さあっ、と風が木々を揺らして行く。
私はこういう山の姿が好きだ。決して何者にも物怖じせず、ゆったりと構えている静かな山が好きだ。
山の哨戒を任された時も、周りは閑職だの可哀想にだの言っていたが、この山の平穏を守ることに貢献できるのだと思い純粋に嬉しかった。
だから昨日起きたらしい異変の事も気がかりだし、私が命令を待たずに巡回を始めたのもおかしくはないだろう。
「おかしくはない、が……。」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。」
この状況はおかしいのではないか?いや、自分で招いたので仕方が無いと言えば仕方が無いのだが。
「すいやせんねえ、急にこんな事頼んじまって。お礼はきっちりしますんで。」
「心配無用だ。仕事として請け負った以上、最後まではやる。」
何故私が荷物運びまがい(というかそのもの)をしているのか。状況整理ついでに振り返ってみよう。
以下回想。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私はいつもの巡回ルートを飛んでいた。
「おや?あれは……。」
そして大風呂敷を持った怪しい人影が居たので、マニュアル通り警告して追い出すことにした。ここまではいい。
「おい!そこのお前!」
「……。」
「そこのお前!ここで何をしている!」
「……へえ。私ですか?どうも道に迷っちまったみたいでして。ちょいと道案内を頼まれてくれませんか。」
「馬鹿なことを言うな。ここをどこだと思っている。早々に立ち去れ!」
「山の麓まで送ってくれりゃええんです。」
「聞いているのか!さっさと行かないと、力ずくで山から追い出すぞ。」
「山から?」
「そうだ。」
「ってえことは、送ってくださるんですね!」
「へ?な、何を言っている。私は立ち去れと……。」
「へえ、へえ、ありがとうございやす。」
「ちょ、話を聞け!さもないと力ずくで……。」
「力を貸してくれるですって?いやあただで荷物まで持って頂くのは忍びねえなあ。」
「おい、だから私は……。」
「ありがとうございやす、ありがとうございやす。このご恩はきっとお返しします。」
「……。」
回想終わり。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……ちょっと私、甘すぎるんじゃないかなあ。
とはいえ、ただの小娘ならさっさと追い返せていただろうし、恐ろしいのはこの娘の話術か。見たところあまり力の強くない小妖らしいが、大物になるかもしれない。
今のうちに目に焼き付けておこう。じろじろ。
「……?何か私の顔に付いてますか?」
「……。」
ふうむ、髪はぼさぼさだし、笑顔もどこかぎこちないがなかなか整った顔をしている。舌のように真っ赤な前髪も特徴的だ。
「や、やだなあ、そんなに見つめられちゃあ照れちゃいますよ。」
「……そうだな、悪かった。」
娘が突然冷や汗をかきだしたので、不必要に怖がらせてしまったかと思い見つめるのをやめた。
山を守る者として威厳は必要だが、仕事の相手を怖がらせるような失礼もあってはいけない。天狗は大変だ、と思う。
「そ、そろそろ着きますかね?」
「む、そうだな。ここを真っ直ぐ行けばもう山を抜ける。荷物を返そう。」
「はい、それではお代を……、ああーーっ!」
「どうした。」
「い、いや、財布を家に置いてきちまったみたいだ、ですぜ。これじゃあ私が持ってくるまで待っていてもらわなくちゃなあ~どうしたもんかな~。」
「……はあ。いいよ、ツケにしておいてやる。さっさと行け。」
「あ、ありがとよ!それじゃあな!」
そういってすたこらさっさと走っていってしまった。はあ、結局ただ働きになっちゃったな。
それにしても去り際の焦り様は一体何だったのだろうか。そんなに財布を忘れたのがショックだったのだろうか。
まあいい、とにかく元の仕事に戻ろう……、と気合いを入れたはいいが、悪いことは重なるようで、
「あ、いたいた。なんでこんな所で油売ってんのよ、椛。」
という面倒事を持ち込んでくれるありがたいお声が天から降ってきた。
「一銭にもなりませんでしたけどね。こんにちは、何の用ですか文さん。」
「ご挨拶ねえ、まあいいけど。ちょっと取材されてくんない?」
やはり面倒事だったようだ。はあ、とわざとらしくため息を作ってみせる。
「また弾幕取材ですか。こりないですねぇ。」
「弾幕取材に懲りるつもりは無いけれど、今回は別よ。ただのインタビュー。」
「嫌です。お断りします。」
「一銭ぐらいにはなるわよ?勤務時間外の見回りと違って。」
「……分かりましたよ、場所を移しましょう。」
「いつも思ってたけど、椛って性格の割にちゃっかりしてるわよね。」
「失礼な。そんなにがめつくないですよ、私は。」
ついさっきだって無償の奉仕活動をしたばっかりなのだ。不本意だが。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はいこれお茶。で、インタビューのテーマなんだけど。」
「熱っつ!何ですかこの湯呑み!?どこ持てばいいんですか!?」
「あーそれティーカップだから、そうそこのくるんってなってるとこ。で、インタビューのテーマなんだけど。」
「甘っま!このお茶何入ってんですか!?砂糖入ってんですか!?」
「その通りよ?紅茶だからね?で、インタビューのテーマなんだけど。」
「うわああ時計から鳩が!」
「うっさい!」
普段のストレスを発散しようとしたがふざけすぎた。何事もやりすぎは良くない。
「ごめんなさい。」
「ったく、真面目だと思ったら急にふざけるんだから……素なのか紛らわしいんだからやめてよね。」
「もうしません。」
「まあいいわ、で、インタビューのテーマなんだけど。」
「はい。」
「椛の耳について。」
「はい?」
「あと尻尾ね。本当に付いてるのかっていう……。」
尻尾。腰の背中側、最下方に位置しているそれを確かめるにはつまり……。
「セクハラで訴えますよ?」
「椛、ふざけないで。」
「いや本気です。何なんですか藪から棒に。」
「まあまあ、実はこれには深い理由があってね……。」
「はあ。」
「最近、迷惑な手紙が届くのよ。」
「どんな。」
「『俺は椛の一番のファンです。ですが弾幕の時の写真では椛にケモ耳があるのかわかりづらい!是非ともアップの写真を新聞に載せてください。』っていう……まあありがちなやつよ。」
「へえ、それで?」
「そういうわけです。」
「お邪魔しました。」
「椛、ふざけな」
「ふざけないではこっちの台詞ですよ!そんな手紙無視すればいいじゃないですか!」
「当然無視したわよ。椛の耳特集なんて載せたら購読者減っちゃうし。」
「……。」(イラッ)
「でもそいつが陰湿な奴でね、私が記事にするつもりが無いってわかったら毎日手紙出してくるようになったのよ。同じような文面だけど微妙に変えてね。全部手書きってわかるのが気持ち悪くて。」
「はあ……。」
若干同情の念が湧いてきてしまう。いかんいかん、負けるな私。
「一旦止んだんだけど最近また来だしてね。一通、二通……って。」
「確かに嫌ですけど、それも無視すればいいんじゃないですか?」
「いや、違うのよ。なんていうか、一日に来る手紙が一通、二通、って。」
「うん?」
「四通……八通……十六通……」
「文さん?」
「三十二通……六十四通……百二十八通……」
「嘘ですよね?」
「嘘なら良かったわね。で、裏に置いてあんのが今日の分。占めて1024通なり。」
「うわあ。」
これにはさすがの私も同情を禁じ得ない。
と思ったが、まだご飯がおいしくなる程度のものだと脳内で判決が下される。上司の不幸は蜜の味。いいぞもっとやれ。
「でさ、」
「はい。」
「内容がね、千通も書いてたら薄くなるとおもうじゃん。」
「ええ。」
そこまで言って疲れたのか、紅茶に口をつける。すると何かに思い至ったように向き直ってから、言った。
「椛、インタビューを受けてくれる気になったかしら。」
「え、手紙の内容云々はどうしたんですか。」
「いいから。」
「ええ……どうしましょうかねえ、やっぱりお断りします。」
「そう……。じゃあ、手紙の内容を聞きたいのね?」
「どうそこに繋がるのかわかりませんが、まあ聞きたいです。」
「じゃあ今から読み上げるから。コホン。」
待て、なぜ手紙を取りに行こうとしない?嫌な予感がする。
「『ああ、椛の耳モフモフしたいなあ』」
ぞわっとした。全身の毛が逆立つような感覚になった。内容が気持ち悪いのは覚悟していた。だが、
「『椛をどこに隠した。言え!』『椛は俺の物だ』『俺は椛と結婚した!』」
何故だ、何故何も見ずに音読できる?何故こんなに感情を籠められる?
「……とまあこんな感じなんだけどね、何度も読んだせいか椛、椛って連呼するのに躊躇いが無くなってきてさあ。」
声が熱っぽく聞こえる。気づいたら物凄い力で手を握られていた。汗が気持ち悪い。
「何だか最近椛って口に出すのが快感になってきて……」
「やります!インタビューやります!さっさと終わらせちゃいましょう!」
もう限界だ、耐えられない!気持ち悪い!誰かこいつをつまみ出せ!もしくは私を逃がせ!逃がしてください!
「……ていうのは嘘だけど、今やりますって言ったわよね?」
「」
「いやー練習してカンペまで作った甲斐があったわ。」
「」
はめられた。
「それじゃあさっそく始めましょうか。」
もう記者モードに入ってやがる。本当にふざけんな。ちくしょう……。
「謀ったな」
「人聞きが悪いわねぇ。手紙の被害はほんとだからね?千通も来てないけど。」
「報酬はきっちり貰うからな!」
「最初からそう言ってるでしょ。」
「くそぅ、くそぅ……。」
「じゃあ、始めましょうか。」
やると言ってしまった以上やるしかない。気を取り直してちゃっちゃと終わらせて、金を貰って帰ろう。うん、これもインタビューの内だ。きっと報酬は弾むぞ、がんばれ椛。
「ああ、よろしく頼む。」
「では早速。昨今、椛さんの耳がケモ耳どうかという議論が……。」
ああ、やっぱりそうなるのね。知ってたけど。先輩に敬語でケモ耳かどうか聞かれる日が来るとは思わなかったよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はいじゃあ次横ピースとかしてみましょうか!顔の横に持ってきて、そう!」
「こうか!」
「ああ笑顔堅いよもっと柔らかく!ああーいいですねえそう!」パシャッパシャッ
「こうかああああ!」
「じゃあ最後いこうか!ね!横んなって、カメラ上目遣いで、ああーーそれいいそれいい!」パシャッパシャッ
「私は美しく撮れているかあ!?」
「撮れてます撮れてます!てかそのキャラなに……あ!フィルム切れた!」パシャッ
「終わり?終わりました?」
「切り替え早っ。」
「あなた程じゃないです。で、終わりでいいんですよね?」
「そうね……内容十分、写真も良いのが何枚かあるし、ちょうどいいわね。取材終了!今日はありがとうございました。」
「ありがとうございました。で、ギャラは。」
「ちょっとは待ちなさいよ。はいこれ。」
手渡される茶封筒。その分厚さを見て、ああ私は報われたんだ、ありがとう神様、とよくわからない思いがこみ上げてきた。
封を切って中を確認する。目に入ったのは折りたたまれた大き目の紙で、広げると「指名手配 鬼人正邪」と書いてあった。死ね。
「死ね。」
「へ?ああそれ別件で渡すやつだったわ。こっちの袋ね。」
そう言って握りこぶしより一回り小さい麻袋を渡してきた。小遣いか。
今度の中身は銀銭といくつかの銅銭だった。インタビューだけなら悪くない報酬なのだが、あのドッキリの慰謝料としてはあまりに頼りない額だった。
「ま、何日分かの飲み代にはなりますかね……。」
「で、さっきの手配書、見たでしょ?」
「ええ、この忌々しい……うん?」
確かに見た。この目で。
「昨日解決した異変の首謀者で、今も逃げてんのよ。この狭い幻想郷でね。私も一度捕まえ損ねてね、椛探すついでに探してたんだけど。」
「まさか……。」
性格を表しているかのように捻くれた体、あらゆる人を馬鹿にしたように突き出した舌。そしてその本物の舌と合わせて二枚舌とでも言いたいのか、――――よく目立つ真っ赤な前髪!
「私の予備のカメラもパクられたし、あんたも何か盗られるかもね。剣とか。……って椛?どうしたのそんな慌てて。」
急いで持ち物を確認した。剣、ある。盾、ある。小手とかの防具もある。良かった。何も盗られてないみたいだ。
「椛ーもう紅茶飲まないの?片すわよ。」
「大丈夫です。飲み物なら持参して……。」
すかっ。手が腰の近くの宙をかく。
「何?片していいの?」
「ええ、私は水筒を……。」
すかっすかっ。じゃら。わーお、銀貨ゲット。
じゃなくて。
どうしてこう不幸は重なるのだろうかとか、ああ目の前のカラスとあの前髪野郎が憎いとか、気づけなかった自分の無用心さが憎いとか、いろんな感情がごっちゃになって、
「なんて日だ!」
叫んでいた。近隣の天狗方ごめんなさい。
……
報酬がその日の飲み代にすべて消えた事は言う必要は無いだろう。
私はこういう山の姿が好きだ。決して何者にも物怖じせず、ゆったりと構えている静かな山が好きだ。
山の哨戒を任された時も、周りは閑職だの可哀想にだの言っていたが、この山の平穏を守ることに貢献できるのだと思い純粋に嬉しかった。
だから昨日起きたらしい異変の事も気がかりだし、私が命令を待たずに巡回を始めたのもおかしくはないだろう。
「おかしくはない、が……。」
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない。」
この状況はおかしいのではないか?いや、自分で招いたので仕方が無いと言えば仕方が無いのだが。
「すいやせんねえ、急にこんな事頼んじまって。お礼はきっちりしますんで。」
「心配無用だ。仕事として請け負った以上、最後まではやる。」
何故私が荷物運びまがい(というかそのもの)をしているのか。状況整理ついでに振り返ってみよう。
以下回想。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私はいつもの巡回ルートを飛んでいた。
「おや?あれは……。」
そして大風呂敷を持った怪しい人影が居たので、マニュアル通り警告して追い出すことにした。ここまではいい。
「おい!そこのお前!」
「……。」
「そこのお前!ここで何をしている!」
「……へえ。私ですか?どうも道に迷っちまったみたいでして。ちょいと道案内を頼まれてくれませんか。」
「馬鹿なことを言うな。ここをどこだと思っている。早々に立ち去れ!」
「山の麓まで送ってくれりゃええんです。」
「聞いているのか!さっさと行かないと、力ずくで山から追い出すぞ。」
「山から?」
「そうだ。」
「ってえことは、送ってくださるんですね!」
「へ?な、何を言っている。私は立ち去れと……。」
「へえ、へえ、ありがとうございやす。」
「ちょ、話を聞け!さもないと力ずくで……。」
「力を貸してくれるですって?いやあただで荷物まで持って頂くのは忍びねえなあ。」
「おい、だから私は……。」
「ありがとうございやす、ありがとうございやす。このご恩はきっとお返しします。」
「……。」
回想終わり。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……ちょっと私、甘すぎるんじゃないかなあ。
とはいえ、ただの小娘ならさっさと追い返せていただろうし、恐ろしいのはこの娘の話術か。見たところあまり力の強くない小妖らしいが、大物になるかもしれない。
今のうちに目に焼き付けておこう。じろじろ。
「……?何か私の顔に付いてますか?」
「……。」
ふうむ、髪はぼさぼさだし、笑顔もどこかぎこちないがなかなか整った顔をしている。舌のように真っ赤な前髪も特徴的だ。
「や、やだなあ、そんなに見つめられちゃあ照れちゃいますよ。」
「……そうだな、悪かった。」
娘が突然冷や汗をかきだしたので、不必要に怖がらせてしまったかと思い見つめるのをやめた。
山を守る者として威厳は必要だが、仕事の相手を怖がらせるような失礼もあってはいけない。天狗は大変だ、と思う。
「そ、そろそろ着きますかね?」
「む、そうだな。ここを真っ直ぐ行けばもう山を抜ける。荷物を返そう。」
「はい、それではお代を……、ああーーっ!」
「どうした。」
「い、いや、財布を家に置いてきちまったみたいだ、ですぜ。これじゃあ私が持ってくるまで待っていてもらわなくちゃなあ~どうしたもんかな~。」
「……はあ。いいよ、ツケにしておいてやる。さっさと行け。」
「あ、ありがとよ!それじゃあな!」
そういってすたこらさっさと走っていってしまった。はあ、結局ただ働きになっちゃったな。
それにしても去り際の焦り様は一体何だったのだろうか。そんなに財布を忘れたのがショックだったのだろうか。
まあいい、とにかく元の仕事に戻ろう……、と気合いを入れたはいいが、悪いことは重なるようで、
「あ、いたいた。なんでこんな所で油売ってんのよ、椛。」
という面倒事を持ち込んでくれるありがたいお声が天から降ってきた。
「一銭にもなりませんでしたけどね。こんにちは、何の用ですか文さん。」
「ご挨拶ねえ、まあいいけど。ちょっと取材されてくんない?」
やはり面倒事だったようだ。はあ、とわざとらしくため息を作ってみせる。
「また弾幕取材ですか。こりないですねぇ。」
「弾幕取材に懲りるつもりは無いけれど、今回は別よ。ただのインタビュー。」
「嫌です。お断りします。」
「一銭ぐらいにはなるわよ?勤務時間外の見回りと違って。」
「……分かりましたよ、場所を移しましょう。」
「いつも思ってたけど、椛って性格の割にちゃっかりしてるわよね。」
「失礼な。そんなにがめつくないですよ、私は。」
ついさっきだって無償の奉仕活動をしたばっかりなのだ。不本意だが。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はいこれお茶。で、インタビューのテーマなんだけど。」
「熱っつ!何ですかこの湯呑み!?どこ持てばいいんですか!?」
「あーそれティーカップだから、そうそこのくるんってなってるとこ。で、インタビューのテーマなんだけど。」
「甘っま!このお茶何入ってんですか!?砂糖入ってんですか!?」
「その通りよ?紅茶だからね?で、インタビューのテーマなんだけど。」
「うわああ時計から鳩が!」
「うっさい!」
普段のストレスを発散しようとしたがふざけすぎた。何事もやりすぎは良くない。
「ごめんなさい。」
「ったく、真面目だと思ったら急にふざけるんだから……素なのか紛らわしいんだからやめてよね。」
「もうしません。」
「まあいいわ、で、インタビューのテーマなんだけど。」
「はい。」
「椛の耳について。」
「はい?」
「あと尻尾ね。本当に付いてるのかっていう……。」
尻尾。腰の背中側、最下方に位置しているそれを確かめるにはつまり……。
「セクハラで訴えますよ?」
「椛、ふざけないで。」
「いや本気です。何なんですか藪から棒に。」
「まあまあ、実はこれには深い理由があってね……。」
「はあ。」
「最近、迷惑な手紙が届くのよ。」
「どんな。」
「『俺は椛の一番のファンです。ですが弾幕の時の写真では椛にケモ耳があるのかわかりづらい!是非ともアップの写真を新聞に載せてください。』っていう……まあありがちなやつよ。」
「へえ、それで?」
「そういうわけです。」
「お邪魔しました。」
「椛、ふざけな」
「ふざけないではこっちの台詞ですよ!そんな手紙無視すればいいじゃないですか!」
「当然無視したわよ。椛の耳特集なんて載せたら購読者減っちゃうし。」
「……。」(イラッ)
「でもそいつが陰湿な奴でね、私が記事にするつもりが無いってわかったら毎日手紙出してくるようになったのよ。同じような文面だけど微妙に変えてね。全部手書きってわかるのが気持ち悪くて。」
「はあ……。」
若干同情の念が湧いてきてしまう。いかんいかん、負けるな私。
「一旦止んだんだけど最近また来だしてね。一通、二通……って。」
「確かに嫌ですけど、それも無視すればいいんじゃないですか?」
「いや、違うのよ。なんていうか、一日に来る手紙が一通、二通、って。」
「うん?」
「四通……八通……十六通……」
「文さん?」
「三十二通……六十四通……百二十八通……」
「嘘ですよね?」
「嘘なら良かったわね。で、裏に置いてあんのが今日の分。占めて1024通なり。」
「うわあ。」
これにはさすがの私も同情を禁じ得ない。
と思ったが、まだご飯がおいしくなる程度のものだと脳内で判決が下される。上司の不幸は蜜の味。いいぞもっとやれ。
「でさ、」
「はい。」
「内容がね、千通も書いてたら薄くなるとおもうじゃん。」
「ええ。」
そこまで言って疲れたのか、紅茶に口をつける。すると何かに思い至ったように向き直ってから、言った。
「椛、インタビューを受けてくれる気になったかしら。」
「え、手紙の内容云々はどうしたんですか。」
「いいから。」
「ええ……どうしましょうかねえ、やっぱりお断りします。」
「そう……。じゃあ、手紙の内容を聞きたいのね?」
「どうそこに繋がるのかわかりませんが、まあ聞きたいです。」
「じゃあ今から読み上げるから。コホン。」
待て、なぜ手紙を取りに行こうとしない?嫌な予感がする。
「『ああ、椛の耳モフモフしたいなあ』」
ぞわっとした。全身の毛が逆立つような感覚になった。内容が気持ち悪いのは覚悟していた。だが、
「『椛をどこに隠した。言え!』『椛は俺の物だ』『俺は椛と結婚した!』」
何故だ、何故何も見ずに音読できる?何故こんなに感情を籠められる?
「……とまあこんな感じなんだけどね、何度も読んだせいか椛、椛って連呼するのに躊躇いが無くなってきてさあ。」
声が熱っぽく聞こえる。気づいたら物凄い力で手を握られていた。汗が気持ち悪い。
「何だか最近椛って口に出すのが快感になってきて……」
「やります!インタビューやります!さっさと終わらせちゃいましょう!」
もう限界だ、耐えられない!気持ち悪い!誰かこいつをつまみ出せ!もしくは私を逃がせ!逃がしてください!
「……ていうのは嘘だけど、今やりますって言ったわよね?」
「」
「いやー練習してカンペまで作った甲斐があったわ。」
「」
はめられた。
「それじゃあさっそく始めましょうか。」
もう記者モードに入ってやがる。本当にふざけんな。ちくしょう……。
「謀ったな」
「人聞きが悪いわねぇ。手紙の被害はほんとだからね?千通も来てないけど。」
「報酬はきっちり貰うからな!」
「最初からそう言ってるでしょ。」
「くそぅ、くそぅ……。」
「じゃあ、始めましょうか。」
やると言ってしまった以上やるしかない。気を取り直してちゃっちゃと終わらせて、金を貰って帰ろう。うん、これもインタビューの内だ。きっと報酬は弾むぞ、がんばれ椛。
「ああ、よろしく頼む。」
「では早速。昨今、椛さんの耳がケモ耳どうかという議論が……。」
ああ、やっぱりそうなるのね。知ってたけど。先輩に敬語でケモ耳かどうか聞かれる日が来るとは思わなかったよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「はいじゃあ次横ピースとかしてみましょうか!顔の横に持ってきて、そう!」
「こうか!」
「ああ笑顔堅いよもっと柔らかく!ああーいいですねえそう!」パシャッパシャッ
「こうかああああ!」
「じゃあ最後いこうか!ね!横んなって、カメラ上目遣いで、ああーーそれいいそれいい!」パシャッパシャッ
「私は美しく撮れているかあ!?」
「撮れてます撮れてます!てかそのキャラなに……あ!フィルム切れた!」パシャッ
「終わり?終わりました?」
「切り替え早っ。」
「あなた程じゃないです。で、終わりでいいんですよね?」
「そうね……内容十分、写真も良いのが何枚かあるし、ちょうどいいわね。取材終了!今日はありがとうございました。」
「ありがとうございました。で、ギャラは。」
「ちょっとは待ちなさいよ。はいこれ。」
手渡される茶封筒。その分厚さを見て、ああ私は報われたんだ、ありがとう神様、とよくわからない思いがこみ上げてきた。
封を切って中を確認する。目に入ったのは折りたたまれた大き目の紙で、広げると「指名手配 鬼人正邪」と書いてあった。死ね。
「死ね。」
「へ?ああそれ別件で渡すやつだったわ。こっちの袋ね。」
そう言って握りこぶしより一回り小さい麻袋を渡してきた。小遣いか。
今度の中身は銀銭といくつかの銅銭だった。インタビューだけなら悪くない報酬なのだが、あのドッキリの慰謝料としてはあまりに頼りない額だった。
「ま、何日分かの飲み代にはなりますかね……。」
「で、さっきの手配書、見たでしょ?」
「ええ、この忌々しい……うん?」
確かに見た。この目で。
「昨日解決した異変の首謀者で、今も逃げてんのよ。この狭い幻想郷でね。私も一度捕まえ損ねてね、椛探すついでに探してたんだけど。」
「まさか……。」
性格を表しているかのように捻くれた体、あらゆる人を馬鹿にしたように突き出した舌。そしてその本物の舌と合わせて二枚舌とでも言いたいのか、――――よく目立つ真っ赤な前髪!
「私の予備のカメラもパクられたし、あんたも何か盗られるかもね。剣とか。……って椛?どうしたのそんな慌てて。」
急いで持ち物を確認した。剣、ある。盾、ある。小手とかの防具もある。良かった。何も盗られてないみたいだ。
「椛ーもう紅茶飲まないの?片すわよ。」
「大丈夫です。飲み物なら持参して……。」
すかっ。手が腰の近くの宙をかく。
「何?片していいの?」
「ええ、私は水筒を……。」
すかっすかっ。じゃら。わーお、銀貨ゲット。
じゃなくて。
どうしてこう不幸は重なるのだろうかとか、ああ目の前のカラスとあの前髪野郎が憎いとか、気づけなかった自分の無用心さが憎いとか、いろんな感情がごっちゃになって、
「なんて日だ!」
叫んでいた。近隣の天狗方ごめんなさい。
……
報酬がその日の飲み代にすべて消えた事は言う必要は無いだろう。
こう言う椛好きです