月の光が静かに照らす中で、目の前にいる少女は、まるで子供のように泣き続けていた。
その少女が流した涙と、少女が持つ長い金髪が、月明かりを受けて、キラキラ輝いている。
その幻想的な光景と、少女の子供のような泣き顔が、
たまらなく愛おしく思えて、
私は、もう一度、その言葉を口にする。
「ねぇ、魔理沙―――」
『自由な霊夢と不自由な魔理沙』
母が死んだ、
それは私の日常を破壊するには、十分すぎる出来事だった。
母が亡くなってから1ヶ月ほどは、まだ、前と同じような生活が、なんとか送れていた。
しかし、1ヶ月が経過し、学校も長期休暇に入ると、私の日常は一変した。
まず、あまり外に出られなくなった。
父が私にまた目を付けたみたいで、朝から色々と仕事を手伝わされるからだ。
正直サボってやりたかったが、そうすると父の説教が仕事より長いのは目に見えていたので、やめて
おいた。
運が悪く、休暇前に組んでいた遊びの予定は、すべてキャンセルした。
次に、小遣いが少なくなった。
これは、母が亡くなった時にわかっていたことだったが、実際なってみると、中々キツイ。
今まで私は、母から貰った多額の小遣いを、クラスメイトとの仲を維持するのに利用していた。
そして、今ではそれが困難になってしまった。
そして、また学校が始まる頃、私の事を気にかけるクラスメイトは少なくなっていた。
よく無視されるようになったし、急に持ち物が無くなったと思えば、覚えのない場所で発見された。
そして、母が亡くなる前、通学路の坂で、私に声を掛けたクラスメイトが、
私の事を、まるで霊夢を見たときのような表情で見るようになった。
そんなクラスメイトを見て、私は一つ気付いたことがあった。
以前、私が感じていた"自由"は、私のものなんかじゃなかったんだ。
あれは、母が私にくれたものだった。
"自由"を失った自分は、羽をもがれた鳥のように、
ただ、落ちるだけだった。
私は、クラスという名のヒエラルキーを、真っ逆さまに、落ちて行った。
そんな矢先、修学旅行の準備が始まった。
修学旅行では、基本的に3人1組のグループを作って行動する。
が、私たちのクラスの人数は29名で、2人1組のペアが、一つ発生した。
それが、私と、霊夢だった。
まるで冗談みたいだったが、それが今の私の現実だった。
悪夢のような修学旅行が始まった。
今年行くのは全国的にも有名な観光地で、ぶっちゃけ私は前にも来たことのある場所だった。
だが、私とペアを組んでいる霊夢は来たことがなかったらしく、
さっきから楽しそうな様子で、町を練り歩いている。
しかし、土産屋なんて見てどうするんだろうか、
霊夢は一人暮らしだから土産なんていらないだろうに。
私は私で、父と従業員に買うようにしかお金を貰っていないし
そもそも土産なんて最終日に纏めて買えばいい。
私のそんな考えをよそに、霊夢は相変わらず笑顔でウィンドウショッピングを楽しんでいる。
―――見てる店が、土産屋じゃなかったらもっと絵になっただろうなぁ・・・
私は一瞬そんなことを考えて、直ぐにかぶりを振った。
だが、私はそれでも笑顔の霊夢を見続けていた。
今日1日霊夢と行動を共にして、私は霊夢の評価を改めていた。
何というか、掴みどころのない奴だと思った。
行きたい場所がコロコロ変わるし、土産屋の時のように、私がやらないような事をごく当たり前のように
やっていた。
まるで宙に浮いているように、常識とは違う行動をする、私が感じた博麗霊夢とはそんな少女だった。
その晩、風呂にも入り、浴衣に着替え、部屋に戻った後、
私は本を読み、霊夢は何故か椅子の上に正座して、バカみたいに緑茶を飲み続けている。
先ほど私も一杯貰ったが、ただの緑茶のティーバッグなので、正直緑茶としてはかなりまずかった。
それなのに霊夢は先ほどからニコニコとまずい緑茶を飲み続けている。
と、そんな霊夢を不思議に思っている時だった。
「ねぇ、魔理沙?ちょっと夕涼みに外へ行かない?」
湯呑を大きく傾けた霊夢が私に話しかけてきた。
冗談じゃない、と思ったが、気付いた時には私は本を閉じて、首を縦に振っていた。
本がつまらなかったし、色々霊夢に聞いてみたい事もあるからだと、自分自身に言い訳をしながら。
今日はよく晴れていて、空に浮かぶ月の明かりが綺麗だった。
秋口の涼しい風も吹いていて、成程夕涼みに派丁度いいかも知れない。
そんなことを考えながら私は霊夢の隣を歩く。昔にもこんなことがあった気がするが、思いださない事
にした。
「なぁ霊夢、お前はなんでそんな風にいられるんだ?」
と、考え事をしながら、私はいつの間にか霊夢に話掛けていた。
「そんな風にって、どんな風?」
その答えに私はずっこけそうになったが、同時に成程、とも思った。
つまり、
―――こいつはこの日常に何も疑問を持っていないし、今の霊夢が自然体なんだな。
そう思った途端、私の中で引っかかっていた歯車が、カチリ、とはまった気がした。
―――あぁ、つまり、そういうことか・・・
気がつけば、私の目から、温かい滴が落ちていた。
泣いている、と解っていても、止まらなかった。
しばらくその場で、私は泣いていた、まるで子供のようにただ、ただ、泣いていた。
目の前にいる、美しい黒髪を持った浴衣の少女が、母のような、優しい微笑みでこちらを見ている。
その微笑みを見て、私は何故、この少女のことが気になっていたのか、気付いてしまった。
そう、私はただ、ただ―――羨ましかった、だけなんだ。
目の前にいる少女は、宙に浮いているんじゃなく、
まるで鳥のように、
空を飛んでいて、
"自由"なんだ。
私はそれが、何より羨ましかった。
「じゃあ、もうひとつ答えてくれ。」
泣きながら、かすれそうな声で私は霊夢に話しかけた。
「なんで、私なんかと一緒にいるんだ?」
そう、今はそれが一番気になった。
余りにも"自由"な彼女と
どこまでも"不自由"な私
そんな2人がどうして一緒にいるのか、気になったんだ。
しかし、その問いにも彼女はあっけらかんと答えた。
「私、貴女の事好きだもの、それが理由、それだけが、私が貴女と一緒にいる理由よ。」
―――は?
一瞬、涙も、思考も止まってしまった。
訳が判らずいると、霊夢は更に言葉をつづけた。
「あのね、魔理沙、昔から、私にとって貴女は憧れの存在だったの、だって貴女は私が持っていない裕
福な家と、暖かい家族を持っているのに、それを誇ることも、驕ることもせずに私に接してくれた。普段
と変わらない笑顔で、遊んでくれた。だから私は、貴女みたいになりたいと、そう思っていたのよ。」
その言葉を聞いて、私の目から、また涙が溢れて来た。
滑稽だった。
つまり、私が羨ましがった"自由"は元々私が持っていたものだったのだ。
それを私はいつの間にか失ってしまった。
それを彼女は大事に持ち続けた。
自分はなんて馬鹿なんだろうと思うと、更に涙が溢れて、止まらなかった。
すると霊夢がまた母のような微笑みで、さっきの言葉をもう一度言う。
「ねぇ、魔理沙、私、貴女の事が好きよ。」
そう言って、子供のようにただ泣きじゃくる私を、優しく抱きしめた。
私はその胸の中で、泣き続けた―――
その後の事はよく覚えていない。
勝手に外に出たので先生に怒られたような気もする。
その日は泣き疲れてしまったのか、部屋に戻って直ぐ寝てしまったようだった。
ただ、その翌日、私は憑きものが落ちたように、とても晴れやかな気分だった。
修学旅行も最初は悪夢だと思っていたが、なんだかんだと楽しくやれた。
土産用の小遣いをどうでもいい所に使ってしまったので父に怒られたが、気にならなかった。
そして私は今、博麗神社の客間で霊夢と一緒に受験勉強に勤しんでいる。
元々私も霊夢も成績はいいので、あまり勉強する必要はないのだが、一緒にいられなかった時間の埋
め合わせとでも言うかのように、私と霊夢は一緒に過ごした。
私は、進学したら、家を出て、一人暮らしを始めるつもりだ。
父は無理だと反対するだろうが、私は大丈夫だと言うつもりだ。
だって、こんなに"不自由"な私を好きだと言ってくれる、何よりも"自由"な奴が、私の隣にはいるのだ
から―――
~fin~
霊夢の長い台詞が説明的で、解説本を見ているような感じになっています。
後書きの不等号の向きといい、書いた後に読み直すといいかも。