「永琳、」
首元に額を埋めている従者へ数度目の呼び掛けをした。しかし反応はなかった。輝夜はどうしたものかと溜め息を吐くと、橙色が滲んできた空を見上げる。
太陽が昇っていた頃はあんなに暖かかったのに、少し陽が沈んだ途端に肌寒い。出来れば部屋に戻りたいのだが、背後から抱きしめられた状態ではまともに身動きは出来ない。そのための呼び掛けだったのだが、永琳から返事が来ることはただの一度もなかった。
「ねぇ、永琳ってば、」
まさか寝ているのだろうか。
思えばこうしてから既に数時間が経過しようとしている。体勢も相まって、彼女が眠っていたとしても何ら不思議ではなかった。
「……なんて勝手な従者なの」
小さく呟いて、永琳の後頭部に頭を寄せる。するとくぐもった声で「おもいわ」と返された。何と、起きているではないか。
「ちょっと、起きているじゃない」
「……」
返事はない。
輝夜は無性に苛立って、ゴン、と軽く頭突きをした。永琳は「いたい」と薄い反応で答える。
「部屋に行きましょう」
「……いやよ」
「風邪を引くわ」
「……だいじょうぶ」
「いつもと言っていることが違うじゃない」
輝夜は再び嘆息を漏らした。言っても無駄だということは元より分かっていたことだった。
永琳は稀に数日単位で研究室に篭ることがある。鈴仙は新薬の研究だと言っていたが、輝夜にとってそれは些細なことだった。問題は、その研究の後は決まって永琳がこうなることにあった。
「そろそろいいんじゃない?」
「よくないわ」
「疲れたのだけれど」
「わたしはつかれていないもの」
「主人を気遣うことは出来ないの?」
「できるわよ」
「出来るのなら、今して頂戴な」
「どうして?」
「……どうしてって、」
面倒臭い、と輝夜は思った。そして素直にそう言った。
「いいわよ、めんどうで」
するとまるで開き直ったかのような返事をされる。
「‥…本当に面倒ね」
どうしたものか、と思った。既に二桁以上目の思考が解決されることは恐らく難しいのだろう。しかし輝夜はめげなかった。ここで折れたらそれこそ我侭な従者の思惑通りになると考えたからだ。
「永琳」
「……なぁに」
「提案があるの」
「……」
「冷えてきたでしょう」
「……」
「だから部屋に戻りましょう」
「……」
「そうしたらもう何も言わないから」
そう言うと、首元の永琳はぴくり、と反応した。ゆっくりと顔を上げてこちらを見上げる。普段の彼女から感じられる妙な威圧感や冷酷さなどは微塵もない。
どこか疑いを持つ瞳に輝夜が「本当よ」と返すと、永琳は腕から力を抜いた。
「はやくいきましょう」
ゆっくりと立ち上がった永琳に催促されると、輝夜もゆっくりと立ち上がった。随分の間座りっぱなしだったせいで身体のあちこちが痛い。
「えぇっと、少し休憩してからにしない?」
「文句は言わないと言ったわ」
急に呂律がハッキリとした永琳に告げられて、輝夜は眉を寄せる。
「ねぇ、まさか長期戦だったつもりじゃ、」
腕を引っ張られて言葉を遮られる。
数日分の隔たりは、長い時間をかけないと埋まらないことを輝夜は知っていた。妙に機嫌の良さそうな表情を浮かべる永琳は、輝夜と視線を合わせると呟いた。
「大丈夫。明日は休みになっているから」
と。
首元に額を埋めている従者へ数度目の呼び掛けをした。しかし反応はなかった。輝夜はどうしたものかと溜め息を吐くと、橙色が滲んできた空を見上げる。
太陽が昇っていた頃はあんなに暖かかったのに、少し陽が沈んだ途端に肌寒い。出来れば部屋に戻りたいのだが、背後から抱きしめられた状態ではまともに身動きは出来ない。そのための呼び掛けだったのだが、永琳から返事が来ることはただの一度もなかった。
「ねぇ、永琳ってば、」
まさか寝ているのだろうか。
思えばこうしてから既に数時間が経過しようとしている。体勢も相まって、彼女が眠っていたとしても何ら不思議ではなかった。
「……なんて勝手な従者なの」
小さく呟いて、永琳の後頭部に頭を寄せる。するとくぐもった声で「おもいわ」と返された。何と、起きているではないか。
「ちょっと、起きているじゃない」
「……」
返事はない。
輝夜は無性に苛立って、ゴン、と軽く頭突きをした。永琳は「いたい」と薄い反応で答える。
「部屋に行きましょう」
「……いやよ」
「風邪を引くわ」
「……だいじょうぶ」
「いつもと言っていることが違うじゃない」
輝夜は再び嘆息を漏らした。言っても無駄だということは元より分かっていたことだった。
永琳は稀に数日単位で研究室に篭ることがある。鈴仙は新薬の研究だと言っていたが、輝夜にとってそれは些細なことだった。問題は、その研究の後は決まって永琳がこうなることにあった。
「そろそろいいんじゃない?」
「よくないわ」
「疲れたのだけれど」
「わたしはつかれていないもの」
「主人を気遣うことは出来ないの?」
「できるわよ」
「出来るのなら、今して頂戴な」
「どうして?」
「……どうしてって、」
面倒臭い、と輝夜は思った。そして素直にそう言った。
「いいわよ、めんどうで」
するとまるで開き直ったかのような返事をされる。
「‥…本当に面倒ね」
どうしたものか、と思った。既に二桁以上目の思考が解決されることは恐らく難しいのだろう。しかし輝夜はめげなかった。ここで折れたらそれこそ我侭な従者の思惑通りになると考えたからだ。
「永琳」
「……なぁに」
「提案があるの」
「……」
「冷えてきたでしょう」
「……」
「だから部屋に戻りましょう」
「……」
「そうしたらもう何も言わないから」
そう言うと、首元の永琳はぴくり、と反応した。ゆっくりと顔を上げてこちらを見上げる。普段の彼女から感じられる妙な威圧感や冷酷さなどは微塵もない。
どこか疑いを持つ瞳に輝夜が「本当よ」と返すと、永琳は腕から力を抜いた。
「はやくいきましょう」
ゆっくりと立ち上がった永琳に催促されると、輝夜もゆっくりと立ち上がった。随分の間座りっぱなしだったせいで身体のあちこちが痛い。
「えぇっと、少し休憩してからにしない?」
「文句は言わないと言ったわ」
急に呂律がハッキリとした永琳に告げられて、輝夜は眉を寄せる。
「ねぇ、まさか長期戦だったつもりじゃ、」
腕を引っ張られて言葉を遮られる。
数日分の隔たりは、長い時間をかけないと埋まらないことを輝夜は知っていた。妙に機嫌の良さそうな表情を浮かべる永琳は、輝夜と視線を合わせると呟いた。
「大丈夫。明日は休みになっているから」
と。