九回ほど御阿礼の子というものをやってきた。
特殊な身の上だと自分でも思う。
おおよそ毎回、十歳前後で求聞持の能力が定着して御阿礼の子として覚醒したあとは、縁起の編纂に邁進、それが終われば、転生の準備に取りかかり、そして消えていく。
大結界以前の八回目までなら、生きている間で消化すべきスケジュールに妖怪との戦いというのもあったが、九回目にはなかった。
二十余年間でそれらをこなし。そして、あの世で百年少々を過ごして次を待つ。
この世にいる時間よりも、あの世にいる時間のほうが長いのが私だ。
だから、この世には出張に来ているようなものだ、といつも思うようにしている。
そう考えれば、儚く短い我が人生でも、諸々が割り切れる。冷静になれる。達観することだってできる。
だけども、出張に来られた側はそうもいかない。御阿礼の子にだって家族は居る。
彼らには諸々を割り切れないことだってあるし、冷静になれるものでもない。達観することもできない。
そんな風にして。
九組みのやや特殊な身の上の家族というものを、私は今まで持ってきた。
九人のやや特殊な身の上の父親という者を今まで持ってきた。
そして、これは私が御阿礼の子としての道を歩み出してからの、九人目の父親の話だ。
彼は不器用な人だった。
高倉健のように不器用な人だった。実際に顔も高倉健に似ていた。
高倉健に似ていたから不器用だったのか、それとも不器用だから高倉健に似ていたのかは、わからない。
たぶんどうでもいいことだ。
ともかく。
私が阿礼乙女として目覚めたときでも、九人目の母などは随分と取り乱してみせたものだが、九人目の父は顎を三度だけさすって、「そうか」と頷いたのが一番大きなリアクション。
ここまではそう珍しくはない。
御阿礼の子をもうけてしまった奇特な父親が取る行動としては、九人中三人はそんなものだった。およそ33%だ。
彼らは平静を装った。
皆、平静を装わざるを得ないほどに動揺していた。
20.581歳。これが、御阿礼の子の平均寿命であって。
0%。これが、ある日20.581歳で死ぬことが決まった子を持った親が、動揺しなかった確率だった。
そして。九人中たった一人の父親だけが取った行動がある。確率で言えば、だいたい11%の出来事だ。
11%の出来事が起こったのは、静かな年の、夏の終わり。
異変らしい異変もなく、幻想郷という単位で事件があったとしたら、霊夢が妖怪の男との出来ちゃった婚によって妖怪退治を辞め巫女を引退し、長らくの間、博麗の巫女が不在になっていたことくらい。
博麗の巫女が居なければ、幻想郷を幻想郷たらしめる二重大結界の保守修繕ができない。そのため結界の管理を預かる八雲紫などはてんてこまいで、巫女の適性者を探していたけれども。
しかして、人里の人間たる我々の日常生活といえば平穏ここに極まれり、と言った具合。
私個人という単位で語れば、母が急折したことがその夏の最も大きな出来事だった。
母の葬儀から丁度一ヶ月後の朝だ。
目が覚めた時にはもう、ミンミン蝉が庭でミンミンミンミン言ってたりして。布団の中には寝汗が乾きようもないほどベッチャリしてるような、そんな、阿求という名前で迎えた二十歳の誕生日から、二十四時間後の朝だった。
九回目のカウントダウンの始まり。
二十歳の誕生日の翌朝というのは、私にとって、いつだってそういうものだ。
頭の上でカウンターが回り出す、自分が死ぬまであとXX日XX時間XX分XX秒なんていう日めくりカウンター、こいつが一秒ごとに、パタパタと数字が小さいもんに変わっていくのを、意識してしまう。
そういった、切なさや、やるせなさは、私は自分で選んだ運命なのだから、割り切りも付くし、覚悟だって出来る。
一番の問題はいつでも家族だった。
父や母や兄弟から朝一なんかに涙を見せられたりすれば、私だって色々しぼむ。色んなもんがしぼむ。
でも九回目の朝は、母はもう居ないし、兄弟は元からいない。家族は父一人だ。
しかも母が一ヶ月前にぽっくり逝ったばっかり、そんな父が一人。
ヘヴィだった。
ことさらヘヴィだった。
ただでさえ二十歳の朝はいつも戸惑う。
家族に対してどんな顔をして、おはよう、を言えば良いのかわからなくなってしまう。
頭の上で日めくりカウンターをパタパタさせながら、おはよう、を言う方法をこれまで八回考えてきたし、昨日も寝る前に九回目を考えたけれど、結局答えは出なかった。今まで一度だって答えなんか出たことはない。
それでも私は慣れてるからまだいい。答えが出ないという現実に慣れている。
でも、父にとっては初めての経験だ。
そしてなんというか。
朝食になっても父が顔を見せなかった。
こいつはヘヴィだ。と私は一人食卓で納豆を掻き混ぜ、ネギを刻んで入れながら思った。
父は普段なら家中の誰よりも早く起きるし、朝食も欠かさず食べる。
父も答えが出ないのだろう。カウントダウン日めくりカレンダーパタパタな娘に、どういう顔でおはようを言えばわかんないんだろう。
そう思って。
私の方から、父の部屋へ行ってみた。御阿礼の子の宿命の一つとして、親よりも人生経験が豊富であってしまっているという特徴がある。いつだって私が彼らを導かねばならない。
けれど、父は部屋に居なかった。
代わりに彼の書き物机の上に、一枚の半紙が置いてあった。書き置きだった。
『父さんは博麗の巫女に成ります。 稗田平蔵』
見事な筆さばき。書道十六段の腕前が如何なく発揮されていた。
11%。と私は半紙を握りしめながら思った。
私の父親はどういうわけか、カウントダウンの始まりの日、九人目にして博麗の巫女になるという選択肢を選んだらしかった。
九人中一人だけがする行動を確率にすると、およそ11%だ。
変な汗が背中に滲み出してくるのを感じて。
「こいつはヘヴィだ」と私は言った。
父親が巫女になると書き置きを残していったら、たぶん99.98%の人の背中から変な汗が滲むと思う。
そして言うと思う。
「こいつはヘヴィだ」とだ。
ならばあとの0.02%の人はどうするのだろうか、などと考えて現実逃避をしている場合ではない。
だってお父さん=男子だし、巫女は女子がやるものだ。
ヘヴィだった。この上なくヘヴィだった。
そしてマイファーザーの精神状態が非常に心配だった。
実にヘヴィだった。
半紙を片手に玄関へ走った。
ビーサンをつっかけて庭の敷石をぴょんぴょん跨いで駆け抜け。門の外へ出た。
父親が巫女になると書き置きを残していった時に、娘がするべき最適の行動というものを、私は知らない。
だからとりあえず着の身着のまま、麦わら帽子だけを被って外に飛び出してきた。
表通りはもうすっかり太陽に炙られていて、道行く人々の姿がかげろうで歪んでいた。
世界が夏の風でグニャグニャ揺すられていた。
私の焦りや戸惑いを冷やかすみたいに、馬鹿げたほどにグニャグニャだった。乾いた風だった。ミニスカートの裾をそよそよ弄び、背中まで伸ばした髪をゆすり、キャミソールの胸元にそっと吹き込んで、私の変な汗を乾かそうとしていた。
人垣が見えた。
通りの真ん中に大勢の人が集まっていた。酒屋の前だった。がやがや騒がしかった。
なんとなく。なんとなく私は人垣に向かって走り出した。
ビーサンをぺったんぺったん言わせながら、全力疾走した。
父の書き置きと、あの人垣が、頭の中で繋がってしまっていた。あの中心に父が居る気がしてしまった。
そしてほんとに居た。
博麗の巫女が、酒瓶を両手に提げて店から出てくるところだった。
のれんをくぐった巫女と目があった。
のれんをくぐった巫女の恰好をした高倉健似の四十八歳七ヶ月と五日の男性と目があった。
のれんをくぐるために、こう、腕を上げてのれんを押し上げてる途中の父と目があった。
腋が出ていた。ちゃんと剃ってあった。剃り跡は真新しく、青かった。スカートの裾から見える脛もつるつるだ。
ここで父が恥ずかしそうにしていたり、申し訳なさそうに私から目を逸らしてくれれば、まだ救いのようなものがあると思う。いやそうでなくても、せめておかま口調とかになってさえいなければ……私は安心して死んでいくことが出来る気がする。
けれどもだった。
「おはよう、阿求」
父は恥ずかしそうでもなく、おかま言葉でも無かった。
毎朝そうしてきたように、私よりも二十センチほど高い身長から、優しげに私の両目を見下ろして、森に吹く風のような、低く奥行きのある声で、おはようと言った。
父は父のままだった。と私は思った。
ちょっと脛と腋から毛が一本残らず消えているだけであって、父は父のままだった。と私は思った。
逆に、だからかも知れない。
「あ、あの。と……父様?」
私の唇から零れた言葉は心なしか疑問系。
父は私の口調に含まれたニュアンスを読みとったのだと思う。私を見下ろしたまま、目はあくまで逸らさずに、言うべき言葉を探しているようだった。
私たちを囲んだ人垣からヒソヒソと、やや不穏で不躾な話し声が聞こえてくる。いくつも、いくつもだ。
何しろ稗田平蔵と言えば、書道の一流派を担い、門下総勢五十余名を数える里の名士。知らない者は居ない。そんな彼が博麗の巫女の制服たる“フリル付き紅白服”を筋肉質の肢体にしっかり着こなし、さらに白髪が交じり始めた頭に“大きな紅いフリル付きリボン”を結わえて酒を買いに来ていれば、誰だってヒソヒソ話の一つや二つする。
「あとから、お前には話そうと思っていたのだよ」と父は言った。「全部の踏ん切りを付けるために、誰にも相談しては……いや、したくなかったんだろうな」
「父様、何故、なぜこんなことをなさっているんですか」
私が相当狼狽しているように、父には見えたのだろう。
父は私の肩をぽんぽんと掌で叩いて、柔らかく微笑んだ。
そして彼が一つ頷くと、彼の頭の上でフリル付きリボンがふわりと揺れた。
「心配するな阿求、その、ちょっと見た目は変に見えるかもしれないけどな。父さんは狂ったりしたわけじゃない。よく考えて決めたことなんだよ。午後には一度家に戻る。その時にゆっくり話しをしよう。今はすぐに神社に戻って、この神酒を奉納してから、引っ越しの後かたづけをしなければならないんだ。午前中は、ちょっと忙しくなりそうでな」
父は笑顔のまま飛び立った。
あ、飛べたんだ。と私は思った。
真っ青な空の中、紅いスカートがぱたぱたとはためいていた。ドロワーズの白い裾が、ひらひらと覗いていた。
それから一度だけ父は私に振り返り、速度を上げて東へと去っていった。
私は呆然と見送ってしまっていた。
呆然と考えていたことはそう。もし父が本気で巫女に成ろうとしていたとして、それが精神的負担による錯乱によっての場合と、彼自身が冷静に考えた上での行動である場合、どちらがより深刻な事態であるか、という事であり。
何よりも、これが夢だったらいいのにな、という儚い夢想であって。
「しっかりしなよ、阿求ちゃん」とか酒屋の女将さんに、可哀想な親を持った可哀想な子を見るような目で言われたと思えば、いつの間に手を握られていた。「お父さん、大変な事になっちゃったわねえ……うちでよければ、なんでも力になるからね。辛いことがあったらなんでも相談しておくれ」
女将さんの言葉に合わせて、周りの野次馬もウンウンと頷いていた。
そこで私は気づいた。
そもそも根本的な問題は、どのような経緯や理由で父があの恰好をしているかではなく、もうじき五十代に片脚突っ込もうとしている高倉健似のおっさんが、 あのような恰好をしているという事態そのものであり、けして世間的に許容される物ではない。という事だ。
なれば私が父にたった一人きりの家族として、してやれる事は、とっつかまえて三十発ほどほっぺたを張ったあとに、彼の紅白服からフリルをむしり取り、リボンを引きちぎり、例え泣き叫んで抵抗しようがドロワーズを強引に脱がせ、ブリーフを穿かせること。だった。
「女将さん。自転車貸して!」叫んだ。
「え、いいけれど」と女将さんが反応するよりも早く、私は酒屋の軒先に止めてあった実用自転車に飛び乗り、こぎ出していた。
力一杯こいだ。ぎゅんぎゅんぎゅんぎゅん、チェーンが軋むほど漕いだ。
目指すは東、博麗神社だ。
風になった。
大通りのひといきれを縫って疾走。途中の洋品店でブリーフを購入するのは忘れていない。町はずれの門をくぐれば、急勾配のダウンヒル。風圧で髪がなびき、スカートが太股に張り付く。一秒でも早く父の元へ赴くために、一切スピードは緩めない。連続するS字コーナーへマックススピードで突っ込めば、微妙なブレーキ操作で二輪ドリフト。前輪でガードレールを擦るくらいの超絶ライン取り&極限バンク、口ずさむはユーロビート、ペダルが地面とこすれ火花を散らし、タイヤの焦げる匂いが鼻を突いた。
ダウンヒルを下りきれば、あとは獣道の上り坂を神社へ向けて登っていけばいい。
のだが、それがきつかった。
自転車というのは下りは快適でも、上りはだるい。
前半に張り切りすぎたおかげで、無駄に体力を消耗していて余計にだるかった。
口ずさんでいたユーロビートも疲労の蓄積に合わせてスローダウンしていき、やがてR&B、そしてしっとりしたバラードへと変化し。さらに神社の石段に辿り着き、登りきったときには、コズミックブルースへと変わっていた。
脳内でジャニスが喘ぐように歌っていた。エンドレスリピートするくらいだった。ちょっくら過労死しそうだった。
汗がすごかった。指先や顎先から、汗が参道の石畳へと、ポタポタ落ちていっていた。
顔をまっすぐ前へ向けて歩く気力も体力も無かったが。
「阿求?」父の声だった。
項垂れていた頭を上げた。声のした方、本殿へ目を向けた。
父が例の紅白な恰好で、茶、飲んでた。賽銭箱のすぐ前に座ってだ。
私がこの場に来たことを心底驚いてるみたいだった。
私は麦わら帽子を脱いだ。
蒸れきった頭から、汗が水蒸気になって立ち昇った。湿った髪がぺったりと首筋に張り付いた。
ポケットからブリーフを出し、帽子を投げ捨て、父へ向けてダッシュした。
ぺたぺたぺたぺたぺた。
境内にビーサンがぺたぺたぺたぺた激しく鳴り響いた。
「待ちなさい阿求!」
父は私のしようとしている事を察したらしい。大マジな顔で立ち上がった。
しかし何を待てというのか。父親とはドロワーズではなく、ブリーフを穿いていなくてはならない。
ならば現在進行形でドロワーズを穿いてしまっている自分の父親にしてやれることなど、一つしかない。
はぎ取り、そして穿かせる。
ダッシュの勢いのまま一足飛びで前方回転跳びし、父の頭上を掠める一瞬に、真っ赤なフリフリリボンに手を伸ばし、掴み、引きちぎり。さらに父の背後へ着地すると同時に彼のスカートをめくりあげ、ドロワーズをずり下げようとした、ときだった。
「キャッ(>_<)」
と父が言った。
なんというか、こう、普通に、「キャッ(>_<)」と言った。
普通の、「キャッ(>_<)」だったが、私の精神にとって致命的な衝撃を与える物だったらしい。
雷に打たれたような、としか表現しようのないショックというものが本当にある。
私の手は止まってしまっていた。
父のドロワーズを、お尻の半分までずり下げたあたりで止まってしまっていた。
私は父の半ケツを呆然と見詰めてしまっていた。
「阿求」と父が言った。とても落ち着いた声だった。
「はい」と私は言った。お尻を目の前にして言うと、お尻と話してるみたいだけど。私もだった。自分でもどうしてこんなに冷静な声が出るのだろうと感心するくらい、平坦な発音だった。
「父さんはな、あんまり尻をじっと見られるのは。恥ずかしいな」
「すみません」と、どうしてか、言ってしまった。
父のドロワーズを、私はずり上げ直そうとした。
自然にそうしようとする自分が居た。
私は本来ならここで逆の事をするべきなのに……脱がせるべきなのに。
そうさせない自分の心。
私の中に渦巻き始めているこの感情は何だろう。この虚無的なこれはなんだろう?
絶望、諦め、あるいは、あるいは。
ともかくだった。
私は唇を硬く噛み締めながら、震える手で、父のドロワーズをずり下げずに、ずり上げてしまった。
それから捲れ上がったスカートも直してあげてしまった。
「ここまで来るのは大変だったろう」と父は何事も無かったかのように、また賽銭箱の前に座った。
私はどう答えて良いか決めかねて、ただ父の後ろに立ち続けた。
そんな私へと、父は振り向いて、微笑んだ。
「色々言いたいこともあるだろうが。少し話し合おう。座ったらどうだ。お茶もあるぞ。こう暑いと喉が渇いたろう?」
私はこっくりと頷いてから、「はい」もう一度頷いて。父の隣に座った。
父は私の右手を見ていた。握られたリボンを見ていた。
「返して、くれないか」と父は私に言った。
「あ……はい」と私は父に言ってしまった。
そして父の手がリボンを取ろうとした時。私の右手はリボンを離そうとしなかった。
無意識に、無意識にだ。私はリボンを渡すまいとしているようだった。
だから、意識して、右手から力を抜いて。リボンを譲り渡して。父の顔を見上げてしまった。
「ずいぶんと、お前を驚かせてしまったようだね」と父は申し訳なさそうに目尻を少しだけ落とし、リボンを自分の頭に結び直した。手鏡で結わえた角度などをチェックし、細かく修正していた。左手でちょこちょこといじっていた。
「あの、父様」驚かしたとか謝る前に、まずはそのリボンの角度とか気にするの止めてもらえませんか、と言おうとしたけれど、喉から先に言葉は出せなかった。
「お前が言いたいことはわかってるよ。その……お前はあまり顔には出さないが、かなり怒ってるのだろうな」
「はい。ですからその」
「お前に言われる前に正直に言うが、父さんな。確かにブラジャーもしているよ」
私は空を見上げた。
雲を見ていた。
今、何を考えるべきで、どこに目をやれば良いのか、わからないからだ。
神社の上空にある入道雲は低く垂れ込めていた。真っ白でアイスクリームのようだった。
アイスクリームが食べたいなと思った。チョコチップとかをトッピングして食べたいなと思った。
三段重ねして食べたいなと思った。
キャラメルとかもかけたいな。と思った。
それから父の厚い胸板にはめられているらしいブラジャーのことを思った。
すると不意に視界がぼやけた。目じりから涙がこぼれたのを感じた。
涙は頬を伝って胸元に落ちていった。
父は酒屋の前では心配するなとは言っていた。でも私は心配だった。とっても。心配だった。
私は握り締めていたブリーフで涙をぬぐった。知らず知らずのうちにブリーフを力いっぱい握っていたらしく、しわくちゃで汗を吸ってほんのりと湿っていた。
父もハンカチで私の頬をぬぐってくれた。ハンカチはピンクの生地に熊さんの模様があしらわれていて、端っこに刺繍で名前が書かれていた。稗田平蔵、と熊さんマークの隣に丁寧に繕われた名前を見ていると、また涙が激しく溢れ出した。
「何から、話せばいいだろうな」と父は茶を一口だけ啜った。「たぶん、お前が一番気になってること、確認したいこと、知りたいこと、父さんが言わなきゃならない事から、話すことにするよ」
「はい」涙は止めようもなかったけれど、私は頷いた。
「ごめんな。阿求。父さんのしているブラジャー、確かにお前のだよ」
私の両目から流れていた涙がぴたりと止まった。
自分の下着を無断で着用されているという事に憤りを感じたわけではない。
人はあまりにも悲しい事態に遭遇すると、涙さえ止まる。止まるのだという事を私は知った。
父のしているブラジャーが誰の物なのかなど、気にしてなんかなかった。確認したくなんてなかった。出来れば一生知りたくもなかった事実だった。
「お前には悪いと思ったよ。でもな。母さんが遺したのじゃ、どうも男の胸囲にはきつくてな。お前のなら、その、なんだ、サイズ的に、ああ、大丈夫だったよ。勝手に借りたのは謝る。婦人服屋へ買いに行く勇気が無くてな。お前にことわって借りるにしても、『ブラ貸してくれ』などと父さん言ったら。もし言ったら、お前きっと悲しい顔しただろう。見たくなかったんだ。お前の悲しい顔を」
悲しい顔で父を見てやろうと思ったけれど、余計に悲しみがブーメランになって返ってくる気がしてやめた。
「あとでちゃんとクリーニングに出してから返す。今日だけ貸しておいてくれないか。午後になったら勇気を出して町に自分のブラジャー買いに行くことにするよ。お前を泣かせてしまうくらいなら、父さんだって勇気を出さなきゃだめだよな?」
訊かれても非常に困る。
娘のブラジャーを無断着用するくらいなら、自分のを買いに行ってくれたほうがいい気もするけど、それをやらせてしまったら、すべてがポイントオブノーリターン。父が手の届かないところに行ってしまう気がする。
だから申し出た。
「あの、父様。もしどうしても、どうしてもブラが必要だと言うのならば、私のでよろしければお譲りするので、あとで家に取りにきてください」
「気遣いはありがたいがな。お前と話して勇気が出てきたんだ。父さんな。今ならちゃんと買いに行ける気がするよ、大丈夫だぞ」
大丈夫? 大丈夫じゃない。勇気とか、それが問題なんじゃない。そうじゃない。ぜんぜんそうじゃない。
「違います父様。そうじゃなくて、こういうの、恥ずかしくないんですか父様!」
大声を出してしまった。
「ああ、買いに行くのは恥ずかしいよ。ああいうのって試着とかさせてもらえるのかな? でもお前に迷惑かけるのも悪い、父さん、がんばって買ってくるからな」
だからそうじゃなくて!
「それだけは止めてください……お願いですから大人しく私のブラを付けてください!」
立ち上がって、父を睨み付けてしまった。両掌は握り拳になっている。
父は私の剣幕に少し驚いたようだった。何度か目をしばたかせた。
「違くて父様、そうじゃなくて、私が言いたい事は、だから。ほんとうにわからないんですか? ほんとうに恥ずかしくないんですか? 私さっきなんて叫びましたか? 実の父親に向かって、私のブラを付けてくださいって、叫んだんですよ。なんで私が、なんで、こんな事。おかしいですよね。絶対おかしいんですよ。貸すとか買うとかそういう問題じゃありません。違うんです。なんで父様が、父様が、父様が、こんな……今日のこんな日に、私がもうすぐ居なくなってしまう、そういう日に、こんな恰好してるんだって、私は……言いたいんです。どうして博麗の巫女なんかになってしまったんですか」
私の声は完全に泣き声に変わってしまっている。
「父さんはな。良く考えたんだよ。聞いてくれないか阿求」
父は私の両手をそっと握った。
「運命ってなんだろうって考えたんだ。自分も稗田の一族として生まれた。子供の頃から覚悟はしていたよ。御阿礼の子として目覚める可能性があると、言い聞かされて育てられた。運命だとな。お前と一緒だ。お前が生まれた時も覚悟はしていた。でもな父さんは思うんだ。思ったんだ。この前、母さんが死んだ時に思ったんだ。阿求、これから先で、お前まで居なくなってしまったら……父さんな。父さんな……」
父の両目には薄く涙が浮かんでいた。感情も一切隠していない。大人の男があまり他者に見せる表情ではなくなっている。
「仰ることは良くわかるつもりです。私がこれまでも八回繰り返してきたことですから……ろくに親孝行できない私を許してください。でもそれと今のこれが、どう関係しているのですか」
「時代が変わってきていると思うんだよ」
「時代が変わったから? だからこんな恰好をしていると仰るんですか?」
「そうじゃない。落ち着いて父さんの話を聞いてくれないか」
「落ち着けだなんて、どうしろと。無理ですよそんなの。だって、どんなに時代が変わったって、自分の父親にこんな、こんな……気持ち悪い恰好……してほしくありません」
私の手を握っていた父の両手から、一瞬だけ力が緩められた気がした。それから父は深く目を伏せ、首をわずかに項垂れさせて静にかぶりを振った。
「ねえ父様、どうしてブリーフじゃダメなんですか? 私、もし次に生まれ変わったその時代に、男の人がみんな脇毛を剃ってブラ付けてスカートとドロワーズ穿いてても、自分の父親にだけはそうして欲しくないんです。こんな事考えたこと無かったけれど、今は本当に心からそう思うんです。ブリーフを穿いてて欲しいと心底思うんです。無駄毛だってぼうぼうのままで居てください。おねがいですからブラを買いに行くなど言わないでください」
「気持ち悪いか、そうだよな。わかっていたが、やはりお前から直接言われると、なかなか辛いよ。でもちゃんと訳があるんだ。父さんもまだ気持の整理がついたわけじゃない。混乱している部分もあると思う。だから順番に、ゆっくり話しをさせてくれないか」
そう言って私の目を覗き込んできた父の唇に、口紅が引かれているのに気づてしまった。
また涙が零れそうになった。のだけど、良く見ると、口紅じゃなかった。口紅にしては色が控えめ過ぎた。
色つきリップスティック。色つきリップスティックだと思う。主に十代前半のちょっとおませな少女が使うあれだ。私もかつて使ったことがある。けれどどうしてだろう。父の唇を彩っているのが、色つきリップスティックではなく、口紅ならまだ良かった気がすると何故にか思うと、不思議に涙を堪えきれなかった。
「父さんはな、お前が先代の御阿礼の子だった時とは、時代がまるっきり変わったと思っているんだ。かつてはこの土地に移り住んだ稗田の一族と言ったら、なによりも妖怪退治の研究家の一族だった。数限りなく妖怪の情報を集め、妖怪に対抗すべく数多の秘術を生みだしてきた。一族は皆、人並みの人生を捨ててでも、人間という種を守るために人生を研究や戦いに捧げてきた。お前もその一人だ」
「はい、誰かがやらねばならない使命ならば、私はすすんでやりたかった。一族には多大な犠牲を払わせてしまってきましたが、私たちが妖怪と戦ってきたことによって、その何万倍もの人たちの幸福を守れたはずです」
「でも今や大結界がある。人と妖怪が争う事が無くなった。父さんは妖怪退治の研究や修行の代わりに、自分の好む書の道を志すことが出来た。人並みに家庭を持つことも出来た。自分でも恵まれた人生だったと思っている」
「私も嬉しく思います。今のように人間という種が平穏に暮らせる時代が来たことを。でも、だから、どうして、それが、どう関係あるのですか」
「焦らず話しを聞いてくれ、だからだよ阿求。お前が生まれた時に考えたんだ。もし御阿礼の子として目覚めたら、この時代に何をさせるべきなんだろうと。ずっと考えていた。でもいざ覚醒したお前は、私などよりずっと多く世の事を考えていた。自分がとても小さな人間に思えてしまったくらいだ。お前が縁起の編纂を始める時に、父さんが言った事を覚えているか?」
頷いた。
覚えていないわけがない。どんな物事でも記憶する。それが私の能力だ。
「はい、覚えています。父様は、『今の時代にどうして縁起の編纂をしなければならないのだ。お前はもっと人生を謳歌して良いはずだ』と仰いました」
「そしてお前はこう答えた。『確かに、今や縁起は妖怪に対抗するための資料としての価値は、完全に失われているでしょう。けれども人間と妖怪が共生するべき新たな時代の、両者が理解を深めるための資料としてならば、次の時代の幻想郷のためになると私は信じています。私が次の御阿礼の子として目覚めた時に、世界が今よりも輝いて見えるならば、それは私にとって何よりもかけがえのない喜びです』とだ。
お前が言っていた事は今でも正しいと思う。これがお前の意思なら尊重しなければならないと、今だって思う。立派な我が子だと誇るべきなのだろう。けれども教えてくれ阿求。お前はいつ、お前のための人生を生きるつもりなんだ? 今よりも輝いている未来でなければダメなのか? この時代でも、まだお前にとって十分ではないのか?」
自分の人生を生きる?
そんな事は考えた事もない。
かつて転生の秘術をこの身で試し、一族を導いてこの地に移り住んだのだのは、未来に自分の生きる場所を得るためじゃない。
ただ人間を守りたいだけだった。使命だと思うことをするために、だけだった。
「父様の仰ることは、わかります。私だって今の時代に普通の人間として生きられないことが、残念に感じる事もあるのは事実です。けど、私は秘術を会得した時から、一族に妖怪との戦いの道を選ばせてしまった時から、自分の人生などというものを、考えられる立場には居ません」
「だから父さんは、お前をその運命から解放してやりたかった」
「どういう意味ですか?」
「お前は勝手な真似をと思うかも知れない、実際、父さんの我が儘なのだろう。だがどうしても、お前に考えて欲しかったんだ。何も背負わない、ゼロの状態で、ゼロから自分の生き方を考えて欲しかった」
父は私から目を逸らした。逸らして、首を横に振った。それから遠い目で境内を見回すと、一つ頷いた。
「始まったらしいな。思っていたよりも早い。まだ神社の片づけも終わってないのにな」
と父が言って。
やっと私は気が付いた。
霧が出ていた。普通の霧ではない。紅い霧だった。そのせいで夏の午前中だというのに日光が遮られ、夕闇のような暗さになっている。
「これは、この霧は……吸血鬼の、ですよね」
「八雲殿に警告は受けていた。新しい巫女が着任すれば、必ず目立ちたがりの吸血鬼が、異変を起こすから気を付けろとな。レミリア君はいきをまいていたそうだ。誰よりも真っ先に異変を起こし、新しい巫女を返り討ちにして、幻想郷の皆を驚かせてやる、とな。悪いが、阿求、父さんは行かねばならん」
「そんなの。これじゃまるっきり紅霧異変の再現です。あのレミリア・スカーレットが父様に挑戦していると言うのですか?」
「他に博麗の巫女は居ないよ」
父は立ち上がった。
私は父の袖を掴んでいた。
「そんな、父様は弾幕ごっこなんてやった事ないじゃないですか。吸血鬼と戦うなんて無理ですよ。それにまだ私との話が終わっていません。父様が何を仰りたいのか、私はまだ、まるで理解できていません。もっとお話を!」
「離してくれないか阿求。これが父さんの新しい仕事なんだ。歴代の巫女の誰よりも完璧にこなさなければならない。一秒でも早く異変を解決せねばならんのだ。話の続きは帰ってからにしよう」
腕を振り解かれてしまった。
父が飛び立った。霧の中を空高くへと昇っていく。
「父様! あまりにも勝手過ぎます。私を解放するとはどういう意味ですか? ゼロの状態ってなんですか。私は私に残された時間を、父様と二人でどう生きていくべきか、考えていました。でも、これは一体なんですか、父様のことなど、嫌いになって忘れろとでも仰るつもりですか?」
「わかってくれとは言わない。ただお前に幸せになって貰いたい……私の……エゴだ」
何を言わんとしているのかまるで理解できない。
父の姿が一瞬で神社の上空から消えた。天狗並の、いやそれ以上のスピードで飛び去った。
追いかけようかとも思う。
でも、そんな事しても無駄だろうとも思ってしまっていた。
昨日まで父親だと思っていた人物は、もうどこにも居ないのかもしれない。
今居るのは父っぽい面影を残した他の何かなのだと考えてしまうと、気力らしい気力が全て抜け落ちていくよう。
願わくばこれが夢でありますように。なんて本日何度目かの虚しい思考と共に、あてどもなく父が飛び去った空へ視線を彷徨わせていると、だった。
「どうするものかと心配で来たけれども。感心だわ。今度の巫女はすこぶる勤勉ね」
すぐ後ろからの声。聞きなじみのある低めのトーンへと、振り向けば居た。八雲紫がだ。
彼女は神社の屋根の上に腰掛けていた。脚を組み、日傘をたたんで膝の上に乗せ、私が見ていたのと同じ方向へ、金色の両目を向けている。
「さすが背負うものがある人間とは、こうも強くなるもの」
彼女は私に視線をやることもなく、独り言みたいに言った。
「そう思いませんか阿求。昨日までただの書道家だった男が、今日は最強とも呼ばれる種族に挑むのです」
相変わらず。つかみ所のない言葉をつらつら並べてこのひとは。
大方このひとが、こういうタイミングで現れた場合、黒幕はコイツだったりするのだから……。
するのだから!
「紫さんあなたが、これをしたのですね。羞恥の境界を操ったり、成人男性と少女の境界を操ったりして。何故、こんな事をなさったんですか!」
「ちょっと、ちょっと、それは飛躍しすぎな思考だと思わなくて?」
私の怒鳴り声が思惑の外だと言わんばかりに、紫は大げさに驚いてみせてきた。
飛躍し過ぎもなにも、私がさっきまで目にしていたのは、飛躍しきった現実だった。あれを引き起こしたであろう原因を求めるとしたら、この場で八雲紫をさておいて、他の誰を疑えばいい。
「紫さんが博麗の巫女の後継者を探していたのは知っています。そして候補者が見つからず、焦っていたことを知っています。だからってどうして、父なのですか。何故あんなことをやらせるのです。あれでは道化です。ひどすぎます」
「落ち着きなさい阿求。巫女が決まらず私が困り果てていたのは事実。そして私が幻想郷で担うべき役割において、巫女の存在は不可分であるのも事実。しかして彼が巫女になるべく自由意思で志願したのも、事実です」
「父様が自分から巫女になりたがっていたと仰るのですか? そんな事……馬鹿な事あるわけないじゃないですか! あってほしくありません、そんな現実は!」
ふう、と彼女は大きくため息を吐いて私から目を逸らし、傘をくるくると回して遊びだした。
「今朝早く、ええ、日が昇るずっと前でしたわ。稗田阿求の父親が会いたがっている。藍からそんな連絡を受け、あなたの自宅へ赴いたときには、あなたはまだ寝ていました。そしてあなたの父上は、あなたの寝顔を見下ろしながら、私に懇願したのです。私の力であなたの転生の術を強制的に無効にし、普通の人間として一生を過ごせるようにしてくれと」
父が、そんなことを、頼んだ?
「待ってください紫さん、そもそも私の転生の術は是非曲直庁との契約によるものです。いくらあなたの能力といえど、まともに介入できる範疇には無いはずです」
「その通り。私が私の能力でそれを強引にしてしまえば、あの閻魔様から相応の追求を受けることになってしまうでしょう。だからあなたの父上にも説明しました。しかし、そこをどうにかしてくれと彼は引きません。以前にも彼は閻魔様に懇願したことがあったそうですが、やはりあなた本人の意志が無ければダメだと断られてしまったそうです。藁にもすがる、まさにそんな気持だったのでしょうね。私は文字通りにすがりつかれてしまいました。私は困り果てて、あなたを起こし、説得してもらおうかとも思いましたが、ついつい言ってしまったのです。彼に無茶な代償を求めれば引き下がるだろうと、そう。つい言ってしまったのです。もし博麗の巫女になってくれるならば、稗田阿求の転生の術を無効にしてみせようと」
「そんな馬鹿な……でも、それで……父様は」
「速攻YESでした。さらに困ってしまった私はもっと無茶を言って、彼を引き下がらせようと思ったのです。博麗の巫女は少女でなければならない、少女になれますか? 少女になりきることができますか? 少女になりきり、異変を解決することが出来ますか? 出来ないのならばこの話は無しです、と」
「まさかそれで」
「そうですよ阿求。彼は無言でカミソリと、彼の亡き妻のブラジャーと、ドロワーズを持ってきました。そして『では少女になりましょうぞ。私の覚悟を見ていてくだされ』と眉一つ曲げずに、シェービングクリームを腋と脛に塗ったかと思えば、むだ毛をそり落としたのです。さらにブリーフを脱ぎ去りドロワーズを穿いて、ブラジャーを着けようとしましたが、サイズが合いませんでした。『く、これでは少女になれぬ……』と彼が言った時の苦悶に満ちた顔と言ったら、私でさえ目を背けたくなるほどです。そこで彼がどうするのだろうと思いましたが……」
「私のタンスからブラを出して付けたのですね。父様は……」
こくり、と彼女は頷いた。
「実の娘のブラを付けなければならない父親が、どれほどの精神的苦痛を被るのか、あなたにはわかるかしら。私は見ていたわ。彼はあなたのブラを手に、歯が折れてしまいそうなほど食いしばっていた。両目に涙を溜めて極限まで充血させ、むせび泣いているように全身が震えていました。そして当然、ブラなど付け慣れていなかったのでしょうね。まるで第二次成長期直後の少女が初めてブラを付けるの時のように、ホックを繋げるのに手間取っていた。なので私が手伝おうとしましたが、彼は涙ながらに大声で拒否したのです。『自分でやらねばならぬことです!』と」
「じゃあ、父様があのような恰好をしているのは、全て私のために。そんな」
「彼は涙を拭うことすらせず宣言しましたよ阿求。『八雲殿、私は只今から少女・稗田平蔵でございます。これで娘を解放できるならば、私は誰よりも少女になりきる所存。異変におきますれば、完全完璧な巫女とし、例えこの身に代えても絶対に解決してご覧にいれましょう』私は、ええ。胸を打たれて涙を流してしまいました。彼はあなたに普通の人間として幸せな人生を送って欲しい。その一念で全ての羞恥心や常識や誇り、全人生をかけて歩んできた書の道や社会的地位を捨て去り、少女として生きる覚悟を瞬時に決めたのです。私は彼を認め、みそぎを執り行い、彼の潜在能力を解き放ち、正式に巫女にしました」
「そんな、そんなの……嘘ですよね?」
彼女は首を傾げた。私がどうして嘘だなどと聞き返すのか理解に苦しむ、みたいな顔でだ。
「動揺するのはわかるけれども、あなたが実際に目にした彼の言葉や表情に、嘘があるよう見えたかしら」
あるわけがない。
出来れば父の容姿に関しては嘘であってほしいけれども、私は現実を直視するべきだ。
父にあのような恰好を強いている真の犯人は、八雲紫じゃない。他の誰でもなく、私という子の存在だ。
私が転生を続けてきた結果が、これなんだ。
私が父様を少女にしてしまったんだ。
「でも……紫さん、転生の秘術は私の意志によって自らに施し、意味と意義があって続けているものです。無効化されたところで、私が再び自分に術を施せば無意味です……どうしてそんな不毛な事を父に約束させたのですか」
「でも。その時にあなたは考えるでしょう? ほんとうに転生を続けるべきなのかどうか。いえむしろ、彼が巫女になり、あのような恰好で飛び回る事自体が、あなたにそう考えさせるかも知れない。あなたが自分でかけた秘術なら、自分で解く事だってできる。そうであってほしいものね。私も閻魔様からお咎めを貰いたくない。それに何より」
と彼女は微笑みを作って私に向けてきた。含ませるところのない、単純で明快な、微笑み。
「せっかく、私やあなたがよ、展望や立場が違えど、願っていたような、人が脅かされず、そして妖怪が存在意義を持ち続けられる世界になったのですもの。あなたにだって今を謳歌する権利は、十二分にあるのではなくて?」
今を謳歌する。
確かに。父が巫女にならなければ、そんな事を真剣に選びうる未来として、一瞬でも考える機会すら無かっただろう。
もし父が巫女にならなければ私は間違いなく、カウントダウンを一日一日と消化し、消えていくだけだった。
だからと言って、千年も続けてきた生き方を急に変えろだなんて言われても、戸惑うしかできない。
今を生きる人間や妖怪に、羨望を感じていたのは事実。でもそれは遠い遠い憧れとしてのものであって、私自身の手で触れられる範囲には考えたことがなかった。
例えば子供時代からの友人たちが、それぞれの道に進み、家庭を築き、新たな世代を作っていくのを、私は見送り、次の時代へ向けて消えていく。その繰り返しが私の運命の全てだ。
私と世俗との間には明確に仕切り線がある。私はこちら側、他の全ての人々は向こう側。私にとっての世界とはそういうものだ。
自分自身の手で仕切を取り払って、向こう側に行くことだって出来る。それはわかる。わかるけど。
「そう。あなたのお父さんはこんな事も言っていたわ。『親というものの役目が、子供に人生をプレゼントすることならば、私はいつも思っていたのです。あの子に私はどれだけの人生を与えることができたのだろうと。阿求は怖いくらいに達観してしまっている。同じ運命を繰り返し過ぎて、慣れすぎてしまっていると思うのです。だから一度だけでも良い。あの子の運命を全て白紙に戻して、ゼロから選択できる自由な人生を与えてやりたい。それでも阿求ならば転生を続け、使命をまっとうすると言うかも知れない。その時は、私は改めて胸を張り、我が子を誇りましょう』とね。私も興味があるわ。あなたがこれからどんな選択をするのか」
人生の選択。
今までの私には無かったものだ。信念に基づいて一つの道を歩み続ければ良かった。
父が私に転生を止めることを望む、その気持ちは理解できる。
でも私が転生を止めることにどれほどの意味や意義があるのだろう?
自分が千年以上続けてきたライフワークを超越したライフワークを止めるだけの価値があるだろうか?
けれども。価値や意義などと言い出したら、転生を続け縁起を編纂するのだって、先代までと比べれば、それこそ余興に過ぎないかも知れない。縁起が単なる面白可笑しい読み物であるような時代こそが、私が縁起を編纂し続けてきた目的なら……
私のこれからの未来とは一体なんだ?
意義や意味を語るならば、私はもっと考えるべきだ。
もっと意義や意味のある生き方を、私はこれから先でできないのかと。
考えるべき時は今だったのに。
父様。
父様、あなたの言うとおりです。私にとって生きる目的とは、自分の使命をまっとうする事にしかなかった。
九回目の今を惰性で生きていると言われれば、まったくその通りだった。
今が改めて立ち止まり、考えるべき時なのでしょう。私は運命に身を任せるのに慣れすぎていた。
しかしだからこそ、こうして選択するべき時に、どうすればいいかなど、わからなくなってしまっている。私は選択することに慣れていないのです。
でも今の私がまず、するべき事はわかります。
あなたに謝りたい。
父様は私のために巫女になり、少女になった。
少女になりきるという契約を果たすために、さっき私にスカートを捲られたときに、『キャッ(>_<)』などと言っていたのですね。実の娘の前で、『キャッ(>_<)』などと言わねばならなかったあなたの心情を思うと。
あなたに私が浴びせた罵声を思うと。
私は胸が締め付けられます。自分を張り倒してやりたい。七万八千語を使って自らを罵倒したい。
許しを請いたい。あなたに土下座して謝りたいです、父様。
気持ち悪いとか。みっともないとか。変態だとか。実はこんな趣味があったなんて最低とか。
思ってしまっていた。酷い言葉をいっぱい浴びせてしまった。
謝りたい。今すぐ謝りたい。
「私!」思わず叫んでいた。
「ええ」と紫は興味深げな顔で私をじっと見下ろしていた。
「今すぐ父の所に行きます!」
それが彼女を満足させる言葉だったのかどうかはわからない。彼女は曖昧に私に手を振っただけだった。
いってらっしゃい、と言うように。
私は駆け出していた。
参道を百メートル10.87秒で疾走し、石段を五十五段抜かしのほぼ自由落下でクリア。とめてあった自転車に飛び乗った。
目指すは紅魔館だ。
ペダルを力一杯こいだ。ぎゅん! ぎゅん! ぎゅん! ぎゅん! チェーンから火花が散るほどこいだ。
平均時速70㎞で獣道を抜け、湖への近道である森へと侵入。自転車の後輪が巻き上げるキノコの胞子はまるで狼煙だ。
不思議と疲労はほとんど感じない。ランナーズハイとでもいうのか、私の脚は極めて機械的なペースでペダルを踏み続けた。汗は吹き出たそばから風圧で乾かされていった。
森の木立が途切れ、湖の畔へ出ると、湖上から花火のような閃光が微かに届いてきた。スペルカード戦だ。
しかし霧が濃すぎて閃光を放っているであろう主たちの姿はまだ見えない。
あの父が本当に弾幕ごっこをしているのだろうか?
文武両道などという言葉があるけど、父はもっぱら『文』の人だ。弾幕ごっこという戦闘を原点とした行為とは縁が遠いイメージしかない。
いくら父が潜在能力を解放され、巫女としての最低限の術を行使できるようになっていたとしてもだ。勝つには弾幕ごっこ独特の技量がついていかなければ、しようもない。
例え大妖怪といえど技量如何では妖精相手に負ける。それがスペルカードの奥深さ。
今頃、父も妖精相手にいじめられて、けちょんけちょんの満身創痍なボロ絵状態になっているかも知れない。チルノなどに、「すごいのは見た目だけだったわね。そういうのをみかけだわしっていうのよ!」などと煽られながら、少女らしくメソメソ泣いていたりするかもしれない。きっと熊さんハンカチで涙を拭いているに違いない。しかも内股でだ。
私のために。私のために。私のせいで!
しかし。だった。
いざ湖畔を紅魔館に近づいていくと、波打ち際に大量の妖精が倒れていた。
死んだ魚のように打ちよせられていた。
皆、失神していた。
状況から見て博麗の巫女の諸行以外には有り得ない。
うつ伏せに倒れていた妖精の一匹に事情を聞いてみようと、抱き起こしたら、チルノだった。こっぴどく撃墜されたらしく服と髪がボロボロで、おまけに氷の羽が溶けて無くなっていたので、顔を見るまで気づかなかったのだ。
チルノは恐怖に顔を歪ませ、ぶるぶると震えていた。
「来る、来るよ。来るよぉ」とチルノは小さくへらへら笑い出した。怯えたままへらへらとだ。視線は宙をさまよっていて、突然、「来る! すごいおっさん来る! おっさんがすごい!」
叫びだしたかと思えば、目を見開いたまま失神してしまった。
どうやら父は、チルノを第一次世界大戦において初めて戦車を見たドイツ兵のごときシェルショックに陥らせるほどの凄さらしいが、それがビジュアル的なインパクトに由来するのか、それとも巫女としての戦闘能力によるものなのか非常に気になる。
だが確かなのは、父は並み居る妖精を物ともせずに突破したと言うこの事実。
現に弾幕ごっこの閃光は、今や紅魔館の上空あたりに見える。
きっと紅美鈴あたりと戦っているのだろう、が、さすがに妖精相手のようには簡単に勝てないはずだ。
もしかしたら今頃、父はボロ絵メソメソ熊さんハンカチ状態で、気配り上手な美鈴に慰められたりしてるかも知れない。
やはり内股でだ。
しかし。それもまた。しかし。だった。
紅魔館の正門をくぐった先でボロボロになってたのは紅美鈴と十六夜咲夜だった。呆然としていた。二人とも庭で巫女の迎撃にあたったらしいが。何が起こったのかわからないと言った風に立ちつくしていた。
だが二人の身に何が起こったのか明白だ。父と弾幕ごっこで戦い、敗北したのだろうけれど。
私としても現実として信じがたい。だから訊いてしまった。
「十六夜さん、美鈴さん。お二人とも、いったいどうしたのですか」
美鈴は呆然と見上げていた空から私に目を落とし、決まりが悪そうに肩を竦めた。
「なんかすごいおっさんが来てやられちゃいました。高倉健似のおっさんにです。私も咲夜さんも」
「お二人が負けた? そんな、本当ですか。巫女は超初心者のはずですよ」
「随分と調子を狂わされたのよ」と咲夜。「初心者なんでしょうねえ、それはわかるわ、なんといっても、あのおっさんはスペルカードルールを知らないみたいだった。こちらが前口上を言っているうちに攻撃してきたのよ。まあ、それくらいならルール違反でないにしてもねえ。妖怪バスターの代わりに夢想封印を毎秒十六連射されたらねえ?」
咲夜と美鈴が顔を見合わせ、肩を竦めた。
うんざりしたというよりは、呆れや投げやりさを含ませての笑い。咲夜は懐中時計のネジをきりきり巻きながら。
「私に言わせてみれば、ずっと時間を止めたまま攻撃してるようなものよ。いくらなんでもルールが滅茶苦茶になっちゃうでしょう? だから美鈴と二人で、死なない程度に痛めつけて叩き返してやろうとしたのだけど……逆にこの様というわけね」と、ため息を吐いた。
「十六夜さんと美鈴さんで同時に戦っても、勝てなかったんですか?」
「私の時を操る能力でも、あのおっさんの時間に干渉出来なかった。あの高倉健似のおっさんはただの人間、じゃない」
「ええ、私もそう思います。私も本気でおっさんの体の気をコントロールし、支配しようと試みましたが」美鈴が畏怖をはらませた表情で生唾を飲み込んだ。「信じられないことに、妖怪や人間や幽霊や神格にでもあるはずの気の流れというものが、まったく見えないのです。あれは妖怪でも人間でも幽霊でも神格でもない。もっと恐ろしい別の何かです」
「何かの間違いじゃ。だって、そのおっさんは。高倉健似のおっさんは。私の父ですよ。人間じゃないなんて」
咲夜と美鈴は空を指さした。いいから見てみろ、といった感じでだ。
本当に今更だが。
私の頭上では父とレミリアが戦っていた。
父は、本当に夢想封印を十六連射していた。
指にバネでも仕込んでるんじゃないかというくらい、あまりにも連射速度が速かった。夢想封印の七色光球が一繋がりに見えるほど。まるで虹色のヘビのようなそれらが、各々意思を持ったみたいに拡散と収束を繰り返しながら、超高速で逃げ回るレミリアを追尾し、取り囲み、追いつめようとしていた。
今までに何度も弾幕ごっこというものは目にした事はあるが、ここまであからさまに、避けさせる気がない技は初めて見る。咲夜と美鈴が、『おっさんはスペルカードを知らない』と言うのもうなずけた。
今やレミリアは無数の夢想封印の光球で、鳥かご状に包囲されている。そして彼女は観念したかのように動きを止めた。途端だ。合計三万六千五百発もの七色光球が、彼女へと一斉に矛先を向け、殺到し、直撃――した。
かのように見えたが。だった。
レミリアは、余裕たっぷりに顔を笑わせていた。
全ての光球の弾道がレミリアに命中する寸前で不自然に軌道を変え、逸れていた。
直撃コースを外れた光球たちは、湖に突っ込んでいって水柱をあげたり、空の彼方へ飛び去り大結界と激突して火花を散らしたり、はたまた対岸の樹木をなぎ倒したりと、一通りの環境破壊を繰り広げただけで、一発も命中したように見えない。
「あれは運命操作能力!」咲夜の声は、ひどく驚いたようで裏返っている。「夢想封印が命中しない、と自らの運命を瞬時に書き換えたのだわ。お嬢様は勝負事ではあの能力を絶対に使わないのに……使わされてしまっている。あなたの父親はいったい何者なの?」
父は父だ。
それは間違いない、のだが良ーく見ないでも、なんか容姿が随分、なんか普段と違う。
巫女装束をさて置いても、なんか違う。
だって、まずなんと言っても、なんか金髪だった。なんか髪が逆立っていた。しかもなんか全身に金色のオーラを纏っていた。さらに目がなんかオッドアイになっていた。そしてなんか、なんか身の丈よりも大きな剣を背負ってて、なんか例によって、なんかそれは剣というにはあまりにもなんか無骨で、なんか鉄板だった。
んでなんか、「ほう、オールレンジ夢想封印を受け流すとは、やるねえ。お嬢ちゃん」とか父はなんかニヤリと言ってた。
レミリアも負けじとなんか、くっくっく、とかなんか愉悦っぽい顔でなんか言ってる。
「ふん、私を本気にさせたんだ。褒めてやるよおっさん。貴様は何者だ」
「私は少女・稗田平蔵、今代の博麗の巫女だ」
「ただの巫女じゃ、人間じゃあ、ましてや少女では、ないだろう」
「私の正体を知ったところで、お嬢ちゃんは私に勝てるのかね」
「その気になれば必ず勝つ運命にだって出来るさ」
「本当に? ならばなぜオールレンジ夢想封印の最後の一発だけ掠ったのだと思う。直撃を免れただけでも大した物だが、お嬢ちゃんの背中の傷、それで隠せているつもりかな。運命操作能力の効果が最後の一発のみ狂わされていた、気づいているのだろう君も」
そこでレミリアは、はっと気づいたみたいに一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに先ほどまでよりも、ずっと強い愉悦の笑みを浮かべた。
「ふふん、面白い。貴様も私や八雲と同じ事象操作系の能力者か。いや、このザワザワと私に触れてくる貴様の霊力の感触は……他者の能力に干渉し妨害するタイプだな? 気に入ったぞ。こちらだけズルをするのも気がひけていたんだ。これで思う存分やれる、能力全開でいかせてもらうぞ。稗田平蔵!」
空中で父と対峙していたレミリアの姿が消えたように見えた、瞬間、父のみぞおちにレミリアの拳がめり込んでいた。
レミリアの踏み込みとパンチは音速を超えていたのだと思う。ボディブローが炸裂した音は例えるなら爆発、ドギャッ! とか、ズドン! などといったマンガでしか見たこと無いような効果音そのもので、人間を殴りつけた音としては破格すぎる音量。
もし父が並の人間であれば、この時点で紅い霧と見分けがつかないほど細かく粉砕され、湖に降り注ぎ、小魚の餌はおろかプランクトンの餌になっていただろうけれど。
なんと、父は人の形を保ったまま、しかも瞬時に防御したらしく両腕をクロスさせた姿勢で派手に弾き飛ばされ、霧の中をソニックブームを纏いながら、遙か妖怪の山まで一直線に吹き飛んでいき。山の斜面に激突した盛大な土煙が、霧を通しても見えた。
まるで六千㌧のスイカを地面に叩き付けたような地響きが、激突から数秒のタイムラグを経て紅魔館まで届いてきて。
「こいつで消し飛べ!」レミリアが左手に魔力を集中させ、妖怪の山へ向け、「ダイナマイト爆裂レミリアストライク!」
たぶん技名だと思うそれが、小さなお口から叫ばれると同時に、彼女の手から魔力の砲弾が放たれた。
弾幕ごっこなどに使われるような生ちょろいものではない。もし相手に弾を当てるだけなら、美しさなど考えずに、飛び切り大きな弾を出来るだけ高速で撃てばいい。まさにそれを体現したかのような球状魔力砲弾の直径は、ゆうに百メートルばかり。湖上を不気味な唸りを響かせながら飛んで行き、霧を押しのけ湖面に大きな飛沫を巻き上げさせ、その圧倒的な光量で弾道上のあらゆる物を眩く照らしだし、父の居るであろう山の斜面に着弾。
そして技名からして大爆発、キノコ雲、と来るかと思ったけれど、爆発は起こらなかった。キノコ雲も無かった。
レミリアの不思議そうな顔を見るに、彼女にとっても、爆発しないことが想定範囲外らしいが。そんな疑問もすぐに解消された。
なんと父がダイナマイト爆裂レミリアストライクを、両手で抱えて飛んで戻ってきたのだ。素手で受け止めたらしい。
さすがのレミリアもこれには驚いたと見え、目をまん丸くしていたけれど、それ以上に何故か興奮しているようだ。
「く、くっはっは! いいぞ平蔵。そうだ。それだ。それの、これだ。この戦慄、この私が戦慄出来ている!」とかなんかノリノリっぽく叫んでいる。
一方の父はすんごい涼しい顔で、「こらこら、異変とは関わっていない他人が住んでいるところに、こんな物を撃つのは感心しないな」とか言って。「ボール遊びなら自分の家でしたらどうかね」
ダイナマイト爆裂レミリアストライクを、紅魔館の真上に居るレミリアに向かって投げ返した。
それを当然、レミリアは避けようとしたのだが。
「お嬢様! 避けたらお屋敷が壊れてしまいます。受け止めてください」
咲夜だった。声の調子がすんごかった。
いつもは優しい保母さんが、子供にふざけて髪をひっぱらたりした時に、大人げなくマジ切れするみたいな声だった。「霧をお出しになっただけで洗濯が大変なのに、この上住む場所まで無くすおつもりですか。私はお屋敷に被害を出さないことを条件に、異変を起こすことに賛成したのです。もし約束を破って窓ガラス一枚でも割ったら。お尻ペンペンだけじゃすみませんよ!」
咲夜は眉をつり上げて、お尻を叩く手真似をしながら叫んだ。手首にすんごいスナップを利かせてた。びゅんびゅん鳴っていた。
何を無茶を言ってるんだと外野ながら思うけれど、レミリアの表情が明らかに変わっている。さっきまでの楽しくて仕方がないといったものではなく、怯え、怯えだと思う。吸血鬼の紅い目が、メイドの手首スナップを見て怯えていて。
レミリアは魔力砲弾を受け止めるべく、両手でこれまた巨大な結界を展開した。
直後に結界と魔力砲弾が激突したが、あの結界に特別な作用でもあるのか爆発はしない。ダイナマイト爆裂レミリアストライクは球体を保ったまま、投げつけられた勢いそのままに、結界をじりじりと圧迫している。
「ちょ、ちょっと咲夜! 使用人のくせに主に命令するなんて、どんなつもりよ。許さんぞ!」
などと、レミリアはすごみつつもしっかり結界を両手でおさえる。ちょっとかわいいかも知れない。
だがそれが致命的な隙になった。レミリアが父から咲夜へと目を離した一瞬で、父は結界を迂回しレミリアの背後をとってしまったのだ。
「はっ、しまった!」
しかしレミリアは逃げることは出来ない。もし彼女が結界維持を放棄し、反撃なりをしてしまえば、ダイナマイト爆裂レミリアストライクが、紅魔館を粉々に粉砕する。その結果、彼女の尻はメイド長によってペンペンされてしまうからだ。
それも父は計算ずくだったのだろう、レミリアの背後に浮かんだまま悠々と語り出した。
「驚異的な再生力を持つ吸血鬼を倒すのは、並大抵の攻撃では不可能だ。だが、君らを手早く降伏させるいくつかの手段を知っている。果たしてこれから始まる地獄の宴に、お嬢ちゃんは耐えられるかな?」
レミリアがごくりと唾を飲み込み、牙を剥き出しにして歯を食いしばる。
父は両腕をずばっと広げ、それからおもむろにレミリアの腋の下をがっしり掴み。
「そーら、こちょこちょこちょこちょ」
擽りだした。
「どうだね。くすぐったかろう?」
「うっ、こ、この程度ぉおおお!」
とか言ってるけど、半笑いだった。レミリアの結界を維持する両腕もぷるぷる震えていた。顔も真っ赤でぴくぴく笑い出しそうになっている。
「負けを認めたらどうだね。もし笑い出して集中を欠き、結界を解いてしまえば、お嬢ちゃんの住む家が無くなってしまうぞ。そーら、こちょこちょこちょこちょ」
「っく、うふっく、あ、侮るな平蔵。私は! ぷっ、私は三千世界にあまねく名を轟かせる最強の吸血鬼、ぷぷくっ、無限の夜を歩く不死王、ぷきゅっ、いひうふふふ、レミリア・むふん、スカーレットだふん! 投降勧告など無意味なナンセンス、アウトオブ問題外だ! んぷぷ」
「まだやるというなら、いいだろう。今から私は自らの霊力を通常の数倍で燃焼させ、それに比例して全能力を倍々にパワーアップさせる。つまりは今の数倍の速度で指を動かし、擽ることができるということだ。まずは16倍!」
父が纏った黄金のオーラが劇的に増幅され、こちょこちょする速度が一気に加速した。
対するレミリアはその壮絶なくすぐったさになんとか耐えようとして、白目を剥きそうになっていたが。なんと、自分の舌を牙で噛んだ。彼女の唇から鮮血が溢れ出し、胸元にぼたぼたと垂れていく。
痛みでくすぐったさをうち消す、そういうことだろう。
「さすがだよレミリア君、しかし私とて勝たねばならんのだ。完璧な巫女にならねば、巫女としての職務を全うせねばならんのだ。悪く思うな、32倍!」
あまりにも指の動きが早い。レミリアの腋から摩擦熱で煙りが上がりだした。
またまたレミリアは白目を剥きそうになったが、今度はポケットからアルミホイルを取り出し、一切れ千切って口に放り込んだ。むっしゃむっしゃと噛みだした。すごくしみて痛いんだと思う。あっという間に白目状態から回復し、父へ向けて顔を振り向かせた。
「ここまで私を追いつめるとは、嬉しいぞ平蔵。むしゃむしゃ、だが譲れんのはこちらも同じだ。むしゃむしゃ、ああ、茶ぁ飲むだけの毎日、そんな吸血鬼が居ても良い。そうは思うがな。むしゃむしゃ、プライドは捨てたわけじゃあない。いざ異変の首謀者となれば、最強の存在であるべきだ。メイドにお尻ペンペンするなどと脅され、降伏などしてみろ。私は幻想郷中の笑い者だ。後悔するがいい。貴様が咲夜に『お尻ペンペン』などと言わせ、掛け金を釣り上げたんだ。私は絶対に敗北を認めんぞお! むしゃむしゃ!」
「ならば」と父は悲しそうな目をした。「負けを認めたくさせるまでだよ。128倍!」
ギュイーン! 父の指がモーターのような音をたてだし、レミリアはアルミホイルをさらに口の中に増量して、涙を流しながら噛み締めたが、もはや表情がうつろ。常人ならばとっくに発狂しているであろう、くすぐったさと、痛みのミックスジュースで意識が混濁しかかっているのだと思う。もろにアヘ顔になりつつある。
「お嬢様! もう結構です。お尻ペンペンもしないので降伏してください!」
咲夜は見ていられないとばかりに、悲痛な声を上げるが。
「五月蠅い咲夜! お尻ペンペンなど、もはやどうでもいいわ。これは私が負けないと決め、負けないと宣言した戦いなんだ。私のプライドを賭けた戦いなんだ!」
レミリアの必死のアヘ形相に、咲夜は射すくめられ、項垂れてしまった。
「そんな、お嬢様……こんなくすぐりっこで何がプライドなんですか……」
ほとんど囁くような声で咲夜が言った言葉は、もちろん主には聞こえていない。
「それは違います咲夜さん。わからないんですか。あれは非常に高度な戦術です」
美鈴は冗談を言っているわけではない。実に真剣な顔で、咲夜の肩に手を置いて語りだした。
「私はね。咲夜さん。こんなハイレベルな戦闘は見たことがない。あの二人はどちらも互いを通常の攻撃で倒すことは、難しいと理解しているんです。だから勝負を決するには、相手が負けを認めざるを得ないようにするのが、もっとも効率的です。一見お嬢様がやられっぱなしに見えますが、平蔵氏の膨大な気の消費量を見てください。あの技は諸刃の剣なのです。お嬢様はわざと平蔵氏にあの技を使わせて擽らせることによって、彼を消耗させ逆に追いつめようとしている。
お嬢様がくすぐったさに耐えきれず笑い出すか精神崩壊するか、平蔵氏の気が尽きるかの壮絶なチキンレース。あれがこの世の頂上にいる者同士による、ブッチギリ限界ギリギリバトルなのです。私にはそう見えます。
しかし阿求さん。彼は本当に何者なのですか。私たちが外の世界に居た頃でもあれほどの人間は、アニメやマンガでしか見たことがありません。まるっきりスーパーサイヤ人です」
父は何者なのか?
それは何より私自身が疑問に感じていたことだが、おおよそ幻想郷に存在している物事ならば、私の頭脳に入っていない事象はありえない。答えは御阿礼の子八人分の記憶から、簡単に見つけることが出来た。
「はい……美鈴さん。あれは対妖怪歩兵《アンティガイストソルダット》四人目の私がそう名付けた存在です」
「あ、アンティガイコツそる?」
美鈴と咲夜が声を揃て聞き返してきた。
それはそうだろう。紅魔館が幻想郷に転移してきたのは大結界の遙か後だ。
幻想郷で長く暮らしてきた妖怪ならば、知らない者が居ないアレも、この二人にとっては常識外の存在なのだ。
「ええ、そうです。アンティガイストソルダット。四人目の私は漢字表記の名詞などにですね、ドイツ語風の呼び名を《》で囲って付けると、何でもかんでも格好よくなるという事に気づいて、なんでもかんでもドイツ語で呼んでいただけです。誰だってそういう時期があるじゃないですか。
あれは妖怪退治の切り札として、稗田の一族が六百年ほど前に完成させた秘術の一つなのです。
人間が妖怪と戦うにおいてもっとも大きな脅威となるのは、運命を操ったり境界を操ったり死を操ったりするような、妖怪の理不尽な特殊能力。だから、それらをジャミングする能力を備えた、私の考えた最強人間になるための秘術を一族の男子に施したのです。
しかし個人が持つ力としてはあまりにも大きすぎました。大結界と同時に秘術は一族の手によって封印されましたが、私の転生の術と同じように、封印されたままの素養が父にも受け継がれていたのでしょう。恐らく、父が巫女の洗礼を受け潜在能力の覚醒を為されたときに、偶発的に封印も解かれた、といったところだと思われます」
などと語っているとだ。
空から鴉天狗が一羽降りてきた。
射命丸文だった。
「おー、やってるやってる。異変現場を生取材させてもらっちゃいましょうかね」
独り言らしい。私たちに言うでもなく、父とレミリアがブッチギリバトルしている空を見上げて言っていた。
「いやあ、にしても彼が噂の新しい巫女ですかあ、うわぁ~見れば見るほどきつっ、こりゃ絵的にかなりきついですねえ」
とか言いながら写真を撮ってた。パシャパシャパシャパシャ、シャッター切ってた。どうやら、ぶつくさ喋りながらじゃないと仕事が出来ないタイプのひとらしい。
そしたらだ。
父が射命丸に撮られているのに気づくと、「キャッ(>_<)」とレミリアを擽るのを止めてしまった。
「どうしたのですか父様!」
そうなれば解放されたのがレミリアだ。
彼女が白目アヘ顔状態から一瞬で気を取り直し、結界で抑えていた魔力砲弾を、気合い一発で湖へと弾き飛せば。着弾によって水柱が数百メートル上空まで伸び、霧と混じって紅い雨になり降り注ぐ。その中、レミリアは真っ赤な長槍を手元に召還。父へと殴りかかろうとしている。
「勝負の最中にぃ! 何をつまらぬ事を考えている平蔵!」
目にも留まらぬ連続攻撃。レミリアは長大な槍を縦横無尽に振り回して、何十回となく父へ斬りつけ、突きを繰り出し、そのことごとくを命中させ、敵の体を容赦なく欠けさせていった。
しかし今の父にとって肉体的な損傷はさほど意味を為さない。ダメージの修復にいくばくかの霊力を消費するだけだ。
が。
あまりにも一方的だった。
いくら妖怪に対抗できるだけの再生力があろうとも、攻撃され続ければ消耗する一方だ。
いずれは破滅が訪れる。
「そうだわ」咲夜が興奮した様子で声を弾ませる。「肉弾戦はお嬢様のもっとも得意とする戦法、これなら巫女も敵じゃない!」
「違いますよ咲夜さん」
対照的に美鈴は冷静だった。首を横に振って見せ、父を指さした。
「平蔵氏の体裁きが先ほどまでより鈍っています。原因はおそらく……あの彼の手を見てください」
父の手、それは彼のスカートをおさえていた。
何のために?
簡単だ。
父たちが戦う下では射命丸が写真を撮っている。
致命的だった。
少女にとっては致命的な状況だった。
ドロチラが撮られてしまう!
どうにかしなければ。このままでは父様はまともに反撃できない。負けてしまう。
助けなければ! 父様は私のために戦ってるんだ。私のために少女として戦って居るんだ!
私がどうにかして助けてあげなければ!
「し、信じられないわ美鈴。あんなおっさんがドロチラを気にしていると言うの? お嬢様ですらもう、槍とか振るたびにガンガン見えちゃってるのに。あんなおっさんがドロチラ撮影NG希望?」
咲夜は気色悪い物を見たとばかりに顔を顰めている。
「はい、あの体裁きはスカートが捲れ上がらないようにするためのものです。阿求さんの御父上はドロチラを撮られる事を気にしておられるのです。私にも信じられませんが、他に考えられません」
美鈴もだ。まるで道ばたで干涸らびたゲロでも見るような目で父様を見ている。
しかし、どうしてだろう。
こいつらの会話や射命丸の独り言を訊いていると、どうしようもなくムカムカしてくる。
殺してやりたくなってくる。ぶっ殺してやりたくなってくる。
どうしてだろう?
どうしたもこうしたもない。
父様だって何も好きでドロチラを撮られそうになって、『キャッ(>_<)』などと言ってるわけじゃない。
あんなおっさんがドロチラを気にしてるなんて二人は言うけど、父様だって気にしたくて気にしてる訳じゃない。
誰よりも少女らしい少女でであるため。全部が私のためだ。私を思ってくれて、ただそれだけのためになのに。
人前であんなドロチラを気にしする素振りをしなきゃいけない父様がどんなに辛いか……。
気持ち悪いだとか、きついだとか、こいつらは。
父様がどんな気持で今ああやって戦っているのか。こいつらは知らないんだ!
だったら教えてやる。教えてやるよ!
教えてやろうじゃねえかよ!
「おい、てめぇら!」
怒鳴っていた。自分でもびっくりするくらい図太い声だった。
しかも腰のホルスターから拳銃を抜いていた。無意識にだ。
いつの間にこんなもの持ってきたのだろうとも思うけれど、家には妖怪退治用の銃器や弾薬が大量に補完されていたせいか、子供の頃から慌てたり困ったり怒ったりしたときには、ついついチャカを持ち出して解決しようとする癖があった気もする。
学校に遅刻しそうなときに、ついついトーストを口にくわえて走ってしまうのと、同じようなものだと思う。朝起きたら、『巫女になります』なんて父の書き置きがあれば、私が無意識的に鉛弾に頼って、父にそれだけは止めるよう説得を試みようとするのは、実に道理というわけだ。神社では悲しみに明け暮れたおかげで、これを抜くことは無かったが。
「教えてやるよ! 父様は私の転生の術を解くために戦っているんだ。私に生きていて欲しいだけなんだ。恥を承知で私のために少女になってるんだ。そんな父様の気持ちが、お前らにわかってたまるか!」
咲夜と美鈴は訳がわからないらしく呆気にとられて、私と私の右手のコルトシングルアクションアーミー・バントライン・ヒエダスペシャルを見ている。
「おい十六夜!」
銃口を咲夜に向け、安全装置を外し、撃鉄を親指で起こした。
「ずーっと前から言いたかったんだがなあ、なんだよその短いスカートのメイド服は? そんなんで飛んだら、おい、パンツ見えんだろ普通によ! てめえみたいなお肌の曲がり角通過済みにはわかんねだろうけどな。父様は少女なんだよ。少女! 少女が見せて良いのはドロワの裾まで。さらに奥を見せて良いのは、未来の御婿さんだけって決まってんだ」
「何よ。いきなり物騒な物を向けてきて言い出すかと思えば、あなただって今日は超ミニスカートはいてるじゃない、私よりずっと際どい、膝上何十センチですかっていうか、股下何ミリですかそれみたいな」
「黙りゃあがれ! 私はもう二十歳だ。少女じゃねえんだよ、ちょっと歩くたびにパンツが当たり前のようにチラチラ見えてるくらいでつべこべ言うな!」
引き金を引いた。久々に耳にする銃声はこんなにも大きい物だったのかと、ちょっくらびびったが、まあなんだ。時間を止められる相手にまともに撃ったところで当たるわけがないし、脅しにもならない。簡単に避けられた。咲夜も発砲は単なるパフォーマンスだとたかくくってるらしい、反撃してくる素振りも見せない。ただ口をつぐんだだけだ。
「お前もだ。チャイナ野郎!」
美鈴を指さすように銃を振り向ければだ。奴はいかにも、『私は良い人キャラで気遣い上手な、しがない門番で、他人の父親を馬鹿になんかしません』みたいな顔で首をぶんぶん振りやがる。
「え、えええ、私はそんな、立派なお父さんだと思いますよ。そういった事情があったなんて知りませんでしたし。気持ち悪いだなんてもう思いませんし、もうけして言いません」
「うっせえ。年がら年中、人民服着てりゃ良いてめえに、ドロチラを気遣う少女のたしなみなんざ、わかんねえだろうよ!」
これまた何気なく発砲してやった。一度引き金を引くと二発目からは、極端にひとさし指が働き者になるトリガーハッピーな悪い癖も、子供の頃からだ。だが、相手は極めて身体能力に優れたタイプの妖怪であり武術の達人。真正面から撃ったって、やはり脅しにすらなりゃしない。美鈴は弾道を簡単に見切ってる、軽く頭をそらして避けられた。
「そして何よりうぜえのはパパラビッチ、てめぇだあ!」
当の射命丸は私の話なんざぁ、まったく聞いてねえときたもんだ。ひたすらパシャパシャやってやがる。
「ちょっとおっさーん、ちゃんと戦ってくださいよー。これじゃ絵にならないじゃないすかー。おっさんのドロチラなんて売れないんだし、気取るのやーめてくれませんかねー、なんかそういう気取り方って、二束三文のギャラの素人ヌードモデルが撮影土壇場で駄々こねて脱ぎたがらないのみたいで、すんごいカチンとくるんすけどぉ」とか身勝手な文句をぶつくさ垂れやがってんだ。
そんな不愉快極まる後頭部に、シングルアクションアーミーの14インチな銃身を押しつけてやった。
「ヘイ、随分とご機嫌じゃねえかよパパラビッチ、人の話を聞かねえと、頭にケツ穴こさえられるってママに教わらなかったのか?」
「なんですか~阿求さん。今は忙しいので後にしてくださいよ~。つーか、おっさーっん、ふぁいとーふぁいとー」
パシャパシャパシャ。
「今すぐその糞ろくでもねえパシャパシャ止めやねえと、腐れた脳みそ全部、ブリットで掻き出してやるって言いたいとこだが、こいつに装填されてるフォーティーフォー・ウィンチェスター・スーパーソニックは妖怪撃ち用の特別製だ。外傷を与える代わりに妖力の流れを盛大に狂わせる。ドタマに食らえば三日はまともに立てず、マスすらかけねえし、てめえで便所にもいけやしねえ。言うこと聞いた方が身のためだぜ。どうしても紙おむつ会社を儲けさせたいってなら、話は別だがな」
パシャパシャパシャパシャ。「ねえちょっと阿求さん。なんのつもりですか、これは」
「目の前にぶち殺したいほどのケツ穴野郎が居るのに、問答無用で引き金を引かず、話し合いで解決しようしてるつもりだぜ。ノーベル平和賞もんの感動シーンって奴だベイビー」
「何か興奮しちゃってるようですが、お互い顔を見てお話しませんか。私も仕事を邪魔されるのは嫌です。そっち向いていいですかね」
「黙って言うこと聞いてりゃ万事がハッピーなんだよ。大人しくカメラを捨てろ、両手を頭に乗せて俯せになりな。ただし、ゆっくりと、二つのナッツが枯れ果てたじじいのファッ×みたいにだ。オーケー?」
「カメラを捨てろ? そんな事をして、私になにかメリットがあるんですか。ねえ阿求さん。お願いはわかりましたけど、これじゃあ、交渉の余地すらありませんよ。私が阿求さんのお願いを聞くことの、明確なメリットを提示してください」
「てめえがこのネタの取材を止めれば、三流新聞の発行速度がわずかに鈍化し、紙資源が節約できる。地球に優しい、ノーベル環境賞もんって奴だ。どうだ。メリットしかない」
射命丸は笑った。大げさなくらいに、はっきりした発音で笑った。はっはっはっは、なんて調子でだ。
「これで私を脅してるつもりなんですね。阿求さんは? そうでしょ? まったくこれだから人間は。うん、そりゃ背後は誰にだって死角です。でもね、銃口から伝わるあなたの腕の圧力からして銃身は一尺ほど、十四か十五インチですか?」
「無駄話はお勧めしねえな。生憎私は腕力が弱い。銃を構える腕が痺れきるか、トリガーに添えた指がつるまでがタイムリミットだパパラビッチ。確かにこいつの銃身長は十四インチだが、そいつがどうかしたってのか」
「弾丸が一尺の距離を進むまでの時間に、一尺以上の距離を動ける相手を銃で脅すなど、不毛だと言うことですよ。私なら、あなたが引き金を引き始めたのを感じた後でも、あなたの視界外にすら逃げることができる」
「その程度を私がわからないとでも思ってるって口振りじゃないか、なあ。私は誰なんだ? 稗田の阿求だ。求聞持の能力者だ。五感はあらゆるものを正確に記憶するためのフィルター。地形を見れば、重力分布から地面の表面硬度や、温度まで記憶することができる。私の耳は風の音を聞くだけで、あらゆる気象条件を記憶することができる。妖怪を見れば、そいつのスペック全てを記憶することだってできるし、行動や言動を漏らさず記憶、解析し、リアルタイムで相手の思考パターンを並列シミュレートすることすらできる」
「あなたが常識はずれに頭脳明晰なのは知ってますよ。でもね。今の状況は、あれですよ。ちょっと生意気で物知りな雀が大鷲を脅すようなものじゃないですか。力をもちいて相手を脅そうとするなら、相応の力が必要です。あなたには、私を脅すだけの実力が決定的に不足している」
「私が先代の阿弥の時までに暗殺してきた妖怪の数は、六万五千匹ほどだが。そいつらも皆、誰にどうやって攻撃されたのかすら意識出来ずに倒された。お前が自分の危機を理解できていないのも無理はない」
「私も千年ここで暮らしてきましたが、あなた自身が妖怪退治をしていただなんて、初耳ですね。阿求さんらしくない、実に愚かなハッタリだ。覚悟は出来てる上での行動なのですよね、これは? あなたが私の仕事を実力行使で妨害しようとするなら、私は私の生活を防衛しなければならない。あなたがもし発砲したら、冗談で済ますつもりはありません。決闘の意志ありと見なし、相応の対応を取らせていただきます。警告はしました。銃を下げるならば今のうちですよ」
「冗談じゃきかねえのは、こっちも同じなんだよ。まあ聞け。今現在の紅魔館周辺の湿度はジャスト96%、気圧は1064ヘクトパスカル。これが弾薬の炸薬の燃焼速度に及ぼす影響と、ライフリングの減耗度から換算した場合、弾丸が銃口から飛び出すまでに、お前が移動できる距離は全力加速でも、たった4.8571メートルだ。こいつが意味する事はわかるか?」
「わかりますよ。私が全力で飛べば弾丸よりも速く飛べてしまうという意味ですよね。で、そんな相手をですよ、どうやって弾丸で仕留めるというのですか」
「正面を見な。何がある」
「紅魔館ですか。なるほど。言いたいことは大体わかった気がしますが」
「お前が最大加速を得るためには一定距離を真っ正面に直線で飛ぶしかないが、そいつが不可能ってことだ。お前は上空か、もしくは湖側か陸側に逃げるしかない。もし私が引き金を引き始めれば、その瞬間に、お前は銃口の前から消えるだろうが。私がお前の死角である背後から、予めお前が回避機動をする方向を予測し、そこへ予測射撃をすれば、弾丸は十分に届く」
「つまり阿求さんは、目で追えない、どこに飛ぶかもわからない標的へ、当てずっぽうに射撃するという事ですか。確かに背後からの第一撃目は、それで奇跡的に当たる可能性が無くもないでしょう。けれども、それが外れてしまえば、二発目からは、私はあなたの放つ弾丸を見てから回避出来てしまう。正面切った決闘では、あなたに万が一にも勝ち目はありません。それでもあなたは、最初の一撃のあてずっぽうに賭けると?」
「求聞持にとって当てずっぽうなんてものはないんだよ。予測だ。全てのデータを記憶でき、精査出来る頭脳があるならば、大抵の事は予測の範囲内で収まるものさ」
「予測などと言ったところで、所詮はギャンブルじゃないですか。あなたにとって分の悪いジャンケンみたいなものです」
「そいつはいいな。今まで七百万五千六十一回ジャンケンをしたことがあるが、一度すら負けたことはない。知ってるか、誰が何をするかという可能性ってのはな。例え無限に選択肢があったとしても、実際に個人が選べる選択肢は必ず一つのみだ。突き詰めればグーかチョキかパーか、どれか一つしか出せないんだよ。そしてだ。私には、その一つがわかる。てめえが糞尿もらしてぶっ倒れてる未来が見えてるってこった」
「なるほど、なるほど。おもしろい。その自信がどこからくるのか、まったくもって興味深い。でもね、私だってなめられた口をきかれたまんまじゃ、色々あれですよ。たかが人間から脅されて引き下がったなんて話が広まったんじゃ、仕事がやりにくくなって仕方ない。ええ、ええ、素晴らしい。交渉とはこうするべきだ。乗りましたよ。幻想郷らしくスペルカードルールに則りましょう。阿求さんが私を攻撃する。私がそれを避ける。そちらの攻撃が一発でも私に当たれば阿求さんの勝ち、取材を諦めましょう。しかし、あなたが弾倉内の弾薬を全て使い切った場合は、タイムアウトで私の勝ち、色物親子共々取材に付き合ってもらいます。見出しは、『ニューハーフ巫女パパと、トリガーハッピー娘のらんちき異変解決ごっこ』いいですか。こちらから攻撃はしません。取材対象に死なれたらネタが作れなくて、決闘し損ですからね。でも……いつでも加減できるとは限らない。もし死んじゃっても恨みっこ無しですよ」
「上等。こちとら九回死んでるベテランだ。命なんざ今更惜しかねえよ。カウントダウンは必要か?」
「あなたが引き金を引く時のガンオイルが擦れる音が合図です。それでも十分過ぎるくらい私には時間がありますから。ご自慢の頭脳とやらが、いかに圧倒的な種族の格差の前で無力かを、教えて差し上げます」
「そう、かい」
もったいぶる必要など無い。ただちょっとひとさし指に力を込めるだけで良い。勝負はほんの一瞬で決まる。
本当に刹那だ。
正確に0.300357秒かけて引き金を落としきった。このタイミングが何よりも重要。
そして撃鉄が撃針を叩いたときには。
既に。
銃身は射命丸によって真上に払いのけられていた。
射名丸は私の射撃を回避するつもりなど、最初からなかった。
もし奴が私の弾丸を最も確実に避ける方法があるとしたら、それが、これだ。万が一のまぐれ当たりさえ0%にしてしまう、奴が私に勝利するためのするべき最適解。
すなわち。
圧倒的なスピードを利用し銃を払いのけてしまえばいい。
だから。
私のシングルアクションアーミーが撃発したタイミングは。銃口が空を向いてから。だった。
弾丸は虚空へと昇っていった。
ただし。
私の理想とする角度で、だ。
そして射命丸はもう視界内には居ない。私の背後に居る。
「おやおやおやおや、大見栄きった最初の一発が大はずれじゃないですか。まさか、私が逃げるだけで、射撃を妨害してくるとは思ってなかった、なんて言ったりしませんよね?」
余裕しゃくしゃく、小馬鹿にするような調子で訊いてきやがる。極至近距離、背後24.57123センチに奴は居る。
予測との誤差は0.00000000000083ミリ。
完全な私の死角。最速で振り向いて撃とうとするにしても、三十センチ近くもある銃身が邪魔で照準できないし、だいたい私が振り向くスピードでは、この至近距離で奴を視界にすら捉えることなど出来るわけがない。
さらにさっき銃を払いのけられた時の慣性で、肩を酷く痛めてしまった。まともに銃を構えることすら出来ない。右手が未だにグリップを握れていること自体が僥倖だ。
「ま、阿求さん。これが如何ともし難い種族の格差というものです。あなたが仮に私の回避方向を予測できていたとしても、私が直接、あなたの銃口を明後日の方向へ向けてしまえば関係がない。降参したらどうですか。もうあなたに勝ち目は無い」
「さすがだよ射命丸。圧倒的なスピード差を利用し、第一撃を妨害、その後に背後三十センチ以内をとり続ければ、私からボアサイトで撃たれることは絶対に無いし、もし私が予備武装を隠し持っていたとしても、対処しやすい。頭の回るお前ならば、必ずこの最適解を見つけだし、実行すると思っていた。だがな、頭冷やして考えてみろ。私はお前がするであろう行動を、完全に予測してたわけだ。不安にならないのか?」
「またはったりですか、『こうなることはわかっていた』ですか? 確かに不安になっちゃいますね。あれだけ大口叩いて置いて、これで終わりじゃあ。ろくなネタになりゃしない。もう少し面白いことをして頂けると思っていたのですけどねえ」
「なら代わりに面白い話をしてやる。しっかりメモ取れよ」
「はいはい、どうぞうどうぞ」
「ああ、さっき私がだ。お前の後頭部に銃口を押しつける圧力で、わざと銃身の長さをお前に意識させていたとしたら、と、ちょっくら考えてみろ。さらにだ、お前が私の銃を払いのける角度が、銃口を押しつけられる位置で、三億分の一ミリ単位で私に誘導されていた、としたらどうだ? そして私がコンマ六桁秒で発砲のタイミングを制御したとしよう。上空の熱圏までの風向と風量は、過去千年分のデータを頭の中に持っている。さらに地球の公転周期と惑星配列による自転速度の変化とコリオリ力、太陽の黒点位置による重力の変動も全て、計算できていた。ならば――」
と私が言った時にはもうだ。
背後で射命丸が倒れる音がしていた。
「――弾丸を空に向けて撃ち、天狗野郎が勝ち誇って油断ぶっこいてるとこへピンポイントで落とすなんてことはな。ビリージーンを踊りながらだって朝飯前なんだよ。無尽蔵の記憶力を駆使した視界外未来予測位置への超精密長々距離狙撃。これが本来、対妖怪暗殺特化能力である求聞持の使い方の一つ『魔弾の射手<< ディア・フライシュッツ>>』だ。メモはとれたかパパラビッチ?」
シングルアクションアーミーをガンプレイでグルグル回し、ホルスターに納めながら、射命丸へ振り向いてみれば、よっぽど当たり所が良かったらしい。手帖とペンを両手に失神して大の字に伸びてやがった。
「やれやれ。とことん人の話を聞かない奴だ。ま、おむつ換えるたんびにニュートンでも恨んでな」
それはそうと。だ。
「父様ー! もう大丈夫です。ドロチラを撮られる心配はありません!」
待ってましたとばかりに、父の両手がスカートから離された。そして背負っていた大剣を握ると、何千回目かのレミリアの槍による連撃をいなし、かわし、受けた。
「やっとやる気になったのか平蔵!」
あれだけの運動量に関わらず、レミリアは息一つ上げていない。仕切直しのつもりらしい、間合いを素早く開けた。
一方の父は見るからに消耗していて、苦しそうに大きく息をし、巫女装束の節々は千切られ、血が滲んでいて。乱れた髪を片手で直し、大剣の刃を手鏡の代わりにしてリボンの位置を調整している。
「しかしボロボロじゃないか、なあ平蔵! 真剣勝負の最中にドロチラを気にかけるなど、無粋をするからそうなる」
「少女たるもの、いつでも清楚にて慎み深く、可憐でなくてはならんよのだよ、お嬢ちゃん」
「それが無粋だという。もう一度言うぞ。私はお前を相手にして本気になれているんだ。全身全霊を賭けて渡り合う快楽に比べれば、三流新聞に股ぐらに括り付けた薄布を激写される恥辱など、とるにたりん! ドロワーズがどうした。そんなもの犬に食わせてしまえ。ああそうだとも、例え全裸になったっていいさ!」
単なる比喩表現ではなかった。
レミリアは本当に服を脱ぎ捨て全裸になった。
そして庭の花壇へと落下した彼女の着衣が、なんと地中深くへとめり込んでしまった。落下していたときの空気抵抗と落下速度を計算すると、彼女の着ていた物の総重量はざっと六万㌧ばかりだ。
あれでは、あれを着ていては歩くだけで地面に沈み込んで、椅子に座るだけで紅魔館の床ごと陥没させてしまうだろうが、きっと彼女は常に六万㌧分の加重を持ち上げるだけ飛翔力を維持し、体重を子供のそれへと軽減させ生活してきていたのだ。信じがたい魔力の制御技術だ。
「くっくっく、全裸になった私の真の力、これまでの比ではないぞ。感謝しておこう。ここまで燃え上がらせてくれた、初めて全裸で戦える相手が貴様なのだからな!」
一閃。
レミリアの超音速の踏み込みからの長槍による一撃を、父はやはり大剣で受けようとしたのだが。
剣が粉々に砕かれてしまった。
さらにその衝撃で父は地面へと叩き付けられ、大きくバウンドしたところを、レミリアが追撃。槍を何十回転もさせたフルスイングで父は強打され、湖へと音速の十五倍で叩き込まれれば。水面を水切り状態で跳ねまくり、その摩擦熱が水蒸気爆発を連続誘発。無数の水煙と水柱を迸らせながら彼は対岸に激突し、大きなクレーターを作った。
しかしレミリアの連続攻撃はまだ止まらない。彼女はクレーターの上空に占位し、真下へ向かってダイナマイト爆裂レミリアストライクを十六連射。それらの一発一発が巻き起こす巨大爆発が、何発分も折り重なり、膨れあがり、対岸から紅魔館にまで衝撃波が届いてきて。私は立っていられずに、何十メートルか飛ばされた。
次に目を開けた時に見えたのは、空を覆い尽くすほどのキノコ雲だ。周囲の霧は爆風で綺麗さっぱり消え去ってしまっている。音が何も聞こえない。酷い耳鳴り。父の飛んでくる姿が、立ち込める粉塵の中で見えたが、それは飛んでいるのではなく、打ちのめされ落下してきているだけ。
「父様!」
父は着地する事も出来ずに、花壇の柵に頭から突っ込んだ。そのまま慣性にしたがって百メートルばかり転がり、ラベンダーを六十七本なぎ倒してから止まった。
「父様!」
駆け寄った。
「阿求……心配するな。なんのこれしき」
満身創痍。傷らしい傷こそ瞬時に修復してしまっているから怪我こそ見えないけど、父の逆立っていた金髪はツンツン具合が93%マイナス気味でしなしなになってしまっているし、色も元の白髪がほんのり見えてしまっている。さらに着ていた物のほとんどが焼失していて、もはやドロチラがどうしたという次元ではない。辛うじてスカートとドロワーズの腰の部分だけが、奇跡的にビキニパンツ状に残っているだけで、上半身は丸裸だ。
父は立ち上がろうとしていた。苦しそうに呻きながら、両手で両乳首を隠しながら、立ち上がろうとしていた。
「だけど父様、私、父様に言わなきゃならないことが。事情は紫さんから全て聞きました」
「言いたいことはわかっている。お前にいっぱい恥をかかせてしまっただろうな。すまなかったよ。お前が転生を繰り返す意義だってわかってるんだ。それを私の代で止めさようとするなんて、私の幼稚さでしかない。でもな、父さん、お前と一緒にこの世界で生きたかった。せめて、せめて、せめて、お前の花嫁姿くらいは見たかったんだ。
お前がある日、彼氏を連れてきたりして、娘さんを僕に下さいなどと言われたら、『お前のような青二才にはまだまだ任せられん!』などと怒鳴ったりしたかった。結婚前夜に枕を濡らしたりしたかった。披露宴の花嫁スピーチで号泣したりしたかった。孫が生まれたら一緒に名前を考えたりしたかった。おじいちゃんと呼ばれたかった。わしに顔が似ているな、など孫を見てしみじみ思ったりしたかった。どうしても。どうしても、そんな未来が見たかった。お前に比べて私はこんなにもちっぽけな人間だ。でもな、どうしてもだったんだ」
「父様をちっぽけだなんて思いません。私が願っていたのは、父様がご自分や私の幸せを願うような、人々がそれぞれの幸福を、誰にも脅かされることなく、追求するすることのできる世界です。私、父様に謝らなければなりません、酷いことを沢山言ってしまった」
「良いのだよ阿求。勝手なのは父さんのほうなのだから」
「私は転生の術を自ら解く事だってできるのです。父様の願いは良くわかりました。私は改めて自分の生き方を、ゼロから考えることができているんです。だからもう戦う必要はありません。こんな無茶はお止め下さい。あとは私が答えを出すまで少しだけでいいのです。数日だけでも時間を頂ければ、いえ半日でも、半時間でもいい。私は私の道を選ぶことが出来る」
「ああ、その事なら、私も八雲殿から教えられていた。真に転生を解くことが出来るのは、御阿礼の子自身だけだと。だけどな阿求、父さんも今回のことで、改めてお前の使命や願いを考えることが出来たんだ。
今の大結界による新しい幻想郷があるのは、妖怪がそうしたからだが、妖怪にそれを選択させたのは、人間が圧倒的に強力な彼らに、叡智と勇気の限りを尽くして対抗し、最終的に優位を得ることが出来たからだ。
こうして今、レミリア君と戦っていて、それがどれほどの困難だったか良くわかった。幻想郷は妖怪が作り上げた楽園であるだけじゃない。お前が遙か千年以上も前から願い、死闘の果てに勝ち取り、そして今、私たちにくれたプレゼントがこの世界なのだ。この私の人生は、お前がくれた人生だったのだよ。
なあ阿求、父さんにもお前がくれた幻想郷の役に立たせてくれないか。お前が歩んで来た道を、歩んでいく道を、父さんにも少し手伝わせてくれないか。巫女が必要ならば、喜んでそれになる。全身全霊を賭けて少女にだってなってみせる。だから、この異変だけは、父さんの手で解決させてほしい」
私はキャミソールを脱ごうとしていた。
なんでそんなことを自分でしているのか、わからない、でも脱ぎ去ったそれを父に着せている。
そんな自分が居た。そんな自分がここに居てしまっている。
結局。
結局は。ということなのだと思う。
どこまでも、私は稗田の阿求であって。私の父は稗田の平蔵、という事かも知れない。
人生を賭して妖怪と戦ってきた一族の末裔なのだ。
求聞持の継承者であり、アンティガイストソルダットの継承者なのだ。
何より、親と子なのだ。
父が戦うというのならば、私はそれを助けるだけだ。
そして、だから、だからこそ、「父様、これで胸を気にせず全力で戦うことが出来ますね。ブラも必要ですか?」と私は父が乳首を隠していた両手を握り、言っていた。
「しかしそれではお前が」
「良いのです父様、父様が戦うならば私も心は一緒ですよ」
ブラも外して、父に付けてあげた。
「ストラップの色はキャミの肩ひもと合わせてあるので、激しい運動で肩ずれして見えちゃっても平気なタイプです」
「ありがとう……阿求。じゃあ、父さん、ちょっと仕事を終わらせてくるからな。待っていてくれ。神社に帰ったら、お昼に二人で引っ越し蕎麦を食べような」
「はい!」
父は足取さえおぼつかないのに、眼光だけは一切萎えていなくて。
その目が見上げるのは。一糸まとわぬ姿で腰に手を当て仁王立ちで宙に浮かんでいたレミリア・スカーレット。
彼女が苦々しい笑みで見下ろすのも、父の眼だ。
「待たせたなレミリア君」
「ふん、乳首を気にして手を抜かれるのも気にくわんからな。私が全裸になった以上、貴様にも100%の力で抵抗してもらわないと面白くない。端的に危惧しているんだよ。期待がはずれだったのではないかとな」
「そうかね? まだ勝負は付いていないぞ」
「運命とは度し難いのだよ平蔵。私は貴様を全力で戦うべき相手と認め、私の能力を使い、貴様に敗北の運命を背負わせた。結果これじゃないか。なあ、とんだ茶番劇だ。予定調和だよ。必ずこうなってしまうんだ。私が私のもちうる全才能で戦おうとすればするほど、誰も私の実力を認めない。私自身も認められない。だからこの能力が大嫌いだ。
自分自身の能力を呪わなければならないのが、私の運命なんだ。貴様はこれを、この呪わしい能力を、私の運命を撃ち破ってくれるんじゃなかったのか?
もっと抗ってくれ、全裸の私を追いつめてくれ、消滅させる寸前まで攻めきってくれ、それからだ。それからでなければお前に勝つ意味がないじゃないか。そこから勝てば、私は私の能力を、運命を初めて愛せるのに!」
「なめた事を言ってもらっては困るなレミリア君。私のこの身に宿っている秘術は、八千八百万の妖怪を屠り、今の世界を築き上げた人類の叡智の結晶だ。それを君はそこから、こうして見下ろしているのだろう? 誇ったらどうだ。いや、誇ってくれ。誰が君の実力を認めなくとも、私は認める。唯一、全力の君と戦った私は認める。君の才能は本物だ!」
父の言葉によってだと思う。
レミリアの両腕がワナワナと震えだし、両目には涙が浮かんでいた。口元の笑みが苦々しいそれではなく、喜びを表現するそれに、いや、純粋に感激した子供の顔になっている。
「だが。レミリア君。だがな。君が私に敗北の運命を科すならば、私は打ち破ってみせる。運命とは座して受け入れるべき物ではない。運命とは、うち倒し、自ら望む未来を勝ち取るための物だ。かつて妖怪よりも脆弱だった人間が、被捕食者としての運命を覆したように。幻想郷がその死闘の果てに成り立っているようにだ。そして異変の解決という行為が、人間の運命を変えた闘志の追証明ならば、この世界を実現させるために戦った全ての人々のために、阿求のために、私は、絶対に勝利を掴み取ってみせる! 巫女として! 一人の人間として! そして稗田の末裔としてだ!」
「しかし平蔵! 平蔵、平蔵、平蔵、平蔵よ! この如何ともし難い現実をどうするつもりだ。口ではなんとでも言える。いったい貴様はこの劣勢をどう挽回してくれるというのだ!」
そこで父はおもむろに頭上を指さした。
空からだ。何か、何かとてつもなく巨大な物体が落下してきていた。
球体、白と黒の二色の球体。直径はジャスト五百メートル。
陰陽玉。
陰陽玉。
陰陽玉。
陰陽玉だ。
陰・陽・玉だ。
あたかも空そのものが迫ってきているかのような錯覚さえ覚えるほど大きな、陰陽玉が、落下してきていた。
「先ほど、君から攻撃を受けている間に密かに用意させておいてもらった、私の切り札、正真正銘最後の勝負だ」
レミリアの表情が強張り、体が震えだした。
驚愕しているのはわかる、しかし一切恐怖はしてはいない。喜びにむせび打っているのだ。
彼女はうれし涙を流していた。とてもとても笑っていた。
ひどくひどくひどくひどく笑っていた。
「ははっ、こいつは最高だぞ平蔵。感激した。わかるか平蔵よ。私は感激してしまっているのだぞ。お前はやはり全裸で戦うに相応しい。しかしあんなものを、私が避けられないと思っていまい。何故、奇襲に使わず私にあれの存在を教えたのだ?」
「私も余裕がないのだ。もはや君を満足に擽ってやることすら出来ん。打算だと笑うかもしれんがな。もし奇襲であれを使って君に察知でもされれば、君はいとも簡単に避けてしまうだろう。だが、こうして挑まれた勝負ならば、君は絶対に逃げやしない。違うか?」
レミリアは父を見下ろしたまま、首を横に振った。何度も、何度も。
「違わない。違うものか、違うわけがない! あれを受け止めてみせろと言うんだろ?」
「君にそれが出来るか? 私はあれに残りの霊力を全て注ぎ込むつもりだぞ」
「ははっ、受け止めるだけでいいのか? そうだな。今日は昼月が見える。あそこまで投げ返してしまってもいいのだろう? 好かない知り合いが住んでるんだ。私をひどく馬鹿にしてくれた連中だ。暑中見舞いとしゃれこみたい」
父は何も返答しない。ただ頬にわずかばかりの笑みを寄せただけ。
でも彼女との意思の疎通はそれで十分だったのだろう。
跳躍。父は空高くへ跳躍し、陰陽玉の上部へ右手を突き、左手で右の手首を強く握りしめた。
「ゆくぞぉおレミリア君!」
膨大な霊力が父の体から陰陽玉に注ぎ込まれていく。白と黒だけだった表面に黄金のオーラが覆いだした。
「来い。平蔵ぉおおおおおお!」
レミリアの絶叫と同時に。
陰陽玉が射出された。
初速は二十九万四千㎞/s、つまりは光速の98%!
瞬間的にレミリアは巨大な結界を展開。常識はずれの規模。大結界にも匹敵する空一面を覆いつくす大きさだ。実際に端が彼方の大結界に触れ、干渉する火花が見えたほど。
そこへ陰陽玉の衝突、赤色の結界と、白と黒の陰陽玉が互いを激しく歪ませ、摩擦熱と圧力熱で大気がプラズマ化し、結界の向こう側で大爆発。その音響は世界そのものを震わせた。物理的にだ。レミリアの結界を伝わった衝撃が、幻想郷を包む大結界までを震わせ、まるで世界が慟哭したかのような轟音が反響した。
何度も何度も何度も反響した。耐え難かった。殺人的な音量が、体を際限なく突き抜け続ける。耳を塞いでどうにかなるレベルではない。肌そのものが直接揺すられる。脳そのものが打ちのめされる。細胞そのものが撹拌される。目眩がするどころか、意識を保つだけでもやっと。
音が収まったと思った時には、私は両膝を付いて目を閉じていたから、本当にしばらく意識が飛んでいたのかも知れない。
レミリアの結界にひびが入っていた。ひびは一秒ごとに広がっていっている。空が割れようとしているみたいだった。雷鳴のようなに聞こえるのは結界が軋む音で、それがどんどん大きくなる。
そしてひびの一筋一筋から眩い光が漏れだしたように見えた瞬間、崩壊した。
粉々になった結界はステンドガラスの破片のよう。それらがキラキラと降り注ぐ中、落下してくる陰陽玉は黄金のオーラがはげ落ち、速度も自由落下のそれへと落ちているが。
このまま落下してくれば、紅魔館の時計塔の突き崩し、屋根を押しつぶし、それらの残骸もろとも地中深くまでめり込ませてしまう事だろう。
レミリアは肩で息をしていた。さっきの結界で力の大半を消費し、破られたのだ。大量の汗を顔に滲ませながらも、まだ笑みは消して居ないが、あとに彼女が出来ることなどありはしない。
なのに、あくまで時計塔の上空へ陣取り続ける。
そしてまるで大地を踏みしめるかのように脚を大きく広げて、両手を頭上に掲げ、迫り来る陰陽玉へと立ち塞がった。
「こいつはっ。はははっ、近くで見ると、壮観だなこいつは。ここまで巨大な術式容量の封印術の塊は初めて見るぞ。さすがの私でも直撃に耐えきれる気がしないなああ!」
素手。
レミリアは素手でやるつもりだ。
素手で受け止めるつもりらしい。
「お嬢様! お止めください危険ですお嬢様」咲夜がレミリアの元へ飛んでいこうとしている。「それを避けてしまえば完全勝利です。相手はもう戦う力が残っていません。避けてください!」
「さぁあああああああああああああああああくやぁああああああああああああああ」
絶叫だった。レミリアは牙を剥けるだけ剥き、上空から咲夜を睨み付ける。
「咲夜ぁあ! 幻想郷の決闘における絶対の価値基準とは美しさだ。ここで私が逃げるのが美しいか。断じて否だ! そして私の辞書にも敵前逃亡などという文字はない!」
「こんな時に何を仰ってるのですお嬢様。戦いの唯一にして絶対の価値原則など、どの世界だって変わりません。相手を無力化し、自分が生き残れば、それが至高であり勝利です」
「ははっ、そいつはそうだ。そうなのだろうお前にとってはな! 平蔵ならば少女でありつづけ、少女として戦うのが絶対原則なのかもしれん。ならば私の原則はなんだ。全裸になることさえ厭わない強さへの求道か? いや違うな。こいつは私自身の運命との闘いだ。私の持ちうる全てをもってさえ、及ばぬかもしれぬこの状況、これをずっと待っていた。この、私の、全力を越えた、これに、私が勝利すれば。私は私の全てを認め、誇り、愛することが出来る! 運命とは勝ち取る物、未来とは切り開く物、そうなのだったな平蔵!」
父は微笑んでいた。ゆっくりと頷いていた。
レミリアもだ。どうしてそんなにも爽やかに微笑めるのか、不思議なほど柔らかな笑みで、頷いていた。
しかし咲夜は微笑んでもいなければ、頷きもしない。
「お嬢様にもしもの事があったら、私はどうすればいいのです。お願いです、お願いですから」
「悪いな咲夜。お前にはいつも苦労をかけている気がするよ。後でいくらでも我が尻を叩くがいい。それこそ尻の皮をやぶり、肉をそげ落とすくらいでもかわまん。だがだ! 我が尻よりの流血が部屋を満たし、廊下に流れだし、大地を潤そうとも。お前に見せてやるぞ。お前がいかほどの主人に付き従えているのかを、見せてやる。私という存在が、運命を撃ち破り、栄光の未来を手に入れる、その瞬間を! だから! 今は黙っていろ!」
レミリアが陰陽玉と激突した。
激突したと言うよりは、陰陽玉に対比すれば小さすぎるレミリアが挽き潰されたようにしか見えない。彼女は両手で支えようとしているのだが、ダメージによって体が恐ろしい勢いで紅い霧として気化している。が、驚くべきはレミリアの底なしの妖力。あの陰陽玉クラスの封印術であれば、大抵の妖怪は近づいただけで全ての妖力を消し飛ばされ、存在を維持できずに完全消滅するところだが。
レミリアが素手であれに対峙し、依然としてヒトの姿を保っていられるのは、常日頃の修練による防御技術や魔力制御技術のたまもの。などではけしてない。一重に、並の妖怪とは別次元の妖力容量を誇っているからだ。
最強であるという種族、それこそだけが彼女の存在をこの世につなぎ止めているのだ。
紅魔館から妖精メイドたちが待避を始めている。テラスから様子を伺っていたパチュリー・ノーレッジやフランドールもだ。
咲夜がレミリアに近づこうとしたが、美鈴に腕を掴まれ、頬を張られ、強引に連れ戻された。
レミリアは陰陽玉の圧力に抗い切れていない。徐々に押されている。
父がだめ押しとばかりに、陰陽玉へと両手をかざし、追加の霊力を注ぎ込もうとした。けれども疲労と消耗はとうに限界を越えているのだと思う。髪の色は完全に白髪に戻っていて、額に浮き出た血管は今にも破裂しそうなほど。飛行する余力もすべて攻撃に回すつもりなのだろう。
そこへだった。
不意に父へと銀のナイフが飛んできて、彼の腰を辛うじてビキニパンツ状に覆っていていたスカートとドロワーズの切れ端を、切り裂いてしまった。
白日の下にその中をさらけ出してしまった。
途端に乱れる父の集中。両手を股間に当て、必死に隠そうとしている。
それによって陰陽玉の圧力が弱まったからだろう、レミリアが幾分持ち直しているように見えるが。
「後生だ咲夜。この勝負だけは手を出さないでくれ!」
レミリアの怒鳴る声も余裕が一切感じられない。呻きやわめき声に近い。それでも彼女は言う。
「美鈴、命令だ。咲夜を実力で拘束しておけ、それと誰か平蔵に穿く物を。パンティーを!」
咲夜はレミリアに何かを言い返そうとしたのだろう。美鈴の手を振り解こうとしながら、大きく口を開けたが、みぞおちを打たれ失神した。しかし父に近づいてパンツを穿かせてやれる者など居ない。美鈴やパチュリー、司書の使い魔、妖精メイドの誰だろうが、あの陰陽玉に接近しただけで存在が脅かされてしまう。
もしそれが出来るとしたら、レミリアと同等の種であるフランドールくらいのものだった。
そしてそれを理解しているのもフランドールだった。
彼女がどういう風に教育されて育ったのかはわからない。けれど、根がとても素直な子なのだと思う。姉が一世一代の大勝負をしている時に、必死の形相で頼み事をされれば、けして断るという選択肢を持たないのかも知れない。
フランドールはレミリアに言われたとおりに、父にパンツとスカートを与えようと、自らが身につけていたものを、つまりはキュロットスカートとイチゴさん模様のパンツを脱ぎだしていた。
そんなんじゃだめだ。
そんなんじゃ無理だ。
子供用のイチゴさんパンツなんかじゃ、父様の体格で穿けるわけない。
成人女性用のじゃなきゃ無理だ。
待ってて父様!
「私が行きます!」
私は駆け出していた。フランドールを追い越し、「あぶないよお姉さん!」彼女がパンツとキュロットを手に制止する声へ、答える余裕はない。
私は走りながらミニスカートのホックを外し、ジャンプすると同時にパンツを脚から抜いて、空中で一回転、その勢いのまま、空へと投げた。
風が、見える。見えた。見えたのだ。突然、吹いてきた。
上昇気流が見える。この気流にパンツとスカートを乗せれば父様に届けられる!
しかし何故、こんなにもタイミング良く上昇気流が突然?
射命丸だ。射命丸が風を吹かせてくれていた。仰向けに倒れたまま、彼女は団扇で上昇気流を発生させていた。私へと親指を立てて白い歯を見せ笑い、「一つ借しですよ。この後、取材に付き合ってもらいますからね……へへへ」
私のスカートとパンツが風に乗っている。
ブーメラン状にくるくる回転しながら、天へと昇っていく。
まっすぐ父へと吸い込まれていく。
ジャストミートだった。
私のパンツは父の両脚をさかのぼって腰へと装着され、スカートがそれを覆った。
「うおおおおおおおおおおお!」
父の咆吼。股間を隠していた両手を陰陽玉へ向け直した途端に、顔に浮き出た血管がいくつも切れ、大量の血が吹き出してきた。体の修復に回す霊力も全て陰陽玉に注ぎ込んでいるのだ。
それを受けるレミリアにも言葉はもう無い。
獣のごとき形相で気合いの一念を絶叫に込めるのみ。
レミリアは陰陽玉に押され続け、足が時計塔の屋根に付いた。同時に、陰陽玉の落下が止まった。
そこでレミリアの中で緊張が緩んでしまった。私の目にはそう見えた。私の目には彼女の思考が見えてしまっていた。レミリアは何よりも勝つことに慣れてしまっている。そんな彼女に絶対的な弱点があるとしたら、勝つことに慣れているという事そのものだ。今まで全力で戦ったことがない。自分の実力を知らない。自分の限界を知らない。今のレミリアのメンタリティは、自分が未知の領域に居ることに気づいていない。
これでまた勝ってしまった。彼女はそう感じたのだろう。
傲りが見えた。ここで戦いを終わらせてしまっては面白くない。それが彼女にとっての恐怖だ。ここで自分がこれ以上追いつめられることがなければ、これから先、一生、自分の全力を計ることができないのではないか。
ゆく当てのない迷いがレミリアの隙を生んだのだと思う。
レミリアと陰陽玉を支えていた時計塔が、重量に耐えきれず根本から崩壊した。
それだけの取るに足らないきっかけだった。もし彼女が勝つことのみに集中していれば、なんてことはなかったはずだった。
しかし、時計塔の崩壊に合わせて父が陰陽玉へ最後の加速度を加えたことに、レミリアの対応が0.000053秒だけの遅れを生んでしまった。
取り返しのつかない遅れ。レミリアが陰陽玉を押し返そうと力を込め直したときにはもう、彼女の体は時計塔の瓦礫に沈み込んでしまっていた。
紅魔館の屋根が白と黒の球体表面にゆっくりと圧迫されていく、ゆっくりとだが、けして押し返されることは無かった。木材や石材の外壁が軋みをあげ、部屋が拉げ、家具が砕けていく悲劇的な轟音は、一万人の断末魔にも聞こえる。
そうして紅魔館の一階部分までがぺしゃんこに潰れ、陰陽玉が転がることなく瓦礫の上で鎮座したとき、私の頭上では白の球面が空を隠していて、粉塵を沢山含ませた風圧が、私の全身の肌と髪を嬲り、吹き抜けていった。
父が墜落したのが見えた。完全な自由落下。遊歩道の石畳の上に落ちたせいで、聞くに堪えない音が鳴った気がするけど、耳鳴りのせいで音など聞こえるわけがない。私を焦らせ、走らせていたのは、父の頭部からの常人ならばあきらかに即死レベルの出血。赤い色だ。
「父様!」
自分の声さえ耳鳴りに阻まれてろくに聞こえない。父は意識までは失っていないらしく、体を起こそうとしていた。なんとか無事ではあるみたいだ。
「父様の勝利です!」父の側に走り寄って思わず抱きついて言っていた。
父が曖昧に笑い、「かも知れんが、彼女はどうかな?」と言って向けた視線の先、紅魔館の瓦礫の中心。
紅い霧が吸い寄せられていた。それも尋常ではない速度で。幻想郷を覆っていた霧が、集まろうとしている。
あっという間に幻想郷全ての霧が消え去った。空が見事に晴れ渡った。雲の切れ端すら見あたらない。陰陽玉の影の外側は猛烈な直射日光、景色が真っ白に見えるほどのだ。それに炙られたフランドールのお尻から、煙りが立ち昇っていた。
紅い霧とはレミリアの膨大な魔力の欠片。それらが再び持ち主の元へと、再集結したということは。
これから起ころうとしている出来事は、すなわち。
吸血鬼による、最後の挑戦。
陰陽玉が持ち上げられようとしている。
最初は一センチだけ瓦礫から浮き上がった。それから二センチ、三センチとじわりじわり、頭上を覆った白と黒の球面が遠ざかっていく。
そしてだった。
「ぅ……」瓦礫の中から呻き声にしか聞こえない苦しげな声が聞こえた次の瞬間。
「ぅおああああああああああああああああああああああ!」
ズズン、とレミリアが瓦礫を押しのけ、陰陽玉を支えた姿勢で姿を表し。煤だらけの唇が捲れてしまいそうなほどに口を命一杯あけて、大地が震えそうなほどのな雄叫びを上げ、曲げていた膝を伸ばし、さらに三十センチ陰陽玉を持ち上げ、直立になった彼女は私たちを見つけ、大きく息を吐きながら、月を目で示してみせ。
それから右脚を一歩踏みだし、左脚を踏みだし、瓦礫の上を陰陽玉を持ち上げたまま地響きを上げて歩いて、いや、助走、助走だ。
レミリアは助走している。彼女は一歩踏み出すたびに速度を上げ、十歩目を踏み出す頃には疾走状態に入っていた。そのまま紅魔館の敷地を超えて走り続け、五十歩目、レミリアが陰陽玉を両手で振りかぶり、ぶん投げた。
昼月へと一直線にだ。
爆発音が轟いた。陰陽玉がちょっと第三宇宙速度を軽く超えたせいで衝撃波が発生したからだ。直後に大旋風も巻き起こった。陰陽玉の弾道状に直径五百メートルの真空地帯が発生したためだ。
そこを中心に周囲の大気が一気に押し寄せ、渦を巻き、紅魔館の残骸の中から大量の衣服を吸い上げた。
満天の青空を、夥しい数のシーツやドレスやドロワーズ、テーブルクロス、パンツ、乳パッド、メイド服、ブラジャー、人民服が舞っている。
遙か高空で花火のような煌めきが二回見えたのは、もちろん陰陽玉が二重大結界を貫通した証。
レミリアがそれを見上げてガッツポーズしていた。彼女は笑っているのでも、泣いているのでもなく、感激しているのでもなく、一言で言えば、非常にいい顔。日光に焼かれることをいとわず、空に向かって両手を大きく掲げ、力尽きたように、膝を折ってその場にぺたりと座って、それからやっと大声で笑い出した。
五百余年の人生において最大の悲願が叶ったのだと思う。
自らの力を余すことなく出し切るところまで出し切り、ようやく真の力を世界へ、何よりも自分自身へ証明出来たのだ。
美鈴と咲夜がレミリアに駆け寄って行った。他の紅魔館の面々もだ。私たちからは距離がありすぎて、彼女らの話す声は良く聞こえない。咲夜以外は概ね笑顔で、最初にフランドールがお尻から煙りを上げながらレミリアに抱きつき、パチュリーが呆れ気味に笑みを浮かべながら肩を竦めていて、美鈴が彼女らの上にパラソルをかざし。
咲夜が唇を噛み締めレミリアの前に立った。
ビンタ。
咲夜の掌がレミリアの頬を打った。思いっきりだ。レミリアがよろめいて転んだくらいの。
それでも。
レミリアは怒ることも怯えることもなく、ただ立ち上がり、彼女のメイド長の目をまっすぐに見返した。
そして、『心配をかけて済まなかったな』レミリアの唇がそう動いて私には見えた。『でも勝っただろう。許してくれよ』
咲夜の掌がもう一度、大きく振りかぶられた。
でもそれがレミリアを打つことはなかった。咲夜は今にも泣き出しそうな目つきで、主を睨み付けるだけだった。
レミリアが咲夜からきびすを返した。私たちへ目を向けた。こちらへ歩いてくる。まともに歩けないらしく、よろけながらも、表情は一点の曇り無く誇らしげ。他の面々も咲夜以外がぞろぞろと付いてきていて。
私は自分が全裸なことに気づいた。
とりあえず手近に散らばっていた衣類をかき集めた。慌てて手当たり次第身につけてみた。ドロワーズ、ブラジャー、乳パッド、メイド服だ。レベルアップしたような気がした。私はGカップになった。
父が立ち上がろうとしていた。レミリアが私たちの前で立ち止まって、何も言わずに右手を差し出してきたからだ。
「ああ、言葉は、不要だな」と父も右手を差し出し、レミリアと握手を交わした。
長い長い握手だった。
父とレミリアの身長差はジャスト六十二センチ。全裸の吸血鬼の女の子と、キャミソールと極ミニスカートを身につけた四十八歳七ヶ月と五日で高倉健似の男が、互いの目と目をじっと見詰め合ったまま。一言も口をきかない。
それでも二人の間で交わされていた心の交流は、私にまで伝わってくるようだった。
『ふっ、平蔵よ、もし貴様がドロチラ激写や、ナイフで下半身ぽろりで怯まなかったら、どうなっていたかわからんな』
『謙遜することはないさレミリア君。歴史にifなど存在しない。私は少女だ。この事実は覆しようがない。ならばああなったのは必然だよ』
『ふふ、その気取り方は好かないが、これぞ貴様らしさ……なのだろうな平蔵。どこまでもゆくがいいさ、少女の道をな』
『ああ、君も君の道をゆけばいい。全裸の道を』
『だが、貴様とは、いずれまたきっちりと勝負を付けたいところだ。誰にも邪魔されず、たとえ貴様が全裸になってしまっても恥じ入る必要のない少女同士、二人きりでだ。全裸で全力でぶつかり合いたい』
『良いだろう。君には大切なことを気づかせて貰った。その恩を友<>に返さないのは少女・稗田平蔵の道理に廃るというものだ。君が望むのならば、何度でもぶつかり合おう。二人きり、全裸でだ』
「ちょっとちょっとちょっと、お二人さま」
と、父とレミリアの握手および、私の想像する心の交流会話に割って入ってきたのは、八雲紫だった。極めて不機嫌そうにスキマから上半身だけをにゅるっと出し、二人の握手をかるく扇子ではたいた。
「なんだ紫」とレミリア、「混ざりたいのか? 一度くらいならかまわんぞ。平蔵とお前の戦いも見てみたいからな」
「うむ。八雲殿にも多大な恩がありますゆえ。お望みであれば全裸でお相手いたしますぞ」
八雲殿さんは顔を顰めた。くしゃっと顰めて私を見た。なんでこうなったの? みたいな顔の顰め方だった。
「冗談はよしこさんよ、お二人さん。何故スペルカードルールが存在するのか考えて頂きたいものね。亜光速レベルの技を使うなどもってのほか、あやうく幻想郷が消し飛ぶところでしたわ。ハッスルし過ぎでしてよ平蔵さん」
「いやはや確かに興に乗りすぎたやも知れませぬ。レミリア君ならばあの技を受けられるだろうと思っての、ゆえでございますが」
父に言われてレミリアが胸を張った。
「ふふん、私があれを防がなければ、地球は、いや太陽系が宇宙の塵になっていただろうな」
ははは、ふふふ、などと笑い合う二人に、またまた八雲殿さんは、くしゃっと顔を顰めた。
「あなたもよレミリア、大結界に穴を開けるなど、どういうつもりなの。直す方の身にもなってほしいものね」
「細かいことを言うな紫。それよりも、よくぞこれだけの巫女を見つけたじゃないか、感心したぞ」
何もあなたに余興を与えるためじゃないわよ、とでも紫は言いたげで呆れ気味に鼻で笑ったけれども、今の状況は彼女自身が発端となって巻き起こした騒動の顛末でもある。自ら反省するところはあるのだろう。レミリアに皮肉の一つでも返そうとしたのだろうけど、言葉を飲み込んで、瞼を閉じて、頷いてから彼女は言った。
「ええ、まあそれについては……そうね。過程に問題があったとはいえ、着任初日にして異変初挑戦でこうして霧を晴らしてしまったのですから」
そこで紫が私と父に目配せした。
「稗田平蔵殿。あなたは立派に巫女としての役割を果たしました。私も約束を果たさなければ、ならないですわね」
レミリアは何の話かわからないのだろう、首を傾げて父を見ていた。
父はといえば紫の言葉に頷くこともせず、視線をそっと地面へと落とし、それから私へとゆっくり顔を上げた。
全ては私の意志に任せる。父の目はそう言っていた。確かな覚悟が見えた。
「紫さん」と私は言った。「私、今日だけで何万年分も物事を考えた気がします。幻想郷のこと、父のこと、私の人生のこと。転生を続けるべきか否か」
「そう……答えが出たのかしら」
頷いた。
「信じられますか紫さん。今さっき、史上最も多くの妖怪を屠った一族の末裔と、史上最も幻想郷を脅かした妖怪がですよ。一切のルールを科されずに互いの価値観のみを絶対の基準にして、死力の限りを尽くしたのです。その上で彼らは手を取り合い、私の理解の超えてしまいそうなほど硬い絆を芽生えさせた。それを目撃したのです。もうこの世界には種族の溝など有り得ない。私のこれまでの幾億の思考や考察を遙かに超越していたし、説得力があった。次の世代には、私のような古い世代が作る縁起は、完全に必要がなくなっているでしょう。何しろ、これからは彼らが、まったく新しい常識と世界を形作っていくのですから」
「それじゃあ阿求」父が私の右手を両手で握った。「ああ。そうだとも、お前がすべき使命はもう無い。一緒にこの世界で生きよう」
「父様、私にはまだ使命がある。まだまだ、この世界にも問題点は残されていると思いませんか?」
「なんだそれは? 幻想郷に残された問題点とはなんだ。そんなもの父さんが今すぐ解決してやる。なんだってしてやるぞ」
「では父様」にっこり、笑ってみた。「今すぐ巫女をお辞めになってください」
父が目を丸くした。
紫も目を丸くした。
レミリアも目を丸くした。
「だって、想像してください父様。もし私がその内ですよ、父様に彼氏を紹介したりしたときに、彼氏にドン引きされたり父様を馬鹿にされたりしたら、私きっと思わずついつい97.643%くらいの確率で、彼氏のドタマに新品のケツ穴を三十個くらい開通させてしまう気がするのです。そしたら、いつまでたっても父様に花嫁姿をお見せすることが、つまりはそうですよ、私の新しい人生の使命を果たすことが出来ないじゃないですか」
父に握られていた左手が、潰されてしまいそうなほど強く握りしめられた。
父が何度も頷いている。何度も何度も。両目に涙まで浮かべて。何度も何度も何度も何度も何度も、何度も。
何度も何度も何度も何度も、何度も。
何度も何度も何度も、何度も。
何度も、何度も。
何度も。
「ああ、ああ、いいとも阿求、お前がそう言うならいいとも。父さんは巫女を辞める。少女を辞めるぞ」
何度も頷いていた。涙をこぼしていた。
ぼろぼろと、いっぱい、いっぱい、こぼしていた。
「しかし、紫」と不満そうなのはレミリアだった。「巫女が居なくなったら困るんじゃないのか、特に今は結界に穴が空いているだろう」
言われて紫は、誰のせいだ空気読めよ、とばかりにレミリアを睨みつつも、頷いて肯定した。
肯定せざるを得ない立場が彼女だった。
「ええ、修復には博麗の巫女が不可欠だわね。穴が開いたのは一カ所だけでも、ダメージはプラズマ爆発のせいで全体に大きく及んでいる。それも致命的なほど。一から張り直ししたほうが早い位よ。だから新しい結界が安定するまでの十数年は、残念ながら、巫女のポストを空白にするのは不可能でしょうね」
ならば代わりの巫女が居ればいいだけ。そうでしょ。
「ねえ紫さん。代わりが居ればいいのですよね」
「居ればねぇ」と紫が父とレミリアへ横目をちらりと向けて、それから結界に開いた穴を見上げた。他に適格者が居れば、そもそも今日のような滅茶苦茶なことは起こらなかっただろう、とでも言いたげだ。
「居るじゃないですか紫さん。ね? 今日から無職になってしまって、明日から暇を持て余すであろう二十歳の女性がいるじゃないですか、目の前に」
「あなたがやるというの? 阿求が」
またまた紫が目を丸くした。
父も目を丸くしてた。
もちろんレミリアも。
「ちょっぴり考えてみてください。私ほど適格な者も居ないじゃないですか。妖怪退治のノウハウや実績や実戦経験だけで言えば、人間の誰より豊富でしょうし。体力は自信ありませんけど、頭脳や技術なら誰にだって負けません。それにそれにそれに、博麗の巫女というものが、人間が自らの自由意思と幸福を保証するよりどころである、闘志の象徴だとするならば。最後の御阿礼の子がする仕事として、これほど適当なものも、他に思いつきません。父の戦いぶりを見ていた今なら言えます。博麗の巫女こそが、現代を生きる稗田の末裔がやるに相応しい役割なのです。やりたいのです私自身が。まだまだまだ十代中盤の少女だと言い張る自信だってあります」
父と紫が顔を見合わせた。それからレミリアともだ。
「私個人には」と紫、「あなたの提案を拒否する理由はないでしょうね」
「私は不満だ」とレミリア、「平蔵は私と再戦すると言ったんだ。平蔵が巫女でなくては嫌だ」
「なあに」と父、「巫女ならずとも、君と戦うことは出来るさ。むしろ少女という殻を破ることができれば、尚一層、期待に応えられるかも知れないぞ」
「む……そういうことなら……平蔵がちゃんと約束してくれるならいいよ。私も納得してやることにする」
レミリアが小指を伸ばした右手を父に向かって差し出した。指切りだ。父の太い指が、彼女の小さな指に絡まされた。フラッシュが焚かれていた。射命丸だった。素晴らしい根性だ。もう立ってカメラを扱えるほどに回復してしまったらしい。
この約束の光景も果たして、微笑ましいと言って良いのか、物騒と言って良いのかわからないけれど、紅魔館の面々は笑顔で見守っていた。咲夜だけは浮かない顔でかぶりを振っていたのだけど。
ふと目が合った。咲夜から笑いかけられた気がした。笑顔には諦めのニュアンスが混じっていた。
諦めと達観と包容力はとても似たものだ。
彼女はすぐに顔を逸らし、館の瓦礫へと歩き出してしまった。さっそく後かたづけを始めようというらしい。妖怪を家族にすることを選んだ彼女に、どれほどの物理的な、精神的な苦労があるのかは察するしかない。
でも、ここにこうしてメイド長として居続ける彼女にとっては、今の状況でさえもごく当たり前で、許容するべき生活の一部なのだろう。
私よりもおそらく十数年だけ早く、自らの人生を選んだ彼女。どうしてこんなにも奇妙な生き方を選んだのか、いつか紅茶でも飲みながら、ゆっくりと聞いてみたい気がする。
「阿求」父に呼ばれた。
「はい」
父は頭のリボンを解いていた。赤のフリフリでミコミコなあれだ。
「父さんは、出来ればお前には危険な仕事はしてもらいたくない……でもな」と言いながら、私の頭にリボンを乗せ、「お前がお前の意思で選んだのなら、私は胸を張ってな、誇るだけだ」
きゅっ、とリボンを結んでくれた。おっきな両手が私の両肩に乗せられた。抱き寄せられた。きつくだ。
私も、父の背中を抱きしめた。きつく、きつく。きつく。
そして父の、ブラジャーがはめられた胸に頬を寄せながら思った。
11%。
御阿礼の子が博麗の巫女になることを選択する確率。
同時に、自分の父親がブラジャーをはめている確率でもあるし、私のパンツを穿いている確率でもある。
でもだ。
今は11%という、けして大きくなく、絶望的に小さくもないこの確率に、とてもとても感謝しておきたい。
もってけ100点!
突っ込みどころ満載のはずなのに、突っ込む暇も無い勢いで読まされました。
無茶苦茶面白かったです。
言葉の代わりに100点を!
100点じゃあ足りない500点ぐらい入れたい。
兎にも角にもピースメーカーぶん回す阿求が格好よすぎて惚れた。
しかし霊夢どこ行ったw
でも面白かったのでこの点数で
何故かわからないけど、すげえいい
しかし、平蔵がトライする理由を知ったとき、
ピースオブマイハートは感動に打ち震えていた……
レミリア、君ほど神々しい幼女の全裸を見るのは初めてだ。
平蔵さん、あんたほど輝いているおっさんを見るのは、この先の人生でもそうそう無いだろう。
そして作者様、貴方ほど頭のイカレタ…… 嫌、言葉など不粋だ。
最後に、
健さんとジャニス、私の好きな二人を題材にしてくれてありがとう。
だがしかし、非常に不本意だが、物凄く大爆笑した。どういう発想で
こんなの思いつくんだよw
いや、面白かった。特に高倉健を強調するところが地味にツボだったw
高倉健以降、一気に話に引き込まれました。
ものすっごい荒唐無稽な話なのに笑いと感動が詰まってて、あーやっぱなんて言うべきかわからない。
とにかく面白かったです。
おもしろいとしか言えない。
こういったベクトルの形容できない思いを感じるとは……。
おぜうと阿求にも少女して欲しかったと言うのは野暮ですな。
花も恥らう乙女になるし、最強の吸血鬼にも戦いを挑むし、超サイヤ人にだってなっちゃうぜ。
こ れ が 漢 だ
いやもう物語にここまでのめりこんだのっていつ以来だろう。
つい最近貪るように読んだはずの虐殺器官やガンダムUCよりものめりこんでる俺がいた。先にあげた二つよりこの作品が優れているというわけでは勿論ないが、優劣の問題じゃなく作品に込められた熱量がケタ違い。首根っこ掴まれてめんたまこじ開けられて脳髄に直接16ビート刻まれてる気分。実にロック。ユーロビートなんざ目じゃねぇぜ、サターンV打ち上げ時の爆音をヘッドフォン越しに音量MAXで聞かされて、これがロックだと言い切られたらそりゃもう平伏するしかないっしょや!?
感謝してもしたりない。五体倒地で完全敗北。あーもー負け負け諸手を挙げて降伏しますですよーだ。
だがその敗北感すらも心地よい。ああ、これが幸福というものか――
この感動を! 爆笑を! 満腹感を! 読後感を! 満足感を!
伝えられる言葉が私の中に存在しないことが何よりも悔しい!
ただ参りました! 徹底的に圧倒的に本格的に敗北しました!
人間じゃない、人間じゃないよ。
家の本棚に並んでる本の内容を全部ぐっちゃぐちゃに混ぜ合わせたって、こんな話が出来るとは到底思えねえぜ。
この作品を書いてくれて本当にありがとう。
「どうして、そうなったぁーーーー!?」とか
「そーじゃなくってぇーーーーーー!!」とか
いろいろ叫んだけど、いい話だ。
ここまで、ぶっ飛んでて満足できる読み物は初めてだ。
なんだろうね、どんなものでも突き抜けるとてっぺん超えちゃうんだろうね。
バトル描写とか設定とか、もうね、いい年こいて不覚にもワクワクして読んじゃったのね。
なんというかもう、極上のエンターテイメントを力押しで見せ付けられちゃった思いだね。
やりすぎだバカ野郎。やりすぎてくれて本当にありがとう。最高に感謝してます。
その11%を閃いた発想力と実力に脱帽しました。素晴らしかったです!
衝撃的な展開の積み重ねで良い話に持っていけるというのは物凄い技量だと思います。
大変楽しめました。稗田家に幸あれ。
>阿求がシングルアクションアーミー一丁で、海千山千の妖怪どもを相手に、あの手この手で大立ち回りならぬ、大頭脳まわりを演じるゴルゴ13チックな異変解決ものとかも、書いてみたいもんです。
ぜひ読んでみたいッ!!!!!!
そして読み終わってから100kbもあったことに気付いてさらに驚き。
本当に最高でした、ありがとうございます。
筆舌に尽くし難い作品。
軸そのものが大きく傾いているのに、上手く回り続けている独楽みたいな作品だ。
不自然で気味が悪いのに、だからこそ奇妙に惹かれるモノがある。
満点か、あえての0点かしか評価が思いつかない。
もういいとりあえず100点!
何故こんな狂った構成と表現でしっかり面白くできるんだwww
まいったwww満点持ってけ!!!
この手の話にしては、しっかりと綺麗にまとめているのも素晴らしい。
いつちゃぶ台返しになるかとひやひやしてたよ。
そんな作品。
格好良すぎて泣いた、この輝きは間違いなく覚悟を決めた者のみが放てる奇跡である。
やっぱりマイクロウェーブリターナーの人か
細部に言いたいという気はするのだけど次の展開に持って行かれてとても言えないわ。
やばい。惚れた。
ありがとう。
つまり何が言いたかったかと言うと、面白かったです。
しかし文、てめーはダメだ。
だがシリーズ化を望んでやまない!
素晴らしい
で、続編はいつだね?
かっけぇ。
野暮だとは思うけども……!
誤字報告。暁光(僥倖)
とりあえず100点じゃたりないw
なぜか感動した。
後半は何故か泣きながら読んだ
不器用な父親が不器用なりに娘を愛してやまない。
不器用な想いがいびつな形のハッピーエンドをもたらす。
でもその形には溢れんばかりの愛がこめられていて。
気がつけば芝焼き砲を構えた胡椒中豆茶さんに炭にされていたぜヒャッハー。
堪能させていただきました。この点数以外は考えられません。
嗚呼、素晴らしき生命賛歌。
だめだ!ほめ言葉が浮かばない!!
言葉にできる訳がない程の理不尽さ溢れる感動…ッ!
パーフェクトだ!!
なんだこれは…なんだこれは!
平蔵はものすごくへんな格好してるはずなのに、少女なのに
ものすごく漢らしかった!娘のためにあそこまで出来るなんて…素直に感動しちゃった
もっといっぱい語りたいのに、もっといっぱいこの感動を伝えたいのに、言葉がうまくでない
もどかしいもどかしいもどかしいもどかしいもどかしいもどかしい
一つ言えることは最近本読んでここまで興奮して感動したものはなかった!
すばらしい作品をありがとうございます、本当にありがとうございます
笑えばいいのか、熱くなればいいのか、泣けばいいのか、感動すればいいのか解らなくなりました(笑)
凄く面白かったです。
巨乳に育った阿求さんは見事ですね。
リアルで笑ったのがほんと久しぶりだったwwww
なによりもギャップが最高でwwww
これは文句ないわwww
超戦闘力を誇る戦士の傍らに常に女物の下着の影が見え隠れしていやがる。
まったくもってヘビィだ!!
↓誤字報告
>父や母や兄弟に朝一なんかに涙を見せらたりすれば
父や母や兄弟に朝一なんかに涙を見せられたりすれば
ラスプリのときも思ったけど、なんで笑いと感動をここまで見事に融合できるんだw
ギャグ抜きでもシリアスとして、シリアス抜きでもギャグとして成立しそうなものを混ぜちゃうのが凄すぎる
どうしてくれる
キーを打つ手が震えて止まらない。
この感情を言葉にできない。
こんな作品を書いてくれてありがとう。
あなたの短編も読んでみたいなぁ(続編であれば尚)
素晴らしい。素晴らしすぎる。
突っ込みどころが多すぎるのに、突っ込みきれないや
んでもって、何を言えばいいのか、どう言えばいいのかがわかりません。
出来るのは黙って100点を送ることだけです。
本当、これほどの規格外はひさしぶりに見ました。
最初から最後まで隙なく面白かったです。
他の方と同じ感想を反復する事になりますが、これは確かに……言葉にできない。
ただただ、感服であります。
この作品が好きで好きでたまらない。
久しぶりの幸福感をくれた作者に感謝を。
この作品にコメントを残せたのさえ誇らしく思える。
自分の乏しいボキャブラリーでは正確に氏の作品を表現することは出来ないが、あえて言わせて頂くなら。
素晴しい、この作品に出会えた幸福を感謝したい。
と笑いながら感動しながら呟きながら一気に読まさせてもらいました!
シリアスな笑いというやつを見事に表現した怪作でした!
圧倒的なパワーに打ちのめされました。
100点くれてやる!
良くも悪くも、ギャグもシリアスも、登場人物達が全力なのがとても読み手を全力で感情移入させてくれました。突っ込みどころも含めて大好きですw
それにしても、この一文・・・
>人間離れした妖怪を書くのも楽しいが、そんな妖怪たちと角付き合わせて幻想郷を生き抜く人間という生きもん
作者様は平蔵が人間だとでも言い張るつもりなの・・・?w
そしたらいきなり父親が巫女になったってwwwwwww
いや、それでも後半はしんみりとするのかと思っていたら平蔵はサイヤ人化して阿求が拳銃抜いたあたりであきらめました。
あ、もうムリだなと。作者はバカと天才は紙一重どころかバカと天才の境界を超越した存在なんだと。
最後まで大爆笑でした。本当にありがとう。
最後にもう一つだけ
絶 対 許 霊 夢
阿求さんは巨乳なんですね(しかもかなりの)
笑えたんですが、父親が色々な意味で痛々しすぎて……
掲げてここまで好き勝手に書いて評価されるというのも凄い話。
率直に言って中だるみして面白くない部分もあるんだけど
勢いでそれを打ち消してるって感じかな。
「さすがだよ射名丸。
誤字?
100kbあったのかー。確かにちょっと長かったけど、ぐいぐい引き込まれて一気に読んでしまった
基本的にバカなんだけど……面白かった!文章に熱さを感じた。すげぇ
しかしすごい発想だ
このあっきゅんは体力十分すぎるほどにあると思うの
なのにいい話。不思議!wwwwwwww
戦闘シーンもワロタww
とか思ってたらその作者だったwwwあんた最高だww
平蔵の人間性は良かったです
天晴れ!
ギャグなのかシリアスなのか分からないけれども多分これはカオス。
やっぱりあなたはマリナの人だw
だけど紅魔館に着いてからはむしろ苦痛。
中二的な描写はわざとなんだろうし、それ自体はいいんだけど、「それ」に至るのになんの前振りも無かったおかげで、完全に心が離れた。というか、冷めた。
前半が無茶苦茶ながら結果に至るまでの過程を丁寧に書いていただけに、後半は繋がりが無さ過ぎて全くの別物の作品に思える。ていうか、緻密な前半部分が台無し。
なんでサイヤ人なの? なんで銃が出てくんの?
そういうノリなんだよ、と言われてもネタが滑っても必死に続けようとしているサムいお笑い芸人みたい。ギャグなんだから脈絡が無くていいなんて、酷い勘違いだ。
なまじ途中までが素晴らしかっただけに、がっかり感とそれを表す言葉が止まらない。
作者が執筆中に一瞬でもためらわなかったのか、それが知りたいww
図書屋he-zoに改名しようかな・・・
しかし阿求豹変のあたりから非常に残念な感じでした。
それまでが面白かっただけに、読んでる側としてはダメージが大きかったです。
凄い以外に言葉が浮かばんwww
なんて表現したらいいのか
わからない感情がふきだしている
とにかく強い作品だとしか言えない
皆幸せなendでおじさん嬉しいよ
これからもがんばってください。
頭から「キャッ(>_<)」が離れないじゃないかw
いつもは簡易評価しかしないのに100点付けたくなちゃったよ
文の扱いが酷い
まさに漢女か
稗田の子
トチ狂ったまま全力で突っ走る、然して頭ッから尻の先まで混じりけ無しの真摯な姿勢!
感服、脱帽、全面降伏。
やったぜ作者様、あんた人間じゃねえよ!!
だが敢えて言おう!
タグに「超級者向け」が必要だと!
けれどもし、学祭の配布物で配られたものなら、絶賛して勧めて回るだろう。
意味がわからないとしか表しようがないのに、夢中になって読み切っていた。
過去これ以上に評価に困る作品はなかったです。 もちろん良い意味で。
ありがとう、最高の気持ちでフリーレスです。
これほど無駄に叙述トリックが使われた話があっただろうか?
笑った。爆笑した。
なんだこれ
このよくわからない読後感に、この一言以外に思いつかない俺の表現力のなさよ
おもしろかった!!
こんな私では、点数なんて付けれません。底抜けの漢女気(おとこぎ)に乾杯。
ここまで強いと何でも許されてしまう気がする
てか、2次で一番強くて変態で高潔なんじゃないか
もはや、イイハナイダナーなんてコメント出来ないくらい凄い話ですw
色々突き抜けすぎて脳味噌が理解を拒否してるのに
おもしろい、以外の感想が浮かばない……
もってけ100点!
まじパネェっす
よくもこんな変態作を!!!!!!
いかれてやがる!!!!パーフェクトだ!!!!!
なんだこれは