Coolier - 新生・東方創想話

ざ・わーるど「咲夜が止まれ」~後編~

2012/02/26 21:09:17
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※一応注意
 この作品は、「ざ・わーるど「咲夜が止まれ」~前編~」の続きです。
 前編を読んでから読むことをお勧めします。
 前編はこちら→http://coolier-new.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1330181292&log=0





 二月三日午後二時四十九分。魔理沙は自宅に一度戻り、シニンダケの胞子とやらが入った試験管容器をこちらに持ち運んできた。傍から見ればただの白い粉を集めたものだが、パチュリーは魔理沙から、素手で触らないほうがいいと注意を受けた。名前からして怪しいのだ、恐らく毒があるのだろう。

「さて、それじゃあ私は他の材料の調合をするから、魔理沙は茸を頼むわ」

「おう、任せな!」

 空気椅子状態の咲夜の膝の上で直立しながら、魔理沙は親指を立てる。

「って早速か!」

「タイトル、組体操」

「黙れ!」

 早くも心配になってきた。現状で信用できるのが魔理沙しかいないから仕方がないのだが、このままではあまりに咲夜が居た堪れない。しかも空気椅子状態で顔が完全に無表情なのだから余計に滑稽に見える。

「そんなにピリピリするなって、私はこの非常事態にささやかな安らぎを与えようと思ってだな」

「安らがないから、むしろ胃がキュッてなるから」

 パチュリーのノリが悪いせいか、魔理沙は不満げに口を尖らせる。しかしパチュリーも魔理沙の悪戯にいちいち付き合ってはいられない。

「栽培が難しいんでしょ? あんまり遊んでないでしっかり働きなさい」

「失礼だな。私は今んとこ休んでないぜ?」

 どの口が言っているんだ。パチュリーはそう問い詰めたい気持ちを抑え、椅子に腰掛ける。

「とりあえず、私は材料の調合にかかるわ。塗料の作成は分量計算が命。間違ったら違う魔法が生まれる場合もあるから、邪魔しないでね」

「おう、邪魔しないぜ」

 絶対に何かする。パチュリーはそう思った。




 午後三時半。大まかな固形材料の磨り潰しは完了した。額に少し汗を滲ませながらも、一区切りついたところでパチュリーは小さく溜息を吐き、額の汗を拭った。

(魔理沙は……)

 正直、気が気でなかった。とりあえず今現在、魔理沙に怪しい行動は見られない。直立したままの魔理沙の横で、咲夜は椅子に腰掛け魔導書を読んでいる。

(よかった、大丈夫そう――)

 直立したままの、魔理沙の横で、咲夜は椅子に腰掛け、魔導書を読んでいる。

「逆ゥー!!」

「お、やっと気付いてくれたか」

 直立不動だった魔理沙が肩をぐるぐると回しながら動き出した。

「何器用なことやってんのよ!」

「咲夜もちゃんと座らせてやらなきゃ可哀想じゃないか。なあ咲夜?」

「私モ立チッパハキツイデス」

「その下手な腹話術をやめなさい!」

 咲夜の顎を掴んで口をパクパク動かしている魔理沙に、パチュリーはつい声を荒げてしまった。

「カリカリしてるなあ、糖分足りてないんじゃないか? ちょっと休憩したほうがいいぜ?」

 一体誰のせいでカリカリさせられていると思っているんだ。パチュリーはジットリと魔理沙を睨んだ。

「そう焦るなって。シニンダケの発芽には四、五時間はかかる。急がせても茸は育たないぜ?」

「まあ、そうだろうけど……」

「急がば回れ。困った時はティータイムだぜ」

 自信ありげに茸を語るあたり、ちゃんとやっているのだろうか? 半信半疑ではあるが、パチュリーはそれ以上魔理沙に突っ掛かるのをやめた。それに魔理沙に休憩を促されて気付いたが、少し喉が渇いていたのだ。




「本当にあれでよかったのかしら……」

 パチュリーはティーポットに熱湯を注ぎ、ティーポットの中を温めながら呟いた。何で温めるのかは知らない。ただ咲夜がそうやってたのを思い出したからそうしているだけである。

「っていうか、本当に出来るのかしら、茸……」

 キッチンでお湯を捨て、そこに茶葉を入れる。少し高い位置から再び熱湯を注ぐ。多分こうしたほうが美味しいのだろう。

(正直不安ではあるんだけど……)

 魔理沙が持ってきた試験管の中身は、魔理沙と咲夜が入れ代わっていた時には、中身が空になった状態で机に放置されていた。ということは、胞子を使い、どこかで栽培しているのは間違い無いのだ。

(考えすぎね……魔理沙の言うとおり、ちょっと休憩したほうがいいわ)

 茶葉を蒸らす時間は分からない。図書館に着く頃には、多分丁度よくなっているだろう。ティーポットと二人分のカップ、そしてスライスしたレモンをトレイに乗せ、パチュリーは図書館へと再び足を運んだ。




 午後三時五十七分。トレイを机に置き、パチュリーは二人がいた場所に目をやる。

(……大丈夫、よね)

 魔理沙は本を読み、咲夜は棒立ち。配置は元通りだ。

(……)

 問題はない。そこに立っているのは間違いなく、メイド服を着た金髪の――

「逆ゥー!!」

「これ足元スースーするな」

 そこには魔理沙の服を着せられた咲夜と、彼女の服を着た魔理沙がいたのだ。

「何やってんの!? 何やってんの!?」

「あんな服着てたら風邪引いちまうだろ? 可哀想だから代わりに着てやったんだ」

「時間止まってるから風邪引かないわよ!」

「それにしてもこの服ぶかぶかだな」

 魔理沙は背が低い、そして咲夜は背が高い。当然だ。そして咲夜の方はというと当然その逆で……

「服破ける! あんたの服パッツンパッツンになってるじゃない! 逆にこっちのほうが可哀想よ!」

 何かもう胸とか腰とかがすっごい伸びている上に、本来脛(すね)まで隠れるはずのスカートが膝のやや上までしか隠せていない。

「なんだ私の服に不満があるのか? ちなみに私はこいつの熊さんの履き心地に不満があるんだが」

「何で下着までとっかえてるの!? 早く元に戻しなさい馬鹿!」

 結局、休憩するはずが逆にストレスを抱える羽目になってしまった。




 午後七時三十八分。夕食の時間である。
 テーブルに座っているのは、パチュリーと魔理沙、そして咲夜。魔理沙はニタニタしながら咲夜を見つめ、対する咲夜はナイフとフォークを掴んだ状態で両手を頭の上にまで振り上げたまま止まっている。傍から見れば大好物の料理を大人しく待っていられない子供のような、完全で瀟洒なメイドである。

「……はぁ」

 パチュリーは、ツッコミを我慢していた。何度叫んでも、結局暖簾(のれん)に腕押しだからだ。それに何だかんだ言って、咲夜の時間を元に戻すための準備は順調に進んでいる。茸以外は。

「ハンバーグか。中々料理上手だなパチュリー」

「ハンバーグなんて、ひき肉と野菜を適当にごちゃ混ぜして焼くだけじゃない」

 満足顔で、魔理沙派ハンバーグを口に運ぶ。久々に作った料理を褒めてもらうのは嬉しいが、パチュリーはツンとした態度を取ってみせる。無論、頬を染めて照れるなんて愚行を彼女のプライドが許すはずがなかったからだ。

「そうでもない。料理ってのは案外奥深いんだぜ?」

 珍しく、魔理沙が饒舌に語り始める。

「美味しいハンバーグのコツは練りだ。塩はたんぱく質を分解して、肉同士を繋げる役割を持ってる。だから肉は練ってしっかり固めないといけない。それによく練らないと肉の中の空気を外に押し出すことが出来なくなるんだ。そうなるともはやこれはハンバーグじゃない。ハンバーグの形をした肉の塊だ。上手に肉の旨みを凝縮させてこそ、柔らかくて美味しいハンバーグが出来るんだぜ?」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「よく知ってるのね」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「一人暮らしは伊達じゃないからな。ちなみにこのハンバーグは80点だ」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「残り20点は?」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「玉葱を炒めずに肉に混ぜたろ」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「完敗ね」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「要修行だな」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

「ところで……なんで咲夜の分も作ったんだ?」

「あ……」

 そして咲夜はハンバーグを目の前に万歳している。

 


 午後九時四十分。一足早めに入浴を済ませたパチュリーは、寝巻きに着替えていた。就寝するには早い時間だが、正直今日は疲れていたのだ。魔理沙のせいで。

(材料の下ごしらえは殆ど終わってるし、正直、私がすることがもう無いのよね)

 タオルと汚れた服をたたみ、パチュリーは浴場のドアを開く。

「……」

 そこに立っていたのは咲夜だった。咲夜は右足を横に広げて立っていた。左手を腰に当てて立っていた。右人差し指を天井にかざし立っていた。下着姿で。

「ギャーサクヤサーン!!」

「お、パチュリーあがったか。それじゃあ次は私達が」

「何で咲夜脱がしてんのよ! このポーズ何!? って、達!? あんた今達って言った!?」

 洗面器片手に実に爽やかな表情でパチュリーに近付いてきた魔理沙は、パチュリーのあまりの動揺に首を傾げる。

「ん? 駄目か?」

「駄目って言うか必要無いじゃない!」

「酷いなあパチュリーは。風呂は乙女のオアシスだぜ? なあ咲夜」

「綺麗ナメイドサンハ、好キデスカ?」

「だから腹話術やめろ!」

 下着姿で真顔の咲夜に、もはや凛とした美しさは微塵も感じられなかった。それだけにパチュリーは見ていられなかった。しかし魔理沙は怯まない。

「条件を忘れてもらっちゃ困るぜパチュリー。咲夜の管理権限は誰にあるのか、忘れたわけじゃないだろ?」

「く……っ」

 そこを突かれると反論は出来ない。パチュリーは歯噛みするしかなかった。

「安心しろって。シニンダケの発芽にはちゃんと成功してる。明日の夜か、明後日の朝には立派な茸になってるだろうさ」

 固まったままの咲夜を抱えながら、魔理沙は風呂場へと歩いていった。咲夜の右脛(すね)が扉に当たってゴッと音を立てたが、魔理沙がそれに気付くことはなかった。

「あ、パチュリー、たわし貸してくれないか?」

「何に使うつもり!?」




 午後十時五十八分。パチュリーは自室に篭り、ベッドに腰掛けながら溜息を吐いていた。

「……疲れた。ツッコミに」

 がっくりと肩を落とす。ここまで自分の無力さをかみ締めた一日は初めてだった。たかが茸、たかが茸で、彼女は魔理沙にいいように遊ばれている。
 茸の知識が分からない以上、全権を魔理沙に譲るしかない。全ては順調に進んでいるようには見えるが、茸に関しては完全に前門外である以上、パチュリーの不安は増すばかりだ。

「パチュリー、まだ起きてるか?」

「……おかげさまでね」

 壁の向こうから声が聞こえる。隣の部屋の住人の声。当然魔理沙だ。

「なあパチュリー……私はそんなに頼り無いか?」

「え……」

 急に問われると言葉に詰まる。正直不安だらけだ。でも、魔理沙に協力を頼んだのは自分自身。その責任は当然彼女も自覚していた。

「咲夜を元に戻したいのは、私だっておんなじなんだぜ?」

「……」

「私に霊夢に早苗、そして咲夜。私達は幻想郷で数少ない、能力を持った普通の人間なんだ」

「……」

「それに、人間の一生は短い。お前達にとっちゃ私らの一生なんて、一日二日と大して変わんないのかも知れないけどさ」

「……」

「その一日二日が、私達にゃ長いんだ。だから、生きる時間に差が出来るのは……嫌なんだよ」

 パチュリーは後悔した。そうだ、こいつはこういう奴なんだ。いつも気張って馬鹿やって、こいつはいつもそうやって、自分の弱みを人に見せない奴だった。

「……ごめんなさい」

 パチュリーは素直に謝った。そして、何があってもこれからは、魔理沙を信じてやろうと決めた。咲夜を元に戻したい。その思いが一緒なら、きっとうまくいくはずだ。

「ハンバーグに免じてゆるしてやる」

 壁越しの魔理沙の声は、少し明るさを取り戻したかのように聞こえた。

「さて、茸栽培は明日が山場だ。私達は先に寝かせてもらうぜ?」

「分かったわ。おやすみなさ……達!?」

 思わずパチュリーはバンっと壁に両手を張り付かせる。

「へっへっへー今夜は寝かせないぜ咲夜さんよぉ~?」

「ちょっと! あんた部屋の中まで咲夜を持ち込んでるの!?」

「はっはっは、そんなに引っ付くなよ咲夜~」

「何、何!? 何やってんの!? 変なことしたら許さないわよ!?」

「おー可愛いメイドちゃんですねーよーしよしよし!」

 パチュリーは思った。前言撤回と。




 二月四日、午前七時十五分。
 テーブルに並んだ食事は、フランスパンにベーコンエッグ、ホットコーヒーに人参スティック、十六夜咲夜(イタリアンパセリを鼻に詰めて)。

「朝っぱらから何やってんのよ!」

「いい朝だな咲夜」

 昨日疲れたせいか、パチュリーは珍しく寝坊してしまっていた。魔理沙が食事を作ってくれたのは意外だった。咲夜が調理されているのはもっと意外だった。

「まあ、これはちょっとした冗談だ。寝起きマスパみたいなもんだ」

(今までのは冗談じゃないわけ……?)

 咲夜の鼻のパセリをズボっと抜く魔理沙を横目に、パチュリーは席に着く。朝っぱらからギャンギャン吼えるほどの体力は彼女にはない。

「茸のほうは期待してるけど、あんまり咲夜を苛めないであげてよね」

「分かった分かった。冗談はここまでにするからそんな怒るなよ」

 流石にげんなりしているパチュリーの様子に魔理沙も罪悪感を覚えたのか、相撲取りの立会いの構えをしたままの咲夜をテーブルから降ろし、椅子に座らせた。

「悪いことはするなって、魔理沙も親から言われたことくらいあるでしょう?」

「人の嫌がる事は進んでやれ、とは教えられたぜ」

「絶対意味間違って覚えてるわよそれ」

 呆れ顔で、パチュリーはコーヒーを口に運ぶのだった。




 午前十時二十七分。図書館内。そこにいるのはパチュリー、魔理沙の二人だけだった。咲夜がいない。外に放置されている。

「何で咲夜を外に出してるの?」

 窓の外から見える咲夜に目を配りながら、パチュリーは読書に耽っている魔理沙に問いかける。

「日干しだぜ?」

「日干し?」

「湿気が高すぎると困るからに決まってるだろ。それに服にダニがついても困るし」

「まるで布団ね」

「基本中の基本だぜ?」

(何の基本よ)

 内心、パチュリーは少し焦り始めていた。茸がいつ完成するかが全く見当がつかないからだ。最悪の場合はレミリアに真実を打ち明けるしかない。彼女は相当怒るだろうが、解決策はあるのだ。最悪のエンディングには成りえない。
 しかし今このパチュリーを焦らしているのは、魔理沙の行動である。咲夜を外に放置する行動を取った以外は、ずっと図書館内で気になる本を漁っているだけなのだ。

「ねえ魔理沙」

「あんだ?」

「シニンダケ……本当に出来るのよね?」

「おう、スクスクと成長して今夜か明日にはギンギンだぜ?」

「下品よ魔理沙」

 魔理沙は何事も無かったかのように図書館探検を楽しんでいる。その表情からは嘘偽り、焦りなどは微塵に感じられない。でも、ずっと図書館を散策しては咲夜を弄るだけ。この矛盾が、パチュリーを焦らせた。

(本当に元に戻るわよね、咲夜……)

 物憂げな表情で、パチュリーは咲夜に目を配る。

(今はなんかすっごい大量の雀にたかられてるけど、元に戻ったらいつもの清潔で頑固な……)

 物憂げっている場合ではなかった。

「咲夜アアァァァァ!?」

「な、なんだよパチュリー、急にでかい声出して!」

 突然の絶叫に思わず飛び跳ねた魔理沙だが、外の様子に気付き魔理沙も初めてその表情を険しくした。

「チッ、嗅ぎ付けやがったか!」

「嗅ぎ付け!? 一体何のことよ!?」

「話は後だ! すぐに咲夜を助けるぞ!」

 本を投げ捨て駆け出す魔理沙に、パチュリーも急ぎ足でついていくのだった。




 午後十時三十二分。何とか雀達を追っ払ったものの、被害は甚大だった。
 何故か大量の雀の襲撃を受けた案山子……もとい咲夜は、丁寧にアイロンがけをされたメイド服も、つやのある銀色の髪もボロボロの状態で館内に戻された。

「い……一体なんだったのよ今の……」

 ぜえぜえと息を切らしながら、パチュリーは椅子に腰を下ろす。魔理沙は何やら落ち着かない様子でパチュリーの体をくまなく触っている。

「何してんのよあんた!」

「ちょっと黙ってろ!」

 ツッコミを入れたつもりが、逆に魔理沙に怒鳴られた。

「な、何よ……」

 パチュリーは、我慢していた。ずっと我慢していた。しかしいきなり理不尽に叱咤され、ついにその不満は爆発した。

「何よ! 元はと言えば魔理沙が全部悪いんじゃない! こっちは真面目にやってんのにずっと咲夜をいじくってるだけで、どうやって咲夜を元に戻そうって言うのよ! 私は茸を作るよう頼んだのよ!? 咲夜のとこじゃなくて茸のとこにいなさいよこの変態!」

 久々に本気で怒った気がした。魔理沙もまた、パチュリーにここまで怒鳴られるとは思っていなかったのか、目を丸くしたが、

「パチュリー……お前、なんか勘違いしてないか? 私はずっと茸と一緒だったぜ?」

「え……?」

 魔理沙から帰ってきたのは、意外な言葉だった。理解出来ない様子のパチュリーに、魔理沙はぽん、と両手を叩き、パチュリーの横に立つ。

「すまん、ちゃんと教えてない私が悪かったな」

「え……え?」

「シニンダケは形の形成までの条件がすごく厳しいとは言ったが、何が厳しいか言ってなかったな」

 魔理沙は魔導書を広げ、説明を始める。今回の術式の材料が示された頁だ。

「シニンダケはちょっと特殊な茸でな、ちょっとした湿度や温度の変化で、すぐ腐ったり干乾びたりしちまう上に、岩や樹を苗床にしない茸なんだ。だから自然に生えることは極めて稀な茸だ」

「じゃあ、一体何に生えるって言うのよ」

「生き物だぜ」

 魔理沙は自慢げに語り始める。

「寄生型の茸っていうのは、結構有名なんだぜ? 蟻に寄生して、その蟻を茸の環境に適した場所まで移動させ、頭を突き破って生えてくる奴だっているんだ」

「そりゃあまた気味悪いわね」

「まあ、シニンダケは寄生はするが、こいつはそこまで残酷じゃない。こいつは人の肌に寄生するんだ」

 パチュリーは思い出した。魔理沙が胞子に触れるなと釘を刺していたことを。

「ただ、普通の人間はよく動くからな。簡単に肌から剥がれ落ちるし、動き回る人間の湿度変化に耐えられず、大抵はすぐ死ぬ。こいつに最も適した苗床は新鮮な死にたての人間の死体。だから死人茸」

「大体理解出来たわ。けど……」

 パチュリーの疑惑はまだ晴れない。この周辺にそんな新鮮な死体などあるはずがない。

「別に死んでなくてもいいんだよ」

 魔理沙は咲夜に近づき、その場にしゃがみこんだ。

「私が咲夜の管理を条件にしたのは、死人茸をしっかり育てるためだったんだぜ?」

 魔理沙は咲夜のスカートをつまみ、めくりあげた。

「ほら、見てみろよ」

「!」

 そこに、捜し求めた物はあった。薄茶色の細長く、未だに頼りないが咲夜の太ももから生えているもの。それは間違いなく茸だったのだ。

「咲夜の服は通気性がよすぎるから、湿度調整がちょっとばかり大変だったが……ここまで育てば明日には立派な死人茸だ」

 パチュリーは、魔理沙の言葉を一つ一つ思い返していた。



『咲夜を管理しなきゃいけないんだから、私がここに残るのは当然だろ?』

『失礼だな。私は今んとこ休んでないぜ?』

『これ足元スースーするな』

『へっへっへー今夜は寝かせないぜ咲夜さんよぉ~?』

『湿気が高すぎると困るからに決まってるだろ』

『基本中の基本だぜ?』



 魔理沙は、ちゃんと協力してくれていたのだ。一見咲夜をただ弄っているだけに思われた行為は、全て死人茸をしっかり育て上げるための行動だったのだ。

「魔理沙……」

 パチュリーは笑顔で、魔理沙の両肩に手を置いた。照れ臭そうに魔理沙も微笑む。

「おいおいそんなに感動するこたないだろ? 私はただ茸を育てただけだぜ?」

「魔理沙……」

 パチュリーはにっこりと微笑み、

「人んちのメイド勝手に苗床にしてんじゃないわよ!!」

 思い切り、魔理沙の足の小指を踏ん付けた。

「ヒギイィィィ!!」

 魔理沙の悲鳴が屋敷中にこだましたのは言うまでもない。




 二月五日、午後二時三分。しっかりと咲夜の養分を吸収した死人茸は、高さ七.三センチの立派な茸に成長し、パチュリーはなんとか、術式の最終段階に入ることが出来た。

「いやー、しかし残っててよかったぜ」

 鍋の中でぐつぐつと沸騰を続ける材料を眺めながら、魔理沙は語る。

「何でか知らんが、雀は死人茸が大好きなんだ。四本奪われたけど一本だけ何とか残ってくれてたな」

「え、あんなのが五本も生えてたの?」

 鍋を掻き回しながら、パチュリーは苦い顔をした。
 じっくり煮込み、魔方陣を描く塗料は無事完成。午後二時五十九分、パチュリー、魔理沙、そして咲夜は、図書館の中で待ちに待った瞬間を迎えようとしていた。

「待たせたわね、咲夜」

 魔方陣の上に咲夜を設置し、未だ瞬き一つしない咲夜に、パチュリーは語りかける。

「色々迷惑かけちゃったけど……、それも今日でおしまい」

 魔導書を広げ、パチュリーは呪文を唱え始める。凍りついた咲夜の時間を開放するために。
 パチュリーの言葉に導かれ、魔方陣から黄土色の光が伸び、咲夜の体を包んでいく。

(色、キモッ!)

 魔理沙は心の中でそう思ったが、パチュリーの詠唱の邪魔になりそうだったので敢えて黙った。

「……」

 そして二月五日、午後三時、咲夜の時は動き出す。二度瞬きをし、咲夜は何とも無い様子でパチュリーを見た。

「何にも起きていないようですが?」

「……はは」

 小さく声を漏らし、どっと疲れた様子で、パチュリーは椅子に体を預けた。

「どうしたのですか? パチュリー様?」

 慌てた様子で、咲夜はパチュリーに駆け寄る。

「大丈夫、なんでもない。いや……なんでもないを取り戻したのよ」

「パチュリー様?」

 安堵の笑みを浮かべるパチュリーと、今まで自分に何が起こっていたのか分からず狼狽える咲夜。そんな二人の様子を、魔理沙は遠くから眺めていた。

「ミッションコンプリート、だぜ」

 そして静かに、図書館の扉を閉めたのだった。




 二月五日、午後三時二十七分。パチュリーは事の経緯を全て咲夜に打ち明けた。

「成る程、それは災難でしたね」

 咲夜は空になったティーカップに紅茶を注ぎながら、自分が知らぬ二日間を想像していた。

「でも、一歩間違えば本当に取り返しのつかないことになっていたわ。ごめんなさい咲夜」

 パチュリーは素直に頭を下げる。たった二日。咲夜は何も覚えていないから、何の被害も受けていない。それでも、その二日間は、人間にとっては長い二日間だったのだ。

「何を謝っているんですかパチュリー様。むしろ、私は感謝しています」

 パチュリーの想像とは裏腹に、咲夜は優しい微笑みをパチュリーに向けていた。

「二日間止まっていたっていうことは、あと二日も長い間、私はここにいられるのですから」

 その言葉に、パチュリーはきょとんとする。そして柔らかに笑みを浮かべ、ティーカップを手に取った。

「ところで、その茸はどこに生えていたのですか?」

「……蟻の頭のてっぺんよ」




 レミリア達が帰ってくるまでの時間はそれから二時間となかったが、パチュリーは咲夜と話せるだけの会話をした。咲夜は二日分の掃除をしなければと渋ったが、そんなのは後でも出来ること。僅かな時間をも無駄にしてはならないとパチュリーは思ったから、少し強引に、咲夜を二人きりのお茶会に招きいれたのだ。
 そして今まで知らなかったことを、色々と知ることが出来た。レミリアにピーマンを残さないよういつも言っているが、実は咲夜も昔は嫌いだったこと。レミリアが美味しいと飲む紅茶の味は、咲夜には少し濃すぎること。熊さんが好きなこと。これは知ってた。居眠りが多い美鈴にいつも厳しく当たっているが、本当は信頼していること。色んな事を知ることが出来た。

「お嬢様達には内緒ですよ?」

 少し恥ずかしそうに、咲夜は釘を刺す。無論、言うつもりはない。今日得られた知識は、共有する者だけが共有すべき情報だからだ。

「安心なさい咲夜。もしもバラした時には、今回の失敗を皆にバラして構わないわ」

 交換条件。それは互いを平等にするための条件だと、パチュリーは改めて認識することが出来た。




「咲夜! パチュリー! ただいま!」

 午後五時三分。フランドールの元気な声とともに、レミリア達は帰ってきた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ご苦労だったわね、咲夜」

 いつもの言葉、いつもの対応。いつもの紅魔館が戻ってきた。

「いやーやっぱり温泉はいいものですねえ♪」

 ホクホク顔の門番、美鈴。

「でも、ちょっと昨日のアレは飲みすぎです」

 疲れ顔の小悪魔。

「早く中に入ろうよ! お土産沢買ってきたんだよ!」

 満足顔のフランドール。

「落ち着きなさいフラン。お土産は逃げないわ」

 呆れ顔のレミリア。

「いいものね」

「そうですね」

 パチュリーと咲夜は彼女らに聞こえないように、小さく二人だけの会話をした。

「さて、帰ってきたからには夕食の準備です」

「やっぱり咲夜の作る料理が一番だわ。地獄の料理には優雅さが足りない」

 咲夜も、いつもの咲夜に戻る時間が来たようだ。それを知ってか知らずか、レミリアも久々の我が家の空気を満喫しているようだった。

「そう言いながら黙々と食べてたじゃないですか」

「おだまり」

 余計な一言をついつい言ってしまう美鈴とのやり取りも懐かしい。まるでこの光景を見るのが一年振りであるかのように思えた。

(魔理沙には、また今度お礼を言わなきゃね)

 遥か遠くの泥棒魔女が住む森の方角を眺めながら、パチュリーは静かに髪を掻き分ける。

(さて、私もお腹が空いて来たわね)

「ねえねえパチュリー」

 そんなパチュリーに、無邪気なフランが問いかける。

「どうしましたか? 妹様」

 静かに微笑みながら、パチュリーはフランに視線を合わせるように屈みこむ。

「何で今日は、咲夜パンツ履いてないの?」

「……」

 パチュリーは笑顔を固めたまま、再び遥か遠くの泥棒魔女が住む森の方角を向いた。

「どうしたの? パチュリー?」

「熊アアァァァァァァァァ!!」

 どうやらパチュリーの夕飯は、少し遅くなりそうだ。
こんばんは、久々です。何とか予告どおり投稿に間に合わせることが出来ました。
前作に引き続き……いや、前作より酷いですね色んな意味で。
ほんと、咲夜さんにはごめんなさいと言うしかありません。いっその事全身死人茸の刑にしてやってください。
あ、ちなみに死人茸はフィクションです。蟻さん茸は実在しますが。
しかしパチュリーさん、相変わらずの苦労人ですね。でも頭脳派キャラが翻弄される姿って、何か可愛いなとか思っちゃったりします。
でもそろそろギャグ以外も書いてみようかな? 色んなジャンルにチャレンジしてみたいものですね。
今回は本作品を読んで頂き真にありがとうございました。
またいつの日か久々の名前を見かけた時には、「ああ、このお馬鹿さんか(笑)」と暖かい目で見守っていただけましたら幸いです。
では、また。
久々
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コメント



0.670簡易評価
1.無評価名無し削除
投票早いですね

イイハナシナノカー?って感じでしたけど  おもしろかったです
2.90奇声を発する程度の能力削除
パチュリーと魔理沙の漫才がとても面白かったですww
5.90筑紫削除
相変わらず破天荒な魔理沙か、と思いきや実はシリアス―――と思わせて結局破天荒。
二人のやり取りが楽しかったですw