Coolier - 新生・東方創想話

私が私であるために

2010/02/04 19:49:15
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0.序

 衝撃、それと同時に薄れる意識。
 青く染まっていた視界が、黒く塗りつぶされていく。
 それが、博麗霊夢としての記憶を持っていた最後の意識だった。



1.記憶

「……っ」
 目を開けた瞬間に襲ってくる頭の痛み。
 一体何がどうしたというのだ。
 立ちあがり、痛む頭を押さえながら正面を向くと、目の前には大きな鳥居が立っていた。
『霊夢~』
 2本の大きな角が不釣合いな女の子が、鳥居の上で腰をかけ、持っている瓢箪を傾けながら笑顔を向けてくる。
 しかし女の子は一瞬で消え、その姿を思い出すことはもう出来なかった。
「霊夢……」
 ポツリと呟くが、その名前に心当たりはない。
 次に鳥居から180度方向を転換し、奥の様子を見る。
 そこにあったのは賽銭箱だった。
 鳥居に賽銭箱、それだけでも十分ここは神社だということが窺うことはできた。
 だが、そこで新たな問題が発生する。
 何故、私は神社で倒れていたのだろうか。
 というか、今更だけど、私は一体誰なんだろう。
 名前が思い出せない。
 全くといっていいほど、自分の名前が思い出せない。
 それならと、知り合いのことでも覚えているか思いだそうとしたが、顔すらも思い出せないのは一体どういうことだ。
 交友関係が全くなかったとでもいうのだろうか。
 そうだとしても、誰かの顔くらい覚えているだろうと、さらに頭の中をかき混ぜてみるが、やはり思い浮かぶ顔はなかった。
 しかし、ここが神社であるということは分かる。
 自分を含めてだが、他の人のことは全く思い出すことは出来ないが、ここが神社だということが分かる事実。
 もしかしたら、ここがどういう場所であるかは思い出せるかもしれない。
 そう思った私は、何か手がかりがないかと建物の方に向かおうとしたが、ずれてきた服に足を引っ掛け倒れそうになった。
 なんだこの動きにくい服は。
 手元、足元、そして体全体を見回した感想はそれだった。
 だけどこれは……見たことがある。
 巫女……服。
 そう、私はこの服が何かを知っている。
 神に仕える者が着る服だ。
 そして、巫女服を着ている自分は巫女なんだろう。
 いや、誰かが着替えさせたのかもしれないし、そう結論付けるの早計か。
 だが、これは手がかりになる。
 動きにくいことには目をつむることにして、私は建物の方へと急いだ。
 中に入り、手がかりのものを探すが、これほどまでに何もないとは思わなかった。
 台所では、急須と湯呑があるだけで、寝室にしても殺風景な部屋の中に布団が一式敷いてあるだけ。
 本当に人が住んでいるのか、と疑うほどの生活空間だが、人が居た雰囲気も残っている。
 これ以上この建物を見ても、何も得るものはないだろう。
 ならば、これからどうするのか。
 分かり切っていることだ。
 私が何も思い出せないのならば、私を知っている誰かを探せばいい。
 そう結論付けた私は、神社を後にした。



2.人外との遭遇

 どこをどう歩いていたのだろう。
 もうそれすら分からない。
 そもそも歩いている場所も、歩いてきた道のりも全く思い出すことはできなかったのだから。
 私の記憶にあるのは、神社だけ。
 それ以外は何も覚えていない。
 なのに何故、来たことがある既視感がわくのか。
 不思議だ。
 当てもなく歩いているはずなのに、向かっている先は答えに繋がっている気がする。
「あれ、博麗の巫女?」
 突然頭上から声が聞こえた。
 思わず見上げると、そこには猫の耳と二股の尻尾を生やした生き物が居た。
 人のように見えるが、明らかに人外だ。
 私はそれが当然の動きかのように、即座に身構えた。
 頭が覚えていなくても、体が覚えているのだろうか。
 ん?
 そこで疑問に思う。
 違和感とでもいうのだろうか。
 ここは何かが違う。
 そう、私は人外が居ることを普通に受け入れている。
 ここは……一体どこなの。
「霊夢?」
 不信に思ったのだろうか、人外がまた声をかけてきた。
 そのとき、不意に記憶が蘇る。
 その記憶は、違和感の謎を全て消し去った。
 そうだ、ここは幻想郷だ。
 結界により外の世界と遮断された、人と妖が住む世界。
 そんな世界だ。
「もう、霊夢~」
 なおも声をかけてくる人外。
「ねえ、さっきから霊夢霊夢って、一体誰のことなの」
 恐らくは自分のことなのだろうが、確認のために聞いてみた。
「霊夢は霊夢でしょ、あなたのことよ」
「そう、やっぱりそうなのね」
「どうしたの霊夢、なんかおかしいよ」
 これ以上不信がらせるのは得策ではないだろう。
 最初に身構えはしたが、この人外は安全だと感じたので、今の状況を話すことにした。
 しかし、どう説明すればいいのか。
「あぁ、えとね私記憶がないみたいなの」
「ん? 記憶?」
 1番分かりやすい説明だと思っていたのに、人外は記憶がないということを理解できていないようだった。
「なんて言えばいいのか、あなたのことが誰かも分からない、って言えばどうかしら」
「霊夢私のこと分からないの? 橙だよ。藍様の式の」
「藍……」
「藍様は紫様の式なんだよ」
 人外はどうやら橙という名前らしいが、そうぽんぽん話をされると思考が追いつかない。
 ただここで分かったことがある。
 このまま橙と話をしていても、進展はないだろうということ。
 橙がいう藍、もしくは紫という名の人物と話をするのが望ましそうだった。
「橙」
「何?」
「その、藍か紫に会いたいんだけどどうすればいい?」
「んー、家に戻れば会えると思うよ」
 さも当然のようにそういう橙。
「橙、その家に私を連れて行ってくれない?」
「いいけど、霊夢は連れていかなくても、自分で行けるじゃない」
「今は無理なのよ……」
「そうなの? それじゃ一緒に行こ」
 私は橙とその家とやらに向かうことにした。



3.始まりの予感

「橙お帰り、あれ霊夢も一緒か」
「ただいま藍様」
「……」
 私は何も答えなかった。
 まずは今の状況を理解してもらわなければ、私が何を説明しても無駄だと思ったから。
「どうした霊夢、何か何時もと様子が違うが」
「藍様、霊夢記憶がないんだって」
「え?」
 橙の言葉を聞いた藍は、即座に視線を私のほうへと向けてきた。
 私は何も答えず、ただ首を上下に振る。
「ほんと見たいね」
「ええ」
「……」
「……」
 沈黙。
 一体何から話をすればいいのか。
「とりあえず紫様に会うか?」
「あ、ええ、そうするわ」
 確かに主抜きで話を進めるのはどうかと思い、すぐその意見に同意した。
「それじゃ、紫様の寝室にいこう。 橙、あなたは居間のほうで待ってて」
「はい、藍様」
 さすがに式というだけはあるのか、橙は藍の言葉に素直に従っていた。

「もうすぐ紫様の寝室につく」
「無駄に広いわね、ここは」
 何故寝室に行くのに2分も歩かなければいけないのか、だから皮肉を込めてそう言い返した。
「そう言わないで霊夢。 これは外部からの侵入者避けのためよ」
「侵入者?」
「ええ、たまに居るのよ命を無駄にする輩がね」
 私は藍の言葉に違和感を感じた。
 前後の言葉には明らかに矛盾があるからだ。
 むしろ、これは紫を侵入者から守るためではなく、侵入者の命を守るためなのではないだろうか。
 疑惑の念を藍に向けると、
「あぁ、実は本当はな……」
 観念したかのように、本意を話してくれた。
 どうやら、紫が侵入者を倒すと、後の惨状がとんでもないことになるらしく、 片付けるのが面倒だということらしい。
 しかし、スペルカードルールを制定したのに、まだそのルールに従わない輩がいるなんて残念でならなかった。
 ……。
 え、なんで私今そんなことを思ったの。
 一瞬の記憶、だがそれはすぐに泡となり消えていった。

「紫様、入りますよ」
 藍はそう言いながら寝室の襖を開けると、中へ入っていった。
 それに続いて私も中に入るが、視界に飛びこんできた風景を見て驚愕した。
 だだっ広い和室の中に、一式だけの布団が置かれており、その布団はこんもりと盛り上がっていたのだ。
「寝てるの?」
「ええ、何時ものことなんで気にしないでください」
 その言葉を聞いたとき、ぐらりと頭の中が揺れた。
 知っている。
 私は、この紫という人物が何時も寝ているということを知っている。
 そして、何故だか分からないが、妙にムカムカしてきた。
 単純に行動で現すなら、このこんもりと膨れ上がっている布団を足蹴にしたいということだ。
 しかし、それと同じに妙な感覚も芽生える。
 恐らく頼りにして大丈夫だということ。
 それだけは分かった。
「で、どうするの?」
「起こします」
 そう言い放った藍は、まるで亭主を起こしにいく女房のように、布団の横まで近寄ると、しなりと座りこんで布団を揺すった。
「紫様、起きてください」
 突っ込んでいいですか。
 あんなので起きるような気がしないです。
 本当に足蹴にしたほうが起きるんじゃないだろうか。
「あ、藍おはよう」
 そんな馬鹿な、こんな簡単に起きるなんて……。
 記憶がないはずなのに、これはありえない状況だと、眠っている記憶が自分に訴えているようだった。
「それに霊夢もおはよう」
 だが、ここからが始まりだ。
 何故か分からないが、そう感じた。



4.提案

「で、どういう状況なの?」
 寝室から居間に移動して、私、紫、藍、橙の4人が揃ったところで、紫がそう口火を切った。
「霊夢が、記憶を無くしたみたいです」
 藍が相槌を打つ。
 それと同時に紫が私の方を向いた。
「ええ、私自身どういう状況なのか全く分からないわ」
 それしか言えることはない。
「そう……それじゃ、記憶がどうこうというよりも、あなたがどういう人間で、どういう役割を持っているかを教えてあげるわ」
 全てを見透かした目。
 紫は私を凝視しながら、話をはじめた。
 私の名前は博麗霊夢であり、博麗の巫女であるということ。
 自分の格好を見れば、その辺は容易に予想は出来たことだ。
 話は続く。
 その博麗の巫女は幻想郷と外界を分断する博麗大結界を維持していること。
 そして、記憶はなくなってはいるものの、少し力が弱まっただけで博麗結界自体の維持は続いているということだった。
 話を聞いて思ったけど、私、実はとんでもない役割を持っているんじゃ……。
 一抹の不安。
「私はこれからどうしたらいい?」
「ん?」
 橙は何が起きているのか分かっていないようだった。
「……」
 藍も。
 だが、1人だけ声を上げたものが居た。
「んー、それじゃ、しばらくここに居ればいいじゃない」
 紫だった。
「いいの?」
「ええ、博麗結界も問題ないし、なにより神社まで出向かなくていいから」
 裏のない笑顔。
 本気でそう思っているあたり、紫らしく感じた。
 紫らしい?
 私は何故そう感じたのだろう。
 一瞬のことだったから、今はもう分からない
「それにね」
 紫が続ける。
「藍や橙が嬉しそうだから」
「そうなの?」
「そうなの」
 そういい切った紫の言葉を信用しないではないが、なんとなく藍と橙のほうへと顔を向けた。
 くったくない笑顔を向ける橙に、澄ました顔でみている藍。
 二人を見た様子では、橙は確かに嬉しそうにしているが、藍は嬉しそうとは言わないまでも、迷惑だとはおもっていなさそうだと感じた。
 まあ、主である紫の提案を否定するような真似はしないのだろうけど。
「じゃあ、お世話になっていいかしら」
「ええ、歓迎するわ。 ようこそマヨヒガへ」
 かくして私はマヨヒガでの生活をはじめることとなった。



5.条件

「霊夢、砂糖とってくれる?」
 ぐつぐつ煮えている鍋を見ながら、藍が私にそう言った。
「どこにあるの?」
「そこ」
 そう言った藍の指先はキッチンの端を指しており、その場所には砂糖だけではなく、胡椒やら、塩やら、色々な調味料が置かれていた。
 後で聞くと、そういう調味料などは紫が手に入れてくるらしいが、それ以上詳しくは教えてくれなかった。
「はい」
 砂糖を持っていくと、藍は適当量鍋の中に砂糖を振りまき、私に砂糖を返してから、またぐるぐると鍋をかき混ぜ始めた。
 その砂糖を元あった場所に戻し、またすぐ何かを手伝える位置に戻る。

 何故私が藍の手伝いをしているのか。
 それは紫が出した、3つの条件のうちの1つだったからだ。
 その条件とは、
  条件1.神社には定期的に戻り、掃除など必要なことをしてくる
  条件2.出来る限り橙や藍の手伝いをする。
      手伝いに限らず必要とされたときは、相手をする。
  条件3.無理に記憶を思い出そうとしない。
 ということだった。

 とくに3つ目については、かなり念を押された。
 無理に思い出そうとして、博麗大結界に歪がでたり、力がこれ以上弱まるのは困るから、だと。
 確かに実際記憶がなくなったことで、少し力は弱まっていると言っていたし、この条件にはきっちり従っておくべきだろう。
 博麗の巫女としての役割を聞いたときは、そんな大役無理だとも思ったが、実際は結界とやらもまだ維持されているようだし、私が役割を放棄することで、この幻想郷がどうにかなってしまうことのほうが怖かった。
 そう、記憶を失ったままの生活を強いられることより、もだ。

「霊夢、味見してみて」
 藍がそう言いながら小皿を渡してきたので、私はそれを受け取り、口元に小皿をもっていくと、それを傾けた。
「美味しい……」
 思わず言葉出るほど、しかしそれは素直な気持ちだった。
 薄味だが、醤油を基調に、みりん、砂糖が、いい具合にブレンドされている。
「そうか、それならよかった。私も味見はしてみたが、私以外の感想も聞いておきたかったからな」
「うん、美味しいわよ」
「よし、それじゃ紫様と橙も呼んで食事にしよう」
 そう言って準備を始めた藍は、紫や橙に食事を作ることが好きなんだろう、本当に楽しそうだった。
 それを見た私は、色んなことがありすぎて強張っていた顔が、自然と笑顔になっていくのを感じた。



6.食卓

「うん、なかなかいけるわね」
「美味しいです♪」
 そう言いながら、紫と橙はパクパクとご飯を口に運んでいく。
「ほら、霊夢も食べなさいよ」
「あ、うん」
 あまりにも美味しそうに食べているので、それを見ていたら、自分が食べることを忘れてしまっていた。
「あ、やっぱり美味しい」
 さっきは味見しかしていなかったが、実際食べてみるとその美味しさは口の中を存分に刺激した。
 その美味しさに、周りのことに気を使うことを忘れぱくつく。
 だから、そんな私の姿をみて微笑んでいる紫達の視線に気づくことはなかった。

「藍様、藍様、このお肉美味しいです!」
「そうか、そうか、それはよかった」
「橙、喉に詰まったらこまるんだから、ゆっくり食べなさいね」
「はーい紫様」

「そういえば藍、結界の修復のほうどうなってる?」
「はい、少々厄介な解れがあったので一時的に修復はしましたが、あれは紫様が修復したほうがいいかもしれません」
「そう、分かったわ、それじゃその修復部分は明日私がみておくわ」
「お願いします紫様」

「霊夢、まだ一日目だけど、マヨヒガの生活はどうだった?」
「うん、おもったより居心地がいいわ」
「へ~、霊夢の口からそんな言葉が出るなんてね」
「ちょっと紫、私そんなこと言わないような奴だったの?」
「ええ、ちょっと捻くれてたから」

 食卓で交わされる会話。
 なんか重要な会話もさり気に混ざっていたような気もするけど、今の私にはどうすることもできないし、気にすることもないだろう。
 いや、もし記憶があったときにしろ、畑違いで手は出せないのかもしれない。
 だから、今は余計なことを考えず、この生活に浸ろう。
 思った以上に居心地がよかったのは嘘じゃないし……。
 それに何故か、こういう食卓の場を楽しく感じた。
 ほんと、記憶が失う前の私は一体どういう生活をしていたのだろう。
 ふと考えてしまうが、紫の条件を思い出し、すぐに考えるのやめた。



7.本音と嘘

 一日目こそ慌しかったが、マヨヒガの生活に慣れるのに時間はかからなかった。
 条件どおり、定期的に神社にも帰ったし、藍の手伝いや、橙の遊び相手にもなった。
 ただ紫は思った以上に忙しいようで(寝る時間も多いが、睡眠をとることはかなり重要らしい)あまり話をする機会もなく、話をしても私がどうだったとか、紫自身の話がでることはなかった。

 そして、そんな紫と話をしていたとき、
「ねぇ紫」
「どうしたの霊夢」
「私ずっとここに居ていいかな」
 ふと私の口から出た言葉。
「……ええ、霊夢がそう望むならね」
 紫から発せられた言葉は、私にとって嬉しいものだった。
 最初こそ少し口ごもっていたが、その言葉を口にしたときの紫はまるで全てを愛す、そんな感じだったから。
「今のままでも、博麗の巫女としての役割は十分果たしてるしね」
「そうなのかな、なんかあんまり実感ないわ」
「力自体は働いてるけど、記憶がないから実感が沸かないのかもしれないわね」

「八雲紫!!出てこーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
 そのとき、突然外から大きな声が聞こえてくる。
 なんか聞いたことのある声だ。
「はぁ、結局来ちゃったのね……」
 今までの苦労はなんなのよ、と言わんばかりうんざりした表情を浮かべながら、
「ちょっと行ってくるわね」
 そう言って隙間を通り抜けると、私の前から紫は姿を消した。



8.紅魔館の主

 私は走っていた。
 おそらく紫は、声の主の場所へ向かったんだろう。
 別段危機を感じたわけではないが、声の主が誰なのか私は知りたかった。
 どこかで聞いたことのある声だし、その声の張りには、なにか強い力を感じたから。


 外に出た私は思わず息をのんだ。
 空に広がる美しい光。
 その光を発しながら、紫と誰かが戦っていた。
 これが紫の言っていたスペルカード戦なの……。
 私は紫と戦っている相手を見た。
 若干紫と服装が似ているような感じはしたが、その風貌はまるで少女。
 しかし、その少女の背中からは大きな翼が生えていた。
 ギラリと輝く赤い瞳で紫をにらみ、弾幕を放つ。
 小さな青色の弾幕と、大きな赤色の弾幕。
 そして、中くらいの青い弾幕を広範囲に放っていた。
 紫の避け方を見ていると、どうやらあの大弾には見かけほどの当たり判定はないようだが、中弾は見ためどおりの当たり判定があるようで、時折大弾に隠れて進んでくる中弾を器用に避けていた。
「天罰、スターオブダビデ!!」
 少女がスペルを宣言すると、先ほどとは違う弾幕が展開される。
 少女を中心に360度、赤いレーザーが18本伸ばされ、ある程度伸びたところからさらに、違う角度へレーザーが進む。
 そのレーザーを展開した上での青い中弾の弾幕。
 レーザーに阻まれ、移動できる場所が極端に小さくなっているのに、やはり紫はそれを起用に避けていた。

 どんどん展開される弾幕。
 私はその美しさと、それを優雅に避ける紫に見とれていた。
 ……。
 ……。



9.譲れないもの

 弾幕勝負は紫の勝利だった。
「いい加減諦めたら?」
 紫が敗者にそう言うが、
「嫌よ!」
 その一点張りだった。

 ぼろぼろになりながら、だがその瞳の光の力は衰えていなかった。
「あんたが、記憶を戻さなくていいなんて勝手言ってるだけでしょ!! 私は霊夢には記憶が戻って欲しいのよ!!」
 その言葉を聞いて私の心臓が大きくはねる。
 私は記憶が戻らなくても問題ないと思っていた。
 記憶を戻すように動くこともない、そう思っていたから。
 だけど、目の前の少女は記憶が戻って欲しいと紫に言っている。
「レミリア、あなたの気持ちは分からないでもないわ。だけど今はこれでいいのよ」
「いいわけあるか!!」
 怒号。
 しかし紫はそんな言葉に臆することもなく、こう言葉を続ける。
「とにかく、スペルカード戦をして私が勝った。私が勝ったら私のやり方に従う。そうだったわよね?」
「くっ……」
 レミリアと呼ばれていた少女は、紫の言葉が正当すぎて、自分の言うべき言葉を詰まらせていた。
「もう帰りなさい」
「私は諦めないわ」
 それだけ言い残し、レミリアは夜の空へと舞い上がっていった。
「あれはまた来るわね……」
 面倒なことはあんまりしたくないのに、私が見た紫はそんな表情をしていた。
「紫……」
「いいのよ霊夢、無理に思い出さなくてもね」
「だけど」
「霊夢……」
 疲れた表情ではあったが、先ほど私に『ええ、霊夢がそう望むならね』そう言ったときと同じようにこう続けた。
「私だって記憶は戻っては欲しいと思ってる。でもね無理に思い出すことはない。自然に思い出すのがいいのよ。それでもし記憶が戻らなかったとしても、私はそれで言いと思ってる」
 記憶は戻った方がいい。
 だけど、そうは言ったが、それをひっくるめて、記憶が戻らなかった場合でも問題はないと言ってくれたのだ。
 泣きそうだった。
 紫の優しさが、私の心臓を締め付ける。
 そのとき、紫が私を抱きしめてきた。
「いいのよ、もう」
「うっ……」
 その言葉で私のダムは簡単に崩壊した。
 流れる涙は止まることなく、溢れ続ける。
 悲しいからじゃない。
 ただ、紫の優しさに気が緩んでしまったのだ。
 初めに思ったことは間違いではなかった。
 紫には頼っていい。
 ただそれだけは確信に変わった。



10.異変

「ねぇ、橙、もう一回勝負しましょ」
「もうやだぁ!!」
 私のお願いに橙は、大げさに首を左右に振りながら拒否する。

「霊夢ー、なんなら私が勝負しようかー?」
「あっ、藍さまぁ!!」
そこに聞こえてきた声の主は藍だった。

「じゃあ、お願いするわー」
「どっちが攻める?」
「私、私」
「おーけー、じゃあ、私はスペルカード5枚を使用する。 手は抜からないからな!」
「望むところ!!」

 そういって、藍は空に飛び上がると早速スペルを宣言する。
「式輝、四面楚歌チャーミング!!」
「ちょ、いきなりそれですか!!」
 確かに本気みたいだなと思いながらも、私は悠々と藍の弾幕へと突っ込んでいった。


 そう、私がマヨヒガに住むようになってから、かなりの月日が経っていた。
 元々力もあったからなのか、空も飛べるようになったし、弾幕勝負も出来るようになっていた。
 弾幕勝負の力は、さすがに記憶を持っていたころよりは衰えてるいるようだったが、藍との勝負の勝率は5割ほどまで上がっていた。
 藍や紫によると、避ける力はほとんど変わっていないが、スペルカードの弾幕が若干薄くなっているのだという。
 でも、型事態は、ほぼ記憶を失う前と変わっていないらしく、やっぱり霊夢は霊夢ね、などと溜息をついていた。



「あっ」
 小さなミス。
 避けきっていたと思っていた弾幕に被弾した。
「よし、私の勝ち」
「さすが藍様です!」
 勝ちに酔っていた藍に、橙が抱きつく。
「くそ~、くやしいなぁ」
「ははは、私だってこれでも紫様の式なんだ。簡単に負けるわけにいかないよ」
「うん、また勝負してね」
「ああ、時間があるときは付き合うよ」
 そういって、藍はまたどこかへ出かけていってしまった。

 藍が居なくなり、また橙に相手をしてもらおうと、ちらりと目を向けるが、そこに橙の姿はなかった。
「逃げたか」
 そういえば、今日は神社に行く日だった。
 私は簡単に準備をすると、神社の方へと飛び立つが、このとき、すでに異変は始まっていた。
 しかし、私がそれに気づくのはまだ先のことだった。



11.紅霧異変再びとおもいきや

 私が気づいたときには、既に空は真っ赤に染められていた。
 夕日のせいかとおもったが、夕日による色とはまったく別物だった。
「何よ、これ」
 思わず、持っていた箒を手から離してしまう。
 紫に知らせ!!いや、待って、そんなことしてる暇あるの?!
 帰るにもそれなりに時間はかかるし、よしんば帰ったところで紫が居るとは限らない。
 考えている暇はなかった。
「私がやるしかない」
 答えを出すのは簡単だった。
 空も飛べるようになったし、弾幕勝負も出来るようになっている。
 出来る、私になら!!
 そうやって意思を固めて飛び立とうとした瞬間。
 紅い霧は胡散霧散していった。
 それを見た私は、決意した意思をどこへ向かわせればいいのか分からず、
「な、何なのよー!!」
 と叫ぶしかなかった。



12.もう一人の

 マヨヒガに帰ると、食卓で紫とレミリアがお茶を飲みながら、睨み合っていた。
「どういうことなの?」
 私は思ったことを二人に告げる。
「「どうもこうも」」
「霊夢に会おうとしただけ」
「余計な仕事を増やしてくれただけ」
「「……」」
 見えないが、二人の間で火花が散っているのは明らかだった。
「もうちょっとましな紅茶だせないのかしら」
「いえいえ、さっさとお帰り頂くつもりなので、一番やっすい紅茶にしましたのよ」
 ほほほ、などと紫は頬に手を当てながら笑っているが、私は正直生きた心地がしない。
「まあ、いいわ。とにかく霊夢に言いたいことがあったから来たのよ」
「……」
「いいわよね。もう言っちゃうわよ」
 レミリアが真剣面持ちで私の方を見ながらそう言うと、紫はやれやれしょうがないわね、なんて顔をしながら縦に頷いた。
 恐らくこの様子では、レミリアが言おうとしていることを紫は既に知っているんだろう。
「簡単に言うわよ。霊夢が記憶を失ったほぼ同時期に霧雨魔理沙も記憶を失っているのよ」
「は?」
 そう言った私の顔を見て、紫とレミリアが笑いをこらえていた。
 どうやら、私は碌な顔をしていないのかもしれない。
 でも、そういう顔もしたくなるってもんでしょ。
 私以外に記憶を失っている人が居るなんて聞いても、その霧雨魔理沙が誰か分からないんだから。
「誰それ」
 だから、そう聞くしかなかった。
「ん、初めに説明したとき魔理沙のこと話さなかったかしら?」
「してない」
 紫がそんなことを言うが、霧雨魔理沙については一言も話してくれてはいなかった。
「ごめんごめん。魔理沙っていうのはね……」
 今更になって霧雨魔理沙について説明を始める紫。
 意図して隠していたのか、本当に忘れていたかのは私には分からないが、説明を終えた紫に、私はすぐさまこう言っていた。

「魔理沙に会ってみたい」

「分かったわ。相手の都合もつけないといけないし、日が決まったら教えるわ」
 紫はそれだけ言うと、隙間を使いどこかへ行ってしまった。
 どこか、というよりは早速都合をつけに行ってくれたんだろう。
「世話しないやつね」
 そんな紫を見送った後、レミリアは安物の紅茶を飲み干し、
「それじゃ私も帰るわ」
 それだけいって、レミリアもマヨヒガから帰るとおもったら、レミリアは立ち上がった後、さらにこう付け加えた。
「霊夢、気が向いたらいつでも紅魔館に遊びにきなさい」
「ええ、いつか」
 私はそれだけ言葉を返し、レミリアが帰るのを見送った。



13.魔理沙

 魔理沙と出会うのは、向こうの提案で魔理沙の自宅でということになった。
 魔理沙自身も私に会ってみたいと思っていたみたいで、出来たら二人きりでという条件もつけてきたほどだ。
 楽しみだった。
 そう、私自身もかなり会ってみたかったから、楽しみにしていたのに。
 私は魔理沙と会ったとき、無性に殴りたくなった。
「よ、よう」
 ていうか、殴った。
「な、何すんだよ!!」
「え、いや、なんか殴っておかないといけないとおもったから」
 本当に特に意味はない。
 もしかしたら記憶を失う前に、魔理沙になんかされたのかな、とも思ったが考えるのも馬鹿馬鹿しいので、すぐ考えるのをやめた。
「なんだそれ!!」
「まあまあ、とりあえずお茶でもだしてよ」
「おまっ!」
「なんか文句あんの?!」
 私がすごんだことで、魔理沙は驚いたのか、いそいそとお茶を用意しだす。
 何でだろう。
 ある意味初めて出会った魔理沙に、こんな態度をとれるなんて。
 もしかして、結構仲良かったのかな。
「ねぇ魔理沙」
「なんだよ」
 お茶を用意してる魔理沙に向けて、私は声をかける。
「今の生活楽しい?」
「ん?なんだよ突然」
「結構真面目な話よ」
 振り向いて私の表情を見た魔理沙は、少し真剣な顔をして、こう答えてくれた。
「楽しいよ」
「そう」
「霊夢はどうなんだ?」
「ん、楽しいわよ」
 魔理沙が、同じ質問をしてきたので、すぐそう答える。
「そうか、まあ初めは混乱もしたが、記憶がなくなったのはしょうがないし、 考えたところで記憶が戻るわけじゃないしな」
 確かに魔理沙の言うとおりだった。
「でも……」
 と魔理沙が続けるので、私は言葉を待った。
「記憶が戻って欲しいって、そう思ってくれてる奴がいるんだ。だから私は記憶を取り戻すために努力はしようと思っている」
「……」
 魔理沙のその言葉に、私は言葉を失う。
 私はどうなんだろう。
 紫もそうだが、レミリアのように記憶が戻って欲しいと、強く願っている人もいる。
 だけど私は……。
「まあ、深く考えるのはよそうぜ」
「そうね、折角こうやって魔理沙とも会えたんだし、楽しまないとね」
「だな」

 その後は、記憶を失ったあとの生活などを二人で話した。
 どうやって過ごしてきたとか、どんなことをしてきたとか。


「魔理沙、また遊びにきていいかな」
 帰り際に、私がそう聞くと、
「ああ、何時でも遊びにきていいぜ」
 と、満面の笑顔を向けてそう言ってくれた。
「ええ、じゃあまたね!」
 だから、私も満面の笑みを浮かべ魔理沙にそういうと、家から出ると空へ飛び上がった。





14.私が私であるために

 マヨヒガに帰ってきた後、私は少しだけ考えていた。
 記憶を思い出そうとしていたわけじゃない。
 初めに紫から聞いた話、博麗の巫女としての役割。
 記憶を失った当初は、空も飛べなかったし、弾幕勝負もすることができなかった。
 だから、役割を聞いたとき、そんなのは無理だとおもった。
 でも、今は違う。
 私は、空が紅く染まったとき、気づいてしまったのだから。
 もうマヨヒガに居る必要はないと。
 記憶がなくとも、紫から聞いたとおりの役割を果たすことができるようになっていたんだから。
 でも、まだこの居心地のいいマヨヒガに居ることにしよう。
 神社に戻るのはいつでも出来るんだから。
「霊夢ご飯できたよー」
 藍の声が聞こえる。
「はーい、今いくよー」

 役割がどうとか関係ない。
 記憶が戻ろうが、戻るまいが関係ない。
 私のやりたいようにやるだけだ。





 そう、私が私であるために。
 私は、突然の博麗大結界の弱まりに気づき目を覚ました。
 いや、弱まったとはいえ、特に問題があるほどでもないのだが、もしかして霊夢に何か起こったのだろうか。
 私はすぐさま境界を開き神社へと移動する。
 するとそこには霊夢が倒れていた。
「な、何があったのよ」
 とりあえず命に別状はなさそうだが。
 いったい何が?
 そう思い周りを見回すと、少し離れたところで魔理沙が飛んでいた。
 また魔理沙か。
 私はうんざりしながら、魔理沙に何があったのか聞こうと、隙間を開き魔理沙へ近づこうとした。
 しかしそのとき、魔理沙の体がぐらりと揺れた。
 やばい。
 いくら何でも、あの高さから落ちたら怪我程度ではすまない。
 そう思った私は出来るだけ早く移動して、落下しそうな魔理沙を助ける。
 その後は、一番任せやすそうなアリスに魔理沙を渡し、神社へと戻った。
 そして霊夢を起こし、ばれないうちにマヨヒガへと戻る。
 何か嫌な予感がしたが、まさか、霊夢と魔理沙があんなことになっているとは、知る由もなかった。


next story → あなたがあなたでいるために
☆月柳☆
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コメント



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25.無評価名前が無い程度の能力削除
博霊→博麗
26.80ずわいがに削除
霊夢の記憶喪失より、マヨヒガのほのぼのがメインな感じですね。和みました。