Coolier - 新生・東方創想話

みんなを幸せにしてやるぜ、それでこの話はお仕舞いだ

2015/10/19 00:09:55
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これは、
「みんなが幸せになって終わる話」
「みんなが幸せになって終わるために 1」
「同2」
「同3」
の続きです。
リンク先
http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/190/1383663512
http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/197/1402847645
http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/197/1402924445
http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/197/1403605447


注意・魔理沙のオリジナル友人、小ネタが節操無く出ます。





あらすじ

魔理沙はある日、一人の少女と出会った。
彼女の名は柊あやめ。
魔理沙とあやめは仲良しになったが、彼女は重い病を抱えていた。
同じくあやめを気に入った霍青娥の仙薬により、一旦は回復の兆しを見せるが、あやめは息を引き取ってしまう。
しかし、魔理沙はあやめがキョンシーとして復活しているのを見る。
青娥は言う、彼女を自分のものにしたかったのだと。
魔理沙は怒るが、あやめを元に戻す事はできず、助けを求めた者達も冷淡だった。
やりきれない魔理沙は、アリスに思いを打ち明ける。










整理しきれない思いをそのまま訴えた魔理沙をアリスは抱きしめ、落ち着くまで待ってから椅子をすすめ、それから紅茶とクッキーをふるまってやろうと思った。
「しょうがないわね、気が住むまで居てもいいわよ、お茶でも飲む?」
「ああ、頼む。いきなり押しかけて済まない」
アリスが操る人形は、まるで意識を持っているかのように動いて、人形サイズの道具を持ってクッキーを焼き、紅茶をカップに注いでくれる。
  「どうぞ」
 「遠慮なく頂くぜ」
言葉とは違って、遠慮がちに紅茶をすすり、クッキーを味わう。
「どう、落ち着いた?」
「ああ、美味しいぜ」
魔理沙の雰囲気が和らいだので、アリスは自分の考えている事を話してみた。
「その子の事は気の毒だし、その仙人を許せない気持ちは分からないでもないわ、でもこうも思うの、人と妖怪の関係は、極論すれば、本来そういう面もあるんじゃないかって」
アリスは若干自分の言葉が冷たすぎる感じはしたが、それが本音であるのも確かだった。
「お前もそう思うか、年季の入った妖怪のお前がそういうんなら、きっと正しいんだろうな。だけどよ、妖怪が人を襲うなら、人も妖怪を退治する、セットでなければ秩序が成り立たないんじゃないか」
「ねえ、魔理沙、仕返ししたい? あの仙人に」
「正直分からない。腹立つ奴だが、あいつの介入がなければ、あやめは確かにあのままやせ細って死んでいた。あいつに与えられた時間のおかげで作れた思い出もいっぱいある、だけど、だけどな……」
「割り切れない思いはあるだろうけど、もう諦めて。その女の子の事は、あなたの心の中にしまった方がいいわ」
「アリス。そうは言ってもな」
なおも何か言おうとする魔理沙。彼女の両手をアリスはテーブル越しに握り、こう告げた。












「彼女は、妖怪に喰われたのよ」

妖怪に喰われた、か。
こういう形で生を終えざるを得ないのも、この世界における人間の死亡原因としては、病死とか溺死とか、獣に襲われたのと同じで、減りつつあるとはいえ、本来『ありふれた』ものなのだろう。
『よくある死亡例』 魔理沙はそういう表現を不快に思ったが、間違っているとは言えない。
あやめは、運悪く病気がちな体に生れ、運悪く霍青娥という妖怪によってキョンシーにされた、つまり、喰われたのだ。事故のようなものなのだ。
それでも、それでも……。
「でもよお、ありふれた理由で死んだ奴が100人いたとするよ。でもそれは単なるデータじゃない、その背景には100人分の苦痛と無念と残された奴等の悲しみがあるんだぜ」
忘れがちな視点だった。魔理沙の割り切れない思いに押され、アリスは少し考えてからティーカップに一口つけ、こう言った。
「話は変わるけど、外界には不治の病で死んだ人を冷凍保存して、治療法が見出される時代まで眠らせる商売があるそうよ」
「じゃあ、キョンシー化と言うのは、一種の冷凍保存と言えるのか?」
「だから彼女の病気をびびっと完治させる方法を見つけて、その仙人にキョンシー化を解除させて、治療を施せばもしかして……」
 魔理沙の顔が一瞬希望に輝いたが、何かを思い出し、再び沈んでしまう。
 「いや、病気なら、永琳も私もいろいろ手を尽くしたんだ。いつか永琳辺りが治療法を見つけたとしても、その時まで私も生きているかどうか」
 「他人の病気をあれこれ聞くのは失礼だけど、その子の病気って、何だったのかしら?」
 「さあ、そういえば具体的な病名は永琳も言わなかったな。ただ生まれつき体が弱いとしか言わなかったな、親御さんも同じだった」
 「もしかしたら、単なる病気じゃなかったのかも」
 「そうだったとしても、あいつは霊夢の祈祷も受けていた。祟りとか厄とかなら、それで良くなったはずだ。でも駄目だったんだ」
 アリスはまだ腑に落ちないという顔をしていた。
 「ようは、どんな病気なのか、その原因は何なのか、魔理沙も知らなかったの?」
 言われて、魔理沙は自分の頭を叩く。
 「そうだよ。ああ、なんてこった、あやめを助けると言いながら、何の病気かまでは知ろうとしなかった。ただ、体にいい薬草とか、元気の出る食事とか、そういう事ばかり追いかけていた」
 「原因無くして結果無し、と言うじゃない」
 「まだ希望はあるのか」
 「正直、私はその女の子にそこまで思い入れがあるわけじゃないし、いちおう彼女はまだ生きているわけだし、私はインドア派。加えて、この世には知らない方がいい事もある。ただね、考えられる事を言ったまでよ、どうするかは貴方次第」
 魔理沙は黙って紅茶を飲み干し、残りのクッキーを紙袋に入れ、帽子をかぶり直して椅子を立った。
 「もう大丈夫なの」
 「ああ、邪魔したぜ。ヒントありがとよ」 魔理沙の表情はいつもの調子に戻っていた。

 アリスは魔理沙が去った後、自分の言った事を少し後悔した。
 「みんな怒るだろうなあ。あいつの好奇心からすれば、もうばらしたも同然よね」
本棚の魔道書を何冊か取りだし、ほこりを払いながら、人形たちと会話するアリス。
 「面倒だけど、あんな馬鹿でも心配だし、本とかも返してもらってないし、何より、あの馬鹿がそこまで入れ込むあやめって子にも興味あるしね」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 私はなんとなしに、命蓮寺と神霊廟の間にある墓地に寄った。
 上空から眺めると、キョンシーのあやめが芳香と一緒にとび跳ねながら、お化け傘や山彦と遊んでいる光景が目に入る。傍らで青娥がほほえましそうに眺めていた。
 とても楽しそうで、悪くない光景ではある。
 あいつ、青娥はあやめを我が物にするため、彼女をキョンシーに変えた。
 病気でやせ細っていた彼女を、仙人の秘薬で回復させた後にだ。
 すぐにキョンシーにしなかったのは、やせ細った容姿では『萌えなかった』からに過ぎない。
 一応、病気はヤツのせいではなく、純粋に生まれつきのものだったと見られている。
ヤツの介入がなければ、あやめはすでに死んでいただろう。
 それは分かる、分るんだが、しかし……。
 眼下の青娥と目が合った。彼女はにっこり微笑み会釈した。私はヤツに向けて、聞こえるはずのない声量で言い放つ。

 「それでも、私はお前のやり方を認めない。絶対に」

私の感情を推し量ったのか、ヤツがにやりと笑う。
軽く弾幕を見舞ってやった。突然の事で、そのまま弾幕は目標に吸い込まれる。
こんな事をして何になる、と私の理性が言う。
でもざまあみろ、と感情が言った。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしにわたしという意識が芽生えたのはいつの頃だったろう?
 何年も前だったような気もするし、ついさっきだったような気もする。
 ただ、「せいが」と名乗る主が自分を造ったらしい事は何となく分かった。
 そのせいがに自分は何者なのかと尋ねてみたことがある。
「何も知らなくていいのよ、あなたはこのキョンシー人生を楽しめばいいの、もう苦しい思いはしなくて良いのだから」
 と優しく頭をなでるのみだった。
 もう苦しい思いはしなくて良い、ってなんなんだろう。
 確かにキョンシーライフは楽しい、墓地に住む妖怪の友達もできた。
 せいがにお父さん、お母さんと呼ぶように言われた大人たちも優しくしてくれる。
 でもこの人たちに会うたびに、わたしの心が少し、痛みを覚えるのだ。
 そして今、たまたま見上げた青空に浮かんでいた人。悲しいような、慈しむような、怒っているようなまなざしの金髪の少女を見た時も、やはり同じように心が痛くなった。
どうしてだろう。なにか大切なものを忘れてしまったような気がする。
クレーターの真ん中でのびているせいがに、もう一度尋ねてみよう。
 少女の攻撃を予期していなかったらしく、せいがは手足を折り曲げて横たわっていた。
  「せいが、大丈夫?」
 「大丈夫だよ。青娥はいろいろな意味で既に手遅れだから、これくらいどうって事ないのだ」
 先輩キョンシーのよしかが言う。
 「ちょ、ちょっと、芳香、ひどいこと言うわね」
 横たわったまませいがは苦しそうに呟いた。
 「でも私はそんな青娥が大好き。それはともかく、青娥さっさと立って。そこで寝ていると、なんだか青娥が格下のかませ役みたいだぞ」
  よしかは意味不明の言葉を発しながら、硬直した体を器用に動かし、せいがが起き上がるのを助けてやった。
 「よしか、せいが痛くないの?」
 「青娥は何回もこれ以上の目にあっているから大したことないよ」
 「ふう、あそこで不意打ちするとは夢にも思っていませんでしたわ」
 わたしはすかさず、せいがに聞いてみた。
 「ねえせいが、あの浮かんでいた女の子はなあに?」
 「いい事、あの子はあなたと何の関係もありませんわ、余計なことに思い煩うことはないの」
 いや、私はあのひとを知っている、そんな気がする……。
 せいがは、わたしの額に張られた札に何かを書き込んでいく。
 「何も悩む必要はないのよ、私の可愛いお人形さん」
するとわたしの意識は暗転し、目覚めた頃には、あの空に浮かんでいた少女の事など気にも留めなくなっていた。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



あやめの屋敷がある集落の歴史を調べるため、稗田邸に針路をとる。
遺伝病とか、風土病があやめの病の正体なのかも知れなかった。
なら、過去に似たような症状の人物も居たはずだ。
使用人に阿求は不在だと言われると、後で承諾を取るぜと言って強引に敷地内に入り、鍵がかかっていたはずの蔵を魔法で開け、ランプを灯してそれらしき書物を探す。
使用人が慌てて追いかけてくる。
「ちょっと、お嬢様に怒られますよ」
「お茶は玉露でいい」

使用人は呆れて、そのまま放っておいてくれた。
一時間ほど悪戦苦闘ののち、ようやくそれらしき記述を見つけた。
確かに、あやめの集落では、かつて大飢饉があったようだ。そこで柊家の祖先が人々を救済して称えられたらしい。
「ホフゴブが言ってた通りだ」
そこからどうやって立ち直ったかまでは曖昧にしか分からなかった。
戸が開いて、お盆に湯呑を持った阿求が入って来る。
彼女は床に直接座って調べている魔理沙の足元に湯呑を置いた。
「はい、特製の出涸らし茶」
「おおサンキュ」
「全く、一言私に言ってくれませんか、別に出入り禁止じゃないんですから」
「すまん、今度美味しい団子屋教えるからそれで勘弁」
「ああ、弥生ちゃんの店でしょ、蕎麦屋の向かいの」
「知ってたのか。ところで、幻想郷の○○地域の飢饉って、覚えてるか?」
「!」
阿求は一瞬驚いて、それから慌てて表情を取り繕った。
あの場所は確か……いやそれより、今の顔を魔理沙に見られただろうか。
どうかばれませんようにと祈りながら、何でもない風を装って聞き直した。
「○○地域、ですか?」
「そうだ、何か知っているか?」
魔理沙は悪びれもせず、時折茶をすすりながら、ひたすら歴史書に目を通している。
この人は素直に帰りそうにない、と阿求は感じた。
 「ええ、阿七か阿弥の頃ですね、確かに、あの地域では大規模な飢饉があって、餓死者も相当出ていました」
 「それで、柊家っていう一家が救済に活躍したとか」
 阿求の心臓が跳ねあがった、魔理沙に柊家に関する知識を教えてはならないよう、慧音たちから釘を刺されているのだ。
 「さあ、殊勝で裕福な人々が救済に当たったそうですが、その方々の名前までは……」
「そうか、この本はもういいや、通り一辺倒の歴史しか書いてないし。お暇するよ」
そう言って、魔理沙は持っていた本を書架に戻した。
「ええ、そうしてくれると助かります、今日は蔵の整理をするつもりだったんですよ」
蔵の扉は開けっぱなしで、魔理沙はその場で外の景色を指差した。
「ん? あれは慧音じゃないのか?」
「ええっ、慧音先生が?」
阿求がふり向いた瞬間を逃さず、魔理沙は一旦書架に戻した本を帽子に収めた。
「誰もいないじゃない」
「すまんすまん、勘違いだった。じゃあな、何か面白い本があったら寄贈するよ」
「盗品は御免ですよ」
「盗品じゃない、とっときの借り物だ」
「それだって駄目じゃん」

どうにか魔理沙に感づかれずに済んだようだ。この娘は心臓に悪いと阿求は思う。
もし来世に求聞史紀を書く機会があったなら、人間にも危険度の項目を設けようか、と真剣に考えたくなる阿求だった。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 阿求は何かを隠している!?
 魔理沙がその地名を口にした時、確かに阿求が息を飲むのを感じた。
 あやめの事、柊家の事についてなのか? 何故知られたくないのか?
 この『借りた』本をもっと調べる必要がある。
 魔理沙は自宅でその本を広げ、その地域の飢饉について書かれたページを読んだ。
 それによると、飢饉の際、里に豊穣をもたらすためにある儀式が行われたという。
 それは案の定、生贄を用いる業であった。
 「似たような禁断の術を聞いた事がある、その呪いで、あやめは病弱になったんだな」
 さらに裏付けを得るため、魔理沙は柊家の屋敷に向かう。
  友人との思い出に浸らせてくれと頼むと、使用人は快く通してくれた。
 かつてあやめが伏せっていた寝室に入り、部屋を感慨深げに眺めた後、靴下だけの足で中庭に出てみる。そこには変わらない雰囲気で石碑が鎮座している。
 この石碑、それは餓死者を慰める慰霊碑ではなく、里に豊穣をもたらすための生贄を祭る物なのではなかろうか?
 だとすると、その怨念が柊家の人物を祟り、あやめはそれで病を得たのだろうか?
 「その怨霊を成仏させてやれば、あやめは助かる、そのためには……」
 豊穣をもたらす禁断の秘術の一部として、その生贄の魂がこの石の下に封じられていて、その魂はここから出ようともがき、それであやめに祟ったとしたら。
 「この石碑をぶっ壊して魂を解放してやる、か」
 そう考えた上で改めて石碑と向き合うと、確かに禍々しい雰囲気を感じる、様な気がする。
 これが単なる思い込みなのか、それとも本物なのか。
 大事な友人に関する話だ、ここは慎重に事を運ばなければならない。
  「あの土蔵、何か手がかりでもあるかな」
ここで考えていてもらちが明かない、もっと調べよう。
魔理沙は早速、友人の家と言う事で控えていた柊家の土蔵に侵入するのだった。
 「親しい奴の蔵に侵入、ってのは気が引けるぜ」
 …………
 誰かが自分に突っ込みを入れた感じがした、約2名が。
 それを無視して土蔵の扉を解錠しようとした所で、はたと困った。
 鍵が稗田家や紅魔館のような魔法チックな物ではなく、アナログの物理的な鍵だったのだ。
 「これは、魔力をえいやっとぶつけて開けるわけにはいかないぜ」
 屋根近くにある小さい窓には鉄格子がはめられている。
 たとえ空を飛んで鉄格子をはずしたとしても、魔理沙の体格では入れない。
 「最悪、物理的な魔法で鍵をどかーんとぶっ壊すか」
 「オレに任せてくれないか」
 あやめの次に懐かしい声がして振り向くと、小柄なゴブリンが居た。
 彼女に寄り添い、守ろうとしていたあの忠実なホフゴブリンだ。
 あやめをキョンシー化された事に憤り、青娥に襲いかかろうとして返り討ちにあい、永遠亭でしばらく療養したのち、どこかへ姿を消していたのだ。
 魔理沙は心が幾分軽くなるのを感じて、彼を抱き上げた。
 「久しぶりじゃないかホフゴブ、どこ行ってたんだよ」
 「しっ、家の人に感づかれる。お嬢様がああなって以来、オレはこの家に居ていい理由がないからな、お払い箱さ」
 「キョンシーにされた後には会ってないのか」
 「ご家族からは会うなと言われたよ。んで、お寺の墓地に潜んで、遠くからお嬢様を眺めたんだが、変わり果てた姿を見ていられなくてさ、しばらくその辺で野良妖怪やってたよ。たまに騒霊ライブのもぎりとか、鳥妖怪の屋台を手伝ったりしていたな」
 「苦労したんだな」
 「いや、幻想郷にも親しくしてくれる妖怪や妖精はいるし、悪くない」
 「それで、どうしてここに? あやめと以外、ここにはろくな思い出は無いんだろ?」
 「もうお嬢様の事は諦めるしかないと思いかけていたんだが、今日魔理沙さんが空を駆けまわっているのを地上から見て、あんまり真剣な顔だったんでピーンと来たんだ、お嬢様に関して何か分かったに違いないって」
 魔理沙は片手をひらひらさせて苦笑した。
 「悪りぃ、これから掴むところなんだ。まだ仮説だが、もしかしたら、あやめの病気はあの石碑に封じられた霊魂の呪いかも知れない。それで、この土蔵を調べて裏付けがあれば、即これをブッ壊す」
 「お安い御用だ、鍵の場所は知らないが、窓まで上げてくれれば、鉄格子の隙間から入れそうだよ」
 突如両者の背中にヒヤリと悪寒が走り、幽霊のような声が響いてきた。
……壊すのはやめたほうがいいよ~~
魔理沙とホフゴブリンが振り返ると、事実声の主は幽霊だった。
ゴブリンが腰を抜かしてその場に座り込む。
幽霊は魔理沙よりは少し年上の青年といった風貌をしている。

 「おい、お前何か知ってるのか! この石碑と土蔵の事を?」
 ホフゴブリンは幽霊と、その幽霊に間髪いれず詰問する魔理沙の度胸に二度驚かされた。
 「それより、驚いてくれねーの? 俺一応幽霊なんだけどな」
 「うわーおどろいたー、これでどうだ」
 「そんな露骨な棒読みされても……まったく、ここに居たお嬢様と言い、祈祷に来た巫女と言い、あんたと言い、なんで近頃の娘はこんなにタフなの?」
 「ん、て言う事は、お前があやめに退治された例のヘタレ幽霊か」
 ホフゴブリンの話によると、あやめはかつて、出くわした幽霊に対して堂々とした態度で追い払ったと聞いていた。その幽霊が彼か。
 「どうせ俺はヘタレだよ、それはそうと、この土蔵はただの金銀財宝の倉で、お前さんには関係なさそうだ、それで、あの石碑には手を出さないほうがいいぜ」
 「じゃあ、あの石碑に封じられた怨霊の事を知ってるか? あやめはそいつに呪われているんだ。そいつを解放してやれば助かるはずだ」
 「いや、さっきも言ったがそれはやめた方がいい」
 「なんでだ? 昔誰かが人柱にされて、ここに封じられて、出たい出たいとあがいて祟っているはずなんだろう」
 「じつは事情があるんだ」
 「教えてくれよ」
 青年の幽霊は、意地悪そうに微笑んでそれを拒絶した。
 「お前は驚いてくれなかった。幽霊の面目丸つぶれだから教えてやんない」
 「何だよ~いいじゃないか」
 「だーめ、人外の怖ろしさ、せめてこういう形で身を以て味わうがよい」
 「おやおや良いのか私を怒らせて? 私には半霊剣士や、閻魔の知り合いがいるんだぜ、強制的に地獄へ送ってもらおうか?」
 「そ、それは……」
 魔理沙は両手を口に当てて、天を向いて呼び掛けた。
 「閻魔さま~ここに罪を重ねた地縛霊が居ますよ~」
 「よしてくれ、わかったわかった、今のは冗談だ教えるよ、だから閻魔様とか呼ばないでくれ頼むから」
 ようやく立ちあがったホフゴブリンは、ただただ眼前の光景に圧倒されていた。
 「すげえ、幽霊が人間にびびってる……」
 
 幽霊は語りだした、石碑と、呪いの真相を。
 「本当は、俺を見ても恐れず、かつ敵意も持たず、話を聞いてくれるやつを待っていたんだ。代々この家の人が病魔に苦しむ様は見ていられなかったからな。そりゃ驚いてくれないと幽霊の誇りが傷つくなとは思うけどよ」
 呪いの正体を幽霊から聞いて、魔理沙は心が軽くなる。
 ようやっと核心に触れる事ができた。あやめを救える可能性が出てきたのだ。
 「……というわけだ、あとはお前次第だ。俺は消える事にするよ」
 「わかった。任せとけ」
  とりあえず、霊夢にも知らせよう。これであやめを救えるそ。
 急いで飛び立とうとした時、誰かが魔理沙の首根っこを掴んだ。
 振り向くと、厳しい表情をした寺子屋の半獣、上白沢慧音がいた。
 


◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 魔理沙が屋敷を訪れていた頃、あやめの両親は娘に会いに命蓮寺の墓地にいた。
 たとえキョンシーと化していても、生きている娘には違いないと思っている。
 陽光は少し雲にさえぎられてはいるものの、かえって快適な気温と明るさだった。
 「おとうさま、おかあさまがきた~」 
ぴょんぴょんと両手を水平に伸ばしたあやめが跳ねてきた。
 「よしよしあやめ、元気かい」 
 「しんでいるけどげんきよ」
 「仙人様がきっと元に戻してくれるからね。もう少しの辛抱よ」 
 父親が頭を撫で、母親が娘を優しく抱きしめた。
 あやめは奇妙な服装をしていた。外界のファッションらしい。
 しかも、会うたびに服が変化している。
 「して仙人様、娘の服装は何なのでしょうか。毎回会うたびに服が変わっているようですが……」
 「これはですね……」
 父親がそばにいた霍青娥に尋ねると、彼女は慌てず、あらかじめ用意していた答えを出そうとするが、その前に芳香が割り込んできた。
 「せっかくだから、あやめがここにいる間は、いろいろ着せかえして楽……」
 「今何と?」
 「こ、こら、芳香、伏せ。この服は仙界の糸で織られていて、細胞の破壊を防ぐ効果がありますのよ」 
 「そうでしたか。いやあてっきり、私としては仙人様のド下衆な趣味かと詮索してしまいました。どうかお許しください」
 「気になさらないで下さい、それはそうと、あやめさんを元に戻す目途がようやく立ちましたよ」
 「おお、いよいよですか」 父親の目が輝く。
 「はい、でもその代償として、柊家の財産を相当削られる事になるのかもしれませんよ」
 両親の目に迷いはない。
 「それくらいの覚悟、娘の命に比べれば安いものです」 母親は言い切り、父親もうなづいた。
 「そうですとも仙人様。それに我々にも長年培った商いの才覚があります。家族ぐらい養って見せますよ」
 青娥は安心し、芳香に荷物を運ぶよう命じた。
 「さあ、では参りましょう。呪いの元凶をいまこそ断つのです」
 青娥は成功を確信していた、と同時に、あやめを自由にできなくなる事をちょっと残念にも思うのだった。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 「魔理沙、阿求殿から聞いたぞ、本を盗んだそうだな」
 魔理沙は抵抗するが、上白沢慧音の握力は強い。
 ホフゴブリンは突然の襲撃にうろたえている。
 「見逃してくれ、霊夢に知らせたい事があるんだ、あやめの身に関する事なんだ!」
 「まだあの子に執着していたのか、柊家にはもう関わるなと何度も言ったはずだ」
 「うるさい、ここの幽霊から聞いたんだ、これで丸く収まる可能性がやっと出てきたんだ」
 「そうです白沢様、あやめお嬢様を元どおりに戻せるかもしれないんですよ。どうか、神社にだけは行かせてください」
 ホフゴブリンも必死に懇願するが、慧音は認めない。
 「この石頭、ホフゴブ、この事を霊夢に!」
 「よしきた」
 「そうはさせん」 
 慧音は空いた方の手ですかさずホフゴブリンの首も掴む。
 「この妖怪にも共犯者として話を聞かせてもらう。前からお前の泥棒癖は何とかしなければと思っていたんだ、徹底的に再教育してやる」
 慧音は怪力で二人を引きずったまま屋敷の外に連れ出し、そのまま飛んだ。
 「コラー離せ、薄情者! 事なかれ主義者! キモけーね! お前に私の気持ちが分かるか? 女の子1人救えないで何が教師だ、何が守護者だ、辞めちまえ!」
 ゴンッ。
慧音は首を掴んだまま魔理沙に頭突きを喰らわせ、魔理沙はそれで黙ってしまう。
  それでも、涙声で声を絞り出す。
 「何だよ、友達を助けようとするのが、そんなに悪いのかよ。あやめは私なんかより、ずっと良い子なんだよ」
 慧音は魔理沙の顔を見ずに答えた。
 「君が本当は優しい心を持っているのはみんな知ってるさ、こっちの妖怪にも邪気は感じられない。だからこそ、放っておくわけにはいかないんだよ」
  慧音は放課後の寺子屋の前に降り、道具や本を取り上げた後、物置に二人を放り込んで妖術で施錠した。
 「しばらくそこで反省してろ、この本は返しておくからな」
 「もう一度話を聞いてくれ、あやめの病気の正体は……」
 「呪いだろう。飢饉のときに人柱にされた者が怨霊となって、あの子を呪っている。その怨霊が例の石碑に封じられているから、これからその魂を解放しに行くんだ」
 「違う、生贄にされたのはそいつじゃ無い」
 「いいや、みんなで調べたんだ、それで間違いない。ただあの怨念は非常に強力だから、万が一の時に君の今の実力では対処できない。これから巫女と2人の仙人、住職と私でお祓いに行くところだ。私たちに任せなさい、じゃあな」
 慧音は去ろうとする。魔理沙は戸をドンドンと叩くが、慧音はかたくなだった。
 「おい、開けろったら! 今石碑を壊したらもっとヤバイ事になるんだぞ」 
 慧音はため息をつき、閻魔のような口調で、噛んで含めるように説いた。
 「霧雨魔理沙、自力でここまでたどり着いたのには正直恐れ入る。だが呪いというものは複雑で、まだ君が知らない要素がたくさんあるんだ。君は少々自分の実力に自惚れ過ぎている。もっと謙虚さを学びなさい」
 「うぬぼれてなんかいない。なら私も加えてくれ」
 「まだまだ成長できる君を危険にさらすわけにはいかない。しばらく頭を冷やすんだ」
 「待て、話を聞いてくれ。人柱になったのは……」
 「じゃあな」
 魔理沙の訴えを無視して慧音はどこかへ去った。おそらく、あやめの屋敷だろう。
 真っ暗な物置小屋の中、ホフゴブリンが不安そうに魔理沙の顔を見上げている。
 戦力外通告ともとれる慧音の言葉に腹が立たない訳ではなかったが。それ以上に、魔理沙は焦りと恐怖を感じていた。
「おいおい、何で話を聞いてくれないんだよ。あやめが死んじまうのに、ばか野郎」
「魔理沙さん、どうする、準備なしにあの霊魂を解放したら……」
「分かっている、そうなる前にあいつらを止めなきゃな」
「でもどうやって?」
「そうだ、まだ手があった。私に任せろ」
魔理沙は自分の魔力で解錠を試みたが、うまくいかない。
魔術的なものではない物理的な南京錠が納屋の扉にかかっている。
「無理か、いや待てよ、これなら」
魔理沙は帽子から何か白い粘土状の物を取りだした。
「それは何なんだい?」
「これはだな、河童経由で仕入れた『しーふぉー』っていう火薬の一種なんだ。これを鍵の部分にくっつけてっと」
次に魔理沙は二本の針金を取り出し、爆薬に差し込み、一本の針金の端を、何やら片手サイズの長方形の箱に接続した。
「ホフゴブ、ちょっと下がってろ」
もう一本の針金を箱に接続すると。大きな破裂音とともに戸が吹き飛んだ。
「けほっ、すげえや」
「慧音のヤツ、魔力のこもったアイテムはぜ~んぶ感知して没収した様だが、こういう物理的な道具には気づかなかったらしい。お前こそ知識を過信するなっつーの」
没収された道具はすべて寺子屋の教室に置かれていた。教室の後ろの壁に、生徒たちが書いた絵が飾られていて、中には慧音の似顔絵もあった。
魔理沙は似顔絵の鼻の部分に画びょうを刺しながら道具を取り戻す。
「ぷぷっ、軽いお返しだぜ」
それは置いといて急がねば。もしいま石碑の霊魂を出してしまえば大変だ。
魔理沙はホフゴブリンの方を見やる。
「これから荒事に巻き込まれるかも知れん。それでも来るか」
「とっくに巻き込まれているよ。それにオレは……」
顔についた煤をぬぐいながら、ホフゴブリンは笑って答えた。
「お嬢様にお仕えする従者だからな」 
魔理沙も笑顔になる。
「どこぞのメイド長に勝るとも劣らないな。でもいいか、どんなヤバイ事になっても、私から絶対離れるな、約束できるか?」
 「約束する。迷惑にならないよう気をつける」
 2人は強くうなずきあった。種族は違えど、大事な人を守りたい気持ちは同じだ。
 魔理沙は思う。最初は気持ち悪い種族だと思ったのに、なぜこんなに友情を感じるのだろうか、と。
 「よし、じゃあいっしょに、あやめを救いに行こっか」
 「おお」
 「でもちょっとその前に……」
魔理沙は扉の吹っ飛んだ納屋の前で、魔力のこめられたペンを使った。
するとペンがひとりでに動き出し、納屋の中の壁全体を文字で埋めてゆく。

けいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだしてけいねせんせいここからだして……

「これで慧音に閉じ込められた子どもの怨念一丁上がり」
「う、うわあ」 
「これぐらいの悪戯、別に罰は当たらんだろう」
 魔理沙は箒にホフゴブリンを乗せて、速攻で飛び去った。
 「さあ、みんなを幸せにして、このくそったれな物語を終わらすぜ」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 あやめの屋敷の裏庭にて、仙人の霍青娥と茨木華扇、巫女の博麗霊夢、里を守る半獣の上白沢慧音、命蓮寺住職の聖白蓮が集まり、あやめを呪っている怨霊を払う儀式を始めようとしていた。
 あやめはキョンシーとして操るための札を外され、かつての彼女自身の部屋で眠りについている。
 霊夢が慧音に尋ねた。 
 「魔理沙はおとなしくしているかしら?」
 「いちおう寺子屋の納屋に閉じ込めてあるが、あの子の事だ、そのままおとなしくしているとは考えられない、この霊魂をすぐに解き放ってやらなければ」
 青娥がうなずく。
 「同感ですわ、それが魔理沙さんの良いところなのでもありますけれど」
 あやめを方をちらと見ながら華扇が言う。
 「それにしても、この子にとりついた呪いは凄まじいですね。いままで良くもったといえるくらい、とっくに命を落としても不思議はなかったわ」
 霊夢が仕事の口調で言い切った。
 「魔理沙を外して正解ね、下手すれば呪いが移って死ぬもの」。
 一同は、あやめの病気の原因が呪いにある事をかなり前から知っていた。
 しかし、その呪いは洒落にならない強さである事も判明した。
 祓う儀式に参加させるには、魔理沙はまだ頼りなさすぎた。
~魔理沙は置いていく、正直ついて行けそうにない~
 それが一同の下した決断だった。
 だから、祓う目処が立つまで青娥にあやめをキョンシー化させ、体を保つとともに、魔理沙にはこの事から手を引くようそれとなく促していたのだ。
 しかし、(約一名を除き)みな罪悪感を覚えていない訳でもなかった。白蓮は皆が思っているであろうことを代弁する。
 「でも彼女は傷ついたでしょうね。すべてが終わったら全部話して謝りましょう」
 「仕方ないわよ、万が一この石碑の怨霊を解放してやって、それでも恨みが収まらないなら、対処できる者は2種類だけ、経験豊富な大人の術者か、あるいは大人顔負けの術者かだけ」
「あとで真実を話して、それで魔理沙さんがブチ切れたら、気のすむまで口論でも弾幕でもなんでも受けてあげましょう」 白蓮が腕をまくった。
 霊夢は石碑の前に立ち、大幣を両手で振って祓詞(はらへことば)を唱える事にする。
 「噛み砕いて言うと、基本的なお祈りの言葉ね。まずは語りかけてみましょう」

かけまくもかしこき伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ) 
筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の
阿波岐原(あはぎはら)に みそぎはらえ給いし時になりませる
祓戸大神(はらへどのおほかみ)たち諸々の禍事罪穢(まがごとつみけがれ)
有らむをば…………。 
  
 祓詞を終えた後、柊家の使用人の手伝いで、縄を石碑にかけ、引っ張って倒す準備が整えられた。
 「これで生贄の魂を解放してあげて、あやめの呪いが消えれば万々歳。それでだめなら……バトル展開、劇場版東方Project・怨霊バーサス美少女巫女霊夢とおばさんズ・幻想まるごと超決戦といったところかしら」
 「私たちの年の功も甘く見ないで」
 「じゃあ私と華扇さまでスイート仙キュアがいいわ」
 「進撃の命蓮とかはどうでしょう」
 「あほな事言ってないで、始めないか」
 意外と冷静な大人女性陣と、霊夢が軽口を叩き合っている姿に、柊家の者達は不謹慎に思うよりも、その余裕がかえって頼もしいとさえ感じていた。
あやめが救われるのみならず、柊家の暗部にも決着がつくのだ。
 「でもこれで、豊穣をもたらす術は解除されて、生活が困るかもしれない」
  霊夢はそう言い、小さく「貧困はつらいわよ」と加えた。
 「大丈夫です巫女様、私たちにもいろいろな知恵がありますし、この里もだいぶ前から白沢様の農業指導で収穫も増えております。それよりも、娘を救い、祖先の負の遺産をこの代で清算できるのが嬉しいのです」
 「いい答えね、貴方たちならきっとうまくいく」
 「では始めます、みんな頑張ってくれ」
 石碑を引きずり倒すべく、あやめの父親が号令をかけようとしたその時、霊夢が突然びくりと震え、待って、と叫んだ。
 「どうしたんですの霊夢」 青娥がいぶかしげに問いかける。
 「ごめん、お祓い、中止にした方がいいかも、これはちょっと……」
 「何で! あやめさんを救えるんじゃなかったの?」
 霊夢に掴みかかる青娥を華扇が止めた。
 「霍青娥、落ち着いて、霊夢は何かを感じ取ったのよ」
 「うう、取り乱して済みません」
  霊夢はいつになく不安交じりに、皆の顔を見渡して、意を決して伝えた。
 「この中の魂、怨霊の恨みが相当なのは分かっていたけど、想像以上に洒落にならない恨みというか、もう少し怨念の起源を調べた方がいいと思うの」
 「そんなまどろっこしいことやってないで、ようはこれを壊して中の怨霊を出してやればいいんでしょ」
 「そんな簡単な問題じゃない。もしかしたら、こいつの恨みはここに封じられている事そのものじゃなくて……」 
 青娥は霊夢を押しのけ、皆が止めるのも聞かず、縄を引っ張った。
 表情が鬼気迫るものに変化していく。
 「あなたを解放して差し上げます、だから、さっさとあやめを解放して下さい」
  力を込めて縄を引っ張る。使用人たちもそれに続いた。
 「止めなさいよ!」
 「霊夢は黙ってて。テメーオリキャラの分際でか弱い少女を苛んでじゃねえ。っていうかオリキャラって何だ、まあいい、あやめを解放しろー」
 「オリキャラはあやめも一緒でしょ、っていうか、私何言ってんのかしら?」
 「この美しい幻想郷にてめえのようなビチグソ怨霊なんて許せねえ。そんな気味悪い設定必要ねえんだよ」

 それから突然青娥はぬおおおおおお、と女性らしからぬ雄叫びをあげ、青娥の肉体がなぜか体積を増し、筋肉ムキムキの変態マッチョと化す。普通の人間たちはみな呆気にとられている。
 「その気味悪い設定は有りなのか?」 慧音が呆れている。白蓮は興味深そうに見ている。
 「まあ、肉体強化の魔法、あの仙人さんもできたのですね。手合わせ願いたいわ」 
 「あなたなぜか嬉しそうですね」
 「なにのんきな事を、こいつを止めて、この中には……」
 「ぬんっ」 青娥は渾身の力で縄を引き、石碑は地響きを上げて倒れた。
 「これで、万事解決のはずですわ」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆
 


 コンコン
 「魔理沙です、いたら返事してください」
 薄暗い魔法の森のどこかの一軒家、魔理沙たちはその家を訪ねていた。
 そこは魔理沙の自宅でもアリスの家でもない。
 魔理沙の恩人の一人? が暮らしているはずだった。
 「忘れちまったんですか~?」
 まだ返事はない。
 「あなたの愛弟子ですよ。顔を見せて下さーい」
 留守なのだろうか。
 「おい魔理沙さん、本当に大丈夫なのか?」
 「おかしいな、ここで間違いないんだが、とうとう成仏したのかな」
 魔理沙は思い切り息を吸い込んで……
 「次の東方project新作、魅魔様が主役だそうですよ~」
 何かが落ちたりぶつかったりする音が家の中から聞こえてくる。
 「よっぽど嬉しいんだな」
  乱暴に玄関のドアが開け放たれると、緑の髪を生やし、下半身が幽霊のように薄くなっている女性が慌てて怒鳴った。
 「違う! メタい事言ってんじゃないよ!」
 「やっぱり居た、お久しぶりです魅魔様」
  魅魔と呼ばれたその女性は、かつて悪霊であったが、いまは恨みを忘れてのんびり暮らしている。
 そして魔理沙に魔法を教えた師匠でもある。
 「で、何の用だい? そのゴブリンは使い魔かい」
 「いや、友人だ」
 「そうか、異質な奴とも仲良くなれる、それは貴重な事さ」
 「それから、用事なんだが……ですが、私とこのホフゴブの共通の友人を助けてやって欲しいんだぜのです」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 
 
 石碑が倒れた後、一同は突然寒気を感じ、呻いて地面に膝をついた。
  「なんなのよこれは」 
霊夢はどうにか寒気を振り払い、大幣を握りしめそうとするが、手から離れてしまう。
 「しっかりするんだ」 慧音が霊夢に肩を貸すが、慧音も苦しそうだ。
 「皆さん、この中に」
 華扇と元の姿に戻った青娥が結界を構築し、その間白蓮がみんなに霊力を分け与え続け、態勢を立て直す事に成功した。
 「みんなは、無事のようですね、はっご両親は?」
 白蓮が振り向くと、屋敷の中で待っていたあやめの両親は倒れているではないか。
 「急いでご両親を結界の中へ!」
 華扇と慧音が2人を結界の中に運び入れたが、2人とも血の泡を吹いていて意識がもうろうとしている。すぐ結界内に入れた使用人たちも気分が悪そうだ。
 華扇と慧音、白蓮が必死に介抱しているが、そうとう危険に見えた。
 青娥はあやめを思い出し、キョンシー化した彼女に結界内に入るよう命じた。
 「あやめさん、私のところに来なさい」 しかし、返事はない。
 「いけない、キョンシー化は解除したんだった。芳香はここにはいないし、ああもう!」
 青娥はみんなの制止を振り切って結界を飛び出し、瘴気をこらえながらあやめの寝室に向かい、仙術で彼女と自分を浮かばせ、結界内に移動させる事には成功した。 
 だがあやめもまた、意識のない状態で苦しげに呼吸している。
瘴気の影響が柊家の人のみに顕著なのは、普通の人々だからだろうか。
それとも……。
「も、もしかして私のせい?」 ようやく青娥が過ちに気付く。
「もしかしなくてもあんたのケジメ案件ね」 霊夢がぴしゃりと大幣を突きつけた。
青娥はしばらくうつむいて、それからいつもの調子を無理やり取り戻し、やや早口でみんなに呼び掛けた。
 「ごめんなさい、でもこれからどうするか考えましょう。それに、この石碑もあくまで怨霊を押さえつけていただけで、根本的解決には程遠かったようです」 
 黒い霧のような霊気が石碑の建っていた場所から噴き出し、凝縮して少年の姿になった。この子供の怨霊こそが、柊家代々を苦しめた病の元凶に違いない。

やっと出てこれた。自分の欲のために母さんを犠牲にしたお前たちを、全員呪い殺してやる。

 黒い霧のような霊気が結界を包み込み、霊的な圧力を高めて押しつぶそうとする。
 結界が破れれば、みな呪い殺されるだろう。柊家でない者であってもだ。
 霊夢はばつが悪そうに周囲に話した。
  「今私たちが生き残る道はただ一つ、力を合わせてこのクソッタレ怨霊を消し去ることですわ」
白蓮がエア巻物を取り出しながら、戦う気いっぱいの青娥をたしなめる。
「いけません、あの怨霊は恨みではなく、深い悲しみに溢れています。経を唱え、悲しみを癒してあげなければ。みなさんもそれぞれのやり方で祈って下さい」
「ハァ? 状況分かってんのかババア!」 青娥がまた感情をあらわにした。
「……汚い言葉は自らの心を汚しますよ」 白蓮はあくまで静かに諭す。
「状況を理解しておいでですの? そんな生ぬるいやり方じゃあどうにもならねえんだよ」
「ですが、憎しみに憎しみをぶつけて、状況が好転すると思いますか?」
「結界が破れたら私達はお陀仏。あやめさんも死んじまう。躊躇している余裕はねえ、そうだろ」
「浅薄な力押しでは、あの悲しみに飲み込まれます」
白蓮は怯まず青娥の説得を試み、そこへ慧音と華扇が割って入ってきた。
「住職、残念ながら私も青娥さんに賛成だ。あの怨霊は私らを呪い殺すことしか頭に無いらしい」 
「まず力を合わせて怨霊を抑え、それから成仏させる術を考えましょう」
霊夢は臨戦態勢に入っている。
「気合いを入れて。幽々子や地獄猫みたいな、弾幕ごっこが通じる相手じゃないわ」
 青娥は満面の笑みで感謝を述べた。
 「ありがとうございます。みなさん、同意ということでよろしいですわね」
 「仕方ありません。でもあの怨霊も哀れな存在。それを忘れないでください」
 白蓮も折れ、5人が怨霊を力づくで抑える態勢をとった。
  「ねえ青娥、やけに気合い入ってるじゃない? こんな時、欲望に忠実なあんたが真っ先に逃げると思ったのに」
 「あらあ、霊夢さん、私は欲望に忠実なままですわ。私はあやめさんを気に入りました。だから元気な彼女と一緒にいたいのです。ただの生き人形のあやめさんも可愛いのですけれど、もう飽きました。やっぱり自分の意思で私を好きになって欲しいの」
 「あなたという人は……本当に同業者なのかしら」 華扇がため息をつく。
 「華扇、こいつのせいとはいえ、バリバリの闘争心は使えるわ。士気が低いよりはマシよ。本当にこの怨霊ヤバいみたい」
 「さあ皆様、気を引き締めて、最終バトルと行きましょうか」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 「で、私にその子の怨霊をなだめろと言うんだね」
 「怨霊仲間の魅魔様ならできるはずです」
 「やってやれない事もないけど、その代りさっき言った約束は守ってもらうよ」
 「もちろんです。急いで下さい」
 魔法の森を抜けると、3人は森以上に強い、不愉快な空気のようなものを感じ取り、思わずその場にとどまった。
 「何なんだよこれは」
 ところどころに獣や鳥の死骸が転がり、まだ生きている妖精も弱々しい足取りで、必死に瘴気から逃げようとしている。
 「スター、ルナが転んだきり起きないの!」
 「仕方がないわ、とりあえず2人だけで逃げるわよ」
 魔力が漂う魔法の森の方がまだ安全に思えるほどだ。ということは……。
  「お約束通り、予想しうる最低最悪の状況になっちまった。あいつら早まった真似を……」
 加えて、あやめの里の方角だけ、昼なのに暗くなっている。
 「こいつは、かつてのあたしに匹敵するほどの怨念かも知れないねえ」
 魅魔も戸惑っている。
 「オロロロロ、魔理沙さん、一体どうすれば?」 半泣きのホフゴブリン。
 「落ち着けホフゴブ」
 魔理沙はしばらく考えていた。ひとまず逃げて、誰かに助けを求めるべきか。
 でも間に合わなかったら?
 「決めた。あやめの家へ行く。お約束の最悪展開なら、さらなるお約束でひっくり返すまでだぜ」
 「相変わらずの性格だねえ」
 「よ、よし、オレも付き合うぞ」
 魔理沙は箒の周囲に瘴気を防ぐ最小限の結界を張り、またがろうとした時、森から人里へつながる小路を、一人の少女がスキップしながら歩いてくるのを一行は見た。
 緑と黄色を基調とした衣服を身に着け、黒の帽子に閉じた眼球のようなアクセサリーを身につけたその少女は、人間ではなかった。
 「あいつ、こいしじゃないか、こんな瘴気のなかで大丈夫なのか?」
 「いや違う、こいつは……」
 覚妖怪の少女、古明寺こいしは魔理沙と目が合うと、淀んだ目を淀んだまま輝かせて笑いかける。
 「魔理沙ちゃん見っけ、ね~え遊ぼうようお」
 そして、右手の爪を刃物のように伸ばし、地面を蹴って魔理沙を襲う。
 「あきゃきゃきゃきゃ」
 上半身をそらし、かろうじて爪の斬撃をかわした。
 「ドキドキさせるぜ」
 「魔理沙!」
 そこでバランスを崩したこいしを魅魔が弾き飛ばす。
 「この子、瘴気を浴びて逆に元気になっちまったみたいだね」
 「まったく、元気の方向性が違うぜ」
 箒にまたがり、ホフゴブリンを乗せ、魔理沙はこいしを無視して先を目指す。
 追いかけるこいし。
 「お散歩してたらいい感じの空気がしたの。もっと遊ぼうよ、釣りとかどう? 魔理沙の背骨を釣竿代わりにしてさあ」
 「知るか! 家帰ってお姉ちゃんと監禁ごっこでもしてろ」
 魔理沙は箒に仕込んだ予備八卦炉からマスタースパーク状の光線を発し、攻撃を兼ねて加速。こいしを振り切ろうとした。
 「ばあ、残念でしたあ」
 前方にこいしが現れ、魔理沙に抱きついた。
 無意識を操っていたのか、いつ回り込んだのかわからなかった。
 魔理沙は両手で箒を掴んでいたためすぐに対処できない。
 「離せ、このっ」
 「だーめ」
 「魔理沙さん!」
 こいしの眼球のようなアクセサリー、つまり第3の目から触手が伸び、魔理沙を包み込もうとする。魔理沙が身構えると、突然こいしが悲鳴を上げ、箒から転げ落ちた。
 「あぎゃぎゃぎゃぎゃ?!」
  ホフゴブリンが第3の目に噛みついたのだ。
 「ああいう人外は、案外なんでもなさそうな物が弱点だったりするのさ」
 「ホフゴブ、ナイスアシストだぜ」
 「オレだって、少しは役に立たなきゃあな」
  照れながら笑うホフゴブリン。だが後方をちらりと見ると、起き上がったこいしが猛ダッシュで追いかけてきていた。むっとした顔で両手に弾幕らしきエネルギーを充てんしている。
 「わたし御立腹、決めた、はく製にして飾ってやる」
 「そいつはご勘弁を」
  魔理沙はポケットから植物の植えられた小さな鉢を取り出し、それをこいしめがけて投げ付け、星型の弾丸で宙を舞うそれを破壊した。
 植物の根は目を閉じた人形のような形をしていて、そこに太陽の光が浴びせられる。
 こいしは反射的にそれを掴んだ。
  「なんだこれ?」
 「ホフゴブ、魅魔様、耳を塞いで距離を稼げ!」 魔理沙が帽子を深めにかぶる。
 人型の根っこが目を見開き、大きな叫び声をあげた。
 「ぴゃあああああああああああああああああああああああああああ」
 「マンドラゴラにはこういう使い方もあるんだぜ」
 音源を手に持っていたこいしは、鼓膜に突き刺さる叫び声に耐えられず、そのまま失神してしまう。
  「あとはお姉ちゃんに介抱してもらうんだな」
 先を急ぐ魔理沙に、魅魔がふと疑問をはさんだ。
 「ねえ、考えたんだけど、どうしてお前たちも一緒に行かなきゃならないんだい? あやめという子の家を教えてくれれば、私一人で怨霊を鎮めてやってもいいんだけど。今みたいな奴がこれからも出て来るかも知れないし、あいつ程度なら私一人でどうにでもできるしさ」 
 「友達が待っているんだ。それに、魅魔様には力を温存していて欲しい。この距離でこの瘴気だ、あの怨霊は手ごわいに決まっているぜ」
 「わかった、でも危なくなったら引き返しな。あたしゃこれでも世界を滅ぼそうとした怨霊、弟子に心配されるほどなまっちゃいないよ」
 「さすが魅魔様、頼りになります、だぜ」
 
 里に向かう上り坂で、狂気の目をした一本だたらが、複数のどくろを傘に乗せて高速回転させていた。
 「ほらほら驚け~、いつもは1個しかできないけれど、今日は5個も回っているよ~。どうだ怖いだろう」
 目つきだけならエクストラ級の怖さだが、基本的に無害なようだ。
 瘴気によって高まった妖力を、多くのどくろを回す事に全振りしている。
 魅魔いわく、
 「どくろの持ち主が気になるが、スルーで」
 「了解」
 「了解」
 「驚いてよお」

 坂を登りきった。あやめの居る里がようやく見える。
 魔理沙は二人の小休止と目的地の再確認のため一度止まった。
 瘴気の発生元はやはりあやめの屋敷らしく、その周囲だけ黒い霧が立ち込めている。
 「みんな、体力は残っているか?」
 「当然だよ」
 「オレも大丈夫だ」
 「じゃあ、一気に下っていくぞ」
 その時、背後の上空からぞわりとするような気配がした。
 魔理沙や魅魔ほど魔力妖力のないホフゴブリンも不吉な何かを感じたようだ。
 骨組みのような奇妙な翼をはばたかせてくる少女は、(自称)カリスマ吸血鬼の妹、フランドール=スカーレットである。
 「よりによってフランか!」
 「魔理沙、吸血鬼にしてあげる。一緒に永遠を生きましょ」
 その眼は獲物を狙う獣そのもので、当然のように理性の光はかけらも残っていない。
 「悪いが、その予定はキャンセルだぜ」
  歯をむき出しにして魔理沙に襲いかかるフラン。再びごっこではない脅威が魔理沙に降りかかる。
 「弟子に手を出すな!」
 阻止しようとする魅魔の霊体の足、あるいはしっぽ(?)を掴み、それを地面に無造作に叩きつけた。
「きゃん」
叩きつけられた魅魔は、色とりどりのエネルギー塊となって消滅してしまった。
 「魅魔様!」
師匠が消えた、あやめを救うチャンスも失われてしまったのか……。
 (いやまだだ、魅魔様は一回休みしただけだ、復活のチャンスはある。その前にこいつを何とかする!)
 魔理沙は帽子の中を探り、半透明の容器に入った青い液体を取り出し、フランの目の前にかざした。
 「これが何だか分かるか? 天主教の聖水だ。吸血鬼がこれを浴びればどうなる」
 「浴びなきゃいーじゃん」
 フランはレーヴァテインとよばれる、槍とも杖ともつかない棒状の武器を握り、魔力を込めて横なぎに振り払った。
 「いっくよー、そおれっ」
 魔理沙は飛翔して事なきを得たが、地面に伏せてしのいだホフゴブリンの尻に火がついてしまう。
 「あぢあぢあぢ」
 地面に転がってどうにか火を消したが、そんなホフゴブリンに目を奪われている隙に、レーヴァテインから溢れた魔力の飛沫が、弾幕となって魔理沙を襲った。
 「よそ見厳禁(笑)」
 「しまった」
 回避しきれなかった分は根性と魔法で耐え抜いたが、それでも箒から転落してしまう。 落ちる前に高度を落としたので怪我はなかったが、同時に聖水の容器もどこかに弾き飛ばされてしまった。箒の結界が無くなって息が苦しい。
 「箒、ほうきはどこだどこだ。あれがないと……やばい」
瘴気を吸い込んだ状態で、突進してきたフランに押し倒され、瘴気とフランの拘束で余計苦しくなる。
 「うふふふふ、百合百合で官能的なシーンだね」
 「やめろ、フラン、落ち着け、お前はそんな、ヤツじゃ……」
 「しょうがないじゃん、どう言いつくろっても、これが本性だもん。魔理沙今すっごく苦しいよね、人間だもんね。でも仲間になれば楽になれるよ」
 フランは魔理沙の首筋に吸いつこうとし、むき出しの牙が迫る。
 「うふふ、処女の血。ハイオクの処女の血だ♪」
 「よせ、今はまだ……」
 「魔理沙さんこれを!」
 声のした方を向くと、ホフゴブリンが拾った聖水を放り投げた。
 (天の助けだ)
魔理沙はそれをかろうじて掴み、聖水をフランの口に押し込み、殴った。
口の中で容器が割れ、聖水を飲んでしまったフランは魔理沙を無視してもがく。
 「聖水が、溶ける、溶けちゃう、助けてえ」

 魔理沙は荒い呼吸をしながら、地面に大の字に横たわった。
 「魔理沙さん、大丈夫か?」
 「ぜえ、ぜえ、ああ大した事な……いやゴメン、正直……きつい」
  勝利を喜ぶ暇もなく、息苦しさで意識が朦朧となる。
 ホフゴブリンが箒を持たせてくれた。
 「はあはあ、ホフゴブ、帽子も、持ってきてくれ」
 「よしきた」
 ホフゴブリンもこの瘴気には参りつつあるらしい。
 魔理沙は帽子を乱暴にまさぐり、いくつかの用途不明の物にまぎれて、液体入りの注射器を取り出した。
 「あった、これだ」
 こういう時のために用意していた瘴気治療薬だ。
 説明書にはふざけた語調でこう書かれていた。

ウサ印の人間用高濃度瘴気治療薬でーす。
永琳様の薬を鈴仙が複製したのをさらに私がコピーしたジェネリックものだよー。
瘴気で意識がヤバくなったら、これを心臓に直接ブッ刺して薬液を注射して下さい。
でないと効かないよー。どっちにしても自己責任でね。
死ぬか妖怪化するのもそれはそれで乙だけどね

 以前これを読んだときは面白い解説だとゲラゲラ笑ったものだが、その時の自分を呪いたくなった。どこが笑える解説だ、命が掛っているんだぞ。
 でもこのままでは本当に瘴気にやられて、死ぬか食人鬼にでもなってしまいそうだ。
 魔理沙は注射針の覆いをとり、服をはだけさせ、針を胸に向けた。
 「魔理沙さん!」
 「これしかねえ!」
 一呼吸して息を止め、針を胸に刺す。
 心臓に刺さったかは分からないが、夢中で薬液を注射した。
しばらくして呼吸が楽になり、立てるようになる。今までの苦痛が嘘のようだ。
自分の足を見る、ちゃんと足はついている。幽体離脱したわけではない。
 ホフゴブリンから箒を受け取り、もがいているフランを見る。
 実はあの聖水は、ただのチューチューアイスだ。
 でもフランは本気であれを聖水だと思っているようだ。
 「あいつが気付かないうちに、魅魔様を集めてこの場を離れないとな」
 魔理沙はホフゴブリンと手分けして、「点」「P」「B」などと書かれたキューブ状の魅魔の破片を集め、それらをくっつけると、魅魔は元通りの姿で復活した。

 箒に乗り、すぐにその場から退避する、長居は無用。
 坂の頂上から、一直線に里を目指す。
 「魔理沙、そんなボロボロになって、大丈夫なのかい。」
 「ああ、ばっちりです。あの吸血鬼はなんとかしました」
 とはいえ、魔理沙の疲労は魅魔の目にも明らかだった。
 「無理しちゃ駄目だよ、引き返すのも勇気だからね」
 「心配いらないですよ、それより魅魔様、ついたら怨霊を頼みますよ」
 ホフゴブリンがため息をつく。
 「はあ、人間もこんな風にして復活できたら良かったのにな」
 魔理沙は精いっぱいの笑顔を作ったが、顔は青ざめていた。
 「はははっ、ほんとだぜ。私もさっきは死ぬかと思ったよ。でもいい経験にはなったな。こうやって場数を踏んでいけば、次はもっとマシに動ける」
 何てことはないように装う魔理沙だが、魅魔には彼女のつぶやきが聞こえていた。
 (全く、人外がうらやましいよ。あいつらずるいよ)
 青白い顔で作り笑いをする魔理沙。
 (人間ってホント脆いよ、脆すぎるぜ)
 魅魔は『人外にだって苦労はあるんだよ』と言い返す気になれなかった。

(確かに私達は、人間から見て遥かにお気楽な存在だしね。死なないし、病気もないし。でもね、今この雰囲気の中であたしが言っても説得力皆無だろうけど、脆い人間だからこそできる事もあるんだよ。きっと、それは確かなんだ)

 魔理沙はひときわ大きく声を張り上げ、ホフゴブリンも応じる。
 「さあて、気を取り直して、ハッピーエンドへ一直線だ」
 「おう、オレも頑張るぜ、今日の夕方にゃ、お嬢様は元通りだろう」
 魔理沙とその友人は、事情はよく知らないが、大事な人を守るため命を賭けている。なら今は自分も自分にしかできない事をやろう、と魅魔も心を切り替える。

 (立派に育ったねえ、師匠として鼻が高いよ)
 「ん、魅魔様、今何か?」
 「いんや、あたしも頑張るよ」
 「頼みましたぜ」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



あやめのいる里までもう少しの所で、空中に見知った姿が浮いていた。
 「青娥様の命令だ。ここは通さないよー」 宮古芳香、たまに口が悪いが主に忠実な死体だ。
 「芳香! 状況分かってんのかよ! 遊んでいる暇じゃない!」
 苛立つ魔理沙の声を芳香は無視した。
 「分かっている、せいが様のごようじが終わるまで、だれもちかづけさせないこと」
 「魔理沙、こいつはプログラム通りにしか動けないらしい。適当にボコって進むよ」
 「わかりましただぜ」
 魔理沙は八卦炉を芳香に向け、マスタースパークを撃った。
 「悪いな、緊急時につき前口上は無しだ」
  芳香が光に飲み込まれたと同時に、魔理沙は全速力であやめの屋敷を目指す。
 「構っている暇はないんでな」
 「魔理沙さん、うしろだ」
 後ろをちらと見ると、光の激流をかわした芳香が、魔理沙と魅魔を追ってきていた。
 「まーけなーいぞー」
 最初に出くわした時より、高速で飛んでいるように見えた。徐々に距離が詰まると、彼女は通常弾幕を撃ってきた。魅魔は慣れた動きで弾幕をかわすが、ホフゴブリンを乗せている魔理沙はよけ切れない。
 「いちち、服が焦げちまったよ」
 服が焦げ、背中の一部が軽く火傷していた。
 芳香に魔理沙たちを殺す意思があるかはともかく、通常の儀礼的な弾幕よりは威力が違う。
 「魔理沙さん、オレを降ろしてくれ」
 「ばか、出来るか。一緒にあやめに会うんだろ」
 「いや、オレのせいで足を引っ張っちまっている」
「おい! 二度とそんな事言うな! お前ぐらいなんの重荷にもならないんだよ。私の力を疑うのか!」 
 「いや、そんな事は……」
 「じゃあ黙って私につかまっていろ。心配するなよ、こんなピンチ、武勇伝の内にも入らないぜ」
 そう言う魔理沙の顔には疲労が見て取れた。瘴気でやられかけ、結界を張り、ホフゴブリンをのせて飛行し、被弾し、体力も魔力も消耗していた。
 まだ作り笑いする魔理沙を見かねて、魅魔は怒鳴った。
 「魔理沙、もう見てらんないよ、お前は傷だらけで、しかも疲れている。気づかないとでも思ったのかい? 私がこいつをボコるから、先に友達の所へ行ってやりな」
 「でもそうしたら、魅魔様はもっと消耗しちまう。出来るだけ消耗してほしくないんだ、あんたが唯一の希望なんだ」 
 魅魔は怒った。
 「おい、いい加減にしろ! このままじゃお前は死ぬよ。それとも、自分だけ死なないとでも思っているのかい?」
 だが魔理沙はかたくなに反抗した。
 「うるせえ、友達が救えるかどうかの瀬戸際なんだ。残機無限のあんたに分かるか!」 
 「霊魂だってお気楽じゃないんだよ」
 「おおい、仲間割れしてる場合じゃ……」
 「お前は黙ってろ!」
 「おとなしくつーかーまーれー」
 苛立っているのはホフゴブリンも同じだった。振り向くと、あのキョンシーとの距離はさきほどより縮まっている。このままでは三人共捕らえられてしまう。仲たがいしていて良いわけがない。
 「魔理沙さん、魅魔さん、あんた達はオレとあやめお嬢さまにとっての希望だ。このまま2人が喧嘩し続けていたら、最悪個別に倒されちまう。お嬢様を救えなくなる!」
 「分かってるよ、だから私にコイツをやっつけさせろ」
 「駄目って言ってんだろ? 力を温存するんだ」
 「まだそんな事を!」
  ホフゴブリンは目を閉じて思案した。

 オレにできる事は?
 オレにしかできない事は?
 何かあるはずだ、考えなきゃ。
 みんなで生きて、あやめお嬢さまに会って、
 それで、あの光に満ちた日々をもう一度取り戻すんだ。

 彼は目を開けて、魔理沙の帽子と、腰に付けているポーチをかわるがわる見た。
 彼女は今までも、いろいろな道具を取り出して、それで窮地を脱してきた。  
 だから、使えるものがあるのではないか。
 ポーチをよく見ると、何かビンの口のような物が突き出している。
 「魔理沙さん、コレは何だい?」
 「ああ、これは鬼の酒入りの瓢箪だ、あいつから借りたんだが、それどころじゃないぜ」
 「これ、強い酒なのか?」
 「ああそうだよ、私はちょっと嗅いだだけで倒れそうになった。強すぎてとても飲めないから、何か攻撃魔法にでもとっといた。これで満足か」
 「これ借りるよ」
  ホフゴブリンは魔理沙のポーチから鬼の瓢箪を取り出し、栓を開け、それを口に含んだ。
  「おい、飲まなきゃやってられないって意味か?」
 ある意味その通り、彼は口に含んだ酒を、魔理沙の持っているのとは別の、箒に仕込んだミニ八卦炉に吹きかけた。が、なんの変化もなかった。
  「何してんだよ」
 それでも彼は酒を含んでは八卦炉に吹きかけ続ける。
 3度目に吹きかけた時、突如酒が魔力の熱で発火した。
 「来たぞ来たぞ。魅魔さん、箒につかまって」
 だが魅魔が掴もうとする間もなく、箒は盛大な炎を後方に噴き出し、爆発的に加速。
 魅魔と芳香を引き離した。
 「うおおおおおお?!」
 「これだ、これであいつを振り切れる」
 「馬鹿、魅魔様置いてきちまっただろうが。しかも、進路それてる!」
 「そうだったごめん!」
 「怒るのは後だ、最悪の奴がきやがった」
 魔理沙たちの前方に、態勢を立て直したこいしが飛んでくる。
 「あきゃきゃきゃきゃ。魔理沙、好きだよ」
 好きと言いつつ、爪を包丁のように伸ばして近づいてくる姿は殺人鬼と変わりがない。
 「オレのせいで、余計こんな事に……」
 「いや、むしろラッキーかも知れないぞ」

 芳香は頭が混乱してその場に停止した、魔理沙と魅魔、どちらを先に追いかけるべきか?
 魅魔はチャンスとばかりに全速力を出す。
 だが単純な思考能力のせいか、すぐに芳香は方針を決めた。
 「ええっと、ゆーせんしてとめなきゃいけないのはまりさだと、せいがゆってた、でもこのお化けのおばさんも、なんか大事なふぁくたーっぽい。まりさとおい、おばさんちかい、せいがゆった、できることからはじめましょうって、だから、おばさんからつかまえる」
 そして目標を魅魔に定めて追跡を再開した。
 「なんという冷静で的確な判断なんだ。あとオバサンは余計だよ」
 さてどうしたものかと思ったとき、魅魔の前方からUターンした魔理沙が迫ってきた。しかも先ほど倒した追手を引き連れている。
 「魅魔様っ!」
 目が合った瞬間魅魔は魔理沙の意図を察し、進行方向を魔理沙と衝突する方へと向ける。
 「せーのっ」
 「あいよっ」
 激突寸前で2人は急上昇。
 「あれえ」
 「あきゃ」
 2人を追っていた芳香とこいしは、2人を見上げたまま、進路変更も減速もできずに正面衝突し、爆発とともにPや点と書かれたエネルギー塊が飛び散った。
 魔理沙達はしばらくその様を見物する。
 「きたねえ花火だ」
 「ボスキャラ2人分だからねえ」
 「それからホフゴブ、サンキュな、結果的に助かったぜ」
 「いや、オレはやれる事をしたまでだ」
 「少しは胸張れよ。さあ、ラストスパートだ」
 瘴気が濃くなる里の中心部へ向かう。
 魔理沙は魅魔の顔を見ずに、聞こえるかどうかの声で呟いた。
 「その、魅魔様、ごめんな」
 「もういいさ。でもたまにはあたしにも頼りなよ、可愛い弟子なんだからさ」
 「うん、てか、怨霊を何とかしてくれって時点で頼っているんだけどな。これ以上負担をかけたら悪いと思って」
 「さっきからお前等ばっか体張ってずるいじゃないか、そこまで必死になるんならさ、あたしにも命も賭けさせなよ、仲間だろ」
 「肝に銘じます師匠……魅魔様がいてくれて、本当に良かったよ」
 「変な事言うな」
  魅魔は照れ隠しに笑った。
 ホフゴブリンはなんとか仲直りできたようだと胸をなでおろす。
 これで怨霊を退治するなりすれば万事解決。
 そう思う一行を、急に違和感が襲った。瘴気が薄まってきているのだ。
 「おかしいぞ、瘴気の元に近づいているのに、息苦しい感じがしない」
 「おや、確かに瘴気が静まってきているねえ」
 「すでに誰かが何とかしてくれた、とか?」
 「いや、かえって……」
 「悪い予感がするねえ」
 
 一行はついに里の上空に到達した。
 あちこちで人が倒れている、魔理沙は初めて見る光景に怖気を感じた。
 思わず速度を弱めて眼前の地獄絵図にくぎ付けになっていた。
 「しっかりしな! まず、瘴気の元を断たなきゃ」 魅魔が喝を入れる。
 「分かっています。みんな、悪いがもう少し辛抱してくれ!」
 地上の人々に呼び掛け、柊家の屋敷に直行する。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 なんという計算外!
 私達は結界の外に出て、自信を小さな結界で守りつつ戦いましたが、霊夢さん、華扇さま、聖さん、慧音先生の5人の霊力を以てしても抑えきれませんでした。今や私以外の4人は倒れ、私自身も大小の傷を負っていました。  「このビチクソ怨霊がっ」
 「お前は消えろ!」
 怨霊は宙に浮いていた私を不可視の力で弾き、私は屋敷の外の地面に叩きつけられました。
 「ぐっ、彼女が」
 「はははは、これで柊家に復讐できる」
  怨霊があやめさん達を守る結界をめがけて飛んでいきます。
 どうにか立とうとしましたが、体に力が入りません、それでも私は屋敷に向けて這いずりました。
 「はあ、はあ、私の幸せ、絶対誰にも渡しませんわ」
 屋敷の入り口にどうにかたどり着くと、怨霊が結界を強引に壊そうとしていました。
 耐えてくれという願いむなしく、あっさり結界は破られてしまい、怨霊は他には目もくれずに、横たわっているあやめさんを狙ったのです。
 「ああ、あやめさんが、私のあやめが!」
 あやめさんは私が芳香の次に見つけた、ずっと一緒にいたいと思える人間です。
 常に欲望本位で行動し、興味を持てば近づき、興味を失えばあっさり離れる私の性格は自覚しています。私が彼女に近づいたのも、単なる愛玩動物として愛でているだけだと人々は思うでしょう。特に魔理沙さんはそう。
 でも、あやめさんの場合は違うのです。言葉では説明できないが、容姿と品の良さのみならず、誰にでも親しく、それこそあのホフゴブリンにも優しくなれるあの子に、私は知らぬ間に心を惹かれてしまっていたのです。
 そんな彼女の特別な存在になりたいと切実に願いました。一切の小細工は無しで。
 死ぬ前に何としても治療法を見つけるため、一時的にキョンシー化させました。
 その時、確かにキョンシー化した彼女を趣味のままに弄んだりもしました。
 でももう飽き飽きです。元のあやめに戻って欲しい。あの笑顔、あの優しさはどうプログラムしても再現は不可能。 
 あのにっくき怨霊はそんなあやめの体内に入り込み、彼女の呼吸をさらに荒くさせ、皮膚の色に生気を失わせ、情け容赦なく死へと誘います。
 死んだ後もキョンシーとして生かす事はできます。しかし、生前の人格は二度と完全には戻りません。
 私は半狂乱に叫んで手足を動かしました。
 「お願い、誰かあの子を助けて! もうプログラム通りに喋る人形なんて嫌。誰か、誰か!」
  しかしあやめさんのご両親と使用人達は意識を失ったままで、4人は動けず、だれも立ち上がってくれる者は居ません。もう鑿を握る力さえもありません。
  『いずれバチがあたるぞ』
 かつて私が利用した誰かの言葉が再生されました。
 自分に向けられた死神を追い返すのは慣れています。
 地獄の使者によって、これ以上の深手を負わされた事も一度や二度ではありません。
 でも、他人へ向けられた死神を打ち払う事が、これほどまでに難しいとは思いませんでした。
 心がへし折られ、世界が灰色になっていきます。
 「詰みました。これが、自業自得というやつでしょうか」
 ああ、芳香はこんな自分を見て何と思うのでしょう。
 あの子にはすでにプログラム以上の心があります。生前と同一ではないにしろ、それに負けないほどの深さがあります。あの子はあの子なりに私を気遣い、私の命令以上に私に尽くそうとしてくれていたのです。
 分かっていたはずでした。そんな自分を捨てて、あやめに惹かれていく私をあの子はどう思ったでしょう。
 目論見が外れた私をあざ笑うのかしら。
 絶望を通り越して、苦笑が漏れてきます。
 「あはは、これが修行の結末とは。私はなんて愚か。あやめ、芳香、ごめんなさい」
 全てを諦めかけたその時でした、唐突にその場に不釣り合いな、しかし妙に明るい声が聞こえたのです。
 「お前、徹底的にフルボッコにされたなあ。いい薬になったろ?」
 遠ざけたはずの魔理沙さんでした。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



ようやく屋敷に辿り着いた魔理沙と魅魔が空から進入すると、庭であやめとその両親、使用人たち、そして霊夢たちが気を失って倒れているのが見えた。
そして、屋敷の入り口付近を、かつて魔理沙が攻撃した時と似たような姿で青娥が這いずっていた。
 青娥に軽口をたたいてみるが、瘴気がきつい、気を抜いただけで倒れそうだ。
 「その様子だと、あやめを助ける除霊かなんかを独断でやろうとして、案の定失敗したんだろう。もっと協調性持てよ」
 もっとも、協調性うんぬんは魔理沙も人の事は言えないのだが……。
 「芳香はどうしたのですか」
 「ああ。どこぞの門番より歯ごたえがなかったぜ」
 「あなたを見くびっていたようです。魔理沙、あやめさんを、助けて」
 「当たり前だ。魅魔様、出番だ」
 「あいよ、お前はみんなを介抱してやりな」
 「わかりました、おいホフゴブ、道中拝借した気付け薬をみんなに噛ませてくれ」
 「がってん」
 魔理沙にヒントを与えた幽霊の男も顔を出す。
 「オレも手伝うぜ。とうとうあの子を救う手が見つかったっぽいな」
 「おい、こんな大勢いる前に出てきていいのかよ?」
 「非常事態だからいーのいーの。俺の霊気で、このへんの人たちのHP的な何かをいくらか回復できる……と思う」
 「確証ないのかよ」
 「少なくても、霊魂の俺が目の前で神を名乗って、ここで死ぬ定めではない的なセリフを言えば、プラシーボ的な何かで、回復効果的な何かにつながるかも知れん」
 「的な何かばかりで不安だぜ」

  気付け薬が効いてきたらしく、霊夢がかすかに目を開けた。
 魔理沙が治癒の魔法を唱え、星のような光が霊夢たちを包んでいく。
 霊夢たちと、柊家の人々の呼吸が安定し、徐々に目を覚ましはじめた。
 だがあやめの容体だけは回復しない。
 「おい、この子は……」
 「大丈夫、この悪霊(ひと)があやめを助けてくれるさ。お前は、外の人たちをハッタリでも霊気でもいいから励まし続けるんだ」
 「よしきた」 
 「魅魔様、ホフゴブ、今の魔法でさすがに疲れちまった、ちょっと休ませてくれ」
 「もちろん、魔理沙さん頑張ってたからな。ここの人たちはオレが見ておくよ」
 「おとなしく休んどきな、ここからはあたしの仕事だよ」
 
 魔理沙は腰を下ろし、あやめと魅魔を見守った。
 ホフゴブリンも作業しながら何度もこちらを気にしている。 
  「ヤバイね、この子は怨霊に内部から食い破られてしまう」
 手をかざし、怨霊を霊的な力で引きずり出そうとした。
 その時、あやめの手が動いて、魅魔の手を押しとどめたのだ。
 「お嬢さん、じっとしてな、今私がこいつを説き伏せてやるよ」
 かすれた声が聞こえた。
 「もういい……」
 「ええっ?」
 「もういいの。私は……この子に殺されて当然なの」
 「あやめさん!」 
 小さいながらも懐かしい声に、霊夢たちを介抱していた魔理沙が振り返る。
 「あやめ! お前なのか?」
 久しぶりに聞く、あやめの人間としての声だった。
 「なぜですのあやめさん、貴方はこんな怨霊に殺される必要ないわ」
 「今、この子の心が見えた。この子、柊家をすっごく恨んでいたんだよ」
 

 
◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 目覚める前、朦朧とする意識の中、あやめは夢を見ていた。
 見えるのは懐かしい我が家と里の光景。しかし微妙に雰囲気が違う。
 記憶にあるより家屋がまばらで、開墾が進んでいないのか、森もずっと家の近くにあった。
 夢の中では、自分は一人の幼子だった。森と田畑の境界に捨てられていた。
 その子にしゃがんで話しかけるのは、巫女姿の女性。霊夢さんだろうか、でもずっと大人びて見える。
 自分ではなく、幼子の思考が心に流れ込んでくる。
 あやめは気付いた。そうか、これは夢なんかじゃない、誰かの記憶だ。
 そしてその誰かとは何者なのか? 彼女は直感的に理解した。
 おそらくは柊家の……。




 
 お母さんはもういないの? いくとこがないの? じゃあ私のところに来なさい

 ほんとうに、いいの?

 いいのよ、今日から私があなたのお母さん。

 うん、おかあさん、ありがとう。ばく、もうひとりぼっちじゃないんだね。



 最古の記憶は、森の入口で独り泣いているというものだった。
 どういう経緯でそうなったのかは分からない。
 とても悲しくて、怖くて、おなかが空いていた気がする。
 そして母さんに拾われたのだ。
 そこで初めて、人の温もりというものを知った。
 お母さんはこの里の巫女で、優しくて、ちょっとお人好しで、みんなに慕われていた。
 他に子どもはいなかったせいか、ぼくを実の子どものように可愛がってくれた。
 夜、捨てられていた時の不安や恐怖が蘇って眠れない時、お母さんはぼくが寝付くまで優しく声をかけてくれたのだ。



 もう大丈夫、もう大丈夫だから、泣かないで、誰もあなたを見捨てないから。



 ぼくは幸せ者だったのだ。
 いつか、ぼくがお母さんを幸せにしてあげよう、そう心に誓った。



 すごくおなかがすいた、みんなもおなかをすかせてる。いっしょにあそんでいたこがうごかなくなった。おかあさんもとってもやせてきている。



 その年、里は飢饉に見舞われ、多くの人が飢えた。
 お母さんも必死に豊作をお祈りしたけれど、一向に良くならなかった。
 そしてある日、お母さんの前に、やつらが現れ、お母さんを連れていった。
 子供心にただならぬ雰囲気を感じ、ぼくは何度も行かないでとせがんだ。



 おかあさん、いっちゃいやだよ。

 これからみんなを幸せにするための、最後のお祈りに行って来ます。

 心配しないでね、お母さんは、ずっとお前のそばにいるからね。

 里の人もみんな、お前に優しくしてくれるから、何があっても強く生きなさい。


 
 最後にお母さんは、ぼくを強く強く抱きしめた。頬に一筋の涙が光っていた。
 そして二度と戻らなかった。
 やつらの一人が言った。



 お前のお母さんはね、みんながご飯を食べられるように、神様になったんだよ。
 
 もうあえないの?

 大丈夫、姿は見えなくとも、ずっとお前のそばにいるよ。

 うん、ぼく、みえないおかあさんとずっといっしょだよ。



 そして僕は、あの柊家に育てられる事になったのだ。



 いいかい、里の外は危ないから、一人で出て行ってはいけないよ。



 柊家は里一番の名家だった。
 飢饉が終息した後も里は貧しかったが、この家だけはなぜか裕福で、
 里の人に金や物を貸し付ける事もやっていた。
 僕自身の生活も悪くはなく、それなりの物事も教わったが。
 一人で里の外へ出る事だけは禁じられていた。
 それはぼくを思っての事だと信じていた。
 

 
 お母さん、今日も見守っていてね。あれ、誰かな。

 おい、巫女様を返せ! 巫女様はあんた達の道具じゃない!

 言いがかりを言うな。巫女様は我々を救うため、ご自身の意思で神となられたのだ。

 ふざけるな。その割には米も金も柊家にしか無えじゃねえか。

 余った富は管理されねばならぬ。お前たちは後先考えずに富を食いつぶしてしまうだろう。そこでまた飢饉が起きてみろ。今度こそ里は終わりだぞ。

 おい、そこの坊主! お前のおっかさんはな、利用されたんだ。本当はおっかさんが死ななくても、里は助かったんだ。

 でたらめを! こいつをつまみ出せ!

 どういう事なの? お母さんが、死んだ?

 何でもない、忘れなさい。ただのやくざ者だ。



 ぼくは育ての父の言葉を信じられず、こっそり屋敷を抜け出して、怒鳴りこみにきた男を探した。
 彼は粗末な家に住む里の若者で、ぼくに話を聞かせてくれた。


 
 巫女様は、お前のおっかさんはな、柊家に殺されたんだよ。

 殺された? 死んじゃったの?

 あの飢饉の時だが、となりの里がオレ達に米を分けてくれる事になっていたんだ。そこにハクタクっつう人と妖怪の合いの子がいてな、そいつは人にも親切で、俺らを助けようって話になって、その里の人間も反対しなかったんだが、柊家がそれを断わりやがったんだ。

 何で? どうして? お米を貰えば、みんな死ななくて済んだし、お母さんもいなくならなかったはずなのに!

 大勢飢えて死ななきゃ、巫女様、お前さんのおっかさんを人柱にするタテマエがなくなっちまうからな。
 
 ヒトバシラ? それって、殺されちゃうって事?

 そうだよ。柊家の奴ら、てめえ等が儲けるため、金やツキを呼び込む怪しい秘術をやろうとしていて、それには強い霊気のある奴を殺さなきゃいけないっつーんで。お前のおっかさんを狙っていたんだ。

 まさか、それでわざと助けを……。

 ああ、てめーらの儲けのために巫女様に死んでくださいなんて言えるわけが無えからな。それで、たまたま飢饉が起きたのを利用して、ギリギリまで助けを断わって、里がどうしようもなく切羽詰ってから、どうか巫女様、お救い下さい。このままでは皆死にますとか言って騙したんだろう。

 それで、それで友達や、優しくてあったかかったお母さんは……。

 お前さんのおっかさんの魂、どこかに封じられているはずだからな、せめて出してやらにゃあなんねえ。とっても優しいおっかさんだったか?…… やっぱりそうか。巫女様は俺らに取っても、菩薩様のような人だった。だから柊家のやり口は許せねえ。



 ぼくは頭を鬼の金棒で殴りつけられたような衝撃を感じた。その若者も悔しそうにしていた。だがそれでも、育ててくれた柊家を疑いたくないと思っていたぼくは、何日か経って、こっそりと隣の里まで行って、そのハクタクに会ってみたんだ。

 

 余った米を運ぼうとして、柊さんに断られてしまったんだ。

 本当だったんだね。

 もう飢饉を切り抜ける準備があるから、妖怪などに頼る必要はないと……。

 ちっとも切り抜けられなかったよ! それで、ぼくの母さんが……。

 何だって、人柱? あの巫女殿がか?

 許せないよ。悔しいよ。

 おいっ、どこへ行く!?
 


 それからぼくは、夢中で柊家の育ての親だった男に詰め寄った。



 勝手に里を出たのか? なぜ言いつけを破った?

 母さんを返せ! 飢饉の時、なんで助けを断ったんだよ。

 知ってしまったか。あの半妖怪の手助けを借りてばかりでは、人間という種族はなめられる一方だ。人間は妖怪の手から巣立たなければならないのだよ。お前のお母さんはその礎となって、里を守る神となった。つまり、わしらみんなのお母さんになってくれたのだよ。



 男はぼくを説き伏せようとした。



 どんだけすごい理屈か分からないけど、あなたにお母さんを殺す権利なんてあるのかよ。ぼくは、進歩なんて、いらなかった。お母さんと一緒にいられればそれで良かったんだ。

 お前はそうだろうよ。だが、わしは、わしやお前が死んだずっと後の人間の世を考えておる。お前の幸福なぞどうでもよいし、わしの幸福もどうでもよい、人間の尊厳のためなのだ。一時妖怪の助けで飢えをしのげたとして、自力で立ち上がる方法も意志もがなければ、永遠に人間は妖怪に囲われるままではないか。それとも何か、いつまでも妖怪に土下座して媚びへつらえとでも言うのか?

 ぼくは、馬鹿だから、よく分からないよ。でも母さんを死なせるなんて、ひどいよ、ひどいよ。もういいじゃないか、母さんを返してよ。

 誰かが犠牲にならなければいけなかったのだ。そういうお前も柊家の富で生きてきたではないか。お前自身、生きるためにどんな命も奪わなかったと言えるのか?

 でも、お母さんを奪ったあなたが許せない。

 お前は、自分と母親さえよければ、人間の未来などどうなっても良いと思うのか。

 もういいよ、そういう奴だってことでいいよ、あんたのご立派な計画なんか、人間の尊厳なんかどうなったって知るか! 人殺し!

 そうか、なら仕方がない。



 大きな音が二つ響いて、ぼくの胸を何かが貫いた。
 男の右手に握られた何かから煙が上がっていた。
 痛みとともに力が抜けて、ぼくはその場に倒れ、死ぬのかと思った。
 結局、母さんはこいつのいいように使われて、ぼくも助けられなかった。
 ごめんね、母さんを幸せにできなかったよ。
 口惜しい、憎い、許せない。 



 信じられねえ、ガキを撃ちやがった。おい、しっかりしろ。
 
 一足遅かったかようだな。お前が里の若衆をたぶらかしているのは知っている。

 あんたは人間のクズだ。

 許せとは言わん。

 また大きな音が二つ。

 地獄へ……落ちろ。

 そうなる前に、人間にとって必須の事をしてみせる。
 
 
 
 誰かが犠牲にならなければならないんだって?
 なら、まずお前が、柊家が犠牲になればいいじゃないか。
 お前らが母さんにしたように。
 さぞ人間の未来とやらが輝くだろうよ。
 手始めに、この男を呪い殺してやった。
 おびえたやつらは、石碑にぼくを封じ込めたが、
 子孫末代まで恨みぬいてやる。
   


 わかったか、これがお前たち、柊家の罪だ!



 あやめは呪いの主である少年の糾弾をただ黙って聞いていた。
 今まで聞いたこともない、一族の暗部だった。
 しかし彼女は、不思議と憎いとは感じなかった。
 


◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 「それで、この子は狂っちゃたんだ」 
 青娥が憤る。
 「でもあやめさんには関係ないじゃない。このビチグソ悪霊を止めない理由には程遠いわ」
 魔理沙は困惑した。
 「わけわかんねえ、どうして祖先の罪を子孫が背負わなければならないんだよ」
 「でもまあ、呪いとはそういう面もあるにはある。あたしは……」
 「魅魔様、今は早くあやめを助けてくれよ」 
 あやめは両手を天に伸ばし、懇願した。
 「お願い、私の命は持って行ってもいいよ。だからもう誰も傷つけないで。君は私だけを憎めばいい。だからもうやめて」
 あやめが白目をむき、彼女の声帯を通して怨霊が叫ぶ。

 善人気取りが! お前もあの柊のやつら同様、自分の欲望に忠実だったではないか! 知っているぞ、お前が死にかけたとき、お前の中は常に生への欲望と他者への嫉妬に満ち溢れていた。

 再びあやめが声を取り戻す。
 「そうだよ、私だって欲の塊だよ、でももういいの。私の代で恨みを忘れて」

 なぜだ、自分が死ぬのが怖くないのか、怖いはずだろう

 「怖いよ! 震えが止まらないよ! だけど、さっきの夢で、君の恨み、自分の事みたいに感じられたんだよ。お母さんに会いたくてしょうがなかったんだね、とっても優しいお母さんだったんだね、だから一緒に逝こう。君の怒りも辛さもさ、全部受け止めるから」
 「頼む、それなら、オレの命を持って行ってくれ」
  ホフゴブリンがあやめに駆け寄った。
 「おい、お前……」
 「あやめお嬢様はいい人だ。それなのに、まだ人生を半分も生きてないうちに死ぬなんて、良くない事だ。アンタの事は同情するさ。どうしても誰かに仕返ししなきゃならないんだったら、オレを殺せ。オレも柊家の協力者だ」

 お前達は、そこまで柊家をかばうのか?

 魔理沙が訴える。
 「家なんか知るか! あやめと、この里の人と、できればお前のことだって、みんなを幸せにして、この話を終わらせたいんだよ」
 頑なだった怨霊の心に揺らぎが生じ、魅魔はその瞬間を見逃さなかった。
 魅魔があやめの体に手をかざし、霊的な力で怨霊を彼女から引き剝がした。

 やめろ! 報復は終わっていない。
 
 「すぐ割り切れなんて言わない。あたしと一緒に生きよう。あたしだって、すべてを恨んでこんな身になったんだ。愚痴ぐらいは聞いてやれるさ」
魅魔はそのまま怨霊を吸い込んでいく。
 魅魔の姿がマンガのように丸く膨らんだ後、元の容姿に戻った。
 それきり、あれほど濃かった瘴気もいつの間にか雲散霧消していた。
 「一応終わり、なのか?」
 外で大勢の声がして、紅魔館の他のホフゴブリンと妖精たちが里の住人の治療を始めていた。
 若者の幽霊が、重症者の居場所にパチュリーや咲夜を誘導する。
 「みんなをこの魔方陣に入れて」
 「あの化け物たちが、助けてくれるのか」
 「メイドさんこっちだ、死にかけている、頼む」
 他にも大祀廟、永遠邸、命蓮寺の面々がつぎつぎ到達し、里のあちこちに救護キャンプが置かれた。
 レミリアがフランを連れて、屋敷の庭にふわりと降り立つ。
 「魔理沙もその娘も、良い運命を掴んだようね」
 「レミリア、お前は大丈夫なのか?」
 「あの程度の瘴気でどうにかなる紅魔館頭首ではないよ。それからフラン、謝りなさい」
 フランドールは横目を向いて、地面を足でぐりぐりしながら、恥ずかしそうに詫びる。
 「ごめんなさい、私、どうかしてた」
 「吸血鬼化は本人の同意の上でやってくれ、もっとも、私にその予定はないけどな」

 霊夢たちだけでなく、あやめの両親や使用人も回復していった。 
 「うう~ん、あれ魔理沙、どうなったの?」
 「霊夢、全部終わったぜ、多分な」
 「あああ、異変を解決する巫女が情けない」 頭を抱える霊夢。
 あやめは両親と強く抱き合っていて、しばらくそっとしてやろうと魔理沙は思う。
 「お母さん! お父さん!」
 「あやめ! おお、本当にまたお前に会えるなんて」
 「もう大丈夫よ」
 霊夢がにやついて
 「魔理沙すっごくうらやましそう」
 「うるせえやい」
 「魔理沙ちゃん、ゴブちゃんも、心配掛けてごめんね」
 「オロロロロロ、お嬢様」 
 「あやめ、本当に久しぶりだな」
 「うん、良くなったら、また弥生ちゃんのお店に食べに行こうよ」
 「そうだな、新商品も増えたぞ」
  しばらく後に、アリスが遅れて人形を伴ってやってきた。
 「みんな、大丈夫だった?」
 「遅いぜ、もう全部終わったよ」
 「仕方ないじゃない、こっちだって狂った妖怪が襲ってきて道中大変だったのよ。あれ、あの人……」
  アリスは縁側で腰掛けているあやめと目を合わせた。
 あやめが軽く会釈をするが、アリスは応えなかった。
 「ああ、あの子が柊あやめ、友達だぜ」
 「それよりまだ事態は終わっていないわよ、ここら中に立ちこめた瘴気のせいで、かなり重症者もいるみたい。あの子を助けようとしたせいで」
 「おい、あやめに聞こえるだろ」
 「べつにあの人間のせいだと言っているわけじゃないわ」
 だがあやめは二人の会話を聞いて立ち上がり、一同の前で頭を下げた。
 「申し訳ありません、私たち柊家は、自身の豊かさのために多くの人を犠牲にしてしまいました。このお詫びは必ずします。そして、私を助けて下さった全ての方々に感謝します、ありがとうございました。私は大丈夫なので、里の人たちを助けてあげて下さい」
 「おい、お前はたまたま柊家に生まれて、巻き込まれただけだろう。あまり背負わなくていい」
 「ありがとう、でもね、どうしてもそう言わずにいられないの」

 あやめの醸し出す雰囲気は、すでに弱々しい少女のそれではない。
 病が快方に向かっただけではない変化を、魔理沙は感じ取った。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 魔理沙達は柊家で一晩休み、翌日、それぞれがそれぞれの行動をとった。
 「それじゃあ、私のできる事はもうなさそうね、紫が帰って来いって言ってるから、神社に戻るわ」
 「私は寺子屋もあるからな、瘴気にあてられた人達の治療は華扇さん、聖さんたちが続けてくれるそうだ」
 「それじゃあ私は、魔理沙さんに撃破された芳香の回収と修復に向かわせて……」
 「何か忘れているんじゃない?」
 霊夢が立ち去ろうとした青娥を睨み、呪符をのぞかせる。
 「……とその前に、私の仙薬治療を重症の方々に無償で行いますね」
 「よろしい」
 鈴仙が魔理沙を永遠邸に連れて行こうとして揉めていた。
 「だーからっ、私はもう大丈夫だっての」
 「師匠が言っています。里の人みたく安静にしてなきゃだめですよ。まったくもう、師匠も言ってやって下さいよ。それにあの薬、心臓に直接打ちこんだそうですよ」
 「馬鹿ね! あれ腕の静脈注射で良かったのよ」
 「本当か? 買った時、てゐが渡した説明書きにはそうあったぞ」
 「それ嘘よ」
 「あんのサギウサギめ」 地面を蹴る。
 「うふふ、魔理沙ちゃん元気そうね」 あやめがほほ笑む。
 「魔理沙さん、オレ、正式に柊家で働かないかって言われたよ」
 「ええ、でも散々お前に冷たくしていただろ」
 「そんな事はもういいんだ」
 「もっとも、これからはたぶん貧乏娘の執事だけど、ゴブちゃんはいいの?」
 「とんでもない、あやめお嬢さまと一緒にいられるだけで、オレは嬉しいんだよ」
 「そんな直接的に言われても……でも嬉しいわ」

 鈴仙がフェムトファイバーの縄を持って兎達に命令している。
 「イナバ隊、魔理沙さんを取り押さえて」
 「おい何するんだ」
 「病室できっちり一週間、安静にしてもらいますからね」
 「魔理沙ちゃん、落ち着いたら、またお店に食べに行こうね」
 「おう、ホフゴブも一緒にな。いてて、強く引っ張るなよ」 
 その後魔理沙は友人達との再会を心待ちにしながら、無理やり押し込められた永遠邸の病室で傷を癒す。

 紅魔館勢もいったん戻る事に決めたが、飛び去ろうとするレミリアをあやめが呼び止めた。
 「どうした、娘よ」
 「あの、スカーレット様、ありがとうございました」
 「気にするな、最低限の救護活動をしたまでだ」
 「それもそうなんですけど、スカーレット様、確か運命を変える能力をお持ちでしたよね、それで私を助けてくれたんでしょう?」 レミリアは首を横に振る。
 「いいや、確かにちょいと弄りはしたけれどね、この結果はお前と、お前を思う者共が戦ってつかみ取った運命だ。誇っていいぞ」
 「はい、感謝します」
 「ではさらば」
 
 里が見えなくなったところで、レミリアは無邪気な顔で勝利宣言。
 「でもね、今回の隠れMVPはぶっちゃけ私! えっへん」



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



瘴気の影響で里周辺の田畑が枯れたものの、重症者は華扇や青娥の仙薬や、白蓮、パチュリーの魔法で回復した。
 失われた田畑の収穫は、とりあえず慧音の里からの援助と、騒ぎに乗じて自らを売り込みにきた秋姉妹をお祭りする事で、今年分は乗り切れる見込みが立った。
 「失礼なナレーションね」
 後日、柊家はこの事件を里の人々に説明して謝罪し、あやめも自分が少年の怨霊から聞いた事実をありのままに話すと、ある人々は柊家の祖先の行為に憤り、ある人々は仕方がない事だったと言った。
 柊家は賠償に財産の多くを差し出し、それから過去を清算するための総仕上げにとりかかろうとした。
すなわち、秘術の破棄である。

 夏の終わりごろ、ダウジングロッドをもったナズーリンに先導され、あやめの父親と霊夢、魔理沙、魅魔はある場所を目指して森の中を歩く。
 
 「それでも当主さん、これであなたは貧乏暮しになってしまうかもしれないけれど、本当にいいのね」
 「何度も申しましたように覚悟はできております。家族で暮らせるだけ、幸せというものです」
 「良く決心したわね」 霊夢は少なからず感嘆している
 「巫女を人柱にした祖先とは大違いだな。さすがあやめの親父だ」 と魔理沙。
 「いえ、身勝手ですが、もし呪いを受けたのが柊家の傍流の者であれば、正直、当主として術の破棄を決断できたかは怪しいのです」
 「まあ、人間臭くはあるさね」 と魅魔。
 父親は目を伏せた。
 「呪われたのが愛娘でなければ、先代たちのように豊かさに胡坐をかいていたかも知れません。もしかしたら怨霊はその厚かましさを笑っていたかも知れないのです」
 「確かに、こいつは柊家の欲望を憎み、あざけっていた。こいつを吸収して、その思いが伝わってくるよ」
 「やはり、彼は許してくれないのでしょうか」
 「実は、こいつはあんたの気持を満更でもないと感じているみたいだよ……おお、今戯言を言うな、誰がお前など許すものかって強がっているが、やっぱり悪くない気分らしい。一体化しているから分かるよ」
 「ねえ当主さん、貴方は娘が呪われて初めて過ちに気付いたと言っているけど、本当はもっと前から、術をやめるきっかけを探していたんじゃない?」
「はい、当主を引き継ぐにあたって、先代からいろいろ聞かされた時、本当はもう止めるべきだと思っていました」
 「ならなんでさっさと止めなかったんだ」 やや強い口調で魔理沙が問う。
 「正直に申しまして、豊かさを失う事への恐れがあったのです。そしてあやめが生まれ、発病し、手を尽くしても助かる道が術の破棄以外にないと悟った時、ようやく決心がついたんです」
  あやめの父親に対し、魔理沙は複雑な感情を抱いた。
 この人が娘思いの良い人なのは分かっている。
 でもこの人がもっと早く決めていれば、あやめだけでなく、多くの人間の苦悩、怨霊となった少年とその母親の苦しみもいくらか減ったtだろう。
 「それでも、過ちに気付いて、それを正そうとしたのは悪い事じゃない。たとえあんたの娘が呪われて初めて吹っ切れたのだとしてもな」
 「そう言っていただけると楽になります、魅魔様」

 歩いているうちに、目的の場所にたどり着いたようだ。
 大木と草が茂る中、整地された一角に小さなほこらがあった。
  「みんな、どうやらここが目的地らしい」 ナズーリンが足を止めた。
 「ありがとうね、ナズーリン」
 「いやいや、聖を助けてもらった恩がえしをしたかったからね」
 「古文書によると、ここに巫女様が埋けられているとの事です」
 父親と魔理沙がスコップで掘っていくと、確かにそこには人骨があった。
 できるだけそれをすべて集め、霊夢が大幣を振り、祓い清める。
 魅魔も少年の魂を解き放つと、母子の魂は安らぎとともに、ここではないどこかへと旅立ってゆく。

 それは非常に地味な光景で、天から光がさして誰かが昇天したわけでも、地が割れて地獄に落ちたわけでも、雷鳴と共に龍神が姿を現したわけでも、複雑な魔法陣が地面に浮き出たわけでもなく、遠目には地鎮祭か何かの儀式にしか見えなかっただろう。
 「あの人たちは、私を、柊家を許してくれたのでしょうか?」 当主が問う。
 「見たところ、恨むも恨まないもないという感じだったわ」 霊夢が答えた。
 「ささやかながら慰霊は続けます。そして私の家族は、せめて飢えさせないぐらいは頑張ります。本日はありがとうございました」
 その後母子の遺骨は柊家の墓に埋葬された。
 昔、ある一族の意思で起きた異変は、同じ一族の意思と、多くの助けによって、ようやく幕を下ろしたのである。



◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日の晩、一応異変の終結祝いの名目で宴会が開かれた。
 ただ酒を飲んで憂さ晴らししたかったというのもあった。
 
 「しっかしお前ら、私に内緒で愉快な企画立てやがって。混ぜてくれれば良いのに」
 「あんたに助けられる日が来るとはね、まだお礼を言ってなかった、ありがとう」
 霊夢が珍しく礼を言った。
 「魔理沙、あなたの無鉄砲に救われたわね」 と華扇。
 「あんま過小評価すんなよ、こう見えても妖怪退治のプロフェッショナルだぜ」
 慧音もさすがに頭を下げている。
 「もっと君の話を私が聞いていれば良かった。でも結果的に助かったよ、感謝する」
 「この方がもっと魔理沙さんの話を聞いていれば、5分で済んだ話ですからね」
 青娥がチクリと刺す。白蓮が眉を曲げた。
 「それは言いすぎです、青娥さんも、その、もう少し言葉づかいを直されたほうが」
 「取り乱して済みません、住職さまの冷静なご指摘、きゅんと来ましたわ」
  「みんな、私の力ももっと信頼してくれよ。度胸だってそれなりにあるつもりだぜ」
 かつて、あやめの屋敷に侵入した青娥を見て怯えていた事は内緒だ。
 「そもそも、青娥が私の忠告を聞かないから」 
 霊夢が青娥を非難する。青娥もさすがに反論の言葉が出ない。
 「申し訳ありませんでした、私が自分の事ばかり考えていたばっかりに」
 「わざとじゃないとはいえ、里が丸ごと全滅するところだったのよ」
 2人を慧音がなだめた。
 「まあ、青娥さんも反省しているようだし、私も魔理沙の忠告を聞かなかった責任はある。ところで魔理沙、納屋のアレのせいで子供たちが私を怖がるようになったんだがなあ」
 青筋が立っている。
 「やり過ぎたかも、すまんすまん、でもこれでちょっとは埋め合わせになったと考えていてくれ」
 青娥がいつもの微笑を浮かべて言う。
 「これは複合的な悲劇でした。二度と過ちを繰り返さないため、さらに仙道を極める覚悟ですわ」
 「それっていつもと同じじゃないか」 魔理沙が呆れる。
 「本当に反省してるのかしら」 と霊夢。
 傍らでぴょんぴょん跳ねている、若干体形が変わった芳香は笑う。
 「やっぱいつものせいがだー」 
 宴会初参加のあやめが申し訳なさそうに口を開く。
 「そもそもの責任は私たちにあります、青娥さんも、魔理沙ちゃんも、みんな私のために動いて下さったんですから、お礼こそすれ、責めたりなんかしません」
 「そうそう、これは誰が悪いわけでもないのです、確かこの秘術を実行したあやめさんの祖先も、人間の繁栄のために良かれと思って秘術を行ったと聞いているわ。事実それ以降この里は飢饉にも、妖怪の干渉もなくなったそうです」
 「でも、本音は柊家の利益だけだったのかもしれません」
 レミリアも議論に参加したいようだ。
 「聞いてみれば、お前達柊家はその富を元手に、農法の普及や人々の教育にも力を入れてきたのだろう。文明とはそういう所があるのものだ。少数を犠牲に、多くを救う。我が一族もそうして生き延びた時代があったのだ」
 「あやめ、こいつ普段こういう口調じゃないからな」 にやにや魔理沙。
 「でもでも、それであやめさんが犠牲になりかけたんですよ。あやめさんのご先祖様とは言え、そういう手法は承服しかねますわ」
 「あんたが言えた義理かい!」 華扇つっこむ。
 魔理沙はレミリアの考えに一理あることは認めていたが、それでも言わずにいられない。
 「一理あるが、じゃあ、犠牲になる奴の無念はどうなるんだよ、私だったらせめて落とし所をみせろと言うし、それ無しで犠牲になれって言うんなら、あの子供の怨霊みたいに悪あがきしただろうぜ、第一、そういう考えがこういう悲劇を生んだんだろ」
 「私だって、博麗の巫女として、幻想郷を守るためなら犠牲になる覚悟はある、と思うわ。たぶん。でもそれは自分の意思で選んでこそ価値があるのもの」
 「覚悟のない奴を無理やりっていうのは忍びないな」
 「そうだな、自分の理念や理論に従って他人に犠牲を強いる以上、自分を殺すのが最適と判断したなら、その時は自分を殺すべきだろう」
 「お前、お子様吸血鬼なんだからもっと普通に話せよ。そもそも、犠牲になるべき者の選定基準って何だよ? 誰かがその権限を持っていいとして、そいつ自身が間違わない保証なんてあるか?」
 「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
 白蓮が発言を求めた。
 「お話の腰を折って申し訳ないのですが、私としては、だれも切り捨てない漸進的な前進を望みたいものです。もちろん、昔のままがいいというわけではありません。ただ、急進的過ぎても反発を招くだけでしょう」
 「もし、誰かを切り捨てなければならない時が来たなら、聖はどうする?」
 魔理沙は煽り抜きで尋ねてみる。
 「その時は、命蓮寺がその切り捨てられた方々の、最後の居場所になってあげます」
 「あのな、気負わずに出来る範囲でいいと思うぜ。そういう有志は聖だけじゃないし」
 「そもそも、この幻想郷自体が、居場所を無くした者達のよりどころだからね」 慧音の言葉。
 「まあ辛気臭い話は止めて飲みましょ」 
 「霊夢さんの言う通り、答えの出ない問題について悩むのは後にして、今は楽しんでもいいんじゃなかな」
 子供用の着物を着たホフゴブリンが言った。
 「なあお前、本当に、あやめと私以外の人間ともやっていけるのか?」
 「大丈夫、当主様はオレの事を誤解していたと謝ってくれていたし、紅魔館の仲間達の救援で、反ホフゴブ感情はこの里では緩くなっているんだ」

その後、アリスが遅れて宴会に来た。
あやめの姿を認めると、無遠慮に顔を覗き込んだ。

 じー

 「あの、何か?」

 じー

 「あの、魔理沙さんのお友達のマーガトロイドさんですよね、初めまして」

 じー

 あやめは少し戸惑ってしまう。

 「……フッ、勝ったわ」
 「あの、何の事でしょう」
 「ルックスは互角、気品はまあまあ、でもお嬢さんだから、料理には詳しくないでしょう。それにスペルも展開できない。悪いけど貴方、魔理沙には釣り合わないわ」 
 青娥がここぞとばかりに顔をだす。
 「ですから、あやめさんは私がもらいますね」 あやめに抱きつきながら言った。
 「おめーら、いい加減にしろよ」 
 「あやめ、と言ったわね、私はアリス=マーガトロイド、一応、魔理沙が興味を持つだけのものを持っているのは否定しないわ」
 「それは……どうも」
 その時、あの若い男の幽霊が間に入ってきて、微妙な空気を中和する。
彼もまた、共に里の異変に立ち向かった仲間だ。
 「おいおい、宴会なんだから仲良く飲もうぜ」
 「おお、お嬢さん元気になったか。良かったな」
 「ああ、いつぞやの幽霊さん。その神主様みたいな服、どうしたの?」
 その男の幽霊はなぜか格式ばった装束をまとっている。
 「神と称して里人を励ましていたら本当に神として祀られた件」
 「お前も女の子にあしらわれるヘタレ幽霊から出世したな」
 「アンタ相変わらずのファイターだな、しっかし驚いたよ、オレってあの時あのガキと一緒に柊家にブッ殺されていたとはな」
 「おいおい、ずいぶん軽く言うんだな。しかし、よく恨みで怨霊化しなかったな」
 「いや、あの坊主の恨みが強過ぎて、さすがの俺もドン引きしてね。そこの悪霊さんが成仏させてくれたんだろ」 と独りで静かに飲んでいた魅魔を指差した。
 「そうだった、魅魔様、体は大丈夫ですか」
 「悪霊は丈夫だよ。それより魔理沙、今回の報酬、忘れちゃいないだろうね」
 「はい『アリスの一日メイド奉仕』ですね、アリス、頼んだぞ」
 「勝手に約束してんじゃねえぞこの野郎!」 
 アリスにぽかぽか叩かれながら、魔理沙はさっきの議論を思い返していた。
 確かに、人は何らかの犠牲なしには進歩を実現できない。
 誰もがその犠牲の上に生きている側面はあるし、自分も例外ではない。
 でもせめて、その犠牲が誰かの恣意で決められる事だけは許してはならない。
 切り捨てられた側への想像力も忘れるべきではない。
 そう魔理沙は考えた。
 


◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 
 宴会の帰りの空。
 月明かりが二つの里を照らしている。
 見下ろすと、どこかの屋敷の屋根で古明寺こいしが全裸で体をくねらせて踊っていた。しかも観衆の声援の中でだ。
 「……」
 呆れていると、姉のさとりがこいしを連れて行った。
 口直しに夜空に目を向けると、ルナチャイルドが一人の散歩を楽しんでいる。
 魔理沙は、そんないつものシリアスとネタのまざった幻想郷の光景を眺めながら、あやめとその家族をふと思い浮かべ、なんとなく実家に寄りたくなった。
 「親父、いや特に用は無いんだけど、ちょっと顔が見たいかなって思ったんで……ああ、私は元気だよ。ご飯? 別にいいってば……」
 


◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 日差しがピークを過ぎたころ。
 事後処理が終わり、天狗がひとしきり騒いだ後で、ようやく日常が戻ってきた。
 柊家の屋敷の庭で、質素ながらも整った服装のあやめは、同じくあやめ特製の質素かつ清潔な着物をまとったホフゴブリンと共に、空を見上げて、友人を待つ。
 団子屋へ一緒に食べに行く約束をしていたのだ。

 「魔理沙ちゃん、まだ来ないかなあ」
 「もうじき約束の時間のはずですが」

 久しぶりの友人との楽しみを待ち焦がれていると、柊家に住み着いている座敷童がホフゴブを見るなり、棘を含む声で忠告した。

 「あんた、柊家に居させてもらってる身なんだから、しっかりお嬢様のお世話しなさいよね」
 彼女はあやめと一緒にいるホフゴブリンに、一家の守護者として対抗心を持っているらしい。
 「わかってるって、あの時のオレの活躍、見てないんだからな」
 「どうせ、強い人にくっついていただけじゃない」 
 「まあ、そうじゃないと言えば嘘になるが……」
 「ゴブちゃんはずっと私のそばにいてくれた子だよ。きっとあの時も頑張ってくれたんだよ」
 「う~ん、あなたがそういうなら……」

 その時、魔理沙が空の向こうから姿を現したが、何故か慌てた表情をしていて、しきりに後ろを振り返っていた。
 しばらくすると、魔理沙を追うように色とりどりの弾幕が飛んできた。
 メイド服を着た、確かアリスという名の少女が人形を従えて魔理沙を追いかける。

 「こら~、一発ぐらい食らいなさい」
 「悪かったって言ってんだろアリス、もういいじゃないか」
 「私のいない間に家に入ったでしょ」
 「げっ、なぜそれを。ようあやめ! 話は後だ、とっとと乗れ、ホフゴブもだ」

 魔理沙は急いで柊家の庭に降り立ち、あやめとホフゴブリンを急いで乗せる。
 ホフゴブリンがうろたえたが、あやめは刺激的な出来事に目を輝かしている。
 「あらあら、魔理沙ちゃん、いろいろ立て込んでそうね」
 「おう、悪いが団子屋行くのは中止。作戦Bだ、あいつと喧嘩しちまった」
 「ああ、そうやって幸せな姿を私に見せつけて、一人ぼっちの惨めさを嗤ってるんでしょ」
 アリスから負の勘違いオーラが漂う。
 「お前の方がひどい事言ってるぞ」
 「魔理沙ちゃん、作戦Bってどんな?」
 「これから考える」
 上昇していく一行を座敷童が見上げて、両手をメガホン代わりに叫んだ。

 「あんたは『お嬢様専属下僕』なんだから、しっかり盾になりなさいよ。ホフゴブリン!」

 「任せとけ、あやめお嬢様はオレがまも……うおおっ」
 ガッツポーズを決めたホフゴブリンを弾幕がかすめ、思わず身をかがめた。
 「あちゃー、頼りなさそう」
 「いいや、彼はいいお供だよ」
 いつのまにか座敷童の隣にいたあやめの父親が、満足げに三人を見る。
 「外見で遠ざけるんじゃなかった、彼には悪い事をしたよ」
 母親もうなずいた。
 「本当。あの子、あやめをあんなに心配してくれていたのに、私たちは……」
 「それに、あの霧雨君もいい友達だしな」
 「ひとつ言えば、あのはっちゃけた性格があの子に移らないか、それが少し心配かしらね」
 「そういう事で悩めるのは、本当に幸せだよ」
 「そうね」
 
 あやめとホフゴブに配慮して、弱めの弾幕が魔理沙を襲う。

 「わあ、オレ達の戦いはこれからだ、みたいな光景だね、ゴブちゃん」
 「そんな悠長な。オロロロ、あの人に謝ったほうがいいんじゃないか」
 「怒りモード全開のあいつに何言っても無駄だぜ、しっかりつかまってろ」

 三人は瞬く間に天空の一点となり、視界から消えていく。
 これは、みんなが幸せになって終わる話。
イトウ(仮名)氏の作品に影響を受け、やる気が出たり出なかったりを繰り返し、どうにか広げた風呂敷をたためましたようです。
二年近くかかりました。

あやめの結末については、脳内編集会議でなんども揉めました。
以下その議事録(?)
とらねこA 難病ものは必ず死ぬのでいやだ、助かる作品があってもいいじゃないか。
とらねこB ここ数年、亡くなる親戚の人もいたし、自分も両親も病院にかかる事が昔より増えた。
       都合良く助かるのも嘘くさく見える。
とらねこC あやめは亡くなり、青娥も死んだ人をキョンシ-化しても元の人格は帰ってこないので興味を無くし、
       うなだれる魔理沙を永琳が慰める「人間が生き物の命を自由にしようなんて、おこがましいと思わんかね」エンドが良いのでは。
とらねこA 助からなかったら魔魅ゴブ怒りのデスロードの場面が無駄になってしまう。甘いだろうけど、こういう救いもあっていいじゃん。
とらねこ議長 じゃそういう結論で。
といった感じです。

ちなみに、マンドラゴラは私の中ではスタングレネード扱いw
ティ○ーンズでも設立しそうな柊家のご先祖様は、当初ただのド外道にしようと思いましたが、
彼にも彼なりの正義があったという描写にしました。
最後に、過去の回想を除き、実はこの話で死者は出ていません。
皆様はどういう印象を持たれたでしょうか。
誤字の指摘、ご感想ございましたらコメントをいただければ幸いです。
2015/11/27 エピローグの文章を追加
とらねこ
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1.80名前が無い程度の能力削除
続き待ってました。
少しネタが多かった気もしますが面白かったです。