ある日の博麗神社、霊夢と魔理沙の二人は陽のあたる縁側でのんべんだらりと過ごしていた。
二人の間には会話はなかった。何故ならば霊夢はお茶を飲みつつぼーっとしていたし、魔理沙は魔理沙で熱心に本を読んでいたからだ。
しかし、その沈黙は大変心地よいものであった。
会話がなくても気まずくならないのは、ある種の信頼関係によるものだ。
気の置けない友人の二人であるからこそ、会話は必要ないのである。
「豚の角煮があるのなら鶏の角煮あってもいいわよね」
そんな平和な静寂を破る霊夢の発言、なんとも唐突である。
別に会話をするのが嫌なわけではないが、内容が内容だけに魔理沙はほんの少しだけ顔をしかめた。
もちろん和食派の魔理沙は豚の角煮を知っているし、好物といってもいい料理である。あの甘辛い味付けにとろりとした甘い脂は、甘めなくせにご飯が物凄く進む。
つい先日霊夢、アリスと共に紅魔館のパーティにお呼ばれした時も、魔理沙は白いご飯が食べたいだの、角煮が食べたいだの、日本人ならお茶漬けだだのと騒いで咲夜を困らせたものである。
ただ、今の霊夢の発言の突拍子のなさに、魔理沙の頭はついていけていないのだ。
角煮は好きだが鶏の角煮の存在の可否なんて事は知ったこっちゃない。
だから魔理沙は正直に答えてやる。
「知らん」
「そう」
会話終了。
二人にとってはこれがいつもの調子である。
「でもさ」
「ん?」
「角切りにしたお肉を煮るから角煮なのよね」
「ああ、多分な」
適当に相槌を打つ。霊夢が思いつきで始めた会話を続けるなんて珍しいな、と魔理沙は思った。
普段の霊夢ならば言いたいことはずばっと簡潔に言っておしまいだ、そしてそれに対して相手がどう反応しようとも気にしない。霊夢は思いついた事をただなんとなく言葉にしただけで、相手に反応を求めていないのだ。
故に、今現在こうして相手を説得するかのように自分の意見を出し、議論の様な形をとることは極めて稀なのである。
とりあえず本を閉じ、霊夢の方へと向き直る魔理沙。
「じゃあ鶏肉だって角切りにして煮れば角煮じゃないの」
「確かに」
「それに鶏肉はじっくり煮込むと繊維がほろほろに崩れて美味しいのよ」
「うむ、美味そうだ」
自論を次々とあげていく霊夢、それに答える魔理沙。
魔理沙としても自分の意見をあげ、ぶつけ合い、この議論をより良い議論にしてやりたいのだが如何せん議題が議題だ。
魔理沙は和食ならば嫌いなものはほとんど無いし、鶏肉だって好きだ。それに霊夢の主張も筋が通っていると思う。
そんな魔理沙の心の葛藤を知ってか知らずか、霊夢は早々に結論付ける。
「よって、これからは鶏肉を角切りにして煮たものを角煮と呼ぶことにするわ」
「うーむ」
しかしなんとか霊夢の議論を良い議論にしてやりたい魔理沙としては、こんなにも早く結論がでてしまうのは何だか納得がいかない。
それに、これでは自分は角煮に対して意見を持たない人間みたいじゃないか。
別に角煮に対して意見を持っていない事は恥ずかしくもなんともない事である。だがしかし、我が道を行くタイプの人間である魔理沙にとっては、例え角煮の事であろうとなんであろうと、自論を持っていない事自体が恥なのだ。
だから魔理沙は脳をフル回転させ、角煮に対しての自論を生み出そうとする。
しかし事態は一刻を争う、なんせ相手は既に自分の中で結論を出しているのだ。
急いで何か発言をし、霊夢の結論を止めなくては、そう思いながら魔理沙は重い口をあける。
「いやいや霊夢、それは間違っているぜ」
「あら、どうしてかしら?」
とりあえず否定の言葉を口にする魔理沙、だが実はまだ何も思いついてなどいない。これはただの時間稼ぎだ。
魔理沙は必死で考えた、豚の角煮が鶏の角煮に勝っている点を、鶏の角煮では真似できないところを。
必死で豚の角煮を思い浮かべる魔理沙、茶色く醤油ベースのタレの染みた肉、そして少しだけ色の付いた柔らかな……。
これだ!魔理沙は自分の頭のよさに、そして豚の角煮に感謝した。
意気揚々と、逸る気持ちを抑えて自分の思いついた言葉を紡ぐ。
「脂身」
「はぁ?」
「鶏肉では、豚肉に比べて圧倒的に脂身が少ないんだぜ」
「ぐっ」
魔理沙のあげた強力な意見に対し、つい唸り声が漏れてしまう霊夢。
そう、魔理沙は豚のバラ肉についている、たっぷりの脂身を武器にしたのである。
豚の脂身はそのままだとしつこく、噛み切れず、臭みもあるので美味しい部位ではない。
だがしかし、料理酒や生姜でちゃんと臭みを消し、さらにじっくりと丁寧に煮込む角煮においては脂身は旨味がぎゅうっと詰まった、それでいて甘くとろける最高に美味しい部位なのだ。
鶏肉もよく煮込めば繊維がくずれてほろりと柔らかくはなる。だが、豚肉の脂身を利用したとろとろとした柔らかさは決して真似することはできない。
「よって私は、脂身の少ない鶏肉じゃ角煮として認めないぜ」
この時点で、魔理沙は自分の勝利を確信した。
よくよく考えてみると、別に角煮がとろりとしていないといけないわけではないのだが、じわぁっと口の中でとろける脂身にはそんな些細な事は吹き飛ばしてしまうだけの力があった。
角煮の脂身の前では、いくら霊夢であっても年相応の少女でしかないのだ。
「……………ぐすっ」
「へ?」
「うわああああん、魔理沙のバカ!おたんちん!こそ泥ねずみいい!」
「おいいい!?」
霊夢は泣き出した、魔理沙はいきなり暴言を浴びせられるわ霊夢は急に泣き出すわで目を白黒させた。ついでに服装も白黒だった。
とりあえず霊夢をなだめることにした魔理沙は、抱きしめて頭をなでなでしてやる。
霊夢は、子供あつかいすんじゃないわよぉ。などと言いながらも、大人しく魔理沙の優しい右手を受け付けた。
魔理沙が霊夢を撫で始めて5分程度の時間が経過した頃、霊夢はやっとこさいつもの落ち着きを取り戻していた。
「おお、泣き止んだか。よしよし」
「撫でるな!」
つい先ほどまであれだけ大人しかったのに、泣き止んだ途端にこれである。
まぁこの方が霊夢らしいや、と思った魔理沙は特に気を悪くもせず、素直にその言葉に従って霊夢の頭から右手を降ろした。
「で、いきなり泣き出した理由くらいは教えてもらえるんだよな?」
「泣いてないわよ!」
「泣いてたぜ」
「……むー」
悔しそうに、それでいて何処か恥ずかしそうに魔理沙を睨みつける霊夢。
泣きはらしたせいで少し瞼が腫れているし、目もちょっとだけ赤く充血してしまっている。
だが、そんな状態で睨んできているにも関わらず、魔理沙はなんだか今の霊夢を可愛いと感じていた。
「そう睨むなよ。だって気になるじゃないか」
「気にしなきゃいいのよ」
「いくら霊夢の提案でも、はいそうですかとは言えないな。いいから理由を話してみろよ」
「仕方がないわね……ついてきなさい」
説明もなしにいきなり立ち上がり何処かへ歩き始める霊夢、急な展開に魔理沙が少しばかり惚けている間にも、霊夢はずんずんと進んでいく。
慌ててそれについていく魔理沙、そして二人が行き着いた先にあったものは……。
「ここ」
「ここ?お勝手じゃないか」
「そうよ」
お勝手であった。
一通りの調理器具がきっちりと並んでおり、何気に綺麗好きな霊夢の性格が伺える。
流し台に洗い物だって一切溜まっていない、今現在も使用済みの食器がこんもりと山積みになっている魔理沙の家の流し台とは大違いだ。
そんな風に、魔理沙がお勝手を観察していると、霊夢は何処からか鍋を持ち出してきた。
一人暮らしの人間が使うにしては少し大きめな、蓋付きの片手鍋である。
「この鍋の蓋をあけなさい」
「なんで私が、自分であけろよ」
「いいからあけろっていってるのよ」
少しだけ声にドスを利かせる霊夢。とっても怖い。
わざわざ人に鍋の蓋をあけさせるという行為に疑問を感じて渋っていた魔理沙も、ここは大人しく霊夢に従う事にした。怖いからだ。
それに霊夢はお勝手で爆弾や毒薬を作るような危険人物ではないのだから、この鍋も恐らく安全なものなのだ。
そう自分に言い聞かせ、魔理沙は鍋の蓋に手をかける。
魔理沙が蓋をあけるとそこには……。
「おおう」
「ふんっ」
美味しそうな角煮が入っていた。豚の角煮ではない、鶏の角煮である。
湧き上がる湯気、そして角煮特有の甘みを含んだ醤油の香り。その中で微かに漂う生姜の香りがまた食欲をそそる。
そして鶏肉はしっとりと、上品に色づいている。とても柔らかそうだ、きっと箸をいれるだけでその身はほろりと崩れてしまうことだろう。
皮の部分は一度焼いてあるのか、少し焦げ目がついている。脂をじっとりと含んでいて美味そうだ。
更に鍋の中にはいくつかころころと、茶色くて見るからに味のよく染みた煮卵もはいっている。
ごくり、と魔理沙は喉をならした。
「なぁ霊夢、これは一体なんだ?」
「角煮」
「そういう事じゃなくてだな」
「あんた、前に紅魔館で角煮が食べたいって言ってたでしょ」
「じゃあこの角煮は私の為に作ってくれたのか?」
「ばっ、馬鹿じゃないの?あんたの為なんかじゃないわよ!」
「そうなのか?でも今お前……」
「うるさい、それ以上喋ったら八方鬼縛陣かますわよ」
「わかったわかった、もう追求しないぜ」
右手に鍋蓋を持ったまま両手をあげて霊夢に対し降参の意を示す魔理沙、しかしその顔はにやけている。
片手に鍋、片手に鬼さえ縛る強力な霊符を握り締めて魔理沙を脅す霊夢、しかしその顔は真っ赤だ。
魔理沙は理解した。
霊夢は、角煮が食べたいと言っていた自分の為に角煮を作ってくれようとしたのだ、しかし豚肉がなかったが為に鶏肉で代用したのだろう。
それでさっきまであれだけ鶏肉で作る角煮の正当性を主張していたのだ。
そして霊夢はそれを魔理沙に食べて欲しかった。しかし、そうとは知らない魔理沙は脂身理論で鶏の角煮の存在を否定してしまったのだ。
その結果、折角魔理沙の為に作ったのに、鶏の角煮を否定する魔理沙には食べて貰えないのだと判断した霊夢は、悲しくなってついつい泣き出してしまったのである。
魔理沙にしてみれば霊夢は大馬鹿者だ、魔理沙は霊夢が作った物ならばなんだって大好物である事に気がついていないのだから。
ばれないように帽子を深く被り、くくっと小さな笑いを漏らす魔理沙、霊夢はそれには気がつかずに、顔を赤く染めながら言葉を投げつけてくる。
「ま……まぁ、魔理沙がどうしても食べたいって言うなら、この角煮を食べさせてあげてもいいわよ!これは私のお昼ご飯だけど!」
「おう、ご相伴に預かるぜ」
本当は優しいのに、普段はそれを決して表には出さない霊夢。
そんな霊夢の本性をみることが出来るのはただ一人、魔理沙だけだ。
その幸せを、魔理沙はしっかりと噛み締める。
あまりの幸福感に大声を出して笑いたいくらいだが、流石にそれはやめておいた方が賢明だろう。
照れた霊夢から、大量の針や札が飛んでくる事請け合いだからだ。
それでも、魔理沙は自身の顔が自然とにやけてしまうのを止める事は出来なかった。
そして、霊夢も顔を真っ赤にしてぶつくさ言いながらも、嬉しそうに二人分の食事の支度を始めるのであった。
その後二人は仲良く鶏の角煮をたべましたとさ。
めでたしめでたし。
それはそうと、幻想郷にブタはいるのだろうか?
うむ、角煮なんてあんまり食べられないけどごちそうさまです。
それに鶏の角煮? こいつは一本取られたなぁ。
……わかりました。私が責任を持って二皿とも平らげましょう。
いいな~w
気がついた誤字を一ヶ所だけ
>ドスを聞かせる
利かせる、でしょうね。
>おたんちん!
サザエさんですか! 江戸時代の人ですか!
とっても甘甘で、しかもお腹が減ってきた…
角煮の描写もさることながら、角煮に関して真剣に議論する二人が微笑ましくもありました。
霊夢かわいいですねー。
笑えましたし、ほのぼのもできました。
そして、幻想郷から一匹の夜雀が姿を消しましたとさ。
可愛いなぁ2人とも
常にこんな会話をしているんだろうな、と、凄くうらやましくなる様な文章でした。
だがそれがいい!
大好物です
鶏の角煮って食べたことないなぁ
美味しいのかな?
食べてみたい
レイマリはごちそうさま。だが腹が減ったぞ!
流れるような文章にいかにも二人らしい雰囲気
最高です
牛も豚も大量に幻想入りしたよ ちょうど最近に