春眠していても朝の冷え込みに暁を覚えてしまう。
まだそんな季節だった。
ほんのり曇ってはいるがうららかと言えなくもない日差しを浴びながら少女が三人、博麗神社の縁側で午後のお茶をすすっていた。
「なあグモンジの能力ってどうやったら手に入るんだ?」
左に座っていた白黒の魔女、霧雨魔理沙がそう聞いた。思うところがあるのか珍しくまじめな顔をしていた。
真ん中で紅白の巫女、博麗霊夢が春の陽気に「ふあああ」とあくびを噛み殺しそこねた。霊夢は魔理沙の話には興味がないのか、伸びをひとつするとなくなったお茶請けの代わりを探しに行ってしまった。
「難しい質問ですね。でもたとえ求聞持の力が手に入ったとしても、そんなにいいことばかりではないですよ。」
「お茶のおかわりもお願いします」と霊夢に伝えながら残ったもう一人、稗田阿求が静かに、笑いながら答えた。
魔理沙はしばらくうーんと唸っていたが、よっと立ち上がるといたずらっぽく続けた。
「なんでだ?何度でも思いだし笑いができそうでいいじゃないか。」
「ちょっと、それは気持ち悪いわよ魔理沙。」
お茶請けが見つからなかったのだろう。霊夢が手をぶらぶらさせながらすぐに帰ってきた。
次来るときは煎餅でも持ってきなさいよ。霊夢の無表情が魔理沙に言っていたのだが、もちろん魔理沙は聞く目などもたない。彼女の目は匂いを嗅いだり音を聞いたりはしないのだ。
「あっお茶忘れちゃった」と霊夢が再び立ち上がると魔理沙が言った。
「まあ確かに思いだし笑いのしすぎはよくないかもなー。常にウフウフ言ってたら気持ち悪いし…」
阿求と霊夢が同時に吹き出した。
冗談で言ったのだから笑ってもらえて正解なのだろうが、あまりに二人して大笑いされるとなんだか馬鹿にされてるみたいだった。魔理沙は気恥ずかしさを隠すために何か反論しようかと思ったが…すぐにやめた。
こういうときは笑ったほうがいいのだ。笑ったほうが人生は楽しくなるに決まっている、と魔理沙は知っていた。
結局少女たちはしばらくその話題で幸せなときをすごした。
3月にしては暖かい風が少女たちをなだめていた。
明日の朝あたりは暁を覚えないかもしれない。
しばらくして阿求が―彼女の経験を考えれば当然なのだが―その見た目とはあまりにも不相応な、長い時を経た者特有の笑みをたたえて語り始めた。
「たとえば…、魔理沙さんがガラにもなく朝早く起きたとして、」
私は寝坊キャラだと思われているのか、という驚きを胸の中にしまった魔理沙はくしゃみを我慢するような顔をした。
「そこで、こう…静かな朝もやの中にぱあっと、ぱあっと魔法の森を照らす日の出を見たらどう思いますか?」
「そりゃ綺麗だとか清々しいとか感じるんじゃないか?実際綺麗で清々しいし。」
「そうですね、でももし魔理沙さんが早起きで毎日のように日の出を見ていたら、そのうちそういう感動も薄れるんじゃないかしら。」
笑った阿求の口と、言葉との端に魔理沙はある種の「居心地の悪さ」を感じていた。霊夢はいつの間にか新しいお茶を用意し終えていた。
「人が物事に感動するのは、そのもの自体の美しさに対してってのもあるけど、観察のなかでの新しい発見に対してってのも理由だからね」
「そうです、まさに霊夢さんの言う通りです。本当に素晴らしいものは見る度に新しい発見があって、そこに人知の及ばぬ世界の素晴らしさを感じるものなんです。人の身のちっぽけさを知ると同時に世界の偉大さを感じるところに感動があるんです。」
「なるほど、そういうものか?」
「でも私には求聞持の能力がある。朝日も一度見てしまえば忘れることはなく、いつでも細部に渡って完全に思い出すことができる。朝日だけじゃない。空を行く雲の形、妖怪の山の威容、魔法の森の鼓動、人妖の生き死に…そこに今さら新たな発見や感動など、ありません。」
風は、また冷たさを取り戻していた。お茶をすする霊夢の肩が震えたように見えた。
「それは、なんというか…気の毒というか、すまん。」
こういう雰囲気は耐えられないと言わんばかりに、魔理沙は帽子をきつくかぶり直した。霊夢に助け舟を出してもらおうと魔理沙が湯のみに手を伸ばすと、霊夢が堪えきれずに…吹き出した。
「…ぷっ魔理沙、あんた騙されちゃダメよ。この子小さい頃からとんでもなく寝坊助で朝日なんて見たことないんだから!それに箱入り娘で妖怪の山だって行ったことないのに。」
「へ?」
「ちょっと霊夢さーん!」
「あぁっ!私を騙したのか!」
「あはは、魔理沙、顔真っ赤よ!」
いつの間にかふたりは部屋に上がりこんで追いかけあっていた。
しばらくどたばたしていたが、縁側の部屋のちゃぶ台を魔理沙が飛び越したとこで勝敗が決したらしく、畳の上で阿求の手をつかんで馬乗りになっていた。
「よーし、完全なマウントポジションだ。何の実験に使われたいかぐらいは聞いてやるよ!」
「えへへ…はあはあ。」
「それに何度見たって美しいものは美しいのよ。写真に納めた景色なんかその典型じゃない。」
掴み合い肩で息をするふたりの後ろで霊夢が涼しそうに言った。
「おっまえあっきゅ…ぅ~うわあっっ!」
「はあはあ、いいじゃないですか!たまにはセンチメンタルに浸るのも?」
阿求が隙を見て逆に魔理沙をひっくり返す形になった。思わぬ反撃に魔理沙は完全に面食らっていた。
「『箱入り娘じゃなかったのか?』って言いたそうですね。確かに自他共に認める箱入り娘ですけど、これでも寺子屋じゃ番長張ってましたから。」
「弾幕戦ならぬ肉弾戦ってわけか。」
「阿求、パンツ見えてるわよ。」
霊夢が言うと再び境内は少女たちの笑い声に包まれた。
いつの間にか日が暮れかけていた。
漸くして少し落ち着くと、髪を直しながら魔理沙が言った。
「まったく、何が阿礼乙女だよ。とんだ食わせ者じゃないか。」
彼女も、阿求もまた幻想少女の一人ということなのだろう。
「だけどまあ気に入ったよ。よしっ!私がとびっきりの朝日を拝ませてやるよ。思い出すたびに私に感謝したくなるほどのやつをな。」
「ん、えっ?」
「見たことないんだろ、朝日?」
阿求はまだ少し肩で息をしていた。
幽々子みたいよ、それ。ぽかんと口を開けた阿求を見て霊夢が笑った。
「そうと決まればまずは紅魔館だ。確実に雲を晴らす魔法を探しに行ってくるから…霊夢、阿求を送ってやってくれ。阿求、明日は遅くても寅の刻すぎには迎えに行くから今日は早く寝るように!それとだいぶ暖かくなってきたとは言えまだまだ朝は寒いから防寒も忘れずにな!」
一通り言い終えるや「じゃあな」と箒にまたがり、唖然とする二人を残して薄暮れの空へ星をちりばめて行ってしまった。
その思いつきと行動力こそが幻想郷最速だった。
「たしかに春はあけぼのっていうくらいだから綺麗なんだろうけどさ、まったく勝手ね。」
「…本当ですね、本当。」
そう言って笑った阿求の頬は、
幻想郷最速の春一番は彼女の頬をうっすらと染めていた。
なんだか明るい阿求でいいですね。
三人の会話や阿求が魔理沙を騙したり、それを霊夢がバラして
追いかけあいが始まったりとか面白かったですよ。
脱字の報告
>これでも寺子屋じゃ番長張ってしたから。
『ましたから』ではないでしょうか?
元気なあっきゅんもいい。
甘いあきゅマリを全力で希望します!