「あれだけ言ったのに、全く懲りないのね貴方たち」
華仙は呆れ顔で溜息を吐き出す。その視線の先には、欲望に目の眩んだ人間たちがいた。
霊夢と、魔理沙。
彼女たちは、「死にたい奴だけ近寄ってよし」と書かれた看板などものともしない。危険を承知で間欠泉センターのど真ん中にまで入り込んでいた。
目的はただ1つ。金を手に入れるため。
「あらこんにちは。お説教なら間に合ってるわよ」
「それで先手を打ったつもり? 聞く耳を持たなくても嫌でも聞かせてあげるわよ。ここは貴方たちが近付くような場所では――」
「はいはい。前も聞いたわよそれ」
華仙の忠告など意に介さず、霊夢はひらひらと手を振る。
「よう、のっけから説教とは相変わらずだな」
「私は貴方にも言ってるつもりなんだけど」
魔理沙は魔理沙で、他人事のようにさらりと受け流すばかりだった。
彼女たちは、素直に人の話を聞くような性格をしていない。そのことを理解しながら、それでも華仙は説得を諦めなかった。
「こんな所に長いこと居たら、死ぬわよ? 割と本気で」
辺りには、温泉の湧出に伴って発生する有毒ガスが立ち込めているのだ。生身の人間が居座っていい場所のはずがない。
その身を案じての忠告だと言うのに、2人ともそれに従おうとする気配は全くみられなかった。
「分かってるよ。だからさっさと金を見つけてさっさと退散すればいいんだろ?」
「そんなに簡単に金が見つかるとでも思ってるの?」
「ああ。だから今回はこいつを連れて来た」
ばんばんと魔理沙に背中を叩かれ、華仙の前に姿を現したのは、ねずみ色の髪をした少女だった。
「という訳で頼むぜ、ナズーリン」
「……やれやれ、ネズミ遣いの荒いことだね」
げんなりとした表情で、ナズーリンは魔理沙を睨み付ける。その様子から、強引に連れて来られたことは明らかだった。
魔理沙は得意げにナズーリンの探索能力を説明するが、それを聞かされた華仙は、ただただ魔理沙たちの強欲さに呆れるばかりだった。
「盗掘の次は拉致、そして強制労働ですか。これ以上罪を重ねると本当に地獄に落ちるわよ」
「正論を説いても無駄だよ。彼女らが金や宝の類に目がないことは私も良く知っている」
ナズーリンは疲れたように首を振る。その表情には既に、諦めの気配が色濃く漂っていた。
「何だか酷いこと言われてるみたいだけど、ここは誰かのものって訳じゃないから盗掘でもなんでもないでしょ」
「拉致と強制労働は否定しないのね」
「ちょっとくらいは分け前をあげるわよ」
しかし、ナズーリンの方にそれを喜ばしく思っている様子はない。強欲者というそしりを免れるための言い訳に過ぎないのだろう。却って始末の悪いことだった。
「君たちの分け前なんて、私には不要だよ」
ナズーリンの気のない返事。彼女は3人に背中を向けたまま、辺りをさまよい歩いていた。
ある時ふと立ち止まると、足元の地面を掘り返し始める。そして地中に手を突っ込むと、その中から何かを見つけ出したようだった。
「それで、君たちが探してるのはこれかい?」
ナズーリンが摘み上げたのは――淡い黄色の光を放つ、小石ほどの大きさの塊だった。
「あら、やるじゃないの」
「おお、早速見つけてくれるとは。そのダウジングロッドは伊達じゃないな」
お宝の発見に、霊夢と魔理沙は早くも色めき立つ。彼女たちの瞳は既に、金をちりばめたみたいに爛々と輝いていた。
それに対して華仙は、その塊を見て絶句している。
「貴方……」
「こうでもしないと、この貪欲な人間たちは帰らないだろう? 私もさっさと解放されたいんだ」
「話が解るじゃないか」
「君たちが裕福になろうが貧しかろうが、私には関係がないのでね」
霊夢たちの境遇には本当に興味がないのだろう。ナズーリンは手に取ったその塊を、無造作に放り投げる。霊夢はそれを、壊れ物でも扱うかのように両手で受け止めた。
手の内のそれを、霊夢はほう、と陶然とした表情で見つめる。魔理沙もその輝きに納得がいったのか、うんうんと調子良く頷いていた。
「こんな感じで、いかにも良さそうなやつを頼むぜ」
「やれやれ、注文が多いことだね」
そう毒づきながらも、ナズーリンは次なるターゲットを求めて歩き回る。霊夢と魔理沙は、親鳥にすがる雛のように、その後ろをついて行くのだった。
そんな2人の姿に華仙は、失望を隠すことが出来なかった。
「……本当に、どうしようもないくらい貪欲ね」
「うん? 何か言ったかしら?」
「もういいわ、勝手になさい」
華仙は怒ったようにそう言い放つと、霊夢たちに背を向けてしまう。
そのまま立ち去ろうと一歩踏み出したところで――華仙は足を止めて振り向いた。そして、霊夢を鋭く睨み付ける。
「……でも、最後にひとつだけ忠告しておくわ」
「何よ、思わせぶりに」
「あんまり欲望に目が眩んで、馬鹿を見ないように気を付けることね」
そう言い捨て、ふいと正面に向き直る、その直前。
――華仙は、口の端をつり上げて冷笑した。
しかし霊夢たちがそれに気付くことはなく、華仙はそのまま2人を見捨てるようにその場から立ち去っていった。
「つまらん捨て台詞だったな」
「まあ、ほっときましょうよ」
「んじゃナズーリン、続きを頼むぜ」
「はいはい、仰せのままに、っと」
いかにも投げやりな調子で、ナズーリンは軽口を叩く。その後はもう、黙々とダウジングロッドを振るうだけだった。
そうして、霊夢たちの指示に従って探し物をするナズーリン。
その口元が時折、何かを嘲笑するように歪んでいたことに、霊夢たちは最後まで気が付かなかった。
――カランカラン。
「香霖、居るかー?」
「ああ、居るよ」
居るとは言いながら、当の本人は立ち上がるどころか、手元の書物から顔を上げる様子さえもなかった。
「もう、霖之助さんったらちゃんと接客しなさいよ。お得意様が来たんだから」
「そうだぜ、そんなだからこんなに寂れてるんだ」
それは、店に入って来た彼女たちを客とは思っていないからだろう。ましてやお得意様などとは論外である。
やれやれと溜息を吐きながら、霖之助は本を閉じる。そして顔を上げると、そこにはいつもの2人組。
いつもと違うのは、その顔に、やに下がったような笑みが浮かんでいることだった。
「どうしたんだい2人とも、やけに嬉しそうだけど」
「あら、分かるのかしらぁ?」
「むしろ分かりやすいくらいなんだが。何か良いことでもあったのかい?」
「さあ、どうかしらね」
「とぼけてる割には、言いたくて仕方がないって顔をしてるんだが」
「もう、仕方がないわねぇ。教えてあげるわ」
霊夢と魔理沙は頷き合うと、それぞれ手に持っていた袋を霖之助の目の前の机に置く。ドスッと重量感のある音が響いた。
それを横に倒すと、キラキラと輝く沢山の鉱物が中からこぼれ出る。
「ほう、これはまさか……」
「そのまさか。金だぜ金」
魔理沙が得意になって胸を張る。あたかも自分で採って来たかのような態度だった。
霖之助はその1つをつまみ上げると、目元に近付けてまじまじと見つめる。
「ふむ、これは……」
「どうしたのよ霖之助さん、金よ金」
「そうそう、凄いだろう?」
勝手に盛り上がる2人をよそに、霖之助は難しい顔をしてそれを観察していた。ひとつ頷いてそれを机に戻すと、無言のまま店の奥に引っ込んでゆく。
そして戻って来た時、その手には金槌が握られていた。
「どうしたんだ香霖」
「ああ、悪いがちょっと失礼するよ」
「あっ!」
霊夢がそう声を上げた時、霖之助は机の上に置かれた鉱物を目掛けて金槌を振るっていた。
打撃の瞬間、硬質な音と、火花が弾け散る。
「……やっぱりね」
「もう、いきなり何するのよ!」
「そうだ香霖、人の物に何するんだ!」
「いきなりで悪かった。でも、ちょっと落ち着いてくれないか2人とも」
騒ぎ出す2人を、霖之助は謝りながらなだめる。共に落ち着いた所で、霖之助は説明を始めた。
「2人が持って来たこの鉱物だけど、これは……金じゃないよ」
「金じゃないって、それどういうことだ?」
驚きのあまり、前のめりになって霖之助に迫る魔理沙。その表情には、それまでにない焦りが見て取れた。
霖之助は、机に散らばる鉱物をあらためてつまみ上げる。
「確かにこれは、金色っぽく光ってるから金に見えなくもない。でもこれは、金なんかじゃない。黄鉄鉱という鉱物だよ」
「黄鉄鉱?」
「そう。外見は似ているが決して金ではない。金槌で叩いて火花が出たから、確かだろう。
よく金と間違われるんだが、実際のところそのへんに転がってる石ころみたいなもので、金銭的な価値はないよ」
石ころとまで言われ、霊夢も魔理沙も絶句してしまった。
しかし諦め切れない霊夢は、すがるような面持ちで霖之助に迫る。
「霖之助さん、私たちを騙してない?」
「疑うようなら、里にでも持って行ってみるといい。専門の目利きなら、これが金じゃないことは分かるよ。まあ、恥をかきたくなければやめるんだね」
「…………」
霊夢はそれ以上、言葉を継ぐことが出来なかった。霖之助がそこまで言うのなら、本当のことなのだろう。
「どうやって手に入れたのかは知らないが、残念だったね」
霖之助は机の上にこぼれた黄鉄鉱の粒を袋に戻し、霊夢たちに押し返す。ともに、袋の中身を恨めしそうに見つめるだけで、それを手に取ろうとはしなかった。
「せっかく集めたのに……」
「金そっくりなのに、何の価値もないなんてなぁ……」
先程までの快活な様子はどこへやら、2人とも溜息を吐き出しながら未練たっぷりにぼやき続ける。
そのままがっくりとうなだれる彼女たちだったが、ある時、魔理沙が不意に顔を上げた。
「待てよ、つまりはナズーリンが私たちを騙したってことか」
「……そうなるわね。こうなったらとっちめてやるんだから!」
「まあまあ、落ち着きなさい」
「騙されたんだから落ち着けないわよ!」
怒りのまま店を飛び出そうとする霊夢を、どうにか引き止める。
霖之助は、一応まだ冷静さを保っていた魔理沙から今回の経緯を聞いた。
「……なるほどねぇ。金を探させたと思ったら、君たちの方が上手くはめられたってことか」
「その通りだけど、余計なお世話だ」
「まあしかし、これについては自業自得な気もするがね」
「うるせい」
自分では何もせずに金を手に入れようとしたのだ。当然の報いと言える。
「それにしても、君たちにあえてこの黄鉄鉱を掴ませるとは……、そのネズミの少女もやり手だね」
霖之助はにやりと笑うと、袋の中から黄鉄鉱の結晶をつまみ上げる。
「実はこの黄鉄鉱には別名があるんだが……、知りたいかい?」
「……何だよ、別名って」
魔理沙は不貞腐れたように言葉を返す。金ではないと知って、もはやその鉱物への興味は失われているようだった。
それはそうだろう。彼女にとってそれは、もはや無用の長物に過ぎないのだから。
「これがまた、今の君たちにふさわしい言葉でね」
霖之助は、くつくつと含み笑いが漏れるのを我慢しながら説明する。
「何だよ、もったいぶらないで早く言ってくれよ」
「そうよ、感じ悪いわねぇ」
「いや、すまないね。つい笑いがこみ上げてしまって」
2人に睨まれ、霖之助は咳払いをひとつ。笑いを引っ込めようとしたのだが、それでも口の端が歪むのを抑えられなかった。
霖之助は、そんな皮肉な笑みを浮かべたまま、2人に言った。
「この黄鉄鉱は俗に、fool's goldと言ってね。つまり『馬鹿の金』ってところか。まさに、今の君たちにぴったりの言葉だね」
ただ序盤の内でオチが分かる上に、あまり強いものでもなかったのがやや残念
茨華仙は今後もっと増えてほしいものです
仮にも商人なので金にも目利きは利くと思うので、黄鉄鉱に金槌を振るう
くだりは金でないことの証明として出す方が良かったかも。
あと霖之助とナズーリンは宝塔のくだりで面識がある筈なので、彼女への
「そのネズミの少女」という言い方に少々違和感が。
上記の点が少し気になりましたが、茨歌仙ネタは貴重で面白かったです。
華扇・霖之助・ナズーリンと知識人に次々皮肉られる2人の悔しがる顔が
目に浮かぶようでした。