっぽどおいしいわ」
「まあ、採りたてのものは何でもおいしいよな」
「でしょ。馬鹿みたいな値段のものにお金を出すのなんて馬鹿のすることだわ。食べられればそれでいいのよ」
「それは違うと思うぜ。高いものには高いだけの理由があることもあるぜ。安いものに値段をつけて、暴利を貪ってる店もあると思うが、きちんと正当な値段で高いものを取り扱ってる店もある」
「ふうん。でも、私は行かないけどね」
「しょうがねえなぁ。なら勝負しようぜ」
「勝負? 弾幕? いいわよ、しましょうよ」
「弾幕じゃないぜ。うまい店で勝負だ」
「何。早食いでもするの」
「馬鹿。私が、うまい店を紹介してやるから、その店がおいしくなかったらお前の勝ちだ。その店の支払いは持ってやるよ。もし、おいしかったら、お前の負け。その店の払いはお前持ちだ。まあ、おいしいおいしくないは霊夢の主観だから、おいしくてもおいしくない、って言ってもいい。霊夢のプライドの問題だな。これでどうだ」
「いいわよ。でも、今は懐が寂しいから、どっちみちツケにするけど」
「なんだよ、結局私が奢るようなもんじゃないか。まあ、いいぜ。高い店がおいしくないって言われると、きちんとしてる高い店が可哀想だ。本物の店を知らない霊夢に本物の店の味を教えてやるよ」
そういうことになった。
「ここだぜ」
夜になってから、私は霊夢と連れ立って、里のステーキハウス『寿限無』へと訪れた。小さいが、自前の牧場も持っていて、結構いい肉を出すので、私は好みだった。だけどその分根が張るので、滅多には来られない。
「ふん。オシャレな店ね。店構えにお金を使うんなら、ちょっとでも安く出せばいいのに」
霊夢は店構えを見て、反感をたっぷり込めて言った。まあ、オシャレなのは本当だ。看板を照らす灯りには間接照明が使われてるし、ログハウス風の店構えにも古臭いところはなく、モダンだ。古臭い建物ばかりが目立つ幻想郷では、気取ってると思われても仕方がない。正直、私も少しはそう思う。新しい店だから仕方がないが。
「なぁに。コース料理しかないの。肉と米だけあればいいのに。それに、何よ、この値段。私の二ヶ月ぶんの生活費くらいあるわ」
「文句ばっかり言うなよ。ほら、入ろうぜ」
中に入ったらその調子で喋ってくれるなよ、と思いながら、私は店へと入った。霊夢も大人しくついてきた。からんからん、とカウベルが鳴る。いらっしゃいませ、と感じの良い青年の声が飛んでくる。
「二人だ。いいかい」
「はい、二名様ごあんない。こちらへどうぞ」
カウンター代わりの鉄板台の前に通された。奥には二組の家族連れが座っていた。そう安い店でもないのにこれだけ入ってるのなら、流行ってると言って良い感じだろう。水とおしぼりと、メニューが並べられる。霊夢がメニューをしどけなげに眺めている。あんまり興味はない、と言った風に。
「何よこれ、何が何なのか分かんないし」
「文句言うなよ。こういうのは適当に一番前のを選んでおけばいいんだよ。特選ステーキコースで頼む」
かしこまりました、と店員が答える。「私も同じのでいいわ」と霊夢は言って、面倒そうにメニューを閉じる。
「サーロインとテンダーロイン、どちらにします」
「テンダーロインで」
「……どう違うってのよ」店員が困ったように笑うから、「私と同じで頼む」と言っておく。
「焼き方は」「ウェルダン」「……だから何が何なのよ」「私と同じでいいぜ」そこまでで質問は終わったけれど、半ば置いてきぼりにされた形の霊夢は、すっかり機嫌を損ねてしまった。
それでも、食前酒と前菜にキノコの炒め物がきて、二人して食前酒をちびちび飲んで、キノコをむさぼっていると、ちょっとだけ気分が良くなったようで、「空きっ腹に入れると、頭に回るわねぇ」と霊夢は言った。店員が野菜と大蒜を焼き始めると、「何してんのよ。さっさと肉を焼けばいいのよ」と言った。酔って気が大きくなっている。
「すまん、あんまりコース料理とか食べたことのない奴なんだ。順番とかいいからできるだけまとめてしてやってくれ」かしこまりました、と店員が応える。
「何よそれ、魔理沙だって大してコース料理なんて食べたことないくせに。馬鹿にして」
霊夢は膨れて、食前酒のおかわりを要求する。食前酒を要求してるんじゃねぇよ、と思ってたら、野菜を焼いてるのとは別の店員がドリンクメニューを持って来る。やれやれ。
霊夢とお揃いで白ワインを飲んでいると、すっかり酔ってしまった。酔ってしまった頃に、店員がようやく肉を持ってきた。
「今日のお肉は黒毛の和牛になります。幻想郷の外の世界ではブランド牛として扱われている品種の牛を、幻想郷で増産して飼育しているものです」
「そんなのどうだっていいわよ。おいしいの?」もうすっかり霊夢はできあがっているから、店員に絡んでいくのも平気だった。私も普段なら平気だけども、この店はどうも静かな雰囲気だからやりにくい。
「ふうん。外の世界では牛のブランドなんてあるんだな。どれも一緒だと思ってたが」
「ええ、やはり良い牧草地や、独特の飼育法ではやはりお味が変わってきます。幻想郷の環境は、外の世界とは違うので、厳密にはブランド牛と同じ味は出せませんが、一応飼育法は踏襲しております」
「へえ」「いいから焼きなさいよ」
霊夢に急かされて、かしこまりました、と店員は油をしき、熱して、肉を鉄板に乗せる肉の焼ける音と匂いが広がって、それだけでよだれが口の中に出てくる。
「ふうん、おいしそうね」
「だろう」
「でも、いい、魔理沙。おいしい、って言っても、そこらの野良牛を狩ってきて、私たちが焼いたのと同じようなおいしさじゃ駄目なのよ。普段の倍以上のおいしさじゃなきゃいけないわ」
「そんなこと大声で言うなよ。まあ、条件そのものはいいぜ。お前の主観で決めてくれていい」
失礼な会話をしても、店員の顔色は変わらなかった。黙々と肉を焼いている。鉄製のコテでひっくり返された肉に、ちょうどよい焼け目がついている。焼きながら、ナイフで切り分け、手を伸ばし、切り分けたものを私たちのお皿の上に置いてゆく。
「おいしそうだぜ」
「すごくおいしそうね。これって、最初は何もつけず食べるとか、そういう作法はあるの」
「好きにすればいいだろ」すぐさま食べたかったから、たれに付けて口の中に放り込む。たれの味よりも、肉汁の味が口の中に広がる。この肉なら霊夢の言うようにそのまま食べてもうまいに違いない。私がばくばく食べてる横で、霊夢は大人しく店員の説明を聞いている。
「塩とたれと、あとわさびのたれがありますので、お好みでお使いください」
「ふぅん」
どこか不満げというか、興味なさそうな顔をした。塩だけでいいのに、と言わんばかりの、料理そのものはおいしそうでも、高級さを気取ったりしているように霊夢は感じているのかもしれない。霊夢は私をちらりと見て、肉にたれに軽くつけて、口の中に入れた。それきり霊夢は黙り込んで、食べるのに忙しくなった。それで、私も変に混ぜっ返したりせずに、食べるのに集中することにした。
それにしても、口の中で溶けるような、というのは定型文でよく使われる表現だけれども、よく言ったものだと思う。筋があって妙に固い、というのが牛肉の普通の姿だとすれば、妙な固さの全くない、牛肉とはまた別の何かのように感じられるのだ。霊夢の言う、味のシンプルじゃなさ、というのはこの辺りから来ているのかもしれない。それでも、おいしいことには変わりない。
食べ終わってアイスクリームが出て来た頃、「足りないわね」と霊夢が言っていたのが、勝敗を物語っていた。
足りない感じがするのは、量が少ない、ということよりも、もっと食べたい、と思うことから来るのだろう。あとあとで考えると、それもまた高級料理店への反感へと繋がっているのかもしれない。
とは言え、店を出たばかりの今では、充足感に包まれている。霊夢も同じはずだった。
「おいしかったわ、魔理沙」
「そうだろ」
「ええ。ただ高いからってダメだって言うのはダメね。おいしかったわ、魔理沙」
「今日の払いは持ってやったが、今度倍にして返すがいいぜ」
「ね、魔理沙、もう一勝負しましょうよ」
「何ぃ?」
霊夢が言い出したのはこういうことだった。次は霊夢が安くておいしい店を紹介する、それがおいしかったら私の負け、思ったほどじゃなかったら霊夢の負け……なんだ、私が損するばっかりじゃないか。まあ、それもいいさ、と思った。お金なんて貯め込んでいたって仕方ないのだし、あった分はうまく使えばいい。それに、友達同士ではそんな細かいことに、文句を言いっこしないものだ。一緒に飯を食いに行って、おごったりおごられたり、それでいい。
「じゃ、霊夢。次はどこに連れてってくれるんだ?」
「お腹は膨れたけど、お酒は足りないことないかしら。良い日本酒を出してくれる店を知ってるから、そこに行きましょう。それに、お値段も据え置きなの」
「いいな。行こう行こう」
そういうわけで、その日は一晩中飯屋を巡って、すっかり私も霊夢も、すってんてんになってしまったんだ。
しかし美味しい和牛を食べると安いのがゴムみたいに感じてきてしまうという…
気軽に食べ歩きが出来る関係って良いものですねぇ
最近赤身肉も人気がでてきましたね。確か。
しかしステーキとかしばらく食べてないなぁ・・・今度食べにいくか
個人ブログのエントリーをつらつら読まされてる気分。
アイコンにしゃべらせてる感じの。もう少し作品世界に寄せて書いて
もらえないかな...って思います。
日記のアテレコさせるんじゃなくてね。